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岩佐徹のOFF-MIKE

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実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

カテゴリ:アーカイブから( 40 )

いや、懐かしいものに再会!

1992 Dacis Cup Final( 2011.06.24 初出 )

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1992年デビス・カップ決勝:USAvsスイス。

フェースブックに友人が投稿しているのを見つけました。

およそ20年ぶりか。いや、実に懐かしい。


この年からテニスを中継し始めたWOWOWはデ杯のSF

決勝も現地から中継しました。熱がこもってました。ハハハ。

アメリカvsスウェーデンのSFはミネアポリスで行われました。


USA d.Sweden 4-1

Switzerland d.Brazil 5-0

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そして、決勝の舞台はダラス・フォートワースでした。


SwitzerlandMarcROSSETJakob HLASEK

USAJimCourier,Andre Agassi,Pete Sampras,John McEnroe


…優勝を狙うアメリカの4人は“DreamTeam”と呼ばれました。

当時のランキングでは①クーリエ、③サンプラス、⑨アガシ、

マッケンローは20位でした。チャンやワシントンではなく

マッケンローを選んだのはダブルスを考えたためです。


問題はシングルスでした。

ランキング的にはクーリエとサンプラスで文句なしでしょうが、

ゴーマン監督はデビス・カップに強い実績を買って、アガシを

シングルスに起用することにしました。

世界ランク3位のサンプラスはマッケンローと組んで慣れない

ダブルスに出場することになったのです!


決勝が始まる前日から街はムードが最高潮でした。

TVカメラがうろうろしていました。実は

マッケンローの妻はハリウッド女優、テータム・オニールです。

チームに合流する直前、3人の子供を連れてアパートを脱出し、

一方的に別居宣言をしました。

…と書くと、オニールが子供を連れ出したと思うでしょうが、

連れ出したのはマッケンローのほうだったのです。ハハハ。


日本のワイド・ショー並みに追いかけるシーンを初めて見ました。

そのせいで、マッケンローは大会中、チームの会見に一度も

同席しませんでした。


スイスからもかなりの数の応援団が来ていました。

彼らはアルプスで放牧する牛の首につけるカウ・ベルを大量に

持ち込んでいましたから、結構な騒音でした。ハハハ。

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初日のシングルス、まず、アガシがラセックにストレート勝ち、

クーリエがロセにフルセットの末、逆転負けして11

デ杯の常ですが、ダブルスが大きなポイントになりました。


2日目のダブルス。

90年全米オープンで優勝してはいましたが、21歳になった

ばかりのサンプラスは経験が乏しく、不慣れのせいもあって

動きの硬さが目立ちました。

1-2セットをタイブレークで失い、第3セットを取り返して

セットカウントは1-2、まだピンチは続きます。


苦しむアメリカを救ったのは、第3セットのあとの休憩という

デビス・カップ独特のルールでした。

放送席にいた私たちは知る由もなかったのですが、アメリカ・

チームのロッカーはものすごい熱気に満ちていたようです。

場内で応援していたアガシやクーリエも加わって、もうひとつ、

意気が上がらないサンプラスを励まし続けたそうです。

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SF(vsスウェーデン)のダブルスも1-2からの逆転劇でした。

英語では“pep talk”といいますが、士気を鼓舞するための仲間の

“おしゃべり”は効果がてきめんのようです。ハハハ。

コートに戻ったサンプラスの動きはよくなり、マッケンローにも

負けない活躍で続く2セットを取って、貴重な1ポイントを

アメリカにもたらしました。


結局、3日目のシングルス第1試合でクーリエがラセックを

下してアメリカは2年ぶりにデビス・カップを取り戻しました。

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今朝、友人のフェース・ブックで懐かしいものを見つけました。

この試合のごく一部がyoutubeに投稿されていたのです。

いやいやいや…まさかこんなところで自分の声に出会うとは

思いもしませんでした。

19年前、柳さんも私も声が若いわ。ハハハ。 http://bit.ly/iXZbzq

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そして、もうひとつ、思いがけないものに出会いました。

マッケンローのサーブで試合が決着した瞬間、実況の私は

「アメリカ 王手!」と一言しゃべったあと黙りました。

割れんばかりの場内の歓声を聞いていただくために。

“黙る勇気”を実践し始めたのはもう少し時間がたってからだと

思っていましたが、このとき、すでにやっていたんですね。

さすが、です。ハハハ。


by toruiwa2010 | 2017-08-20 08:25 | アーカイブから | Comments(2)

さんま千原ジュニア

~笑いのまじトークを見た~ ( 2011.07.05 初出 )

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行きつけの永福町のうなぎ屋は注文してからさばき始めるので、

出てくるまでにかなりの時間がかかります。結婚48年目の

夫婦二人だと会話が続きません。ハハハ。

以前はわざわざ、本を持参していましたが、最近はマガジン・

ラックにある週刊誌、SPA!を読むことにしています。


電車の中では開けないようなグラビアや露悪趣味な見出しが

多いので、私は絶対に手を出しませんが、この店でたまたま

読んだとき、あるコラムに惹きつけられました。

“すなわち、便所は宇宙である”…実にSPA!らしいタイトルです。

ハハハ。


書いているのは関西出身のお笑い芸人・千原ジュニアです。

彼が自分で書いているのか、聞き書きなのか分かりませんが、

視点がユニークで語り口も軽妙なので、この店に行くと、必ず

読んで、笑ったり感心したりさせてもらっています。


今日のエントリーは、もともと、ジュニアを“たたえる”ために

準備していました。今のお笑い芸人で一番輝いている男だと

惚れこんでいるからです。

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先日の「すべらない話」のMVSは少しおまけ感が漂って

いましたが、2,3週間前に「笑っていいとも」で聞いた話なのに、

同じように笑えたのはやはり“腕”なんでしょう。

トークのキレ・スピード、絶妙な“間”、言葉の選択、悪乗り

しそうな芸人をやんわりとおさえつけ、笑いを取ったまわりの

話を引き取って、更に大きな笑いにつなげる“仕切り”のうまさ…

「笑っていいとも」や「○○な話」だけを見ても、腕の確かさは

疑いようがありません。


素人ですが、お笑いに対しては“うるさい”私としては、この辺で

“千原ジュニア讃”を書かねば…と思っていました。そのために、

この2週間、SPA!を買いました。コラムを読むだけのために。

ハハハ。

出演するテレビ番組も注意深くチェックしていました。

すると、とんでもない“やりとり”に遭遇したのです!


「千原ジュニアはもっとこうするべきだ?」

立ち上がり、読み終えたメモをポケットに入れながらジュニアは

「さあ、これだけ聞いて帰ろ」と、“したり顔”でした。


…「さんまのまんま」にジュニアが呼ばれたのはつい先日です。

あまりにも話が面白いためにとうとう2週連続という異例

放送になりました。1週目の終盤、ジュニアが後輩から集めた

さんまへの質問が続いていましたが、自分が一番聞きたかった

この質問を最後まで取っておいてさんまにぶつけたのです。

真面目な答えを求めているのか、笑い狙いなのか、ジュニアの

真意をつかみかねていたさんまでしたが、“まじ”だと分かると、

こう答えました。


「今で売れてんねんから全然ええけど。

ただ、お前はシュートとかシンカーを投げようとするから…。

それは“たま”でええよね。笑いのストライク・ゾーンは

ストレート投げてファウル打たしてる方がええから。

お前、空振り取ろうと思うことが多いから…」

「はあーっ」

「それを半分に減らすように変えて行けば、結構…

ああ、ええこと教えてしもた」

「よっしゃーっ」

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「はあーっ」と言ったときのジュニアは“感に堪えて”いました。

