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岩佐徹のOFF-MIKE

toruiwa.exblog.jp

実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

<   2014年 01月 ( 27 )   > この月の画像一覧

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01/25のツイート

映画「小さいおうち」を見た。いいと思う。
90点つけられると思ったが最後の15分の処理に
納得できず5点を減点した。惜しい!ハハハ。
黒木華、倍賞千恵子ら女優陣と吉岡秀隆が
素晴らしかったが、抜きんでているのは松たか子だ。
40代以上なら良さが分かる映画だと思う。

「小さいおうち」85


遠くの山々には雪が残っている。火葬場の煙突から灰色の煙がまっすぐに上がっていた。
一人暮らしをしていたタキ(倍賞千恵子)が亡くなったのだ。

タキの妹の息子夫婦とその次男・健史(たけし:妻夫木聡)が遺品を整理した。
健史はタキを“おばあちゃん”と呼び実の祖母のようになついていた。
整理が終わるころ、クッキーの箱が出てきた。ふたに「健史に渡してほしい」と書いた
紙が貼ってあった。中に入っていたのはノートに綴られたタキの“自叙伝”だ。
そこには、山形から上京し、女中として奉公に上がったタキとご主人一家のかかわりが
こまかく記されていた…
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映画は、健史が自叙伝を読み進む形で描かれていきます。
戦前から戦中にかけての東京で暮らす中流階級の生活ぶりがよくわかります。ただし、
物語の肝はその家の若妻(松たか子)が抱え、タキも“共犯者”になる“秘密”にあるのです。

実を言うと山田洋次が苦手です。本人にその意識はないかもしれませんが、テレビなどで
話しているのを聞いたときの「皆さんには分からないだろうけど」的な物言いが好きに
なれないのです。異論があることは承知です。好き嫌いは人によってさまざまですから。
人柄に触れる前に、そもそも「男はつらいよ」を2本ぐらいしか見ていないのですから、
私には山田洋次を語る資格がないと言ってもいいでしょう。ハハハ。

それでも、「たそがれ清兵衛」、「武士の一分」、「おとうと」、「東京家族」などを見ました。

…と、ここまで書いて、これらの作品についてどんな評価をしたのだろうと、古い記事を
チェックしてみてビックリ。2007年の「武士の一分」についてこう書いていました。
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よかったでがんす。映画としては・・・。ハハハ。
日本アカデミー作品賞になった「ALWAYS 三丁目の夕日」より
はるかにいいと思いました。やっぱり“食わず嫌い”はダメですね。

(中略)

前作の「たそがれ清兵衛」によく似た物語です。
山田洋次は賞を獲るコツを心得ていますね。
この人といい山藤章二といい、作品は嫌いではないのですが、
“上から目線”の物言いは嫌いだなあ。
・・・どこかにも、「実況は好きだったけど、ブログの中身は
気に入らない」と言われることが多いヤツがいましたね。
そんな男にこんなことを言う資格があるかどうか分かりませんが。
ハハハ。


“印象”というものは数年では変わらないようです。ハハハ。

横道にそれてしまいました。本題に戻ります。
「たそがれ清兵衛」、「武士の一分」は好きな作品でしたが、「おとうと」は狙いがあまりに
見え見えで高い評価はしませんでした。そういうのは誰の作品であっても認めません。
ハハハ。

1年前の「東京家族」はいい映画でした。私が見た邦画作品の中でトップ10に入ります。
今度の「小さいおうち」もいいと思いました。監督の好き嫌いと作品の評価は別物です。
時代は違いますが、「東京家族」とテーストが似ています。作り方も。山田洋次の得意な
分野と言っていいでしょう。

「90点かなあ」と思いつつ見ていたのですが、最後の15分で5点下がってしまいました。
東京大空襲の描き方がとても中途半端でした。“あえて”でしょうが、リアリティに欠け、
かなり“ちゃち”な作り方でした。あれなら、せりふで処理した方がよほどマシです。
そのあと、現代に戻って、健史と恋人がある人物を訪ねるあたりの演技も稚拙でした。
俳優の力というより“演出”でしょうから、監督の責任だと思います。
ド素人が何を言うかと思われるでしょうが、映画を見る人の99%はド素人です。ハハハ。

吉岡…持ち味が出ています。
黒木…近い将来、大きく開花しそうです。
倍賞…出番は多くありませんが、その中で存在感がありました。

松についてはあまり高く評価していませんでしたが、2012年の「夢売るふたり」を見て、
一変しました。よろしかったら、こちらをどうぞ。
→ 「夢売るふたり」90点~衝撃だった松たか子の本気度~ bit.ly/SmQSxG

“その気”になった女優さんはすごいなあと思いました。
「小さい…」では、好きな男に会いに行く支度をするときの演技が強く印象に残りました。
鏡の前で着物を着るシーンで、後ろ手に帯をきゅっと締めあげるしぐさを見せるのですが、
そのときの、半身に鏡を振り返って確認する目に彼女が演じる女性の秘めた喜びと
“覚悟”がしっかりと見えました。このシーンで唸ってしまいました。すごいなあ、松たか子。
ハハハ。
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80 鑑定人と顔の見えない依頼人 考え方はいろいろだが「落とし方」がずるいわ
80 ビフォア・ミッドナイト 面白いのだがせりふが多すぎる まるで舞台劇だった
85 小さいおうち 惜しい 最後の15分で5点下がってしまった 松たか子がいい
by toruiwa2010 | 2014-01-31 07:50 | 映画が好き | Comments(0)
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80年にノーラン・ライアンは史上初の100万ドルで
AstrosにFA移籍しながら11勝止まりで
「1勝10万ドル」と非難された…という話を、
私は岩佐さんがNumberに寄稿したコラムで読みました。
田中がもし10勝止まりだったら1勝200万…
考えたくないです(笑)。


ヤンキースと大型契約を交わした田中将大についての記事を書きました。
その日の夕方、このリプが飛んできました。学生時代にフジテレビのスポーツ部で
アルバイトをしていて、その頃の私を知っている人物です。
読んで、いろいろなことを思い出しました。

ノーラン・ライアンはレンジャーズのCEOを辞めましたが、今シーズンもベンチ横の席で
試合を見守る姿が映ることでしょう。
1978~81年の彼を見ていました。奪三振も与四球もMLB史上1位、フォアボールで
ランナーをためては三振でピンチを切り抜けるという、私にとっては面白みに欠ける
ピッチャーでした。ぜいたく。ハハハ。
ただし、左足を顔につくほど高く上げる独特のフォームから投げ込む速球のスピードは
目を見張るものがあり、1979年5月2日のヤンキース戦でギドリーと投げ合い、1-0で
完封した試合を実況したテープは私のお宝です。ハハハ。
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実は、彼はその年のオフにFAになりました。“16勝”が後押しした結果、アストロズとの
契約が成立したとき、MLB史上初の100万ドルプレーヤーになったのです。
しかし、ツイートにある通り、アストロズでの1年目は11勝しかできず、ブーイングを
浴びていました。「1試合勝つのに10万ドルかよ」と。
田中の年俸は当時のライアンの22倍ですから、万一、10勝しかできないと、辛辣な
ヤンキース・ファンがどんな言い方で非難するか想像も尽きません。ハハハ。

ライアンが散々な成績に終わった1980年のオフ、Number誌から原稿を頼まれました。
その年のメジャーの10大ニュースについて書け…ということでした。
その中にライアンのことも書いたのですが、ついでですから、再録しておきます。
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⑨ リエントリーで高額契約すると活躍できない?

