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岩佐徹のOFF-MIKE

toruiwa.exblog.jp

実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

カテゴリ:サッカー( 55 )

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今シーズンのUEFAチャンピオンズ・リーグ(UCL)の決勝カードが決まりましたね。
バルサ&レアルが敗れたのは残念ですが、チェルシーvsバイエルンも悪くありません。
しかも、会場がミュンヘンじゃないですか。いやいやいや。思い出しますねえ。
いえ、この新スタジアムはまったく知りませんし、古いオリンピアシュタディオンも、
外から見たことがあるだけで、中に入ったことはありません。
しかし、UCLとミュンヘンがからむと印象深い思い出がよみがえるのです。
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UCLの存在を知ったのは、セリエAの実況陣に加わった1993年でした。
当時 イタリア・サッカーについての情報はガゼッタ・デッロ・スポルトという有名な
スポーツ新聞に頼っていました。分かるのは数字と固有名詞だけですが。ハハハ。

シーズンが終盤を迎えたころです。そのピンクの新聞でUCL決勝のスケジュールを
見ていて、会場がMONACOだと知りました。
準決勝を勝ち上がったのはフランスのマルセイユとイタリアのACミランです。
放送の中で決勝のスケジュールなどを伝えて、「モナコなら、マルセイユとミラノの
ちょうど中間ですから 応援に行く両チームのサポーターにとっても好都合ですね」と
解説者に話しかけたことを思い出します。

ところが。ところが、です。これがとんでもない間違いだったのです。
英語ではたとえばユベントスの本拠地・TorinoはTurinと表記されることが多いです。
全部が全部ではありませんが、ヨーロッパの非英語圏の国では、英語名を持つ街が
たくさんあります。イタリアでいえばMilan(ミラノ)、Florence(フィレンツェ)、
Venice(ベネツィア)、Naples(ナポリ)などがそうです。
ドイツにはMunich(ミュンヘン)やCologne(ケルン)があり、他にもPrague(プラハ/
チェコ)、Moscow(モスクワ/ロシア)Vienna(ウイーン/オーストリア)、Athens(アテネ/
ギリシャ)…イタリアにはほかにもRome(ローマ)、Sicily(シチリア)などがあって一番
多いように思います。
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スポーツ関係の記事を英語で読むようになってからは 都市名の英語読みにもだいぶ
なじんでいて間違うことなどほとんどなかったのですが、“落とし穴”がありました。
放送から4,5日たったとき、なんと、“イタリア語のMonaco”はモナコ公国のほかに
ミュンヘンのことも指すのだと聞かされたのです!!
青天の霹靂です。少しも疑うことなく、得意げに話したことが恥ずかしい!
しばらくは、結構、落ち込みました。ハハハ。

この思いではもう一つの思い出につながりました。

4月18日はツイート3周年の記念日でしたが、考えて見ると 24日は私がブログを
開設した記念日です。
当時はまだ“ブログ”という言葉はなくてホーム・ページ(HP)と呼んでいました。
資料収集のためにインターネットはなんとかやっていましたが、HPとなるとまるで
手が出ず、指をくわえて眺めているだけでした。

テニス中継を見ていた若者が「手伝いますから、やりませんか」と声をかけてくれて
大喜びで飛びつきました。書き上げた記事をメールで送ると、時間があるときに彼が
アップしてくれる、というやり方でした。
はじめは週1回のペースでの更新でした。間もなく、私の方は頻繁に更新したくなる、
かといって、好意で手つだってくれる相手に迷惑をかけられない…というジレンマに
悩んだ結果、2年後にはコラムの部分をブログ化しました。
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初代HPのタイトルは「岩佐徹のon-air off-air」でした。
アナウンサーらしいものにしたかったのです。そして、コンテンツのひとつだった
コラムのタイトルが「OFF-MIKE」でした。
今はもう、私のパソコンの中でしか見られなくなりましたが、この懐かしいHPが
スタートしたのが9年前、2003年の4月24日でした。
“いたずら”や“荒らし”に悩まされ、それなりに変遷があって当ブログにたどり
着いて、開設から10年目に突入しています。

UCL決勝が近づいたことで、“MONACO”を思い出し、HPのコラム第1号に書いた
チャンピオンズ・リーグにまつわる記事を思い出したのです。
読んだ方もおいででしょうが、懐かしい固有名詞も出てきますので、連休中にでも
読んでみてください。


「長かった4月23日」2003.04.24

4月23日(実際は24日ですが)でチャンピオンズ・リーグ(以下CL)のスタジオからの
実況が終わりました。画面だけを見てスタジアムにいるかのように実況することを
オフチューブ方式といいますが、サッカーの実況アナウンサーとしてはかなり高齢の
私にとっては条件が厳しいやり方です。これで、CLに限って言えば、現地でのセミ・
ファイナル2試合になりましたから、ひと安心です。

23日は結構忙しい一日でした。
まず、午前中にこの日担当のマンチェスター U対レアル・マドリッドの資料作りを
ひととおり終えて、午後はビデオ・チェックに入りました。
はじめに前日の夜NHKで放送したクラシコ、レアル・マドリッド対バルセロナ、
次に、朝のCL バルセロナ対ユベントス、レアル・マドリッド対マンチェスターの
それぞれの第一戦、いずれもポイントを絞ってチェック。
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普通なら、最後は気に入っている自分の実況テープを見て“感じ”をつかむことで
準備の仕上げをするのですが、この日は見ておきたいものがもう1本ありました。
それは、なかなかのすぐれもの、マンチェスターUのヒストリーDVDです。
最後までは見られませんでしたが、いくつかネタを仕込むことができました。ハハハ。

一般の家庭にくらべたらかなり早めの晩御飯をすませて家を出ます。
サッカー担当の日は睡眠を確保するため、放送の前後 スタジオ近くのホテルでやすむ
ことにしているのです。ヨーロッパはサマータイムですからキックオフは日本時間の
3時45分です。集合は午前2時、それまでに少しでも寝ておかないとつらいのです。
一度、15分しか眠れなかったときはしゃべりたいことが頭の中でうまくまとまらず
かなり苦労しました。
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この日は、いつもより早い午前1時に局に着きました。ちょうどロビーでは 制作側と
技術さんの打ち合わせが行われていました。
二つのカードを担当するスタッフはあわせると45名ほどになるでしょう。
信藤さん、柄沢アナ、奥寺さんの順に到着して今度は解説・実況陣の打ち合わせです。
その打ち合わせが終わったころ、UEFAからのメンバー表が手元に届きます。
マンチェスターは 負傷していると伝えられていたベロンが先発し、ベッカムではなく
スールシャールが右サイドです。やっぱり、そう来たかという感じでした。
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レアルはといえば、盲腸のラウルのかわりにグティが入っているのは分かるとして、
ボランチのところになんとマクマナマン! 奥寺さんの意見は「イングランド出身と
いうことを買ったんじゃないのかな」ということでした。

第一戦がレアルの3-1に終わっているのはバルサにとって厳しいですが、スーパー・
スターをそろえた名門同士の対決、舞台は「夢の劇場」、オールド・トラッフォード、
しかも主審はコッリーナさんです。リハーサルから胸が躍りました。久しぶりです。
テレビマンとして視聴率を稼ぐために面白い展開を期待するのは当然でしょう。
それには 追う立場のマンチェスターが先に点を取ることです。しかし、大歓声の中で
始まった試合はこちらの思惑とは反対に ロナウドのゴールでレアルが先制、その後も、
追いつかれる度にロナウドがネットをゆらして突き放す展開になってしまいました。
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救われたのはマンチェスターの選手たちの闘争心が最後まで失われなかったことと
サポーターが彼らに大声援を送り続けたことです。
結果はレアルが2試合合計得点でマンチェスターを下して準決勝進出を決めました。
早い段階で「レアル勝ち上がり」の可能性が濃くなってしまったのは残念でしたが、
私個人は結構のびのびしゃべれて、いつもお叱りを受ける選手名の間違いも少なくて
久しぶりの奥寺さんとのコンビを楽しめました。同じように思った方が多かったのか
展開の割には視聴率も4.3%とかなりのものでした。

番組が終わってひと息入れているとプロデューサーがセミ・ファイナル放送用の番宣
(番組宣伝)について打ち合わせるためにスタジオに入ってきました。
カードについて一言ずつ話したあと「何日の何時から放送です」と締めるのですが、
かなり大変なんです。一人で自由にしゃべるなら問題はありませんが、言うことは
ほぼ決まっている上に「編集したくないので30秒ぴったりでお願いします」などと
平気で注文をつけてきますからね。ハハハ。
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3、4回の取り直しで終わりましたが、寝不足に加えて2時間実況したあとでしたから、
最後は情けない声になっていました。
控え室に戻ると、先にメークを落としていた後輩のアナがさわやかな顔で「いやあ、
こっちはいい試合でしたよ。そちらとは逆の展開で、ミランが先に先に点を取って、
最後91分に決勝ゴールですから」と話しかけてきました。

