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岩佐徹のOFF-MIKE

toruiwa.exblog.jp

実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

カテゴリ:大相撲( 34 )

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アグラかいてないかNHK?

03/18
若荒雄vs阿覧は勝負がついたとき、明らかに若荒雄は
自分が勝ったと思っているように見えた。
アナは見落としていた。民放育ちの私はしっかり見ていた。
「もしかすると若荒雄は勝ったつもりかもしれません」と
言って勝ち名乗りの場面までつないだと思う。

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8日目の取り組みだった。阿覧が苦し紛れの叩き込みで逆転勝ちした。
行司は迷わず阿覧に軍配を挙げたが、若荒雄の目には入っていない。
若荒雄の態度は、土俵際で勝ちを逃がした力士のものではなかった。
案の定 行司が勝ち名乗りを授けるべく阿覧に向き直ったとき若荒雄も
腰を落としていた。
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正面担当の白鳥崎アナはこのとき初めて彼の勘違いに気づいた。
相撲は、勝負も前後の反応なども95%が土俵の上で起こる。そこから
目を離しちゃいけないのだ。
リビングで見ていたからかもしれないが、私はしっかり見届けた。
なぜ、見続けるか?そういうところにこそ面白いことがあるからだ。

「若荒雄は勝ったつもりかも…」こそ、昨日の記事に書いたばかりの
“保険”なのだ。惜しいなあ。読んでおけばよかったのに。

03/14
さっきは、なんでもないところで客席の朝青竜を見せた。
鶴竜と日馬富士がいい相撲で勝った。
その瞬間朝青龍が喜ぶ顔を見たいとファンは思う。
NHKのカメラ、スウィッチャー、ディレクター…全員が
気がきかない、融通がきかない。
だから「面白い」相撲中継にならないのさ。

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大阪場所4日目の客席に元横綱・朝青龍が来ていた。
経済活動のために訪日中のモンゴルの首相に同行していたらしい。
NHKの相撲中継でも取り組の合間を縫って紹介していた。
しかし、朝青龍の後輩である、鶴竜や日馬富士が内容のあるいい相撲で
勝ったあと、まったく写さなかった。

私は好きじゃないからどうでもいい。
しかし、スキャンダルで角界を去っても彼のファンは多い。
後輩の会心の相撲を見てきっとはしゃいでいるに違いない朝青龍の姿を
見せることは送り手の“義務”だと思う。
たとえ、相撲協会との仲が多少ぎくしゃくしようとも…。
制作陣もアナウンサーも楽しい放送をしようという心掛けがない。

6日目にも谷川親方が「妙義龍の後背筋がすごい。前からも見える」と
話しているのに、アップの映像がなかった。話を聞いていないのか、
カメラもディレクターも言っていることが分からないのか。呆れた。
今は解説の親方が「フレーム」などと言う時代だ。昔、NHKのアナが
「タイミングがよかった」と言ったら、相撲には似つかわしくないと、
先輩や古いファンから叱られていた。時代は変わっているのだ。

NHKの相撲中継は時代の流れについていけないのではないか。
両力士が土俵に上がるときはこのカメラでこの角度からこのサイズの映像、
時間いっぱいになったらこういう映像、勝負が決まったあとはこう…すべて、
型にはまった放送をしていればそれでいい、と考えているように見える。
何十年も独占してきた“オリ”がたまっている。
これじゃあ、新しいファン層の開拓は無理じゃないのか。
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それにしても、昨日は敗れたが、鶴竜の充実ぶりは目を引く。
特に、日馬富士に勝った一番が光る。
いつの間にか、地力が逆転している。大関は近い。

相撲中継では、半年以上姿を見せない岩佐英治アナが気がかりだ。
東大相撲部出身と聞くが、取り口の描写が丁寧で的確、なにより、相撲への
愛情が感じられる話し方に好感を持っている。相撲についての知識、情報、
描写の正確さ…トータルで、歴代相撲担当アナの中でも断トツだ。

前後して番組を降板した「のど自慢」の松本和也アナの例もある。
ネット上でもいろいろ取りざたされているが、なんらかのストレスからくる
“心の病”だと厄介だ。病気が治ってもストレスがかかる現場に戻れば再発の
可能性が高いからだ。
見た目は地味だが、話し方に独特の味わいがあり、解説者の信頼も厚いことが
やりとりからも分かる。ぜひ、元気な姿を見せてほしいものだ。

