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岩佐徹のOFF-MIKE

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実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

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今年の全仏は一度見ただけです。
前哨戦の出来があまりよくなかったと聞いたナダルが気になって4回戦のラヨビッチ戦を
少しだけ見ました。ほとんど問題がなさそうなので第2セットの序盤でやめましたが。
ハハハ。

そんなことより、全仏のラウンドがここまでくると、毎年、思い出すことがあります。
「あのころは充実していて楽しかったなあ」と。

最後は残念な形で袂を分かつことになりましたが、WOWOWには感謝しています。
マイクから離れて8年以上も過ぎたポンコツにもかかわらず、再び実況の世界に戻して
くれましたし、かなり“おいしい”仕事をさせてもらいましたから。ハハハ。

取り上げるのは、競技そのものは“マイナー”かもしれませんが、試合や大会はどれも
世界最高レベルですから、実況者としてはたまらんのです。
しかも、地上波のアナではありえないような密度の濃いスケジュールにも恵まれました。

1992年にはラスベガスでタイソンのボクシング、そのあと、オーストリア、スロベニア、
フィンランドとヨーロッパを転々としつつ、アイスホッケー世界選手権を実況しました。
私の海外出張の中で3番目に長い56日間でした。

97年はカナダ・オンタリオで女子ゴルフ、アメリカ・ニューヨーク郊外で男子ゴルフの
メジャーを実況したあと、全米オープン・テニスを担当しました。47日間でした。
日数は短かったですが、楽しかったのは1999年の5月です。
全仏オープン開幕前日、パリから1泊でイタリアに飛びました。中田英寿のペルージャが
セリエA残留を、ACミランがスクデットを賭けた試合を実況するためです。
放送を終えたあとローマまで車を走らせ、翌朝一番の飛行機でパリに戻って初日の午後の
試合を実況しました。忙しかったですが、ワクワクする仕事でした。

ほかに、心が躍ったのは1996年、2000年。2002年、2004年の夏でした。
なんだかわかりますか?

96、2000,04は全仏オープンのパリからそのまま、ロンドン、ブリュッセル、リスボンに
移ってサッカーのユーロを、2002年は全仏のあとワールド・カップを実況しました。
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96年は忘れがたいです。
PCは始めていましたが、まだ値段がかなり高かったノート型には手が出ず、海外に出ると
情報取集はとても難しい状況でした。東京にいる間は何とかなりましたが、私はユーロが
始まる3週間前には日本を出てしまいます。テニスの実況があるからです。
全仏が終わって私がロンドンに入るのはユーロ開幕から4日目ですから、テニスの実況と
並行してサッカーの情報も集めておかなければいけません。

WOWOWが世話になっているニューヨークの会社に頼んで、サッカー関係のニュースを
プリントしてパリのホテルにファックスしてもらうことにしました。
テニスの仕事が終わってホテルに戻ると、毎晩、フロントがうんざりした顔で紙の束を
渡してくれたものです。用紙がなくなることを示す赤いインクがいつも見えていました。
ハハハ。

2000年も、全仏を終えてブリュッセルに着いたとき、すでにユーロは始まっていましたが、
その頃にはノートPCを持ち歩くようになっていましたから、準備も万端でした。

2002ワールド・カップもテニスの期間中に開幕していました。
このときは、控室でサッカーの放送を流すと集中できないので、プロデューサーに頼んで
“禁止”にしてもらいました。アナウンサーにもスタッフにもサッカー好きが多かった
ですから恨まれたと思います。しかも、WOWOWの部屋では禁止でも薄い壁をへだてた
隣のテレビ東京はフリーでしたから、歓声が聞こえてくるのです。地獄でした。ったく。
ハハハ。

帰国したのは6月11日でした。5月31日から始まっていたワールド・カップの熱気は
日本国中を覆っていてユーロのときにはなかった“出遅れ感”を痛いほど感じました。
この3大会を思えば、日程がずれていたせいで、開幕前に現地入りできたユーロ2004は
天国みたいでした。
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薄い紫色のジャカランダが咲くポルトガル・リスボンは最高でした。
1月に前立腺がんが見つかり、秋に手術することが決まっていましたし、さまざまな理由で
「サッカー実況はこれを最後にしよう」と覚悟して臨んだ大会です。
気候も食事も最高だし、同行した解説者や制作スタッフ、担当カードも文句なしでした。
サッカーの実況者として最後に担当したQFのギリシャvsフランスがあくびが出そうな
凡戦だったこと、いつもは決勝まで担当するのに、大会中に帰国したことを除いて。ハハハ。