…「なぜ そういうことを言うかなあ」と、試合展開も結果もいまいちだっただけに
気分がすぐれない私としては言いたいところですが、ぐっと我慢して「そう、それは
よかったね」と返しました。先輩はつらいのです。ハハハ。
冗談はともかく、WOWOWでは 面白くなりそうな試合を送り出すAスタジオは1階、
もう一試合のBスタジオは2階にあるのですが、今シーズンのCLは終わってみると
2階のほうが内容で上回るケースがとても多かったのです。
プロデューサーが年寄りの私に気を使って、全部Aスタの担当にしてくれたのですが、
終了後、勝ち誇ったように喜色満面で引き上げて来るBスタ担当をほろ苦い思いで
迎えたことが何度あったでしょうか。ハハハ。

さて、レアル、ユーベ、インテル、ミランと豪華な顔ぶれが出揃って5月に入ると
いよいよセミ・ファイナルです。
私の行き先も決まりました。まず、3年連続のマドリッドでレアルvsユーベ。
ここは、スタジアムまで歩いて5、6分ですからとても気分が楽です。

そして、第2戦は4年ぶりのミラノからインテルvsミランのダービーです。
実は、インテルが勝てば文句なしにミラノに行けるはずだったのですが、数日前には
プロデューサーから「岩佐さん、もし、準決勝がクラシコ(レアルvsバルセロナ)に
なったら、取材の関係で日程を変更してそちらを担当してもらいますので」と無情の
宣告をされていたのです。
「そんなにオレをイタリアに行かせたくないのか、よーし」と、バルサのファンには
申し訳ないと思いつつ、今回ばかりは思いっきりユーベを応援させてもらいました。
ハハハ。

ホテルで1時間ほどうとうとしただけで帰宅してこれを書き上げました。
ずいぶん長くなりましたが、一回目ということで勘弁してください。
マドリードへの出発は3日です。それまでにもう一回 書く予定ですが、現地からも
できるだけアップしたいと思っています。

どこに出かけるわけでもないのですが、
3日から6日まで休みます。あしからず。

by toruiwa2010 | 2012-05-02 14:06 | サッカー | Comments(0)
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1999年6月23日、WOWOWのサッカー班は解説者数人とともに、西麻布のイタリアン・
レストランに集まっていました。長かった98~99シーズンの打ち上げのためです。
中田英寿がペルージャで初めてプレーしたシーズンでした。彼の活躍のおかげで視聴者の
手ごたえも上々でしたから、集まった面々の気分は高揚していました。
会が始まってしばらくすると、編集局長が姿を現してあいさつに立ちました。
「みなさん、喜んでください。心配かけましたが、18チームのうち14チームと契約が
できることになりました」…店内に歓声が響きました。
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実は次のシーズンからセリエの契約形態が変わって、チームごとに契約交渉をしなければ
いけないようになり、スカパーとの間で激しい戦いが続いていたのです。
14/18チームが確保できれば、放送を続けることができるし、視聴者に納得してもらえる
カードの提供が可能になりますから、誰もが喜びいっぱいだったわけです。

しかし、それから1ヶ月もたたないうちだったと思いますが、出社すると、デスクの上に
メモが置かれていて、セリエの放映権がスカパーに渡ったことを知りました!
93~94シーズンから実況にかかわっていました。特に、98~99シーズンは 相性が悪かった
プロデューサーが交代したこともあっって全34節で27試合を担当しました。
自分で言うのもおかしいですが、脂が乗っていたのです。
テレビで仕事をしていると、イベントの権利を獲得したり失ったりは日常茶飯事ですから、
何度も経験していますが、このときに覚えた“喪失感”は2002~2003シーズンを最後に
チャンピオンズ・リーグの権利を失ったときと並んで忘れられない記憶です。
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木曜日の朝日の夕刊で嬉しい記事を読みました。
ユベントスが久々に優勝争いをしていることを伝えていたのです。
ミーハーっぽくて恐縮ですが、実況する機会が多かったこともあって ミラン、インテルと
ユーベは常に関心があり大好きなチームです。イタリアNo1の名門でありながら、審判の
買収などでセリエBに降格された苦い経験からユーベが立ち直りの気配を見せているのは
とてもうれしいニュースです。

監督がアントニオ・コンテなんですね。
現役時代はファイターでした。しつこい選手でした。髪が薄くなりかけていました。
あるとき、“変化”に気づいて増毛疑惑をしゃべった記憶があります。ハハハ。
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ためしにメンバーを見ると、私が実況していたころにプレーをしていた選手の中で今でも
現役なのは、ブッフォンとデルピエロだけのようです。
ミランのメンバー表を見ると、ネスタ(!)を初め、インザーギ、ガットゥーゾ、セードルフ、
アンブロジーニ、ザンブロッタ…レギュラーではない選手が多いようですが、懐かしさが
こみ上げる顔ぶれが残っています。

WOWOWで初めてJAPANの試合を実況したのはユベントスが来日したときです。
6シーズンぶりに監督に復帰したトラパットーニが率いて1992年に来日しました。
日本選抜(監督:オフト)と2試合やったのですが、神戸のユニバー記念競技場での試合を
実況しました。解説は奥寺さんと加茂周さんでした。奥寺さんはミラン・ダービーで一度
お手合わせがすんでいますが、加茂さんとは初対面…なのに、放送席に腰を下ろしたのは
選手が入場する5分前というあわただしさでした。

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リーグ“前夜”で、サッカー熱が盛り上がりを見せていていました。
WOWOWが放送する予定もなく、私もあまり関心がなかったのですが、その“たたり”で、
日本選抜のメンバーを伝えるとき、チーム名を「日産浦和マリノス」などと とんでもない
ミスをしています。「どこにそんなチームあんねん」と突っ込まれたことでしょう。ハハハ。

このときのユーベは、ロベルト・バッジョがキャプテンを務め、ビアッリがセンター・
フォワード、ほかに ドイツ代表のメラーやコーラーがいて、若き日のコンテが左サイドで
プレーしていました。日本選抜は 三浦知良、福田、井原、都並、キーパーは松永でした。
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試合は、吉田光範のゴールで前半に先制した日本選抜が後半16分にも福田の
スルーパスに反応した三浦知良が 追いすがるジュリオ・セザールをかわして
ゴール右隅に決めて2-0とリードを広げ、加茂・奥寺のご両人のテンションは
最高潮でした。ハハハ。
ヨーロッパの強豪・ユベントスのイレブンがカッカする場面がみられて面白い試合でした。
“本気”になったユーベは34分にバッジョのPKで1点差にすると、ロスタイムに入って
ドイツ代表のメラーのヘディング・シュートでとうとう同点に持ち込みました。
直後に試合終了の笛。
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「さすがはユベントス、インジャリータイムで追いつきました」と声を張り上げる私とは
対照的に、2人の解説者の口が思い切り重くなってしまい、何を聞いても“はかばかしい”
答えが返ってこなくなったのです。ハハハ。

あのころが心身ともに一番充実していたかもしれません。懐かしいなあ、セリエ。

坂の上には何もなかった…

12/25
女子フリーに3時間枠・・・どう考えたって、7時から
演技を見せるわけはないから6時~7時半はBSで
「坂の上の雲」最終回を視聴する。
これが正しいテレビの見方。w。みんながこうすれば
苛立つこともないのに。


…そんなわけで、昨日は6時からNHK-BS「坂の上の雲」、終わってからフジテレビの
「全日本フィギュア」を楽しませてもらいました。

「坂の上の雲」は最終回でした。
沖ノ島沖での東郷平八郎率いる日本海軍とロシアのバルチック艦隊との長い海戦シーンが
冒頭から実に30分近く続きました。迫力はありましたが、CGが多かったのは事実です。
それよりも疑問に思ったのは、この海戦を100年以上たった今描くことにどんな意味が
あるのか、ということです。

日露開戦あたりからは“戦争映画”を見ているようでした。
司馬遼太郎の原作はともかく、NHKのドラマはこれだけの大金を使って今の時代の我々…
特に若い世代に何を伝えたかったのでしょうか?
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結局、このドラマは何を描きたかったのか。
人間は秋山兄弟と子規までが限界だった。つまり、
人間は描ききれず、戦争は描いたが、歴史全体を
描こうとしてナレーションでのごまかし。
そして、随分素っ頓狂な終わり方をしてくれたもんだ。
「これから一人で逝きますから」…か。


