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岩佐徹のOFF-MIKE

toruiwa.exblog.jp

実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

カテゴリ:岩佐徹的アナウンス論( 124 )

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アナウンサーを40年以上やっているというのに、恥ずかしながら、アクセントに
ついてはたいした勉強をしませんでしたし、自慢できるほどの知識もありません。
フジテレビの後輩・逸見政孝は大阪出身のハンディキャップをカバーするために、
アクセント辞典をとことん読み、覚えたところから破り捨てたと言っていました。
見習うべきですね。…とブログには書いておきます。ハハハ。

5年間 関西で暮らしたことがあるせいでしょうか、若いころには先輩からしばしば
「それは関西のアクセントだぞ」と指摘されていました。そんなときは、逸見も
「それは違いますね」と突っ込んできたものです。こちらが自信をなくすような
自信満々の言い方で。ハハハ。

とはいえ、東京生まれですから、勉強しなくたってアクセントは大丈夫だろう、と
タカをくくっていました。40年を超えるアナウンサー人生の中で「アクセントの
間違いが多いねえ」と言われることがそれほど多くなかったのはラッキーだったと
言わなくてはいけないでしょう。
強いこだわりはないのですが、意地っ張りだし、それなりに考えていることもあり、
人に言われればムッとして反論したり、他人のアクセントは気になったりします。

この3連休はアクセントについての話です。

“磐田”のアクセント

アクセントには“決まり”があるようで絶対的なものはありません。ないはずです。
そう思います。そうですよね。この際、そうであってほしい。ハハハ。
ですから、言葉、日本語は難しいのです。
原則はあるでしょうが、それより、長い間に言葉を構成する“音”の並び方から
自然に“落しどころ”が決まってきたのだと考える方が正しいでしょう。

特に、外国の固有名詞についてはルールを聞いたことはありません。
例えば「アメリカ」のアクセントが平板なのは厳密なルールに従ったわけではなく、
それが一番“自然”だったからでしょう。
英語の発音では「メ」にアクセントがあることはこの場合関係ないのです。
さらに、日本語では「高低」、英語は「強弱」でアクセントをつけますが、ここでは
同じと考えてください。

逆に、アメリカ人はTokyoやIchiroは頭高、OsakaやMatsuiは中高(なかだか)の
アクセントで発音します。中高とは、中間の音にアクセントを置いて読むことです。
彼らには字の並び方からして、それが“自然”なのでしょう。
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私の名前「岩佐」は頭高です。
しかし、同じイ、ア、オ段で構成される苗字の「岩田」は平板です。同じように、
「岩木」は頭高、「岩井」は平板です。しかし、同じ「イワタ」でも、静岡県にある
「磐田」市は頭高です。

多くの日本人にとって、はじめ、「イワタ」は平板で呼ぶのが自然でした。
ところが、Jリーグがスタートしたころ、日本中のテレビ局は、磐田市や市民から
「アクセントが違う。私たちの街を呼ぶときは、イにアクセントを置いてくれ」と
クレームをつけられました。市の名前が決まったとき、頭高で読むのが自然だと
感じる市民が多く、それが定着したのでしょう。
いまでは、「頭高の磐田」はすっかり“市民権”を得ています。ハハハ。

この件で私が学んだのは、たぶん、アクセントが決定する過程には 気候、風土、
歴史が影響するのだろうな、ということです。


嬶ぁーッ!

最近、あまり聞きませんが、彼が全盛期のころは「…ボールがスペースに出ました。
走りこんだのはカカー(尻上がり)」などと実況アナがよく叫んでいました。
聞こえるたびに、どこかでカラスが啼いたのかと思ったものです。江戸時代なら、
そこら中の長屋から「呼んだかい?」とおかみさんたちが前掛けで手を拭きながら
ぞろぞろ出てきそうな気がして笑ってしまいます。ハハハ。
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ブラジルの8番は、初めは「カカ」で、アクセントも最初の「カ」にありました。
いつ、誰が言い出したのか定かではありませんが、いまでは、ほぼすべてのアナが
「カカー」とうしろを延ばして、アクセントも平板でしゃべっています。
表示は「カカ」のまま。ハハハ。

おそらく、誰かが「現地の発音はそうなっている」と言い出したのでしょう。 
ナンセンス、笑止千万です。ハハハ。
鬼の首でもとったかのように、分ってるものだけ現地読み(アクセントもふくめて)
するなんてちゃんちゃらおかしいじゃないですか!
じゃあ、うかがいますが、すべてのアナがカカの国、「ブラジル」のアクセントを
平板にしていますが、それで間違いないんでしょうね?私は「ジ」にアクセントが
来るんじゃないかと思いますよ。
どうしても“現地”にこだわると言うなら、たとえば「アメリカ」も平板ではなく
「アメーリカ」とアクセントも「メ」におくんですか? ハッキリしましょうよ。

正しいものに近づけるのはいいことですが、どうしたって限界はあるのですから、
みんなが違和感を覚えない“落しどころ”を見つければいいと思うのです。
ちなみに、私の中では、今でも「カカ」です。ハハハ。
by toruiwa2010 | 2013-02-09 08:06 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(10)
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♪ 母は来ました 今日も来た
この岸壁に 今日も来た
とどかぬ願いと 知りながら
もしやもしやに もしやもしやに
ひかされて


だいぶ前、音楽番組で大ベテラン、二葉百合子が「岸壁の母」を熱唱していました。
高砂丸、興安丸、雲仙丸…終戦後、舞鶴に入港するソビエトからの引き揚げ船の
デッキに鈴なりの乗客と出迎える人々が千切れんばかりに手を振っていた光景を
思い出しました。もともと浪曲師だった彼女のノドはよく鍛えられ、ハリのある
大きな声が出ていました。情景が目に浮かぶような歌唱力も見事でした。

ただし、私のアンテナが強く反応したのは、歌そのものではなく、二葉百合子の
“歌い方”でした。“鼻濁音”が完璧だったのです。
一般の方はその存在も知らないだろうと思いますが、しゃべること、歌うことを
職業にしているアナウンサー、俳優、歌手の世界には不可欠なものです。
つまり、日本語の中には“が行”のほかに“が行鼻濁音”があるのです。
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アナウンサーにとって“がんぺき”の“が”と“ねがい”“知りながら”の“が”は
ハッキリと違います。(ついでに、“ちがいます”の“が”も ハハハ)
*表記は「カ゜キ゜ク゜ケ゜コ゜」となります。
“がんぺき”のように、単語の最初にある“が”は普通に発音します。
しかし、“ねがい”、“知りながら”のように、フレーズや単語の途中にある“が”は
鼻に抜ける“が”、つまり鼻濁音になります。
また、助詞の“が”はすべて鼻濁音です。

