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岩佐徹のOFF-MIKE

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実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

<   2013年 03月 ( 33 )   > この月の画像一覧

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04.05.05(初出)

今回は「メジャーの何が面白いのか」について書いておきたいと思います。

私が最初に感じたのは、もちろんプレーそのものの凄さでした。スピードとパワー。
ピッチャーの投球、野手の送球、打球の勢い、走者の足、試合のテンポ…すべてに
スピード感があふれていました。投球や打球の持つパワーも想像以上でした。
この辺は、旅行のついでに2,3試合見るだけでもわかることでしょう。しかし、
70年代から80年代にかけてメジャーのとりこになった私は、次第に目に見えない
部分にも楽しさ、すごさを見出すようになりました。
メジャーを見るとき、その背景を少しでも知っておくと楽しみも増すと思います。

過密スケジュール

まずは日程の話から始めましょう。

今シーズンのメジャーでは公式戦が閉幕するのは全チーム同じ9月29日ですが、
始まるのは3月31日だったり4月1日だったりとチームによってバラバラです。
去年のワールド・チャンピオン、ジャイアンツを例にとると、開幕が4月1日で
閉幕は9月29日です。

計算すると、シーズンは182日間ということになります。試合数は162です。
つまり、182日間に休み…と言うか、試合が予定されていない日は20日しか
ないということになります。
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日本プロ野球の日程を見ると、開幕時の予定は3月29日から9月26日までの、
偶然ですが、同じ182日間に144試合プレーすることになっています。
こちらは38日、試合のない日があるわけです。
しかも、天候の関係で、間違いなく9月26日には終わらず、10月半ばぐらいまで
続くことになるでしょう。
MLBのほうは、よほどのことがない限り、日程が延びることはありません。

ご承知のとおり、広いアメリカ大陸。メジャー・リーガーは、シーズン中に一回、
または二回、その大陸を横断する長旅をすることになります。
飛んでいる時間だけで5時間かかります。試合が終わるとそのまま空港に直行して、
チャーター機で次の試合予定地に飛ぶことも多いようです。
翌日早朝のチェックインになります。その日は、原則として試合はありませんが、
寝るだけで終わってしまいます。試合がない日は38日でも、本当に休める日は
もっと少ないわけです。

さらに厳しいのは、どのチームも、一度は連続20試合をプレーすることです。
黒田とイチローがいるヤンキースは6月から7月にかけてです。
“20”は、選手会とのアグリーメントで認められている数字です。シーズン終盤で
どうしても消化できない試合があればこの限りではありません。
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25人登録・25人ベンチ入り

もうひとつ覚えておいてほしい“過酷さ”があります。
日本では、チームごとに常に28人の一軍登録選手がいます。そして試合のたびに、
25人がベンチに入ります。前日の先発投手、翌日、翌々日の先発など3人の選手が
ベンチをはずれます。「あがり」と呼んでいます。
メジャーはと言えば「25人登録、25人ベンチ入り」です。

この厳しさがおわかりでしょうか。25人の構成は、おおむね次のとおりです。
投手11人。内訳は、先発5人、“ポット・スターター”と呼ばれる緊急先発要員
(故障者が出たり日程が厳しいときの要員)を含む中継ぎが5人、そして
クローザー(抑え役)が1人です。これに捕手2人、内野手6~7人、外野手
5~6人で25人です。特別の事情がない限り“あがり”はいません。

以上は、私がメジャーに“張り付いていた”ころのデータです。
当時は、投手陣を10~11人で編成していましたが、最近は数が増えています。
その分、野手は減らされますから大変です。内外野の複数のポジションをこなせる
ユーティリティ選手が増えた理由はそんなところにあるのでしょう。
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かつて、翌日の先発ピッチャーには、スコアをつけながら両チームのピッチャーの
投球パターンなどを記録する仕事がありました。現在は専門のオフィスが記録を
とって全球団に有料で提供しているようです。(確認していません)
ほかの先発ピッチャーたちも、代走、守備、ときには代打に立つための要員として
貴重なのです。何故、ピッチャーが?と思うでしょうね。
メジャーでは、アメリカン・リーグに“午前1時!を過ぎたら新しいイニングに
入らない”ときめられていた時期があるものの、今は両リーグともに、原則的に
時間・回数とも無制限です。

長い試合になると、野手を使い切ってしまうことがあり、守ったり、走ったり、
野手と同じことをピッチャーがやらなければいけない事態もしばしば起こるのです。
25人でも苦労するというのに、私が追いかけていたころは、“経費節約”を理由に
「24人登録・24人ベンチいり」でしたから、もっと大変でした。

その代わり…でもないでしょうが、日本でおなじみの光景を見なくて済みます。
つまり、早い回にKOされ、申し訳なさそうにベンチの隅で戦況を見つめている、
あの、ピッチャーの哀れな姿です。ハハハ。

先週から、週末は最近このブログを読み始めた人のために
過去の記事から面白いと思ってもらえそうな記事を選んで
更新していきます。
1,2度、アーカイブで取り上げたものもあり、古い“読者”は
「読んだことあるよ」と思うでしょうが、我慢してください。
基本的に原文のままですが、いま読んでも違和感がないように
多少の手直しや加筆をしています。

“300?”となっているのは、いったい何本になるか
自分でも見当がつかないからです。ハハハ。

by toruiwa2010 | 2013-03-31 07:56 | 自薦・厳選300? | Comments(2)
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昨日、日本プロ野球が始まり、メジャーも間もなく開幕です。
70年代から80年代にかけて、のめりこんだメジャーには、今も愛着があります。
黒田がヤンキースに移り、ダルビッシュと青木、岩隈が加わった去年は戦評も含め
97本の記事を書きました。今年はたぶん、それほどスタミナが続かないでしょうが、
折にふれて書きたいと思っています。今日は選手やチームと関係ない話です。

04.04.17

よく、「野球とベースボールの違い」が話題になります。そのことを話し始めると
長くなりますので別の機会に譲るとして、今回はまず、「BASEBALL」について
お話しましょう。

*MAGIC MUD

英和辞書を開いてみてください。BASEBALLには二つの意味がありますね。
ひとつはもちろん「野球」、もうひとつは「野球で使う球」です。ハハハ。
He picked up a baseball(彼はボールを拾い上げた)という使い方をします。
「FOOTBALL」も同じです。初めて知ったとき“目からウロコ”でした。
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カンザスシティでタクシーに乗り、「To the ballpark,please」と告げたとき、
振り返ったドライバーに「Which one?」と聞き返されたことがあります。
「野球場へ」と言ったつもりでしたから、一瞬、ビックリしましたが、この街には
MLBのロイヤルズ・スタジアムとNFLのアローヘッド・スタジアムがあることに
気づいて納得しました。どっちも“ボールパーク”には違いないわけで。ハハハ。

ところで、テレビでメジャーを見ていて、新しいボールを受け取ったピッチャーが
日本ほどそれをこねないことにお気づきでしょうか。あれには秘密があるのです。
事の発端は遠く1920年8月17日にさかのぼります。

この日、ヤンキースのC・メイズが投じた一球が、打席にいたインディアンズの
R・チャップマンの側頭部を襲い、翌日息を引き取る事件が起きました。メイズは、
ボールに傷をつけて(ball-doctoring)投げるピッチャーとして知られていました。
空気抵抗を多くして変化を鋭くさせるのです。
この事件を受けてメジャー・リーグ機構は、ball-doctoringを禁止し、常に新しい
ボールを使うことにしました。問題は、新しいボールは滑って握りにくいことです。
各チームは、噛みタバコのジュースをこすりつけたり、球場の土を水に溶かして
塗ってみたりと、試行錯誤したそうです。

1938年のある日、フィラデルフィア・アスレチックスのベース・コーチだったレナ・
ブラックバーンは塁審から「困ってるんだよ」と愚痴を聞かされました。
しばらくのち、釣りに行ったときに、ふとひらめいたブラックバーンは川底に手を
伸ばしました。何度か試みるうちに「これは」と思えるものを見つけたのです。
球場に持ち込んで試してみると結果は上々でした。
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magic mud(魔法の土)と呼ばれる“Lena Blackburne Rubbing Mud”が生まれた
瞬間です。まもなくアメリカン・リーグがこのドロを採用し、やがてナショナル・
リーグも追随しました。いまではメジャー、マイナー、大学リーグなどでひろく
使われています。