参考:「“心の病”がアナを襲う!~プロセスが想像できる~」 bit.ly/ngckrS 

NHKつながり…堀潤アナウンサーが16日から私をフォローしている。
過去、何回か彼については触れているが、あまり誉めてはいない。むしろ、
ネットが“ざわざわ”したときのブログはNHKのような組織の社員として
どうなのかと、批判気味だったぐらいだ。
彼の意図は?監視?まさかね。
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戦後最大の思想家 死去

“評論家・吉本隆明”が亡くなった。
私の年齢で彼を知らなかったらおかしいだろう。
戦後の日本を代表する思想家だった。
あらゆるマスコミがこぞって一定の敬意を払っていた気がする。

…と、書くが、どんなタイプの思想家だったかは 実は知らない。
著書を1冊も読んだことがなく、テレビなどで話を聞いたこともない。
小難しいことが嫌いだから、思想・哲学には近寄らない“主義”だ。
今さら、読んでみる気にもならない。
結局、知っていることは作家・よしもとばななの父ということだけだ。

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<日曜日の朝日「天声人語」にこう書かれていた。
<思想の左右を超えて…かみつき、あらゆる権威に市井の目で挑んだ。
晩年の対談で自嘲している。「あの野郎、いつまでも人の悪口を平気で
書いてやがる、なあんて思われているだろうし、ちっとも大家(たいか)に
ならない」>

ここ数日「このブログ、すこし 批判が多すぎるかなあ」と柄にもなく
反省気味だった。“戦後最大”と称された思想家が似たようなことを
気にしていたと知って安心する。
まして、こちとら“大家”になろうとは思ってないし。

またも 巨人がしでかした

盗むのは悪くない。悪いのは捕まることだ…と盗人の世界では言うらしい。
今回、明るみに出た巨人の所業はまさにそれだ。
入団前、しかも、表向きは交渉さえ始まっていない段階で 絶対獲得したい
アマチュア選手に金をばらまいていた。“紳士協定”とは言え、球団同士で
決めた上限を超えて契約金などを払っていた。

驚きはない。
こんなこと やってるんじゃないの、と関係者の多くが思っていたことが
確認されただけ、だからだ。

つける薬がない。悪いことをしているという自覚がないのだもの。
非難する球団もあるが、かばう球団もある。似たようなことをやっていて、
“明日は我が身”なんだろう。大相撲と同じなのさ。
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ツイッターで「清武がリークした?」と聞かれ、「それはないでしょう。
やるなら会見を開くと思います」と答えた。
…リークした可能性はあるかもしれない。朝日に社会部記者時代の仲間や
代表時代の運動部記者で知り合いはたくさんいるはずだから、その気なら
いくらでも情報を提供することはできるだろう。
読売と訴訟沙汰になっているだけに、自身は会見しにくい事情もある。
ライバル紙から公になれば衝撃も大きい。そんな計算が働いたかもしれない。
新刊書「巨魁」のプロモーションにもなるし。

メジャーでもときどき不祥事は起きる。しかし、その度にコミッショナーが
毅然とした態度でピンチをすくうことが多い。日本では望むべくもない。
わが球界は、優秀な選手がメジャーに流失し続けるだけでも大きな危機に
面しているのに、こんなことでいいのだろうか?
今の体たらくだと、大相撲のように落ちるところまで落ちて“解体的”な
出直しをしない限り、離れたファンを呼び戻すのは難しいかもしれない。
by toruiwa2010 | 2012-03-19 08:05 | 大相撲 | Comments(6)
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初めて相撲を見たのは私が小学生のときですから、1940年代の終わりです。
旧国技館だったと思います。千代の山や照国がいたはずですが、記憶に残っていません。
この日の結びの土俵に上がった横綱・東富士がいっぺんで好きになりました。
NHKのラジオで耳にタコができるほど聞かされていた 代名詞の“怒涛の寄り”で豪快に
勝ったのが小学生にはたまらなかったのでしょう。読み方は、“ヒガシフジ”じゃなくて
“アズマフジ”です。演習場じゃないんですから。ハハハ。
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先週の金曜日、そのとき以来、実に60数年ぶりでナマ大相撲を見に行きました。
相次ぐスキャンダルのあと始末が終わったのか終わらないのか…連日 ガラガラの客席を
見せられているうちに、「今なら、当日売りで十分入れるんじゃないか」と思ったのです。
相撲協会のHPでチェックすると、ウイークデーの2階席なら大丈夫だと分かりました。