ほかにも“法則”がいくつかありますが、みなさんはプロ志向ではありませんから、
ここではこれ以上の説明は省略します。聞いても、おそらく、「なんのことやら」と
思う人が多いでしょうし。ハハハ。
別にその存在を知らなくても、あるいは、発音ができなくても、まったく不自由は
ないのですから関心がなくても当然です。アナウンサーのプロを目指す学生たちが
集まるアナトレなどでも、半分以上が鼻濁音を出せませんでした。

心配する学生に「大丈夫。まず、鼻濁音が出ないからと言って落とされることはない。
そして、必ず出るようになるから」と話してきました。
習得する気があれば、ものにするのはそんなに難しいことではないからです。
「ンが」「ンぎ」「ンぐ」…と、前に「ン」をつけて発音するとほぼ鼻濁音になります。
初めはゆっくり、少しずつスピードを上げていき、ある程度できるようになったら、
「ン」をはずす…そんな練習を続けていけば必ずものにできます。

注意しなければいけないのは、あまり気にしすぎると、鼻濁音の“前後の音”まで
鼻にかかってしまうことです。文章全体が鼻声になって、聞きづらくなります。
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そうまでして鼻濁音を出すのはなぜか?
それは、“やわらかく”、“キレイに”、“滑らかに”聞こえるからです。
ベテラン、二葉百合子の鼻濁音は完璧でした。
「愛のままで」が大ヒットした秋元順子(今、どこに?)は、100点ではないものの、
かなりよく出ていたと思います。彼女の場合、声そのものがやわらかいですから、
より人の気持ちを惹きつける“音”になるのです。
この曲が聴く人の心を捉えたのは、彼女がていねいに歌いこんだからだけではなく、

♪ そう 生きてる限り ときめきをなげかけて
愛が愛のままで 終わるように 


…にある三つの“が”をきれいな鼻濁音にすることで彼女の歌はよりやわらかく、
深くなっていくのだと思います。

布施明もきれいな鼻濁音を出していた記憶があります。秋元と同様に、もともと
声の質もやわらかいですが、全体にほかの歌手に比べるとソフトに感じますね。

女性が歌った曲を徳永英明がカバーして大ヒットしました。
歌のうまさは定評がありますが、なぜ彼は鼻濁音を出さないで歌うのかがずっと
不思議に思っています。
普通の「ガ行音」は、あまりきれいな音ではありません。耳にひっかかる音です。
“だから”、先人は鼻濁音を考え出したのではないでしょうか。もし、彼がきちんと
鼻濁音を出して歌っていたら、もっと売れたのではないかと思います。少なくとも、
私はCDを買おうと思ったはずです。ハハハ。

彼ほどのボーカリストが鼻濁音を知らないはずはありませんから、出さないのは
それなりの理由があるのでしょう。その“わけ”を知りたいです。たしかなのは
出さなかったせいで1枚売り損ねたことですね。ハハハ。

もし、読者の中に、「お前は(君は)話し方が“がさつ”なんだよ」と言われたことが
ある人は、鼻濁音の習得を勧めます。印象が変わる可能性があります。
婚活中の女性が身につけたら、なにがしかの“効果”があるかもしれません。
もしあったら、必ず報告してください。ハハハ。
by toruiwa2010 | 2013-02-03 08:09 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(11)
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かつて、週刊新潮に連載されていた「夏彦の写真コラム」は“絶品”でした。
山本夏彦のコラムには“辛らつさ”があふれていました。その切り口は、単なる
“辛口”ではなく、鋭く世相をえぐった“文明批評”になっていました。
筆が滑りすぎてたびたびクレームを受けたようですが、彼の“舌鋒”が鈍ることは
ありませんでした。私と考え方が違うコラムもありましたが、まったく気にならず、
毎週、何をどう書いているかと楽しみにしていたものです。こう書くと、いかにも
自分で買ったみたいですが、なに、多くは会社や床屋さんで読んだのです。ハハハ。

すうーっと読める文章ではなかったと記憶していますが、言い回しやレトリックが
絶妙で読みながら思わずにやりとしてしまうことがしばしばでした。
ややもすると“高飛車”な書き方になっていたのに気にならなかったのは、内容が
ずばり、的を射ていたからでしょう。2002年に亡くなりましたが、彼のコラムが
読めなくなったのは本当に残念です。
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コラムにしても評論・批評にしても、何かについて少しでもネガティブなことを
書いたり語ったりすれば、気分を害する人が出てきます。現代のように、ネットが
発達した時代は特にそうでしょう。ブログでもツイッターでも、つまらないことで
予期せぬ言い争いが始まるのは珍しいことではありません。
私も、一度ならず、叩かれたり、嫌味なコメントをもらったりした経験があります。
しかし、それがいやなら、毒にも薬にもならない“無表情”な文章しか書けない
ことになります。それでは、書く意味がありません。

いま、書くものも話すこともなかなかいいなと思うのは天野祐吉です。

朝日新聞の朝刊に「CM天気図」を連載しています。
数年前でした。彼のコラムを毎週愛読している妻が、「これ、読んだ?」と言って
見せてくれたのは“おじゃま虫の節度”と題されたコラムでした。
そういう言い方をするときは面白いことが書かれている場合が多いので、素直に
読むことにしています。ハハハ。

「僕はしゃべるのが苦手だ」と、体操の冨田洋之選手が言う。
「だから、ずっとからだでしゃべっている」と、冨田選手のことばはつづく。


導入部に書かれているのは、アクエリアスの当時のCMに出てくる言葉です。
コラムは続きます。

体操に限らない。なんにせよスポーツの競技は、ことばをこえたことばに
あふれている。オリンピックは、そんなからだことばの壮大な展示場だ。


ポイントをまとめると、以下のようになります。

少しでもよくからだことばを聞くためのヒントをあたえてくれるのは歓迎だが、
絶叫型の中継アナウンスはもちろん、余分な説明はいっさい無用である。

自分が感動するのは勝手だが、感動の押し売りや安売りはいいかげんにしてほしい。
「感動」というのは、人それぞれの内部から、それぞれに生まれてくるものであって、
決して人から押し付けられるものではない。

テレビはただ黙って、選手のからだことばを映しとってくれればいいのであって、
それ以外はすべて「おじゃま虫」なのだ。

(アクエリアスのCMは) ほかにも、福原愛編とか北島康介編を見たけれど、
みんなちゃんと「おじゃま虫」の節度を守っていた。
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彼が言っていることは、私が書いてきたことと驚くほど似ています。間違いなく
私は10年以上前から言っていますから、“パクった”とすれば、それは彼の方です。
どちらも、「実況は余計なことを言うんじゃない」と言う点で一致しています。
ただし、スゴイと思うのは、冨田選手のことばを受けて“からだことば”とした
ところです。プロのプロたるゆえんでしょうね。ハハハ。

