ブログトップ | ログイン

岩佐徹のOFF-MIKE

toruiwa.exblog.jp

実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

カテゴリ:岩佐徹的アナウンス論( 124 )

d0164636_7565511.jpg
はじめにお断りしておきます。
当ブログの筆者は間もなく“後期高齢”に突入する年寄です。
当然、書いていいもの、いけないものの判断力は持っているつもりです。それでも、
ときどき記事を読んで傷ついたり不快な気分になったりすることがあるようですが、
それについては折にふれて「しばしば毒を含んでいるため読み過ぎにご注意を」と
“警告”を発していますから責任は負いかねます。
また、常連の90%は分別のある“大人”で、ほとんどの記事の内容に対応できると
信じています。カリフォルニア在住の日本人は難しいようですが。ハハハ。
d0164636_7572687.png
「いきなり、何を言い出すやら」と思うでしょうね。
今日の記事は、男性にはどうということはないはずですが、女性の中には思わず、
眉をひそめる方がいるかもしれないのです。世の中には“いかなる種類の下ネタも
断固お断り”という女性もいるようなのでお断りをさせてもらいました。

長く実況の仕事をしていると、こんな問題にもぶつかることもあるという話です。
ややこしくも、ちょっと面白い話なので書かせてもらいました。
品のない“単語”は出てきますが、私が書くものですから記事そのものは決して
下品ではありません。ただし、“音読”ではなく“目読”をお勧めします。ハハハ。

「これ、どうしましょうか?」
「うーん、困ったねえ」
「やっぱり、言い変えないとまずいでしょう?」
「そうだなあ」

1978年、フジテレビでメジャーの中継が始まってから間もないころ、スポーツ部の
担当プロデューサーと私が交わした会話です。
“テーマ”はデトロイト・タイガースの三塁手だったPhil Mankowskiでした。
この年、メジャーの実況を担当することが決まったときから各チームのロースター
(選手名簿)に目を通していましたから、その“厄介な”名前の選手がいることは
もちろん知っていました。
タイガースの試合を放送するときには考えなければと、早くから思っていたのです。
d0164636_7575748.jpg
ついに、“運命の日”がやってきました。ハハハ。
固有名詞ですから、本来は“そのまま”にすべきですが、私が“言い変えなきゃ
まずい”と考えたのは、その名前が耳から入るときの“響き”です。
西日本で生まれ育った方にはそれほどでもないでしょうが、関東の人間にとっては
かなり“きついオト”です。
野球を見てもらいたいのに、アナウンサーがこの選手の名前を言うたびに視聴者の
気持ちが微妙にざわめいてしまうのは避けたほうがいいと思ったのです。

私が学生のころ大毎オリオンズにFrank Mankovitchという投手が入団したとき、
登録名が“マニー”だったことを思い出して提案しましたが、「みえみえだなあ」と
却下され、さんざん悩んだ挙句、“マコースキー”と言い変えて放送しました。
クレームはつきませんでしたが、ネットが全盛の今なら、ちょっとした“騒ぎ”が
持ち上がったかもしれません。

名前に罪はないのですが、やはりおおっぴらに言うのは“はばかられる”場合や、
極端に長いものは言い変えるほうがベターだと思います。
15年ほど前にACミランでプレーしたアルゼンチン人のグリエルミンピエトロを
“グリー”と呼んだように。“本名”を叫んでいる間にボールがゴールラインを
割ってしまいますからね。ハハハ。
d0164636_7585268.jpg
…この記事は“やみくも”に書いたわけではありません。
2010年の秋、アメリカに同じような“問題”を抱えた選手が新たに登場し、いずれ
メジャーに上がりそうだったからです。その名はSean“Ochinko”…。
当時は、ブルージェイズ傘下Aクラスのチームでプレーしていました。2年続けて
マイナーでの打撃が好調だったので、もしかするとメジャーに呼ばれることもある
のではないかとネットで騒がれていました。

ポジションがキャッチャーですからメジャー昇格には時間がかかっています。
しかし、1978年の私と同じ悩みが、いつかNHKのメジャー中継班を襲います。
そのとき、担当アナが何というか、今から興味シンシンです。ハハハ。

数年前のこのエントリーにはいくつかの興味深いコメントが寄せられました。

1980年代に「ホルヘ・バカ」というメキシコ人の
ボクサーがいました。幸い(?)、短命王者に
終わって来日しませんでしたが、WOWOWの中継には
登場したでしょうか?
バリ島にいくと必ず笑われます。
インドネシア語にすると『女性のおっぱい』と
いう意味になるらしいのです。宗教的に女性が
胸の谷間を出すのはNGらしいので、バリでは
よほど刺激的な名前なのかも知れません。
因みに夫の名前は『ススム』です。普通でしょ?

