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岩佐徹のOFF-MIKE

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実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

<   2016年 08月 ( 29 )   > この月の画像一覧

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US Openを“救った”男 !

~ディンキンズ市長に感謝しなくちゃ~ ( 2010.08.30 初出 )

今日の深夜から全米オープン・テニスが始まります。

スタッフもコメンタリー陣もすっかり準備を終えて開幕を待ちかねていることでしょう。

経費節減で今回どこに宿泊しているのかは知りませんが、私が実況に加わった14年間の

半分ぐらいはミッドタウンのインター・コンチネンタル・ホテルが定宿でした。

グランド・セントラル駅まで5,6分、どの店に行くかにもよりますが、5番街も10-15分、

体調さえ良ければセントラル・パークだって歩いていける足場のいいホテルでした。

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大会指定のオフィシャル・ホテルの一つでしたから、選手も大勢 泊っていました。

超一流プレーヤーは、マンハッタンの喧騒を避けて、ロングアイランドなど、静かな所に

一軒家を借りていましたが、ナイキが臨時の“前線本部”をこのホテルに置いていたため、

契約選手の多くがここを本拠地にしていました。勢いがあったナイキの契約選手ですから

一流も多くロビーが華やかでしたし、エレベーターに乗り合わせることもよくありました。

クルニコワやシャラポワの輝くような美貌も何度か間近で拝ませてもらい、幸せでしたが、

外出するためにビシッとドレスアップした男子選手の二枚目ぶりもなかなかのものでした。


余談ですが、コネチカットに家があったイワン・レンドルは“通い”でした。

毎日、彼の真っ黒なポルシェが駐車場に“鎮座”していたものです。ハハハ。


私たちはコーディネーターが運転するミニバンに分乗して会場に行きます。

チーフ・コーディネーターの車の助手席が私の“指定席”でした。

たまに、初めて出張してきた若いスタッフが遠慮したつもりで座ることもありましたが、

先輩がちゃんと言い聞かせてくれました。ハハハ。


30分かからない日もありますが、渋滞にはまると1時間近くかかることもあります。

混んでいてもすいていても、好きな街、ニューヨークのフリーウエーをドライブするのは

毎朝の楽しみでした。天気のいい日は、会場のすぐそばにあるラガーディア空港、会場の

先のジョン・F・ケネディ空港を発着する飛行機が眺められて最高です。

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まあ、眺める分にはいいのですが、この飛行機の発着が全米オープンの“厄介者”だった

時代があることを知っている人は少なくなりつつあるのではないでしょうか。

ラガーディア空港を飛び立つ飛行機がテニス会場の真上を飛んだからです。ものすごい

騒音をまき散らして飛んでくるたびに集中を乱された選手がプレーを中断したものです。

90年代の初め、それを救ってくれたのはデービッド・ディンキンズ市長でした。

市がUSTAに会場を貸し出す契約の中に“大会期間中はフラッシング・メドウズの上空を

飛ばないように”という条項を盛り込んだのです!


もちろん、“安全第一”ですからその日の風向き次第ではやむを得ず飛ぶことはありますが、

普通の状態なのに何度も上空を飛ばすようなことがあったときは、1000万円単位の罰金が

ニューヨーク市に課せられることになっています。

しかも、たしか、この契約は“99年間有効”だったはずです!!


ラガーディア空港とテニス・センターはほんの2,3キロですからこの条項がなかった時代、

離陸したばかりの飛行機が上空に差し掛かるまでにそれほど高度を稼げません。

通過するたびに、観客はどれだけ不快な思いをしたことでしょうか。

ファンは、Mrディンキンズがテニス愛好家だったことを感謝しなければいけませんね。ハハハ。

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グランド・スラム4大会にはそれぞれに良さがあり、どれも捨てがたいですが、中でも

独特の“お祭り気分”“自由さ”があふれているこの大会が好きでした。

書きたいことはたくさんあります。

いずれまた。


休載のお知らせ


オリンピックのテレビ観戦で寝不足が重なり

一日中眠い状態が続いています。

遅めの夏休みを取らせてください。

3日の“自薦・厳選”から再開します。


なお、ツイッターはそれなりに。


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by toruiwa2010 | 2016-08-28 07:30 | 自薦・厳選300? | Comments(0)

今年最後のグランド・スラム、全米オープンの開幕が近づいています。

舞台となっているニューヨークの思い出は尽きません。

グランド・スラムのときに試合以外のこともたくさん書きましたが、

その中から私の好きな2本を…。

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New York,New York 2

~美しい夕景・笑いあり涙あり~


Magic Hour ( 2005.09.04初出 )


昨日はウイリアムズ姉妹対決の実況を終えたあと、2時間ほどで会場を出ました。

全豪の会場へは歩いていきます。全仏は大会側が用意するシャトルバスを利用しますから、

スタッフが運転する車で会場に行くのは全米だけです。

私はいつも助手席に座ります。別に、決まっているわけではないのですが、いつの間にか、

“岩佐爺”の席として暗黙の承認を得ました。初めて制作に参加する若手のスタッフが

うっかり座ってしまうと、先輩から注意されます。ハハハ。


テニス・センターを出て5分ほどで国内線用のラガーディア空港の横を通過します。

タイミングによっては、私たちが走るフリーウエイぎりぎりの高さに左前方から飛行機が

舞い降りてきます。横風を受けるときは微妙にゆれながら…。実際には、必要な高度を

保っているはずですが、必ずと言っていいほど誰かが「低いっ!」と声を出します。我々が

乗っている車にぶつかるのではないかと思うほど低いのです。

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マンハッタンに近づいたのは710分ごろ…ちょうど、西日が摩天楼の向こうに沈もうと

していました。十分に美しい光景でしたが、15分か20分あとだったら、ビルに明かりが

灯りはじめ、摩天楼が最高に美しく見えただろうになあと、惜しい気もしました。

ニューヨーカーたちは“マジック・アワー”とオブそうです。

時間を選んで帰ることもできませんから、仕方がありませんが、ナショナル・テニス・

センターで一日を過ごして、ホテルに向かうときに、この時間帯に遭遇すると、疲れが

いっぺんに吹き飛ぶ思いです。


日没直前の薄明り中で、ビルの明かりがどんどん増えていくさまは、まさにマジックです。

フランク・シナトラの“New York,New York”が聞こえてきそうな気がしますね。ハハハ。

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飛行機が下りてくるところもビルに明かりがつくところも、日本でだって見ようと思えば

