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岩佐徹のOFF-MIKE

toruiwa.exblog.jp

実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

カテゴリ:アーカイブから( 51 )

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2種類のチャーハン
~カレーと並ぶ大好物~( 11.01.14 初出 )

一昨年、芦屋で長兄と同居生活をしたとき、初めは、食事は
一緒にするつもりでした。しかし、すぐに、歯が弱っている
兄は噛みにくいものは苦手だと分かり、それまでの生活習慣の
違いもあって、無理に合わせるのはよくないと判断し、当面は
好きなものを好きな時間に食べることにしました。

東京を出発する前から、できるだけ“自炊”をしようと考えて、
簡単な料理のレシピを妻に作ってもらっていました。
レシピを見ながら妻が作るのを横で見ていたときは「なーに、
なんとかなるさ」と思っていましたが、実際にやってみると
“甘かった”ことにすぐ気付きました。
実践したことが一度もないのですから当然ですし、“1人前”を
作るのは難しくて、うまくできたものは少ないです。
トリ雑炊が完璧な失敗に終わったとき、ホットケーキ一枚も
満足に焼けなかったときには本当に情けない思いがしました。
ハハハ。
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そんなことを綴った“苦闘の記”を書いたときは“読者”の方にも
ずいぶん励ましていただきました。
特にカレーライスとしょうが焼きにはたくさんのアドバイスが
あって驚きました。ご恩は一生忘れません。いえ、ホントです。

先日、数カ月ぶりで妻がチャーハンを作ってくれました。
私の大好物です。好物に挙げる人が多いと思います。
おいしいのはもちろん、食べやすいという点でも抜群です。
特に男は、カレーと並んで好きな食べ物の上位に入るはずです。

芦屋で暮らしている間に必ず挑戦し、“岩佐徹式”チャーハンを
編み出すつもりでいたのですが、諸般の事情があってそこまで
行かないうちに“撤退”ということになってしまいました。

釜めし、五目めし、ちらしずし、豆ごはん、チキン・ライス…
ひっくるめて“混ぜごはん”というものを多くの日本人がとても
愛しているのは間違いありませんね。
カレーとチャーハン…共通しているのは手軽に食べられること、
家によって“お好み”で味付けが少しずつ違うことでしょう。
我が家のチャーハンは2種類です。ハムとニンニクを刻んだ
ものを混ぜたガーリックライスと万能ねぎと玉子のシンプルな
ねぎチャーハンです。妻が提供してくれたレシピは…
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「ガーリックライス」
ガーリック みじん切り(大き目の一片)
ハム 3枚 みじん切り(枚数は適当で)

作り方
オリーブオイルをフライパンに大匙2杯ほど入れ、
ガーリックのみじん切りを弱火で、薄い狐色になるまで炒め、
油を切ってキッチンペーパーの上に取り出しておく。

フライパンに残した油で、みじん切りしたハムを炒め やはり
油を切ってキッチンペーパーの上に取り出しておく。
(ガーリックもハムもキッチンペーパーに油を吸わせることで
パリッとさせる)

大盛り一膳の冷ごはんをレンジで温め、フライパンで炒め
ガーリック、ハムを加え、塩、コショー、醤油で味付けする。
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「ねぎチャーハン」
万能ねぎ 1/2わ (5mmくらいの幅に刻んでおく)
玉子   2個
ご飯   大盛り一膳(レンジで温めておく)

作り方
フライパンにサラダオイルをいれ、熱くなったら、玉子を入れ、
ヘラで適当にかき混ぜ、そこに、ねぎとご飯を入れて合わせる。
塩、コショウ、醤油で味を整える。

…味の整え方は、“塩・コショウ”の一点にかかってきますね。
妻が作るものは血圧の高い私のことを考えて“塩分控えめ”です。
それでも、私にとって、「今晩はチャーハンよ」は実に心地よく
響くフレーズです。“塩をもうひとつまみ…”と思わないでは
ありませんが、健康で長生きするためには我慢も必要です。
ハハハ。

by toruiwa2010 | 2017-02-12 08:40 | アーカイブから | Comments(4)

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遥かなり ロカビリー 

~山下敬二郎が死んだ~( 2011.01.07 初出 ) 


東京・吉祥寺の明星学園で同じクラスにいた三橋俊夫君…

いまどうしているだろうか?

めったに学校に来ることはなく、たまに顔を出したと思うと

派手な“ステージ衣装”だった。みんなで取り囲み、「なんだよ、

このズボン。脚より細いじゃねえか」とからかったものだ。

アルバイトでバンドに入り、当時、大流行だったロカビリー

喫茶などでステージに上がっていたのだ。

私服に着替える時間がなかったのか、“見せびらかす”ため

だったのか、彼はそのままの格好で学校に来ていた。


通学路に井の頭公園があって、常に不良学生がたむろしていた。

そんな所をそんな衣装の少年が通りかかるのだから、絶好の

カツ上げの対象になった。極端なときには、行き帰りに二度も

餌食になったというから少しは考えればよかったのに。ハハハ。


ラジオで山下敬二郎が死んだことを知った。

40歳代以下で彼が何者かを知る人は数少ないことだろう。

平尾昌晃、ミッキー・カーチスと並ぶロカビリー3人男の一人だ。

山下は落語家・柳家金語楼の息子として当時こそ有名だったが、

今どき金語楼の名前を知っている人はもっと少ないだろう。

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高校生のころ、ロカビリーが全盛だった。

教室でポール・アンカのヒット曲「ダイアナ」の歌詞カードが

回ってくると、授業そっちのけで写したものだ。

エルビス・プレスリーやビートルズの少しあとで、ロック、

ヘビメタが登場する少し前だったと思う。


東京・数寄屋橋の一角、今 マリオンがあるところに日本劇場、

通称“日劇”と呼ばれた日本を代表する大劇場があって、そこで

年に数回、人気ロカビリーバンドが総出演して「ウエスタン・

カーニバル」が開かれていた。


投げ込まれるテープの山に埋もれた彼らに若い女性が殺到して、

ステージから引きずり下ろすような騒ぎが毎回起きていた。

高校3年で 大阪から東京に戻ったばかりの私も友達を誘って

一度だけ出かけたことがある。同年代の女性たちの“狂気じみた”

行動にあぜんとしたことを思い出す。ハハハ。


山下、平尾、ミッキー…3人とも同世代だ。

平尾とミッキーは健在だが、気を付けないと“逝ってしまう”

年齢になったということだろう。首筋が寒くなってきたなあ。

風邪のせいでなく。ハハハ。


by toruiwa2010 | 2017-02-11 08:40 | アーカイブから | Comments(2)

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おめでとうザック・ジャパン !