イタリアではカツオがダメでしたし
むかし、秩父丸という船がアメリカの
港に入った時、“チ・チ・ブ”のひびきが
すこし、Yであると、淑女のひんしゅくを
買ったと聞いたことがあります。

岩佐さん、考え過ぎじゃありませんか?
沖縄に『漫湖』というところがあるのを
ご存知ですか?湖ではなく入り江なんですが、
湖のように見えるのでその名が付いたそうです。
もちろんそのまま音読みです。
普通にニュースで読んでいますから、他の場合も
何の注釈を付けることなく読むでしょう。
サラっと流しましょうよ。
d0164636_84185.jpg
…気軽に、と言われてもねえ。
日常会話と放送は違うからなあ。ボクシングの実況でパンチを繰り出すたびに
「バカ、右フック。バカのアッパーカット!」と連呼するわけにはいかんでしょう。
ハハハ。


お知らせ
2010年までに書いたものを中心に更新してきた“アナウンス論”はとりあえず
今回で終了です。いずれ“まとめ”を書きたいと思っていますが、多忙につき、
いつになるか未定です。ご愛読、ありがとうございました。

来週以降の週末は、過去に書いた記事から厳選したものを更新します。
ここ数年で“読者”になった方にはぜひ、ご一読いただければ…と思っています。
ご期待ください…というのもなんですが。ハハハ。

by toruiwa2010 | 2013-03-10 08:01 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(2)
d0164636_7553861.jpg
メジャー・リーグ中継でNHKのベテラン、野瀬アナが“ナショナル・リーグ”の
発音に苦労しているのを聞いたことがあります。業界では“ロレル”といいます。
誰にだって“苦手な音”はありますから、ある程度はしかたがないでしょうが、
一般人並みでした。もともとダメなのか、“加齢”で唇の周りの筋肉が衰えたのか…。
NHKのスタッフも事情は知っているはずですから、せめてアメリカン・リーグの
試合を担当させればいいのに。ハハハ。

私もラ行は大の苦手でしたから、彼の気持ちがよく分かります。
研修テキストにあった「アンリ・ルネ・ルノルマンの流浪者の旅」は地獄でした。
ラ行だけでなく、ダ行、バ行が絡むフレーズが最後まで苦手でした。
「フジテレビです」の“レ・ビ・デ”が言いにくくて苦労しました。
実況が始まる前には必ず「ラレリルレロラロラリルレロ」と大声を出したものです。
たいして役には立ちません。単なる“気休め”…。ハハハ。
d0164636_7555922.jpg
引退後、新聞を見て「やめていてよかったなあ」としみじみ思ったことがあります。
「イランの大統領に強硬派のマフムード・アフマディネジャド氏が当選した」…
絶対に原稿から目が離せません。離したとたんに“ロレった”ことでしょう。
フジテレビ時代、スポーツ・ニュースを読むときに、ひそかに恐れていた名前が
ありました。ボクシングのチャンピオン、“レネ・アルレドンド”と競馬の三冠馬、
“シンボリルドルフ”…。実況中なら、“チャンピオン”や“シンボリ”などと
言い換えて何度か逃げることができますが、ニュースではまずいでしょう。
そう言えば、フジテレビ・アナウンサー室の野球チーム名はロレッターズでした。
ハハハ。

少し前、何気なくテレビを見ていると、アナウンサーが「アハマディネジャド」と
読んでいました。「うん!?」と思いました。メディアが統一していないようです。
数十年前のことを思い出しました。

第40代アメリカ大統領・ロナルド・レーガンは俳優だったころは“リーガン”と
呼ばれていました。大統領になったとき、閣僚の中に非常に紛らわしいドナルド・
リーガンがいたこともあって、マスコミがいっせいに“レーガン”にしたのだと
記憶しています。
“レ”が“リ”に変わるだけでしたが、当初は思った以上の違和感がありました。
ただし、この件に関しては世界中のマスコミが同時に変更しましたから、報道に
接する側に混乱は起きませんでした。
d0164636_7562046.jpg
イランの大統領の場合は、初期の段階で英語表記の“ahmadinejad”の“h”の
部分を“ハ”とするか“フ”とするかで分かれてしまったのだと思います。
どっちでも関係ありませんが(ハハハ)、私のように、たまたま普段と違うテレビを
見たり、新聞を読んだりすると違和感がぬぐえませんね。

外国の人名・地名の読み方は実にはややこしいです。
しかも、時に“天敵”が潜んでいますから油断できません。ハハハ。

お願い

アナウンサーに関心がある人が急に増えたわけでもないでしょうに、
今朝はアクセスが異常に多いです。
常連さんでない方、よろしかったら、どの記事に関心を持ったのか、
どこで「うわさ」を聞いたか、教えていただけますか?

by toruiwa2010 | 2013-03-09 07:57 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(4)
d0164636_7343640.jpg
就職試験や大学入試でも取り上げられると聞いたことがありますから、朝日新聞を
購読していない人でも、“天声人語”はご存知でしょう。
読売の“編集手帳”、毎日の“余録”、産経の“産経抄”など、ほかの一般紙にも
コラムはあるのですが、お気の毒に(ハハハ)天声人語の“名声”に押されています。
d0164636_734612.jpg
社内で名文を書くと認められた記者が抜擢されて担当するようです。
私が若いころ書いていた疋田桂一郎という記者が歴代の担当者の中では図抜けて
文章がうまかったと記憶しています。
妻は毎日、読んでいるようですが、私の場合は、頭の2,3行で惹きつけられないと
なかなか先を読み進む気になりません。たとえば…。

地図の上下を逆にすると、もろもろのイメージが変わる。
たとえば台風は、日本をめがけて攻め上がってくる印象だが、
さかさに見れば、振り下ろされる刀のようだ。太平洋に向けて
無防備に腹を出した列島を、袈裟懸けにせんとばかりに狙ってくる。


