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岩佐徹のOFF-MIKE

toruiwa.exblog.jp

実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

カテゴリ:アーカイブから( 75 )

この記事にあるように、1993年のウインブルドン決勝の

CHOKE”を知っているからか、いつも悲しげに見えた。

ノボトナが死んだ。49歳、がんだった

人の命のはかなさを思う。


ヤナ・ノボトナ 殿堂入り

1998 ウインブルドン女王~(2005.07.10.初出 )

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人柄は地味でしたが、今は珍しいサーブ・アンド・ボレーの

華麗なプレース・タイルで多くのファンがいたチェコの

ヤナ・ノボトナがテニスの殿堂に入ります。


*「CHOKEについて考える」に書いたことと

ダブる部分がありますが、ご了承ください。


去年、彼女は女子35歳以上の部門(ダブルス)に出場するため、

ウインブルドンに戻りました。1998年に念願の優勝を果たした

思い出の舞台…そして、失意のどん底を味わった悪夢の舞台へ。


1990年代、女子のトップ・プロの中で、どうしてもグランド・

スラムがとれない選手として常に名前を挙げられていたのが

ノボトナでした。

現在では、特に女子としては珍しいアグレッシブなプレー・

スタイルの彼女は 人気もありましたが、その一方、ここ一番で

力を出せずに、“choker”(勝負どころで萎縮する選手)という

レッテルを貼られていました。


テニス・ファン、中でもノボトナ・ファンが忘れられないのが、

1993年のウインブルドン決勝(vsグラフ)でした。

ファイナル・セット4-1、しかも、自分のサーブで5-1にする

ポイントまでありながら、そこからの逆転負けでした。

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セレモニーで、ケント公夫人から「大丈夫よ、ヤナ。あなたは

来年必ず戻ってくるわ」と優しい言葉をかけられたノボトナは、

たまらず夫人の肩に顔をうずめて泣きじゃくりました。

「我慢できなかったんです。夫人はお友達だったし…とても

素敵な方でした」


ウインブルドンを主催するオール・イングランド・クラブは、

マスコミに対して、この写真を使わないで欲しいと“圧力”を

かけたこともあったそうですが、この“できごと”は彼女には

一生ついて回ることでしょう。本人も分かっています。


「子供時代からのすばらしいDVDを友人が作ってくれました。

美しい思い出の数々…勝っても負けても、ウインブルドンの

一部であることは特別です」

…ノボトナが今 そう言えるのも、5年後のウインブルドンで

トージャを破って、ようやくグランド・スラム・タイトルを

手に入れたからでしょうね。


彼女のプレー・スタイルは、チェコの先輩、ナブラチロワを

真似たものと思われがちですが、そうではないようです。

「当時のチェコでは、亡命してからの彼女は存在しないのと

同じで、私たちが映像や結果を知ることはありませんでした。

私はシングルスよりダブルスのほうがうまかったし、攻撃的な

プレーをさかんにやっていました。積極的にネットへ出る方が

勝つチャンスがあると思っていました。今、試合を見ていて、

ネットに出る選手がいると思わず『そうよ、それ、それ』って

テレビの前で言ってしまうんです」


代理人から殿堂入りのニュースを聞かされたとき、たまたま、

チェコの家族を訪ねていたのだそうです。

「あのとき、家族と一緒でよかったわ。だって、私にとっては

最高の栄誉ですもの」

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現地時間の今日、アメリカ、ニューポートにある

「テニスの殿堂」でセレモニーが行われジム・

クーリエ、ヤニック・ノアらと並んで殿堂入りの

表彰式が行われる予定です。


by toruiwa2010 | 2017-11-23 08:16 | アーカイブから | Comments(0)

用意した言葉、応援放送etc

NHKも変わったなあ~(2011.09.03 初出 )

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…つづき


*あからさまな応援放送


WOWOWテニスの実況には14年間かかわりました。

初期のころをのぞいて、日本人選手の試合を担当することは

ほとんどありませんでした。担当すると、伊達公子にしても

松岡修造にしても、負けることが多かったからです。

私の考え方とは違いますが、WOWOWとしては日本人選手が

勝ち進んだ方がありがたいわけですから、“まずい”のです。

ハハハ。

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もちろん、“たまたま”に過ぎないことは分かっているのですが、

“ゲン”を担ぐ意味でも遠慮するほうがいいだろうと判断して、

若いアナウンサーにゆずりました。

「世界のテニスを見せなければいけないのになあ」という思いに

とらわれながらの実況より、若い人が それなりに割り切って

“松岡(伊達)がんばれ的な放送をする方が「日本人を見たい」と

おっしゃる視聴者にも“受け”がいいだろうとも考えました。


日本人ですから、世界の舞台で日本人選手が活躍するのは、

それがどんな競技であってもうれしいとは思います。しかし、

実況者として、試合を伝える立場のプロとしては“応援放送”を

することには強い抵抗があります。

聞いているのは日本人ですから、どんなに露骨な“ニッポン、

チャ・チャ・チャ”的な放送をしても文句は出ないでしょう。

南米のアナウンサーたちのサッカー実況がわが同僚たちとは

くらべようもないほど“熱い”ことは知っています。

ですから、“応援放送”を全否定するつもりはありません。ただ、

自分がやるか?となるとNoです。どうしても“わざとらしい”

放送になってしまうのです。ハハハ。

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最近の「メジャー・リーグ中継」にはうんざりしています。

日本人メジャー・リーガーの打席のたびに、あるいは松坂や

岡島がマウンドに上がるたびにかなりあからさまな“応援実況”を

やってはばかりません。イチローのヒット性の当たりが相手の

グラブに納まったり、松坂が大きな当たりを打たれたりすると、

“悲鳴”が上がったりするのはいささか異常なことだと思います。

ハハハ。


NHKとして、日本人選手がこれだけ多くなったメジャーは

強力なコンテンツでしょう。これを武器にして、衛星放送の

契約を増やそう。そのためには日本人を前面に出していこう…

そう考えただろうことは容易に想像できます。

しかし、それと“応援”は、どう考えても結びつきません。

コメンタリーが応援すれば、選手がいいプレーをするという

わけではないでしょう。誰に遠慮しているのかミスを指摘せず、

誰のごきげん伺いをしているのか、ちょっとしたプレーでも

“必要以上に”ほめるのを聞くことがしばしばです。


「打たれましたが、“次につながる”投球だった」、「ヒットには

ならなかったが、“内容のある”バッティングだった」…

口にしていて、恥ずかしくないのだろうか、と思います。

実況は実況の、解説は解説の仕事をほぼ放棄しているように

見えます。


“応援”は、見ている者がすればいいのではないですか?


*絶叫中継


NHKの実況で“決定的”に変わったなあと思うのは、高校野球、

大相撲、サッカーなどで きわどいシーンのたびにけたたましい

声で絶叫するアナが、特に若い人に増えたことでしょう。

私より上の世代のNHKの先輩たちは、ここという場面では

逆に声のトーンを抑えてしゃべっていたような印象があります。

それで、十分だったのです。

実況のあるべき姿は決してひとつではありませんから、絶叫も

“全否定”するつもりはありません。

応援も絶叫も、視聴者の気持ちと完全にシンクロすれば問題は

まったくないと思います。ただし、かなり難しいことでしょう。


絶叫の理由はいくつか考えられます。

・かっこいいと思っている

・視聴者の共感を得ていると思っている

・盛り上げる方法をほかに知らない

・この場面を伝えるにはこれ以外にないと思っている

・局の方針に従っている


“絶叫”の怖いところは さよなら・ホームランや決勝ゴールなど

劇的な場面やプレーを精一杯張った声でうまく描写できたときの

快感は病みつきになることです。ハハハ。

“用意した言葉”と同じで“麻薬”だと思わなければいけません。


立会いの変化やはたき込み(相撲)、ラボーナやバイシクル・

キック(サッカー)、スロー・カーブやセーフティー・バント

(野球)、ドロップ・ショットや股抜きショット(テニス)…

どんなスポーツにも、多少、危険はあるけどうまく決まったら

“してやったり”という気持ちになれるプレーがあります。

“絶叫”は 一度、成功すると、「あの快感をもう一度」という

“誘惑”にうちかつのが難しい点で共通するものがあります。


用意された言葉、あからさまな応援放送、絶叫中継…どれも、

「なんとか いい放送をしたい」、「視聴者に受けたい」、「かっこ

いいと思われたい」という気持ちの表れですから、若いうちは

仕方がないと思います。ただし、私個人は好きではありません。

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やろうと思えば、できるでしょう。

“言葉を用意する”ことは、かなり得意な分野だろうと思います。

しかし、自分のスタイルとは違いすぎますし、“恥ずかしくて”

できません。ハハハ。


アナウンサーではありませんが、ついでに書いておきます。

野球中継に登場する解説者たち、イニシャルで言えば奇しくも

TIM(ハハハ)…みんな、どうしようもなく暗い!

