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岩佐徹のOFF-MIKE

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実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

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宮原知子:悩むねえ


宮原の演技を見ると、ジャンプの安定感は抜群だし、スピードもあっていい出来だと思う。

表彰台には上がったが、本人にとってはまったく納得のいかないGP初戦になった。

SPでもスコアが出たあと「なぜ?」と思ったらしいが、FSでのステップの“評価ゼロ”は

おそらくショックが大きかったと思う。先週の浅田も似たような感想を持ったところが

あったようだ。リンクを十分に使い切っていない…ということのようだが、このように

大きな大会でいきなりバッサリやられるのは何かが間違ってるんだ。早めに解決しないと

いけないね。

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本郷理華:姿勢がよくなってる?


昨シーズンはずっと姿勢の悪さを言ってきたが、首が少し前に出る悪い癖がわずかだが

減っている気がする。新しい振付師のせいか?

SP4位だったが本人は納得していた。しかし、FSのシェヘラザードはどうなんだろう?

物語や音楽が好きでやりたいのだろうが、本郷のスケーティングを生かすかと考えたら

答えはNoではないだろうか?彼女の体の大きさや優しい雰囲気にマッチした曲はほかに

たくさんあると思うのだが。


メドベジェワにべたぼれ?


たとえば、テニスのシュテフィ・グラフがコート入口に顔を見せると、それだけで観客席の

空気が変わったものだ。それぞれの競技で“女王”と呼ばれる存在の選手がいるが、現在の

フィギュアスケートではメドベジェワこそ女王だろう。

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文句なしの優勝だった。言い過ぎかもしれないが、欠点が見当たらない。きっと、専門家も

指摘するのは難しいだろう。コスチュームもすばらしい。ごちゃごちゃ飾る立てることなく、

シンプルで彼女のスタイルと美しさを引き立てている。そのうえで品がある。

同じように手を挙げて跳んでも人と何かが違うよね。いかん。べたぼれだ。 ハハハ。


リプニツカヤが「シンドラーのリスト」を滑ったとき、似たようなことを思ったが、今は

姿を見ない。この競技の動きはそれほど速い。メドベジェワも今後の体の成長などによって

いつまで女王の座に君臨していられるか分からない。その意味で目が離せないね。


羽生結弦とパトリック・チャン


勝ったのはチャンだった。FSの出来はあまりよくなかったが、SPの貯金で逃げ切った。

ジャンプの高さは相変わらずファンの目をくぎ付けにする。

思い切りのいいジャンプを見ていると体の切れがよさそうだ。この人が本調子になると

フェルナンデス、 宇野昌磨と羽生包囲網が完成する。一応

そうなると、今シーズンの男子は面白くなるのだが、羽生の体調が整うと包囲網はあっさり

破られそうな気もする。

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羽生はSPFSもジャンプが思うようにならなかった。

コーチとの間では初戦だからということでコンセンサスができているという。次の試合は

1か月後のNHK杯だ。どう立て直すか…ピョンチャン・オリンピックまでの時間は少ない。

調整を急ぐのか、あくまでじっくりやるのか、判断が難しいところだ。精神力の強さには

定評がある羽生だが、この1か月は考えることが多くなるね。うまく乗り切ったら一回り

大きくなる可能性もある。そうなったら誰も追いつけない。 


誰が解釈するんだい?


