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岩佐徹のOFF-MIKE

toruiwa.exblog.jp

実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

<   2013年 08月 ( 32 )   > この月の画像一覧

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「リーガ・ゲッツ」はまだ尾を引いているようです。
自薦厳選シリーズにはほとんど反応がないものですが、
昨日の記事には、数件の書き込みがあり、その中には
10年前に騒ぎ立てた人たちと思われる二人からのものも
ありました。恨みは深い…。ハハハ。

“伝説のコラム”のことは覚えていても、その数日前に
“伝説のテニス選手”の引退セレモニーがあったことを
きおくしている人は少ないかもしれません。

前年の全米決勝でアンドレ・アガシを下して、14個目の
グランドスラム・タイトルを獲ったピート・サンプラスが
引退したのです。テニス人生最後の試合が全米決勝という
ある意味、うらやましい男でした。


さようなら、ありがとうサンプラス (03.08.26 初出)


とうとうサンプラスに「さようなら」を言うときを迎えました。

夕方6時からの会見にインタビュー・ルームはもちろんいっぱいでした。
関係者から「入れなくなるかもしれないよ」と脅されて早々と入室していたために、
はじめから彼の表情を見守ることができました。
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「ウィンブルドンに出るための練習を始めても燃えるものがなかった。そのときが
来たのかなと思った」と語ったように、かなり前から覚悟ができていたのでしょう、
表情は思ったよりさっぱりしているように見えました。
そして、はじめのほうで「100パーセント引退です」と言い切りました。それは、
たとえば、マイケル・ジョーダンのように引退したあと、再び戻るようなことは
したくないと心に決めていたからでしょう。

二度、少し胸にこみ上げるものを感じているように見えるときがありました。
それは、彼の人生とテニス・キャリアに及ぼした両親の影響を語り始めたときと、
これから行われるセレモニーに向かう気持ちを聞かれたときでした。

控えめで物静かなご両親でした。
1992年から彼をフォローしていますが、試合会場に来ていたとい話を聞いたのは、
小さな大会に一度と2000年、史上最多となる13個目のグランドスラムがかかった
あのウィンブルドンのだけでした。

「怖くて見られない」のと「息子の邪魔をしたくない」との思いからです。
ウィンブルドンで初めて優勝したとき、ラジオを聞いていた長女が知らせに行くと
父親は2階で新聞を読んでいたといいます。ハハハ。
サンプラスが「自分の庭のようにしているウィンブルドンに一度来てほしい」と
何度も招いたのですが、同じ理由で断りつづけていたそうです。
彼は「いい人間、そして素晴らしいテニス選手になろうとしてきた。このように
育ててくれた人たちに感謝したい」とも語っています。
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記者会見は比較的淡々と済ませていましたが、ナイトセッションで入場したときの
長く続いたスタンディング・オベーションにはそういうわけにはいきませんでした。
いろいろな思いが脳裏をよぎったことでしょう。

90年、史上最年少の19歳で初優勝したこと、翌年、QF敗退後、「プレッシャーが
すごかった。負けてホッとした」と言ってしまい、先輩選手たちからきつい非難を
浴びたこと、「負けてよかった試合があるとすればこの試合」と語ったことがある
92年全米の決勝(vs エドバーグ/「はじめて負ける悔しさを知った」)、兄のように
慕っていたガリクソン・コーチの死、“一緒にコートに出て行くとき、電気が走った”
ライバル・アガシとの95年全米ファイナル、96年の 苦しかったコレチャとの試合、
無敵状態だったウィンブルドンでの3連覇、そして4連覇、さらに、それに続いた、
グランドスラムどころか、いかなるタイトルも獲れなかったどん底の2年2ヶ月、
17シードで臨み、奇跡に近い復活優勝をはたした去年の全米…

第三者の私でさえすぐに頭に浮かぶ強烈な思い出がこれだけあります。
立ち尽くす彼の胸に去来したのはこの程度のものではなかったでしょう。
これだけの拍手に値する実績を残した自分を誇らしく思い、また幸せに感じたかも
しれません。こみ上げる涙をおさえることができませんでした。
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40年アナウンサーをしてきて、放送中に泣いたことはありませんが、今日ばかりは
初めから「持ちこたえられるかどうか、自信がないなあ」と思っていました。
涙にくれるサンプラスを見たときが一番危ない場面でした。ハハハ。
たぶん、同じ思いだったのでしょう。となりに座る柳恵詩朗さんも、その向こうの
遠藤愛さんも目が赤く、問いかけてもごく短い答えしか返ってきませんでした。

それにしても、彼が同世代の才能ある一団から抜け出して頂点を極めるところを
見守れた私たちは幸せでした。「ありがとう」と言いたい気持ちでいっぱいです。
かつて、グラフが引退したときにも同じような感慨がありましたが、これから先、
これだけの実力と、人間性を併せ持つ偉大なチャンピオンに巡りあうまで私たちは
どれだけの時間を必要とするのでしょうか。

お疲れ様でした。アナコーン・コーチやベッカーも言っていたように、夫として、
父親としての“人生の第2章”が幸せに満ちたものであることを祈ります。

そして、最後にマッケンローが言った「We respect you」を、テニスを愛する者の
一人として私からも言わせてほしいと思います。
by toruiwa2010 | 2013-08-31 07:25 | 自薦・厳選300? | Comments(4)
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メモによると、2003年4月30日にWOWOWの会長・次期社長と会食しています。
3日後にはヨーロッパに向けて出発することになっていました。マドリードから
チャンピオンズ・リーグの準決勝、レアルvsユベントス、続いて、ミラノに移って
インテルvsミラン…サッカーファンなら見たくてたまらない、アナウンサーなら
実況したくてたまらない顔合わせが待っていました。当然、高揚感に包まれる一方、
寂しい思いもありました。
 
実は、このとき、WOWOWが長く放送してきたUEFAチャンピオンズ・リーグの
権利を失うことが決定的だったからです。すでにセリエAも奪われていましたから、
これでは充実した気持ちで実況出来るものがなくなるなあという思いだったのです。

この会食の数日後、そのころ始めたばかりのHPの2回目にこう書いています。
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…それにしても、会長、次期社長と契約のアナウンサー!
この会社そのものの懐の深さがうかがえるではありませんか。
ほんとは翌日の予定だったのと、当日の朝、雨模様だったために
私はジーパンでした。朝、オフィスに着いたあと会長の秘書から
「今夜、いかがですか」と聞かれていささかあわてました。
画面に出るとき以外はほとんど上着を着ない私は普段とても
ラフな格好をしています。新聞記者だったオヤジもやはり、
ネクタイを締めるのが嫌いで黒いワイシャツにノーネクタイが
トレード・マークでした。私の結婚式さえ!
アメリカのフォード大統領が来日してサンケイ新聞を訪問したとき、
社長から「せめて、今日だけはネクタイを」と言われてデパートに
買いに行ったという逸話を持っているほどです。
親子とは妙なところが似るものですね。

まだ書けない話もいろいろ出たのですが、お二人にお願いしたのは
たった一つ、「来シーズンも私がサッカーをしゃべれるようにして
ください」ということでした。


“まだ書けない話”とはずいぶん思わせぶりですが、このとき会長と次期社長に
ぶつけた言葉は、ここに書いた「来シーズンも私が…」ではなかったのです。
本当は「こうなったらスペイン・リーグの権利を獲りに行くべきです」でした。
まだ、仕事の仲間しか読んでいないことは分かっていましたが、誰の目に触れるか
分かりませんから、その通りには書けなかったのです。ハハハ。

二人も真剣に耳を傾けてくれました。
誤解しないでください。「“私が進言したから”会社がリーガ獲得に動き始めた」と
言っているわけではありません。いかに私が大物アナウンサーでも(冗談ですよー)、
一社員の言葉で会社の最高幹部が簡単に動き出すことはありません。サッカーの
最大コンテンツ、UCLの権利を失うことはWOWOWにとって大ピンチを意味して
いましたから、二人は“次は何か”を模索していたはずですし、その中にリーガも
あったでしょう。私の進言が彼らに“アクション”を起こさせたように見えるのは
単にタイミングが合っただけなんです。
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数週間後だったと思います。社内のどこからともなく、「リーガの権利を獲得すべく、
OとNが動いているらしい」といううわさが流れてきました。サッカー番組担当の
プロデューサーと権利関係を担当する社員でした。仲が良かったOを“つつく”と、
すぐに認めました。「絶対に他言しない」ことが条件でしたが。
それからは、息を殺して、二人の言動を観察しました。ハハハ。

直接聞けばいいのですが、それでは相手を苦しめることになるので、言葉の端々や
ちょっとした動き・表情から、交渉が進んでいるかどうかを探りました。
Oは気持ちの優しい男でしたから、ときどき“ヒント”をくれました。それらを
つなぎ合わせると、少しずつですが、前進していることが伝わってきて、期待が
大きく膨らみました。他言できない苦しさも味わいました。

そして、8月中旬、全米オープン・テニスに向けて出発するころ、わずかな情報や
彼らの動きなどを総合すると、獲得できる可能性がかなり濃厚だと判断しました。
そう判断した私が何をしたか?