「面白くないならやめれば」と言いたくなります。スポーツは

明るくなくては、ね。

見ている者の気持ちを沈ませてどうするの?


そうかと思えば、日本オープン・ゴルフの優勝インタビューで

片山晋呉に向かって「…ゴルフを“見して”もらいました」と

質問したアナウンサーがいたのには驚きました。


いろいろな意味で、NHKは確実に変わっているようです。

ハハハ。


by toruiwa2010 | 2017-11-19 07:51 | アーカイブから | Comments(2)

用意した言葉、応援放送etc

NHKも変わったなあ~( 2011.09.03初出 )

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世界陸上も2日を残すだけになりました。

依然として、“ボルトの失格”を上回るインパクトはないまま、

終わってしまうのでしょうか。ガラガラのスタンドを見る度に

気持ちが盛り下がりますね。ハハハ。


実況が気になります。特に、目に余る日本人応援放送が…

採点種目なら分かりますが、ウソをついても、画面ではっきり

“劣勢”と分かってしまう“レースもの”で、順位を一つでも

上に言いたがる実況にはイライラします。

制作の指示もあるのでしょうが、見ていて白けます。

ふと、自分が今現役だったら…と考えてみますが、おそらく、

指示を守れず“外された”ことでしょう。できないもの。ハハハ。


スポーツ実況のスタイルも時代とともに変化しています。

“あの”NHKでさえ


「応援放送」( 2008.10.20 )


当ブログでは何度か書いていますが、NHKのアナウンサーの

実況スタイルがこの10年ぐらいで大きく変わってきていると

感じます。

“伝統”を引き継いで、オーソドックスな実況を聞かせたのは、

WOWOWのテニス中継で一緒に仕事をした島村俊治アナが

最後ではないでしょうか?


*“用意した言葉”を使う


代表的なのは、アテネ・オリンピックの男子体操の団体戦を

担当したKアナが放送の中に“ちりばめた”言葉の数々です。

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特に、最後の富田の演技が始まっている時の、「富田が富田で

あることを証明すれば、日本は勝ちます」と、フィニッシュに

入るときの「伸身の新月面が描く放物線は栄光への架け橋」には

大きな疑問があります。

「ああ、黙った方がいいのになあ」と思いました。

私だったら、演技の前に「普通の演技ができれば、金メダルは

確実です」、フィニッシュに入る直前「さあフィニッシュです」の

一言だけにして、着地のあとは歓声が一段落するまで黙って

映像を見せたでしょう。

(岩佐徹のon-air/off-air 2004.8.18「気持ちいいッ!」)


…世間では“名実況”とされているだけに、このエントリーを

書くのは、少々“勇気”が必要でした。ハハハ。

HPへの反応を見る限り、彼の実況に対しても、この記事に

対しても賛否両論でした。

私への“遠慮”を割り引くと、この放送に対する世間の支持は

やはり高かったのだと思わなければいけないでしょう。

ご本人は「演技中に考えたコメントだ」と話しているようです。

そう“かも”しれません。

しかし、NHKがこのオリンピックのテーマ曲に使っていた、

ゆずの「栄光への架け橋」をしっかり踏まえていることなどを

考えると、私の経験では、それは“不可能”なことです。


オリンピックのあとの大相撲9月場所千秋楽で正面の実況を

任されていたところを見ると、きっと、NHK内部の評価も

よかったのでしょう。しかし、結びの一番、朝青龍と魁皇戦で

立会いの一言を聞いた時には思わず笑ってしまいました。 

12勝をあげ、すでに優勝を決めていた魁皇ですが、次の場所で

横綱を狙うためには、もう一番勝っておきたいところでした。

その意味を込めて、これも、事前に用意したに違いない一言が

立会いの一瞬に合わせて放たれたのです。


13勝での優勝は、ツナ取りへの架け橋だ」!!

見事な“確信犯”と言うべきでしょう。ハハハ。

これも、“そのときに思いついた”と言うなら、脱帽です。

間違いなく“史上最強”アナです。


スポーツの感動は試合やプレーそのものの中にあるのです。

「言葉で盛り上げよう」という考え方は、必ずしも視聴者の

共感を得られないと思います。むしろ、邪魔だと感じることが

多いのだと知るべきです。

視聴者の心を捉えるのは、ゲームの中でドラマチックな場面が

生まれた瞬間に、とっさに出る、的確にそのプレーをたたえ、

その場を支配する“空気”を伝える言葉ではないでしょうか。

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脈々と続く今の流れを作ったのはサッカーで“名言”を量産した

Yアナでしょう。多くのファンが喝采を送り、Yアナは特別な

存在になっていきました。

言葉が、視聴者との間で“共感”できるものであるうちはいいと

思います。しかし、Yアナもそうであったように、続けている

うちに必ず、無理が出てきます。

そこでやめられればいいのですが、これがなかなか….ハハハ。


この間、おそらく、NHKのアナウンサーの間にもいろいろな

意見があっただろうと思います。

“気恥ずかしい”、“照れくさい”と考えるアナもいるはずです。

本心を言えば“実況本来のあり方じゃないからやりたくない”と

思ってほしいのですが。ハハハ。


しかし、民放にくらべると、NHKは先輩-後輩の関係が厳しい

ようです。先輩の横で“かしこまっている”若手を取材現場で

よく見かけました。そんな環境の中で、若手が、知らぬうちに

先輩の“真似”をしてしまうのは自然の成り行きかもしれません。


しかも、用意した言葉がうまく“はまって”視聴者からの評判も

よかったりすると、“病み付き”になります。

ビッグ・イベントのたびに、担当アナが用意されたコメントを

しゃべり出すと「ああ…、また始まったよ」と“落ち込んで”

しまいます。ハハハ。

一方で、支持する人が大勢いることも承知しています。要は、

“ほどほど”ということではないでしょうか。


どうも、こういう話になると長くなる傾向があります。ハハハ。

以下、また明日。


つづく…


by toruiwa2010 | 2017-11-18 07:46 | アーカイブから | Comments(0)

2ヶ月が過ぎました

~転倒・骨折 始末記~( 2011.12.13 初出 )

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2011108日、私はジャパン・オープンを観戦するため

ナダルを見るために(w)有明テニスの森に向かっていました。

いつもなら、ゆりかもめの最寄り駅から徒歩で行くのですが、

この日は家を出るのが少し遅れ、会場に着くのがぎりぎりに

なりそうだったので、お台場公園駅で降りました。ここからは

ワン・メーターなのでタクシーに乗ることにしたのです。

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改札を出て階段をトントンと“軽い足取り”で降りて行きました。

