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岩佐徹のOFF-MIKE

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実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

カテゴリ:アーカイブから( 74 )

なんだろう この感じ?

~掛け値なしのざれごと( 2011.09.20 初出 )

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「寒っ」、「短かっ」…

若者の会話の中で形容詞を完全形でなく、語幹(活用する単語の

変化しない部分)で済ますようになったのはいつごろからか?

文化庁の「国語に関する世論調査」の結果 日本語の変化

ますます進んでいることが分かったという。

たしかに「来れる」、「食べれる」など、“ラ抜き言葉”はいまや

“普通”のことになった。


「すごい」と思う事柄について「すごっ」と表現することは…

“自分もあるし、他人が言うのも気にならない”が33.5%、

“自分はしないが、他人が言うのは気にならない”が43.2%

合わせると、76.7%が、気にならなくなっている。

「寒っ」に至っては、トータル85%が容認している。

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鼻濁音、無声化、“ラ抜き”、そして、“活用語尾の省略”…

すべて、人が無意識のうちに 会話のスピードアップを狙って

編み出した形という説がある。半分は私の説だが。ハハハ。

いいとか悪いとか議論しているうちに定着してしまった。


ときどき、当ブログにややこしいコメントが殺到したとき、

対応しながら胸に去来する言葉は「めんどくさっ」だ。

なんだろう この感じ?


はよせんかい!

地元駅のすぐ横に踏み切りがある。

下り電車が来るのだろう、遮断機が下りて警報が鳴っている。

駅に向かって歩いている私の前方でかなり前から鳴っている。

これはまずい、と思う。これだけ長く鳴っているということは

下り電車が通過しないうちに上り電車がホームに入ってきて、

遮断機が上がらないのではないのか。

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右方向から下り電車が近づいてきた。ゆっくりと。

踏切を過ぎてすぐにホームだから速度を落とすのは分かる。

しかし、あまりにも落としすぎじゃないのか?

おい、もっと早く通過できないのか?まさか…わざとゆっくり

走ってるんじゃないよな?ああ、ほら、言わんこっちゃない。

逆方向の矢印が付いちまったじゃないか。お前のせいでさらに

待つことになったじゃないか!

なんだろう この感じ?


ひたすら歩く

父の死因は“上腸間膜動脈りゅう破裂”。88歳だった。

妻は、その1年ほど前のある日の出来事を鮮明に覚えている。

出かけるために家を出た父がしばらくして戻ってきた。

駅に向かう道の途中にある50メートル足らずのだらだら坂を

登り切れなかったと、ショックを受けた顔で言ったそうだ。


そのことが深く頭に刻まれている。

だから、時間が許す限り、歩く。せっせと歩く。

長生きするために。1日でも長く活動的でいるために。

外出したりして歩く時間がないときは地元駅の20段の階段を

1段飛ばしで駆け上がる。心臓はバクバクだが、気持ちよく

駆け上がれているうちは「まだ、足は大丈夫」と思える。

…心臓がギブアップするかもしれないが。

なんだろう この感じ?


見た目も大事

ケーキ屋のパティシエ、イタリアンやフレンチのシェフには

すっきりしたイケメンを連想させるイメージがある。

1年半ほど前、地元商店街から少し外れたところにケーキ屋が

オープンした。人通りはあるが、通るのは ケーキ屋に立ち寄る

という“人種”じゃない。なぜ、こんなところに、と思った。

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悪いけど「長続きしないな」が我が家の見たてだった。

悪いけど、パティシエがしょぼくれたオヤジだったし。


…悪いけど、今もある。しかも、客の入りは“そこそこ”だ。

決して「つぶれろ」と思っていたわけではないが、なんとなく

あてが外れた気分だ。

なんだろう この感じ? 

(:今もちゃんと営業してる。ごめん)


どっちもどっちか?

鉢呂前経産相、就任9日目の辞任。情けないったらない。

おそらく「ゴースト・タウン」と言いたかったのだろうが、

言葉が出てこなかったのだ。

「放射能つけちゃうぞ」に至っては救いようがない。


「言葉狩りだ」と批判し、「辞任するほどのことじゃない」と

かばう声も聞こえた。ふざけちゃいけない。

そんな“たわごと”は、福島に住んでいないから言えるのだ。

言われた側の気持ちになってみればいい。こんなに無神経な

発言をする大臣と一緒になって、まともに原発や復興を考える

気にはなるまい。


この件については、ネット情報につられてひどいものを見た。

辞任記者会見の動画だ。“しどろもどろ”の前大臣に対して

居丈高の若い記者。630~750秒にかけて、聞くのも

恥ずかしいやりとりがある。 http://t.co/ISXOdHl

記者のレベルがここまで低くなっているとは知らなかった。

なんだろう この感じ?


鶴太郎

ラジオで片岡鶴太郎の話を聞いた。

芸人としてデビューしたあと、ボクシングを始め、ドラマにも

出るようになってからの10年間は充実したものだった。

マネジャーをつとめていたボクシングの世界王者・鬼塚が引退し、

出演していたドラマのシリーズが終わったときに考えた。

「これからの人生で何をすればいいのか」を。

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美術館にも行ったことがないという鶴太郎が絵を描くように

なったきっかけはロケに出かけるとき目にした赤い花だった。

教えてもらうまでそれがツバキだということさえ知らなかった。

そんな自分がなぜ絵を描くようになったのか不思議だった

鶴太郎が母に尋ねたのは5年前だった。


「何を言ってるの。ウチのじいちゃんは羽子板の絵師だった

じゃないか。ウチにあった羽子板も、祭りでお前たちが担いだ

子供用のみこしも、みんなじいちゃんが作ったものだよ」


鶴太郎が語った母の答えを聞いて大竹まことと光浦靖子が

「えーっ!」とすっとんきょうな声を挙げるのを聞きながら、

思わず、鳥肌が立った。*** そして、胸が熱くなった。

なんだろう、この感じ?


*** 来年の国語世論調査では、鳥肌をどんな意味合いで

使っているかを調べてほしいものだ。

ちなみに、当ブログは、感動したときにも平気で使う。

なぜなら、そんなときにも“鳥肌”は立つから。


by toruiwa2010 | 2017-10-21 07:20 | アーカイブから | Comments(0)

村上春樹落選

~翻訳文学のむつかしさ…~( 2014.10.14 初出 )

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2014/10/09のツイート

ノーベル文学賞はフランス人作家に!! 

ハルキスト、残念。今年こそ、今年こそと

騒ぎすぎじゃないのかなあ。


村上春樹について…正確には「1Q84」を読んだ印象について

書きたいことは書き切ったと思っているので「もう書かない」と

決めていたはずですが、この時期になるとどうしてもなにか

ひとこと 言いたい気持ちを抑えられません。

厄介な性格であることも認めますが、毎年、受賞者発表を

はさむ数日間、テレビや新聞が“大騒ぎ”するからいけないのです。

断固、私は悪くありませんっ!ハハハ。

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メディアが騒ぐのは…テレビ的には“おいしい”からでしょう。

熱狂的なファンがカフェに集まり、発表のタイミングに合わせて

カウントダウンし、ハルキ・ムラカミと告げられなかった瞬間、

揃ってガックリ肩を落とす…など、映像的に面白いのです。

本屋だって、必ず話題になるのは有難いことだと思います。

♪もしかしてだけど…(by どぶろっく)、いや、♪マジな話、

ずっと、受賞しないで今の状態が続くことを願っているかも。

ハハハ。


1Q84」が村上文学のすべてではないでしょうが、悲しいかな、

それしか読んでいません。私には 一体何を言いたいのかが

まったく理解できなかったし、少しも面白くなかったので

文学としては評価しません。

一方、「分かる」と主張し、喝采する人たちがいるのも事実です。

だからこそ、彼の本は発刊されるたびに他を圧倒する勢いで

売れるのでしょう。

多くの人が称賛する比喩についても書きたいことはたくさん

ありますが、たしか、去年も書いたので、自重しておきます。

お望みなら、また、来年にでも。ハハハ。


今日 書きたいのは、文学における翻訳の難しさについてです。

日本人が読む日本語で書かれた村上作品と、外国人たちが読む

それぞれの国の言語に翻訳されたものは別物だと思います。

審査員が受賞者・候補者の作品を何語で読むのか知りませんが、

何語にせよ、他国の言葉に訳されたものがノーベル賞の対象に

なることには以前から疑問を持っています。

たとえば、村上春樹が描きたい世界を 外国人が英語などに

置き換えて表現できるはずがありません。

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日本語では実に多様な言い方がある“色”を考えれば分かります。

緋色、茜色、朱色、丹色(にいろ)、くれない、朱鷺色、べんがら色、

サンゴ色、あずき色赤だけでも何十種類もの言葉があって、

作家がその中からどれかを選んで使うときにはそれぞれの

“思い”があります。歴史的、文化的な背景もあります。

外国人の審査員にそのニュアンスが理解できるとは思いません。


「吾輩は猫である」は決して「I am a cat」じゃないでしょ?

ハハハ。

「木曽路はすべて山の中である」…どんな英語を持ってきても

島崎藤村の“心”が伝わるとは思いません。


文学の価値を判断するとき、物語だけでなくそこに込められた

作家の思想や精神が評価の対象でしょう。そのとき、日本人が

読む原作と外国人が読む翻訳されたものとでは、尺貫法と

ヤード・ポンド法ほどの違いがあると思います。ハハハ。

“翻訳”が原作の単語一つずつを外国の言語に置き換えるだけで

成り立つのなら問題はありませんが、そうではありませんね。


村上は、日本人として生まれ育った人生を基盤にして物語を

つむぐのだと思います。一つ一つの言葉を選びぬき、さらに

哲学や思想を作品に織り込んでいくはずです。外国人である

翻訳者がどんなに頑張っても“村上春樹”にはなれません。

自分が持っている日本語の知識を駆使して置き換える言葉を

選ぶしかありません。しかも、そののとき、そこには翻訳者の

考え方や人生が必ず反映されるはずです。

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たとえば…です。

英語版1Q84」を100ページほど読んだことがあります。

作家志望の天吾に雑誌編集者・小松がこう言う場面があります。

「俺が望んでいるのは、文壇をコケにすることだよ」


読者が日本人なら“文壇”には周辺情報がたくさんついて来ます。

文学の世界で“一定”のグループを指す言葉だし、“ムラ”的な

ニュアンスもあり、ステータスやテリトリーといった意味合いも

含んでいるでしょう。


こう訳されていました。


I’d be doing it to screw the literaryworld.