~これぞ チームの勝利~」( 2011.01.30 初出 )


正直、最近まで日本サッカーについては“懐疑的”でした。

熱狂的なサポーターが言うほど日本が強いとは思えず、いつも、

冷めた目で見ていました。

しかし、ワールドカップあたりから変わってきました。

タツジンとやらが不可解なことを書いている記事を読んで、

「ちょっと違うんじゃないの」と思ったのがきっかけでした。

その意味では彼が書くものも役に立つことがあるようです。

ハハハ。

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試合はNHKで見ました。

テレ朝の進藤アナも応援しているので関心はあったのですが、

早野解説に惹かれました。ああ、しかし、“二人解説”!

はっきり言って、好きじゃありません。経験もありますが、

アナウンサーも、両解説者も、互いに気を使ってみんなが

やりにくいものです。


実際は二人が違う意見を持っていても、放送中に“対立”する

ことは考えにくく、どこかで妥協しつつ、どこか“嘘っぽい”

放送になりがちです。

早野さんだけでいいのに高い飛行機代払って連れて行ったから

二人解説にしたのかな?ハハハ。


立ち上がり1分にオープニング・シュートを打たれ、直後にも、

きれいに4本ぐらいパスを回される場面があるなど、予想通り

日本は押されました。たまにボールを持ってもなかなか攻めの

形が作れませんでした。

オーストラリアの攻撃はゴール前の背の高い選手をめがけて

主にサイドから放り込むというシンプルなものですが、とても

迫力があります。ボールを持ってからシュートするまでが速く、

相手がセンターラインを越えたら日本のディフェンダー陣は

一瞬も気を抜けません。90分持つのかなあ、と心配でした。

ハハハ。

耐えてワンチャンスを待つしかありません。


いまさらですが、他人の実況を聞いていると、実況というのは

つくづく難しいと思います。

野地アナは日本のトップクラスのベテランですが、しゃべりが

少し一本調子ではないのか? 同業者としてはそう思います。

「それどころじゃないでしょうが、皆さんは?」とつぶやいて

みました。


「私は聞きやすい」という人が何人か反応してくれました。

「感情的にやたら叫んだり、無駄にうるさいよりは好みです。

落ちついて見聞きできるので」という人もいました。

民放との比較でそう思うのでしょう。

「それはそうですね。だから難しいんです。ハハハ」と呟き

返しました。


一方、人気はあっても早野さんの解説者としての能力は高く

評価されていないようです。たぶん、“やんちゃ坊や”っぽい

外見で損をしていると思うのですが、ちゃんと聞いていると、

彼の話は分かりやすく、そのあとの試合の見方に生きてくる

ことが多いです。決勝の解説も的確で、私は何度も「なるほど」と

うなずきながら聞いていました。


ゴール近くまでは行けても、そこから先がどうにもならん、

という印象が強かった前半は結局0-0で終わりました。

日本のDFの疲れも気になる一方で、オーストラリア選手の

スタミナにつけ込む余地はないのか、とも思いつつ、トイレへ。

ハハハ。


スタジオに戻りました。

「山岸舞彩とやらはどう考えても不要だろう。“賑やかし”にも

なってない」とつぶやくと、即座に「要ります」と反応があり、

「お好きなように。おまかせします。ハハハ」と応じました。

サッカーが分かっているアナウンサーときちんとした解説者…

それだけで十分です。

ほとんど話さない若い女性に“モデル立ち”をさせておくのは

“サービス”にならないと思いますがね?


後半開始直後、オーストラリアのシュートはゴールラインを

割ったようにも見えました。コメンタリー陣は声をそろえて

「入ってない」と。気持ちはよく分かります。ハハハ。

スローを見ると、確かにラインを越えていません。“誤審”が

なくてよかったです。

ドキュメンタリー映画「レフェリー」を思い出します。きっと、

主審と線審の間で無線による確認作業が行われたことでしょう。


日本は長身の岩政を投入し、長友のポジションを上げました。

ザッケローニ監督が最初のカードを切ったのです。

放送の中で、“3BK4BKに相当こだわっていました。

そんなにこだわらなくてもいいんじゃないの、と思いました。

どっちにしたって止まってるわけじゃないんだから。

異論はあるでしょうが、そんなことよりプレーを追ってくれと。

ハハハ。


岩政が入ってゴール前が安定したせいか、攻撃でもいい形が

作れるようになってきました。

ザック・マジックでしょうか?さすがですねえ。


…と思った26分過ぎ、DFとうまく入れ替わったキュウェルが

フリーになりました。キーパーと11の決定的な場面でしたが、

川島の右足が救ってくれました。あっぶねえ。

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スペースができるようになって、両チームともにいつゴールが