1140分でした。降りきったとき無意識でしたが、気持ちは

道路を走る車の中からタクシーを探していたのだと思います。

そのために足元への注意がおろそかになっていたようです。

最下段から数メートル先にあった“5センチ足らず”の段差に

気づきませんでした。右に曲がって歩道に出ようとしたとき、

この段差にかかった左足首が左側にグキッ…

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よろめいて勢いがついた体はコントロールがきかず、2,3

つんのめるのが分かりました。

「まずい、このままだと顔面から路面に突っ込むぞ」と思い、

とっさに体を右にひねりました。背中から道路に落ちようと

考えたのです。しかし、悲しいことに、73歳の運動能力は

脳からの指令を忠実に実行することができませんでした。

私の体は十分に回転しないまま、右肩から激しく歩道にたたき

つけられたのです。回転の途中で胸のポケットからiPhone

飛びだして路面をすべっていきました。あちゃあ。


「あっ」という女性の声が聞こえました。

まず、頭に浮かんだのは「やっちゃったよ」、続いて「かなり、

みっともないことになってるぞ。人がいる。しっかりしようぜ」

でした。“修羅場”なのに、体裁が気になっていました。ハハハ。


「転がったままではカッコ悪い」と思い、上半身を起こして

その場に座り込みました。不思議なことに、右手に持っていた

ペーパーバック、薄手のセーターと駅で買った水のボトルは

手から離していません。体をひねったとき、抱え込むような

態勢になったのでしょう。逆に、両手が自由だったらひじや

手のひらをすりむいていた可能性があります。もうひとつ、

体が回りきらなかったことで鎖骨を折りましたが、計画通りに

回転していたら頭を激しく打っていたかもしれないのです。

思い通りにならず、却って 致命的なケガをせずに済んだとも

言えるのです。

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…そんなことは、もちろん、あとになって考えたことです。

人が近づく気配があって「大丈夫ですか」と、中年の男性から

声をかけられました。「はい、大丈夫です」と答えました。

歩道のほぼ真ん中でしたから、邪魔にならないよう 車道の方に

行こうと考えました。立ち上がろうとしたとき、右の肩甲骨の

あたりがしびれているのが分かりました。


いざ、立ち上がると左足の甲に痛みが走りましたが、構わず

車道との境にある柵をまたいでそこに腰をおろしました。

「さて、どうするか?」…

iPhoneを見ると斜めにキズがついていましたが、こわれては

いません。救急車を呼ぶべきかどうかについて考えましたが、

答えはすぐ出ました。Noです。肩も足も、痛みは我慢できる

範囲だったからです。


テニス会場に行けばドクターがいることを思い出しました。

選手だけでなく、観客の病気やけがに対応するためにどんな

大会でも医務室はあるのです。

そこで「病院に行け」と言われたらそうしよう、と考えました。

グッドアイディア!

ナダルの試合も見たいし、とタクシーで会場に向かいました。

ハハハ。


…ドクターは専門外だったようですが、丁寧に診てくれました。

腫れもなく、腕は言われる通り、横にも上にも動かせました。

「折れてはいないようです。ただ 冷やした方がいいですよ」と

診断されました。


試合開始の時間が近づいていたので、足を引きずりながら

スタンドに上がり、記者席に陣取って試合を見守りました。

フィッシュとの準決勝…第1セットは少しもつれたものの、

結果的にはナダルが順当に勝って、決勝進出を決めました。


試合の途中から足の痛みが増していました。甲の左 外側です。

もともと、ナダルを見たら帰る予定でしたから、引き揚げる

ことにしました。

タクシーで海浜公園駅に戻り、ゆりかもめで新橋に向かって

いる間にも、少しずつ痛みは増して行きました。

「これはまずい。病院に行った方がいい」とそのとき初めて

思いました。


土曜日の午後だったので 妻に電話をかけ、家の近くで週末も

診療している病院を調べてくれと頼みました。

10分後にかけ直すと、行ったことがある病院が4時半までなら

受け付けていることが分かりました。歩くことが相当厳しく

なっていたので、タクシーで病院に向かいました。


病院は混んでいて、診察室に入るまで1時間半ぐらいかかった

でしょうか。看護師がセットしたレントゲンを見るなり 医師は

「ああ、折れてますねえ」と“こともなげに”宣告しました。

その瞬間まで、折れているとは思っていなかっただけに虚を

つかれました。骨折=腫れという先入観念がありましたから、

「腫れていないし、どうせ“強度の打撲”という診断だろう」と

タカをくくっていたのです。


骨折は 左足小指(5中足骨)と右の鎖骨の2ヶ所でした!

このとき、頭に浮かんだ言葉…分かりますかね。

「わあ、“ディアゴナル”じゃないかあ」でした。スペイン・

バルセロナの中央を“斜めに”切り裂いて走る大通りの名前です。

サッカーの戦術の中でも使われる言葉ですが、意味は“対角線”。

ハハハ。

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いや、笑い事じゃありません。

73年の人生で初めての骨折です。痛かったわけです。


鎖骨をやられているので松葉づえは使えません。

左足は添え木をした上で包帯を巻かれ、肩は姿勢を正しくする

ためのストラップをつけられて家に帰りました。

その日から窮屈な生活が始まりました。


右手にものを持つと肩に痛みが走る。

で、スプーン、フォーク、歯ブラシ…右手で扱いにくくなる。

おなじく、食事は箸を使わないでいいメニューを妻に頼む。

さらに、歯ブラシは電動式を使う。


歩くとき、左足はかかとで着地しなければいけない。

で、家の中では妻特製の靴下をはく。

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寝るとき、肩のストラップや足の添え木が気になる。

肩と足ともに負荷をかけたくないので寝がえりを打つのが怖い。

で、安眠ができない。


いずれも 少しずつ改善されて、現在では日常生活にかなり

近づいています。ただし、かかと着地はまだ続いています。

足首を固定するホルダーもつけているので“普通に”靴を履いて

外出することはできません。ひたすら、時間の経過を待ちます。

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骨折して知ったこと。

足の小指の付け根がどこにあるか知ってますか?見えている

指の“付け根”に決まってるだろう…ですか? 知らないって

そういうことですよね。

“こんなところ”にあるのです! 医師に言われたとき、なにか

得した気分になりました。ハハハ。


*ブログを読み返すと、1223日に初めて

公園の中を歩いています。骨折から75日目でした。


by toruiwa2010 | 2017-11-12 07:33 | アーカイブから | Comments(0)

普段の会話で“骨を折る”と言ったら

誰かの世話をしたという意味ですね。

これは、文字通り“骨折”の話です。

興味ないでしょうが、お付き合い下さい。


しーッ、ここだけの話ですが・・・

~私の“Breaking News( 2011.10.11 初出 )

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えーと、ご覧の体たらくであります。

土曜日、テニス観戦のため会場に向かう途中で

駅の階段の最下段から“落下”しました。

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“根性”でナダルの決勝進出を見届けましたが、

帰りに寄った病院で骨折と判明しました。

右の鎖骨と左足小指が折れていたのです。

見事な対角線骨折・・・。トホホ。


当分 右手が使えません。

この報告も左手で打っています。

足の方は「最低でも1ヶ月では治らない」と

担当のドクターに言われました。「お歳ですから

時間がかかります」とは言いませんでしたが。

ハハハ。


フィギュア・おたく、反韓・反フジテレビ集団、

イチロー信者、ハルキスト…このブログを嫌う

人は多いですからその“怨念”にやられたかも

しれません。ハハハ。

一昨日、昨日のアーカイブは手直しだけなので

なんとかやれましたが、左手だけで新しい記事を

書くのは難しいです。

事情をお察しの上、どうかご容赦ください。

 

           

順調のようです

~報告:骨折から一週間~( 2011.10.15 初出 )

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人生初の骨折発生から1週間が過ぎました。

経過はいいみたいです。足の方はかなり痛みも和らいで、

足の底を床につけて歩いても、たいして痛みません。

折れ方もこちらの方が“軽かった”ようです。


鎖骨の方はかなりやっかいです。

骨がつきにくいところなので、時間がかかることは

初めから覚悟しています。

体を前に倒したり横にひねったりすると、結構な

痛みが走ります。

この痛みがあるうちは、怖くて右手は使えません。

昨日、レントゲン写真を見たドクターは「ずれては

いないようですね」と言っていましたから、“順調”と

考えていいのでしょう。


ギプスがとれ、自分の靴で歩けるようになるには

3,4週間かかるらしいです。118日と11日に

どうしても出席したいイベントがあります。

悪いことは何もしていないのにピンチです。ハハハ。


数十名の方から、見舞いのコメントをいただきました。

改めて お礼を申し上げます。有難うございました。



薄皮をはぐように・・・

~ただし、nanoの世界です~ (2011.10.23 初出 )

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2週間が過ぎました。

数値で表せるものではありませんが、経過した時間に比例して

よくなっているようですが、そのスピードはじれったいほど

遅いです。ケガですから よほどのことがなければ、“悪化”する

ことはないのでしょうが。


相変わらず、右手はほとんど使えません。

動かすと“コキコキッ”と、肩のあたりで音がするので怖いです。

おかげで、左手の使い方がうまくなりました。“健全な”右足に

左手一本で靴下を履かせるのがいかに難しいかを知りました。

ハハハ。

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週に一回、病院に行く以外はやることがありません。起床から

就寝までテレビを見るかパソコンを“眺める”か…ぐらいしか

思いつきません。この一週間は家から一歩も出ませんでした。

このままだと、歩けるようになるころには相当に脚の筋肉が

衰えてしまいそうです。とほほ。


打つのに時間がかかるし、タイミングがずれ“まくり”ですが、

ヒマにまかせて呟いています。

この一週間のつぶやきからいくつかを訂正と補足とともに。

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10/17()

錦織が最新ランクで30位に。

グランドスラムでシードされるおめでとう !