さんまの指摘に思い当たる何かがあったに違いありません。

その瞬間の表情は本物でした。

よほど、胸に響くものがあったのでしょう。うーん、そこを

見られていたか、いや、まいった…というところか。 ハハハ。

「ええこと教えてしもた」と言ったあと顔を覆い、体を折って

後悔する仕草で真面目ムードを笑いに変えようとしたさんま…

文字にすると伝わりにくいですが、ほんの1分ほどのやりとりの

すごさたるや、お笑い好きにはこたえられないものでした。


さんまの“後悔”はもちろんジェスチャーにすぎません。

ジュニアがかわいくて仕方がないのだと思います。力も十分に

認めているのでしょう。ジュニアの話から分かります。


2001年、ジュニアがバイク事故で重傷を負い、長い休養のあと

復帰した最初の番組が「まんま」だったそうです。そのとき、

「退院祝いは何がいいか」と聞かれたジュニアは しゃれで

「レギュラー番組をください」と答えました。

しばらくたったころ、さんまはそれまで断り続けていた番組を

引き受けました。

「千原兄弟をレギュラーにする」ことだけを条件にして…。


“やりとり”には、そんな二人の関係が現れていたと思います。

本来、酒の席か楽屋でする話かもしれませんが、番組の中での

超“まじトーク”でした。

駆け出しではないお笑い芸人二人にとっては少し“リスキー”

だったかもしれません。

ジュニアにしてみれば、普段 面と向かって聞ける話ではない。

でも、これなら“流れ”で聞ける、と計算したのでしょう。

さんまは人前で真面目な話をすることをとても恥ずかしいと

思うタイプの男です。

しかし、思わぬ質問に戸惑ったのは一瞬で、ポイントをついた

アドバイスをしつつ笑いも取ってしまったさんまの“剛腕”に、

感心してしまいました。

ジュニア、君もすごいが、越えなければいけない山は高いなあ。

ハハハ。


同じ業界の先輩から後輩へのアドバイスは結構難しいものです。

同業の後輩から求められてアドバイスすることがありますが、

厳しい話をした結果、“それっきり”になることが多いです。

いいことだけを言われたいのかもしれません。ハハハ。

私自身も“ほめられて伸びる”タイプですから、分からなくは

ありません。しかし、本来、問題点を指摘するのは“愛情”が

なければ、直したら伸びると思わなければできないことだと

思います。


それだけに、業界ではすでに一目置かれる存在になっている

ジュニアがあえて公開の場で意見を求め、笑いの“オブラート”に

包みながら、「いつか言ってやりたい」と考えていたと思われる

話でさんまがこたえた…互いが認めあい、リスペクトしあう

2人が作りだした“空間”は、見事な“エンタテインメント”に

なっていました。いいもの見ちゃったなあ。ハハハ。


by toruiwa2010 | 2017-08-19 08:30 | アーカイブから | Comments(0)

変わった・変わらない…

~メジャーの周辺から 3 ( 2011.06.03初出 )

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メジャーから日本に戻って日ハムでプレーしていた新庄が

襟付きアンダーシャツを着てホークスの王監督からクレームを

つけられたことがありました。

「ルール違反ではないが、マナー違反」…わけの分からない

結論になったと記憶しています。ハハハ。

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同一チームの選手は同じように見えるウエアで身を包みなさい、

とされているのですが、アンダーシャツは長袖と半袖の混在が

認められています。タートル・ネックとそうでないもの

ありますね。細かいことを言っている割りに、同じチームでも

ソックスの見え方が選手によって、あれだけ違うのにお咎めが

ないのはおかしいじゃありませんか?ネック・ウォーマーだって、

つけたりつけなかったりバラバラじゃないですか?

この統一のなさ! 笑っちゃいますよね。ハハハ。

襟付きが禁止されたあと、それならば、と今度はカットした

襟を立てて登場した新庄にかげながら拍手を送ったものです。

よく言えば“知恵比べ”、悪く言えば“いたちごっこ”。


久しぶりに日本のプロ野球を見て、驚きの発見がありました。

数年前からのようですが、スパイク・シューズのメーカーが

バラバラです。

たとえば巨人。

大多数の選手がミズノのシューズを履いていますが、坂本は

アディダス、外国人選手はナイキが多いようです。

昔は、球団が契約した会社のシューズを履いていました。

たしか、張本は独自の契約を持っていましたが、デザインを

合わせていました。

日本プロ野球として“シューズのデザインを同一に”だったのか、

球団のビジネスを優先させた結果だったのか、今となっては

分かりません。いずれにしても、現在は、メジャーと同じように

完全に“自由化”されているようです。

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現地からメジャーを実況していたころ(1978-1981)、使われる

野球用具と言えばバットは有名なルイビルかアディロンダック、

グラブはローリングスかウィルソンでした。

特に、グラブは、ピッチャーがアップになると、グラブの手首の

ところに捺された“R”や“W”の文字が目に入ったものです。

最近は、まれに“M”を見るようになりました。ミズノです。

血のにじむような“企業努力”のたまものでしょう。

ミズノからは一円たりとももらっていませんが。ハハハ。


80歳を超えているはずのジョー・ガラジオラ元気だろうか。

カージナルスのキャッチャーだった彼は、引退後 解説者として

人気者になり、テレビのクイズ番組でホストをしていました。

あるとき、彼の解説を聞いていると「内角のまっすぐだな」、

「外角のカーブのようだ」と“予測”をしていました。

アナウンサーが「なぜ分かるんだい?」と聞くと、彼の答えは

「だって、僕らのころと変わってないんだもの」でした。


彼の説明によると、ランナーがセカンドにいないとき、指1本は

ストレート、2本はカーブ、3本はそれ以外の変化球などと

決っていたそうです。

そして、指先が左の腿のほうに向けばインコース(右打者)

右ならアウトコースです。

注意して見ていると、今も、それは変わっていないようです。

次の機会には、ぜひ、注目してみてください。

このことを知らない友人を前にガラジオラにならって“予測”を

してみたらどうでしょう。2,3球 続けて的中させたら周りから

リスペクトされるかも。ハハハ。

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サインは「外角へのストレート」


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サインを出した後構えたミットはまさに「外角」


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投球は構えより少し高かったが、「外角のストレート」


“最悪の誤訳”:お詫びと訂正


先週、映画「ナチュラル」(NHK-BS1)の終盤でファームから

上がってきたとすべきところを“農場育ち”と間違って字幕が

表示されたと書きました。ツイッターでも…

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最悪の誤訳:昨夜のBS1「ナチュラル」

メジャー・リーグが舞台。

投手交代が告げられラジオのアナウンサーの

声に合わせて字幕。

「農場で育った速球派…」爆笑。

このfarmは農場ではなく3Aなど

球団の下部組織。誰一人気付かないとは。

今朝、メールを送った。


…とつぶやきましたが、逆に、私のミスだと判明しました。


きっかけは、2日後になって@toruiwaで書かれたツイートでした。


"A Nebraska farm boy, blazing left-handedspeed. "

という場所でしたら字幕が正しいです。


スクリプトを読んだ“らしい”方からのものでした。

あわてて検索すると、ネット上に、スクリプトらしきものが

ありました。完璧ではないようですが、問題の投手交代の場面、

アナウンサーの言葉はこうなっています。


Young John Rhoades strides to the mound.

(若いジョン・ローズがマウンドに向かいます)

A Nebraska farm boy, blazing left-handedspeed.

(ネブラスカの農家出身で素晴らしい速球を投げる左腕です)

The Pirate organization expects greatthings for him.