生まれてもおかしくない状況になりました。きわどいシュートが

飛び交うようになって、見ている者には面白い試合です。


90分のプレーでは決着がつかず、延長に入りました。

リザーブ、スタッフをふくめ 全員で肩を組むジャパン。

イタリア人のザッッケローニの目に、日本人のこの“団結”が

どう映っているのか、驚きだろうなと思いながら見ていました。


延長後半に入ってすぐ、左サイドで相手DFのマークを外して

縦に出た長友から、ゴールのほぼ正面で待ち構える李忠成へ

絶妙のクロスが入りました。投入されたばかりの李の左足が

このボールを完璧な形で捕らえました。GK・シュウォーツァーは

一歩も動けませんでした。

きれいなパスにきれいなシュート!!こんなに美しいゴールは

久しぶりで見ました。

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そこからの1分、1分の長いこと。

見ている者がそうですから、選手のストレスは計り知れない

ものがあったでしょう。

残り10分余りを集中して良く守りきってくれました。


決勝ゴールの李、これ以上はないというクロスを送った長友、

何度も神がかりなプレーでゴールを守った川島、いつものように

チームをリードした本田、途中出場で役割をきちんと果たした

岩政を初めとするDFうーん、みんなか。ハハハ。

そして、ザッケローニ!!我がイタリアの友よ。よくやった。

おめでとう!!


サッカーを見るために3時過ぎまで起きていたのは初めてです。

今朝は眠いですが、“全員の勝利”で最高に目覚めのいい朝です。

ハハハ。


by toruiwa2010 | 2017-01-29 08:21 | アーカイブから | Comments(0)

日本は間もなくキャンプインを迎える。

最近は斎藤佑樹が入団したときを超える

騒ぎはないようだが…。

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佑ちゃんしかおらんのか!?

~過去のキャンプ・フィーバー~ ( 2011.02.02 初出 )


それにしても、“斎藤佑樹フィーバー”のすさまじいこと!

たしかに、好青年だ。高校でも大学でも実績を残した。

しかし、その実力…プロの世界での実力は“未知数”だ。


鎌ヶ谷での自主トレから騒いでいたマスコミ、特にテレビの

“狂騒曲”にはあきれざるを得ない。今さらだが。ハハハ。

全テレビ局は当然、ニュース、ワイドショー番組それぞれから

リポーターがキャンプ地、沖縄・名護に集結している。

報道陣の総計は400人を超えるとか。尋常じゃない。

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私がまだ学生だった1958年に長嶋茂雄がプロ入りしたときの

巨人・明石キャンプもすごかったようだが、テレビの騒ぎ方は

今ほどではなかったはずだ。プロ野球のキャンプ地が異常に

賑わうのを初めて肌で感じたのは1970年の近鉄・延岡だった。

68~69年の春・夏、甲子園に岩手・三沢高校のエースとして

3大会連続出場した太田幸司が入団したからだった。


もっとも、東北育ちの彼はきわめてシャイで口が重かったから

マスコミも“扱い”に手こずったものだ。

「スター千一夜」(フジテレビの看板番組)で2度、聞き手を

つとめさせられたが、「とにかくしゃべらない」という定評に

尻込みしたレギュラー・インタビュアーが“敬遠”したために

“お鉢”が回ってきたのだった。ハハハ。


81年はフジテレビのアナとして最後のキャンプ取材になった。

宮崎にも行ったが、原辰徳が巨人入りしたことで起きていた

はずの大騒ぎがまったく思い出せない。


次の記憶は86年、桑田真澄・清原和博のPLコンビだ。

甲子園を沸かせた二人、ドラフトの明暗、入団したのが西武と

巨人…話題にはこと欠かなかったから、高知・春野と宮崎は

これ以上ないというほどにぎわった。

「プロ野球ニュース」のデスクとして“KKウォッチングという

5分ほどのコーナーを提案し、実行した。

各球団のキャンプ情報を伝えたあとに、必ず、二人の1日を

短くまとめて放送することにしたのだ。

視聴者の反応は上々だった。負担が増えた球団担当記者からは

文句を言われたが、デスクはビールがうまかった。ハハハ。

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89年、野茂英雄が近鉄に入団した延岡にも報道陣が殺到した。

初めてシート・バッティングのマウンドに上った彼が第1球を

投じたときのフラッシュのまぶしさは今でも忘れない。

速球とフォークボールだけで大きな実績を残し、メジャーでも

立派に通用する大投手に成長した。


最近では99年の松坂大輔だろう。

高校生としてどんなに注目され、素晴らしいプレーをしても、

プロ入りのとき、どんな活躍をするかを予想することは難しい。

その意味で、松坂ほど専門家を含め、誰もが“立派に通用する”と

感じた選手は珍しい。

各テレビは“売り物になる”と判断した。

47日、東京ドームでの初登板はテレビで見た記憶がある。

彼が投げるとき、東京では全局が生放送した。ニュース番組の

時間帯に割り込ませたのだ。記憶違いだったらご容赦を。


堂々たる“日本代表”投手として海を渡った。“メジャー流”を

身につければ、2年目の輝きを取り戻せるはずと確信する。


さて、斎藤佑樹だ。

人気に押しつぶされるタイプではないようだが、力のほどは

どうなのか?アマチュアには通用した低めの変化球にプロの

バッターがだまされるだろうか?はなはだ疑問だ。

球が軽そうなのも心配な点だ。よほど、しっかりした制球力を

ものにしなければ勝ち星は上がらないだろう。

予想は得意じゃないがが、1年目はうまく行っても7,8勝、

下手をすれば5勝どまりと見る。 (註:66敗だった)


日本には石川遼・宮里藍・横峯さくら(ゴルフ)、クルム伊達・

錦織圭(テニス)、福原愛・石川佳純(卓球)しか アスリートが

いないのかと思わせる報道の仕方には大いに問題ありだが、

心あるスポーツ・ファンは、ただ嘆くことしかできない。


沢村拓一(中大巨人)を初め、大石達也(早大西武)、福井優也

(早大広島)など、ほかにも情報を教えてほしい新人はいる。

いくら言っても、馬の耳に念仏、馬耳東風だ。

「知ってると思うが、彼らじゃ数字(視聴率)が取れないのよ」と

言われるのがオチだからなあ。


おいしければ、骨までしゃぶりつくすのはマスコミの習性だ。

アジアカップ優勝のジャパンも今まさに“旬”だろう。

長友のインテル移籍が昨日の朝日夕刊では3番目の扱いながら

なんと“1面”だった。ビックリだ。

アジアカップ優勝の直後だしなあ。インテルだしなあ。そして、

長友だしなあ。まあ、事情は分かるけど。ハハハ。


by toruiwa2010 | 2017-01-28 08:17 | アーカイブから | Comments(0)

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記念日が近づく

~アリーナが水没した!(2011.01.25 初出 )

Agassi d.Krickstein 6-4 6-4 3-0 ret.

