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岩佐徹のOFF-MIKE

toruiwa.exblog.jp

実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

カテゴリ:アナウンサー・実況( 61 )

9日、もともと 嫌い・大嫌いだったけど、

その後 気持ちが変わったタレント・俳優

について例を挙げて書いた。

今日はその続きだ。


…実は、ここまでは長ーい“前振り”で、この記事を書こうと

思ったそもそものきっかけは別の人物なんだ。

それは…面識はないが、フジテレビの後輩アナ、高橋真麻だ。

入社前、父親・高橋英樹といろいろな局に出ていたころから

私の脳は“拒絶反応”を示していた。ハハハ。

入社後もそれは続いた。歌っているところは何度も見た。

たしかにうまいが、それは“アナウンサーとしては…”だし、

肝心のアナウンス技術は?だった。

フリーになると聞いたとき、「フジでは仕事もないだろうし、

やめるのも選択肢の一つだなあ。しかし、売れるかな?」と

その前途は険しいと見ていた。


ただし、嫌いな人物については機会あるごとに取り上げるのに

ブログに書いたのは一度だけだし、ツイートも3件だ。

20123月のブログで名指しはしていないが、彼女のことを

こんな風に書いている。


世間が認めるものでも気に入らないところがあれば

言わせてもらうことにしている。

昨日の「いいとも」のテレフォン・ショッキングに

大物俳優が出ていた。“みえみえ”の流れで娘のアナも

登場した。恨みはないが好きじゃない。

この数年 彼女がアナウンサーらしい仕事をしている

ところを見ていない。“アナウンサーらしい”は定義が

難しいが、歌ったり、バラエティ番組で芸人から頭を

こづかれたりするのは少なくともアナの仕事じゃない。

けなげと言えばけなげだが、採用されたのはそういう

ことじゃないのさ。


そして、3件のツイッターはこうだ。


高橋真麻・・・ここまでやらせるか。

女性アナ残酷物語だ。( 2011.01.01のツイート )


「知りたがり!」:

別に私設応援団長ではないが、伊藤アナを

日の当るところに出してやりたいのだ。

しかし、ひどいなあ。高橋真麻まで出てきた。

にしゃんたといい、全体のハーモニーが悪すぎる。

スタッフの頭を激しく疑う。バカたれが多いなあ。

( 2012.04.02 のツイート)


ま、どうでもいいことだが、

高橋真麻のこのむくみ方は

もしかして?( 2016.05.10のツイート)


SNSに発信した辛口コメントはこれだけだが、どう読んでも

好意的じゃないなあ。ハハハ。とんねるずの番組で木梨憲武に

小突き回されているのを見て“憐れ”を覚えたし、同じ番組で

(別荘)に押しかけられ、両親の前でやりたい放題やられて、

かなり温厚な高橋英樹が一瞬ムッとしたところを見たときは

「そこまでやってテレビに出たいのか」と腹の中でしっかり

“毒づいて”いたなあ。そんなことが続いた挙句、しばらくは

彼女が画面に現れるとリモコンに手が伸びるようになった。

極端。ハハハ。

しかし、じっくり見ていたわけでもないのに、いつの間にか

私の中で彼女への“評価”が変わっていた。いい方へ。

たぶん、一生懸命に頑張っているのが伝わったからだと思う。

アシスタントの立場でもそつがないし、“ひな壇”でもメインの

MCから頼りにされている感じが見える。しっかり、腕を磨いて

いたということだ。“ほぼザッピング”でそう感じたのだから、

それは大変なことだ。


さて、そうなると、すこぶる居心地が悪い。こんなブログを

本人が読むわけはないし、会ったこともない遠い先輩が何を

思おうと、“関係ないわ”だろうが、“知らん顔”はできない。

会う機会はないと思われるので、この場を借りて、彼女には

謝っておこうと思う。


高橋真麻さま

年甲斐もなく、これまで“親の七光りのくせに”と

あなたを貶めていました。

先輩なのに恥ずかしいです。ごめんなさい。

最近のご活躍を喜んでいます。努力の賜物でしょう。

今後もますます活躍の場を広げられますように。


…へそ曲がりだが、素直なときは素直なんだ。


by toruiwa2010 | 2017-03-15 08:37 | アナウンサー・実況 | Comments(0)

10年以上前だったと思う。

全仏オープン・テニスの実況でパリに滞在しているときだった。

たまたま、アナウンサーが45人いるところである“言葉”が

テーマになった。

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終盤だったから、誰が勝つかという話になったが、流れの中で

「昨日(ナダルvsフェデラー)は失敗しちゃったよ。終了直後の

スタンディング・オベーションで、つい「鳥肌が立ちます」と

言ってしまった」と私が話した。途中から、前の島村(NHK)

右隣の進藤(TBS)両アナが首をタテに振り始めた。


「いい話では使わないことになってるんだよね」と続けた私に

誰かが「なんて言うんですか?」と声をかけてきた。

進藤さんがすかさず「“身震いする”とか…」と答えた。


たびたび書いているが、私はもともと「正しい日本語の伝え手、

それはアナウンサー」はカンベンしてもらっていた。ハハハ。

そんなものは“こだわる”アナたちにまかせて、自分は自由に、

気持ちが伝わる言葉で実況するのが一番だと考えていたからだ。

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そんな私がやってしまった失敗だが、やっぱりやらない方が

いいかな?と、この話を持ち出したときは思っていた。

しかし、根が素直じゃないから、進藤さんの「身震い…」に

参加者の多数が感心し、あるいは納得しているのを聞きながら、

「だって、俺は“身震い”はしなかったし、実際に“鳥肌”が

立ったんだもの」と考えていた。ハハハ。


アナを引退してからは、今も、同じケースでは”鳥肌が立つ“を

使っている。さんざん書いているが、大舞台は“ダイブタイ”で

かまわないと思っているし、“よいお年を”と“お”をつけるのは

おかしいと思っている。つまり、“正しい日本語”とは言うほど

簡単じゃないんだ。

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月曜日の朝、NHKで松山英樹が優勝争いをしているゴルフの

中継を見ている時、こんなアナウンスが聞こえてきた。

トップからは差があったが、ランクNo1のジェイソン・デイが

最終ホールをイーグルで上がってギャラリーを喜ばせた。

最後に“見せ場”を作るトップ・プレーヤーのファインプレーに

感心したように、あきれたように実況のアナが言ったのだ。

「なぜでしょう。どうしてでしょう」と。


私はいいと思った。

実況の工藤三郎アナは63歳。定年を過ぎているが、嘱託職で

残っているようだ。40代半ばぐらいからNHKのスポーツ・

アナのエースとして君臨していた。その頃の工藤アナだったら

決して、このような柔らかい言い回しはしなかっただろう。


“大NHKのエース”の座を降りて肩の力が抜け、少し砕けた

言い方をしようと思ったのか、自然に出たものか…とにかく

ファンの気持ちとシンクロするなあと、好意的なツイートをした。


…そうしたら。

30分もしないうちに松山のアプローチがピンにからんだとき、

「距離感ぴったし」、「見してくれた」と言ってのけた。そりゃ

ちょっとくだけ過ぎだよね。なにごとも“ほどほど”がよし。

ハハハ。

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ああ NHKも変わっていくんだなあ、とある種の感慨を覚えた。

この日は、夕方から相撲を見た。すると…。

(相撲を見に来る人は)一生に一回見に”これるか”どうか…」と

実況の三瓶アナが言っているのが耳に飛び込んできた。


まだ43歳だが、聞くところによると、NHKスポーツ・アナを

仕切っているのは彼らしい。だから…というわけじゃないが、

“ら抜き”はまずかろう。でなければ「(NHK)アナウンサーは

正しい日本語の“伝道師”」的なことは今後言わないように。

ハハハ。


初拙句 詠めり

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by toruiwa2010 | 2017-01-12 08:45 | アナウンサー・実況 | Comments(7)