(パイレーツは球団として彼の将来を大いに期待しています)


ネブラスカのファーム・チーム…と言い張ることも可能ですが、

当時のメジャーの本拠地は、たしかセントルイスが“最も西”

だったはずですから、ピッツバーグのファームがネブラスカ、

というのは考えにくく、これはもうギブアップです。

“農場育ち”は正解です。ハハハ。


ブログやツイッターを読んで、そのまま信じてしまった方も

多いと思います。間違った情報を広めてしまい申し訳ありません。

お詫びして訂正します。


読売新聞は東電の次期社長について“スクープ”として名前を

出した人物が間違っていてほかの人物が社長に決まったとき、

20日朝刊で『東電社長に築舘氏』との記事を掲載しましたが、

誤りでした。おわびします」と簡単に詫びただけだそうですが、

私は、きちんと謝ります。ハハハ。


一言だけ、言いわけさせていただくなら、字幕に“ネブラスカ”の

文字が入っていれば、こんなことにはならなかったのです。

文字数の関係で省いたのでしょうが、NHKも罪作りです。


なお、NHKからは自動応答以外に何の反応もありませんでした。

こちらのミスが分かっているので無視しているのでしょうかね。

“みなさまのNHK”は口先だけのような。ハハハ。


私の間違いで字幕は正解でした。お騒がせしました…とした上、

こう書きました。


ただし、この間、自動応答以外にNHKからは何の

応答もありませんでした。

すでに、私の間違いだとお気づきでしたか?

その場合は、無視する、というのがNHK

対応マニュアルなのでしょうか?


翌日、窓口から釈明のメール、さらに月曜日(30)には映画

担当者から懇切丁寧なメールが送られてきました。決して

ほったらかし”ではなかったことを報告しておきます。

“モンスター・リスナー”と思われたのかもしれません。ハハハ。


by toruiwa2010 | 2017-07-17 08:12 | アーカイブから | Comments(2)

変わった・変わらない

~メジャーの周辺から 2(2011.05.24 初出 )

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大リーグを追いかけていた1978年から81年まで、現地で見た

テレビ中継の画面を思い出してみるととても“クリーン”でした。

テレビの世界で“クリーン”は、画面にスーパー(字幕)が出て

いないことを意味します。

映像の配信を受けるときに「ダーティー(字幕付き)で」とか

「クリーン(なし)でお願いします」などと依頼するのです。

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1978 ワールド・シリーズ:R・ギドリーvsR・スミス


野球中継ですから、完全に字幕なしではありません。しかし、

SBO(ストライク、ボール、アウト)の表示も思い出したように

しか出ていませんでした。ハハハ。

日本で 得点やボール・カウントが常に表示されている画面に

慣れていましたから、初めは違和感がありましたが、“余計な

もの”を一切 省略した画面はすっきりしていて、心地よさを

覚えるようになりました。


新しいバッターが打席に入ったときに表示される打撃成績も、

前日までの数字が最後まで更新されることなく出ていました。

送り手も受け手も大雑把だったのでしょう。

打席ごとに更新するようになったのは数年後のことです。

1981年シーズンにストライキによる中断があり、アメリカの

テレビが日本のプロ野球を放送したことがありましたが、日本の

放送を見たスタッフが導入したのだと思います。

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また、197879年ごろは球速の表示もまだありませんでした。

現地から実況する立場としては“パワー”と“スピード”の象徴の

ひとつ、ピッチャーが投げるボールの速さはぜひとも伝えたい

ところですから“歯がゆい”思いをしたものです。


…ドジャー・スタジアムだけは、それが“ある程度”可能でした。

ネット裏の最前列に、必ず“彼”…ドジャースで中南米担当の

スカウトをしていたマイク・ブリトがいたからです。

古いMLBファンなら、大きく割れるスクリュー・ボールを

武器に大活躍したフェルナンド・バレンズエラを覚えている

はずです。日本人には“金太郎さん”のニックネームで知られる

バレンズエラを発掘し、ドジャースに入団させたのが彼です。


彼はスカウトのほかに“副業”を持っていました。

ドジャースのホームゲームのときは、ネット裏の“定位置”に

陣取り、スピード・ガンで1球ごとに球速を測定していました。

当時は“90 mile-par-hour fastball”(90マイル=145キロの速球)

という言葉があって、メジャーでも、90マイルのストレートは

目立っていました。


投球が90マイルを超えると、彼はスタンド中段にある放送席に

指の本数で知らせていたのです。

“グー”ならちょうど90マイル、1本なら91マイル、そして、

指が3本立てば93マイル、つまり、150キロというわけです。

換算表を作って“彼”のシグナルを活用させてもらいました。

ハハハ。


2年前のWBCを見ていて、サンディエゴのペトコ・パークの

ネット裏に懐かしい顔をみつけました。かなりの年齢になって

いるはずですが、どう見てもです!!

ストローハットをかぶってガンを構える姿はあの頃とまったく

変わっていませんでした。

変わったのは、どこにも結果を知らせていないことと、いつも

左手に持っていた葉巻がなくなったことです。ふむ、いつから

“健康志向”になったのでしょうか。ハハハ。

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キャッチャーの真後ろでガンを構えるのが“彼”です。


このときは彼の名前が思い出せなかったのですが、この記事を

書くにあたって検索したところ一発で出てきました。PC

入力したのは4語でした。“dodgerscigar speed gunまあ、

便利な世の中になったものですねえ。ハハハ。


便利…と言えば、ブリトのハンド・シグナルは球場備えつけの

レーダー・ガンにとって代わられました。今では、日米ともに、

投球と同時に画面に出るようになっています。

NHKは現地がマイルで計測したものを自動的にキロに

換算するプログラムを使って表示しているのでしょう。


先週、24 man-roster について書きました。

“上がり”がいないメジャーでは一人少ないだけでもいろいろ

考えなければいけません。


まず、ピッチャーを何人 入れるかが大問題になります。

30年前は10 manpitching staff とか11 man…という言い方が

普通にされていました。

つまり、投手陣を10人で編成することが多かったのです。

先発要員が5人、クローザーが1人、そして、中継ぎ4

(11 man なら5)で構成します。

セットアッパーという考え方は少しあとに出てきたものです。

現在のロースターを見てみると、12人で編成しているところが

多いようです。必然的に野手の数が減ります。

ただし、開幕時は日程に余裕があるので、10人、11人にして、

その分、野手を増やしていたチームもあったはずです。


キャッチャーについても難しい判断を迫られます。

昔も今も、キャッチャーは2人のチームが多いですね。ケガの

多いポジションですからリスクは大きいです。打撃不振でも

先発キャッチャーをなかなか代えないのは控えが一人しか

いないからだと思って間違いありません。

代打・代走を出して2人目のキャッチャーを使ってけがでも

したら目も当てられません。


…たぶん、どのチームにも“emergency catcher”がいるはずです。

“正規”のキャッチャーが出払ったときにマスクをかぶれそうな

内外野手のことです。

キャンプのとき、監督・コーチは野手の中でキャッチャーを

やれそうな選手をそれとなく探しているものだと聞きました。


キャッチャーの数は同じでも、ピッチャーは30年前にくらべ

増えていますからしわ寄せは当然、野手のところに行きます。

25人のうち12(投手)+2(捕手)が確定すると、残る枠は11しか

ありません。先発(内外野)7人ですから控えは4人です。

一方、延長回数・時間制限+“28人登録・25人ベンチ入りと、

選手に優しいシステムの日本では、試合ごとにベンチ入りする

ピッチャーは8~9人でしょう。メジャーにくらべて、野手に

大きなゆとりがあります。


メジャーはこの厳しい条件の中で162試合を戦います。しかも、

182日間(2011)で!!

