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岩佐徹のOFF-MIKE

toruiwa.exblog.jp

実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

カテゴリ:テニス( 87 )

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今年最後のグランド・スラム、全米オープンが近づいています。
会場はニューヨーク郊外、ラガーディア空港に近いフラッシング・
メドウズのナショナル・テニス・センターです。
ほかのグランド・スラムにはない“お祭りムード”のテニスも
楽しいですが、舞台となるニューヨークの魅力に惹かれます。


「ニューヨーク・ニューヨーク」2003.08.21


ニューヨークに来ました。快晴、気温30度+、フツーに夏の終わりを迎えていました。
この街に初めて来たのは1973年、もう30年も前のことになります。
「豊かさへの挑戦」と「新エネルギー時代」という二つの番組で使う映像を撮るために、
ディレクター役の私とカメラマンの二人でアメリカとカナダを45日間 回ったのですが、
その出発点がニューヨークだったのです。

当時のニューヨーク特派員は報道部時代に私をかわいがってくれていた先輩でした。
そのころ、アメリカ発のニュースと言えば90%がワシントン発で、ニューヨーク支局員の
主な仕事は、日本から来る社員の面倒を見ることでした。そして、先輩の説明によれば
「俺の中では接し方を3段階に分けているけどお前はAランクだ」とかで、カメラマン
ともども自宅に泊めてくれさえしました。
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ニューヨーク滞在初日の夕方、マンハッタンの南西 ニューヨーク湾に浮かぶスタテン島へ
連れて行ってくれました。そこからマンハッタンの南端、バッテリー・パークへ向かう
フェリーの上から見た、夕日を受けて輝く摩天楼の美しさは息を呑むほどでした。これも
当然「Aランクだからこそ」のサービスでした。

翌日、仕事を終えて街を歩いていると、いきなり「ちょっとここに入ろうか」と言って
劇場のようなところに私たちを連れ込みました。前方に大きなスクリーンがあったので
すぐに映画館だと分かりました。ただし、普通の映画じゃないんですよ、これが。
あとで“3大傑作のひとつ”だと聞きましたが、いきなり始まったアメリカン・ポルノの
“ド迫力”にただ圧倒されるばかりでした。
これについては先輩も「Aランクだから」とは言わず、「アナウンサーとして、社会勉強に
なったろう」と涼しい顔でした。ハハハ。

アメリカは“移民の国”といわれますが中でもニューヨークは“人種の坩堝”です。
ニューヨーカーと観光客の区別もつきにくいのか、タイムズ・スクエアで信号待ちをしていて
道を聞かれたときにはびっくりしましたが。

そんな形で始まったニューヨークとの付き合い、70年代終わりから80年代初めにかけての
大リーグ中継時代、東の拠点がこの街でしたから 来た回数も50回を超えているでしょう。
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決して美しい街ではありません。そして、一昨年のテロや先日の大停電は極端としても、
かつてはとても物騒な街でした。白昼、すれ違いざまに女性のネックレスをむしりとる
荒っぽい手口のひったくりや、窓口にある数百、数千ドルだけを狙っての「銀行強盗」が
日に何十件も(!)起きた時期がありました。
はるかに治安がよくなった今でも、夜一人でわき道にそれることはしたくありません。
東京にそんな街があるとすれば歌舞伎町ぐらいのものでしょう。それでも、私はこの街が
好きですね。

どこが?と聞かれると、きちんと答えるのが難しいです。
一番ぴったり来るのは、平凡ですが、やはり“活気”でしょうか。街を行く人がみんな
“アメリカン・ドリーム”を胸に秘めているかのような雰囲気を漂わせています。そして、
たとえ信号が赤でも自分の責任でラッシュの車の間を縫って渡っていく“J-ウォーク”も
好きだし、人種を含むすべてが“混沌”、“雑然”としているところにも共感を覚えます。
さらに パリもそうですが、どこを切り取ってもニューヨーク…この感じもまたいいですね。
思えば、そのあたりは開幕が近い全米オープンの特徴と実によく似ている気がします。
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今年のホテルは3年ぶりでインター・コンティネンタルに戻りました。
ここもオフィシャル・ホテルで、かつてはアガシが泊まっていました。今回は欠場ですが、
“運がよければ”クルニコワとエレベーターで一緒になることもあるホテルです。ハハハ。
スタッフは、去年までの国連ビルに近いミレニアム・ホテルの方がよかったと言いますが、
私は街なかにあって、どこに行くにも便利なこのホテルが好きです。

どなたかがおっしゃったとおり、高齢者ですから、最近はスタッフが私の健康をかなり
気にしている気配があります。当然ですよね。私だって「柳さん、大丈夫なのかな?」と
いつも気になりますから。ハハハ。

ですから、こちらもそれなりに気を遣って、時間の取れるときにできる限りメディカル・
チェックを受けるようにしています。去年の全米の前は胃カメラをやり、今年の全豪の
あとには大腸の内視鏡検査を受けて、「問題なし」のお墨付きをもらいました。今回は、
このところ気になっていた「めまい」が脳と関係あるのかどうかをはっきりさせたくて、
脳のCTスキャンをやることにしました。結果は「何の心配も要りません。年齢から来る
スキもありません」とのことでした。
私の脳はまだしっかりと中身が詰まっているようです。ハハハ。

さて、ニューヨーク初日は8時にダウン、0時半起床!でした。
これから街を少し散歩したあと昼寝をして少しでも睡眠時間を稼いで、スタッフが揃う
明日までには時差ぼけを解消しないといけません。やれやれ。

最後に訪れたのは2005年でした。
全米が終わったらWOWOWとの契約を延長しないと
決めていたので、1分、1秒を楽しむような気持でした。
この年、日本を出る日に更新したのが次の記事です。
一部、最初の記事とダブりますが…。



「思えば遠くへきたもんだ」05.08.23

4回目のUSオープン・テニスのためにニューヨークに向かいます。
世界一の街でしょう。パリやローマに比べて、特別美しいわけでもなく、観光スポットが
多いわけでもありません。しかし、フジテレビ時代の1973年にはじめて訪れて以来、私の
心を捉えて放さない街です。全米以外にも メジャーや女子テニスの最終戦などを含めると
40回以上は行っていると思います。

メジャーのころ泊まったホテルは今はもうありません。
いつも、どこかで工事が行われているのは東京と同じです。落ち着きませんが、それは、
この街が「生きて」いる証のようにも思えます。

ケネディ空港でイエロー・キャブ(タクシー)に乗ってマンハッタンに向かうあたりから、
早くも胸がはずみます。遠くに摩天楼が見え始めたら、もうたまりません。ハハハ。
ニューヨークの何が、これだけ人の気持ちを惹きつけるのでしょうか?
ひとつは、やはり活気でしょうかね。東京も活気がある街です。2000年に行った香港も
恐ろしく活気にあふれた街でした。しかし、ニューヨークの活気はひと味違います。

弱肉強食…とは少し違いますが、知恵と行動力のあるものには無限のチャンスがある。
だからこの街では、みんなが明日を、あるいは遠い将来を見据えて、絶対にオレはやって
みせる、私はがんばる、と自分に言い聞かせながら生きているように見えます。
もちろん、その陰で夢破れる人もたくさんいます。最近はそれほどでもないようですが、
70年代から80年代にかけて、紙袋に身の回り用品のすべてを詰め込んで通りをうろつく
大勢の「Shopping Bag Lady」たちの姿があったものです。
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とにかく、ニューヨークに行くといつも思うのは、行き交う人のすべてが「アメリカン・
ドリーム」を信じているように見える、ということです。「映画の見すぎだ」と言われて
しまいそうですが。ハハハ。

限りない混沌、猥雑、融合…ニューヨークの魅力はその辺にもあるのではないでしょうか。
東京でも多くの外国人を見かけますが、人種の坩堝・ニューヨークは、ケタが違います。
ハハハ。
外国を訪れると、どんな国でも まわりには「イタリア人だ。フランス人だ」と思わせる
“その国の人”がいるものですが、ニューヨークでは アメリカ人とアメリカで働いている
外国人、観光客を区別することが困難です。「みんな、ニューヨーカー」なんでしょうかね。
ハハハ。

タクシーに乗ると、運転手がフリーハンドの無線で誰かと交信していることがありますが、
どこの言葉か分からないことが多いです。聞くと、インド、パキスタン、旧東欧諸国…
中には、まったく聞いたこともないような国のこともあります。
それほど、この国、この街は世界中からの移民を受け入れているということになります。
昔、タイムズ・スクエアで信号待ちをしているときに、観光客から道を尋ねられたことが
ありましたっけ。
人種だけでなく 豊かさも貧しさも、そして、世界の一流品からきわめて怪しいものまで…
この、絶妙な混ざり具合があの独特な活気、熱気を生むのではないでしょうか。
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1973年に初めてニューヨークに行ったとき、フジテレビの特派員が面倒を見てくれました。
荷物を解いてすぐに連れて行かれたのは、マンハッタンの南にあるスタッテン島でした。
そこから、ニューヨーク湾をわたるフェリーで戻るときに見た、西に傾いた太陽を受けて
輝く摩天楼の美しさには息を呑みました。その瞬間からこの街にほれ込んだ気がします。

実際は鉄とコンクリートのかたまりに過ぎないのに、なぜ、あれほど美しいと感じるのか
いまだによく分かりません。離れたところから見ると 汚いものがすべて隠れてしまうのは
確かですがね。
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これほど好きなのに、そして、これだけの回数訪れているにも拘わらず、マンハッタンの
中で知っているところはごく限られています。
3rd Avenueから7th Avenue、34丁目ぐらいからセントラル・パークの南側59丁目までが
おおよその「守備範囲」です。ハハハ。
このスペースの外に行くのは、メトロポリタン、リトル・イタリー、ソーホー、マジソン・
スクエア・ガーデンなどに行くときぐらいです。
行きたくても行けない人にとっては地団太踏みたくなる“もったいなさ”でしょうね。
まあ、仕事で行ってるわけですから。ハハハ。

14日間で大会が終われば、翌日はフリーです。
帰国するためにホテルを出るのは火曜日の朝8時ごろです。
柳さんと私を除く若手は、日曜日の夜から月曜日、まるまる一日、出発時間ぎりぎりまで、
ニューヨークを満喫しています。そのスタミナはすごいです。ハハハ。
間違いなく、どこに何があるかは彼らの方がはるかに良く知っていることでしょう。

全米オープンのために初めてニューヨークに行ったのは1992年でした。
そのときには、「とりあえず今年は放送する」という感じでしたが、その後も契約の更新を
重ねて、気がついたら今年は14年目。よくぞ、ここまで来たものだなあ、と思います。
放送もそうですが、私もまさかこんなに長くテニスの中継を続けることになるとは想像も
しませんでした。

4大大会の最後になる全米は、のんびりした全豪、粋な全仏、伝統のウインブルドンとは
対照的に、お祭りにも似たにぎやかなグランド・スラムです。
まさに、ニューヨークの混沌、猥雑、融合などを見事に映した“ザックバラン”な大会と
言えるでしょう。