フジテレビ「ワイドナショー」…

ゲストに古舘伊知郎か。

半分は"ネタ"だと思うが、冒頭で

これだけ司会陣をほめまくる…要らん。

ま、今夜の新番組で少しでも数字を

稼ぎたいのだろうけど、こいつの話で

本当に面白いと思ったことはない。

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講談調の実況にアレルギーがあるせいで、古舘にはいつもこんなきつい物言いになるなあ。

そうではないと分かりつつ、気持ちが入っていない誉め言葉を並べるのを“気色悪い”と、

反射的に思ってしまうのだ。反省せねば。ハハハ。


「報道ステーション」はテレ朝の看板ニュース番組だから、多くの“制約”があっただろう。

解き放たれた古舘が各局のバラエティ番組に出てしゃべりまくっている。“マシンガン・

トーク”が売りだから、とめどなくしゃべっている。先週の日曜日、「ワイドナショー」に

登場したとき実に嫌な予感がした。せっかく、指原莉乃と小藪千豊が出てるというのに だ。


“案の定”だった。それも典型的な。

好きな人もいるのだろうが、私は彼のユーモアのセンスが好きじゃない。ツボが違う。

特に、「どうだ、面白いでしょ?」と言わんばかりの顔でしゃべられると辟易するしかない。

数か月前の「すべらない話」で主宰の松本がMVSに選んだぐらいだから「面白い」と

感じなきゃいけないところがどこかにあるはずだが、私には見当たらない。


「ぼくらの時代」で宮根が苦言を呈していたが、話が長い。これも苦手の理由の一つだ。

松チャンは気に入ってるか知らんが、東野や指原はそうじゃなかったのだと思いたい。


韓国・朴大統領がらみの騒ぎを取り上げたとき、小藪がコメントしたあと振られた古舘は

「なるべく短くしますけども」と前置きして話し始めた。

まず、メディアは細かいことばかり伝えるが、「本質を見るべきだ」と言い、韓国の経済、

就職難事情、財閥解体を唱えて大統領になったのに何もできていないと語り、中国やEU

さらにはドナルド・トランプから芸能人の炎上まで話はとめどなく広がっていった。


たまりかねた東野がとぼけて「松本さん、僕、何を 聞きましたっけ?」と助けを求めた。

番組中に古舘の長広舌を何度か聞くことになるんだと覚悟はしていても「度を越えてるぜ、

勘弁してくれよ」と思い始めていたところだったから、東野のアクションはすばらいい

ファインプレーに見えた。思わず拍手した。ハハハ。

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なおも語り続ける古舘の勢いが一段落したとき、松本が「”反論”として指原…」と振った。

このときの指原の“返し”は実に見事だった。


「すごい偶然なんですけど…」と引っ張った上で、「言いたいこと全部取られちゃって」。


指原のすごさだ。寸鉄 人を刺す。長くしゃべればいいってもんじゃないことをあざやかに

実証して見せた。たぶん、古舘が話している間に彼女が出した“私、何か言いたい”空気を

松本が見逃さなかったんだろう。振られたときの指原のうれしそうな顔! ハハハ。

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フジテレビが担ぎ出した新番組「フルタチさん」の初回も1時間以上見た。

裏の日テレが強い時間帯だ。古舘も覚悟を決めて引き受けたはずだが、前途多難だね。

初回は8.2%だった。ここ数年のフジテレビの状況や他局の番組を考えると大健闘だと

言っていい。ごちゃごちゃしていて、“贅肉”がついた状態だ。古舘がヤフーを取材する

ところまで見たが、この数字に届くとは思わなかった。

ま、"祝儀"の意味もあるんだろう。

あっという間に6%ぐらいまで 下がる気がするさと思ったが、2回目も8.1%だった。

これが古舘伊知郎が持っている数字だとすれば、考えを改めなければいけない。


TBSで始まった新番組では冒頭3分間フリートークをしていた。ドナルド・トランプが

次期アメリカ大統領に当選したことを受けたものだが、このたぐいのバラエティ番組で

彼の“ゴタク”を聞きたいとは思わない。そうしたいのなら、池上の番組を見る。ハハハ。

この二つの番組が今後もこんな路線でやっていけるとは思わないが、もし、続けたら、

日本人の一部は彼の考え方に洗脳されてしまうのではないかと思う。それほど トークの

熱と圧はすごい。どちらの番組も、スタジオに呼ばれた面々が「ごもっとも」とばかり

かしこまって聞き入る様子が滑稽だね。


こちらは、6.1%でスタートした。初回のご祝儀がなかったんだ。ハハハ。

私は、この辺が“彼の数字”だと思っているのだが。


才能に異を唱えるつもりはまったくない。

新しいものに挑戦する姿勢、その際の勉強のすごさなどは、うわさとしてあちこちから

耳に入ってきたし、私自身も素晴らしいと思う。一度だけテレビで見た「トーキング・

ブルース」の古舘には圧倒された。飛んでくる言葉のつぶてがあまりにも強烈だったから、

見ていられたのは30~40分だった。辟易する。胃もたれする。いいことを言ってるのに

言葉数が多すぎる。要するに苦痛なのだ。


…結局、ほめて終わらないんだなあ、これが。

ま、“苦手”とはそういうものだから、ファンの方、許されよ。ハハハ。

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おまけ:いたずら


「あけましておめでとうございます

…と言ったそばから、1カメから2カメに

自動的に切り替わった…と言っちゃった」。


加藤綾子、宮根誠司と出た「ぼくらの時代」でそんなエピソードを語っていた。

プロレス実況にどっぷりつかっていたこと、ニュース番組で“実況”してしまったのだと。

マユツバ…だね。証拠はないけど。ハハハ。


昔の話だが、朝早いニュース番組で逸見政孝が眼鏡をはずし、盛山毅が逆に眼鏡をかけて

出たのは目撃した。試してみたかったのだと言っていた。ちなみに、私は、泊まり明けの

早朝ニュースのとき “短パン・ビーサン”だったことがある。腰から下は映らないんだもの。

ハハハ。


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by toruiwa2010 | 2016-11-15 08:48 | アナウンサー・実況 | Comments(10)

19633月、フジテレビに入社した。

小学生のとき 人前で国語の教科書などを“読む快感”に目覚め、アナウンサーへの道は

少しずつ形になっていき、入社のときは定年まで続けるつもりだった。

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受験番号は"1番"だった!


