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岩佐徹のOFF-MIKE

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モハメド・アリが逝った~ヘビー級に革命をもたらした男~ 16/06/06

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02/18のツイート

1964年の今日、モハメド・アリが
ビートルズと出会った。
11日前からビートルズは全米を
席巻していた。チャンピオンの
ソニー・リストンに会いたかったが
断られたそうだ。アリは1週間後に
リストンを下し、ヘビー級王者になった。

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1960年代はいまも語り継がれるスーパースターが“群居”した時代だった。
日本のボクシング界にも海老原博幸、ファイティング原田、青木勝利と スター選手が揃い、
世界タイトスマッチのテレビ中継は50~60%というとんでもない視聴率をたたき出した。
しかし、当時の日本のボクシング・ファンが大騒ぎしたのは日本人のサイズに見合った
軽量級だけだった。

しかし、スタイルもコメントも“異色”のモハメド・アリ(デビュー当時は“カシアス・
クレイ”だった)が登場したことで一変した。
それまで大きな体から繰り出す力任せの重いパンチをぶつけ合うだけだったこのクラスに
軽いフットワークを使い、自分は打たれず、素早いパンチを相手に打ち込み、チャンスと
見ればKOに持ち込むアリのボクシングは魅力がいっぱいだった。

掛け率7:1と、圧倒的に不利とみられていたリストンとの試合でチャンピオン・ベルトを
奪うと一気に世界のスーパースターに駆け上がった。
ファンは試合のたびに相手を言葉で挑発する彼を面白い男、リングに上がればKO勝ちを
続ける彼を“強い男”とたたえた。しかし、それだけの男ではなかった。

ベトナム戦争中の1967年、兵役を拒否して王座を追われ、ライセンスも取り上げられた。
「僕とベトコンの間に争いはない」は至極まっとうな主張だったが、通らなかった。
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3年後、リングに戻った。そして1974年10月30日、王座返り咲きを果たす。
どんな理由だったか忘れたが、場所はアフリカだった。
アメリカ時間に合わせて、試合開始のゴングが鳴ったのは現地の午前4時!
テレビで見た記憶があるが、ロープにもたれて王者、ジョージ・フォアマンのパンチを
浴び続けていたこと以外、細かいことは覚えていない。“ロープアドープ(rope a dope)”…
腕でパンチを完全にブロックして、相手の“打ち疲れ”を待つ作戦だった。

8回に鮮やかな逆転KOを収めたときは世界中が沸いた。
世に言う“キンシャサの奇跡”だ。

1978年にレオン・スピンクスに負けて王座を失い、その年のうちにリベンジに成功して
3度目のWBA王座についたが、1年後にベルトを返上した。

以後、2試合はいずれもぱっとしなかった。最後の試合は1981年12月だった。

勝っても負けてもモハメド・アリは常にスポットライトを浴びる存在だったが、1984年に
パーキンソン病と診断され、次第に公の場に出ることが減っていった。
1996年、アトランタ・オリンピック開会式で久しぶりに彼の姿を目にしたときは 文字通り、
鳥肌が立った。震える手で聖火を掲げていた。その映像が見る間に涙でにじんだ。
あの日以後、日本では彼の消息に接することはほとんどなかった気がする。
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モハメド アリが死んだ。信じがたい。
74歳だという。
若い頃から身体を壊していたから
「覚悟」はしていたが。
モノクロのテレビで見た勇姿を忘れない。


彼の“語録”はたくさんある。
日本ではあまり紹介されていないものをいくつか再録しておく。

「俺を殴る夢を見たら、目を覚まして謝った方がいいぜ」

「俺ぐらいグレートになると、謙虚になるのが難しいんだ」

「俺はあまりにも素早く動くから、夕べ、灯りのスイッチを
オフにしたとき、部屋が暗くなる前にベッドに入ってたよ」


2016年6月3日、リングの内外を問わずチャーミングだった男、モハメド・アリが死んだ。
パーキンソン病に冒され、“蝶のように舞い、蜂のように刺す”ことはできなくなったが、
ボクシング史にその名は不滅だ。“the Greatest”のミドルネームとともに。

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by toruiwa2010 | 2016-06-06 08:45 | スポーツ全般 | Comments(2)
Commented by 老・ましゃこ at 2016-06-06 17:59 x
昨夜我が家でもアリの訃報が話題になり、アリの大ファンの夫が悲しい顔で、心にぽっかりと穴が開いたようで寂しいと言っていました。
アトランタ五輪の聖火ランナーで登場した時TVを見ながら夫がすごく興奮していたのを思い出しました。

Commented by toruiwa2010 at 2016-06-06 18:47
老・ましゃこサン、こんばんは。

病気をしなければもっと大きな
足跡を残したはずです。
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