フリーエイジェントは、毎年、各球団にとって頭痛のタネだが、今年、
最も苦しんでいるのはパドレスである。
契約最終年を迎えた主砲ウィンフィールドが「来年以降については
年俸130万ドル(約2億8000万円)の十年契約を希望する」と、
とんでもない条件をつきつけたからだ。
もちろん、球団は、法外だとしてはねつけた。以後、交渉はちっとも
前に進まない。確かに、最近の高額契長期契約を見ていると、強打、
攻守、強肩、俊足に、二十九歳の若さというおまけついた彼が強気に
出るのはよく分る。
11月のリエントリー・ドラフトに出て行けば、リミットいっぱいの
13チームが指名することは間違いない。
100万ドル以上の年俸が払える優勝可能なチームを選ぶことになるだろう。
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去年のライアンの例からすると決して夢ではない。
かつて、ギネスブック関係者立会いの下、時速100.9マイル(時速162キロ)を
マークした速球の持ち主、ライアンが去年限りでフリーエイジェントになった時、
激しい争奪戦の末、契約に成功したのはアストロズであった。
契約の内容は「3年350万ドル(契約金25万ドル、年俸100万ドルx3年、
PR活動費25万ドル)。トレードなし」
アメリカのあらゆるプロスポーツを通じて、初の年俸100万ドルプレーヤーが
生まれた。結果はどうだったか。
1年目の今年に関する限り、1勝が2000万円につくという馬鹿馬鹿しい買い物に
なってしまった。高額契約をものにした他の選手たちも低調で、オーナーたちが
嘆くのも当然だが、かといってウィンフィールドほどの逸材は滅多に市場に
出てくるものではないから、指をくわえてみているのはいかにももったいない。
11月の市名から契約まで、彼をめぐっての狂騒曲が続くのはま確実である。


ちなみに、ライアンが3年間で挙げた勝ち星はトータルで38(11,11,16)だった。

そして、ウィンフィールドは結局ヤンキースとの契約に合意した。
希望通り10年、しかも総額2300万ドルだった!
89年をケガで全休、90年5月にはエンジェルスにトレードされたから、ヤンキースでは
実質8年しかプレーしなかった。トータルの成績は打率.290-205HR- 818打点。
投資額に見合う働きはしてくれていないとオーナーのスタインブレナーはお冠だった。
ハハハ。

田中の年俸は、33年前にウィンフィールドが契約した10年間の“総額”とほぼ同じだ。
現実的な数字ではないものの、仮にいきなり22勝しても、“1勝・1億円”だ。
マウンドに向かうとき、当然、田中の頭に年俸の数字などないが、スタンドのファンは
みんな、“そう思っている”と考えなければいけません。記者たちもワサビの効いた記事を
書くときには必ずこの数字を持ち出してきます。
そして、打たれてマウンドを降りるときには、初めは控えめな、重なれば次第に露骨な
ブーイングを浴びることを覚悟しなければいけません。
メジャー1年目を迎える田中将大で心配なのはそれをどう乗り越えるかだなあ。

ちなみに、このときNumberに書いたのは6ページ分でしたが、原稿料は7万円でした。
「文春はギャラがいい」と聞いてはいましたが、本当でした。ハハハ。

Numberに書いた「米大リーグ1980年の十大ニュース」は
ほかの項目にも面白いものがありますから、開幕までに
数回に分けて再録します。

by toruiwa2010 | 2014-01-30 08:10 | メジャー&野球全般 | Comments(3)
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01/17のツイート

日本アカデミー賞候補…90点をつけた「舟を編む」
「真夏の方程式」「武士の献立」のうち作品賞で
ノミネートされたのは「舟を…」だけだった。
まあ、そんなものか。
候補になった「そして父になる」「利休にたずねよ」
「東京家族」は85点だった。
まあ、そんなものか。ハハハ。


暮れから3月の日本アカデミー賞までは映画賞のシーズンが続く。
21日に毎日映画コンクール賞が発表され映画大賞に「舟を編む」が選ばれた。
これで、日刊スポーツ映画大賞、報知映画賞と合わせてV3…忘れてもらっては困るのが
“2013年岩佐徹的映画ランキング”でも実質1位だったことだ。
たしかに、暮れに発表したときは「永遠の0」を1位にしていた。しかし、2013年分の
対象作品でないとなれば僅差の2位だった「舟を編む」が当然1位になる。V4だ。ハハハ。
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困るのは、新聞は互いに他社の映画賞についてはほとんど報じないことだ。
日本アカデミー賞のノミネートが発表されていることを知ったのも、ネットをさまよって
いるときだった。念のために、朝日新聞の当日の夕刊と翌日の朝刊をチェックしてみたが、
どこにも書かれていなかった。テレビ中継もあるし、ほぼすべての候補者が出席しても
映画界で特別な意味を持っている賞というわけではないらしいね。ハハハ。

それでも、ライブではないものの、突っ込みながら見る日本アカデミー賞は楽しみだ。
今の流れのままに、作品賞が「舟を編む」で決まることを願いつつ見ることになる。
いつも一般の映画ファンとは異質の選考をするキネ旬のベスト10は今年も「舟を編む」を
差し置いて(2位)、「ペコロスの母に会いに行く」を1位に選んだ。ほかの賞では候補にも
なっていない。去年は「かぞくのくに」だった。「俺たちの見る目はちょっと違うのさ」と
言わんばかりだ。“スノッブ”と言うべきか。“差別化”は大事だけどね。ハハハ。
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多くの映画賞で主演男優賞が「舟を編む」の松田龍平、主演女優賞が「さよなら渓谷」の
真木よう子に贈られていたが、おおいに納得だ。
日本アカデミーでも真木の受賞は動きそうにないが、男優のほうは微妙かもしれない。
ほかの候補者は、市川海老蔵(「利休にたずねよ」)、福山雅治(「そして父になる」)、
橋爪功(「東京家族)」)、渡辺謙(「許されざる者」)だ。すべてを見たが、かなり難しい。
私の中では松田が“抜けて”いると思っているが、それぞれによかったから誰がとっても
おかしくない。
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ちなみに、主演女優の候補はほかに、上戸彩(「武士の献立」)、吉行和子(「東京家族」)、
尾野真千子(「そして父になる」)、宮崎あおい(「舟を編む」)だ。こちらも全部 見たが、
この部門は真木の演技が他を圧倒していると思う。

助演賞は毎年悩む。出演場面が少なくてもさらっていくことがあるからだ。ハハハ。

男優の候補はオダギリジョー(「舟を編む」)、妻夫木聡(「東京家族」)、ピエール瀧(「凶悪」)、
松田龍平(「探偵はBARにいる」)、リリー・フランキー(「凶悪」、「そして父になる」)だ。
「凶悪」だけ見ていないが、印象に残っているのは「そして父になる」でのフランキーの
“脱力”演技だ。ずるいと言えばずるいが、うまいと言えばうまい。ハハハ。