全体の4話目ぐらいまでは、毎週、次の日曜日が待ち遠しいと思うほど引き込まれました。
“松山時代”です。律(菅野美穂)を含めて秋山兄弟、正岡子規たちの豊かな個性や強い絆が
丁寧に描かれ、魅力ある“人間ドラマ”になっていました。
最終回で唯一ぐっときたのは、帰宅した真之(元木雅弘)が母親の遺体と対面して語りかける
シーンでした。人間・真之がせまってきたからです。
ドラマ全体を通して、元木と菅野、香川の演技には胸を打たれました。

たぶん、このドラマへの世間の評価は高いのでしょう。ただし、その根拠は何でしょう?
「俳優陣が豪華だった」「さすがはNHK」「会戦・海戦シーンに迫力があった」…まさかね。

私には不満が残りました。
3年も引っ張っておきながら、“坂の上”に何が見えたのか?
司馬遼太郎の原作にもその部分は書かれていなかったのでしょうか?
自分で考えろ?
いやあ、あの作り方・終わり方では考える手がかりもないわ。ハハハ。

浅田真央については、素直にほめる…それに尽きます。

今日見ないかもしれませんが、週末の視聴率です。

フィギア(土)   22.7%
     (日)   26.7%

すべらない話  12.9%

NHK  坂の上の雲  11.4%


            
by toruiwa2010 | 2011-12-26 10:02 | サッカー | Comments(2)
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12/03
EURO2012組分け…グループB!
オランダ、デンマーク、ドイツ、ポルトガル。
均衡を図ろうとしているのだろうがいつだってドローの
いたずらに泣く国が生まれるなあ。
これは来年の6月はリーグ戦から目が離せない。
寝不足を覚悟しないと。

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来年6月に開幕するユーロ2012もWOWOWが放映するようですね。連続5大会…
権利獲得競争が激しくなっている中でよく頑張っていると思います。もしかすると、
スカパーとの間でほかのソフトとの“住み分け”ができているかもしれませんが。
ええ、これとこれはウチが取りに行くので、おたくは手を出さないでください…的な
暗黙の取り決めをして権料のつり上げを防ぐ“企業防衛策”です。
実際にやっているかどうかは知りませんよ。ハハハ。

それにしてもグループBはすごいですねえ。
この4ヶ国の中から グループ・リーグの段階で二ヶ国が消えるのですから。
どの国の監督も表面はともかく、結果が出た瞬間は内心、「えらいことになった」と頭を
抱えたことでしょう。ハハハ。

初めて実況した1996年イングランド大会を思い出します。
当時、ヨーロッパのサッカーはまだまだ遠い存在でした。WOWOWのセリエの放送は
始まっていましたから イタリアのことはそれなりに情報があり、そこでプレーしている
外国人選手についても分かる部分はありましたが、代表チームの情報は僅かなことしか
伝わっていなかったのです。

それでも、内外の雑誌をかき集めて資料づくりをしました。
このときの実況陣は柄沢・八塚両アナと私で、ロンドンをベースにする私はイングランド、
スコットランドなどがいるグループAと グループDのデンマークvsクロアチア戦を
担当することになっていました。つまり、グループB,Cの8ヶ国とDの2ヶ国については
決勝Tまで実況する予定がなかったのです。

直前のフレンチ・オープン・テニスも担当する私はユーロが開幕する1ヶ月前に日本を
出発するという“ハンデ”がありました。パソコンなどまだ普及していない時代です。
…時間と労力の節約を考えました。当面 担当しない“10ヶ国”が決勝Tに出る可能性を
考えて自分なりにランク付けし、それに応じて資料を集めることにしたのです。
“手抜き”などと言わないで下さい。経験を積んだアナウンサーが同じ状況に置かれたら、
10人中9人は きっと同じことをするはずです。強弁。ハハハ。

グループCはドイツ、イタリア、ロシア、チェコで構成されていました。
当時の力関係からはドイツとイタリアが勝ち抜けると考えるのが“常識”でしたが、
念のために「曲者だから」とロシアを入れ、チェコは可能性がないと判断しました。
Aの中で実況の予定がないスイスと、Bのルーマニア、Dのトルコも外しました。

テニスの仕事をこなしつつ、資料をあさりましたが、思うように行きません。
それでも、国ごとに用意した12枚の大型封筒には少しずつ資料がたまって行きました。
“外した”4ヵ国も、封筒だけは用意しておきましたが、空っぽのままです。ハハハ。
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グループC で、もたついているイタリアをしり目に チェコが決勝T進出を決めたときは
スタッフ全員が肩を落としました。セリエを放送しているWOWOWにとって イタリアが
グループ戦で消えることは“あり得なかった”のです。
そして、私にとっては“情報がない”チェコが出てきたことは大問題でした。もちろん、
外した方が悪いんですが。ハハハ。

開催地がイングランドでしたから、英語の新聞雑誌があふれていたのは幸いでした。
チェコの情報を求めて古い新聞まで探し回り、なんとかピンチを脱しました。
ランクに従ってシードをするなど、できるだけ各グループのレベルを合わせて 強い国が
早い段階で消えることがないようにしているはずですが、抽選はときに“悪さ”をします。
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今回のグループBもその典型です。
オランダ、デンマーク、ドイツ、ポルトガル…6試合すべてが“決勝T並み”に魅力のある
カードですから目が離せません。この冬、ヨーロッパ中の職場や家庭、カフェやバールで
サッカー・ファンは“経済危機”と“グループB”について激論を戦わせることでしょう。
ハハハ。

11日はクラシコですね。
メッシとCロナウドの直接対決じゃ、見ないわけにはいかないなあ。
ああ、サッカーに関してはすっかりミーハーになってしまった。ハハハ。

by toruiwa2010 | 2011-12-07 09:52 | サッカー | Comments(4)
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野球の豊田泰光、先日、“最後の”解説をしたテニスの柳恵誌郎、サッカーの加茂周…
それぞれの分野で立派な実績を残し、引退したあとも解説などで活躍した“先輩”たちを
心からリスペクトします。
同業では、元NHKの岡田実(故人)、元ニッポン放送の深沢弘両アナでしょうか?

面識はありませんし、申し訳ないことに書いたものをきちんと読んだ記憶もないのですが、
サッカー記者の“大先達”、賀川浩さんについても、いつも、心のどこかで深い敬意を
払っていました。86歳で、今もご健在と聞きます。
私などは60代から“老害”呼ばれましたが、この方についてはそういう話を聞きません。
記者として日本のサッカー・ジャーナリズムをリードして来た人ですから当然でしょう。
権威的存在には拒絶反応が出てしまう私ですが、“別格”です。
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朝日新聞夕刊に連載記事「ジャーナリズム列伝」があり、先日、“「基準」は釜本”という
見出しとその隣に賀川浩の名前を見つけたとき、「もしかして…」と思いました。
釜本についてずっと考えていたことが、この一流記者と一致しているのか…

産経新聞記者、賀川さんが釜本邦茂(現・日本サッカー協会顧問)のプレーを初めて見たのは
釜本が京都・山城高校1年のときだったそうです。
<<<大柄ながら、球を受けるときの体のバランスが美しいフォワードがいた。1年生の
釜本邦茂だった。「何か異質なものが日本サッカー界に現れたという不思議な感覚だった」。
賀川の第一印象だ。>>>

<<<賀川にとって、ストライカーの基準は釜本なのだ。昨夏の南アフリカW杯で活躍した
本田圭佑にしても「体は強いけど、足は釜本より遅い」。世界の一流選手に取材しても、
無意識に比べてしまう。W杯を取材しても「このチームの前線に釜本がおったら、どない
なるかな」と考える癖がついた。>>>

<<<(釜本の引退試合に寄せた惜別の文)「…釜本に匹敵するプレーヤーの出現も、あるいは
メキシコ五輪以上の強力チームが現れるのも遠くはないだろう。しかし、ストライカー
釜本邦茂は二度とみることはできない」>>>

<<<(釜本引退から27年の現在)「釜本を超える点取り屋なあ。まだ、誕生しとらんな」>>>

…この日の記事を読みながら、いったい何度首を縦に振ったでしょうか。
サッカーに関して、これほど“禿同”(はげどう)、つまり、“激しく同意”できた記事は
初めて読んだかもしれません。ハハハ。
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早稲田の学生だったころ呼ばれていた代表でのプレーからしか見ていませんが、やはり
特別な選手でした。
当時と今では、当然、チームの戦術も選手のプレースタイルも違いますが、チーム内の
“存在感”が飛びぬけていました。日本人離れした身体能力も圧倒的な決定力もまわりの
選手と大きな差がありましたから、どこに行っても“untouchable”の存在でした。