1995127日、場所はメルボルンのナショナル・テニス・

センターのセンター・コート。

試合が始まるときから右脚にテーピングをしてプレーしていた

クリックスティーンの動きが第3セットに入ると、あきらかに

悪くなりました。

アガシの容赦ないアタックで3ゲームを連続して失ったあと、

一度はチェアに戻りかけましたが、主審に一言、声をかけると

振り返ってアガシに握手を求めました。

「えっ?」という感じでその手を握るアガシ…試合終了です。

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好調な二人の対戦でしたから、“熱戦”を期待していた観客は

がっかりしたはずですが、温かい拍手で二人を見送りました。

実況を締めくくったあと 資料を整理しているときでしたから、

二人が退場してから5分もたっていなかったと思います。

気づくと、コートへの出入り口付近がざわざわしていました。

なんと、水が流れ込んできたのです!


激しい雨でしたから、試合は当然 屋根を閉じて行われました。

この水はいったいどこから?


屋根を叩く音は確かに強烈でしたが、どうやら、度を超えた

集中豪雨だったようです。近くを流れるヤラ川の水位が上がり、

そのために、テニス・センターがあるフリンダース・パークの

雨水を処理する排水設備が機能しなくなったのです。

“逆流”した水は地上にあふれだしてテニス・センターに達し、

建物に1階部分を覆ったあと、“半地下”になっているセンター・

コートに“侵入”してきたのです。

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あれよあれよという間にコートは水浸しになりました。

こういうとき、外国人は思いがけない行動に出るものです。

“水深”が20cmほどになるとスタンドから飛び降りて泳ぎ出す

ファンまで現れました。

そこへ女子ダブルスで優勝したナターシャ・ズベレワとジジ・

フェルナンデスのペアがうわさを聞いて駆け付けたかと思うと、

数人の女子選手が続き、水をはね上げながら踊り始めました。

残っていた観客ははしゃぐ彼女たちを見て大喜びしていました。

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とりあえず情報を集めようとプレスルームに行くと、そこも

水浸しで、椅子がすべて机の上に“避難”していました。

「この状態じゃ、明日の女子決勝はほかのコートに移さないと

ダメなんじゃないか」と思いましたが、関係者の徹夜の作業で

コートは立派に整えられ、翌日以後のスケジュールは予定通りに

消化されたのでした。


手元に残っているテープにはなかなか珍しい光景が映っています。

WOWOWのスタッフの中でこのブログを今でも読んでいる

人は少ないかもしれませんが、もし、いたら、この日の放送の

最後に1分ぐらいのダイジェストがくっついています。

“記念日”のあさって、見せてあげたら喜ばれると思うけどなあ。

権利がなければ仕方がないけど。


映像はチャンネル5から借りる手もあると思います。

余計なことを言って手間をかけさせたらゴメン。ハハハ。

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当日のスタンドアップです。


by toruiwa2010 | 2017-01-22 08:38 | アーカイブから | Comments(0)

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高額年俸の功罪

National Pastimeはどこへ?~ ( 2011.01.06 初出 )


プロ・スポーツ界で選手生命が長くなったことを取り上げて

「スポーツ界も高齢化?」を書いたのは去年の11月でした。

交通手段や宿泊施設が格段に良くなった。体の手入れ方法も

進歩し、アスリートに自己管理の意識が芽生えたことなどが

その理由だろうと分析したアメリカのリポートを紹介したあと、

私が書き加えたのは次の一点でした。


しかし、長寿アスリートを生みだす最大の要因は、何よりも

“高額報酬”ではないか?

目の前にぶら下げられたニンジン…。

まあ、頑張ればこれだけもらえると分かったら、誰だって

「この世界で長生きしよう」と思いまさあね。ハハハ。

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英語のNational Pastimeは、野球、フットボール、バスケット

ボールなど家族そろって楽しむ“国民的娯楽”を指した言葉です。

週末に夫婦で、あるいは家族連れでスタンドに陣取って地元の

チームを声援する…チームが勝っても負けても、家族にとって

それが何よりの楽しみなんです。


しかし、昨日の新聞に「庶民に遠いスポーツ観戦」と題した

興味深い記事が出ていました。チケット代の高騰でこの国民の

ささやかな楽しみが奪われそうになっているというのです。

競技やチームによって差がありますが、野球は一人25ドル

(2000)、バスケットは50ドル(4000)、フットボールに

いたっては一枚75ドル(6000)

たしかに、懐に余裕がないと手が出にくい値段になっています。


私の手元に古いメジャーの入場券があります。

1980年、ドジャースタジアムの開幕試合のチケットです。

1塁側内野スタンド2階のいい席で4ドル50セントです。

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詳しい物価の推移は知りませんが、前年のオイル・ショックで

ガソリンの値が上がり、1ガロン・1ドルを突破して大騒ぎに

なっていました。いまは1ガロン・3ドル前後のようですから、

当時の3倍です。その間に、野球のチケット代は5倍以上に

跳ね上がっていることが分かります。


このチケット代高騰の理由には集客のための新球場建設など、

設備投資もありますが、最大の要因は選手の高額年俸です。

新聞によると、アメリカの調査会社が発表した各競技の

最新の平均年俸は以下の通りです。


バスケット:580万ドル(46400万円)