極秘交渉を見守った数ヶ月間、決まったら、記事を書こうとずっと考えていました。
大きなコンテンツを次々に失うWOWOWに対してガッカリし、応援もしてくれた
加入者にビッグ・ニュースを伝えるとともに、激しく落ち込んでいたスタッフと
その喜びを分かち合うための記事です。
ニューヨークについてからはテニスの取材であまり時間が取れません。ですから、
出発前から“そのとき”のための記事を書き始めたのです。

じりじりする思いで待っていた私に電話がかかったのは大会5日目の早朝でした。
そそくさと電話を切って原稿を仕上げ、東京の担当者に送りました。
東京は金曜日の夜でした。普通なら社員はほとんどいなかったはずです。しかし、
大きなコンテンツの権利獲得に加えて、開幕を直後に控えていたためにその対応を
検討する必要があって、社内には大勢の社員が残っていたようです。
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私が送った原稿は、通常通り、若い担当者が目を通しただけでWOWOWの公式
ホームページに載せられました。
ほぼ同時に、私のHPでも同じ記事を更新しました。大騒ぎになるとも知らず…。
ハハハ。

ほどなく、WOWOWがリーガの権利を獲ったという情報がファンの間に広まると、
ハチの巣をつついたような騒ぎになりました。特に、長くCSでリーガを見てきた
マニアックなファンには青天のへきれきだったようです。WOWOWに抗議の声が
殺到し、HPにも大量の非難のコメントが書き込まれました。

リーガの放映権がCS からWOWOWに移ることを知った彼らは、まず、大好きな
K&Kコンビの解説・実況で見られなくなることを嘆き、次に、その喜びを奪った
WOWOWへの怒りが生まれたのでしょう。抗議のために訪れたWOWOWのHPで
目にした私のコラムは、燃え盛る火にガソリンをぶっかけるように、彼らの怒りを
増幅させる作用をしたのです。まったく予期しないことでした。

不幸だったのは、権利獲得を早々に知ってしまったこと、記事がほぼ出来上がって
いたことです。あと数時間遅ければ、テニスの会場に出かける時間が来て、原稿を
送れなかっただろうし、そのうち、日本の“騒ぎ”がニューヨークに伝わってきて、
この書き方ではマニアックなファンを刺激すると判断し、間違いなく、コラムの
更新を思いとどまったはずです。
しかし、誰にとっても不幸なことに、コラムは陽の目を見てしまいました。ハハハ。

そして、それが引き金になって 悪名高い2chに“岩佐徹を糾弾するスレ”という
そら恐ろしいスレッドが立つなど、私個人も手厳しく非難されました。
「死ね」「ぬっ殺す」という言葉が自分に向けられたのは人生でこのときだけです。
書いた本人は、文章のどこを読み返してみても悪いところはないと思うのですが、
反響のすさまじさは想像を超えていて、戸惑うばかりでした。
私のブログ史の中で“暗黒の時代”と呼んでいる数ヶ月です。ハハハ。
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意図したわけではないのですが“結果として”嘆き悲しむリーガ・ファンの神経を
逆なでし、その傷口に塩をすりこむ形になりました。
“WOWOW糾弾”の流れができて、まず、WOWOWのHPからコラムが削除され、
続いてBBS(コメント欄)も閉鎖されました。
私のHPもかなり荒れてしまい、結局、コラムを削除し、BBSも閉じました。
もっとも、WOWOWの方はそのままでしたが、私のHPでは、コラムもBBSも
2ヶ月ほどで元に戻しました。こっそりと。ハハハ。

いずれにしても、“つんのめった”私のコラムによって開幕直後のリーガの放送に
すっかり水を差し、契約者を増やそうと目論んだ会社の思惑も外れました。
WOWOWに大きな迷惑をかけという思いが強く、「サッカー中継からおりたい」と
会社に申し出ましたが、スタッフや上層部に慰留され、少し休んだあと戻りました。

毎年、この時期が来ると複雑な気持ちになります。
今日は私が名付けた「リーガ・ゲッツ記念日」(ハハハ)です。
あれから10年が過ぎました。

コラムを読んでいない人も多いでしょう。今はどうなっているか知りませんが、
少し前までは、2chに「徹底討論WOWOW専用批判要望」というスレッドがあり、
1000件を超えて新しいスレッドが立てられるたびに“奇特な”誰かがその冒頭に、
全文を書き込んでいました。「おれたちはこの恨みは決して忘れない。忘れさせない」
という、強い意志を感じたものです。
ご心配なく。私がこの日を忘れることはないでしょう。理由は全く違いますが。
ハハハ。
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2chに行くのが面倒かもしれません。旧ブログのArchiveにも入れてありますので、
興味があったら、こちらからどうぞ。少しの間、読めるようにしておきます。
( http://bit.ly/pd4nxW )


この記事は一昨年の元旦にExcite Blogに移ってから
ちょうど1000本目になります。
ワード2枚半平均は書いていますから、2,300文字…
トータルでざっと230万文字になります!
このエネルギーをほかのことに使っていたら…と
考えないでもない今日この頃です。ハハハ。

by toruiwa2010 | 2013-08-30 07:57 | blog | Comments(14)
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いつものことだけどね

08/23のツイート

ローズの発言の一部を切り取ってヒールのように伝えた。
世論に迎合しようとしている。
MLBのヒット数はMLBの球場でMLBの投手から打った
数字に限るべきだ。
ソリアーノが日米通算2000安打を打ったが、日本の
安打ランクに加えるかって話さ。


「私は4000安打を認めない。大リーグだけで放った私と
日米通算とは価値が全然違う」
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「とくダネ」で小倉がそう言っているのを聞いて腹が立ったときのつぶやきだ。
番組内での発言の中にはスタッフが用意するものもあるから、すべてを責める気は
ないのだが、“小倉が斬るニュース”とタイトルがついたコーナーでの発言だったら
責任を持たなければいけない。
なぜ、こういう“意図的”、“恣意的”な切り取り方をするのか、気がしれない。
しかも、かつて、「世界まるごとHOW MUCH」で人気を博した独特の語り口で
ローズを“ヒール”に仕立て上げる色付けをしていた。

たしかに、ローズは朝日のインタビューの冒頭でそう語っている。
しかし、もちろん、続きがあるのだ。

4千安打は自分とタイ・カッブだけだと断言したうえで、日本の野球のレベルが
上がっていることは認めるものの、もし大リーグと同じレベルにあるというなら、
日本選手がもっとたくさんMLBで活躍しているはずだと続けている。
さらに、イチローはもっと早く強豪チームに移るべきだった。もったいない年月を
過ごしたと思うとも語っている。

そして、イチローを褒めている部分もあるのだ。
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異国でプレーするというストレスの中で結果を出して来たことは
賞賛に値するし、本当はイチローを尊敬している。
野球に対する姿勢も学ぶべきことが多く、本当にエキサイティングな
プレーを見せる選手だ。
同じチームでプレーしたかった。私が1番で彼が2番で安打数を
高め合って競争して見たかった。

記事の最後はこうなっている。

イチローは四球を選ばず、ボール球も打ちに行く。
私は1番打者だったから出塁率を考えてボールを見極めた。
イチローと同じようにしていたらあと300安打していた。

ファンにしてみれば、面白くない言われ方かもしれない。
しかし、ローズは内容的に間違ったことを言っていないし、褒めるべきところは
褒めている。決して、番組で紹介したような“鼻もひっかけない”言い方をした
わけではないのに、ゆがめて伝える。面白ければいいというやり方はダメだろう。
要するに、テレビも新聞もイチローを偉大な選手として全力で持ち上げたいんだね。
その過程で異を唱える者は許さないという姿勢だ。私は、無名の私人でよかったあ。
ハハハ。


届け、55号!

ヤクルトのバレンティンが47号。
チームの108試合目だ。王貞治の55本に届くには。
残り36試合であと8本だ。
これまでの半分のペースで行ける計算だ。
1985年にバースが54本打ったあとの2試合、
巨人の投手が監督の記録を守るために逃げまくった
記憶がよみがえる。

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一昨日の試合で2本、昨日も1本打って、とうとう50本の大台に乗せてしまった。
「まったくプレッシャーがない」は嘘だろうが、ドエライバッターになったもんだ。
このペースなら“55本”を抜くのは間違いなさそうだ。

…普通、そう思うよね。
ところが、日本プロ野球には“王貞治”というとてつもなく高い壁がそびえている。
記録をひもとけば、過去、日本記録、55本に迫ったのは3人。いずれも外国人だ。
2001年のタフィ・ローズ(近鉄)は135試合目に55号を打ったが、残り5試合で
“超える”1本が打てなかった。

Wikipediaによれば、138試合目のホークス戦で1打席でも多く回そうと、1番に
起用されたが、相手投手はまともに勝負してくれなかった。
当時のホークスの監督は王だったし、若菜作戦コーチが試合前のミーティングで
「王・長嶋は野球の象徴。いずれローズはアメリカに帰るんだから我々が配慮して、
監督の記録を守らないといけない。うちが打たれるわけにはいかない」と発言し、
投手陣全員にローズに対して敬遠を指示していたのだそうな。