地図を逆さにして見る…“発想の転換”ですね。「なるほどねえ」と思いました。
意表をつかれた感じもあります。日本人の頭の中には、台風シーズンに何度も見る
南の海に発生した台風が北上する様子を示す天気図がしみ込んでいます。つまり、
“攻めあがってくる”イメージです。
d0164636_7334795.jpg
仮に、台風が中国大陸で発生し、発達しながら南下してくるものだったとして、
矢印が下に向かっている進路予想図がテレビの画面に現れるところを想像すると、
それはそれで、かなり怖いんじゃないでしょうか。導入部がうまいです。
思わず、最後まで読んでしまいました。“竜頭蛇尾”でしたが。ハハハ。

長く続ける人もいますが、3、4年で交代することが多いようです。毎日書くのは
相当に大変なことでしょう。わが身に照らして…。はい、図々しいですね。ハハハ。
私のブログは、エントリーしだいで長かったり、短かったり、書く量が適当ですが、
テーマを探し、文章の入り方、終わり方を決めて、およそ625文字に収めなければ
いけないのですから、プレッシャーはかなりのものがあるはずです。しかも、毎日。
d0164636_7332170.jpg
万葉集には
「恋」という言葉に
「古非」や
「古比」に交じって
「孤悲」とあてた歌もある
なるほど
いつの世も
ひとり悲しむものである


…電車の中で見た読売新聞の広告に“編集手帳”から抜粋されていた文章です。
冒頭なのか、締めなのか分かりませんが、「うまい」と思いました。これが冒頭なら、
きっと、最後まで読んだでしょう。ハハハ。

文章でも実況(お話)でも“入り口が大事”は同じです。
でも、わざとらしいものはダメでしょう。自然に頭の中に入っていくような言葉を
選びたいものです。実況の冒頭で、準備した文章を披露しても視聴者は違和感を
覚えるだけだと思います。


3月3日…桃の節句ですね。
妻が作った犬筥(いぬばこ)と、去年購入したおひな様です。
d0164636_7363994.jpg

by toruiwa2010 | 2013-03-03 07:37 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(2)
d0164636_813455.jpg
フリートークの場合、不要な言葉が入ってしまうことがしばしばあります。
典型的な例が“馬から落ちて落馬して”です。
私自身、先日の記事の中で“満面の笑顔”と書いて、「顔=面だからおかしい」と
突っ込まれたばかりですから、大きなことは言えません。ただし、黙るつもりは
ありません。面の皮はかなり厚いので。ハハハ。


2010ワールドカップ、ARG vs GERの大一番を実況したTBSのDアナが試合前の
セレモニーで両国のキャプテンが(SAY NO TO RACISM)「人種差別をなくそう」
というメッセージを読みあげたとき、何を勘違いしたのか、「撤廃をなくそう」と
アナウンスしました。

思わず、“どうすればいいんだい”とつぶやきました。ハハハ。
d0164636_8135241.jpg
後半キックオフの前、現地にマイクが渡ったとき、「…と言ってしまいました」と
謝罪していました。単純ミスだし、本来、謝罪するほどのことではなかったのに。
東京から「謝罪するように」との連絡を受けた現地のディレクターも、Dアナに
メモを渡すのがさぞかし心苦しかったことでしょう。

おそらく、普通は考えられない、あまりに突拍子もないミスだっただけにTBSには
電話やメールが殺到し、編成やスポーツ部幹部が「謝らないと収拾がつかない」と
判断したのでしょう。つぶやくとき、ツイッターがつながりにくかったですから。
「もしかして…」ではなく明らかな間違いですから、「なに言ってんだろう、この
アナウンサー」で笑って終わる話がそうなりませんでした。げに、視聴者は面倒な
存在です。ハハハ。

彼の実況に原因を求めることができるかもしれません。
亀田のボクシングでもサッカーでも、とにかく言葉数が多いのが特徴です。
一つ一つのパンチやプレーを細かく描写する…どうやら、それが自慢らしいです。
画面の奥に“どや顔”が目に浮かびます。ハハハ。
フジテレビのAアナと並んで“しゃべくりアナ”の代表です。

苦手なタイプの彼が実況担当だと知って、この日は試合前から気が重かったです。
2台のテレビを並べ、10時からスタートしたサッカー番組の音は絞り、5分遅れて
始まったウインブルドン・テニスの女子決勝を副音声(NHK)で聞いていました。
キックオフのあともそのままのつもりでしたが、“そのとき”が近づくにつれて、
前日の記者会見からメディアもファンもかなりヒートアップしていたこの試合は、
始まったら何が起きるか分からないぞ、と思って誘惑に負けてしまいました。
直後に「撤廃をなくす」発言が耳に飛び込んできたのです。ハード・ラック!
ハハハ。
d0164636_8141822.jpg
実況の良しあしに絶対の物差しはなく、最後は視聴者一人一人の“好み”がものを
いうことになりますから、好きな人もいるでしょうが、拒絶する人も多いです。
私は大の苦手です。大事なことだけ簡潔に…と思います。
“撤廃をなくす”の件は、ふだん「このアナウンサー、うるさい」と思っている
視聴者にとっては攻撃する絶好の口実になったと考えられます。

