ブログトップ | ログイン

岩佐徹のOFF-MIKE

toruiwa.exblog.jp

実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

<   2011年 03月 ( 36 )   > この月の画像一覧

d0164636_1114869.jpg

フジテレビの“不要音声混信”事件に関連して、いまだに“女性の声=Aアナ”とする
ツイートが流れています。思わず、「間違った情報をまき散らさないほうがいいですよ」と
何人かに呼びかけてしまいました。
すると「私には、情報をまき散らす意図も意味もありませんが。誤解やったようですので
訂正します」と、理解してもらえたようなリプライ(返事)があり、喜んでいたのですが、
彼が友人と交わすツイートを見ると、そうじゃないらしいと分かってがっかりしました。
d0164636_1121240.jpg
女性の声が出先のスタッフのもの…では納得しないようです。
なにがなんでも、“犯人”がAアナでないと、自分の“フジテレビ嫌い”と重ならないので
その一点にしがみつくのでしょう。
私も、母局のことですから、非難されている“報道姿勢”の実態は気になります。
具体的な事実が分かり、問題があると判断したら、私も非難する側に立つでしょう。
しかし、問いかけても具体的な事例については誰も答えないのです。“付和雷同”…。
誰かがこう言っている、とんでもない、もっと広めよう、結果として猛烈な勢いで拡散…

2chはもちろん、ツイッターも混乱時には両刃の剣になることはすでに分かりましたから、
これからは、ここに出てくる情報を注意深く扱う習慣を身につけなければいけません。

今回の災害報道は、直後こそ、2台のテレビでNHKと民放を7:3で見ていましたが、
計画停電が始まってからは1台にして、ほぼ9:1の割でNHKを見ていました。
そして、民放は…ええ、主に見たのはフジテレビです。注文はあっても母局ですから。

もちろん…と言わなければいけないのはつらいところですが、“NHKの圧勝”でした。
普段の準備がいいことが分かります。原発事故が問題になり始めたころから出ずっぱりの
水野解説員の話が分かりやすく、説得力がありました。東大教授らと同席してもまったく
気後れするそぶりがなく、自分の考えを述べていました。
ファッションもいいセンスでした。

TBSにもサキヤマという原発事故についてきちんと話せる記者がいるようですが、NHKは
水野記者以外にも原子力や災害専門の人材がいます。専門の度合いは様々でしょうが。
かつて昭和天皇が崩御される前、陛下の病状を分かりやすい言葉で解説した橋本大二郎
(元高知県知事)記者は放送界の“伝説”になりました。当時もNHKに激しいライバル心を
持っていた私でさえ舌を巻いたほどです。
d0164636_1123320.jpg
NHKの強みはこういう人材をかかえていられることです。
普段、何をしているのだろうか、と思いますが、業務の大半は専門分野の知識・情報を
深めることに宛てていると思います。何年かに一度、こういう“活躍”をしますから
意味はあるのでしょう。
しかし、民放には、そんな人材を“飼って”おく余裕はどこにもありません。
視聴料収入があるNHKと広告収入が頼りの民放では経済規模に決定的な差があります。

想像でしかありませんが、現地に送り込んでいる人数も民放とでは比較にならないほど
多いはずです。いつものことです。
取材する対象を“選べる”有利さはあるだろうと思います。張り巡らせたアンテナの数が
多ければ多いほど、キャッチする情報の量も多くなります。災害の発生地域が限定的なら
ともかく、今回のように広範囲になると、人数が多いほうが圧倒的に有利になります。
民放はと言えば、ただでさえ数が足りないのに“番組ごと”という効率の悪い“縦割り”の
取材態勢で臨んでいるでしょうから、太刀打ちできません。丁寧さに欠ける取材や放送が
あっても、理由がないわけではないのです。
d0164636_1135459.jpg
だから、勘弁してやってよ、と言っているのではありません。予算が少ないことや人手が
足りないことは、放送内容の貧しさや報道姿勢の悪さの理由にはなりません。“工夫”は
そのためにあるのですから。
同じことをやっても勝てないでしょう。しかし、金がなくても人が少なくても、工夫した
内容でNHKに勝つ…それこそ民放で育った人間が持つべき矜持だろうと思います。
理想論であることは十分に承知していますが、あきらめて愚痴っているだけでは、少しも
前に進みません。奮起を期待したいです。

テレビは人もうらやむ、とても恵まれた業界です。私がアナウンサーになりたてのころ、
すぐ上の兄は石油会社勤務でしたが、給与やボーナスの話はしたことがありません。
4歳も年下の私のほうがはるかに多く貰っているのが分かっているからです。
どのセクションで仕事をしていても“〇〇テレビ”と名乗るだけで誰もが認めてくれる
便利さもある一方で、派手な職場と思われるつらさもあります。
しかし、若いうちは、どうしても自分が“何さま”かになったような錯覚に陥りがちです。
不心得者も出ます。先輩としては、「おい、頼むよ」と祈りたい気持ちにもなります。

「最後の日に身内の大バカ者のことをお伝えしなくてはならないのは大変情けない」…
同期の露木茂は担当していた「スーパーニュース」の彼自身の最終回にフジテレビ社員の
不祥事を伝える羽目になったとき、カメラに向かってそう語りました。
彼の無念はよく理解できます。

考え違いをする“大馬鹿者”はNHKにだっています。1万人以上の職員がいれば変質者や
出張旅費のごまかしなど、うしろ暗いことをする人間がいたっておかしくはありません。
仕事面でも、あえて言えば、“NHKとも思えない”凡ミスがこのところ続発しています。
何度も引き合いに出して気の毒ですが、1月に青山アナが席巻を“せきまき”と読んだのに
始まって、野村アナは“:”を「どっと どっと」、名前の分からない中年の男性アナは
お彼岸の中日を「おひがんのなかび」と、読み間違いのオンパレードでした。

たまたま、“目撃”しただけでこんなにあるのですから、探せばもっとありそうです。
明らかに異常です。“同業者”として恥ずかしいです。
今のアナウンス室長が誰だか知りませんが、きっと頭を抱えていることでしょう。
一段落したら、全員、研修のやり直しですね。

そして、取材態度についても問題がないわけではありません。
民放には厳しい視聴者もNHKには優しい。なぜでしょう?
宮城・南三陸町で取材した“新しい命の物語”にはビックリしました。
医師として勤務中に津波に襲われた夫と、必死に連絡を取ろうとする臨月の妻…
最後は夫の立会いのもと、無事赤ちゃん誕生という感動的なストーリーでした。
d0164636_1131849.jpg
しかし、数時間後に放送で、妻が夫に、安否を確認するメールを打つ映像があったとき、
疑問が生まれました。たしか、携帯の液晶画面のアップもあったと思います。
ドラマではあるまいし、そこは撮影しているはずがないのです。
ナレーションで十分に説明できるのに、余計な演出をしたことで、せっかくのいい話が
台無しになりました。“やらせ”です。見た人は多いと思いますが、責める人はほとんど
いませんでした。
「これは"やらせ”だよね。いい話なのに、こんなことやらせなくても伝わるじゃないか」
…そうつぶやいたのは私でした。

NHKの評判がいいのは、たぶん“角(かど)”がない、あるいは、少ないからだと思います。
視聴料に頼っているだけに視聴者の反発は何よりも怖いことです。これまでに、何度も
不払い運動に悩まされています。番組作りはどうしても“八方美人”的になりがちです。
ミスを恐れるからか、“南三陸町の住民の半分以上が行方不明”という事実を伝えるのが
かなり遅れていました。情報としてはつかんでいても、あまり衝撃的な内容だったために
触れることに躊躇があったのでしょう。NHKらしいな、と思いながら見ていました。
この調子だと、この先、原発がもっと危ない状況になったとき、そのことを伝えるのも
最後になるのではないかと思います。どちらがいいかは議論の余地ありですが。

スポーツ実況でも、“正確性を追求し、ミスをしない”ことを目指すようになります。
スタンドにいる有名人をカメラがとらえても、よほど自信がない限り“見て見ぬふり”を
するのも彼らの“教育・伝統”のようです。
たしかに、国家元首を間違えたらみっともないですが、「…ではないでしょうか」ぐらいは
言ってもいいのに、と私は物足りなく思いますが、それで結構という視聴者もいます。

大きな事件・事故が起きると、人はNHKの情報を信用する傾向があるようです。
視聴率が高いことがそれを証明しています。そして、人の神経を逆なでするような映像や
インタビューは放送しない番組作りが多くの人から歓迎されているのは事実でしょう。
長い年月をかけて、それだけの信用を獲得してきた実績には敬意を払います。

しかし、「だからNHKだけあればいいのさ」という意見には賛成できません。
放送形態やテーストが対極にある民放の存在は絶対に必要です。国民に選択の余地が
生まれるからです。逆に言うと、国民は“正しい選択”をする義務があります。

