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岩佐徹のOFF-MIKE

toruiwa.exblog.jp

実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

カテゴリ:放送全般( 186 )

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少し前まで、一日に何度となくテレビから流れた「上を向いて歩こう」、「見上げてごらん
空の星を」はほぼ半世紀前に坂本九が歌って大流行した歌です。
桑田佳祐・福山雅治を初めとする豪華なメンバーによる応援歌を聞くにつけ、被災地を
実際に訪れた歌手たちの活動を見るにつけても、歌が持っているパワーに圧倒されます。

歌と同じように、書物にも人の心に沁みたり、勇気を与えたりする絶大な力がありますね。
ヒット曲を持っている歌手、長く読み継がれている本を書いた作家の影響力にはいつも
感心してしまいます。
特に歌手の場合は、自分の歌によって人々が笑ったり、感動して涙を流したりする場面を
目撃することが多いですから、そのたびに“歌手冥利”ということを思うでしょう。
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今のアナウンサーたちは、私が現役のころにくらべたら遥かに名前も顔も知られていて、
アイドル並みの人気者になっている例もあります。それでも、人に感謝されたり、感動を
与えたりすることはそんなに多くはないでしょう。
まして、そのアナウンスが5年後、10年後まで記憶に残るようなことはめったにないと
思います。少なくとも、私はありません。「いや、…のときの実況はよかったですよ」と
ごくたまに言われることもありますが、それは、試合そのものの印象が強いのであって
私は“おまけ”にすぎません。ハハハ。

5,6年前に、「冥利」というエントリーを書いたときにも引用したのですが、きっかけは
旧HPの掲示板に書き込まれたコメントでした。

<…わたしは以前、視聴者プレゼントで岩佐さんの本も頂いたのですが、
その本もわたしにとってとても大切な本です。
久しくネットもやってなかったことや、前ほど熱心にサッカー中継を
見なくなった事もあり、岩佐さんがサッカー中継から退いたことを
知りませんでした。わたしはもうWOWOWには加入していないので、
岩佐さんの今の声を聴く事はできません。
学生時代、サッカー中継に興奮、かつ感動できたのも岩佐さんの実況が
あったからこそだと、WOWOWから離れて、今でも思っています。

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“本”は、2002年に自費で出版したささやかなものです。
推敲が足りなくて、句読点の誤りや文章のおかしなところがあって、恥ずかしいかぎりの
本ですが、大事にされていることを知ったときは、「出してよかった」と思いました。
ただし、アナウンサーが本当の“冥利”を感じるのは、やはり実況の場です。
大きな試合を担当したり、プレー描写や解説者とのやりとりがうまく行ったりしたときに
「よくぞ、アナウンサーになった」と思うものです。

残念なことに、実況を聞いたときの感動が長く続くことはありません。
スタイルがどんどん変わっていくからです。昔から“名アナウンス”とされているものも
数年後には色あせて聞こえます。若いころに聞いて印象深かった実況をいくつかテープで
聞いたことがありますが、“古色蒼然”…やめておけばよかったと思いました。
直木賞作品のあとに夏目漱石を読む気分と言えばいいでしょうか。
それぐらい、実況スタイルが変化しているのです。
文学はそれでも人に感動を与えますが、実況はなかなか難しいです。フジテレビの後輩に
「実況は消える芸術」と言い放ち、自分の放送をテープに録らない男がいて、そのころは
あきれたものですが、今になって「なるほどね」と思わないでもありません。ハハハ。
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人から「あれはよかったですね」と言われるものでも、今聞くと、「なんだ、これは」と
スタイルの古さに唖然とし、「もうちょっと、うまくしゃべれるんじゃないのか」と思う
ことが多いです。“門外不出”にしたいぐらいです。ハハハ。

具合が悪いことに、誉められるのは、ゴールが決まったり(サッカー)、ナイスショットが
決まったり(テニス)したときに実況をやめて拍手・歓声を生かした場合が多いので
いささか微妙です。
自分のスタイルとしてやったのですから後悔などしませんが。ハハハ。

ある立場・境遇で自然に受ける恩恵や幸福…
広辞苑によれば、“冥利”はもともとそんな意味で使われるようですから、私に限っては
ヘッドセット・マイクをつけ、わくわくしながら放送席に座ることがすでに“冥利”だったと
と言っても言い過ぎではないかもしれません。それに気付くのがきわめて遅かったのは
“痛恨のきわみ”ですが。ハハハ。 

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by toruiwa2010 | 2011-04-28 09:51 | 放送全般 | Comments(6)
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今回の大災害の報道は各局が総力を挙げて取り組みました。
出ずっぱりのキャスターを心配する声もたくさんありましたが、
「大丈夫だって。こういうときに頑張らないでいつ頑張るんだ、
と張り切っているはずさ」と思っていました。
しかし、読み間違いの連発や、2日連続でゲスト紹介のときに
名前を間違うなどの凡ミスを見せつけられると、相当の緊張感や
プレッシャーがあったのだと思わないでもありません。

単純に読み方を知らなかったものは防ぎようがありません。
「アナウンサーがこんな字を知らないなんて」とおっしゃる方が
かなりいますが、よほど熱心に勉強していない限り、誰にだって
“落とし穴”はあるものです。
同じ文字に何種類もの読み方があり、片仮名にすれば同じなのに
漢字になると意味がまったく違うのですから、そのすべてを知る
というのは口で言うほど簡単ではありません。
生き方や歩んできた道によっては、その“悲劇の瞬間”に初めて
出会ったために読み方を知らなかった、使い方を間違えた…
そんなこともありますからね。
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「耳ざわり&肌ざわり」(2009.03.17)


未曾有(みぞう)を“みぞうゆう”、頻繁(ひんぱん)を“はんざつ”は麻生首相
元凶(げんきょう)を“がんきょう”はミスター年金の馬渕議員
丼物(どんぶりもの)を“どんもの”はクボジュンこと、元NHKの久保純子アナ
怪鳥(けちょう)を“かいちょう”は40数年前の岩佐徹アナ  ハハハ。
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…日本語の難しさについては、何度も書いてきました。
言葉を“道具”にする仕事を長くやってきましたが、自分がしゃべったり、書いたりする
日本語が絶対正しい、などと言い切る自信はまったくありません。気づかずに、間違った
言葉遣いをしている可能性は決して否定できません。

アナウンサーとして最も重きを置いていたのは、自分が思うことや人が書いた文章の中で
大事な部分をきちんと把握し、聞き手に伝わるように話す、あるいは、読むことでした。
ですから、当然、“正しい日本語”の優先順位は2番目以下になります。
前にも書いた通り、“ルースボール”や“スムース”にはこだわる一方で、細かいことは
あまり気にしない傾向があります。“フレキシブル”あるいは“いい加減”…。ハハハ。

書き込みを読ませていただいて、“ありがちな”間違いに気づきました。
直後に、レスの形でそれを指摘することは私の流儀ではありません。
「恥をかかせる形になるのは避けよう」、「言ってあげたほうがいいかな」と迷った挙句、
「エントリーにするのが一番」ということになりました。

この数ヶ月の間に「“耳ざわり”がいい」というフレーズが何回か書き込まれていました。
“耳ざわり”は“目ざわり”とともに、触れた感じが“悪い”ことを表す言葉です。
一方、似た表現の“手ざわり”は“肌ざわり”や“舌ざわり”とおなじで、ふれた感じ
“そのもの”を指しています。

身体の部分とひとつになって、どちらも、“ざわり”という音になるため混同しがちですが、
実際は、意味が違い、使われる文字も違います。
つまり、“耳障り・目障り”と“手触り・肌触り・舌触り”です。
文字にすれば意味の違いも明らかですから間違えにくいのでしょうが、普通、ひらがなで
表記されることが多いために、「耳ざわりがいい」もありそうな気がしてしまうのでしょう。
ただし、間違って“耳ざわりがいい”と言う人はいても、なぜか、“目ざわりがいい”は
聞いたことがありません。耳ざわりがよくないからですかね。ハハハ。

なお、当ブログには、しばしば“目障り”なことも書かれていることがありますから、
読むときは、十分にお気をつけください。ハハハ。


「トリハダ」(2005.06.05:全仏期間中)

終盤に向かって次第に減っていきますが、今回は島村、久保田、田中、鍋島、私と、
5人の実況アナがパリに来ました。
司会の進藤さんを入れると、全部で6人のアナウンサーが集まったことになります。

これだけ元局アナの顔が揃うと、出番待ちや会食のときなどに「実況」、「アナウンス」の
話が出てくるのは自然なことでしょう。その流れで、「言葉」が話題になることも多いです。
昨日の焼肉屋では、こんな話になりました。

ダバディが私に「男子の決勝はどうなりますかね?」と聞いてきました。
「いや、その前に…昨日(ナダルvsフェデラー)は失敗しちゃったよ。試合が終ったあとの
スタンディング・オベーションで、つい“鳥肌が立ちますね”と言ってしまった」と私。
話の途中から、前の席の島村、右隣の進藤両アナが首をタテに振り始めました。ハハハ。
「いい話の時は使わないと分かってるのに」と続けた私に誰かが「何て言うんですか?」と
声をかけてきます。進藤さんがすかさず「身震いするとか…」と答えました。
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たびたび書いていますが、もともと「正しい日本語の伝え手、アナウンサー」はカンベン
してもらっています。ハハハ。
そんなものは、そういうことにこだわるアナウンサーたちにまかせて、自由で、気持ちが
伝わる言葉を使って実況するのが一番だと考えていますから。

で、そんな私がやってしまった失敗ですが、これはやっぱりやらない方がいいかな?と…。
しかし、素直じゃないですから、進藤さんの「身震い…」に参加者のほぼ全員が感心し、
あるいは納得しているのを聞きながら、「だって“身震い”はしなかったし、“鳥肌”は
実際に立ったんだもの」と考えていました。そんなときはどうすればいいんだ?ハハハ。