いくらでも見られる光景ですが、舞台がニューヨークだと、特別な感じがしてしまうから

不思議です。


長い出張では“中だるみ”に近い状況になることもありますが、こんな 日常的なようで、

じつは非日常的な光景を見ることで勇気をもらい、仕事での失敗や、いやみな書き込みも

無視して「明日もまたがんばろう」という気になるのです。ハハハ。

いつかきっと、7時半に会場を出るように画策してみましょう。


Laughters and Tears ( 2005.09.06初出 )


私のグランド・スラム中継は今回で42回目になります。勝負の世界でたくさんの勝者と

敗者を見てきました。テニスに限らず、どんなスポーツでも、喜びに沸く勝者を見るのは、

こちらも嬉しくなるぐらい気持ちのいいものです。

一方、敗者…これは、見るのがつらいです。スポーツとして取材を始めてから、よほどの

ことがない限り、敗れた選手には近寄らないようにしてきました。

「敗者はそっとしておく」は私なりのルールだったのです。

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ところが、最近はマスメディアの要求が厳しいせいか、個人競技でも、チーム競技でも

必ず、記者会見に応じるように義務付けられていることが多いです。

テニスの場合、勝者であれ敗者であれ、希望さえすれば、ATPWTAを通じて、試合後の

選手をプレス・ルームに呼ぶことができます。正当な理由がない限り、選手は断れません。

断わると罰金です。大金を稼いでいる選手たちの中には、まれに、罰金覚悟で会場から

“とんずら”することがあります。アンドレ・アガシは何度か。ハハハ。


罰金のほかに、彼(または彼女)に対するマスコミの論調は 当然 厳しいものになりますが、

彼らはこんなとき、新聞など読みませんから、痛くもかゆくもないのです。ハハハ。


世界のトップ・プレーヤーになると、インタビューするチャンスは極めて少ないですから、

大会のときには、負けた選手にもここぞとばかり質問が飛びます。

中には、かなり辛らつなものもあって女子の中には泣き出す選手もいます。

試合に関係のない、意地の悪い質問が続いたとき、カプリアティやグラフが顔を覆って

会見室を出て行ったこともありました。

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写真は、アーサー・アッシュ・スタジアムのスタンド下の通路です。

ジュニア選手とコーチでしょうか、歩きながらコーチがジェスチャーをまじえてしきりに

話しかけていました。放送席に向かうときに、こんな光景をよく見かけます。

これからコートに向かう選手、試合が終わった選手たちは、選手ラウンジからの行き帰り、

この通路を歩くのです。試合後の選手の場合なら、そのうしろ姿を見ただけで 勝ったか

負けたかが分かります。


はじけるような笑い声をひびかせたり、肩を落とし、とまらない涙をこらえたりしながら

コーチのうしろを行く選手たちの姿をどれだけ見てきたことでしょう。

勝った選手は、二日後の次のラウンドに備えなければいけません。

負けた選手は、大会本部で小切手を受け取って会場をあとにすることになります。


この通路を歩くたびに思い出すことがあります。

90年代の半ばのことです。私は、解説者と一緒に、男子決勝を実況するために放送席に

向かって歩いていました。そのとき、うしろから、「キュッ、キュッ、キュッ」と靴音が

聞こえてきました。誰かが走ってくるのです。


「誰だろう」と思っていると、私たちを追い越して行ったのは なんと1時間足らずのちに

決勝の開始を控えたピート・サンプラスだったのです!!

普通はあまり考えられないことです。

アップの一種なんでしょうが、「こんな時間に走るんだ」とびっくりしました。

同時に「ドラマは、コートの上だけで起きているわけではない」ことも改めて教えられた

気がしました。


ちなみに、スタッフの一人が指摘していましたが、ここの天井部分には 話題になっている

ア・ス・べ・ス・トが使われているようです。一部はむき出しです。

この建物ができてから8年間、毎年吸っていたかもしれません。おっそろし!


2005年全米オープンは私にとってWOWOWでの最後の

仕事になりました。現地にいるスタッフには一言も話して

いませんでした。

これが最後か…と思いながら書いた、この2本には、私の

感傷もにじんでいます。ハハハ。

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by toruiwa2010 | 2016-08-27 06:52 | 自薦・厳選300? | Comments(0)

栄光のランナー 85


1933年秋。

甲斐甲斐しく母が新調のジャケットを着せかけている。小さいころ身体が弱かった少年は

たくましい青年に成長していた。今日、彼は家を出てオハイオ州立大学に入るのだ。

ジェシー・オーエンスは傑出した陸上競技選手として奨学金を得ていた。


バスに黒人専用のシートがあるほど、人種差別の厳しいころだった。

大学に入ると、そこにも差別は待っていた。更衣室では同じアスリート仲間であるはずの

アメフト部のコーチや選手たちから露骨な嫌がらせを受けた。初対面の陸上のコーチも

冷ややかな対応だったが、翌日、ジェシーの走りを見て顔つきが変わった…

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その日から、3年後に迫っていたベルリン・オリンピックへの挑戦が始まります。

この映画は、そのオリンピックのもう一つの側面も描きます。開催国がヒトラー政権下の

ドイツだったのです。アメリカ国内は参加すべきか否かで大きく意見が分かれていました。

ボイコット派の主張は「参加すればユダヤ人に対する弾圧を許すことになる」でした。


当時USOC(アメリカの国内オリンピック委員会)会長だったブランデージは「スポーツに

政治を持ち込むべきではない」という立場でした。ベルリンに乗り込んだ彼は宣伝大臣の

ゲッペルスと会談し、参加の条件としてユダヤ人政策の改善を認めさせます。

一方、人種差別に反対する立場の黒人社会から参加しないように求められたオーエンスは

板挟みになって悩みますが、土壇場で参加を決めます。行かなければ、脅しに“屈する”

ことになるからです。


鑑賞後、劇場を出たところでぴあの担当者に評価を聞かれ85点と答えました。

横で別の担当者に捕まった妻が80点と答えているのが聞こえました。私は普通の人より

5点は甘いと思っていますから、“そんなところ”と思ってください。ハハハ。

ちょうど、オリンピックで陸上競技が始まったタイミングで見たのでレースのシーンは

“安っぽく”てどうにもなりませんでした。いくら80年前でも、短距離レースに出るのに

そんな体形はなかろうと言いたくなる選手も写ったりします。ハハハ。


こまかいことで恐縮ですが、初めの方に「なぜ、子供の話をしなかったのか?」と尋ねた

コーチにオーエンスが「You’ve never asked」と答えるシーンがありました。字幕には

“興味ないかと”と出ました。文字数に制限があるから仕方がないし、物語の進行には

関係がありませんが、「あなたが聞かなかったから」と“興味ない”は違う気がします。

“議論”はなかったのでしょうかね?