その年の7月に5秒のコールサイン、「フジテレビです。JOCX-TV」で地味にデビューし、

入社翌年の東京オリンピックでも女子バレー“東洋の魔女”を初めとするメダリストへの

インタビューなどをやらせてもらった。

バレーや野球の実況、「プロ野球ニュース」、MLB実況のための超・長期アメリカ出張etc

スポーツ・アナとしての実績を順調に積み上げていた。…つもりだった。


仕事の現場ではうまくやっていたのだが、アナウンス部内での人間関係は違った。

穏やかな人柄の人物ばかりだったから本格的に衝突することはなかったが、人付き合いが

下手で、“幼い”ところもあって「まあまあ」で済ませることができない私は細かいことが

重なって次第に居心地が悪くなっていった。

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途中で組合が結成されたときも、兄の前では言えないほど結構な給料をもらっているのに

こぶしを突き上げて会社や経営陣を糾弾するシュプレヒコールをやることが苦痛だった。

ストレスがたまって一人だけ脱退し、職場集会で厳しく批判された。団結を守るためには

当然なのだが、“可愛がって”いるつもりだった逸見政孝あたりまでが先頭に立って激しい

言葉を浴びせてくるなど、空気は険悪だった。


表立っては誰も話をしてくれなり、居場所がなくなる一方で、スポーツ担当アナの中では

部長につぐキャリアだったのに、少しずつ知らされないことが増えていった。海外出張が

多かったからという事情もあったのだが、私は“勝手に”追い詰められていたのだ。

“決定打”は、ワールドシリーズ実況を終えて帰国後まもなく、テレビ新広島に出向中の

先輩が会いに来て“移籍”を勧められたことだった。「新設のニュース番組でキャスターを

やってほしい。そのあとのことも悪いようにはしない」という話だった。


顔見知りだった先輩は「まだ誰にも話していないんだ」と言ったが、そんなはずはない。

ネット局がキー局に断ることなくその社員に手を出すことはあり得ない。これはつまり、

会社がアナウンサーとしてのオレを必要としていないわけだ…と思ったとき、愕然とした。

そのときに決断したわけではなく、もやもやした気持ちを抱えたまま仕事を続けていたが、

1981年夏ごろ、「こういう精神状態で実況を続けるのはよくない」と思うようになった。


かなり慰留されると思ったが、異動の希望は案外あっさり聞き入れられた。ハハハ。

しかし、部長と私から事情聴取した総務局長は第一希望のスポーツ局ではなく、二番目の

報道局への異動を決めた。198221日付で辞令が出た。


情けないのは、総務局長から辞令を受け取ったその瞬間から“後悔”が始まったことだ。

1週間の休みをもらったもののリフレッシュできないまま新しい職場に出社したその日

(198229)、日航機が羽田沖に墜落し、いきなり特番の司会をやらされたことも

“未練”に拍車をかけた。


上司に強く訴え続け、2年半かかってようやくスポーツ部に移った。かすかな希望が開けた。

スポーツ部員としてマイクの前に戻る…という。

アナウンス部在籍のころの私の実況を認め、。後押しをしてくれるディレクターもいた。

私が作るデータに目をつけ、「岩佐を“データマン”として放送席に入れてしゃべらせる」

というアイディアを思いついたディレクターもいた。

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アナウンス部の猛反発を招いた。

新宿・柳町の小料理屋に当時のスポーツ・アナのベテランとアナウンス部でスポーツの

デスクをしているアナを呼んで、話をすることになった。野球中継のプロデューサーと

ディレクターから「君も来い」と言われて同席したが、アイディアを聞いた瞬間、2人とも

顔色が変わった。少々、酒癖が悪かったデスクは盃を叩きつけたりした。

どちらも後輩だから、とても正面から言い合う気にはなれず、席を立ってしまった。


プロデューサーたちはがっかりしただろう。アイディアそのものには“無理”もあったが、

私がもっと積極的だったら、その後、違ったアイディアが出た可能性があったと思う。

彼らが「あいつの覚悟はあの程度なんだ」と見限ったとしても文句は言えない。


残された道は“正攻法”でアナウンス部に戻る以外になくなった。

担当常務や局長も掛け合ってくれたが、返ってくるのは絶望的な反応ばかりだった。

自分が蒔いた種だったが、落ち込んだ。

その後もいろいろあって、いよいよ逃げ場がなくなり、会社の外に出る方向を模索した。

行きついたのが日本衛星放送(WOWOW)だった。


同期のSが長く出向していることを知っていたので、行かせてくれないかと申し出た。

本社に戻したいと考えていたものの、代りが見当たらずに困っていた(に違いないw)会社は

“渡りに船”とばかり、電光石火で私の出向を決めた。

うかつなことに、“外に出る”ことだけに気を取られていた私は、Sから出向に当っての

レクチャーを受けるまで日本衛星放送は衛星を“打ち上げる”ための会社だと思っていた。

「だったら、打ち上げが終われば本社に帰れるだろう」とタカをくくっていたのだ。


出向当初はやることもなくて退屈だったが、90年代に入ったころから放送開始に向けた

動きが活発になり、私は温めていた“秘策”を人事にぶつけた。「いずれ放送を始めるなら

アナウンサーをどうするんですか?私、やりましょうか?」と。

当時のWOWOWはキー局から出向している数人以外は、放送に関しては素人の集まりだ。

人事の責任者は鉄鋼大手の出身だから“だます”のは簡単だった。ハハハ。

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まんまと“アナウンサー責任者”の肩書を手に入れた私は 199010月、小さなブースに

収まってアイスホッケー世界選手権の映像を見ながら実況をつけていた。

821月のバレーボール実況から実に89ヶ月の時間が過ぎていた。

予想したほどの感慨はなかった。久しぶりにヘッドセット・マイクをつけて実況できる

喜びがはるかに大きかったからだ。

経験のない競技、それも 動きがハンパなく速いアイスホッケーだったが、スムーズだった。


おそらく、これほど長いブランクのあと実況に戻ったスポーツ・アナは日本中を探しても

ほかにはいないだろう。しかも、あえて言うが、ブランクのあとの方がいい実況だと思う。

誰も言ってくれないから自分で書いておく。ハハハ。


理由は二つ考えられる。

まず、マイクから離れたあとも、テレビでスポーツ中継を見るときはプレーに合わせて

常に頭の中で“模擬”実況していたこと。シミュレーションだ。

空しい作業だったが、現役も似たようなことをやっているはずだ。いわばアナの習性だし、

「いつか必ず戻るのだから」という強い思いを胸に続けていた。


次に、スポーツ実況を第三者の立場で聞く時間が持てたこと。同業者の実況を聞きながら、

「いや、そこはこう描写しなくちゃ」、「今は、そんなことを聞く場面じゃないだろう」と

突っ込み続けていた。勉強になった。


そのおかげで、戻ったときの戸惑いがほとんどなかったし、以前にくらべて“突き放して”

プレーを見ることができるようになり、私個人として“懐が深い”実況になったと思う。


臥薪嘗胆のあと、災い転じて福となり、禍福はあざなえる縄の如し…という結果になった。

“引退”後にかかわった野球中継が惨憺たる出来だったのは残念だが、アナウンサー人生を

ほぼ満足できる形で終えられたのはありがたいことだと思う。


昔の人は「かんなん なんじを たまにす(艱難 汝を玉にす)」と言った。

まことにその通りだ。あきらめなければいいことがある、ということだね。

断るまでもなく、私がだと言っているわけではない。


♪アッポーパイペン

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いや、ただ、なんとなく。ハハハ。


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by toruiwa2010 | 2016-10-27 09:09 | アナウンサー・実況 | Comments(9)

フジテレビ「みんなのニュース」

サプライズにからめて椿原アナ…

伊藤キャスターに乗せられていろいろ

しゃべらされてしまった。

ニュースとしてはどうかという意見も

あるだろうが、とても 楽しい空気だったし、

椿原アナの 違った面が見られた。

伊藤アナにあっぱれ!