うーん、どうなんでしょうね。literary worldが日本社会の中で

文壇が占めているポジションを伝えているでしょうか?

じゃあ、どう訳せばいいの?と聞かれても困りますが。ハハハ。


村上自身も十分に納得したとは思いません。

その証拠のように、数行後には同じ言葉を“でくくっています。

原作は文壇のままです。英語版で“literary world”としたのは、

日本では、この言葉が独特のニュアンスを持っていることを

伝えたいからでしょう。

作家が自らの母国語で書いたものと他人が自分の国の言葉に

置き換えたものでは大きな違いが生まれます。両者が生まれ

育った環境や個人のキャリアが違うから当然です。


同じ芸術でも 音楽や絵画・彫刻は作品自体が共通言語ですから

誰もが同じものさしで価値を判断できますが、文学は違います。

翻訳した瞬間に“別物”になるのです。

極論すれば、いつか、村上春樹がノーベル賞を受けることが

あったら、それは翻訳者に贈られるべき性質のものだと思います。

キリっ!ハハハ。


過去の受賞者を見れば、英語圏以外の国籍の作家はたくさん

いますから、言語の違いなどまったく問題にしていないことは

明らかですが、翻訳された作品でその価値が判断されることに

私は納得しません。特に、アジア系の作家たちが公平・正当に

ジャッジされたとは思えません。

つまり、私は川端康成や大江健三郎の受賞にも首をかしげて

いるのです。大胆不敵。ハハハ。


*以下は、昨日の記事と完全に重複するので割愛します。


by toruiwa2010 | 2017-10-15 06:15 | アーカイブから | Comments(0)

先週に続いて村上春樹ネタ2連発です。

ファンの方、すみませんね。

今日と明日で終わりです。我慢してください。

もっとも、この2本は村上文学を批判する

ものではないけれど。


村上春樹 受賞を逃がす

~思い出すぜ「1Q84」騒動~( 2012.10.12 初出 )

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2012/10/12のツイート


今夜 ノーベル文学賞の発表らしい。

前もって書いておく。村上春樹が受賞したら、

めでたいことだとは思うが、認めない。

1Q84」・・・どこが良かったのか?

突っ込みどころ満載で、ブログでもずいぶん

書かせてもらった。

そもそも、翻訳された文学ってなに?


文字数の関係で言葉足らずになったが、この賞は1作に対して

与えられるのではなく、業績全体が対象であることはちゃんと

承知している。めでたいけど認める気にならないそもそもの

理由が「1Q84」だと言いたかったのだ。

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3年前に出版された当時、村上春樹の「1Q84」を読んだ。

最後まで読みとおしたとき、自分をほめたいと思った。ハハハ。

たしか、それまで彼の著作は1冊も読んでいないと思う。

読んでいれば記憶があるはずだから、“…と思う”は言い方が

変だと突っ込まれそうだが、あいまいなのだ。

きっと、読みかけてやめたのが1冊ぐらいあるのだろうと思う。


1Q84」も、読みとおしたには、若干のがある。

BOOK 3までは読んだのだが、BOOK4は読んでいない。

だって、当初 聞いていたのは3部までという話だったもの。

それに どう頑張っても、妻が買って読み終えたBOOK 4には

手が伸びなかったのさ。満腹感。ハハハ。

1Q84」については、読みながら、そして、読み終えたあと、

数回にわたって書いた。

去年10月に骨折したとき、せっかく訪問した読者を手ぶら

返すのは申し訳ないと、Archiveとして更新した。


中略(注:先週末 更新しているのでカット)

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ノーベル文学賞でいつも疑問に思っているのは“翻訳文学”の

意義・存在だ。

村上作品は世界40数カ国の言葉で発刊されていると聞く。

それは素晴らしいことだ。

論文や記事なら事実関係が大事な要素だから、違う国の言語に

訳されても大きな問題はないかもしれない。

しかし、登場人物の心の中、感情のひだが重要になる文学の場合、

どうなんだろう、と思う。


極論に聞こえるだろうが、日本語で書かれた「ノルウェイの森」と

英語に訳されたそれは“別物”だと思うわけだ。だって、言語には

その国の文化や歴史が深くしみ込んでいるからね。

「分かっとらん。完璧に、忠実に村上の世界を映している」と言う

輩がきっといるだろうね。じゃあ聞くが、そう言い切る根拠は

あるのかね? ないよね。ないと思うよ。

私に言わせれば、翻訳で選ばれた言葉は訳者のものだもの。


山中教授のiPSや物理学賞、化学賞のように言語に関係なく

世界に通用するものはいいとして、文学の優劣を世界規模で

語ることは難しいと思う。

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3年前にも、病状に差はあっても当ブログの読者の中に

ハルキストがいたと記憶する。残っていればさぞ不愉快だろう。

最近 立て続けに、北野武やらイチローやらに噛みついている。

いやな爺さんだね。

スーパースター、頂点に立つ男(女も)、絶対視される者たちを

常に懐疑の目で見るのが岩佐流だから、今更呆れても遅い。

読み始めた以上、我慢してもらわなければ。ハハハ。


英語版「1Q84」を読む

~面白いけど別物だよね~( 2012.11.30 初出 )

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朝日新聞の文化面に「英語で読む村上春樹」というコラムが

載っていた。見出しを見た瞬間にビビビっと来た。

記者は語学力向上のために英語で読み始めたらしい。以前は

村上の“いい読者”ではなかったと前置きし、こう書いていた。


「海辺のカフカ」で15歳の少年が筋トレをして

コルトレーンを聴く描写に鼻白み、追うのを

パタリとやめた。村上特有のしゃれた比喩や

ジョークさえ、「なんだかなあ」と鼻につく。

ところが英語だと、ずっと肺腑にしみる・・・


そのあと、なぜかについて考察している。


記事を読み始める前から「その手があったか」と思っていた。

目からウロコ…だった。

早速、本屋に行き英語版「1Q84」を買った。

BOOK1-31冊に収めているので1300ページ(!)を超える

大作になっていた。一緒に購入したグリシャムの本と比べると

その厚みが分かる。

ほかの作品でもよかったが、妻が日本語版を持っているので

“読み比べ”ができると思ったのだ。

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実際に読んでみると、スーッと頭に入っていく。

一度、日本語で読んでいるせいもあるが、多分、こうだ。


日本で生まれ育った者が 書かれている日本語の文字を目に

したとき、その単語の“辞書的”な意味だけでなく、付随する

さまざまなニュアンスを無意識のうちに加えて理解していく。

その“周辺部分”に含まれる情報量は読み手が育った環境によって

大きく変わる。


情報量が少ない人たちには村上春樹の“持って回った”比喩も

気にならないだろう。

しかし、74年も生きてきた老人はうざいと感じてしまうんだ。

英語で読むと、単語ごとに辞書に出ている意味のうち、文脈に

なじむもの一つをあてはめて読み進むから、“余計な情報”が

邪魔する余地が少ないのだと思う。


たとえば、作家志望の天吾に雑誌の編集者・小松がこう言う

場面がある。「俺が望んでいるのは、文壇をコケにすることだよ」


“文壇”には周辺情報がたくさんついて来る。

文学の世界では一定のグループを指す言葉だし、“ムラ”的な

ニュアンスも感じる。

ステータスやテリトリーといった意味合いも含んでいる。

英訳だとこうなる。


I’d be doing it to screw the literaryworld.


うーん、どうなんだろうね。literary worldで、日本社会の中で

文壇が占めているポジションが伝わるとは思えない。

じゃあ、どう訳せばいいの?と聞かれても困るが。ハハハ。

村上自身も十分に納得したわけではないだろう。

その証拠のように、数行後には同じ言葉を“でくくっている。

日本語版では文壇のままだ。英語版で“literary world”としたのは、

この言葉が日本では独特のニュアンスを持っていることを

伝えたいからに他ならない。

このように、作家が母国語で書いたものと、他人が自分の国の

言葉に置き換えたものでは大きな違いが生まれる。

両者が生まれ育った環境や個人のキャリアが違うから当然だ。

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村上春樹は毎年ノーベル賞の季節になると、「今年こそは…」と

期待が高まるほど、候補の常連だが、そのたびに当ブログは

疑問を呈してきた。

“翻訳文学”というものの意義・存在だ。彼の作品は40数カ国語に

翻訳されているらしいが、ノーベル賞の候補に挙げられるのは

何語かに訳されたものを読んだ結果であって、万が一にも、

“日本語版”ではあるまい。普通に考えれば、“英語版”だろう。


そして、どう考えても、原語と ほかの国の言葉に翻訳された

ものとは別物だ。音楽や絵画は翻訳を必要としない芸術だ。

医学や、化学・科学、物理学、生理学…すべて、絶対の真実が

ものをいう分野もそれだけで世界に通じる。

しかし、文学はそうはいかない。限界がある。

「いや、文学で大事なのは物語だし、全体を支える哲学だから、

こまかい言葉のニュアンスなんて関係ない という外野の声が

聞こえる気がするが、登場人物の思い、感情のひだ、物語の

舞台が持つ歴史や文化を理解できないまま、その文学を完全に

理解することなど不可能ではないか。


極論するなら、日本語で書かれた「1Q84」と英語に訳された

それは別物だ。“文壇”と“literary world”が別物であるように。


まだ、30ページほどしか読んでいないが、困ったことにこれなら

面白いのだ。ハハハ。

もっとも、途中から苦手なカルトっぽい話になっていくことを

知っているから、その部分の手前で読むのをやめる予定だ。


朝日の記事は“ノーベル賞は、むろん遠くないのでしょう”と

結ばれている。くどいようだが、私は正反対の結論だ。

ここは、ハハハでなく、Hahaha


ほら、まったく雰囲気が変わるよね。ハハハ。


by toruiwa2010 | 2017-10-14 06:58 | アーカイブから | Comments(0)

見落としているだけかもしれませんが、カズオ・イシグロを

紹介する記事は多いですが、村上春樹が今年もノーベル賞の

選考から漏れたことについて大きく取り上げた記事はあまり

見かけませんね。正直な話、12回も“落選”することそのもが

偉業だと思いますが。いや、ホントに。


1Q84」だけを取り上げれば、この物語を外国人が理解し、

高く評価するとは 私にはとても思えないことをあらためて

書いておきます。


なお、前の2本は2009年7月に書いたもの、今日の記事は

2010年4月に更新したものです。


読んでたまるか“1Q84”