なお、原題は“The Race”です。競技のレースと、“人種”という意味をかけています。

日本語に直すのは無理ですね。


オリンピック中のツイート


ヒトラーがアーリアン民族の優位性を

誇示しようと目論んだベルリン五輪で

ジェシー・オーエンスは金メダルを

4 獲った。

幅跳びの表彰台…前は3位の田島直人、

うしろにナチス式敬礼をするロング。

象徴的な写真だね。

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この大会のオーエンスは100㍍、200㍍、4x100㍍と走り幅跳びで優勝しました。

写真の幅跳びは2種目目でした。ファウルで苦しむオーエンスを救ったのはドイツ人の

ロングでした。的確なアドバイスがあったのです。二人の友情はロングが第二次大戦で

戦死するまで続いたそうです。


奇跡の教室 85


パリ郊外にあるブルム高校のゲゲン教諭が新しいクラスを受け持つとき、生徒たちを前に

自己紹介で必ず口にする言葉があった。

「教員歴は20年。教えることが大好きなの。退屈な授業はしないつもりよ」


今度、新しく担任することになったクラスは学校で最も問題児が多いとされていた。

何度か言われるまで帽子を脱がないし、イヤホンを外さない。宗教画の中に地獄にいる

ムハンマドの話をすると、尊敬の対象を侮辱されたと怒って出て行く生徒もいる。

人種や宗教、出身地が違う生徒が集まっていて厄介なクラスだった…

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問題児が集まったクラス+信念を持った教師ですから、物語の結末は想像がつくでしょう。

で、その通りです。ハハハ。

言ってみれば“よくある話”ですが、この映画はハッピーエンドに至るまでの描き方に

わざとらしさが感じられなくてすがすがしい気持ちで劇場をあとにしました。


この映画の原題は「Les Heritiers」…意味は“後継者たち”です。

邦題の副題に“受け継ぐ者たちへ”とあります。

手が付けられなかった子供たちが変化し始めたのはゲゲン教諭が教室に招いた、戦争中、

ナチの強制収容所生還した老人の体験談を聞いたことがきっかけでした。くわしいことは

分かりませんが、フランスの学校では課外授業で強制収容所のことを学ぶようです。

いつまでも語り継がなければいけない…という考え方があるのでしょう。


おまけ:「プレバト」のお題“夕方の江の島”から…

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ほかにも


陽が沈み 地元のサーファー ばかりなり

陽が落ちて かおり強まる 夏の潮

夏の夕 島の向こうに 富士の影


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by toruiwa2010 | 2016-08-26 08:36 | 映画が好き | Comments(0)

フジテレビ時代 世話になった元西鉄ライオンズの強打者、豊田泰光氏が亡くなった。

見た目豪快、中身は繊細な人だった。食べたこと、飲んだこと、あんな話、こんな話、

深夜の河田町の飲み屋で聞かせてもらった話、過ごした時間を忘れない。

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思い出すことは山ほどある。


昭和28年春の巨人とのオープン戦で出塁した。

1塁手の川上哲治が話しかけた。「君がトヨダクンか?」

「はい、豊田であります」 …直立不動で答えている間に牽制球でタッチアウト!

茨城・水戸商業高校を出た19歳の少年が初めて浴びたプロの洗礼だ。


福岡に本拠を持つ西鉄ライオンズに入団した豊田泰光の野球人生は華やかなものだった。

思い切ってバットを振る若者だった。守備は鍛えられていなくてエラーの多いショート

ストップだったが、三原修監督は我慢して使い続けた。素質に惚れていたのだ。

大下弘、関口清治、中西太らと中軸打線を組み、入団翌年には早くもリーグ優勝を飾った。

私は熱狂的ファンだった大下の移籍にともない、西鉄を応援するようになっていいた。

その前後、不動だったライオンズのオーダーは今でも言える。

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1 センター・高倉

2 ショート・豊田

3 サード・中西

4 ライト・大下

5 レフト・関口

6 ファースト・河野

7 セカンド・仰木

8 キャッチャー・和田

(9番 ピッチャー・稲尾)


荒削りながら勝負強いバッターだった豊田は“2番”というタイプではなかったが、監督は

あえてこのオーダーを組んだ。“流線形打線”と命名していた。

この強力な打撃陣と稲尾、西村、河村と言った好投手の大活躍で昭和31年から33年、

巨人に3連勝したとき日本中が熱狂した。オールド・ファンには忘れられない思い出だ。

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彼の現役時代はほとんど話をしたことがなかった。近寄りがたい空気を放っていたからだ。

フジテレビで「プロ野球ニュース」が始まり、解説陣に加わってから急速に親しくなった。

番組ではよくコンビを組んだ。ディレクターも2人の呼吸がぴったりだと知っているから

出来るだけ、組ませるようにしていた。

話のうまい人で、言い負かされることは滅多にない私もとてもかなわなかった。

特別表彰で殿堂入りしたときにも「これに“くじけず”がんばります」と言ったほどの

“減らず口”だった。


「プロ野球ニュース」では試合を見せたあと、スタジオでポイントを解説した。2~3分と

短かかったから、野球中継で時間がタップリある中で話すのに馴れていた解説者の多くは

戸惑っていたが、トヨさんだけは 私が作るわずかな「間」に、タイミングよく、適切で

短いコメントを放り込んでくれた。カンのいい人だから、こちらが何を求めているかを

察することもうまく、読書好きでボキャブラリーが豊富だから、ヒネリが効いた言葉が

しばしば飛び出した。キャッチボールの感覚で会話ができる数少ない解説者の一人だった。


解説者が話す時間をできるだけ長くとるために私は自分の言葉の量を減らすようにつとめた。

この番組で覚えた“言葉の省略”はその後の実況にも大いに役立った。


番組が終ったあとも楽しかった。午前0時過ぎから、フジテレビの周りの飲み屋に集まり、

トヨさんを中心に番組の反省や野球談義に時が過ぎるのを忘れたものだ。

食べ物にうるさい人だった。地方に行くと、朝、ロビーで落ち合ったときから「おい岩佐、

今晩、何食う?」と聞いてくるほどだったから、ディレクターには大きなプレッシャーが

かかっていた。

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…一昨日、通夜に出かけたが、棺の中は見なかった。やせ衰えた顔を見たくないからだ。