女優のほうは蒼井優(「東京家族」)、中谷美紀(「利休にたずねよ」)、尾野真千子(「探偵は
BARにいる」)、真木よう子(「そして父になる」)、余貴美子(「武士の献立」)だ。
すべて見たが、“誰を”となるとかなり迷う。決定的なものはないからだ。どうしても…と
言われたら、真木よう子かなあ。主演・助演のダブル受賞なんてすごくない?
スピーチで「なんて日だ!」とやってくれたら惚れてしまうかもしれない。ハハハ。

監督賞、脚本賞などは私の手に負えない。最後に外国作品賞だけ触れておく。
候補作品は「きっと、うまくいく」、「キャプテン・フィリップス」、「ゼロ・グラビティ」、「ジャンゴ」、
「レ・ミゼラブル」の5本。
「きっと…」は見ていないし、4本目は最低、最後は何がいいのかさっぱり分からなかった。
残る2本なら僅差だが、「キャプテン…」に軍配を上げる。
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今年の日本アカデミー賞授賞式は3月7日に行われる。
どうも、司会が関根勤ではないらしい。ここ数年彼が担当していたが、ベテランにしては
お粗末な出来だった。“メイン”の人ではないし、「映画が好き」だけでは無理だよね。
代わって、西田敏行と樹木希林が司会をするらしい。…これもアヤシイなあ。
西田は「探偵ナイトスクープ」で司会をしているが、人柄のよさだけで、うまくはない。
樹木はしばしばTPOをわきまえない発言をするし、いきなりやる気をなくすこともある。
当夜は編集が大変かもしれない。ハハハ。

当たるも八卦当たらぬも八卦、こういう“予想”は、読む人にとっては面白くはないかも
しれないが、する方は楽しい。当たらなくても選考委員をけなす喜びを得られるのだから。
ハハハ。
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by toruiwa2010 | 2014-01-29 07:59 | 映画が好き | Comments(4)
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満たされない心

01/24のツイート

カナダ出身の歌手、ジャスティン・ビーバー…
16歳で世界中に顔も名前も知られてしまい、
本当の意味での”自由を”失った少年。
満たされないものがあったのだろう。
彼の心が病んだのも分かる気がする。痛ましい。


公道を封鎖してランボルギーニで暴走したとか。
それはそれで楽しいのだろうが、第三者から見ると理解の範囲を超えている。
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エルヴィス・プレスリーは気の合う何人もの友人に高級車を買い与えた。
マイク・タイソンは顔にタトゥーを入れ、ベンガル・タイガーをペットにした。
ブリトニー・スピアーズは突然、バリカンで頭を丸刈りにした。
マイケル・ジャクソンはホテルの窓から子供を…

アメリカで成功を収めた有名人の“奇行”を探すのは簡単だ。
想像することもできないほどの富と名声を得て心身のバランスがこわれ、自らの言動を
コントロールできなくなってしまう。どこかで“留め金”が外れるのだろうか。

ビーバーは2009年11月に15歳でリリースしたEPがいきなりプラチナディスクになった。
無邪気な笑顔と美しい歌声であっという間にスター街道を駆け上がった少年が送ってきた
4年強の人生が必ずしも幸せなものではなかったことを知って愕然とする。


ぶれるんじゃない!

01/26のツイート

鶴竜の来場所の綱取り…「今の段階では何も言えない」と幹部。
優勝と同じ勝ち星を挙げた準優勝じゃないか。
先場所の稀勢の里はたしか1勝の差があっての準優勝なのに、
今場所が綱取りだった。何かおかしくないかい?


正直なところ、鶴竜があそこまでやるとは思わなかった。
彼がいなければ味気ないものになるところだったが、遠藤の活躍とともに初場所を救った。
千秋楽を迎えた一昨日、白鵬の優勝は動かないと思っていた。仮に本割で敗れたとしても
2番続けて負けることは考えられなかったからだ。
本割では取り口が雑だった気がするが、決定戦では隙を見せず28度目の優勝を飾った。

生出演したNHKの番組ではやわらかい言葉で鶴竜や遠藤をほめていた。
場所前のけいこで稀勢の里を“可愛がる”シーンが流された。歴代の横綱も同じことを
してきたのだろうか?力の差を見せつけつつ、厳しい言葉で叱ることで成長を促していた。
言動の端々から最高位にいる者の責任を自覚していることが伝わった。
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遠藤がパレードの旗手を務めていたが、旭天鵬のアイディアだと白鵬が語っていた。
モンゴル出身の力士たちに感心させられることが多い場所だったね。

決定戦後に記者が鶴竜の来場所の綱取りについて聞かれた協会幹部は「今は言えない」と
答えたという。北の湖理事長が“13勝以上の優勝”を条件に明言したことで決着したが、
この件ではいつも相撲協会の“無定見”、“ご都合主義”が顔をのぞかせる。
一時は“連続優勝”が絶対条件だったのに、いつの間にか、“優勝+準優勝”になった。
先場所の稀勢の里は同星決戦にもつれ込んだ両横綱に次いで1勝差の“準優勝”だったが、
場所後すぐに「初場所に13勝以上の優勝なら横綱」という言葉が理事長から出ていた。
鶴竜は、優勝の白鵬と同じ勝ち星を挙げての準優勝なのに「今は言えない」って何?
腰が据わっていないのさ。そんなんじゃ、相撲が取れないだろうに。ハハハ。


おどろおどろしい

大河ドラマ「軍師 官兵衛」…藤村志保のナレーションが
少し変わったね。お化けのような読み方から人間らしい
読みに変わってきた。いきなり大きくは変えられないから
少しずつ変えて行こうということか。

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わずかだが、評判が悪いおどろおどろしい読み方を変える方向に踏み出したのだと思う。
間違ってはいけないのは、藤村の責任ではないという点だ。彼女クラスなら、どんな
読み方だってできる。あの不自然なナレーションは制作サイドの演出と考えるべきで、
彼女は指示された通りの読み方をしたまでだ。つまり、責任はすべて制作者の側にある。

視聴率が苦戦している。そもそも、ここ数年の大河ドラマは時代がさかのぼると視聴率が
出ない傾向にあるようだ。画面がどうしても暗くなるからだろうか?
岡田准一はいいと思うのだが、黒田官兵衛と歴史とのかかわりを描くのは難しそうだ。
あのナレーションが“暗さ”に輪をかけているよなあ。


ポール&リンゴ!