~分かった”フリ”はやめようぜ~( 2010.04.17 初出 )

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「予約したほうがいいかしら?」

「大丈夫ですよ、売れないから。前の2部だって

評判よくなかったし

「私は好きで、ほかの作品も全部読みましたよ」

「そうですか(不満そうに)」

「主人には悪評でしたけどね」

「私と同じだわ(満足そうに)」


数日前、行きつけの本屋の店頭で妻と本屋の奥さんが交わした

会話をおおざっぱに再現するとこんな感じだったようです。

話題の中心はもちろん、村上春樹の「1Q84BOOK3です。

昨日の午前零時に発売開始とかで、中には行列ができた本屋も

あったらしいですね。iPadの売り出しじゃあるまいし。ハハハ。


ここ10数年、ほとんど原書(ミステリー&小説)しか読まない

生活をしていますが、時々は日本語のものも読みます。

1Q84」はその数少ない例外のひとつです。

あまりにも大きな話題になっていたのと、妻が購入したからです。

わざわざ買う気はないけど、そこにあるなら読んでみようか…

それぐらいの関心度でした。


正直、2冊読むのにかかった時間を返してほしいと思いました。

読んでいるうちに、猛烈に腹が立ち、読了後と合わせて2度も

ブログに長文の記事を書きましたから、その時間も。ハハハ。

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村上ファンは若者を中心に大勢いるらしいですね。

しかも、翻訳されて海外でも高評価を得ていますし、ノーベル

文学賞の候補にさえ挙がっているほどですから、その才能は

疑う余地がないのでしょう。


…が、「1Q84」を読んだ限り、私にはその良さが理解できません。

純文学にありがちな“比喩”の多用…、いや“乱用”にあきれます。

はいはい、それこそが村上文学の面白さ・真髄じゃないか、と

言われるのは覚悟しています。あれが好きなら“はまる”でしょう。

私にとって 感心するような比喩はほとんどなかったのですが。

また、純文学なら読んだあとに何かが残るはずなのに、私には

混乱と脱力感しか残りませんでした。


皮肉でなく この本に書かれていることを理解できたと言う人は

“すごい!”と思います。私には、とても無理です。

ただし、文学って、こんなにややこしいものでいいのか?という

疑問が残ります。

そして、“理解できた”人たちが、「“理解できない”とは格好悪くて

言えないから」との思いから、そうおっしゃっているのでは

ないことを祈ります。ハハハ。


BOOK1-2読了後の「駄作としか思えない・・・」の終りの

ほうにそう書いています。

どうか皆さん、正直になってください。分かった“フリ”は

お互いにやめましょうよ。本当は分からないのでしょう?

ハハハ。


もちろん、BOOK3は読みません。

もっと言えば、読んでたまるか!の心境です。

青豆や天吾の運命にも、リトル・ピープルや空気さなぎとは

何かにもまったく興味がありません。ハハハ。

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読んでみようかどうしようかと悩んでいるのでしたら、以下の

2本の記事をどうぞ。少しは参考になるかもしれません。

ただし、世間的に評価の高い人や物を簡単には認めないことが

多い男、つまり、岩佐徹が書いた記事であることをお忘れなく。


例によって、この記事に対するコメントは

今朝早く更新してあります。興味があったらどうぞ。   


by toruiwa2010 | 2017-10-09 07:30 | アーカイブから | Comments(0)

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「残念でした 村上春樹 3」には

多くのコメントがありました。

私は、書いた通り、とうとう読みませんでした。

コメント欄とツイッターのやりとりの中で提唱した

“読んでたまるか・クラブ”にはトータルで18人の

加入申し込みがありました。一切 活動してませんが。

ハハハ。


ちゃんと読んでいらっしゃるので批評する権利をお持ちの

岩佐さんと違って私なんぞは「最初っから読んでない」のです。

もともと村上春樹の作品に興味がないのです。

いくつか読んだことはあるものの、大した感銘はなかったん

でしょうね。数年後に図書館の棚に常備されるまで待とうと

思っています。今は貸出しの予約が1年以上待ちらしいですから。

活字離れが問題とされている世の中にとっては、いいことでは

ないでしょうか。普段、あまり本を読まない人には、これを

きっかけに他の多くの本を読んでもらいたいですね。


桜の花が長持ちした年は、総じて天候不順だそうです。

東京の遅い雪もその表れの一つなんでしょうか。アイスランドの

火山噴火によるヨーロッパ中の空路大混乱も大変そうですが…

[ はせぴょん ]


村上春樹に関しては、私は一時期親しんだ体験があり、特に

『ダンスダンスダンス』などは良かった記憶を持っています。

最高傑作は『ねじまき鳥クロニクル』だと思っていますが、

1Q84』はそれには遠く及ばないとネットで見たので、

関心はなくなりました。


私もミステリは好きで、最近では『ミレニアム』に嵌りました。

映画はイマイチでしたが、続編も見に行くつもりです。[ 塩野 ]


ブログのほうははせぴょんサンが一番乗りでしたが、

ツイッターには早々と3件、同意の反応がありました。

“クラブ・読むもんか”が結成できそうです。ハハハ。 [ toruiwa2006 ]


塩野さん、こんにちは。

ミレニアムは3冊とも手元にあるのですが、

継続中の本があるので、実際に読むのは、

まだ先の話になりそうです。 [ toruiwa2006 ]


岩佐さん、こんにちは。

ついつい村上春樹には反応してしまう私。

図書館でいつから貸し出しが始まるかチェック中です。

奥さまが一番気に入られた作品が何かとても気になります。


あとお詫びなのですが、ニュースキャスター関連のスレでかなり

感情的なレスを勢いでつけてしまい、反省して削除しました。

岩佐さんからは「なぜ削除したのですか?」と言われそうな

気もしたのですが、私の主義に反していたのでお許し下さいませ。

[ masa ]


masaさん、ちゃんと読んでますって。ハハハ。

気にしなくていいです。

ただし、多少、感情が強めに出ていましたから

削除されてよかったかもしれません。


さらに、ただし・・・です。

書かれた“発言“がどんなものだったのか

とても興味があり、検索してみてわかりました。


彼は、訓練された記者でしたから、自分の発言には

気を配っているはずなので、聞き間違いであってほしいと

思いますが、ネット上に同様の記事がありましたからね。

[ toruiwa2006 ]


私も クラブ・読むもんか に入りたいのですが・・(笑)

へその曲がり具合なら、岩佐さんのヘソくらいまでは届いている

自信があります!失礼しました♪ [ shin555 ]


shin555さん、大歓迎です。


・・・ただねえ、カミサンは会員にはならんのですよ。

ハハハ。 [ toruiwa2006 ]


こんにちは。

ハルキですかー。そうですね・・・ずっと前に「ノルウェーの森」を

立ち読みして、さむざむしい気分になって以来読んでいません。

エッセイは好きで、「村上朝日堂」とか「日出づる国の工場」とか

数冊文庫本を買ったものです。安西水丸の挿絵につられたのも

ありますが。

今回の騒ぎも、何も夜中に売り出し始めなくてもいいと思い、

あきれています。好きならば、図書館貸し出しを待たずに速攻

買ってあげてください。(^o^) [ min*777*p ]


min*777*pさん、こんにちは。


えっと、入会希望ということでいいですか?

ハハハ。 [ toruiwa2006 ]


こんにちは。


昨日の報道によると「1Q84」は累計80万部に達したそうで、

印税がいくらになるのか、つい計算してしまいました……。


比喩多用の文体は、村上氏自身がどんなつもりかわかりませんが、

こけおどしとしか感じません。

ただ、私の周辺でもそうですが、修飾語句で飾りたてた饒舌な

表現や持ってまわった言いまわし、くどくどしくて説明的な

文章が、読者には「うまい」「筆力がある」と受けとられがちで

あることは確かです。

物書きは基本的に書くことが大好きな人種ですので、言葉数を

増やそうとおもえば、いくらでも書けます。しかし、平易で

読みやすくて、一見簡単に書けそうに見える文章の方が、実は

難易度が高いものなんですがね……。 [ レニ ]


レニさん、こんにちは。

あなたの周辺の方の受け止め方が一般的だと思います。


私は専門家ではありませんが、「平易で読みやすい」文章を

心がけています。「言葉数を増やそうと思えば、いくらでも

書ける」ためついつい長くなる傾向があります。ごめんなさい。

ハハハ。 [ toruiwa2006 ]


岩佐さんこんにちは。

愛読書が「御宿かわせみ」の私には全く縁のない作家さんですが、

題名を付けるのは巧いと思います。 [ けん ]


岩佐さん、こんにちは。

岩佐さんの温かいお言葉に感謝します。

そしてこれからもよろしくお願いします! [ masa ]


けんサン、こんにちは。


確かに、タイトルはうまいかもしれませんね。

「なんだろう?」と思わせますから。

その手に乗っちゃダメなんですが。ハハハ。 [ toruiwa2006 ]


岩佐さん、こんばんは。


村上ミステリーより、『刑事コロンボ』の方が

解りやすくていいですね~

夫は毎週録画をして、今更ですがかなりハマッて

見ています。 [ モクレン ]


モクレンさん、こんばんは。


刑事コロンボ…30年近く前に放送されていたころは

必ず見たものですが、今見ると、やはり鮮度がねえ。ハハハ。

ご主人が楽しければ、それでいいのですが。 [ toruiwa2006 ]


村上春樹、高校生の頃にけっこう読んでいた記憶がありますが、

今話題の本は買うのはもちろん読む気にはなれません。

(入会します!)

