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岩佐徹のOFF-MIKE

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やりたかったグランドスラム~アーカイブから~17/07/02

渇望 ウインブルドン実況

~やり残したグランド・スラム~

( 2011.06.22 初出 )

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「やり残したことはないのか?」

「はい、ありません」


…フジテレビでアナウンサーを辞めるとき、総務局長と交わした

会話です。もちろん、やりたいことはたくさんありました。

しかし、辞めたいと思っているときに、「いえ、実はいろいろ

ありまして…」と言えば、「それなら、辞めるなんて言うな」と

説得されるに決まっていますから、言わなかっただけです。

ハハハ。


「思い残したことはない」と言いきれる人生なんてごくごく

まれな人しか送れないでしょう。

私のような“煩悩”が多い人間にはとても望めません。

テニス・アナとして“やり残した”ことの一つは、“グランド・

スラム達成“です。

1992年に初めて3大会を実況し、最後の全米が終わったとき、

アナウンサーとしての“グランド・スラマー”になりたいものだと

思いました。

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それには、ウインブルドンの実況をしなければいけません。

しかし、とてつもなく“高い壁”でした。

放映権は長くNHKが持っていて、手放す気配はありません。

オール・イングランド側も“国営”放送・NHKのステータスが

お気に入りだったようです。一度、プレゼンにまでこぎつけた

ことがありますが、権料アップの“ダシ”に使われた感じでした。

ハハハ。


WOWOWが「伝説は甦る」というシリーズを企画し、歴史に

残る名勝負を放送したとき、テニスを2本頼まれました。

どちらもウインブルドンの決勝です。

1本は1980年のボルグvsマッケンロー、もう1本は1982年の

コナーズvsマッケンロー。

解説をつけない“一人喋り”でした。資料はほとんどありません。

苦肉の策で、現地アナの実況を懸命に聴き、情報らしきものを

引き出しました。苦しいけど楽しい作業でした。


しかし、私の夢はコートを見下ろす放送席に座っての実況です。

果たせないまま、現役を終えました。“やり残した”のです。


一人のファンとして、今もときどき「実況したかったなあ」と

思い出す試合が男女1試合ずつあります。


1992 Wimbledon Gentlemen’s Singles Final

Andre Agassi d.Goran Ivanisevic67/64/64/16/64


男子では1992年のアガシvsイバニセビッチです。

12シードだったアガシは QFでフルセットの末ベッカーを、

SFではマッケンローをストレートで下して決勝に進出しました。

一方、第8シードのイバニセビッチは4回戦でレンドル、QF

2シードのエドバーグ、SFではサンプラスに勝っていました。

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強力サーブが売り物のレフティ、イバニセビッチと“史上最高の

リターナー”と呼ばれたアガシの対戦はプレー・スタイルも

対照的でしたから、関心はきわめて高いものがありました。

大歓声に迎えられてコートに登場した2人はウインブルドンの

ドレス・コードに従って上下とも白一色、アガシがかぶった

帽子ももちろん、白でした。ハハハ。

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アガシがシャツを着替えるたび女性客の嬌声が…


アガシは1987年に一度出た(1回戦敗退)あと、ウインブルドンを

敬遠していました。まさか、“コートの上を舞う蝶さえ白い”と

からかわれるウインブルドンでは、白以外のウエアを認めない

というドレス・コードに腹を立てたわけではないでしょうが。

ハハハ。


当時はサーブ&ボレヤーに圧倒的に有利と言われていたことが

大きな理由だと思います。性格的にも、勝ち目のない勝負は

しないのでしょう。しかし、前年、1991年、久しぶりに出場して

QFまで進んでいました。


世界中のテニス・ファンの熱い期待にこたえて、決勝に進んだ

22歳のアガシと20歳のイバニセビッチ

2人の若者の対決は見ごたえがあるものになりました。

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当時のコーチ ニック・ボロッテリ()

GF ウエンディ・スチュアート


サーブからネットへの流れで主導権を握りたいイバニセビッチに

対して、アガシは得意のリターンから厳しい攻めで対抗しました。

特に、高くキックする彼のセカンド・サーブがかなり効果的

だったと思います。

1セットをタイブレークの末に先取したイバニセビッチが

優位に立ったかに見えましたが、第2セットの第1ゲームを

ブレークしたアガシは、勢いに乗って2セットを連取して、

形勢を逆転します。


いつものイバニセビッチなら精神的に崩れる展開でしたが、

この日の彼は違いました。何に対しても決して腹を立てまい…

と誓ったかのように、冷静さを保っていました。

ただし、途中でこんな場面がありました。


4セット第1ゲームが終わってインタバルに入ったところで

主審がイバニセビッチに何かを話し始めると、アシスタント・

レフェリーも加わって説明をしています。

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実は、試合中のどこかでフラストレーションを解放するために