西鉄で“野武士軍団”と呼ばれ、豪快さを誇っていたころの豊田泰光を記憶にとどめたい。

男くささをプンプンさせていた。水戸っぽだが、みごとな“九州男児”だった。

小学生のころから70年近くプロ野球を見ているが、これほどの“男前”をほかに知らない。


“甘い”二枚目はいるかもしれない。しかし、あの精悍さは類を見ない。

男の中の男だった。話が面白く、歌を歌えば男でさえウットリするような甘いバラードで

聴く者をトリコにした。レコードも出している。録音技術でカバー出来ない時代だったが、

吉田正という大御所にも評価されたほどの実力の持ち主だった。きっと、中州で、銀座で、

夜ごと、ブイブイ言わせたことだろう。

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コンビで作った「カモ・ニガ」は楽しかった。

酒の席で いつもぶりの照り焼き、バタじゃが、

銀杏ぐらいしか頼まない私を「つまらんやつだ」と

笑ったときのバカにしたような顔が今は懐かしい。

いずれそちらで再会する。そんなに先のことではない。

そのときを楽しみに。

ただ冥福を祈る。


トヨさんが逝った。たまらなくさみしい。


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by toruiwa2010 | 2016-08-25 08:30 | 友ありて | Comments(4)

“病気”だね:ポエム実況


3位決定戦第2試合が終わった。喜びを爆発させ、国旗を背負って走り回っていた勝者が

ようやくマットを降りて画面は選手の入退場口に切り替わった。およそ5秒の沈黙のあと

河村亮アナの実況が始まった。

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吉田沙保里、4連覇に向けた決勝が今始まろうとしています。

この4年間、ロンドン以降、世界のこの階級、強敵は“打倒吉田沙保里”、

その一念で燃えてきました。当然、吉田はその流れを知っています。

今日の相手、アメリカ マルーリス、24歳、アテネ・オリンピック。吉田沙保里の

その優勝のシーンをテレビで見ていました。いつか自分はその頂きへ。

ただ、吉田はその言葉を聞いて「それがチャンピオンの宿命」。

十分にその立場を自覚しています。


(画面はスタンドの両親)


見つめる母、幸代さん、兄、栄利さん。

小さいころ吉田家は夏休みと言えば、遠征の試合に行くことが家族旅行でした。

お父さんが運転してお母さんが助手席で地図とにらめっこ。くるくると地図を回しました。

吉田沙保里は後部座席からお父さんの広い(ひろーい)背中と地図をのぞき込むお母さんの

丸まった背中、その二つを見ました。

お父さんとお母さんは何でここまでしてくれるんだろう? 

幼い吉田沙保里は分かりませんでした。ただ、今は分かります。親の無償の愛が。

そして、レスリングがこれまでの人生を作ってくれた。家族の支えがあったからこそ、

今の吉田沙保里がいる。そうハッキリと自分で頭に刻み込んでいます。


父、栄勝さんは一昨年 亡くなりました。

奇しくも、日本代表の合宿にこれから向かおうという車の運転の最中でした。

くも膜下出血でした。

その意識の中、おそらく父、栄勝さんは吉田沙保里、娘の将来を案じたことでしょう。

常々、「お前、大丈夫か?」、弱気になったときには「お前は強いんだ」…その言葉を

かけたと言います。

初めて吉田沙保里、4回目のオリンピック。一つ変わっていることは、その父、栄勝さんの

姿がセコンドにないことです。大きな声で指示を飛ばし、精神的に奮い立たせてくれた

栄勝さんが今、遺影で見つめています。

おそらく父は今自分のことを心配しているだろう。「お前、大丈夫か?」。

お父さんにできる一番の供養は「私は元気です。決勝で相手を倒します」。

そして勝利を届けること。

吉田沙保里はその一念でこの4回目のオリンピックを目指し、決勝の舞台まで進んで

まいりました。

これから女子53キロ級決勝戦。


(入場開始)


さらにいま、入場ゲートに両選手の姿、あらわになってボルテージは最高潮。


ヘレン・ルイーズ・マルーリス、24歳。

かつてはレスリングをやめようと思った。両親の説得がありました。

2004年、吉田沙保里が優勝したアテネ、種目に採用されて両親は種目を、このレスリングを

続けることを許可しました。


吉田沙保里、初めて4回目のオリンピック、父、栄勝さんの姿がセコンドにはありません。

ただ、吉田には寂しさはありません。

「父の姿がマットサイドになくても私は今こう思うんです。

今回はマットに父が一緒に立って戦ってくれそうな気がする。

ですから今回、マットの上で父と私で力が2倍になる。そんな不思議な感覚があるんです」。


(マットに上がる)


吉田沙保里、決勝へ。そして 今静かに、父、栄勝さんが寄り添っているでしょうか?

さあ、いよいよ大一番。吉田沙保里。

集中するマルリース。4連覇へ向けて…今、笛が鳴りました。


348秒の“渾身”の大演説だった。読むのが大変だっただろうと読者には同情する。

文字に起こしたものは、いやなら読まなければいい。しかし、試合を見るためにつけた

テレビから流れてくる音声は拒めない。ただただ“耐える”のは拷問に等しかった。

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この日の女子レスリングは河村アナの所属する日本テレビが地上波で独占放送した。

制作陣もコンソーシアムに送り込まれた日テレのスタッフが中心だったと思われる。

“画面はスタンドの両親”のところはコメントに12秒先行して画面が切り替わった。

アナが作ったコメントのコピーを参考に切り替えていたのだ。つまり“予定稿”だ。


「栄光の架橋」が持ち上げられ、多くの実況アナがコメントを用意するようになった。

イベントが大きくなればなるほど。

本来、そこにいる者だけが感じられることをその場にふさわしい言葉で伝えるのが彼らの

仕事だが、「“爪あと”を残したい」という欲求に負けるようだ。こんな失敗例があっても

視聴者は4年ごとにこんな“作文”を聞かされることになるだろう。原稿用紙とペンがあれば

家のリビングでも書けるからなあ。

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ただし、それにしてはこのコメントの完成度は低い。驚くほど低い。

聞き取れていない助詞があるかもしれないが、事前に準備されたものとしてはあまりにも

文章が“ぎくしゃく”して流れが感じられない。意味が通じないところが何か所もある。

マルリースの両親はやめようかと思った娘を説得したというのに 数年後には続けることを

“許した”という。“立ち位置”はいったいどっちなんだ?