野球:301万ドル(24000万円)

フットボール:180万ドル(14400万円)


私の資料によると、1980年シーズンのメジャーの平均年俸は

143756ドルです。301万ドルはその20倍以上になります。

データに12年のずれはありますが、ガソリン代が3倍、

チケット代が5倍になる間に年俸は20…バランスが悪すぎます。

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それでも、各競技の観客数は減らないそうですから、経営者が

チケット代を下げることはないのでしょう。

アメリカの良き伝統、National Pastimeは庶民から遠ざかり、

金持ちだけが楽しめる時代になって行くのかもしれません。


by toruiwa2010 | 2017-01-21 08:31 | アーカイブから | Comments(0)
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2011全豪 開幕へ!!

~ポッサムは元気かな?~ ( 2011.01.17.初出 ) 


2011全豪オープンは初日を迎えました。

メルボルンとの時差はわずか2時間…11時から各コートで

試合が始まりますが、日本では午前9時です。

ご主人や子供さんを送り出した主婦たちも、ちょっと息抜きが

できる時間帯でしょうか。もっとも、二人暮らしの我が家でも

朝から洗濯機が回っていることが多いですから、子供さんが

いる家庭では、私が考えるほど主婦がのんびりできる時間では

ないのかもしれませんね。


何度も書きましたが、全豪は最もお気に入りの大会です。

気候は温暖、会場はWOWOW定宿のヒルトン・ホテルから

歩いて10分少々の距離、放送席もこれ以上は望めないという

絶好の位置にあります。仕事をする環境が最高なんです。

コメンタリー陣は、おかげさまでどこに行っても大事にして

もらえる一方、予算の関係でスタッフのホテルはワンランク

下げざるを得ないことが多いのですが、全豪だけは全員が

同じホテルです。こちらの環境もきわめて良好です。

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ホテルの食堂から公園が見えます。

「メシより寝たい」スタッフは足を踏み入れませんが、私は

毎朝6時半から7時の間にはこの窓際に座っていました。

新聞を読み、食事をしながら通りの向こうの緑を楽しむのです。

リリー、エバートン、ブライアン…顔なじみの給仕さんたちは

2006年から急に姿を見せなくなった私のことを心配している

かもしれません。「年も年だったからなあ…」と。ハハハ。

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天気が良くて、自分が第1試合が担当でない日は健康のために

遠回りをして会場入りしました。

公園を抜けて、その向こうにあるダウンタウンを目指すのです。

外側を回る1時間コース、それほど時間の余裕がないときは、

街のヘリを回る40分ぐらいのコースと、いろいろ取り揃えて

いました。ハハハ。

資料をつめたリュックを背負って歩くといい運動になります。

なにより、緑が豊かな森のきれいな空気を胸いっぱいに吸うと、

それだけでかなり幸せな気分になります。

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簡単に35度ぐらいまで気温が上がるメルボルンでも、朝晩は

それほど暑いわけではありません。…が、油断は禁物です。

皮膚がんによる死亡率が高いことでも分かるように、日差しは

気温以上に強烈なんです。うっかり、長い時間、戸外にいると

たちまち“ヤケド”をしてしまいます。髪が薄くなっている私は、

三日目ぐらいに頭皮がむけてきたことがありました。ハハハ。


全豪オープンは訪れるたびに会場の“顔”が変わっていきました。

もちろん“いい方に”です。コートなどの施設は毎年 どんどん

改善され、今では4大大会で一番充実しています。

初めの23年はハエが多くて、番組の冒頭でご挨拶する部分の

収録中に解説者の目のふちにとまったり口の中に入ったりして、

そのために撮り直しになったことが何度もありました。


選手たちも集中しにくかったろうと思いますが、いつのまにか

見事に姿を消しました。試合会場がある公園もフリンダース・

パークからメルボルン・パークと名前を変えています。

大会側には、“ウインブルドン”や“ローランギャロス”のように、

地名を大会の呼び名として定着させたい思惑があったのですが、

見事に失敗しています。ハハハ。

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変わらないのは、ホテルに隣接する公園で毎晩愛嬌を振りまく

小動物、ポッサムです。

リスのような、ねずみのような有袋類で保護の対象です。

昼間は木の上で眠り、夜になると地上におりて主に観光客から

食べ物をもらいます。闇の中で光る目、両手で食べ物を支えて

食べる様子がなんとも可愛くてたまりません。


今大会、私の関心は2点です。

ラファエル・ナダルがグランドスラム4大会を連続優勝する

可能性は30%ぐらいだと思っています。

3回戦の相手になりそうなフェリシアーノ・ロペスに勝てば

準々決勝までは問題ないと思いますが、そこから先はダビド・

フェレル(準々決勝)、ソダリングorマレー(準決勝)…

そう簡単ではないでしょう。直前に風邪をひいたという話を

聞きますが、メルボルンの暑さを考えるとスタミナが心配です。

ナダルのスタミナが問題になるなんて珍しいことです。ハハハ。


もう一人は錦織です。

ジャパン・オープンのときはいろいろな点で失望しましたが、

今回、注目するのはコーチがブラッド・ギルバートに変わった

らしいからです。定評ある戦略家だし、選手をその気にさせる

Mr.Motivator”としても知られています。錦織をどう導くか、

その手腕に興味があるのです。

錦織の試合中に周囲の人と話し込んでいる彼の姿を見ることが

多くなりそうです。そこで柳さんがあきれたように一言、「また、

試合を見てませんね」と言えば、私的には完璧です。ハハハ。


今日は、阪神・淡路大震災が起きた日ですね。

1995年のその朝、会場内のWOWOWの控室に着いたとき、

スタッフが地元局が流している映像にくぎ付けになっていた

ことを思い出します。

当時、芦屋市内のマンションに住んでいた母と長兄が心配で

妻に電話すると、「さっきから電話しているけどつながらない」

という話でした。

連絡がついたと聞いたのは、担当の試合を実況し終えて控室に

戻ったときでした。

関東大震災を経験している母、そのとき母のおなかにいた兄は、

ともに無事でした。


16年がすぎました。


*この年のナダルは準々決勝で

ダビド・フェレルに敗れました。

また、錦織は3回戦でベルダスコに

ストレート負けしています。


by toruiwa2010 | 2017-01-15 08:40 | アーカイブから | Comments(2)

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南を目指す!