憎まれるのを覚悟で書くならば、日本のテレビがいまのテイタラクになった責任の一部は
視聴者にあると思っています。
WOWOWがテニス中継を始めたころ、グランドスラムのたびに、「一般人がプレーする
テニスは大部分がダブルスなのに、どうしてシングルスばかり放送するのか?」という
苦情が殺到しました。ある年、それならばと「ダブルス特集」を放送したところ視聴率は
惨憺たるものでした。ごく限られた人しか見なかったのです。言いっぱなし…。
極論すれば、視聴者にはいい加減なところがあるのです。

「いいなあ、NHK」「NHKはさすが」「フジテレビなんか見るもんか」と言っている人も、
一段落すればまた、民放のバラエティに富んだ番組に戻っていくはずです。
NHKは視聴率が気にならない分、工夫も面白みもいま一つの番組を作り続けるし、
民放は、ばかばかしい番組でも視聴率がよければ、発想を変えることはないでしょう。
見る人、見たがる人がいる限り、テレビが反省することは想像しにくいです。
そこに問題があるのではないでしょうか。見るか、見ないかはあくまで視聴者の自由です。
ボールはテレビの側にあるように見えますが、実は視聴者のコートにあると考えることも
できるのです。どう打つかはあなたが決めることです。

おまけ:やるな、お主

つぶやきましたが、昨日の「ニュースウォッチ9」で興味深いやりとりがありました。

番組の初めのほうで、原発の状況について大越キャスターが「これは、事態が深刻化して
いるのか?」と問いかけるとゲストの専門家は「状況が悪くなっているわけではない」と
答えていました。
…おそらく、打ち合わせの段階で“悪化してはいない”と確認されていると思います。
その上で、大越キャスターは最初の質問の“形”を決めたのでしょう。
単純に「今の状態をどう考えたらいいんですか」と聞くより、ネガティブな聞き方をして
ポジティブな答えを引き出したほうが、効果は大きいと考えたのです。インタビューの
テクニックの一つですが、大越キャスターは心得ていました。
「原発は悪化していない」ことを見るものに印象付けたかったのだと思います。

*このブログで災害関係の記事を大々的に書くのはこれが最後になるでしょう。
賛同していただけたもの、そうでないもの、いろいろだったと思います。
こんなにささやかなブログで意見を発表しても被災地や今も苦しみが続く被災者の
役に立つことはないと分かっています。
しかし、私にできることはこれしかありませんでした。
熱心に読んでくださった方々にはお礼を申し上げます。


理解していただけるように、できるだけ丁寧に書いたつもりですが、
当然、異論・反論があるだろうと思います。私に対する批判もあるでしょう。
きちんと整理されたコメントなら残しますが、感情的なものや、ほかの人の
コメントに対する批判は私の判断で削除しますのでご了承ください。

by toruiwa2010 | 2011-03-31 11:06 | 放送全般 | Comments(19)
d0164636_9575451.jpg

・・・つづき

テレビの世界ではこんなことがありました。
たしか、インドだったと思いますが、海外で飛行機の墜落事故が起きたときです。
ニュースの放送中に飛びこんだ第一報を伝えたキャスターが余計な一言を付け加えました。
「乗客の中に日本人はいませんでした。不幸中の幸いでした」!!

中堅より上で、経験はあるはずの先輩(ネット局)が、何をどう考えてそんな愚かなことを
言ったのかは分かりません。
外国人なら犠牲になっていい…などと思うはずもないのですが、照明が当たるスタジオで
カメラに向かって話すキャスターは、ときにとんでもないことを言ってしまうようです。
現地から中継するときも同じです。“舞い上がる”と言えばいいでしょうか、現場の状況に
圧倒されて、考えがまとまらないうちに口が勝手に言葉をつむぎ出してしまうのです。
d0164636_9591070.jpg
日本を代表するジャーナリストだった筑紫哲也でさえ、阪神淡路大震災のときに、上空の
ヘリから、立ち昇る煙を見て「温泉のようだ」と言ってしまったと聞いています。
普通に考えたら、この表現はあり得ないのですが、何かが大ベテラン・ジャーナリストの
口元を狂わせたのです。今回、スタジオに出演した防災専門家が「こんなに見晴らしの
いい釜石は初めて見た」と現地の印象を語っていました。
聞いていて「やれやれ」と思いましたが、立場が変われば誰でもが同じミスをしでかす
可能性を持っているのです。

どちらも、ほかのことなら、描写として間違いではないのですが、状況に合わせて言葉を
選ぶのはつくづく難しいものです。

1966年 多数の新婚カップルを乗せた全日空機が松山空港への着陸に失敗して瀬戸内海に
墜落する事故が起きました。
スタジオに出演した記者にキャスター(他局)が問いかけました。
「なにか、泣かせる話はありませんか?」!!

…“馬脚”があらわれた瞬間です。
“正義”のお面をかぶっていても、どこかで、視聴者に訴える“感傷的・お涙頂戴的”な
エピソードを探し求めている、という底の浅い報道の実態が分かります。

こう書くと「だからテレビはダメ、新聞はまだ信用できる」と思う人がいるでしょう。
どう考えるかは、皆さんの自由です。
しかし、リアルタイムで伝えるテレビだからたまたま露呈しただけで、活字メディアも
似たようなものだと、私は思っています。
「もっと、ハートに訴える話はないのか!よそ(他紙)に負けてるぞ」と、デスクが大声で
現地にゲキを飛ばしていることでしょう。言葉は違っても、言っていることは同じです。
競争社会ではそうならざるを得ないのです。

二つのケースは、いずれも古い話ですが、基本はあまり変わっていないと思います。
誤解を恐れずに言うならば、何かが起きたとき、彼らはそれを忠実に伝えることより、
視聴者・読者が興味を持ちそうなネタを見つけることに力をそいでいるように見えます。
その“付加価値”が視聴率や部数を伸ばすことにつながるからです。

私がごく若いころ、いまも強く印象に残る出来事がありました。それはまさに、日本の
ジャーナリズムに共通する“傾向”を示していると思います。
南の海で漁船団が遭難して多くの人命が失われました。同じ日に富士山で雪崩が起きて
大学生のパーティーが遭難しました。
テレビについては記憶があいまいなのですが、新聞は各紙とも山の遭難の方に圧倒的に
大きく紙面を取っていました。

遠い南の海には取材に行くことはできないし、情報も乏しい。
一方、マスコミ業界に大勢のOBがいる大学山岳部の遭難については、現場の状況など
書くことがたくさんあるし、関係者からの情報が得やすい。
…なによりも、“有名大学山岳部”が持つイメージが“売れ行き”につながるからでしょう。

私はまだ学生だったと思います。世間を知らなかったからと言われれば、それまでですが、
命の重さに差はないものの、大きく扱われるべきは、仕事中に命を落とした漁師たちの
遭難のほうだと考えていました。それだけに紙面を見たとき、とても意外でした。
d0164636_9593918.jpg
“ジャーナリズム”という言葉の使われ方はかなりあいまいですね。
私自身も深く考えたことはなく“世の中で起きていることの本質を探り、知りえたことを
広く知らせること”ととらえていました。
この記事を書きながら、改めて辞書を引いてみて仰天しました。

広辞苑の“ジャーナリズム”の項にはこう書かれています。

“新聞・雑誌・テレビ・ラジオなどで時事的な問題の
報道・解説・批評などを行う活動。また、その事業、組織。


一方、手元の電子辞書にある大修館書店:ジーニアス大英和辞典の“journalism”には
1~3まで、似たような説明のあとにこう書かれていたのです。

4=jounalese(特にニュースを伝える)新聞・雑誌の文体[語法]
◆陳腐で大げさな表現を使うというイメージがある


つまり、journalism は journalese(ジャーナリーズ)と同じで、その意味は…となります。
偶然でしょうが、最後の1行がいまのジャーナリズムをものの見事に言い当てています。
現場で仕事をしている人たちからは反発があるかもしれませんが、“コジツケ”ではなく、
結局、“ジャーナリズムとは、陳腐で大げさなもの”という結論でいいのかもしれません。


私は長くテレビの世界で仕事をしてきました。
ニュースを読むために報道に“入り浸って”いた時期もありますし、報道部に籍を置いた
こともあります。一昨日と今日、書いたことは、私が目撃したことを中心にしています。
ウソや誇張はありませんが、これが報道のすべてではありません。時代が変わり、人も
入れ替わっています。ジャーナリズムの世界にも変化があっていいはずです。

しかし、冷静な目で現状を見ると、それほど変わったようには見えません。残念ですが。
“噛みつき猿が見つかった”がトップニュースになったり、なんの実績も残していない
女性タレントをフィリピンまで追いかけて行ったり、若い“跳ね返り”女優が公の場に
姿を見せれば、なぜか、へりくだった態度でインタビューを試みたり…
やってることは、むしろ、昔より悪くなっているかもしれません。