今好きな作家は宮部さんと辻村深月と、最近お亡くなりになった

北森鴻さんですかね。

北森さんは、シリーズ物が多くてはまってました。


うちの母親も、毎週BSで放送されている「コロンボ」を録画して

あげると、喜んで見てます。何度も見ていても面白いらしいです。

[ pon ]


ponさん、こんばんは。


クラブ・読んでたまるかへようこそ。

数え方が難しいですが、ツイッターと合わせると

たぶん12人目の会員です。ハハハ。 [toruiwa2006 ]


クラブができたんですネ。

愉快なネーミングと、スカッとする今日のタイトル!に、

傑作ボタンを押していきます(^^) [ 老・ましゃこ ]


クラブ読んでたまるか、盛り上がってますなぁ()

blogの一番乗りですが、なんとなく読む気がしないんです

ぐらいですので、私は準会員ということにして頂ければ(苦笑)


作家の書きたいこと、あるいは読ませたい文章と、読者が

読みたいもの、ないしは読んでよかったと思わせる文章が

一致した作品がベストセラーになるとは限らないという

ことかもしれません。だからこそ、私のような活字中毒患者は、

面白い本を探して果てしない旅を繰り広げるわけですが。

[ はせぴょん ]


老・ましゃこサン、おはようございます。


入会審査も規約もないクラブです。

ついでに、活動もありません。

読まないんですから。ハハハ。 [ toruiwa2006 ]


以前の2本の記事もあわせて読ませていただきました。

ワタシは昔からのファンで、小説はすべて読んでいるものなので、

気持ちよくはありませんが、でも、むしろ安心しました。

あくまでもメインストリームではなくアンダーグラウンドに

一部の固定ファンがこっそり楽しむタイプの娯楽だと思う

からです。やめられないけど、公言するのは憚られる、悪い

癖みたいなものなんです。

ワイドショーに取り上げられ、「ハルキスト」などと名乗って

バーで酒を飲みながら本作を読んでみせ、インタビューに

答えている人を見かけると、はっきり言って気持ち悪い。

自分はそうならないようにしようと思わざるをえません。

[ ts_*rk ]


メインストリームではなくアンダーグラウンドに

一部の固定ファンがこっそり楽しむタイプの娯楽だと

思うからです。やめられないけど、公言するのは憚られる、

悪い癖みたいなものなんです。・・・


ものすごく意外です。

そんな風に考えている春樹ファンは

あなただけではないですか?

ツイッターを見ると、みなさん、

「われこそが村上文学の理解者」と

思っているみたいですが。 [ toruiwa2006 ]


どうなんでしょう?よく言うあれじゃないでしょうか。

見えているのは氷山の一角に過ぎないってやつです。

むしろ見えたがる部分ばかりが水面に出てきて、

見られたくない部分は潜っているのかも知れませんよ。

ワタシもツイッターとかmixiのコミュニティとか見ると、

「あれ?」って違和感があります。

S…2って名でツイートしてます。 [ts_*rk ]


ts_*rk さん、分かりました。


でも、つくづく意外です。

そんな読者に支えられている作家が

ノーベル賞候補になるのですから。


うーん、だとしたら、あまりからかうような

書き方をしたら悪いかもしれないなあ、と

少し心配になってきました。遅いですが。

ハハハ。 [ toruiwa2006 ]


彼のエッセイとかドキュメントは読まないのと、

図書館とか文庫本とかで読むので、経済的には

あまり支えになってないかと思います(笑)

ノーベル賞候補っていうのもワタシにはよくわかりません。

でも、大江健三郎もわからないので、そんなものなんでしょうか。

純文学というくくりに入っているのもイマイチ納得いって

ません(笑)

煙草みたいなもので、吸わない人に無理にすすめようとは

思いません。


からかうような書き方をすると悪い…なんてことはないと

思いますよ。

読まない人、読んで嫌いな人、嫌いなので読まない人、いろいろ

いて当たり前ですし、そうでない風な風潮が気味悪く感じて

いましたので、安心しているところです。

長々とおじゃましました。 [ ts_*rk ]


以下は、2011年10月にこの記事を再録したときに

皆さんから寄せられたコメントです。



おはようございます。

本当にコメントが少ないですねえ。

タイムリーで、毒があって興味深い内容だと思うのですが。

ただ、村上ファンの皆様はコメントするのが難しい記事では

ありますね(笑)。

純文学というジャンルは分かるようで分からないのですが、

コメント3に投稿されていた

<アンダーグラウンドに一部の固定ファンがこっそり楽しむ

タイプの娯楽>というのは的を射ている表現だと思いました。

はっきりと2層に分かれてファンが存在し、表立って騒ぎ立てる

層だけを取り上げ、それがブームになっているためにどことなく

違和感を覚えてしまうのではないでしょうか。[しょう]



しょうサン、こんにちは。


読み返してみると我ながらよく書けているのですが・・・

自分で言うしかありません。ハハハ。


ただ、“違和感”を覚えたのは間違ってなかったと

自信が持てます。ハハハ。[toruiwa2010]



私、クラブ・読むもんか!の会員ですし、当然読んでいませんし

ノーベル賞候補になっていたなんで知りませんでしたし、

興味ないですし・・・


と、コメントさせていただきます(^_^;) 失礼しました()

[shin555]

ただし面白かったこのエントリーをまとめて再読できたので

3日間、楽しい連休の朝になりました



shin555さん、こんにちは。

会員らしいコメント、結構でした。ハハハ。[toruiwa2010]



私の相方は外国人で、先ごろ、英語版のノルウェイの森を

読んだみたいですが、"So-so”というという言葉が返ってきました。

好みの問題、翻訳レベルの問題ですかね…。[ヤップンヤン]



ヤップンヤンさん、こんにちは。

最初の記事で指摘した“妙ちきりん”な

文章の中には日本語としても通じないものがあります。

訳者が外国人ならもっと理解不能でしょう。

まして、それをほかの国の言葉に置き換えるなんて・・・

それはまるで 番地のない見知らぬ街で初めて訪ねる

親戚を探し当てるような途方もない作業だった・・・と

ハルキなら書くかも。ハハハ。[toruiwa2010]



岩佐さん、こんにちは。

「1Q84」なんだかなつかしいです~もちろん私はBOOK3

読みましたよ。ちょっと帳尻合わせっぽかったですけど。

もしかしてノーベル賞が取れなくて村上春樹もがっかりしてる

ような報道のされ方してませんか?

ご本人は賞を取るために小説を書いてる訳じゃないから賞に

関心はないけど、賞金がついてくるからもらえるものは

もらうって発言を以前してましたがどうなんでしょうね。

ノーベル賞って確か賞金の額、大きいですよね(^^;;;[masa]




masaさん、こんばんは。


賞金は確か1億円ぐらいだったですよね。

1Q84」でナンボ稼いでんねん、と

突っ込んでる人が多いことでしょう。ハハハ。


ま、金のため・・・っていうのは、字義どおりではなく

なにか意味があるんでしょうけど。[toruiwa2010]



岩佐さん、こんばんは。

コメントが少ないのは連休でお天気が良かったからでは

ないでしょうか。


「ノルウェイの森」を読んだとき、ああもうこの人の作品は

たぶん読まないだろうなと思いました。

なぜかを真剣に考えたことはなかったですが今回のブログを

読んで明確になりました。

私には(も?)文章がなかなか入ってこず読むのに疲れて

しまったからです。ですので「IQ84」も読んでいません。

今回その点を指摘されていて、同じような方はいらっしゃる

のだなと思いました。


あとは好みの問題なので私はオリジナル作品を「読まない」を

選択しますが、ドキュメンダリーの「アンダーグラウンド」や

翻訳ものを目にすると("読むではなくて文字を追うと

意味です)あまり感じません。これもなぜだろうと思って

いましたが、たぶん同じ理由だろうと思います。

フィクションの時は想いを込められるのでしょうね。[らすかる]



岩佐さん、こんばんは。


連休中出掛けておりまとめてこの数日分を読ませていただき

ましたが大変面白かったです。

僕は短編集の地底に居るかえるくんが世界を救うようなのを

読んで???マークが浮かんで以降、皆さんと一緒で読むもんか

クラブの会員です(笑)まったく理解ができませんでした。

比喩の乱用・・・なるほど納得です。流行り物に弱い日本人

(の一部)はこれからも読み続けるのでしょうね。

[赤ぽん]



らすかるサン、こんばんは。


連休を考慮に入れても・・・

ブロガーは欲張りなので。ハハハ。


純文学でも読みやすいものも

あるんですけどね。[toruiwa2010]



赤ぽんサン、こんばんは。


はやりもの・・・というより、

一種の“ファッション”になっているようなのが

気になるのです。[toruiwa2010]



岩佐さんこんばんは。

単純な疑問なのですが、村上春樹をここまで持ち上げたのは

一体いつ、どこで、誰が、なんでしょう?いつのまにか…

ですよね。きちんと読んだ事はないので何ともいえませんが、

村上春樹っていいよね。って言う人に会うと、一時ボジョレー

ヌーボー解禁に群がってた妙な人々の光景に似てる気がします。

[chibita]



chibitaさん、おはようございます。


ブームの仕掛け人は必ずいます。

今なら広告代理店などがからんでいるでしょう。

村上本の場合は、発売まで秘密主義をとるなど、

出版社が売るための画策をしてますよね。

BOOK3の発売はたしか、真夜中でしたね。

商魂…ハハハ。著者に責任はありませんが、

あざといですね。[toruiwa2010]


高校生頃、当時ベストセラーと評判だったノルウェイの森を

読み、読了後直ぐに燃やしました ムラカミはファッション

であって文学ではない私もそう思います。[hiroyuki229]



hiroyuki229さん、こんにちは。

ハルキ=ファッション説は成立する・・・ということで。

ハハハ。[toruiwa2010]


はじめてコメントさせてもらいます。


「比喩の乱用」的を得た表現ですね。そこにファッション性が

あるなら一つのブランドとしてよろしいのではないでしょうか。

学生の頃を思いだし、大人になった今読んでみましたが、

相変わらずの村上ワールドでした。ただ、若い人達が興味持って

文学のあれこれを日常会話に盛り込むきっかけとなるなら

村上ワールドもまたよしではないでしょうか。

私は物書きではないので、誰のどんな文章を読んでも、いつも

活字の魅力に満足して本を閉じます。マスメディアの背景まで

読み取りだすと、ジャーナリズムが絡んできますので、ただ、

純粋に書物としてとらえれば、面白いストーリーだったと

思います。デジタルは肯定から、アナログは否定から入ると

言われておりますが、賛否両論含め、良し悪しを自分で

判断しながは文字と向き合える楽しみで見れば、楽しめる

作品だと感じました。


それも踏まえて作中では「ただ、目の前の事を受け入れなくては

いけないのだ」と念をおすように何度も言われていたのかも

しれませんね。長くなりコメントスペースを汚してしまいましたが、

他の記事も楽しみにブログ閲覧させてきただきます。[ゼンマイ]