こういうミスは尾を引きます。同業者だから分かります。かなり長く尾を引きます。
「やっちまった」の思いが頭から消えないのです。
私にも3ゴールのうち2点のゴールゲッターを間違えた“カンプノウの悲劇”が
あって、しばらく“スランプ”に陥った過去があります。
そう言えば彼の大先輩の中にはオリンピックでジュニーニョをジョルジーニョと
言い続けた“世界の”アナもいたっけ。伝統か…。ハハハ。
by toruiwa2010 | 2013-03-02 08:15 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(2)
d0164636_914540.jpg
このブログに何度か書いたはずですが…
言葉は生き物、時代とともに変わるという考え方に賛成です。“正しい日本語”に
強くこだわるつもりもありません。
その場面にふさわしいと思えば、放送でも、俗っぽい表現やかなりくだけた言葉を
意識して使いました。“うるさい”人には言わせておくしかないと。ハハハ。
ただし、文法的に間違っている言い方はできるだけ避けていました。

以上を踏まえて、さて、きのう書いた“ラ抜き”言葉です。
“機械的”に全部ダメだと言うつもりはありませんし、一般の人が使うことまで
とやかく言う気もありません。しかし、少なくとも、アナウンサーなど、言葉を
扱う仕事をしている者は使うべきではないと思います。


以前、ラ抜き言葉について書いた記事にこんなコメントがありました。

どなたの話か、お名前を全く忘れてしまったのが
情けないのですが、ある言語学者の方でラ抜き言葉を
勧めていらっしゃった記事を読んだことがあります。
見られる、来られる、が可能・受身(あるいは尊敬)を
同じ形で表すのと違い、ラ抜きの、見れる、来れるが
表すのは可能のみです。
これは日本語の乱れでなく変化であり、実態に合わせて
言葉が変わることは自然な事であるから無理な矯正は
おかしいと。

d0164636_92321.jpg
ここに書かれた“言語学者”は、金田一春彦だと思われます。
フジテレビの新人時代の研修などでお世話になった偉大な国語学者です。本来なら
“楯突く”ことなど考えられないほどの方です。ハハハ。

しかし、正直に書くなら、この説はどうなんだろうと思います。
書き込んだ人の記憶違いもあるでしょうから、このコメントだけをベースにして
議論するのは危険ですが、ほかに“材料”がありません。
そして、どんな文脈の中でこういう意味のことを言われたのかわかりませんが、
学者にありがちな“あと付け”、つまり、今ある現象にあとから理屈をつけたように
私には聞こえます。
…大学者を相手にかなりの“チャレンジャー”ですが。ハハハ。

“見れる”、“来れる”が表すのは可能のみ…だから、“ラ抜き”言葉を肯定する、
それも“消極的に”肯定する…というのなら、その部分は理解できます。
しかし、“勧める”となると、現状の“追認”ではなく、学者が“公認”することに
なりますから話は違ってきます。しかも、辞書の編纂をするほどの学者ですから
影響は大きいです。
公に認知するためにはもう少し広い範囲の“合意”が必要ではないないでしょうか。
大正時代から使われていたらしいですから、「もういいじゃないか」という考え方が
出てくるのも分かりますが。

使い始めた人たちは金田一氏と同じ“理屈”で武装していたわけではありません。
単に“見られる”、“来られる”が言いにくいから“ラ”を省略したのでしょう。
今、使っている人たちも同じです。

“言いやすいから”のほかに考えられるのは、“スピードアップ”です。
正確なデータを持っていませんが、今のアナウンサーたちがニュースを読むとき、
昔のアナにくらべて、同じ時間内で読む文字数は何割も多くなっているはずです。
それだけ、現代人は“早口”になっているのです。

ほかにも、スピードが上がった理由はあります。

“sushi”(寿司)の“u”や“kiso”(基礎)の“i”は本来の音ではなく、むしろ
“消える”感じになります。専門的には“母音の無声化”と言いますが、私たちは、
研修のとき「これは会話のスピードを上げるために生まれたと考えられている」と
教えられました。講師は金田一先生だったと思います。
おそらく、日本人は、気が遠くなるような時間をかけてさまざまな形でスピード
アップを図ってきたのでしょう。
d0164636_9330100.jpg
“自動車”、“自転車”などのアクセントが、昔は“ど”、“て”に置かれていたのに、
今では平板に発音する人が多くなっているのもそのひとつです。“映画”、“電車”も
同じように平板化する人が増えているし、若者が平板アクセントで話す“彼氏”や
“クラブ”も同じでしょう。
極端な例では「以上、○○関連のニュースお伝えしました」と“を”を省いて話す
アナウンサーもいます。箱根駅伝のときに書きましたが、実況中に「…という」を
「…いう」と、“と”が抜けるアナウンサーがいます。
彼らに「スピードを上げたい」という意志があるかどうかは知りません。ハハハ。

“見られる”や“来られる”よりも“見れる”、“来れる”の方がほんの僅かですが、
スピードが上がります。“意識の底の底”で「省略できるものは省略していこう」と
考えたわれわれの先輩たちが“ラ抜き”言葉を口にし始めたのだと考えることは
それほど不自然なではないと思います。

“しゃべれる”や“書ける”のような“可能動詞”の“新種”として この言い方が
認められる日がやがて来るのだとは思っていますが、今のところは、金田一先生が
どんな推理をなさろうと、「へへー」とひれ伏す気持ちにはなれません。ハハハ。