試合の数時間前、審判はスタンド下の控え室で100個前後のボールにこのドロを
擦り込むのです。おもに主審の仕事とされていますが、控え室の係員に下請けに
出す人もいます。一方は手を抜き、他方は小遣いを稼ぐ…。ハハハ。
メジャーのチームが1シーズンを乗り切るには、2ポンド(約900グラム)入りが
2缶必要ですが、2缶で約1万円。かつての苦労を考えれば安いものでしょう。
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…実はこのドロ、どこで採取されたのか、秘中の秘になっています。
デラウエア川支流のどこかまでは分かっているのですが、具体的な場所については
10人ぐらいの人しか知りません。
ブラックバーンは亡くなる直前に、採取の場所や、製法などを親友に伝えました。
高齢だった親友はほどなく娘に譲り、現在はさらにその息子が取り仕切っています。
毎年、ある時期になると彼は一家総出で秘密の場所に行き、翌シーズンに備えて
およそ180キロの“宝のドロ”を採取します。完全な独占家内企業です。ハハハ。
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たくさんの会社がいろいろな土を試してみましたが、足元にも及ばないそうです。
このドロが優れているのは、匂いがなく、擦り込むことによって、ピッチャーは
ボールをしっかりグリップすることができ、しかもボールが黒ずまない点です。
“製法”と書きましたが、水分の抜き方や、添加する特殊な物質にも秘密があって、
それはまさにコカ・コーラの原液並みです。

このブラックバーンという男、調べてみるとなかなか面白いやつです。
1910年代に、内野手としてホワイトソックスでプレーしたあと、20年代半ばから
コーチになり、28年途中から29年まで監督もつとめています。
選手としての記録をよくよく調べてみると、コーチだった27年には代打として
打席に立っています。それだけならまだしも、29年にはなんとピッチャーとして、
3分の1イニング投げているのです!
現役のときには、一度もマウンドに上がったことがないというのに!!
しかもこのとき42歳!!!
メジャーでは、大量リードされた終盤に、あまりピッチャーを使いたくないという
理由で野手に投げさせることがありますが、監督が…というのは聞いたことが
ありません。古きよき時代だったということかもしれませんね。ハハハ。

ちなみに、メジャーには打撃練習のときに投げる“バッティング・ピッチャー”は
いません。試合前の練習で投げるのは主にコーチたちです。

*TWO VOICES

1979年9月28日は私の41歳の誕生日でした。球団関係者のご好意で、ドジャー・
スタジアムのメッセージ・ボードにこんな文字が浮かび上がりました。
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「VOICE OF MAJOR LEAGUE」とは「大リーグを実況しているアナウンサー」を
指しています。
私の場合、特定チームに所属しているわけではなく、大リーグ全体にかかわって
いたのでこういう肩書きになったのでしょう。普通アメリカで「VOIVE OF…」は
そのチーム専属のアナウンサーを意味しています。

そこで、まず書きたいのが、私が深く敬愛するVOICE OF THE DODGERS、
ヴィン・スカリーです。解説者なしで一人しゃべりをする、アメリカでも珍しい
タイプのアナウンサーです。ドジャー・スタジアムの試合が放送されるときは
副音声で彼の声を聞くのが私の楽しみです。
視聴者が何を聞きたがっているかを的確に捉え、いつしゃべり、いつ黙るべきかを
心得ています。アメリカでも「彼ほど喋りがうまく、ユーモアのセンスがあって、
野球の歴史についての知識も十分、しかも極めて品がいいアナウンサーはいない」
とまで言われています。
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彼がドジャースの専属アナウンサー・チームに入ったのは、1950年でした。
健康面の心配はありますが、今年もブースに戻るなら、64シーズン目に入ります。
一つのチームをこれだけ長く担当したアナウンサーはいません。
「彼のおかげで、何万、何十万のドジャース・ファンが生まれた」と、かつての
ドジャースのオーナーは彼をたたえています。

1982年、放送部門で野球の殿堂に入り、2001年にはドジャー・スタジアムの
記者席が「VIN SCULLY PRESS BOX」と命名されるなど、数え切れないほどの
名誉にも恵まれています。

1927年11月27日生まれの85歳、私にとっては「驚異のアナウンサー」です。
ぜひ一度彼の声に耳を傾けてください。若々しく、ベルベットのようなその声は
音楽のように心地よく響くはずです。

2004年の開幕戦が日本で行われることが決まったとき、「彼も来るのかなあ」と
思ったものです。
ボブ・シェパード…“神の声”と呼ばれた男です。「ボブ・シェパードとヤンキー・
スタジアムは同義語だ」とも言われた、場内アナウンサーです。
彼のスタートはスカリーに遅れること1年の1951年でした。
「私の取りえは長続きだけさ」と謙遜しますが、とんでもありません。
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Your attention,please,ladies and gentlemen.
Welcome to the Yankee Stadium.
Here are the line-ups for today’s game…

…ゆっくりと間を取った重量感のある声が場内に流れると、球場は一気に格調高い
伝統の雰囲気に包まれます。

かつては、地域の高校やセント・ジョンズ大学でスピーチを教えていました。
教師が本職で、年に81日の場内アナウンスは“楽しみ”としてやっていたのです。
「以前、日程は重ならないのだからとメッツにも頼まれたけど、年間162試合では
“仕事”になってしまうので」と断ったそうです。ハハハ。

50年目の2000年5月8日、ヤンキー・スタジアムでセレモニーが行われました。
モニュメント・パークに彼をたたえる額が飾られることになったのです。
放送史上最高のキャスター、元CBSのウォルター・クロンカイトが額に書かれた
讃辞を読み上げるという心憎い演出だったそうです。
そして後日、彼が使っていたマイクロフォンは野球の殿堂に入りました。

「アナウンスするのが楽しかった選手は?」と聞かれた彼は、迷わず、ミッキー・
マントルと答えています。リズムがあるのだそうです。
そして、「響きがなんとも言えずいい」を理由に2番目に名前をあげたのが
“She-ge-TOH-shi,Ha-se-GA-wah”でした。シアトル・マリナーズで活躍していた
長谷川滋利投手です。母音が多いほうが好きらしいですから、きっと、ある時期は
“He-deh-kee,Ma-tsu-ee”もリストの上位に入っていたことでしょう。

年齢不詳でした。自分からは絶対に言わなかったのです。
あるとき、TVのインタビューで「まず、お年からうかがえますか?」と聞かたとき、
「Next Question…次の質問は?」と言い返しました。
「えーと、お年は?」と繰り返されると、「はい、インタビューは終わったよ」と
席を立ったそうです。ハハハ。

ネット上を探し回って1910年生まれということが分かりました。
1978年にヤンキー・スタジアムで初めて少し立ち話をしたとき、68歳でした。
「かなりのお年だなあ」という印象でしたが、そのとき40歳だった“若造”の
私が引退したあとも現役を続けていました。脱帽です。ハハハ。

あと100日ほどで100歳の誕生日だった2010年に亡くなりました。
最後の場内アナウンスは2007年9月…、このとき彼は96歳10か月と16日!

闘病が伝えられていた2008年のシーズン中、コンピューターに向かっているとき、
テレビから彼らしい声が聞こえてきてはっとすることが何度かありました。
「あれ、戻ってきたんだ」と改めて画面に集中すると、流れてくるのは、やはり
“代役”の声でした。
「まだダメなんだ」と思いつつ、“あの声”はなんだったのだろうと不思議でしたが、
数日後、ネットを検索していて、“疑問”を解消してくれる記事に出会いました。
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今日、ヤンキー・スタジアム最後の開幕日のラインナップが
アナウンスされるとき、マイクの前にいるのはボブ・シェパードではない。
シェパードは病気から回復中でシーズンなかばには戻りたいと願っている。
ただし、それでも、ボブ・シェパードの声は聞こえてくるだろう。
昨シーズン、デレク・ジーターは、確実にそうなるように画策したのだ。
「彼に頼んで僕の紹介アナウンスを録音してもらったのさ。いつもボブ・
シェパードの声に促されて打席に入れるようにね」


その声は正確ではありませんが、おおむね、こんな感じでしょう。
“Now, batting for the Yankees…Derek Jeter…shortstop…No 2”

このエピソードを読んで、私の中のジーター株がさらに上がりました。ハハハ。

先週から、週末は最近このブログを読み始めた人のために
過去の記事から面白いと思ってもらえそうな記事を選んで
更新していきます。
1,2度、アーカイブで取り上げたものもあり、古い“読者”は
「読んだことあるよ」と思うでしょうが、我慢してください。

“300?”となっているのは、いったい何本になるか
自分でも見当がつかないからです。ハハハ。

by toruiwa2010 | 2013-03-30 08:23 | 自薦・厳選300? | Comments(4)
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WBCが終わって一息つく間もなく、メジャーの開幕が迫っている。
ワールド・シリーズのあと解約したJスポーツを申し込まなくてはいけない。
ハハハ。