今週はスケートについて書くことが少ないのでずっと思っていることを書く。

Interpretation of music(音楽の解釈)についてだ。戯言(ざれごと)と思って読まれたい。


♪ジャ・ジャ・ジャ・ジャーン


ベートーベンの第五交響曲の冒頭は普通このように四つの言葉で表される。

弟子が「この4つの音は何を示すのか」と聞いたとき、ベートーベンは「運命はこのように

扉をたたく」と答えた…とか。本当かね。ハハハ。

そのエピソードを根拠にして、この曲は“運命”と呼ばれている。

この際、あえてそのことには異議を唱えない。


今日、書きたいのは音楽をどう理解・解釈するかという話だ。

毎年 フィギュアスケートのシーズンになると、のどに刺さった小骨のように気になって

仕方がないことがある。“採点”だ。


もっとも、一部で騒がれたような、「浅田真央に不利でキムヨナに有利だ」、「八百長だ」…

という趣旨の話ではない。そんなことは、言いたい奴らに言わせておけばいい。そして、

ムーディ勝山のように“右から左へ”聞き流せばいい。彼らは決して納得しないし、人間が

採点する競技である以上、100%公平で、誰もが納得する採点などあり得ないのだから。

同じ採点競技でも体操は演技だけを対象にしているからまだ分かりやすい。

しかし、フィギュアスケートの採点にはまことに理解不能な不可思議な項目が入っている。

“音学の解釈”だ。笑わせるんじゃないよ…と思う。


選手が滑るときに必ず音楽をかけるのだから、演技がテンポやメロディといかにシンクロ

しているかという点は当然採点の対象になるだろう。しかし、ルールにはinterpretation

書かれている。つまり、“解釈”だ。

文字通りに受け止めたら、選手が曲をどう解釈したかを審判がジャッジすることになる。

そのためには、ジャッジは世界中の音楽に通じていなければいけないことになる。

“カルメン”や“トゥーランドット”ならまだしもって話だ。まして、音楽の解釈はさまざまで

ジャッジが100人いればとらえ方も100通りある。“正しい解釈”もない。

「カルメン(ロミオとジュリエット)の世界をうまく表現していた」などの戦評を見かけるが,

笑止千万だ。

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音楽と同調しているか…だけならまだ理解もできる。そして、ソチ五輪FSのこの項目で

男女を通しての最高点は「ボレロ」を滑ったカロリナ・コストナー(9.61)だったと聞くと

ようやくホッとする自分がいる。それなら文句ないもの。ハハハ。


しかし、選手たちは使う楽曲に合わせてコスチュームも変えている。あくまで、その楽曲の

中身を重視しているわけだ。物語の主人公が悲劇に見舞われれば体をよじって悲しみを

表したりする。それをファンや解説者・記者は“表現力”と呼んでたたえる。理解不能だ。


もっとも、昨日の女子フリーでメドベジェワがフィニッシュで受話器を耳に当てた場面は

ぐっと来たことは認める。“表現力”ではなく“訴え方”として。ハハハ。


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by toruiwa2010 | 2016-10-31 09:07 | フィギュアスケート | Comments(2)

少し前まで週2回のペースで通っていた病院の

待合室でも何人かやっていました。

頭を使いますから時間つぶしやボケ防止には

もってこいかもしれませんね。

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達成感がたまりません

~ふたたび 数独にはまる ! ( 2010.10.14 初出 )


新聞に載っていた“数独”にめちゃくちゃはまったことがあります。

「あれはいつごろだっただろうか?」と自分のブログ内を検索して、もう3年半も前の

ことだと判明しました。


ご存知でしょうが、九つのマスからなるブロックが九つあり、それぞれ1から9までの

数字で埋めていく形式のパズルです。

“ひとつのブロック・行・列に同じ数字は入らない”が条件です。

あらかじめ入っているいくつかの数字を手がかりに「このマスにはこの数字しか入らない」、

逆に「ここには、この数字とこの数字は絶対に入らない」…と考えながら埋めて行きます。

簡単なようで難しいです。しかも、かなり面白いです。やめられません。ハハハ。

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条件を完全に満たしつつ、順調にマスを埋めていっても安心はできません。

最後のいくつかのマスのところで、突然、暗礁に乗り上げることがあるからです。

うまくいったぞ、もう少しで完成だ…と思ったとたんに、“悲劇”は訪れます。ハハハ。


「ここはこの数字しかない」と思う数字を入れようとすると、そのブロック内や行・列に

すでにその数字があるのです!非常に悔しいことに、そんなとき、気のせいかその数字が

“にんまり”しているように見えます。ハハハ。

やったことのある人は分かると思いますが、愕然として我ながら情けない声が出ますね。

「えーーーっ」…。“青天の霹靂”、“茫然自失”という言葉がぴったりです。


「途中からやり直せばいいじゃないか」と思うでしょうが、言うほど簡単じゃないのです。

どこで間違いが発生したかが分かれば、やり直すこともできますが、これがなかなか…。

そこにたどり着くまでに相当神経を使っているのに、間違った箇所を探そうと思ったら、

たぶん、途中で頭が痛くなるでしょう。ハハハ。

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きっかけは忘れましたが、2,3週間前から“フィーバー”が再発しています。