自己最高位だし、日本歴代の最高位だ。

文句なしに素晴らしい。

Japan Openでサーブが改善されているのを見て

松岡を抜く日は近いと思ったがまさかこんなに

早いとは。めざせtop20


フジテレビ夕方のニュース:伊達のダブルス

優勝は映像付きで伝え、錦織のランクはスルー。

たぶん、他局も同じ扱いだろう。

HP(ジャパン女子オープンテニス)のダブルスV

ATPトップ30入りを天秤にかけたらこんなことには

ならぬはずだが。

ニュースバリューは天地ほど違うのに。恥ずかしい。


たぶん、今のテレビ・新聞には ランキングの意味・仕組みを

きちんと説明できる記者がいないのでしょう。歯がゆいですが、

もっときびしいのは、仮に、分かる記者がいても、デスクは

“伊達優勝”にバリューを感じてしまうだろう、ということです。


GS32シードになって序盤の番狂わせが減ってしまったのは

残念です。16シードのころにくらべると、シードの値打ちは

下がりましたが、決まった制度だし、錦織には 全豪でシードが

つくでしょうから、それを最大限に生かしてほしいものです。


彼の出身地・松江の新聞は上海マスターズ開催中から連日、

一面で扱っていたそうです。

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「南極大陸」…腕時計の怪!


TBS「南極大陸」を見た。

TBSのプライドとキムタク・ブランド

出来はまあまあか。中盤の見せ場、先導犬を

子供たちが託す場面で…

話し合う木村の時計は1138分、子供を

抱き締めるときは11時だ。

うん?!時間が逆戻り。ニュートリノの世界か?


南極観測に備えて、ソリを引く犬たちの訓練をしている木村は

苦労していました。犬たちがまとまらないのです。経験がある

リキが入ると見違えるようになりました。しかし、そのリキは

飼い主の兄妹にとっては亡くなった父親のような存在ですから

南極に連れて行くことはできません。木村が 兄妹に借りていた

犬を返しに来ます。

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木村が妹役の芦田愛菜にリードを渡すとき、彼の腕時計は

1135分”を指していました。

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兄妹は「リキが南極で役に立つなら…」と木村に話します。

「無事に返してくれるなら貸してもいい」というのです。

“やりとり”があったあと、リードが再び木村の手に戻ったとき、

時計は“1137分”。

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2分ほどのシーンをノーカットで撮ったのだなと分かります。

別れを惜しんでリキを抱く芦田…涙を誘う感動的な場面です。

くしゃくしゃになった芦田の顔の横に木村の腕がアップに…。

腕時計は“11時”を指しているではありませんか!!

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“なぜ”がいくつか。


なぜ、編集のときに気づかなかったか?

なぜ、完成試写のときに気づかなかったのか?

なぜ、撮影が逆になったのか?


普通はちょっと考えられないミスですが、気づかなかった人も

多かったでしょう。あるいは、仮に気づいても気にしない人が

ほとんどだったと思います。私だって、別に、アラやつっこみ

どころを探しながらテレビを見ているわけじゃありませんよ。

おかしなことに敏感な“厄介な”性分なんです。ハハハ。


小沢会見後の“乱闘”


ニコ生:小沢一郎会見(自由報道協会主催)を見た。

体調が十分じゃなかったのか言葉にもいつもの

キレがなかったし、記者の質問もお粗末。

面白かったのはそのあとの言葉の”乱闘“…

司会者の仕切りに従う、一社一問などのルールを

破った読売の記者を上杉と岩上ほか数名が囲んで

つるしあげた。(続


続)言を左右にへらへらしている読売記者に

「なめてんのかお前」と上杉…迫力はあったが

褒められたものではなかった。

「司会者に従え」と言っても、「ここは抗議の場でも

ないので温かい感じの質問で…」など、仕切る力は

明らかにないのだ。

自由報道協会の既成記者クラブへの“怨念”を見た。

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悪いのはルールを守らなかった読売の記者です。

二人の“信奉者”にはカッコイイと見えたでしょうが、第三者の

目には“下品”に映りました。特に、上杉隆のやくざっぽい

言葉使いは、覚悟の上とは思いますが、話になりません。

岩上安身は好き、上杉は昔は好きだったが、最近は少し距離を

置いてる…という感じですが、10点ずつ評価が下がりました。

ハハハ。


自由報道協会、気をつけないといけませんね。こんなことでは

世間の支持を失うのではないでしょうか。


by toruiwa2010 | 2017-11-11 07:51 | アーカイブから | Comments(2)

用意した言葉:山本実況を考える

Series:アナウンサー、実況&放送全般~( 2011.09.25 )

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スポーツ実況は95%、あるいは それ以上がアドリブです。

私は99%でしたし、昨日の船越アナの場合、試合に入る前は

60%ぐらいまで下がっていたかもしれません。

昔にくらべると、今のアナウンサーは、放送開始の部分の

コメントに“凝る”傾向が顕著です。

ベテランから若手まで、話すことを事前に用意しています。

私は「作文コンクール」と名付けましたが。ハハハ。


「メキシコの青い空が・・・」by 山本浩アナ(NHK)


サッカー・ファンでNHKの山本浩アナを知らない人はいない

でしょう。今、全国のアナの中でもサッカー実況のキャリアは

金子勝彦さんについで古く、歴史に残る大きな試合をたくさん

手がけています。

特に19851026日、国立競技場で行われた'86メキシコ・

ワールド・カップのアジア東地区予選、日本-韓国戦冒頭の…

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「東京千駄ヶ谷の国立競技場の曇り空の向こうに、メキシコの

青い空が続いているような気がします」…というアナウンスは

今もファンの耳に残る名実況として記憶されているようです。

WOWOWで新しくサッカー担当になったプロデューサーが

「あれは感動した」と、私に同意を求めてきたことがあります。


フジテレビ・アナウンス部を飛び出し、報道センターを経て

スポーツ部に異動して“くすぶって”いた私は、その試合の日、

テレビを見たのかどうかも、ましてこのコメントを耳にしたか

どうかの記憶がいっさいありませんでした。

テープを借りて聴いてみましたが、すぐに“用意した言葉”だと

分かったし、“ありがちな表現”で感銘は受けませんでした。


不遜に聞こえたらお詫びします。ただ、アナウンサーが他人の

実況を聞くときはかなり気持ちが“冷めて”いますから、その点を

割り引いて読んでください。

多くの若者が、この言葉に感動した事実はあるわけですから、

その意味では“そのとき、その場面を共有している者同士”の

気持ちを“ひとつ”にした言葉として、また 船越アナの実況の

対極にある実況として、高い評価を受けて当然だと思います。


山本アナは、2002ワールド・カップでも、用意したコメント

(書いたものを読んでいたのかどうかは不明)を以下のように

アナウンスしています。


◆日本-ベルギー(BSハイビジョン)

4年前のあの日が昨日のことのようです。1400日をまたいで、

かすかな負い目と、それを上回る自信を私たちは胸のうちに

秘めてきました。

いま、ここに再び立ち上がる時がやってきました。

第一戦の相手はベルギーです」


◆決勝・ドイツ-ブラジル(BSハイビジョン)