毎年のことだが、日本人メジャー・リーガーの活躍を占ってみた。
数字は2012年シーズンのもの。


青木宣親(Mikwaukee Brewers:2年目)
151試合 .288(520-150)出塁率.355 10HR 50打点 30盗塁


1年目はキャンプでの“入団テスト”を課される苦しいスタートから着々と実績を
挙げて、最後は堂々とレギュラーの座を自分のものにした。
こうなると、今年のキャンプでの待遇が変わってくる。レギュラーの座が動かない
選手たちはチーム内のポジションを気にすることなく、調整に専念できるからだ。
相手も研究して来るだろうが、1年過ごして、メジャーのピッチャーの攻め方は
つかんだはずだ。2年目の今年、成績が下がることは考えにくい。
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何番を打つかにもよるが、打率3割を狙ってほしい。青木のようなアベレージ・
ヒッターにとっては“勲章”だし、今シーズンの“テーマ”と聞く左にヒットが
出るようになれば打率は上がるはずだ。
31歳になったばかりのまさに働き盛り。去年をベースに考えたら、出塁率は.375、
40盗塁も可能だと思う。


岩隈久志(Seattle Mariners:2年目)
30試合 9勝5敗 防御率 3.16
16試合 8勝4敗 防御率 2.65 (先発として)


去年よりいい位置からスタートするのは岩隈も同じだ。
キャンプ中に先発は無理と判定されてブルペンから始まった昨シーズン、出番を
告げられて準備するピッチャーの横で下を向いている姿を見ることが多かった。
彼もまた少しずつ首脳陣の信頼を得て、最後にはローテーションの一角を占めた。
優しそうな顔とは対照的にかなりの負けず嫌いなのだろう。
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思えば、メジャー挑戦が実現したのも2年目だった。“粘りの男”なんだね。
攻撃力の整備がどうなっているのか知らないから、うかつなことは言えないが、
当然、ローテーションを守って二けた勝利を挙げることが“マスト”になる。
開幕直後、32歳になるが、今の野球界ではまだ十分に若い。スタミナが求められる。

最低でも30試合に登板してほしい。
去年のデータを見ると、76球以後の被安打率が極端に悪くなる。80球を過ぎると
ベンチを緊張が覆う。この状態をなくさないと。


松坂大輔(Cleveland Indians:通算7年目)
11試合 1勝7敗 防御率 8.28


去年は松坂の登板を見るのがつらかった。惨めなKOシーンを何度も見せられた。
2011年に受けた肘のトミー・ジョン手術はリハビリに時間がかかる。
私には、去年の失敗は復活を急ぎ過ぎたことが原因ではないかと見える。レッド
ソックスとの契約最終年だったから焦ったのではないか…。
そして、大方の評は散々だった。たしかに復活後の成績は数字だけを見れば惨めな
ものだったが、よく見れば通じる球もあったのだ。要は、全投球中にそういう球を
何球投げられるかだ。
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インディアンズとマイナー契約したと聞いたとき、チャンスは十分だと思った。
残念なことに、オープン戦終盤の登板を故障で回避したために開幕の1軍登録を
見送られてしまい、一度は自由契約になった。チームの先発陣が充実しているか、
序盤の日程に余裕があって、先発が4人でいいか、いろいろな事情があるのだろう。
条件的に足元を見られる立場だから仕方がない。改めて契約も済んだし、ここから
結果を残して這い上がって行こう。彼の力はまだまだメジャーで通用するはずだ。
日本野球が生んだ最高レベルのピッチャーだ。このまま終わってほしくない。


上原浩二(Boston Red Sox:通算5年目)
37試合 0勝0敗1セーブ 防御率 1.75


去年の上原は中継ぎとして抜群の働きをした。
特に9月以降は14試合に登板して許したヒットは1本だけ、1点も与えなかった。
シーズンを通して、36イニングスで43奪三振、3与四球という数字は驚異的だ。
こういうピッチャーにベンチの信頼は厚い。三振とフォアボールの比率は首脳陣が
最も注目する点だからだ。
好きなときにストライクが投げられる、ピンチの場面では制球のいいフォークで
三振を奪う、フォアボールは出さない。去年の終盤は上原の良さが全開した。
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どんな経緯でレッドソックスに移ったのか知らないが、上原の中継ぎ投手としての
力は高く評価されているはずだ。オープン戦でもいい活躍をしているようだ。
1年を通して故障をしない、ここというときの一発を浴びない…の2点を望みたい。


田澤純一(Boston Redosox:5年目)
37試合 1勝1敗1SV 防御率 1.43


去年の球宴後はメジャーに定着し、いい活躍をした。苦労したが、4年目で一定の
結果を出したことになる。全体としては“ダメ”監督と言われても仕方がなかった
バレンタインがチャンスを与え続けてくれたのがよかったと思う。
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彼もまた、上原同様に三振・四球の比率がいいピッチャーだ。
経験を積んだ今年はさらなる活躍が期待される。大きな明るい材料は、入団時の
投手コーチ、ファレルが監督になって戻ってくることだ。プラスになると思う。
オープン戦の成績はあまりよくないが、去年の実績は自信になっているはずだ。
田澤の真価が発揮される年になるかもしれない。


和田毅(Baltimore Orioles:実質1年目)

ひじの手術から回復中でメジャーに上がるところまで戻るかどうかも定かではない。
今は推移を見守るしかない。投球術はあるから、ひじさえ完治すればある程度は
やれると思うのだが。

川崎宗則(Toronto Bluejays:2年目)
61試合 .192(104-20)

厳しいようだが、彼がMLBに何を求めているのかさっぱりわからない。
正直言って期待感はない。

中島裕之(Oakland Athletics 1年目)

ふたたびメジャーに挑戦すると聞いたとき、悪いけど、通用するとは思わなかった。
あの高い位置にバットを構える打撃フォームではメジャーの力のあるボール、特に
内角を攻められたらどうにもならないだろう。守備範囲と肩の強さもメジャーの
レベルではないと思うけどなあ。レギュラーは無理だし、何で出番を狙うのだろう。
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田中賢介(San Francisco Giants:minor 1年目)

中島以上に難しいと思っていた。
キャンプで7失策。メジャーのボールが滑ることによる送球エラーが多いようだ。
メジャーに挑戦した日本人選手からは、投手だけでなく、野手からもボールが滑る
という話がよく出ているらしいが、言い訳としては苦しい。
田中のようなタイプの内野手は守備でアピールしなければいけないのに、これでは
マイナーに落とされたのも仕方がない。這い上がるのは大変だろう。

黒田、ダルビッシュ、イチローについては来週になります。
by toruiwa2010 | 2013-03-29 08:18 | メジャー&野球全般 | Comments(3)
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to wear a cat…ネコをかぶる

俳優は役を演じ、タレントは芸をします。私生活を語るトーク番組を含めて完全に
素の自分をさらけ出すことはないでしょう。つまり、彼らはテレビや映画の画面に
映っている通りの人物ではありません。どこかで自分を“作って”いるはずです。
アナウンサーやキャスターも同じです。少なくともアナウンサーだったときの私は、
ある意味“猫をかぶっていた”と言ってもいいでしょう。猫に失礼か。ハハハ。
自分で言うのも気が引けますが、にこやかで穏やかな語り口だし、きっと、人柄も
見た目通りだろうと、世間では思っていたに違いありません。
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現在の私がブログに書き、ツイッターでつぶやく内容にビックリする人が多いのは、
みごとに“騙されて”いたのです。ハハハ。
一方で、“そう見えた”というのは大事な点です。テレビでは、最後にものを言うは
“人間性”だからです。作ろうが、だまそうとしようが、見る人が見ればわかる…
テレビのカメラは誤魔化せるものではないのです。
もしかすると、今の私が世を忍ぶ仮の姿で、みなさんがテレビで見て想像していた
私こそが“本当の岩佐徹”なのかもしれません。ハハハ。

初めから少し“脱線”気味ですが、要はアナウンサー・キャスターを見た目通りに
受け止めると間違えることがあるということです。逆に、彼ら(かつての自分も)の
側から言うなら、必ずしも本心だけを言えるわけではないのです。ジャニーズ、AKB、
WBC、実名報道、オリンピック誘致、中島知子…特に、政治的な主義・主張という
点になると、意に反することを言わされているとは思いませんが、思った通りの
ことを自由に言っていると思わない方がいいでしょう。

限られた時間内で番組を構成し放送するため、テレビには“ルール”があります。
たとえば、朝のワイド番組である人物を非難する方向のコーナーがあったとします。
番組として方向性が決まってしまうと、メインキャスターもレギュラーやゲストも
それに逆らう意見は口にしにくいし、言えば問題が起きます。パネリスト同士で
言い争いが始まったりすると収拾がつかなくなり、予定が狂ってしまいます。
私は勝手に“テレビにおける予定調和”と呼んでいます。

