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岩佐徹のOFF-MIKE

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実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

2011年3月の記憶 8~アーカイブから~ 17/04/01

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4月:気持ちを入れ替えよう

~特選エイプリルフール話も~( 2011.04.01 初出 )


長いような、短いような3月が終わり4月を迎えた。


情報提供の意味があったのだろうが、私の地元の商店街では

震災直後からラジオ放送をスピーカーで流していた。それも

月曜日ごろから変わってきた。被災地のニュースも原発の話も

高校野球の合間に少し伝えられるだけになっている。


311日のあの感覚を忘れることはあるのだろうか。

昼寝を終えて、そろそろ起きようかと思ったときに襲ってきた

地震は長く長く続いた。時計を見なくても、どれだけの時間が

経過したかをつかむ自信はあるが、この時は分からなかった。

2分から3分、まるで、果てしなく続くかのようだった。

3週間が過ぎた今も、あの時、不気味な横揺れがもたらした、

奇妙で怖い浮遊感をまざまざと思い出す。もっと強烈に揺れ、

そのあと予想の域をはるかに超える大津波に襲われた被災地の

人たちの“トラウマ”は相当なものがあるだろう。

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福島県民は、地震・津波に加えて原発の相次ぐトラブルによる

放射能被害という三つ目の災害に見舞われた。さらに、言葉は

明瞭だが、きめが粗く、温かみがまったく伝わらない政府の

対応を入れたら、一度に四つの“災害”に遭遇したことになる。

気の毒で、かける言葉が見つからない。


原発の危うさは深刻だが、宮城・岩手は少しずつ落ち着きを

取り戻しているようだ。ダメージの大きさを考えたら、復興が

容易でないことは分かるが、これから日増しに温かくなるのは

わずかな救いかもしれない。

1日でも早く、皆さんに笑顔が戻ることを祈るばかりだ。


地震が発生した日、吉祥寺の映画館(5F)で「恋とニュースの

作り方」を見た。10時からの1回目だったから、そこで地震に

遭遇したわけではない。しかし、その日の朝、私の頭の中には、

2時半からの3回目を見てそのあと晩御飯は外食にするという

プランもあった。もし、そちらを選択していたら、予告編が

終わって本編の上映が始まろうかというときに、あの激しい

揺れに見舞われたことになる。マンションの2階の部屋でも

あれだけの恐怖感があったことを思い出すと、5階の劇場で、

しかも、上映中の暗がりの中であの揺れを感じたらパニックを

起こしていた可能性は大だ。


地震発生からピタリとやめていた映画鑑賞を今週から復活した。

先日は映画の帰りにごひいきのGAPでシャツと薄手のコートを

購入した。“50OFF”の文字が目に飛び込んだのだ。くわえて、

年金生活だからささやかだが、冷え込む日本経済に少しでも

貢献しようと思ってのことだ。


近所のサクラが少しずつ花を開き始めている。

木村太郎が「自粛を強制する風潮はよくない」と言っていた。

その通りだと思う。

しかし、華やかすぎて、花見に出かけるかどうかは思案中だ。


本当は、今年も桜を追って北に旅をする予定だった。

山形県置賜(おきたま)のサクラの老木、去年、感動した福島の

花見山、そして、最後は「あそこは見とかなきゃ」と言われた

弘前城まで行くのを楽しみにしていた。

東北新幹線が復旧したら考えようと思っていたが、開花状況を

伝えていた花見山のHPは地震発生の311日からまったく

更新されていない。それどころではないのだろう。

いろいろ考えると、今年は、神田川や井の頭公園で我慢する

ことになりそうだ。

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福島市花見山公園 2010.04.15


暦が替わったのを機に、すべてを通常に戻すことにする。

記事のテーマも従来通りになる。

311日には河津桜を見に行った日帰り旅の報告を書いた。

午後になってあの地震が起き、テレビで津波が町を蹂躙する

様を見て、2本目「M8.8!! 自然の恐ろしさ~ダルビッシュの

ファインプレー~」を書いた。

以後、昨日までの24本のエントリーは、すべて、震災と報道に

関連したものだった。ほかの記事を書く気がしなかったのだ。


おかげさまでたくさんの人に読んでもらえた。理由を考えたら

単純に喜べないが、12日に、エキサイトブログに引越してから

初めて1日のアクセスが1000件を超えた。

その後も“1000件超え”を続け、18(金曜日)1551件の

最多アクセスを記録した。

116日に「実況放送の約束事」(Archives=古い記事)

