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岩佐徹のOFF-MIKE

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“冥利”ということ~アーカイブから~17/06/25

気づくのが遅かったなあ

~アナウンサー冥利について~

( 2011.04.28 初出 )

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東北を襲った大震災のあと、被災地を励まそうと日に何度も

流れていた「上を向いて歩こう」、「見上げてごらん空の星を」は

1960年代前半に坂本九が歌って大流行した曲です。

桑田佳祐・福山雅治を初め、豪華なメンバーによる応援歌を

聞くにつけ、被災地を実際に訪れた歌手たちの活動を見るに

つけても、歌が持っているパワーに圧倒されます。


歌と同様、書物にも人の心に沁みたり、勇気を与えたりする

絶大な力がありますね。

ヒット曲を持っている歌手、長く読み継がれている本を書いた

作家の影響力にはいつも感心してしまいます。

特に歌手の場合は 自分の歌によって人々が笑顔になったり、

感動して涙を流したりする場面を目撃することが多いですから、

そのたびに“歌手冥利”ということを思うでしょう。

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今のアナウンサーたちは、私が現役のころにくらべたら遥かに

名前も顔も知られていて、アイドル並みの人気者もいます。

それでも、人に感謝されたり、感動を与えたりすることは

そんなに多くはないでしょう。まして、そのアナウンスが

5年後、10年後まで記憶に残ることはめったにありません。

少なくとも、私はありません。


「いや、…のときの実況はよかったですよ」とごくたまーに

言われることもありますが、それは、試合そのものの印象が

強いのであって、私は“おまけ”にすぎません。ハハハ。


数年前、「冥利」という記事を書いたときにも引用したのですが、

きっかけは古いHPの掲示板に書き込まれたコメントでした。

…以前、視聴者プレゼントで岩佐さんの本も頂いたのですが、

その本もわたしにとってとても大切な本です。

久しくネットもやってなかったことや、前ほど熱心にサッカー

中継を見なくなった事もあり、岩佐さんがサッカー中継から

退いたことを知りませんでした。わたしはもうWOWOWには

加入していないので、岩佐さんの今の声を聴く事はできません。

学生時代、サッカー中継に興奮、かつ感動できたのも岩佐さんの

実況があったからこそだと、WOWOWから離れて、今でも

思っています。

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“本”は、2002年に自費で出版したささやかなものです。

推敲が足りなくて、句読点の誤りや文章のおかしなところが

多数あって、恥ずかしいかぎりの本ですが、大事にされている

ことを知ったときは、「出してよかった」と思いました。

ただし、アナウンサーが本当の“冥利”を感じるのは、やはり

実況の場でしょう。大きな試合を担当したり、プレーの描写や

解説者とのやりとりがうまくはまったりしたときに「よくぞ、

アナウンサーになった」と思うものです。


残念なことに、実況を聞いたときの感動は長く続きません。

実況のスタイルがどんどん変わっていくからです。そのため、

昔から“名アナウンス”とされているものも数年後には色あせて

聞こえます。若いころに聞いて印象深かった実況をいくつか

テープで聞いたことがありますが、“古色蒼然”…やめておけば

よかったと思いました。

直木賞作品のあとに紫式部…は極端ですが、夏目漱石を読む

気分と言えばいいでしょうか。


それぐらい、実況スタイルは変化しているのです。

文学や音楽はそれでも人に感動を与えますが、実況はなかな

か難しいです。フジテレビの後輩に「実況は消える芸術」と

言い放ち、自分の放送をテープに録らない男がいて、当時は

あきれたものですが、今になって「なるほど」と思わないでも

ありません。ハハハ。

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「あれはよかったですね」と褒められたものでも、今聞くと、

「なんだ、これは」とスタイルの古さに唖然とし、「もうちょっと、

うまくしゃべれるんじゃないのか」と思うことが多いです。

“門外不出”にしたいと思うことさえあります。ハハハ。


具合が悪いことに、誉められるのは、劇的ゴールが決まったり

(サッカー)、ナイスショットが決まったり(テニス)したときに

実況をやめて拍手・歓声を生かした場合が多いので微妙です。

自分のスタイルとしてやったのですから後悔などしませんが。

ハハハ。


ある立場・境遇で自然に受ける恩恵や幸福…

広辞苑によれば、“冥利”はそんな意味で使われるようですから、

私に限ってはヘッドセット・マイクをつけ、わくわくしながら

放送席に座ることがすでに冥利だったとと言っても言い過ぎでは

ないかもしれません。

それに気付くのがきわめて遅かったのは“痛恨のきわみ”ですが。

ハハハ。 


by toruiwa2010 | 2017-06-25 08:13 | アーカイブから | Comments(0)
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