ゼンマイサン、おはようございます。


古いエントリーをよんでいただいて・・・


この本がほとんど初めて読む村上春樹の小説だったので

あなたが言うファッション性に面喰いました。

そして、自己満足しか感じ取れない比喩オンパレードを

分かったように言うハルキストに違和感がありました。


まあ、自分に文学を語る素地がないことは自覚してますが。

ハハハ。[toruiwa2010]



岩佐さん、とても早いお返事ありがとうございます。


ハルキスト・・・良くも悪くも巷で耳にすることが増えました。

出版社の方達が、意図して作った皮肉なのかもしれませんね。


過度な擁護は時に怖さを感じます。村上春樹さんはそれを望んで

自分の世界を執筆しているかもしれませんが。

私も大きな事を言えるほどの才は持ち合わせていませんが、

このような場で、沢山の意見の一つとして埋もれることは純粋に

楽しませてもらってます。(あまりハルキスト寄りには行きたく

ありませんが)


話はそれますが、自分はあまりネット媒体からの情報は得ません。

リーズナブル過ぎて、一過性よりも素早く意識から去ってしまう

からです。ただ、岩佐さんのブログはとても熟読させてくれます。


発信する方の熱意と思いに引き込まれます。


是非今後も楽しみに拝見させていただきたいと思います。[ゼンマイ]

ゼンマイさん、こんにちは。


熟読・・・ありがとうございます。

どれだけ思いを込めても伝わらないことが多くて。

ハハハ。[toruiwa2010]



ついこの前、国公立大の試験が終わり、何か本が読みたかったので、

とりあえず1q84を読んでみようと思い、手に取りました。

(村上作品は初めてです)

受験で活字に触れていなかったせいか、村上氏の比喩の乱用による

丁寧な描写がとても新鮮で美しく感じました。読み終わった後味も

じわじわと温かいもので、個人的にはこの作品をとても気に入り

ました。しかし、このサイトに来て経験豊かな方が読むとそんな

風に見えるのかと衝撃を受けました。実際僕は内容はほとんど

理解できていないと言ってもいいぐらいなのでしょうが、それでも、

読んでよかったとは思いました。

まだまだ読書の仕方も知らず、大した批評もできませんが、

ちゃんと本を読めるようになりたいと思いました。

またちょこちょこおじゃましに来ると思います。

ありがとうございました。[おまめ]



おまめサン、こんにちは。


比喩の乱用が新鮮…

入口で私と違う反応だったんですね。

村上作品に抵抗なく入れたのは

めでたいのかもしれません。

妻は愛読者ですが、私はダメでした。

そういう作家なんだと思ってます。[toruiwa2010]


by toruiwa2010 | 2017-10-09 06:05 | アーカイブから | Comments(0)

村上春樹「1Q84」のBOOK1~2を読むのにどれほどの時間が

かかったのか、今になると思いだせません。途方もない時間

だったような気もしますし、あっという間だったような気も…。


どちらにしても、“充実した いい時間”を過ごしたという

記憶はありません。ハハハ。


駄作としか思えない( 2009.07.31 初出 )

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苛立つ自分をなだめながら、なんとか、村上春樹著「1Q84」を

読み終えました。

本を読んで、これほどストレスがたまったのは初めてです。

読了後の感想を率直に書くなら、“これは駄作だろう”以外の

言葉が思い浮かびません。

私自身が5件 書き込みましたが、それをのぞいても8件の

コメントがありました。

最近では、“カレー騒動”に次ぐ“珍事”です。ハハハ。

その内容を分析すると、正面から私のエントリーに“不快感”を

示したものはほとんどなくて、村上ファンだと認めたうえで、

私の感想にもおおらかな反応を見せた方が数人…、なにより、

感情的な反論がなかったことを嬉しく思います。

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「説明しなくてはそれがわからんというのは、つまり、

どれだけ説明してもわからんということだ」


物語の中では、認知症が少しずつ進行している天吾の父親が

語った言葉ですが、それは、どう考えても、作者が言いたい

ことでもあるのでしょう。

決して、重箱の隅をつつくつもりはありません。

しかし、無償で、読みたい人だけが読めばいい、ささやかな

ブログを書いている私などと違って、BOOK 1-2で合わせて

3780円も払わなければ読めない本を書く世界的な大作家なら

こんなに読者を混乱させる文章は書かないでほしいと思います。

それとも、“説明責任”なんて言葉も辞書から削除しますか?

載ってないけど。ハハハ。


読んでいるときから「なぜ、こんなことを書いたのだろう?」

という疑問が頭から離れなかった描写があります。ともに、

BOOK 1です。


ぱっとしない左右でいびつな乳房と、手入れの悪い

サッカー場を思わせる○毛。(204P


乳房は大きさが足りないし、おまけに左右非対称だ。

○毛は行進する歩兵部隊に踏みつけられた

草むらみたいな生え方をしている。(326P


特別の意味があって、この部分を選んだわけではありません。

当ブログの訪問者は皆さん、“オトナ”だと思っていますから、

これぐらいの“下ねた”は大丈夫なはずです。

品位を保つために、1文字 “伏せて”おきましたがが(ハハハ)、

これはダメでしょう。

これだけ長い小説であれば“無駄な”文章も、あって不思議では

ありません。しかし、この二つの描写で、村上春樹は青豆に

ついて何を言いたかったのか?その意図がさっぱり分からず、

単なる“言葉遊び”としか、思えません。


初めて読む村上春樹作品が“これ”だったのがわが身の“不運”

なのかもしれません。

過去の作品もすべてこの調子なんでしょうか? まさかね。

内外を問わずきわめて高い評価を受けている作家ですから、

そんなはずはないでしょう。

ただ、私が、果てしない“混乱”の中でこの本を読んだことは

まぎれもない事実です。

途中から、「これはSFなのか?」と思い始めました。

「それならそうと、初めから言ってくれよ。映画でも小説でも、

SFものは敬遠することにしているんだから。

“絶不調”だった5番・新井の前の4番・金本みたいに。ハハハ。


青豆が、見落とすはずがない大きな事件についての情報の“洩れ”を

自覚するあたりから「怪しいな」と思い始めました。

さらに、この物語が進行している年、1984年を“1Q84

呼ぶことに決め、やがて、空に浮かんだ“二つの月”に気づき、

それが、彼女の一時的な“錯覚”や“思いこみ”で終わらないと

分かった時点で、読み続けることが苦痛になってきました。


この作家は“錯乱”しているのではないか?

言いたいことは何なのか?

あちらの世界、こちらの世界とは何か?

空気さなぎとは、リトル・ピープルとは何を象徴してるのか?

また、それらを登場させることで作者はどんなメッセージを

伝えようとしているのか?

…ナゾは、何一つ解けることなく、ナゾのまま残りました。

今更 解きたいとも思いません。ハハハ。


BOOK 2の中盤で青豆と教祖が“11”になるところまでは、

その先の展開にいくらかの期待がありました。

しかし、見事に裏切られ、残ったのは時間がもったいなかった

という思いと疲労感です。


圧倒的な高評価で新人賞を取ったとされる「空気さなぎ」が

一部 登場しますが、それほどのものとも思えません。

BOOK 2396ページに


『空気さなぎ』は幻想的な物語のかたちをとって

いるものの、基本的には読みやすい小説だった。


…とあります。きっと、作者は、「1Q84」もそうだと言いたい

のでしょうが、私には、どちらも“ちんぷんかんぷん”です。

ハハハ。


そもそも、小学校4年生(10)のある放課後に、少女が少年の

手を握っただけなのに、20年後になっても、その二人が互いを

想い続けるなんてことがあるのだろうか?

それがまさに 1Q84年の、あっちだかこっちだかの世界だから

こそ見られる現象なのか?

脳細胞をフルに動員しても、この本に書かれていることを

理解するのは不可能でした。


そういえば、何かの受賞のスピーチが話題になっていたなあと

ウイキペディアをのぞいてみたところ、精神科医&批評家の

斉藤環氏の書いたこととしてこんな記述がありました。


隠喩能力を、異なった二つのイメージ間の

ジャンプ力と考えるなら、彼ほど遠くまで

ジャンプする日本の作家は存在しない。


…なるほど。えーと、これはほめているんですよね。

「たしかに」、「これはうまいなあ」と思うものもありますから、

評価があるのも当然です。

隠喩や比喩については、前のエントリーで散々書きましたから、

これ以上は書きません。

しかし、これほど“乱発”しちゃあダメじゃないかなあ?

ここというときに“放って”こそ、値打ちがあるというものです。

WBCのイチローのように。ハハハ。

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指摘されるまでもなく、これが“書評”になっていないことは

本人が一番よく分かっています。

“ありてい”に言えば、単なる感想? いけませんか? 

新聞や週刊誌では、専門家の書評を見かけないので、ネットで

検索して、いくつかを読みましたが、読まなきゃよかったと

思いました。本編を読む以上に混乱してしまったからです。

もっと恐ろしいのは“上・巻”ではなく、“BOOK 1” “BOOK 2”

なっている以上、“BOOK 3”“BOOK4”が出てもおかしくない

とする説があることです!!

「これ以上、いじめんといてくれ」…ハハハ。


若いころから、絵画、音楽、文学…どんな分野であっても、

「分からない奴は分からなくていい」というタイプの芸術は

認めないことにしています。“ミロのヴィーナス”は美しいし、

素直に感動しますが、“ゲルニカ”などは何度見てもそのよさが

理解できません。専門家の解説を聞いても、です。

芸術作品の評価を決めるものさしの中に“見て、聴いて、読んで、

万人が理解できる”を入れるべきではないでしょうか?


そういえば、政治体制を「壁」、人間を「卵」にたとえた村上の

エルサレム賞のスピーチですが、「どんなに壁が正しく、どんなに

卵が間違っていても、私は卵の側に立つ」…

私の胸には響きません。どちらかといえば“うすっぺら”、“空虚”

という印象です。

ムツさん(「秩父山中 花のあとさき」NHKドキュメンタリー)

言葉のほうがはるかに訴える力を持っています。

それは“頭でつむがれた”のではなく、“ハート”から出てきた

言葉だからです。

“大作家”と“山里のおばあさん”だと、前者の言葉に感心して

しまいますがちですが。


皮肉でなく、この本に書かれていることを理解できたと言う人は

“すごい!”と思います。私には、とても無理です。

ただし、文学って、こんなにややこしいものでいいのか?という

疑問が残ります。そして、くれぐれも、“理解できた”人たちが、

「“理解できない”とは格好悪くて言えないから」との思いから、

そうおっしゃっているのではないことを祈ります。ハハハ。


1冊読んだだけで、大作家を切り捨てたのでは後悔するかも

しれないと思い、初期の作品、「ノルウェイの森」を購入しました。

私より先に読んだ妻は「似たようなもの」と言っていたのに、

さらに、「ねじまき鳥クロニクル」と「海辺のカフカ」を買って

きました!