01/27のツイート

グラミー賞授賞式・・・ビートルズのアメリカ上陸から
50年だそうな。さっきはリンゴ・スターが歌い、いま
ポール・マカートニーが新曲を歌い、リンゴが後ろで
ドラムをたたいている。
感動と衝撃を受け続けたはるかなる青春の日々がよみがえる。


終戦直後の日本人はさまざまなカルチャー・ショックを受けた。音楽もその一つだった。
ラジオから流れるジャズは新鮮で魅力にあふれていた。しばらくすると、当時 流行歌と
呼ばれていた歌謡曲に並んでアメリカのポピュラー・ソングがヒットするようになった。
Vacation、Lipstick on Your Collar、Stupid Cupid、The Diary、Oh! Carol、Calendar Girl、
Diana、You Are My Destiny、Put Your Head On My Shoulder…コニー・フランシス、
ニール・セダカ、ポール・アンカらが歌い、日本人歌手もカバーしていた。
英語の歌詞を手に入れて必死に覚えたものだ。何曲かは今でも記憶で歌える。音痴だが。
ハハハ。

間もなく登場したエルヴィス・プレスリーにも夢中になったが、アメリカ生まれの音楽に
心を奪われていた日本人の耳に1960年代の初め、イギリスからまったくテーストの違う
音楽が聞こえてきた。歌っていたのはミリタリー調のウエアに身を固めた4人組の若者、
ザ・ビートルズだった。世間はたちまちビートルズ一色になった。まるで、ほかの音楽は
存在しないかのようなすさまじい雰囲気だった。

…外国の音楽に夢中になったのは、マイケル・ジャクソンを除けばビートルズまでだった。
ほぼ同時期に登場してきたザ・ローリング・ストーンズはどうしても受け付けなかった。
激しいのは苦手。ハハハ。
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昨日のグラミー賞授賞式でリンゴ・スターが歌った。年はとったが、節制しているのか、
ほぼ昔のままの体形で。10数分後、ポール・マカ―トニーが登場した。WOWOWの
スタジオからは「ちょっとしたゲストと一緒に」という紹介だったが、もったいぶった
言い方をしたって、誰だってそれがリンゴだと分かった。
果して、ジュリア・ロバーツのプレゼンが終わり、キーボードの前に座るポールが映ると
その後ろのドラムの位置にはリンゴがいてスティックを握っていた。
曲が終わって一段高いところから降りてきたリンゴが近づいてポールの手を握ったとき、
胸が熱くなった。
by toruiwa2010 | 2014-01-28 08:35 | 岩佐徹的考察 | Comments(6)
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見せなくていいよ!

01/22のツイート

淡路恵子の葬儀。「スーパーニュース」…
10月に撮ったという息子との写真を見せた。
「とくダネ」でも。
痩せ衰えた写真を出す神経が分からない。
女優さんなのに。ファンはスクリーンの
彼女の面影を残したいと思っているはずだ。


女性リポーターは「実は、貴重な写真をお借りしてきました」と話して、パネルを見せた。
思わず目を伏せてしまった。特別に淡路恵子のファンだったわけではないが、それでも
こういう姿は見たくない。この写真を提供した息子さんの気持ちも理解できない。
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がんと闘う患者の最後の数ヶ月は厳しいものだと聞く。息子にしてみれば最愛の母だから
どんな状態でも愛しい…それは分かるが、世間に晒すことにどんな意味があるのか?

「遺体と対面してくれ」と言われた小倉智明は「きつかったんで…」と、断ったことを
明かしていたが、そういう人も多い。亡くなった人の顔を見たいかどうかは人による。
私は“見ない”派だ。亡き人の元気だったころの顔を覚えておきたい。死に顔を見ると
そっちのイメージがこびりつくからいやなのだ。
見なければ本当に弔ったことにならないのかと言えばそうではないだろう。少なくとも
強制するものではない。葬儀の場で「見てやってくれ」と頼むのは“強制”だ。
闘病末期の写真をいきなりテレビ画面に映し出すのも同じではないのか。


苦しいね、細川

01/23のツイート

都知事選の候補者が街頭に出ている。
細川護熙が出馬を決めたとき脱原発の3文字が
効くかと思ったが厳しそうだね。
ほかの有力候補にくらべて10歳ぐらい年上だが、
言葉にも表情・物腰にも迫力やエネルギーが
感じられない。イメージは大事だ。
これでは浮動票を集められないぞ。


舛添要一(65)、宇都宮健児(67)、田母神俊雄(65)の“若さ”に対して76歳の細川護熙は
見た目で苦しいなあ。60代半ばでも年寄り扱いされるが、今のその年代は若々しい。
3人の横に75歳の私が立てば、やはり、“老い”が目立つに違いない。ハハハ。
一堂に会して純粋に政策論争をすればまだいいが、体制が整わないうちに公示日になった。
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佐川急便からの献金問題は覚悟していただろうが、まさか、東京オリンピックについて
ネガティブな発言をしていたことまで蒸し返されるとは思っていなかったかもしれない。
“世論調査で舛添リード”と聞いてもピンとこないが、どっちにしたって途中経過だろう。
決定的にものを言うのは参院選で山本太郎を国会に送った浮動票という正体不明のやつだ。
組織らしい組織を持たず、小泉純一郎の応援と脱原発だけ(ほとんど)を掲げて立った細川も
浮動票だけが頼りだと思うが、はたしてどうなのか。

序盤を見る限り、勝つ“ムード”はない。
オリンピックがらみの発言はどうでもいい。肝心なのは“脱原発”だ。東京というより
日本全体にとって大きなテーマなのに、そのためにどんな政策を持っていて、代替案は
これだという話がほとんど聞こえてこない。これでは都民の納得を得られないのではないか。
計算も成算もなく“勢い”だけで出馬してしまったわけでもないだろうに、変だね。


もう、いいんじゃない?

01/24のツイート

デヴィ夫人…この言い方もなんなんだろうね。
バラエティはすべて約束事の中で進んでいるのに、
素人に平手打ちの3連発。
返す刀で西川史子にブログで毒舌。あらまあ。
賞味期限も過ぎたし、そろそろお引き取り願う
ころあいかなあ。ハハハ。


まったくどうでもいい話だが、少し時間もあるから書いておくか。ハハハ。

そのシーンは放送されなかったものの、ある番組の収録中に出演者の一人(一般人)ともめ、
平手打ちした件を“デヴィ夫人”がブログに綴っている。
しかし、ことのいきさつにも触れているが、相手とは和解の方向に向かっていることを
“におわせた”上で、怒りの矛先はもっぱら同じ番組に出ていた西川に向けられている。
それも、かなり思い切った言い方で。
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そもそも、タイトルからして「夫にも愛されなかった みじめな西川史子とモンスター妻」!

私が長い海外生活に終止符を打って日本に戻った頃、
西川史子さんのことをなんて小憎らしい 見栄っ張りで
高飛車な女の子がいるんだろうと思っていました。


と過激に書き出したブログはさらに…

私が 平手打ちしなければならなかったのは
西川史子だったのかもしれませんね。
この可愛げも 女らしさの ひとかけらもない
男にも 女にも 愛してもらえない 可哀相な ギスギスと
小憎らしいことしか言えない この亀顔の 女の顔を
平手打ちした方が 良かったかもしれませんね、 今 思えば・・・


最後の部分だけを抜き出しても、これほどの憎悪むきだし。オホホホ。
仮にも一国の元首の妻だった女が書く文章とは思えん。
この件、“引きずる”かも…と思ったのだが、昨日の「サンジャポ」は“当事者”の西川が
出演しているのに一切触れなかった。
…ふーん、これは何かあるのかもね。テリーとデヴィの関係とか、プロデューサーが
ほかの番組でデヴィを使っているとか。ハハハ。

スカルノ夫人になった前後の彼女の美しさは素直に認めよう。
しかし、今バラエティ番組に出ている彼女にその面影はない。“思ったまま”を口にする
面白さが気に入られて使われているだけで、やがて消えていくのが“定め”だ。
何十年もテレビに出ていてバラエティのからくりがどういうものか知っているはずなのに
こんなことで騒ぎ立てるとは呆れてものが言えない。