翌2002年のアレックス・カブレラ(西武)も135試合目に55号を放ったが、やはり、
56本目を打つことはできなかった。

ただし、野球ファンの記憶に深く刻まれているのは1985年に54ホーマーを打った
タイガースのランディ・バースではないか。フジテレビのスポーツ部でプロ野球に
関わっていた私にとっては、ローズ&カブレラよりもバースの方が印象が強い。
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彼は2試合を残して54ホーマーを記録していたが、“不運”だったのは2試合が
どちらも王監督が率いる巨人戦だったことだ。
「監督の記録を外国人に破らせることはできない」とビビった投手たちの気持ちも
分からないではない。しかし、勝つための作戦ならプロだからあり得るだろうが、
“記録を守るため”はダメだ。シーズン終盤のタイトル争いでも似たようなことが
起きるが、彼らは“悪しき伝統”を守り続けて恥じることがない。

周囲が何を考えているか承知していたはずの王が、結果として“傍観者”の立場を
崩さなかったのはさらにマズい。
日本プロ野球史上最高の選手だと思う王貞治について、唯一、残念に思う点だ。
高校時代にホームランを打ったあと、ガッツポーズしたとき、「相手のピッチャーの
気持ちを考えなさい」と兄に諭され、以後、プロに入ってからも、めったなことで
派手なポーズを見せなかった彼だから、余計にそう思う。
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もっとも、「打たせない」“騒ぎ”はメジャーにもあった。
ヤンキースのロジャー・マリスが絶好調だった1961年、ベーブ・ルースの69本に
追いつき追い越そうという場面では、「俺たちのベーブの記録を破らせるな」の声が
アメリカ中に沸き起こったと聞いている。同じアメリカ人、同じ白人なのに。


そんなにはしゃぐなって

08/25のツイート

村田がプロに転向すると聞いてからずっと疑問を
投げかけてきた。まず国内に相手がいないだろうと
思ったが、いたんだね。w。柴田明雄は東洋太平洋
スーパーウェルター王者だそうだが、世界ランクは
持ってないのか?
このクラスの世界ランカーはとてつもなく強いはずだが。

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試合は圧勝だった。それにしても、我がマスコミの“はしゃぎっぷり”はどうだ。
まるで、突然、世界の一流選手が誕生したかのような騒ぎだった。首をかしげる。
私の目には、相手の柴田がひどすぎると映ったのだが、そういう見方をする記者は
いなかったのだろうか。積極性はいいと思うし、パンチは確かに重そうだ。しかし、
厳しいようだが、あれでよく東洋太平洋の王者になれたなあとあきれる穴だらけの
ガードだったじゃないか。1回の1分半ぐらいで、妻に「あれ、これは倒すよ」と
言ったほどひどかった。

感心したのは度胸の良さだ。控室を出てリングに向かうときの笑顔にはたまげた。
常識では、こんな笑顔はあり得ない。その意味では“異常”と言ってもいい。
おごりとか傲慢とかでなく、神経が一本、二本、抜けてるんじゃないかと思った。
ハハハ。
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早すぎるように見えたけど、試合を止めたのは正解だ。柴田のガードはまったく
なってなかったもの。ミスマッチと言ってもいいぐらいだった。
村田諒太の門出としてはいい“景気づけ”になったのは確かだ。
しかし、この試合のテープを見てもおそらく世界の強豪は何とも思わないだろう。
もっと強い相手とやらないとダメなんじゃない?

新しいスターが生まれたんだから喜ぶのはいいが、それだけでは全体の“事実”を
伝えることにならない。「つまらんことを言うな」と言われそうだが、構やしない。
こんな書き方を続けていると、日本のスポーツ・ファンは“ゆがんだ”知識しか
身につけることができない。可哀相に。

キャスター陣の中心にスポーツ実況を卒業したはずの三宅正治がいて、“さすが”の
仕切りを見せていた。ボクシングは専門外だが、気分が乗っているのも分かったし、
やっぱり、彼にはスポーツが似合ってるねえ。


土橋さん、逝く

08/26のツイート

ドバシさんが亡くなった。
土橋正幸…東映フライヤーズのエースだった。
草野球出身の江戸っ子ピッチャーで堂々たる体格から
「ちぎっては投げ」スタイルで剛速球を投げ込んだ。
豪快な男だった。一時はマージャン仲間だったが、
「打ち方」に問題があって…。でも好きだった。合掌。


肩幅は広く、胸板も厚く、見事な体格だった。サインの交換は短く、速いテンポで
小気味よく、ポンポンと力のある球を投げ込む投手だった。上体が突っ立ったまま
腕力にものを言わせて投げていた。そのせいかどうか分からないが、投げた瞬間に
腕の筋肉を断裂したこともある。いかにも土橋さんらしいエピソードだ。

「プロ野球ニュース」で何度となくコンビを組んだ。普段は思ったことを遠慮なく
口にする人なのに、番組ではあまり選手の悪口を言う人ではなかった。失敗した
選手にも必ず優しいコメントをしていた記憶がある。一緒に仕事をしていて楽しい
解説者だった。だからWikipediaに出ているこのエピソードの”アナウンサー”は
絶対に私ではない。

江戸っ子の土橋は「ひ」を「し」と発音する。
「プロ野球ニュース」の解説をしていた時、
広島(カープ)を「しろしま」と発音した。
それをアナウンサーに指摘されると怒ってしまい、
土橋は以後「カープ」としか呼ばなくなった。


最後にマージャンをしたのは2006年の秋だ。
当時から体調がいいようには見えなかった。打ち方が荒れていた。
もう少し遊んであげればよかったと思う。
by toruiwa2010 | 2013-08-29 07:19 | メジャー&野球全般 | Comments(4)
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吾輩は犬である。名前はまだない。

…正確には、名前はまだ(聞いて)ない、です。
現役を退いてから時間がたっているので、”取材力”が
半端なく落ちてます。ハハハ。

マンションの目の前が公園です。暑い日も寒い日も大勢の人がここを訪れます。
保母さんに連れられた保育園児、日光浴する人、ジョギングする人、グループで
太極拳をする人たち…最も多いのは愛犬に散歩をさせる人たちです。

部屋にいて、テレビを見たりPCに向かっていたりするとき、穏やかな男性の声が
耳に入ってくることがあります。なだめるような、励ますような呼びかけの声です。
50代半ばぐらいの男性が話しかけているのは犬です。よたよたと頼りない足取りで
小型のリヤカーのようなものを引く飼い主に近づこうと頑張っています。
毎日、見かけます。日に何度も。
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猛烈に暑かった日、リハビリからの帰り、マンションの前でタクシーを降りると
そこに、“リヤカー”を引く男性がいました。コリーが乗っていました。
思わず写真を撮らせてもらいました。
彼は14歳、病気で足が弱っているのだそうです。私がスマホを構えると、元気に
吠えましたから、足以外は大丈夫なようです。男性はハンドメイドの手押し車で
毎日、公園に通い、できるだけ柔らかいところを選んで歩かせているのです。

妻の“観察日記”によれば、公園の入り口で犬はそっと抱きおろされ、ゆっくり、
ゆっくり、ふらつきながらも一生懸命歩き、5,6歩で立ち止まる。少し休んで、又、
ゆっくり、ゆっくり、歩き出す。その間、飼い主さんは、静かにじっと待つ。
これを繰り返し、犬が座りこむと、飼い主さんは、又そっと抱きあげて、車に乗せ、
そのまま公園の中をぐるぐる廻って、景色や、空気を堪能させているそうです。
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幸せな犬…ですが、飼い主さんが見せる献身ぶりにも感動します。
きっとこれまでに、多くの幸せをこの犬から受け取ったからでしょう。
この公園では、そんな老犬が何頭も見られるそうです。


お気に入り:IKEA

10年以上使って来たチェアに“ガタ”が来ました。結構いい値段だったのですが、
いろいろ工夫しても体が斜めになってしまうのです。ハハハ。
この際、新しいものを買おうと決断しました。“断・捨・離”を心がけていますが、
チェアと自分の寿命をてんびんにかけると、まだ元気なうちにチェアがいよいよ
ダメになる可能性が高いと判断したのです。それなら早めに…となりました。
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南船橋のイケアに行きました。妻が若いころからイケア好きなんです。
大きいとは聞いていましたが、これほどとは思いませんでした。
偶然、数日前、ポストに入っていたカタログで下調べはすんでいます。もちろん、
妻の仕事です。ハハハ。

“よさげ”なものを順に見て回り、二つが残りました。
こういうとき、妻は決断が早く、私は決めるまでにかなり迷うタイプです。
さんざん悩んだ挙句に、座り心地と使い勝手を考えて決めたのが右のチェアです。
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これまでの物と違って、リクライニングにもならないし、回転もしません、しかし、
これが気に入りました。大事なのは3日後に配達されたものを所定の位置に据えて
座ってみても、「しまった」とは思わなかったことです。そのケースが多いだけに、
心底 ホッとしました。ハハハ。

ほかのコーナーも少し見てみたいという妻は、そのままダイニングとキッチンの
コーナーに回り、私は会計をすませに階下に行きました。
終わって、妻に合流するため、2階に上がりました。建物の大きさを実感したのは
そのときです。「わあ、これは見つけるのが大変だ」と少々あわてました。
「ダイニングのコーナーはどの方向ですか?」と店員に聞くと、教えられたのは、
さっきまでいたリビングのコーナーを通り抜けて行った先でした。

案に相違して、“合流”はうまくできました。妻が私を見つけたのです。
177cmが役に立つこともたまにはあるのです。ハハハ。
しかし、“それから”が大変でした。
案内板の中の“出口”を頼りに、歩きはじめましたが、なかなかたどり着けません。
いくつもの展示コーナーを歩かされました。なかなか出口が見えず、結局、館内を
一回りさせられました。合流地点から引き返すのが一番近道だったようです。
「そうじゃないかなあ」と思ったのに戻らなかったことと、“敵”の作戦にまんまと
はまった感じが悔しい。ハハハ。


言ってみるもの?