休みはたった20日しかありません。ここで言う“休み”とは

“試合がない”という意味です。飛行時間だけで5~6時間かかる

大陸間を含む移動に当てることもありますから“完全休養”は

ほんの数日でしょう。


少しでも体を休めるようにと球団も考えます。

試合が終わるとすぐに、バスが外野グラウンドに入る。

簡単にシャワーを浴びただけの選手たちが私服に着替えて

乗り込み空港へ。待ち構えたチャーター機で次の試合地へ。

ホテルのチェックインが午前2時、3時ということもザラです。


「サンデーモーニング」で能天気なH本が「メジャーなんて

こんなもんよ」と言うたびに、「知りもせんで、黙っとれ!」と

一喝したくなる72歳の私。ハハハ。


FARM=農場:ああ、驚いた*


昨日は久しぶりのマージャンで帰宅が午前0時近くでした。

寝ていると思った妻がまだ起きていて、映画「ナチュラル」を

見ていました。ロバート・レッドフォード主演のメジャーを

舞台にした物語です。

残り15分ぐらいを見ましたが、ドラマのクライマックスで

それは起きました。

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最終回に逆転のチャンスをつかんだニューヨーク・ナイツは

打席にレッドフォード扮するロイ・ホブスが立ちました。

カウントが0-2になったところで相手チームの監督が出てきて

投手交代を告げました。左打者のホブスに対して左ピッチャーを

起用したのです。

盛り上がるスタンドの歓声をバックにラジオのアナウンサーの

興奮した声が聞こえます。

そして、画面の下に日本語の字幕が出ました。

「農場で育った速球派…」

野球ファンならこの場合のfarm3A2Aなどの下部組織を

指していることを知っていますね。

つまり、アナウンサーは「ファームから上がってきた…」と

言ったのです。野球音痴の訳者が“farm=農場と決め込んで

しまったのでしょう。わあ、恥ずかしい!ハハハ。


この映画は、テレビ初放送ではないと思います。

日本語訳を担当した人は知らないのだから仕方がないですが、

周りにいた関係者の誰もチェックしなかったのでしょうか?

視聴者からクレームはなかったのでしょうか?


再放送もあるでしょうし、私が見始める前の部分に間違いが

ある可能性も否定できません。

今朝、NHKにメールを送っておきました。ハハハ。


*この部分をどう受け止めるか…

明日も読んでから判断してください。


by toruiwa2010 | 2017-07-16 08:17 | アーカイブから | Comments(0)

MLBの公式戦が日常的に生中継されるようになって、

さまざまな情報がファンに提供されてきたと思う。

現地の音声を聞くことが多いのでNHKJスポの

アナが触れたかどうかわからないが、私が知っている

いくつかの“ネタ”を3日連続でまとめて提供する。


変わった・変わらない

~メジャーの周辺から~( 2011.05.19 初出 )

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少し前、ドジャースの試合を見ていると、翌日 先発予定の黒田が

ガムを噛みながらチームメイトに声援を送る姿が映りました。

おかしいな、と思いました。


私がメジャーを取材していた当時(30年前)、翌日の先発投手は

ダグアウトの一番キャッチャー寄りの場所でスコアをつけて

いたものです。相手ピッチャーの攻め方やバッターの弱点などを

記録し、翌日の試合に役立てていたのです。

黒田は明らかにこの作業をやっていませんでした。システムが

変わったのだと思いました。

…だとすると、今は誰がスコアをつけているのだろうか?

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こういう疑問はそのままにしておけない性格なので さっそく、

問い合わせてみることにしました。

今回は3球団にメールを出しましたが、回答をもらえたのは

アストロズだけでした。とても丁寧に、私が問い合わせたこと

すべてに答えてくれました。


私が黒田を見て抱いた最初の疑問はあっさり解決しました。

30年前とは段違いのレベルにあるコンピューターの存在を

すっかり忘れていました。

必要とするすべてのデータは“スカウティング・リポート”が

提供しているようです。

くわしいことは分かりませんが、たぶん、30球団が出資して

作った組織が全試合の1球ごとの分析を行い、データ化して

いるのだと思います。

日本と違って国土が広いアメリカでは、ドラフト用の情報・

データの収集なども各球団が個別にやっていたのでは経費が

果てしなく膨らみます。一つの組織が一括して情報を集め、

それを一律に分配することで経費を抑える…合理的です。


このやりかたなら、黒田がスコアをつける必要はありませんし、

得られる情報もはるかに詳しいものになりますね。


メールでは、ついでに、二つの質問をぶつけました。


一つは、ロースターの登録人数についてです。

25人に決まってるじゃないかですか?まあ、そうですけど、

そうでもないんです。ハハハ。


私が取材した1970年代後半はやっと100万ドル・プレーヤーが

生まれ始めたころです。それでも球団経営を圧迫していました。

すくなくとも、球団はそう主張していました。ハハハ。

そこでオーナーたちが考え出した妙案は “メジャーの登録枠

(25)24人にでした。1人減らすと、旅費・宿泊代などで、

年間で相当の金額が節約できるという説明でした。

日本より一人少なかったんだ…と思いますか?違うんですよ。


確かに日本は25人ですが、1軍登録は28人まで許されています。

28人登録の25人ベンチ入りが日本プロ野球のやり方です。

普通は、前日と翌日、翌々日の先発ピッチャーがベンチから

外れます。“上がり”と呼んでします。


メジャーには、“上がり”はいません。翌日の先発ピッチャーが

試合予定地に先乗りすることはたまにありますが、基本的に、

メジャー登録の25人は毎日ベンチに入ります。

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先日、松坂がリリーフ登板して話題になりましたが、限られた

人数で延長回数無制限の試合を戦うのですから、ピッチャーと

いえども、いろいろな役割で駆り出されます。

「慣れないリリーフで気の毒だった」とおバカなコメントを

する解説者やキャスターがいましたが、冗談もほどほどにして

ほしいものです。長い試合になれば、代走に出ることもあるし、

外野を守ることだってあります。松坂は“ピッチャーとして”

試合に出たのですから、まだいいほうです。ハハハ。


メジャーの選手会の何代目かの会長にマービン・ミラーという

弁護士がいました。選手会を世界でも1,2位と言われるほど

強力な労働組合にした男ですが、

彼のリーダーシップのもと、1990年以後は特別のときを除いて

“25-man roster”は不動のものとなっているそうです。


1979年7月13日のアナハイム・スタジアム。

地元エンゼルスのエース、ノーラン・ライアンがヤンキースを

相手に5回目のノーヒット・ノーランをめざして力投していた。

しかし、8回、ヤンキースのスペンサーの打球はセンターを襲い、

リック・ミラーが地上寸前で捕り損ね、はじいてしまった。

記者席で見ていた私にはヒットに見えた。

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しかし、この日 公式記録員だったヘラルド・エグザミナー紙の

ミラー記者は“E, eight”(センターのエラー)と記者席に告げ、

スコアボードにも「E-8」と表示された。

打ったスペンサーはベース上で記者席をにらみ、ヤンキースの

ダグアウトからは数人の選手やコーチがとびだして抗議の

ゼスチャーを見せた。


ミラー記者は全く動じる気配を見せなかった。

「ルールブックには確かに、疑わしいときは打者に有利にと

書いてあるが、 “記録”がかかっている場合は投手有利である

べきだし、記録を破るにはクリーンヒットが望ましいのだ」と。


9回にジャクソンがそのクリーンヒットを打って、ライアンは

7回目の1安打ピッチングに終わった。翌日のニューヨークの

新聞は「あんなことで記録を達成できたとして、ライアンは

喜んだろうか?」という論調だったし、それを転載したロスの

新聞はその横に「なに、ニューヨークでギドリー(ヤンキースの

エース)が投げていたらやっぱりエラーと記録されるさ」という

エンゼルス監督の談話をのせていた。

誰にも言い分はあるものだと苦笑するばかりだった。

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実は、この騒ぎには一ヶ月ほど前に逆のケースで伏線があった。