それにしても、金田一春彦の“学説”はまったく初耳でした。
余談ですが、こんな風に、突然、どこからともなく人や物が現れるときの英語の
フレーズが大好きです。
“out of nowhere”…まさにこの言葉がピッタリです。
日本語には微妙なニュアンスを見事に言い表す言葉が多いですが、なに、英語も
負けてはいません。ハハハ。

同じ意味で、out of left field があります。当然、野球から来ていると思いますが、
なぜ、“レフト”なのかがずっと気になっています。どなたかご教示を。
by toruiwa2010 | 2013-02-24 09:05 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(2)
d0164636_81828100.jpg
若い人に日本語について話すとき「私はぁ、なんとかでぇ、何とかだからぁ、と
語尾を延ばすことをやめよう。
食べれる、見れる、着れる、来れる、など、“ラ抜き言葉”をやめよう。
完全に、とは言わない。せめて、3割か4割、減らそう。
そうすることで、面接などのときに、ほかの学生との“差別化”ができるよ」と
アドバイスすることにしていました。

母音を伸ばすクセは女性に多いのに対して、“ラ抜き言葉”は男女を問いません。
フジテレビ時代の古いテープを聞き返してみると、当時は若かった私も、頻繁に
ラ抜きで話しています。ハハハ。
それに気づいたときかなり恥ずかしい思いをしたので、WOWOWに移ってからは
一度も口にしていないはずです。常に注意を怠りませんでしたから。
d0164636_8203996.jpg
ずいぶん前ですが、「情報7days ニュースキャスター」の冒頭で、ビートたけしが
前週休んだことについて、しどろもどろの“言い訳”をしていました。
司会の安住が「来ようと思ったら“来れた”のに来なかったってことですか」と
なじっていました。
駆け出しじゃあるまいし、キャリアがあるんだから、やっぱり“来れた”は言って
ほしくないなあ。男性アナの中では一番好感度があるのだから頼むよと思いました。

ワードで“これた”、“みれた”と打ち込むと変換できてしまうのがまずいですよね。

あるとき、週刊朝日の最新号を読んでビックリしたことがあります。
「ギロン堂 そこが聞きたい!」は、必ず読む田原総一朗のコラムです。
<<<…“格差是正”といった耳ざわりのよい言葉が…>>> !!!

駆け出しどころじゃありません。異論はあるかもしれませんが、日本を代表する
立派なジャーナリスト、田原総一郎がどうしてしまったのでしょうか?
必ず、推敲はするはずなのに。思い込んでいたにしてもお粗末です。
さらに、原稿チェックは“うるさい”はずの朝日新聞系の週刊誌なのに担当者は
気づかなかったのでしょうか? えっ、怖くて言えなかった? ハハハ。
彼ほどの人物がこういう失敗をしてくれると、気が楽になりますけどね。
d0164636_8205769.jpg
こうなると知り合いの元アナウンサーのブログにあったこんな文章は“可愛い”と
言うべきかもしれません。
余裕の○○は、3点“ビハインドされた”ところでエース××をマウンドへ

読み直さないのかなあ。ハハハ。

私は決して厳格な“正しい日本語をしゃべろう(書こう)”派ではありません。
文法的に、あるいは、語学的におかしないい方でもその場にピッタリならそれでも
いいんじゃないか、と考えるタイプです。
誰にでも“死角”はあり、ミスをしないなんてことは無理ですから。
当ブログにも間違いはあるはずですが、心根の優しいみなさんが指摘しないので
助かっているのだと思っています。若い人たちに偉そうな“説教”をたれる以上、
言われて恥ずかしいと思うミスだけはするまいと肝に銘じていますが、つい先日、
“満面の笑顔で”と書き込んだツイートをそのままコピペしたところ、目の鋭い
通りがかりと思われる読者から突っ込まれました。“満面の笑み”だろう、と。
おっしゃる通りです、というしかありませんでした。

ほらね? ハハハ。
by toruiwa2010 | 2013-02-23 08:22 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(6)
d0164636_841564.jpg
URLが見つかりませんが、数年前、ネット上をぶらついているときに、とことん、
言葉にこだわっている人のブログを見つけました。私のような“偽物”ではなく、
日本語を研究している人のようです。読んで、自分も同じ間違いをしたと気づき、
恥ずかしい思いをしたこともあります。
過去に何度か書いた通り、アナウンサーを職業にしていたのに、“正しい日本語”を
話すことにそれほど強い責任感はありませんでした。
その場にふさわしい、“きれいな”言葉を選んでしゃべりたいとは思いましたが、
なにより優先したのは“聞きやすさ”、“伝わりやすさ”です。

もし、日本語に“堪能”な人がこのブログを読んだら、“…ぐらい”という表現が
頻繁に出てくることに気づかれるはずです。“少しぐらい”、“どれぐらい”…。
そして、“昭和30年ごろ”や“正午ごろ”も。
二つ以上の単語で構成される言葉では、“連濁”(れんだく)という現象が起きます。
カブシキガイシャ(株式会社)、レンシュウジアイ(練習試合)、カベヅタイ(壁伝い)…
単独なら“澄んで”いる音がつながることで、“にごる”、つまり濁点がつくのです。
d0164636_8421858.jpg
“ころ→ごろ”についてはこの連濁が広く用いられているようですが、“くらい→
ぐらい”はそれほどでもありません。テレビを見ていると、発言者がはっきり
「…ぐらい」と言っていても、字幕には「…くらい」と表記されることが多いです。