何度も書いていますが、スイーツが大好きです。
ANGELINAのジョリー…じゃなかった、モンブラン、中村屋の月餅(げっぺい)と
カリントウ、HAAGEN-DAZSのアイスクリーム、Top'sのチョコレートケーキ、
立田野のアンミツ、BROWN&HALEYのアーモンド・ロカ、風月堂のゴーフル、
京都・鍵善のくずきり、ローソンのロール・ケーキ…枚挙にいとまがありません。
もう、すっかり読み飽きたでしょうが。ハハハ。

妻が作るチーズケーキやフルーツケーキも大好物です。
私には分かりませんが、エネルギーを使うようで、クリスマスのころを除くと、
なかなか作ってくれません。「疲れるんじゃしょうがない」と諦めているのですが、
妻が近所で買ってくるスイーツを食べながら、「ママのケーキがうまいんだよな」と
ときどき、つぶやいてみます。“サブリミナル効果”があるのか、数日後に出てくる
ことがあります。ハハハ
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これは、チーズケーキ。
私のカメラと腕ではおいしそうに撮れませんが、ストライク・ゾーンの真ん中です。
どんなに厳しいアンパイアでも思わず右手が上がります。ハハハ。


ちょっと高いけど…


最近、2ヵ月に3回ぐらいのペースで中華に行きます。今は、映画の帰り、渋谷の
“銀座アスター”に立ち寄ることが多いです。
興味ないでしょうが、この日のチョイスは、焼き餃子、青野菜のガーリックいため、
エビのチリソース煮、麻婆豆腐(辛さ控えめ)に白いごはん。
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…適量でした。
かなりいいお値段ですが、私たちの年齢になるとあまり構っていられません。
残り何回の食事を楽しめるかという話ですから。ハハハ。
妻も72歳、日々の買い物も少し辛いようだし、映画を見に行った帰りは外食に
することが増えつつあります。

妻はほとんど化粧をせず、ブランド品やジュエリーを欲しがることもありません。
私はと言えば、散髪は妻にやってもらうし、酒もたばこもやりません。現役時代の
ものを着回し、新しく買うのはユニクロか無印良品です。
たぶん、家計をチェックしたら、我が家の“エンゲル係数”は相当高いはずです。
あ、それから、現在は医療費も。ハハハ。


雲が告げる秋…
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月曜日の朝、病院前で“開門”を待っているとき、
ふと見上げた空にはこんな雲が。
9月に入ると30度を下回る日が増えるようです。
暑さが苦手な人には朗報ですね。
ただし、“猛暑日、上等”の私は、もう少し暑い日が
続いてほしいです。リハビリに短パンで行けるし。
ハハハ。

下の時刻に注目してください。
by toruiwa2010 | 2013-08-28 07:42 | 岩佐徹的考察 | Comments(6)
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無理だと知りつつ…

08/21のツイート

全柔連副会長に山下泰弘が就任するらしい。
水連会長は鈴木大地だし、若い人が責任ある
立場になってぐいぐい改革してほしい。
ついでに、プロ野球コミッショナーに古田敦也、
相撲協会に貴乃花理事長を熱望しておく。
甘いかもしれないが。

“甘いかも…”は、楽観的過ぎると自覚していることを意味している。
彼らの経営感覚などについては未知数なのはたしかだし、報道でしか知らないのに、
うわべの人間的な魅力だけを理由に彼らがそれぞれの団体のトップにつくことを
待望するのはナンセンスかもしれない。
しかし、選挙で投票するときだって、与党の党大会で総裁・代表が…つまり、次の
総理大臣が決められるときに、誰がいいかを考えるときも、判断材料はそれぞれが
持っている情報しかないのだから同じことだよね。
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ヤクルトの宮本慎也が今シーズン限りで引退すると発表したあとにこのツイートを
書いていたとしたら、古田ではなく彼の名前を書いただろう。宮本の“人物像”も
報道されたものしか知らないが、彼の考え方やリーダーシップは確かだと思う。
2年前の春、東日本大震災を受けて全土に悲しみの空気があふれ、節電ムードが
広まっている中でプロ野球が開幕を強行する構えを見せたときの言葉が胸に響いた。

「停電、節電と言っているときに、煌々とした中でやるのは、僕は心が痛い」…

このとき、文部科学省から「できる限り東京電力・東北電力以外で開催するように。
特に、同管内でのナイトゲームは厳に慎むこと」と通達され、メディアから「いつ、
結論を出すのか?」と聞かれたとき、「私が判断する立場にはない」と答えたのは
加藤良三コミッショナーだった!

野球ファンとして、どちらをコミッショナーに担ぎたいかと問われれば、答えは
はっきりしているね。
まあ、実際は、プロ野球には保守的なオーナーたち、相撲には“もっと”保守的な
親方衆という高い壁があるわけで、簡単に実現するとは思えないのが残念だけど。


誰がDIVAやねん!

08/22のツイート

2日前の夜イチローは自宅マンションで女性客に
食事を供し5万円のワイン、シャトー・ラトゥールを
贈ったという。彼女は日本で2番目にビッグなスターだ。
今日の試合前、グラウンドに姿を現した彼女の周りを
たくさんの記者が取り囲んでいた。


ワインは1968年産のものだった。
なぜかと言えば、1968年は、ゲストの女性のデビュー・シングル「星空の孤独」が
発売された年だからだ。彼女はそれほどの大物、例えるならば、“日本のアレサ・
フランクリンだ…、本物のDIVAだと、NYタイムズのコラムに書かれていた。
誰がそんな風に言ったか知らないが、笑った。買いかぶりもいいところだ。だって、
この夜の鈴木家のゲストとは…和田アキ子なんだもの。ハハハ。

「野球のファンじゃないけど、ヤンキースやベーブ・ルースのことは知ってるわ。
だから、ずっとヤンキー・スタジアムには来てみたかったの」と、記事によれば、
“五重に取り囲んだ”記者たちに話したそうだ。  
和田をかばうつもりはないが、この“大変な時期”にニューヨークを、イチローを
訪問したのは、和田側の意向ではなく、イチローが決めたのだそうだ。
訪問自体がイチローの招待によるもので、この週を選んだのも彼だと言う。
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その“タイミング”にビックリしたマネジャーから「大変な記録が生まれるときに
行くんですよ」と言われて、さすがの彼女も「邪魔になるんじゃないだろうか」と
気がかりだったそうだ。しかし、イチローは気にするそぶりも見せなかったらしい。

そうか…松井秀喜のセレモニーはパスして自分のルーティンにこだわったけど、
大記録達成が近かったこの夜は和田アキ子のために試合前日の“決まりごと”を
一部にせよキャンセルしたんだ。不思議な“温度差”だね。ハハハ。


史上最も真面目な野球選手?

文春9月号で懐かしい名前を見つけた。
カープでプレーしたGホプキンスだ。
寸暇を惜しんで医学書を読んでいた。
医師になるのが希望だったのだ。
新幹線で読書している姿を見たこともあった。
あれも医学書だったのだろうか。
希望を叶えて整形外科医になった。
いいコラムだね。


私生活までは知らないから、実際はどうだったのかと聞かれれば、分からないと
答えるしかない。しかし、グラウンドでの行動や伝わってくるエピソードなどを
総合すれば、彼ほど真面目な選手はいなかったと思う。あとにも先にも。

アメリカの名門、ペパーダイン大学を中退してメジャーに入り、その後来日して
1975-76年は広島カープ、77年は南海ホークスでプレーした。
特に、広島が初優勝した75年の活躍をカープ・ファンは忘れないだろう。
日本でのプレーを終えて帰国し、当初の希望通り、医師になったところを見ても、
この人の意志の強さが分かる。
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“医師・ホプキンスの凱旋”と題されたこのコラムを書いたのは、ホプキンスが
今年5月に広島球場での始球式に登場したとき、打席に立った彼にマウンドから
投球した人だった。読み応えのあるコラムの中で懐かしい男に出会えて嬉しかった。

日本でプレーした期間は短かったし、私は東京在住だったから、ナマで見る機会は
多くなかったが、記憶に残る選手だった。
妻がコラムを読みながら「ゲール・ホプキンスって知ってる?」と聞いてきたとき、
「野球選手かな?えーと、…広島の?」と、すぐに思い出した。すぐに思い出せた
こともうれしかった。ハハハ。
by toruiwa2010 | 2013-08-27 08:48 | 岩佐徹的考察 | Comments(7)
08/21のツイート