63日、ピッツバーグのスリーリバー・スタジアムだった。

パイレーツのキーソン投手は82死まで相手のパドレスに

ヒットを許さなかったが、とうとうエバンスにサードの

ガーナーを強襲された。


スコアラー、ピッツバーグ・プレスのダン・ドノバン記者は、

迷うことなく“ヒット”と判定した。試合後のロッカールームで

ドノバン記者をみつけたキーソンは「オレにとっては一生に

一度のチャンスだった。エラーにも見えただろう。地元なのに、

あの判定はなんだ」とかみついた。

翌日のプレス紙は、スポーツ面に社としての見解を記した上で、

「以後、本紙の記者は公式記録員を引き受けない」と声明した。


1979年、ベースボール・マガジン誌に書いた記事の一部です。


当ブログにはこのときの経験も踏まえつつ、「メジャーには

公式記録員がいない。記者が代行している」と何度か書きました。

30年前のことだから、これも変わっているかもしれないと思い、

質問の中に加えました。

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…変わっていないそうです。

3~4人の記者が交代でやっているようです。

MLBを代表しているから地元びいきになることはない」と

担当者は書いていましたが、イチローの“内野安打”を見ていると、

こればかりは、言葉通りに受け取るわけにはいきません。

ていねいな回答には感謝していますが。ハハハ。


30年を経て、変わったものも変わらないものもあります。

少しずつ書いて行こうと思います。「大した情報ではない」と

言う人もいるでしょうが、知った上で見ると楽しみが増えるかも

しれません。参考になれば幸いです。


by toruiwa2010 | 2017-07-15 08:16 | アーカイブから | Comments(0)

渇望 ウインブルドン実況

~やり残したグランド・スラム~

( 2011.06.22 初出 )

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「やり残したことはないのか?」

「はい、ありません」


…フジテレビでアナウンサーを辞めるとき、総務局長と交わした

会話です。もちろん、やりたいことはたくさんありました。

しかし、辞めたいと思っているときに、「いえ、実はいろいろ

ありまして…」と言えば、「それなら、辞めるなんて言うな」と

説得されるに決まっていますから、言わなかっただけです。

ハハハ。


「思い残したことはない」と言いきれる人生なんてごくごく

まれな人しか送れないでしょう。

私のような“煩悩”が多い人間にはとても望めません。

テニス・アナとして“やり残した”ことの一つは、“グランド・

スラム達成“です。

1992年に初めて3大会を実況し、最後の全米が終わったとき、

アナウンサーとしての“グランド・スラマー”になりたいものだと

思いました。

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それには、ウインブルドンの実況をしなければいけません。

しかし、とてつもなく“高い壁”でした。

放映権は長くNHKが持っていて、手放す気配はありません。

オール・イングランド側も“国営”放送・NHKのステータスが

お気に入りだったようです。一度、プレゼンにまでこぎつけた

ことがありますが、権料アップの“ダシ”に使われた感じでした。

ハハハ。


WOWOWが「伝説は甦る」というシリーズを企画し、歴史に

残る名勝負を放送したとき、テニスを2本頼まれました。

どちらもウインブルドンの決勝です。

1本は1980年のボルグvsマッケンロー、もう1本は1982年の

コナーズvsマッケンロー。

解説をつけない“一人喋り”でした。資料はほとんどありません。

苦肉の策で、現地アナの実況を懸命に聴き、情報らしきものを

引き出しました。苦しいけど楽しい作業でした。


しかし、私の夢はコートを見下ろす放送席に座っての実況です。

果たせないまま、現役を終えました。“やり残した”のです。


一人のファンとして、今もときどき「実況したかったなあ」と

思い出す試合が男女1試合ずつあります。


1992 Wimbledon Gentlemen’s Singles Final

Andre Agassi d.Goran Ivanisevic67/64/64/16/64


男子では1992年のアガシvsイバニセビッチです。

12シードだったアガシは QFでフルセットの末ベッカーを、

SFではマッケンローをストレートで下して決勝に進出しました。

一方、第8シードのイバニセビッチは4回戦でレンドル、QF

2シードのエドバーグ、SFではサンプラスに勝っていました。

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強力サーブが売り物のレフティ、イバニセビッチと“史上最高の

リターナー”と呼ばれたアガシの対戦はプレー・スタイルも

対照的でしたから、関心はきわめて高いものがありました。

大歓声に迎えられてコートに登場した2人はウインブルドンの

ドレス・コードに従って上下とも白一色、アガシがかぶった

帽子ももちろん、白でした。ハハハ。

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アガシがシャツを着替えるたび女性客の嬌声が…


アガシは1987年に一度出た(1回戦敗退)あと、ウインブルドンを

敬遠していました。まさか、“コートの上を舞う蝶さえ白い”と

からかわれるウインブルドンでは、白以外のウエアを認めない

というドレス・コードに腹を立てたわけではないでしょうが。

ハハハ。


当時はサーブ&ボレヤーに圧倒的に有利と言われていたことが

大きな理由だと思います。性格的にも、勝ち目のない勝負は

しないのでしょう。しかし、前年、1991年、久しぶりに出場して

QFまで進んでいました。


世界中のテニス・ファンの熱い期待にこたえて、決勝に進んだ

22歳のアガシと20歳のイバニセビッチ

2人の若者の対決は見ごたえがあるものになりました。

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当時のコーチ ニック・ボロッテリ()

GF ウエンディ・スチュアート


サーブからネットへの流れで主導権を握りたいイバニセビッチに

対して、アガシは得意のリターンから厳しい攻めで対抗しました。

特に、高くキックする彼のセカンド・サーブがかなり効果的

だったと思います。

1セットをタイブレークの末に先取したイバニセビッチが

優位に立ったかに見えましたが、第2セットの第1ゲームを

ブレークしたアガシは、勢いに乗って2セットを連取して、

形勢を逆転します。


いつものイバニセビッチなら精神的に崩れる展開でしたが、

この日の彼は違いました。何に対しても決して腹を立てまい…

と誓ったかのように、冷静さを保っていました。

ただし、途中でこんな場面がありました。


4セット第1ゲームが終わってインタバルに入ったところで

主審がイバニセビッチに何かを話し始めると、アシスタント・

レフェリーも加わって説明をしています。

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実は、試合中のどこかでフラストレーションを解放するために

彼が発したexpletive…(悪態)BBCのマイクが拾い、全世界に

流れたのです。彼の国籍は複雑な民族・宗教の問題を抱える

ユーゴから独立したばかりのクロアチアです。

公用語はクロアチア語ですが、ほかの、例えばセルビア語とも

よく似ているようです。


審判席に着くとき、主審はある“メモ”をポケットに忍ばせて

いると言われています。主だった国の言語で“行儀の悪い言葉”、

“放送禁止用語”が書かれているそうです。たとえば、英語なら

f**kほか実に多数。ハハハ。

しかし、この試合の主審が持っていたメモにクロアチア語は

なかったのでしょう。ですから、警告は出ませんでした。


しかし、天網恢恢…

地球上のどこかで聴いていた、イバニセビッチの言葉を理解する

人が主催者のところに国際電話をかけてきたのです!