そのころの週刊誌にはほかにも似たような論調の記事がいくつかありました。
その中に「NHKと民放が共同で放送しているから、NHKから聞こえる音声でも
民放アナウンサーが実況している場合がある」と書かれている記事がありました。
たぶん、「NHKにしては“やかましい”と思っても、それは民放のアナなのかも
しれないよ」と言いたいのでしょう。ハハハ。

たしかに、少し前までは、そうでした。しかし、最近、NHKのアナウンサーも
大きく変わりました。オリンピックのような大舞台になると、かなり経験を積んだ
ベテラン・アナでも、“絶叫”することが多くなりました。民放アナにくらべて、
「面白く聞かそう」という“工夫”がない上にこれではねえ…と思ってしまいます。
ハハハ。
by toruiwa2010 | 2013-02-02 07:43 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(2)
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フジテレビ時代に野球中継のクルーとして神宮球場で取材しているときのことです。
3塁側の巨人ベンチで監督を囲む輪の中にいた実況担当の先輩、Yアナウンサーが、
何かを見つけ、大急ぎで、1塁側のヤクルトのベンチに向かって、走っていくのに
気づきました。何度も頭を下げながら先輩が近づいて行った先にいたのはNHKの
大アナウンサーでした。

なおもぺこぺこしながら短い会話を交わしただけで戻ってきた先輩は「いやあ、
緊張しちゃった」と言いました。モントリオール・オリンピックが予定されていて
NHKと民放が“ジャパン・プール”として、史上初めて共同で中継をすることに
なっていたのです。

この先輩は民放から選ばれた二人のうちの一人でした。もう一人が、テレビ朝日の
若いMアナウンサーでしたから、気持ちの優しい先輩は「NHKとの関係をうまく
やらないと苦労することになる」と考え、相手のチーフになると思われる大御所の
ところに挨拶をしに飛んでいったのでしょう。
この光景を目撃して“しまった”後輩の私の胸中は複雑でした。
「あそこまでしなければいけないのか?」「ほかの局の連中に見られたらみっとも
ないなあ」が、失礼ながら正直な気持ちでした。
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オリンピックから帰国した先輩からいろいろな土産話を聞きましたが、その中に、
「途中で、M君が『これ以上、我慢できないから日本に帰ります』と言いはじめて
大変だったよ」というエピソードがありました。
放送終了後、毎日のように“反省会”と称するミーティングが開かれ、経験豊かな
NHKのアナウンサーたちから「あそこがダメ」、「ここがどうだった」といわゆる
ダメだしが行われ、若いMアナは絶好のターゲットにされてしまったらしいのです。
「オリンピックにだけは行くまい」と心に強く誓ったのはこのときでした。ハハハ。

“NHKぎらい”…正確に言うと“NHKを有り難がる”のが好きじゃないことを
隠したことはありません。ハハハ。
確かに、民放に比べればはるかに歴史が古く、基礎はしっかりしていると思います。
いい番組をたくさん作っていますし、いいアナウンサーもいます。
しかし、“NHK”と名がつけばなんでも有り難がる“世間さま”の傾向には相当の
違和感があります。
しっかりと時間をかけて作った番組にはいいものが多いです。ミスをしないことを
大事にしているとしか思えない実況アナたちも、平均点は高いですが、民放アナの
中には“面白く見せる”点ではるかに達者な人がいます。どちらが好きかの判断は、
人それぞれでしょうがね。
少なくとも、民放で仕事をする人たちには“NHKなにするものぞ”という気概を
持ってほしいと願ってやみません。ハハハ。

一般論として、昔のNHKの先輩アナウンサーはとても“恐ろしい”存在だったと
聞いています。取材の現場に大御所が姿をあらわしたときに見せる若いアナたちの
態度からもその辺のことがはっきりと分かりました。
このエントリーはその記憶とつながっています。
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ある日、パソコンに向かいながら、妻が見ている大相撲中継を“聞いて”いました。
三段目の取り組みでしたから、実況アナウンサーも若い人だったろうと思います。
やがて、私の耳に「それでは、ここで放送席を交代します」というアナウンスが
飛び込んできました。思わず、資料を整理する手が止まりました。なんの因果か
こういう言葉、フレーズには敏感なセンサーが備わっているのです。ハハハ。

「ああ、やっちゃったね。かわいそうに誰かに怒られるんだろうなあ」と思いました。
以下は私の想像あるいは妄想です。ハハハ。
「おい、○○クン、“放送席を交代する”って、どういうことかね?ハハハ。
意味は通じるかもしれんが、やっぱり“解説とアナウンサーが交代します”だろう」
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“安馬に4連敗許さず”…?

ほかの言語でも同じことがあるのかどうか知りませんが、日本語では、このように、
本来なら違う意味になる言い方でも“放送席交代”のように、意味が通じてしまう
ことがあります。
朝日新聞の見出しもそのひとつかなあと思いました。
白鵬が3連敗していた安馬に勝った相撲を取り上げたコラムの見出しです。
言いたいのは「白鵬は、安馬に4連敗することを自らに許さなかった」でしょう。
つまり、ややこしいですが、『“安馬に4連敗”することを許さず』です。しかし、
それなら“安馬の4連勝許さず”のほうが分かりやすくはないのか?

やれやれ、とかく日本語は難しい。ハハハ。
by toruiwa2010 | 2013-01-20 09:11 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(0)
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私たちはよく「日本語は難しい」と口にします。
話したり聞いたりするだけならなんとかごまかせても、“読み書き”となると漢字を
使う日本語は覚えなければならない“決まり”が数え切れないほどあるからです。
長い間悩んで、なお結論を得られずにいる“問題”があります。
先日も少し触れた“ダイブタイ”です。“大”をどう読むか?

数年前、気まぐれに“大舞台”と“日本語”でググったことがあります。
“おおぶたい”かそれとも“だいぶたい”か?…ネット上にすっきりと納得できる
解説が出ているかもしれないと思ったのです。

「“おおぶたい”に決まってるじゃないか」とおっしゃるかたが多いかもしれません。
その根拠は、NHKを初め民放テレビ各局もそう読んでいるからでしょう。
あるいは「もともと歌舞伎で使われていた言葉だし、その世界ではオオブタイと
言っているから」という説明をそのまま“鵜呑み”にしている人も多いはずです。
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検索の結果を見ているとき、あるテレビ局のHPで先輩アナウンサーが帰国子女の
新人アナウンサーに「間違いやすい言葉に“大舞台”がありますね。“だいぶたい”
ではなく“おおぶたい”ですね」と教えているくだりがありました。
根拠は示されていませんが、“大舞台=おおぶたい”神話はこうして受け継がれて
いくのでしょう。ハハハ。