ちなみにアメリカ英語では、“goose bumps”と言うようです。
嬉しいことに、例文の中に「感動して I had goose bumps」などというのもありました。

日本語では、怖い思いをしたとき恐ろしいものを見たときなどに使うとされていますが、
感動したときにも同じ現象が起きるのですから、差別するのはおかしいですよね。
嬉しいときも、悲しいとき、あるいは怖いときも「なみだ」は「なみだ」じゃないですか。

ああ、やっぱり、私はアメリカで暮らすべきなのかなあ。ハハハ。

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by toruiwa2010 | 2011-04-24 08:22 | 放送全般 | Comments(4)
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テレビの草創期から“報道のTBS”という定評がありました。
“ドラマのTBS”と呼ばれた時代もありました。
個人的には、スポーツ・アナウンサーの粒が揃っているなあと思った時期もありました。
伝統があり、底力があり、ネットワークも強く、会社も社員も自信にあふれていました。
“民放の雄”を気取ったところがありました。
フジテレビに入ったころ、経営陣も、先輩社員もTBSを強く意識していたものです。

「おい、大丈夫かTBS」(2005.05)

“オウム報道”でミソをつけたころから、TBSが「元気」失っていきました。
中でも驚いたのは、2002年にわが同期生、露木茂を朝の新番組「おはよう!グッデイ」に
起用したことです。
有能な司会者であることは誰もが認めると思いますが、「朝の顔」だと思いません。
少しリサーチすれば分かったはずです。プロなら、リサーチするまでもない話ですが。
社長から社長に頼み込んだと聞いていますから、もしかすると現場の声は一切無視された
トップ・ダウンの決定だったのかもしれません。
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さらに驚いたのは、1年後にはあっさり彼を降ろして、局アナ・コンビに代えたことです。
無定見と言われても仕方ないでしょう。
スポーツ・アナでもある土井アナはがんばったと思いますが、おそらく、はじめから
“つなぎ”の予定だったのでしょう。2005年からは人気者・みのもんたを担ぎ出しました。
人気にあやかりたい気持ちも分からなくはありませんが、どこか痛々しい感じでした。

彼のファン=彼が言う「お嬢さん」(ハハハ)の猛反発を覚悟しつつ申し上げます。
「朝番組をどんな風にやるのか?」に興味があり、ある種の期待をもって見たのですが、
どうがんばっても1週間が限界でした。
在京各局で人気番組を担当してきましたから、ブレーキをかけられる人間が彼の周辺には
いないのかもしれませんが、とにかく、傲慢、不遜、明らかに不確かな知識で発言する
こともしばしば…圧倒的多数のみのマニアにはそれこそがたまらないのでしょうが、私は
耐えられませんでした。ハハハ。

そして、これは彼の責任ではありませんが、出演しているコメンテーターたちの中には、
取り入ろうとでも考えているかのように、コメントが“みの寄り”に流されていく人が
何人かいますね。久米宏の「ニュース・ステーション」後半にも見られた現象ですが。

お断りしておきますが、私も彼のすべてを否定しているのではありません。
「ミリオネア」の彼はいい味が出ていたと思います。いや、むしろ、彼にしか出来ないと
言ってもいいかもしれません。
「朝ズバッ!」も、いいブレーンがいればもっと違ったアプローチが出来たはずです。
もったいないと思います。
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拒否反応のひとつの理由に、それまで出ていたラサールが気に入っていたことがあるのは
否定できないでしょう。着眼点、分析、しゃべり方がなかなかよかったし、それは朝の
雰囲気ともマッチしていました。
夕方のニュースに回りましたが、出番が少ないのと、雰囲気が朝とは大きく違いますから、
見ていて違和感があります。

この年の改編では、午後のワイドショーもなくなりました。
そして、「午後の顔」だった三雲孝江を夕方のニュースのメインにもってきました。
これも分かりません。ほかのどんな局の編成マンもこんなシャッフルはしないと思います。
キャリアがありますから仕切り方は鮮やかだと思いますが、夕方のニュースが必要とする
“スピード感”を考えると「違うよな」と思ってしまいます。
しかも、彼女がメインになったことで、それまでメインだった池田・小倉両アナは脇役に
回ることになりました。スタート時間が早くなりワイドショー的な要素が増えることへの
対応策なのでしょうが、あまりにも安易という感じです。
そもそも「ニュースの森」に二人を起用したときには「立派なキャスターに育てるんだ」
という意気込みだったんじゃないのでしょうか!?

三雲に代わって、「ブロードキャスター」に登場した元NHKの久保純子の使い方に疑問を
感じる方はきっと多いと思います。
NHK時代、人気者だった彼女を起用するには相当のお金を使ったに違いないのですが、
肩書きは「メイン・キャスター」の一人になっているものの、実際はほとんどすべてを
福留が仕切っているように見えます。
フジテレビの「情報EZ!TV」で森本毅郎とともに“司会”をつとめる小島奈津子にも全く
同じことが言えます。
度胸さえあれば、入社2、3年目でも十分こなせる仕事をやってもらうのに、たくさんの
お金を使うのはいい加減でやめませんかねえ。あの程度の使い方で視聴率が持ち直すと
考えているならば、視聴者をなめているとしか思えません。

TBSがらみでいえば、「ジャスト」が終了したピーコが、フジテレビに戻って「ピーコの
辛口チェック」と、まったく同じコーナー・タイトルでおしゃれチェックをやってます。
「節操」というものがないのか、君たちは?ハハハ。面白いから、続くのは結構ですがね。

みのに戻りましょう。
彼のハード・スケジュールに驚いたり心配したりする方がいますが、それは間違いです。
仕事の量が多いために体をこわすとすれば、それはストレスがたまった場合でしょう。
みのは、むしろ仕事をすることでストレスを解消しているようなところがありますから、
その心配は全くないと思います。ハハハ。
久米が「出ればいいというもんじゃないだろう、と言ってやりたい」と言ったそうですが、
神経を使いながら、仕事をするタイプの久米だから、そういう発言になるのです。
タモリ、さんま、所ジョージなど、お笑いにはこのタイプが多いのですが、司会業では
きわめて珍しいです。その意味では貴重な才能だと言うこともできるでしょう。

かつてのTBSは堂々としていましたが、今は、むしろ影が薄いとさえ感じます。
プロ野球で巨人が弱いと面白くないように、民放の“老舗”としてのTBSにはしっかり
してもらわないと困るのです。短期間で元の高みに戻すことは簡単ではないでしょうが、
「腐ってもTBS」を見せるところから始めてもらいたいものです。

*6年前に書いた記事です。少し、手を加えた部分はありますが、
見方や考え方はそのままです。TBSの不振が長引いていることを
示しています。
<<<プロ野球で巨人が弱いと面白くないように…の部分だけは
今、読むと「?!」という感じですね。当時は、まだプロ野球が
話題の中心だったのでしょうか? 信じられませんね。ハハハ。


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by toruiwa2010 | 2011-04-17 08:48 | 放送全般 | Comments(10)
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アナウンサーも人の子…です。腹が立つこともありますし、泣きたいときもあります。
しかし、その感情をいちいち放送で披露していたのでは仕事になりません。
T光アナのように器用に泣いて、番組を盛り上げる“達人”もいますが、ほとんどのアナは
怒るまい、泣くまいと自分の気持ちを必死にコントロールしながら実況しているのです。

それでも、放送中に泣いてしまうアナもいます。
2004年オリンピックの女子バレーボール最終予選で出場権を確定したあとのフジテレビ・
森昭一郎アナのなみだはひとつの典型です。

話を分かりやすくするために少し書き変えました。

「森アナのなみだ」 (2004.05.18)

女子バレーボールの最終予選はかなりの盛り上がりでしたねえ。
TBSとフジの共同放映になったことにもびっくりしました。
プロモーションなどをのぞけば、こんなことはめったにありません。
フジの渡辺アナがTBSで小倉アナと一緒に番組を仕切る場面などを見ていると「時代は
変わった」と思わざるを得ませんでした。
全体としては、NEWSを起用しての応援など、フジ主導の感じは否めませんでしたが。
ハハハ。
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当時のHPのBBS・“ANY TALK”でひとしきり話題になったのは、オリンピック出場を
決めた韓国戦後の、フジテレビ・森昭一郎アナの涙のインタビューでした。
彼の涙が初めて大きく取り上げられたのは前年のワールドカップ・バレーのときでした。
強敵・ポーランドに勝ったあとのインタビューで、感極まった彼は第一声がひっくり返り、
「まずい」と思ったのでしょう。一瞬、間があいたとき、お茶目な高橋みゆきがマイクを
持ち去ってインタビューを続けたのです。

まず、選手たちがもらい泣きするなど大うけ、会場も大爆笑となりました。
「結果オーライで、決してほめられない」と本人はかなり落ち込んだらしいです。
長いスポーツ中継史上でも、珍しい光景だったといっていいでしょう。
「やっちゃったよ」と思いながら見ていたのですが、このとき、強く印象に残ったのは、
むしろ高橋選手の機転でした。まるで、「万一のときには…」と打ち合わせがあったのかと
思うほど、この時のマイク奪取は見事な間合いでした。ハハハ。

そういう「前ふり」があったうえでの今回のインタビューです。
日本は、宿敵・韓国に完勝してアテネへの切符を確保しました。
「さて、聞き手は誰だろう?」と見ていると、森アナでした。始まったときから涙声で
危なっかしかったのですが、「もらい泣きするからやめてください」と選手たちにけん制
されながら、何度も泣いていました。たぶん、もともと感激屋なのだろうと思います。

BBSへの書き込みを読むと、「ぎりぎりセーフ」もふくめて、7:3ぐらいで“肯定派”が
多かったようです。もちろん、厳しいご意見もありましたが、当然です。
プロの立場で言えば、基本的には「まず、冷静に。お前が先に感動してどうする?」です。
しかし、物事は、必ずしもそのとおりにはいかないんですよね。