私は 嫌いだし、ほとんどやったことがないので分からないが、予定稿のやり方の中には

完全に文章を完成させてしまうほかに、キーになる単語だけをメモにしたり、7割ぐらいの

完成度にとどめたりするやり方もありそうだ。どちらも 本番で語尾をつけてアドリブ風に

聞こえるようにするわけだ。河村アナは後者を選んだが、結局、失敗したのだと思う。


(試合開始)


果して、父とともに戦う6分間になるんでしょうか?

力は2倍になるのか?

さあ、ここで吉村さん、勝負のポイントはどこになりますか?


(1ピリオド終了後、家族が画面に)


母、そして兄が見つめる中、そして吉田の表現を借りれば父、栄勝さんは今、

吉田沙保里とともに、マットの上で戦っています。力は2倍になるか。残り3分間。


(2ピリオド開始直後)


私にとって3歳から磨いてきたレスリング。

タックルは父から… 本当に教えてもらったのは…

(その瞬間、両者が激しく動き始め、コメントの続きはなし)


(試合終了の笛)


吉田、無念敗れた。 金には届かなかった。 4連覇には届かず。

オリンピックで今、味わう無念の敗戦。しかし…マルリースが今歓喜の涙

絶対女王・吉田沙保里、気力を、死力を振り絞りましたが、今届きませんでした。

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試合が始まると、さすがに実況が中心になったが、全体が情緒に支配されていた。

私もそうだが、苦手とする人は多いと思う。尻がむずむず。ハハハ。

女子フィギュアスケートの塩原恒夫アナ(フジテレビ)はもっと“ポエム”だったのだが、

百歩ゆずって、あれは演技を競う競技だからいいとして(よくなかったが)、女子であっても

こっちは格闘技だ。“力は2倍”を3回も聞かされたらシラケる。


オリンピックのレベルの決勝なら 人はそれぞれの思いを込め、感情移入して見るものだが、

この試合に関しては、それがまったくできなかった。

まるで24時間テレビのオリンピック版を見せられている気分だった。

オリンピックはこれが最後だろうし、過去の功績を考えるなら吉田には勝たせたかった。

しかし、あえて言えば、この“情感タップリ”実況につき合されたあとでは、悪いけど、

負けてよかったかもしれない。勝っていたら「父、栄勝さんとともに勝ちとった4連覇!

力はやっぱり2倍になりました!!吉田沙保里は吉田沙保里でした!!」みたいな実況を

聞かされるのがオチだっただろうから。


おまけ


小池百合子知事が五輪旗を受け取ったとき、違和感があった。

本人も「思ったほど重くなかった」と話していた。

ロンドン五輪のときと写真を比較すると、人物との関係から、

棒が細く、旗そのもののサイズも少し小さくなっている印象が…

考えすぎかもしれないが、都知事が女性に決まったことを知った

組織委員会の“仕業”ではないか? だとすると優しいね。


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呟いたが、ほとんど反響はなかった。

口惜しいので「みんなのニュース」に投稿しといた。


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by toruiwa2010 | 2016-08-24 07:57 | アナウンサー・実況 | Comments(10)

自分も“元職”だし、専門分野だからどうしても実況が気になる。

体操・男子団体決勝の「内村航平、金メダルへの着地!」のように

相変わらず“受け”を狙った実況が多い。アドレナリンがあふれて

無駄なところで絶叫するアナもいて「おいおい」と思ったりしたが、

全体的には“可もなく、不可もなく…”だった気がする。

特に、マイナー・スポーツ担当のアナたちは頑張ったと思う。

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そんな中、書かずにいられない実況を終盤で聞いてしまった。

聞かれたアナは“不運”だと思ってほしい。気持ちとしては仮名に

したいが、「ああ、あの人ね」と分かるアナなので実名にする。

2回に分けるが、それでも長い。読むなら覚悟のほどを。ハハハ。

 

致命的なミス:「決まったあ!」


日曜日朝のサッカー決勝(ブラジル対ドイツ)はなかなか好ゲームだった。

ネイマール、マイヤーという両国キャプテンが鮮やかなゴールを決めた。

11で延長に入ったが、決着がつかず、PK戦にもつれ込んだ。

両国4人ずつきれいに決めて、44で先攻・ドイツは5人目のペーターゼン。

完ぺきにコースを読んだベベルトンが余裕を持って止めた。

このとき、実況していたNHKの鳥海貴樹アナが痛恨のエラーをしてしまった。


スポットにボールを置く

「ドイツ5人目 途中から入ったペーターゼン」

キック

「決めた 止めた ここで止めた」

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彼は、“決める”“決めた”をPK成功の意味で使っていた。ここは完全に止められたのに

なぜ“決めた”と言ってしまったのか?魔がさしたとしか言いようがない。

僅かな救いはすぐに“止めた”と叫んだことだ。“ミス”を引きずらなかった。

だから、多くの人は一瞬「うん?」と思っても、あまり気にならなかったかもしれない。

しかし、放送席に座った経験がある者にとってはそうじゃない。ミスだ、間違えた…と

騒ぐのは意地悪な私だけにしても、やってしまった本人としては長く記憶に残るミスだ。

下手をすれば“トラウマ”になる。

表彰式が終わったあとも鳥海アナはしばらく放送席から立ち上がれないかもしれない。

私ならきっとそうだ。そして、日本へのフライトは気が遠くなるほど長いものになる。


まさか、帰国後に“ペナルティ”などということはないだろうが、NHK のような体質の

組織では長くヒソヒソ話のネタにされるはずだ。そして、かつて紅白歌合戦で都はるみを

“ミソ()”と言いかけたベテラン・アナをほどなく地方局に飛ばした(少なくとも形は)

実績を持つ局だけに鳥海アナに何が起きるか分かったものではない。47歳か。

NHKの“次代”を担うアナだと期待しているのでなんとかこのピンチを切り抜けてほしい。


この話には続きがある。

耳を疑うようなアナウンスを聞いてすぐに呟いた。


ブラジル優勝!おめでとう!

「決めたっ!」と言ってしまった! アナとしては痛恨のミス。

NHKはこのあと、この部分をどのように"修正"するか? 