先日、吉祥寺に出かけたときに本屋で2冊仕入れてしまいましたから当分続くでしょう。

時間さえあれば夫婦で格闘しています。

ときどき、短い言葉が発せられますが、基本的には“無言”です。

こことここに5があるのだから、このブロックで5が入るのはこのマスしかない…と

いくつかのブロックを完成してチェックすると、その範囲ではまったく“論理”に破綻が

なくても、次のブロックで数字が重なってしまう現象に襲われたりします。

“短い言葉”が聞こえるのはそういうときです。ハハハ。


時間をかければ解けるとしてもやはり問題はスピードです。

早く解くためには、存在するはずの“法則”を見つけることが肝心です。

私自身も、今回の“マイブーム”が始まって間もなく、たまたま、新しい法則をみつけて

スピードが上がりました。


新しく買った本の1冊はその難しさの順に10級から始まって“クラス分け”されています。

かなりやっていますが、それでも少し遠慮気味に“準2級”から始めましたが、拍子抜け

するほど短い時間で完成させることができ、どんどんステップアップしました。

1級を越え、“名人”を越え、“達人”も攻略しました。あとは“超人”が残るだけです。

簡単すぎない?と言いたくなりました。解ければいいというものではないのです。ハハハ。

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どうも、出版社によって、基準設定がまちまちのようです。

別の出版社から出ている本は“初級”、“中級”、“上級”と分かれていますが、こちらは

中級の“レベル5”の正解率が65%ぐらいです。一時は“完全制覇”でき、“レベル6”も

かなり解けていたのですが、このところ、“スランプ”気味です。

きっと、まだ私が気づいていないテクニックがあるのでしょう。

ネットを検索すれば、分かるのかもしれませんが、それでは“楽しみ”が半減します。

時間がかかっても自力で解いていきたいです。強情かつ頑固。ハハハ。


最近は電車の中でもやっている人を見かけます。隠れた“マニア”は多いと思います。

夢中になれる、退屈しない、老化の防止になる…ことは間違いありません。

“熱中”はしばらく続きそうです。


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by toruiwa2010 | 2016-10-30 08:12 | 自薦・厳選300? | Comments(0)

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スポーツ界も高齢化?

~“長生き”と言い直しますか~ ( 2010.11.09 初出 )


1949年、セネタースの大下弘が7打数7安打という驚異の記録を作ったとき、ラジオを

聴きながらスコアをつけていた記憶があります。

のちに西鉄ライオンズに移って中西、豊田、稲尾、高倉らと黄金時代を築いた大下は、

私にプロ野球の楽しさを教えてくれた選手でした。

選手として優れていただけでなく、人間としての魅力にもあふれていました。

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メディアやファンから“野武士軍団”と呼ばれた当時のライオンズはチームのほぼ全員が

大酒のみという共通点もあって、大記録を作った日も飲み屋からグラウンドに直行したと

言われています。まさか、と思うでしょうが、彼らにとっては普通のことだったのです。

ハハハ。


今は、球団の目も厳しいし、本人の自覚も昔とは違いますが、当時の選手は“太く短い”