そして、もうひとつ、考えられる背景を書いておきましょう。

フジテレビのバレー担当アナはまず、高校バレーの取材から始めます。
学校にお邪魔すると、練習の最中でも、監督は選手全員を集めます。
「フジテレビの○○さんだ」と紹介すると、選手たちは声をそろえて「こんにちは!」と
頭を下げ、「よろしくお願いします!」と言って、また頭を下げます。
「フジテレビの○○です。練習を見せてもらいに来ました。ヨロシクお願いします」と
挨拶すると、「よろしくお願いします!」と勢いよく頭を下げて、コートに戻っていきます。

学校によっては、この間、選手に爪先立ちをさせているところもあります。体力づくりの
一環です。はじめのうちは練習の厳しさ、激しさに圧倒されます。
今回の大会中に、監督が不振の大山加奈選手に厳しい言葉を投げつけるところをご覧に
なった方もいらっしゃるでしょうが、練習のときの厳しさはあんなものではありません。

「いじめじゃないか」、「憎んでるみたいだ」と思うほどのことが目の前で展開されます。
監督によっては、取材が入るとやたらに張り切ってしまう傾向の人もいます。ハハハ。
しかし、多くの場合、「愛のムチ」です。「本当に憎かったらできませんよ」と監督たちは
口をそろえて言います。教える側にしてみれば「できるはずなのに、何故できないんだ」と
歯がゆかったり、悔しかったりするのでしょう。特に、女子の場合に、この傾向は強く、
実業団に進んでも変わることはありません。

こうして始まった選手との付き合いがVリーグ、代表チームにもつながっていますから、
“自分たちの”チーム・選手という思い入れ、感情移入が強くなるのは仕方がありません。
その彼女たちが苦しい戦いの末に大きな勲章を手に入れた…数十年前、同じ道を歩んだ
私には、森アナの気持ちが手にとるように分かります。ですから、判定も「その気持ちは
むしろ大事。結果もよかったんだから、まあ、いいんじゃないの」と大甘でした。ハハハ。
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私自身、若いころから涙もろく、「そういう場面に出会ったらどうなってしまうだろう」と
不安でした。77年のワールドカップで優勝インタビューを担当しましたが、選手たちが
“オトナ”だったせいでしょうか、泣くことはありませんでした。

実況人生で一番危なかったのは、2003年USオープン・テニスの初日に、サンプラスの
引退セレモニーをお届けしたときでした。
92年にテニス中継がスタートしたとき、まだ若手だった彼が“史上最高のプレーヤー”と
呼ばれるまでに成長するところをつぶさに見てきました。大好きな選手でした。
その彼が司会者に呼ばれてコートに入ってきたとき、スタンディングオベーションが長く、
長く続きました。
見る見るうちに彼の目に涙があふれていきました。こらえようとする、その顔が激しく
ゆがみます。とたん、私の胸にもこみ上げてくるものがありました。
あと数秒、このシーンが続いたら、危なかったでしょうね。
まさに、わが実況人生の中で最大のピンチでした。ハハハ。
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それにしても、TBS-フジ共同放映がどういう条件で行われたのか興味がありますね。
“おいしい”試合はフジに集中していた感じですし、出場が決定した翌日、朝の番組に
登場した顔ぶれに極端な差がありました。
柳本監督以下、主力のほとんどを揃えたフジに対して、TBSは、控えが多かった選手が
3人だけというさびしさでした。
放映権料は今後も上がる一方でしょうから、こういう方式は増えるかもしれませんね。
「見る側」としては、放送してくれればそれでいいです。
いろいろな意味をこめて、制作者、解説・実況の「独りよがり」な放送はごめんですが。
ハハハ。

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by toruiwa2010 | 2011-04-16 09:31 | 放送全般 | Comments(2)
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3月いっぱいで日テレの「ズームイン」が終了しました。
“徳光・福留的なしゃべり”が好きじゃなかったので、ほとんど
見ていませんでしたが、名物番組だったことは事実でしょう。

羽鳥アナは中3日で明日からはテレ朝の“朝の顔”になります。
アメリカではそんなに珍しいことではないようですが、まだまだ
“義理人情”を重んじる日本人の感覚では“おやまあ”という
ところでしょうか。ハハハ。
30年ほど前、アメリカ滞在中にテレビを見ているとき“移籍”して
日が浅いキャスターが「このあとも、引き続きチャンネルXXを…」と、
前に仕事をしていた局の名前を言ってしまうところを目撃しました。
羽鳥アナはそんなヘマをしないでしょうが。ハハハ。

3月から4月にかけては、テレビの世界でもいろいろと変化のある時期です。
7年前の3月末、テレビ・ジャーナリズムに“革命”をもたらした番組、
「ニュースステーション」が終わりました。


「Nステ終わる」 (2004.03.31)

久米宏さんの「ニュースステーション」が終了しました。
「あれを見ないと一日が終わらなかった」方も多かったことでしょう。
“司会者”がニュース番組を切り回すという、それまで日本では見られなかった手法、
その司会者、久米宏が発する圧倒的なオーラ、斬新なセット…どれをとっても、注目を
集める要素を十分に持っていました。

話題になっていましたので、ライバル局の番組ではあっても、初めはよく見ていました。
しかし、しばらくすると見なくなってしまいました。
理由は、番組の“売り”である久米さん個人のキャラクターや、彼が“自分を演出する”、
そのやり方に“辟易”してしまったからです。野球やサッカーの中継にまで顔を出すのは
いくらなんでもねえ。ハハハ。

彼の才能のすばらしさは素直に認めます。
思い出すのは今から30年近く前の若き日の彼です。たまたま乗ったタクシーのラジオで、
売り出し中の彼の声を初めて耳にしました。
永六輔さんが司会をする番組、「TBS土曜ワイド」で外回りのレポーターをやっていました。
短い持ち時間の中に、独特の視点からしっかり自分らしさを出したレポートでした。
レポートの原点は「その場にいなくては分からないことを伝える」ことです。
このことひとつをとっても、ほかのレポーターとは違っていました。
研ぎ澄まされた感覚で自分が感じたことをそのまま言葉に置き換え、明るくテンポのいい
しゃべり口でリスナーに訴えていました。
ほめすぎかも知れませんが、「こんなやつがいるんだ」と、同業他社の後輩アナの仕事に
びっくりしたのは事実です。

はじめはラジオ中心に活躍していました。基礎はそこで出来上がったのだと思います。
その後、テレビに出始めると、「ぴったしカンカン」で軽妙な司会ぶりをみせました。
さらに、黒柳徹子さんと組んだ歌番組、「ザ・ベストテン」でも大人気でした。
数年後フリーになって、日テレでやった生番組「ニューススクランブル」は、コンビの
横山やすしと交わすやりとりが緊張感とスリルにあふれた面白い番組でした。
1週間のニュースを二人がアドリブで“斬る”のですが、キャラクターの見事なまでの
コントラストと、何を言い出すか分からないやすしをコントロールする久米さんのワザが
冴えていました。
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そうした経験を集大成したものが「ニュースステーション」だったのでしょう。
はじめは、「さすがだ」と感じ入ったのですが、そのうち、やり方が気になり始めました。
何よりも、「ずるい、フェアじゃない」と思ったのは、例の、CM直前の捨て台詞でした。

“申し子”といってもいいほど、「放送」を熟知しています。CM前の10秒のカウント
ダウンに合わせて、ゲストを斬り捨てるようなひとことを入れる、取り上げたテーマに
ついての自分の考えをコメントすることなど、彼にとってはいとも簡単です。
海千山千の国会議員でも、どんなに口の達者な評論家でも、放送の仕組みをそこまでは
分かっていません。
反論しようとしても、そのときにはもうコマーシャルに入っています。
結果として、視聴者には、彼の考え方がそのコーナーの“結論”であるかのような印象を
与えることになるのです。

このことは業界内の多くの人が指摘し、批判しました。しかし、ご本人はいわば確信犯、
すべて承知の上でやっているのですから、やめる気配はありませんでした。
番組内の立ち位置が違いますから一概に言えませんが、田英夫、筑紫哲也、磯村尚徳、
俵孝太郎、木村太郎…彼以前の名だたるキャスターたちには見られなかったことです。
だからこそ、お茶の間の目には新鮮に映り、“アンチ久米”を上回る熱烈な久米ファンが
生まれたのだと思います。
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ニュースの送り手は、“事実を伝え、判断は視聴者に任せるべきだ”と考える私にとって、
「Nステ」の最終評価は「NO」です。しかし、テレビの世界にまったく新しいニュースの
伝え方を提唱し、確立した功績は大きなものがあります。その意味で、日本のテレビ史に、
「Nステ」と久米宏の名前がしっかりと刻まれるのは間違いありません。

大きな功績に比べればとるに足りないことだと思いますが、そのかげで見過ごされている
ことに触れておきたいと思います。功罪の「罪」の部分です。
「亜流」を作ってしまったことです。それだけ、影響力が大きいということなのでしょう。
テレビ朝日には、サッカーの角沢アナ以下、似たようなしゃべり方をするアナウンサーが
何人もいます。女性にもいますから驚きます。
残念ながら、形は似ていても、内容もキレもまるで違いますが。

亜流を作った点では、かわって登場する古舘伊知郎さんにも同じことが言えます。
偶然の一致でしょうか?二人とも、きわめつきのアクの強さが持ち味です。だからこそ、
いい意味でも悪い意味でも、視聴者の神経が反応するのでしょう。
今までにないスタイルを編み出して、「個性」にまで結晶させたところに値打ちがあります。
そして、それが人気になったり、一定の評価を受けたりすると、若いひとたちがついつい
同じ方向を目指してしまうのは、どの世界にも見られる現象です。
ある局で、大人気のアナウンサーが生まれると、必ずといっていいほど、それを真似る
後輩アナが現れます。なぜ、先輩、上司が注意しないのでしょうか。形だけ真似をしても、
力が伴わなければ、「久米もどき」「ミニ古舘」以上になることはありえないはずなのに。
「罪」とは言ってもご本人にはまったく責任のない話でしたね。ハハハ。