「決めた」を削るしかないかな? そのまま…局としての恥を

そのまま流し続けることはなかろう。


決定的な場面でのミスだから、NHKだけでなく、収録しながら見ていた各局の担当者が

サッカーを知っている人なら「あっ」と声をあげたに違いない。すぐにディレクターと

話し合って「削れるなら削る」という結論を出しただろう。

“不幸中の幸い”は、「決めた」と「止めた」の間に微妙な“間”があったことだ。

ミスをしてとっさに作った“間”ではない。偶然 生まれた“間”が実によかったのだ。

もし「決めた」のあと、慌てて「いや、止めた」 などと言っていたら“いや”が削るのが

難しかったと思う。

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…で、興味を持った各局の対応はと言えば…

NHK正午のニュースでは「ドイツが一人失敗のあと…」というコメントで処理していたが、

夕方6時過ぎの「デイリー・ハイライト」のときには「決めた」が丁寧に削ってあった。

ハハハ。


TBSは夜7時半からのオリンピック枠でダイジェストを見せたが、“まんま”だった。

編集する時間は十分にあったが、“思いやり”、“武士の情け”はないらしい。

フジテレビ昼のニュースが削ってあったほか、各局のニュースはいずれもナレーションで

処理してあった。優しいのか、単に日曜日でニュースの枠が短かっただけかは分からない。

ハハハ。

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彼も“日本人”だろう?


男子マラソン

日本人3選手の話は当然たくさん出ているが、

カンボジアに国籍を変えて出場している猫ひろし…

スタート前のスタジオ部分をふくめ、一回も名前を

聞かない気がする。 "5キロを何位で通過"ぐらいは

言ってやるべきだと思うがどうか?

芸人だからか?冷たいね。


実況だけの問題とは言えないかもしれない。

男子マラソンの制作陣は解説・実況とどんな打ち合わせをしたのだろうか?

当日の新聞のラテ欄はこうなっていた。

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“カンボジア代表で出場猫ひろしも注目だニャ”。


お堅い局に似合わず、“注目だニャ”と謳っているじゃないか。

どうしても知りたい…とまでは思わないかもしれない。しかし、「そう言えば、猫ひろしも

出てるんだよなあ。どうしてるんだろう?」と思った人は多かったはずだ。

日本人選手が先頭争いをしているなら、あえて触れなくてもいいが、そうじゃなかった。


5キロ通過のとき、〇〇分〇〇秒で〇位でした」ぐらい言ってもいいんじゃないか?

データは放送席のモニターに出て来てるはずだし、10数秒あれば言えるコメントだ。

もともと芸人だった彼が国籍を移してまで出たいと思い、困難を乗り越えて夢を実現し、

どんな気持ちでコースを走っていたかを考えたら、そんなに冷たい仕打ちはできないはずだ。


朝日新聞(ジタル)にはこんな記事もあったぞ。


「僕を選んでくれたカンボジアでも放送されている。

絶対に歩かないぞ」。

猫ひろし、完走者の中では下から 2番目でしたが、

観客からカンボジアコールがわき起こりました。

ゴール後は「ニャー」。


明日は“ポエム実況”について書く。


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by toruiwa2010 | 2016-08-23 08:20 | アナウンサー・実況 | Comments(4)

リオデジャネイロ・オリンピックがぼぼ終わった。

普通は開会式で始まって閉会式で終わるのだが、今大会は水泳のマイケル・フェルプスの

超人的な大活躍でふたを開け、ウサイン・ボルトが盛り上げ、最後に日本の4人の若者が

締めくくった印象が強い。

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フェルプスは5個、ボルトも3個の金メダルをさらって行った。フェルプスは200㍍・

バタフライと200㍍個人メドレーで4連覇を果たし、ボルトは100㍍、200㍍で3連覇し、

それぞれが水と陸の絶対的王者であることを見せつけた。

専門的なことは分からないが、2人とも恵まれた体を十分に生かしていると思う。そして、

体のどこにも無理がかかっていないと思える 流れるような泳ぎ方だし、走り方だ。

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特に、ボルトのランニングフォームの美しさにはいつも見とれてしまう。200㍍でカーブを

走るときの走り方が一番気に入っている。変な話、もう少しカーブが続けばいいのに…と

思ってしまう。“カーブ・フェチ”。ハハハ。

車だって大型車は苦労するようだから、スピードに乗っているときにカーブを曲がるのは

難しいだろうが、ここのフォームが最高に美しいのだから呆れる。

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100㍍は決勝も最後は流して勝った。200㍍も160㍍ぐらいで力を抜いたように見えたが、

案外“必死”だったのだろうか? ゴールのあと珍しく口惜しそうな顔をした。記録でも

狙っていたのか? そりゃ、世界記録のおまけつきで3連覇を達成すれば最高だったろうが、

どちらも危なげのない勝ちっぷりだった。陸上ファンは彼の走る姿を忘れないだろう。

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GREATEST”の一人を目指してるのさ。

モハメド・アリやペレのような。

(五輪3大会の実績で)自分が彼らと同じ

グループに入れたらいいね。


200㍍で優勝したあと、そう語ったそうだ。

彼をアリやペレと同じカテゴリに入れることに異論を唱える人は少ないだろう。

来年の世界陸上(ロンドン)には出るらしいが、2020 TOKYOはどう考えても無理だね。

傑出した水陸のチャンピオンと並んで、強烈な印象を残したのは日本人アスリートたちが

見せた土壇場からの逆転ドラマだ。


ハラハラしたのは男子体操の個人総合だった。最終種目を迎えたとき1位ベルニャエフに

0.901の差をつけられていた内村が鉄棒で入魂の演技で奇蹟的に逆転した。

卓球の男子団体は決勝で敗れたものの、第2試合に出た水谷が過去12戦全敗だった相手に

最終ゲ-ム710の場面から逆転したドラマにはしびれた。

バドミントン、高橋・松友ペアの金メダルは1-1からの第3ゲーム1619から逆転した。

劣勢をひっくり返した女子レスリング・登坂と伊調は残り10秒を切ってからだったし、

土性が最後の攻撃を開始したとき、残りは40秒を切っていた。

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絶望的な状況から挽回して勝利に結びつけるまでの過程を見るのはスポーツのだいご味だ。

そして、苦しい場面に追い込まれたアスリートたちが見せた精神力に呆れる。

大腿四頭筋、上腕二頭筋、背筋、腹筋…その気になり、しかるべきトレーニングを積めば

これらの筋肉を鍛えるのはそんなに難しくはないのだろう。

しかし、精神力の鍛錬は容易ではないはずだ。形が見えないものだし。


寺で座禅を組んだり、滝に打たれたりすれば精神力が養えるならいいが、そうはいかない。

内村、水谷、タカトモ、そして女子レスリングの選手たちに共通するのは“あとがない”

場面でも慌てる様子が見られなかったことだ。「最後まであきらめるな」監督・コーチは

必ずそう言うが、みんなができるわけではない。極限状態でも力が出せるのは積み上げた

練習の賜物だし、自分への揺るぎない信頼があるからだろう。並の人間にはできない。

だから、ここに書いたアスリートたちには限りないリスペクトを覚えるのだ。

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そして、男子4x100㍍・リレーで“まさか”の銀を獲ったニッポン男子!