ダメでもともと、という気持ちで出かけました。
ガチガチの相撲ファンではないので十両からでいいだろうと、家を出たのは1時半でした。
渋谷と代々木で乗り換えて、我が家から両国までは1時間弱です。
両国駅のホームに降りるとビルの間からスカイツリーが見えました。テレビで見る限り、
大したもんじゃないと思っていましたが、銀色に輝く姿は美しいですね。見直しました。
もっと近くで見たいとか、展望台まで上がってみたいとかは思いませんが。ハハハ。
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当日券売り場には30人ほどの列ができていました。
順番を待っていると 協会のスタッフが切符の種類などを丁寧に説明して回っていました。
栃錦・若乃花時代に相撲人気は頂点に達し 柏戸・大鵬、貴乃花・輪島、若乃花・貴乃花と
人気力士が切れ目なく続いた時期の協会は勝ち名乗りを受けて花道を下がるときの
高見盛など問題にならないほど、“そっくりかえって”いたものです。ハハハ。

古いファンは民放がニュースで使う取り組みの画面に“日本相撲協会映画部”の字幕が
出ていたことを覚えているはずです。各社の報道部は映画部幹部のご機嫌をとるのに
相当苦労していました。それを思うとまさに“隔世の感あり”です。ハハハ。
切符切りも親方衆がやっています。私たちは入間川親方(元栃司)に切ってもらいました。
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皇族が来場するときにも使われる正面入り口から建物に入ります。
野球やサッカーのスタジアムに入ったときとは空気が違いました。年齢層が高いですから
あたり前かもしれません。
通路の人ごみをマスコットの“ひよの山”が歩いていました。写真を撮りたがった妻が
うしろから声をかけると 係の人が連れてきてくれました。そのつもりはなかったのですが、
横に立たれてしまったので仕方なくポーズをとりました。それにしても“ひよの山”って。
ハハハ。
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席は2階の最前列で ちょうど西の花道の真上でした。テレビで正面からの映像が映るとき、
画面の右奥が西の花道です。劇場のようなイスで座り心地もよくて、足の状態がよくない
私にとっては、せまいマス席で座布団に座るよりよほど楽です。
腰を下ろして土俵に目をやると、たまり席の一番前に妻の高校時代の同級生で私とも仲が
よかった友人が姿勢を正して見上げています。陶芸家として成功している友の健在ぶりは
東京場所のたびにテレビで確認できるのです。ハハハ。
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十両の取り組みがすでに始まっていました。
テレビを見慣れた目には15尺(4メートル55センチ)の土俵が意外に小さく感じられます。
距離があるせいで 迫力はいまいちですが、全体が見渡せて2階席も悪くありません。
ただし、十両の取り組み中にははっきり聞こえていた 力士の激しい息遣いが幕内になると
聞こえなくなったのは残念です。
あの「ハッ、ハッ」「シュッ、シュッ」は、肉体同士がぶつかるときに出る「パチンッ」
「バシッ」とともに臨場感をもたらす音だけに客が増えるにつれて吸収されてしまうのは
惜しいです。せめて、テレビではあの音をしっかり拾ってほしいものです。

この日も、空席が目立ちました。
…というのは“優しい”書き方です。実際は“ガッラガラ”でした。ハハハ。
2階席は30%、全体でも60%ぐらいの入りです。
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そんな中で横綱・白鵬の土俵入り…詳しいことは分かりませんが、歴代横綱とくらべても
全体に流れるようで、しかも力強さがあって“きれい”でした。
魁聖、隆の山、豊真将、稀勢の里…ごひいきの力士がほとんど勝ち、その度に妻は拍手を
送っていました。現役時代の寺尾と逆鉾の大ファンだった彼女は、勝負審判として彼らが
登場したときも同じように拍手していました。珍しいファンでしょうね。ハハハ。
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モンゴル出身同士、日馬富士と鶴竜がこの日一番の好取組でしたが、鶴竜が“まさか”の
吊り出しで勝ったのにビックリしました。地力が増しているのは間違いなく、次の大関は
この人で決まりでしょう。
結局、この日 横綱・大関で土がついたのは日馬富士だけでほかは安泰でした。
弓取り式に目を向けながら出口に向かいました。失礼なんですが、腹ペコだったのです。
なにしろ、ふだんの夕食は4時半ですから。ハハハ。
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渋谷の「マルデナポリ」でイタリアンをいただくことにしました。4ヶ月ぶりです。
…先に階段を下りた妻がドアに貼られた紙を見て声を上げました。
「え、休み?」と直感的に思いましたが、そうではなく“15日限りで閉店する”という
お知らせでした。あと2日、というきわどさでした。
ピザ生地の厚さが私たちの好みにぴったりでかなり気に入って通っていただけに残念です。
名残を惜しんで、12種類の野菜のサラダ、トマトとガーリックのアラビアータ、クワトロ・
フォルマッジのピザという定番メニューですが、相変わらずおいしかったです。
新しくイタリアンの店を探さねば。ハハハ。
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by toruiwa2010 | 2012-01-16 08:09 | 大相撲 | Comments(8)
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初めて大相撲を見たのは小学校の低学年だった。1950年前後のことだ。
私の年代の者が小学校低学年で“見た”と言えば、それは“国技館で”ということだ。
その頃は、まだテレビ中継などなかったのだから。
“国技館”といっても、“どこの?”と聞かれると答えに困る。
日大講堂だったような気もするし、“旧”国技館だったかもしれない。時期が特定できれば、
分かるのだが、今となっては知る由もない。