クロアチア人は国を挙げて応援していたはずですから、分離・

独立に至る過程で摩擦があった“旧ユーゴ”のどこか…でしょう。

ハハハ。


動揺はあったと思いますが、持ちこたえたイバニセビッチが

4セットを取り返して、ついに2セット・オール、勝敗の

決着はファイナル・セットに持ち越されます。

グランド・スラムの決勝は常にこうありたいですね。ハハハ。

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試合は、アガシがイバニセビッチを振り切ってウインブルドン

初優勝を果たしました。

勝利の瞬間、ガールフレンドやコーチがいる陣営を振り返って

信じられないという表情を見せたアガシは、両手で顔を覆い、

そのまま、芝の上にうつ伏せになりました。

アメリカではこの一連のアクションが話題になりました。


当時のアガシは “Image is everything”(イメージがすべてさ)

キャッチフレーズとするキャノンのキャラクターに起用されて

いました。

口の悪い人たちからは「あれは、CMで効果的に使えるように

演技をしたに違いない」と揶揄する声が上がったのです。

まさかね。ハハハ。

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ちなみに、アガシのロン毛は2年後の1994年で終わりました。

1995年、全豪に初出場するためメルボルンにやってきたアガシは

坊主頭だったのです!

ずっと、新年早々、南半球まで出かけることを嫌がっていた

アガシを「なに言ってるんだ。君が一番やりやすいサーフェス

なんだから」と説得したのはクーリエやサンプラスでした。


1993 Wimbledon Ladies Singles Final

Stefi Graf d.Jana Novotna 76/16/64


女子では、1993年のグラフvsノボトナが勝負の怖さとともに

記憶に残っています。アーカイブで再録したばかりですから、

簡単に記すことにします。


1セット・オールからの第3セット・第5ゲームでグラフの

サーブをブレークしたとき、ノボトナは67/61/41 とすっかり

流れをつかんでいました。いたはずです。ハハハ。

もちろん、スタンドの空気もテレビの前の我々も、ノボトナが

勝つのだと思っていました。

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ダブルフォルトでサーブを落として呆然とするグラフと勝利を

確信した?ノボトナ


…しかし、25分後、ヴィーナス・ローズウォーター・ディッシュ

(女子優勝のトロフィー)を手に微笑んでいたのはシュテフィ・

グラフだったのです!!!

ケント公夫人の肩に顔を埋めてむせび泣く敗者・ノボトナの

姿をテニス・ファンが忘れることはないでしょう。

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持っているDVDは、ともにBBCの実況を同録したものです。

日本人の実況なんか聴くもんか! 悔しいじゃないですか。

ハハハ。


うーん、それにしてもやりたかった、ウインブルドンの実況…。

あとからテニスの実況を始めた若いアナが、私の生涯の願望を

何の苦もなく達成するのを目にするのは精神衛生上、とても

よくないことです。ハハハ。


by toruiwa2010 | 2017-07-02 08:15 | アーカイブから | Comments(2)

LIXILって知ってる?

~近頃テレビCM考~

( 2011.06.21 初出 )

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モバゲーや新青森駅開業のテレビ・コマーシャルはシリーズで

物語が展開する作りでなかなか面白かったと思います。

最近、もうひとひねりした連続コマーシャルがありますね。

LIXILです。


部長が課長に「リクシルって知ってるかい?」と聞いている。

B「リクシルサッカー選手か何かですか?」

A「いや、人ではなかったなあ人だったかな?」

B「どちらですか?」

A「どっちかなんだよ」

B「どちらでしょうね」

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気になる課長は 数時間後、ランチタイムの食堂で、連れ出した

若い部下に「リクシルって知ってるか?」と尋ねる。

キツネにつままれたような表情のC

その夜、Cはなじみのバーで女性バーテンダーDに問いかける。

「リクシルって知ってる?」

翌日の昼、 Dは行きつけの美容室で係のEに「リクシルって

知ってる?」と尋ねる


…登場人物が一人ずつずれながら、話題は「リクシルって何?」。


トステムやイナックスが統合されてできた会社のようですが、

詳しいことは知りません。日本中にそんな人が大勢いるでしょう。

このCM認知度を上げるために流されているようです。


起用されている俳優陣が豪華です。

まず、登場したのは岸部一徳“部長”と堤真一“課長”、さらに、

大森南朋“係長”…

この2本は、役者同士の間の取り合いが絶妙でした。

続いて、松下奈緒、矢作兼(おぎ・やはぎ)…満島ひかる。


台本がよくできています。その場の会話だけでなく、人物の

キャラクター、背景までが透けて見えるようで、いろいろと

想像をめぐらせながら楽しめます。


“連続&リレー形式”か。考えましたね。すっかりやられてます。

まだ、リクシルとは何かの答えを知りませんが。ハハハ。

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ラジオを聴いていると、ぼそぼそと女性の声が流れてきました。


エー、私、キンチョーのCMに出てる者です。

「これ見よがしに」とか言うてるやつなんですけど。

エー、その男の人の隣で、まー、ただ座ってるだけの乗客ですね。

「とにかく、自然にしてくれ」とだけ言われてるんですけど、

自然にするというのが一番難しいことなので、苦労しましたね。

(“想像という言葉にかぶって)思ったより顔が隠れているので、

まー、もうちょっと、顔が出ててもよかったんちゃうのかと

思うんですけど…プーン(蚊の羽音) 

(男の声で)“殺虫剤はキンチョール


音声だけの“メーキング”を、出演した女性の関西なまりの

“ぼやき”だけで構成したこのディレクターの手腕に拍手を

送りたいと思います。

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大和証券のCMにはいつも感心します。

最近ではギタリストのチャーも出演している“ネクスト銀行編”が

気に入っています。

私が若かったころの大ヒット曲「Sittin on the Dock of theBay」が

フィーチャーされているからかもしれません。ハハハ。


東京、ニューオーリーンズ、リオ・デジャネイロで、現地の

ミュージシャンがそれぞれの楽器を演奏するのですが、何よりも

ニューオーリーンズの“グランパ・エリオット”という年配の

シンガーの歌がしびれます。“ストリート・パフォーマー”だと

言うことですが、いかにも“ブルースそのもの”という感じです。

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このところ、夏の電力不足に向けて家電製品を中心に“節電”を

テーマにしたコマーシャルが目につきます。まるでこの状況を

前もって予知していたかのような対応の素早さにはビックリです。

ハハハ。


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白戸家の“お父さん”が登場するソフトバンクの「これがホントの

“うちわもめ”」編もその流れに乗ったCMですが、面白さは

もう一つですね。

妙に気に入ったのは、“お父さん”と“お兄ちゃん”が連れだって

屋台のラーメン屋を訪れる1本です。


小林旭が演じるオヤジがとんでもなく不器用です。

“湯きり”をするために麺が入ったザルを振り回すと飛び散った

熱湯が“お父さん”にも降りかかります。演技ではなく、マジで

あわててよけるお父さんがよかったなあ。

上戸彩“不在”が残念ですが。ハハハ。

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もうひとつ、意外な“企業”が災害への関心を見せていることに