ご存知の通り、私は “だいぶたい”で構わないと思ってきました。
ただし、放送のときは、間違っていると思われるのも馬鹿馬鹿しいので、必ず、
“大きな舞台”と言い換えていました。
“おおぶたい”は歌舞伎から来た言葉…はその通りです。でも、私が言うときは
スポーツの世界でここ一番という大勝負(おおしょうぶ ハハハ)の場を指すことが
ほとんどですから歌舞伎とは何の関係もない“大きな舞台”という意味です。
…“だいぶたい”で問題はないと思うのです。

タイトル:教えてください
ペンネーム CX-WOWOW  掲載日時 2003-07-02

衛星放送でアナウンサーをしている者です。
言葉を扱う仕事をしていながらお恥ずかしい話ですが、
ここ数年「大舞台」をどう読むかで悩んでいます。
NHKはじめ、各局の同業者はおおむね「おおぶたい」と
読んでいます。
ただし、はっきりした根拠は聞いたことがありません。
私自身は、ずっと「だいぶたい」で問題ないと思いつつ、
知らないと思われるのがいやで「大きな舞台」と言い換えて
いました。
「大」を「おお」と読むことがあるのは知っていますが、
歌舞伎関連の言葉にいくつかある以外はその根拠を知りません。
正しい読みかた、その理由を教えていただけるでしょうか?


・・・検索結果の中に懐かしいものが出てきました。ペンネームでお分かりでしょうが、
私が書き込んだものです。どういうサイトだったか覚えてませんが、少なくとも
日本語を研究している機関のページでした。「ここなら、悩みをスカッと解消して
くれるのではないか」と思ったのです。
以下はそのつづきです。


タイトル Re:教えてください 編集部より
ペンネーム 編集部の知恵袋 掲載日時 2003-07-04

「大」の読み方は厄介ですね。
ふつう、漢語(音読みの漢字語)につくときは「ダイ」で、
和語(訓読みの漢字語も含む)には「オオ」といわれますが、
この原則はあまり当てにはなりません。
大劇場 大講堂 大至急 大混乱 大洪水 大企業 大銀行
などは「ダイ~」ですが、次の例は漢語についても「オオ~」と
読みます。
大一番 大旦那 大道具 大掃除 大時代 大火事 大喧嘩

意味から考えると、
「大舞台(ダイブタイ)」は文字通り「大きな舞台」
「大舞台(オオブタイ)」には「晴れの場所」の意味もあります。
前後の文脈によって使い分けたらと思います。
「歌舞伎座の大舞台に目を見張る」
「一世一代の大舞台のつもりで演壇に立つ」

― 以下 省略 ―



タイトル Re:教えてください 編集部より
ペンネーム CX-WOWOW 掲載日時 2003-07-14

勝手に メールで返信が来ると思い込んでおりましたために、
お礼が遅くなりました。
「だいぶたい」も必ずしも間違いではないと受けとめました。
しかし、これまでどおり、「大きな舞台」と言い換え続ける
ことでしょう。ありがとうございました。



…やり取りでお分かりの通り、私の疑問はすっきり解決できたわけではありません。
いまだに疑問のまま残っています。
ただし、私の中では、たとえばお膳立てが大きくなればなるほど“無類”の強さを
発揮した長嶋茂雄は、“だいぶたい”に強かったのです。そこに歌舞伎用語としての
“おおぶたい”を持ってこられてもしっくり来ないことに変わりはありません。
ハハハ。

ちなみに、“鳥肌が立つ”をいいことについて使うのは間違っているとする風潮にも
賛成できません。スポーツの現場で何度も“鳥肌を立てて”来たからです。ハハハ。
もちろん、放送の中では言いませんが。
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「歌舞伎でそう言っているから」、「NHKがそう読んでいるから」正しいなんて
ことはありえません。まして、「アナウンサーがそう読んでいたから」は、ますます
怪しいと思ったほうがいいです。声を大にして言っておきます。ハハハ。
「“ジンクス”は本来 悪いことに使われていたが、間違えて、いいことにも使われ
続けてきたために今では両方について用いられるようになってしまった」までは
認めましょう。しかし「いい意味でしか使いません」は、完全な間違いです。
ああ、しかし・・・先日書いた“やじうまプラス”を見た人で、このブログを読む人は
たぶん一人だっていないでしょうね。ハハハ。

なお、改めて検索した中にこんなものが見つかりました。

「大舞台」の従来の慣用的な読みは[オーブタイ]で、
歌舞伎などの古典芸能ではこの読み方が定着しています。
しかし、放送で多く使われる「晴れの場」「活躍の場」
という意味の「大舞台」は、[ダイブタイ]という人が
かなり多くなってきています。

このため、放送での読みは・・・古典芸能の場合は、
○[オーブタイ]×[ダイブタイ]とし、スポーツなど晴れの場、
活躍の場では(1)[ダイブタイ](2)[オーブタイ]としています。


書いているのはNHKの外郭団体(?)、放送文化研究所です。
“だから”、これがお墨付きになる…というわけではありません。
考え方が大筋で間違いではなかったとは思いますが、これからも相変わらず、
“大きな舞台”と言うでしょう。
私の感想はNHKも変わるんだってこと。 大変身(ダイヘンシン)とは言いませんが。
ハハハ。
by toruiwa2010 | 2013-01-19 07:57 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(2)
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ディレクター(D)(後ろのスタッフに振り向き)
「今、Yさん、なんか変なこと言わなかった?」
スタッフA「なんですか?」
D「ジンクスはいいことにしか使わないとか言ったように聞こえたんだけど?」
A「いやあ…」
スタッフB(横から)「言いましたね」
D「逆じゃなかったっけ?」
A、B「そうですよねえ」
タイムキーパー(TK)(インターカムに向かって)「スタジオ終わりまで、1分前です!」
スタッフC「すぐ調べます」(と、あわただしくパソコンのキーを叩く)
プロデューサー(P)(立ち上がって)「間に合うか?」
・・・
TK「30秒前!」
C「Wikipediaでは“本来は、縁起が悪い、運が悪いという意味で使われる”と
なってますね」
一同「あじゃー」
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6年ほど前のある朝、当時放送中のテレビ朝日「やじうまプラス」を見ていた私は、
サブ(副調整室:番組の進行を司る)のそんなドタバタぶりを想像していました。
待てよ。もしかすると、誰も気づかず、普段通り淡々と進んでいたかもしれない。
ハハハハ。

番組が終わるまでの軽い話題として、甲子園に出場した群馬・前橋商業がアニメ、
「タッチ」の主題歌を応援に使うという話をしていた。前橋商はアニメの原作者・
あだち充の母校ですが、応援にこのテーマ曲を使うと負けるという“ジンクス”が
あって、甲子園では長いこと封印していたのだそうです。
番組終了間際の“激読みラストスパート”のコーナーでこの記事を紹介したあと、
Yアナが「ちなみに、ジンクスはいい意味でしか使いません」と言ったのです。