センター・フォワードとしてトップの位置で常にボールを要求していました。
たぶん、彼の頭の中には“守備”に2文字はなかったと思います。
自分で「今だ」と思う瞬間にボールが来なければ、両手を広げて“あからさまな”不満の
ゼスチャーをしていたものです。ハハハ。
8割、9割が年上の記者たちとのやりとりでも傲慢・不遜の態度に終始していましたから、
能力は認めつつ 反発する記者も大勢いました。

しかし、決定率の高いシュート力は認めないわけにはいきません。
ペナルティ・エリア周辺でボールを持てば、DFのマークを外して右足を振ってボールを
ネットに叩きつけていました。支えたのは圧倒的な体力です。
そのころの日本人としては“規格外”の体でした。日本サッカー界を盛り上げるために
企画されたポスターで披露した後ろ姿のヌードは大評判になりました。このとき40歳!
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ムキムキの筋肉が近代サッカーに向いているかどうかは別にして、当時の釜本は世界を
相手にしても体負けしませんでした。全盛期の奥寺康彦を一回り大きくした感じです。
相手は相当のプレッシャーを受けているように見えました。
よく思い出すのは、ボールを持った釜本とDFが向き合ったときの光景です。
ボールが釜本の50cmほど前にあって、足はボールに触っていない状態でも、相手DFは
なかなか飛び込めませんでした。飛び込めば、抜かれることを知っているからです。
触れていないボールを完全に“支配”していることがよく分かりました。

高校時代から“お山の大将”でしたから、周囲、特にマスコミとの応対に問題があって、
とやかく言われることがあり、ナビスコ・カップの取材で監督・釜本に話を聞いたことが
ありますが、実に“嫌な感じ”でした。
しかし、それはそれとして、私も 日本のサッカー史上最高のストライカーは釜本邦茂だと
固く信じます。サッカー人気が盛り上がっている今この時代に彼がプレーをしていたら…
と思うオールド・ファンは多いはずです。
同時に、一度でいいから 海外のクラブチームでプレーさせたかったなあと心から思います。

賀川さんが言う通り 釜本以後に彼を上回る選手は出ていません。
アルゼンチンにメッシのような選手が、ポルトガルにクリスチャノ・ロナウドのような
選手が出てくることはありそうな気がします。しかし、残念ですが、日本に釜本邦茂を
超える選手が出現する可能性は 将来的にもないのではないでしょうか。
よほど、条件が揃わなければ あれほどの選手が誕生するのは難しいと言わざるを得ません。

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by toruiwa2010 | 2011-09-27 08:19 | サッカー | Comments(6)
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女子ワールドカップ:勝った!!驚いた!!
まさか、アメリカに勝つとは。立派な金メダルだ。
なでしこはよくやった。守りに徹するのではなく
決勝にふさわしい試合をしたと思う。
称賛と感謝に値する。(終了直後のつぶやき)

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なでしこの優勝がまだ信じられません。“勝てまい”と思っていたのですが、SFの出来が
あまりにも素晴らしかったので、3時半に目覚ましをかけてシッカリ見ました。
今日は休日ですからアーカイブを用意していましたが、こうなると、何か書かなければ
気が済みません。我ながら“面倒な”性格です。ハハハ。

テレビの前にすわったとき、両国の選手たちがスタンド下に集まっているところでした。
何人かの日本選手の顔にスマイルがあったのに驚きました。口を揃えて「楽しみたい」と
言ってはいましたが、その通りのメンタリティで試合に入ろうとしていました。
控えめ、おとなしい…そんなイメージが湧いてしまう“なでしこ”ですが、とんでもない。
みごとな精神力だと思います。

世界ランク1位のアメリカにとって、“勝って当たり前”の決勝はやりにくかったでしょう。
緊張感はアメリカの方が強かったようです。
しかし、日本がキックオフから右前方に送ったパスをカットし、パスを2本繫いだだけで
シュートまで持ち込んだことで主導権はアメリカが握りました。
戦前、“高さ”が怖いと聞かされていましたが、実は、“速さ”の方がはるかに怖いことが
このワン・プレーで分かりました。

日本は押し込まれる一方で苦しい展開でしたが、立ち上がりの10分ほどをしのいだあとは
「これなら、やれるのではないか」という希望が湧きました。
0-0で前半を終えられたのは理想的でした。しかも、押されっぱなしではなく、いい形を
いくつか作ったままハーフタイムに入れたのは最高だったと思います。ロッカールームの
雰囲気は最高だったはずです。

調子に乗ることなく集中して後半に入ってほしいという心配をよそに、ツキにも恵まれて
10分を耐えたことで勝機が出てきたと思いました。守りでの集中が素晴らしかったです。
しかし、なかなか攻撃にはつながりません。
20分、佐々木監督は切り札とも言うべき、丸山と永里を同時に投入しました。
「いい流れが悪い方向に変わらなければいいが」と思いましたが、守っているだけでは
勝てないのですから、選択は間違っていないのでしょう。
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しかし、直後に永里がゴール前でボールを持ったものの、囲まれて奪われ、そこから
長い縦パス1本、DFをかわしたモーガンに決められました。
決めたあとのモーガンの表情の美しさにうっとりしました。女性アスリートが最高に輝く
一瞬を見せてもらいました。

力に差があることは認めざるを得ないだけに“これまでか”と思いました。はい、日本の
試合になるといつでも“ネガティブ”なんです。ハハハ。
もちろん、選手はあきらめたりしません。12分後に宮間が同点ゴール。サイドでの粘りが
ゴールにつながったし、両足が同じように使える彼女の強みが出た場面でした。

同点にしたあとはむしろ日本が押す形で90分が終了しました。
しかし、延長の立ち上がりでその流れを断ち切られてしまいました。
延長の前半が終わる直前、アメリカのエース、ワンバックにやられました。解説者が何も
言いませんでしたから、私の見方が悪いのでしょうが、ずっと、彼女がフリー“気味”に
なっているのが気がかりでした。
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それでも、なでしこはひるみませんでした。なんという精神力でしょうか。
左CKのボールを、走り込んだ澤が右足でさわってコースを変え、鮮やかな同点ゴール!
残り時間はわずかに3分でした。まともに見たのは2試合だけですが、あえて言います。
今大会のベスト・ゴール。ハハハ。

海堀のスーパーセーブもありましたが、PK戦は神頼みです。
サッカーの女神がなでしこに微笑んだということでしょう。
おめでとう日本女子!見事な試合をして見事な金メダル。
日本中が久しぶりに心から笑えた瞬間をありがとう!!
ここ数日は“なでしこフィーバー”が続くのは避けられません。文句も出ないでしょう。
この結果、体が小さい日本人でも世界に通用することが分かってしまいました。
“さむらいブルー”も頑張らねば。ハハハ。

最後に一言だけ
負けたあと、アメリカのキャプテン、アビー・ワンバックの態度に感動しました。
勝てると思って臨んだはずの決勝…自分のゴールが試合を決めたと思ったでしょうが、
悔しさをのみこんで日本選手を称えていました。
アスリートは負けたときに値打ちが分かります。見事な“good loser”でした。

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by toruiwa2010 | 2011-07-18 09:22 | サッカー | Comments(9)
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BSやCSでチャンネルが増えた結果、健康と能力があれば、
60歳を超えても実況を続ける環境はあります。
問題は“やめどき”でしょうか。ベテランになればなるほど、
スタッフを初め、周りは何も言ってくれなくなります。
“いい”とも“悪い”とも。
ジェネレーション・ギャップもあって楽しくなくなるときが
やってきます。

…2004年のユーロでサッカーの実況をやめることにしました。


「わかれ唄」2004.07.26

サッカー実況からの引退、ギャラクシー月間賞の受賞以来、たくさんの方からメールを
いただき、BBSにも温かい言葉を書き込んでいただきました。ありがとうございました。
サッカーについては、まだ書けないこと、書いてはいけないことがたくさんありますが、
いろいろな事情がありました。精神的に疲れ果てた、もうこれ以上はカンベンしてくれと
いうところでしょうか。

2chなどでのバッシングそのものは、我慢の範囲内でした。
母が生前よく言っていました。「見んこときよし」。
ラーメン屋のオヤジがどんぶりをよこす時にその指が汁に浸かっていても、「見なければ
きれいじゃない?」ということです。ハハハ。
私がバッシングを受けるのは、ある程度仕方がないでしょう。しかし、“道連れ”として、
解説の皆さんや、ほかの実況アナまでが非難の対象になり、それがそのまま、無神経に
WOWOWのBBSに残されているのを見るのはつらいことでした。