この期に及んで「はまりそうだわ」と言い出していますが、

「お好きなように」と言っておきました。ハハハ。

「ノルウエイの森」を含め、私が読む可能性は低そうです。

5日前に4冊の新作がAmazonから届いたからです。


マイケル・コネリーの「The Brass Verdict

ネルソン・デミルの「The Gate House

マイケル・コネリーの「The Scarecrow

ケン・フォレットの「World without End

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好きな作家ばかりで、わくわくします。12月にかけてさらに

4冊、届く予定です。頭が痛くなるような、わけの分からん

小説を読んでいる“ヒマ”はないのです。ハハハ。

先日の朝日新聞(be)に「村上春樹の作品を読んだことが

ありますか?」との設問があり、「ある」が45%、「ない」が55%、

「ある」人に「好きですか?」と尋ねると、その回答は「はい」が

51%、「いいえ」が49%だったそうです。

「はい」と答えた人たちにその「魅力」を聞くと、回答の

上位ふたつは次のとおりでした。

「隠喩多用の文章」22

「幻想的な物語」22


…そのふたつが気に入らない私には、読む資格がないようです。

口惜しくもないし、困ることもありませんが。ハハハ。


今朝早く、この記事に対するコメントを更新しています。⇓


by toruiwa2010 | 2017-10-08 07:30 | アーカイブから | Comments(0)

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貴重な情報ありがとうございました。

私も、その作品、購入しようかどうか迷っていたのですが、

やはり、そうでしたか。[ mimo ]


おはようございます。

昔は「風の歌を訊け」「1973年のピンボール」「羊を巡る冒険」と、

後から青春三部作といわれた作品がとても新鮮で好きでした。

以降は、ノルウエイの森も途中で放棄。この辺から『「はい」と

答えた人たちの「魅力」』的な小説になっていき・・・、

岩佐さん同様、私も、もう読む機会もないでしょう。[ ]


村上春樹作品は謎だらけの中でいろいろな想像をすることを

楽しんでいます。理解できない中で空想するのがお気に入りです。

多様な感想があるのは当たり前で、それぞれお気に入りの本を

読めば良いと思います。 [ ぞうやん]


""さんとほぼ同じです。

でも本屋さんで平積みされているのを見るたびどうしようか

考えていましたが・・・やっぱやめます。

もしかして、英語やフランス語に翻訳されると新たな魅力が

生まれるのかもなんてあるんでしょうか。 [ yy ]


こんにちは

村上春樹、「羊を巡る冒険」は好きでした。内容も記憶に残って

います。高校生の時に「ノルウエイの森」でギブアップ。

その後、全く手が遠のいてしまいました。


優れた芸術作品ってナンなんでしょうね。

映画や文学を見ていて世界的に評価されてこれは素晴らしいと

いわれたものが私には理解できないものがあります。

よく分からないというと「だから凡人は…」って言われたり。


そーかなあ、世の中には凡人のほうが多い気もするけど。

さりげなく分かりやすく、面白いほうが親切だと思うんだけど。

そういった素晴らしい芸術作品(1Q84以外のものも含めて)

分かったフリは自分らしくないので、やっぱり「理解できない」と

言い続けるんでしょうね。ま、いろいろな感覚の人がいるから、

生活してて楽しいんだし。 [ orangepanya_yuko ]


作家という人達は、年齢を経るに従い、自分独自の世界を

構築するようになります。読者不在の文法を用いるようになり、

やがて本人と担当編集者しか理解できない文章を書くように…

その段階に至ると、世間は、その人を芸術家と呼び、作品を

離れて名声だけが一人歩きをはじめます。

そうなると、書いている本人、孤独でしょうね。[ mimo ]


あまりに否定派が多いのでフォローを。

「ノルウエイの森」が流行った時、わたしも読みましたが

なぜそんなにベストセラーになったのかわかりませんでした。

そして結婚して夫の本棚にあるのを見つけ読み直してみたら

なかなかよい作品だなぁ…と全く異なった感想を持ちました。

その時の精神状態によって村上春樹は訴えかけてくる時と

来ない時があります。

ちなみに、わたしは図書館で借りて読んでから気に入ったら

買う派です。[ masa ]


フリージャズを聴かされているような苦痛を感じて以来、

避けて通っています。 [ けん ]


昔からHP・ブログを拝見してますが、岩佐さん、変わりましたね。

[ TK]


結局は、ある人にとっての傑作は、他人にとっては駄作になり

うるってことですね~


1点気になったのですが、所詮は芸術ってすべて「分からない

奴は分からなくていい」ものではないでしょうか。

岩佐さんは“ミロのヴィーナス”は美しいけど“ゲルニカ”は

理解できないとおっしゃいますが、それとまったく逆の感性を

持つ人もいっぱいいますよね。(たとえば先入観のない子供は、

古典美術よりピカソ後期の作品に興味を持つと聞いたことが

あります。)

となると、「万人が理解できる」かどうかを、誰のものさしで

判断すればよいのでしょう…やっぱり芸術って伝わる人に

伝わればよいのではないでしょうか?


それにしても、“IQ84”の報道ぶりはちょっと異常ですね。

マスコミに流されず、自分で好みの作品を見出すところに

読書の面白さがあるのになぁって思います。 [ きゅう ]


きゅうサン、こんにちは。

このブログ全体がそうですが、ものさし…の部分は

私はこう思う、ということを書いたまでです。

異論があるのは当然です。

そして、おっしゃる意味はよーく分かります。


私が口をさしはさまないうちに、コメントが

10件に達しました。

良くも悪くも、“ハルキ”には皆さん、関心が

あるということでしょうか。ハハハ。[ toruiwa2006 ]


岩佐さん、こんばんは。

久しぶりに書き込みします。


「村上春樹」論ですか…。

作品の世界観が作者自身の感性にものすごく依拠しているのが

強烈に感じられ、その感性に読者側が歩み寄らなければなかなか

理解することが難しい、作者の世界観に乗っかることのできる

人以外を排除してしまう傾向にある(本人にその意図はなく、

読者側だけの問題かもしれませんが)作家の1人だと思います。


むしろ、登場人物が抱く青春期のどこかしら屈折した心情など、

理解できない部分もまったくないわけではないんですけども。


「ノルウエイ」「ねじまき鳥」「カフカ」…。

このうち「カフカ」は未読なので何とも言えませんが、

物語の世界が比較的つかみやすい、という点で言うなら、

あえて以上のどれでもなく、「世界の終りとハードボイルド・

ワンダーランド」をお勧めします。


とりとめなく、長々と失礼いたしました。 [ a73*su*4shi ]


a73*su*4shiさん、こんばんは。


…という、書き込みがあったと

妻に伝えておきます。ハハハ。


私は、二度とあの疲労感と時間を無駄にした気分を

味わいたくないので、読むことはありません。[ toruiwa2006 ]


私は村上作品は最新作を除きすべて読みました。

それも繰り返し。周りの人に聞くと大好きと嫌いか分からないに

はっきり分かれます。奥様の場合は、「ねじまき鳥クロニクル」を

読まれた後に、はまりそうだとおっしゃったなら、村上に

親和性がある方だと思います。

ユング派の故河合隼雄氏が、これは、夫婦のことを扱った

すごい本ですね、と二人の対談本の中で言ってました。

[ chacha ]


以下は、201110月に同じ記事を再録したときに

寄せられたコメントです。1件と私のレスですがw


岩佐なんこんばんは。


村上春樹は…読んだ事がないんです。本屋で手にとっても、

図書館で借りてみてもまったくページが進まないんですよ。

頭にも入ってこないし何というか、メンドクサイ言い回し

だなぁって思ってしまって。

村上春樹を読まずして文学を語るべからず。

日本人なら読むべし。みたいな事が各方面で言われましたが、、、、

ダメだと思ってるのは私だけじゃなくて良かった~。[chibita]


chibitaさん、こんばんは。


みんなが正直になればそういうひとが

多数派になると思いますけど、ウソツキが多くて。ハハハ。

[toruiwa2010]


by toruiwa2010 | 2017-10-08 06:00 | アーカイブから | Comments(0)

今年もまた、村上春樹はノーベル文学賞を取れませんでした。

かねてから、あまりの高評価に疑問を持っている私の感想は

「まあ、そうだろうね」です。「1Q84」を読みましたが、賞に

値するとは思っていないので。

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疑問の点や、ひねくれ屋のいちゃもんは何度か書いています。

この3連休にまとめて更新します。御用とお急ぎでない方は

ご一読を。純正・ハルキストや準ハルキストは読まない方が

いいと思います…そう警告しておきます。

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論破してやる、などと力まないことです。“言うだけ無駄”と

あきらめるのがベストです。ハハハ。

ちなみに、ビートたけし大先生も先日、「アイツの本なんて、

大したこと書いてねえ」と言っておられました。ハハハ。


“村上春樹「1Q84 」を読む~

げに 純文学とはややこしきもの~( 2009.07.10 初出 )

