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岩佐徹のOFF-MIKE

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実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

カテゴリ:岩佐徹的アナウンス論( 124 )

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当ブログではNHKのKアナの実況について何度も“クレーム”を付けてきました。
面識はないし、取材現場で同席した記憶もなければ、個人的な恨みがあるわけでも
ありません。まして、“ジェラシー&ひがみ”や“生理的に好きじゃない”ことも
理由ではありません。

全否定はしませんが、スポーツ紙などが安易に“名実況”と持ち上げる流れの中で
誰も何も言わなければ、そのまま定着してしまうことを恐れるからです。
これからアナウンサーになろうと思っている学生や若手アナが実況のあるべき姿を
取り違えてほしくないのです。

この3連休は今年の締めくくりとして“岩佐徹的Kアナ論”の3連チャンです。
今更、イニシャルにすることもないのですが、思うところあって…。
興味がない方は、どうぞ、火曜日に戻ってきてください。ハハハ。
  
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NHK・Kアナ論…その前に。

2008年の北京オリンピックを見ながら思ったことがあります。
「ハハーン、やっぱり、NHKのアナウンサーたちには“栄光への架け橋”からの
一種の“後遺症”があるんじゃないかなあ」。

“実況”とは、アナウンサーがその場で見たこと、感じたことを、“ふさわしい”
言葉で伝えることだと考えています。
感動の“押し売り”やシドニーの「ゴル ゴル ゴル」のような感動の“横取り”は
お断りです。ハハハ。

スポーツの現場で生まれている感動が素直な形で視聴者に伝わらない理由の
一つは何度も書いてきたとおり、“用意した”言葉です。“予定稿”と言います。
大きな試合の中継を担当すると、放送の冒頭で言うコメントを作り、局面ごとに
「うまい表現を挟まなくては」と考えてしまうのです。オリンピックやワールド・
カップのような大舞台になると、ビデオがライブラリーに残り、10年、20年に
わたって繰り返し放送されることが頭をよぎります。“いいところを見せねば”と
プレッシャーがかかります。
…結果は“空回り”することが多いです。

十数年前までは、放送の冒頭部分で常に“ひねった”フレーズを言うベテランの
Yアナウンサーがいました。サッカー・ファンの間では“名アナ”として、とても
人気があるアナウンサーでした。嫉妬しました。ウソですが。ハハハ。
聞いて「いいなあ」と思って育った人たちが真似をしても不思議ではありません。
決定打がアテネの“架け橋”でした。その前に…。
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作文コンクールじゃないか!

予定稿の量が増え始めたのは最近15~20年でしょうか。私は徹底して否定論者です。
2006年ワールド・カップのときに書いたものを中心にいくつか記事をアレンジして
事前に文章を用意することの“愚”をまず示しておきたいと思います。
私の“持論”ですから、初めての方も、そのときに読んだ方も(お忘れでしょう)、
この機会に読んでいただければさいわいです。

声は届いています。はるか東の方から。
何百万何千万もの思いが大きな塊となって聞こえてくるようです。
遠かった道のりでした。日本の、世界の舞台に初めて登場する
その相手はアルゼンチン。世界が注目するカードです。


98ワールド・カップで日本が第1戦を戦ったときのYアナの第一声です。
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さらに、2002年日韓ワールド・カップのときにも…

4年前のあの日が、昨日のことのようです。
1400日をまたいで、かすかな負い目と
それを上回る自信を私達は胸のうちに秘めてきました。
今、ここに再び立ち上がるときがやってきました。
第一戦の相手はベルギーです。(日本-ベルギー)

魂のドイツ、技のブラジル。世界を代表するつわものが、
初めてあいまみえる時を迎えました。実力、風格、プライド。
すべてを自らのものとする両雄の戦いです。

胸高鳴るとき、声高まる一瞬。ワールド・カップが始まって
72年目にして、この対決の幕が切って落ちようとしています。
(決勝・ドイツ-ブラジル)


アドリブだとは思えませんが、きちんと書いたものを読んだのかと聞かれると、
それもはっきりとは分かりません。それにしては推敲が足りないからです。
「自信が負い目を上回る」、その自信を「私たちは胸に秘めてきた」、「すべてを
自らのものとする」など不思議なフレーズがあって、完成度が低いと思います。
そして、最後の文章では「幕が切って落ちる」と言っていることに戸惑います。
「幕が上がる」あるいは「幕が切って落とされる」(始まるとき)、「幕が下りる
(終わるとき)」は聞きますが、「切って落ちる」は一度も聞いたことがありません。

…2006ワールド・カップ、日本・クロアチア戦でのUアナはこう始めました。

日本サッカーが問われる瞬間がやってきました。
90分間の集中力だけではありません。
これまで費やしてきた日々を思い起こすことです。
決してくじけないことです。
くじけたとき、日本サッカーのドイツでの挑戦は
終わりを告げます。
ワールド・カップ・ドイツ大会、グループ・リーグ
日本対クロアチア。両チームともに決勝トーナメント
進出をかけて、生き残りをかけた一戦となりました。


クリソツ…いや、そっくりじゃありませんか?ハハハ。
それより、お聞きになってどうでしたか?

私は“実況”を仕事にしてきた者として、納得がいきません。
何よりも、これは試合前夜のホテルの一室でも、もっと言えば、日本を出る前に
自宅のリビング・ルームでも作れる文章であることにガッカリします。これじゃ
「作文コンクールじゃないか」と思うわけです。
なぜ、スタジアムのスタンドに座っているあなた自身が見たまま、感じたままを
言葉にしないのですか?と問いたいのです。

言葉を商売道具としてある程度の経験をつんできたアナウンサーなら、この程度の
文章はいくらでも作れるでしょう。
しかも、たったこれだけの文章なのに、ほころびがあって、私ならこのまま口に
するのをためらいます。

Kアナ論に入る前に相当長くなってしまいました。今日はここまで。ハハハ。
以下は、明日に続きます。

つづく・・・

(敬称略)
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by toruiwa2010 | 2012-12-22 08:53 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(9)
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女優としてのイメージが完全に定着していますから、野際陽子がかつてNHKで
活躍したとてもすぐれたアナウンサーだったことを知っている人は少なくなって
いることでしょう。ウィキペディアには、1958年にNHK入局、62年に退社して
TBSの専属になり、「女性専科」に67年まで出演した、とあります。

私のフジテレビ入社は1963年でしたから、少し先輩になりますが、アナとしての
キャリアは重なる部分があります。
彼女が民放に移籍して活躍していたころは「ふーん、まあ、美人だよね」ぐらいの
感慨しか持たなかったと記憶しています。
先輩より後輩、上司より部下、巨人よりその他の球団、NHKより民放…とにかく、
多くの人が褒めたり高く評価したりするものをそのまま認めることを潔しとしない
“ゆがんだ”性格は当時からのものです。ハハハ。
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女優デビューしたあと、そちらでの活躍が目立つようになってアナウンサー生活は
短かった人ですが、真っ先に世間的認知度が高くなった女性アナは彼女でしょう。
なにしろ、当時の女性アナは、男性アナの横でうなずいたり相槌を打ったりする
ぐらいしか仕事がなく、ニュース番組でも今だったら「たこのパウルが死んだ」、
「アサガオ市が始まった」など、トピックスねたしか読んでいませんでした。
“刺身のつま”状態だったのです。

「女性専科」はニュースも扱いましたが、ゲストを呼んで話すコーナーもあって、
モーニング・ショーの先駆けになった番組でした。
すべてに対して謙虚になった(ハハハ)いま振り返ると、上品で語り口のキレイな
すばらしいアナウンサーだったと思います。
前後を含めて、長いテレビの歴史上、美しさと知性を兼ね備えて彼女を追い越した
アナはいないと言ってもいいかもしれません。
高島彩はいい勝負をしていますが、時代が違いすぎて比較することがむつかしいし、
意味がないでしょう。
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旅先で「ミヤネ屋」を見ていたら“30代40代に聞いた、こんな風に年を重ねたい
60歳以上のあこがれの人”というランキングをやっていました。