本来、それをやると悪い結果が待っていると言った“後ろ向き”の意味で使われ、
長く誤用されたせいで、いい意味で言うことも“あり”の雰囲気になっていますが、
少なくとも、“いい意味でしか使われない”ということはありません。
朝は、テレビを見ながらブログの仕上げをしていることが多く、決してアラ探しを
しているわけではないのです。それなのに、こういうミスを聞きのがしません。
頭の中で“アラーム音”がなるのです。気の毒に。ハハハ。
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残り時間が少ないから「これでは訂正するのは無理だろうなと思いました。しかし、
スタジオにはどんな話題でも感心するぐらいすっきりと解説するコメンテーターが
揃っていましたから、誰かが突っ込むと思って見ていました。ところが、誰からも
訂正がないまま番組は終了してしまいました。あじゃー。ハハハ。
ベテラン・アナが堂々と言い切ったので自信がなくなったのか?あるいは、番組の
看板になっているアナにキズをつけてはまずいと思ったのか?

スタジオ内で気づいた若手アナがいたとしても、「Yさん、それは違いますよ」と
あえて言う度胸はなかったでしょう。ハハハ。
私が頭の中で想像したドラマどおりに、サブのスタッフが正解にたどり着いても、
それを本人に的確に伝えるのは結構大変です。番組終了までの秒読みに入っている
段階でしたから余計です。

たいしたことではないからそれほど大きな問題ではありませんが、結果として、
「“ジンクス”は、いいことにしか使わない」という誤った知識がテレビを見ていた
少なからぬ人たちの間に広がったことだけはたしかですね。ハハハ。
by toruiwa2010 | 2013-01-14 08:28 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(4)
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今はよほど大きな試合以外あまり見なくなりましたが、かつては、NHKでよく
ラグビー中継を見ました。大好きだったし、同じ業界に入ってからもリスペクトが
変わらなかった岡田実アナの実況で楽しんだものです。
その中で、用語を覚えていきました。
プレーがいったん止まったあとフォワードがしっかりと
肩を組み合う“タイト・スクラム”に対して、流れの中でボールの周囲に選手が
群がって作る“ルーズ・スクラム”、どちらの選手も完全には支配していない状態の
ボールが“ルーズ・ボール”…
その後、スクラムについては呼び方が変わりましたが。

“ルーズ・ボール”を、今のNHKのアナたちが、どう表現しているのかにとても
興味があります。(…だから今日の大学選手権決勝は必ず見ます。ハハハ)
かつてはすべてのアナウンサーも“loose ball”をそう呼んでいたからです。
“lose”ならいいでしょうが、明らかに間違っていますね。
世間一般でも“ルーズ・ソックス”、“ルーズ・リーフ”、「生活態度が“ルーズ”だ」
などという使われ方をしていますし、スポーツの世界では、アイスホッケーでも
“loose puck”があります。
いずれも、長い間使われたことで“認知”されてしまっています。
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私は、スポーツ・アナとしてこの言葉を使ったことがありません。どこかで抵抗を
感じてしまうからです。
便利な日本語、“こぼれ球”に置き換えるか、視聴者に違和感があるかもしれないと
思いつつ“ルース・ボール”、“ルース・パック”と正しい言い方をしていました。
別に、意地を張るほどのことでもないのですが。ハハハ。

用語としては正しいけど、使い方が間違っているケースもあります。
ラグビーやアイスホッケーでは、反則をするとチームや選手に“ペナルティ”が
課されます。プレー中に反則があったことを告げる笛が鳴ったときアナウンサーが
「ペナルティがありました」と言うことがあります。
正しくは“あった”のは、“ペナルティー”ではなく“反則”です。
その結果として「反則をしたチーム(選手)にペナルティーが課されます」…ハハハ。

“ペナルティ”についての解釈は絶対に間違いない…ずっとそう思っていました。
しかし、ライターの生島淳さんと付き合うようになったとき、私が間違っていると
指摘されました。
「ラグビーにはFoulという用語がない」ことがキモでした。
iPadでスタッツを見せてもらうと、たしかにfoulはありませんでした。。
つまり、英語的にも、ラグビーの世界ではほかの競技のファウル(ルール違反)に
相当する言葉がペナルティ…NHKは決して間違っていたわけじゃなかったのです。
間違っていたのはこちらですが、今更、だれに頭を下げればいいのか。ハハハ。

WOWWOで何年かアイスホッケーの実況をやり、そのときに解説者とこのことを
話しましたが、ホッケー界では定着していたため受け入れてもらえませんでした。
英語の実況で、普通は“ニュートラル・ゾーン”と呼ばれる3分割されたゾーンの
真ん中を“センター・アイス”と表現しているのを聞いて、「実に分かりやすいし、
アメリカ人らしい簡潔な表現だな。この言葉を広めよう」とさんざん使いましたが、
これも、誰一人ついてきてくれませんでした。ハハハ。

ほとんどのスポーツが外国生まれですから、実況の中には“カタカナ”がたくさん
登場します。日本語に置き換えにくいのと、実況をスピード・アップしたい意識が
そうさせていると思います。“市民権”を得たものも多いですから「正しく使え」と
言っても簡単ではありません。

変化してきたものはあります。
陸上のトラックの直線を昔は“バック(ホーム)・ストレッチ”と言っていましたが、
その後“バック(ホーム)・ストレート”に変わりました。自転車競技では今でも
“ストレッチ”と言っているようですから、ややこしいですね。ハハハ。

マラソンや水泳では“ラップ・タイム”が“スプリット・タイム”に、テニスでは、
“ストレート”が“ダウン・ザ・ライン”に変わり、野球の“ドロップ”(タテに
曲がるカーブ)は消えました。
TBSの超ベテラン・アナがアメフトのポイント・アフター・タッチダウンを“PAT
(パット)”と言ったことがありましたが、私の“センター・アイス”と同じ運命を
たどりました。ハハハ。

一方、野球では、ストライクとボールのコールは正しい言い方に修正されましたが、
間違っている“デッドボール”(死球)や“フォアボール”(四球)は相変わらずです。
メジャーが日本の茶の間にライブで放送されるようになっても変わりません。
正しくは“hit by a pitch”や“base on balls”と長いですから、仕方がないかも
しれませんね。ハハハ。
ただし、アメリカでも実況などでは“base on balls”とは言わず、短く“walk”と
言っています。


“「スムース」。 それが、これからの新幹線の、コンセプト”