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・投げた石が必ず落ちるように俺は確実に死ぬ。

・が、テストを受けなければ、今全身をわし掴みにしている

不安が永遠に続くこともまたハッキリしていた。

墜落機の中にでもいるような激しい衝撃は収まったが、

高みに渡されたガラス板の上に立って下を見るような、

踏ん張りのきかない絶望感が彼の全身をしっかりと

捉えていた。

・まるで糸の切れた凧のように嬉々として、彼はたちまち

ラグビーに打ち込んだ。

・それは目まいに似た暗闇を頭の中に喚起して彼をたちまち

恐怖の底に突き落とした。

・たちまち彼の気分とは噛み合わない交換手の呑気な声が

返ってくる。


出張先の海外で 文学を志す友人から「習作だけど、読んで

感想を聞かせてくれないか」と言われて預かった小説のコピーが

手元にあります。

帰国の飛行機の中から読み始めました。15年も前のことです。

…結局、彼に“感想”を伝えることはありませんでした。


頻繁に登場する、純文学にはありがちな“修辞法”(同じことを

言い換えたり 単純な名詞や動詞に“持って回った”形容詞や

形容詞句を書き足したりするやりかた)にひどく違和感があり、

日本語的におかしい表現がたくさんあったからです。

それを伝えてこそ“友”なんでしょうが、最後の数行をのぞくと、

共感するところ、感心するところが少なくて、「これではなあ…」と

ためらってしまったのです。


広辞苑では“純文学”をこう説明しています。

大衆文学に対して、純粋な芸術を志向する

文芸作品、殊に小説


かつて、「岩佐徹的比較文化論」に書いたとおり、私は、

一貫して、芥川賞作品より直木賞作品のほうが好きでした。

物語としての面白さを追及して、比較的分かりやすい言葉で

簡潔に話を前に進めていく大衆文学に対して、作家が大事だと

考えるテーマを言い換えやたとえ話をちりばめて書くあまり、

ストーリーが停滞する純文学は、“生理的”に受けつけません。

ハハハ。


“帰省中”にフレデリック・フォーサイスの「アヴェンジャー」を

読み終えたあと、次は何を読もうかと本棚を探したのですが、

適当なものが見つかりませんでした。

うっかり、妻が読み終えてテーブルに積んであった“話題騒然”、

村上春樹の「1Q84」が目に入ってしまいました。

最近は 芥川賞作品を初め、たとえ話題になっていても、日本人

作家の作品はほとんど読んでいなかったのですが、すさまじい

人気のこの作品には関心がありました。

「そんなにすごいの?」「どこがそれほど面白いの?」…

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見た目はきりっとしたキャリア・ウーマン、実は…という女、

青豆(アオマメ)と作家志望の青年、天吾(てんご)が1章ずつ、

交互に登場して物語が進行していきます。


読み始めてはみたものの、たちまち、“15年前と同じ感覚を

味わうことになりました。もちろん、友人には悪いですが、

レベルは違います。しかし、「普通に書けばいいじゃない?」、

「どうして、そんなに得意げなの?」、「なぜ、まるで『どうだ、

うまいだろう。こういう言い換えは俺にしかできないのだ』と

言わんばかりに くどい形容詞や形容詞句を書き連ねなければ

いけないの?」と、へきえきした気分になるところは同じです。

ハハハ。


冒頭の3-5行目にかけて、こんな文章があります。


中年の運転手は、まるで舳先に立って不吉な潮目を読む

老練な漁師のように、前方に途切れなく並んだ車の列を、

ただ口を閉ざして見つめていた。


“余計な”文節のおかげで、逆に運転手の表情が頭に浮かんで

きません。ハハハ。

“中年の運転手は、前方に途切れなく並んだ車の列を、

ただ口を閉ざして見つめていた”


では、どうしてもダメなのか?

それに、“途切れなく”という日本語、あるんですかね?

私の貧しいボキャブラリーには“途切れることなく”あるいは、

“切れ目なく”しかありませんので、この言葉に出会ったとき、

びっくりしました。

推敲に推敲を重ねたはずですから、“大作家”に間違いはなく、

私が知らなかっただけ…当ブログでは、とりあえず そういう

ことにしておきましょう。こう見えて謙虚なんです。ハハハ。


珍しい苗字を持つ主人公の一人が、行く先々の町で電話帳を

開いてみるが、同じ名前を持つ人物は見当たらなかった…という

記述のあとに“そのたびに彼女は、大海原に投げ出された孤独な

漂流者のような気持ちになった。”と書かれています。

数行後には“名刺を渡すと相手はしばしそれを凝視した。まるで

出し抜けに不幸の手紙でも渡されたみたいに。”とあります。


ほかにも・・・。


なのに、その音楽の冒頭の一節を聴いた瞬間から、彼女の頭に

いろんな知識が反射的に浮かんできたのだ。開いた窓から一群の

鳥が部屋に飛び込んでくるみたいに。


録音された拍手を長く聞いていると、そのうちに拍手に聞こえ

なくなる。終わりのない火星の砂嵐に耳を澄ませているみたいな

気持ちになる。


「現実はいつだってひとつしかありません」、書物の大事な

一節にアンダーラインを引くように、運転手はゆっくりと

繰り返した。


それは揺れというよりはうねりに近い。荒波の上に浮かんだ

航空母艦の甲板を歩いているようだ。


堅く閉じられた唇は、よほどの必要がなければ微笑ひとつ

浮かべなかった。その両目は優秀な甲板監視員のように、

怠りなく冷ややかだった。


…傾向はお分かりでしょう。

省かれていることが多いですが、一つの文章を説明するときに、

“まるで(たとえば)、…のように(みたいに)”という形の文章が

続くのです。第1章、19ページ分の文章の中だけで“おかしな

”ところがこんなにあります。てんこ盛り。ハハハ。


ファンの多い、世界的に有名な作家ですから、当然、「それが

村上文学さ」とおっしゃる読者がたくさんいるのでしょう。

だからこそ、意図的に宣伝しなかったのに初日だけで数十万部を

売り上げたのでかもしれません。


しかし、天邪鬼の私はそれほど、感心したり、「参った」と

言ったりしません。ハハハ。

これは、作家の“言葉遊び”じゃないかと思うのです。

それが好きだと言う人もいるでしょう。しかし“いちいち”

感心したりしない私のような読者には余分なものでしか

ありません。どんなに高邁なテーマで小説を書いたって

読者に伝わらなければ意味がないじゃん。

分類上、純文学だろうが、大衆文学だろうが、分かりやすい

ことが肝心じゃないのかなあ。


考えすぎでしょうが、なによりも、読者に「うまいなあ」と

言わせたがっているように思えてなりません。“大向こう”に

受けることを狙っているようで、好きにはなれません。

もともと、世間が“絶対視”する事物には、“眉に唾する”ことに

している私ですから、大作家がこういう“自己満足”的なことを

やっているのが我慢できないのです。ハハハ。

ウエアや音楽をはじめ、やたらにブランド名や“うんちく”が

出てくるのも、かえって、作品全体の質を落としているように

感じます。“やすおチャン”に任せておけばいいのに…。


純文学とは“対極”に位置する分野(推理・探偵小説)になりますが、

私の大好きな作家に“ハリー・ボッシュ・シリーズ”で知られる、

マイケル・コネリーがいます。

探偵小説を馬鹿にしてはいけません。彼は、新聞記者として

“ピューリッツァー賞”の候補になったほどの実績を残していて、

今では、日本でもファンが増えています。

ときどき“うんちく”は出てきますが、英語で読んでも、彼の

書き方のほうが“無駄”が少なく、はるかにスマートです。

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…そんなことを言いつつ、BOOK1を読み終えてしまいました。

ハハハ。

こうなった以上 最後まで読むつもりですが、いまのところ、

高く評価できる小説だとは思わないし、“面白い”とも思いません。

“行きがかり上”、読み続けているだけです。


BOOK1の終り近くにこんな箇所があります。


「世界というのはね、青豆さん、ひとつの記憶とその反対側の

記憶との果てしない戦いなんだよ」

「たしかに」と青豆は言った。


…文化人類学者や哲学者ではなく、“普通の”20歳代半ばの女性

二人の会話です。すっげー!

小説だから、と言ってしまえばそれまでだし、こういう深ーい

会話ができる若い女性がいたっておかしくはないのですが、

ひたすら尊敬しちゃいますねえ。ハハハ。


編集者が天吾に向かって電話で 「ホットケーキみたいに

作るそばからどんどん売れている」と話す場面があります。

哀れな私の頭は“混乱”しました。

“花畑牧場の生キャラメルみたいに、作るそばから…”なら、

私の頭でも分かります。

しかし、この作家の書き方だと、“ホットケーキ”とは、“作る

そばから売れる”もの、ということになり、それはとてもおかしな

“決め付け”です。それとも、1984年当時はホットケーキが

“爆発的に”売れていたんでしょうか。まさかね。ハハハ。 


読みはじめたばかりのBOOK2にも、いきなりこんな記述が

あります。


百合は大きく、瞑想にふける異国の小さな動物のように

もったりしていた。

唇には色がなく、長い眉の外端は、まるで万有引力に抗する

ことをあきらめたかのように、わずかに下に降りていた。



相変わらず…。ハハハ。

こういう描写が、ものすごく気になるのです。


ただし、初めは、まったく接点がなさそうに見えていた2人の

主要な登場人物の間に、少しずつ、“絆”があることが明らかに

なってきています。これから面白くなるのか?!

仮に、読み終えたときの感想が大きく変わっていてもどうか

私を責めないでください。ハハハ。


このエントリーを書くのに、少し“ためらい”がありました。

ささやかではあっても、不特定多数の人の目に留まるブログで、

ノーベル賞を獲ろうかという世界レベルの大作家の作品に

“いちゃもん”をつけ、文章についてまでごちゃごちゃ言うのは

それなりの“勇気”が要ることなのです。ハハハ。


これを何と言えばいいのでしょうか?

“飛んで火に入る夏の虫”?…じゃあないでしょう。

“風車に挑んだドン・キホーテ”?…違いますねえ。

“蟷螂の斧”?…これも違うなあ。

“「私を総裁候補に」の東国原知事”?…。ハハハ。


ピッタリの言葉は見つかりませんが、周囲からの“冷ややかな”

目を意識しながら、勝てる見込みのない相手に挑んでいる

自分が見えます。それぐらいの自覚はあります。ハハハ。


参考のために、この記事に対するコメントを先に()

更新してあります。興味があったらどうぞ。


by toruiwa2010 | 2017-10-07 07:30 | アーカイブから | Comments(0)

同意も反論もありましたが、そのまま再録します。

[toruiwa2006]と[toruiwa2010]は私です。

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こんにちわ。この作品はまだ読んでいません。

村上春樹はけっこう好きです。

春樹らしさが好きなのかもしれません。

でも、この記事は全然嫌味でなく、とても正直で、

素直になるほどなあと楽しめました。

勇気、頭が下がります。

迎合するだけでは、世の中ちっとも面白く

ありませんものね。(笑)[ 咲耶子 ]


咲耶子さん、こんにちは。

最初のコメントが“好意的”なもので

ほっとしました。ハハハ。


好き・嫌いは人それぞれですからね。[toruiwa2006]


13歳でデビュー作を読んでから今日まで

村上春樹作品とともに人生を歩んできました。

私は「全面肯定」ですが、そうでない人がいても

不思議ではないです。

「ファンだけがわかればいい」と驕っているのではなく…

感じ方人それぞれ、ですよね。 [ きょん ]


先日、妻が電話でこう言いました。***

「テレビで、誰かが、これだけ話題に

なっているのに、私の周りで、この本を

読んだという人を知らないって言ってたわ」


200万部売れたと言っても、BOOK1-2合計ですから

実質100万…全人口の1%足らず。

周りに、読んだ人がいなくても不思議ではないですね。


なのに、ここには、3人も!