「魂のドイツ、技のブラジル。世界を代表するつわものが、

初めてあいまみえる時を迎えました。実力、風格、プライド。

すべてを自らのものとする両雄の戦いです」

「胸高鳴るとき、声高まる一瞬。ワールド・カップが始まって

72年目にして、この対決の幕が切って落ちようとしています」


いずれも、アドリブだとは思えません。かといって、きちんと

書いたものを読んだのかと聞かれると、それもはっきりとは

分かりません。

はじめの文章の中には、「自信が負い目を上回る」、その自信を

「私たちは胸に秘めてきた」など首を傾げるフレーズがあって、

完成度が低いと思います。

そして、最後の文章では「幕が切って落ちる」と言っている

ことに戸惑います。

「幕が切って落とされる(始まる時)」、あるいは、「幕が下りる

(終わる時)」は聞きますが、「切って落ちる」は一度も聞いた

ことがありません。


私は、どうしてもコメントを用意しなければいけない場合でも、

文章の最後の部分はわざと完成させません。本番のときに

完成させながらしゃべるのです。そうすると、アドリブ風の

しゃべりになるのです。山本アナも同じことをやろうとして

最後がおかしくなったのではないかと推察しています。


重箱の隅をつついてケチをつけようというのではありません。

実はここ数年の山本アナは、「なにか人と違ったことを言おう、

表現をしよう」、「うがった見方をしよう」と考えて、頭の中で

文章がうまくまとまらないことが多いと感じていました。

本人もさぞ辛いだろうと同情していました。視聴者の期待に

こたえようとする結果だと思うからです。

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決勝のときに、国歌が終わり、スタンドの歓声がおさまった

ところではさんだ言葉も“変”でした。

「ドイツもブラジルも、この一瞬に、体の中にひとつ芯が

入ったようなことになったでしょうか?」。

「…入ったように見えます」ならまだ分かりますが、これでは

文章になっていません。

放送の冒頭での一言は、視聴者も期待しているのですから、

いいとしても、実況部分はもっと“さりげない”方が聞きやすい

はずです。そもそも、実況とは、そのときその場にいて感じた

ことを“ふさわしい”言葉で語るものです。


そういう意味では、いまのNHKで私が一番聞きやすいのは

野地俊二アナです。

知識をひけらかすことなく、解説のフォローもうまいですし、

事実を丹念に追う実況はファンの中でも評価が高いようです。

ただし、解説者の話にもう少し“反応”してほしいと思います。

この点、局によって教育の仕方が違うようで、ある民放局では

「お前が先に納得してどうする。“なるほど”とか“そですね”は

決して言うな」と教えるらしいです。そして、NHKを聞いて

いると、早野宏史さんの駄洒落をスルーするのは当然として、

やはり、「反応するのは視聴者」という教育を全員が受けている

としか思えません。


フジテレビ時代、特に何も言われなかった私は、“自然体”で

臨むことにしています。つまり、会話をするときに人はどう

反応するかをベースに対応しています。

“井戸端会議”の女性のようにいちいちあいづちをうったのでは

うるさいでしょうが、少なくとも半分は、自分の問いかけに

対する答えなのに、相手の話にまったく反応しないというのは

どうなんでしょうか。“人間として”などとは言いませんが。

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もちろん、放送席では うなずいたり、目で「聞いていますよ」と

相手に知らせていることは想像できます。しかし、画面に顔が

出ていないスポーツ実況の場合、視聴者に届くのは音声だけ

ですから、ものすごく不自然に聞こえます。

我が家では、妻が「あらあら、(解説者が)また置いてきぼり

かしら」と、よく言いますが、そう感じる方はきっと多いと

思います。


解説者を紹介したときに「よろしくお願いします」、最後に

「有難うございました」を言うか言わないかも、局によって

まちまちです。統一する必要もないでしょうが、「言わない派」の

理由は「内輪のことで視聴者は関係ないから」が多いようです。

…なんだかなあと思います。

「視聴者は無関係だ」などとは思いませんし、普段の会話では

当たり前のことですから、私は言うようにしています。

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話がそれてしまいました。予定稿の話に戻りましょう。

私は、船越アナや山本アナのように、国民全体が関心を持つ

ビッグマッチを担当した経験がありません。最大のものでも

1996年、2000年のユーロ決勝でしょうが、そのときでも

「サッカー・ファンの皆さん、ご機嫌いかがでしょうか」で

始めています。よほどのことがない限り、テニスなら「テニス・

ファンの皆さん…」、ゴルフなら「ゴルフ・ファンの皆さん…」に

変わるだけです。

そして、決勝の日を迎えたこと、対戦カードを言ったあとは、

解説者を紹介し、「わくわくしますねえ」などと言ってマイクを

渡してしまうやり方です。


WOWOWの場合、私たちがしゃべりだす前に、あらかじめ

作ってある、その試合を盛り上げるためのビデオ(“アバン

言います)が出ることが多いことも理由のひとつです。

さんざん、あおったあとでまた俺があおってどうするんだ…と

考えるわけです。

ただし「ワールド・カップの決勝でも同じか?」と聞かれると

考えなければいけない要素が出てきます。


ビッグ・イベントになると国際映像がベースになります。

そして、映像配信が始まって○○秒後に会場名、○○秒後に

対戦カード、さらにメンバー表という具合に、固定された

タイミングでスーパーが出てきますから、それにある程度

合わせるとなると、コメントの用意が必要になります。

民放では、CMが入る時間が固定されている場合があって

複雑さが増します。

それでも私は、30秒、40秒の原稿を作ることはないでしょう。

きっと、解説者と事前に話し合って、「ここでこう聞きますから、

10 秒ぐらいでよろしくお願いします」というやり方を選ぶと

思います。


ビッグ・ゲームを担当するアナウンサーなら誰でも、なんとか

印象的な言葉を残したいと考えるものだし、視聴者は、聞いて

感動したいと、それを待ちかまえているわけですから、よほど

安っぽい言葉でなければ、受け入れてもらえるでしょう。

しかし、だからと言って、すべてのアナウンサーが“山本流”を

はじめたらウンザリしませんか?私は今でもうんざりです。

ハハハ。


私は、10年ほど前に「スポーツの感動はプレーそのものの中に

あるのだから、言葉で飾るのはやめよう」と決めましたので、

今後もこのスタイルで行くつもりです。


“サッカー実況のカリスマ”とwikipediaにも書かれている

山本アナについてクレームをつけるのは私ぐらいでしょう。

怖いもの知らず…。ハハハ。

ファンが多いですから お叱りも覚悟して書きました。

たまたまですが、この3日間で取り上げたアナたちはすでに

実況の舞台を去っています。そう言えば、私も。ハハハ。


書いたのが2002年でしたし、スポーツ実況のあるべき姿を

話すとき“反面教師”として取り上げざるを得なかったのです。

ご容赦ください。


by toruiwa2010 | 2017-11-05 08:13 | アーカイブから | Comments(0)

ゴルゴルゴル船越実況を考える

Series:アナウンサー、実況&放送全般~( 2011.09.24 )

*これも元は、私が自費出版した本から

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“慎重で安全第一”のNHKに対して楽しませよう

考えてしまう民放…“性格”の違いもあるためでしょうが、

残念なことに ビッグ・イベントで問題実況が生まれるのは

圧倒的に民放の方が多いですね。

今日の記事で取り上げた実況は、サッカー・ファンなら

きっと、記憶の中にあるはずです。


*シドニー・オリンピック 

サッカー 1次グループ第1戦 日本対南アフリカ


ユース時代から一緒に戦ってきたメンバーで組んだシドニー・

オリンピックの代表には、大きな期待がかかっていました。

そして、日本テレビ・船越雅史アナの実況は日本のスポーツ

放送史上、もっとも物議をかもしたものとして強く記憶に残る 

ものになりました。

放送開始からのアナウンスはこんな感じです。

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◆両国選手入場

「南半球キャンベラは春を迎えたばかり、標高500メートルにある

この街では夜はまだコートが必要です。

しかし、1980年1月に日本の大平総理から贈られたという桜は

いまちょうど満開、あたかもサッカーの新たなる歴史の始まりを

祝うかのようです。

1957年、陸上競技場として完成したキャンベラ・ブルース・

スタジアム、今回、そのトラックを取り払ってスタンドを増設。

いっぱいに入った日本の観衆が今や遅しと両チームの入場を

待っています」

   <ここまで37秒+11秒のダマリ>

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「1936年、ベルリンオリンピック、学生主体の日本は、なんと