テレビだけでなく、新聞もどこかおかしいです。
昨日、最後の出演になったTBSラジオ「キラキラ」で上杉が語っていました。
プルトニウムの検出や東電の社長がダウンしていることが明らかになったのは、上杉が
27日の会見で質問したからだそうだ。
d0164636_100148.jpg
配られている資料に記された放射能物質の中にプルトニウムがないことを彼が問うと、
「未検出だからだ。測ってない。もともと機器を持っていない。これから借りる」と
答えたそうです。ひどい話ですが、翌日になると、「21,22日に測っていた」と…。
“測っていない”も“機器を持っていない”もウソだったことがアッサリばれたわけです。
はじめ「プルトニウムの検査の結果が判明するのに1週間近くかかる」と言っていたのも
全くのウソで、実際は24時間で分かるのだそうです。

上杉の言うことを頭から信じるのは危険かもしれません。
しかし、ここで虚偽発言をしたら、即、“ジャーナリスト”と名乗ることをやめなければ
いけない立場にいる男だけにその言葉は信じるに値すると思っています。
…すると、各紙ともに、この分野に詳しい優秀な記者が送り込まれているはずの会見場で、
なぜ、そのときまでプルトニウムのプの字も出なかったのかが不思議でなりません。
上杉は、「大きなスポンサーである東電に対して口をつぐんでいる」と主張していますが、
30年40年前ならともかく、さすがに、それはないでしょう。“ジャーナリズム”としての
自分の首を絞めることになるのですから。

知りたいのは、“泣かせる話”ではありません。
“売らんかな”精神に基づいたあおり記事でもありません。
“事実”こそ、私たちが知りたいことです。少なくとも、事実に可能な限り近いこと…。

おまけ1:カズのゴール!

GKのロング・キックが闘利王の頭に届きそうだと見た瞬間、カズは、迷う気配もなく、
ゴール前に向かって走っていました。
闘利王のヘッドで目の前に落ちたボールを完全にコントロールした彼は、出てくる
ゴールキーパーの肩口を抜いて鮮やかにネットを揺らしました。
ストライカーの本能は全く衰えていないようです。
d0164636_10275518.jpg
今の彼には全盛時代の数倍の魅力を感じます。
1週間ほど前、「生きるための明るさを 三浦知良・サッカー人として」と題され、
日本経済新聞に載った彼のコラムは、サッカー人としてだけでなく、人として
見事でした。特に、そのバランス感覚が…。
胸にしみたのは、この部分でした。 http://s.nikkei.com/glWAp9

…そうした人々にサッカーで力を与えられるとは思えない。むしろ逆だ。
身を削る思いで必死に生きる方々、命をかけて仕事に当たる皆さんから、
僕のほうが勇気をもらっているのだから。


おまけ2:カルガモのカップル

今月2日に管理人さんが「来てましたよ」と知らせてくれましたが、
私自身はその後も見かけませんでした。
今朝、新聞を取って家に戻るとき、池が視界に入るところまでくると
何か動くものがありました。
池の中と周辺の茂みをかなり刈り込んでしまったために、2日の下見で、
「これじゃ、ダメね」と判断されたと思っていましたが、来てくれたのです。
d0164636_10281485.jpg
ただし、去年までのカップルにくらべると、少し若いような気がします。
例年のカップルは、人が通っても悠然としていましたが、今日は、どこか
落ち着きがなく、2,3分後に飛び立って行きました。
カルガモの生態はよく知りませんが、違う個体だとすると、どのように
この池のことが伝えられるのか…不思議です。

果たして、今年もヒナがかえるのでしょうか。
by toruiwa2010 | 2011-03-30 10:51 | 岩佐徹的考察 | Comments(8)
d0164636_10371120.jpg

福島原発2号機のタービン建屋の中のたまり水から通常の炉内の1000万倍の放射能を
検出したと聞いたときは、腰が抜けるのではないかと思ったほど驚いた。

もっと驚いたのは、それが仕事だから当然だが、NHKのアナがそれほど緊張の様子もなく、
淡々と、何処までも冷静に“1000万倍”を“きわめて高い濃度”と伝えたときだ。
ごく普通の人間の感覚では、それが何の話であっても、“1000万倍”といえば、“きわめて”
どころじゃない。“とんでもなく”“考えられないほど”“あり得ないほど”“恐ろしいほど”
“途方もなく”(後略)高い数値だ。
ニュース用語としては、“きわめて”しかないのだろうが、これでは、実態が伝わらない。

更に驚いたのは、深夜になって訂正されたから…ということもあるだろうが、この一件が
それほど騒がれなかったことだ。3を5と言った、100を130と言ったというなら分かる。
しかし、実は10万倍だったものを1000万倍と記者会見で発表したのだ。
“ただちに健康に害を及ぼす”ものではないのかもしれないが、ミスに気づかないまま
一夜が明け、各メディアに“1000万倍”の文字が踊ったら、どうなっていたことか。
d0164636_1043284.jpg
しかも、恐ろしいことに、昨日の会見で保安院関係者は「正確性と迅速性は相反する」と
発言したという。つまり、急げば急ぐほど間違いが増えると言っているのだ。
保安院にしても東電にしても、彼らが発表する数字は国民の生命を脅かすかどうかという
“きわめて”大きな意味を持っていることを忘れてもらっては困る。
“早く、正確に”だ。
これまで国民から預かってきた重大な責任を考えてことに当たってほしい。

今回は放射能性物質の種類を間違えたのが発端だというが、やってはいけないミスだろう。
そもそも、国民にはヨウ素134、セシウム137、コバルト65は、聞いたこともない言語で
「※◎%\☆◆○▽@$&§」と言われているのと同じで、何の事だかわからない。
それでも、数字だけは強烈なインパクトを持って耳に入ってくる。そして、定着する。
だから、“1000万倍”はこわいのだ。以後、20万や50万が小さい数字に見えてしまうから。

まして、100シーベルトや1000ベクレルというデータのあとに「ただちに健康に…」と
言われれば、何の疑いもなく受け入れてしまいそうだ。それこそ、マヒすることの怖さだ。

おととい、枝野官房長官の会見のときに共同通信の記者が質問したが、マイクが遠くて
よく聞こえなかった。しかし、老いた耳でも「…支持率がちょっとだけ上がった」という
“聞き捨てならない”フレーズは聞き逃さなかった。

同社が26,27両日に実施した全国電話世論調査によると、菅内閣の支持率は28.3%で、
先月中旬の前回調査から8.4ポイント上昇した、というのだ。

たまげた。ここ数日はビックリすることばかりだ。
一方で、福島原発事故への対応について「評価していない」とする回答が58.2%に達し、
「評価している」の39・3%を大きく上回ったという。
ただし、被災地対策は57・9%が「評価している」と肯定的な回答となっている。

どうしてこういう数字になるのか、理解できない。
もともと70~80%あったものが8.4ポイント上がったのなら分からなくはない。
しかし、19.9%からこれだけ上がるというのは…菅直人本人が一番驚いているのではないか。
今や、被災者救済・被災地復旧と並んで国民の最大級の関心事である原発事故への対応に
納得しないと言いながら、なぜ、その総指揮官の評価が上がるのだろう。

政府関係者に「こんなもんでいいんだ」と思われるのが怖い。これも一種のマヒだ。
d0164636_10432132.jpg
“おおむね好評”の枝野官房長官も、発言がぶれている。“上”がしっかりしないのだから
無理もないが。
原発から20-30キロ圏内の住民の“一時帰宅を検討している”旨の発言しておきながら、
翌日には“検討を始める段階だ。リスクが大きすぎる”と後退してしまった。
この時点で“政府そのもの”のように見えている人物が“認めるかのように聞こえる”
発言をした段階で、避難中の住民には希望の明かりがともってしまうのだ。
その意図はなかったのは明白だが、結果として“もてあそんだ”ことになってしまった。
果たして、今後、信頼を保てるのかどうか。

なにせ、未曽有の災害だから、問題…それも途轍もなく大きな問題が次々に起きる。
次の“爆弾”はプルトニウムだ。

“ジャーナリズム”についての記事の続きは明日更新します。
探している記事が見当たらないため点度っています。あしからず。

by toruiwa2010 | 2011-03-29 10:44 | 岩佐徹的考察 | Comments(19)
d0164636_104933.jpg

大きな事件・事故が起きたとき、テレビの報道局、新聞なら編集局のテンションは
一気に高くなります。
申し訳ないですが、「なんということだ」や「被災者(被害者)が気の毒だ」、あるいは
「大変なことになった」と思うのと同じぐらい「ビッグニュースだ。腕の見せ所だ」と
張り切る人間が多数いるはずです。“血が騒ぐ”のです。それは、報道マンたちが持つ
“業”ですから、一概に責めることはできません。