さて、古舘伊知郎の「報道ステーション」は楽しみです。
12月に節目の50歳になるようですが、大勝負に出たものですねえ。古舘さんにとって、
「久米のあと」という、これほどやりにくいシチュエーションはありません。これまで
最大の売りだった、あの「言葉遊び」もできないのですからね。
なのに、引き受けたのはそれなりの勝算があったはずです。きっと、彼個人だけでなく、
有能とされる彼の事務所にも秘策があるのでしょう。
同じ放送人として、それが何かを知りたいでのです。 ハハハ。


ほぼ1年後、久米はテレビカメラの前に戻ってきました。
そのときに書いた記事を思い出しましたので、おまけとして載せておきます。
“おまけ”にしては長いですが。ハハハ。

「ヒロシです」05/04/18


久米宏がテレビ画面に戻ってきました。
日曜夜8時、日本テレビの「A」という番組です。
日テレのこの枠では、彼と「天才」横山やすしが共演した80年代の「TVスクランブル」が
懐かしく思い出されます。
久米がTBSをやめたあと、「ニュース・ステーション」開始の半年前まで放送されたもので、
その後も付き合いの長いオフィス・トゥー・ワン制作の人気番組でした。
いくつかの話題がカセット・テープにまとめられていて、その中から“適当に”選んだ一本
(少なくとも見た目では・・・)ものを見せたあと、やすしが好き勝手なことをしゃべる、
その、どこに向かうか分からない(ハハハ)やすしを久米が鮮やかな手綱裁きで導いていく
という趣向でした。
生放送で過激な発言も多いやすしが出ているわけですから、スリルを感じながら見た方も
多かったと思います。そして、久米のよさ、才能が十分に生かされて番組でした。

今回の興味は、20年近く大変なストレスがたまる番組を終えたあと、しっかり充電した
久米宏がどんな切れ味を見せてくれるかという点にありました。
結論から言うと、「肩すかし」・・・。ハハハ。一回見ただけで言うのは酷だとは思います。
それに、いかにも間が悪すぎました。
けさの新聞で一回目の収録が“3月23日”だったと知りましたが、その時点ではまさか、
アジアの情勢がこんなことになるとは思いもしなかったでしょう。
その点は同情の余地が多少あるかもしれません。

それにしても、まず、北京のある家庭とスタジオを映像つきのインターネットを結んで、
出てきた話題が「肥満に悩む少女」!!
二つ目が、同じ方法でソウルと結んで、「学歴重視」を反映して妻子が海外留学したために
「逆単身赴任」になったサラリーマンの話!!
知っているようで知らないアジアを広く知ってもらおうというコンセプトなんでしょうが、
この番組をはさんで、いやというほど見せられる中国や韓国の反日行動とのギャップが
激しすぎて、見ているのが痛々しい感じでした。

スタッフや、久米の気持は手に取るように分かります。
「しまった。やっぱり撮り直すべきだった」…と思ったはずです。
収録した内容を思えば、今の状況の中でそのまま放映したときの「落差」は明らかだった
のですからスタッフの対応のまずさは最悪です。
この「ゆるい」感覚で今後も番組を作っていくのなら、この先も明るいとは言えません。
「撮り直したほうがいいのではないか」の声はどこかで出たはずです。

もし出なかったとしたら、局そのもののニュース感覚を疑ってしまいます。
私は、これまでの言動から言っても、番組の看板である久米宏本人が、まず言い出した
のではないかと思いますが。
もちろん、番組一本撮り直すための費用は、半端ではありません。
しかし、肝心の一回目の中身があれでは、期待して見たはずの大勢の視聴者を裏切って
しまったと思うのです。

番組の作り方も、久米のよさは生かされていません。
彼自身が番組内で語った「自分が目立たないようにしたい」というのは本心ではないと
思います。視聴者は、黙って人の話をニコニコ聞く彼を見たいわけじゃないでしょう。
ハハハ。
海外と結んでいるために音のディレーがあり、その上通訳が入りますからかなり細かく
編集処理をしています。このことも、番組全体のリズムが心地よくない理由だと思います。
この作り方だと、ライブは絶対に不可能だし、それが「当意即妙」を売りにする久米が
発言しにくくなるというジレンマを生んでいます。

事情はあるのでしょうが、収録と放送の間が空きすぎているのも興をそぎますね。
この時期の3週間強は、現地も日本も季節感が大きく変わる時間です。
スタジオ収録のクイズ番組ならいいでしょうが、「アジアの今」を伝える為には、こんな
スケジュールではダメだと思います。

厳しすぎるのは自覚しています。
でも、これは私のブログだし番組関係者が見るわけもなし・・・。ハハハ。
お断りしておきますが、フジテレビOBの私でも、「母局」で変な番組があれば同じように
クレームをつけますよ。もっとも、このところ「さわぎ」はあっても話題になるような
番組はどこを探してもありませんものねえ。ハハハ。


テレビが求めるのか、本人に未練があるのか…それからさらに4年半後、
みたび、テレビに登場しました。
実際は、その前に戻ったのですが、私が本格的に取り上げる前に終了しています。

おまけのあとですから、“ついで”として、再録しておきます。ハハハ。


「クメピポ」終わる~また、会おう~ (09/08/07)

才人・久米宏が司会する「クメピポ」が“早くも”終了しました。
「ニュースステーション」降板後、彼が“メイン”としてかかわった番組はどれひとつ
長続きしていません。

「A」2005.4.17~6.26(NTV系)
「久米宏のテレビってヤツは!?」2008.10.22~2009.3.11(TBS系)
「クメピポ」2009.4.15~7.29(TBS系)


「A」がワン・クール(3ヶ月)、ほぼ同一番組と考えてもいいと思われるあとのふたつは
合わせても1年間、もたなかったことになります。

「A」が始まったとき、本気で“復活”を目論んでいるのだろうかと疑いました。
ストレスがたまるに違いない「Nステ」を20年近くやり遂げたあと、じっくりと充電して
テレビに戻ってきた彼には大きな期待を持っていたのです。見事に裏切られました。
情報系の番組なのに、スタジオのクイズ番組同様、数週間前の収録というスケジュールに
まず、納得できませんでした。
彼自身の発言が少ない作り方にも違和感がありました。
番組内で「自分が目立たないようにしたい」と語っていましたが、視聴者は、黙って人の
話をニコニコ聞く彼を見たかったわけじゃないでしょう。ハハハ。
久米宏ならではの“当意即妙”さに欠け、番組のリズムはどこにもなかったのですから、
早々に打ち切られてしまったのも仕方がありません。

「久米宏のテレビってヤツは!?」が始まったとき、2066「Cogito, ergo sum 9」の中で
私はこう書いています。

久米宏の新番組が始まった  視聴率は出ないと思うぞ
最初のテーマが“三浦元社長は自殺か他殺か”ではね
出演者が多すぎてまとまりを欠き、さすがの久米も
“仕切り”に苦労していた
久米がいれば八木亜希子は不要だろうに

あるサイトによれば1回目視聴率は5.5%  
1日前にスタートした劇団ひとりの「学べる!!ニュースショー!
スタート2時間スペシャル」は11.9%

どうする?


…視聴率は上がらないまま。5ヶ月弱で終了となりました。
久米宏ほど“達者な”聞き手がいるのに、なぜ八木亜希子がいるわけ?と思いました。
久米本人、事務所、制作者…誰の意向か分かりませんが、首を傾げたくなる愚策です。
「クメピポ」になっても、作り方はあまり変わっていませんでした。
むしろ、八木に加えて、千原ジュニアとベッキ―まで“司会グループ”に入れるなど、
“迷走”している始末です。

「クメピポ」・最終回の27日のゲストはビートたけしでした。
筑紫哲也の「NEWS 23」の1回目のゲストもたけしだったそうです。
どうも、文化人意識の強いタレントには“たけし崇拝者”が多いようです。
たけしを評価することが自分の“文化度”をあらわすとでも思っているようで笑えます。
そしてまた、視聴率も10%をたたき出してしまうからなあ。「相手の思う壺にはまるのは
口惜しい」と思いつつ、私も見てしまったし。ハハハ。
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話がそれました。「クメピポ」終了です。
果たして、久米宏は“終わって”しまったのか?
最終回の前、7回分の平均視聴率が5.9%ですから、しょうがないでしょう。
数々の修羅場を踏んだ、彼ほどの“腕”が、そう簡単に落ちるとは思えません。
回転が速く、優秀な頭脳の持ち主のはずなのに、「A」で復活したとき以後も、基本的に
「Nステ」時代と変わらないアプローチをしているのが間違いだと思うのです。
ニコニコ笑っていたり、何人もの“脇役”を従えたりしているのは“形”にすぎません。
久米らしい角度からの“聞き役”、“引き出し役”に徹して1対1でゲストと向き合えば、
彼に勝るタレントはいないと思うのです。
そうなると、出ることをためらう人が増えるでしょうが。ジレンマ。ハハハ。

思い出すのは“天才”横山やすしと共演した80年代前半の「TVスクランブル」です。
久米がTBSをやめたあと、「ニュースステーション」開始の半年前まで放送されたもので、
久米のよさ、才能が最高に生かされた番組でした。

テレビの歴史に大きな足跡を残した彼がこんな形で消えていいはずはありません。
事務所の奮起を促しておきましょう。


アーカイブになったとたんにアクセス数が“ガクン”と落ちました。
そんなに“目の敵”にしなくてもいいと思いますが。ハハハ。
せっかく、視聴者(アクセス)が増えていたのですから、新しい記事を書いて
それを維持すべきなんでしょうが、エネルギーが不足しています。
土・日はアーカイブでご勘弁を。
自分で読み返して「よく書けた」と思うものだけに絞っているつもりなので、
それなりに面白いと思いますが。
今年になって読み始めた方たちにとっては“新作”だし…ね。ハハハ。