経験のない人には“過密”に見えるかもしれないスケジュールでも、本人は違います。
クォリティの高いイベントを立て続けに担当するのは“冥利”に尽きます。こんなときは
アドレナリンが勢いよく流れて疲れなど感じないものです。
疲れるどころか、一つのイベントが終わった夜のホテルで、使った資料を丸めて部屋の
隅のゴミ箱に叩き込むときの爽快感はたまりません。ハハハ。

間もなく開幕するワールド・カップには何人のアナウンサーが関わるのか知りませんが、
いまごろ、期待と興奮で高揚していることでしょう。
体調に気を付けて、悔いの残らない実況をしてほしいものです。
えーと、大会中、突っ込むことがあると思いますが、あしからず。ハハハ。
by toruiwa2010 | 2014-06-05 07:06 | サッカー | Comments(6)
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06/03のツイート

イギリス・ルートン空港で一人の男が
逮捕された。マイアミ行きの飛行機に
乗り込むべくバスを降りたばかりの
イングランド代表に紛れ込もうとしたのだ!

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男の名前はサイモン・ブロドキン…コメディアンです。
代表の公式スーツとネクタイ姿でしたから、企みが成功した可能性はあります。ウエアは
Marks and Spencerのサイトで購入できたそうですから、入手は簡単だったのでしょう。
イングランド代表はもう少しで一人多くなるところでした。あっぶねえ。ハハハ。

この男には“前科”があります。それも去年の話です。
舞台は3月にエバートンとマンチェスター・シティが対戦したグッディソン・パークです。
アウェーのマンCが試合前のアップをしているとき、シティのユニフォームをまとった
小柄な男が紛れこもうとして捕まりました。それがブロドキン…常習者だったのです!
ただし、このときは自分が出演しているBBCの番組企画だったそうです。
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欧米からはこういうニュースがときどき伝わってきます。
最近ではロンドン・オリンピックの開会式でインド選手団に紛れ込んだ女性がいましたね。
プラクティカル・ジョーク…行動を伴った悪ふざけと言います。
私も“まんま”と引っかかったことがあります。

2001年4月18日、この“事件”はミュンヘンのオリンピア・スタジアムで起きました。
チャンピオンズ・リーグQFのセカンド・レグ、バイエルン・ミュンヘンとマンチェスター・
ユナイテッドの顔合わせです。私は、解説の奥寺康彦さんと東京のスタジオにいました。
緊張した表情で両チームのイレブンが握手を交わしたあと、それぞれが恒例の写真撮影に
応じているときの写真がこれです。
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この写真に納まるのは試合に先発する“11人”のはずですね。しかし、数えてみて下さい。
間違いなく、12人いませんか?
実は、左端に写っているのはサッカー選手ではないカール・パワーという男なんです!
マンUのユニフォームを着ていても、ピッチに入るには、IDカードを持っていてさえ、
かなり厳重なチェックをくぐり抜けなければいけないのに!なんという奴でしょうか。

彼は、こういうイタズラをやることが大好きなprankster として有名な男なんだそうです。
ビデオを再生すると、選手たちが“12人目”の仲間になんとなくけげんそうな目を向けて
いるのが分かりますが、私は、上下とも白のマンチェスター・Uのユニフォームについて
「red devilではありませんね」と話しています。くやしい!ハハハ。

日本ではこんな大胆なイタズラをする人はいませんが、欧米ではときどき姿を現します。
とくにイギリスはストリーキング発祥?の地ですから、よそより多いのかもしれません。
かつて、アメリカにも、ワールド・シリーズが始まる直前、ヤンキースのダグアウトに
まぎれこみ、直立不動で国歌を聞く男がいました。もちろん、ピンストライプを着込んで!
スーパー・ボウルのハーフ・タイムに、ダラス・カウボーイズのチアリーダーの衣装で
踊って(!)いたのも同じ男だったそうです。ハハハ。


パワーは「ゲームにはスマイルが必要なんだよ。僕らはそれをやったのさ」と言っていた
らしいですが、彼らのおかげでセキュリティーはますます厳重になっていて、イタズラを
しようと考えても、実行のチャンスはなさそうです。
いたずらも度を越えるとまずいですが、この程度なら、私は嫌いじゃありません。ハハハ。
by toruiwa2010 | 2014-06-04 07:17 | サッカー | Comments(0)
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田中:まさに乾坤一擲だった
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8回 106球(73ストライク) 4安打 2四球・9三振 1点(自責0) 勝ち 8勝1敗