紹介したかったニューヨークの魅力を半分も書けないうちに「締め切り時間」になって
しまいました。ハハハ。

いざ、ニューヨークへ。
次は、世界最大の都会からお届けします。

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by toruiwa2010 | 2011-08-13 09:20 | テニス | Comments(4)
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2003年からHPなるものを始めました。
当時はまだ“ブログ”という言葉はありませんでした。
テニスに関する記事が多かったせいか、掲示板(BBS)に
“読者”から質問を寄せられることがありました。

「トップ・プレーヤーのイメージ」2004.05.25


高ーいトス。曲げた両膝がすーっと伸びて脚がコートを離れる。振り下ろすラケットの
スイート・スポットがボールをとらえた。わずかにネットに触れて「レット」。
さっと振り向いた彼女は、右後方のボール・パーソンから次のボールをもらうと、すぐに
サーブの構えに入る…。
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シュテフィ・グラフの動きにはムダが一切なかったように思います。
試合前も、自分のチェアに到着し、ウインド・ブレーカーを脱ぎ、バッグからラケットを
一本取り出したら、もう準備完了でした。

BBSで、「トップ・プレーヤーのイメージとはどんなものか?」とおたずねがあったとき、
真っ先に頭に浮かんだのはグラフでしたが、その先、どう続けるか、とても難しいのです。

欧米のテレビでスポーツ中継を見ていると、両者の長所短所を比較することがあります。
テニスで言えば、サーブ、レシーブ、コート・カバーリング…それぞれについて、二人の
力を比べ、優位なほうにしるしがつけてあります。
最後に“intangible”という項目が出てくることがあり、これがまた厄介なのです。ハハハ。

辞書を引くと「触れることができない」「実体のない」などとなっていますが、これでは
意味が通じません。私は「いわく言いがたい部分」と訳してお話しすることにしています。
そして、このintangibleで、グラフを上回る選手はいませんでした。全盛期のセレスは
甲乙つけがたかったかもしれませんが。

「トップ・プレーヤー」…ランキング10位以内の選手や、かつてN01だった選手など、
かなりの数の選手がそのカテゴリにあてはまるでしょう。
しかし、ここでお話しているのは、むしろ“超一流”。私にとっては、3人しかいません。
グラフと並ぶのは、サンプラスとアガシです。
彼らはコートに入ってきたときから、雰囲気がちがいます。「オーラ」というのでしょうか?
彼らが姿を現すと、ざわついていたスタンドもたちまち静まり返り、放送席の私たちの
背筋も思わず伸びてしまう、そんな独特のものがありました。観客や私たちには、彼らの
実績に対する敬意があり、感謝があるからこそでしょう。それが、彼らが放つオーラと
重なって、私たちをコート上のプレーにひきつけてやまないのだろうと思います。

サンプラスは史上最年少で全米のタイトルを取りました。
No1の座はクーリエに先を越されましたが、順調に力をつけていきました。しかし、最初、
マスコミはこの青年に優しくありませんでした。「没個性」、「No1としては、華やかさに
欠ける」など、冷ややかな見方が多かったのです。
この傾向は、アメリカの新聞・雑誌に特に強く見られました。どうしても、コナーズ、
マッケンロー、アガシと続いた系譜と比べてしまうのでしょう。彼らにとっては「強い」、
「うまい」だけでは合格ではないのです。

流れが変わったのは95年の全豪QFでした。
数日前の練習中に彼のコーチ、トム・ガリクソンが倒れて帰国しました。クーリエとの
試合は2セット先取されて苦しい展開でした。

スタンドから「コーチのためにもがんばれ」の声が飛びます。チェアに戻った彼の頭に、
ベッドに横たわるコーチの姿が浮かびます。こみ上げてくるものがありました。タオルに
顔をうずめて号泣するサンプラス…。次のゲームが始まっても、涙は止まりません。
何度も、トスに入りかけてやめる場面がありました。
たまりかねたクーリエが「大丈夫か?明日やってもいいんだぞ」と声をかけます。
もちろん、そんなことができるわけもなくプレーは続きました。
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観客は涙のわけを理解しないまま、彼の後押しをします。泣きじゃくりながら200キロの
エースを打ち込むなど、彼はとうとう逆転勝ちを収めました。
「個性がない」「面白くない」と言われ続けた男がコートで初めて見せた人間らしい感情。
この一試合でサンプラス・ファンは一気に増え、マスコミも好意的な記事を書くように
なったのです。その後は、お若い皆さんもご存知のとおりです。
メジャーの数が増えるにつれて風格が増し、口では多くを語らず、ラケットに語らせる
サンプラスは、異論はあるかもしれませんが、多くの人から「史上最高のプレーヤー」と
呼ばれるまでになりました。
大好きな選手でした。去年のUSオープンでのセレモニーでは、泣いてしまうところでした。
いい、やめ方をしてくれたと思います。

一回戦でストレート負けしたアガシがセンター・コートを去るうしろ姿、しっかりと目に
焼き付けました。彼にとっては最後のローラン・ギャロスだったかもしれませんから。

かつて「問題児」扱いされていた彼ですが、年齢を重ねるに連れて品がよくなり、評価が
どんどん上がった選手です。
プレーぶりだけでなく、コート上での振舞い、チャリティーへの取り組みなど、ほとんど
あらゆる面で、若手の模範になるでしょう。
いま、試合後の会見で一番多くの記者が集まるのはアガシです。
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これから、ウインブルドン、USオープンにかけて、「引退」がらみの質問が増えることは
目に見えています。
大会序盤のアガシの会見をのぞくと、記者たちは、終わった試合のことはほんの少ししか
聞きません。多くの時間を割いて、幅広い問題について彼の意見をもとめます。
テニスについて、伸び盛りの若手について、家族について、選挙について…。
彼も、自分の役割を心得ていて、いやな顔を見せずに、丁寧に答えています。
個別のインタビューはめった受けない人たちですから、この会見は貴重です。
グランド・スラムでの彼らの発言は、その大会だけでなく年間を通して繰り返し紙面に
登場してきます。

ちなみに、昨日のアガシの会見では、「引退」がらみの話はなかったようです。
「思うようにボールがコントロールできなかったし、ポジショニングも悪かった。
勝つにはほど遠いできだったから、負けて当然」と、淡々と語っています。

グラフもふくめて、「超一流」は目が違います。失礼な質問や場違いな質問をした記者が
ひとにらみで、縮み上がる場面を何度も見ました。ハハハ。

「トップ・プレーヤーのイメージ」の答えになったかどうか分かりません。
要は、いつまでも語り継がれるようなプレーヤーには、言葉で表せない、しかし、非常に
強力な“何か”があるということです。つまり、まさにINTANGIBLEなんです。

フェデラーを筆頭に、フェレロ、ロディックと、若いグランド・スラム・チャンピオンが
続々誕生しています。彼らに加えて、クエルテン、ヒューイット、サフィンもいます。
しかし、彼らにはまだ、この3人のような“カリスマ”を見ることはできません。
これから、時間の経過とともに身についていくものでしょう。
見方をかえれば、まだダイヤモンドの原石、今後の磨き方しだいでどんな輝きを見せて
くれるか楽しみでもあります。

そう、プレーや勝ち負けだけでなく「今後、3人の系譜に並ぶのが果たして誰なのか?」を
見守っていくのも、テニスの楽しみ方として「あり」なのではないでしょうか。

長くなりましたが、最後に、昨日のロディックvsマーティンで少し“もめた”件について
触れておきたいと思います。

ロディックが2セットアップし、第3セットも4-3とブレークアップしていました。
第8ゲーム/15-15からのロディックのサーブをマーティンがリターン、ロディックは
バックのスライスでクロスに切り返しました。
放送席からも“滑って”外に出たように見えました。しかし、マーティンはこのボールを
拾って返しました。続くのかと思いましたが、彼は、そのボールが相手のコートに返った
ところでプレーをやめ、チェックを要求したのです。

結果は「アウト」。
今度は、ロディックがクレームをつけます。ポイントは「彼は打ったじゃないか」です。
クレームは認められませんでしたが、試合はロディックが押し切りました。
試合が終わり、両者がネットに歩み寄って握手…のシーンでしたが、私はディレクターと
残り時間などを打ち合わせるために目を離していました。そして、コートに目を戻すと
何かおかしな雰囲気です。二人の間に、私が“好きじゃない”空気がただよっているでは
ありませんか。ハハハ。

ロディック:「すぐ、プレーをやめなきゃいけないのか、一回打ってもいいのかについて、
僕がルールを知らなかった。ロッカーでも話し合って、互いに自分のスタンスを説明した。
It’s not a big deal/たいしたことじゃないよ。

マーティン:彼がイン/アウトでクレームをつけているのではないことは分かっていたよ。
でも、僕がポイントをものにするためにルールを曲げたと彼が思ってるように感じたんだ。
彼のリスペクトは得ていると思ってたから、むっとしたんだ。彼も、一瞬、相手が誰かを
忘れたんだろう。もちろん、彼の頭の中のことは分からないんだから、試合が終わった
ときには黙っているべきだったんだろうね。
ロッカーでも話したし、We’re good/僕らは大丈夫だよ。

今朝、丸山薫さんにお話を伺ったところでは、「疑問があっても、一度は打っても大丈夫。
(サーブなどは反射的にラケットが出てしまいますからね)相手が次を打つ前にアピール
することができる」でした。

“トップ・プレーヤー”の定義は難しいですが、今なら、
フェデラーやナダルはこのカテゴリに入るのでしょう。
しかし、この2人からは、ここに挙げた3人が放った
“絶対的なオーラ”はまだないように思います。
たぶん、私が現場を離れてしまったからでしょうが。


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by toruiwa2010 | 2011-07-17 08:15 | テニス | Comments(6)
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実況人生ではたくさんの解説者とコンビを組みました。
楽しく実況できた人、やりにくかった人…いろいろです。
テニスの柳恵誌郎さんは、もちろん、“楽しかった”人です。

「湯河原ラケットクラブ」2004.11.01

「…それから、『おばあさんが子供を生みました。お乳をあげました。
ボニューじゃなくてバニュー』だって。ワハハハハ」


身をよじり、笑い転げながら話すのは柳恵誌郎さん。WOWOWのテニス解説でおなじみの
あの人です。聞かされている私たちは、いわば被害者です。ハハハ。

柳さんと綾小路きみまろに接点があるなんて思っても見ませんでした。
なんとダッシュ・ボードにテープを常備して、暇さえあれば聞いているのだそうです。
ですから、きみまろのネタはほとんど頭に入っていて、まわりの人間をつかまえては、
お気に入りの小話を聞かせているわけです。  
失礼を承知の上で書くなら、お世辞にもユーモアのセンスがあるとは思えないのですが、
いったん話し始めると、どこかおかしくて、柳さんのまわりには笑いがたえません。
話なら私の方が面白いはずなのに。ハハハ。

WOWOWのテニスの放送は1992年の全豪から始まりました。
制作を請け負ってくれたTBSビジョンという会社の紹介で解説は内山勝、平井健一さんに
お願いしました。全豪のあと、全仏も放送できることになり、地上波であるテレビ東京の
協力を得ることになりました。
プロデューサー、技術者一人ずつと私が現地に行きましたが、“協力”の中には、解説者を
共有させてもらうことが含まれていたのです。平井さんと坂井利郎さんでした。
ただし、「終盤の4日間は放送席がありません」と言われていました。
私は8日目が終わったところでローラン・ギャロスをあとにし、最後の4日間は辰巳の
スタジオで実況したのです。
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その解説者として選ばれたのが神和住純さんと柳さんでした。
神和住さんは、一時 タレント的な活動をされていたこともあって、テニスファン以外にも
よく知られている一方で、柳さんはその頃、プロテニス協会の仕事をしていて、世間的に
ひろく知られた存在ではありませんでした。
最近まで、全仏に向けて独自の解説者を探していたWOWOWに「こういう人がいるはず
だけど」と柳さんの名前を挙げたのは私だと思い込んで、勝手に恩に着せていましたが、
違ったようです。ハハハ。実際は、テレビ東京のプロデューサーの紹介だったそうです。

ただ、WOWOWのスタッフから「知ってますか?」と聞かれて、かつて、日本選手権の
解説を聞いたときの“好印象”を話した覚えはあります…と、まだ言ってます。ハハハ。

それから13年が過ぎました。解説・実況のそれぞれ最年長ということもあったでしょうが、
最初からコンビを組むことが多く、お互いの呼吸はよく分かります。「この質問をすれば、
どれぐらいの量の話になるか」、「この話には乗ってこないだろうな」、「こう聞けば、少し
ムキになって反論してくるな」…大体のことは分かりますから、試合の流れや話の流れを
考えながら、今、どの質問をするかを決めていました。
おかげさまで多くの方から「いいコンビだ」と言っていただきますが、二人ともすっかり
年を取りました。WOWOWの放送の中で私たちがやれることも少なくなりつつありますが、
もう少しがんばりましょうか、柳さん?