ジャーナリズムとは何か?
考え始めたらきりがありませんし、議論すればきっと様々な意見が出ることでしょう。
しかし、難しいことは抜きにして、その根底にあるのは“やじうま精神”だと言ったら、
かなりの人に賛成してもらえる…と思っているのですが、どうでしょうか。
フジテレビに入社した当時、先輩からは「世の中で起きている森羅万象、あらゆることに
興味を持ちなさい」と教えられました。つまり、アナウンサーにも“やじうま精神”は
必要だということだったのでしょう。
どちらかと言えば、“面倒くさがり”で、なにかが起きて大勢の人が集まって騒いでいても、
うしろからちょっとのぞくだけ、というタイプでしたから、プロとしては少々資質に欠けて
いたかもしれません。
それでいて、67歳まで現役を続けたのですから、ほめられてもいいと思っています。
d0164636_1049183.jpg
さて、そのやじうま精神ですが、報道と言う現場ではいささか厄介な面もあります。
アナウンサーや報道部員として仕事をしていたとき、今回ほど大きな災害や事件・事故は
経験していませんが、飛行機の墜落やハイジャック、ホテルニュージャパンの火災など、
“そのとき”の報道の現場がどんな状況になるかは何度も見たことがあります。

大事故が起きた。通常のニュースだけでは伝えきれないほど大きな事故だ…となると、
編集長は、直近のニュースを出すための指示を出しながら、経験豊富なデスククラスに
長くなるはずの一日への対応を命じるでしょう。
彼は、あわただしい喧騒から少し離れたところで、やらなければいけないことを模造紙に
書きだして準備に取り掛かります。

特別番組の時間枠を編成と交渉する。
特番に専従するスタッフを選ぶ。
休みだったり泊り明けだったりする部員に召集をかける。
並行して、放送内容を固めて行く。
中継ポイントと担当記者を決める。
技術に連絡して中継車を手配する。
アナウンス部にリポーターを要請する。
司会者を決め、解説者をキープする。
弁当の手配をする。


やるべきことは山ほどあって大変そうですが、見ていると、猛烈な勢いでアドレナリンが
流れているのが分かります。腕の見せ所と張り切る集団のトップにいるのがこの男です。
いったん、走り出したら止まりません。ことが大きくなればなるほど“躁状態”に陥って、
手がつけられなくなります。

どの局にも似たタイプの男がいるはずですし、新聞社も同じでしょう。
「もう、いいだろう」「よそがやっているのにウチだけやめるわけにはいかん」
…今度の災害では、報道と編成の間でそんな会話が何度となく交わされたと想像します。
配られた新聞のラテ欄では通常番組になっているのに、どんどん、緊急特別報道番組に
差し替えられて行きました。局内で起きた喧騒と混乱が目に浮かびます。
まさか、何かが起きることを期待する人間はいないでしょうが、取材者としての彼らには
日常の延長線上になっている政治、経済、裁判、犯罪の報道より“刺激的”であることは
間違いないでしょう。

この感覚はやじうま精神とまったくイコールではありませんが、“におい”は似ています。
d0164636_10495938.jpg
…ジャーナリズムについて書き始めたことを、いま、思い出しました。
スポーツの周辺に生息していましたから、ジャーナリズムもスポーツの側から見ることが
多かったのですが、一般のジャーナリズムも含めて、ある“傾向”が共通しています。

それは、“センセーショナリズム”と“センチメンタリズム”に頼ることです。
扇情的・刺激的な言葉が記事やリポートに使われます。スポーツ紙やタブロイド夕刊紙の
見出しがいい例ですが、“エスカレートする”性質があります。始末が悪いのは、言葉に
つられて買う人が増えることです。つまり、効果があるのです。

本社のデスクも現場の記者・リポーターも感傷的、お涙頂戴的なネタを求めがちです。
私は目撃していませんが、発生直後のテレビの取材の仕方に非難の声が上がったのは
このことと無関係ではないと思います。

以前にも書きましたが、辟易するのは、高校野球やオリンピックになると「天国にいる…」、
「最愛の…」が氾濫することです。
その時期に、私たちは驚くほど多くの選手の身内が亡くなったことを知ります。
なんとか理解できる外国語は英語だけですが、無理やり泣かせようとする記事や演出に
出会うことはめったにありません。
テレビや新聞・雑誌は、情報を得るために欠かせない媒体ですが、情緒に流された報道や
過剰なセンチメンタリズムを持ち込むことはいいかげんで勘弁してほしいものです。

つづく・・・
by toruiwa2010 | 2011-03-28 10:50 | 放送全般 | Comments(9)
d0164636_9481172.jpg

先日のコメントに「Twitterも4月から17字になるようです」と書かれていました。
「ああ、170文字の間違いだろうな」と思って読み流していましたが、ふと気になって
検索してみると、こんな記事がありました。

短文投稿サイト「ツイッター」社は24日、来月4月から日本に限り、
投稿文字数を現行の140字から17字に縮小制限することを明らかにした。
東日本大震災以降、携帯電話を使った投稿が大幅に増えたことから、これ以上
電話回線を圧迫させないよう、キャリア各社から要請があったものと見られる。


しかも、“17字”の根拠についても「日本人には俳句の文化がある。17字であらゆる
世界を表現できる独特の文化に敬意を表した」などと書かれているではありませんか。
おいおい、ホントなんだ。17文字で一体どう書けばいいんだと、一瞬、あせりましたが、
すぐに考え直しました。
「もともと俳句には興味があったのだから、この際、挑戦してやろうじゃないか」と。

後輩には「アナウンサーは、どれだけ言葉を省略するかが勝負だ」と、よく話します。
その割に、このブログは饒舌で、ややもすると長くなるのが欠点ですが、その気になれば
短くする自信はあります。本来、膨らますのはやさしく、縮めるのは難しいのですが。
ツイッターは、書きたいことを書いてみて、140文字を超えたら、超えた分を削る作業に
入ることにしています。うまく140文字に収まると達成感があります。

だから、17文字だって、やればできるさ、と思っていました。…結局、デマでしたが。

昨日の朝、@toruiwa…つまり、私に宛てたつぶやきがありました。

関西の友人から、「関西のテレビでは、関東の買い占め問題も、野菜や
水の放射能汚染問題も(NHK以外)放送していない。
地震の話もほとんどされない」と言われました。
買い占め問題はローカルだとしても、地震と放射能は無関係ではないですよね。
この報道姿勢…何故でしょう?

読みっぱなしでもよかったのですが、最後が疑問符で終わっていると、なにかリプライ
(返事)をしなければと考える、律義な性格が災いしました。
d0164636_9594558.jpg
関西人は東日本のことにあまり興味がないのだと…言ったら、たぶん
言いすぎだと怒られるでしょうが、基本、そうだと思います。
@xxxxx @toruiwa 買い占め問題はローカルだとしても、地震と放射能は
無関係ではないですよね。この報道姿勢…何故でしょう?


134文字あったxxxxさんの元のコメントをリプライではかなり削っています。
xxxxさんにお答えするには“@xxxx”とするのですが、正確なIDを入れて元の文章を
そのまま残すと、トータルで10文字オーバーになります。
私のコメントを書く“スペース”を作るために削ったのです。
自分の言いたいことだけを書くのなら、“@xxxx”以外のスペースすべてを使えますが、
そうすると、たまたま、それを読む人は、いったい何についての話かが分かりません。
そこで、相手の意図を曲げずに、できるだけ文字数を減らして残すのです。


…masaさんとえそらいろサンから、“抗議”がありました。
画面の左サイドに表示してある私のつぶやきを読んで強い違和感があったからです。

・関西人としてかなり心外です。
関西人が今回の震災を他人事だと思ってるなんて思われたくないです。

・私も関西に住んでいますが、関東にも知り合いがたくさんいるし、
たとえそうでなかったとしても、小さいお子さんを持つお母さん方が
さぞ不安だろうと、毎日心配で心配で仕方がありません。


電車の中でこれを読んだとき、飛び上るほどびっくりしました。
そうとらえられても仕方がない文面になっているのは事実です。
井の頭公園でウォーキングをするつもりでしたが、早々に切り上げて帰宅しました。

関西人は東日本のことにあまり興味がない…と書いています。
うしろの“基本”とあわせて、あくまで一般論のつもりでした。言い逃れではありません。
災害のことだったら、“この災害には関心がない”と書くでしょう。
それが私の言葉の使い方です。
そして、それは私の“考察”ですから、変わることはありません。

中学から高校にかけての5年間、大阪府吹田市で暮らしました。関西人のメンタリティは
知っているつもりです。
「いや、あんたはホンマの大阪を分かってえへん」とおっしゃるでしょうが、“生粋”の
浪速っ子にはわからないけれど、東京から移り住んだからこそ見えるものがあるのです。

「探偵 ナイトスクープ」を見すぎたかもしれません。大阪で出会った吉田義男さん的な
おっちゃんたちに感化されているかもしれません。
しかし、私の知る限り、関西人のDNAには“東京がどないしてん”という思いがしっかり
埋め込まれています。
違う言い方をすれば、それは、自分たちが持っている文化への強烈な自信とプライドです。
だから、ファッションも食べ物も、東京で何がはやろうが関係ないのです。
そのことを言ったつもりでした。
d0164636_1005123.jpg
ほかのときなら、違和感があっても笑って“読み流して”もらえたかもしれない文章が、
神経を逆なでしてしましました。明らかに言葉が足りなかったのです。
不快に思われた方にはお詫びします。ごめんなさい。