~間もなく全豪が開幕~( 2011.01.11 初出 )


メジャーでは“南下する”はフロリダやアリゾナなど気候温暖な

土地に向けて各チームが出発することを意味します。

つまり、キャンプ・シーズンの到来です。

テニス界で“南に向かう”と言えば、新しいシーズンの開幕に

向けてオーストラリア、ニュージーランドなど、“南半球”に

出発することを意味しています。

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私も、1992年から2005年までの14年間、毎年ちょうど今頃、

南を目指したものです。

南半球は真夏です。真っ青な空に浮かぶ夏雲…“超寒がり”の

私にとっては、まさにパラダイス。年明け早々、子供のように

「もういくつ寝ると…」と出発を指折り数えて待ったものです。

ハハハ。


出発に当たっては、少々“テクニック”が必要です。

気温が7~8度の日本から軽く30度を超えるオーストラリアに

行くのですから、着るものの調節が難しいのです。


出かけるときは、Tシャツ、スポーツシャツ、夏物の上着に

ローランギャロスで買った薄手のハーフコートを羽織りました。

成田に着くとコートは畳んでスーツケースに入れて預けます。

再び成田に帰ってくるまで一切用がないのですから。ハハハ。

現地空港に着陸する前にはスポーツシャツも機内持ち込みの

ケースにしまいこまれます。帰国の時は、この逆になります。


最後の7,8年はほかの人たちより早めに日本を出てシドニーに

立ち寄っていました。有力選手たちが集まる前哨戦を取材して

情報を集めるためです。この“優遇”は私を大事に扱ってくれた

プロデューサーの好意でした。一人旅ですが、英語で最低限の

コミュニケーションはとれますから何の不安もありません。

ただし、一度だけ、「ああ、英語でケンカができたらなあ」と

思ったことがあります。


シドニー空港での通関のときです。

“食品を持っているか?”という質問には“yes ”にチェックを

入れておきました。クラッカー、ナッツ類、カップめん…

朝、時間がないときに部屋で食べるための食品を数日分、常に

持ちこんでいたからです。

いつもは問題なく通過できるのに、そのときだけ「これは何だ」と

聞かれたのはカップめんでした。説明すると「開けてみろ」と

言われました。


開けてしまったら使い物にならんじゃないか…と思いましたが、

抗議しても通じませんから、しぶしぶふたを開けると、係官は

ボールペンの先で中身をより分け、“褐色のかけら”を指して

「これは肉だから持ち込みは許可できない」と“宣言”しました。

「加熱・加工してあるよ」と言いましたが、認めてもらえず、

結局、5個のカップめんは没収され、彼のうしろのテーブルに

移されました。恨みがましく見送るしかありませんでした。

「どうせ、君の胃袋に収まるんだろう」と毒づきながら…。

ハハハ。

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まあ、しかし、オーストラリアは…と言っても、シドニーと

メルボルンしか知りませんが、気候も人の気持ちも穏やかで

外国人には優しい国だと思います。何より Tシャツ・短パンで

過ごせるのがうれしいです。


全豪に出る選手はもう全員がオーストラリアに到着している

はずです。“ショッキングな”暑さになることがありますから、

体をならしておかないと大変です。WOWOWのコメンタリーや

制作陣も何班かに分かれてメルボルンを目指しているでしょう。


私ですか?私は大嫌いな寒さから逃れて南に向かう…という

“特典”を楽しめなくなって6年目の1月を、震えながら東京で

過ごしています。ハハハ。


by toruiwa2010 | 2017-01-14 08:16 | アーカイブから | Comments(0)

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売るものがなくなる?

~気をつけないとね、テレビ~ ( 2011.01.05 初出 )


暮れから正月にかけてテレビは“おせち”番組でにぎわいました。

ライブのものもありますが、事前収録の番組が圧倒的です。

画面に見えるタレントたちはハワイやグアムの浜辺でのんびり

甲羅干ししていたことでしょう。ハハハ。

テレビはファッション業界と並んで季節感のない職場です。

昔、人気番組だったフジテレビの「新春かくし芸大会」などは、

10月ごろから廊下に今日の収録予定表が張り出されていて、

「えっ、いま何月だったっけ?」とあっけにとられたものです。

1年中 番組作りに追われるテレビは忙しい職場の典型でしょう。

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今では24時間放送が当たり前です。ウィキペディアによると

1987年にフジテレビが始めたそうです。知りませんでしたが。

ハハハ。

初めから終夜放送だったわけではありません。

手元にある昔の番組表を見ると 19613月までフジテレビの

放送開始は驚くなかれ 午前11時!!