選手生活が当たり前と思っていたのでしょう。浜崎真二、若林忠志…特別の選手を除けば

30代半ば以後に活躍した選手はいませんでした。つまり、選手寿命が短かったのです。

今は違います。

日本シリーズ終了後に来シーズンも現役を続行すると表明した中日の山本昌は45歳ですが、

ほかにも40代の選手が10人以上います。


サッカーでも、カズや中山がまだがんばると言っています。

たしかに、あらゆるスポーツで選手寿命が延びました。

10年ほど前になりますが、ネット上でアメリカのプロ・スポーツについて、選手寿命が

延びた理由を分析しているリポートを読みました。ひねくれ者の私がめずらしく、素直に

“納得”する内容でした。持論と重なる部分が多かったからです。ハハハ。

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うろ覚えですが、記事よると、理由はこうです。


Transportation(交通手段)accommodation(宿泊施設)がよくなった。

チャーター便など、飛行機の“使い勝手”が格段に良くなったし、ホテルの質も向上し、

契約内容にもよるが、“一人一部屋”が普通になって、ロードでの“生活環境”が飛躍的に

改善された。


体の手入れ

ストレッチングが編み出され、科学的なトレーニング方法の開発などで筋肉を常にいい

状態に保てるようになったほか、スポーツ医学の発達で、以前なら致命的だったケガも、

手術や治療で競技場に戻ることが可能になった。


アスリート本人の自覚

メディアの発達で常にファンの注目を浴びるため、飲みすぎ・食べすぎをしないように、

“自己管理”する自覚が生まれた。


ふむふむ、なるほど、どれも合点がいく話ではないですか。しかし、何かが足りませんね。

以上のすべてを合わせたもの以上に長寿アスリートを生みだしている最大要因は何よりも

“高額報酬”ではないか…と私は考えます。


MLB,NBA,NFLでプレーする選手のサラリーTOP10は以下の通りです。

データが古いものもあります。すみません。競技よって年度が違います。(USATODAY)

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*はじめの2ケタに億をつけたものが円だと思ってください。

目の前にぶら下げられたニンジン…。

まあ、頑張ればこれだけもらえると分かったら、誰だって「この世界で長生きしよう」と

思いまさあね。ハハハ。

Webで「選手寿命が伸びる野球選手 飲み屋から球場直行しないから?」というタイトルを

見かけたので、私も書いてみようと思いました。

となりで誰かが歌い出すと、知っている歌なら必ずつられるタイプです。ハハハ。



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by toruiwa2010 | 2016-10-29 07:43 | 自薦・厳選300? | Comments(0)

築地 WONDERLAND 90


東京湾に朝陽が昇る。新しい一日が始まろうとしている。

しかし、築地市場はすでに日付が変わるころから動き始めている。卸売会社だ。

続けて仲卸商が動く。漁師・卸商と消費者をつなぐ この“物語”の主役たちだ…

残念ながら、フジテレビのアナウンサー時代、築地を取材する機会はありませんでした。

知っているのは場外市場の一角だけです。あと、前立せんがんの手術で通りの向かいの

国立がんセンターに入院中は、毎朝、病室の窓から全体像を見おろしていました。ハハハ。

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この映画は 私が知っていたのは“TSUKIJI”のごくごく一部だったことを教えてくれます。

貴重で素晴らしいドキュメンタリーでした。

ただし、裏側や細部に驚くより しっかり伝わってくる働く人々の“内面”に打たれます。


料理評論家・山本益博が言います。


世界一じゃないよ。世界唯一だ。あれに匹敵するものは世界中に一つもない。

No1ということは2番目、3番目があることになる。そうじゃない。Only oneだ…と。


寿司の名店・九兵衛のオヤジが言います。


あそこがなければ商売にならない。


ほかに、ナレーションや学者や研究者など築地に出入りする人たちの話も出てきますが、

大半がそこで働く人たちのナマの言葉で綴られています。その言葉たちがすばらしいです。

生きています。“作り物”ではない言葉には大きな力があることがよく分かります。

2016112日に幕を下ろす…という当初の予定をうけ、1年以上をかけて制作された

ドキュメンタリー映画です。


1935年に開場した日本最大の卸売市場

広さは23万平方メートル、東京ドーム5個分

そこで働く人、約14000

外から来る購買者、約28000

入場車両、約19000

7つの卸売会社があり、600人の仲卸が日々1600トンの水産物を扱う


数字や情報はたくさんあります。しかし、この映画の主役はあくまで働く人たちだし、

なにより、彼らの“心意気”です。


アイリス・アプフェル、パコ・デ・ルシア、ミリキタニの猫…今年はドキュメンタリーに

いい作品が多いですね。劇映画が振るわないということか?