おそらく、お二人には許してもらえないでしょう。
これまでも、相手に気を遣ったつもりの言動が誤解され、からかったつもりや“自虐”の
つもりだった言葉が原因で友人や読者を失ってきました。
何をどう書き、どう詫びても、とり返せないものがあります。
普通なら、これで誤解は解けるはずですが、こういうときですから、難しいでしょう。
いったん「なんだこいつは!」「ナニ言ってるのこの人?」と不快な気持になったら、
それをくつがえすことは至難の業ですから。

今回のことで、ツイッターの難しさを改めて痛感しています。
このエントリーは2000文字を超えています。140文字という制限があるツイッターで
正確に自分の思いを伝えるのはとても困難な作業です。
今後は、“tweetボタン”をクリックする前に、数回、読み返そうと肝に銘じました。
変換ミスが減るはずです。たぶん…。


おまけ:こぶし満開

井の頭公園で満開のこぶしが見事でした。
花にはうとくて、こぶしの木はもっと小さいものだと思っていました。
d0164636_101988.jpg

by toruiwa2010 | 2011-03-27 10:05 | 岩佐徹的考察 | Comments(29)
d0164636_10473392.jpg
フリー・ジャーナリスト、上杉隆を知ったのは2009年の5月、ちょうど、芦屋で長兄と
同居生活をスタートさせたころでした。初めはそうでもなかったのですが、数カ月たって
興味を持ちだし、12月に「立ち位置が分かんない」~ジャーナリスト・上杉隆~」という
記事を書きました。 http://bit.ly/gwoBfI 
以後、数回にわたって彼を取り上げています。
d0164636_1048035.jpg
最初の印象は、「面白いけど、なんだか危なっかしいな」でした。
誰にでも噛みついて行くところや記事のそこここに「おい、そこまで言い切っていいのか」と
人ごとながら心配になるような記述があったからです。 
しかし、長い間 日本のジャーナリズムをゆがめてきた記者クラブ制度への一貫した批判や
大手マスコミからは“諸悪の根源”にされてしまいがちな小沢一郎への“是々非々”に
基づく発言・対応などを見て行くうちに、彼の言動が理解できるようになりました。

彼についての最近のツイートや数本の記事では、ほぼ100%、支持しています。
若い人独特の正義感、驚くほどのバイタリティと行動力、しがらみがないからこそできる
勇気ある発言には、はらはらしつつも、好感を持って見守っていきたいと思っています。

その上杉が、大手電波メディアでは数少ないレギュラー番組、TBSラジオ「キラキラ」を
次回(3/29)で降板することになると聞きました。
理由についてはおおよそ察しがつきますが、この件で何かを書きたいと思い、周辺取材の
一環として彼のメールマガジンを購入しました。
かなり手間取りましたが、やっと“契約”が成立し、バックナンバーから読み始めました。
降板についても少し触れていますが、詳しいことは、降板後に書くそうです。

そして、昨日の午後早く、最新号が配信されてきました。  
タイトルは『ウォールストリートジャーナル取材記者 被災地からのメール』です。 
現地を取材した友人からのメールの一部を紹介しています。本人から許可を得たうえで、
上杉が確認した部分について…と注釈がついています。

突っ込ませてもらいます。有料で配信されているメルマガですから。   
あまり、細かく書くとメルマガ全体を写すことになってしまうので部分的に…

・まず、上杉の友人らしい女性の身分・肩書きがあいまいです。

ウォールストリートジャーナル取材記者:メルマガのタイトル
ウォール・ストリート・ジャーナルのXXXX氏:本文の前書き
(“・”は原文ののまま)
通訳の私でさえ…:引用されているXXXX氏のメール

記者と通訳では立場が違いすぎ、書かれていることへの信用度も違ってきます。

・XXXX氏のメールが書かれたのが何日なのかが分かりません。

“3日前に入った宮城県石巻市中心部…”という文章があります。
上杉が“これらはすべて3日前に届いたメール”と書いているものの、メルマガ自体に
日付がないのです。昨日(25日)配信されたメルマガですから、その時点から3日+3日、
6日前のことと考えるのが自然でしょう。

しかし、災害地のルポ記事で、メールの中に“道端で冷凍食品などのゴミをあさっている
住民らが大勢います”、“政府からの食料は全く届けられておらず”などの記述がある以上、
どの時点の話なのかは重要なポイントです。それが分からないのはお粗末です。
5W1H はジャーナリズムの基本です。
d0164636_10483078.jpg
XXXX氏は“メール”として書いているのですから、いいでしょう。上杉は違います。
“journalism for jounalism”(ジャーナリズムのためのジャーナリズム?)を掲げておいて、
いかに再録とはいえ、こんな基本を見落としてそのままメルマガとして配信しては“まずい”
でしょう。たとえ“上杉隆の東京脱力メールマガジン”と断っていても力が抜けすぎです。

・たぶん、一つのものを指しているのでしょうが、たくさんの言葉が使われています。

原発の被爆・放射線物質
放射能の物質が見つかり
放射能が探知され
核物質が見つかった


XXXX氏が記者だとしても、記事は英語で書くのでしょうから、日本語を問題にするのは
アンフェアかもしれませんが、“被爆”は“被曝”だし、見つかったものが一体何なのかが
正確に伝わるのか心配になります。

ほかにも、彼女の怪しい日本語は枚挙にいとまがありません。

難破した車から
犯罪率が横行する
バナナの切れ端を2,3個だけ。   
数百人近くの高齢者は
シャワーで身体を流す


読み終えて、“脱力”したのは私のほうでした。
繰り返しますが、このメルマガは有料です。原則、月一回の発行で840円…少なくとも、
今回の配信についてはその値打ちはありません。金返せ、と言いたいです。
(以上メールより引用)と書いてあるので一部なのでしょうが、全く手直しをしないまま
引用したようです。
普通は、“そのまま”が原則でしょうが、これだけ多くの間違いがあるものを手直しせずに
再録してしまったのでは、記事全体への信頼はなくなります。XXXX氏の名誉は?

上杉は災害発生から丸4日間、自分の仕事をストップしたと話していました。
首相や官房長官の記者会見を取材できるように官邸に働き掛けるためです。締め出された
海外、フリー、ネット…各ジャーナリストをまとめてその窓口になったのです。
官邸の近くに車を止めて、そこから官邸に“攻勢”をかけたそうです。
頑張っていることは認めていいと思いますが、働きすぎなのではないでしょうか。
疲れているからこそ、こんなに完成度の低い記事が出てしまうのです。

このメルマガのキャッチコピーにはこう書かれています。
ジャーナリスト上杉隆の新たな挑戦!
政治からゴルフまで大手メディアが取り上げることのできないニュースを
続々配信します。他メディアでは絶対に知りえないスクープも、権力からの
圧力に屈することなく、真相をお伝えします。


とても、とても…。
彼のメルマガはファンの間で評判がいいようですが、支持はしていても、私は「ずいぶん
情けないものを書いたなあ」と思いました。残念です。
多忙のせいで、せっかく才能がありながら仕事が“荒れる”という現象はよく見られます。
ただでさえ敵が多いのですから、細心の注意を払い、仕事はきっちりやらないとダメです。
こんなことをしていたら、“宿敵”・記者クラブメディアから冷笑されてしまいます。

好漢の自重を望みます。

(敬称略)
by toruiwa2010 | 2011-03-26 10:56 | 岩佐徹的考察 | Comments(16)
d0164636_955658.jpg

今回の災害報道について“一部”で、とはいえ、フジテレビの評判が非常に悪かった。
時間の経過とともに、総理会見中の暴言は典型的な“針小棒大”型の話だとわかったし、
仙台市内の緊急車両専用の給油所でフジの取材車が給油を強要した…という情報は
極めて根拠のない“2ch発信”型のデマであることが明らかになっていった。
しかし、だからフジテレビが“まっしろ”な無罪かと言えば、そうではない。
つまり、デマや中傷を流され、言われなくてもいいことを言われてしまった背景には
それなりの理由があるのだと思う。

私自身が確認できていない話が多い上に、あまりにも一方的に“事実”だと決め付けた
ツイートが、軽はずみな人の手でどんどん“拡散”され続けていく状況は怖かった。
しかし、初めのころ言われていた、災害直後の取材・報道の仕方の中に、何かを感じた
人たちの怒りや不快感がこの流れを作ったのではいか、という“疑念”もあった。
いかにも現代社会ならではの“風評被害”に見えるけれど、それで片づけてはいけない。
「我々がやっていることに間違いはない」と反発する前に「本当に問題がなかったか」と
検証し、反省する謙虚さは持たなければいけない。
d0164636_9553315.jpg
フジテレビの報道姿勢はひどい…OBとしては耳にするのがつらい言葉だった。
感じかたは、視聴者の自由だから文句は言えあないが、「…だから、キャスターも嫌い、
リポーターもダメ」ではなく、せめて、“是々非々”を望みたいと思う。
たとえば、「とくダネ!」に出演し、今回も現地から連日精力的に取材・報告をしていた
岸本哲也リポーターを見てほしい。
日本のテレビ業界に“リポーター”の肩書きを持つ人が何人いるのか知らないが、同様の
仕事に長く関わった者の1人として、彼こそ文句なしのNo1だと高く評価している。