優勝候補のスウェ-デンに逆転勝利。ベルリンの奇跡と呼ばれる、

日本サッカーの国際デビューでした。

そして、'96年アトランタ、日本はサッカー大国、ブラジルに

1対0。60年ぶりの快挙は、マイアミの奇跡と言われました。

そして迎えた2000年のシドニー・オリンピック、今ピッチに

向かう史上最強の名をほしいままにしているこの日本イレブンが

決勝トーナメントに進み、そしてメダルを獲得したとしても、

もう誰も奇跡とは言えません。

予選リーグ突破は彼らに課せられた義務であり、そしてメダルは、

確固たる目標なのです。

さあ両チームのイレブンがピッチに入ってきます」

   <ここは55秒>


しゃべり始めてから選手入場に至る実況です。じつは、東京の

スタジオから受け取った(マイクを渡された)直後にも、およそ

40秒の予定稿(あらかじめ用意されたコメント)がありました。

放送のはじめの部分はきっちり決めたいと考えて、そのために

コメントを用意することはほぼ誰でも一度は試したことが

あると思います。しかし、これだけの量の予定稿はちょっと

珍しいでしょう。


私の経験からすると どんなにさりげなく、アドリブっぽく

言おうと努力しても、予定稿はどうしても“読んでしまう”

ものです。長くなればなるほど その傾向は強くなりますから、

どれかひとつにして、あとはポイントだけをメモにしておいた

ほうがよかったと思います。


「いま感じていることを素直にしゃべっているな」と思うのと

「これは前もって考えてあった言葉だろう」とでは、視聴者の

胸への“響き方”が相当違います。まして読んでいると分かって

しまうのはまずいでしょう。


◆日本の同点ゴール

前半31分に先取点を許した日本はロスタイムに入った直後

中村俊輔のFKを高原がヘッドで決めて同点としました。

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「さあ、前半ロスタイムに入って日本、これが最後のチャンス

でしょうか。

中沢 上がってきた。(主審の笛、キック)ボールを入れる。

ゴール前だ。いいボールだ。

シュート、ゴール、ゴル、ゴルーーーーー。<トータル14秒> 

日本、ロスタイムに同点。

高原、ついにゴールの枠をとらえました。日本、同点。

素晴らしいフリーキック、そして高原、ドンぴしゃり」


◆勝ち越しゴール

同点で迎えた後半34分、中田から高原に絶妙なパスが渡って

勝ち越しゴールが生まれます。


「―――――ヒデ。中村がもう前にいます。高原に渡った。

高原ァー。

(ボールがゴール・ラインを越える前から)ゴール、ゴル、ゴル、

ゴルーーーーー。高原2点目、日本、逆転」

<最初の「ゴール」から28度目()まで13秒>

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…多くの視聴者が拒絶反応を示したのも、仕方がないでしょう。

船越アナは、野球などで経験を重ねたアナウンサーですから、

こういうタイプの実況がすべての視聴者に受け入れられるとは

考えていなかったはずです。その意味で、当時も言われていた

“確信犯”呼ばわりは、言葉はきついものの、当たっていると

思います。問題は、見ている人のどのくらいの割合で共感を

得られると思っていたかでしょう。

あえてやったところを見れば、「半数以上」と、考えたのでは

ないでしょうか? 

私の常識では「10%以下」ですから、隔たりすぎていて途方に

暮れてしまいます。


前にも書いた通り視聴者に媚びる必要はありませんが、同時に

その時、その場面は決して、アナウンサーが独占している

のではなく、視聴者と共有していることを忘れてはいけない

でしょう。その共有している瞬間を楽しみ、喜びをどう分かち

合うかを少しでも考えれば、落としどころは自然に決まって

くるはずですけどね。


いったい、どうしちゃったんだ!?

どんなに興奮しても、“発作的に”あんな実況が

できるわけはありません。 

同業者の私でさえかなり驚きました。ハハハ。

船越アナは、すべてを承知の上でやったのだと

思います。放送史に名前を残そうと初めから

考えていたのでしょう。“確信犯”です。


ご存知の通りの事情でテレビから消えました。

視聴者から“奪った”喜びの瞬間は返さぬまま。


by toruiwa2010 | 2017-11-04 08:02 | アーカイブから | Comments(0)

今年最後の3連休です。

それぞれに何度か更新していますが、この3日は

6年前に 実況に関する私見をまとめたシリーズを

読んでください。

はい、もちろん、関心のある方だけで結構です。

ハハハ。


現代の講談古舘実況を考える

Series:アナウンサー、実況&放送全般~( 2011.09.23 )

――もとは200212月に出した自費出版本から

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…ここで、いま活躍中のほかのアナウンサーたちについて、

少し書いてみたいと思います。

現役のアナウンサーが同業者についてとやかく言うのは、

おそらくタブーなのでしょう。

しかし、これから書くのは単なる批判ではなく、やっかみでも

当てこすりでもないことをはじめにお断りしておきます。

ご本人たちは、すでに名前も実力もある方々ですから、もし,

これを読めば「あなたには言われたくない」というお気持ち

でしょうが、まったくそのとおりです。

ただ、アナウンサーを志していたり、現在、アナウンサーで

あったりする若い方の参考になればと思って書きました。

それぞれのファンの方たちのお叱りを覚悟して。


*古舘実況は現代の講談?

テレビ朝日のプロレス中継で名をあげ、フリーになってもその

多才ぶりを発揮している古館伊知郎さんを“スポーツアナ”と

考えるのは、あるいは失礼なのかもしれません。彼にとっては

対象が“たまたま”スポーツなのであって「すべてはエンター

テインメント」ととらえているフシが感じられるからです。


局アナの実況に納得しないプロデューサーたちが、フリーに

なった彼に F1、競輪、水泳、マラソンなどの実況を頼んだのも

理由がないことではないでしょう。

実力はもちろんのこと、話題性、インパクトなどで1%でも

高い視聴率をと考えるのがプロデューサーですから。

2001年は世界水泳(テレビ朝日)、世界陸上のマラソン(TBS)

続いたこともあって私も古館実況に注目しました。

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世界水泳の男子800㍍自由形決勝の実況を部分的に抜き出して

みるとこんな感じです。


◆選手入場

「まさに記録の狩人、メダルの遠洋漁業だ、イアン・ソープ」


◆コース紹介

「水のジェノバサミットが開催されます」

4コース、オーストラリアのイアン・ソープ、18歳。

水ごろもの兵士、ユニセックスの人魚。この男です。」

「水の中ではこのテフロン加工のグラディエーター・スーツ、

陸の上ではアルマーニ、衣替えいたしましたイアン・ソープ。

クラウチング・スタイル。4コース、5コースの戦い」


◆スタート

「さあ、プールの一輪挿しだあ! 

ドルフィンキックから一気に水面上に浮上しました」


150のターン

「ソープがグライドして行く、博多グランブルー」


250

「水の招き猫、ソープ、千客万来といったところだ。

キックはご存知、シックスビート。

そして残りの200から100㍍、ここでターボ・エンジンを

搭載しているソープの生身の足ヒレ、35センチ」

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500手前

「ソープとハケット、オーストラリア大陸の両雄(僚友?)が、

この人工の湖に潮流を作って海に変えて行こういうところ。

ほぼ一線に並んでおります。

向かって右にハケット、左にソープ。

ソープのグラディエーター・スーツに水の粒子、それが

溶け込んでいるか」


550-600

「ソープが若干出たかに見えます。

4コース 向こう側のソープが若干ハケットを抑えたかに

見えますが、どうでしょうか。

ワンストロークずつ、ワンブレスごとに、次元の違う

記録のヒガン(彼岸または悲願?)へと向かうのか。

ソープじわじわと出てまいりました」


700

「さあ、ここからソープが出るか。ソープのスパートか。

水の特待生、ソープ。

さあ、ソープが出てまいりました。水中四輪駆動全開か。

エラのない魚類と化したか。

さあ、750のターンが近づいてまいりました、ソープ。

ソープがとるのか、最後のターン。ソープがとったあ! 