CM明け、カメラは1ショットで椿原アナをとらえていた。予定通りだったはずだ。

彼女が口を開き「続いてはこちら…」と言ったところで伊藤アナが待ったをかけた。

「続いては、私の方で」と、引き取ったが、これは“予定だが予定外”だったのだろう。

「椿原さんに質問です」。

“天の声”が「椿原さんがこれまでにした、またはされたサプライズプレゼントは?」と

問いかける。「ええ!台本にない…」と慌てながら、立ち直って「私の誕生日に友達二人と

食事のつもりで出かけたら、友だち、後輩、同期がみんな集まっていた」と話した。

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ここで伊藤アナがまとめた。「小規模な食事会だと思ったところがみんなが祝福してくれる

サプライズだった…と」。

それだけで終わらない。一拍置いて「それが一つ目?」。彼の目は「まだあるだろう?」と

言っていた。スタッフから仕入れた別の話を引き出すための「それが一つ目?」だ。

椿原アナの顔には“やられた”と書いてあった。

「一番好きなサプライズはなんでした?」と畳みかけられた彼女は腹を決めて話し出した。

「ホワイトデーの食事中に彼が席を立った。店を出て行き、どこに行ったのかと思ったら、

抱えきれないほどの白い花束を…」。

恥ずかしながら、いい思い出として懐かしみながらがなす様子がキュートだった。


この項目全体がミニ・ドッキリだったわけだ。ニュースなのにどんなものかという意見も

あるだろうが、とてもいい雰囲気だった。日本の今のニュースはバラエティ色が濃いし、

目くじら立てるなら、“ゴミ屋敷”や“デパ地下”はどうなんだという話にもなる。

それより、フジテレビの女性アナでは珍しく 報道畑を歩き、どちらかといえば、“硬い”

イメージがある椿原の違った面が見られてよかったのではないか。


なにより、こういう企画はキャスターと視聴者の距離を近づける効果があると思う。

一気に視聴率に結びつくとは思わないが、親近感を持ってもらうことは大事だろう。

夏企画で木村アナが人力車で日光まで走ったのも企画として成功だった。

来年は富士山のふもとを目指すか?

キムタク、君は当分走ることから逃げられないと思うよ。ハハハ。


椿原アナの報道アナとしての力はよくわからない。しかし、結構 長く夕方のニュースに

かかわっている。「Mr.サンデー」でも宮根と息の合ったところを見せている。

性格もよさそうだ。しかし、順不同で、思い出すままに名前を挙げるなら、田丸美寿々、

渡辺真理、膳場貴子、笛吹雅子、小宮悦子…女性アナでキャスターとして一定の成功を

収めた人たちに比べると、“童顔”という点で損をしているかもしれない。本来の能力とは

関係ないのだが、案外 大事なポイントだよね。


褒めたあとはけなす


14日の夜の「No1歌姫決定戦」はひどかったね。

1年をかけて勝ち抜いた10人を集め、東野幸治と山里亮太の司会で放送された。画面には

LIVE”の表示はなかったものの、司会者たちが“生”であることを匂わせ、歌の評価は

視聴者がdボタンで投票するやり方だった。

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最大の疑問は途中から東野・山里の司会コンビが消えたことだ。

10時に始まったころにはもちろんいたが。113Bブロックの勝者が決まったときには

二人はいなかった。タレントの出演時間が重なると画面から消えることはあるが、どうも

そうではないらしい。説明はまったくなかった。大きな謎だ。


そして。最終ステージを迎えたとき、Aブロックの勝者もいなくて母親がいた。

中学生なのでここからは出演できない…旨のお断りがあったが、それが11時過ぎだった。

ナマなら、10時に始まる番組に出すのも児童福祉法的には問題があるだろうに。

結局、華やかな番組のフィナーレにチャンピオンもいなければメイン司会者2人もいない

という珍妙な映像になってしまった。企画や出演交渉のときのツメが甘かったんだろうね。

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2日後の「TEPPEN」はほとんど“詐欺”だった。

ピアノがうまいタレントが演奏を競うもので結構人気がある番組だ。2時間の番組の大半を

“予選”に使い、決勝進出者が決まったあと、CMをはさんでベンチプレス部門に移った。

まあ、まあ、よくある演出で“ひっぱる”、つまり、興味をうしろにつなぐやり方だ。


ところが、この日、決勝は放送されなかった!! 来年になるらしい。

日本中で怒りが渦巻いたことだろう。これでは、まるでケンカを売っているのと同じだ。

それでなくても、批判にさらされているのに、何をやっているのかと呆れる。


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by toruiwa2010 | 2016-09-27 08:47 | アナウンサー・実況 | Comments(4)

東国原の発言をとらえ「番組として

謝罪しないと訴訟問題になる」と

猪瀬元都知事がかみついた。かなり強硬だ。

難しい局面だが、石井アナは簡単に譲らない。

「確認をしないと謝罪はできない」と。

正しいと思う。

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この話のポイントは、かつての都知事選のときに猪瀬元知事がその資金として徳洲会から

5000万円を提供してもらったが、金を受け取るときに公用車を使ったかどうかだ。

スタジオの東国原が「お金を借りに行ったとき、公用車を使っていますよね」とカメラに

向かって言い放った。猪瀬は別のところにいた。「使ってませんよ」と猪瀬が小さい声で

言い返したが、直後に CMに入った。東国原のことだからたぶん、タイミングを“狙った”

のだと思う。「Nステ」で久米宏がよく使った手だ。


CMが終わり、ほかの項目をすませたあと、猪瀬からクレームがついた。

2点あって、猪瀬は初め、「金を借りに行ったとき、公用車は使っていない。記録にある。

だから訂正しろ」と求め、東国原は「そういう記憶があるが、確認して間違っていたら

訂正する」と応じていた。


もう1点は東国原が「使ったんじゃないですか?」と問いかけたのだと言ったのに対して

猪瀬は「いや、断定した」と主張した。そもそも彼は、不確かなことを言ってはいけない

という立場のようだ。

猪瀬、東国原、どちらの言い分が正しいかは簡単に結論が出ないが、このやり取りの際に

司会の石井亮次アナ(CBC)の対応が見事だった。

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「自分が言っていることは事実だから今、謝罪しろ」と要求する猪瀬に対して石井アナは

「番組として公用車記録を見て裏をとらないと私の口から軽々に言えません」と応じていた。

大正解だったと思う。猪瀬のように強い個性を持った人物の要求をはねつけるためには

こちらも相当強い気持ちで応じなければいけないのだが、心の準備がないと、なかなか

できるものではないのだ。発言した個人が謝るのは問題ないだろうが、MCが自分の判断で

「申し訳なかった」と言ってしまうと、あとで責任問題にもなるし、それ以上に 番組の

立場にも影響が出てしまうからだ。


元職のサガで、こういうとき、いつも「自分ならどう応対するだろうか?」と自問する。

彼のやり方が局アナとしてはベストだと分かっていても、実行は簡単ではない。

フジテレビ時代に失敗した“苦い”経験がある。

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遠い昔、奥様向けの番組にある事件の容疑が濃厚な人物を招いたことがある。形として

彼に好きなようにしゃべらせ、ゲストの推理作家に一つ一つ矛盾をついてもらった。

想定内だったが、途中で彼が怒って席を立った。

激高する彼にスタジオの出口で追いつき、戻るように促しても応じなかった。「私の言い分を

聞くと言うから出てきたんじゃないか」と言い張る彼と長い押し問答になった。


当時、36歳だった私は「報道機関だから あなたの言いぶんを“ジレが真実だ”と一方的に

伝えることはできない」という主旨のことを言わなければいけないと思ったが、頭の中で

言葉をまとめているうちにフロアディレクターが寄って来た。「とりあえず謝っておけと

Mさんが言ってます」とささやいた。Mは番組全体を仕切るプロデユーサーだ。

この“指示”の意味は 番組が彼を犯人扱いしたとあとでクレームをつけられないように、

“保険”として謝罪しておけということだ。


私は「申し訳ありませんでした」と謝った。指示を受けた以上、ほかの選択肢はなかった。

もう10秒早く文章がまとまっていたらなあ…と今でも口惜しい。ハハハ。


ゴゴスマの件だが、その日の午後、「一部、記憶違いがあり、それに基づいて発言したのは

申し訳なかった…と東国原がツイッターで謝罪した。猪瀬がそれで納得したかどうかは

定かでない。また、番組の方は、翌日、このことを報告した上で、「記録を確認した結果、

受け取りに“行く際に”公用車を使った記録はなかった。番組としてもすぐに事実確認が

できず、一日遅れの説明になってしまった」と言い、最後に「大変、失礼いたしました」と

頭を下げた。


“巧妙”と言うべきか。ハハハ。

石井アナの頭はたしかに下がっていたが、“失礼しました”という文言を 果して猪瀬が

“謝罪”と受け取るかどうか、微妙だ。

いずれにしても、このコメントは局の顧問弁護士と相談して作ったのだろう。

“変化”がいつごろから始まったのか分からないのだが、最近の情報系番組はこれまでの

スタイルを脱して、出演者同士が“やり合う”ことが多くなった。こうでなくちゃ…ね。


09/11のツイート

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by toruiwa2010 | 2016-09-14 08:49 | アナウンサー・実況 | Comments(0)