1.吉永小百合
2.八千草薫
3.森光子
4.岩下志麻
5.野際陽子


…妻は途中から「絶対、野際陽子よ」と言い続けていました。5位という結果には
まったく納得していません。私は1位.八千草、2位.野際…ですかね。
吉永の1位には「お好きなように」、3位・森、4位・岩下には「そりゃないよ」と
声を大にして反対しておきます。
森さんとは番組をご一緒したことがあるし、岩下は高校の1年後輩で妻のクラス
メイトでしたから、なんの恨みもありませんが。ハハハ。

途中で女優に転向したことを本人がどう思っているかは分かりませんが、NHKで
アナウンサーを続けていたらどうなっていただろうか、と思うことがあります。
きっと、国民的な人気アナになっていたでしょう。
ただし、もう、とっくの昔に画面から消えていたでしょうが。ハハハ。
by toruiwa2010 | 2012-12-16 09:19 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(6)
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ご推察の通りです。プライドだけは高い男ですから、若いころは本当に生意気で
先輩の評判もよくありませんでした。
「誰かに教えてもらったり、誰かの真似をしたりしたことはありません」などと
公言して、系列局同業者達の顰蹙を買ったものです。
かっこつけて言ったのではなく、本当にそう思っていたのです。
ある意味“可愛い”(イタイ?)のですが、当人は気づくはずもありません。
「こいつ、テングになってやがる」と思われていたことでしょう。ハハハ。
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2489「オリンピック・アナの通信簿~オリンピックをふりかえる6~」に
書きましたが、例えば、バンクーバー・オリンピックに各局から送り出された
アナウンサーの中で、一番、がんばったのはテレビ朝日の進藤潤耶アナだった
と思います。33歳、ようやく入社12年目に入ったところでした。

ロンドンのコンソーシアムの最年少・西岡孝洋(フジテレビ)アナは36歳でした。
一昔前なら“パシリ”だったでしょうが、第一線で活躍しました。

今のスポーツ・アナは、私達の時代よりはるかに早く実戦に投入されるため、
その成長もくらべものにならないほど早くなっています。
進藤アナや西岡アナはそのいい例でしょう。
育て方がうまい…という話ではありません。素材のよさはあるでしょうが、
年を追って、若手アナの成長が早くなっているのには理由があります。
それはアナウンスに限らず、あらゆる分野に共通していると思います。

サッカーに例を取れば、“マラドーナの5人抜き”という伝説的なプレーが
ありました。当時は、そのすごさに目を見張ったものです。
しかし、今、ビデオで見ると、それほどすごいとは思いません。あの程度の
テクニックを持ったプレーヤーはメッシを筆頭に世界に数多くいるはずです。
今年の9月、ブンデス・リーガで宇佐美貴史が見せたドリブルからシュートまでの
流れを見ると、個人的にはマラドーナよりはるかにレベルが上だったと思います。

それは決してマラドーナの選手としての素晴らしさを損なうものではありません。
彼のドリブル・テクニックを真似て、子供のころから同じようなプレーを心がけ、
身につければ、彼を上回るプレーヤーに育っても少しも不思議ではないでしょう。

私が好きな映画の世界でも、同じことが言えます。
撮影のテクニック、映像のマジックや斬新な演出法は、後に続く映画人が継承し、
それを改良してひとつ上のレベルに上げていきます。その積み重ねが今の映画に
集約されて30-40年前とは比較にならない楽しさを私たちにもたらしているのです。
もちろん、古い映画にはそれなりの良さが否定されることはないし、先人が残した
功績は映画史にしっかりと記録されています。
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アナウンスも同じです。
私が「実況に関しては誰の世話にもならなかった」などと胸を張ったのはもちろん
とんでもない“勘違い”だったのです。
子供のころから、NHKラジオでスポーツ中継を聴いていました。
知らず知らず、どんな場面でどんな言葉を使って、どんな描写をするかについての
知識が脳の中に蓄積されていたのです。“無意識の訓練”は、プロになってからは、
もっと中身の濃いものになっていたはずです。

はっきりと、学ぼう、真似ようとは思っていなくても意識下で先輩たちの実況から、
自分に向くもの向かないものを取捨選択していたのです。
「世話にならなかった」などとは、口が裂けても言えないのです。ハハハ。

私たちは、スタート地点に立った時点で、20年前の先輩より進んだ知識や技術を
持っていました。それは先人たちのおかげです。
私より20年前後遅れてアナウンサーになった森下桂吉(テレビ朝日)や三宅正治
(フジテレビ)アナは私たちから多くの“財産”を受け継いで実況人生をスタート
しました。ダメダメ。否定はできないんだってば。ハハハ。
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現在20代、30代の若手アナは、さらに進んだ地点からスタートを切っています。
それを考えたら、“早熟”はむしろ当然なのかもしれません。
まるで“尺取虫”のようです。歩みが遅いように見えても、決して後退することも
停滞することもなく、常に少しずつ前進を続けます。

若い人の実況を聞いていて「えっ、まだ10年目?」、「自分が40歳のときの自分は
こんな放送は出来ていなかった」とびっくりしたり感心したりすることが多いです。
15年ほど前のことですが、一緒に仕事をした元NHKの島村アナとニューヨークや
パリのレストランで、よく“実況談義”をしました。
そんなとき、「今の若手は“達者”だよねえ」と言い合ったものです。
使う言葉、解説者とのやり取り、盛り上げ方…少しずつ変化しますが、基本的な
“型”はすでに出来上がっています。そこに、味付けをしていけばいいのですから、
達者になるはずです。

ただし、言うまでもないことですが、“達者=うまい”ではありません。
なんとなく形になっているのが“達者”であって、視聴者の邪魔にならず、感動を
共有できるアナウンスが“うまい”…でしょうか。
両者を分けるのが何か?は難しいです。私は“ハート”だと思っていますが。

何を言いたいか?
今の若手アナたちのレベルが上がっているのは事実です。
しかし、視聴者の耳も肥えています。少し達者に実況できているからと言って
決して安心してはならない、ということです。
そして、できることなら無意味な“絶叫”を競い合うのではなく、的確で視聴者の
共感が得られるような描写と内容とで勝負してほしいものです。
彼らがその気になれば、そんなに難しいことではありません。だって、“基礎”は
できているのですから。
by toruiwa2010 | 2012-12-15 09:02 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(2)
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宮根誠司を語ると、どうしても伊藤利尋を語らないわけにはいきません。
自称・“伊藤アナ応援団長”としてこのブログに何度か書いてきました。
今は、フジテレビの午後の情報番組「知りたがり!」の司会をしているアナです。
書くまでもないことですが、後輩だから、ではなく、アナウンサーとしての力量が
素晴らしいからです。さらに言えば、そのことが世間的に認められていないことに
腹が立つから、です。ハハハ。

アミーゴ(愛称)が入社したのは1995年ですから、その年の9月からWOWOWに
出向した私はすれ違いになっています。個人的な接点はまったくなく、数年前の
OB会であいさつを交わした程度です。
しかし、彼に注目したのはかなり前のことです。
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入社4,5年目ごろだったと思いますが、“ほんじゃまか”・石塚と組んで情報番組を
やっていました。タイトルは「うなぎのぼり研究所」…略して“うな研”。ハハハ。
経験が浅いですからぎごちないところもありましたが、「うーん、フジテレビにも
本格的にバラェティーをこなすアナウンサーが出てきたなあ」と思ったものです。

それまでにも、福井謙二をはじめ何人かの“色もの”アナはいましたが、彼ほどの
若さでお笑いタレントとほぼ対等に渡り合うアナはいなかったと記憶します。
逸見政孝も少し違います。
伊藤の特徴は“回転の速さ”にあると思います。相手の言うことをすぐに消化して
的確に返していく…しかも、ボキャブラリーも豊かですから話が分かりやすいです。
「知りたがり!」の進行を見ていると、硬軟取り混ぜたニュース・話題をきちんと
消化していることがわかります。だから、自分の言葉で話せるのです。
他人が書いた原稿を棒読みしているように聞こえるほかのアナとは大違いです。