ハッとさせられます。美容整形の高須クリニック…です。


かべに貼られた模造紙に大きく「希望」の文字があり、周りの

スペースにたくさんのメッセージが書き込まれています。

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いったい何ができるのでしょう。

何もできないと思っていました。

あなたの気持ちで何かができます。

何かをすることで誰かが助かります。


最後に画面中央に「みなさまの復興を心よりお祈り申し上げます」

の文字と、右下に小さく「高須クリニック」…。


コメントを確認しようとネット検索すると、「心がこもっていない」、

「わざとらしい」とかなり悪評だったので驚きました。


私は、“メッセージ”を感じました。

人それぞれだから、それでいいと思っています。

少なくとも、CM料を払った上で、企業の宣伝はごく控えめです。

中東の空を飛ぶヘリコプターを、久しく見ていませんね。

私は評価します。Yes,Takasu Clinic! ハハハ。


by toruiwa2010 | 2017-07-01 08:17 | アーカイブから | Comments(0)

気づくのが遅かったなあ

~アナウンサー冥利について~

( 2011.04.28 初出 )

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東北を襲った大震災のあと、被災地を励まそうと日に何度も

流れていた「上を向いて歩こう」、「見上げてごらん空の星を」は

1960年代前半に坂本九が歌って大流行した曲です。

桑田佳祐・福山雅治を初め、豪華なメンバーによる応援歌を

聞くにつけ、被災地を実際に訪れた歌手たちの活動を見るに

つけても、歌が持っているパワーに圧倒されます。


歌と同様、書物にも人の心に沁みたり、勇気を与えたりする

絶大な力がありますね。

ヒット曲を持っている歌手、長く読み継がれている本を書いた

作家の影響力にはいつも感心してしまいます。

特に歌手の場合は 自分の歌によって人々が笑顔になったり、

感動して涙を流したりする場面を目撃することが多いですから、

そのたびに“歌手冥利”ということを思うでしょう。

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今のアナウンサーたちは、私が現役のころにくらべたら遥かに

名前も顔も知られていて、アイドル並みの人気者もいます。

それでも、人に感謝されたり、感動を与えたりすることは

そんなに多くはないでしょう。まして、そのアナウンスが

5年後、10年後まで記憶に残ることはめったにありません。

少なくとも、私はありません。


「いや、…のときの実況はよかったですよ」とごくたまーに

言われることもありますが、それは、試合そのものの印象が

強いのであって、私は“おまけ”にすぎません。ハハハ。


数年前、「冥利」という記事を書いたときにも引用したのですが、

きっかけは古いHPの掲示板に書き込まれたコメントでした。

…以前、視聴者プレゼントで岩佐さんの本も頂いたのですが、

その本もわたしにとってとても大切な本です。

久しくネットもやってなかったことや、前ほど熱心にサッカー

中継を見なくなった事もあり、岩佐さんがサッカー中継から

退いたことを知りませんでした。わたしはもうWOWOWには

加入していないので、岩佐さんの今の声を聴く事はできません。

学生時代、サッカー中継に興奮、かつ感動できたのも岩佐さんの

実況があったからこそだと、WOWOWから離れて、今でも

思っています。

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“本”は、2002年に自費で出版したささやかなものです。

推敲が足りなくて、句読点の誤りや文章のおかしなところが

多数あって、恥ずかしいかぎりの本ですが、大事にされている

ことを知ったときは、「出してよかった」と思いました。

ただし、アナウンサーが本当の“冥利”を感じるのは、やはり

実況の場でしょう。大きな試合を担当したり、プレーの描写や

解説者とのやりとりがうまくはまったりしたときに「よくぞ、

アナウンサーになった」と思うものです。


残念なことに、実況を聞いたときの感動は長く続きません。

実況のスタイルがどんどん変わっていくからです。そのため、

昔から“名アナウンス”とされているものも数年後には色あせて

聞こえます。若いころに聞いて印象深かった実況をいくつか

テープで聞いたことがありますが、“古色蒼然”…やめておけば

よかったと思いました。

直木賞作品のあとに紫式部…は極端ですが、夏目漱石を読む

気分と言えばいいでしょうか。


それぐらい、実況スタイルは変化しているのです。

文学や音楽はそれでも人に感動を与えますが、実況はなかな

か難しいです。フジテレビの後輩に「実況は消える芸術」と

言い放ち、自分の放送をテープに録らない男がいて、当時は

あきれたものですが、今になって「なるほど」と思わないでも

ありません。ハハハ。

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「あれはよかったですね」と褒められたものでも、今聞くと、

「なんだ、これは」とスタイルの古さに唖然とし、「もうちょっと、

うまくしゃべれるんじゃないのか」と思うことが多いです。

“門外不出”にしたいと思うことさえあります。ハハハ。


具合が悪いことに、誉められるのは、劇的ゴールが決まったり

(サッカー)、ナイスショットが決まったり(テニス)したときに

実況をやめて拍手・歓声を生かした場合が多いので微妙です。

自分のスタイルとしてやったのですから後悔などしませんが。

ハハハ。


ある立場・境遇で自然に受ける恩恵や幸福…

広辞苑によれば、“冥利”はそんな意味で使われるようですから、

私に限ってはヘッドセット・マイクをつけ、わくわくしながら

放送席に座ることがすでに冥利だったとと言っても言い過ぎでは

ないかもしれません。

それに気付くのがきわめて遅かったのは“痛恨のきわみ”ですが。

ハハハ。 


by toruiwa2010 | 2017-06-25 08:13 | アーカイブから | Comments(0)

タオルはどこへ消えた?

ただいまCMです~

( 2011.04.21 初出 )

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3月末、ツイッターを通じてKさんと知り合いになりました。

プロフィルに“アメリカ在住の学生、野球観戦と写真撮影が趣味”と

あるのを見てすぐにあるお願いをしました。

「球場に行ったら、XXXXを確認してほしい。写真があると

大いに助かります」と。


フジテレビがメジャーの中継を始めたのは1978年です。

シンシナティでの開幕戦からの3週間は、東海岸を中心に、

各都市でパンチョ伊東さんと実況をつける旅をしました。

初めて見る本場の野球のスピードとパワーに圧倒されましたが、

プレー以外にも、スコアボードの仕掛けや応援のスタイルなど、

初めてのことをいろいろ経験する楽しい旅でした。

現地で中継を始めてから3試合目ぐらいだったでしょうか、

チェンジになって放送席から球場を見回していると、日本では

見かけない光景に気がつきました。1塁側ベンチの外野寄りに

置かれているカメラのレンズにタオルがかけられているのです。

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「なぜ、カメラレンズにタオルが?」と不思議に思いました。

次の攻撃が始まるとタオルが消えていることも分かりました。

放送を手伝ってくれる現地スタッフに聞いて“タオルの意味”が

判明しました。テレビ局から主審へのシグナルだったのです。

「タオルがかかっている間はCMの放送中だから試合の再開を

待ってくれ」…。

主審は、ピッチャーが規定投球数を投げ終えても、タオルが

見えていたら、プレートをほうきで掃いたり、ボールボーイに

予備のボールを持ってこさせたりして時間を稼ぎます。ハハハ。


これを“towel off(タオル・オフ) 方式と言うのですが、今でも

続いているかどうかに興味がありました。


A’s vs Marinersの開幕戦を見に行ったKさんからたくさんの

写真が送られてきました。

…しかし、タオルがかけられたものは1枚もありませんでした。

残念!