ABに定期的に金を送っていたのは事実のようだ。

送金はBが覚せい剤を使用していた時期と重なる(らしい)

Bの覚せい剤購入資金の一部がAの金だった可能性はある。


…なので“Bの覚せい剤の資金源はAである”説は論理的に成立するかもしれない。


Aとあるのは司会者・小倉智昭、Bは自称・画家&俳優で小倉の事務所の後輩でもある男だ。

Bは先月、覚せい剤取締法違反で逮捕された。

逮捕当時、冒頭に書いたことはまったく報じられなかったのだが、週刊文春が先週号で

“覚せい剤逮捕 俳優は小倉智昭が「資金源」だった”という 見出しで派手にぶち上げた。


この件については“この程度の中身でよくこんな見出しをつけたものだ”と先週 書いた。

番組で事実関係を説明する小倉に疚しさの気配がまったくなかったことも。

これで“一件落着”と思ったが、スクープ連発の流れを切りたくない天下の週刊文春は

そう簡単には引き下がらない。今週号でも“攻撃”が続いた。

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小倉が釈明の最後に「資金源と書かれるのだけは納得いきませんでした」と言ったのが

気に入らなかったのか、その部分をそっくり文字に起こして記事を書き始めている。

しかも“声を震わせ、目を真っ赤に充血させてこう述べた”と続けている。言っとくぞ。

少し目が潤んだようには見えたが、決して“真っ赤に充血”などしていなかったぜ。


で、今週号の目玉として雑誌が仕込んだネタが大笑いなのさ。

3ページに及ぶ記事の見出しは“小倉智昭 覚せい剤俳優との「資金源」証拠メール”。

“動かぬ証拠”としてつきつけたのは 当時、小倉が男に送ったとされるメールだ。

その大意は以下の通り。


昨年11月に国税の査察が入った。

あなたを始め、事務所のX、姉、プロゴルファー、スタジオの手伝いなど、

月々の送金が槍玉にあがった。最近は通帳に送金先が記入されるため、

言い訳ができなかった。

特に、あなたへの送金が長く、額も相当になるため、あなたの所得にする、

との見解だった。そうなると過去の所得税、地方税、重加算税、延滞税など、

多額の請求があなたに行く。

そこで、国税に勤める知人を介して、あなたの窮状を訴え、あなたへの請求が

及ばぬよう、贈与税で私の負担にしてくれと申し入れた。

その結果、あなたへの分を含め、およそ1億円の納付請求の通知が届いた」


つまり、“長期間、君に多額の送金をしていたことが国税にばれた。君の所得とみなされ、

かなりの額が君に追徴課税がされることになる。手を回して、贈与で処理し、私、小倉が

負担することにした”ということだね。


さらに・・・

個人預金は多くない。Bを含め数人への送金は妻も知らず、相談すれば離婚になりかねない。

(税務署への納金は) 時計や絵を売るつもり。最近、番組の視聴率が悪く先が見えて来た…

などを訴え、要は、“だから送金は打ち切る”と告げているわけだ。


どういう経緯なのか分からないが、文春がこのメールを入手した。読んだとき、編集部は

「これで小倉の息の根が止められるぞ」とほくそ笑んだに違いない。小倉がBに“長期間”

“多額の金”を送っていたことを本人が認めているのだから。

しかし!


そうじゃないんだね、これが。ハハハ。

木曜日の番組の中で小倉が“2週続きで申し訳ない”と話し始めた。

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Bが描く絵に興味があった。それに対して金を払った。

もっと興味があったのは彼の父親の絵だった。5点ほど持っていてそれにも金を払った。

そのほかに父親のコレクションがあって、それを預けるから金を貸してくれとBが言った。

絵を預かり分割で月々払った。ところがそのうちの20点ほどが贋作だと分かった。

そこで、Bとの関係を“修復”(本人の言葉)しようと思ってこのメールを出した」


やっぱり出したんだ。…そうじゃなくて、“続き”があるんだ。


11のメールで世に出ると思っていなかったから、“作り話”を書いた」


つ、つ、作り話!? ウソ?


そう、小倉はBにあきらめてもらうために話をでっち上げたのだ。

「査察もなければ納付請求も来てない。もちろんお金なんか払ってません!」

そう、言い切ったとき、きっといい気分だっただろうね。

腹の中は「ざまあみやがれ、“証拠メール”などと得意げに書きやがって」だったかも。

ハハハ。


惜しいのは、話がうまいはずの小倉にしては“メールは虚偽”という肝心のポイントが

少しぼやけていたことだ。


週刊文春の記事の中には 薬物依存からの回復を支援する団体役員の話として「Bにとって

小倉さんはいわばATMだ。小倉さんは金を渡すことでBを支援したのではなく結果的に

ダメにした」とまで書いている。


そして、“締め”はこうだ。


小倉は公共の電波を使って「納得がいかない」と発言した。ならば、

“長期にわたる高額の送金”の事実を認めた自らのメールについても

説明すべきではないのか。

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「どうだ、まいったか!」と大見得を切って示した“証拠”のメールが100%嘘だった。

実弾を込めて撃ったつもりだったのに空砲だったと分かった今、文春はこのシリーズに

どうケリをつけるつもりか? お手並みを拝見させてもらおうか。ハハハ。


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by toruiwa2010 | 2016-09-12 08:10 | アナウンサー・実況 | Comments(0)

当ブログの唯一いけない点はときどき“しつこい”所だと自覚している。ハハハ。

偉そうにしている奴と並んで批判の対象になるのは放送&実況だ。


おこがましいとは思いつつ、数年前に「岩佐徹的アナウンス論」を連載した。

長い経験を踏まえ、引退後に見たもの、聞いたものの感想・批評をまとめたものだ。

リオ五輪の前に更新した“自薦・厳選”シリーズで その中の“ダメ”な実況例に触れた

ためか、その古い記事( 2012.01.28 )にコメントがついた。2004 アテネ五輪の男子体操

団体戦の実況を取り上げた記事だ。

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NHK刈屋富士雄アナはもともと“苦手”だったが、このときの実況で決定的になった。