「知りたがり!」の伊藤アナにもっと注目してほしい。
回転の速さは抜群!社内各部から仕事のオファーが
殺到していると言う。当然だ。
今のテレビ界で彼ほどのウデを持ったアナはいない。
悲しいかな、制作者は宮根という名のある男になびいて
しまった。フジは自社の財産 を埋もれさせている。

2年半前、そうつぶやいたところ、「私も好きです」、「わかりやすい」、「適役だ」と
6,7人の方が反応してくれました。分かる人は分かっている、と少し安心しました。
数が少なすぎることには相変わらず不満がありますが。ハハハ。

日曜日夜10時からの「情報エンタメLIVE ジャーナる!」でも、彼のタレント性は
十分に発揮されていたと思うのですが、フジテレビの編成・制作は理解に苦しむ
行動に出ました。10%を超える実績を残していたこの番組をわずか半年で終了し、
宮根誠司を滝川クリステルと組ませて新しい番組を始めたのです!“愚挙”です。

前番組「ジャーナる!」がマークしていた10-12%では不満だということで宮根と
滝川を引っ張ってきたのでしょうが、1回目の視聴率は9.9%とふるいませんでした。
注目され、制作陣が最も力を入れたはずの1回目がこれではなあと心配しましたが、
その後も数字は伸びません。少なくとも“目論見”は3~5%増だったはずです。

アナ出身ではあっても、芸人・タレントと違いますから厳しいかもしれません。
古舘やみののように“上から”ではなく“下から”接する手法はいいのですが、
東京にはすでに羽鳥慎一(日テレ)や安住紳一郎(TBS)がいますからねえ。ハハハ。
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話が宮根に戻ってしまいましたが、“仕切り屋”としての伊藤の腕は傑出しています。
もっと認められていいと思います。
全体の流れをスムーズにした上で、ニュースを読み、電話インタビューをこなし、
ときに絶妙なギャグをさりげなく“放り込む”…大塚の代役として「めざまし」を
仕切っているところを いつも「達者だなあ」と思ながら見ていました。

安住や羽鳥のようなカッコよさはないかもしれませんが、アナウンサーとしての
実力と“仕切り役”としてのテクニックでは決して負けていないと思います。
“身びいき”じゃないか?それは一切ありません。たとえ後輩でも、アナウンスを
はじめ放送に関しては“是々非々”がモットーですから。ハハハ。

情報系の露木茂、野間脩平、須田哲夫、逸見政孝、“モグラのお兄さん”・小林大輔、
「料理の鉄人」・福井謙二…開局から半世紀を超える歴史を持つフジテレビですが、
“スター”としてもてはやされた男性アナウンサーはそれほど多くありません。
それだけに、私の伊藤アナへの期待は果てしなく膨らむのです。ハハハ。

「知りたがり!」は原発、TPPからバレーボール、芸能ネタまで 幅広いニュース・
話題を扱っています。番組での彼の役割は、登場するその道の専門家と ほとんど
知識のないレギュラー陣の“仲介”です。
間延びしないようにテンポよく番組を進行させるには彼の持ち味はうってつけです。
スタートしたときに、住吉&ロンブー・敦がいる上に選び方が雑なレギュラーが
並んでいるのを見て知ってがっかりしました。彼の“ワザ”が生きません。
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ワザとは“飲込みの速さ”と“回転の速さ”が生む整理された話術です。
相手が話したことを瞬時に消化してポイントを整理し、豊かなボキャブラリーで
的確に返せるのは飲込み&回転の速さがあるからでしょう。
専門家の話の難しい部分を分かりやすい言葉に“置き換える”、足りないところを
補足する…しかも、紋切り型の話し方ではなく、自分の言葉で話せるのは問題点や
カギになるところを彼自身がきちんと理解しているからです。

…さすがに、単なる先輩にしてはほめすぎたかもしれませんが、局の財産である
アナウンサーをあまりにも粗末に扱う古巣に我慢がなりません。
くれぐれも番組不振の原因を彼に押し付けないように。
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羽鳥・安住のフレンチ・イタリアンに通じるスマートさ、宮根のお好み焼き的な
親しみやすさに対して、伊藤には肉じゃがが持つ“安心感”があります。
どれも好物ですから選択に迷いますが、肉じゃが・伊藤利尋…もっと注目され、
もっと活躍の場を与えられていいアナウンサーだと思います。
反論・異論があったら受けて立ちます。ハハハ。
by toruiwa2010 | 2012-12-09 08:55 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(8)
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この数ヶ月間を見ると“アナウンス論”から寄り道している感じがありますが、
過去に書いたアナウンサー&アナウンスにかかわる記事をここにまとめたいという
思惑があるからです。ご容赦ください。
この記事が100本目になります。我ながらよくぞ頑張りました。
できるだけ年内にこの傾向に歯止めをかけ、1月からは新しいシリーズに移ろうと
考えています。もう少しご辛抱を。ハハハ。

宮根誠司については「アナウンス論91」でも書きましたが、今日は“続編”です。

「Mrサンデー」のMCとして東京での本格的活動を始めたのは2010年の春でした。
不思議なキャラクターの持主です。なかなかいいなと思うときがあるかと思えば、
これはなんだ?と首をかしげるときもあります。そのせいか、目論見ほど(たぶん)
仕事は回ってきていないようです。私の評価もまだ定まっていません。
諸事情があって“2010年春”を選んだのでしょうが、印象としては、もう少し、
“助走”の時間をとった方がよかったのではないかと思います。

イメージはじゃがいも…どうでしょうか?
ほっこりと温かくて、マッシュポテトのように“ツブシ”がききそう。ハハハ。
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くどいようですが、なぜ、「ミヤネ屋」とほぼ同じ趣向の「Mrサンデー」のような
番組を出発点に選んだのかがいまだに分かりません。
満を持しての東京進出なら“別の宮根”を見せるべきだったと思います。
それでも彼が出たことによって視聴率が上がればよかったのでしょうが、今でも
10%前後で、伊藤アナが仕切っていた前番組と少しも変わりません。

91にも書いた通り、やわらかい関西弁を使ってテレビに登場し、成功を収めたのは、
今東光、高坂正尭、高田好胤といった“文化人”たちでした。続いて、少しずつ、
芸人・芸能人たちが上京するようになりました。“草分け”的な存在は、笑福亭仁鶴、
桂三枝あたりでしょうか。

彼らが成功すると、“二匹目”、“三匹目”のどじょうを狙って我も我もと、東京に
集まってきました。中には、テレビで働く私たちでさえ名前を聞いたことがない
タレントもいました。ものの見事に“進出”に失敗した2人の芸人さんが脳裏に
よみがえります。月亭八方とぜんじろうです。

私はまったく違和感がありませんが、一般的に言うと、東京人は関西弁を聞くと、
“しつこさ”や“品のなさ”を感じてなんとなく抵抗があるようです。
では、その抵抗を突破して“こてこて”の関西弁を話しながら東京で“成功”した
芸人・タレントたちの秘密は何か?
難しいですが、どこかに“可愛さ”を持った人が多かったように思います。
ほっしゃん。などがその典型でしょう。

八方は同じタイプだと思いましたが、うまくいかず、さっさとUターンしました。
己を知る。ハハハ。“上岡竜太郎の一番弟子”が売りだったぜんじろうは、まったく
通用せず、あっという間に消えて行きました。今どこに?