「おめでとう 落合!」の2本で865件をマークしたとき、

「当分、新ブログの最高記録にとどまりそうです」と書いたが、

あっさりと、大幅に更新したことになる。


自粛というより、どうしても“その気”になれずに封印していた

“ハハハ”も復活させる。

ランキングなんか気にしている場合じゃないだろうと、記事の

中のバナーは外していたが、これも今日から再開する。大きく

下がってしまったが、頑張ってみよう。


さて、今日は41日だ。

気に入っているいくつかのエイプリルフール話を

ピックアップしてお届けする。

暗い話題が多い中、笑えるものがあればいいがと

願いつつ。


The Swiss Spaghetti Harvest


195741日、イギリスBBCの権威あるニュース・ショー

「パノラマ」の中で、定評のある人気司会者、リチャード・

ディンブルビーが視聴者に告げました。

「天候に恵まれて、ゾウ虫の発生も少なかったので、

今年、スイス南部ではスパゲッティが大豊作です」と。


画面には中年の農婦がていねいに木からスパゲッティの

束を摘み取り、天日に干す光景が映し出されました。

ハハハ。

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ディンブルビーの話は「3月の最後の2週間、ヨーロッパの

スパゲッティ農家は、霜の心配をしながら過ごします。微妙に

味に影響するからです」、「収穫時のスパゲッティの長さが

同じなのは、農民たちの長い努力の賜物です」と続きました。

放送していたのがBBCであったことや番組と司会者の評判の

せいでしょうか、多くの視聴者が真に受けたらしいです。

ハハハ。


このころのイギリスでは、スパゲッティは、あまり食べられて

いなかったそうですから、情報が少なかったこともうわさが

広がるのに拍車をかけたのでしょう。

BBCにはたくさんの電話がかかりましたが、問い合わせの中で

一番多かったのは「自分でスパゲッティの木を栽培するには

どうすればいいか?」だそうです。BBCの答えはこうでした。

「トマト・ソースの缶に小枝を入れて、成功を祈りなさい」…。

ハハハ。


インスタント・カラーテレビ


1960年代初めのスウェーデンではたったひとつの

テレビ局がモノクロで放送していました。

6241日、ニュースに登場したこのテレビ局の

技術陣のトップ、ステンションは、視聴者に向かって、

こう告げました。

「新しい技術の進歩のおかげで、すばやくお手持ちの

テレビで簡単にカラー映像を受けることが可能になった。

“ナイロンストッキングをテレビにかける”だけでいい。

お好きな番組をカラーでみられるよ」…。


何万という人が引っかかったそうです。

スウェーデンで本当にカラー放送が始まったのはそれから8年後、

1970年“41日”でした。ハハハ。

10周年

1977年、イギリスの新聞・ガーディアンはインド洋に浮かぶ

サン・セリフェの10周年を祝って7ページの特集を組みました。

セミコロン()の形をしたいくつかの島からなる共和国です。

記事は情報の少ないこの国の地理や文化について愛情をこめて

書かれていました。

国を形成する島々の中に大きな島が二つあります。アッパー・

キセ(Upper Caisse)とロウアー・キセ(Lower Caisse)と呼ばれ、

首都はボドーニ(Bodoni)、指導者はパイカ( Pica)将軍です。


ガーディアン社の電話は鳴り止まなかったそうです。

読者は休暇旅行の候補地として情報がほしがったのです。


いくつかの固有名詞が“印刷関係の専門用語”だと気づく人は

ほとんどいませんでした。“A4B5”ゴシックだったら、

分かったかもしれませんが。ハハハ。


巨大氷山


197841日、一隻の小型船がシドニー湾に姿を現しました。

巨大な氷山を曳いて

シドニー市民はこのことをすでに知っていました。このところ、

資産家で冒険家としても知られる地元の食品会社のオーナー、

ディック・スミスが南極から氷山を持ってくる計画をさかんに

プロモートしていたからです。どうやら、成功したようです。

スミス氏はこの氷山を小さな角氷にして10㌣で販売すると

話していました。南極の純粋な水でできたこの角氷はどんな

飲み物でもおいしくすると言っていました。


ゆっくりと氷山はシドニー湾を進みます。

地元のラジオ局(複数!)は、この情景を逐一、実況しました。

ようやくその“秘密”が明らかになったのは、船と氷山が湾の

深くに達したときです。降り始めていた雨によって、消火用の

泡とセービング・クリームでできた“氷山”は溶け、その下の

白いシーツが市民の目の前にさらされたのでした。ハハハ。

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パララックス大作戦?


1979年、ロンドンのキャピタル・ラジオが視聴者に告げました。

Operation Parallax(ズレ修正作戦)が間もなく発効する」と。

イギリスの暦を世界中のほかの国々と再びシンクロさせよう…

というものです!

1945年から、夏時間にしたり、元に戻したりしているうちに、

イギリスの時間が他国に比べて48時間も先行してしまったと

解説されました。

これを修正するために、イギリス政府はこの年の45日と

12日をキャンセル()することにしたのです。


放送のあと、キャピトル・ラジオはたくさんの電話を受ける

ことになりました。中には「その二日間の給料は払わなくては

いけないのか」、「私の誕生日なんだけどどうなるのか」という

ものもあったそうです。ハハハ。


浮遊現象


1976年のことです。

イギリスの天文学者、パトリック・ムーアがBBCラジオを

通じてこんな発表をしました。

「午前947分に、皆さんが自宅で経験できる、めったにない

天文学的な出来事が起きます。冥王星が木星の裏側に回って

地球と一直線に並んだとき、地球の重力が少なくなるのです」


ムーア氏は視聴者に向って語りかけました。

「一直線になる瞬間に飛び上がると奇妙な浮遊感覚を経験する

ことができるでしょう」…。


午前947分がやってきました。

BBCラジオには感覚があったという視聴者からの何百本もの

電話が殺到しました。ある女性は、彼女と11人の友人は椅子から

浮かび上がり、部屋の中をただよったとさえ報告したそうです。

ハハハ。


デジタル時代


1980年、BBCは、ロンドンの象徴、ビッグ・ベンの大時計が、

時代の流れに沿ってデジタル化するとリポートしました。

視聴者から異議を唱えるものすごい反響がありました。

そりゃそうでしょう。ハハハ。

ダメ押しをするかのように「ビッグ・ベンの長短の針を先着

4名に売却します」と告げたBBCの“日本語放送”に最初に

反応したのは大西洋上の日本人船員でした。ハハハ。

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…うーん、かなり怪しいものにも引っかかってしまう人間の

心理を思うと、ツイッターや2chに書き込まれたデマに

乗せられる人々が多数いることも分かる気がします。

信じがたい話だけど、ウソだと断定する根拠もない…そんな

話を聞かされたとき、人は信じるほうに傾いてしまいがち

なのかもしれません。

ま、今日一日はだまされないように、せいぜい気をつけて

過ごしましょうか。ハハハ。


by toruiwa2010 | 2017-04-01 07:48 | アーカイブから | Comments(0)
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