ブログトップ | ログイン

岩佐徹のOFF-MIKE

toruiwa.exblog.jp

実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

再開します(・・・つづき) 17/06/06

・・・つづき


転居に向けた準備


4月に入ると、兄が私たちに買い物を頼むようになりました。

「駅前のバーガー屋でフレッシュネスバーガー」、「セブン

イレブンで中華丼」…「一人で大丈夫。買い物にも行ける。

誰の助けも必要ない」と言い張っていた兄が私たちに何かを

頼むのはかなり珍しいことでした。


迂闊なことに、それが“サイン”だとは気づきませんでした。

気持ちも身体も弱っていることに。

転居の日が近づくにつれて環境が大きく変わることへの不安が

膨らんでいったようです。私たちが家の中で動き回ることも

不安を増幅したかもしれません。


10日にじっくり話し合った結果、私の判断でしばらくは転居を

見送ることにしました。


この時点で兄の部屋はかなり整理されて生活環境も衛生的には

大幅に改善されていました。

1週間、ノンストップで助けてくれた妻は東京に帰りました。

すべては、私がこちらに来た21日以前の状態に戻ることに

なりました。つまり…。


兄は一人暮らしを続ける。私は東京に戻って見守りケイタイで

兄の安全を日常的に確認する。なにか“異変”を察知したら次兄に

連絡し、家までチェックしに行ってもらう…兄が一人暮らしに

こだわるのなら、このようなルーティンでその通りにさせて

あげよう。冷たいようだけど、万一のことがあっても、それは

長兄の選択だから…と納得しよう。

そう考えることにして、私も“あとかたづけ”をすませ、4月末に

芦屋を引き払うことに決めました。


兄の家でまとめてあったペットボトル、新聞、衣類などのゴミを

それぞれの指定の日に出しに行ったり、新居に予定していた

マンションに取り付けたカーテンをはずしたり、リビングに

敷く予定で注文してあったカーペットを受け取りに行ったり…

“あとかたづけ”としてやることはたくさんあるのです。


すべてがひっくり返った!


しかし、4月中旬に事態が一変しました。

兄が救急車で病院に運ばれたのです。次兄の家にいるときに

熱が出たそうです。重い肺炎を発症していました。

419日に次兄から電話がありました。

「いざと言うときに人工呼吸器を使わない。心臓マッサージは

行わない」などについて意見を聞きたいということでした。

この時点で入院から丸2日が経過していました。私への連絡が

遅れた理由は分かりません。


急いで病院に駆けつけ、話し合って“延命処置は行わない”旨の

同意書にサインをしました。最悪の事態を想像して、思わず

涙がこみ上げました。

兄の様子はそれほど深刻には見えませんでしたが、高齢ですし、

もともと、間質性肺炎という病気をもっていたこともあって

医師からは「いつ、危険な状態になるか予断を許さない」旨を

告げられました。

d0164636_07513682.jpg








毎日、病院に通いました。ナースステーションで最初に聞くのは

「昨日は熱は出ましたか?」でした。明け方に3839度の熱が

10日ほど出続け、抗生剤でなんとか平熱に下げていたからです。

正直に言うと、私はこのとき覚悟を決めていました。年齢的にも、

とてもこの危機を乗り越える体力はないだろうと。

しかし、兄はすごい回復力を見せました。時間はかかりましたが、

とうとう肺炎を克服しました。

「間質性肺炎はそのままですが、肺炎の治療は終わりました」と

医師から告げられたのは516日、入院からちょうど1ヶ月が

過ぎていました。


手放しでは喜べません。

長い入院生活で足の筋肉が落ちた兄はもう歩けません。

食べ物を飲み下す力が弱っているために固形物を食べることも

できません。“誤嚥”…食べ物が気管に入って窒息する可能性が

高いからです。

したがって、残念ですが、もう、一人暮らしはできません。

老人ホーム、養護施設…いくつもの施設を見学に行きました。

帯に短し、たすきに長し。

費用がリーズナブルだと思えば、清潔感に欠けている。

職員の感じがとてもいいところは費用がベラボーに高い。

気に入った施設は看護師が常駐しているものの医師が不在。


しかし、最後に見に行った“療養型病院”は別格でした。

進行はゆっくりだと説明されましたが、間質性肺炎と

糖尿病を持っているので、“医師が常駐”は最大の魅力です。

病院ですが、外来・救急患者が来ることはなく、きわめて

静かな環境にも惹かれました。

希望する個室はなくてすべてが4人部屋という点に不満が

あったのですが、「独りぼっちより、誰かがそばにいる方が

いいと思う」という妻の言葉に背中を押されました。


なにより、“老人ホーム”スタイルの施設にくらべると

費用もはるかに安くてすみます。弟としては、これまで

つましい生活をしてきた兄にせめて“最後”はぜいたくを

させてやりたいと思っていましたが、倹約家の兄としては

この選択の方がうれしいでしょう。


問題があります。目下“満床”…ベッドが空いていないのです!

最低でも一か月待ちです…と言われました。6月中旬には

退院できる状態ですから、ベッドが空くのを待つ間をどこで

過ごすかということです。***


つづく・・・


***今週から来週にかけて大きく動きそうです。

時期を見て、又、報告します。まあ、あまり関心は

ないと思いますが。ハハハ。


by toruiwa2010 | 2017-06-06 08:31 | 芦屋から | Comments(6)
Commented by 老・ましゃこ at 2017-06-06 10:12 x
おはようございます♪
お兄様の肺炎はご回復の由、本当によかったですね♡
握手に力がこもっていたの段、胸がジーンとしました。
体力気力の更なる回復をお祈りしています。
ブログ再開も嬉しいです♪
Commented by Carl's Bar at 2017-06-06 12:05 x
岩佐さん、こんにちわ。
ブログ再開、うれしいです。
お休みされている間、大変だったんですね。
まだ課題は残っているようですが、少しでも早く落ち着かれて、奥様とゆっくり過ごす時間ができるといいですね。
つづき、もちろん、とっても関心があるので報告お待ちしていますよ(*^_^*)
Commented by toruiwa2010 at 2017-06-06 15:49
老・ましゃこサン、こんにちは。

激励、ありがとうございます。
Commented by toruiwa2010 at 2017-06-06 15:51
Carl's Barさん、こんにちは。

あと少し・・・です。
当事者にとっては、その
”あと少し”がなかなか大変なんですが。
Commented by みに at 2017-06-08 06:26 x
お早うございます。
大変な日々を綴っていただき、ありがとうございます。
いろいろ考えさせられます。
また続きをお願いします!
Commented by toruiwa2010 at 2017-06-08 07:15
みにサン、おはようございます。

書いておくべきこと、書きたいことは
たくさんあります。
このつづきはCM2のあとで。
べた。ハハハ。
名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。