花巻東の千葉が2塁走者のとき打者に
サインを送っているように見えた件は
“限りなく灰色に近いグレー”…可哀相だ。
しかし、カット打法はよくないなあと
思っていたら、大会から注意されていたとか。
特別ルールがあるならもっと早い段階で
やるべきだったね。


NHKが放送した準々決勝、鳴門高校との試合を見た。特に、注意を受けた千葉が
ランナーになった場面はじっくりと。
カメラが千葉の動きのすべてを見せているわけではないから、判断は難しい。
立場や見方によっても意見は違ってくる。

カット打法はいいけど、こっちはダメだろう、とする意見が多いようだが、彼らは
一体、何を見てそう言っているのだろうか。私が見た限り、怪しかったのは注意を
受ける直前のこの動きだけだった。
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コース…というか、キャッチャーの位置を知らせているように見える。
紛らわしい行為であったことは間違いない。しかし、ショートを見れば分かるが、
タイミング的に、キャッチャーがサインを送る態勢に入る前だった。
この行為を指して、“サイン盗み”だと断じることには大きな疑問がある。まして、
数万の観客とテレビカメラの前で“罰する”ほどではない。監督を呼んで警告し、
千葉に伝えさせるぐらいの手間をかけてもよかったのではないかたと思うがどうか。
そして、なぜ投球させてから注意したのかも分からない。“不正”だと判断したなら、
そのときに注意をするのが試合をさばく審判の仕事ではないだろうか。

…よって、この件は“限りなく灰色に近いグレー”。分からない人もいたようだが、
書きそこなったわけではない。つまり、グレーということだ。


カット打法についてはものの言い方が難しいね。
日本プロ野球には昔からたくさんのファウル打ち名人がいた。名前も同じ、巨人の
千葉茂やその流れを汲むやはり巨人の土井正三、現役では中日の井端などがそうだ。
しかし、プロなら投手が対処法を考えるから、たいして厄介なことにはならない。
ちなみに、MLBでこれをやるなら、デドボールを覚悟すべきだろうが。

花巻東の千葉の場合、猛練習を続けた結果、身につけたテクニックだと考えたら、
とても“全否定”はできない。
ビデオで、10打席以上見たが、たしかに“テクニック”ではある。
2ストライクになったら、両手の間隔を離してバットを短めに持ち、振り切らずに、
ヘッドを遅らせて、きわどい球はすべてファウルゾーンに叩きつける。
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狙いはいくつかあるだろう。

ピッチャーにできるだけ多くの球を投げさせる。
粘って、ヒットにできる球を待つ。
相手が根負けしてフォアボールで出塁する。


準々決勝の千葉は、第2打席で2球目をセンター前にクリーン・ヒットした以外は
この“打法”で四つのフォアボールを得ていた。5打席で41球を投げさせていた。
目標を100%達成して、チームの準決勝進出に貢献した。

おそらく、試合を見ていた高校野球ファンの間でも意見は分かれていただろう。
小さな体を生かすための創意工夫だと賞賛する人もきっと多かったはずだ。
NHKの解説者も「たいしたものだ」と“肯定的”なもの言いだった。
一方、フェアグラウンド内に打つ意志がまったく感じられないこの打法に違和感や
“高校野球らしくない”という感想を持った人も少なくなかったと思う。
大会本部にもたくさんの電話がかかったと思って間違いない。審判が協議した結果、
準決勝を前にしての“注意”となったのだろう。

私は後者の感想を持った一人だった。
ただし、この時点では“高校野球特別規則”のことはすっかり失念していた。
だから、漠然と感じた“高校野球らしくない”にしっかりした根拠はない。

頭にあったのは、何度も書いているが、3年前の履正社の作戦だ。
天理との2回戦の5回裏、3-1として、なお2死1,3塁のチャンスだった。
相手のピッチャーは左投げだから1塁ベースに正対してセットポジションに入る。
つまり、3塁走者は“ブラインド”になる。

ここで、履正社の1塁走者がベースから離れたところで転倒した。
ピッチャーはシメタとばかり1塁へボールを送る。
このとき、同時に、3塁走者はホームに向かってスタートを切った。
1塁走者が挟まれる間に1点が追加された。
1塁ランナーはピッチャーを引き付けるため、わざと転んだのだ!“ひっかけ”だ。
五萬を切って“カンリャンワン”で待ったり、立ち上がりにはたき込むのと同じだ。

今、思い出しても胸ク〇が悪い。放送席や翌日の新聞がこの作戦を褒めていたのも
理解できない。何が、「高校野球は教育の一環だ。ふざけるな」と思った。
(“頭脳プレー”? No kidding~履正社の4点目に思う~ bit.ly/b8WwtB )
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甲子園に駆けつけるファンもテレビを見る人も、心のどこかで高校野球らしさを
求めていると思う。少なくとも、勝つためなら何をしても許す…という気持ちでは
ないはずだ。
“高校野球らしさ”ってなに?という話になるが、松井秀喜の5打席連続敬遠も
履正社の“ひっかけ”作戦も千葉のカット打法も“ルール違反”ではないけど、
“正々堂々と戦うことを”誓ったはずの高校生のやることじゃないだろう。
ほかの人はどうか知らないが、私は好きじゃないってことだ。
冒頭のツイートに「カット打法はよくない」と書いたのはそういう意味だ。

ただし、高野連のやり方にもおかしな点がある。

あの打法が“特別規則17に抵触すると判断された”ことを知ったのは21日遅くに
なってからだった。

バントとはバットをスイングしないで内野をゆるく転がるように
意識的にミートした打球である。自分の好む投球を待つために、
打者が意識的にファウルするような、いわゆるカット打法は、
そのときの打者の動作(バットをスイングしたか否か)により、
審判員がバントと判断する場合もある」となっている。


打者がスイングしたかどうかが基準なら、“バスター”式だが、千葉はしっかりと
バットを振っている。バントとは明らかに違うじゃないか。

加えて、大会側から花巻東への通達についてネットでいろいろな記事を読んだが、
“どの打席の何球目が抵触している”と明快に指摘があった様子はない。
報道が正しいなら「高校野球特別規則に“バントの定義”という項目があります。
ご理解下さい」と伝えたという。明確に、「やめさせろ」とは言っていないらしい。
ずいぶんおかしな話じゃないか。第一、千葉はこの大会の初めから…もっと言えば、
県大会から同じ打法なのに、なぜ急に?と、ファンが騒ぐのは当然だ。ここにも、
野球だけでなく高校スポーツを監督する立場の連中の“事なかれ主義”が見える。
すっかり、“悪者”に仕立て上げられた花巻東や千葉が気の毒だ

もちろん、ルールではセーフでも、私の“好きじゃない”は変わらないが。

何もかもの責任を負わせるのは気の毒だが、花巻東の監督の立場も微妙だ。
預かる選手の数も多いから大変だとは思うが、少なくともグラウンドでの選手の
行動については責任を問われるだろう。
これまでの経歴は知らないが、監督としての手腕はあると思われる。
甲子園のマウンドに送りだせる投手を4人も揃えたのはすごいことだ。
きびきびした言動からも野球版マリーシア、“ずるい野球”を教える人とは思えない。
試合後の態度についてあれこれ言われているようだが、何かの間違いではないのか。
NHKのインタビューではおかしな言動はなかった。もっとも、アナウンサーが
聞くこともなかったわけだが。


彼のカット打法を見たとき、真っ先に頭に浮かんだのはメジャーの長い歴史に残る
ある“事件”のことだった。

1951年8月19日の午後、セントルイス・ブラウンズ対デトロイト・タイガースの
ダブルヘッダー第2試合でその“珍事”は起きた。
1回裏ブラウンズの攻撃が始まるとテイラー監督は1番のソーシアに代打を送った。
名前はエディ・ゲーデル。グラウンドに姿を現した彼を見て、観客がどよめいた。
ISSという病気のため身長が伸びない、きわめて“小さな男”だったからだ。
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しかも、その背番号はなんと“1/8”!(ユニフォームは野球の殿堂にある)
主審は監督を呼び「これはどういうことだ?」と詰め寄ったが、監督は契約書類を
振りかざして「彼は正式なブラウンズの選手だ」と主張した。
…すべて、“変り者”オーナーのビル・ベックが仕組んだことだった。
2日前の17日に連盟への登録申請を済ませていた。詳細なチェックが行われるのは
月曜日(つまり、試合の翌日の20日)だと知った上でのたくらみだ。

背中を丸めて構える身長109cmのゲーデルに対して、タイガースのピッチャーは、
懸命にボールを低めに投げたが、結果はストレートのフォアボールだった。すぐに
代走が送られ、ゲーデルはスタンディング・オベーションの中 ダグアウトに消えた。

公式記録に残されているゲーデルの成績はこの1打席だけだ。
連盟会長がその日のうちにゲーデルの出場停止を決めたからだ。

…勝つために手段を選ばなくなると、いつの日か、そこまで行くという話だ。
そんなことが高校野球で起きるはずがない…と笑うなかれ。
“5連続敬遠”も“わざと転倒”も現実に甲子園で起きたことではないか。
by toruiwa2010 | 2013-08-26 05:19 | 岩佐徹的考察 | Comments(4)
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岩隈:粘って12勝目