私は、そのほうが滑らかに聞こえるのと、きれいに発音できる自信があったので
実況のときも「…ぐらい」、「ごろ」を採用していました。「クライ」の“ク”や
「コロ」の“コ”はきつく聞こえると感じたのも理由の一つです。
このエントリーを書くために、テレビから聞こえる人々の話し方に耳を傾けると、
「ぐらい派」が多いようです。
d0164636_8424185.jpg
あるとき、週刊朝日で対談している林真理子と玉村豊男がやはり、“ぐらい”と
言っていました。速記を起こしたものですから、かなり正確だと信じます。
作家とエッセイスト…二人とも文筆業ですから、言葉にはうるさいはずです。
少し、ほっとしました。もともと自信なかったし。ハハハ。

もっとも、もし言葉に“うるさい”人たちから「仮にもアナウンサーなんだから
“いい加減”では困る」と非難されても動じることはありません。
“正しい日本語”については、私の役割ではないと早くから決めていますから。
もちろん、“ベット”、“ハンドバック”、“ホットドック”などとは言いませんが。
ハハハ。


そんな私でも、耳にするたびに気になる言葉があります。
スポーツ・ニュースでよく使われる、文脈にまったく関係がない“すると”です。
「壁の穴をのぞいてみた。すると、意外な光景が目に飛び込んだ」の“すると”は
意味の上でも“つながって”いますから分かります。
しかし、「このピンチは、黒田が踏ん張って後続を抑え、得点を許しません。すると、
その裏のヤンキースは…」の“すると”は、どう考えてもおかしいでしょう!
d0164636_84259100.jpg
今、どの局のスポーツ・ニュースを見ても、一回は出てきます。書いている記者に
“自覚”はないのでしょう。あれば、こんな文章は書きません。
昔は、“デスク”と呼ばれる、経験のある先輩が原稿のチェックをしたものですが、
今は、そういうシステムがなくなってしまったのでしょうかね。あるいは、これも
一種の“演出”としてアリだと考えているのかもしれませんが。

さすがに、アナウンサーが実況の中で“すると”をそんな風に使う人はいません。
しかし、NHKのスポーツ・アナには、共通している“おかしな”表現があります。
“来る”です。さんざん書きましたから、当ブログの読者はご存じでしょう。
「曲げてくる」「打ってくる」「クロスきたーっ」…彼らが絶叫するたびに笑って
しまいます。「NHKでは、なんでも来るんだ」と。ハハハ。
“くせ”というより“伝統”でしょう。今はそれほどでもないかもしれませんが、
この局では特定の先輩と後輩の“絆”が強く、“言い回し”や“間”の取り方が
酷似する例がよくみられます。

テレビで、芸人さんたちが頻繁に口にする“逆に”も気になります。
話の流れにまったく関係なく“逆に”を使います。“合いの手”みたいに。ハハハ。
“かっこいい”と思っているらしいのですが、一時、大流行した“語尾上げ”と
同じでむしろ“みっともない”です。

政党の幹部やコメンテーターの中に“キャスティングボード”と言う人がいました。
“カギを握る一票(vote)”の意味ですから、正しくは“ボート”です。ありがちな
間違いですが、あとで分かったときに、さぞ恥ずかしい思いをしたことでしょう。
いくら、“ツラの皮の厚い”連中でも。ハハハ。
by toruiwa2010 | 2013-02-17 08:44 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(9)
d0164636_9325916.jpg
鼻濁音について書いたときのコメントの中に「ガ行音が汚いとは思わない」という
一行があって、いささかあわてました。「そう、“汚い”ってことはないよなあ。
…えっ、俺が“汚い”って書いたのか?」
チェックすると、「あまりきれいな音ではありません」と書いてありました。
ねっ?言葉の選択は大事ってことですよ。ハハハ。

水曜日のエントリーの中では少しですが、「耳にやさしい言い方」に触れました。
1対0を“イチタイレイ”、8本は“ヒャッポン”と間違って伝わらないように
“ハチホン”と読むことなど、放送では聞き取りやすい言い方をするのです。

今では為替レートでお目にかかるぐらいですが、終戦後しばらくは、生活の中に
“銭”という単位がありました。
ちなみに、昭和20年ごろの物価はというと、白米10kg:6円、はがき:5銭、
豆腐1丁:20銭、入浴料:おとな:20銭…だったようです。
(「終戦直後のお金」より)

福岡県嘉穂郡で生まれ育った父は“全然”を“ジェンジェン”と発音したほか、
「ジッシェン(十銭)、ゴジッシェン(五十銭)」と言っていました。方言です。
d0164636_9332279.jpg
日本語には、“拗音”(ようおん)と呼ばれる言葉があります。
キャ、キュ、キョ、シャ、シュ、ショ、ジャ、ジュ、ジョ、ヒャ、ヒュ、ヒョ…
などです。あまり“きれいな音”ではありませんね。ハハハ。
今はどうなっているか知りませんが、私たちがアナウンサーになりたてのころは、
新宿を“シンジク”、技術を“ギジツ”と発音するようにと教えられました。
その方がきれいに聞こえるからです。

NHKでも“ジ”でもいいことになっていると聞いたことがありますし、後輩に
聞いてみると、現在のフジテレビでは「正しく発音できるなら、そのように」と
教えているようです。