情報収集の力、それを整理する力、それを言葉にして分かりやすく伝える力…すべてを
そなえているところが見事だ。情報を集める能力と発信する能力は別もののはずなのに。
メモのたぐいをほとんど見ることなく、しかも、よどみなく話し続ける彼を見ていると、
ビックリする。自分を振り返ると、スポーツを実況するとき以外は、頭の中で整理して
文章をつくり、それを推敲してからでないと話せないタイプだったからだ。
d0164636_9555521.jpg
チリ炭鉱事故のときの報告も鮮やかだった。
スタジオからの問いかけにまともに答えられないリポーターが多い中で、小倉の意図を
的確に受け止め、冷静に対応していた。
リポーターの能力をビデオで判断してはダメだ。編集するディレクターのテーストが出て
しまうからだ。彼らが持つ能力がどれほどのものかを見るにはライブ報告に限る。
それ以前も、「きちんとしたリポートをするなあ」と思っていたが、この時の現地からの
リポートを見て、「フジテレビは彼を大事に扱うべきだ」と感じた。“財産”になる。

長崎文化放送でアナウンサー、ディレクターの経験があるらしい。
言葉の選択に大きな問題がない理由も分かる。
時と場合によっては堪能な英語を生かした取材力をはじめ、表現力、行動力も十分だ。

“帰国子女”であることも大きな要素かもしれない。
チリ炭鉱の救出劇のときには、思わず、二度、つぶやいた。

「とくダネ」で岸本哲也リポーターの報告が始まった。
こういうときの現地リポーターには行動力、取材力と何よりも
アドリブの能力が必要だ。
長崎文化放送でアナウンサーとディレクターを経験している
だけあって彼はそのすべてで及第点の力をもっている。(続

続)彼のリポートを見ていると“帰国子女”ということを考える。
彼らに共通する、積極的で“物おじしない”メンタリティーが
こういう現場では最大限に生きる。
CNNの現地リポーターも見事だが岸本のリポートもほめたい。
母局だけにいささか気が引けるが。


能力とは別に、生まれつき持っているもの…つまり、風貌がいいのも得をしている。
いかにも信頼してもらえそうな顔つきだし、体つきだ。両親に感謝すべきだろう。

いささか、ほめすぎたかもしれない。しかし、彼を認める視聴者は多いはずだ。
一部で、とはいえ、“悪評高い”フジテレビにもこんなに素晴らしい人物がいることを
広く知ってほしいと思う。そして、認めて上げてほしい。是々非々。
十把ひとからげに“フジテレビ=悪”と判断してしまうと、損をするのは…あなただ。

いま「とくダネ!」に出てくるリポーターは局アナの笠井と大村が圧倒的に多く、岸本は
ほとんど顔を見せなくなった。…と思ったら、さっき、久々に登場したが。
笠井は感情が表に出るタイプだから泣くことも多いが、今回は言いリポートをしている。
大村のリポートはいつも“可もなく不可もなし”だ。言葉の選択にも問題が多い。
ここにきて露出が極端に多いのは、“卒業”を目前にして、大きな仕事をさせてやろう
というスタッフの親心だろう。
来月から北海道文化放送の情報番組キャスターになる予定だからだ。

4月以降は、岸本哲也の登場が飛躍的に増えるはずだ。しっかりしたリポートを期待する。
番組のステータスも確実に上がるだろう。ああ、社員でないのがいかにも残念だ。

さすがに「なんなら、現MCと交代したって…」とは書かないが。

(敬称略)

1年以上前に書いた記事ですが、最近、よく読まれています。
できれば、どういう経路でこの記事にたどり着いたかを教えて
いただけると嬉しいのですが。
コメント欄に書いてください。

by toruiwa2010 | 2011-03-25 10:01 | 放送全般 | Comments(61)
d0164636_9195337.jpg
 
末は博士か大臣か…明治から昭和の初期にかけて、家庭に賢そうな男の子が誕生すると、
親類縁者、近隣の人たちはそう言って、誉めそやしたという。

連合艦隊司令長官、オーケストラの指揮者、プロ野球の監督…バリエーションはあるが、
男子として生まれた以上、一生に一度はついてみたい地位として、よく挙げられる例だ。

いずれも、男の集団を率いて大きな決断を下し、命令を出す立場という点で共通している。
誰でも簡単になれるものではないし、なったあとの責任はとてつもなく重い。
この地位に就く人には、優れた統率力を初め、部下の信頼が厚いこと、その分野での経験・
実績が豊富で実情に精通していること、的確な判断を下す能力を持っていること…など、
求められることは多い。

この中で、最近、その地位が急激に低下しているのは言うまでもなく“大臣”だ。
国のトップである総理大臣さえ、今や、リスペクトの対象から外れる“テイタラク”。
だから、今更「大臣ともあろう者が、何でそんなことを?」と驚いたりしない。
しかし、東京消防庁が福島原発の放水のために送ったハイパーレスキュー隊に向けて
言い放った経済産業相の言葉を聞いたときは、さすがに怒りを覚えた。
d0164636_9203725.jpg
海江田万里…東京一区選出の民主党所属の衆議院議員。
先の内閣改造で同じ選挙区のライバル・与謝野馨にポジションを奪われ経産相へ横滑りと
なったとき、涙目で「人生は不条理だ」と恨みがましい発言をした男だ。
当時は「文章がおかしいぜ。“人生には、時として不条理なことが起きるもの”だろう」と
軽く突っ込みつつも、同情した。

しかし、「すみやかにやらなければ処分する」は、頭の中身を疑いたくなる言葉だ。
カダフィやビン・ラディンならそんな言い方もするだろうが、“とりあえず平時”の日本で
まさか、そんな恫喝を耳にすることになるとは思わなかった。

2日後、閣議のあとの記者会見で「進行中の話であり、事実関係をくわしく述べることは
差し控えるが、私の発言で不快な思いをされたのであれば申し訳なく思う」と陳謝した。
何をどう言ったかについては「直接現場と話したのではない。かなり事実の混同がある」
などと述べ、こまかいことは明らかにしなかった。罪の意識があればこそだろう。
マスメディアはさらっと伝えただけだし、ネット上でもそれほど話題になっていない。
「笑えて来たわ」以上に、この手の暴言こそ騒ぐべきだろうに。

この時期でなければ、即辞任に追い込まれていたに違いない“大罪”だ。次の選挙では
与謝野に負けることは必至だ。せいぜい幹事長にゴマをすって比例の上位に名前を入れて
もらうしか、政治家であり続けるチャンスはなさそうだ。自業自得。
自衛隊員でも消防隊員でも、信頼する指揮官の命令なら、彼らは命をかけて任務の遂行に
当たるだろう。しかし、こんな指揮官ではそれは望めない。戦場だったら後方から部下に
狙い撃ちされるタイプだ。もっとも、この男が隊長だったら、先頭には立たないだろうが。
d0164636_921267.jpg
仕事だからと言ってしまえばそれまでだが、現場で体を張って作業している人たちには
頭が下がる。黙々と仕事を続ける彼らを見ていると、10数年前のある朝、オーストラリア・
メルボルンのホテルで手にした新聞を開いたときの“驚き”と“感動”を思い出す。
The AgeだったかHerald Sunだったか覚えていないが、タブロイド・タイプの新聞だった。
分厚い束の中央部分、10ページほどの様子がいつもと違っていた。
よく見ると、人の名前が並んでいるのだった。延々と。

全豪オープンが開かれる1月、オーストラリアはbush fire=山火事の季節だ。
毎年のように、「シドニー近郊に大規模な山火事発生」というニュースを見たものだ。
テレビは、連日、消火活動に当たっている消防隊員の活動を伝えていた。
この時の新聞は山火事と格闘する消防・警察隊員への感謝のしるしとして、全員の名前を
載せていたのだ。これもジャーナリズムだ、と思った。

今日も、原発職員、自衛隊員、消防・警察官…それぞれの立場で懸命の作業が続く。
一方、罪のない農家が労力と時間をかけて生産した野菜が出荷・摂取の停止を命じられた。
昨夜のテレビで、10キロ圏内に寝たきりの夫とともに残り、「ここにおらせてください」と、
救出に来た自衛隊員に懇願する妻を見た。停電で“避難指示”を知らなかった人もいた。
すでに失われた命以外にも“何かがおかしい”ために危険にさらされている人命がある。