平手打ちの件は被害届取り下げ&和解となるかもしれないが、もう、いいんじゃないの?
ちょうどいいきっかけだから、この辺で消えてもらっても誰も悲しむまい。ハハハ。
by toruiwa2010 | 2014-01-27 08:43 | 岩佐徹的考察 | Comments(6)
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♪きた~のやど ( 2006.02.06 初出)

テレビの旅番組で見たときから泊ってみたいホテルがありました。
お金持ちの親子が最上階のフランス料理店で食事をするシーンが記憶に残っています。
窓の向こうに一面の銀世界と遠くには海が望めました。
ザ・ウインザー・ホテル洞爺。

「マイレージは残ってるし、よし、行ってみよう」と考え、日曜日から出かけてきました。
寒いのは苦手なのに、こういうときは雪の深いところに行くのも億劫ではないのです。
玉にキズは、遠いことです。家を出てからホテルに着くまで7時間近くかかりますからね。
ハハハ。

行きも帰りも、空の旅は快適でした。
青森の東から海の上に出て、苫小牧あたりの工場の煙がまっすぐ立ち上るのを眺めながら
スケジュールどおりに千歳に着きました。

40数年前、取材で函館に来たときのことを思い出します。
1963年、本州を抜けて日本海に出た台風が、北海道の西に浮かぶ奥尻島を襲いました。
その爪あとを取材しに行ったのです。
入社したての私が生まれて初めて乗った飛行機はデハビランドという、胴体の上に翼が
ついた小型機でした。台風が通過した直後ですからまだ気流が悪く、津軽海峡の上空では
ものすごく揺れ、もう少しで“アウト”でした。それに比べるとジャンボは楽ですね。
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千歳からは列車で洞爺に向かいましたが、その朝、久しぶりに大雪が降ったという札幌の
周辺で除雪に手間取り、ダイヤはかなり乱れていました。千歳の隣、南千歳で函館行きの
特急に乗り換えです。10分ほどの遅れと聞いて、その時間に合わせてホームに出ましたが、
そこからさらに15分遅れ、おかげで、自販機で買った焼きおにぎりは冷えて、普通の
“焼いた”おにぎりに変わっていました。ハハハ。
ちなみに、この朝の札幌はマイナス16度ぐらいだったそうです!!しかし、私の数少ない
経験では、短い時間ならプラス4度、5度も、マイナス10度もあまり変わりません。

これまで経験した中で最も寒かったのは72年札幌オリンピックの前年に行われたプレ・
オリンピック取材のときのマイナス15度です。
ほかに、正確なところは分かりませんが、80年モスクワ・オリンピック出場のチームを
決めるバレーボールの最終予選会(ブルガリア・ソフィア)を取材した帰りに、モスクワの
空港で経験した寒さがあります。
バルカン航空からJALに乗り換えるのに、一度建物の外を5分ほど歩かされたのですが、
たぶんマイナス20度ぐらいだったのではないかと思います。
外気に触れた瞬間に、顔のあたりで「シュワシュワシュワー」という小さな音がしました。
鼻の中の水分が凍りついたのです!!
あとにも先にも、このときしか経験したことのない出来事でした。ハハハ。

電話で到着を知らせてあったので、洞爺の駅には迎えが来ていました。
40人ぐらい乗れるバスに私ひとりという贅沢さでした。
およそ40分ほどで、地元の人が幌内山(ほろないやま)と呼ぶ625メートルの山の上に建つ
ホテルに着きました。もちろん、一面の雪の中です。
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開業から4年になるというウインザー・ホテルは、今では貴重な、外資が入っていない
ホテルだそうです。
一歩、館内に足を踏み入れるとその豪華なつくりに圧倒されますが、私が気に入ったのは
従業員たちのホスピタリティー、もてなしの心です。
部屋まで案内してくれたお嬢さんをはじめ、滞在中に接したすべての人が、このホテルで
働くことを喜び、誇りに思っているのが感じられました。めったに経験できないことで、
こちらまで幸せな気分になります。教育がいいのでしょうね。
ロビーでは、外国人のミュージシャンによるナマの音楽も流れていました。
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翌朝は(ディナーについては0508をどうぞ)、「美しい」と聞いていた洞爺湖に昇る朝日を
楽しむために早くからカーテンを開けて手ぐすね引いて待ち構えましたが、残念ながら
雲が多くもうひとつ納得できる日の出ではありませんでした。ハハハ。
ホテルで焼いたばかりのパンをメインにしたチョイスで朝食をとりましたが、窓の外は
静かに雪が降っていました。
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去年、札幌に行ったときはすべてが“はずれ”でしたが、今回は “あたり”でした。
ただひとつ、「飛行機に乗ると耳が痛くなるから」と妻が同行しなかったのが残念です。
次は、緑の美しい季節に訪れたいと思います。ただし、妻が「行く」といえばの話ですが、
ダメでしょうね。ハハハ。


絵描きの宿 ( 2006.02.06 初出)

晩御飯は少し迷ったのですが、イタリアンを選びました。
実はホテルに向かう途中で、雪深い脇道に入るところに“PIZZERIA”の文字があったのを
見逃さなかったのです。近ければ行ってみようと思いました。
しかし、車はそこを過ぎてから山道に入り、ホテル到着まで15分ほどかかりましたから、
「これじゃあ、館内で済ませなきゃしょうがないな」とあきらめました。
ところが、部屋で眺めていたレストラン案内の中にそのピッツェリアがあったのです!

店もホテルの一部で、もちろん送迎もするというのです。
当然、その店、La locanda del pittoreに行くことにしました。
“絵描きの宿”という意味のようです。違っていたらごめんなさい。
フレンチを選ばなかったのは高そうだからではありません。単に苦手だからです。ハハハ。
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この選択は大正解でした。
時々、くべられた木がポンとはじける暖炉が落ち着いた雰囲気を演出していました。
従業員の態度もホテル同様、抑制がきいていて居心地のいいものでした。
何よりも料理が最高でした。
グルメではない私は、イタリアンならアリオリオ(スパゲッティー)、チャイニーズなら
ホット・アンド・サワー・スープ(辛酸湯)で店の“良し悪し”を決めることにしています。
その物差しで言えば、「星みっつー」でした。ハハハ。

迎えの車を待つために外に出ると雪でした。
…と思ったのですが、店の人の話では、降っているのではなく、積もった雪が強い風で
舞っているのだそうです。
店の外観をデジカメに収めたら、ちょっと幻想的な写真が出来上がりました。
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by toruiwa2010 | 2014-01-26 09:07 | 自薦・厳選300? | Comments(0)
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2004年ごろから仕事の合間を縫って旅に出るようになりましたが、
本格化したのは2005年全米オープンを最後に引退してからです。
主に、京都や箱根でしたが、冬場はなぜか北に行きたくなります。


北の大地へ ( 2005.12.11 初出 )


WOWOWでは海外出張が多かったせいでマイレージが相当たまっていました。
間もなく期限切れになるものがありましたので、それを使って札幌に行ってきました。
国内旅行で飛行機に乗ったのは 95年にイタリア・サッカーのラツィオのキャンプ取材で
函館に行ったとき以来だと思います。

妻が飛行機に乗るのは1981年以来24年ぶりです!
その年の私は、メジャー・リーグの中継で、ほぼ一年間、家を留守にしました。
ワールド・シリーズ終了にあわせてロスで落ち合ったのです。