ほかにもさまざまなことがあり、最後の引きがねになったのは二つの出来事です。
ひとつは、年齢からくる衰えが隠せなくなってきたこと。もうひとつは、私の胸に収めて
おきましょう。これで、私も結構成長したようです。ハハハ。

以下は、私なりのサッカーへの“レクイエム”です。

ミラン・ダービー

91年から9シーズンにわたって放送してきたことで慢心があったのでしょうか、セリエの
放映権を失なったのは99年夏でした。あの、虚脱感は今でもときどき思い出します。
ミラン・ダービーは現地から9回、スタジオで2回 実況し、イタリア・ダービー(ユーベ対
インテル)も現地から2回お伝えしました。私の中では、凡戦は1試合もありません。
どれも、満員の観衆を興奮させる、緊張感に満ちた好試合だったと思います。
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セリエは私にとってはサッカーのルーツですから今でも愛着があります。
風土、食べ物、国民性など、サッカーを取り巻く環境が私にピッタリ来たようです。
歴史や文化の押し売りもありませんしね。ハハハ。
チャンピンズ・リーグの最後がダービーだったのも、やはり縁があったのでしょう。
サンシーロの放送席には、もう一度 座ってみたいものです。

ユーロ2000

かかわった3回のユーロの中でも、多くの方がおっしゃるとおり、この2000年のユーロは
最高に面白い大会でした。いつもは「はずれ」が多い私ですが、このときだけは別でした。
グループ・リーグ/スペイン4-3ユーゴに始まり、QF/フランス2-1スペイン、SF/フランス
2-1ポルトガルと、いい試合が続きました。
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そして、決勝も、トレゼゲのゴールデン・ゴールでフランスがイタリアをうっちゃっての
“サヨナラ勝ち”と、中身の濃い試合でした。
本格的なサッカーへの取り組みは93-94シーズンからでしたが、このころが私の“ピーク”
だったような気がします。少なくとも、サッカーに関しては。ハハハ。

2002ワールド・カップ

最初で最後のワールド・カップでしょう。
まさか、定年を過ぎてWCの実況をやれるなどとは夢にも思っていませんでした。
ハイビジョンとはいえ、それが現実のものになったとき、不思議な感覚でした。
一種の達成感があって、「これでいつやめてもいい」と思えるかと予想していたのですが、
むしろ、「これは通過点」という感じでした。
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精神的、肉体的に充実感があって、「まだやれる」と思えたからです。
GL/韓国ーイタリア、3位決定戦/韓国ートルコ、ともに面白い試合でした。しかし、今でも
鮮やかに思い出すのは、試合の内容より、真っ赤に染まった韓国のスタジアムと深夜まで
聞こえた「テー・ハー・ミン・グック(大韓民国)」の大合唱です。

奥寺康彦さん
91年のミラン・ダービーでした。予定通り日本を出たものの フランクフルトでの乗継ぎが
うまく行かず、放送を終えた私たちが打ち上げをしているレストランに姿を現したときも、
2年ぐらい前、スケジュール表を見間違え、出演予定のない深夜の控え室に登場したときも
悠然としていましたね。そう、どんなときでもあわてない、いやな顔を見せない…のが
奥寺さんでした。“つくられた”余裕ではなく、身についたものでした。
「こう、ありたいよなあ」と、気が小さい私にはうらやましい限りでした。
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そして、私が何かを間違えたとき、指摘して傷つけてはいけないと黙ってしまう優しい
心の持ち主でした。同じことでしたよ、奥寺さん。あなたが黙ったことで、「あっ、何か
やったな」と私には分かったのですから。ハハハ。
WOWOWのサッカーはリーガだけになりましたが、解説はどうされるのでしょうか?
味のあるお話は捨てがたいものがあります。ぜひ、続けてください。

早野宏史さん

ヒロシとトオルの“ビーバップ”は解散しましたが、2002年11月27日を忘れませんよ。
チャンピオンズ・リーグ第2節、ローマ対アーセナルの担当でした。この日を手ぐすね
引いて待っていました。胸のポケットに手作りのイエロー・カードを仕込んでスタジオに
出かけました。ハハハ。
会心作であっても、駄作であっても、あなたのギャグが出たら、スタジオに戻ったときに
出そうと決めていたのです。
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「ギグーがぎぐっとしたでしょう」が出たときには、思わずほくそ笑んでしまいました。
カードの提示はしました。しかし、芸人ではない悲しさで、“パフォーマンス”としては
あまりうまくできなかったのですが、仲間内では結構受けました。アナウンサー生活で
私が最も楽しめた瞬間でした。

「お湯だと思ってフロに飛び込んだら水だったときぐらいびっくりしたでしょう」など、
ひねった表現が私は好きでした。

一度でいいですから、レイソルのベンチで赤いジャケットを着てください。ハハハ。

信藤健仁さん
99年5月と2000年9月、かなり厳しいスケジュールを喜んで引き受けました。99年は、
全仏開幕直前のパリからローマ経由で現地に入り、最終節、残留がかかるペルージャと
優勝をかけたミランの対戦。
2000年は全米が終わった翌日、ニューヨークからハンブルクに入ってチャンピオンズ・
リーグのユーベの開幕戦でした。
二度とも、信藤さんは、準備が万全にできない私のためにメモを作ってくれていました。
なかなかできないことです。
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解説で楽しみだったのは、「予測」です。早いときは、キックオフから30秒ぐらいで、
試合の展開を読んだことがありました。「どこを見れば、何がわかる」というキッチリした
物差しをお持ちだからでしょう。それが当たっているかどうかは関係ありません。
「言ったとおりになるのか」と視聴者や私の関心をひきつけるだけで意味があるのです。
おかげさまで、いいコンビだと言われていました。私の知識がもう少し高ければ、もっと
いい評価を得られただろうにと、申し訳ない気持ちです。

野口幸司さん
帰国の日、リスボンのホテル出発が朝5時なのに、ベルマ-レ時代の先輩・信藤さんに
4時半まで付き合わされたそうですが、無事だったのでしょうか?
人がいいのもいい加減にして、どうか“NOと言える野口”に早くなってください。ハハハ。
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私たちの間では、ある試合のことがよく話題になりましたね。
01-02シーズンのチャンピオンズ・リーグ/QF、レバークーゼン対リバプールです。
繰り返し「あの試合は楽しかったですねえ。面白かったですねえ。すごかったですねえ」
とおっしゃいました。そのたびに、プロがそこまで喜ぶ試合をご一緒できてよかったと
思います。
「面白おかしく」ではなく、お人柄を感じさせる誠実な解説には、私を含めて、多くの
ファンがついています。今のままの路線で行ってください。そして、夢だとおっしゃる
スペイン留学の実現を祈っています。

柄沢晃弘アナ
ある意味“とほほ”な顔合わせになってしまったファイナル(POR vs GRE)もあれだけ
盛り上がって、“いいとこどりの柄沢”はユーロでも健在だったね。ハハハ。
何より、私が厳しい西日を浴びるバックスタンドで観戦したポルトガル対イングランドは、
同じ実況者としてよだれが出るほどしゃべりたい気持ちになる試合でした。
収録してあった君の実況は、帰国後、見ないまま消去しました。悔しいもの!! ハハハ。
これからが円熟期です。君自身の成長とともに、若手アナウンサーを引っ張ってくれる
ことを期待しています。
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田中大士アナ
今度のユーロはいい試合に恵まれたみたいだね?「あんなにノリノリの彼は初めて見た」
という声をずいぶん聞きました。「“はずれた”試合がないぐらいです」と、思わず背中で
こぶしを握りたくなるようなことを“ぬけぬけと”言っていたほどだから相当でしょう。
ハハハ。
テニスの全豪で、急に担当試合が変わって、君がほとんど資料なしに実況をやったとき、
島村アナと「今日の彼はいいね」で意見が一致したことがありました。
サッカーでは、クラシコでレベルが一段上がったと感じています。
アドバイスは一言。プレーの描写はぴか一なんだから、「ハンドルに遊び」を。
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制作陣

プロテックスさん

リーガの今後2シーズンの制作担当に決まったのは、努力が認められたのでしょう。
おめでとうございます。自己満足の追求ではなく、視聴者が求めている放送を提供して
あげてください。そして、番組に愛を!