彼が発したexpletive…(悪態)BBCのマイクが拾い、全世界に

流れたのです。彼の国籍は複雑な民族・宗教の問題を抱える

ユーゴから独立したばかりのクロアチアです。

公用語はクロアチア語ですが、ほかの、例えばセルビア語とも

よく似ているようです。


審判席に着くとき、主審はある“メモ”をポケットに忍ばせて

いると言われています。主だった国の言語で“行儀の悪い言葉”、

“放送禁止用語”が書かれているそうです。たとえば、英語なら

f**kほか実に多数。ハハハ。

しかし、この試合の主審が持っていたメモにクロアチア語は

なかったのでしょう。ですから、警告は出ませんでした。


しかし、天網恢恢…

地球上のどこかで聴いていた、イバニセビッチの言葉を理解する

人が主催者のところに国際電話をかけてきたのです!

クロアチア人は国を挙げて応援していたはずですから、分離・

独立に至る過程で摩擦があった“旧ユーゴ”のどこか…でしょう。

ハハハ。


動揺はあったと思いますが、持ちこたえたイバニセビッチが

4セットを取り返して、ついに2セット・オール、勝敗の

決着はファイナル・セットに持ち越されます。

グランド・スラムの決勝は常にこうありたいですね。ハハハ。

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試合は、アガシがイバニセビッチを振り切ってウインブルドン

初優勝を果たしました。

勝利の瞬間、ガールフレンドやコーチがいる陣営を振り返って

信じられないという表情を見せたアガシは、両手で顔を覆い、

そのまま、芝の上にうつ伏せになりました。

アメリカではこの一連のアクションが話題になりました。


当時のアガシは “Image is everything”(イメージがすべてさ)

キャッチフレーズとするキャノンのキャラクターに起用されて

いました。

口の悪い人たちからは「あれは、CMで効果的に使えるように

演技をしたに違いない」と揶揄する声が上がったのです。

まさかね。ハハハ。

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ちなみに、アガシのロン毛は2年後の1994年で終わりました。

1995年、全豪に初出場するためメルボルンにやってきたアガシは

坊主頭だったのです!

ずっと、新年早々、南半球まで出かけることを嫌がっていた

アガシを「なに言ってるんだ。君が一番やりやすいサーフェス

なんだから」と説得したのはクーリエやサンプラスでした。


1993 Wimbledon Ladies Singles Final

Stefi Graf d.Jana Novotna 76/16/64


女子では、1993年のグラフvsノボトナが勝負の怖さとともに

記憶に残っています。アーカイブで再録したばかりですから、

簡単に記すことにします。


1セット・オールからの第3セット・第5ゲームでグラフの

サーブをブレークしたとき、ノボトナは67/61/41 とすっかり

流れをつかんでいました。いたはずです。ハハハ。

もちろん、スタンドの空気もテレビの前の我々も、ノボトナが

勝つのだと思っていました。

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ダブルフォルトでサーブを落として呆然とするグラフと勝利を

確信した?ノボトナ


…しかし、25分後、ヴィーナス・ローズウォーター・ディッシュ

(女子優勝のトロフィー)を手に微笑んでいたのはシュテフィ・

グラフだったのです!!!

ケント公夫人の肩に顔を埋めてむせび泣く敗者・ノボトナの

姿をテニス・ファンが忘れることはないでしょう。

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持っているDVDは、ともにBBCの実況を同録したものです。

日本人の実況なんか聴くもんか! 悔しいじゃないですか。

ハハハ。


うーん、それにしてもやりたかった、ウインブルドンの実況…。

あとからテニスの実況を始めた若いアナが、私の生涯の願望を

何の苦もなく達成するのを目にするのは精神衛生上、とても

よくないことです。ハハハ。


by toruiwa2010 | 2017-07-02 08:15 | アーカイブから | Comments(2)
Commented by キムキムヒンギス at 2017-07-02 10:52 x
ケント公夫人の肩に顔を埋めてむせび泣くノボトナに貰い泣きしました。
マレーがフェデラーに負けた時もです。
準優勝は優勝の次に素晴らしいことなのに、辛いことなんだなぁって
思いました。
Commented by toruiwa2010 at 2017-07-02 11:08
キムキムヒンギスさん、こんにちは。

特にノボトナはねえ。
結局、くらい(位)負けでしょう。
あの時点で20試合、3勝でしたから。
ネットを挟んでグラフと向かい合うと
ものすごい"圧"を感じると思います。
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