その柳さんが支配人をしている「湯河原ラケットクラブ」に行って来ました。
全仏の頃から、手術のあと温泉に行きたいなあと考えていたのですが、紅葉の季節だし、
混むだろうから、それなら、柳さんがいるここにしようかということになったのです。

支配人になったのは去年の夏でした。
全仏のころ、「(就任が)実現したら、私がずっとやりたかったことができるようになるかも
しれません」と嬉しそうに話していらっしゃいました。              
創立は1987年。その間に、バブルの崩壊をはじめ大変な時期もあったようですが、多くの
人たちの努力で、ふたたびメンバーも増えつつあると聞いています。 
もちろん、柳さんの力、顔の広さも貢献しているに違いありません。週に4日、東京から
通っているそうですが、そのうちの何日かは車を運転しての“通勤”だそうです。
きみまろのCDを聞く時間はいやになるほどあるわけです。ハハハ。
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このところ、私たち夫婦が出かける時は雨が多く、出発の日も台風24号が近づいていて
いやな感じでしたが、朝までに雨がやんで助かりました。
在来線でノンビリ行きました。それでも、東京から1時間半足らずで湯の町、湯河原です。
入院中に、テレビ東京の「アド街ック天国」でこの街が取り上げられていたのを収録して
あったのですが、残念ながらラケットクラブは取材されていませんでした。
しかし、小さな街ですから、タクシーの運転手さんも「はい、分かりますよ」と、およそ
10分で連れて行ってくれました。

フロントでチェックインのときに、「柳は今、コートに出ています」と言われました。
いきなり行って驚かせようと、病気のことも含めて何もお話していなかったのですが、
インター・ネットで予約を受けたスタッフが、柳さんに「あの岩佐さんですかね?」と
確認したとかで、あっさりばれていました。ハハハ。
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荷物を置いてすぐ挨拶に行きました。この日の午前中までイベントがあったそうですが、
参加した人たちが残って柳さんと楽しそうにプレーをしていました。
屋外コートが12面、室内に3面あって、たくさんの人がプレーできる環境が整っています。
宿泊施設も、ロッジを含めると50人分ありますから、気の合ったプレー仲間で行くには
文句なしだと思いました。しかも、たっぷりした広さの温泉つきですから。

翌日は朝から、すばらしい青空が広がりました。温泉に入るのが目的の旅で、ほかには
なにも予定はなかったのですが、この空を見て急に富士山を見たくなり、車で30分ほどの
大観山まで行きました。
標高1000メートルのそこは、かつて熱海に住んでいた横山大観画伯がこの場所まで来て
富士山を描いていたのだそうです。
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曲がりくねった道をまがったとたん、目に飛び込んできた富士山はまさに雄大。
芦ノ湖の向こう、7合目ぐらいから上に雪をいただいた姿を見ていると、自分がちっぽけな
存在に感じられます。そして、いやなことを忘れられます。やはり、日本人にとっては
特別な山ですね。
納得行くまで眺めたあと、十国峠を抜けて熱海に下りて、湯河原に戻りました。

初日、二日目ともに、女性のグループが泊り込みで賑やかに楽しんでいました。
関東や東海あたりの方なら、お仲間と一泊でテニスと温泉を楽しむには絶好の環境だと
お勧めしておきます。別に宣伝を頼まれているわけではありませんが。ハハハ。

2004年に書いた記事であることをお忘れなく。
柳さんはすでにおやめになっていること以外、ラケットクラブが
今どうなっているか、まったく情報を持っていません。

14年で引退してしまった私にくらべ、柳さんは勤続20年目です。
ウインブルドンを見ましたが、相変わらず元気そうでなによりです。


おまけ:ジーター、3003安打!!

ヤンキースのキャプテン、デレク・ジーターがとうとう3000安打を達成しました。
ゲーリッグがいた、マントルやディマジオがいたチームで初めての快挙です。
昨日の試合が雨で流れたことで今日のチケットを持っていたヤンキース・ファンは
長く記憶に残るシーンを目撃することになりました。

第一打席で三遊間を抜くヒットを放ち2999安打としたジーターは、次の打席で
左中間スタンドに打ち込んで記念すべき3000本安打を記録しました。
史上28人目、1球団だけで記録したのは6人目です。

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“Derek Jeter's Night”はこれだけで終わりませんでした。
さらに3本のヒットを重ねて、この日は5打数5安打!トータル3003安打としました。
いえ、内野安打は1本もありません。ハハハ。
全部、バットを振り切ったヒットです。ダブル・スチールのおまけまでついています。
ただでさえ、ヤンキース一の人気者、“貴公子”の面目躍如でした。

ベースを一周するジーターに尊敬の目を向けていたかつての同僚、デーモン、
ホームに戻ってきたジーターに真っ先に飛びついた同期のポサダ…
ビデオを見るだけで思わず涙ぐんでしまいます。→ http://atmlb.com/nzPGKZ

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by toruiwa2010 | 2011-07-10 08:46 | テニス | Comments(6)
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デライナ・マルケイヒ。
法律を学ぶ学生ということでしたが、サンプラスより少し年上で、とてもいい雰囲気を
持った女性でした。サンプラスの試合のとき、コートサイドには彼女しかいませんでした。
しかし、長い同居生活のあと彼女が「結婚」の二文字“「M word」というらしいです”を
口にしたとき、「別離」がきたのだそうです。

…フェデラーが“裏庭”とも言うべきウインブルドンで2年続けてQFで敗退しました。
間もなく、8月8日には30歳になります。
ファンには辛いことですが、フェデラーについて「引退」の二文字“R(=retire) word”が
ささやかれ始めるようになるのは避けられないかもしれません。

Gentlemen’s Singles QF
Tsonga d.Federer 36/67/64/64/64


ツォンガが5-4とリードした第3セット・第10ゲームで迎えた0-30のピンチをしのぎ、
ジュースの末にものにして1セットを取り返したところで寝ることにしました。
「第4セットをうまく滑り出したらこの試合は分からなくなるぞ」と思いながら。
第1セット立ち上がりのツォンガはガチガチに見え、スコア以上に一方的にわずか27分で
失いましたが、セットの途中からはすでに彼らしいプレーもできていました。

TBで取られた第2セットでも、プレーには力強さがあると感じたことが「第4セットの
滑り出し次第で…」と思った主な理由です。
2セット・ダウンになったときでさえ、ツォンガには“リードされている”という雰囲気が
あまり感じられませんでした。
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残りはビデオで見ましたが、第4セット・第3ゲームで早くもブレークして優位に立った
あたりでは、コート上の動きでもフェデラーをはるかに上回っていました。
支えていたのはサーブだったでしょう。2-5セットはフェデラーにブレークのチャンスを
まったく与えませんでした。
結果を知っているからそう思うのでしょうが、力のあるサービス・エースで第4セットを
締めくくったとき、形勢は逆転しているように見えました。
第5セットに入っていきなりブレークされたとき、フェデラーは力なくうつむくことしか
できませんでした。

試合後すぐに、フェデラーはインタビュールームに姿を現したようです。
「いや、すぐやるか、1時間後がいいか、と聞かれたから“すぐ”にしたのさ。みんなが
待つのは嫌だと思っているは知ってるからね」と冗談を言う余裕もありました。
「彼がよすぎただけ。自分のサーブやリターン、コート上の動きには満足している」と
語っていますが、とても本心とは思えません。
2セット・アップから敗れたのは初めてだそうですが、第4セット途中からの彼の動きは
明らかに悪くなっていました。足取りが重く、2年ほど前なら同じ場面でも発散していた
“王者のオーラ”がありませんでした。

ダブルのは“晩年”のサンプラスのイメージです。
2000年にサフィン、2001年はヒューイットに全米の決勝で続けて敗れました。
ともに、当時20歳の若者に完敗でした。そして、2001年にはウインブルドンの4回戦で
19歳のフェデラーに敗れています。31連勝中だった芝の上で…。

うつろな目をしていたサンプラスとツォンガ戦終盤のフェデラーはぴったり重なります。
終わりの始まり…ファンにとってはつらい言葉ですが、どんなに優れたアスリートにも
周囲や記者から引退についても質問が投げかけられる日はやってきます。
29歳のフェデラーには、もう少し時間が残されていると思いますが…。

そうは言っても、2008年以後、ナダルには11戦して2勝9敗です。。
ジョコビッチにも、全仏のSFで勝つ前まで、今年は3連敗していました。
ツォンガもそうですが、力でねじ伏せにかかってくる相手に対して分が悪すぎます。
少し前なら、卓越した技で相手の力をかわせていましたが、日を追って通じなくなって
いるように見えます。

2012年のオリンピックがロンドンに決まり、ウインブルドンがテニスの会場になることが
明らかになったとき、彼は母親に興奮した様子で電話してきたそうです。
「2012年のオリンピックがロンドンに決まったと聞いてすぐにかけてきました。ずいぶん
興奮していましたよ。“ママ、ウインブルドンでオリンピックだなんて想像できる?”と
言ってました」

その後も記者会見のたびに、そのときまでは必ずプレーし続けると語っていましたから、
今もその気持ちに変わりはないでしょう。

全米決勝で2年続けて敗れたころのサンプラスについて、マスコミは、ピークは過ぎたと
しつつも「at least one or two grand slams left for him」…少なくとも、あと一つや
二つはグランド・スラムを取るだろう、と書いていたと記憶します。
2000年ウインブルドンのあと8大会 勝てなかったサンプラスが次のグランド・スラムを
手に入れたのは2002年の全米オープンでした。そして、結果としてそれが彼の現役最後の
試合になりました。