しかも、午後2時から5時近くまで放送を休んでいたのです。

シエスタか?ハハハ。

私が入社した1963年でも、早朝に放送を始めて0時前後の

放送終了まで、休みはなかったものの、午前9時、午後3時の

枠は古~い映画でお茶を濁していました。映画を見せるという

感覚ではなく、「どうせ誰も見てないから、映画“でも”流しとけ」

だったのです。

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テレビ局は番組を作って放送するのが商売ですが、営業的には

“時間枠”を売っているのです。当時は、深夜・早朝や主婦が

買い物に出かける時間は売れなかったのです。

しかし、24時間放送の時代の到来まで、あっという間でした。

経営陣がよく口にしたのは「どんなに頑張っても“24時間しか

ないことを忘れるな。テレビは“限界産業”なんだ」でした。

たしかにそうなんですが、経営者はそうやって社員の危機感を

あおって働かせたわけでしょう。ハハハ。


「フジテレビです。JOCX-TV

1963年7月、プロとして私がはじめて電波に乗せたのがこの

5秒のSID、つまり、STATIONIDENTIFICATIONでした。

これは、放送局やアマチュア無線など、電波を出していたら、

一定の時間をおいてアナウンスすることが義務付けられている

コールサインです。自分が何者かを告げるのです。

CM原稿などは、失敗した場合、スポンサーに損害を与えて

しまいますが、こちらは痛くも痒くもないので、当時の新人は、

大体このSIDでデビューしていました。


番組と番組の間をステーション・ブレークといいます。

なんでも略してしまうテレビの世界では“ステブレ”と呼びます。

そこに、SIDや局がやる事業の告知などにまじってスポット

CMが入ります。番組の提供はせずに、商品の宣伝だけをする

スポットCMはテレビにとっては営業収入の大きな柱です。


若い人はご存知ないと思いますが、かつて、“1時間番組

長さが59分でした。言っている意味が分かりますか?ハハハ。

たとえば、8時からの1時間番組は859分に終わり、60秒の

ステブレがあって、9時から別の番組が始まったのです。


しかし、“限界産業”は頭を使います。

アメリカで1時間番組を55(つまり54)にしてそのあとに

5(つまり4)の番組をはさむという“荒業”が生まれると、

すぐに真似をしました。なぜか?

こうすると、ステブレが増える、つまり 収入が増えるからです。

ハハハ。


昔は電波も局員も休んでいた深夜の時間帯もびっしりと番組で

埋め尽くされ、テレビはこれ以上売るものを増やせないという

ところまで来ています。新しいメディアの成長もめざましく、

それでなくても視聴率は頭打ちです。

一度書きましたが、制作費も交際費・打ち合わせ費も、社旗を

立てたハイヤーも使い放題の日々は遠く去りました。テレビが

“砂上の楼閣”となる日は案外近いのかも。


*ネットで番組が見られるようになりました。

全体に視聴率が低迷しているドラマも実はスマホで

見る若者が多いと聞きます。テレビが“冬の時代”を

迎える日はますます近づいているのかもしれません。

暖かい季節に現役だった私は幸せ者でしょう。


いくつか報告


新年に当たり、当ブログの体裁を少し変えました。

春ごろからエキサイト・ブログのアクセス・リポートの数字を

自分のアクセス数とすることにしました。従来のカウンターは

あまりにも数字が少ないからです。ハハハ。


秋になってその数字が多く表示されるようになり、調べると、

PCとモバイルを合算するようにしたからだと分かりました。

スマホで読む人の方がPCより多いことも知りました。

そこで、体裁もスマホのほうに合わせることにしたのです。

1行・28文字です。これまで40文字でしたから 一気に30%

減りました。この形で書くことにまだ慣れません。

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***ページ最下段にある表示を“PC”にした場合です。

“スマートフォン最適化版”に合わせるにはもっと短くする

必要がありますが、私の好みに合いません。ハハハ。


古い記事の更新も“自薦・厳選300は実情に合わないので

“アーカイブから”にカテゴリを改めました。


従来の形のまま掲載した46日の分も新しい形に直しました。

また、明日以降、記事そのものが短くなっていくはずです。

性格だし、“持ち味”なので一部、毒を含む書き方に変わりは

ないと思いますが。ハハハ。


本年もよろしくお願いいたします。
by toruiwa2010 | 2017-01-09 08:30 | アーカイブから | Comments(0)

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春高バレー 準決勝

~新しい歴史が始まった~( 2011.01.08 初出 )


春の高校バレーが始まっています。

去年までは3月下旬に開かれていましたが、今年から1月に

繰り上げられました。この結果、これまでは出られなかった

3年生が出られるようになったのが大きな変化です。

進学する選手は大変ですが、出場する大会数が増えることで

3年生のモチベーションは確実に上がるはずです。大会名称も、

選抜優勝大会から選手権に変わりました。響きがいいですね。


1964年東京オリンピックで一気に火がついたバレーボール・

ブームに注目したテレビは日本リーグの中継に熱を入れました。

フジテレビも例外ではありません。

視聴率が割合よかったこともあって、やがて実業団で活躍する

ことになる高校生の大会を作ろうという機運が盛り上がりました。


詳しいことは分かりませんが、当時の日本協会の前田豊会長・

松平康隆専務理事コンビがフジテレビを巻き込んだのだろうと

想像しています。二人とも、土日に声を聞かない日はないと

いうぐらいテレビで解説をしていて“お話上手”ですから。ハハハ。


決して悪い意味で言っているのではありません。ご両所ほど、

バレーボールをメジャーにするために力を注いだ人はいない

だろうと思います。そして、スポーツ・コンテンツが少ない

フジテレビにとっては“渡りに船”でもあったはずです。

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1970年に始まった大会は、視聴率こそ低調でしたが、会場の