7回 96球 7安打(2HR) 2四球・4三振 3失点 12勝目


朝、起きてザッピングする中で岩隈が投げているのを見て仰天した。
どこでどう間違えたのか、メモによればこの日に登板する予定ではなかったからだ。
たとえそんなミスがあっても、ナイトゲームだったり東海岸の試合だったら問題は
なかったのだが、あいにく、この日は西海岸のデーゲームだった。
見はじめたときはもう7回に入っていた。Jスポーツの再放送を録画予約した。

申し訳ないことに結果が分かっているものを見るときはどうしても雑になる。
オークランドの守りは早回しになり、じっくり見るのは岩隈の投球だけだ。ハハハ。
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いきなり、先頭のクリスプに初球をライトスタンドに叩きこまれた。今シーズン、
2本目の先頭打者ホームランだ。打ってくださいという甘い球だった。
続くラウリーにもライト頭上を破られて無死3塁となったが、2三振と内野ゴロで
このピンチを切り抜けた。

素人目には、いつものキレがなく“困ったときはこれ”という、頼るべきボールが
ないように見えた。岩隈には珍しく、高めに浮く球が多く、4回には先頭の4番・
モスに右中間深いところに放り込まれた。
さらに、2ベース、シングルと畳みかけられて無死1,3塁のピンチになった。
終わってみると、ここを犠飛による1点に抑えたことが大きかった。

中盤で逆転してもらったが、直後の7回は先頭のソガードをストレートで歩かせた。
「終盤に入ってるのに、先頭打者にストレートのフォアボールなんて珍しいね」と
現地のアナも言っていた。しかも、送りバントで1死2塁から、またストレートの
フォアボール!しかし、今シーズンの岩隈は、ピンチになっても動じる気配がない。
このピンチも、ショート・ゴロとサード・フライで無失点だった。
今年の岩隈は粘るわ。ハハハ。


黒田:2試合連続、痛打浴びる

08/24のツイート

間もなく黒田が登板する。
前回はMLB自己最多の11安打を浴びた。
AL平均援護点4.4に対し黒田は3.2点しか
援護されていない。
チームは5連勝中、12戦10勝と好調だ。
プレーオフに関しても遠くにではあるが
灯りが見えてきた。連勝を止めてはならない。
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6回 104球 9安打(4HR) 1四球・3三振 7失点 9敗目


…連勝を止めてしまった。5連勝のスタートが彼が負けた翌日からだというは
非常に具合が悪い。本人も地団太踏むほど悔しいだろう。
2回2死1,2塁から8番のロバトンに真ん中に入るスライダーを右翼のポールに
当てられたのがケチのつき始めだった。9試合ぶりに浴びたホームランだった。
3回はロンゴリア、ジョイスに連続で叩きこまれ、5回には2番・ゾブリストにも
ライトスタンドに打ち込まれた。

4ホーマーはメジャーで初めてだし、7失点も通算4度目のワースト・タイだ。
前回のレッドソックス戦と合わせ、11回2/3で12失点(自責は10)になる。
どこか悪いのではないかと思ったが、6回のマウンドに上がったのを見てそうでは
ないらしいと分かった。95球だったから交代だと思っていたが、続投した。
打たれ方や状況を考えると、5回が終わってベンチに帰ったとき「代わろうか」と
打診があったはずだ。黒田が「もう1回行きます」と言ったのだろう。サバシアや
ペティットが同じことをしているのを見ているからためらいはなかったはずだ。

この2試合は、好調をキープしていたその前の7試合の反動が来ている。
黒田が、ここからどう巻き返すかに注目しよう。

NHKやJsportsが伝えたかどうか。
レイズに移籍したばかりのデヘーススのこの1週間はいかにもMLBらしい。

18日まではシカゴ・ホワイトソックスでプレーしていた。
その日の試合後、ワシントン・ナショナルズにトレードされた。
19~22日、代打と守備で3試合に起用されたが、3打数ノーヒット、翌23日、
レイズにトレードされた。わずか6日間に3チームでプレーしたことになる。
現地アナが“busy man”だと紹介していた。ハハハ。


松坂:中3日はきつかったね

松坂大輔の登板が迫る。
去年の10月3日以来のMLBのマウンドだ。
入団2年目に18勝3敗の数字を残した松坂では
ないかもしれないが肘さえ治っていればまだ
通用するはずだ。19日に3Aで4回、85球投げて
中3 日というのが気になるが結果を出せるといいね。

5回 86球 6安打(2HR) 1四球・4三振 5失点 1敗


1球目から投げ方がおかしかった。試合後の会見では「緊張していた」そうだが。
素人には「どこが…」とは言えないが、上体だけで投げている感じに見えた。
ボールの行方は本人にも分からない様子だった。少なくとも本来の投げ方ではない。
長く持ちそうにないと思った。

1回、2番・ハンターに高めのボール球を豪快にレフトに持っていかれた。
松坂の顔に「あんな球を打ちやがって」という苦笑があった。これは理解できる。
しかし、2回にも1点を追加されたあとカブレラにポール際に叩きこまれたときも
打球の行方を見ながら薄い笑いを浮かべていたのはなぜか。笑う場面はなかったし、
ほかのどんなMLBのピッチャーも笑わないだろう。あのスマイルはまずいぜ。
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2死2、3塁で右のカブレラ…オンデックには左のフィルダーがいた。
現地アナがこう言っていた。
「2死&走者得点圏のカブレラの打率を知ってるかい?four-fiftythree(.453)!」。
豪快なホームランは、その言葉が消えないうちに出た。
「ミスの出来ない場面でダイスケはミスをした」と言っていたが、内角高めの球を
打ち返された。パワーと、コンパクトでスピードのあるスウィングに完敗した。

最後の登板だった2012年10月3日のヤンキース戦は3回持たずにKOされたが、
このとき、2回にグランダーソン、3回にはカノーにホームランを打たれていた。
これで、2シーズンにまたがって4イニング連続被弾ということになる。

2回で5失点した松坂がこの試合でやるべきことは残された投球で“通じる球”を
見つけることだったと思うが、3回から現地のアナがびっくりするほどカーブを
混ぜ始めて、とりあえず10人連続アウトにした。

86球だったからもう1回行くと思ったが、5回で交代した。理由は二つ考えられる。
一つは、3Aで4日前に4回、85球を投げてから中3日での登板だったことと、
10人連続アウトのいい感触を持ったまま交代したほうがいいとコリンズ監督が
判断したということだ。

ダルビッシュ:足首は大丈夫か?

08/25のツイート

ダルビッシュが登板する。
最近6試合の結果は4勝1敗、防御率1.73と
すっかり安定している。
前回はバックがシャキッとしなかったせいで
勝てなかったが、今日はどうか?
3試合連続、中5日での登板だ。
今日を入れて残りは7試合…300奪三振は厳しいか。
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7回 113球 6安打(1HR) 3四球・11三振 2失点 勝ち負けつかず


これまで防御率が最も悪かった序盤の3イニングを無難に切り抜けた。
1回に先頭打者を歩かせたあとの盗塁をキャッチャーが刺してくれた。カバーに
入ったキンズラーが捕ってそのままタッチすればいい見事な“2シーム”だった。

ここはキャッチャーだったが、4回は主審に助けられた。
2死2塁から5番・コネルコにヒットを打たれたが、好返球でタッチアウト…と、
記録上はなっている。しかし、数十分後に流されたビデオを見ると、走者の足は、
ブロックしているキャッチャーの足を払いのけてプレートを掃いている。
厳しく言えば“誤審”だ。瞬間の判断だから仕方ないけどね。

この主審はハンター・ウエンデルシュテットだ。
私が実況していたころ、彼のオヤジはNLの審判をしていた。MLBには親子選手も
多いが、親子審判もいるんだ。選手には本拠地があるが審判はずっと“ロード”だ。
旅から旅へと大変な仕事だが、親のあとを継ぐケースもあるんだね。

中盤に入って奪三振のペースが上がったところで6回表にレンジャーズが2点を
先取してくれた。まさか、この時点で13勝目が見えたとは思わなかっただろうが、
このリードは1イニングも続かなかった。その裏、ランナーを置いて4番のダンに
レフトに叩きこまれた。低めのストレートで、日本人ならとてもホームランには
出来ない球だったと思うが、逆方向に持っていかれた。パワーだね。

この試合について理解できない場面がある。
同点で迎えた7回、ダルビッシュはフォアボールとヒットで無死1、3塁のピンチを
招いたが、2三振と内野フライで切り抜けた。
ただし、2死のあと、トップのデアザに0-2から投げた球がショートバウンドして
キャッチャーがはじいた。ベースカバーに走ろうとしたとき、ダルビッシュの足が
芝に引っかかった。
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はじき方が小さく、事なきを得たが、キャッチャーからボールを受け取るとき彼の
顔はかなり歪んでいた。痛みがあったのだ。それでも、ベンチから出てくる監督に
大丈夫だというジェスチャーを見せていた。数球、テストをして続投となったが、
そこに疑問が残る。

明らかに痛みがあるのにいい球が投げられるのかと不安に思いながら見ていると、
果たして、次の投球をライト戦に引っ張られた。現地アナも思わず「ベースヒット!」と
叫んだほどの当たりだったが、わずかに右に切れて助かった。
そして、最後は内野フライに打ち取ってピンチを脱したのだが、ベンチに戻って
ステップを降りるときには手すりを頼りにしていた。