そこまでドラマチックになるかどうかはともかく、これで6大会、優勝に見放されている
フェデラーだって、このまま引き下がるとは思いません。
ただし、確実なのは、コートに出たとき、つねに輝くようなオーラを放ち、しなやかな
テクニックで相手を圧倒し、“当然のように”タイトルを手にした日々は終わったという
ことでしょう。アスリートの“宿命”です。ファンなら、これまで与えてもらった喜びに
感謝しつつ、最後の日まで温かく見守ってあげるべきでしょう。
愛してやまなかったサンプラスに対する私の態度はまさにそうでした。2002全米優勝を
伝えたとき、体が震えたものです。当時の彼より2歳若いフェデラーに同じことが起きる
可能性は十分あると思います。

Gentlemen’s Singles SF
Djokovic d.Tsonga 76/63/67/63


買いかぶりと言われそうですが、第1セットを落としても、ツォンガは自分のテニスを
していると思いながら見ていました。ミスが減ってくれば、形勢をひっくり返す可能性は
かなりあると思ったのです。
しかし、この日のツォンガにはフェデラー戦のときのような集中力がありませんでした。

第3セットをTBで取り返したときには少し希望の光が見えましたが、豪快なポイントが
あるかと思えば、ここというところでエラーが出る“とらえどころのない”試合運びは
最後まで修正できませんでした。
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逆に、ジョコビッチが終始、集中を切らさなかったのはさすがでした。
試合終了の瞬間、ウインブルドンで初めての決勝進出とNo1の座を同時に手に入れました。
彼が持っている力を考えたら、もっと早くトップに上り詰めてもよかったと思いますが、
“めぐりあわせ”ですからね。
ナダルがフェデラーのせいで、3年間も2位に甘んじたことを思えば…ねえ。ハハハ。

Gentlemen’sSingles SF
Nadal d.Murray 57/62/62/64


バックハンドをネットして第1セットを落としたときも、ナダルにそれほどのショックは
なかったと思います。しかし、マレーが得たものは大きかったでしょう。勢いがつくのは
間違いないし、自信も持っただろうと見ていました。
第2セットもマレーが押し気味でしたが、第4ゲーム(2-1:ナダルのサーブ)、15-30から
大きなエラーが飛びだしました。
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マレーがバックのリターンを深く返すと、ぎりぎりで追いついてラケットに当てるのが
精いっぱいだったナダルのボールはサイドラインの浅いところに落ちました。
コートの外まで開いたマレーは高く弾んだボールを思いっきり叩きましたが、わずかに
ベースラインを越えてしまったのです。
どう考えてもマレーがポイントしなければいけない状況だっただけに、試合中も試合後も
このプレーが勝敗の行方に大きく影響したという話になっていたようです。

たしかに、15-40にすれば、ブレークの可能性も十分だったでしょうから、大きかったと
言えば、大きかったと言えるでしょう。
しかし、私が“問題”だと思うのは、むしろ、次のマレーのサービス・ゲームです。
もったいないエラーでブレークのチャンスを逃がしましたが、スコアは2オールでした。
30-15からフォアの逆クロスがワイドにはずれ、ダブルフォルトのあとオーバーヘッドが
ロングとつまらないエラーが3本続いてブレークされてしまいました。
…続けて呟きました。

王者を相手にこれをやったらだめだ。最後はオーバーヘッドのミス。
これで、マレーの頭の中が混乱するのではないか。
せっかくいいペースで来ていたのにもったいないゲームだった。

終わってみたら第2セット第5ゲームが大きなポイントになるかも
しれない。…ということはつまりナダルが勝つということだが。
ここ数ゲームのマレーに注目だ。

“マレーに注目”の意味はとくにその表情やしぐさだ。
「どうせ僕なんか」だったらお母さんにお尻ペンペンして
もらわないとだめだ。

(1セット・オールになったあと)
さて、これでセット・オールか。問題はマレーの精神状態がどうかだ。
「別に」と思えるなら問題はないが、あれだけいい感じだったテニスが
第5ゲームから変わってしまった。変えたのが自分だから始末が悪い。
ナダル優位はとりあえず動かない。

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結局、第1セットを落とし、第2セットも押され気味だったナダルが、マレーが見せた
わずかなすきをついて逆転勝ちしました。さすがだと思います。
第2セット第5ゲーム以後、マレーのチャンスは限られたものでしかありませんでした。

…SFのジョコビッチとナダルについて、“さすが”という言葉を使っています。
世界のNo1-2がそれだけのプレーを見せた、ということでしょう。

2011 Wimbledon Gentlemen’s Singles Final
Djokovic d.Nadal 64/61/16/63


第1セットの終盤まで、引き締まった、息が詰まるような展開でした。テニス・ファンで
あることの幸せを感じるのはこういう試合を見るときだ、と思いながら見入っていました。
しかし、全体としては期待をやや裏切られたという印象が否めません。いえ、ごひいきの
ナダルが負けたからそう思うのではありません。ハハハ。

BBCの実況を聞いていましたが、第4セットの序盤でブレークの応酬があったところを
除くと、あまり会話が弾んでいませんでした。ジョークを交えながら、独特のセンスで
話すマッケンローがいなかったからかもしれません。ハハハ。
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ピンチはあったものの、ジョコビッチは立派な勝者でした。
終始、集中を切らさず、常に先手を取っていました。自信が揺らいだように見えたのは
第4セットのわずかな時間帯だけでした。
数年前まで「あそこが痛い、ここが悪い」と言い訳めいた発言が目立ちましたが、最近は
影を潜めているようです。体もがっしりしてきました。
そして、何よりも王者にふさわしいテニスをするようになりました。
インタビューを聞いてもすっかり“おとな”の雰囲気でしたから、心配は無用でしょうが、
No1として、コートの内外で常に注目される存在になることを自覚してほしいです。

3,736…1993 Pete Sampras
5,225…2004 Roger Federer
6,700…2008 Rafael Nadal


…過去のチャンピオンたちが初めてNo1の座についたときに持っていたポイントです。
システムが少しずつ変わっているせいもあるでしょうが、今日、晴れてトップになった
ジョコビッチのポイントはなんと13,285 !!
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敗れたナダルについては、“残念”の一言ですが、いつもいつも勝てるものではありません。
昨日はジョコビッチにスキがなさ過ぎました。インタビューで場内用のマイクが故障した
ハプニングのせいもあって、ジョークを言えるほどさっぱりした表情でした。
ただ、気がかりなのは、全仏前に伝わってきた“燃え尽き症候群”を匂わせる発言です。
22歳の若さでトップの座につき、それを守るために年間を通して世界を転戦する日々は
ストレスが貯まるのでしょう。あんなに素敵なGFがいればなおさらです。ハハハ。

間もなく始まるデビス・カップ(QF vs USA)も出場しないようです。
少し、テニスから離れてみるのもいいかもしれません。

ウインブルドンのHPには、決勝の会見録が出ていませんので、このあと、どうするのか
については不明です。しかし、同じHPの記事は“立派な敗者”だと称えています。
記者がそう書いた理由は会見でのこんな発言にあるようです。

「負けたのは対戦相手が現在ベストの選手、明日は世界No1になる選手だからさ。僕は
2番だもの。こういう選手とやって、信じられないプレーをされたら普通 負けるんだ」

「ある選手に5回負けるのは、僕のテニスが相手をそれほど悩ませていないってことさ」

「彼には5回、負けてる。あとの試合はほとんど勝ってるんだ。だから、とてもうまく
やってるんだけど、たぶん、彼に対してはそうじゃないってことなんだ。変えないとね。
おそらく、メンタルな面だね。(第1セット・第10ゲーム)5-4 、30-0からダメなプレー、
(第4セット・第8ゲーム)4-3でもダメなプレーをしてしまった。それを変えるためには
ナーバスにならずに、よりアグレッシブなプレーをすること、常に自分を信じることが
大事なんだ。次の機会にはそうするよ。それができなかったら、6度目(の負け)について
会見で説明することになるね」

…記者が感心したのも理解できます。
しかし、トップ・レベルの選手が同じ相手に5連敗は“問題あり”でしょう。
全米に向けて、ナダル陣営にはやるべきこと、考えるべきことがたくさんありそうです。
ハハハ。

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by toruiwa2010 | 2011-07-04 10:27 | テニス | Comments(17)
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ウインブルドンは最終日…男子決勝が楽しみですね。
今日もアーカイブからの更新ですが、“選りすぐり”ですから、
たぶん、喜んでもらえると思います。自分で言うか。ハハハ。
ウインブルドンの男子決勝と言えば何か…と、考えていたら
これ以上はない“ネタ”を思い出しました。
よほど気に入ったのか、3回も取り上げています。


「メルボルン発 8」2004 /01/28

96年ウインブルドンの男子決勝は、試合以外のことでも話題を呼びました。
コイン・トスのあと、クライチェックとワシントンがカメラにポーズを取っているとき、
突然、若い女性ストリーカーが飛び出したのです!!
身に着けていたのは小さなウエイトレス用のエプロンだけでした!二人の戸惑った表情が
印象に残っています。
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ワシントンの子供は今1歳4ヶ月、先の話ですが、彼にとっては最高の晴れ舞台だった
この決勝のことをどう話すのでしょうか?
彼は、きのうの新聞で、こちらのコラムニストにインタビューされていました。
「一般の人は彼女の“後ろ姿”しか見てないんだけど?」と聞かれて、「前も全部見えたよ。
残念なのは、クライチェックはあれでリラックスしたらしいけど、僕はテニスのことなど
ふっ飛んでしまったことさ」と答えていました。ハハハ。


「That’s Entertainment !?」06/07/05

Sharapova d.Dementieva 61/64


昨日は、ライブ・スコアをチェックしながらテレビを見ました。
まず、第4シード・シャラポワがデメンティエワを下し、すぐに第3シードのエナンが
“人妻対決”を制して勝ちあがりました。
第2シード・クライシュテルスはリーナに苦しみましたが、ストレート勝ちで、最後に、
第1シードのモレスモーがミスキナをフルセットの末、振り切ってベスト4へ…
結局女子は、トップ4シードがそのままSFに進出しました。
顔ぶれは全豪とまったく同じです。

第1セットのシャラポワは第1、第3ゲームのサーブをキープするのに少し苦労しましたが、
第2ゲームのブレークと合わせて3-0、あとはデメンティエワを圧倒して先取しました。

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第2セットも、ほぼ同じ流れで2ブレークアップしたシャラポワが3-0からのサーブに
入ろうとしたときです。男性のストリーカー(懐かしい言葉!)が飛び出しました。
確認は出来ませんが、シャラポワはベースライン後方のフェンスに向かって精神の集中を
図っていましたから、たぶん見なくて“すんだ”と思います。ハハハ。
それでも、まだ19歳の“うら若い”女性ですから、心理的な動揺が心配されましたが、
ジュースの末キープして4-0としました。

“動揺”はともかく、毛布に包まれてセキュリティに連行される男の方向に鋭い視線を
送っていました。
「変ですよね。もっと変なのはセキュリティが出てくるまでに10秒もかかったことね。
ありがたいことに、見なかったし、詳しいことを知りたいとも思わないわ。
側転したり、走り回ったりしなければよかったんでしょうけど、みなさん女子の試合に
エンターテインメントが欲しいって言ってたじゃないですか?よかったわね」