山川建夫の例もあり…

かつて仲が良かったフジテレビの後輩・山川建夫は私などと違って“芯が通った”
素敵な若者でした。年はかなり下なのに、彼の方が大人に見えたほどです。
入社3年目に「小川宏ショー」の司会グループに大抜擢されましたが、ほどなく、
“間違い”(会社的に…です)をおかしました。
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“単純な正義感”ではなく、戦争反対については確固たる意見を持っていた彼は
フジテレビの別番組でベトナムを取材した「3時のあなた」の司会者・山口淑子を
放送の中で批判したのです。「わずかな取材時間で戦争の実態が分かるのか」と。
正論でした。しかし、その結果はどうなったかと言えば、出番を減らされ、結局、
1年で番組を下ろされました。たしか、最後の挨拶でも「自分の意志ではない。
下ろされるのだ」と発言していたと記憶します。

発言の内容は間違っていなくても、山口さんの放送を褒める方向で番組作りを
していたスタッフ、もっと言えば会社は怒りました。それは無理もありません。
完全な“予定「不」調和”ですから。

たったいま、検索してビックリしました。山川は少しも変わっていません。
ただし、四半世紀前に移住した房総の山里にも福島第一原発の放射能は流れ、
彼が丹精込めた作物も汚染されているそうで、彼にも低線量の内部被ばくがあり、
農作業を断念せざるを得ない状況だとツイートしています。言葉がありません。
没交渉になっているし、考え方は違いますが、彼には元気でいてほしいと思います。


堀潤、海外留学のとき

03/20 “面識”のない人のツイート

一年前にRTした堀潤アナに関する
岩佐徹(@toruiwa)さんのツイート。
完全に予想通りの結果になった。
twitter.com/toruiwa/status…
twitter.com/toruiwa/status…


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TLにいきなりこのツイートが現れたとき、一瞬ぎょっとしました。最後の2行は
私が書き込んだツイートだと分かるからです。自分が呟いた内容には責任があるし、
間違っていない自信もありますが、“万一”ということもありますから。ハハハ。
そのツイートを原文のまま再録します。

2012/3/31 15:54のツイート

NHK堀潤アナがツイッターで二つの報告をしている。
1.海外留学することになった。
2.業務用アカウントは終わるが新たに全国の
NHKアナのためのアカウントが開く。
・・・眉に唾して読まなきゃダメだ。
決して「めでたしめでたし」ではあるまい。(続

続)バカに急な海外留学だ。やけに都合のいい話だ。
うわべは円満解決に見えるが、NHKとしてはていよく
「ところばらい」した、ということじゃないのか。
期間は不明だが、帰国時、アナウンサーとしての席が
なくても不思議じゃない。そういう組織だと思うぜ。


そもそものツイート

堀アナは震災後、活発にツイートの発信を続けていました。
12月に入って、内容が過激になっていたようです。特に12月12日深夜に書いた
ツイートにはビックリしました。
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国や組織に期待してはだめだ。もうだめだ。
僕らで動こう。僕らで考えよう。僕らでこの国を変えよう。
だって、僕らの国なんだからさ。
誰かに任せるのは、もう、やめよう。
僕らは皆仲間だ。ここでこうして繋がっている皆は、
何かに気が付いたからこうして繋がっている。
だから、僕らが動こう。


時間の経過とともに、気持ちが高まり、“アドレナリン”が猛烈な勢いで流れ始め、
自分の言葉・行動に酔って行く中でのツイートでした。
ひとつひとつの言葉に問題はありません。書かなくても明らかですが、“巧妙に”、
攻撃相手の決定的な名指しも避けています。
ネット上は「すごい!」「応援する」「NHKにもこんな人が」と絶賛の嵐でした。
しかし、これを読んだとの私の感想は違いました。
完全に個人の立場でのツイートならともかく、報道・情報系の番組の総合司会を
つとめる“NHKのアナウンサー”が“NHKの公式アカウントを使って書いた”
となると、話が違ってくると思ったのです。

テレビもラジオもすべて総務省の監督下にあります。中でも、予算・決算ともに
国会の承認が必要なNHKは 組織として時の政権の“顔色”をうかがっていると
思います。ことの是非は別です。「きっと問題になるぞ」と直感しました。
上層部は必ず“個人より組織をとる”ことを経験で知っているからです。

私も呟きました。

2011/12/13のツイート

数年前「NW9」にヘアスタイルだけを見たら
中村獅童と間違えそうなアナが出ていた。
昨日の彼のツイートに驚く。NHK職員がここまで
モノを言ったことはないと思う。
時間とともに高揚していくのが分かる。
山本太郎や高岡蒼甫のようにならなければいいが。 


これが、“堀潤”に関しての最初のツイートです。
14日には記事も書きました。
経緯を記したあと、この時点で正月特番の収録も終わっていましたから、年内は
このままにして、特番放送後、正月休み明けにも“処分”の発表…そんな経過が
考えられる、正月明け以降、“転勤(異動)”先の地域を除けば“イケメン”として
人気がある彼の姿を見られなくなる可能性は非常に高いなどと書きました。
受信料で成り立っているNHKがこれを放置するはずがないと思ったからですが、
私の予測はものの見事に的中しました。
振り返ると、この件に関してはきっかけから結末まですべて予想通りだったのです。

番組降板

2012/02/28のツイート

NHK「Bizスポ」の堀潤アナが番組から外れる
ことになった。本人がツイッターで報告している。
番組内容の変更に伴って、となっているが
「狙い撃ち」されたのは間違いない。
12月のツイートで政府批判をしていたときに
「危ないぞ」と書いたが、的中してしまった。

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入局前から、NHKの企業としての特性は彼も理解していたはずです。
「これぐらいは大丈夫だろう」と考えたとすれば“浅慮”のソシリは免れません。
しかし、ツイートを読むと“不退転”の決意がうかがえました。すべて覚悟の上で
なんとか風穴を開けたいと思っての行動だったとすれば、後悔はなかったでしょう。
それにしても、大きなミスもないのに2年でキャスターが代わるのは、NHKでは
異例のことでした。

その道、険しかるべし

1年のアメリカ留学を経て“詰め腹”退職に至った今回はどうでしょう。
ツイッターのフォロワーを“サポーター”だと考えるなら、支持者は多いようです。
しかし、NHKの看板を背負っていたときとこれからでは取材のやり方もガラッと
変わります。変わらざるを得ないのです。ジャーナリストとしての確固たる実績は
まだありません。その中で、今後やりたいと言っている個人としての取材・発信が
どこまでできるか?
正直言って、少し疑問です。

山川は「人通りがなくても、タクシーが一時停止をしなかったら注意します」と
言っていたほど筋金入りの正義漢でした。堀にそこまでの覚悟があるでしょうか。
SNS時代の今は応援する声が直接耳に入ってくるだけに“支えられている”感は
半端じゃないと思いますが、それに乗ってしまうのは危険じゃないですかね。

ちなみに、彼について何度かツイートし、記事を書いたあと、12月16日から
業務用アカウントでは私をフォローしていました。あまり誉めてはいなかったし、
ネットが“ざわざわ”したときのブログ記事はNHKのような組織の社員として
どうなのかと、“冷めた”書き方だったぐらいなのに。
フォローにどんな意図があったのかは知りません。ハハハ。

なお、石田研一放送総局長は定例会見で「突然で驚いた。本人の強い希望なので、
残念だが、いたしかたない」と話したそうです。ウソおっしゃい。ハハハ。
…組織は、ていよく、彼らから見れば“病んでいる”細胞を除去したのです。
しかも、実際は違っても“本人の意志”で押し通せる形で…。最高の決着です。
まさに、願ったりかなったりでしょう。まったく、組織ってやつは。ハハハ。
自分の意志で一歩踏み出したのですから、その道を進むしかありません。
かなり険しい道になると思います。今朝の一般紙に載っていた週刊文春の広告に
“NHK・堀潤アナ-電撃退社の陰で「上司も知らない」重大疑惑!”とあります。
きっと、重大でも疑惑でもなく、上司が知らなくてもいいネタなんでしょうが、
彼の周辺と違って、世間の目は冷めていると思わなければいけません。

35歳だそうです。1981年に43歳でアナウンサーを辞める決意をした私のように
後悔しないことを祈るばかりです。面識もないのに余計な心配でしょうが。ハハハ。

参考

ちょっと、ヤバイんじゃないの?
~“NHKのイケメン”のツイート~ 
http://bit.ly/tFfZBg

やるじゃん岩上安身~予定“不”調和のおもしろさ?~
http://bit.ly/dF0KrO
by toruiwa2010 | 2013-03-28 09:35 | アナウンサー・実況 | Comments(6)
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アメトーク?