当ブログの来訪者の反応はとても

理性的なので嬉しいです。


いつか、原書に読みつかれたとき、彼の

ほかの作品を読んでみようという気になります。

ハハハ。[toruiwa2006]

***このころ、芦屋(注:8年前)に単身赴任中でした。


私としては,このエントリーの,考えすぎでしょうが...から,

やすおチャンに任せておけばいいのに…の部分が,岩佐さん流を

感じて,とってもおもしろかったです.岩佐さんのブログを

放っておけない理由がここにあります. [ lal*l*o ]


ブログを書く喜びは、通じる人には通じると

分かったときに味わえます。[toruiwa2006]


私は「生キャラメル」のくだりが笑えましたよ。

いくらなんでもそれは無いだろうって。

小説を読まなくなってだいぶになります(評論本ばかり)

それでもパトリシア・コーンウエルはシリーズ読みしたので、

岩佐さんの言われるマイケル・コネリー読んでみようかなと

思います。翻訳本でもいいですか? [ 瀬戸の生ガキ ]


瀬戸の生ガキ さん、おはようございます。

“きざ”なようですが、コネリーは

原書でしか読んだことがありませんので

訳されたものが面白いかどうか、保証の

かぎりではありません。とにかく、一冊

お試しになってみてはいかがでしょうか?


“ハリー・ボッシュ・シリーズ”が特にお勧めです。

パラパラっとめくって、「ボッシュ」の文字が

あるものを選んでください。


なお、日本では、「マイクル・コナリー」と

されています。


楽しんでいただけるといいのですが。[toruiwa2006]


岩佐さんに共感です。

一般とは違う意味で、姉妹で春樹ブームです。


そして本日、本屋の「1Q84」コーナーの前にて、

20代の女性3人の会話。

「あっ、1Q84!」

「読んだ?」

「読んでない」(3人共)

「面白いかな?」

「だって有名だから」


最後の言葉に一人ニヤリとしてしまいました。 [ にこさん ]


もうすぐ、読み終えます。

いずれ、結果の報告をします。ハハハ。[toruiwa2006]


私も今まさにBOOK2を読んでいるところです。

大まかな感想は岩佐さんとほぼ同じです。

好きではないけど、うまいな…

と感じる部分は確かにあります。

岩佐さんの報告が楽しみです。 [ hir*mam*2 ]


初めて村上さんの本を読みました。

もっと小難しいのかな、って思いましたが、

読みやすかったです。

くどい感じはありますが、それは僕に読解力が足りない

せいなのかなと思ってました。

でも、最後まで楽しかったですよ。ハハハ。 [ futago ]


たしかに過剰なまでの比喩ですね。

この記事にあげられたように連続して目にすると辟易する

感がありますね。

ホットケーキの比喩は、英語の(sell) like hotcakes

借用したのでしょう。日本語に直訳?して使うあたりにも

彼なりのある文学的計算?があるのかもしれませんが、

ちょっとネ、という気持ちにもなりますね。[eosan]


eosanさん、おはようございます。


古いもの***を読んでいただいてありがとうございます。

読み返してみましたが、よく書けてました。ハハハ。

[toruiwa2006]



***7月に書いた記事に対してこのコメントは12月でした。



以下は、201110月に同じ記事を再録したときに

寄せられたコメントです。


岩佐さん、こんにちは。

世界レベルの作家の作品に“いちゃもん”。

その勇気に拍手です。楽しく読ませていただきました。

その昔「ノルウェイの森」ブームが起きた時、

好みではないと分かっていながら読んだことがあります。

まさしく「IQ84」の岩佐さんと同じ心境になったことを

思い出しました。もう、辛気くさいし回りくどいし、

読み切るのに相当の体力を使いました。

体力と時間を使った割には、どんな内容だったのか

記憶が曖昧(笑)。同じ回りくどさでも村上龍のそれほうが、

私には読みやすいですね。

作家の視線が読者へ向いているのか自分へ向いているのかの

違いですかねぇ。

映画の記事にもコメントしましたが、

小説も、この作品は芸術か娯楽か?と読み手も意識する必要が

あるでしょうか。[しょう]


連投申し訳ありません。

先ほどの投稿で、小説のタイトルが間違っていました。

IQ84→1Q84 です。

修正可能でしたらお願いいたします。

村上春樹に興味がないことがバレバレw [しょう]



村上春樹には全く興味が無かったので、極々通りいっぺんの

彼に対する評判しかわからなかったのですが、ここまで辛辣に

この“稀代の?”人気作家様の作品を批評する文を目にしたのも

初めてのような気がしたので、やはりそういう人もいるんだなぁ、

と当たり前の感想を抱いた次第です。でもこの世界観が最高!と

思っている人々が世界中にたくさんいるのも事実なんですよね。

岩佐さんから見れば、そんな人達は“理解に苦しむ“ってこと

なんでしょうかね?[庄子仁]



しょうサン、こんにちは。

事情があって、レスが遅くなりました。


このままで問題ないと思うのでノータッチにしました。

僕のほうでは修正もできないので・・・。


小説も、この作品は芸術か娯楽か?と読み手も

意識する必要があるでしょうか・・・


難しいですが、私は基本的に広義の“娯楽”として

読んだり、見たりしますね。[toruiwa2010]



庄子仁サン、レスが遅れてすみません。

ここまで辛辣にこの“稀代の?”人気作家様の作品を

批評する文を目にしたのも初めてのような、・・・


“蛮勇“と読んでもらっても。ハハハ。[toruiwa2010]


by toruiwa2010 | 2017-10-07 06:00 | アーカイブから | Comments(0)

またまたフジのアナが

~ T アナ 痛ましい~( 2012.06.28 初出 )

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2012/06/27のツイート


フジテレビのTアナが亡くなった。

局のトイレ内で…と聞いて嫌な予感がしたが、

「自殺」と伝えているメディアもある。

ニッポン放送から移籍して これという仕事も

なかったようだから思い悩んだことは想像できる。

悪いニュースが続く母局だが、「自殺」だけは

嘘であってほしい。


アナウンサーにもいろいろな人がいてと、 一概には言えないが、

自分のことを踏まえるなら、プライドは高く、気は小さい…

そんな人が多いかもしれない。

フジテレビでアナウンサーをやめたあと、報道、スポーツと

異動しながら、「自分はウツになるのではないか」と心配だった。

「アナウンサーとしてやり残したことはない」と言いきって

辞めたものの、未練はたっぷりだった。スポーツ・アナでも

「プロ野球ニュース」などで顔出しをしていれば、世間的には

それなりにちやほやされることもあって、華やかな職業だから、

その“刺激”がなくなったとき、寂しさに耐えられるのかと。

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報道に移って半年ぐらい経ったとき、原因不明の下痢が続き、

入院したのだが、いろいろ検査をして医師が下した診断は

「ストレスによる心身症に近いもの」だった。入院したとたん、

下痢はおさまったから きっとそういうことだったのだろう。

ただし、私の場合は幸い深刻な事態にはならなかったが、

同業の先輩・後輩の中には、思い悩んだ末に自ら命を絶った

アナもいる。


Tアナ(正しくは1年前に異動していた)がそうだったのか

どうかはわからない。

亡くなった人の胸の内を推し量るのは難しいことだが、かなり

漠然となら、彼の心境が理解できなくはない。

ニッポン放送(ラジオ)の局アナだったが、ライブドアの買収

騒ぎのあおり2006年に数人の同僚と一緒にフジテレビに

移籍した。ニッポン放送側の経済的な“事情”によるものだった。

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厄介なことに、同じアナウンサーでも、テレビとラジオでは

採用のプロセスからして違う。

局によって差はあるものの、3~5秒間音の空白があると、

放送事故扱いになるラジオのスポーツ・アナは極端に言えば、

1秒も休まずにしゃべり続ける。極端に言えば試合のスコアや

ボール・カウントを繰り返ししゃべる。一方、テレビのアナは

画面に出ていることは基本的に言わない教育を受ける。

彼はスポーツ・アナではなかったが、しゃべり方や間合いが

大きく違うテレビの仕事に慣れるのにも苦労したと思う。


制作側にもテレビ番組で起用するのに躊躇があったはずだ。

そもそも、フジで育ったアナたちはテレビで起用することを

前提にした試験を経て採用されているが、ラジオのアナたちは

その“ふるい”にかかっていない。

詳細は知らないが、ニッポン放送から移ったアナで目立った

活躍をしているのは「ほこxたて」で“実況”をしている福永

一茂アナと「とくダネ」のリポーターだった冨田アナぐらいだ。

Tアナも一時期、現在「ノンストップ」を放送している枠で

顔を出していたが、違和感は否めなかった。微妙なところが

何か違った。


フジの制作スタッフが移籍組だからと言って冷遇している

ことはないと信じたい。外部の人間は使っているのだから、

才能があって適材なら起用しているはずだ。

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Tアナについては、最近は見ないなあ、BS,CSで仕事をして

いるのかな、と思っていた矢先だった。

ラジオではリスナーにも人気のパーソナリティーだったと

聞くし、きっとバリバリ仕事をしていたのだと思う。フジに

移るときに、“期待”が膨らんでいたかもしれない。

しかし、仕事が回ってこない。フジ採用のアナたちは自分より

後輩でも超多忙なスケジュールで仕事をしているのに…。

そう考えたら、私なら耐えられない。


職場ではストレスがたまる一方だったと想像できる。

結婚していると聞いていたのに「喪主は未定」と書かれている。

離婚、あるいは別居中? 複雑だ。

職場でのストレスから夫婦間に亀裂が入ったのではないかと

考えてしまう。時計の針を巻き戻せば“ライブドア"に行きつく。

いわば、運命にもてあそばれたようなものだ。


遺書もあったというから“自殺”は間違いではなかったのだろう。

最後までアナでいたかったらしい。異動したが、1年で戻れると

思っていたようだ。

希望がかなわないと分かった翌日、死を選んだようだ。痛ましい。

面識はなかったが、冥福を心から祈りたい。

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by toruiwa2010 | 2017-10-01 08:13 | アーカイブから | Comments(0)