以後、何度か批判的な記事を書いた。理由は“言葉を用意する”ことに集中している。

一番ダメなのがアテネ・体操の実況だ。世間では名実況だとされている…らしい。

そうじゃないっ!と私は言う。


今回、投稿の中に本人のインタビューと名のあるスポーツ評論家が褒めた記事のURL

添付されていたので、“休載”中に読んでみた。“筆欲”が湧いた。ハハハ。


初めにいくつか

・この記事は長くなる。誤解を招かないためにできるだけ丁寧に書こうとするからだ。

・そう思われるだろうが、“ネタミ・ソネミ”で書いているわけではない。

・「どこかのへっぽこアナが…」と思う向きもあるだろう。それはそれでいいが、念の為に

書いておくと筆者はフジテレビとWOWOWで通算34年、スポーツ実況をしてきた。

オリンピックは経験がないが、MLBをはじめとする野球、ヨーロッパ選手権やUCL

セリエAを中心にサッカー、テニスのグランド・スラムなど、世界のトップレベルの

イベントにかかわった。悪いけど、月間賞だが“ギャラクシー賞”だってもらっている。

“へっぽこアナ”じゃない。まして、キャリアも実績も刈屋アナに劣るとは思わない。


いかん、もうムキになってる。ハハハ。


問題の実況だが、このときの団体戦には体操ニッポン復活の夢がかかっていた。

最後の演技者、冨田洋之が登場したとき、日本が優勝するためには8.962点が必要だった。

彼の力を考えれば“普通”の出来で十分だったが、誰もがハラハラして見守っただろう。

さて、そこからだ。

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インタビューで本人の言葉を読み、正確を期すため、改めて実況を聞きなおしてみた。

冨田が鉄棒の下で構えに入ってから着地までの実況は文字にするとこうなっている。


1. 「小学校のころソウル・オリンピックを見て自分もオリンピックでメダルを獲りたい…

夢を持った冨田。ニッポンが誇る最高のオールラウンダー」


このあと約5秒間の黙り。この間に冨田は鉄棒にぶら下がり、演技を始める。

2は演技が始まった直後にしゃべり始めた。


2. 「冨田が冨田であることを証明すれば日本は勝ちます」

( 途中で「自信もって」と解説者 )


3まで11秒間の黙り。


3.「離れ業はコールマン」


最大の山場・“コールマン”に挑む冨田をほぼ無言で見せる。

鉄棒を飛び越え、もう一度つかもうとする直前に“とれば決まります”と聞こえる一言が

やや“オフ”で入っているが、誰の言葉かハッキリしない。

どんなにくわしくても、いくらとっさでも、ベテランのアナウンサーが専門用語に近い

“とる”という言葉を使うとは思えないが、声の質、語調からは刈屋アナの声のようだ。

横を向く場面ではないのに、ヘッドセットをつけているにしては前後の言葉にくらべて

オフになっているのが不可解だが。

いずれにしても、“鉄棒をつかめば優勝が決まる”ことを言いたかったのだ。


3から8秒半の黙り。


4. 「さあ、あとは最後の伸身の新月面。(黙り3)

  着地に向かう。(黙り7秒、間で解説者が「さあ、あとは降りだ」)

  伸身の新月面が描く放物線は栄光への架け橋だ」(以上) 

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“小学校のころ”から着地まで65秒の実況のすべてだ。

夜明けの日本列島は28年ぶりに獲った男子体操の団体金メダルに沸いた。

翌日のスポーツ紙が褒めたことで“名実況”は確定した。聞いて感動した人も多かった

ようだから、一般の人がそう思うのは理解できる。


しかし、そこまでの流れを見ていれば、実況がなくても感動する場面だったのではないか?

私なら 優勝に必要な点数を説明し、場内の雰囲気を伝えたあと、冨田の演技開始“前に”

「いつもの演技ができれば日本の金メダルは確実です」、フィニッシュに入る直前に「さあ、

フィニッシュです」しか言わなかったと思う。WOWOWに移ってからの私のモットーは

“スポーツの感動は試合やプレーそのものの中にあるだったから。


ビッグ・イベント冒頭やここという場面で“事前に用意した言葉”を話すようになった…

つまり、予定稿がスポーツ実況に登場したのは1970年代だったと思う。しかし、世間が

注目したのは19851026日、ワールド・カップ メキシコ大会のアジア最終予選、

日本対韓国の冒頭アナウンスだった。

NHK・山本浩アナが「東京千駄ヶ谷の国立競技場の曇り空の向こうにメキシコの青い空が

続いているような気がします」と言ったのだ。

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サッカー・ファンの間では今も語り継がれる(…だよね)名ゼリフだ。

そう、“セリフ”であって“実況”じゃない。

それでも、世間は喝采を送った。そのときの気持ちとマッチしたからだ。


私が考える“理想的な実況”は、そのとき、放送席にいるアナにしか分からないことを、

その場にふさわしい言葉で分かりやすく伝える…ことだ。

その意味で 視聴者の気持ちにマッチすることは大事な要素だ。しかし、“すべて”ではない。


何より怖いのは、予定稿には“麻薬性”があることだ。

現に、山本アナも刈屋アナも、その後の実況でたびたび試みているが、成功例を見ない。

*以下2本の記事を参照されたい

・“用意した言葉”山本実況を考える: http://bit.ly/pMaJ6G

・わが“刈屋富士雄論” 先輩同業者から贈る言葉: http://bit.ly/1fjWPNu


今回、当時の日刊スポーツの記事を読んで「うん?」と思った。強い違和感があった。

“コールマン”を過ぎ、インタビューはフィニッシュに向かう場面にさしかかっていた。

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刈屋 考えたのは、金メダルを取ったことを日本にどう伝えるか。

1秒でも早く報告したかったし、着地をしちゃうと誰も僕の話なんか

聞いてくれない。考えていたのは「復活への架け橋」だったけど

「復活どころじゃないぞ」と。それで「栄光の架け橋」に変わった。

過去の栄光と未来、それをつなぐのが冨田の伸身の新月面だったんです。


…もちろん“字面通り”ではなかろう。

しかし、目の前で28年ぶりの“大事件”が起きようとしている。冨田の演技は“余さず”

伝えなければいけない。一瞬たりとも目を離せない。その中で、刈屋アナはこんなことを

本当にめまぐるしく考えていたのか? ウソだろ?できやしないぜ、そんなこと。


しかも、そのあとに取材記者はこう書いている。アナの話をベースにしているはずだ。


ここで、予想外のことが起きた。

冨田のフィニッシュへの入りが、1回転多かったのだ。

急きょ「伸身の新月面」と「は栄光への架け橋だ」の間に

「が描く放物線」を入れた。


一読、「すっげえ!」と思った。超・超・超人だ。ハハハ。

まともに実況していたら、そんなことを考えるひまはない。第一、1回多く回ったのなら

それを伝えるのが実況の仕事じゃないか。

つまり、"あとづけ"としか思えないのだ。

聞いて、感動した人が多かったのは認めよう。放送の実際を知らない人たちが名実況だと

褒めるのも分かる。しかし、本人が「その場で考えた」と言うのはおかしいと私は考える。

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投稿の中にあった“スポーツライター、音楽評論家、小説家、放送作家”(本人ブログより)

玉木正之氏のコラムも読んだが、すでに相当長くなっているので一点だけ書いておく。

“「栄光への架け橋だ!」は、五輪中継史上最高のアナウンスといえるかもしれない。”と

題した記事で以下のごとく“激賞”している。


(日本の男子体操陣が)低迷を乗り越えて四半世紀ぶりに復活しよう

とする瞬間、その瞬間が身体の動きの限界に挑戦した美しい放物線を

描くなかで訪れようとしたとき、その姿を表す言葉として、「栄光への

架け橋」という表現は、過去の歴史と現在と未来をつなぐという

意味合いのうえでも、眼前で展開される美しい形状を形容するうえでも、

これ以上にないふさわしく美しい言葉といえるものだった。


そう感じたのなら、他人がとやかく言う必要はない。しかし、ちょっと待ったあ!

彼は、その直前の段落で具体的にこのフレーズに触れる前にこう書いているんだよね。


…「栄光への架け橋」という言い方は、思わず口をついて出た言葉とは

思えない。これは想像でしかないが、おそらく金メダル獲得の可能性が

出はじめた頃から、アナウンサーは日本男子団体体操の復活にふさわしい

言葉を考えはじめたのではなかったか。

この想像が正しいかどうかはさておき、この言葉は、そう思えるくらいに

完成された形容であり、美しい表現といえよう。


フレーズそのものを褒めている。まさかとは思うが、彼はこの言葉が あのオリンピックで

NHKがオープニングに使った曲のタイトルだったことを知らなかったのではないか?