天気予報で「札幌の降水確率・70%」と聞いていましたから、少し心配だったのですが、
案の定、三沢付近にさしかかったあたりで「機長です。新千歳空港は除雪作業中のため
ここで旋回待機します」のアナウンス!
30分の遅れですみましたが、気が気ではありませんでした。
あとで聞くと、今シーズン初めて相当に吹雪いたそうです。猛烈な吹雪…現地のかたは
大変なご苦労をされるのでしょうが、東京人にしてみると、“ちょっとだけなら”経験して
みたい気持にもなります。そんなけしからん思いが叶うはずはありません。
札幌に着くと素晴らしい青空が広がっていました。ハハハ。

チェックインには少し早かったため、札幌駅に着いたあと、北大に行くことにして駅前から
タクシーに乗り込みました。…運転手さんのご機嫌が、あまりよくありません。
それもそのはず、角を二つ曲がって少し進んだところが北大の入り口だったのです!
早速やってしまいました。ハハハ。
季節のいいときに何度か来ていますが、この時期は学生は休みに入っているのでしょうか、
一面雪の構内には、人影もまばらでした。
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チェックインを済ませたあと、旅の目的のひとつであるラーメンを食べに出かけました。
私が札幌に来たのは、フジテレビのスポーツ部にいた80年代後半以来です。
そのときは、円山球場でのプロ野球中継の手伝いでしたが、アナウンサー時代は野球の
取材などで何度も訪れています。
特に、札幌オリンピック前年の1971年には、プレ・オリンピックの取材で長く滞在して、
ジャンプ台や滑降のコースなどを細かく見て回りました。
90m級の大倉山のジャンプ台や滑降のスタート地点にも行きました。どちらも、選手が
スタートする場所から下を見たときには「これは、滑り降りるというより落ちるんだ」と
思いましたね。以来、ジャンプや滑降の選手には敬意を払うことにしています。ハハハ。

実は、札幌行きの主な目的はそのときに感動した“みそ・バター・コーン・ラーメン”を
もう一度食べることでした。その話を何度か聞かせた妻にも食べさせたかったのです。
普通のみそラーメンにバターとコーンを入れただけという印象しか残っていないのですが、
私には絶品の味として脳の奥にしっかり刻み込まれているのです。
ワクワクしながら、案内書で見た「味の○平」に出かけました。
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結論から言うと、がっかり…ハハハ。
まず、なんとしても食べたかった“フルネーム”のものはなく、メニューにあったのは
ごく普通のみそラーメンで、バターもコーンもありませんでした。それも、みそラーメン
というより豚足ラーメンに近い感じで、塩味のきついものでした。残したら叱られそうな
雰囲気に圧倒されて懸命に食べましたが。ハハハ。
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期待が大きかっただけにガッカリでした。
郊外の羊ヶ丘展望台、赤レンガの旧市庁舎、時計台などを見てホテルに帰りました。
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夜は、もうひとつの目的だった炉ばた焼きの店に出かけました。
頭の中では言葉も出ないほどおいしいはずの「じゃが・バター」が期待はずれでした!
とにかく、入った店で一番点数が高かったのが焼きおむすびでしたからね。ハハハ。

壁にかかっていた“相田みつを的”な字体で書かれた詩が目を引きました。

魚を炙る
脂がはぜる
炭火が煙る
いろりがおどる


…いろりは絶対に踊らないと思いますがね。ハハハ。
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もう一度食べたいと思う甘みのあるとうもろこしもシースンオフでした。
とにかく、今回の旅は外れっぱなしでいいところがありませんでした。
「計画が悪い」と言われれば、その通りですがね。
飛行機代がかからなかったのが唯一の救いでした。トホホ。

次は 洞爺湖ウインザー・ホテルか、函館、富良野を目指します。
いいヒントをお持ちの方、ぜひ教えてください。


見損なったぜ!

週末なのに朝6時の時点でアクセスが100件を超えていました。
きっと、ナダルvsフェデラーがらみの記事を期待されてのことでしょう。
申し訳ありません。見損ないました。

お昼過ぎまでは、6時に相撲が終わったところから見るつもりでいましたが、
6時からは、録画してあった「ソロモン流」~田中義剛~を見て、そのあと
同じく録画済みのドラマ「黒い福音」(北野武・瑛太)をスタートしてしまいました。

とてもいいライバル関係だったナダルとフェデラーの対戦がいい試合になる
最後のチャンスだと思い、楽しみにしていたのに…。
こんな体たらくでは、もうテニスについて書く資格はなさそうです。
自分で自分を見損ないました。トホホ。
by toruiwa2010 | 2014-01-25 08:21 | 自薦・厳選300? | Comments(2)
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テレビが誕生する以前の話ですが、戦後10年~15年ぐらい、映画館では予告編とともに
ニュースが上映されていました。アメリカの映画会社が作るものもあって、その中には
野球とフットボールが必ず含まれていました。アメリカ人向けに作られたものですから、
当然、MLBとNFLです。大男たちが俊敏にプレーする様子を見て大人たちは「これじゃ
戦争に負けるわけだなあ」と妙な感心の仕方をしていたものです。ハハハ。

私が生まれた年を挟むように、ベーブ・ルース、ルー・ゲーリツグは引退していましたが、
ジョー・ディマジオ、ミッキー・マントル、ヨギ・ベラ、ジャッキー・ロビンソン、
テッド・ウイリアムズ、ラルフ・カイナー、スタン・ミュージアル、ロイ・キャンパネラ…
のちに殿堂に入った選手たちは健在でした。彼らがプレーする映像を見たのは映画館の
スクリーンだったのです。扱う試合は圧倒的にヤンキースの試合が多く、小学生だった
私の頭には彼らが身にまとう縦じまのユニフォームがしっかり刷り込まれていました。
“ピンストライプ”と呼ぶことを知ったのはずっとあとのことです。
いまは、どんなチームの試合でも見られますから、好きになる球団もさまざまですが、
今70歳代の人に聞いたら、80%ぐらいはヤンキースが好きだと言うでしょう。

フジテレビが1978年からMLB(当時は“大リーグ”)の中継を始め、実況を任されたとき、
どういうカードを取り上げるかを決める会議にもオブザーバーとして参加しましたが、
ほとんどもめることもなく、“ヤンキースを中心に”という結論が出ていました。
30(当時)ある球団を均等に放送すると、視聴者に“馴染み”が生まれないからいくつかに
絞ることがまず決まり、“それならばヤンキースは絶対だ”という流れでした。ハハハ。
それほど、日本人にとっては長い間“MLBと言えばヤンキース”だったのです。
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そのヤンキースに田中将大が入団することになりました。
交渉が始まった段階でヤンキースが有利だとは思っていましたが、決まってよかったです。
伝統も歴史も半端ではありません。仙台とは比べものにならない大都会・ニューヨークの
威圧感と合わせて、田中にかかるプレッシャーも相当なものがあるはずです。気がかりは
その一点だけでしょう。アメリカ人選手の中にもニューヨークのプレッシャーは無理、
西海岸の方が投げやすいという選手がたまにいますが、覚悟の上での選択のはずですから
私は心配していません。