山縣、飯塚、桐生、ケンブリッジには驚いた。

個々人の走力アップに加え、工夫に工夫、練習に練習を重ねたバトンリレーで勝ちとった。

バトンをつなぐたびにゾーンにひしめく18人の選手のかたまりから飛び出す鮮やかな

サンライズ・レッドのユニフォームが勢いよく出てくるのを見るのは快感だった。

いやなことが多い2016年だが、酷暑の夏に涼やかな風鈴の音を聞いた心地がする。


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by toruiwa2010 | 2016-08-22 07:09 | スポーツ全般 | Comments(4)

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“尻切れトンボ”の記憶

~ボクシング中継の誤報~ ( 2010.10.08 初出 )


1ヶ月ほど前のフジサンケイ・クラシックは石川遼と薗田峻輔のプレーオフが長引き、

フジテレビの中継は肝心の優勝決定の場面が放送枠に収まりませんでした。

ゴルフ・ファンは、当然、相当に腹が立ったことでしょう。

なまじ知識があるだけに、私は現場の混乱を想像し、はらはらしながら見ていました。


私の経験の中では、放送枠におさまらなかったことが2回あります。


大きかったのはボクシング中継でしたが、これは実況をしていたわけではありません。

「ダイヤモンド・グローブ!…この番組は、○○○、△△△の提供でお送りします」…

スタジオのブースで番組名や提供スポンサー名などを読み上げる“枠アナ”をつとめて

いるときに“事件”は起きたのです。


19711111日、四国の松山で、WBC世界フェザー級タイトルマッチが行われました。

チャンピオンは日本の柴田国明、挑戦者はパナマのエルネスト・マルセルでした。


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ボクシングは1ラウンドが3分で、当時の世界タイトル戦は15ラウンドでしたから、

試合時間は45分、ラウンド間のインタバルが1x14回で14分…つまり、試合開始の

ゴングからフルラウンド戦うと試合終了まで59分です。

以下、細かい数字に微妙な記憶違いがあると思って読んでください。ハハハ。


その頃、ボクシングの放送枠は8時~925分でした。

制作者は判定までもつれることを前提に段取りを組んでいきます。

試合が終わってからジャッジ・ペーパーを集計して発表するまでに2分。

表彰式に1分半。

チャンピオンベルト贈呈など セレモニーに2分、インタビューに1分半。

放送の“しめ”に1分…つまり、試合が終わってから実況の終了まで6分は必要です。


ここから逆算して試合開始の時間が設定されます。ゴング係はテレビのディレクターの

“キュー”で木槌を振ったのです。

選手が入場し、バンデージを巻き(当時はリング上で巻いていました)、国歌斉唱があって、

私の記憶では、少なくともフジテレビが放送する世界タイトルマッチのゴングは決まって

818分に鳴らされていました。


この試合のときも当然、その予定でした。

ところが、プロデューサーが大きな“失敗”をしたことに気付いていませんでした。

地元の親分さんへの“挨拶”が十分ではなかったのです。ハハハ。

その事とリング上の行動がどこでどうつながったのかについては定かではないのですが、

バンデージが普段より“ゆっくり、ゆっくり”巻かれました!!

その結果、第1ラウンドのゴングが遅れ、しかも、“KOで決着してくれ”という関係者の

願いもむなしく、試合は判定にもつれ込みました。


ジャッジの採点が集計され、結果が出ました。

リング中央に進み出た主審はマルセルのコーナーを指さしました。挑戦者の勝ちです!

私も番組終了のアナウンスをするためにスタンバイしていた東京のスタジオでは、すぐに

「柴田国明 防衛ならず!!」のテロップが画面いっぱいに出されます。

実況アナも「柴田、タイトルを失いました」としめのアナウンスをして放送が終わりました。…。


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しかし、現場のリングでは数秒の間のあと主審が続けて柴田も呼んでいました! 

つまり、試合は引き分けだったのです。ということは、防衛は成功だったのです。

普通、引き分けの場合、主審は両手で両コーナーを同時に指すものですが、この試合の

主審(韓国)は、経験が浅かったのか、“時差”がありました。

放送終了の時間が迫っていて、実況アナも制作陣もあせっていました。

マルセルが呼ばれた時点で挑戦者の勝ちと判断したことは責められないでしょう。


いくつかの“不幸”が重なった結果、大きな誤報を生んでしまったのです。

続く番組の中でテロップで修正情報を流しましたが、会社中の電話が翌日の午前中まで

鳴りっぱなしでした。


余談になりますが、この時の担当プロデューサーは“ふざけた”ご仁で、転んでもただでは

起きない男でした。冬のボーナスを“ネコばば”したのです。

奥さんに「ミスのペナルティーとしてボーナスが出なかったんだ。クビにならないだけ

よかったと思わないとな」と話したそうです。ハハハ。


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by toruiwa2010 | 2016-08-21 07:37 | 自薦・厳選300? | Comments(2)
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ニッポン男子の快挙!!

4x100㍍決勝でジャマイカに次いで2位に入った。
ロシアが出ていないものの、ほかの強豪国が最後まで走り切る中で
アメリカを抑えての快挙だ。(のちにアメリカは失格)

バトンリレーにまったく無駄がなく、一走・山縣と二走・飯塚で作った
勢いを三走の桐生かつなぎ、2位でアンカーのケンブリッジ。
前を行くボルトの背中を追ったケンブリッジ…少しは離されたが、
追いすがるアメリカを抑えきった。

申し訳ないが、12個の金メダルより輝く銀メダルかもしれない。
一般の人はやがて忘れるだろうが、陸上界では長く語り継がれる
神話的な“勝利”だ。

優勝したジャマイカのアンカーはもちろんウサイン・ボルト。
鮮やかなトリプル・トリリプルだ。

その金字塔もかすむほどのとんでもないレースを目撃した。

超気持ちいい!!!

by toruiwa2010 | 2016-08-20 11:23 | スポーツ全般 | Comments(5)

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えっ、そこで終るか !!