知っていればこういう書き方にはならないはずだ。あれだけひんぱんに流れていた曲を、

そのタイトルを知らなかった!?

だとすれば、笑うしかない。


そして、昨日、この記事の裏付けのためにネットを検索しているときに

きわめて興味深い記事に出会った。刈屋アナの過去のいくつかの発言を

つき合わせると「あれ?」と思うところがある。また別の機会に書く。


刈屋アナのインタビュー記事(日刊スポーツ): http://goo.gl/dlS56K

玉木正之氏のブログ記事: http://goo.gl/imcpPq


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by toruiwa2010 | 2016-09-08 08:00 | アナウンサー・実況 | Comments(8)

“病気”だね:ポエム実況


3位決定戦第2試合が終わった。喜びを爆発させ、国旗を背負って走り回っていた勝者が

ようやくマットを降りて画面は選手の入退場口に切り替わった。およそ5秒の沈黙のあと

河村亮アナの実況が始まった。

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吉田沙保里、4連覇に向けた決勝が今始まろうとしています。

この4年間、ロンドン以降、世界のこの階級、強敵は“打倒吉田沙保里”、

その一念で燃えてきました。当然、吉田はその流れを知っています。

今日の相手、アメリカ マルーリス、24歳、アテネ・オリンピック。吉田沙保里の

その優勝のシーンをテレビで見ていました。いつか自分はその頂きへ。

ただ、吉田はその言葉を聞いて「それがチャンピオンの宿命」。

十分にその立場を自覚しています。


(画面はスタンドの両親)


見つめる母、幸代さん、兄、栄利さん。

小さいころ吉田家は夏休みと言えば、遠征の試合に行くことが家族旅行でした。

お父さんが運転してお母さんが助手席で地図とにらめっこ。くるくると地図を回しました。

吉田沙保里は後部座席からお父さんの広い(ひろーい)背中と地図をのぞき込むお母さんの

丸まった背中、その二つを見ました。

お父さんとお母さんは何でここまでしてくれるんだろう? 

幼い吉田沙保里は分かりませんでした。ただ、今は分かります。親の無償の愛が。

そして、レスリングがこれまでの人生を作ってくれた。家族の支えがあったからこそ、

今の吉田沙保里がいる。そうハッキリと自分で頭に刻み込んでいます。


父、栄勝さんは一昨年 亡くなりました。

奇しくも、日本代表の合宿にこれから向かおうという車の運転の最中でした。

くも膜下出血でした。

その意識の中、おそらく父、栄勝さんは吉田沙保里、娘の将来を案じたことでしょう。

常々、「お前、大丈夫か?」、弱気になったときには「お前は強いんだ」…その言葉を

かけたと言います。

初めて吉田沙保里、4回目のオリンピック。一つ変わっていることは、その父、栄勝さんの

姿がセコンドにないことです。大きな声で指示を飛ばし、精神的に奮い立たせてくれた

栄勝さんが今、遺影で見つめています。

おそらく父は今自分のことを心配しているだろう。「お前、大丈夫か?」。

お父さんにできる一番の供養は「私は元気です。決勝で相手を倒します」。

そして勝利を届けること。

吉田沙保里はその一念でこの4回目のオリンピックを目指し、決勝の舞台まで進んで

まいりました。

これから女子53キロ級決勝戦。


(入場開始)


さらにいま、入場ゲートに両選手の姿、あらわになってボルテージは最高潮。


ヘレン・ルイーズ・マルーリス、24歳。

かつてはレスリングをやめようと思った。両親の説得がありました。

2004年、吉田沙保里が優勝したアテネ、種目に採用されて両親は種目を、このレスリングを

続けることを許可しました。


吉田沙保里、初めて4回目のオリンピック、父、栄勝さんの姿がセコンドにはありません。

ただ、吉田には寂しさはありません。

「父の姿がマットサイドになくても私は今こう思うんです。

今回はマットに父が一緒に立って戦ってくれそうな気がする。

ですから今回、マットの上で父と私で力が2倍になる。そんな不思議な感覚があるんです」。


(マットに上がる)


吉田沙保里、決勝へ。そして 今静かに、父、栄勝さんが寄り添っているでしょうか?

さあ、いよいよ大一番。吉田沙保里。

集中するマルリース。4連覇へ向けて…今、笛が鳴りました。


348秒の“渾身”の大演説だった。読むのが大変だっただろうと読者には同情する。

文字に起こしたものは、いやなら読まなければいい。しかし、試合を見るためにつけた

テレビから流れてくる音声は拒めない。ただただ“耐える”のは拷問に等しかった。

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この日の女子レスリングは河村アナの所属する日本テレビが地上波で独占放送した。

制作陣もコンソーシアムに送り込まれた日テレのスタッフが中心だったと思われる。

“画面はスタンドの両親”のところはコメントに12秒先行して画面が切り替わった。

アナが作ったコメントのコピーを参考に切り替えていたのだ。つまり“予定稿”だ。


「栄光の架橋」が持ち上げられ、多くの実況アナがコメントを用意するようになった。

イベントが大きくなればなるほど。

本来、そこにいる者だけが感じられることをその場にふさわしい言葉で伝えるのが彼らの

仕事だが、「“爪あと”を残したい」という欲求に負けるようだ。こんな失敗例があっても

視聴者は4年ごとにこんな“作文”を聞かされることになるだろう。原稿用紙とペンがあれば

家のリビングでも書けるからなあ。

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ただし、それにしてはこのコメントの完成度は低い。驚くほど低い。

聞き取れていない助詞があるかもしれないが、事前に準備されたものとしてはあまりにも

文章が“ぎくしゃく”して流れが感じられない。意味が通じないところが何か所もある。

マルリースの両親はやめようかと思った娘を説得したというのに 数年後には続けることを

“許した”という。“立ち位置”はいったいどっちなんだ?


私は 嫌いだし、ほとんどやったことがないので分からないが、予定稿のやり方の中には

完全に文章を完成させてしまうほかに、キーになる単語だけをメモにしたり、7割ぐらいの

完成度にとどめたりするやり方もありそうだ。どちらも 本番で語尾をつけてアドリブ風に

聞こえるようにするわけだ。河村アナは後者を選んだが、結局、失敗したのだと思う。


(試合開始)


果して、父とともに戦う6分間になるんでしょうか?

力は2倍になるのか?

さあ、ここで吉村さん、勝負のポイントはどこになりますか?


(1ピリオド終了後、家族が画面に)


母、そして兄が見つめる中、そして吉田の表現を借りれば父、栄勝さんは今、

吉田沙保里とともに、マットの上で戦っています。力は2倍になるか。残り3分間。


(2ピリオド開始直後)


私にとって3歳から磨いてきたレスリング。

タックルは父から… 本当に教えてもらったのは…

(その瞬間、両者が激しく動き始め、コメントの続きはなし)


(試合終了の笛)


吉田、無念敗れた。 金には届かなかった。 4連覇には届かず。

オリンピックで今、味わう無念の敗戦。しかし…マルリースが今歓喜の涙

絶対女王・吉田沙保里、気力を、死力を振り絞りましたが、今届きませんでした。

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試合が始まると、さすがに実況が中心になったが、全体が情緒に支配されていた。

私もそうだが、苦手とする人は多いと思う。尻がむずむず。ハハハ。

女子フィギュアスケートの塩原恒夫アナ(フジテレビ)はもっと“ポエム”だったのだが、

百歩ゆずって、あれは演技を競う競技だからいいとして(よくなかったが)、女子であっても

こっちは格闘技だ。“力は2倍”を3回も聞かされたらシラケる。


オリンピックのレベルの決勝なら 人はそれぞれの思いを込め、感情移入して見るものだが、

この試合に関しては、それがまったくできなかった。

まるで24時間テレビのオリンピック版を見せられている気分だった。

オリンピックはこれが最後だろうし、過去の功績を考えるなら吉田には勝たせたかった。

しかし、あえて言えば、この“情感タップリ”実況につき合されたあとでは、悪いけど、

負けてよかったかもしれない。勝っていたら「父、栄勝さんとともに勝ちとった4連覇!