それにしても“7年総額1億5500万ドル(161億円)”…1年目からの契約とすれば破天荒な
数字ですね。かつて井川に手ひどく裏切られたトラウマを持つヤンキースにしてみれば、
“清水の舞台から飛び降りる”以上の思い切った経営判断をしたことになります。
ちなみに、2014-2019年の6年が2200万ドル、2020年が2300万ドルだそうですが、
金額よりも、並の選手なら4年が精いっぱいのところ7年という契約年数の方に驚きます。
これだけの大型契約は、投手に与えられる契約としては史上5番目だし、2017年オフには
田中の側から契約を打ち切ることもできる“オプトアウト”の権利もついています。
ヤンキースの必死さと期待の大きさをうかがわせますね。

その期待とは…
“1年間、中4日のローテーションを守って2けた勝利”が最低ラインでしょう。
日本人投手がMLB入りするとき、いつも心配するのは“中5日、中6日で投げることに
慣れてしまった肩は大丈夫か?“ということでした。
しかし、去年、最も気がかりだった岩隈が33試合に登板して219回2/3を投げました。
野村監督に“ガラスのエース”と嘆かせた男が、きちんと手入れをすれば“中4日”は
難しくないことを証明しています。頑丈な田中ですから問題ないでしょう。

ヤンキースは日本シリーズでの田中の“無理”(160球+15球)を懸念していました。
過去5シーズン、1試合平均でMLBのどんな投手よりも多い113.5球投げているという
データもあります。入団交渉に名乗りを上げたすべての球団がバーンアウト(燃え尽き)を
心配したのも理解できます。しかし、ときどき診ているドジャースのチーム・ドクターが
「問題なし」の結論を出し、全球団に伝えたことでヤンキースの懸念は消えました。

サバシア、黒田に続いて、ノバと先発の3番手を争うことになりそうです。
渡米したころの松坂の球威もダルビッシュの多彩な球種もありませんが、“それなり”の
ストレートを投げ、切れのいいスライダーとスプリッタ―を持っています。
しかも、ここというときにはギア・アップする独特の投球術があります。
奪三振も二人ほどではありませんが、与四球は少ないです。
楽観的だと言われそうですが、2けた勝利も難しいことだとは思いません。

“目標は世界一”だそうですが、ヤンキースの球団としてのゴールも同じでしょう。
このオフにはかなりの金をつぎ込んで、キャッチャーと外野を補強しましたが、Aロッドが
抜けるサードと6月には40歳になるジーターのポジションはどうなったのか?
リベラが引退したあとのクローザーも心配です。去年のレッドソックスが強かっただけに
ペナント奪還は容易ではありません。田中が加入した効果が出なければ困ります。
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その田中には技術以外の大きな武器があります。“人たらし”の笑顔です。
当初は言葉の壁に苦労するでしょうが、“スマイル”は世界共通の言語です。一度でも
あの笑顔に接したら“口うるさい”ニューヨーカーもたちまちトリコになるはずです。
もっとも、勝てなければ巨額の契約が跳ね返ってきて、ブーイングを浴びます。例外は
ありません。その辺も含めてメジャーを楽しんでほしいものです。

チームに大先輩、黒田とイチローがいるのは心強いですね。
開幕時にイチローがチームに残っているかどうかは分かりませんが、いずれにしても、
二人ともよほどのことがない限り、何も言わないでしょう。いくら若くても、お互いに
プロですから。しかし、いざというときには力になってくれるはずです。

おまけ1

田中のMLB初登板は4月3日、ヒューストンでのアストロズ戦か
4日、トロントでのブルージェイズ戦になりそうです。
上原・田沢がいるレッドソックスとの対戦は開幕直後の4月10日から、
ダルビッシュのレンジャーズ戦は7月21日まで待つことになります。

おまけ2

MLBの公式ツイッターにこんな写真が載っていました。
2006年、高校選抜で訪米して松井秀喜と対面したときのものです。
隣で腰を浮かしている斉藤祐樹は今どうしているのか?
甲子園での対決から7年で両者の立場は大きく変わりましたね。
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by toruiwa2010 | 2014-01-24 08:16 | メジャー&野球全般 | Comments(4)
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二つの大震災

01/17のツイート

1995年1月17日、全豪オープン二日目第1試合を実況して
控室に戻るとテレビに人だかり。
スタッフが現地放送局の流す映像に凝然としていた。
自宅に電話すると妻が「芦屋のお母さんに電話がつながらない」と
心配していた。のちに無事と分かったが。
阪神淡路大震災から19年。


1923年9月1日、18歳で第一子をお腹に宿していた母は東京・深川で関東大震災に
遭遇した。数日後、身重の母は九州行きの列車に乗って故郷の福岡に避難した。
混雑する東京駅では、見送りの友人・知人に窓から押し込まれたそうだ。
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72年後、阪神淡路大震災が発生したとき、母は芦屋のマンションで暮らしていた。
関東大震災のときにお腹にいた長兄と一緒だった。90歳になっていた。
幸い…と言ったらいけないのだろうが、このときは導眠剤を飲んでぐっすり眠り込んで
いたため、まったく記憶がなかったらしい。
いずれにしても、関東と関西で72年の“時差”がある大震災を経験した人は珍しいはずだ。

人の行き来が激しくなっているし、時間的にも16年しか離れていないことを考えると、
阪神淡路を経験したあと東北に移り住み、そこで東日本大震災に襲われた人は多いかも
しれない。

全豪オープンが行われていたメルボルンでは2,3日後にWTAの記者会見が開かれた。
出場選手の一人、沢松奈生子の芦屋の実家が全壊したことが地元の新聞でも報道され、
女子選手たちが自分の用具や私物をオークションにかけたり、大会後の東レPPオープンに
出場する選手は東京で募金活動をしたりすることが発表された。18歳のダベンポートが
堂々と選手会としてのコメントを読みあげていたことを思い出す。


やだねえ

01/18のツイート

野茂英雄、秋山幸二、佐々木主浩が野球の殿堂入り。
野茂は有資格1年目の選出だ。
日本だけなら5年で80勝…殿堂入りの成績ではないが、
メジャーへの道を切り開き、実績を残したのだから
この選出は当然だろう。それにしても、落合博満の
2年連続落選とのギャップが際立つ。


プロ野球選手は引退から5年を経過すると殿堂入りの資格を得る。
野茂は資格を得た1年目で選出された。過去、スタルヒンと王貞治しかいないそうだ。
投票権は取材経験が15年以上の記者(アナ、ディレクターをふくむ)に与えられているが、
厳しくしないと重みがなくなるとでも考えているのだろうか。
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437本塁打をふくむ2157安打、303盗塁、ゴールデングラブ賞11回の秋山は殿堂入りに
7年かかったし、最優秀救援投手5回をはじめ、日米でクローザーとして活躍した佐々木も
4年目の選出だった。現役時代の成績に基準があるわけではないから選ばれるかどうかは
記者たちの胸三寸ということになる。
つまり、野茂が言っていたように、記者の受けが悪かった人は不利になる印象がある。
印象どころか、三冠王3回、首位打者、本塁打王、打点王それぞれ5回の落合博満でさえ
3年かかった事実が露骨に証明している。野球界最高の名誉がかかった投票に、過去の
好き・嫌いが影を落とす。やだねえ。


隔靴掻痒(=ああ、じれったい)

01/21のツイート

鏡桜vs天鎧鵬…西土俵下で明らかに異変があった。
女性が呼び出しに告げていた。数分後担架も来ていた。
事なかれ主義のNHKは完全にスルーしたね。
映像はともかくアナが事情を説明すべきだ。

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ライブのときは気づかなかったが、スロービデオが流れると、土俵下の客席の“空間”に
女性客の顔が現れて呼び出しの袖を引っ張り、振り向いた彼に女性が身振りで“異変”を
告げるところが映っていた。
アナウンサーは何も言わなかったが、画面に担架が入ってくるところも映った。

視聴者には何かが起きたと分かるのに、一切、無視するというのはいかがなものか?
映像は要らない。「体調を崩したお客さんがいらっしゃるようです」で十分じゃないか。
そう話すことでどんな不具合が生じるのだろうか? NHKの放送はどこかよそよそしい。
不親切だし、何かが足りない。人間らしさ?