「セキュリティを見たら笑ってるんですもの、なぜ、笑ってるのかは分らなかったけど
怖いとは思わなかったわ」
そして、おせっかいな記者から、この男の“体つき”に好印象を持った(ハハハ)女性客も
いたと聞かされると「そうなんですか?次は見てみようかしら」と言っていたそうです。

デメンティエワの方は、再開してレシーブの態勢に入っても、まだうっすらと笑いが顔に
残っていました。“お・と・な”ですね。ハハハ。
「お客さんが好きなら、私は構わないわ。何が起きたのか分らなくて、はじめはちょっと
怖かったけど」

この大会でのストリーキングは、ちょうど10年前、1996年の男子決勝(クライチェック
vsワシントン)で若い女性がエプロンだけをつけて飛び出したとき以来でしょうかね。


「おいた」08/06/16

全仏が終わり、間もなく、ウインブルドンが始まります。
テニス選手なら誰もが憧れる大会です。歴史と伝統を大事にする国でもトップ・ランクの
イベントですから、愚直なほど(ハハハ)伝統を守り、着るものは上下ともに白でなければ
いけないなど、独特のルールを選手に押し付けます。
しかし、だからこそ「ちょっと、からかってやれ」という気持ちにさせるのかもしれません。

1996年の最終日、男子決勝(クライチェクvsワシントン)が始まる直前、二人がカメラの
注文にこたえてポーズしていたとき、若い女性がBirthday Suit=“生まれたときに”
着ていたスーツ…つまり、スッパ…つまりストリーカーが現れて話題になりました。

今回はじめて知ったのですが、2002年ウインブルドン大会中には、二人の男がセンター
コートに入り込んで“プレー”することに成功したそうです。
彼らはテニス・ウエアに身を固め、およそ20秒間、mock game と言いますから、たぶん
ボールを使わずに、打ち合う真似、つまり“エア・テニス”をしたのだろうと思います。
実際にボールを使うとラリーが続かない程度の腕前だったのでしょう。ハハハ。
しかも、つかまる前にスタンドに飛び込んで姿をくらましたらしいのです。

相次ぐ“イタズラ”にオール・イングランド・ローン・テニス・クラブ(ウインブルドンの
正式な呼び方)はセキュリティの見直しを余儀なくされたのでした。
男たちの名前はカール・パワーとトミー・ダンと言います。
BBC.comで名前を読んだとき、初めはなんとも思わなかったのですが、読み進むうちに
「あいつだ!」と気づきました。ちょっと苦い思い出につながります。

2001年4月18日、エピソードの舞台はミュンヘンのオリンピア・スタジアムでした。
チャンピオンズ・リーグQFのセカンド・レグ、バイエルン・ミュンヘンとマンチェスター・
ユナイテッドの顔合わせです。私は、解説の奥寺康彦さんと東京のスタジオにいました。
緊張した表情で両チームのイレブンが握手を交わしたあと、それぞれが恒例の写真撮影に
応じているときの画面をとらえたのがこの写真です。
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この写真に納まるのは試合に先発する“11人”のはずですね。しかし、数えてみて下さい。
間違いなく、12人いませんか?
実は、このとき、一番左に写っているのがパワーなんです!
マンチェスター・Uのユニフォームを着て、IDカードがあっても出入りが難しいはずの
ピッチに潜入していたのです。なんというやつでしょうか。

彼は、こういうイタズラをやることが大好きなprankster として有名な男なのだそうです。
ビデオをチェックすると、選手たちが“12人目”の仲間になんとなくけげんな目を向けて
いるのが分かりますが、私は、上下とも白というマンチェスター・Uのユニフォームに
ついて「これでは“red devil”じゃありませんね」と話しています。くやしい!ハハハ。

日本ではこんな大胆なイタズラをする人はいませんが、欧米ではときどき姿を現します。
かつて、アメリカにも、ワールド・シリーズが始まる直前、ヤンキースのダグアウトに
まぎれこみ、直立不動で国歌を聞く男がいました。もちろん、ピンストライプを着込んで!
スーパー・ボウルのハーフ・タイムに、ダラス・カウボーイズのチアリーダーの衣装で
踊って(!)いたのも同じ男だったようです。ハハハ。

パワーは「ゲームにはスマイルが必要なんだよ。僕らはそれをやったのさ」と言っている
らしいですが、彼らのおかげでセキュリティはますます厳重になっていて、イタズラを
しようと考えても、実行のチャンスはなさそうです。

1900本目ですから、もう少し格調の高いものを書きたかったのですが、いろいろな事情で
こんな話になってしまいました。それに、私個人は嫌いじゃありませんが。ハハハ。

Ladies’ Singles Final
Kvitova d.Sharapova 63/64

お恥ずかしい話ですが、クビトバを見たのはSFが初めてでした。
大柄なレフティの伸び伸びとしたプレーにくぎづけになりました。
決勝では、さすがに緊張の様子を見せましたが、それもはじめの
2,3ゲームだけでした。
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初めての大舞台で、元女王を相手に臆することのない、スケールの
大きなテニスでストレート勝ちしました。きっと、新たに多くの
ファンを獲得したことでしょう。
打ち合いなら負けない…そんなタイプのようです。逆に、しつこい
テニスに弱いのかもしれません。
いずれにしても、この優勝はフロックではないと思います。
のびやかなテニスで女王の座に就くのもそう遠いことではなさそうです。

シャラポワはいいところが全くありませんでした。
相当に悔しかったはずですが、セレモニーでは“ふっきれた”様子を
見せていました。たぶん、頂点に戻る準備ができた、という手応えを
得られたのだろうと思います。
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昨日、ツイッターで投稿したのですが、やり方が間違って
いたかもしれません。改めて載せておきます。
今日のエントリーについて事実関係を改めて確認しようと
検索しているときにキュートな写真を見つけました。

2007年大会の5日目、5番コートの観客はこの日もまた
少し待たされることになりました。ただし、雨のせいでは
ありませんでした。

カモの一家が姿を見せたのです!!

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by toruiwa2010 | 2011-07-03 07:43 | テニス | Comments(6)
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現地にいないので細かいことは分かりませんが、今回は何度か 雨が降り、
屋根が効果を発揮したようですね。コートにカバーがかかっているのを
延々と見せられるのがウインブルドンのテレビ中継ではおなじみでしたが、
かたくななAELTCが重い腰を上げて屋根をつけたおかげで、スムーズに
放送が進んでいるのは何よりです。
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2007年を思い出します。かなり雨にたたられ、ミドル・サンデーにも
試合をやれという声もありましたが、結局やりませんでした。
“ひどい目”にあったのはナダルとソダリングでした。
ストレスがたまっていたのか、珍しくナダルは会見で対戦相手について
“ネガティブ”な発言をしていました。罪な雨…。ハハハ。


「Rain,rain and rain」07/07/04

Soderling vs Nadal 4-6 4-6 7-6 6-4 4-4 suspended

順延を繰り返しているこの試合(3回戦)はファイナル・セット、2-0とナダルがリードして、
第3ゲームの30-30から再開されました。
ソダリングがブレーク・バックし、さらに両者がブレークし合って4-4になったところで
またしても雨が降り出し、昨日、プレーできたのはわずか20分、残りは順延となりました。

ふたりにとって“眠れない夜”がいったい幾晩続いているのでしょうか?

この3回戦のカードは、当初、土曜日(6月30日)に組まれていました。
しかし、公式練習が終わったところで雨になり、順延。
日曜日は“伝統の”ミドル・サンデーとして試合がありませんでした。
月曜日、ようやく試合が始まりました。本来なら4回戦が始まる日ですから、この時点で
すでに予定より遅れています。2人の3回戦が始まらないうちに、ハースの棄権によって、
フェデラーは“プレーすることなく”QF進出を決めていたのですから焦ったでしょう。
ハハハ。

この日、ナダルは第3セットのタイブレークでマッチ・ポイントを握っていたのです。
しかも、彼自身は「勝った!」と思う瞬間さえありましたが“ぬか喜び”に終わりました。
そして、ファイナル・セットまでもつれ込んだ試合はサスペンデッドに…。
おかげで、昨夜のナダルとソダリングは金曜の夜から数えて5日連続 相手を意識しながら
眠りについたことになります。新記録かもしれませんね。ハハハ。
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8日目までに7日間雨が降ったせいです。
ふつうなら、今日(水曜日)は男子シングルスのQFが行われる日です。
ところが、予定されているのは、ナダルvsソダリングの順延分を含めて3回戦が2試合、
4回戦が3試合もあります!!

土曜日 センター・コートの観客にトータル57分しかプレーを見せられなかったときには、
去年からトーナメント・レフェリーになったアンドリュー・ジャレットは、「順調だから、
伝統に従って今年もミドル・サンデーに試合をしない」と言っていました。
しかし、現在のこの状況についてはこう言っているそうです。
“It’s ghastly”「ぞっとする」

そりゃそうでしょう。ハハハ。
それでも、大会側は予定通り日曜日に全日程を終えるように努力しているそうです。
…ということは、ちょっと待ってくださいよ。
ナダル、ソダリング、ジョコビッチ、キーファーの4人は、決勝まで勝ち進んだ場合、
今日の3回戦の残りを含めて毎日、試合をしなければいけないことになります。
5日間に5試合!!!

もう一日でも“順延”があれば、どこかで一日に2試合消化しなければ間に合いません。
QF-SFあるいはSF-Final を同じ日にプレーさせるとは考えにくいですが、それより前の
ラウンドならありえる話です。
“It’s ghastly”と言いたいのはレフェリーだけじゃなさそうです。ハハハ。

「堪忍袋の…」07/07/05

Nadal d.Soderling 6-4 6-4 6-7(7) 4-6 7-5

最初にこの試合が予定され実際にコートに行って公式練習を済ませた土曜日から数えると
なんと5日目、ようやく決着がつきました。
ファイナル・セット4-4から再開された試合は両者がキープのあと、第11ゲームで、まず
ソダリングにチャンスが来ました。
30-0とナダルがリードしますが、ソダリングは相手のエラー2本と、フォアのボレーで
逆転し、ブレーク・ポイント。しかし、ナダルはあわてませんでした。
いいサーブを入れ、完璧なポイントを3本そろえてキープし、6-5としました。

最後のクライマックスは直後の第12ゲームです。小雨が降り出していました。
今度は、ソダリングに強烈なエース(21本目)はあったものの、“誘われた”感じのエラーが
続いて15-40のピンチです。

フォアの強打  30-40
ナダルのフォアのパスはジャスト・アウト  ジュース
フォアがワイド  マッチ・ポイント
サービス・ウイナー  ジュース
フォアの強打でネットへ。ナダル、フォアの素晴らしいクロスパスマッチ・ポイント
フォアの逆クロスは有無を言わせぬウイナー  ジュース
フォアの強打で優位に。ナダルはロブで体勢を立て直し、ソダリングのフォアがネット   
マッチ・ポイント!!