5年前、品川駅でそう書かれたポスターを見ました。
JR東海のダイヤ改正をPRするためのキャッチ・コピーでした。
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全国紙に全面広告が出たし、“エコ”を前面に出したテレビCMもありました。
とんでもない大金を投じているはずのキャンペーンのキーワードをJR東海だけで
決めたとは思えません。電通など大きな広告代理店が間に入って吟味したはずです。
両者をくらべ“スムーズ”が正しいと承知の上で、正しくないほうを選択した…
その裏にどんな狙いあるのか、大きな興味があります。責任者出てこーい!ハハハ。

広辞苑で“スムース”を引けば「スムーズの訛(なまり)」と出ています。
“smooth”ですから“スムーズ”と読むべきなのに、誰かが“スムース”と読んで、
それが広まったのでしょう。
このときのJR東海の“スムース”…“確信犯”と見ました。ハハハ。

生み出され、変化し、消えていく…言葉は生き物ですね。
by toruiwa2010 | 2013-01-13 09:02 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(6)
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“予告”どおり、「アナウンス論」は新年から言葉をテーマにしばらく連載します。
言うまでもなく、アナウンスの基本は言葉だし、私自身、言葉への関心は現役引退後も
持ち続けています。先日も“失笑”につて嫌味たっぷりに突っ込まれたばかりです。
元アナウンサーですが、言葉については絶対間違えないなどと言うつもりはありません。
これまでに、何度も間違いを指摘されています。たしかに間違いだと思えばその都度、
訂正もしてきました。日本語は、とてつもなく難しいのです。

過去の記事に手を加えたり、書き直したりしながら更新していきます。
言葉、アクセントなどに関するものが多くなりますが、今日は、“それ以前”の話です。
「1回目はぜひこれを」と思っていたのです。
読むと、日本語は難しいけれど、うまく使うとこんなに美しい。そして、簡潔な言葉でも
これだけのことを伝えられるのだと気付かされます。

では…。


「時の商人」

その商人は時を売っていた。
「いらっしゃいませ。時はいかがでしょうか?1分から承ります」

ある男は商人から1時間買った。
1時間買った男は、それを読書の時間に使った。

ある女は1週間買った。
1週間買った女は、それを海外旅行に使った。

「10年欲しいのだがね」
ある老人は商人に聞いた。
「お客様、10年だと、すこし値がはりますが」
「かまわん。10年ぶんよこせ」

10年買った老人は、それを病気の妻に譲った。

時に、ドラマを。 宝石 時計 長野


…真夜中に目が覚めて、することもなく、ネットをサーフしているときに、広告関係の
仕事をされている(らしい)方のブログ、“じだらく”で、紹介したい記事を見つけたのは
4年近く前のことです。九州では有名なテレビCMのコピーで、「深イイ話」でも流されて
いるのを見ましたから、ご存知のかたも多いと思います。まさに“深い”ですね。
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いくつかのパターンがあって、どれも素晴らしいできばえですが、この「時の商人」は、
特に訴える力があると思います。言葉の向こうに“ドラマ”が広がっていきます。
このコピーを作ったのは松田正志さんという方です。この人の手になるほかのコピーを
探してみましたが、見つけられませんでした。ただし、“長野時計店”のほかの作品は
“じだらく”で、今でも見られます。(http://goo.gl/RgVT)

…そう書いておいても「面倒だ」と思うかたもきっといるでしょうから(ハハハ)、あと2作、
紹介しておきます。全部で4作あるようです。現在も続いているのかどうかは不明です。


「にんげんの時間」

ひとりがすると1時間かかることを、

ふたりでやれば30分で終わる。

ひとりがすると1ヶ月かかることを、

30人でやれば1日で終わる。

人類が何千年かけても

まだできないこと

みんなでやれば

1日で終わるかもしれない。

もう、平和なんて、

1日あればできるはず。

時に、ドラマを。 宝石 時計 長野



最もメッセージ性が強いコピーですが、押しつけがましくないところがいいですね。
反戦、反権力、反原発…剥き出しの言葉で、声高に叫ぶより訴える力があると感じます。


「時間の関係」

人生で1時間だけ関係した人。
タクシードライバー、講演会の講師。

1年間だけ関係した人。
インストラクター、病院の先生。

5年間だけ関係した人。
別れてしまった恋人、前の会社の同僚。

10年以上、関係する人は、
あなたにとって、とても大切な人。

時に、ココロを。 宝石 時計 長野



読んだあと、どこか遠くに思いをはせる感じになってしまいました。
言葉の選び方が丁寧です。こねくり回したものではなく、平凡な、そしてありきたりな
言葉ですが、誰にも“思い当たるフシ”があるのではないでしょうか。
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「本当にやりたいこと…やってる?」
「人にどう見えるかって、そんなに重要?」
「誰かを悪く言って、楽をするのはもうやめよう」
「それって自分の言葉でしゃべってる?」


…そのころテレビでよく見た、超イケメン俳優を起用した某飲料水のCMコピーです。
“紙一重”ですが、そして、趣味の違いもあるでしょうが、どこか嘘っぽく聞こえます。
しかも、それぞれのコピーのあと、画面に「嘘は嫌いだ。」の文字が出ていたのがなんとも。
ハハハ。


「うまくごまかせたと思っているかもしれないけど、そうはいかないよ」
「生まれて来たことの意味って、考えたことある?」
「悩んでたってしょうがないぜ。行き詰ったときほど、行動するしかないのさ」
「パフォーマンスでも言葉でも、“借り物”はばれるんじゃないかな?」


…やっぱり薄っぺらなコピーですが、どうですか?
えっ?聞いたことありませんか?
そうかもしれませんね。さっき、私が作ったばかりですから。ハハハ。

お断りするまでもなく、超イケメン俳優さん個人に問題があるわけではありません。
“あざとい”コピーにしたのはメーカーの狙いがあったのだと理解しているし、同じように
彼が登場する東芝レグザは気に入って使ってますから。ハハハ。
by toruiwa2010 | 2013-01-12 08:35 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(6)
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・・・つづき

そのバンクーバーの女子フィギュアは期待通りの高いレベルの争いになりました。
テニスで言えば、ジョン・マッケンローとジミー・コナーズ、クリス・エバートと
マルチナ・ナブラチロワ、バスケットだったらマイケル・ジョーダンとマジック・
ジョンソン、ホッケーのウエイン・グレツキーとマリオ・レミュー…言い出せば
キリがありませんが、スポーツの世界には、ときにとんでもない“ライバルリー”
(ライバル関係)が生まれることがあります。
「二人、同じ時期に出てこなくても」と言いたくなることも。ハハハ。

キム・ヨナと浅田真央。
19歳の若さで素晴らしいライバルリーを築き、ファンを楽しませ、総決算となる
オリンピックでの対決への期待を持たせ、これ以上ない舞台でその期待にこたえて
くれたことに感謝しました。
順位が逆だったら…そんなことを言うもんじゃありません。一部にしても、もっと
ひどいことを言うやつがいるから国民性を疑われるんです。ハハハ。
あのとき、キム・ヨナはすべてがひとつにまとまって最高の演技をしました。
同じアジア人だし、国境を越えて素直に称えるべきです。