宮根は、どちらかといえば、“ごつごつ”していて“野暮ったい”顔をしています。
しかし、“人懐っこい”部分が可愛さにつながるかもしれません。
たぶん普通の関東人だったら、彼の第一印象は、「少し“べたつく”けど、なかなか
面白いなあ」といったところではないでしょうか。
“関西のみのもんた”と言われていたそうですが、そこまで押しつけがましくは
ないと思います。ハハハ。
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「Mrサンデー」は宮根らしさが出ていませんでした。
これでは意味がないと、すぐに見なくなりましたが、「ミヤネ屋」は見続けました。
「知りたがり」が始まってからは、微妙な関係になりました。「知りたがり」から
見始めて、苦手な某女性アナのコーナーでチャンネルを変えます。ハハハ。

見ているうちに少し評価が変わっていきました。
前に前にと“しゃしゃり出る”タイプではないし、ユーモアのセンスもいいので、
基本的な“好感度”はあるのですが、案外、“アドリブ”がきかないところや、政治・
経済など、テーマによっては知識不足を露呈する場面を見て「“ええ奴や”だけでは
厳しいぞ」と思うようになったのです。
知識があろうがなかろうが(ハハハ)、また、どんなテーマであろうが、自信満々で
かなり強引に仕切っていく辛坊やみのもんたとの差を感じました。

“悲観的”な話が多くなりましたが、明るい材料がないわけではありません。
徳光和夫が地上波から“撤退”し始めています。みのや小倉智昭は少し“時代”が
ずれてきています。先にフリーになった元日テレの福澤朗や羽鳥慎一もそれほど
幅広くは起用されていません。島田紳助が戻ってくることはないでしょう。
バラエティーを仕切る司会者については需要と供給のバランスが悪いのです。
そういう意味では“追い風”が吹いていると言っていいでしょう。
驚いたことに、フジテレビの選挙特番の司会を安藤優子と組んでやるそうです。
“勝負”に出たなあ、という感じです。きちんとこなせば評価が上がるでしょう。
安藤とどう渡り合うのか見ものですね。本番中にもめなきゃいいけど。ハハハ。
by toruiwa2010 | 2012-12-08 08:43 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(2)
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相変わらず、よくテレビを見ています。
朝や昼のワイドショーのコメンテーターたちには“突込みどころ”が満載です。
「この間言っていたことと違うじゃない?」、「番組の考え方に沿った発言だね」、
「君に“正義の味方”ヅラをされてもねえ」、「あんたがそういうことを言うな」…
そんな中で、一部の顰蹙を買うかもしれませんが、ずっと、デーブ・スペクターの
“かくれ”ファンでした。
“すべる”ことや国中を敵に回すことを覚悟した上で放つジョークがたまりません。
かわいいじゃないですか。ハハハ。
こまかいところで“いたずら”を仕掛けますから、気をつけないといけませんが。

週刊文春で阿川佐和子と対談したとき、冒頭にこんなやりとりがあります。


阿川:それにしても日本語 上手ですよねえ。
デーブ:そうでもない。まだナマってるんで。こないだタクシーに乗って
TBSと言ったら恵比寿に連れていかれた。
阿川:あ、そういう話なら日本人でもいっぱいいる。
タクシーで「横浜の軽井沢」って言ったら長野の軽井沢に連れて
行かれたって人がいたんだって。

…これ、阿川がデーブの“ネタ”にひっかかっていますよね?
TBSを恵比寿と聞き間違えることは実際には起こりにくいですから、ここでも
“デーブ流”のダジャレをかましたのだと思います。“ネタ”でしょう。
周りに芸人がいたら、間違いなく「ありえへん!」と突っ込まれていたはずです。ハハハ。
“才女”・阿川が“まともに”受けこたえしているのがおかしくて笑いました。
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「とくダネ!」でシャチに追い回されるペンギンの話を紹介していました。
必死に逃げるペンギンは、撮影しているカメラマンのボートに飛び乗って奇跡的に
難を逃れたのです。やれやれと胸をなでおろすほほえましいエピソードです。
しかし、そのままで終わると“デーブ・スペクター”ではありません。ちゃんと
期待に答えてくれました。
「名曲がありましたよね。“ここにシャチあり”」。お見事!ハハハ。


“超おいそが氏”のデーブは「とくダネ!」終了後、大阪に移動して2時からの
「ミヤネ屋」に出ることもありました。何が根拠なのか知りませんが、“日本一の
コメンテーター”だと、宮根がしきりに持ち上げていました。
ほんの少し時間が余ったときでも、デーブなら、達者な日本語で気が利いた一言を
放り込んでくれる。その気になれば、司会者の“振り”次第で真面目なコメントも
できるだけに“使い勝手”のきわめていいタレントでしょう。

「たかじんのそこまで言って委員会」で、“9.11はCIAの陰謀”説が出たとき、
異常なほどムキになっているのを見たときは驚きましたが、ふだんは、きわめて
穏やかで何を言われても笑って聞き流しているのは、人間ができているのでしょう。

発言内容も、ダジャレやふざけたものばかりではありません。
彼なりのエスプリが含まれていているものもあり、話題によっては、そのときだけ
(ハハハ)、外国人になってきちんとした提言をすることもあります。
ときに“ピンとはずれ”に聞こえる発言もありますが、私には、“あえて”はずして
いると思え、ある種の“かっこよさ”さえ感じます。
依頼があれば、どんなに小さなコメントでも決して断らないことや、何を言っても
“憎めない”ところが、長続きし、重宝がられる理由でしょうか。

週刊文春の対談の最後はこうなっていました。

阿川:今後の夢は何ですか?
デーブ:別にないですよ。自分が出ている番組の視聴率だけ欲しい。
僕、「自分が死んだらテレビで何分やってくれるかなあ」って、
そればっかり気になってるの。30分以上かどうか。

…見上げたプロ根性じゃありませんか。ハハハ。
by toruiwa2010 | 2012-12-02 08:15 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(6)
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日本でテレビ放送が始まってから半世紀以上たちます。
スポーツ中継は初めからテレビの“花形”でした。高価な受像機の普及のために、
テレビ・家電業界は街角にテレビを設置しました。
“カリスマ”的だった力道山のプロレスなどを見せることで、テレビの面白さを
広めようとしたわけです。まだモノクロだったし、画面も小さなテレビでしたが、
この“街頭テレビ”には、いつも黒山のような人だかりができていたものです。
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私は、それ以前、古橋広之進が大活躍した水泳や白井義男のボクシング・タイトル・
マッチなど、ラジオの時代からスポーツ中継に耳を傾けていました。
中学生のころ、我が家にテレビが来ると、ますます拍車がかかり、遠くの出来事を
まるで目の前で起きているかのように伝えるアナウンサーの声にスポーツ好きの
少年はイメージをふくらませたものです。
スポーツ・アナへの憧れはそのころ無意識のうちに芽生えていたのでしょう。

1963年、アナウンサーになってから70年代終盤までは“いい時代”でした。
事前の打ち合わせはしますが、いざ、放送が始まれば、95%は自分が思うとおりに
しゃべれたからです。極端に言えば、放送の中身を自分が決められたのです。
しかし、やがて、プロデューサーやディレクターが力を持ち始めると、“あれや・
これや”と注文をつくようになりました。“やりにくい世の中”になったのです。
ハハハ。

“センター方式”が登場したのは、それ以前、1970年代初めのゴルフ中継でした。
それまでの中継では、各ホールに担当アナを置いて、実況を任せるのが普通でした。
私の記憶によれば フジテレビが初めてセンター方式を採用したのは、1973年に
横浜CCで開かれた「ペプシ・ウイルソン・トーナメント」を中継したときです。
18番ホールのグリーン横に簡単なセットを作り、そこに解説者と一緒に座った私が
全ホールの実況を担当したのです。

まだ、マイクとイヤホーンが一体になったヘッドセットはないころでした。
私は、ふだんADがディレクターとの連絡に使っているインターカムをつけた上で、
マイクとイヤホーンを2段重ねでつけるという不自由な態勢で放送に臨みました。
ハハハ。

ディレクターからの「次は17番、青木のティー・ショットに行きます」という
連絡があって画面が切り替わり、「さて、17番のティー、青木がこれからティー・
ショットに入ります」と実況をつけていくのです。
それぞれの担当アナが実況するよりスムーズに放送が進み、全体の“一体感”が
出ますから、このころのゴルフ中継はどの局もこの方式を取り入れ始めていました。