被災地に雪が降る。
東京に雨が降る。
そして、風の向きと強さ次第で、どこにでも放射能が降る。

心配はないと繰り返す一方で、出荷を禁止すると政府が言う。

一言書いておきたい。
国民は、「安全だ。危険はない」と言われれば安心するのではない。
正確と思える情報が開示されている限り安心するのだ。

もう一言。
近ごろ・みやこではやるもの・ただちに・まさに・念のため・・・
by toruiwa2010 | 2011-03-24 09:22 | 岩佐徹的考察 | Comments(14)
d0164636_10143553.jpg
d0164636_10152714.jpg
昨日の朝日新聞

一昨日、フジテレビが遅ればせながら釈明して、一応の決着は見たようだが、なんとも、
後味の悪い“事件”だった。
軽挙妄動・付和雷同型の“人種”が少なからずたむろする2chやツイッター、youtubeでは
異常に広まった話だが、世間には知らない人も多いと思うので簡単に記す。

3月12日夜の菅総理の記者発表を中継したフジテレビの画面から“不要音”が流れた。
不要音とは、せき、くしゃみ、原稿をずらす音、膝が机の脚にぶつかって“ゴツン”など、
本来、放送に乗せてはいけない音を指している。
この“事件”の場合は男女の会話だった。きちんとした話し方ならともかく、いかにも
今どきの若者同士らしい、くだけた口調のものだったし、“仮にも”総理大臣の会見中
だったから、気付いた人の反応は大きかった。
d0164636_1016329.jpg
さらに、どんな意図があったか知らないが、何者かが、どこかに「女の声はAアナだ」と
断定的に書いたことで騒ぎはますます大きくなった。
読んだ人たちが本気で信じたかどうかは疑問だ。しかし、井戸端会議では近所の奥さんの
悪口が最高のテーマであるのと同じで、この手のエピソードは面白おかしく語られる。
この話もツイッター上でどんどん拡散されて行った。信じがたいスピードで。
結果として、「フジテレビの報道姿勢はひどい」「Aアナには今後ニュースを読ませるな」
という非難の声が盛大にあがった。つまり、“女の声=Aアナ”が確定してしまったのだ。

「なんだか、おかしいな」と思い、ツイッターでフォローの発言をしたが、ほとんど誰も
聞く耳を持ってくれなかった。
ブログに関連した記事を書いたが、その締めくくりはこうだった。

テレビは今や時代の最先端を行く。
そこで働く社員、特に若者に考え違いをする者がいても、私は驚かないが、
視聴者は「とんでもないこと」「信じられない」と思うだろう。当然だ。
フジだったことは否定できないようだ。OBとして恥ずかしい。失われた
信用・信頼を取り戻すには途方もない時間と努力が必要だ。

せめて、アナウンサーではなかったと思いたい。


…後輩たちを信じたい気持ちがある一方で、最近の傾向から“やりかねない”という思いも
捨てきれなかったのだ。

分からないのは、災害発生の際の政府を思わせるフジテレビの対応の遅さだ。
報道にしても編成にしても、2ch・ツイッターでの“騒動”を知らなかったとは言わせない。
初期の段階で、女の声=Aアナではないことも確認していたはずだ。(後述)
「不適切な音声が流れたことをお詫びします。なお、声はスタジオ外の中継ポイントにいた
取材スタッフのものです」と、すぐ、メディアに流せばよかったのに、と思う。

「Aには、会社が彼女を信じていることを伝えれば十分。この手合は無視するほうがいい。
釈明すれば、別のことで突っ込まれるだけ」という判断だったのだろうが、そのせいで、
一昨日まで、Aアナは一部で“犯人扱い”を受けたし、会社が何も言ってくれない間に、
台湾のテレビでも顔写真入りで伝えられるなど、大きなダメージを負ってしまった。

この種の“事件”を見逃すことは少ないのだが、この件はリアルタイムでは知らなかった。
ツイッター上で偶然見つけ、youtubeに残っていた1分20秒ほどのビデオで確認した。
文字に起こしてみると、こうなる。
d0164636_1017566.jpg
安藤「…会見の内容を皆様と一緒に聴いてまいりたいと思います」
*映像はすでに官邸に切り替わっていた。

*その後、4秒近い“素”(無音状態)がある。そこに男女の声が流れた。

男「ふざけんなよ。また原発の話なんだろ」
女「だから、こっから上げられる情報ないっつってんのに」

*この二言は、菅総理が話し始める2秒半ほど前までに終わった。

総理「地震が発生して1日半が経過をいたしました」
*この言葉に男の声で「ほんとに来るのかどうか…(以下、聴きとれず)」がかぶった。

総理「被災をされた皆さんに心からお見舞いを申し上げますとともに」
*女の声「ほんと、クソだよ」がかぶっていた。

総理「 救援・救出に当たって全力を挙げていただいている」
*ここに、女の「ああ、笑えてきた」という声がかぶっている。
業界的にいう“不要音”はこれが最後だった

…最初にこれを聴いたとき、何が起きているのかよく分からなかった。
一般の人は、マイクを切り忘れた…と思うだろうが、それは考えにくい。アナウンサーは
話し終えたら、無意識のうちに手元のスイッチでマイクをオフにするものだからだ。
出先からハンドマイクでリポートするときでも、スタジオに切り替わったら、マイクを
口元から遠ざける…私の場合は、必ずマイクを体の後ろに持って行くことにしていた。
その上で、自分のマイクが完全に“死んだ”ことを音声さんに確認すまでは余計なことを
言わないのがアナウンサーの習性だ。
d0164636_10172735.jpg
スタンドマイクやピンマイク以外に、エマージェンシー用の特殊なマイクがセットの上、
アナウンサーの前に置かれている場合がある。バウンダリーマイクが正式の呼び名だが、
形状から音声の技術者たちは“ゴキブリ”などと愛称で呼ぶことが多い。
しかし、そのマイクが拾った音でもなさそうだ。第一、切り忘れたメインのマイクや
ゴキブリが拾うとすれば、安藤の声のはずだが、音質が彼女の声とはまるで違う。

スタジオセットの全体像が分からないが、その時点の出演者以外に、離れたところにいた
スタンバイ中の人たちの声を、近くにあって、オフになっていないマイクが拾う可能性は
あるかもしれない。ここまでの推理の過程では、その場合、Aアナであるという可能性を
完全には捨てきれなかった。ただ、この場所にいそうな人たちは、仮に聞こえていないと
分かっていても、ここまで“くだけた”話し方はしないだろう…と思う。

2回目に聞きなおしたとき、「これは100%、Aアナではない」と確信する個所を見つけた。

出回っている動画には誰かの手で、発言の内容が文字として書き込まれているが、
素人には意味が分かりにくい一言だけが文字になっていない。
それが、“ホントに来るのかどうか…”の部分だ。
本社から中継ポイントに、次の番組の中でそちらから中継を入れてもらう…という指示を
出すとき「次、行くからね」と言い、中継側は周囲のスタッフに「次、“来る”ぞ」と言う。
つまり、男のスタッフは「本当に、ここから中継を入れろって言ってるのか?」と疑問に
思ったのだろう。聞きとれなかった部分は「…もう一度デスクに確認してみるよ」だった
のではないか。

どちらにしても、この会話は菅総理のメッセージとは全く無関係のものだと分かる。
そして、菅のメッセージを馬鹿にするようなものなら別だが、中身は“痴話げんか”の
ようなもので、ヒーロー・インタビューに混入したのだったら、まず、こんな騒ぎには
ならなかったはずだ。
発生場所も本社ではなく、いくつかの中継ポイントのどこかだということも分かる。
“愚痴っぽい”話の中身も現場に出ている記者・ディレクターたちがよく交わすものだし、
そのあとに出番を控えていたAアナがそこにいるはずは絶対にあり得ないのだ。

「いったい、どうなってんのかなあ、うちのデスクは!やってらんないっすよ」
本社と話していた顔なじみの記者が受話器を叩きつけると振り返ってぼやいた。
…野球取材中の記者席で何度、そんな経験をしたことだろう。
新聞であれテレビであれ、最前線で働く記者(ディレクター)と本社から注文を出すデスクは
永遠に相いれない仲だ。

いわば、どこの局でもこんな会話が交わされているし、いつ、どんなトラブルでそれが
電波に乗ってもおかしくはないのだ。
“今回は”フジテレビだったが、次はTBSかもしれないし、日テレかも、テレ朝かも…
NHKにだって起こる可能性は十分にある。人間が関わっている以上、“絶対”はない。

冒頭に掲げた朝日新聞の記事の最後はこうなっている。
「笑えてきた」などの発言は、スタッフが自分の担当の中継がなかなかつながらない
ことについて漏らした言葉だという。

もし、フジテレビがそう話したとすれば、おかしい。
“つながらないことへのぼやき”ではなく、新しい報告材料もないのに“無理に中継を
させられることへの不満”と考えるほうが、会話の流れから見ると自然だからだ。
ま、この際、そんなことはどうでもいい。