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雨による中断がなければ2度目の完投を果たしていたかもしれません。たしか、自分で
“雨男”だと認める発言をしていました。MLBに移籍して少しは変わるかと思いましたが、
雨が降り出してからおかしくなって初黒星を喫したカブス戦もそうだったように、結局、
あまり変わっていないようです。ハハハ。

この試合でも、雨の中の投球になった6回は先頭打者を歩かせ、併殺で切り抜けたものの
5番・アーシアが3-1からファウルした球、そのあと、プルーフに深いセンターフライを
打たれた初球は甘いコースに入っていました。雨がやんだ7回、8回は一人も走者を出さず、
3三振を奪う完璧さでした。
“雨男”は心理的なものというより、現実に足元が緩くなるマイナス面があります。
急に克服できるものではないでしょうが、早めに対策を講じてほしいものです。

立ち上がりから球は走っているように見えました。
それなのに、ツインズは3回まで連続で先頭打者が出塁しました。1回と3回はエラー、
2回は当たりそこねのゴロが内野安打になったものです。ワイルド・ピッチと内野ゴロで
1死3塁とされた1回に1点は失いましたが、心配する要素はなかったと思います。

心配すべきは打線の方でした。ハハハ。
1回に無死満塁、2回にも1死1・2塁のチャンスを共に併殺で点が奪えませんでした。
田中は3回にも無死2・3塁で3-4-5番というピンチを迎えますが、2三振と内野フライで
内野の頭を越えさせません。

圧巻は、2アウト後、なおも2・3塁で5番・アーシアと対決した場面です。
初球、スプリッターで空振りさせたあとの2球目のスプリッターが、落ちませんでした。
幸い、ファウルで助かりましたが、投げ終えたばかりの田中がセンター方向に向き直って
大きく吠えました。二人前の3番・マウアーに無死2・3塁で投じた1—2からの4球目も、
空振りさせましたが落ちていなかったのです。自分の投球に納得がいかなかったのです。
「なんて球を投げてんだ俺は!」という気持ちがジェスチャーと表情に表れたのでしょう。
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カウント0-2からの3球目は“乾坤一擲”を絵にかいたようなボールでした。
ていねいさが伝わる152㌔のストレートは、糸を引くように、外角低めいっぱいに構えた
マッキャンのミットに吸い込まれて行きました。
2014シーズン、私が見たすべての試合の中で最も心に残る見事な一球でした。

5月終了時点で8勝も挙げているとは予想もしませんでした。
開幕前の「MLB日本人選手への期待」には、慣れない環境やさまざまなプレッシャーを
考えて“15勝と言いたいが、とりあえず、月2勝で12勝を最低目標に…”と書きました。
なんという“もの知らず”なんでしょうか?ハハハ。このままのペースで勝ち続けるとは
思えませんが、15勝はおろか、18勝に手が届きそうですね。球宴までの登板はおそらく
あと7回だと思われますが、そこで四っつでも勝ったりしたら、20勝も見えてきます。

田中の強みは、ボール球を振らせることでしょう。ボール、あるいは、ボールになると
分かっていても思わず手が出てしまうのです。スプリッターはその典型でしょう。
38.5%はMLB1位です。ボール球にバットが当たるのは49.2%(4位)、全投球に対しても
70.5%(3位)しかありません。当たらなければヒットにもなりません。ハハハ。
被安打率(.218)はリーグ5位だし、WHIP(1イニンング当たりの安打と四球の数:.095)は
堂々の1位です。

これから、相手も研究してくるし、疲れも出てくるでしょうから、そんなに計算通りには
勝てないだろう…と思いつつ、今後の展開が楽しみですね。
ちなみに、防御率2.06はリーグ1位です。


黒田:援護点に恵まれて4勝目

05/29のツイート

黒田が先発する。粘りが身上のピッチャーなのに
比較的簡単に点を取られるケースが目立つ。
調子が上がらない中で今日はテシェイラもジーターもいない。
どんな投球を見せるか。おっと、ロードでは7連敗中という
嫌なデータを見てしまった。
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5回2/3 94球(63ストライク) 9安打 無四球・3三振 3点 勝ち(4勝3敗)