「発音しにくい専門用語が多く、一生懸命なあまり、“シュジュチュ”(手術)などと
言ってしまうことがあります」
「救命病棟24時」の関連番組に出演(“シツエン”w)していたころ、松嶋菜々子が
そんなエピソードを披露していました。言いにくいことは確かです。
d0164636_933599.jpg
実際は、拗音そのものが難しいのではなく、“拗音を含む言葉”の発音が厄介だと
いうことではないでしょうか。
“シュジツ”でもよし、“シジュツ”でもよし…私は、現役中はもちろん、今でも
“シジツ”と言います。そして、“シンジク”、“ギジツ”です。
一番大事なのは“伝わる”ことだと思うのですが、ドラマの世界ではそういう
“横着”を許さないのでしょうか?ハハハ。

どんな場合でも“ジュ”を“ジ”と発音するわけでもありません。
“熟考”は“ジュッコウ”、“授業”は“ジュギョウ”など、ほかの言葉、たとえば
“実行”や“事業”とまぎらわしいものは、“ジュ”と言います。
“ルール”はありません。あくまで、“伝わりやすさ”“聞きやすさ”が基準です。
耳は、ある意味とても“器用”です。「シジツは午前10時からです」と言われて
「史実は…」とは思わず「手術は…」と理解するようにできているのです。
…というのは、私の“説”に過ぎません。学者は笑うでしょうが、構やしません。
ハハハ。

“十個→ジッコ”、“30分→サンジップン”も、読む人、話す人が無意識のうちに、
「間違って伝わることはない」という判断が行われているのだと思います。

私は性格が“ずぼら”なせいでしょうか、放送の中で、“Venus”を“ヴィーナス”、
“Veteran”を“ヴェテラン”と発音したことはありません。日本人はヴァ行と
バ行を聞き分ける耳を持っていないと固く信じているからです。ハハハ。
ただし、ファ行とハ行については、違いがはっきりしているので、“fight”を
“ハイト”とは言わず、“ファイト”と言っています。下唇は噛みませんが。ハハハ。

蛇足ですが、漢字にカナを振るときはチャンと書いてくださいよ。ハハハ。
by toruiwa2010 | 2013-02-16 09:34 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(6)
d0164636_7322222.jpg
「カラカワ論争?」

2008年、千葉ロッテ・マリーンズの試合を数試合 実況させてもらいました。
古い友人の好意に甘えたのですが、惨めな結果に終わりました。
別のところに書きましたので、今日は違う話を。

マーリンズの本拠、地千葉マリン・スタジアムの3階には放送席が並んでいますが、
その一角に、主にテレビ各局の記者が使っている部屋があります。
先日、試合中に某局の記者の携帯が鳴りました。
耳をそばだてていたわけではないのです(ホントに)が、狭い部屋で真後ろの席に
座って試合を見ていた私には、会話の断片が聞こえてしまいました。

しかも、電話の用件は、どうやら私が関心を持っていることについてのようです。
実は、この日の試合前、1軍デビューから鮮やかな2連勝と華々しい活躍を続ける
唐川侑己に、“唐つながり”を根拠にから揚げのプレゼントがありました。
から揚げ業界としては少しでも景気の浮揚につながれば、という涙ぐましい努力の
キャンペーンです。ハハハ。
d0164636_7324819.jpg
某局が、贈呈式の模様に製造工程に密着した映像を加えて流した夕方のニュースは、
その部屋にいた記者全員が携帯の画面で見ていました。
女性キャスターが「唐川投手…」と言ったときに、たぶん、私はニヤリとしていた
かもしれません。「カラカワ」の「ラ」にアクセントを置いていたからです。

本拠地・デビューの放送をテレビで見たときに、実況のアナウンサーが、どこにも
アクセントを置かない“平板”でしゃべっていたのが気になり、その後、周辺で
小規模なリサーチをしてみると、どうやら、年齢が上の人は「ラ」が、あとに続く
「カ」より高くなる、専門的には“中高(ナカダカ)”と呼ぶアクセント(神奈川や
金沢と同じです)で言う人が多く、若い人たちは圧倒的に、そして、何の疑問もなく
“平板”でしゃべっている…らしいことが分かってました。

記者席では、“平板”で話されている名前をベテランの女性キャスターが“中高”で
言ったのを聞いて“岩佐説”は正しいかもしれないと思ったのです。ハハハ。
電話は「放送では“中高”でしゃべったけど、平板ではないのか?」「どちらでも
球団は気にしないと思うが、局内で統一した方がいいかもしれないから、試合後に
確認しておく」というやり取りで終わっていました。
顔は知っていても話をしたことがなかったので、ためらったのですが、好奇心には
勝てず、思い切って声をかけ、想像どおりだったことを確認した私は、「チャンスが
あったら、本人に聞くのが一番だな」と思いました。

翌日、そのチャンスが来ました。
ロッカーの入口で唐川を囲んだ記者団が田中との対決について質問していました。
「ところで、名前の読み方は…」などとKYな質問をしている場合じゃありません。
ハハハ。
辛抱強く、終わるのを待ってから「自己紹介のとき、どちらで言いますか?」と、
中高と平板を並べて聞いてみました。
彼の答えは、迷わず「カ“ラ”カワです」と中高でした。
「フルネームでもそうですか?」と聞くと、「どうでしょう?…でも、カ“ラ”カワ・
“ユ”ウキですね」と明快な答えでした。