われらが背きし者 80


ロシア・モスクワ郊外で制服を着た兵士が走ってきた一台の車に停止を命じた。

ウインドウを下げたドライバーに親しみやすい笑顔を向けたのは一瞬だった。

次の瞬間、兵士は自動小銃を車内に差し込むと、ためらわずに引き金をひいた。

後部座席から逃げ出した若い娘を追って林の手前で射殺すると兵士はゆっくり車に戻り、

シートの上に残された木製の箱を持ち去った。


モロッコ中央部の都市、マラケシュ。

休暇中の大学教授・ペリー(ユアン・マクレガー)は妻のゲイル(ナオミ・ハリス)とこの街の

高級レストランで食事を楽しんでいた。しかし、ゲイルの携帯が鳴って、ひびが入った

夫婦関係を修復するための水入らずの時間は終わった。もともと仕事が入る予定はあった。

ゲイルは腕のいい法廷弁護士なのだ。


あわただしくゲイルが去ったあと、隅のテーブルで騒いでいたロシア人のグループから

一人の男がベリーに近づき、一緒に飲まないかと言葉をかけてきた。遠慮するペリーを

男はかなり強引に誘った。ディマ(ステラン・スカルスガルド)と名乗った…

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いささか強引にペリーに接近したディマはロシア・マフィアのメンバーでした。

自分と家族の安全なロシア脱出と引き換えに、巨額のマネーをロンダリング(洗濯)しようと

企てている悪党のリストを西側に提供すると言うのです。

冷戦時代を舞台にしたスパイを描くジョン・ル・カレの小説は数本 映画化されていますが、

私は60年代の「寒い国から帰ってきたスパイ」しか見ていません。主演のリチャード・

バートンの演技が素晴らしかったと記憶しています。


一方、この作品の俳優たちの演技には少し疑問があります。

50年前の 記憶が定かでないバートンと比較するのは不公平ですが、ペリー夫妻がディマに

なぜそこまでかかわっていくのかがよく伝わりません。演出の問題かもしれませんが。


奇蹟がくれた数式 85


ケンブリッジ大学 トリニティカレッジの自分の部屋でハーディは思い出にふけっていた。

インド人の青年とともに難解な数式の研究に取り組んだ日々を。

イギリス人とインド人が互いに理解し合うのはとても難しい時代だった。


二人の出会いは6年前の1914年にさかのぼる。

植民地・インドから届いた一通の手紙が著名な数学者のハーディをびっくりさせた。

差出人はマドラスの港湾局で働くラマヌジャンという若者だった。彼は高い教育は受けて

いなかったが、独学でむつかしい数式を研究した成果を綴ってきたのだ。

ハーディはラマヌジャンを大学に招くことを決めた…

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招かれたことに大喜びのラマヌジャンは新婚の妻を残して、単身 イギリスに渡りますが、

待っていたのは露骨な差別と約束されたはずの研究の発表が彼が思ったほどのペースでは

進まないという冷酷な現実でした。


「『スラムドッグ$ミリオネア」でデビューしたデーヴ・パテール“少年”も今やすっかり

立派な青年になりました。好演しています。



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by toruiwa2010 | 2016-10-28 08:17 | 映画が好き | Comments(0)

19633月、フジテレビに入社した。

小学生のとき 人前で国語の教科書などを“読む快感”に目覚め、アナウンサーへの道は

少しずつ形になっていき、入社のときは定年まで続けるつもりだった。

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受験番号は"1番"だった!


その年の7月に5秒のコールサイン、「フジテレビです。JOCX-TV」で地味にデビューし、

入社翌年の東京オリンピックでも女子バレー“東洋の魔女”を初めとするメダリストへの

インタビューなどをやらせてもらった。

バレーや野球の実況、「プロ野球ニュース」、MLB実況のための超・長期アメリカ出張etc

スポーツ・アナとしての実績を順調に積み上げていた。…つもりだった。


仕事の現場ではうまくやっていたのだが、アナウンス部内での人間関係は違った。

穏やかな人柄の人物ばかりだったから本格的に衝突することはなかったが、人付き合いが

下手で、“幼い”ところもあって「まあまあ」で済ませることができない私は細かいことが

重なって次第に居心地が悪くなっていった。

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途中で組合が結成されたときも、兄の前では言えないほど結構な給料をもらっているのに