2階席だったか、かなり高いところからで、柱が邪魔で見づらかったことを記憶している。
今のような“房”に変わって見やすくなったのはだいぶあとのことで、土俵の周囲には
四本柱が立っていたからだ。その後、屋根が”つり下げ”式になり、柱もなくなったとき、
“青柱・赤柱…”から“青房・赤房…”に変わったのだ。
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結びの一番に横綱・東富士が登場し、ラジオでは耳にタコができるほど聴いていた有名な
“怒涛の寄り”で勝ったことも覚えている。
当時、人気が最高だったのは同じ横綱、“突っ張り”の千代の山だったが、幼いころから
二番手が好きな“ひねくれ者”は、以後、東富士を熱烈に応援することになった。ハハハ。

ほぼ60年…気の遠くなるような時間が経過したが、相撲を生で見たのはあとにも先にも
そのときだけだ。しかし、ずっと、相撲は好きだった。
褐色の弾丸・房錦、立ち上がるとすぐに相手を引っ張り込んで全く動かなかった出羽錦、
数々の名勝負を見せてくれた栃錦・若乃花、柔らかくて強かった大鵬、“歯切れのいい”
取り口の北の洋、速くて強かった千代の富士、愚直に突っ張った寺尾…ただ、好きなだけ
だから好みの力士にも脈絡がない。ハハハ。
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ここまで読めば、決して“熱烈な”相撲ファンでないことが分かるはずだ。
それでも、今回の“八百長”事件については猛烈に腹が立つ。
詳しいことを聞いたわけではないものの、“大相撲に八百長はつきもの”は、かなり前から
言われ続けてきたことだ。どんな根拠があったかは分からないが、担当のディレクターが
「そりゃ、やってるさ」と、あけすけに告げたこともある。
それを聞いても全く違和感はなかった。それほど、“当たり前”という空気が漂っていた。

よく耳にしたのが“片八百長”だった。
自分の弟子に勝ち越しがかかっているA親方が千秋楽の相手力士のB親方に頼み込んで
負けてもらう。B親方に言われたほうの力士は分かっているが、勝つ力士は“事情”を
知らないままだ…それが“片八百長”である。“無気力相撲”という言葉が登場したとき、
「あー、あのことだな」と思った好角家は多かったはずだ。

7勝7敗で千秋楽を迎えた力士が勝つ確率は高い。
特に、昔は、年間3場所、4場所制で、一度落ちた番付を取り返すのが大変だったからか、
今よりもっと“露骨”だった。
すべてが八百長とは言わないまでも、素人が見てもおかしな相撲は多い。

そう言っても、これまで、うやむやにしてきて、急に“厳しく”と言っても無理だと思う。
八百長に被害者はいないんだからいいじゃないか…などは暴論としても“ムラ社会”と
呼ばれる大相撲で“根絶”の難しさは想像に難くない。
親方の言うことは絶対、兄弟子という字は“ムリへんにゲンコツ”と書く、番付がすべて…
そういう世界に、一般の常識を持ち込んでも、それを理解させるには時間がかかるだろう。