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by toruiwa2010 | 2011-04-03 09:24 | 放送全般 | Comments(10)
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フジテレビの“不要音声混信”事件に関連して、いまだに“女性の声=Aアナ”とする
ツイートが流れています。思わず、「間違った情報をまき散らさないほうがいいですよ」と
何人かに呼びかけてしまいました。
すると「私には、情報をまき散らす意図も意味もありませんが。誤解やったようですので
訂正します」と、理解してもらえたようなリプライ(返事)があり、喜んでいたのですが、
彼が友人と交わすツイートを見ると、そうじゃないらしいと分かってがっかりしました。
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女性の声が出先のスタッフのもの…では納得しないようです。
なにがなんでも、“犯人”がAアナでないと、自分の“フジテレビ嫌い”と重ならないので
その一点にしがみつくのでしょう。
私も、母局のことですから、非難されている“報道姿勢”の実態は気になります。
具体的な事実が分かり、問題があると判断したら、私も非難する側に立つでしょう。
しかし、問いかけても具体的な事例については誰も答えないのです。“付和雷同”…。
誰かがこう言っている、とんでもない、もっと広めよう、結果として猛烈な勢いで拡散…

2chはもちろん、ツイッターも混乱時には両刃の剣になることはすでに分かりましたから、
これからは、ここに出てくる情報を注意深く扱う習慣を身につけなければいけません。

今回の災害報道は、直後こそ、2台のテレビでNHKと民放を7:3で見ていましたが、
計画停電が始まってからは1台にして、ほぼ9:1の割でNHKを見ていました。
そして、民放は…ええ、主に見たのはフジテレビです。注文はあっても母局ですから。

もちろん…と言わなければいけないのはつらいところですが、“NHKの圧勝”でした。
普段の準備がいいことが分かります。原発事故が問題になり始めたころから出ずっぱりの
水野解説員の話が分かりやすく、説得力がありました。東大教授らと同席してもまったく
気後れするそぶりがなく、自分の考えを述べていました。
ファッションもいいセンスでした。

TBSにもサキヤマという原発事故についてきちんと話せる記者がいるようですが、NHKは
水野記者以外にも原子力や災害専門の人材がいます。専門の度合いは様々でしょうが。
かつて昭和天皇が崩御される前、陛下の病状を分かりやすい言葉で解説した橋本大二郎
(元高知県知事)記者は放送界の“伝説”になりました。当時もNHKに激しいライバル心を
持っていた私でさえ舌を巻いたほどです。
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NHKの強みはこういう人材をかかえていられることです。
普段、何をしているのだろうか、と思いますが、業務の大半は専門分野の知識・情報を
深めることに宛てていると思います。何年かに一度、こういう“活躍”をしますから
意味はあるのでしょう。
しかし、民放には、そんな人材を“飼って”おく余裕はどこにもありません。
視聴料収入があるNHKと広告収入が頼りの民放では経済規模に決定的な差があります。

想像でしかありませんが、現地に送り込んでいる人数も民放とでは比較にならないほど
多いはずです。いつものことです。
取材する対象を“選べる”有利さはあるだろうと思います。張り巡らせたアンテナの数が
多ければ多いほど、キャッチする情報の量も多くなります。災害の発生地域が限定的なら
ともかく、今回のように広範囲になると、人数が多いほうが圧倒的に有利になります。
民放はと言えば、ただでさえ数が足りないのに“番組ごと”という効率の悪い“縦割り”の
取材態勢で臨んでいるでしょうから、太刀打ちできません。丁寧さに欠ける取材や放送が
あっても、理由がないわけではないのです。
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だから、勘弁してやってよ、と言っているのではありません。予算が少ないことや人手が
足りないことは、放送内容の貧しさや報道姿勢の悪さの理由にはなりません。“工夫”は
そのためにあるのですから。
同じことをやっても勝てないでしょう。しかし、金がなくても人が少なくても、工夫した
内容でNHKに勝つ…それこそ民放で育った人間が持つべき矜持だろうと思います。
理想論であることは十分に承知していますが、あきらめて愚痴っているだけでは、少しも
前に進みません。奮起を期待したいです。

テレビは人もうらやむ、とても恵まれた業界です。私がアナウンサーになりたてのころ、
すぐ上の兄は石油会社勤務でしたが、給与やボーナスの話はしたことがありません。
4歳も年下の私のほうがはるかに多く貰っているのが分かっているからです。
どのセクションで仕事をしていても“〇〇テレビ”と名乗るだけで誰もが認めてくれる
便利さもある一方で、派手な職場と思われるつらさもあります。
しかし、若いうちは、どうしても自分が“何さま”かになったような錯覚に陥りがちです。
不心得者も出ます。先輩としては、「おい、頼むよ」と祈りたい気持ちにもなります。

「最後の日に身内の大バカ者のことをお伝えしなくてはならないのは大変情けない」…
同期の露木茂は担当していた「スーパーニュース」の彼自身の最終回にフジテレビ社員の
不祥事を伝える羽目になったとき、カメラに向かってそう語りました。
彼の無念はよく理解できます。

考え違いをする“大馬鹿者”はNHKにだっています。1万人以上の職員がいれば変質者や
出張旅費のごまかしなど、うしろ暗いことをする人間がいたっておかしくはありません。
仕事面でも、あえて言えば、“NHKとも思えない”凡ミスがこのところ続発しています。
何度も引き合いに出して気の毒ですが、1月に青山アナが席巻を“せきまき”と読んだのに
始まって、野村アナは“:”を「どっと どっと」、名前の分からない中年の男性アナは
お彼岸の中日を「おひがんのなかび」と、読み間違いのオンパレードでした。

たまたま、“目撃”しただけでこんなにあるのですから、探せばもっとありそうです。
明らかに異常です。“同業者”として恥ずかしいです。
今のアナウンス室長が誰だか知りませんが、きっと頭を抱えていることでしょう。
一段落したら、全員、研修のやり直しですね。

そして、取材態度についても問題がないわけではありません。
民放には厳しい視聴者もNHKには優しい。なぜでしょう?
宮城・南三陸町で取材した“新しい命の物語”にはビックリしました。
医師として勤務中に津波に襲われた夫と、必死に連絡を取ろうとする臨月の妻…
最後は夫の立会いのもと、無事赤ちゃん誕生という感動的なストーリーでした。
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しかし、数時間後に放送で、妻が夫に、安否を確認するメールを打つ映像があったとき、
疑問が生まれました。たしか、携帯の液晶画面のアップもあったと思います。
ドラマではあるまいし、そこは撮影しているはずがないのです。
ナレーションで十分に説明できるのに、余計な演出をしたことで、せっかくのいい話が
台無しになりました。“やらせ”です。見た人は多いと思いますが、責める人はほとんど
いませんでした。
「これは"やらせ”だよね。いい話なのに、こんなことやらせなくても伝わるじゃないか」
…そうつぶやいたのは私でした。

NHKの評判がいいのは、たぶん“角(かど)”がない、あるいは、少ないからだと思います。
視聴料に頼っているだけに視聴者の反発は何よりも怖いことです。これまでに、何度も
不払い運動に悩まされています。番組作りはどうしても“八方美人”的になりがちです。
ミスを恐れるからか、“南三陸町の住民の半分以上が行方不明”という事実を伝えるのが
かなり遅れていました。情報としてはつかんでいても、あまり衝撃的な内容だったために
触れることに躊躇があったのでしょう。NHKらしいな、と思いながら見ていました。
この調子だと、この先、原発がもっと危ない状況になったとき、そのことを伝えるのも
最後になるのではないかと思います。どちらがいいかは議論の余地ありですが。

スポーツ実況でも、“正確性を追求し、ミスをしない”ことを目指すようになります。
スタンドにいる有名人をカメラがとらえても、よほど自信がない限り“見て見ぬふり”を
するのも彼らの“教育・伝統”のようです。
たしかに、国家元首を間違えたらみっともないですが、「…ではないでしょうか」ぐらいは
言ってもいいのに、と私は物足りなく思いますが、それで結構という視聴者もいます。

大きな事件・事故が起きると、人はNHKの情報を信用する傾向があるようです。
視聴率が高いことがそれを証明しています。そして、人の神経を逆なでするような映像や
インタビューは放送しない番組作りが多くの人から歓迎されているのは事実でしょう。
長い年月をかけて、それだけの信用を獲得してきた実績には敬意を払います。

しかし、「だからNHKだけあればいいのさ」という意見には賛成できません。
放送形態やテーストが対極にある民放の存在は絶対に必要です。国民に選択の余地が
生まれるからです。逆に言うと、国民は“正しい選択”をする義務があります。

憎まれるのを覚悟で書くならば、日本のテレビがいまのテイタラクになった責任の一部は
視聴者にあると思っています。
WOWOWがテニス中継を始めたころ、グランドスラムのたびに、「一般人がプレーする
テニスは大部分がダブルスなのに、どうしてシングルスばかり放送するのか?」という
苦情が殺到しました。ある年、それならばと「ダブルス特集」を放送したところ視聴率は
惨憺たるものでした。ごく限られた人しか見なかったのです。言いっぱなし…。
極論すれば、視聴者にはいい加減なところがあるのです。

「いいなあ、NHK」「NHKはさすが」「フジテレビなんか見るもんか」と言っている人も、
一段落すればまた、民放のバラエティに富んだ番組に戻っていくはずです。
NHKは視聴率が気にならない分、工夫も面白みもいま一つの番組を作り続けるし、
民放は、ばかばかしい番組でも視聴率がよければ、発想を変えることはないでしょう。
見る人、見たがる人がいる限り、テレビが反省することは想像しにくいです。
そこに問題があるのではないでしょうか。見るか、見ないかはあくまで視聴者の自由です。
ボールはテレビの側にあるように見えますが、実は視聴者のコートにあると考えることも
できるのです。どう打つかはあなたが決めることです。