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決して、納得はしていないでしょうが、黒田にとっては“ありがたい”1勝でした。
投手の最高の良薬は勝ち星だと言いますから、これをきっかけに彼らしいピッチングが
本格的に復活してほしいと思います。

珍しく、3回に4点、4回に3点を取ってくれました。
一方、黒田は1回こそ三者凡退、わずか7球で無難に立ち上がったのですが、2回以後は
苦しい投球が続きました。
2回にヒットとエラーで1死1・3塁、3回には2死から2安打とデドボールで満塁の
ピンチを招きましたが、なんとか切り抜けました。身上の“粘り”がありました。

しかし、4,5,6回と1点ずつ失いました。球数が増えていたこともあって、6回途中で
交代を告げられました。6回までは投げ切りたかったはずですからさぞ悔しいでしょうが、
今は我慢のときです。このピッチングを続けて行けば、その先に“完全復調”が待って
いるかもしれません。


岩隈:また2HRにやられた
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6回 98球(69ストライク) 8安打(2HR) 2四球・5三振 5点 負け(4勝3敗)

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6回、7回と続けて2ランを浴びて負けた前回登板と似たパターンでやられました。
カブレラの狙いすました特大2ランはありましたが、4回までは、全体として岩隈らしい
ピッチングだったと思います。

5回1死からトップのキンズラーにショートの頭上を破られたあと、内野ゴロで2死2塁。
3番・カブレラを敬遠して4番・マルチネスとの勝負になりました。このとき、コーチが
マウンドに行って話をしていました。
2ボールになりますが、スプリッターとスライダーでストライクを取って2-2にしました。
そこからの二人の攻防は見ごたえがありました。5球続けてファウルされます。その中にも
危ない球がありましたが、根負けした形の最後の10球目はスライダーが高めに抜けました。

彼自身の“開幕”戦から4試合、30回2/3で2本しか打たれていなかったホームランを
前回と今回の2試合13イニングで4本です。しかも、初めの2本はソロだったのに対して
この4本はすべてランナーを置いてのものでした。さらにしかも、1本目は大量リードを
奪ったあとですし、2本目はまだ2回でしたから、試合の行方を大きく左右するものでは
ありませんが、今回は先制2ランと勝ち越し3ランですからダメージが違います。

“救い”と言えるかどうか微妙ですが、難しい球を打たれているわけではありません。
打たれているのは甘いコース&高さに投げてしまった球です。
力で圧倒するタイプではないだけに岩隈にとって制球は生命線です。

日本時間11日11時10分開始予定のSEAvsNYYでは、田中との対決が実現するようです。
それまでには、本来の岩隈に戻っていてほしいですね。

ダルビッシュ:首痛のあとは調子いいのさw
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8回 102球(70ストライク) 5安打 2四球・12三振 0点 勝ち(5勝2敗)

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今シーズン2度目の首痛から復帰第1戦は堂々たる内容のピッチングでした。
よほど体調がよかったのか、立ち上がりからストレートを多めに投げていました。それも、
95,96マイル(153,154キロ)が出ていました。スライダーが効果を増して、面白いように
三振が奪えました。主審がストライク・ゾーンの広い人だったことも味方しましたね。
特に、4回に4番・ラローシュを見逃し三振に仕留めたスローカーブは完全なボールでした。
あれをストライクと言ってもらえるなら、こんなに楽なことはありません。ハハハ。

唯一、危ない場面と言えるのは6回でした。
先頭、2番の初球が甘いコースに入りました。打たれた瞬間、下を向いていました。
ホームランを覚悟したのでしょうが、フェンス前でセンターがキャッチしました。
シングルヒット2本のあと、5番・ラモスから三振を奪いましたが、続くデズモンドへの
5球目のスライダーは真ん中に入りました。高く上がったフライもフェンスの1㍍手前で
勢いを失いました。自分のこめかみのあたりをつつきながらマウンドを降りていました。
「やばいっ」と思ったのでしょう。ハハハ。