ある日の「笑っていいとも」のゲストに歌手・坂本冬美が出て“秘話”を語った。
歌うとき口の中にアメを入れてのどの乾燥を防いでいると。
驚いた人が多かったと思う。何かを中に入れたまま大きく口を開けて歌うことなど
きっと信じにくかっただろう。

私はまったく驚かなかった。現役時代、実況のときに同じことをしていたからだ。
坂本と同様、のどが嗄れやすかったための窮余の一策だった。
始めたのは1981年秋の代々木体育館だった。バレーボールのワールドカップで
キューバ戦を担当したとき、風邪気味だったこともあって途中から声が嗄れそうな
予感・恐怖感があった。
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ジュースを飲み、たまたま持っていたアメを口に含んで実況を終えた。“効用”は
供給してくれる唾液が喉をうるおしてくれることだった。
このときから自分の喉に不安をいだき、常にアメを用意するようになった。
どのアメがいいか、試行錯誤の結果、“POLOが最高”という結論を得た。
日本ではネスレが販売していた、トローチの形をしたキャンディだ。
固くて、口の中で長持ちするので、小さく割っても効果は十分だった。
頬の内側、歯茎との間に“固定”すれば違和感はまったくなく、ずれることも、
したがってシャベリに影響することもなかった。

2005年全米オープンを最後に現役を退くまで私の実況を支えてくれたPOLOだが、
今はもう発売されていない。


徒然なるままにTVを眺むれば…

松田龍平はいい度胸しているね。デニーロを相手にしたCMでも気後れの気配が
まったく見えない。瑛太と共演の「まほろ駅前番外地」もいい。
カッコいい役もできるし、笑わすこともできる。“役者だなあ”と思う。
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弟・翔太もいいなあ。GATSBYのCMを見ているとまったく“その気”はないのに
ぞくぞくする。びしっと決めたらカッコよさは当代一ではないか。
この兄弟はすごいな。優作が生きていたら、さぞ自慢しただろうね。

「我々俳優は悲しい(哀しい?)から踊るんです」
…松本幸四郎丈、まだやってるんだ、と思ってしまった。
あなたの“悲しみ”はずいぶん長く続いてるんですねと。ハハハ。

「…いや エンドウだけど」と戸惑い気味の遠藤憲一。表情とセリフの間がいい。
短い時間内でドラマ性を持たせるのは一種の芸だと思うのだが、見終わったあと、
何のコマーシャルだったかを思い出せん。それって広告としてどうなのか?ハハハ。
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テレビで“花柄パンツ”の特集をよく見かける。 街にも氾濫している。大阪では
昔から“おばちゃん”がはいていたような気がするが、記憶違いだろうか。
街頭でインタビューを受けた女性たちが「脚が太く見える」、「膨張して見える」と
答えていた。率直に言って、似合う人を見たことがない。いやホントに。
悪いけど、“太く見える”のではなくて、“細くない”んだ。見た範囲では、ロール
アップして着るとマシかなという感じだ。くれぐれも鏡と相談して…。ハハハ。
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私を取り巻く美女たち

比嘉愛実という女優を知っているだろうか。演技はそれほどうまいと思わないが、
目につく美貌の持ち主だ。もう少し出番があってもいいと思う。
そんな目で見ていたが、最近、露出が増えた。いや、服を脱いだわけじゃなくて、
テレビ・映画への出演が多くなっているのだ。
所属事務所が変わったか、担当マネジャーが替わったか? ファンとして嬉しい。
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一時は圧倒的なCM女王だった上戸彩も佐々木希や武井咲に抜かれたようだが、
やっぱり、ソフトバンクのCMには欠かせないね。一番新しいバージョン(?)の
着物姿もはっとするほど美しい。私生活も幸せなんだろう。HIRO、この野郎!
ハハハ。

去年の大河ドラマ「平清盛」はほとんど見ていないが、出番が短かった吹石一恵の
美しさが印象に残っている。終わったばかりのTBS「とんび」で佐藤健と創った
“空気”もよかった。公私ともに充実しているのだと思う。
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出産後、顔を見ることが激減していた梨花のテレビへの登場が多くなった。
主にCMだが、結婚・出産でまた女っぷりが上がった印象がある。
おしゃべりも面白いのだから、バラエティにも出てほしい。
その前に、今の幸せいっぱいの笑顔が続くような結婚生活であってほしい。
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テレビに出始めたころのローラを見たとき「何だろうこの子は?」と思った。
事務所に与えられたキャラクターを演じているだけで、半年も持たないだろうと。
違ったんだな、これが。頭の回転が速い。「今、自分に求められているのは何か」を
素早く、的確に考えて答えを出している。「ここで、何を言えば受けるか」の判断が
瞬時にできるのは大したものだ。
天然なのか、作られたものかはともかく、“あのキャラ”でチャンスをつかんだ。
最新のAsahi・素肌シルクのCMで見る脚線美がまぶしい!
…て、私はいったい何を書いているのかね。ハハハ。
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Lost & Found

先日、京都に行った帰り、忘れものをした。
帰京から4日後にiPadを使おうとしたら、いつも置いているところになかった。
反射的に“新幹線の中だ!”と思った。帰宅したらすぐ更新できるようにと車内で
原稿を書いていたことが頭に浮かんだからだ。
一段落したので閉じて肘掛けに立てかけたのだ。「忘れないようにしないとなあ」と
思ったのに、そのまま忘れたのだ。ふだんは、窓側の妻が気を付けてくれるのだが、
肘掛けと一体化するように置いてしまったので気づかなかったようだ。

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下車した品川駅の遺失物係に電話した。妻との“共同作業”の結果、乗車した号車、
座席番号を思い出せたため探すのも楽だったようで、すぐに東京駅で見つかった!
窓口が夜8時まであいているというので早めの夕食後に出かけた。
八重洲中央口近くの忘れ物承り所でグレーの上品な(ハハハ)“愛器”を見たとき
心からほっとした。忘れたことに気づいた瞬間には「ミニに替えるいい機会かも
知れない」と思ったことなどどこかへ飛んでいた。

手続きをしている間も、何人かが「届けられていないか」と尋ねに来ていた。
“おっちょこちょい”が多いんだね。ハハハ。


褒められて伸びるタイプ?

鼻から入れたうどんを口から出してニタッと笑っていたころから好きだった。
独特の話術でMVS(Most Valuable すべらない話)を獲った“ガスヨって誰?”は
私の中で今も史上最高傑作だ。俳優としても人気が出ているほっしゃん。いいなあ。

あるとき、彼の携帯が鳴ったそうだ。
「西田ですが…」と名乗るが聞き覚えがない。しかも、泣いているような声だった。
いたずらだと思い、「誰や、西田って?ほんでどないしたんやお前!」と思わず、
きつい声で返したほっしゃん。。
「あのお、西田敏行といいます…俳優をやらせていただいてます…」と言われた!
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西田は、朝の連ドラでほっしゃん。の演技を見て感動し、そのことを伝えたくなり、
面識のないほっしゃん。の連絡先を調べて直接電話してきたのだという。その後、
一緒に食事もしたらしいが、ほっしゃん。は嬉しかっただろうね。
人は褒められて伸びることが多い。そこにいるだけで雰囲気があるほっしゃん。…
今後、ドラマの出番が増えそうだし、楽しみだねえ。

「ダウンタウンDX」で聞いたこの話、いいと思わない?
by toruiwa2010 | 2013-03-27 10:48 | 岩佐徹的考察 | Comments(10)
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おめでとうカンノ!

03/22のツイート

菅野美穂と堺雅人が結婚へ。よかったよかった。
”変な男”に引っかからなくて・・・。
こら、サンスポ、名前の順番が逆じゃないか! 
当然、カンノが先だろう!