おまけ:やるな、お主

つぶやきましたが、昨日の「ニュースウォッチ9」で興味深いやりとりがありました。

番組の初めのほうで、原発の状況について大越キャスターが「これは、事態が深刻化して
いるのか?」と問いかけるとゲストの専門家は「状況が悪くなっているわけではない」と
答えていました。
…おそらく、打ち合わせの段階で“悪化してはいない”と確認されていると思います。
その上で、大越キャスターは最初の質問の“形”を決めたのでしょう。
単純に「今の状態をどう考えたらいいんですか」と聞くより、ネガティブな聞き方をして
ポジティブな答えを引き出したほうが、効果は大きいと考えたのです。インタビューの
テクニックの一つですが、大越キャスターは心得ていました。
「原発は悪化していない」ことを見るものに印象付けたかったのだと思います。

*このブログで災害関係の記事を大々的に書くのはこれが最後になるでしょう。
賛同していただけたもの、そうでないもの、いろいろだったと思います。
こんなにささやかなブログで意見を発表しても被災地や今も苦しみが続く被災者の
役に立つことはないと分かっています。
しかし、私にできることはこれしかありませんでした。
熱心に読んでくださった方々にはお礼を申し上げます。


理解していただけるように、できるだけ丁寧に書いたつもりですが、
当然、異論・反論があるだろうと思います。私に対する批判もあるでしょう。
きちんと整理されたコメントなら残しますが、感情的なものや、ほかの人の
コメントに対する批判は私の判断で削除しますのでご了承ください。

by toruiwa2010 | 2011-03-31 11:06 | 放送全般 | Comments(19)
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大きな事件・事故が起きたとき、テレビの報道局、新聞なら編集局のテンションは
一気に高くなります。
申し訳ないですが、「なんということだ」や「被災者(被害者)が気の毒だ」、あるいは
「大変なことになった」と思うのと同じぐらい「ビッグニュースだ。腕の見せ所だ」と
張り切る人間が多数いるはずです。“血が騒ぐ”のです。それは、報道マンたちが持つ
“業”ですから、一概に責めることはできません。

ジャーナリズムとは何か?
考え始めたらきりがありませんし、議論すればきっと様々な意見が出ることでしょう。
しかし、難しいことは抜きにして、その根底にあるのは“やじうま精神”だと言ったら、
かなりの人に賛成してもらえる…と思っているのですが、どうでしょうか。
フジテレビに入社した当時、先輩からは「世の中で起きている森羅万象、あらゆることに
興味を持ちなさい」と教えられました。つまり、アナウンサーにも“やじうま精神”は
必要だということだったのでしょう。
どちらかと言えば、“面倒くさがり”で、なにかが起きて大勢の人が集まって騒いでいても、
うしろからちょっとのぞくだけ、というタイプでしたから、プロとしては少々資質に欠けて
いたかもしれません。
それでいて、67歳まで現役を続けたのですから、ほめられてもいいと思っています。
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さて、そのやじうま精神ですが、報道と言う現場ではいささか厄介な面もあります。
アナウンサーや報道部員として仕事をしていたとき、今回ほど大きな災害や事件・事故は
経験していませんが、飛行機の墜落やハイジャック、ホテルニュージャパンの火災など、
“そのとき”の報道の現場がどんな状況になるかは何度も見たことがあります。

大事故が起きた。通常のニュースだけでは伝えきれないほど大きな事故だ…となると、
編集長は、直近のニュースを出すための指示を出しながら、経験豊富なデスククラスに
長くなるはずの一日への対応を命じるでしょう。
彼は、あわただしい喧騒から少し離れたところで、やらなければいけないことを模造紙に
書きだして準備に取り掛かります。

特別番組の時間枠を編成と交渉する。
特番に専従するスタッフを選ぶ。
休みだったり泊り明けだったりする部員に召集をかける。
並行して、放送内容を固めて行く。
中継ポイントと担当記者を決める。
技術に連絡して中継車を手配する。
アナウンス部にリポーターを要請する。
司会者を決め、解説者をキープする。
弁当の手配をする。


やるべきことは山ほどあって大変そうですが、見ていると、猛烈な勢いでアドレナリンが
流れているのが分かります。腕の見せ所と張り切る集団のトップにいるのがこの男です。
いったん、走り出したら止まりません。ことが大きくなればなるほど“躁状態”に陥って、
手がつけられなくなります。

どの局にも似たタイプの男がいるはずですし、新聞社も同じでしょう。
「もう、いいだろう」「よそがやっているのにウチだけやめるわけにはいかん」
…今度の災害では、報道と編成の間でそんな会話が何度となく交わされたと想像します。
配られた新聞のラテ欄では通常番組になっているのに、どんどん、緊急特別報道番組に
差し替えられて行きました。局内で起きた喧騒と混乱が目に浮かびます。
まさか、何かが起きることを期待する人間はいないでしょうが、取材者としての彼らには
日常の延長線上になっている政治、経済、裁判、犯罪の報道より“刺激的”であることは
間違いないでしょう。

この感覚はやじうま精神とまったくイコールではありませんが、“におい”は似ています。
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…ジャーナリズムについて書き始めたことを、いま、思い出しました。
スポーツの周辺に生息していましたから、ジャーナリズムもスポーツの側から見ることが
多かったのですが、一般のジャーナリズムも含めて、ある“傾向”が共通しています。

それは、“センセーショナリズム”と“センチメンタリズム”に頼ることです。
扇情的・刺激的な言葉が記事やリポートに使われます。スポーツ紙やタブロイド夕刊紙の
見出しがいい例ですが、“エスカレートする”性質があります。始末が悪いのは、言葉に
つられて買う人が増えることです。つまり、効果があるのです。

本社のデスクも現場の記者・リポーターも感傷的、お涙頂戴的なネタを求めがちです。
私は目撃していませんが、発生直後のテレビの取材の仕方に非難の声が上がったのは
このことと無関係ではないと思います。

以前にも書きましたが、辟易するのは、高校野球やオリンピックになると「天国にいる…」、
「最愛の…」が氾濫することです。
その時期に、私たちは驚くほど多くの選手の身内が亡くなったことを知ります。
なんとか理解できる外国語は英語だけですが、無理やり泣かせようとする記事や演出に
出会うことはめったにありません。
テレビや新聞・雑誌は、情報を得るために欠かせない媒体ですが、情緒に流された報道や
過剰なセンチメンタリズムを持ち込むことはいいかげんで勘弁してほしいものです。

つづく・・・
by toruiwa2010 | 2011-03-28 10:50 | 放送全般 | Comments(9)
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今回の災害報道について“一部”で、とはいえ、フジテレビの評判が非常に悪かった。
時間の経過とともに、総理会見中の暴言は典型的な“針小棒大”型の話だとわかったし、
仙台市内の緊急車両専用の給油所でフジの取材車が給油を強要した…という情報は
極めて根拠のない“2ch発信”型のデマであることが明らかになっていった。
しかし、だからフジテレビが“まっしろ”な無罪かと言えば、そうではない。
つまり、デマや中傷を流され、言われなくてもいいことを言われてしまった背景には
それなりの理由があるのだと思う。

私自身が確認できていない話が多い上に、あまりにも一方的に“事実”だと決め付けた
ツイートが、軽はずみな人の手でどんどん“拡散”され続けていく状況は怖かった。
しかし、初めのころ言われていた、災害直後の取材・報道の仕方の中に、何かを感じた
人たちの怒りや不快感がこの流れを作ったのではいか、という“疑念”もあった。
いかにも現代社会ならではの“風評被害”に見えるけれど、それで片づけてはいけない。
「我々がやっていることに間違いはない」と反発する前に「本当に問題がなかったか」と
検証し、反省する謙虚さは持たなければいけない。
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フジテレビの報道姿勢はひどい…OBとしては耳にするのがつらい言葉だった。
感じかたは、視聴者の自由だから文句は言えあないが、「…だから、キャスターも嫌い、
リポーターもダメ」ではなく、せめて、“是々非々”を望みたいと思う。
たとえば、「とくダネ!」に出演し、今回も現地から連日精力的に取材・報告をしていた
岸本哲也リポーターを見てほしい。
日本のテレビ業界に“リポーター”の肩書きを持つ人が何人いるのか知らないが、同様の
仕事に長く関わった者の1人として、彼こそ文句なしのNo1だと高く評価している。

情報収集の力、それを整理する力、それを言葉にして分かりやすく伝える力…すべてを
そなえているところが見事だ。情報を集める能力と発信する能力は別もののはずなのに。
メモのたぐいをほとんど見ることなく、しかも、よどみなく話し続ける彼を見ていると、
ビックリする。自分を振り返ると、スポーツを実況するとき以外は、頭の中で整理して
文章をつくり、それを推敲してからでないと話せないタイプだったからだ。
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チリ炭鉱事故のときの報告も鮮やかだった。
スタジオからの問いかけにまともに答えられないリポーターが多い中で、小倉の意図を
的確に受け止め、冷静に対応していた。
リポーターの能力をビデオで判断してはダメだ。編集するディレクターのテーストが出て
しまうからだ。彼らが持つ能力がどれほどのものかを見るにはライブ報告に限る。
それ以前も、「きちんとしたリポートをするなあ」と思っていたが、この時の現地からの
リポートを見て、「フジテレビは彼を大事に扱うべきだ」と感じた。“財産”になる。

長崎文化放送でアナウンサー、ディレクターの経験があるらしい。
言葉の選択に大きな問題がない理由も分かる。
時と場合によっては堪能な英語を生かした取材力をはじめ、表現力、行動力も十分だ。