初日、大関復帰がかかる琴欧州が登場すると、アナは「陥落した直後の場所で大関復帰を
果たしたのは4人。最近では平成7年の栃東」と言った。なぜ、ほかの3力士の名前を
言わないんだろうね。5秒あれば言えるだろうに。

ゴルフ中継(ソニー・オープン:ハワイ)ではこんなこともあった。
ゴルフ場近くの海に鯨が泳いでいる映像が映ったとき、「鯨ですね」と解説者。
アナは、鯨には触れず、「穏やかな海ですね」と。
解説者の話に直接反応せずに、関連はしているけど別角度の話に持っていくやりかたは、
NHKのスポーツ・アナに共通している。サッカー中継では特に顕著だ。

それでこそプロだと思っているかのかも知れないが、会話になってないんだよね。
“鯨”のケースでは、「ああ、そうですねえ」と一度受ければいいじゃないかと思う。
なぜ、そうしないのか?解説者が先に気づいたことが気に入らない?まさかね。ハハハ。
見ている者は、テレビの向こうで話している人の間に流れる「空気」が感じられないと
落ち着かないし、親しみが持てないんだよねえ。
伝統だし、それが正しいと思っているようだから、一生治らんのだろうな。トホホ。

間もなく院長診察&リハビリのために家を出ます。
田中将大のヤンキース入りについては明日書きます。

by toruiwa2010 | 2014-01-23 06:04 | 岩佐徹的考察 | Comments(4)
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01/16のツイート

今日の島田アナはずいぶんくっきりしたメークだなあ。
悪くないけど、いつもとイメージが違う。
彼女は夕方のニュースでもキャスターができると思って
見ているのだが。フジテレビは「動き」が鈍いよね。
本当に危機感があるのだろうか?


櫻井よしこ、木元教子、安藤優子…えーと、あとはだれだっけ、幸田シャーミン?
なんだかよく分からんが、日本のテレビ史上に現れた女性のニュース・キャスターたちは
気の強そうな人が揃ってるなあ。幸田など、放送が終わり、3階の報道局に上がってきて
エレベーターを降りたところでコンビを組んでいた逸見政孝と大声で口論しているのを
聞いたことがある。それだけで“気が強い”と決めてしまうのも乱暴だが。ハハハ。

三雲孝江、笛吹雅子、民放に移ってからの草野満代、膳場貴子ら局アナ出身者もいるが、
彼女たちがコメントらしいことを言っているのを聞いた記憶はあまりない。
NHKでキャスター扱いされた桜井洋子や森田美由紀もやっていたことはほぼ同じだった。
民放では笛吹以後、そういう人材さえ育っていないのではないか。

どの局にも報道系の番組にかかわっている女性アナは数人ずついる。
全部を見ているわけではないので見落としがあるかもしれないが、最も注目しているのは
フジの島田、TBSの久保田智子両アナだ。

wikipediaによれば、島田も今年40歳になるという。
会社として“育てている”意識があるかどうかは知らないが、一貫して報道・情報系の
番組に携わってきたようだ。今は、昼のニュース「スピーク」を担当している彼女には
数年前から、早く「スーパーニュース」をやらせてほしいと書いてきた。
外野席から声援を送っているのだが、安藤がその座を譲る気配はない。トホホ。

大番頭格だった木村太郎が抜け、年下のアナウンサーを配しているが、看板の番組から
“ジャーナリズム”らしさはなくなってしまった。好き・嫌いはあるにしても、安藤を
巧みにコントロールして“軌道”を修正していたのは木村だった。今のスタイルでは
誰もその役割を演じることはできない。経験でも力量でも。
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どのみち、サルが逃げたとか多摩川にアザラシが姿を見せた…という話がトップ項目で
扱われるようなニュース番組なら安藤優子的なキャラクターは不要じゃないの?
島田にジャーナリスティックな感覚を求める気はない。政治・経済からひまネタまでを
ごった煮で伝える番組なら、その仕切り役として彼女はぴったりだと思うのだ。
ニュースの読みがしっかりしている上にアドリブがきく。伊藤利尋アナが司会を務めた
「知りたがり」の中でのやり取りは楽しいものだった。
年齢的にもちょうどいいし、女性に嫌われそうもない“キリッと”キャラクターもいい。

社長も変わったんだし、今こそ思い切った“チェンジ”を実行するチャンスだと思うが、
安藤を交代させることがそんなに怖いのかなあ。「いいとも」だって終わる時代だぜ。

一方、TBSの久保田にも早くから注目していた。

女性では、小林麻耶アナを集中的に売り出そうとしているようですが、
私は「グッデイ」で1年間おじいちゃん(わが友、露木茂)の面倒を見てくれた
久保田智子の方が機転もきくし、人間としての中身、器としてはるかに
大きいと思います。現在は夜のニュースでスポーツ・キャスターを務めて
いるらしいですが、TBSもなに考えてんだか。ハハハ。


2005年2月の記事にそう書いている。
その頃の小林アナはほぼバラエティ専門で人気者だったが、数年後、TBSはゴールデンの
ニュースの“メイン・キャスター”に起用して大失敗した。適性を把握していない証拠だ。
女性アナの使い方が最も下手な局だと思う。
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今、久保田アナはニューヨークに駐在している。
アナウンサーがニューヨークやパリに駐在する場合、何かをやらかして「ほとぼりが
冷めるまで行ってろ」と放り出されることだってあるが、彼女に限ってそんな理由では
ないだろう。考えられるのは次の仕事に備えてのステップアップだ。1,2年駐在すれば
それなりの箔がつく…それを狙っているのではないか?

小耳にはさんだ情報によると、春には帰国するかもしれないという。何を意味するか?
ニューヨークで“ヘマ”をしていれば別だが、1年足らずでの帰国は異例だ。
考えられるのは、大きな仕事につくことだ。
オーソドックスなら「NEWS23」か「Nスタ」、あるいは「はなまる…」の後継番組で
国分太一と同格で組む、「朝ズバ」枠の司会…いずれにしても、もう彼女は誰かの隣りで
“アシスタント”役をすることはないと思う。ニュースをやらせたいが、TBSだからなあ。
ハハハ。

4月からとは言わないが、島田彩夏と久保田智子がそれぞれの局の顔として同じ時間帯の
ニュース番組で対決する日がきてほしいね。
by toruiwa2010 | 2014-01-22 09:11 | アナウンサー・実況 | Comments(6)