2-0とリードした8回でした。2者を簡単に打ち取ったところで監督がベンチを出ました。
4番・ラローシュ(左打ち)だし、99球でしたから、故障上がりも考えて交代もありましたが、
短い会話で続投が決まりました。あとでNHK-BSを聞くと解説の与田は「冗談じゃない」
という気持ちだろうと話していました。
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そうでしょうかね。
7回からストレートの数がめっきり減っていました。13球投げた中でわずか3球、それも
90,91,92マイルが1球ずつで、6回まで出ていた95マイルは1球もありませんでした。
そして、8回は90マイルを越える球が1球もなかったのです。MLBのベンチは選手の
“異変”にとても敏感です。あのタイミングで監督がマウンドに行くのは“それなり”の
理由があるはずです。与田“程度”の解説者が日本野球の知識を当てはめて知ったような
ことを言うんじゃないっ!…と書いておきます。ハハハ。

ちなみに、ダルビッシュの防御率は2.08まで下がり、田中に次ぐリーグ2位です。
なんか、気分がいいですね。ハハハ。
by toruiwa2010 | 2014-06-03 07:53 | メジャー&野球全般 | Comments(4)
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東北に慌ただしい旅をしてきました。
震災のあと続けている旅ですが、例年と違ったのは一泊したことです。
1日目のコースは 新宿-大宮-盛岡-宮古-田老-久慈-八戸―仙台です。
家を出てから仙台に着くまで12時間ちょっと…その間、トータル10時間弱、電車と
バスに揺られていたことになります。さすがに疲れました。ハハハ。

出発したのは30日です。
ええ、全国的に猛暑になった金曜日です。とんでもない日を選んでしまいました。

東北新幹線“はやぶさ”で盛岡へ。
ここからは長距離高速バスに乗りました。
2時間15分、緑の濃い山あいの道を行きます。乗客は私を入れて3人でした。途中で
乗り降りした人が3人いたものの、料金2030円x3+αで果してガソリン代が出るのかと
心配してしまいました。

道中、最近は噂も聞こえてこないあの人のポスターを何回も見ました。小沢一郎です。
そうか岩手だものなあ、と思いました。名前の横に「生活を守る」と書かれていました。
今はもっとほかに守らなければいけないものがありそうですね。ハハハ。
ほぼ匹敵する数の安倍総理のポスターも散在する農家の壁に貼られていました。こちらは
おなじみの「日本をとりもどす」のコピーとともに。本当に取り戻せているのかどうかと、
ひとり、突っ込みを入れつつ居眠りすることもなく宮古に到着。

ここに来た目的は4月に復旧した三陸鉄道に乗ることでした。
北と南がありますが、今回は距離の長い北リアス線を選びました。
次の電車が1時間後に来るならば、被害がひどかった田老町の状況を見たかったのですが、
あいにく、私が乗る電車のあとは2時間、待つことになるのであきらめていました。

しかし、バスの中でいろいろ検討しているうちにアイディアが浮かんでいました。
客待ちのタクシーの運転手さんに「田老町までどのくらいかかりますか?」とたずねると、
「20分ぐらい」という答えでした。
そのとき、12時55分でした。1時15分に次の電車が宮古を出るまで20分あります。
電車が4っつ目の田老町に着くのは34分です。20分で行けるなら、電車が来るまでの
19分間で、少し町の様子が見られる…そう判断して、タクシーに乗り込みました。

宮古駅前を出発してすぐ45号線に入ります。
坂道にさしかかってまもなく、“津波がここまで来た”ことを示す看板が見えました。
運転手さんの話だと、田老町は高台への移転がスムーズに進んでおらす、町を出る人も
多いそうです。45号線の両側に新築の家がたくさん建っていましたが、「ほとんど田老町の
人たちですよ」ということでした。

田老町の手前では明治時代の大津波の到達を記録したものを目にしました。
この町は1800年代から何度も大きな津波を経験しているのです。

今回は高さ10㍍、“万里の長城”と呼ばれる堤防を乗り越えた津波が町を襲い、181人が
犠牲になったそうです。
いま、従来のものよりさらに高い、14.7㍍の防潮堤の建設が進んでいます。堤防の上には
海外からの見学者の姿もありました。
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近くまで行く時間はありませんでしたが、遠く、高台で宅地造成工事が行われていました。
移転は来年の秋になるという話でした。その横に見える建物は東日本大震災の遺構として
保存されることになった“たろう観光ホテル”です。