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アメリカでは放映権の獲得に大金を投じたテレビ局がCM

守るために知恵を絞ります。

NFL(アメフト)NHL(アイスホッケー)には、野球のような

インタバルがありません。しかし、CM“must”ですから、

それぞれに工夫を凝らして消化しています。審判へのサインも

決まったものがあります。20年前は覚えていたのに忘れました。

ハハハ。


とにかく、次のプレーが始まるまでが妙に長いなと感じたら、

現地テレビがCM中だと思って間違いないでしょう。

ええ、少し乱暴ですが。ハハハ。


分かる人にしか分からない形で交わされるシグナルのおかげで

視聴者はプレーのすべてを見ることができます。

斎藤祐樹の初登板では、CMが明けて球場の映像に戻ると、

ほぼ毎回、先頭打者への投球が始まっていました。

CMそのものが長かったり、3アウトのあとアナウンサーが

まとめてCMに行くまでの時間が長かったりしたのでしょう。

要は、テレビと日本プロ野球機構の間の相談もないし、主審が、

最近 厳しくしている投球練習の時間を厳格に守っているから

視聴者には不親切な結果になるのです。

試合時間の短縮は至上命題ですが、日本シリーズでもこんな

対応だったらファンの間でも意見は分かれるでしょう。


話が少しそれましたが、種目に関係なくCMが切れることは、

とくにアメリカではご法度ですから、テレビと審判の間には

何らかのサインの交換が行われているはずです。

“タオル・オフ”をやめたのなら、どんなサインにしているのか

ぜひ知りたいものです。


アメリカで野球を見る機会があったらぜひ目を凝らして探して

みてください。

投球練習が終わるころ、主審がどこに注目しているかを…。

ハハハ。


Towel off”についての報告


皆さんが関心を持っているかどうかに関係なく、先日 書いた、

メジャーの主審とテレビ局の間でどんなシグナルが交わされて

いるのか…に、私は強い関心があります。

あの記事を書いたあと、ロイヤルズ、ドジャース、マリナーズ、

オリオールズの4球団にメールを出しました。

そのとき、ホームで試合をしていたので選びました。


つたない英語だったにもかかわらず、全球団から回答が来ました。

ファンを大事にする姿勢がうかがえます。

最も丁寧に書いてくれたのはカンザスシティ・ロイヤルズです。

その回答を中心に、現在の試合運営をまとめておきます。


CS放送が盛んになり、ほぼ全球団の試合をそれぞれの地元局が

中継するようになった今では“タイム”が試合の進行を管理して

います。まず、3アウトになると2塁塁審がストップウォッチを

スタートさせます。

クルー・チーフ(4人の審判のリーダー)の場合もあるようです。

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140秒 経過すると、主審にシグナル(うなずくだけのときも

あるし、ハンドシグナルを使う場合も)を送ります。

主審はピッチャー(キャッチャー)に投球練習はあと1だと

知らせます。

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イニング間の時間についての回答は“まちまち”でした。

オリオールズは“2、ドジャースは“220秒から240

書いてきましたが、マリナーズとロイヤルズは具体的な数字を

書いていませんでした。ただし、試合の運行がテレビのCM

“関係なく”行われていることははっきりしました。

つまり、一定の時間が来ると新しいイニングが始まるから、

テレビさんはその時間内にそちらの責任でCMを消化しなさい

ということです。

“タオルオフ”やそれに似たやり方は“過去の遺物”でした。ハハハ。


*ちなみに、NPBの公式サイトによると、日本プロ野球では、

イニング間は215秒で、時間は球場のスコアボードに表示し、

130秒経過後あと1を通告する、となっています。


丁寧に書いてくれたカート・ネルソン氏にリスペクト…

彼によると、“タオルオフ“が行われていたころには、試合開始の

直前にバットボーイがベンチ前に出てタオルを振り回したとか。

ロイヤルズの選手が“take field”=守備位置に散って行くことを

テレビやラジオに知らせるキューだったそうです。

1980年のワールド・シリーズを含めてかなり通いましたが、

気づきませんでした。


彼はロイヤルズ野球博物館の“ディレクター”だそうですが、

私への回答メールの最後に、“good question”と書かれていました。

アメリカの池上彰のようです。ハハハ。


*写真は、ツイッターで友人になったKさんが撮ったものです。

私が得た情報を知らせたところ、ちょうどセーフコにいた彼が、

撮ってくれました。


by toruiwa2010 | 2017-06-18 08:20 | アーカイブから | Comments(0)

前途洋々とは言えず?

~斎藤:初登板・初勝利の評価~

( 2011.04.18 初出 )

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ベンチ前でのキャッチボールを終えて斎藤佑樹がマウンドに

向かう直前にこうつぶやいた。


さて、いよいよ斎藤祐樹がプロの

マウンドに上がる。

果たしてどこまで通用するのか。

“大胆“予測をするなら、プロで

通じるようになるには時間が

かかると思う。生命線は低めの

変化球だが、ストレートに力が

なければ話にならない。

5勝、うまくいっても78勝と

見ているがどうか。


斎藤についてここで初めて触れたのは2007年の12月だった。

まだアマチュアだった石川遼が大騒ぎされていたころだ。


「ハンカチ王子」「ハニカミ王子」

…知恵のなさが恥ずかしい。

どちらもプロでは通用しないと思うが。


いやいや、まことにお粗末。石川遼の現在が全く見えなかった。

賞金王、マスターズ20押しも押されもせぬトッププロ。

そして、斎藤佑樹も六大学を代表するピッチャーとしてプロ入り、

いきなり、初登板・初勝利を手中に収めた。

見る目がないことを認めないわけにはいかない。ハハハ。


しかし、強弁するわけではないが、斎藤の将来はまだ分からない。

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ゴロが多かったことで、低めの変化球が有効だと証明された。

それも、追い込んでからの変化球で打たせているなら分かるが、

早いカウントからでもゴロに仕留めていた。

的を絞らせない、芯に当てさせないといううまさがあるのかも

しれないが、今の段階で“投球術が優れている”とほめるのは

抵抗がある。ハハハ。


“前途洋々”と言いきれない理由は肝心のストレートがMAX

143キロしかないことだ。

ロッテの各打者にはかなりの戸惑いがあるように見えた。

ボールが思ったほどのスピードで手元まで来ないのだ。

梨田監督・吉井コーチが思わず目をつぶったに違いないと

思ったほど甘いボールが何球もあった。

要は、斎藤の好投…と言うより、ロッテが打ちそこなったのだ。


象徴的だったのは、5回の攻撃だ。

2死からランナーをため、井口のタイムリーで2点を返したあと、

なお、12塁でバッターはキム。一気にとらえるチャンスだった。

フォークが二つ外れたあとのスライダーはど真ん中に!!

打率が1割にも満たないキムはこれを見送った。

次のボールはアウトローいっぱいへのストレートで2-2とされ、

次の変化球でサードゴロを打たされた。

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分からん!

栗山は「2-1からの“4球目で勝負あった」と話していたが、

同意できない。

2-0のあとの、アイスクリームに小豆をトッピングしたような

大甘のスライダーを見送ったところで勝負あったのだ。

結果論ではなく、あれは打たなきゃ。いったい何のために

バットを持ってるんだ。


結果として、ロッテは黄金ルーキーに勝ち星を献上した。


このところ、めったなことでは減らなかったツイッターの

フォロワー数が昨日は一気に8人も減った。これは明らかに

ハンカチ王子のファンだろう。

ルーキーが幸先のいい勝ち星を挙げたのだから、ごちゃごちゃ

言わずに誉めておけばいいのだが、それでは当ブログの値打ちが

なかろう。

別に、期待にこたえようと思っているわけじゃないが。ハハハ。


あと、23回の投球内容を見ないと斎藤の今シーズンを占うのは

難しい。

早いカウントからでもフォークを投げる、低めの変化球は

ボールが多い。ストレートは速くない…情報はあっという間に

全球団に知れ渡ったはずだ。

プロとして、いずれきちんと対応してくるだろうから、斎藤の

本当の力はそのときこそ試されるのだと思う。


by toruiwa2010 | 2017-06-17 08:09 | アーカイブから | Comments(0)