しかし、この時点で女子フィギュア史上最高得点を獲得したキム・ヨナの演技を
私は十分には楽しめませんでした。厳しく苦言を呈しておきます。

滑り出してから1分過ぎのスローパートでKアナはこんなことを話しました。

「今、19歳のキム・ヨナはカナダに来たときは15歳。
才能がありながら、非常にシャイで、スケートがあまり
面白くなさそうな(*1)少女だったそうです。
それが、カナダに来てこの4年間で、自尊心があって、
明るく前向きにスケートを楽しめる女性に成長した○○(*2)
その成長の・・・(*3)キム・ヨナの成長の記録を描いたのが
この4分間のフリーのプログラムです。


そのあたりでしゃべろうとあらかじめ用意していたメモを読んだのです。
元同業者として、アドリブで出てくるコメントでないことはハッキリ分かります。
ただし、完全な文章にしてしまうと、いかにも“読む”感じになってしまうので
箇条書きにしてあった可能性はあります。私もよくやりました。
それにしては、「面白くなさそうな」(*1)は日本語としておかしいですね。
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*2は聞き取れません。
「…成長しました」とするのが自然ですが、そうは聞こえません。
「…成長した・の・で・す」と言ったのでしょうか?
どちらにしても、ムニャムニャ…となったのは、文末をどうしようかと考えながら
文字を音に換えているうちにまとまらなくなったのではないかと推察します。
箇条書きにしておいて、同じミスをした経験があります。

このコメント全体が用意されたものだと考える決定的な理由は*3にあります。
リンクと文面を半々に見ていた目が一度メモから離れてリンクを見たあと、本当は
“キム・ヨナ”のところに戻らなければいけないのに、その先の“成長”という
文字に行ってしまったのです。
対応を一瞬迷った(・・・の部分:1-2秒)あと、結局、初めから言い直すことに
したのでしょう。そう考えれば、全体のつじつまが合います。

そんな、実況アナの“裏側”は、まあ、どうでもいいことです。ハハハ。
演技中にこの“どうでもいい”情報を32秒も聞かされた視聴者はたまりません。
オリンピック・チャンピオンになる可能性が濃厚なキム・ヨナの演技にあわせて
後世まで語り継がれるコメントを残そうと考えたのかもしれません。
しかし、そのおかげで多くの視聴者はせっかくの名演技を楽しむことができず、
“置いてきぼり”を食いました。
私は怒りを覚えました。“至福のとき”を奪われたのですから当然です。
スポーツ観戦を通じて得られる感動を放送席が“横取り”した典型的な例です。

安藤美姫のときにもスローパートになるのを待ちかねたように話し出しています。
「大好きだったお父さんとひきかえに出会ったのがフィギュアでした」に始まって
22秒のコメントを“読み上げ”ました。「“ひきかえ”ってなんだよ」と思いました。
“父親は亡くなったけどスケートに出会えた”ことを伝えたかったのでしょうが、
こういうときに“ひきかえ”はありえません。前もって用意したコメントなのに、
あまりにも無神経な言葉の選択です。

最終組6人のうち、滑走前に曲の紹介が終わっていたのは2人だけでした。
フラットのときは話が長引いて、「パガニーニの主題による狂詩曲」が演技開始後に
こぼれて、静かな曲調で始まる音楽にかぶってしまいました。
フィギュアを担当する多くのアナウンサーが同じ事をしますが、実況アナとしては
“落第”です。この種目では音楽も大きな要素だから曲名を紹介するのでしょう。
それなのに、演技開始と重なったり、開始後に紹介を始めたりするのは許せません。
ボルトが出場する陸上100メートル決勝でスターターがピストルを構えたとき、
ウインブルドン決勝のマッチ・ポイントでトスが上がろうかというときにしゃべる
バカがどこにいるか、という話です。ハハハ。

評論家・玉木正之が雑誌に寄せた“「栄光への架け橋だ!」は、五輪中継史上最高の
アナウンスといえるかもしれない。”と題する記事の中でこう書いています。

おそらく金メダル獲得の可能性が出はじめた頃から、
アナウンサーは日本男子団体体操の復活にふさわしい
言葉を考えはじめたのではなかったか。
この想像が正しいかどうかはさておき、この言葉は、
そう思えるくらいに完成された形容であり、美しい
表現といえよう。


誰にでも意見を言う自由はあるのだから構いませんが、一定の評価がある人物が
こんなことを書くから困るんだよなあ。ハハハ。
Kアナが発したフレーズが気に入っているようだが、原稿を書いた時点ではそれが
このオリンピックでNHKが主題曲にしていたゆずの歌から借用したものだとは
知らなかったようです。
“ああ言えばこう言う”という商売の人だからそれならそれで「歌詞とひっかけた
ところが素晴らしい」と言い張るかもしれませんが。ハハハ。

とにかく賞賛の嵐…、そのたびにアテネで味わった快感を思い出すのでしょう。
Kアナはこのとき、“アリ地獄”に落ちたと見ます。
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こういう放送がなぜダメか?
“実況者がその場にいる”感じが薄れてしまうからです。
放送席に座る前に作れるコメントは聞いていても中身が薄っぺらです。
第一、もし、冨田が落下したり、着地で大きく前につんのめったりしたらどうする
つもりだったのだろう、と思うとぞっとします。

以前の彼は圧倒的な人気だったようですが、当ブログへの書き込みやツイートでは
少しずつ“批判的な”意見も聞かれるようになりました。
意外に思いつつ、スポーツ実況は限りなく“原点”に近いところに戻ってほしいと
願っている私には嬉しい現象です。


バンクーバーのKアナはシューズの紐が切れた織田選手へのインタビューでも
叩かれていました。その件も書く予定でしたが、すでに相当長くなっていますので
割愛します。

できるだけ整理して論理的に書いたつもりですが、ファンが読むには“きつかった”
かもしれません。重箱の隅をつついている、と感じた方も多いでしょう。
大多数のファンは細かなことを気にせず、彼が実況中に言う“優しい”コメントに
胸を揺さぶられて好きになったのでしょうから。
しかし、実況に求められる重要なポイントがあるから重箱の隅をつついたのだと
理解してください。

万が一にも、彼がこんなブログを読むことはないでしょうが、ぜひ、スポーツ・
アナのあるべき姿に戻ってほしいのです。
その場にいる者だけが感じることを、用意した、あるいは、飾った言葉ではなく、
そのとき頭に浮かんだ言葉ですかっと素直に話してほしいと切に願います。
すでに指導的な立場にもなっているのでしょうから、責任は大きいのです。
このスタイルを“よし”として、真似する若手がますます増えたりしたら(すでに
増えつつありますが)一般の視聴者にとっては“最悪”です。