予定通り、三陸鉄道に乗り、久慈を目指します。
リアス式海岸を眺めながら行くのかと思いましたが、トンネルの連続で、景色はほとんど
見られませんでした。観光が目的ではありませんからいいのですが、正直に書くならば、
「南リアス線を選ぶべきだったか」とちょっと後悔したのは事実です。ハハハ。
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津波をもろに受けて壊滅的だった島越、田野畑を通過します。
車内アナウンスもあり、ここでは乗客がどよめきました。電車の中にも東南アジア系の
団体客がいました。彼らにとっても他人ごとではないのでしょう。
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久慈から在来線で八戸に出て新幹線で仙台へは6時半に到着。
NAVIさまさまです。10年前なら、今ごろ、まだどこかウロウロしていることでしょう。
ハハハ。

ホテルに紹介してもらった店でおいしい魚を食べました。注文した生ビールをはやばやと
飲み干してしまい、気の弱い私は勧められるままに日本酒をヒヤでいただきました。
“乾坤一”という銘柄でしたが、なかなかおいしかったので、調子に乗って2杯も!
そのせいか、カードで払うつもりだったのに、うっかり現金で払ってしまいました。
翌日の“トラブル”の発端です。

泊まったのは、仙台に着いてから探したコンフォート・ホテル仙台西です。
電話で聞いた通り歩いて行くと、それ“らしき”文字が目に入りました。しかし、1階に
フロントっぽいものが見えず、地下へ降りるエスカレーターしかありません。しかも、
そこはパチンコ屋です。「へえ、「多角経営なんだ。地下にフロントがあって上階の客室に
エレベーターで上がるんだ」と勝手に決めて降りていきました。やっぱり、フロントは
見当たりません。景品交換所の愛想のいいお兄さんに「フロントはどこに?」と聞くと、
「えーと、いったん、外に出て、右隣のビルに入り口があります」と教えてくれました!

私が迷いこんだのは“コンサート・ホール”だったのです。笑えますか?
“コンフォート・ホテル”と“コンサート・ホール”…似てるじゃないですか。ハハハ。

翌日は、石巻から女川と、いつものコースを行き、復興の様子を見ました。
石巻駅周辺はだいぶ活気が出ていました。駅前の、ひそかに“銀座通り”と呼んでいる
商店街には震災の傷跡が見えません。
しかし、石巻からの電車も浦宿からはバスで代行運転している女川は相変わらずでした。
がれきは除去され、土地の整備も進んでいるようですが、人の気配がありません。
港周辺には店舗以外は建てられないようですから、仕方がないのでしょう。
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まだ、横倒しになったままの建物がありました。漁業関係者がシケのときに泊まる設備に
利用していたというビルと警察の建物です。鉄筋のビルがこのような倒れ方をするのは
珍しいらしく、専門家たちからぜひ残してほしいと言われているのだそうです。
各地で、さまざまな建築物を震災の遺構として残したいという意見と、悲しい思い出に
つながるから撤去しようという意見が対立していると聞きます。人の思いはそれぞれ…。

人それぞれと言えば、ホテルで見たNHKの番組(30日)で防潮堤を取り上げていましたね。
岩手、宮城、福島…400㌔に及ぶ沿岸に約600か所、高さ10㍍を越える巨大な防潮堤を
建設する計画があります。総費用は1兆円!
100年に一度来るかどうかという大津波、もしかすると来ないかもしれない大津波のために
そんなものを作る必要があるのかなど、議論が噴出していますが、宮城県知事は「100年後、
200年後の県民の生命を守るという使命が私にはある」と言います。

そうだなあ。これだけの被害が出た以上、二度とこんな犠牲を出さないようにするのが
知事の使命だよなあ…と思います。
しかし、一方で、今を生きている人々が「日々、当り前のように眺めてきた海の代わりに
灰色のコンクリートの壁を目の前にして生きるのは切ない」と訴えるのを聞けば、これも
よく分かります。難しいですね。

費用対効果の問題もあります。
気仙沼のある地域では、人が住むことがなくなり、守るのは農地と国道“だけ”なのに、
226億円をかけて防潮堤を作ることに異論が出ていると紹介していました。
考えれば考えるほど厄介な問題ばかりです。政府・行政の動きが鈍いといつも思いますが、
どちらかに決めれば傷つく人たちがいる。それも、すでに十分傷ついている人たちが。
第三者には、軽々しく立ち入れません。

毎年訪れているところを全部回りたいのに、現金が乏しくなっていて、この日の行動は
こまめに計算しながら進める羽目になりました。
時間も節約したいので、石巻と女川の往復にはタクシーを使いたかったのですが、金額を
聞いてあきらめ、行きは電車を利用しました。