こぶしを突き上げて会社や経営陣を糾弾するシュプレヒコールをやることが苦痛だった。

ストレスがたまって一人だけ脱退し、職場集会で厳しく批判された。団結を守るためには

当然なのだが、“可愛がって”いるつもりだった逸見政孝あたりまでが先頭に立って激しい

言葉を浴びせてくるなど、空気は険悪だった。


表立っては誰も話をしてくれなり、居場所がなくなる一方で、スポーツ担当アナの中では

部長につぐキャリアだったのに、少しずつ知らされないことが増えていった。海外出張が

多かったからという事情もあったのだが、私は“勝手に”追い詰められていたのだ。

“決定打”は、ワールドシリーズ実況を終えて帰国後まもなく、テレビ新広島に出向中の

先輩が会いに来て“移籍”を勧められたことだった。「新設のニュース番組でキャスターを

やってほしい。そのあとのことも悪いようにはしない」という話だった。


顔見知りだった先輩は「まだ誰にも話していないんだ」と言ったが、そんなはずはない。

ネット局がキー局に断ることなくその社員に手を出すことはあり得ない。これはつまり、

会社がアナウンサーとしてのオレを必要としていないわけだ…と思ったとき、愕然とした。

そのときに決断したわけではなく、もやもやした気持ちを抱えたまま仕事を続けていたが、

1981年夏ごろ、「こういう精神状態で実況を続けるのはよくない」と思うようになった。


かなり慰留されると思ったが、異動の希望は案外あっさり聞き入れられた。ハハハ。

しかし、部長と私から事情聴取した総務局長は第一希望のスポーツ局ではなく、二番目の

報道局への異動を決めた。198221日付で辞令が出た。


情けないのは、総務局長から辞令を受け取ったその瞬間から“後悔”が始まったことだ。

1週間の休みをもらったもののリフレッシュできないまま新しい職場に出社したその日

(198229)、日航機が羽田沖に墜落し、いきなり特番の司会をやらされたことも

“未練”に拍車をかけた。


上司に強く訴え続け、2年半かかってようやくスポーツ部に移った。かすかな希望が開けた。

スポーツ部員としてマイクの前に戻る…という。

アナウンス部在籍のころの私の実況を認め、。後押しをしてくれるディレクターもいた。

私が作るデータに目をつけ、「岩佐を“データマン”として放送席に入れてしゃべらせる」

というアイディアを思いついたディレクターもいた。

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アナウンス部の猛反発を招いた。

新宿・柳町の小料理屋に当時のスポーツ・アナのベテランとアナウンス部でスポーツの

デスクをしているアナを呼んで、話をすることになった。野球中継のプロデューサーと

ディレクターから「君も来い」と言われて同席したが、アイディアを聞いた瞬間、2人とも

顔色が変わった。少々、酒癖が悪かったデスクは盃を叩きつけたりした。

どちらも後輩だから、とても正面から言い合う気にはなれず、席を立ってしまった。


プロデューサーたちはがっかりしただろう。アイディアそのものには“無理”もあったが、

私がもっと積極的だったら、その後、違ったアイディアが出た可能性があったと思う。

彼らが「あいつの覚悟はあの程度なんだ」と見限ったとしても文句は言えない。


残された道は“正攻法”でアナウンス部に戻る以外になくなった。

担当常務や局長も掛け合ってくれたが、返ってくるのは絶望的な反応ばかりだった。

自分が蒔いた種だったが、落ち込んだ。

その後もいろいろあって、いよいよ逃げ場がなくなり、会社の外に出る方向を模索した。

行きついたのが日本衛星放送(WOWOW)だった。


同期のSが長く出向していることを知っていたので、行かせてくれないかと申し出た。

本社に戻したいと考えていたものの、代りが見当たらずに困っていた(に違いないw)会社は

“渡りに船”とばかり、電光石火で私の出向を決めた。

うかつなことに、“外に出る”ことだけに気を取られていた私は、Sから出向に当っての

レクチャーを受けるまで日本衛星放送は衛星を“打ち上げる”ための会社だと思っていた。

「だったら、打ち上げが終われば本社に帰れるだろう」とタカをくくっていたのだ。


出向当初はやることもなくて退屈だったが、90年代に入ったころから放送開始に向けた

動きが活発になり、私は温めていた“秘策”を人事にぶつけた。「いずれ放送を始めるなら

アナウンサーをどうするんですか?私、やりましょうか?」と。

当時のWOWOWはキー局から出向している数人以外は、放送に関しては素人の集まりだ。

人事の責任者は鉄鋼大手の出身だから“だます”のは簡単だった。ハハハ。

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まんまと“アナウンサー責任者”の肩書を手に入れた私は 199010月、小さなブースに