やがて、センター方式はアナウンサーの“敵”になります。
一体型のヘッドセット・マイクが開発されると、中継車のディレクターと放送席の
アナウンサーの連絡が容易になりました。
制作者側が力を持ち始めた時期と重なったのが不運だったかもしれません。ハハハ。
“連絡”は“アドバイス”になり、それが“指示”に変わるのに そんなに時間は
かからなかったと思います。運が良かったのは そのころまでに、フジテレビでは
アナウンサーをやめていたことでしょう。
この“耐えられない”状況を経験しないですみました。ハハハ。


“指示”が適切なら、問題はありません。
しかし、テレビ草創期のころから、スポーツを担当するディレクターの中には
「たとえ、試合がつまらなくても盛り上げろ」などと、ワケの分からないことを
言う“やから”がいましたからねえ。ハハハ。
サッカーのユーロ2004・準決勝、ギリシャvsフランスを担当したとき、ハーフ・
タイムに、「もう少し盛り上げてくれと東京で言ってます」とADから告げられた
ことがあります。解説は早野宏史さんでした。あれほどお口の達者な早野さんが
サジを投げるような試合でした。
「そんな、化石のようなディレクターがまだいたのか」とあきれたものです。
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ブログへのコメントにつられて、あるサイトをのぞいてみました。
某大学で開かれたフォーラムでテレ朝のKアナが語ったことが採録されています。
常に自分がやりたい実況ができていたわけではないことを訴え、「裏番組がCMに
入ったから、ここで盛り上げろ」とプロデューサーから指示されたこともある、と
話していました!!
“前世紀の遺物”みたいな奴がここにも生き残っていたようです。

「小川宏ショー」を初め、朝や昼のワイド・ショー番組がしのぎを削っていたころ、
副調整室には各局のライバル番組を映し出すモニター・テレビが並んでいました。
他局のCMとタイミングを合わせたり、逆にずらしたり、という“細かいワザ”を
使ってコンマ1%を争っていたのです。“生命線”ですから当然ですが、テレビの
視聴率競争は常軌を逸している部分がありました。
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フジテレビは1977年からバレーボールのワールド・カップを放送していますが、
視聴率がよかったのは、初めの数回だけで、その後は“右肩下がり”でした。
「任せるから視聴率を上げろ」と言われて1999年大会の責任者になった男は、
“できる”奴でした。私も何回か組んだことがあります。アイディアも豊富で
従来のディレクターたちにくらべ、はるかに独創的な考えを持っていました。
しかし、このとき彼が立てた“作戦”はあまりにも過激な改革を伴っていため、
社内外の各方面から強い非難を浴びることになりました。

一番大きな変化はアナウンサーの起用法でした。
フジテレビのエース、三宅をメインにしたのはいいとして、ネット局から、神田(tss)、
鈴木(SUT)を呼び、この3人にゴールデンで放送する日本の試合を任せたのです。
それまでバレーボール中継を地道に頑張ってきた 3人より先輩のフジテレビの
ベテランたちは“その他”の試合に回されました。三宅もそれまでバレー実況は
ほとんどやっていませんでした。

親しかった関係で、当のプロデューサーがその構想を示して「どうですかね?」と
意見を求めてきましたが、「どうですかって、もう決めているんだろう?」としか
言えませんでした。形はいかにも意見を求めているようですが、異論を唱えたって
聞く耳を持っていないことは目に見えていました。ハハハ。

系列の二人が選ばれたのは、フジのベテランの実況がおとなしめだったのにくらべ、
彼らが“意味もなく”絶叫するタイプだったからです。
大会が始まると騒々しい放送の連続で聞いちゃいられませんでした。ハハハ。
しかし…。しかし、いい視聴率を稼いだのです。

“勝てば官軍”、担当者にはまったく反省の色がありませんでした。彼にしてみれば、
「任す」と言われた以上、やりたいようにやるしかなかったのです。
プロデューサーとして結果を出したのですから、彼を責めることはできません。

しかし、彼の成功の陰で泣いた男たちも大勢いました。アナを辞めた者もいます。
激しい視聴率争いを繰り広げているのですから、いちいち、センチメンタルに
物事をとらえていたらキリがありません。
ただ、お粗末な製作者たちの愚かな“戦略”が私たちからスポーツを楽しむ権利を
奪っているのは事実です。
しゃべり方が決められたり、ぜひ見たいと思う世界的なイベントの演出が視聴者の
求めるものとは大きくかけ離れたりするのは問題でしょう。

テレビ欄に“実況:○○”を見かけることはなくなりました。あるのは、“暑苦しい”、
“ウザイ”司会者や“どうでもいい”ゲスト・タレントの名前だけです。
放送作家たちが頭の中からひねり出した“言葉遊び”にすぎない、“意味不明”な
ニックネームを連呼させられる“受難の時代の”後輩たちが気の毒でなりません。
いずれ、“原点”に帰るときがくると信じたいのですが、どうですかね?
by toruiwa2010 | 2012-12-01 08:33 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(10)
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“キラ☆キラ”よ、さらばじゃ

1970年代の後半からメジャーの中継などで頻繁にアメリカに出張していたころ、
夜のテレビを“支配”していたのはジョニー・カーソンという男でした。
深夜の「The Tonight Show starring Johnny Carson」というトーク・ショーは
爆笑の連続で他を寄せつけませんでした。とにかく、しっかり聞いておかないと、
翌日の職場で話についていけないのですから。ハハハ。

カーソンの弟子にジョーン・リバースという女性“タレント”がいました。
いかにも“整形手術受けました”という顔立ちで漫談(スタンダップ)をやるのです。
神経を逆なでするような声で、まあ、下品極まりないことをポンポン喋りまくる
タイプの芸風でした。女性ということもあって一定の人気はあったようです。
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4つ目のネットワークとして誕生したばかりのFOXがリバースを“引き抜き”、
なんと、カーソンの番組の真裏にぶつけることになって、アメリカのテレビ界は
“上を下への”大騒ぎになりました。大失敗に終わりましたが。ハハハ。

…1980年代半ばのことで記憶もあやふやですから、間違った情報が含まれている
可能性があります。どっちにしても今日の“本筋”の話にはあまり関係がないので、
雰囲気だけ分かって下さい。ハハハ。

なぜ、この話を出したか?
話しっぷりやその口元など、小島慶子に“日本版リバース”の空気を感じたからです。
2009年の秋、“魔女の一撃”をくらって安静にしている時期に、偶然TBSラジオで
「キラ☆キラ」を聴いたのが初対面でした。
切れのいいトークに引っぱられて、Podcastで聴くようになりました。
最初の印象が強烈で引き込まれてしまい、恥ずかしいぐらいに褒めすぎました。
私の記事に触発されて聴いた方には謹んでお詫びしなければいけません。ハハハ。

その小島慶子に執行猶予つきの判決を言い渡したのは翌年の5月でした。
「なんだこれは?!」と思うトークを聴いたあとです。
厳しい判決になったのは第2話で紹介した通り、“犯行”が悪質だったからです。
ラジオのパーソナリティが私的な思いを話すのは構わないと思いますが、この日の
トークは“私怨”をぶちまけただけ、簡単に特定できる個人を対象にした単なる
“憂さ晴らし”で聞くに堪えませんでした。

その日以来この番組に耳を傾ける回数は激減、文化放送「大竹まこと ゴールデン
ラジオ」を聴くようになりました。たまに、小島のトークを聴くことがあっても、
以前は気に入っていた要素が耳障りになっていることに気づきました。
「面白い!」と思った部分が“うんざりだなあ”と感じたです。

時折、説得力のある“深ーい”話に感心することもあったのは事実です。しかし、
見え見えのしたたかさ、わざとらしい乱暴な口調や露悪的な話し方、リスナーの
メールを“ギャルっぽく”読む…など、すべてに、計算・演出があります。
多くのリスナーはそこが好きなのでしょうが、私は“耐え難く”なっていたのです。
“劇薬”だったのかもしれません。効果絶大でも副作用がハンパじゃないという…。