ウッドさん
テニス班を含め、長い付き合いだっただけに今回のことは残念です。
年寄りの感傷にすぎないかもしれないけど、この先何があっても、君らは僕の仲間。
気持ちの入れ替えが済んだら、新しい分野の仕事に向けて元気に歩き出してください。

WOWOWさん
現場の人たちとの年齢差がどんどん開いていくのが気になっていました。
聞けば、僕の実況を評価してくれる若手もいたそうだけど、残念ながら、その声は僕の
ところまで届きませんでした。分かっていれば、サッカー実況も、もう少しがんばれたと
思うのだけどね。
今回君たちが出した結論はプロフェッショナルとしてのものです。あるスタッフからの
メールにもあったように、この結論が間違っていなかったことを証明する責任があります。
仕事はこれからです。がんばってください。

世の中すべてのことに、「しおどき」があります。変化、進歩、発展への節目。
今が、まさにそのしおどきなのだと思います。
私は、また、別のところでがんばりましょう。
ありがとうございました。

意味が通じない部分もあるでしょうが、“そのまま“読み流して下さい。
読み返してみると、どれほどサッカーの実況を愛していたかが分かります。
7年前の話ですが、昨日のことのようにも思えます。


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by toruiwa2010 | 2011-06-12 14:25 | サッカー | Comments(6)
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リーガ・エスパニョーラにバレロンという選手がいました。
ドリブルがうまく、いいスルーパスも出す私好みのタイプの選手で、“言いすぎ”の感は
ありますが、“スペインのジダン”と呼ぶ人もいました。
彼が所属するデポルティーボ・ラ・コルーニャの試合を実況したときに、「彼はバイブルを
座右の銘にしている」と思わず言ってしまいました。 
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「それでは座右の銘だらけになるだろう!」と突っ込まれそうです。
言うなら「座右の書」だったでしょうか。プレーが動いていて話が先に進んでいたため、
訂正することもできず、恥ずかしい思いをしました。

一時、WOWOWにセリエが戻ってきたとき、後輩のアナが「(コモ湖の)ミナモ」と言って
いるのを聞いてオヤと思いました。“水面”のことですが、私はフジテレビで「ミノモ」と
教えられていたからです。
すぐ、手元の小さな辞書をひくと「ミノモ」しか出ていませんでした。
ところが、その後テレビの歌番組で、堀内孝雄が「山河」という歌をうたっているのを
聴いていたら「ミナモ」となっていました。好きな小椋桂の詞ですから文句の言いようが
ありません。いろいろ調べてみると「ミナモ」が出ている辞書もありましたから、今では
“どちらもOK”ということになっているのかもしれません。

こんな時に私たちは「日本語はむつかしい」とよく言いますが、きっと、日本語だけが
むつかしいのではなく、「言葉はむつかしい」のだろうと思います。ハハハ。

サッカー・ファンなら、“ビッグ・イヤー”がどういう意味かはご存知ですよね?
お恥ずかしい話ですが、10年近く前まで「big year」だと思っていました。
その意味は“偉業を成し遂げた年”です。ちゃんと話が通じましたから、自分の間違いに
気づくのが遅れたのでしょう。
チャンピオンズ・リーグの優勝トロフィーの取っ手が“耳の形”に似ているところから、
“大きな耳”、つまり、“big ear”になったとは。ハハハ。

どこのどなたが言い出したにしても、ちょっとしゃれてますよね。
ただ、英語的に言うなら、取っ手は二つあるのですから“big ears”と、複数形でなければ
おかしくはないのか?と思いました。  

考えてみると、大量の英語の情報を読んできた中で「今年こそ big earのチャンスだ」とか、
「引退するまでにbig earを手にしたい」と発言している記事を見た覚えがありません。
「覚えてないだけで、きっと、読んだことはあるはず」とは思いますが。ハハハ。
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ためしにYahoo!で検索してみました。
“big ear”だけだと6200万件!もヒットしてどうにもなりません。
“big ear + champions league”にしたところ、約 618,000 件に減りました。
ところが、“big ears + champions league”にすると413万件…
うーん、やっぱり、英語圏の大勢はbig ears つまり複数形ということのようです。

さて、決勝のときが近づいてきました。
思えば、1992年から2005年まで、毎年パリで見ました。自分の担当試合が終わっていれば
大急ぎでホテルに戻り、ゆっくりと、中途半端な時間に終わっていたら控室でスタッフと
ワイワイ言いながら…。

厄介なのは、ナダルのようにサッカーが大好きなテニス選手たちです。
トップ選手は日程について少しは注文をつけられますが、翌日のオーダー・オブ・プレー
(試合予定)が発表されるまでは気が気ではないでしょう。
20年近く前には、全豪の最終日(男子決勝)がスーパー・ボウルの決勝と重なることが続き、
当時 絶好調だったアメリカ勢が決勝の時間をずらしてほしいと真剣にアピールしていた
こともありました。スポーツ好きは自分の専門種目でなくても胸が躍るのです。ハハハ。
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今シーズンのUCL決勝は、舞台がウエンブリーですから、マンチェスターUは是が非でも
勝ちたいでしょうが、絶好調のバルセロナがそれを許すかどうか。
ビッグ・イヤーズを手にして2011年をビッグ・イヤーにするのはどっち?ハハハ。

カルガモ:続報

今朝も卵は1個しかありません。昨日は産まなかったのでしょう。
親ガモの姿も見えません。
今年植えられてきれいな花を咲かせているカルミナ(?)の向こうに
絶好の茂みがあるのですから、そちらで産んでくれればいいのに…。

振り回される日々が続きます。トホホ。
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by toruiwa2010 | 2011-05-27 08:43 | サッカー | Comments(13)
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チャンピオンズ・リーグ(UCL)の準決勝1st legがいよいよ今週行われます。
マンチェスター・ユナイテッドvsシャルケ、バルセロナvsレアル・マドリードですか。
内田がいるシャルケの動向も気になりますが、やはり注目するのはクラシコでしょう。
UCLの準決勝でこの両チームが顔を合わせるのは2002年以来です。
このときも、マンチェスターUがベスト4の一角にいました。
しかも、残りの一つがドイツのクラブ(レバークーゼン)だったのは“奇遇”ですね。

オールド・トラッフォードには行ったことがないので魅力を感じましたが、“クラシコ”が
惹きつける力は半端じゃありませんでした。
きっと、プロデューサーが引退間近の私に気をつかってくれたのでしょう、“めでたく”
クラシコの担当になりました。いえ、“圧力”をかけた記憶は全くありません。ハハハ。
噂のカード、憧れのカードですから胸が躍りました。サッカー・アナなら分かるはずです。
もちろん、念には念を入れた準備をして、気合十分でスペインに向かいました。

気合が入る理由はカード以外にもありました。
準備の合間、よせばいいのにネット上をふらふらしているときに「クラシコなんだから
実況にはK氏を」的な書き込みを見てしまったのです。誰を指すか、リーガ・ファンなら
お分かりですね。ハハハ。
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本格的にサッカー中継にかかわっておよそ10年の間に、いくつかマグニチュードの
大きな試合を経験していました。
ミランダービー、イタリアダービー、ユーロ96のイングランド対スコットランド、決勝:
ドイツ対チェコ、ユーロ2000のQF:フランス対スペイン、決勝フランス対イタリア…
ですから、“クラシコだから”と言ってビビることはないのですが、書き込みのせいで、
別のプレッシャーがかかってしまったのです。
なにしろ、あちらは“カリスマ”と呼ばれる人気アナウンサーですし、こちらは呼ばれ方
からして“岩佐爺”ですもんねえ。ハハハ。
「俺は俺のやりかたでやるしかないもんなあ」と思いつつ家を出たのです。

3年連続のスペインでしたが、この時はいつものホテルではなく、おそれ多くも、国王の
名前を冠したHOTEL REY JUAN CARLOS(ファン・カルロス国王ホテル)という、少々、
“居心地”が悪いほど豪華なホテルでした。ハハハ。

この時の私は、もうひとつ厄介な仕事を頼まれていました。
カンプノウ周辺でサポーターたちにインタビューすることです。いえ、日本語ならなんの
問題もないのですが、ディレクターの指示は“スペイン語でやって下さい”でした!
日常の挨拶と数の数え方ぐらいしか知らないのに無茶を言うなと思いましたが、言っても
聞き入れる相手ではないので、コーディネーターに頼んで文章を作り、それをカタカナに
してもらって懸命に丸暗記しました。
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「どちらが、何点差で勝つと思うか?」、「あなたにとってクラシコとはなんですか?」…
他愛のない質問ですが、現地の言葉で、相手に通じるように話すのは容易じゃありません。
フレンドリーなスペイン人のおかげで役目は果たせましたが、放送席に到着したときには
もう、軽い“疲れ”を感じていました。ハハハ。

気分は高揚しているのですが、少し、気がかりなこともありました。
サッカー好きとしては、せっかくのビッグ・マッチですから、両チームともにベスト・
コンディションで戦ってほしいのですが、この日はケガやサスペンションで両チームの
主力が欠けていたのです。
惜しまれたのは、好調と見ていたリバウドの欠場でした。リーガの第35節:セルタ戦で
足のケガを悪化させたのですが、この試合で後半16分までに3人の交代枠を使い切った
レシャック監督は、足を引きずるリバウドをベンチに下げることができなかったのです!