ソープ、世界新! おのれの記録更新に向かって行く。

いま、渋谷の地べたに座っている18歳の若者もいるゥ。

そして、世界記録へ向けて黙々と泳ぐ、この18歳もいます。

どちらも自分の在り処(ありか)を探しているゥ。

さあ、ソープが体ひとつハケットに差をつけたァ。

世界新! 世界新への予感、ソープ。

なんと夢の39秒台。7分3916、夢の39秒台。

ハケット敗れました」


…耳で聞いた感じと文字にしたものとではだいぶイメージが

違いますが、どちらにしてもファンにはたまらないであろう

独特の“古館ワールド”が展開されています。違和感の無い方は

テレビの前で大いに盛り上がれたことでしょう。

そして、“現代の講談”として聞けば、立派なエンターテイン

メントになってはいると思うのです。

しかし、多分、年令的なことや、自分がごくオーソドックスな

アナウンサーであることが関係しているのでしょうが、正直

言って私には結構、苦痛がありました。


まず、なんといっても面食らうのは、途切れることがない

形容詞、修飾語句、修辞語句の連続です。

ピタリとはまるものもあれば、何の脈絡もなく無理やり押し

込んだものもあって、一つ一つ反応していたら疲れます。

特に「渋谷の地べたに」からのコメントには、驚きのあまり

声も出ませんでした。もちろん、本人や支えている作家軍団が、

これは“エンターテインメント”としての言葉遊びであって

「すべて、意味が通じなければいけない」などと考えていない

ことは理解もできます。


それでも、WOWOWで放送して好評だった「トーキング・

ブルース」のように、はじめから「虚」の世界を構築するのと

違って、普通にしゃべっていても、そこに感動やドラマが

生まれる可能性のある、世界トップ・レベルのスポーツの場に

これを持ち込まれるのは、相当“つらい”ものがあります。


彼の才能に異を唱えるつもりはまったくありません。

新しいものに挑戦する姿勢、その際の勉強のすごさなどは、

うわさとしてあちこちから耳に入ってきますし、私自身も

素晴らしいと思っています。

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実は、1988年に私がF1のプロデユーサーになったときに、

担当ディレクターが真っ先に言って来たののは「古館さんを

実況に使いたい」だったのです。私は、すぐに却下しました。

ヨーロッパではF1が文化としてとらえられていると聞いて

いましたし、彼のしゃべりは、フジが考えるF1のイメージに

ふさわしくないと判断したからです。しかし、すでに書いた

通りの事情で、私が番組を離れると、それを待ちかねたように、

次のシーズンから“古館のF1”はスタートしました。


すると、視聴率は上がったのです!

考えられるのは、もともとの彼のファンや「古館がしゃべる

F1ってどうなんだろう?」と興味を持った人たちが見始めた

ということで、彼が新しい視聴者をひきつける要素になったのは

確かなようです。


…となれば、数字がすべてののテレビの世界ではその数字を

もたらす素材に頼るのは当然かもしれません。しかし、何でも

かんでもとなるとあまりにも安易ではないでしょうか。それに、

古館節は彼にしかできないと思いますが、同じようなタイプが

あと一人、二人出てきた日には…。


そんなことばかり言っていると、彼の声が聞こえて来そうな

気がします。

「おっとォ、とめどない“高齢化社会”の一角に我とわが身を

半分つっこんで、やれ、“言葉遊び”に過ぎないだの、やれ、

言ってる言葉に意味がないだのと嘆き、挙句の果てに、

スポーツの感動に水をさされるのはつらいなどと、明らかに、

生命力の衰えを示す言葉を吐いている64歳がいるゥ。そして

テレビの前には、現代の語り部、私が紡ぎだす言葉を聞いて

総身を震わせて感動する若者もいる。さあ、そろそろ答えて

もらう時が来たようだ。聞くのか若者たち。聞かぬのか岩佐?」

って、まさかね。


「トーキング・ブルース」は、他を寄せ付けない領域に

達していて いいんですけどね。


今の若者たちは古舘がアナウンサーだったことはもちろん、

フリー・アナとしてバラエティの司会をしていたことも

知らないのでしょうね。

すっかり、「報道ステーション」のキャスターとして

“正義の味方”ぶりが板についてきました。

私は彼のスポーツ実況が“トラウマ”になっているのか

よほどのことがない限り、2154分にテレ朝を見ることは

ありません。ハハハ


by toruiwa2010 | 2017-11-03 08:07 | アーカイブから | Comments(4)

大先輩記者に禿同”!

No1ストライカーは釜本邦茂で決定~(2011.09.27 初出 )

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野球の豊田泰光、先日、“最後の”解説をしたテニスの柳恵誌郎、

サッカーの加茂周…それぞれの分野で実績を残し、引退後も

解説などで活躍した“先輩”たちを心からリスペクトします。

同業では、元NHKの岡田実(故人)、元ニッポン放送の深沢弘

両アナでしょうか?


面識はありませんし、申し訳ないことに書いたものをきちんと

読んだ記憶もないのですが、サッカー記者の“大先達”である

賀川浩さんについても、いつも、心のどこかで深い敬意を

払っていました。86歳で、今もご健在と聞きます。

私などは60代から老害呼ばれましたが、この方については

そういう話を聞きません。

記者として日本のサッカー・ジャーナリズムをリードして来た

人ですから当然でしょう。

権威的存在には拒絶反応が出てしまう私ですが、“別格”です。

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朝日新聞夕刊に連載記事「ジャーナリズム列伝」があり、先日、

“「基準」は釜本”という見出しとその隣に“賀川浩”の名前を

見つけたとき、「もしかして…」と思いました。

釜本についてずっと私が考えていたことが、この一流記者と

一致しているのか…


産経新聞記者、賀川さんが釜本邦茂(日本サッカー協会顧問)

プレーを初めて見たのは釜本少年が京都・山城高校1年のとき

だったそうです。


大柄ながら、球を受けるときの体のバランスが美しい

フォワードがいた。1年生の釜本邦茂だった。

「何か異質なものが日本サッカー界に現れたという

不思議な感覚だった」。賀川の第一印象だ。


賀川にとって、ストライカーの基準は釜本なのだ。

昨夏の南アフリカW杯で活躍した本田圭佑にしても

「体は強いけど、足は釜本より遅い」。

世界の一流選手に取材しても、無意識に比べてしまう。

W杯を取材しても「このチームの前線に釜本がおったら、

どないなるかな」と考える癖がついた。


(釜本の引退試合に寄せた惜別の文)釜本に匹敵する

プレーヤーの出現も、あるいはメキシコ五輪以上の

強力チームが現れるのも遠くはないだろう。しかし、

ストライカー釜本邦茂は二度とみることはできない」


(釜本引退から27)「釜本を超える点取り屋なあ。

まだ、誕生しとらんな」


…この日の記事を読みながら、いったい何度、首を縦に振った

でしょうか。サッカーに関して、これほど、“禿同”(はげどう)

つまり、激しく同意できたのは初めて読んだかもしれません。

ハハハ。

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早稲田の学生だったころに呼ばれた代表でのプレーからしか

見ていませんが、やはり“特別な”選手でした。

当時と今では、当然、チームの戦術も選手のプレースタイルも

違いますが、チーム内の“存在感”が飛びぬけていました。

日本人離れした身体能力も圧倒的な決定力もまわりの選手と

大きな差がありましたから、どこに行っても“untouchable”

存在でした。


センター・フォワードとしてトップの位置にいて常にボールを

要求していました。

たぶん、彼の頭の中には“守備”に2文字はなかったと思います。

自分で「今だ」と思う瞬間にボールが来ないと、両手を広げて

“あからさまな”不満のゼスチャーをしていたものです。ハハハ。

8割、9割が年上の記者たちとのやりとりでも傲慢・不遜の

態度に終始していましたから、能力は認めつつも 反発する

記者も大勢いました。


しかし、その高い決定力は認めないわけにはいきません。

ペナルティ・エリア周辺でボールを持てば、DFのマークを

外して右足を振ってボールをネットに叩きつけていました。

支えたのは圧倒的な体力です。

当時の日本人としては“規格外”の体でした。日本サッカー界を

盛り上げるために企画されたポスターで披露した うしろ姿の

ヌードは大評判になりました。このとき40歳!