内情をよく知っているわけではない。だから、書いていることは推測の域を出ないのだが、
多くの親方たちも、脛にキズを持ち、腹を探られたら相当痛いに違いない。
根は深いのだろう。どこまで掘っても、“根”に辿りつことはできないのかもしれない。
相撲協会が抱え込んだ問題はとてつもなく大きいものだ。
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ここ数場所、中入り後の後半の取り組みが行われているときでも客席はガラガラだった。
5月場所(もしかすると7月?)で再開したとき、半分しか埋まっていなくても驚かない。
公表されたメールであそこまであからさまに“八百長”が行われていると分かった以上、
ファンに見放されても当然だ。
どちらも無理だとは思うが、言われている“すべてのウミを出し切る”か、ファンが
“八百長も含めて大相撲”と割り切って見てくれるようになるまで待つしかない。

3月場所の中止が決まったときに思ったことが二つある。 
ひとつは、ドキュメンタリー番組で取り上げられているのを見て、人柄の良さに惹かれ、
それとなく応援してきたブラジル出身の魁聖(友綱部屋)が、せっかく幕内に上がったのに、
その晴れ姿を見るのが先に延びてしまったことだ。

さらに、「もし、初場所が終わったときに白鵬が68連勝しているタイミングだったら…」
という他愛もない疑問だ。ハハハ。


言わずもがなだが、伊藤座長なる人物に“いかがわしさ”と“軽さ”を感じるのは
当ブログだけではなかろう。ハハハ。

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by toruiwa2010 | 2011-02-09 09:08 | 大相撲 | Comments(10)
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白鵬が18回目の優勝を飾って大相撲初場所が幕を閉じた。
ヒール役の朝青龍が引退した直後から始まった6場所連続優勝だから割り引かなければ…
という意見もあるだろう。それも一つの見方だから否定はしない。

子供のころ、東富士という横綱がいて応援していた。当時は4横綱の時代だった。
栃錦には若乃花がいた。
輪島には初代・貴ノ花が、大鵬には柏戸が、そして貴乃花には曙が…
いつの時代にも、強い横綱には好敵手がいたものだ。
白鵬の“悲劇”は、生まれてくるのが、貴乃花、朝青龍から微妙に遅れたことだろうか。

朝青龍の、動きが速くて、しかも強い相撲が好きだった。大関になるまでは、かなり
肩入れしていた。惜しいなあ。彼が“事件”を起こさなければ、今頃、相撲人気は大いに
盛り上がっていただろうに。

“朝青龍以後”だから割り引く…には一理あるとして、一方で“一人横綱”の難しさも
考えなければいけないだろう。
勝って当たり前、手抜きはもちろん、ケガをすることもできない。
精神的には辛いものがあるに違いない。
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白鵬には人間としての魅力もある。
小学校時代、クラスの人気者は“優等生”ではなく、“いたずらっ子”タイプだった。
白鵬の場合も、朝青龍のような際立った個性はないから、爆発的な人気にはならない。
しかし、日本人より日本の文化や伝統に深い関心を持ち、“相撲の心”を理解するための
努力を惜しまないモンゴルの青年に相撲ファンはもう少し敬意を払ってもいいと思う。

「親方をはじめ、日本に連れてきてくれた旭鷲山関、お父さん、お母さん、
部屋の皆さんにありがとうと言いたいです」

2006年の5月場所で優勝したときのインタビューで「おめでとうございます」と言われ、
“通りいっぺん”ではないこの感謝の言葉を聞いて、一気にこのモンゴルの青年に対する
リスペクトが高まった。両親や部屋の関係者はともかく、モンゴルから相撲界への流れを
作ってくれた郷土の先輩の名前は、思い付きで出てくるものではないと思う。
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場所に入ってから風邪をひいたと聞くが、稀勢の里に連敗したのはいただけないにしても
立派な優勝だった。14日目、大関把瑠都の190キロの巨体を右からすくって投げ飛ばした
豪快な技には舌を巻いた。技とタイミング…朝青龍も、しばしば、派手な相撲を見せた
ものだが、モンゴル相撲には何か、特別の秘密が隠れているのだろうか。
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年始の週刊朝日の表紙を飾った白鵬は、「ちょっと恥ずかしいです」と、はにかみながら
カメラに向かっていたそうだ。
そして、撮影が終わると、「今度はみんなで撮りましょう」と、その場に居た人たちとの
記念撮影を提案したのだという。
土俵を離れたら、常識が通じる普通の青年ということだろう。

そんな大横綱なのに、“ふさわしい敬意”が払われているようには見えない。
テレビやスポーツ紙など、相撲ジャーナリズムの責任ではないのか。


参考:「モンゴルに学べ」
http://bit.ly/glrQH5


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by toruiwa2010 | 2011-01-24 09:07 | 大相撲 | Comments(2)