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“あまた”の女優の中でも菅野美穂は特に好きだ。演技のうまい下手については
よく分からないが、惹かれる。CMを見るだけでも、頬が緩んでしまう。
彼女に見とれる分には妻も険しい目をしない。“公認”だ。ハハハ。

際立った美人ではないが、魅力的な顔をしている上に人柄がよさそうだ。
わざとらしくない可愛さを持っているし、番宣などでトークショーやバラエティに
出ているときも一生懸命さが伝わる。“いじらしい”ほどだ。
堺も芸の幅が広いいい俳優だ。「リーガルハイ」「ジョーカー」「クライマーズハイ」
「南極大陸」「武士の家計簿」…数々のドラマや映画で実証済みだ。
堺には“彼女に悲しい思いをさせない”と誓ってほしい。ハハハ。


大阪場所終わる

03/23のツイート

稀勢の里が日馬富士を張っていった!
張り手を認めるなら、大関が横綱を張っても
いいのだが、めったに見ない。
いいことか悪いことか。
5月場所の対戦で日馬富士が勝つときは相当に
「手荒な」ことをしそううな気がするなあ。


稀勢の里の気合いの入った相撲は圧倒的だった。たとえ相手が今場所は元気のない
横綱だったとはいえ。言っても仕方ないが、あの気迫がほかの力士相手のときに
なぜ出ないのか?今、“最も歯がゆい力士”の一人だね。そんなカテゴリ。ハハハ。

期待に応えてくれない力士や取組ばかりが目についた中で、千秋楽結びの一番は
素晴らしい横綱相撲だった。日馬富士が最後に意地を見せた。今場所、入場料に
値した数少ない取り組みの一つだったね。
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双葉山と大鵬を超える9回目の全勝優勝…。白鵬はただ一人責任を果たした。
初日にバタバタしたが、以後はほぼ危なげのない全勝だった。
表彰式での大鵬への黙とうの提案も彼らしいゼスチャーだった。放送時間の終了が
迫っていたNHKはさぞかし慌てたことだろう。最後の締めが少し急いでいた。

ツイートで、NHKラジオも黙とうの間、沈黙を守っていことを知った。
ラジオは、5秒だったか10秒だったか、無音の状態が続くと“事故”になる。
アナウンサーは誰だったのか?勇気が要ったことだろう。国歌のときさえ黙るのが
普通だから、黙とうのときにしゃべるバカがいたらお目にかかりたいけどね。
こまかく言えば“事故”にはなったかもしれないが、NHK内で問題になることは
なかったはずだ。ごちゃごちゃ言うような上司はロクなもんじゃない。ハハハ。


丸投げ・無責任はウソ

03/24のツイート

サンモニでスポーツコーナーが始まった。
ふだんはここでチャンネルを回すのだが、
今日は冒頭部分を見る。
WBCについて張本がどんなに愚かなことを
言うか聞き届けるために。ハハハ。


…割合まともだったが、相変わらず作戦を批判していた。条件を考えたらやるべき
作戦ではなかったと。素人と同じレベルだった。
君はいいなあ。ピントの外れたことを言っていても最後に「喝!」とやれば恰好が
つくんだから。親分がいなくなってから特にひどいな。

03/25のツイート

上司から「行けたら行け」と言われたら?…
「とくダネ」が重盗失敗をネタにしている。
これだから困る。野球には「ダブルスチールしろ。
タイミングは任す」というサインがある。
いい加減でも無責任でもない。
間違った情報が広まるね。

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「とくダネ」のコーナー企画などどうでもいいけど、事実を曲げちゃいけないね。
ベンチの作戦は「行けたら行け」ではなく「行けるタイミングで行け」だ。
その違いが分からんか?第一、「行けたら行け」は指示になっていない。雑談だ。
番組スタッフの中に少しは分かるやつを置いておけよ。よければ私がノーギャラで
手伝ってやってもいいぜ。小倉が認めないだろうが。ハハハ。

小倉とは多少の因縁がある。
テレ東を辞めたあと、ナレーション以外にはこれといった仕事のなかったようだが、
1985年10月、フジテレビでスポーツ部が制作する30分番組「スポーツ特Q」の
司会に決まった。人気子役だった間下このみとコンビだった。
当時、スポーツ部にいた私にプロデューサーが「司会の手ほどきをしてほしい」と
頼んできて、3人で食事をしたことがある。

自分の経験を少し話した記憶があるが、彼は、終始“不愉快”そうだった。
誰だってそうだろう。まだ30代の若さだったが、「世界まるごとHOW マッチ」の
ナレーションなどで人気もあったのだから、今更“手ほどき”と言われても素直に
聴く気にはならかったに違いない。
それっきりだったが、彼にとってはおそらく“汚点”だろう。

いかん。わき道にそれてしまった。ハハハ。
一般社会で「行けたら行け」と上司が指示すれば、無責任な話だ。普通、しないし。
しかし、WBCのケースは言葉も違うし、ニュアンスも違う。野球界では、あれで
きちんとした指示なのだ。
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張本はキャッチャーの肩の強さだの、打者が4番の阿部だっただのを持ち出して
いかにも理論的のように山本の作戦を批判していた。
重盗がベストの作戦だったかどうかは誰にもわからない。しかし、失敗した時点で
山本監督は批判を覚悟しただろう。誰かがサインを間違えたような形になったので
ストレートな批判になったのは誤算だったかもしれないが。

“意表をつく”というのはセオリーに外れたことをするのだからリスクはある。
山本は「正攻法では点が取れない」と考えて、このケースで普通はやらないダブル
スチールを選択した。
代走を送れば相手が意図を察知し、“意表”ではなくなる。
張本は“阿部の面目”ということも言っていた。悪いけど、そんなことは監督の
頭にはまったくなかったはずだ。阿部もそんなにちっちゃい男じゃないと思う。

あんたじゃないんだし、打席にいるとき、長島茂雄にホームスチールを試みられた
広岡でもないんだ。
あのね、阿部はそんなにケ〇の穴の小さな男じゃない。近めに投げられるたびに
ピッチャーを睨めつけ、次の外角球をレフト前にヒットして得意気な顔をしていた
誰かさんとは人間が違うのさ。ハハハ。
by toruiwa2010 | 2013-03-26 07:57 | 岩佐徹的考察 | Comments(4)
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先週、東北の被災地を訪ねました。
2011年5月以来ですから、1年10か月ぶりです。

去年も行くつもりでしたが、各種報道で復興が遅々として
進んでいないことを知っていたために、北に向かうことを
ためらってしまいました。

被災地は縦に長く、広いですから闇くもに出かけても仕方が
ないと思い、2年前と同じところを回ることにしました。
そもそも、この3地区に行こうと決めたのは、震災発生時に
テレビで見た名取の住宅や田畑を飲み込み、猛烈な速さで
走っていく津波の光景や、襲って来た津波に木の葉のように
漁船が翻弄される港の光景が目に焼き付いていたからです。
交通機関がやられて、行けるところも限られていたために、
上記の3か所になったのです。

名取・閖上

仙台で在来線に乗り換えて名取までは15分ほどです。
駅周辺はそれほど大きな被害を受けませんでした。
ほんの数キロ離れたところを走る東部有料道路があの津波を
食い止めてくれたからです。
駅前でタクシーを捕まえて「2年前にこんな場所に行った。
同じころに連れて行ってくれませんか」と頼みました。
2年前と同じ場所の写真を撮って比べたかったのです。
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実際は、記憶が怪しく、運転手さんも要領を得ないため、
連れていかれたのは全く違う場所でした。
しかし、海が近い閖上(ゆりあげ)地区の日和山神社から
眺めた光景は2年前とほとんど変わりませんでした。
がれきが取り除かれた替わりに生い茂っている雑草が
時間の経過を物語っていました。

神社は40段ほどの石段の上にありました。
高さはおそらく7~8メートルでしょうが、あの日の津波は
あっという間に小さなお社を押し流したそうです。
津波の高さは軽く10メートルを超えていたことになります。
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新しく祀られたお社に向かって手を合わせました。
正直に書くと、新聞やテレビで特集を組んでいるとき以外は
ややもすると震災のことを忘れている自分がいます。
「どこかで“他人のこと”なのだろうか」と思っていましたが、
石段を上がるとき、思いがけず鼻の奥がツーンとしました。
やはり、そう簡単にあの衝撃を、恐怖を、被災者の苦しみを
忘れられるものではないのです。

周辺に新しく建てられたと思える家はありませんでした。
2~3メートル、“土盛り”をしないといけないのですから、
簡単な話ではありません。
駅に向かうとき、荒れた土地に黄色い建物がありました。
運転手さんによると、それは老人ホームで、入居者が
60人ぐらい亡くなったということです。数字には感情が
こもっていませんが、建物を目の前にして聞くと、冷静な
気持ちではいられませんでした。

石巻から女川へ

仙台に戻り、駅前からの高速バスで石巻に向かいます。
石巻駅周辺は2年前より人の気配を多く感じました。
港までは直線にして2キロぐらいですが、駅のあたりでも
胸ぐらいまで水が来たそうです。
タクシーで女川に向かいましたが、石巻港に続く商店街は
かなり、立ち直っているように見えました。
2年前はどの店も海水をかぶって惨憺たる有様だったのに。
震災以前とは比べようもないのでしょうが、わずかな活気でも
少しホッとします。

運転手さんと道中、いろいろ話をしながら行きました。
家が高い所にあったために自分は被害を受けなかったが、
女川にいくたびに「頭が痛くなる」と話していました。
きつい東北弁で語られる言葉が胸に響きました。
たしかに、3階建てビルが横倒しになっていたり、屋上に
車が打ち上げられていたりした2年前の光景を思い出すと
うなずけるのです。