“帰国子女”であることも大きな要素かもしれない。
チリ炭鉱の救出劇のときには、思わず、二度、つぶやいた。

「とくダネ」で岸本哲也リポーターの報告が始まった。
こういうときの現地リポーターには行動力、取材力と何よりも
アドリブの能力が必要だ。
長崎文化放送でアナウンサーとディレクターを経験している
だけあって彼はそのすべてで及第点の力をもっている。(続

続)彼のリポートを見ていると“帰国子女”ということを考える。
彼らに共通する、積極的で“物おじしない”メンタリティーが
こういう現場では最大限に生きる。
CNNの現地リポーターも見事だが岸本のリポートもほめたい。
母局だけにいささか気が引けるが。


能力とは別に、生まれつき持っているもの…つまり、風貌がいいのも得をしている。
いかにも信頼してもらえそうな顔つきだし、体つきだ。両親に感謝すべきだろう。

いささか、ほめすぎたかもしれない。しかし、彼を認める視聴者は多いはずだ。
一部で、とはいえ、“悪評高い”フジテレビにもこんなに素晴らしい人物がいることを
広く知ってほしいと思う。そして、認めて上げてほしい。是々非々。
十把ひとからげに“フジテレビ=悪”と判断してしまうと、損をするのは…あなただ。

いま「とくダネ!」に出てくるリポーターは局アナの笠井と大村が圧倒的に多く、岸本は
ほとんど顔を見せなくなった。…と思ったら、さっき、久々に登場したが。
笠井は感情が表に出るタイプだから泣くことも多いが、今回は言いリポートをしている。
大村のリポートはいつも“可もなく不可もなし”だ。言葉の選択にも問題が多い。
ここにきて露出が極端に多いのは、“卒業”を目前にして、大きな仕事をさせてやろう
というスタッフの親心だろう。
来月から北海道文化放送の情報番組キャスターになる予定だからだ。

4月以降は、岸本哲也の登場が飛躍的に増えるはずだ。しっかりしたリポートを期待する。
番組のステータスも確実に上がるだろう。ああ、社員でないのがいかにも残念だ。

さすがに「なんなら、現MCと交代したって…」とは書かないが。

(敬称略)

1年以上前に書いた記事ですが、最近、よく読まれています。
できれば、どういう経路でこの記事にたどり着いたかを教えて
いただけると嬉しいのですが。
コメント欄に書いてください。

by toruiwa2010 | 2011-03-25 10:01 | 放送全般 | Comments(61)
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昨日の朝日新聞

一昨日、フジテレビが遅ればせながら釈明して、一応の決着は見たようだが、なんとも、
後味の悪い“事件”だった。
軽挙妄動・付和雷同型の“人種”が少なからずたむろする2chやツイッター、youtubeでは
異常に広まった話だが、世間には知らない人も多いと思うので簡単に記す。

3月12日夜の菅総理の記者発表を中継したフジテレビの画面から“不要音”が流れた。
不要音とは、せき、くしゃみ、原稿をずらす音、膝が机の脚にぶつかって“ゴツン”など、
本来、放送に乗せてはいけない音を指している。
この“事件”の場合は男女の会話だった。きちんとした話し方ならともかく、いかにも
今どきの若者同士らしい、くだけた口調のものだったし、“仮にも”総理大臣の会見中
だったから、気付いた人の反応は大きかった。
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さらに、どんな意図があったか知らないが、何者かが、どこかに「女の声はAアナだ」と
断定的に書いたことで騒ぎはますます大きくなった。
読んだ人たちが本気で信じたかどうかは疑問だ。しかし、井戸端会議では近所の奥さんの
悪口が最高のテーマであるのと同じで、この手のエピソードは面白おかしく語られる。
この話もツイッター上でどんどん拡散されて行った。信じがたいスピードで。
結果として、「フジテレビの報道姿勢はひどい」「Aアナには今後ニュースを読ませるな」
という非難の声が盛大にあがった。つまり、“女の声=Aアナ”が確定してしまったのだ。

「なんだか、おかしいな」と思い、ツイッターでフォローの発言をしたが、ほとんど誰も
聞く耳を持ってくれなかった。
ブログに関連した記事を書いたが、その締めくくりはこうだった。

テレビは今や時代の最先端を行く。
そこで働く社員、特に若者に考え違いをする者がいても、私は驚かないが、
視聴者は「とんでもないこと」「信じられない」と思うだろう。当然だ。
フジだったことは否定できないようだ。OBとして恥ずかしい。失われた
信用・信頼を取り戻すには途方もない時間と努力が必要だ。

せめて、アナウンサーではなかったと思いたい。


…後輩たちを信じたい気持ちがある一方で、最近の傾向から“やりかねない”という思いも
捨てきれなかったのだ。

分からないのは、災害発生の際の政府を思わせるフジテレビの対応の遅さだ。
報道にしても編成にしても、2ch・ツイッターでの“騒動”を知らなかったとは言わせない。
初期の段階で、女の声=Aアナではないことも確認していたはずだ。(後述)
「不適切な音声が流れたことをお詫びします。なお、声はスタジオ外の中継ポイントにいた
取材スタッフのものです」と、すぐ、メディアに流せばよかったのに、と思う。

「Aには、会社が彼女を信じていることを伝えれば十分。この手合は無視するほうがいい。
釈明すれば、別のことで突っ込まれるだけ」という判断だったのだろうが、そのせいで、
一昨日まで、Aアナは一部で“犯人扱い”を受けたし、会社が何も言ってくれない間に、
台湾のテレビでも顔写真入りで伝えられるなど、大きなダメージを負ってしまった。

この種の“事件”を見逃すことは少ないのだが、この件はリアルタイムでは知らなかった。
ツイッター上で偶然見つけ、youtubeに残っていた1分20秒ほどのビデオで確認した。
文字に起こしてみると、こうなる。
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安藤「…会見の内容を皆様と一緒に聴いてまいりたいと思います」
*映像はすでに官邸に切り替わっていた。

*その後、4秒近い“素”(無音状態)がある。そこに男女の声が流れた。

男「ふざけんなよ。また原発の話なんだろ」
女「だから、こっから上げられる情報ないっつってんのに」

*この二言は、菅総理が話し始める2秒半ほど前までに終わった。

総理「地震が発生して1日半が経過をいたしました」
*この言葉に男の声で「ほんとに来るのかどうか…(以下、聴きとれず)」がかぶった。

総理「被災をされた皆さんに心からお見舞いを申し上げますとともに」
*女の声「ほんと、クソだよ」がかぶっていた。

総理「 救援・救出に当たって全力を挙げていただいている」
*ここに、女の「ああ、笑えてきた」という声がかぶっている。
業界的にいう“不要音”はこれが最後だった

…最初にこれを聴いたとき、何が起きているのかよく分からなかった。
一般の人は、マイクを切り忘れた…と思うだろうが、それは考えにくい。アナウンサーは
話し終えたら、無意識のうちに手元のスイッチでマイクをオフにするものだからだ。
出先からハンドマイクでリポートするときでも、スタジオに切り替わったら、マイクを
口元から遠ざける…私の場合は、必ずマイクを体の後ろに持って行くことにしていた。
その上で、自分のマイクが完全に“死んだ”ことを音声さんに確認すまでは余計なことを
言わないのがアナウンサーの習性だ。
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スタンドマイクやピンマイク以外に、エマージェンシー用の特殊なマイクがセットの上、
アナウンサーの前に置かれている場合がある。バウンダリーマイクが正式の呼び名だが、
形状から音声の技術者たちは“ゴキブリ”などと愛称で呼ぶことが多い。
しかし、そのマイクが拾った音でもなさそうだ。第一、切り忘れたメインのマイクや
ゴキブリが拾うとすれば、安藤の声のはずだが、音質が彼女の声とはまるで違う。

スタジオセットの全体像が分からないが、その時点の出演者以外に、離れたところにいた
スタンバイ中の人たちの声を、近くにあって、オフになっていないマイクが拾う可能性は
あるかもしれない。ここまでの推理の過程では、その場合、Aアナであるという可能性を
完全には捨てきれなかった。ただ、この場所にいそうな人たちは、仮に聞こえていないと
分かっていても、ここまで“くだけた”話し方はしないだろう…と思う。

2回目に聞きなおしたとき、「これは100%、Aアナではない」と確信する個所を見つけた。

出回っている動画には誰かの手で、発言の内容が文字として書き込まれているが、
素人には意味が分かりにくい一言だけが文字になっていない。
それが、“ホントに来るのかどうか…”の部分だ。
本社から中継ポイントに、次の番組の中でそちらから中継を入れてもらう…という指示を
出すとき「次、行くからね」と言い、中継側は周囲のスタッフに「次、“来る”ぞ」と言う。
つまり、男のスタッフは「本当に、ここから中継を入れろって言ってるのか?」と疑問に
思ったのだろう。聞きとれなかった部分は「…もう一度デスクに確認してみるよ」だった
のではないか。

どちらにしても、この会話は菅総理のメッセージとは全く無関係のものだと分かる。
そして、菅のメッセージを馬鹿にするようなものなら別だが、中身は“痴話げんか”の
ようなもので、ヒーロー・インタビューに混入したのだったら、まず、こんな騒ぎには
ならなかったはずだ。
発生場所も本社ではなく、いくつかの中継ポイントのどこかだということも分かる。
“愚痴っぽい”話の中身も現場に出ている記者・ディレクターたちがよく交わすものだし、
そのあとに出番を控えていたAアナがそこにいるはずは絶対にあり得ないのだ。

「いったい、どうなってんのかなあ、うちのデスクは!やってらんないっすよ」
本社と話していた顔なじみの記者が受話器を叩きつけると振り返ってぼやいた。
…野球取材中の記者席で何度、そんな経験をしたことだろう。
新聞であれテレビであれ、最前線で働く記者(ディレクター)と本社から注文を出すデスクは
永遠に相いれない仲だ。