詳しく調べたわけではありませんが、彼女はその後も似たような“暴走行為”を
繰り返していたようです。
他人がどう思ったってかまやしない、思ったことを思った通りに話す…
私の語感でいうところの“確信犯”ですから、さもありなん。今後もやらかすと
思ったので、執行猶予を取り消して“刑”を確定することにしました。
2011年7月でした。

偶然 出会った「キラ☆キラ」には、短期間ながら楽しませてもらいました。
熱烈なファンも多いようでしたから人気番組として定着すると思っていました。
しかし、少なくとも私にとってはEnough is enough…ということで。ハハハ。


第3話 了

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ご存知のように、その年(2011)の暮れごろから“きな臭い”噂が流れ始めました。
「降板するかもしれない」…
わずか数か月後にはその通りになりました。
以下は“おまけ”です。ハハハ。


小島慶子の降板騒動~去るとき:饒舌な女と寡黙だった男w~

「スポーツ紙に“キラキラ降板へ”という記事が出て
ツイッターでも私のアカウント宛てに“本当ですか?”と
質問が来ているので 私からお答えします。
TBSさんも、ちゃんとPodcastで配信してくださいね」


…笑い声が混じりながらではありましたが、きっちり制作者側に注文をつけた上で、
小島慶子が話し出したのは2011年1月26日の「キラキラ」です。

TBSラジオの看板になっていた「キラ☆キラ」は“小島慶子の…”とカンムリが
ついているぐらいですから、彼女が下りれば番組も消滅します。降板が事実なら
ラジオ界としては“大事件”です。
YAHOOで記事を読んですぐにつぶやきました。

01/26のツイート

NHKの住吉アナをフジは久々の昼ワイドに
起用するんだとか。バカバカバカ。
「プロフェショナル」で“技”を感じたことは
ないぞ。
TBSラジオの小島慶子が「キラキラ」を
卒業するらしい。いいんじゃないの。


小島の話は延々と続きました。

降板は事実であること、彼女から申し入れたことや番組へのスタンスが制作者と
決定的に違ってきたことに理由があるのだと分かりました。
番組を預かった初代女性プロデューサーとはツーカーの仲だと聞いていましたが、
このころは男性の名前になっていました。交代したのでしょう。
ありがちな“女同士の友情は続かない”だったのか、新プロデューサーとの間で
何かがあったのかは分かりません。

胸にたまっていたに違いない“思いのたけ”を吐き出したために、話はあっちに
行きこっちに飛んで…要するにどうなんだと、聞いていてかなり混乱しましたが、
小島の話を簡略化するとこうでした。

・去年(2011)は、3.11以後、「放送って何なんだろう」と考える年だった。
・リスナー一人一人との“距離感”を大事にしてきた。それがラジオだと思う。
・ふとした一言で人とつながることができる。私はそれでいい。

…そう思っているところへ番組から“要求”された。
「40~50代の男性自営業者を意識したトークを入れてくれ」と。

さらに、震災後に少女の詩を紹介したりしたが、あれではリスナーを取り込めない。

いろいろ取材を受けているが、“キラキラ”の宣伝をしてくれない…とも言われた。

私は、聞いてくれている人に向けて話しながら、その向こうにいる今は聞いてない
誰かに向かって話すことはできないと思った。
人と人にたとえたら、「ああ、元気?」と寄ってきて話してるときに、目は自分の
後ろの誰かを探してる相手と会話することになる、リスナーにしてみれば。
そんなのやだよ 私。そんなの、人との会話だと思わないから。

…そんなことで、TBSが私に求める役割と自分がやりたいことは違うと思ったので
私から降板を申し入れた。

大幅にかいつまんでいますから、彼女の真意が伝わらないかもしれません。
しかし、おおむねそういうことです。つまり、番組が期待することと彼女の考えが
どうにもならないほどかけ離れてしまったということでしょう。
言っていることにそれほどおかしなところはないのですが、太字の部分は感情を
むき出しにした言い方でした。まあ、どこまでも“激しい”女だこと。ハハハ。
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“初対面”から数か月はよく聴きました。キレのいいトークに惹かれました。
すぐに嫌な面が耳につくようになり聴かなくなりました。
この日の話も聴きつづけるのが苦痛でした。細かいことは言わず、「番組に対する
考え方が違ってきたので」とだけ言えば済む話です。どうしても“やりとり”を
さらけ出したいのなら、自分のツイッターなどほかの場でやるべきでした。
電波に乗せるという方法は、サブ(副調整室)にいるスタッフへの当てつけにしか
聴こえませんでした。局の先輩・久米宏がNステでCMに行く直前に答えにくい
質問を相手に投げつけて混乱させていたのと“根っこ”は同じです。

それだけ“自分”を前面に出しておいて「キラ☆キラはTBSのものですから…」と、
何度か口にしていました。冗談も休み休み言え、と言いたいです。
たしかに、電波と時間枠はTBSのものかもしれません。
しかし、同時に“キラ☆キラ”という番組そのものは始まったときから終了まで
小島のものだということを忘れちゃいけません。

番組側の要求は、聴取率調査で「大竹まこと…」に連敗していることと無関係では
なかったでしょう。一時は「今回もおかげさまで1位になりました」と発表のたび、
自慢げに話していましたが、このころは大竹の方が連続して勝ち誇っていた。

やってられない、と思った以上、辞めるしかないでしょう。予兆はありました。
「ずいぶん危なっかしいトークをしてるなあ」と思うことが何度もありましたから。
計算づくの話し方も鼻に、耳についていました。熱狂的ファンは違うでしょうが。
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「いいとも」にゲスト出演したときも、フジの若い女性アナを軽く“いびって”
いました。自分に求められていることだと分かっているのが見え見えでした。
「行列ができる…」に出たときも“蓮っ葉な女”を演じていました。
TBSの局アナ時代を聞かれて、かつての同僚(?)を「きれいな顔して、メンド臭い
人ばっか、と思っていた」と話していました。思い出すのもイヤとばかりに髪を
かきむしりながら。なに、一番“めんどくさい”なのは君なのさ。ハハハ。
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「なるほど。なるほど、分かりました。っへっへへ。
分かりましたってのもアレですけど。
この件に関しては、僕はまったく意見はありません。
言いようもないですしね」


…長い話を聞き終えたこの日のパートナー、ピエール瀧のかわし方が見事でした。
この時点で番組終了まであと2ヶ月でした。制作者との間に明らかな溝があると
知りつつ 相手をしなければならなかったパートナーたちも大変だっただろう、と
いたく同情したものです。

他人の話を整理することにかけては素晴らしい才能がある人だと思います。
アドリブもききます。顔は好みにもよりますから何とも言えません。ちなみに私は
初めから“品がないなあ”と思っていました。自分のことは棚に上げて。ハハハ。

前年に退社し、ラジオも終わったとき、たぶん、しばらくは、TBS以外のテレビが
面白がって使うだろうと思いました。そうか、芸もないエドはるみが毎日のように
テレビ画面に顔を出していたあの頃と同じ苦痛をふたたび味わうことになるのか。
やれやれだなあ…とも。ハハハ。

思った通り、いくつかのテレビ番組で見かけます。
雑誌のグラビアで露出の激しい水着姿を披露し、ネットにも多数流出してますね。
度胸はいいようだし、物珍しさもあるうちは出番があるでしょう。

「行列…」や「1分間の…」は我慢して見ますが、「ノンストップ」などは見ません。
はい、“いや”となったら徹底する方なのです。ハハハ。
ほとんど、ゲストとしての出演ですが、制作側が何を求めているのか不明です。
人から聞かれて面白い話ができるタイプではなく、むしろ自分から仕掛ける方が
生きるタイプです。かと言って。今更メイン司会などは考えられません。結局は
ラジオ向きなんでしょうね。来年の春以降、テレビからは声がかからなくなると
見ていますが、どうでしょう。
激しい個性が一部で受けていたラジオに戻っていくのが賢明かもしれません。
もっとも、“跡を濁して”飛び立っていった鳥に声がかかるかどうか?