山に包まれているような女川町は、海べりから家が立ち並び、
奥へ奥へと延びています。その地形のせいで、押し寄せた
津波は水かさを増して海から離れた町まで届いたようです。
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2年ぶりの女川町はがれきや壊れた建物の撤去と整地作業は
進んでいるようでしたが、かつてここに住んでいた人らしき
姿はほとんど見られませんでした。
町立病院の駐車場から見下ろすと、整備が進んでいるだけに
人が生活している“匂い”がしないことに息をのみます。
石巻から、車でおよそ20分です。わずかな距離の差ですが、
被害の差はとてつもなく大きかったようです。
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この駐車場は高さが10数メートルありますが、襲った津波は
18メートル近くあり、とめてあった車が流されたそうですから、
いくら土盛りをしても追いつきません。再び、この町で人々が
生活を営むのは相当に難しいのかもしれません。

石巻に戻って日和山公園に行きました。震災のとき、多くの
住民が避難した小高い丘の上にあり、四方が見渡せます。
ここも、整備は進んでいますが、“生活”が戻っているという
印象はありませんでした。
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交通費と食事代ぐらいしかお金を使っていませんし、私などが
東北に足を運ぶことが何の足しになるのか分かりません。
女川に行くとき、運転手さんがこんな話をしていました。
「震災の3ヶ月ほどあとに名古屋から来た老夫婦を乗せた。
東北に行くことが観光気分のように見えないかと心配していた。
実際に見て初めて分かることもある。その印象をぜひ周囲の人に
話してもらえば東北の人間として嬉しい」…

2年前も、今回も、“後ろめたい”思いは私にもありましたから、
お二人の気持ちがよく分かりました。
写真やテレビの映像だけでは分からないことが、現地に行くと
よく分かります。“10メートルの津波”だけで浮かぶイメージは
限られていますが、閖上の日和山神社や女川町立病院の駐車場で
「津波はここを軽々と越えていった」と聞くと、その恐ろしさが
実感できるのです。

何ができるわけではありません。
名取、女川、石巻…多くの人が命を落とした場所に向かって手を
合わせるだけでした。それでも何もしないよりはいいかと…。
by toruiwa2010 | 2013-03-25 09:03 | blog | Comments(8)
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暖かさにつられて、あちらこちらで桜が満開です。
昨日、見物に出かけました。

まず、新宿御苑。
彩鮮やかな桜が満開でした。200円は安すぎるわ。
ただし、人また人…土曜日なので覚悟はしてましたが、
桜より人の多さが印象に残りました。ハハハ。
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続いて、千鳥ヶ淵へ。
都内の桜の名所では1位らしいですが、桜を見に
ここに出かけたのは初めてです。
御苑に輪をかけた人ごみに辟易しました。
ここの桜を満喫するには、空から見るか、ボートで
お堀に出ていくかしかありません。ハハハ。
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桜そのものは量も眺めも見事ですが、見せる工夫は
していないので、私の感想は「井の頭公園の方が
見やすいし、いいかな?」です。ハハハ。


ついでですから、近くの靖国神社に寄りました。
東京の桜の開花を決める“標準木”の周りは人だかり…
まったく普通の桜でした。当たり前ですが。ハハハ。
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4日ほど前にはご近所の桜を見に行きました。
マンションの隣の桜が満開だったのに誘われました。
ちょっと早かったですが、“なかなか”でした。
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桜以外にも春の到来を告げる花々が…
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そして、今朝はゴミ出し&新聞とりの帰り、敷地内の
100平米ほどの人工池にカルガモが来ていました。
これで10年連続です。毎年、ひと組のカップル…
同じ個体かどうかは分かりません。
我が家で“本当に春が来た”を実感する風物詩です。

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by toruiwa2010 | 2013-03-24 10:32 | ギャラリー | Comments(4)
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2002.04.24

UCLセミファイナル第1戦が終わりました。
ご覧いただいたとおり、思いもしなかった形でレアルが大きな勝ち星を挙げました。
第2戦に興味をつなげてほしかった私たちには、少し残念な結果になりましたが、
さすがはクラシコ、試合前からの異常な盛り上がりと興奮は、軽い食事を終えて
ホテルに戻った今もまだ体中を包んでいる感じです。

本格的にサッカー中継にかかわってからおよそ10年の間に、ミラン・ダービー、
イタリア・ダービー、ユーロ96のイングランド対スコットランド、決勝/ドイツ
対チェコ、さらに、ユーロ2000の準々決勝フランス対スペイン、決勝・フランス
対イタリアなど、いくつか“マグニチュードの大きな”試合を経験しましたが、
今日ほど“燃えた”試合はありませんでした。
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実は、日本を出る前によせばいいのにインターネット上を“ふらふら”していたら、
「クラシコなんだから解説・実況にはK・Kコンビを呼べ」的な書き込みを見て
しまったので、かなりプレッシャーがかかっていました。なんたって、あちらの
アナは“カリスマ”、こちらは呼ばれ方からして“岩佐爺”ですもんねえ。ハハハ。
「まあ、俺は俺のやりかたでやるしかないもんなあ」と思いつつ、カンプノウに
向かったのですが、なかなか思うような放送ができませんでした。

試合当日を迎える前から、なんとなくいやな感じはありました。
こういう“大一番”はどちらもベスト・コンディションで戦ってほしいのですが、
この日はケガやサスペンションで両チームの主力が欠けていました。特に、17日の
ポルトガルとのテスト・マッチでは好調だったリバウドの欠場にはがっかりでした。
リーガの35節に足のケガを悪化させたのですが、この試合で後半の16分までに
3人の交代枠を使い切っていたレシャック監督は、彼が足を引きずっているのを
知りながら、ベンチに下げることができなかったのです。
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これには、さすがの私も頭にきました。
もちろん、“アナウンサー・岩佐”はそんなことは言いませんが、もう一人の岩佐は
「なにやってんだ。俺のクラシコをどうしてくれるんだ。お前なんかクビだ、クビ。
クビーッ!!」と思い切り毒づいていました。ハハハ。

今日の試合でも、レシャックの采配には首を傾げたくなりました。
前日の会見で両監督ともに、「第1戦では何も決まらない。すべてはサンチャゴ・
ベルナベウで決着する」と言っていたのです。それなのに、1点先行されたあと
ディフェンスを2人にしてしまったレシャックのやりかたは「明日はない」という
戦い方で、言っていたことと矛盾しています。

一方のデルボスケにしてみれば、まったく考えもしなかった形で「カンプノウで
(ほぼ)結論が出てしまった」わけですから、笑いが止まらないでしょう。
試合後、地元紙の取材を受けました。解説の野口さんや杉山茂樹さんの受け売りで、
「序盤のチャンスに1点でも取れていれば、違った展開になったと思う。バルサは
悪くても引き分けると思っていたから、この結果は意外だ。選手は、よくやったと
思うが、わからないのは監督の采配ぶり。結果として、バルサのチャンピオンズ・
リーグは終わってしまったも同然。 来週はマドリッドに行くのだが、一体全体
どうすりゃいいのか」と話しておきました。どんなニュアンスで訳してくれたのか
知りませんが、相手の記者も笑っていました。ハハハ。  

私たちアナウンサーは(解説者もそうでしょうが)普段から、ひたすら「いい試合に
関わりたい」と考えています。「いい試合」とは、必ずしも「いいカード」ではなく、
「結果として内容のいい試合」のことで、こういう試合に「当たりたい」のです。
人によるでしょうが、「当たっている同僚」には、羨望と、ある種のジェラシーを
感じるものです。
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これまで私は、99年UCL決勝のマンチェスター・ユナイテッド対バイエルンを
担当したKアナに、年甲斐もなく激しいシットを抱きました。マンチェスターが
土壇場で追いつき、ロスタイムで逆転した試合です。交代でベンチに下がっていた
マテウスの呆然とした表情が強く印象に残っています。
彼は「岩佐さんだってユーロ決勝とかいろいろあるじゃないですか」と言いますが、
内心は、「へへへ、こればっかりは追いつけないでしょう」とほくそえんでいたに
違いありません。この商売40年目に入った私には、それくらい分かります。
ですから、ますます悔しいわけです。
しかし、諸般の事情で今回のクラシコを2戦とも私が担当すると決まったとき、
「ザマー」じゃなかった、「ようやく、積年の恨みを晴らすチャンスが来たぞ」と
思ったものです。ハハハ。

そのクラシコがこのていたらくです。
しかも、彼にはワールド・カップのイングランド対アルゼンチンというお宝中の
お宝が控えているのですから、これではいつまでたっても追いつけませんねえ。
まあ、しかし、グチばかり言っていても何も生まれません。第2戦は、バルサに
頑張ってもらって“腐ってもクラシコ”というところを見せてもらいましょう。

20002.4.24未明
at HOTEL REY JUAN CARLOS  in BARCELONA



今週から週末は最近、このブログを読み始めた人のために
過去の記事から面白いと思ってもらえそうな記事を選んで
更新していきます。
1,2度、アーカイブで取り上げたものもあり、古い”読者”は
「読んだことあるよ」とお思いいるでしょうが、我慢してください。