熱気はものすごくバレー熱を広げるのに大きく貢献したのは

間違いないでしょう。

入社7年目、経験が必要な野球の実況にはまだ手が届かない

私のような若手にも大きなチャンスを与えてくれました。

日本リーグ、春高バレーの実況によって、少しは認められる

ようになったのですから、ありがたい存在でした。


選手とのコミュニケーションがうまくとれず、野球の取材に

手こずっていた私にとって高校バレーほど取材しやすかった

種目はありませんでした。

監督に連絡さえしておけば、望む情報はほとんどすべて手に

入りました。

体育館に入って監督に挨拶をすると すぐに「おーい、集合!」と

練習中の選手を集めて「フジテレビの岩佐アナウンサーさんだ。

春高の取材に見えた」と紹介してくれます。


キャプテンが「気をつけ、よろしくお願いします!」と大声で

言うと全員が声をそろえて同じことを“合唱”します。

そういうときや監督が注意を与えるとき、選手はずっと直立

の上つま先立ちになっていることがあります。1年生部員は

辛そうですが、すべてが強化につながっているのです。

練習が終わるころになると、監督が「誰かに話を聞きますか?」と

わざわざ聞いてくれます。始まる前と同様、集合した選手が

「気をつけ、ありがとうございました!」を“合唱”したあと、

「○○と△△と□□は岩佐さんからお話があるから残れ」と

言ってくれます。至れり尽くせり。プロ・スポーツでは絶対に

あり得ません。ハハハ。


いいことづくめのようですが、ときどき困ることもあります。

私たちがいると“やたら”張り切ってしまう監督がいることです。

レシーブの練習では極端に遠い所に強いボールを打ち込んだり、

ミスを続けた選手を泣き出すまで怒鳴りつけたりします。

思わずアドレナリンが出るのでしょう。おそらく、厳しさが

普段の数割増しになっていたはずです。ハハハ。

私たちが取材に行くことは、監督は歓迎しても、選手たちに

とっては迷惑だったかもしれません。


全国大会ですから、ディレクターやアナウンサーの数が足りず、

ネット局の応援を求めることになります。アナウンサーなら、

誰だって決勝をしゃべりたいものです。しかし、私はとうとう

決勝の実況はやれませんでした。

当時 大阪の大工大付属が強く、関西テレビのアナが男子決勝を、

女子決勝はフジの大先輩・山田アナが担当しました。

私の春高バレーは準決勝までで終わり、次の土・日は後楽園で

巨人の最後のオープン戦を見るのが定番のスケジュールでした。


バレーボールの解説者は“達者な人”が多かった記憶があります。

松平さんは“名物男”でした。男子監督としてりっぱな実績を

残しただけでなく、いつも、バレー人気を盛り上げるための

努力を惜しまない人でした。外国選手に“バルカンの大砲”など、

親しみやすいニックネームをつけ、“Aクイック・Bクイック

時間差攻撃など、技に名前を考えたり、バレーの面白さを

伝えることに一生懸命でした。明るいキャラクターとともに

バレーボール中継には欠かせない存在だったのです。

ただし、話好きな人だけにしゃべり出すと止まらない“欠点”と、

頭の回転が速い人なので、こちらの未熟さを見抜かれるのでは

ないかという“怖さ”がつきまといました。ハハハ。

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女子の試合では生沼スミエさんと数えきれないほど組みました。

日立製作所や日本代表として大活躍し、のちに初めての女性の

代表監督にもなった生沼さんは、いわゆる“美人アスリート”の

ハシリだと言っていいでしょう。本人はそんなことをまったく

鼻にかけることなく、記憶する限りでは化粧もほとんどして

いませんでした。

サッパリとして、どちらかと言えば男っぽい性格でしたから、

仕事で付き合うのに気を使うことはいっさいありませんでした。


キャリアを振り返ると呼吸が合った解説者5人の中に入ります。

うまい下手ではなく、彼女と組んだ仕事を終えたあと「今日は

失敗した」と思った記憶がないのです。

女性解説者にはありがちですが、選手に関してネガティブな

ことが言えないというマイナス点をのぞくとコンビを組んで

最高に仕事が楽しめる人でした。


古いビデオを見ると、70年代の実況では、「東京都体育館で

あります」「の対戦でございます」調のしゃべり方になって

いるのに驚きます。今 聞くと、大きな違和感がありますが、

当時はそれが普通だったのです。


今日は4時から準決勝が放送されます。

この時期に繰り上げた結果、レベルも上がっているようです。

40年前に戻って、黄色い歓声がこだまする会場で高校生たちが

必死にボールを追う姿を久しぶりに見ることにしましょう。


*昨日は…

ややこしくてすみません、201717日は女子準決勝、

下北沢成徳vs鹿児島女子の試合を見ました。両チームとも

よく拾って好ゲームでした。

成徳の監督、"胆力"がすごいと思いました。

劣勢でも簡単にタイムを撮らず、選手を信じ切る強い気持ちと

選手たちが自分たちのやってきたことを信じてプレーに徹する

姿にうたれました。


*生沼さんには何十年も会っていません。消息も聞きません。

どなたか、ご存知の方、教えてください。


いくつか報告


新年に当たり、テンプレート…といえばいいのでしょうか、

当ブログの体裁を少し変えました。


従来のカウンターはあまりにも数字が少ないので、画面には

出せませんが、エキサイト・ブログのアクセス・リポートを

信用することにしました。


秋になってアクセス数が前より多く表示されるようになり、

調べると、PCとモバイルを合算するようにしたためでした。

同時に、スマホで読む人が多いらしいことも分かりました。

そこで、体裁もスマホのほうに合わせることにしました。

1行・28文字です。この形で書くことにまだ慣れません。


***ページ最下段にある表示を“PC”にした場合です。

“スマートフォン最適化版”に合わせるにはもっと短くする

必要がありますが、私の好みに合いません。ハハハ。


古い記事の更新も“自薦・厳選300?”は実情に合わないので

“アーカイブから”に改めました。


従来の形のまま掲載した46日の分も新しい形に直しました。

また、連休明けから、記事そのものが短くなっていくはずです。


性格だし、“持ち味”なので一部、毒を含む書き方に変わりは

ないと思います。本年もよろしくお願いいたします。


by toruiwa2010 | 2017-01-08 08:21 | アーカイブから | Comments(2)