テニス解説者の柳恵誌郎さんは、試合が終わったあとも「最後の解説だった」と
アナウンサーが言うことを拒んだそうです。
私は、解説者・スタッフが帰国するまで「さらばWOWOW」を公にすることを
控えました。
“美学”とは言いませんが、番組からの去り方はいろいろです。ハハハ。
by toruiwa2010 | 2012-11-25 10:37 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(2)
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小島慶子&「キラ☆キラ」に執行猶予!

小島慶子についての2回目は“アバタがアバタ”だと気づいたところです。ハハハ。
初めて放送を聞いてから半年後ぐらいのことです。

これより、判決を言い渡す。
被告人、“オジキ”は前に出なさい。
それでは、判決です。
主文。被告人がパーソナリティを務める「キラ☆キラ」を
私のポッドキャストから消去する。
ただし、次に同じような暴挙に出るまで、刑の執行を猶予する。


“起訴状”によると 被告人・オジキこと小島慶子アナの犯行内容はこうだった…

(放送の前日)社内のエレベーターホールを歩いていたら、たまたまエレベーターが
止まってドアが開き、見ると、同僚の“女子アナX”が乗っていた。
閉まりかけのドアをすり抜けた彼女が「久しぶりだねえ」と話しかけてきた。
とりとめのない話のあと「ねえねえ、送別会、断ったんだって?」と相手が言った。
小島は6月いっぱいでTBS を退社することになっていたのだ。
彼女は“送別会ってなくてもいい”と考えるタイプなのだそうな。
お別れの言葉を言いたければメモを貼ればいいし、メールや電話でもいい。だから、
呼びかけはあったけど断っていた。お気持ちだけで結構ですって言って。

小島は「断ったんだって?」と聞いてきた女子アナXに「そうなのよ」と答えて、
上記の理由も告げた。
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「そう言えばねえ。女子アナAがねえ」と相手は話の方向を変えた。
小島が送別会を断ったことで女性アナの間に“波紋”が広がっている、というのだ。
つまり、断ったらしいけど、誰かが音頭を取ってやるべきなのか、やるなら誰が
音頭を取るべきか・・・。
XはTBSの女性アナ3人の実名を挙げて、“面倒くさいなあ”というニュアンスを
多分に含んだ彼女たちの会話の中身を小島に告げたのだった。

「そう言えば、俺もWOWOWの“公式の送別会”は断ったなあ」と思い出しつつ、
この話、いったいどんなオチに至るのかと、ニヤニヤしながら聴いていました。
しかし、途中から、小島は単なる“オモシロ話”としてこのエピソードを語って
いるのではないことに気付きました。鼻息が荒く、言葉が“とがって”いたのです。
ハハハ。

彼女はこの日のパートナー、水道橋博士(浅草キッド)に向かって…(ということは、
視聴者に向かって、だが)以上のいきさつを話したあと、『「…ていうことになってる
らしいわよ。だから、送別会を誰が開くかで、なんか、今、どうしよう?みたいな
ことになってるの」ってさあ、…普通、本人に言う?言わなくない?
それをさあ、わざわざ、閉まりかけた扉から飛び出してきて言いにくるかっつうの。
お前、きれいな顔してるけど…お前は、お前は美人すぎる“人食い鬼”だなあ、と
思って。ひどいだろう?』とまくし立てました。博士も若干、引き気味の対応です。 
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これで、一段落したかと思いましたが、さらに、小島は言いつのりました。

「誰の心の中にも“鬼”はいますよ。私の心の中にだって多少、人に意地悪して
やりたい、いやがらせしてやりたいと思う誘惑はある。みんな 鬼は一人一匹ずつ
飼ってますけど、負けちゃだめでしょ?」

「女子アナXが誰かを言うことが私の目的じゃないんです。誰の心の中にも誘惑の
鬼が棲んでるわけじゃない?(中略)
エレベーター開いて、ターゲット見つけたって言って、扉すり抜けて下りてきて、
相手が言われたら傷つくだろうことをわざわざね、きれいな顔して言うって。
あ、この人、我慢できないんだと思ってね。
私はこういうことがイヤなの。不毛じゃん。誰も幸せにならないし」

小島慶子・“激怒“のシーンはここで終わりました。
そのあと、電車で乗り合わせたアルバイトの女性から、“涙が出そうになる”ほど
嬉しいことを言われた話を紹介し、人は言葉一つで傷ついたり喜んだりするのだと
話して、一連のエピソードをこんな風に締めくくりました。

「だから、もし今、あいつ気に食わないという気持ちで頭がいっぱいになっていて
悪意とその悪意を発散させたい欲望に負けそうになっている人がいるとしたら、
私は、それに負けないでほしいなと思う」

…あきれるしかありませんでしたね。
局アナ、しかも女性には珍しい、歯に衣着せぬ物言いは彼女の“売り”ですが、
これは“勇み足”じゃないだろうか?それも、かなり大きな、と思いました。

事実関係を語ったあとの彼女の話は、前半と後半で激しく矛盾しています。
「(誘惑に)負けちゃダメ」と言った本人が思い切り負けているじゃありませんか。
ハハハ。
「欲望に負けないでほしい」と言っておきながら、自分は我慢できず、しかも、
負けてますよね。頭の回転は速そうなのに、その矛盾に気づかないのでしょうか?
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「キラ☆キラ」を初めて聴いたとき、「トークがうまいなあ」と感心し、ブログでも
今となっては恥ずかしいほど激賞しました。
しかし、この日は途中から聴いているのが嫌になりました。
どんなに言いつくろってみても、これは、女子アナXに対する個人的発言です。
聴取者が50-60万人ぐらいいると言っていた番組の中で話すことではありません。
“私怨“は別のところで晴らすべきです。このケースなら、エレベーターホールで
話を聞いたとき、その場で言うのがベストでした。

私は世間に大勢いたであろう“熱狂的な”小島慶子ファンとは違うのでしょう。
しかし、午後の昼寝の時間によく聴いたし、ポッドキャストに入っている部分は
ほぼ全部聴いていましたから、普通に“ファン”だったと言っていいと思います。
その私が聴いても、この日のトークは暴走が過ぎました。

“聴けばスッキリする”が彼女の最大の魅力でしょうが、それは、一歩間違えると、
リスナーの神経を逆なですることになります。紙一重です。
前にも何度か「危ないなあ」と思う発言がありました。その、境目ぎりぎりの
綱渡りが聴取者を惹きつけていたのだと思います。
リミットを超えたと感じるかどうかは、人によって差がありますが、私の場合は、
このとき明らかにラインを超えました。アバタのように見えるけどえくぼだよなあ、
と思っていたのが、やっぱりアバタだと分かったのです。ハハハ。

初めて聴いたときに“衝撃”を受けました。どういう女性なのかに興味があって、
関係者に探りを入れると、表面から受ける印象とは違う意見も聞こえてきました。

『女子アナ』的要素の強い人で、仕事上いやなことがあると、
『泣いて』その場を切り抜けるタイプです。

某関係者からの“突き放すような”メールを読んだときはイメージが違いすぎて
びっくりしましたが、この件でストンと“腑に落ちる”ものがありました。

何を言われたって“めげる”ことはないはずです。“怖いものなし”ですから。
聴取率も好調だと聞いていましたし、もともと、この手のラジオ番組はいったん
始まったらパーソナリティの“やりたい放題”で、歯止めがきかないのでしょう。
しかし、このときの“暴走”には番組以外のところから“ブレーキ”がかかるかも
しれないと思いました。
ちょうど同じ時期の新聞に載っていた週刊ポスト誌の広告がこう告げていました。

ワイド企画「女子アナたちの五月雨」
小島慶子“ラジオの女王”電撃独立へのブーイング

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中身については想像するしかなかったのですが、ブーイングが“身内”から出て
いることも十分に考えられました。
ひょっとすると…と思いました。どちらにしても、本性を見破れずに惚れたことが
たまらなく恥ずかしく、冒頭の判決文のように、再びこんなことがあったら二度と
聴かないぞと固く誓ったのでした。ハハハ。