1月から始めたアナウンス論…自分の仕事でしたから現役を退いた今も実況には
関心があります。今日で、アナウンサーや放送・実況についての話は一応終わり、
来年は“言葉”にまつわる話をまとめていきたいと考えています。

ご愛読ありがとうございました。

(敬称略)
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by toruiwa2010 | 2012-12-24 08:21 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(10)
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・・・つづき  

ダメな実況 for example


このように、事前に準備したコメントを予定稿と言います。
アナウンサーなら誰だって出だしの言葉をどうするかは考えます。私も例外では
ありません。ただし、私の場合はほんの5秒、10秒分です。たいていの試合は
「サッカー(orテニス、ゴルフ、ボクシング)ファンのみなさん、こんにちは」で
始めていました。ユーロの決勝やチャンピオンズ・リーグの準決勝、グランド・
スラム決勝…マグニチュードの高い試合でも変わりませんでした。

用意した言葉が人の胸を打つと考えるのは錯覚だと思うからです。
Kアナの「・・・栄光への架け橋」が典型的な例です。
未明の日本列島があの瞬間に興奮と感動に包まれたことやKアナのコメントに
胸を打たれた人たちがいたことを否定はしません。
しかし、冨田の素晴らしい演技、数十年ぶりの団体金メダル…あの言葉がなくても
見ている人が感動する要素は十分だったのではありませんか?

直後のブログにこう書きました。

最後の冨田の演技が始まっているときの
「冨田が冨田であることを証明すれば、
日本は勝ちます」と、フィニッシュに
入るところでの「伸身の新月面が描く
放物線は、栄光への架け橋」には大きな
疑問があります。
「ああ、黙った方がいいのになあ」と
思いました。
私だったら、演技の前に「普通の演技が
できれば金メダルは確実です」、フィニッシュに
入る直前に「さあフィニッシュです」の一言だけ、
着地のあとは歓声が一段落するまで黙ったでしょう。
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テレビの前で見ているからの話で、その場にいたら、
あるいは同じことをしていたかもしれませんが。
そして、どちらがいいかは人によって違います。
そこはもう「好み」ですからね。
ただ、「アナウンサーはしゃべることが仕事」ですが、
WOWOWに来てからの私は「黙ることも大事だ」と
考えてやってきましたからこんな感想を持ったのでしょう。

さらに別の記事では“続き”として、こう書いています。

彼の実況にも、私のコラムにも賛否両論でしたね。ハハハ。
NHK内での評価を知りたいものと思って見ていましたが、
大相撲9月場所の千秋楽で、正面の実況を任されていた
ところを見ると、きっと、評価されていたのでしょう。
 
しかし、結びの一番、朝青龍・魁皇戦で立会いの一言を
聞いた時には思わず笑ってしまいました。 

12勝をあげ、すでに優勝を決めていた魁皇ですが、
次の場所で横綱を狙うためには、もう一番勝っておきたい
ところでした。
Kアナはそれを踏まえて、これも事前に用意したに
違いない一言を、立会いの一瞬に合わせて放ちました。
「13勝での優勝は、綱取りへの架け橋だ」!!
…見事な確信犯。ハハハ。

同時に、これで彼は、実況を担当するたびに
何か気のきいたことを言わなければいけないという
ラビリンス(迷宮)に踏みこんでしまいました。
あーあ大変だ。
Yアナは立派な後継者を持ったことになりますけどね。



フジテレビで実況していたときはあまり深く考えずに実況をしていました。
しかし、WOWOWに移ってからは「スポーツの感動はプレーそのものの中にある。
その感動は視聴者と“共有するもの”であって放送席が横取りしてはいけない」…
そう考えて放送に臨むことを心がけました。
グランド・スラムの決勝、ユーロの決勝などで勝敗が決した瞬間にも、ノド元まで
来ているフレーズを飲み込みこんで(ハハハ)「○○優勝!」、「○○が勝ちました」
にとどめ、あとは音声さんに歓声のボリュームを上げてもらうようにしていました。
ときには、解説者を手で制して…。ハハハ。

“黙る勇気”、“しゃべりすぎに注意”、“言葉を用意しない”…それが、私の実況の
コンセプトだったのです。ですから、よくしゃべる、しかも言葉で飾ることが多い
Kアナの実況が好きじゃないのは自然のことかもしれません。

たしかに「栄光への架け橋」「綱取りへの架け橋」は「…キスをしました」とともに、
ファンの喝采を浴びたようです。バンクーバー・オリンピックの女子フィギュア、
キム・ヨナのSPが終わったときの「撃ち返しました」はとっさに出た言葉として
私も「うまいっ」と思いました。しかし、ほかは“わざとらしさ”が鼻について
仕方がありません。

気をつけなければいけないのは、この手のアナウンスは“麻薬”に似たところが
あることです。視聴者にほめられ、新聞にも派手に取り上げられると「次はもっと
“受ける”ことを」と考えるようになります。
“ラビリンス”だし、“アリ地獄”だし、“麻薬”です。

つづく・・・

(敬称略)

おまけ:フィギュアスケートの実況


ちなみに、昨日のフィギュアスケートで女子を担当したフジテレビの後輩Sアナも
一部で評判がいいのかどうか知りませんが、どうでもいいフレーズを実況の中に
ちりばめていました。自分がひねり出す言葉に酔っているようで不愉快でした。

12/22のツイート

尻がこそばゆくなるフレーズのオンパレード。
後輩だけど、笑う。
こんなのを名実況とか言うのは間違いの元。
NHK/Kアナとともに、用意した言葉の空しさが
よく分かる。
「反面教師」として流すならいいけどね。


・“Sアナの名実況”として過去の放送から抜き出して紹介していたとき。
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西岡アナ「間違いありません。歴史に刻み込まれる
名演技でした」。
ためらうところだがよくぞ言い切った。
テレビで見ても最高だと思ったほどだから現場で見たら
もっと凄かったろう。隣の本田のうなずき具合も助けたに
違いない。はっきりと塩原を上回ったね。


・高橋大輔の演技が終わった瞬間の実況を聞いた直後。

数年前に、西岡アナと話す機会があったときに、余計なことだとは思いつつ、
「Sの真似をしていたら、絶対に抜くことはできないよ」とアドバイスしたことが
ありました。
男子と女子の違いもあるでしょう。コンビを組む解説者との相性もあるでしょう。
“フジのスケート”というくくりの中で聞けば、似た部分はあるかもしれませんが、
“西岡流”を作りつつあるように思います。
スタイルが違いますから、抜いたかどうかを言っても意味がありません。
しかし、どちらの言葉が聞く者の胸に迫るかは明らかだと思います。
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by toruiwa2010 | 2012-12-23 09:37 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(15)