いわば、どこの局でもこんな会話が交わされているし、いつ、どんなトラブルでそれが
電波に乗ってもおかしくはないのだ。
“今回は”フジテレビだったが、次はTBSかもしれないし、日テレかも、テレ朝かも…
NHKにだって起こる可能性は十分にある。人間が関わっている以上、“絶対”はない。

冒頭に掲げた朝日新聞の記事の最後はこうなっている。
「笑えてきた」などの発言は、スタッフが自分の担当の中継がなかなかつながらない
ことについて漏らした言葉だという。

もし、フジテレビがそう話したとすれば、おかしい。
“つながらないことへのぼやき”ではなく、新しい報告材料もないのに“無理に中継を
させられることへの不満”と考えるほうが、会話の流れから見ると自然だからだ。
ま、この際、そんなことはどうでもいい。

発生後数日間の被災地取材スタッフの言動に不適切な部分があったらしい。
数日後、現地に入った有名キャスターの言動・いで立ちも不評だった。
フジテレビの取材車が緊急車両専用の給油所で給油を強要したという、2ch発の情報が
“事実”として拡散した。
…うなずけるものもあり、苦笑するものもあるが、フジテレビに対するバッシングは
たしかにすさまじかった。
しかし、現象を冷静に見れば、いくらこの“流れ”の中で発生したとはいえ、今回の件が、
少なくとも“報道姿勢”とは無縁のものと分かるはずだ。

ただ、どう言い訳をしてみても、関係のない音声が出てしまったのはフジテレビのミスだ。
当日の音声スタッフは“チェック漏れ”を厳しく反省しなければいけないだろう。
対応が遅れ、長い間、放置したことも責められていい。
救いようがない“品のなさ”にはあきれるが、それも“報道姿勢”とは無関係だ。

一報道機関が罵詈雑言を浴びるだけならいい。
しかし、間違った情報が、重大さを理解しない人たちの手によってあっという間に広まり、
それが事実として定着してしまうIT社会には“怖さ”もある。
これが、国の存在や生命の危険に関わる情報だったら…と思うと、ぞっとするのだ。


理解していただけるように、できるだけ丁寧に書いたつもりですが、
当然、異論・反論があるだろうと思います。私に対する批判もあるでしょう。
きちんと整理されたコメントなら残しますが、感情的なものや、ほかの人の
コメントに対する批判は私の判断で削除しますのでご了承ください。

by toruiwa2010 | 2011-03-23 10:23 | 放送全般 | Comments(10)
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入社3年目が終わろうとする1966年の初めは航空機事故が連続して起きた。
2月4日、さっぽろ雪まつり帰りの客を乗せた全日空のボーイング727型機が羽田沖に
墜落した。ちょうど1ヶ月後の3月4日には、カナダ・パシフィック航空のDC8型機が
羽田空港への着陸に失敗して墜落・炎上した。どちらも、夜間の事故だった。
アナウンサーとしては未熟だったが、たまたま局にいたため、羽田空港からのリポートに
駆り出された。徹夜になり、ブリーフィングと放送の合間を縫って記者室の堅い机の上で
仮眠をとったことを思い出す。

3月4日は、徹夜明けで11時ごろ帰社し、宿泊室のベッドで横になっていた。
疲れているのに神経が研ぎ澄まされた状態でようやく眠りに落ちたかと思う間もなく
警備員に肩をゆすぶられて目が覚めた。「また、飛行機が落ちたので起きてください」
…初めは信じられなかった。
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空中分解した英国海外航空のボーイング707型機が富士山の二合目、太郎坊と呼ばれる
地点に落下したのだ。日本の航空機事故史の中でも珍しい、二日続きの大事故だった。
福島原発のニュースではしきりに“マイクロシーベルト”と言う専門用語を耳にするが、大きな出来事が起きたとき、人はそれまで聞いたこともない言葉に出会うものだ。

BOAC 機の空中分解では“セーテンランキリュー”だ。
周りに山らしい山がなくて、いきなり日本最高峰がそびえ立つ、という富士山のような
独立峰では、晴天のときほど、その周辺でとんでもない空気の流れが発生するらしい。
それが“晴天乱気流”だ。旅客獲得のためのサービスとして、BOACは、羽田を離陸後、
わざわざコースを外れて富士山上空を飛んだのだが、それがアダとなった。

御殿場口まで電車で行き、そこで待っていた会社の乗用車で現場を目指した。
しかし、火山礫にタイヤを取られて大した距離は稼げず、早々と車をあきらめ、徒歩で
登ることになった。タイヤがとられるぐらいだから、都会で履く通勤用の革靴で歩くのは
容易なことではなかった。3月初めの富士山は寒かったのだが、時間の経過とともに
汗が吹きだし、小休止をすると、たちまち、それが冷えていった。
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現場に到着したとき、日はとっぷりと暮れていた。満月に近い月の明かりが凄惨な地上の
光景を照らし出していたこと、決して嗅ぎなれることがないジェット燃料独特のにおいが
鼻をついたこと、などを想い出す。

記者と2人のアナウンサーは準備完了だったが、肝心の中継車はまだだった。
夜11時からの「こちら報道部」に電話でリポートすることになったが、携帯はもちろん、
2合目とはいえ山の中に電話はない。
作業中の地元消防団員の情報で現場と町の中間あたりに水道局の建物があって電話を
借りられるかもしれないことが分かった。
最年少の私が担当することは簡単に決まったが、問題は“アシ”だ。月明かりがあっても、
夜の山道を一人で降りて行くのは危険だからだ。

相談していると、取材に出ていた記者の一人が耳寄りな情報を持って戻ってきた。
「自衛隊のトラックが、収容した遺体を町の安置所まで運ぶために山を降りる。荷台なら
乗れるよ」というのだ。放送時間が迫っていたため、乗せてもらうことにした。
時間にしてどれぐらいだったか、いまは思い出せない。しかし、火山礫の山道を、大きく、
小さく弾みながら走るトラックの荷台で、左手で手すりを、右手は…釘が打たれていない
ひつぎの蓋が飛び跳ねるのを抑えるのに必死だった。

リポートを終えたあと、どうやって現場に戻ったのか、覚えていない。
歩いた記憶はないから、きっと、登ってくる自衛隊のトラックに頼み込んだのだろうが。

未明に中継車が到着した。

コンピューター、電気、車、設計、鉄道、土木…なんであれ、技術者と呼ばれる人々を
常にリスペクトしている。
このときも、技術部の“マジック”を目の当たりにして仰天した。

現場が山の中、ということは、河田町のフジテレビに直線では電波が飛ばない。
何が必要かと言えば、“2段点”だ。現場と局舎の中間で電波を中継するための。
そこで。中継車の出発より先に別の技術スタッフが、地図で計算して決定したポイントを
目指して局を出発していた。
本社の報道部が「朝の放送開始と同時に現場から中継を入れたいから、急いでくれ」と
矢のような催促をしてくる中、ポイントに到着したとの連絡を無線で受け、それぞれの
アンテナを慎重に調節してテストすると、東京から「一発で届いた!」と言ってきた。
技術者への敬意はこの時以来、さらに深まった。

この時の中継では忘れられない、苦い記憶がある。
「機首部分の周辺で数人の遺体が収容されました。傷みが激しく、性別も分からない
そうです」とリポートしたところ、数日後に発売された週刊中公(中央公論社)に
「“いたみ”って、リンゴじゃないんだから」と書かれたことだ。
…愕然とした。
“損傷”という言葉は頭に浮かばなかった。いまなら“損傷”を選ぶだろうが、当時は
くらべても、結局は“傷み”を採用したと思う。
いずれにしても、若き日の作家・野坂昭如が無署名で書いていたコラムで、名指しこそ
されなかったものいの、まさに自分が発した言葉が活字になっているのを見せられたとき、
言葉の選択はつくづく難しいものだと思った。

今、この時間にも被災地を駆け回って情報を集め、少しでもリポートの内容を高めようと
取材を続けている後輩同業者が多数いるはずだ。
批判・非難されることはあってもほめられることはめったにない、割の合わない仕事だ。
被災者に比べれば大したことはないかもしれないが、長期にわたる、神経を使う取材は
ストレスもたまって普段とじゃ違う疲労があるはずだ。
体力の温存を図りながら、少しでも世のため、人のためになる仕事をしてほしい。

彼らの健闘を祈りたい。

おまけ:アナウンサーの厄日?
昨日は、暦で言うと“赤口(しゃっこう)”だったが、日本のアナウンサーたちにとっても
すこぶるツキのない日だったようだ。
気の毒だったのはTBSラジオだったかもしれない。
私が日課の昼寝をするために横になった瞬間、ラジオから流れてきたのが…

昨日を含め、最近、アナウンサーの読み間違いetc が頻発している。

1月・A局: “席巻”を「せきまき」
先日・A局: “:” (コロン)を 「どっと どっと」
先日・A局: 2日続きでゲストの“木村拓郎”さんを「きむらたろう」と。
先日・B局: 「(菅首相は)…引き換えに退陣する可能性について
        否定しました」を 「…否定しませんでした」
昨日・A局 “お彼岸の中日”を「おひがんのなかび」
昨日・C局: “XXX中将”を「XXXちゅうしょう」

そして、昨日・D局: 女盛り を おんなもり


この日の「キラキラ」のメッセージ・テーマが「そのとき連帯感が生まれた」だった。
そこで、以上のことを書きさらに

業界に42年いたものとして 嬉しい連帯感が生まれました。
みんな、仲良くしましょうや。  (72歳の先輩同業者)

と、書き添えて送ったが、予想通り“ボツ”だった。

*「おんなもり」は聴き始めた時だったので、不確かです。
 間違いだったら、ご指摘ください。
   
by toruiwa2010 | 2011-03-22 08:16 | 放送全般 | Comments(10)