第2話 了
by toruiwa2010 | 2012-11-24 08:08 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(0)
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前職がアナウンサーだったから、当然あらゆる種類のおしゃべりに興味があります。
同業のアナウンサーはもとより、キャスター、パーソナリティ、司会者…テレビや
ラジオで話しているのを一般の人と同じように“普通”に聞くことはできません。
言葉の選択・使い方、読み間違い、イントネーション、意味が通じない話し方など
ありとあらゆるものが気になります。
いつも偉そうに書いていますが、“上から”ものを言っているつもりはありません。
私自身のしゃべりも現役時代には多くの人の首をかしげさせただろうと思います。
ハハハ。

3年前のちょうど今頃、一度聴いて、たちまち“ブックマーク”したラジオの
パーソナリティがいました。すでに番組自体が終わったTBS「キラキラ」…
そう、小島慶子です。
激しい恋にも似て、あっという間に魅力に取りつかれて聞き惚れたものの、やがて
“アバタ”がアバタであることに気づき、いやな面を何度か見ると嫌気が差して、
最後は仏の顔も三度まで…で「サヨナラ」しました。ハハハ。

3連休はそのてん末を、当時の記事を下敷きにして書こうと思います。


第1話:「ウン○踏め、ウン○踏め」の衝撃

「残念ながら今週もお時間が来てしまいました。来週のこの時間は・・・」
日曜日朝のTBS「時事放談」、画面左上の時刻表示が「6:42」に変わると間もなく
フレームに入ってきた彼女が視聴者にそう語りかけていました。淡々と、無表情で。
いくつかの番組で見かけたことはありますが、すべて、お堅いものばかりでした。
したがって、視聴者が彼女に持っていたイメージも“堅かった”はずです。
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TBSアナウンサー、小島慶子(当時)。
ウイークデーの午後1時、TBSラジオを聴いたとき、まったく別のキャラクターを
持った彼女を発見して驚愕しました。2009年の11月頃でした。
「時事放談」のときには想像もできなかった激しい言葉や下ネタの連発でした。
その声で トカゲ食うかや ホトトギス…そんな川柳を思い出したものです。
ハハハ。

一例を挙げれば…

美容室で とある女性と椅子が隣り合ったとしますか。
先月も見かけていて、いかにも仕事ができそうで、ファッション雑誌から抜け出た
ような、見かけもかっこいい女性だったので、小島は憧れさえ抱いたようです。
しかし、YouTubeにはその部分がないので詳しいことは分からなかったのですが、
その女性が発した“一言”が小島の“逆鱗”にふれました。
彼女をアナウンサーと知らなかったのか、アナウンサーやテレビなどに出演する
人たちを“商売道具”と表現したらしいのです。

…だんだん腹が立ってきちゃって。なんか。大体何なのよ、そんなに一分のすきも
ないみたいに着飾ってね、女優みたいな顔してるけど、なんなの、美容師さんと、
なに楽しく話しながら、そんな、なんか汚い、なんか、話とかしてるわけ?とか
思って。
だったら、お前、きっと友達とも、ずっと人の悪口言ってんだろう。とか思ってね。
そう思ってから鏡越しに見たら、だんだん顔が鬼みたいに見えてきて。

ビビる大木(その日のパートナー)「えーっ?数分前まで憧れてるとか言ってたじゃ
ないですか?」

あんなに憧れてたのに、よく見たら目もきついし、とかって。
なんか、あの、ファンデーションの下から、なんか、どす黒い雲みたいなものが
もやもや出てるし、なんだ、こいつ、なんてねえ、思ったりして。
だんだん腹が立ってきちゃって。その人のほうが先に切り終わってね。なんか、
私のうしろを通って、あの、しゃなりしゃなりとね、帰ってったの。
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そこの美容室、あの、切ってもらってたのが2階だったの。2階から1階に下りる
階段がね、すごい急で、金属で出来てるの。で、下がスケスケなんです。
そこを、細いピンヒールの、グレーのスエードのブーツでね、しゃなりしゃなり
降りてったから…私、鏡越しにずっと、「落ちろ、落ちろ、転がり落ちろ、転がれ
転がれ」って、ずっと念じてたんだけどね。

ビビる「どうでした?」

それがね、又、悪運が強いって言うかね、しゃなりしゃなり、下まで降りてね。
「じゃあ又ー、来月ー」って帰ってったから、「ウンコ踏め」って思ってね。
家に帰るまでに、絶対あの真新しそうに見える、あのう、グレーのスエードの
ブーツで犬のウンコ踏めばいいのに。「ウンコ踏め、ウンコ踏め」ってしばらく、
ずっと念じてたの。
だからたぶん踏んでると思う。ウッハッハハ。
(「小島慶子 キラ☆キラ」2009.11.09 OA)

1分21秒、ほとんどノンストップでまくし立てたのであります。ハハハ。
“腕”は持っているはずのビビる大木がほとんど口を挟めませんでした。
プロデューサーから、「この人は猛牛だから、いつ、暴走するか分からないけど、
その場合は好きなようにしゃべらせてやって」と言われていたのかもしれませんが。

小気味いいマシンガン・トークは男の私でも耳に心地いいのですから、おそらく、
女性にはもっとこたえられない快感があると思います。
ステトレスがたまっていたり、悩んだり落ち込んだりしているときにこれを聴けば、
ガスター10や大田胃酸以上に効くはずです。ハハハ。

言葉の選択はプアですが、リズムに乗った歯切れのいいしゃべりは見ごとです。
アナウンサー、特に、女性でこれだけ“キレ”があるトークは初めて聴きました。
現役・OBを問わずに考えると、日テレ・大神いずみ、フジ・阿部千代、テレ朝・
南美希子…あたりが彼女に近いキャラクターを持っているかもしれません。
しかし、とても、とても…。誰一人、このしゃべりは絶対に出来ないでしょう。

名前を挙げた女性たちも、話に聞く小島慶子と同様に“ひとくせ”ありそうですが、
よほど、何かを吹っ切らないと、とてもじゃないけど、ここまで“突き抜けた”
しゃべりは不可能です。
TBSラジオ、いい素材を発掘したものだと思いました。ギャラ不要だし。ハハハ。

それはともかく、いるんですよねえ、小島が腹を立てたようなタイプの女。
マンションの廊下でときどきすれ違う40代前半の奥さんもそうです。
廊下の途中にあるガラスドアのところに来たとき、向こうからやって来る彼女が
見えたので先に通り抜けたあと、ドアを支えてあげました。
…何も言わんのです!
「余計なことしなくて結構です」と言わんばかりに、無言で行ってしまいました。
「ウンコ踏め」と、強く念じました。明らかに小島の影響です。それまでの私なら
決してそんなこと考えなかったでしょうから。ハハハ。
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TBS在職中は「時事放談」にも出続けていました。
番組の最後で彼女が現れてお断りのアナウンスを始めると「毎週、毎週 こんなこと
言わされるのはウンザリなんだけどね。仕事だからしょうがなくてやってるわけ。
たまに顔出しもやっといたほうが“キラ☆キラ”のためにいいかも知んないし」と
思いながら言っているように見えていました。ハハハ。

とにかく、それから2,3ヶ月は日課の昼寝が始まる午後1時が楽しみでした。
ぎっくり腰になったのがきっかけで、意外な才能にめぐり合ったのです。
“拾い物”をした気分でした。
下ネタも平気ですが、決して“あけすけ”ではないところに好感を持ちました。
トーク全体にリズムがあって、ぶっ飛んでいると言ってもいいでしょう。ハハハ。

平日の午後1時に在宅している女性には、一度、耳を傾けて
みることをお勧めします。心地よく笑ったあと、晩御飯の
支度にかかるとき、思わず腕まくりをしてしまう…そんな
気分になっているかもしれません。

…そんな風に書いたこともあります。
やがて、愛想をつかすことになるとは思いもせずに。お恥ずかしい。ハハハ。

第1話 了

by toruiwa2010 | 2012-11-23 09:07 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(0)