~やっちまったね、フジテレビ~ ( 2010.09.16 初出 )

じっと見つめあう二人。男の手が伸びて女の肩を優しく引き寄せた。男が口を開いた…

追い詰められた男が崖の端で体の向きを変えた。刑事が叫ぶ。「おい、早まるんじゃない」…

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たとえば、そこでいきなり、アナウンサーが画面に登場して「番組の途中ですが、ここで、

台風関係のニュースをお伝えします」と告げたら、どうします?

腹立ちまっせ、そりゃあ、ねえ。ハハハ。

ゴルフのフジサンケイ・クラシック最終日を放送していたフジテレビが、言ってみれば、

それと同じことをスポーツ中継でやっちまいました。

朝、テレビ欄を見たときに、1時から放送が始まると分かって、「へえ、NHK並みに、

生中継するんだ」と思いましたが、実際は違いました。


大会の目玉、石川遼と彼の高校の先輩、薗田俊輔が72ホールを終えて、スコアがピタリと

並んでプレーオフになったとき、「それでは、ここから生放送でご覧いただきます」という

アナウンスがあって「なるほど、数十分遅れの“ディレー生”なんだ」と分かりました。

そして、このとき、二人のプレーオフはすでに4ホール目に入っていました。

「ありゃ、これはもしかすると時間内に終わらないんじゃないか」と心配になりました。

どこの局が中継していても気になりますが、母局ですから余計に…。ハハハ。


245分ごろから、立て続けに呟きました。


ライブじゃなかったんだ!しかも、このタイミングで

生に降りられるとは! 

フジテレビ、願ったりかなったり…しかし、決着まで

入るのか?無理だなあ。延長はできないと思うぞ。


55分までの枠だと思ったが59分までか。ぎりぎりで入るか?

これが入れば優勝…で切れたら目も当てられないぞ。


わあ、ダメだ。これだから生は怖い。

私も40年近く前に青木功・島田幸作のプレーオフが

切れてしまった経験がある。

最後に「時間が迫ってしまいました」は日本語として

ダメだろう。 ***


はじめは、“ナマ風”に放送していたのに途中から“本当のナマ”に切り替えるというのは

いささかみっともないことですが、二人が2打地点に向かって歩くあたりからライブで

放送できるのはラッキーだと思いました。しかし、すぐに「待てよ」となったのです。

結局、二人がグリーンに上がったあたりで放送時間がなくなってしまいました。


***“迫った”ではこれから放送が始まることになります。

言うなら「放送終了の時間が」でしょうね。

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ツイッター上にも非難の声が殺到していました。まあ、あそこで放送が切れたら誰だって

何か言いたくなるのも分かりますが。ハハハ。

そこで、及ばずながら、テレビ側の事情を呟きました。


ゴルフを延長しないのと競馬を遅らせるのとをはかりに

かけたら、問題になりません。ハハハ。

ネットの事情もあってNHKのようにはいかないのです。

十分にリスクを読み込んで時間設定したはずですが。

来年はまた4時からの録画放送に戻すことになりそう。

ハハハ。


尻切れで視聴者激怒!分かるが民放はネットの調整など

複雑な作業が必要なので延長はどこがやっても無理。

POも折り込んでスタート時間と放送枠を設定しても

こうなる。ダメなら4時からの録画で途中から結果が

分かる放送で我慢する。怒る権利はあるが。


よくよく番組表を見ると4時と4時半の枠に(変更の場合あり)

注意書きあり。このケースもあると覚悟はしていたのだ。

ならば、放送終了のところでその旨を言えばよかったのに。

競馬を見ない人は知らないままだ。

それにしても1時間で編集は大変。


民放のゴルフ中継は録画放送が普通です。終わりの時間が読めないからです。

普通にラウンドして18ホールで決着がつくと分かっていれば、問題はありません。

しかし、突然の雨でプレーが中断したらどうする?プレーオフだって考えられるし…

そうなると、生は難しいのです。

プレーオフを考慮して放送時間枠を設定するか、となっても、何ホールかかるかまでは、

誰も予想できませんから、とても悩ましいところです。ハハハ。


何があっても決着シーンを放送できるようにしなければいけません。しかも、民放には、

スポンサーのお偉方が登場する表彰式を必ず放送しなければいけないという“縛り”が

あります。「試合が思った以上に伸びたので表彰式が入りませんでした」という言い訳は

成り立ちません。それでは“おあし”がもらえません。ハハハ。

そこで、編集する時間を十分に取って、録画放送を選択しているのです。

このために、終盤になると、残り時間を考えたら誰が優勝したかが分かってしまうという、

実に困った現象が起きるのです。


この日のフジテレビでネックになるのは3時からの「みんなのケイバ」です。

特別の場合を除いて、この番組は“いじれ”ません。

フジテレビの制作陣と大会を運営するトーナメント・ディレクターが話し合ったはずです。

プレーオフも考慮に入れて、それでも表彰式が放送枠に入るようにするには、最終組の

ホールアウトを○○時、逆算してそのスタートを○○時、さらに、そこから逆算して、

1組のスタートを○○時と決めていったでしょう。


たぶん、第1組のスタートは「もうこれ以上はいくらなんでも」と言うぐらい早い時間に

設定したはずです。プレーオフが何ホールかかると想定したかは分かりません。

この日、両者が譲らず、3ホールやっても決着しなかったのはフジテレビに“ツキ”が

なかったということでしょう。

2打リードしていた薗田が18番でボギーを打ったとき、後ろの組で1打差を追う石川が

バンカーに入れたとき、そこからピンそばに寄せたとき…そのたびに、関係者は一喜一憂

したに違いありません。ハハハ。


結果は、ゲームは最高に盛り上がりましたが、視聴者は置いてきぼりを食いフジテレビは

相当なお叱りを受けたはずです。

まあ、来年は、元の録画放送に戻ることでしょう。ハハハ。


ちなみに、私が経験した“尻切れ”放送は、1973年に横浜カントリー・クラブで行われた

ペプシ・ウイルソン・トーナメントです。

若き日の青木功と島田幸作のプレーオフは決着まで6ホールもかかったのです!


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by toruiwa2010 | 2016-08-20 08:30 | 自薦・厳選300? | Comments(0)