深いリターンのナダルにソダリングもフォアを深く打って対抗しました。
しかし、さらに深く返してきたナダルのフォアのクロスを打ったバックハンドはベース
ラインを越えました。チャレンジも不成功に終わってナダルの勝利が確定します。
ソダリングの握手はそっけなく、勝者へのリスペクトはカケラもないものでした。(後述)

ふたりとも、“いろいろ”溜まっていただろうことは想像に難くありません。ハハハ。
この時期のイギリスの天気に、ミドル・サンデーにはプレーをしないウインブルドンに、
そして、“Play”の声がかかってから、3日間もネットの向こうに顔を見てきた相手にも…。

だいぶ冷静になってから書くブログでは、自分の感情を抑えていたのでしょう。
しかし、会見でのナダルは、溜まっていた“思い”を吐き出しました。
「変なヤツ(guy)なんだ。ツアーに出始めてから、僕は少なくとも7回は“ハーイ”って
言ったけど、彼は一度も答えたことがないよ。ほかの選手にも聞いたけど、僕に対して
だけではないみたいだね」

ソダリングに対しては、思うことがたくさんあるようです。ハハハ。
握手についても「4日間(日曜日は除いて)のあとで、あれはふつうじゃないよ」と言いました。
ナダルが転倒したときにも無関心だったし、特に許せないのは、ネットコードにふれて
ラッキーなポイントを得たときにも、ふつうなら見せる“ごめん”というジェスチャーが
なかったことです。
たしかに、再開直後のファイナル・セット、第9ゲームにありました。
“会釈”する代わりにガッツ・ポーズでしたから、まずいかもしれません。ハハハ。

ソダリングのほうはこう言っています。
「(ナダルは)今日は不満を言いたい日なんじゃないの。
僕は、相手が“ごめん”と言わなくても気にしないよ。人生で最高にハッピーなときに、
なぜ“ごめん”って言わなきゃいけないの?」
若いですから今はいいと思いますが、このままトップ10に入って行くようだと、ツアーで
友達は出来ないでしょうね。「それも気にしないさ」と言うかもしれませんが。ハハハ。

ソダリングにしてみると、ナダルの“スロー・プレー”(彼の側から見れば…)にいい加減、
うんざりしていたのです。
第5セットがはじまるときに、ナダルはサーブの準備が出来ていましたが、ソダリングは
ラケットを換えに行きました。“メッセージ”です。
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ナダルにもそれはしっかり伝わったのでしょう。
ソダリングが戻るとナダルは「準備はいいかな?」とボールを示しました。
するとソダリングはくるりとうしろを向いて、パンツのうしろを引っ張るナダルのクセを
真似してみせたのです!

「あれまでにも僕は200回以上待たされたよ。ポイントごとに待たなきゃいけないのさ。
彼が待ったのは1回だ。やるべきじゃなかったかもしれないね。だけど、僕は彼に対して
まったく腹を立てていないよ」

大会の運営にはもっと言いたいことがあるナダルです。ハハハ。
ファイナル・セット2-0とナダルがリードした場面から再開された火曜日、ソダリングは
4-4と追いつきますが、この6ゲームを消化するためにふたりは雨の合間を縫って、8分、
11分と2度コートに出ています。
「情報は持っているはずなのに、なぜ、15分プレーするためにコートに出て行くんだろう。
選手にとっては、とてもタフなんだ。彼らは選手のことをあまり考えないのさ。たぶん」

「なぜ日曜日にプレーしなかったのか理解できないよ。天気はよかったんだ。
昨日(月曜日)や火曜日、そして今日よりはるかにね」

ふつうなら、大会ごとのやり方があるのだからいやなら出なければ…と言うところですが、
今回は少し事情が違います。
昨日ようやく3回戦にケリをつけたナダルとジョコビッチは、決勝まで進むとこれから
毎日、つまり、月曜日から数えたら7日連続でプレーすることになるからです。
昨日までは、プレーした時間こそ少しずつだったかもしれませんが、グランド・スラムの
3回戦の準備をする、プレッシャーの中でプレーすることに関してはおなじです。
まして、今日からの4日間はすべて5セット・マッチになる可能性もあるのですから。
あくまで天候が許せば…です。ハハハ。

…ナダルは決勝まで進み、前年に続いてフェデラーに敗れましたが、
2008年決勝でとうとうフェデラーを破って優勝し、少年のころの夢を
実現しました。


今年は、絶好調のジョコビッチがムラのあるツォンガを下して
初の決勝進出を決め、同時に、月曜日に発表されるランキングで
初めてNo1になることも決まりました。
ナダルは地元期待のマレーに第1セットを先取され、第2セットも
押され気味でしたが、あわてることなく、少しずつ調子を上げて
逆転勝ち、出場5大会連続の決勝進出を果たしました。
男子については月曜日にまとめて書く予定です。

今日は女子決勝です。 Sharapova(5) vs Kvitova(8)
全豪、全仏に続いてウインブルドンも“シードNo1-2不在”の
決勝になりました。
顔合わせが決まったときに思い出したことがあります。
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今世紀の初めからWOWOWのテニス放送を見ている方なら、
「アラカルト」というコーナーがあったことを覚えているかも
しれません。テニスに関する小ネタを集めて紹介していました。
2002年全豪で放送した項目の中には「オバ族 全滅」がありました。
女子のドロー表を見たとき、名前のスペルが”“OVA”で終わる
選手が多いことに気づき、数えてみると、14人が該当しました。
ロシアを初め、チェコなど旧東欧ブロックから若い選手が急激に
力をつけてきたことを示していました。
このときは、“しゃれ”で日本の小畑(OBAta)も強引に仲間に入れ、
“15人”として報告しました。ハハハ。

今年の決勝は見事なOVA対決になりました。
チェックしてみると、エントリーの中に全部で26人います。
5人に1人が“部族民”です。

ユーロ2000出担当したグループ・リーグの試合では忘れがたい
経験をしました。決勝トーナメント進出をかけてスペインと
激闘を演じたユーゴスラビアの先発イレブンのうち9人が
“なんとかビッチ(VIC)”だったのです。ハハハ。


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by toruiwa2010 | 2011-07-02 09:16 | テニス | Comments(5)
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2005年の全仏は開幕前から少しざわざわしていた記憶があります。
スペインから“クレーの申し子”、ラファエル・ナダルがようやく
初めてローラン・ギャロスに出場することになっていたからです。
実際には前年も会場には来ていたようです。ただし、足のけがで
松葉づえをついていたそうですが、私は目撃していません。

前年のデビス・カップ準決勝(vs フランス)と決勝(vsアメリカ)で
カギになるポイントを上げてにわかに注目されていました。
テニス関係者やファンの間で広く名前が知られるようになってから
初めての大舞台と言ってもよかったと思います。

「Nadalmania!」05/05/21


どういうものか、昨日、今日とウエブ上に出てくる記事が少ないような気がします。
少なくとも、今シーズンが始まってから一番少ないと思います。
「ヒューイットが全仏の欠場を決めた」とか「フィリポーシスのカムバックはワイルド・
カードを貰ったクイーンズから始まる」がニュースとしてとりあげられるほどですから、
あとは推して知るべしでしょう。ハハハ。

全仏からウインブルドンが終わるまで、テニス記者は「休むひまなし」ですから、大きな
大会がない全仏の前週に休暇を取っているのかもしれません。現に、先週、私の好きな
コラムニストが「ここしか休めないから」と言って、1週間、休んでましたからね。
私なら、読者が待っていたら休みませんが。ハハハ。
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そんな「記事うす」の中ではやはり、ナダルへの期待を示す記事が目に付きます。
アメリカのTENNIS誌が今月の表紙にナダルを取り上げていますが、珍しいことでしょう。
まだグランド・スラムを獲っていない「外国の」18歳の少年ですからね。
いくら全仏前だからと言っても、クレーでの活躍だけで、世界中のテニス・マスコミが
この少年を追い回している状況は異常です。

うがった見方をすれば、マイアミでフェデラーと激戦を演じた頃に「グランド・スラムは
全部好きだ。でも、ウインブルドンはスペシャルだよね。勝ちたいと思う大会をひとつ
選べと言われたらウインブルドンかな」と発言したことが、長くテニスを取材してきた
ジャーナリストたちの“嗅覚”を刺激したのかもしれません。

イギリスのデイリー・テレグラフはこう書いていました。
「ナダルは徹底したベースライナーたちの国の出身で、赤土でテニスを覚えた男としては
普通じゃない野望を持っている。なんと、ウインブルドンに勝ちたいと言っているのだ」
…過去に、多くのクレー・スペシャリストたちから、自分たちが世界に誇る伝統の大会を
ボイコットされたり、「大嫌いだ」「芝は牛が食べるものだ」(ハハハ)とか言われ続けたり
してきた彼らにしてみれば、これ以上の“LOVE CALL”はないのでしょう。

ナダル本人は「ウインブルドンのあの雰囲気とグラスが好きなのさ。勝ちたいけど、僕の
スタイルでは難しいかもね。サーブ・アンド・ボレーを磨かなくちゃ」と言っています。
実は、同じようなことを過去2年も言っていたそうです。ただ、今年はタイミングがねえ。

彼がはっきりと世界に認識され始めたのは、去年のデビス・カップ決勝での活躍からです。
相手がアメリカだったこともあって18歳の若者は世界中のテニス・ファンから注目される
ようになりました。もちろん、常に“新しいター”を求めるマスコミが手を貸したことは
言うまでもありません。
マイアミの決勝進出あたりまでは「まだまだ…」と思っていた“フシ”のあるマスコミが
いっせいに取り上げだしたのはモンテ・カルロだったと思います。

大会の中盤で、フェデラー、コリア、フェレロ、サフィンもまだ残っていると言うのに、
イギリスの新聞がこぞってナダルのことから書き始めていましたし、追いかけるように、
ニューヨーク・タイムズ、ヘラルド・トリビューンも特集に近い取り上げ方をしました。
そして…このとき初めて、ナダルに関する“報道ぶり”を報道する記事さえ現れたのです。
ハハハ。

かつてクエルテンも、クレー・コート・シーズンに大騒ぎされた年があります。しかし、
残念ですが、舞台がグラスに移った途端、その名前を耳にすることはほとんどなくなって
しまいました。ナダルの場合はどうでしょうか?