収まってアイスホッケー世界選手権の映像を見ながら実況をつけていた。

821月のバレーボール実況から実に89ヶ月の時間が過ぎていた。

予想したほどの感慨はなかった。久しぶりにヘッドセット・マイクをつけて実況できる

喜びがはるかに大きかったからだ。

経験のない競技、それも 動きがハンパなく速いアイスホッケーだったが、スムーズだった。


おそらく、これほど長いブランクのあと実況に戻ったスポーツ・アナは日本中を探しても

ほかにはいないだろう。しかも、あえて言うが、ブランクのあとの方がいい実況だと思う。

誰も言ってくれないから自分で書いておく。ハハハ。


理由は二つ考えられる。

まず、マイクから離れたあとも、テレビでスポーツ中継を見るときはプレーに合わせて

常に頭の中で“模擬”実況していたこと。シミュレーションだ。

空しい作業だったが、現役も似たようなことをやっているはずだ。いわばアナの習性だし、

「いつか必ず戻るのだから」という強い思いを胸に続けていた。


次に、スポーツ実況を第三者の立場で聞く時間が持てたこと。同業者の実況を聞きながら、

「いや、そこはこう描写しなくちゃ」、「今は、そんなことを聞く場面じゃないだろう」と

突っ込み続けていた。勉強になった。


そのおかげで、戻ったときの戸惑いがほとんどなかったし、以前にくらべて“突き放して”

プレーを見ることができるようになり、私個人として“懐が深い”実況になったと思う。


臥薪嘗胆のあと、災い転じて福となり、禍福はあざなえる縄の如し…という結果になった。

“引退”後にかかわった野球中継が惨憺たる出来だったのは残念だが、アナウンサー人生を

ほぼ満足できる形で終えられたのはありがたいことだと思う。


昔の人は「かんなん なんじを たまにす(艱難 汝を玉にす)」と言った。

まことにその通りだ。あきらめなければいいことがある、ということだね。

断るまでもなく、私がだと言っているわけではない。


♪アッポーパイペン

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いや、ただ、なんとなく。ハハハ。


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by toruiwa2010 | 2016-10-27 09:09 | アナウンサー・実況 | Comments(9)

メジャー・リーグは今日からワールド・シリーズが始まりました。

さて、当ブログ恒例の通信簿はこれが最終回になります。

来年以降は見る機会が減りそうだからです。

つまり、“老いた”からです。ハハハ。


2007年オフから始めて多いときは3回に分けて書いてきた

通信簿ですが、去年から1回で終わるようになりました。

あまり、嬉しくはありません。

*評価はSA+AA-、B+BB-、Cの順です。


A イチロー (マーリンズ 通算16年目)

143試合 .291(32795) 出塁率.354 1HR 22打点 30四球・42三振 10盗塁

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現地87日のロッキーズ戦でライト・フェンス直撃の3塁打を放ちMLB史上30人目の

3000安打を達成した。16年目、2452試合目、9567打数目の快挙だ。お見事!

日本人でこの記録を達成する人はおそらくもう出てこないと思う。


シーズン前、「去年の数字を当てはめると、達成は9月になるだろう。まかり間違えば、

来年に持ち越すこともありうる」と書いたが、5月に主力の一人がケガで欠場したときに

大爆発をしたので一気にペースが速まった。アウェーだったが、雰囲気はホームとあまり

変わらない中で達成できてよかった。しかも、達成の瞬間が日本時間の午前7時半過ぎ

だったから、多くの日本人がライブで喜びを共有できたのもよかった。

次に、日本人がこれほどのマグニチュードの記録に挑戦するのを目撃するのは早くても

数十年後だろう。

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閉幕後すぐに、来シーズンもマーリンズでプレーすることが決まった。