さすがに、温厚な私も頭にきました。もちろん、“アナウンサー・岩佐”はそんなことは
言いませんが、“もう一人の岩佐”は「何やってんだ。俺のクラシコをどうしてくれるんだ。
お前なんかクビだ。クビ、クビーッ!」と思い切り毒づいていました。ハハハ。
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予想通り、スタンドはものすごい盛り上がりでした。
発煙筒の煙がピッチ上に流れ込む、騒然とした雰囲気の中でキックオフ。

…試合は2-0でアウェーのレアルが勝ちました。
1点目は千両役者:シダンの芸術的なループ・シュートでした。
右サイドのラウールから絶妙なスルーパスを受けたジダンがDFのタックルを受けながら
ループ・シュートしたボールがGKの手をはじいてゴール右隅に飛びこんだのです。
DVDで聞く私の声も裏返っています。ハハハ。
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1-0のまま終わっていればよかったのですが、ロスタイムに、途中出場のマクマナマンが
2点目のゴールを決めたとき、このSFは勝負あった…という感じでした。すくなくとも
強い思い入れを持ってアジアから来た一人のアナウンサーにとっては。ハハハ。

この日の試合でもレシャックの采配には首を傾げたくなりました。
前日の会見で両監督ともにこう言っていたのです。
「第1戦では何も決まらない。すべてはサンチャゴ・ベルナベウで決着する」と。
にもかかわらず、1点先行されたあと、ディフェンスを二人にしてしまったレシャックの
選手起用は、まさに“明日はない”という戦い方で、言っていたことと矛盾しています。
デルボスケにしてみればまったく考えもしなかった形で「カンプノウで(ほぼ)結論が出て
しまった」わけですから、笑いが止まらなかったのではないでしょうか。

試合の後、地元紙の取材を受けました。
その際、解説の野口さんや杉山茂樹さんの受け売りで「序盤のチャンスで1点でも取れて
いれば違った展開になったと思うが、バルサは、悪くても引き分けると思っていたから
この結果は意外だった。選手は、特に前半はよくやったと思うが、分からないのは監督の
采配ぶりで、結果として、バルセロナのチャンピオンズ・リーグは終わってしまった。
来週はマドリードに行くが、一体全体どうすりゃいいのか」と話しておきました。

アナウンサーは(解説者もそうでしょうが)普段から、ひたすら「いい試合に関わりたい」と
願っているものです。
“いい試合”は必ずしも“いいカード”ではなく、“結果として内容のいい試合”のことで、
こういう試合を担当できたとき“当たった”と言います。
人によるでしょうが、“当たっている同僚”に対しては羨望とジェラシーを感じるものです。
程度の差はあっても、スポーツ・アナはみんなそうです。否定する奴はウソつきです。
ハハハ。

このときまで、私は98年UCLファイナルのレアル対バイエルンを担当した後輩アナに、
年甲斐もなく激しいシットを抱いていました。
彼は「岩佐さんだってユーロの決勝とかあるじゃないですか」と言いますが、その内心は
「へへ、こればっかりは追いつけないでしょう」とほくそえんでいたに違いありません。
この商売を長くやっていればそれくらい分かります。ですからますます悔しいわけです。

しかし諸般の事情でこの年のクラシコを2戦とも担当すると決まったとき「ザマァ…」
じゃなかった、「ようやく積年の恨みを晴らすチャンスが来たぞ」と思ったものです。
そのクラシコがこんなことになってしまっただけにレシャックへの恨みは深かったのです。
ハハハ。

今回はリーガ、国王杯決勝での対戦もつい先日でしたから、クラシコ4連戦になります。

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by toruiwa2010 | 2011-04-25 09:12 | サッカー | Comments(0)
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「5秒前!よんっ、さんっ」
スタジオの中に響くFD(フロア・ディレクター)の声が放送開始直前の緊張感を高めます。
そんなに広くないんだし、みんな静かにしてるんだから、そんなに大きな声を出さんでも、
聞こえるっちゅうねんと、なぜか関西弁で突っ込んだ(声には出さず)ものです。ハハハ。
キャリアの浅いうちは心臓がのどもとまでせりあがり、その場から逃げ出したい気持ちに
なることもありました。

しかし、経験を積むと、カウント・ダウンが始まり隣に座った解説者の気持ちがしっかり
集中しているのが分かると、自然にアドレナリンが音を立てて流れるのを感じました。
これこそ、アナウンサーの醍醐味です。現役をやめて5年が過ぎた今では、「あの緊張感を
もう一度味わいたい」と思うのですから不思議です。
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毎年この時期になると、達成感が大きく、充実した日々を送ったUEFAチャンピオンズ・
リーグのスタジオを懐かしく思い出します。
なかなかいい顔ぶれがそろったQFが今日未明から2nd leg に入っていますね。
あらゆる競技のトーナメントで最も面白いのは準々決勝だと言われますが、現役のころは、
まったく別の意味でQFの推移を見守りました。

WOWOWでは、SFと決勝は現地から中継することにしていましたから、自分がどこに
行くことになるかが気になったのです。ハハハ。
セリエAで海外サッカーの実況をスタートさせた私は是非、イタリアに行きたいのですが、
ミラン、インテル、ユベントス、ラツィォ、ローマ…どこが出て行っても、イタリア勢は
QF までに負けてしまうことが多く、思いがかないませんでした。
結果として最後のシーズンになった2003年にイタリアに行けたときは、出かける前から
昔の恋人に会うかのように、ワクワクしたものです。ハハハ。

バルセロナとマンチェスターUがまずSFに進出を決めました。
明日の未明に行われるカードではマドリードとシャルケの優位は動かないようです。
マンチェスターには行ってみたいですが、やはり、クラシコ…今、現役だったらほとんど
迷わないでしょうね。もっとも、希望すれば行かせてくれるわけではありません。
すべてはプロデューサーさまの判断にかかっています。
UCL決勝の実況は後輩アナに決まっていましたから、準決勝までしかしゃべれない私に
気をつかっていいカードを割り当ててくれることが多かったのですが、保証はありません。
念力を送るしかないのです。ハハハ。
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チャンピオンズ・リーグを担当している時には、毎回同じ手順を踏んでいました。
仮に、バルセロナvsミランの2nd legを担当するとしましょうか。

まず、4、5日前から両チームのテープを何本か見て、予想される先発メンバーの特徴を
思い出す作業を始めます。ユニフォームの着こなし、シューズの色、髪の型・色、走り方、
ボールの持ち方…実況の時の命綱ですから、結構、必死です。ハハハ。
当日午前中に、担当する試合の資料作りをひととおり終えて、午後は最終的なビデオ・
チェックに入ります。はじめに、サンシーロで2週間前に行われた第1戦、次に先週の
それぞれのリーグ戦のテープを、いずれもポイントを絞ってチェック。
最後は、最近実況した中で気に入っている“自分の実況”を聞いて感じをつかむことで
仕上げをします。

WOWOWでも、QFまでは東京のスタジオで実況をつけていました。
画面だけを見てスタジアムにいるかのように実況することをオフチューブ方式といいます。
小さい画面で選手たちやボールの動きを捉えなければならないのは、サッカーの実況アナ
としては高齢だった私には条件が厳しいやり方です。
加えて、キックオフが日本時間の早朝になる…という時差の問題もあります。
QFを迎えるころはサマータイムですから、キックオフは日本時間の3時45分です。
逆算して、スタジオへの集合は午前2時です。それまでに少しでも寝ておかないとかなり
つらいものがあります。

そこで、UCL担当の時は睡眠を確保するために、放送の前後、スタジオ近くのホテルで
やすむことにしていました。もちろん、自腹です。
夕方にはチェックインして、10時ごろベッドに入りますが、普段でも寝つきのいい方では
ありませんから、「眠らなければ」と思えば思うほど“睡魔”が遠ざかります。ハハハ。
一度、15分しか眠れなかったときは、実況中に、しゃべろうとすることが頭の中でうまく
まとまらず、とても苦労しました。