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“ムキムキの筋肉”が近代サッカーに向いているかどうかは

別にして、当時の釜本は世界を相手に体負けしませんでした。

全盛期の奥寺康彦を一回り大きくした感じです。

相手は相当のプレッシャーを受けているように見えました。

よく思い出すのは、ボールを持った釜本とDFが向き合った

ときの光景です。

ボールが釜本の50cmほど前にあって、足はボールに触って

いない状態でも、相手DFはなかなか飛び込めませんでした。

飛び込めば、抜かれることを知っているからです。

触れていないボールを“支配”していることがよく分かりました。


高校時代から“お山の大将”でしたから 周囲、特にマスコミとの

応対に問題があって、とやかく言われることがあり、ナビスコ・

カップの取材で監督・釜本に話を聞いたことがありますが、

実に“嫌な感じ”でした。

しかし、それはそれとして、私も 日本のサッカー史上最高の

ストライカーは釜本邦茂だと固く信じます。サッカー人気が

盛り上がっている今この時代に彼がプレーをしていたら

と思うオールド・ファンは多いはずです。

同時に、一度でいいから 海外でプレーさせたかったなあと

心から思います。


賀川さんが言う通り、釜本を上回る選手は以後 出ていません。

例えば、アルゼンチンにメッシのような選手が、ポルトガルに

クリスチャノ・ロナウドのような選手がいずれ出てくることは

ありそうな気がします。

しかし、残念ですが、日本に釜本邦茂を超える選手が出現する

可能性は 将来的にもないのではないでしょうか。

よほど、条件が揃わなければ あれほどの選手が誕生するのは

難しいと言わざるを得ません。


by toruiwa2010 | 2017-10-29 06:16 | アーカイブから | Comments(0)

大相撲・落合・珍事?

~目を凝らすといろいろ見える~( 2011.09.26 初出 )

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大相撲 終わる

1月以来の東京場所となった9月場所は面白かったですね。

千秋楽まで優勝争いをした琴奨菊や稀勢の里の関脇陣を初め

多くの日本人力士が頑張ったせいかもしれません。暗い話が

続いた相撲界ですが、来場所以降に明るい材料が見えてきた

ような気がします。

ただし、“満員御礼”が出た日も空席が見えていました。

人気がすっかり戻ったわけではないでしょう。くれぐれも、

日本勢の頑張りが“一場所限り”でないことを祈ります。

ハハハ。


節目となる20回目の優勝を飾った白鵬ですが、終盤の相撲は

危なっかしいものでした。関脇以下を相手に連敗したことなど、

過去にあったでしょうか?優勝を決めた日馬富士との一番を

横綱らしい相撲で締めくくれてよかったです。

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10日目までの相撲は本当に安定していました。

しかし、NHKのアナウンサーはちょっと誉めすぎたんじゃ

ないでしょうか。「そんなに誉めて大丈夫か?」と突っ込んで

いましたが、その通りになってしまいました。だから言わん

こっちゃない。ハハハ。


相撲の内容には不満がありますが、この人の 相撲に取り組む

姿勢にはいつも感心します。

この日も、「君が代」に合わせて口が動いていました。

彼を見ていると、外国人力士という雰囲気が薄いですね。

それだけ、日本文化に溶け込んでいる様子がうかがえます。

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前から決まっていたことでしょうが、自分の相撲が終わった

あとも 通路で この日を最後に引退する立行司・木村庄之助が

戻ってくるのを待っていました。

いくら一門の行司で、入門のころから世話になったと言っても、

なかなかできることではありません。いかにも気持ちの優しい

白鵬らしさを見た思いです。

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落合 中日を退団

今シーズン限りで落合博満が退任すると聞いて驚きました。

「…ではないか」という、スポーツ紙の“飛ばし記事”だろうと

思いました。わずかな手掛かりをヒントに 無責任なことを

書くだけ書いて、事実と違っても、「…かと思われた」と、

自分たちが間違ったと認めないのはよくあることです。彼らの

顔面の皮膚は我々の想像を絶するほど厚いのです。ハハハ。


「契約書通り。この世界はそういう世界」…落合はそう話した

そうです。

その通りです。プロ野球、契約とはそういうものなんですから

ごちゃごちゃ言っても意味はありません。落合は意味のない

ことをする男ではありません。

彼自身は、おそらく 恨んでもいなければ、怒ってもいないと

思います。100%、談話通りでしょう。


2007年の日本シリーズで完全試合目前の山井を交代させて

批判されましたが、私は断固落合を支持しました。

あのとき 落合の決断の根底にあったのは「野球はどのように

戦うべきか」だったはずです。合理的なんです。

参照:「他山の石」2007/11/08 http://bit.ly/2zQjBKl

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球団はアホです。

“中継ぎ”でしょうが、後任に高木守道を据えるという発想が

“アホ”の理由です。誰が見ても、落合博満は監督として結果を

出してきました。きっと、球団はファン・サービスについて

不満があったに違いありません。

しかし、高木で変わるのでしょうか?

プロ野球の世界で監督が求められるサービスとは“勝つこと”、

“優勝すること”でしょうに。

ファンに愛想よくして人気を得ても、勝たなければフロントは

文句を言うに決まっています。

その“勝てる”監督の契約を更新しない。アホとしか思えません。


安定感があった梨田監督を“切った”日本ハムにも同じことが

言えます。 今の日本球界を見渡しても、実績を残せる監督は

決して多くありません。

落合は57歳ですか。ほしがる球団はあるはずです。

彼にとっても、気力・体力が充実した状態で監督がやれるのは

あと45年でしょうから、来シーズン、他球団で指揮をとる

彼の姿が見られるかもしれません。

彼のことですから、その前にCSで結果を出すことでしょう。 


日ハムにしても中日にしても…ついでに菅にしても(ハハハ)

退陣や交代を発表する時期が悪すぎますね。


史上初…じゃないんだ

昨日の朝日新聞朝刊のスポーツ面を何気なく眺めているとき、

妙なものに出くわしました。

中日・ヤクルト戦を伝える記事に添えられた写真です。

私の眼には「何かがおかしい」と映りました。“すわり”が悪い、

“たたずまい”が変…とにかく、いつも見慣れているのと“形”が

違ったのです。


…写真のキャプションに原因がありました。

太字で「サヨナラ負けを喫し引き揚げるヤクルト林昌勇」と

あるのは“普通”です。

しかし、そのあとに普通の活字で「=日刊スポーツ」と続いて

いるではありませんか!

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こんなキャプションを見たのは初めてでした。

天下の朝日新聞が、セ・リーグの首位攻防戦にカメラマンを

送らなかった? あり得ん。

デスクが忘れた?カメラマンが急病?ネガ・フィルムを紛失?

…どれも考えにくいです。

これは“珍事”でしょう。


…と思ったのですが、今朝の紙面を見ると ナゴヤドームの

写真には恵原弘太郎撮影のキャプションがありました。

「やれやれ 昨日はカメラマンが手配できたんだ」と思いつつ、

更にスポーツ面をよく見ていくと Kスタ宮城の楽天戦や柏で

行われたサッカーの写真にはやはり“日刊スポーツ”の文字が

添えられていました。


“経費削減”の4文字が頭に浮かびました。苦境が図らずも

露呈したのです。ハハハ。

テレビは ずいぶん前から試合に関しては中継の映像を使い、

独自カメラは1台しか球場に派遣しないようになっています。

新聞にも同じことが起きているようです。

朝日は“グループ”の日刊スポーツから写真を借りるシステムに

したのでしょう。似た関係にある 読売と報知、毎日とスポニチ、

産経とサンスポの間でもこのようなシステムが構築されて

いるのでしょうか?


by toruiwa2010 | 2017-10-28 07:38 | アーカイブから | Comments(0)