“実際に”どこまでプラスになるのか不明ですが、シロート考えでは、ヒューイットの
欠場でランク5位なのに第4シードに繰り上がる(はず)のは、追い風になると思います。
彼はジュニア時代も含め、ローラン・ギャロスでのプレーは初めてです。
初出場のグランド・スラムでいきなり優勝したのは95年全豪のアガシが最後だそうです。
6月3日に18歳になるナダルには、プレッシャーもかなりのものがあるでしょう。
フェデラーも調子を上げてパリに乗り込みました。スペインの同僚やアルゼンチン勢は
相変わらず不気味です。この段階ではそれほど警戒されていなくても、サフィンはいつも
危険な存在です。ハハハ。
“混戦”になるかもしれませんね。

ドローはこちらの時間で金曜日の11時半から行われます。

なお、パリ時間の今朝早くに、トータルのアクセスが10万件をこえました。
1日で2,900件以上のヒットがあったようです。めでたく新記録です。
開幕が近くなって期待感もあるのでしょうか。ああ、プレッシャー。ハハハ。

全仏初出場だったナダルは決勝でアルゼンチンのプエルタを下して
見事に優勝しました。SF、当時No1だったフェデラー戦が大きな
ポイントでしたね。 ( Nadal d.Fderer 63/46/64/63 )
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6年間で10個のグランド・スラム…年齢との比較ではフェデラーの
ペースを少し上回っているようです。
しかし、あの激しいプレー・スタイルを考えると、いったいいつまで
今のペースでタイトルを取り続けることができるか、“育ての親”は
心配します。ハハハ。

昨日の3回戦は少してこずったようですね。
「すべらない話」を見ながらライブ・スコアをチェックしていましたが、
ある意味、“典型的な“展開になっていました。
1-2セットがTBでした。しかし、データを見ると、ナダルにブレーク・
ポイントがありませんでしたが、相手にも二つしか与えていませんでした。
エラーの数も第1セットが3本で第2セットはなんと0本!!
プレーは安定しているのだろうと、“不安”はありませんでした。
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五分で戦ったセットを落とした格下選手はどうしても気落ちするものです。
次のセットをあっさり失うシーンをいやというほど見ました。
昨日のミュラーはよくやったと思いますが、2セット続けてTBになって
二つとも取れなかったのですから、第3セットは厳しすぎました。
きっと、自分では頑張っているつもりでも体が動かなかったのでしょう。

ナダルは次のデル・ポトロに苦戦するかもしれませんね。

女子も実力者が残ってこのあとの展開が面白くなりそうです。
シャラポワが4回戦(vsペン)を突破すると、ひょっとしたら…。ハハハ。


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by toruiwa2010 | 2011-06-26 08:56 | テニス | Comments(2)
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サンシーロ、カンプノウ、サンチャゴ・ベルナベウ、旧ウエンブリー、
ヤンキー・スタジアム、ドジャー・スタジアム、ウイングドフットGC、
ミラージュ・ホテル特設リング…
名前を書いているだけで、そこに座ったときに見えた景色、目の前で
展開されたプレーがまざまざと浮かんできます。
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たとえ、古くても味があるスタジアムや世界一流のアスリートによる
最高のパフォーマンスは何年たっても懐かしい!そして、「もう一度、
あそこに座ってみたい」と思います。
もちろん、テニスのグランド・スラムで座った3大会の放送席プラス
しつこいようですが、ウインブルドンも…。ハハハ。

「放送席から」2004.05.28


今回のローラン・ギャロスでは、翌日の試合に備えての準備をしないことが多いです。
決して“ズボラ”なわけでも、勉強嫌いでもないのですが、やるとなると徹夜になって
しまうからです。ハハハ。
たとえば、4日目を例にとると、メインは杉山戦です。デジタルもアナログもです。
そのあとについては、各コートの試合の進み具合にかかってきます。

デジタル放送枠は、各コートで試合が始まるこちらの11時からです。
昨夜受け取った担当表の私の欄には、「サフィン戦、セレナ戦、ナルバンディアン戦、
フェレロ戦など」と書かれていました。
ナマに対応するためには仕方がないことですが、これでは、準備のしようがありません。
すべて、各コートの第4試合ですから、よほどのことがなければ15時までのデジタル枠に
入ることはないでしょう。

おそらく、17時からのアナログ枠でも杉山の試合をはじめに持って来るでしょうから、
そのあとはできるだけナマのものをとプロデューサーたちは考えるに違いありません。
杉山の試合はとっくに終わってますから、編集するにしろ、すべてをお見せするにせよ、
放送が始まるときには、放送される彼女の試合の長さが分かっています。
制作陣はそのあたりから「サテ、杉山の試合(VTR)が終わったらどのコートに行こうか」と
考え始めるのです。

それからでも1時間近くはありますから、1試合や2試合分の基本的な資料を集めるのは
それほど厄介なことではありません。3日目までも、ほとんどが、その基本的な情報だけで、
知りたいデータがあればメディア・ガイドを頼るという方法で対応しました。

全豪、全仏、全米…3大大会の放送席の中で、座っていて、一番気分がよかったのは、
ここローラン・ギャロスですね。

全豪は広くてきれいです。
残念なのは視界に入るものがすべて“人工のもの”だという点です。デイ・セッションで、
屋根が開いているときに真夏の強烈な日差しがコート上に差し込む。くっきりと屋根や
スタンドの影が落ちる。あの光景は確かに美しくて、捨てがたいものがありますがね。
幸い、ここに座って“雨が上がるのを待つ”ことは、数年に一度しかありません。
開閉式屋根さまさまです。ハハハ。
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何を訴えているのか、その屋根にとまってさえずり続ける鳥がいました。
屋根が閉じるときに逃げそこなって会場内に閉じ込められ、“心ならずも”プレーを
中断させたり、アガシのスキンヘッドに“落し物”をする鳥もいましたっけ。ハハハ。
“動物大国”ですから、相手がたとえ虫でも乱暴には扱いません。
コート上に落ちた虫はプレーの邪魔ですが、ボールパーソンがバスタオルを使って
丁寧に“処理”するまで選手も観客も我慢強く待つ…全豪ならではの光景です。

全米の放送席は、2万3千人以上を呑み込む巨大なスタジアムの最上段にあります。
位置的には、選手の真後ろですから文句は言えませんが、かなりの距離がありますから、
少し“現実感”に欠けてしまいます。
いっそのこと、もう一段高ければ、遠くマンハッタンが望めていいのかもしれませんが、
今は、スタンドの陰です。また、スタッフのいる控え室からの距離も一番遠いですから、
何かを届けてもらうときは大変な迷惑をかけることになります。

去年は中盤、雨にたたられましたが、高いところにあるだけに、真っ黒な雨雲が遠くから
近づいてくるのがよく見えるのはいいことなのかどうか?ハハハ。
95年女子の決勝はグラフvsセレスという豪華対決でした。試合の終盤、放送席から見ると
右前方から、黒い雲がかなりのスピードでこちら目がけて接近していました。グラフが、
サービス・フォー・ザ・マッチに入るころ、「降り始めるのは時間の問題だ。生中継だから
中断は困る。なんとか終わってくれエー」と祈っていましたっけ。ハハハ。
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誰の運が強いのか、激しい雨が降り始めたのは主審が「Game,set and match」と告げた
直後でした。しかし、表彰式がありました!
降り続く雨の中、地元テレビのCMの間も二人はウインド・ブレーカーを羽織っただけで、
おとなしく待っていました。どこにでもいますが、女子シングルス部門のスポンサーの
代表が、典型的な“空気の読めない”やつでした。ハハハ。
終わるかと思えば、まだ続くスピーチ…グラフもセレスも最後には顔を見合わせて大笑い
状態になっていました。

ローラン・ギャロスの放送席のよさは、まず、控え室から近いこと。担当する前の試合で
どちらかが途中棄権して“出番”が繰り上がっても、そんなにあわてなくてすみます。
ただし、コートの出入り口のすぐ横を抜けていきますから、出てくる観客と入れ違いに
なると大変です。「パルドン」の連発で突破することになります。
たぶん、一人、柳さんだけはあわてず騒がず悠然と進むことでしょう。ハハハ。
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改修で二階スタンドが高くなり、遠くに見えていたエッフェル塔が見えなくなったのは
残念ですが、放送中何度もお話しているように“どこを切り取っても絵になる”のが
ローラン・ギャロスです。スタンドの向こうに見えるブローニュの森が目に優しいです。
木々の緑に加えてコートサイドの赤いゼラニューム、オフィシャルたちのユニフォーム、
観客のファッション…色彩の豊かさは、どこにも負けません。
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現地にスタッフを派遣せずに放送している国もあり、そういう国に向けて実況をしている、
わが友、イギリス人のジェリー・ウィリアムズが隣のブースにいます。
彼とは10年近い付き合いです。ホテルも同じですし、会場内でもしょっちゅう顔が合い、
そのたびに話が弾みます。困るのは、イラク問題など、日本語で議論するのだって微妙な
テーマを(もちろん)英語で持ち出してくることでしょうか。ハハハ。

私の場合、放送席に座るときに、絶対に持っていないと困るものがいくつかあります。
そのうちのひとつがPOLOです。
「知らん」とおっしゃる方が多いかもしれません。以前はあちこちで見かけたものですが、
ここ数年売っている店がどんどん減ってしまい、探すのに苦労しています。
特に4、5年前までは扱っていたキオスクがやめてしまってからは必死でした。

まず、包み紙に書いてある輸入元のネスレに電話をかけ、置いている店を聞き出しました。
そして、その店にお金を送って10本入りの箱を着払いの宅急便で配達してもらうという
荒ワザを使いました。ハハハ。
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それほどこだわるPOLOはちょうどトローチと同じリング状のキャンディーです。
8年半のブランクのあと、WOWOWでマイクの前に戻った91年、しばらくしゃべると
ノドが渇き、声がかすれるようになっていました。試行錯誤の末たどり着いた解消法が、
POLOをなめることでした。唾液を継続的にノドに流し込んで常に潤しておくわけです。

しゃべりながらですから、大きなものでは声に影響が出てしまいます。
すぐ溶けてしまうのも困ります。POLOはリング状のものをカットして小さくすることも
できるし、硬くて、口の中で長持ちしてくれる便利な奴なんです。

10年以上、お世話になっていますが、今の心配は、すべての店頭から消えてしまうのでは
ないかということです。手持ちのストックを調べたところ5本ありますし、一本あれば
大体7-8ヶ月は大丈夫なので、大事に使えば70歳になるころまでは十分だと思いましたが、
よくよく見ると「賞味期限2003.03」となってるではありませんか。 すでに切れてる!!
まあ、よほど調子が悪くないかぎり、サッカーを一試合しゃべっても一個半ぐらいしか
消化しませんから、健康を害することもないでしょう。ハハハ。

POLOはその後、まったく見かけなくなりました。
しかし、これを書いた翌2005年秋には現役を引退しましたから
支障は出ませんでした。風邪でのどがイガイガするときなどに
使っていますが、まだ1/2本、残っています。賞味期限切れから
すでに8年たってますが、今なめても“ただちに体に影響する”
ことはないはずです。ねえ、官房長官?ハハハ。


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by toruiwa2010 | 2011-06-25 08:43 | テニス | Comments(5)
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ツイッターを読んだ方はダブりますが、フェースブックに友人が
実に懐かしいものを投稿しているのを見つけました。
1992年デビス・カップ決勝:USA vsスイスです。

この年からテニスを中継し始めたWOWOWはデ杯のSFと決勝も
現地から中継しました。熱がこもってました。ハハハ。
アメリカvsスウェーデンのSFはミネアポリスで行われました。

SF:USA d.Sweden 4-1
    Switzerland d.Brazil 5-0

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そして、決勝の舞台はダラス・フォートワースでした。

Switzerland:Marc ROSSET、Jakob HLASEK
USA:Jim Courier,Andre Agassi,Pete Sampras,John McEnroe


…優勝を狙うアメリカの4人は“Dream Team”と呼ばれました。
当時のランキングでは①クーリエ、③サンプラス、⑨アガシ、
マッケンローは20位でした。
チャンやワシントンではなくマッケンローを選んだのはもちろん
ダブルスをプレーさせるためです。

問題はシングルスでした。
ランキング的にはクーリエとサンプラスで文句なしでしょうが、
ゴーマン監督はデビス・カップに強い実績を買って、アガシを
シングルスに起用することにしました。
世界ランク3位のサンプラスはマッケンローと組んで慣れない
ダブルスに出場することになったのです!