眠れても眠れなくても、1時過ぎには起きて、インターネットで最後の情報チェックです。
パソコンをつなぐのはそれが最後で、あとはキリがないので見ないことにしていました。
放送のあと、戻って少し寝るためにチェックアウトはせずに、1時半にはホテルを出ます。
真夜中に外出するいい年のオヤジをフロントの連中が不思議そうな目で見つめていました。
ハハハ。
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辰巳のスタジオに着くと、ロビーでは制作陣と技術さんが打ち合わせをしている頃です。
私の到着と前後して解説者たちも顔をそろえて、今度はコメンタリー陣の打ち合わせです。
その打ち合わせが終わるころ、UEFAからのメンバー表が手元に届きます。
UEFAからは至れり尽くせりの資料が提供されています。
放映権を持っている局だけがアクセスできるページがあって、かなりの量の情報を与えて
くれます。基本的な情報は完璧ですから、いきなり「やれ」と言われても、ある程度の
経験を持ったアナウンサーならきっとやれるでしょう。
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出てきたメンバー表を見ながら解説者と雑談したり、メークをしたりしながら放送時間が
来るのを待ちます。私は、準備が整ったら出来るだけ早く席に着くことにしていました。
スタジオでもスタジアムでも、自分が仕事をする場所に慣れることは大事です。
いすの具合、マイクの具合、モニター・テレビの位置と角度、照明の具合…できるだけ
居心地よくするのです。特に、初めてのスタジアムでは重要なことです。

放送席には、資料はもちろんですが、ほかにも必ず持ち込むものがありました。
先日書いたばかりですが、使い慣れたストップ・ウォッチ、のどを潤すポロ、そして、
鼻の通りをよくする点鼻薬です。どれかひとつでもないと不安でした。ハハハ。

放送が終わると、控え室に戻り、簡単な反省会をして“お開き”です。
解説者の中には直接ゴルフに出かける元気な方もいました。放送の前は「眠い、眠い」と
言っていたのに!ハハハ。
奥寺、信藤、早野、野口…WOWOWの解説陣は人間的な魅力にあふれていました。
上がっていたテンションを下げる“クールダウン”での話が面白くて、こちらが先に席を
立つことはほとんどなく、お帰りを見送ってから帰り支度に取り掛かっていました。

ホテルに戻って少し休んでから帰宅していましたが、その日はほとんど“つかいもの”に
なりませんでしたね。しかし、よほど大きな失敗でもしていない限り、充実した気持で
過ごすことができたものです。
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サンティアゴ・ベルナベウとカンプノウでバルサvsレアルですか。
スカパーはオフチューブでしょうが、この顔合わせでのUCL準決勝をこのスタジアムで
実況できる海外のアナウンサーの“幸せ”を思うと、軽く“ジェラシー”が。ハハハ。
見てみたい気もしますが、わざわざ契約するのももったいないしテレビでダイジェストを
見れば十分かなあ。ああ、だけど、今年の決勝はウエンブリーなんですよね。
新しいスタジアムがどうなっているのか見てみたい気もするけど…。迷うなあ。ハハハ。

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by toruiwa2010 | 2011-04-13 09:23 | サッカー | Comments(5)
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5年前の今頃、テレビから八塚アナの甲高い声が聞こえてきました。
「いやー、ミラノ・ダービーがデー・ゲームというのも違和感がありますけども…」
私より前からセリエAに関わっていた彼の言葉とは思えませんでした。
かつては、ダービーを含めた全試合がデー・マッチだったのですから。

WOWOWでセリエAの放送が始まったのは1991年9月です。
日本では、一部の熱狂的なファンには知られていても、そのレベルの高さまでは、広く
認知されていませんでした。熱心な交渉の結果、放送権を獲得してきたプロデューサーは
大した奴なんですが、放送を始めるにあたって、「実況を司会役の川平慈英にやらせる」と
聞いたときには「お前、素人か?」と思いました。ハハハ。

案の定、無謀な試みは大失敗で、慈英さんの実況は一回だけで終わりました。
以後、実況は元文化放送の二人のアナに依頼して、サッカーの実況をしたことがないと
思ったのか、年上で扱いにくいと思ったのか、私には頼んできませんでした。
しかし、10月の半ばごろ、プロデユーサーが私のところにやってきました。
「11月にダービーというビッグ・マッチを現地から放送することになった。
特別の試合なので、ぜひWOWOWのアナウンサーでやりたいのだがどうか?」
…すぐにOKを出しました。待ってたんですから。ハハハ。
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“ミラン・ダービー”(WOWOWでの呼びかた)は、イタリア北部の街、ミラノに
本拠を置くインテルとミランが年2回、街を二分して戦われるビッグ・ゲームです。
とにかく、当日は、朝から何となく雰囲気が違います。
たしか、労働者はミランを、中産階級はインテルを応援すると聞いたことがありますが、
私が取材した限りでは逆でした。ホテルのレストランでウエイターたちに話を聞くと、
いつもインテリスタ(インテル・サポーター)がミラ二スタ(ミラン・サポーター)を少しだけ
上回っていたという記憶があります。

10試合ほど実況しましたが、最初の試合の印象が強烈です。
この時のインテルには、マテウス、クリンスマン、ブレーメのドイツトリオがいました。
対するミランには、ファン・バステン、フリット、ライカールトのオランダ・トリオ。
このダービーは、こうしスーパースターたちの競演という意味でも世界中のサッカー・
ファンが注目していました。
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舞台になるサンシーロはもう一度訪ねてみたいスタジアムです。建物としての美しさは
ありませんし、毎年、春のダービーのころは芝の状態がよくないのですが、大きくて
独特の雰囲気を持っています。2階席に陣取ったウルトラスのリーダーが始まる何時間も
前からサポーターたちをあおりたて、場内は最高の盛り上がりです。待っている時間が
長いと感じたことは一度もありません。

ファン・バステンのスライディングシュートでミランが先制して、スタンドは大爆発。
クリンスマンのボレーでインテルが追いつくと、そのボルテージは頂点に達しました。
サンシーロという舞台で、豪華メンバーが力いっぱいのプレーを見せてくれて、しかも、
エース同士がゴールを決める…放送する側として、これ以上望むことはない展開でした。
サッカーの実況は17年ぶりでしたから、出来はお恥ずかしい限りですが、私にとって
この試合は、思い出すたびに懐かしさがよみがえる最高の思い出の一つです。

…タイミングを合わせて更新する予定だったのですが、大災害に気を取られているうちに
ミラン・ダービーが終わってしまいました。長友の出番がなかったのは気の毒でした。
あの、スタンドにいるだけで体が震えるような興奮が味わえる最高の舞台・サンシーロの
ピッチを走り回る日本人選手…90年代には夢のまた夢でしたから。

この時期のダービーは、北イタリアでもちょうど花々が咲き始める、とてもいい季節です。
アリタリア航空が予告なしでストライキに入ることさえ気をつければ、4月のミラノを
訪ねる旅は大きな楽しみでした。
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イタリアに行ったのは1991年が初めてでした。
地理も言葉も全く分からないまま、出かけましたが、2度目からは少しずつ言葉を覚えて
行ったものです。
ボンジョルノ(こんにちは)などの挨拶や、グラツィエ(ありがとう)、スクーザ(失礼)以外で
最初に覚えたのは「アクアミネラーレ センザ ガス」でした。私にとってガス抜きの水は
チェックインのあとまず買わなければいけないものですから。ハハハ。

私たちの定宿のフロントにはクラウディオという英語が堪能な男(インテリスタ)がいて
サッカー・ネタをかなり提供してくれました。アンテナはできる限り広く張りめぐらす…
スポーツ実況に携わる者の鉄則です。
それはよかったのですが、買い物の“名所”モンテナポレオーネまで歩いても15分ぐらい
だったのは非常に“まずい”ことでした。
ここだけの話、サッカー中継の出張は自由時間がかなり多いので、ついつい、ちょっと
行ってみるか、ということになりがちです。ハハハ。
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日本では2回ぐらいしか買い物をしたことがないジョルジオ・アルマーニの店にも毎回
足を運びました。明らかに“おねえ”系と分かる、なよなよした店員やテキパキ仕事する
日本人のケンちゃんとも親しくなって、円高のときなどは、かなりの買い物をしました。
もっとも、それほど値が張らないネクタイが多かったですが。ハハハ。

ミラノか。ミラノ、そしてミラノから車でトリノまで、もう一度行ってみたいと思います。
放送席があったあたりに座ったら、きっと、こみ上げるものがあるだろうなあ。

*3月11日の発生から31日まで、このブログにせっせと書いた記事をまとめて
PDFにしました。“紙質”がいい本みたいで中身がグレードアップされたような
気分になるから妙なものです。ハハハ。
http://bit.ly/fLMM10 をクリックしてダウンロードしてください。


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by toruiwa2010 | 2011-04-07 08:34 | サッカー | Comments(6)