最後にどうしても行きたい名取・閖上(ゆりあげ)地区の日和山神社はタクシー以外に移動の
手段がありません。そして、いくらぐらいかかったか記憶がありません。帰京の新幹線に
乗る前に軽くウドンでも食べたいと思っていましたから5000円は残しておかないと、と
考えていました。6時47分発のバスで石巻に向かいましたから、朝も前夜、コンビニで
買った菓子パンを食べただけだったのでお腹もすいていたのです。名取までの電車賃も
差し引くと、タクシーに使えるのは4000円あるかどうかです。

仙台に戻ったところでタクシー会社に電話をして、名取駅から神社まで往復すると料金は
どれぐらいかと聞くと、4000円前後だという返事でした。きわめて微妙。ハハハ。
思いついて、「神社までの距離が近い駅はほかにありますか?」と尋ねると「美田園駅が
少し近いかも」と言われました。

即決でそこまで行くことにしました。PASMOが使えると分かったときは大金を拾った
ような気分でした。ハハハ。
美田園駅にはタクシーはいないと聞いていたので、発車間際のホームから、さっき料金を
問い合わせたところに「12時6分に着く電車に乗るから来てほしい」と頼みました。
待っていたタクシーに乗り込んで「どれぐらいかかりますかね?」と聞くと運転手さんは
「4000円弱じゃないかな。大丈夫。私も腹をくくってきたから」と答えました。
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言っている意味がよく分からないまま、メーターとにらめっこで、怪しくなったら駅に
Uターンしようと決めて出発しました。
簡素な神社が小高い丘の上に立っています。ここに立つと、あの津波が襲ってきた海も、
家や田畑を飲み込んでまるで龍のように走って行った津波を食い止める役目を果たした
東部道路も見通せます。去年と余り状況は変わっていませんね。

駅に戻ると料金は3000円を切っていました。
帰り道で分かったのですが、運転手さんの“腹をくくる”とは4000円を越えたら自分で
払うつもり…ということでした。
前夜、食事をした店の大将に「仙台にはよく?」と、帰り際に聞かれ、「いえ、震災のあと、
年に一度、ちょっとだけお金を落としに来るんです」と言うと、頭を下げて「ありがとう
ございます」と言っていました。
運転手さんも同じ気持ちで“自腹”覚悟で迎えに来てくれたのです。
目頭が熱くなりました。

個人差はあっても、東北の人は口数が少ないです。
しかし、東京から…と言うと、例外なく喜んでくれます。
私にできることはこれぐらいしかありません。
これからも、この旅を続けます。
風化とか忘れるとかは考えられません。

by toruiwa2010 | 2014-06-02 08:54 | 旅に出る食べに行く | Comments(8)
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日本のゴルフ・ファンにとってはうれしい朝になりました。 
松山英樹が難産のプレーオフの末、アメリカ・ツアーの
初優勝を飾りました。それも、ジャック・二クラウスが
ホストを務めるザ・メモリアル・トーナメントを制して。

最終日を3位でスタートし、インで単独トップに立ったあと、
終盤はかなり乱れましたが、優勝を争ったババ・ワトソンも
苦戦する中で18番ホールのバーディ・パットをねじ込んで
先に上がっていたケビン・ナとのプレーオフに。
最初のホールで相手がクリークに落としたこともあって
優勝をものにしました。
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本格参戦1年目の快挙です。
初めから自信を持っての参戦だったようですが、それにしても
こんなに早く初優勝するとは思いませんでした。
注文がないわけではありません。18番でTショットを曲げて
ドライバーを折りました。たたきつける感じではなかったものの
イメージはよくありません。スロープレーを注意されたことも
あります。気をつけるに越したことはありません。

若いし未知の境遇ですからいろいろ言われますが、勝って謙虚に、
足元を見つめて自分を磨き上げてほしいと思います。
おめでとう!!

by toruiwa2010 | 2014-06-02 07:40 | スポーツ全般 | Comments(0)
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パソコンが普及し始めたのは90年代の初めから半ばですが、
以後、さまざまな機能やらアプリやら、どう呼ぶのが正しいのか
さっぱりわからない(ハハハ)…周辺機能の開発が驚くほどの
スピードで進んでいます。大半は中身がよく分かりません。

グーグル・アースが発表されたとき、面白いことを思いつき、
本を読む楽しみが増えました。


Google Earth ( 2007.09.12 初出 )