彼のツイッターによれば“両脚が攣った”だけのようで、私の取り越し苦労らしい。
本当によかったと思うが、あそこでマウンドにとどまって、2球を投げたことを
“ガッツだ”、“勇気だ”などとほめるべきではないと思う。続報に注目する。 
予定通り、中5日で現地の30日に登板してくれば、“杞憂”で終わるのだが。

残り登板数はこのまま行くと6試合だ。
NHKアナは「300三振にも届きそうな…」と煽るが、そのためには残り75三振が
必要になる。登板のたびに12三振を奪っても3個足りない計算だ。「300はかなり
厳しい数字ですね」が正しい日本語だと思うがどうだろう?
by toruiwa2010 | 2013-08-25 13:55 | メジャー&野球全般 | Comments(2)
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最後に訪れたのは2005年でした。
全米が終わったらWOWOWとの契約を延長しないと
決めていたので、1分、1秒を楽しむような気持でした。
この年、日本を出る日に更新したのが次の記事です。
一部、昨日とダブりますが…。

思えば遠くへきたもんだ (05.08.23 初出)


USオープン・テニスのためにニューヨークに向かいます。世界一の街でしょう。
パリやローマに比べて、特別美しいわけでもなく、観光スポットが多いわけでも
ありません。しかし、フジテレビ時代の1973年にはじめて訪れて以来、私の心を
捉えて放さない街です。
全米以外にも メジャーや女子テニス最終戦を含めると40回以上は行っています。

メジャーのころ泊まったホテルは今はもうありません。
いつも、どこかで工事が行われているのは東京と同じです。落ち着きませんが、
それは、この街が“生きて”いる証のようにも思えます。
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ケネディ空港でイエロー・キャブ(タクシー)でマンハッタンに向かうあたりから、
早くも胸がはずみます。遠くに摩天楼が見え始めたら、もうたまりません。ハハハ。
ニューヨークの何が、これだけ人の気持ちを惹きつけるのでしょうか?
ひとつは、やはり活気でしょうかね。東京も活気がある街だし、2000年に行った
香港も恐ろしく活気にあふれた街でした。しかし、ニューヨークの活気はひと味、違います。

弱肉強食ではありませんが、知恵と行動力のある者には無限のチャンスがあります。
だからこの街では、みんなが明日を、あるいは遠い将来を見据えて、絶対にオレは
やってみせる、私はがんばると自分に言い聞かせながら生きているように見えます。
もちろん、その陰で夢破れる人もたくさんいます。最近はそうでもないようですが、
70年代から80年代にかけて、紙袋に身の回り用品のすべてを詰め込んで通りを
うろつく大勢のShopping Bag Ladyたちの姿があったものです。光と影…。

とにかく、ニューヨークに行くと思うのは、行き交う人のすべてが“アメリカン・
ドリーム”を信じているように見えます。「映画の見すぎだ」と言われそうですが。
ハハハ。

限りない混沌、猥雑、融合…ニューヨークの魅力はその辺にもありそうです。
東京でも多くの外国人を見かけますが、ニューヨークは“ケタ”が違います。
外国に行くと、どんな国でも まわりには「イタリア人だ。フランス人だ」と思える
“その国の人”がいるものですが、このニューヨークでは アメリカ人とアメリカで
働いている外国人、そして、海外から来た観光客を区別することが困難です。
みんな、“ニューヨーカー”なんでしょうかね。ハハハ。
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タクシーに乗ると、運転手が無線で誰かと交信していることがありますが、どこの
言葉か分からないことが多いです。聞くと、インド、パキスタン、旧東欧諸国…
中には、まったく聞いたこともないような国のこともあります。
それほど、この国、この街は世界中からの移民を受け入れているのでしょう。

昔、タイムズ・スクエアで信号待ちをしているときに、観光客から道を尋ねられて
ビックリしたことがありましたっけ。人種だけでなく 豊かさも貧しさも、そして、
世界の一流品に始まってきわめて怪しげなものまで…この絶妙な混ざり具合こそが
あの独特な活気、熱気を生むのではないでしょうか。

1973年に初めてニューヨークに行ったとき、仲のいいフジテレビの先輩特派員が
面倒を見てくれました。荷物を解いてすぐに連れて行かれたのは、マンハッタンの
南にあるスタッテン島でした。
そこからフェリーでマンハッタンに戻るときに見た、西に傾いた太陽を受けて輝く
摩天楼の美しさには息を呑みました。その瞬間、この街にほれ込んだ気がします。

鉄とコンクリートのかたまりに過ぎないのに、なぜ、あれほど美しいと感じるのか、
よく分かりません。離れたところから見ると 汚いものがすべて隠れてしまうのは
確かですがね。ハハハ。

これほど好きなのに、そして、これだけなんども訪れているのに、マンハッタンの
中で知っているところはごく限られています。
3rd Avenueから7th Avenue、34丁目ぐらいからセントラル・パークの南側、
59丁目までがおおよその「守備範囲」です。ハハハ。
このスペースの外に行くのは、メトロポリタン、リトル・イタリー、ソーホー、
マジソン・スクエア・ガーデンなどに行くときぐらいです。
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行きたくても行けない人にとっては悔しいほどの“もったいなさ”でしょうね。
まあ、仕事で行ってるわけですから。ハハハ。

14日間で大会が終われば、翌日はフリーです。
帰国するためにホテルを出るのは火曜日の朝8時ごろです。
柳さんと私を除く若手は日曜日の夜から火曜日の出発時間ぎりぎりまで、この街を
満喫しています。そのスタミナはすごいです。「仕事に力を出し切ってないんだ」と
嫌味を言っても通じません。ハハハ。

全米オープンのために初めてニューヨークに行ったのは1992年でした。
そのときには、「とりあえず今年は放送する」という感じでしたが、その後も契約の
更新を重ねて、気がついたら今年は14年目。よくぞ、ここまで来たものだなあと
思います。放送もそうですが、私もまさかこんなに長くテニスの中継を続けるとは
想像もしませんでした。

グランドスラム4大会の最後を飾る全米は、のんびりした全豪、粋な全仏、伝統の
ウインブルドンとは対照的に、お祭りにも似たにぎやかさが特徴です。
まさに、ニューヨークの混沌、猥雑、融合などを見事に映した“ザックバラン”な
大会と言っていいでしょう。

紹介したかったニューヨークの魅力を半分も書けないうちに“締め切り時間”に
なってしまいました。ハハハ。

いざ、ニューヨークへ。
次は、世界最大の都会からお届けします。

「思えば遠くへきたもんだ」は初めてこの記事を
更新したときにつけたタイトルです。
今では、意味が通じにくくなっていますが、
東京都ニューヨークの物理的距離よりも、よくぞ、
67歳まで、現役を続けられたなあ、という思いを
込めたものです。
そして、出発時には、この全米をWOWOWとの最後の
仕事にしようと考えていました。

by toruiwa2010 | 2013-08-25 08:04 | 自薦・厳選300? | Comments(2)
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全米オープンが近づいています。
グランドスラムの中でも“お祭りムード”が楽しい大会ですが、
舞台となるニューヨークという街の魅力が大きいです。
今日と明日の“自薦厳選300”はちょうど2年前のこの時期にも
読んでいただいたものです。
なんとなく気に入っているのと、いま、ニューヨークについて
書いてもたいしたものは書けそうにないからです。
どうか、ご容赦を。



ニューヨーク・ニューヨーク (2003.08.21 初出)

ニューヨークに来ました。
快晴、気温30度+、フツーに夏の終わりを迎えていました。
この街に初めて来たのは1973年ですから、もう30年も前のことになります。
「豊かさへの挑戦」と「新エネルギー時代」という二つの番組で使うための映像を
撮るのが目的でした。アナウンサーではなく、ディレクター役の私とカメラマンの
二人でアメリカとカナダを45日間 回る出発点がニューヨークだったのです。

当時のニューヨーク特派員は報道部時代に私をかわいがってくれていた先輩でした。
そのころ、アメリカ発のニュースと言えば90%がワシントン発で、ニューヨークの
駐在員の主な仕事は、日本から来る社員の面倒を見ることでした。
そして、先輩の説明によれば「俺の中では接し方を3段階に分けているけどお前は
Aランクだ」とかで、カメラマンと私を自宅に泊めてくれました。ハハハ。
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ニューヨーク滞在初日の夕方、先輩は二人をニューヨーク湾に浮かぶスタテン島へ
連れて行ってくれました。そこからマンハッタンの南端、バッテリー・パークへ
向かうフェリーの上から見た、夕日を受けて輝く摩天楼の美しさに息を呑みました。
当然、“Aランクだからこそ”のサービスでしょう。ハハハ。

翌日、仕事を終えて街を歩いていると、いきなり「ちょっとここに入ろうか」と、
ある建物に私たちを連れ込みました。前方に大きなスクリーンがあったのですぐに
映画館だと分かりました。ただし、普通の映画じゃないんですよ、これが。
あとで“3大傑作のひとつ”だと聞きましたが、いきなり始まったアメリカン・
ポルノの“ド迫力”にひたすら圧倒されました。
いささかグッタリして映画館を出ると、さすがに「Aランクだから」とは言わず、
「アナウンサーとして、社会勉強になったろう」と涼しい顔でした。ハハハ。