発生後数日間の被災地取材スタッフの言動に不適切な部分があったらしい。
数日後、現地に入った有名キャスターの言動・いで立ちも不評だった。
フジテレビの取材車が緊急車両専用の給油所で給油を強要したという、2ch発の情報が
“事実”として拡散した。
…うなずけるものもあり、苦笑するものもあるが、フジテレビに対するバッシングは
たしかにすさまじかった。
しかし、現象を冷静に見れば、いくらこの“流れ”の中で発生したとはいえ、今回の件が、
少なくとも“報道姿勢”とは無縁のものと分かるはずだ。

ただ、どう言い訳をしてみても、関係のない音声が出てしまったのはフジテレビのミスだ。
当日の音声スタッフは“チェック漏れ”を厳しく反省しなければいけないだろう。
対応が遅れ、長い間、放置したことも責められていい。
救いようがない“品のなさ”にはあきれるが、それも“報道姿勢”とは無関係だ。

一報道機関が罵詈雑言を浴びるだけならいい。
しかし、間違った情報が、重大さを理解しない人たちの手によってあっという間に広まり、
それが事実として定着してしまうIT社会には“怖さ”もある。
これが、国の存在や生命の危険に関わる情報だったら…と思うと、ぞっとするのだ。


理解していただけるように、できるだけ丁寧に書いたつもりですが、
当然、異論・反論があるだろうと思います。私に対する批判もあるでしょう。
きちんと整理されたコメントなら残しますが、感情的なものや、ほかの人の
コメントに対する批判は私の判断で削除しますのでご了承ください。

by toruiwa2010 | 2011-03-23 10:23 | 放送全般 | Comments(10)
d0164636_7494552.jpg
入社3年目が終わろうとする1966年の初めは航空機事故が連続して起きた。
2月4日、さっぽろ雪まつり帰りの客を乗せた全日空のボーイング727型機が羽田沖に
墜落した。ちょうど1ヶ月後の3月4日には、カナダ・パシフィック航空のDC8型機が
羽田空港への着陸に失敗して墜落・炎上した。どちらも、夜間の事故だった。
アナウンサーとしては未熟だったが、たまたま局にいたため、羽田空港からのリポートに
駆り出された。徹夜になり、ブリーフィングと放送の合間を縫って記者室の堅い机の上で
仮眠をとったことを思い出す。

3月4日は、徹夜明けで11時ごろ帰社し、宿泊室のベッドで横になっていた。
疲れているのに神経が研ぎ澄まされた状態でようやく眠りに落ちたかと思う間もなく
警備員に肩をゆすぶられて目が覚めた。「また、飛行機が落ちたので起きてください」
…初めは信じられなかった。
d0164636_75013.jpg
空中分解した英国海外航空のボーイング707型機が富士山の二合目、太郎坊と呼ばれる
地点に落下したのだ。日本の航空機事故史の中でも珍しい、二日続きの大事故だった。
福島原発のニュースではしきりに“マイクロシーベルト”と言う専門用語を耳にするが、大きな出来事が起きたとき、人はそれまで聞いたこともない言葉に出会うものだ。

BOAC 機の空中分解では“セーテンランキリュー”だ。
周りに山らしい山がなくて、いきなり日本最高峰がそびえ立つ、という富士山のような
独立峰では、晴天のときほど、その周辺でとんでもない空気の流れが発生するらしい。
それが“晴天乱気流”だ。旅客獲得のためのサービスとして、BOACは、羽田を離陸後、
わざわざコースを外れて富士山上空を飛んだのだが、それがアダとなった。

御殿場口まで電車で行き、そこで待っていた会社の乗用車で現場を目指した。
しかし、火山礫にタイヤを取られて大した距離は稼げず、早々と車をあきらめ、徒歩で
登ることになった。タイヤがとられるぐらいだから、都会で履く通勤用の革靴で歩くのは
容易なことではなかった。3月初めの富士山は寒かったのだが、時間の経過とともに
汗が吹きだし、小休止をすると、たちまち、それが冷えていった。
d0164636_7501932.jpg
現場に到着したとき、日はとっぷりと暮れていた。満月に近い月の明かりが凄惨な地上の
光景を照らし出していたこと、決して嗅ぎなれることがないジェット燃料独特のにおいが
鼻をついたこと、などを想い出す。

記者と2人のアナウンサーは準備完了だったが、肝心の中継車はまだだった。
夜11時からの「こちら報道部」に電話でリポートすることになったが、携帯はもちろん、
2合目とはいえ山の中に電話はない。
作業中の地元消防団員の情報で現場と町の中間あたりに水道局の建物があって電話を
借りられるかもしれないことが分かった。
最年少の私が担当することは簡単に決まったが、問題は“アシ”だ。月明かりがあっても、
夜の山道を一人で降りて行くのは危険だからだ。

相談していると、取材に出ていた記者の一人が耳寄りな情報を持って戻ってきた。
「自衛隊のトラックが、収容した遺体を町の安置所まで運ぶために山を降りる。荷台なら
乗れるよ」というのだ。放送時間が迫っていたため、乗せてもらうことにした。
時間にしてどれぐらいだったか、いまは思い出せない。しかし、火山礫の山道を、大きく、
小さく弾みながら走るトラックの荷台で、左手で手すりを、右手は…釘が打たれていない
ひつぎの蓋が飛び跳ねるのを抑えるのに必死だった。

リポートを終えたあと、どうやって現場に戻ったのか、覚えていない。
歩いた記憶はないから、きっと、登ってくる自衛隊のトラックに頼み込んだのだろうが。

未明に中継車が到着した。

コンピューター、電気、車、設計、鉄道、土木…なんであれ、技術者と呼ばれる人々を
常にリスペクトしている。
このときも、技術部の“マジック”を目の当たりにして仰天した。

現場が山の中、ということは、河田町のフジテレビに直線では電波が飛ばない。
何が必要かと言えば、“2段点”だ。現場と局舎の中間で電波を中継するための。
そこで。中継車の出発より先に別の技術スタッフが、地図で計算して決定したポイントを
目指して局を出発していた。
本社の報道部が「朝の放送開始と同時に現場から中継を入れたいから、急いでくれ」と
矢のような催促をしてくる中、ポイントに到着したとの連絡を無線で受け、それぞれの
アンテナを慎重に調節してテストすると、東京から「一発で届いた!」と言ってきた。
技術者への敬意はこの時以来、さらに深まった。

この時の中継では忘れられない、苦い記憶がある。
「機首部分の周辺で数人の遺体が収容されました。傷みが激しく、性別も分からない
そうです」とリポートしたところ、数日後に発売された週刊中公(中央公論社)に
「“いたみ”って、リンゴじゃないんだから」と書かれたことだ。
…愕然とした。
“損傷”という言葉は頭に浮かばなかった。いまなら“損傷”を選ぶだろうが、当時は
くらべても、結局は“傷み”を採用したと思う。
いずれにしても、若き日の作家・野坂昭如が無署名で書いていたコラムで、名指しこそ
されなかったものいの、まさに自分が発した言葉が活字になっているのを見せられたとき、
言葉の選択はつくづく難しいものだと思った。

今、この時間にも被災地を駆け回って情報を集め、少しでもリポートの内容を高めようと
取材を続けている後輩同業者が多数いるはずだ。
批判・非難されることはあってもほめられることはめったにない、割の合わない仕事だ。
被災者に比べれば大したことはないかもしれないが、長期にわたる、神経を使う取材は
ストレスもたまって普段とじゃ違う疲労があるはずだ。
体力の温存を図りながら、少しでも世のため、人のためになる仕事をしてほしい。

彼らの健闘を祈りたい。

おまけ:アナウンサーの厄日?
昨日は、暦で言うと“赤口(しゃっこう)”だったが、日本のアナウンサーたちにとっても
すこぶるツキのない日だったようだ。
気の毒だったのはTBSラジオだったかもしれない。
私が日課の昼寝をするために横になった瞬間、ラジオから流れてきたのが…

昨日を含め、最近、アナウンサーの読み間違いetc が頻発している。

1月・A局: “席巻”を「せきまき」
先日・A局: “:” (コロン)を 「どっと どっと」
先日・A局: 2日続きでゲストの“木村拓郎”さんを「きむらたろう」と。
先日・B局: 「(菅首相は)…引き換えに退陣する可能性について
        否定しました」を 「…否定しませんでした」
昨日・A局 “お彼岸の中日”を「おひがんのなかび」
昨日・C局: “XXX中将”を「XXXちゅうしょう」

そして、昨日・D局: 女盛り を おんなもり


この日の「キラキラ」のメッセージ・テーマが「そのとき連帯感が生まれた」だった。
そこで、以上のことを書きさらに

業界に42年いたものとして 嬉しい連帯感が生まれました。
みんな、仲良くしましょうや。  (72歳の先輩同業者)

と、書き添えて送ったが、予想通り“ボツ”だった。

*「おんなもり」は聴き始めた時だったので、不確かです。
 間違いだったら、ご指摘ください。
   
by toruiwa2010 | 2011-03-22 08:16 | 放送全般 | Comments(10)