まったく、便利な世の中になったものですね。
グーグルのアースのおかげで異次元の世界に遊ぶチャンスが増えたような気がします。
最近、本を読むときにその舞台をPCに取り込んで物語の展開を楽しむことがあります。

先日の 記事「販路拡張?」でも、本当にディズニー・ワールドにそんな球場があるのか
どうか探すのに使いました。***
今読んでいるのはマイケル・コネリーの“Echo Park”です。ロサンゼルスのドジャー・
スタジアム近くにある公園の名前です。さっそく、“ジャンプ”の欄に書き込んでみると、
あっという間にズーム・インしていきました。ぞくぞくしますね。ハハハ。

ドラマの最後の舞台となる場所も書かれている通り“ジャンプ”に書き込んで、全体の
イメージをつかみながら読みました。楽しさが倍増します。
この作品の主人公はハリー・ボッシュ。ロサンゼルス市警の腕利き刑事です。
幼い彼を母親は売春をしながら育てますが、お役所の命令で彼は施設に引き取られました。
ベトナム従軍で過酷な経験をしたあと刑事になり、結婚・離婚もして今は独身です。
生い立ちの複雑さが彼の性格に影を落とすのは避けられないことだったでしょう。
曲がったことが嫌いな、厄介な性格ですから、警察内で政治的欲望に振り回される上司や
組織からの圧力に逆らってしばしば摩擦を生みますが、男としての魅力は十分な人物です。
“陰のある男”によわい女性なら一発でしょう。ハハハ。
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音楽の趣味もよく“Echo Park”の中にセロニアス・モンクとジョン・コルトレーンによる
カーネギー・ホールでの伝説的なコンサートを聞く場面があるのですが、思わず買って
しまいました。しばらくはそれを聴きながら本を読みましたが、中学生のこにほんの少し
かぶれたことがあった程度の私のレベルでは手に負えませんでした。ハハハ。
ボッシュその音楽を聴くのは、いかにも家具の趣味がよさそうなリビングか、リビングの
スライド・ドアを開け放ったウッド・デッキです。そこでビールやコーヒーを飲みながら
風に吹かれて本を読んだり、持ち帰った捜査の資料を検討したりしている場面を読むと、
自分もその場にいるような錯覚に襲われます。

同時に、架空の人物とはいえ、彼の住んでいるのはどんなところかと興味が募りました。

ロスの街を見下ろす高台にあって、ラッシュアワーにはサンタ・アナ・フリーウェイから
遠く車の音が聞こえてくる場所にあることは小説の中の記述でよく分かっていましたが、
今回、グーグルのおかげでもっと具体的なイメージがつかめました。

物語の中の描写やボッシュの家に通じる Woodrow Wilson Drive という通りの名前から
推測すると、彼の家は、ロサンゼルスの北西に広がる高台の斜面にあって、南にウエスト・
ロサンゼルスの市街が広がり、東にサンタ・アナが南東から北西に伸びているようです。

ハリー・ボッシュその人のイメージはとっくに私の頭の中で出来上がっているところへ、
こうして住まいや事件が起きた場所の状況がなんとなく分かると、小説を読んでいるのに、
まるで映画を見るように全体が立体的に伝わってくるのです。
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なお、蛇足ですが、Michael Connelly はマイケル・コネリーとしか読めないのですが、
アマゾンなどではマイクル(またはマイケル)・コナリーとなっています。
ブラック・エコーから始まったハリー・ボッシュ・シリーズだけで9冊出ています。
作品の分類としては“ミステリー”、あるいは“ハードボイルド”になると思いますが、
目をそむけたくなるような血なまぐさい場面はほとんどありません。
“大人の”女性を含めて、まだ読んでいない方には、ぜひご一読を勧めます。

*** 2007年5月15~17日、タンパベイがレンジャーズとの3試合を
本来の本拠地、トロピカーナ・フィールド以外の球場で開催しました。
MLBではきょくめてきわめて珍しいことです。
日程表にはvs TEX at Disney's Wide World of Sports”とあります。
タンパから北東におよそ150キロ離れたディズニー・ワールド内にある
球場でこの3連戦をプレーしているのだと分かります。
リーグが拡張したときに誕生したTBは、チーム力も集客力もまだまだで、
MLB機構も心配したほどですから、少しでも新しいファンを開拓しよう
ということだったのでしょう。

by toruiwa2010 | 2014-06-01 06:59 | 自薦・厳選300? | Comments(0)