アメリカは移民の国と言われますが、中でもニューヨークは“人種の坩堝”です。
ニューヨーカーと観光客の区別もつきにくいのか、タイムズ・スクエアの交差点で
信号待ちをしていて道を聞かれたときにはびっくりしましたが。

そんな形でニューヨークとの付き合いが始まりました。
1978年から81年にかけてフジテレビの大リーグ中継に関わったとき、東の拠点が
この街でしたから 訪れた回数も50回を超えているでしょう。

決して“美しい街”ではありません。しかも、一昨年の同時多発テロやつい先日の
大停電は極端にしても、かつてはとても物騒な街でした。白昼、すれ違いざまに
女性のネックレスをむしりとる荒っぽい手口のひったくりや、窓口に置かれた数百、
数千ドルを狙っての銀行強盗が日に何十件も(!)起きた時期がありました。
はるかに治安がよくなった今でも、夜一人でわき道に入りたくはありません。
東京にそんなに怖い街があるとすれば歌舞伎町ぐらいのものでしょう。それでも、
私はニューヨークが好きですね。
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どこが?と聞かれると、きちんと答えるのが難しいです。
一番ぴったり来るのは、平凡ですが、やはり“活気”でしょうか。
街行く人がみんな“アメリカン・ドリーム”を胸に秘めているかのような雰囲気を
漂わせています。そして、たとえ信号が赤でも自分の責任でラッシュの車の間を
縫って渡っていく“J-ウォーク”も好きだし、人種を含むすべてが“混沌”、“雑然”
としているところにも共感を覚えます。

さらに、パリもそうですが、どこを切り取ってもニューヨーク…この感じもまた
いいですね。
そのあたりは開幕が近い全米オープンの特徴と実によく似ています。

今年のホテルは3年ぶりでインター・コンティネンタルに戻りました。
オフィシャル・ホテルで、かつてはアガシが泊まっていました。今回は欠場ですが、
“運がよければ”クルニコワとエレベーターで一緒になることもあるホテルです。
ハハハ。
スタッフは、去年まで使っていたミレニアム・ホテルの方がよかったと言いますが、
私は街の真ん中にあって、どこに行くにも便利なこのホテルが好きです。
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高齢者ですから、最近はスタッフが私の健康をかなり気にしている気配があります。
当然ですよね。私だって「柳さん、大丈夫なのかな?」といつも気になりますから。
ハハハ。
ですから、私もそれなりに気を遣って、時間の取れるときにできる限りメディカル・
チェックを受けるようにしています。去年の全米の前は胃カメラをやり、今年の
全豪のあとには大腸の内視鏡検査を受けて、「問題なし」のお墨付きをもらいました。

今回は、最近 気になっていた「めまい」が脳と関係あるのかどうかを知りたくて、
脳のCTスキャンをやることにしました。結果は「何の心配も要りません。
年齢から来るスキもありません」とのことでした。
私の脳はまだしっかりと中身が詰まっているようです。ハハハ。

さて、ニューヨーク初日は8時にダウン、0時半起床!でした。時差に弱いのです。
街を少し散歩したあと昼寝をして、少しでも睡眠時間を稼いで、スタッフが揃う
明日までには時差ぼけを解消しないといけません。やれやれ。

…おやっと思った人がいるかもしれません。
私がビックリしたぐらいですから。ハハハ。
一昨日の記事の中に<50歳を過ぎたころに脳のCTスキャンを
受けたときに、「小さな梗塞のあとがある」と言われていたが、
年齢が若かったのでずっと、そのままにしていた>と書いた
ばかりです。

これを読むと2003年の夏にちゃんと調べているじゃありませんか。
まったく、年寄りの記憶ほどアテにならないものはありませんね。
ハハハ。

by toruiwa2010 | 2013-08-24 07:47 | 自薦・厳選300? | Comments(4)
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「トゥー・ザ・ワンダー」70

パリに向かって走る列車のコンパートメントでカップルがじゃれあっていた。
男はアメリカ人旅行者のニール、女は10歳の子供がいるシングルマザーのマリナ。
互いに相手に夢中だった。終着駅、パリに着いた二人はモンサンミッシェルへ。
言葉は要らなかった。黙って見つめ合えば、二人はひとつ。
マリナは思った。「何もほしいものはない。そばにいてくれさえすれば」と。

マリナの娘、タチアナもニールになつき、アメリカに行くことにも賛成した。
どこから見ても幸せな生活が始まった…
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少し人生経験があれば分かると思いますが、物事はそんなに、絵に描いたようには
行かないんですよね。ハハハ。
まず、タチアナが新しい環境になじめず、友達ができないこともあってフランスに
帰りたいと言い出します。もっと深刻な問題は熱に浮かされていた二人の気持ちが
少しずつ冷め始めたことです。そんなとき、ニールは幼馴染のジェーンと再会し…

だ・か・ら・ね。ハハハ。

私が文章にするのはいつも導入部分です。しかも、映画を見ながら脳に刻み込み、
帰宅後、記憶を掘り起こしながら書くので常に自信はないのですが、この作品は
輪をかけてやっかいです。
全体に台詞、会話が少ないために物語がどう進んでいるのか分かりにくいんです。
そう書けば、“知ったかぶり”は「それは君の人生経験が不足しているから」とか
「人間を知らないからさ」と言うかもしれません。

はいはい。平凡な人生だったし、友達も少ないし…という話ではないか。ハハハ。
とにかく、監督は映像に語らせているつもりでしょうが、あえて言わせてもらえば、
力不足です。やたら、頭の中に“?”が浮かんできます。
映像美で知られた監督らしいです。たしかにきれいなシーンがたくさんあります。
でも、この映像があれば言葉なんて要らない、というほどじゃありません。ハハハ。

激しく混乱しました。見ようかどうか迷ってる人は見なくてもいいかもしれません。
ネットではかなり高く評価する人もいます。そんなレビューのひとつのタイトルが
「心地良く 静かに浸ることができた」となっていました。正直な感想を書くなら、
“浸る”ではなく“寝る”の方がしっくり来る。こりゃ失礼。ハハハ。


「最愛の大地」85

セルビア系の警察官・ダニエルとムスリム系のアイラは恋仲だった。
民族こそ違ったが問題はなかった。ある日、深刻な紛争が始まるまでは。

武力で優位に立つセルビア勢はムスリム系住民の地域を襲って蹂躙を繰り返した。
彼らはアイラたちが住むアパートにも荒々しい靴音を響かせて、踏み込んできた。
連れ出された男たちは銃殺され、残った老人、女性、子供たちから若い女性だけが
選ばれて連行された。収容先のキャンプで待っている運命は明らかだった。

しかし、そのキャンプの責任者がダニエルだったことでアイラは危機を脱した。
ダニエルに“囲われる”ことと引き換えに一定の自由を手に入れたのだ…
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女優、アンジェリーナ・ジョリーが初めて監督した作品です。
背景がきわめて複雑なボスニアの内戦をテーマに選んだ裏になにか特別な理由が
あったのかどうかは知りませんが、彼女の激しい思いは伝わってきます。
内戦の悲惨さを描いた作品ですから面白いとか楽しいとかいうものではありません。
むしろ、見続けるのがつらい映画です。
初日の銀座シネシャンテで見ました。女性の観客も大勢いましたが、最後まで席を
立つ人はいませんでした。映画ファンの評価は割れているようですが、観客の胸に
突き刺さるものがあったのは事実です。

1991年の春に訪れたリュブリャナを思い出します。
アイスホッケー世界選手権のBプールを中継するためでした。
旧ユーゴスラビアは大変複雑な国家でした。有名な「七つの国境、六つの共和国、
五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの国家」という言葉が
この国を端的に物語っています。

リュブリャナは、そのユーゴの一番西に位置する共和国、スロベニアの古都です。
当時、すでに国内のあちこちから内戦や紛争の情報は伝わっていて、スロベニアも
分離・独立を目指していました。土産物店では独立を見込んでニセのパスポートが
売られていました。
イタリアと国境を接するこの“国”の雰囲気は西ヨーロッパと同じでした。
しかし、東に行けば行くほど、民族や宗教をめぐる対立は厳しかったようです。
特に、この映画が描いているボスニア・ヘルツェゴビナの内戦は戦後ヨーロッパで
最悪と言われるほどひどいものだったようです。

私もこの映画を見て、“浄化”の名のもと、他民族の抹殺を図るほどに激しい憎悪が
存在したことを改めて知りました。
そんな背景を持つ作品ですから、誰にでも勧められるものではありません。しかし、
アンジェリーナ・ジョリーの記念すべき初監督の映画として見ておくのもいいかも
知れません。

70 トゥー・ザ・ワンダー 映像に頼りすぎ 複雑なストーリーではないけど
85 最愛の大地 アンジェリーナ・ジョリーの意気込みが伝わる 評価は難しい
80 ホワイトハウス・ダウン 何も考えず、“活劇”としてみれば楽しめるはず
80 スマイル アゲイン 世の中、普通はそんな風にうまくは行かないのだけど…
by toruiwa2010 | 2013-08-23 08:50 | 映画が好き | Comments(0)