「業界では、二通りの言い方をめぐって少し話題になっているんですよ」と言うと
「そうらしいですね」と笑っていました。

若い人たちの大多数が、たぶん“カノジョ”や“クラブ”と同じ感覚で、“平板”に
まったく抵抗がない中で、18歳の彼が“中高”を選んでいるのは、幼いころから、
両親をはじめ、周りにいる年長者の影響を受けているからだろうと思いました。

いずれにしても、気になっていた問題に決着がついてスッキリしました。ハハハ。
by toruiwa2010 | 2013-02-11 07:33 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(0)
d0164636_738165.jpg
WOWOWでブンデス・リーガを担当していたときにこんなことがありました。
ハンブルガーSVの試合前のリハーサルで先発メンバーを読み上げました。
終わって解説者と雑談をしていると、Oプロデューサーがスタジオに入ってきて
「ホークマ(選手名)を平板アクセントで読むのは何か理由がありますか」と
聞いてきました。それが自然だったからそう読んだのですが、「別に」と答えると
彼は「それじゃ、ホにアクセントを置いて下さい」と言いました。“ロンドン”や
“ミュンヘン”のように、ということです。

平板(へえばん)で読んできた名前を頭高(あたまだか)に変えるのは、なんとなく
やりにくいのですが、プロデューサーのおっしゃることは絶対ですから(ハハハ)、
言われたとおりにやって本番を終えました。
しかし、このことがのどに刺さった魚の小骨のように気になりました。

“ホークマ”≠大熊、大村?

そこで「ホークマ」です。
彼は高原のチームメイトのオランダ人でした。
カタカナ表記がホークマだと分かったときから、アクセントは迷わず平板でした。
根拠は特にはありません。たぶん、長く生きてきた中で自然に身についた法則が
そう考えさせたのでしょう。ハハハ。
だから、「特に理由が?」ときかれたとき、「いや、別に」と答えたのだと思います。
つまり、それが私にとって自然だったわけです。
d0164636_7365732.jpg
同じ母音が並ぶ日本人の苗字を思い出しても、大熊、大村、大浦、大山、大沢…
全部、平板です。はいはい、もちろん、大原や大川もあります。純粋な国語学では
ないのですからこの際目をつぶって下さい。ハハハ。

…いくら私がベテランでも、それが正しいという根拠にはなりません。
確認のつもりで、ブンデスを実況している4人の後輩に尋ねてみました。すると、
全員の答えが「前任者やほかの人が頭高にしているので、自分もそうしている。
疑問は感じなかった」で一致しました。
違和感を覚えた私の感覚が人と少しずれているのかもしれません。ハハハ。

誰かが、「オランダ語ではこの場合、HOOGMAのOにアクセントがくる」という
“根拠”を示したのだとすると、これまた大いに“異議あり”です。
どう読むのかについて“現地”を大事にするのは意味があるでしょう。
しかし、アクセントにまでこだわるのは、むしろナンセンスだと思っています。
はじめから現地のアクセントを採用するのなら、多少の違和感があっても、それで
定着していくでしょう。

しかし、ある程度耳になじんでしまったあと、違うアクセントを持ち込まれると、
仮にそれが正しくても抵抗を感じるのが普通だろうと思います。
それじゃあ聞くけど、君は ニュージーランドを“ジ”に、イタリアは「タ」に、
フランスを「ラ」に、シンガポールは「シ」にアクセントをおいてしゃべるのかい?
ってことです。ハハハ。

サマワorサマーワ?

外国の固有名詞を読むとき、どんなに頑張っても“日本語読み”になります。
そして、アクセントについては、国民のコンセンサス…平たく言えば大多数の人が
納得する“落としどころ”によってきまってきたのだと思います。
ただし、落としどころに一定の法則があるわけではないのでややこしいです。

たとえば、国連平和維持活動で自衛隊がイラクに駐留していたことがあります。
その地域を民放は「サマワ」(「サ」にアクセントをおいて)と呼び、NHKだけは
「サマーワ」(「マ」にアクセント)と呼んでいたことを覚えていますか?
民放は政府の発表に従って、アクセントも音の並びから自然に頭高(あたまだか)に、
NHKは誰かが調べた結果、これが正しいと、独自の呼び方を採用したのでしょう。
「ー」が入るだけで、アクセントの位置が変わるのも自然のことなんです。
d0164636_73718100.jpg
アクセントとは無関係ですが、思い出したことを付け加えておきます。

文豪・Shakespeareのスペルを「シャケスペアレ」と“ローマ字読み”風にして
覚えたかた、いらっしゃいませんかね?私は今でも外国語のスペルを覚えるときは
そのやりかたです。

さらに、話がそれてもいいでしょうか?ハハハ。
かつて、フジテレビ「3時のあなた」でコンビを組んだ芳村真理さんから「かなり
知的なアメリカ人でも、マサチューセッツを正しく書ける人は少ない」と聞いた
ことがありました。
現代の日本人で「バラ」を漢字で書ける人があまりいないのと同じことでしょうか。
しかし、試してみたら、一回で駆けましたよ、MASSACHUSETTS!!
私には「薔薇」のほうがよほど難しいことが判明しました。ハハハ。
by toruiwa2010 | 2013-02-10 07:40 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(8)