力はやっぱり2倍になりました!!吉田沙保里は吉田沙保里でした!!」みたいな実況を

聞かされるのがオチだっただろうから。


おまけ


小池百合子知事が五輪旗を受け取ったとき、違和感があった。

本人も「思ったほど重くなかった」と話していた。

ロンドン五輪のときと写真を比較すると、人物との関係から、

棒が細く、旗そのもののサイズも少し小さくなっている印象が…

考えすぎかもしれないが、都知事が女性に決まったことを知った

組織委員会の“仕業”ではないか? だとすると優しいね。


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呟いたが、ほとんど反響はなかった。

口惜しいので「みんなのニュース」に投稿しといた。


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by toruiwa2010 | 2016-08-24 07:57 | アナウンサー・実況 | Comments(10)

自分も“元職”だし、専門分野だからどうしても実況が気になる。

体操・男子団体決勝の「内村航平、金メダルへの着地!」のように

相変わらず“受け”を狙った実況が多い。アドレナリンがあふれて

無駄なところで絶叫するアナもいて「おいおい」と思ったりしたが、

全体的には“可もなく、不可もなく…”だった気がする。

特に、マイナー・スポーツ担当のアナたちは頑張ったと思う。

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そんな中、書かずにいられない実況を終盤で聞いてしまった。

聞かれたアナは“不運”だと思ってほしい。気持ちとしては仮名に

したいが、「ああ、あの人ね」と分かるアナなので実名にする。

2回に分けるが、それでも長い。読むなら覚悟のほどを。ハハハ。

 

致命的なミス:「決まったあ!」


日曜日朝のサッカー決勝(ブラジル対ドイツ)はなかなか好ゲームだった。

ネイマール、マイヤーという両国キャプテンが鮮やかなゴールを決めた。

11で延長に入ったが、決着がつかず、PK戦にもつれ込んだ。

両国4人ずつきれいに決めて、44で先攻・ドイツは5人目のペーターゼン。

完ぺきにコースを読んだベベルトンが余裕を持って止めた。

このとき、実況していたNHKの鳥海貴樹アナが痛恨のエラーをしてしまった。


スポットにボールを置く

「ドイツ5人目 途中から入ったペーターゼン」

キック

「決めた 止めた ここで止めた」

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彼は、“決める”“決めた”をPK成功の意味で使っていた。ここは完全に止められたのに

なぜ“決めた”と言ってしまったのか?魔がさしたとしか言いようがない。

僅かな救いはすぐに“止めた”と叫んだことだ。“ミス”を引きずらなかった。

だから、多くの人は一瞬「うん?」と思っても、あまり気にならなかったかもしれない。

しかし、放送席に座った経験がある者にとってはそうじゃない。ミスだ、間違えた…と

騒ぐのは意地悪な私だけにしても、やってしまった本人としては長く記憶に残るミスだ。

下手をすれば“トラウマ”になる。

表彰式が終わったあとも鳥海アナはしばらく放送席から立ち上がれないかもしれない。

私ならきっとそうだ。そして、日本へのフライトは気が遠くなるほど長いものになる。


まさか、帰国後に“ペナルティ”などということはないだろうが、NHK のような体質の

組織では長くヒソヒソ話のネタにされるはずだ。そして、かつて紅白歌合戦で都はるみを

“ミソ()”と言いかけたベテラン・アナをほどなく地方局に飛ばした(少なくとも形は)

実績を持つ局だけに鳥海アナに何が起きるか分かったものではない。47歳か。

NHKの“次代”を担うアナだと期待しているのでなんとかこのピンチを切り抜けてほしい。


この話には続きがある。

耳を疑うようなアナウンスを聞いてすぐに呟いた。


ブラジル優勝!おめでとう!

「決めたっ!」と言ってしまった! アナとしては痛恨のミス。

NHKはこのあと、この部分をどのように"修正"するか? 

「決めた」を削るしかないかな? そのまま…局としての恥を

そのまま流し続けることはなかろう。


決定的な場面でのミスだから、NHKだけでなく、収録しながら見ていた各局の担当者が

サッカーを知っている人なら「あっ」と声をあげたに違いない。すぐにディレクターと

話し合って「削れるなら削る」という結論を出しただろう。

“不幸中の幸い”は、「決めた」と「止めた」の間に微妙な“間”があったことだ。

ミスをしてとっさに作った“間”ではない。偶然 生まれた“間”が実によかったのだ。

もし「決めた」のあと、慌てて「いや、止めた」 などと言っていたら“いや”が削るのが

難しかったと思う。

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…で、興味を持った各局の対応はと言えば…

NHK正午のニュースでは「ドイツが一人失敗のあと…」というコメントで処理していたが、

夕方6時過ぎの「デイリー・ハイライト」のときには「決めた」が丁寧に削ってあった。

ハハハ。


TBSは夜7時半からのオリンピック枠でダイジェストを見せたが、“まんま”だった。

編集する時間は十分にあったが、“思いやり”、“武士の情け”はないらしい。

フジテレビ昼のニュースが削ってあったほか、各局のニュースはいずれもナレーションで

処理してあった。優しいのか、単に日曜日でニュースの枠が短かっただけかは分からない。

ハハハ。

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彼も“日本人”だろう?


男子マラソン

日本人3選手の話は当然たくさん出ているが、

カンボジアに国籍を変えて出場している猫ひろし…

スタート前のスタジオ部分をふくめ、一回も名前を

聞かない気がする。 "5キロを何位で通過"ぐらいは

言ってやるべきだと思うがどうか?

芸人だからか?冷たいね。


実況だけの問題とは言えないかもしれない。

男子マラソンの制作陣は解説・実況とどんな打ち合わせをしたのだろうか?

当日の新聞のラテ欄はこうなっていた。

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“カンボジア代表で出場猫ひろしも注目だニャ”。


お堅い局に似合わず、“注目だニャ”と謳っているじゃないか。

どうしても知りたい…とまでは思わないかもしれない。しかし、「そう言えば、猫ひろしも

出てるんだよなあ。どうしてるんだろう?」と思った人は多かったはずだ。

日本人選手が先頭争いをしているなら、あえて触れなくてもいいが、そうじゃなかった。


5キロ通過のとき、〇〇分〇〇秒で〇位でした」ぐらい言ってもいいんじゃないか?

データは放送席のモニターに出て来てるはずだし、10数秒あれば言えるコメントだ。

もともと芸人だった彼が国籍を移してまで出たいと思い、困難を乗り越えて夢を実現し、

どんな気持ちでコースを走っていたかを考えたら、そんなに冷たい仕打ちはできないはずだ。


朝日新聞(ジタル)にはこんな記事もあったぞ。


「僕を選んでくれたカンボジアでも放送されている。

絶対に歩かないぞ」。

猫ひろし、完走者の中では下から 2番目でしたが、

観客からカンボジアコールがわき起こりました。

ゴール後は「ニャー」。


明日は“ポエム実況”について書く。


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by toruiwa2010 | 2016-08-23 08:20 | アナウンサー・実況 | Comments(4)