決勝が始まる前日から街はムードが最高潮でした。
TVカメラがうろうろしていました。実は…
マッケンローの妻はハリウッド女優、テータム・オニールでしたが、
チームに合流する直前、3人の子供を連れてアパートを“脱出”し、
一方的に別居宣言をしたのです。
いえ、連れ出したのはマッケンローのほうです。ハハハ。

日本のワイド・ショー並みに追いかけるシーンを初めて見ました。
おかげで、マッケンローは大会中一度も会見に同席しませんでした。
スイスからもかなりの数の応援団が来ていました。
アルプスで放牧する牛の首につけるカウ・ベルを大量に持ち込んで
いましたから、結構な騒音でした。ハハハ。
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初日のシングルス、まず、アガシがラセックにストレート勝ち、
クーリエがロセにフルセットの末、逆転負けして1勝1敗…
デ杯の常ですが、ダブルスが大きなポイントになりました。

2日目のダブルス。
90年全米オープンで優勝してはいましたが、21歳になったばかりの
サンプラスはやはり大舞台での経験が乏しく、不慣れのせいもあって
動きの硬さが目立ちました。
1-2セットをタイブレークで失ったあと、第3セットを取り返して
セットカウントは1-2、まだピンチは続きます。
苦しむアメリカを救ったのは、第3セットのあとの休憩というデビス・
カップ独特のルールでした。
放送席にいた私たちは知る由もなかったのですが、アメリカ・チームの
ロッカーはものすごい熱気に満ちていたようです。
場内で応援していたアガシやクーリエも加わって、もうひとつ、意気が
上がらないサンプラスを励まし続けたそうです。
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SFのスウェーデン戦でも同じように1-2からの逆転劇がありました。
英語では“pep talk”といいますが、士気を鼓舞するためのおしゃべりは
効果がてきめんのようです。ハハハ。
コートに戻ったサンプラスの動きは滑らかになり、マッケンローにも
負けない活躍で続く2セットを取って、貴重な1ポイントをアメリカに
もたらしました。

結局、3日目のシングルス第1試合でクーリエがラセックを下して
アメリカは2年ぶりにデビス・カップを取り戻しました。
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今朝、友人がフェース・ブックにとても懐かしいものを投稿しているのを
見つけました。この試合のごく一部がyoutubeに投稿されているのです。
いやいやいや…こんなところで自分の声に出会うとは思いませんでした。
19年前、柳さんも私も声が若いわ。ハハハ。 http://bit.ly/iXZbzq
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そして、もうひとつ。
マッケンローのサーブで試合が決着した瞬間私は「アメリカ 王手!」と
一言しゃべったあと黙りました。場内の歓声を聞いていただくために。
“黙る勇気”を実践し始めたのはもう少し時間がたってからだと思って
いましたが、このとき、すでにやってますね。さすが、です。ハハハ。

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by toruiwa2010 | 2011-06-24 10:24 | テニス | Comments(7)
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「やり残したことはないのか?」
「はい、ありません」

…フジテレビでアナウンサーを辞めるとき、総務局長と交わした会話です。
もちろん、やりたいことはたくさんありました。しかし、辞めたいと思っているときに、
「いえ、実はいろいろありまして…」と言えば、「それなら、辞めるなんて言うな」と
説得されるに決まっていますから、言わなかっただけです。ハハハ。

「思い残すことはない」と言いきれる人生なんてごくごくまれな人しか送れないでしょう。
私のような“煩悩”が多い人間にはとても望めません。
テニス・アナとして“やり残した”ことの一つは、グランド・スラム達成です。
1992年に初めて3大会の実況をしました。全米が終わったとき、アナウンサーとしての
“グランド・スラマー”になりたいものだと思いました。
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それには、ウインブルドンの実況をしなければいけません。しかし、“高い壁”でした。
放映権は長くNHKが持っていて、手放す気配はありません。オール・イングランド側も
“国営”放送・NHKのステータスがお気に入りだったようです。一度、プレゼンにまで
こぎつけたことがありますが、放映権料アップの“ダシ”に使われた感じでした。ハハハ。

WOWOWが「伝説は甦る」というシリーズを企画し、歴史に残る名勝負を放送したとき、
テニスを2本頼まれました。どちらもウインブルドンの決勝です。
1本は1980年のボルグvsマッケンロー、もう1本は1982年のコナーズvsマッケンロー。
解説をつけない“一人喋り”でした。資料はほとんどありません。
苦肉の策で、現地の実況を懸命に聴き、話の断片から情報らしきものを引き出しました。
苦しいけど楽しい作業でした。

しかし、私の夢はセンターコートを見下ろす放送席に座っての実況です。
果たせないまま、現役を終えることになりました。“やり残した”のです。

一ファンとして、今もときどき思い出す試合は男女1試合ずつあります。

1992 Wimbledon Gentlemen’s Singles Final
Andre Agassi d.Goran Ivanisevic 67/64/64/16/64


男子では1992年のアガシvsイバニセビッチです。
第12シードだったアガシは、QFでフルセットの末ベッカーを、SFではマッケンローを
ストレートで下して決勝に進出しました。
一方、第8シードのイバニセビッチは4回戦でレンドル、QFで第2シードのエドバーグ、
SFではサンプラスに勝っていました。

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強力サーブが売り物のレフティ、イバニセビッチと“史上最高のリターナー”と呼ばれた
アガシの対戦はプレースタイルも対照的でしたから、テニス・ファンの関心はきわめて
高いものがありました。
コートに登場した2人は、もちろん、ウインブルドンの“ドレス・コード”に従って
上下とも白一色、アガシは白いキャップをかぶっていました。
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アガシがシャツを着替えるたび女性客の嬌声が…

アガシは1987年に一度出た(1回戦敗退)あと、ウインブルドンを“敬遠”していました。
まさか、“コートの上を舞う蝶さえ白い”とからかわれるウインブルドンでは、白以外の
ウエアを認めないというドレス・コードに腹を立てたわけではないでしょう。ハハハ。
当時はサーブ&ボレヤーに圧倒的に有利と言われていたことが大きな理由だと思います。
性格的にも、勝ち目のない勝負はしないのでしょう。
しかし、前年、1991年、久しぶりに出場してQFまで進んでいます。


世界中のテニス・ファンの熱い期待にこたえて、22歳のアガシと20歳のイバニセビッチ…
2人の若者の対決は見ごたえがあるものになりました。
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当時のコーチ ニック・ボロッテリ(左)とGF ウエンディ・スチュアート

サーブからネットへの流れで主導権を握ろうとするイバニセビッチに対して、アガシは
得意のリターンから厳しい攻めで対抗しました。特に、高くキックする彼のセカンド・
サーブがかなり効果的だったと思います。
50分かかった第1セットをタイブレークの末に取ったイバニセビッチが優位に立ったかに
見えましたが、第2セット第1ゲームをブレークしたアガシは、勢いに乗って2セットを
連取し、形勢を逆転します。

いつものイバニセビッチなら精神的に崩れる展開でしたが、この日の彼は違いました。
何に対しても決して腹を立てまい…と誓ったかのように、冷静さを保っていました。
ただし、途中でこんな場面がありました。
第4セット第1ゲームが終わってインタバルに入ったところで主審がイバニセビッチに
話し始めると、アシスタント・レフェリーも加わってなにかを説明をしています。
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実は、試合中のどこかでフラストレーションを解放するために彼が発したexpletive…
(悪態)をBBCのマイクが拾い、全世界に流れました。
彼の国籍は複雑な民族・宗教の問題を抱えるユーゴから独立したばかりのクロアチアです。
公用語はクロアチア語ですが、ほかの、例えばセルビア語などともよく似ているようです。

審判席に着くとき、主審はある“メモ”をポケットに忍ばせていると言われています。
主だった国の言語で“悪い言葉”“放送禁止用語”が書かれているそうです。たとえば、
英語ならf**kほか実に多数…。ハハハ。
しかし、この試合の主審が持っていたメモにクロアチア語はなかったのでしょう。
ですから、警告は出ませんでした。

しかし、天網恢恢…世界のどこかで聴いていた、イバニセビッチの言葉を理解する人が
オール・イングランド・クラブに国際電話をかけてきたのです!
クロアチア人は国を挙げて応援していたはずですから、分離・独立に至る過程で摩擦が
あった“旧ユーゴ”のどこかから…でしょう。ハハハ。

動揺はあったはずですが、持ちこたえたイバニセビッチが第4セットを取り返してついに
2セット・オール、勝敗の決着はファイナル・セットに持ち越されます。
グランド・スラムの決勝は常にこうありたいですね。ハハハ。
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試合は、アガシがイバニセビッチを振り切ってウインブルドン初優勝を果たしました。
勝利の瞬間、ガールフレンドやコーチがいる陣営を振り返って信じられないという表情を
見せたアガシは両手で顔を覆い、そのまま、芝の上にうつ伏せになりました。
当時のアガシは、アメリカ国内で“Image is everything”(イメージがすべてさ)をキャッチ
フレーズとするキャノンのCMキャラクターに起用されていました。
口の悪い人たちからは「あれは、CMで効果的に使えるように演技をしたに違いない」と
揶揄する声が上がっていました。まさかね。ハハハ。
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ちなみに、アガシのロン毛は2年後の1994年で終わりました。
1995年の全豪に出場するためメルボルンにやってきたアガシは坊主頭だったのです!
ずっと、新年早々、南半球まで出かけることを拒んでいたアガシを「なに言ってるんだ。
君が一番やりやすいサーフェスなんだから」と説得したのはクーリエやサンプラスでした。


1993 Wimbledon Ladies Singles Final
Stefi Graf d.Jana Novotna 76/16/64


女子では、1993年のグラフvsノボトナが勝負の怖さとともに記憶に残っています。
4月にアーカイブで再録したばかりですから、簡単に記すことにします。

1セット・オールからの第3セット・第5ゲームでグラフのサーブをブレークしたとき、
ノボトナは67/61/41 とすっかり流れをつかんでいました。いたはずです。ハハハ。
もちろん、スタンドの空気もテレビの前の我々も、ノボトナが勝つのだと思っていました。
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ダブルフォルトでサーブを落として呆然とするグラフと勝利を確信した?ノボトナ

…しかし、それからおよそ25分後、ヴィーナス・ローズウォーター・ディッシュ(女子優勝
トロフィー)を手に静かに微笑んでいたのはシュテフィ・グラフでした!!!
ケント公夫人の肩に顔を埋めてむせび泣いていた敗者・ノボトナの姿をテニス・ファンが
忘れることはないでしょう。
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持っているDVDは、ともにBBCの実況を同録したものです。
誰が、日本人の実況なんか! 悔しいじゃないですか。ハハハ。

うーん、それにしても、やりたかったなあ、ウインブルドンの実況…。
あとからテニスの実況を始めた若いアナが、私の生涯の願望を何の苦もなく達成するのを
目にするのは精神衛生上、とてもよくないことです。ハハハ。

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by toruiwa2010 | 2011-06-22 10:02 | テニス | Comments(14)