“300?”となっているのは、いったい何本になるか
自分でも見当がつかないからです。ハハハ。

by toruiwa2010 | 2013-03-24 07:54 | 自薦・厳選300? | Comments(2)
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2002.03.25

チャンピオンリーグはベスト8が出揃いましたね。またまたスペイン勢が 3チーム、
イングランドとドイツが2チームに、ギリシャからパナシナイコスががんばって
進出してきました。つまり、またまたイタリア勢は全滅でした。
言い出せばキリがありませんが、ローマもユベントスも結局は勝っておかなければ
いけないホームでの試合をものにできなかったことが2次グループ・リーグでの
敗退につながったということでしょうか。

隠すこともないと思いますが、私たちWOWOWは長くセリエAを放送した関係で
どうしてもイタリアチームに対する思い入れが強く、何とか勝ち上がってくれよと
願って放送に臨んでいるだけに、2シーズン続けて決勝トーナメントに1チームも
進出できない今の状況は残念でなりません。

遠い昔(ハハハ)、フジテレビ時代に長沼健さんの解説でFAカップの決勝を2度、
日本リーグを1シーズン実況したことがあるとはいえ、私とサッカーとの本格的な
出会いは91年11月のミランダービーでした。
91年はWOWOWがセリエAの放送を始めた年で、当時は、私にそういう経験が
あることを知らないプロデユーサーはフリーのアナに実況を頼んでいました。

しかし、ダービーは現地から生中継することになり、10月になって「岩佐さん、
やれませんかね」と尋ねられると、「今頃、なにを寝ぼけたことを」と思いつつ、
喜びいさんでミラノに飛んでいきました。ハハハ。
現地では、解説をお願いしていた奥寺さんが乗り継ぎの不具合で中継に間に合わず、
トヨタカップのための取材でヨーロッパに来ていた報知新聞の記者を急遽 解説に
起用するというハプニングでスタートしました。
8万人以上を収容するサンシーロは満員で、試合開始のはるか前から盛り上がり、
にぎやかなスタンドを眺めているだけで興奮したものです。

そのころのインテルにはマテウス、クリンスマン、ブレーメのドイツトリオ、一方
ミランにはファンバステン、フリット、ライカールトのオランダトリオがいて私は
今でもその豪華なメンバーが忘れられません。
しかもこの試合はファンバステンのスライディングシュートでミランが先制すると、
クリンスマンの見事なボレーでインテルが追いつき、そのまま引き分け、という
まさに舞台も役者もそろった試合でした。

私にとって25年ぶりくらいとなったサッカー実況は今聞くと下手ですし、初めて
放送席に座った記者はきわめて口数が少なく全体として耳を覆いたくなるところも
ありますが、それでもこの試合のテープは私にとっての“オタカラ”です。
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奥寺さんは市内の日本レストランでスタッフと打ち上げをしているところに悠然と
姿を現しました。成田の出発が遅れ、その時点でフランクフルトでの乗り継ぎが
不可能だと分かったのですから、私なら、そこであきらめますがね。ハハハ。

それから14年にわたって“腐れ縁”は続きました。
子供が生まれたあとにドイツに渡って見事な実績を残しました。次のダービーで
ミラノに行ったとき、スタジアムの外で現地の人から“Oku”と声がかかりました。
ちょっと感動しました。“オク”はブンデス・リーガ時代の奥寺さんの愛称です。
10年間、日本人サッカー選手のパイオニアとして頑張ったからこそ彼らの記憶に
残っていたのです。三浦、中田、小野、稲本、城、中村俊輔…数えきれないほどの
後輩たちにヨーロッパへの“道”をつけた奥寺さんは、もっとリスペクトされて
いいのではないかと思います。

その後もダービーやヨーロッパ選手権、チャンピオンズ・リーグで多くの解説者と
現地に行きましたが、共通しているのはみなさんとても勉強熱心だということです。
いずれ監督、コーチとして現場に戻ったときのためでしょうが、練習や会見にも
熱心に足を運んでいました。“一般論”ですが、サッカーの解説者は野球解説者より
はるかに“貪欲”です。
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EURO2000(オランダ・ベルギー共催)のときに水沼貴史さんはセカンドバッグを
盗まれたのですが、私が「女性の電話番号が入った携帯が惜しいんでしょう?」と
からかうと「何を言ってるんですか」と苦笑いでしたが、実は「試合を見ながら
書いたメモがすべてなくなったのが一番痛い」と聞かされ、心無いことを言って
しまったと恥じるとともに水沼さんの別の一面を見た気がしたものです。
視聴者からもスタッフの中からも「物足りない」という声を聞きましたが、それは
彼らが思い上がっているからです。“付け焼刃”の知識が邪魔をして、水沼さんの
ソフトな解説の良さが分からないのです。

一時FC東京の監督として指揮をとり、今は協会の幹部になっている原博実さんは
何をやるにも全力投球でした。“熱血解説”ぶりは皆さんもご存知だと思いますが、
ご一緒したバレンシアでは試合前後の食事のときにも、おいしいもの追求する手を
ゆるめることがありませんでした。短い期間だったのに、たくさんおいしいものを
食べることができました。ハハハ。
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バレンシアでの仕事が終わったあとも、いい機会だから、ヨーロッパを転々として
観戦を続けるのだと、ふらーっという感じで去っていきました。
“颯爽と”ではないところがいかにも原さんらしく、そのホンワカとしたムードは
接するものの気持ちを和ませてくれます。
振り返って残念だったのは、私の知識が不足していたせいで原さんのよさを十分に
引き出せなかったことです。

WOWOWのセリエA最後のシーズンになった98-99シーズンは信藤健仁さんと
組むことが多く、それは最終節「ペルージャ対ミラン」の現地中継まで続きました。
極めてまじめな人でした。はじめのころは「地味で面白みに欠ける」という声も
ありましたが、ほどなく「理論的でわかりやすい」「説得力がある」という評価が
圧倒するようになりました。

2000年9月、私は全米オープン・テニスの中継を終えた足でアムステルダム経由、
ハンブルグに飛びました。チャンピオンズ・リーグの開幕戦“ハンブルガーSV対
ユベントス”を現地から中継するためです。
試合前日の火曜日のお昼ごろにハンブルグに到着して、先行していた信藤さんや
スタッフたちと合流しましたが、少々不安を抱えていました。
テニスの大会中もネットで情報を集めていましたが、質も量も不十分だったのです。
加えて、HSVの試合を一度も見ていないことも不安要素でした。
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その夜の、ミーティングを兼ねた夕食のときに、その話をちらっとしたのですが、
翌朝7時ごろ、食事に行こうとドアを開けるとノブにはさんであった紙がばさっと
落ちました。新聞かなと思いましたが、よく見ると、それはホテル備え付けの便箋
7-8枚に書かれた、HSVのフォーメーションや練習を見た感想などのメモでした。
前夜、かなり召し上がっていた信藤さんが部屋に戻ってからかなりの時間をかけて
書いてくださったに違いないと思い、とても感激しました。
あとで聞くと、私が朝食をとりながらありがたくそのメモを読んでいた時間には
もうホテルの近くを走っていたというのですから、そのカッコよさに呆然でした。
ハハハ。

野口幸司さんの解説にはひそかにファンが多いことを知っています。
残念なことにコンビを組むことはあまり多くなかったのですが、私も好きでした。
見る目が確かで、分かりやすい語り口、なによりも誠実さが伝わる解説はもっと、
評価されていいと思います。
2002年、スーぺル・クラシコでご一緒したとき、「いつか、サッカ-留学したい」と
言っていました。だいぶ時間がたちましたが、夢の実現を祈ります。
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私たちの間では、ある試合のことがよく話題になりました。
01-02シーズンのチャンピオンズ・リーグ/QF、レバークーゼン対リバプールです。
野口さんは繰り返し「あの試合は楽しかったですねえ。面白かったですねえ。
すごかったですねえ」と言っていました。そのたびに、プロがそこまで喜ぶ試合を
ご一緒できてよかったと思ったものです。
「面白おかしく」ではなく、人柄を感じさせる解説は今も続いていると信じます。

早野宏史さんとはいろいろ楽しい思い出があります。
いずれ、稿を改めて書く機会があるでしょう。


今週から週末は最近、このブログを読み始めた人のために
過去の記事から面白いと思ってもらえそうな記事を選んで
更新していきます。
1,2度、アーカイブで取り上げたものもあり、古い”読者”は
「読んだことあるよ」とお思いいるでしょうが、我慢してください。

“300?”となっているのは、いったい何本になるか
自分でも見当がつかないからです。ハハハ。

by toruiwa2010 | 2013-03-23 10:06 | 自薦・厳選300? | Comments(4)