監督がイチローに敬意を持っているし、チームは控えの外野手として願ったりかなったりの

選手をキープできる。しかも、信じられない安さで。


イチローにとってもメリットが多い。まず、内情が分かっているのが大きなポイントだし、

若手が多いチームメイトから尊敬されている。イチローの年齢になったら、こういった

居心地のよさこそチーム選びの最大の条件だと思う。それを考えると、イチローが着る

最後のユニフォームはマイアミ・マーリンズのものと言って間違いないのではないか。


評価がSA+でないことに異論があると思う。

あくまで、今シーズンにかぎった評価だということ、3000安打は16年の成果だということ、

チーム内でも第4の外野手だったことなどを考慮して評価をAとした。了承されたい。


A 田中将大(ヤンキース 3年目)

31試合 144敗 1992/3 防御率3.07 36四球・165三振 22HR

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最後の2試合の先発を回避せざるを得なかった点を除くと、立派な成績だ。

特に、終盤でヤンキースにワイルドカードのチャンスをもたらした7連勝は光る。

かつての、相手を力で圧倒するピッチングは見られなくなった。しかし、“かわす”という

ピッチングとも違う。丁寧に投げて集中打を浴びない…クレバーな投球が印象に残る。

ヒジの不安は去ったわけではないだろから、来年以降もこの投法が続くのだと思う。


開幕から1ヶ月半で1勝しかしていなかったのに、最終的に“14勝”したことに注目が

集まりがちだが、もっと褒められるべきは“負けを4つ”に抑えたことだ。

投手としての勲章“200イニング”や防御率1位をわずかのところで逃がしたのは残念だが、

記録を目標にしていたわけではないだろう。長いキャリアを考えたら、不安を抱えながら

マウンドに上がらなくてよかったと思う。


8月、9月の投球は堂々たるものだった。チームはベテラン勢が去るが、終盤で起用した

若手に“手ごたえ”があったから来年こそ、プレーオフで活躍する彼の姿を見たいものだ。

そのためには、ブルペンの強化が必要だろうが。


B+ 岩隈久志(マリナーズ 5年目)

33試合 1612敗 199回 防御率4.12 46四球・147三振 28HR

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1年を通して制球に安定感がなかったのは何故だろう?フォアボールが過去最多だった。

SO/W…つまり、三振と四球の比が先発に転向して以来のワーストだった。(3.20)

三振を取るボールはあるが、力でねじ伏せるタイプではない。打たせて取る投手だから、

ストライクを先行させて有利なカウントで勝負をしたいのだが、今年はそうはならない

試合が多かった、


5.06点という高い援護点もあって自己最多の16勝を挙げたことは十分評価できるのだが、

12敗は大きな減点材料だ。1516勝する投手は悪くても負けを半分以下に抑えるものだ。

ワイルドカードでプレーオフ出場の権利が取れそうだった8月中旬以降の9試合の成績が

振るわなかったのも印象が悪い。25敗で防御率4.96…エース格だけに残念だ。


以上が“B+”の理由だ。

投手の16勝は打者なら31分ぐらいか。それだけ頑張ったのだから本来なら“A-”が

妥当だが、どうしても気になるのだ。許されたい。


B+ 青木宣親(マリナーズ 5年目)

118試合 .283(417-118) 出塁率.349 4HR 28打点 34四球・45三振 7盗塁(9盗塁刺)

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MLB 5年間で4球団目になる。日本ではトップクラスのバッターだったが、メジャーでは

…というか、あちらのGM、監督、コーチの目には“並みの選手”に見えるようだ。つまり、

どの球団にとっても“不可欠”な選手にはなり切れない。逆に、それでも必ず次の球団が

出てくるのは青木に間違いなく“3.5人目”の外野手の力を持っているからだろう。

コンスタントに28分を打つ選手はそう多くないからなあ。


2度にわたってマイナーに落とされた。対左投手の成績が悪すぎた。

それを除けば“1番・レフト”でそれなりに出場のチャンスはあったし、2度目の降格から

戻ったあとの数字は素晴らしいが、全体として球団に求められた数字を残したかどうかを

聞かれると答えは微妙だ。打率も出塁率も過去4年とあまり変わらないのだが、本塁打が

打てないし、盗塁の成功率も悪すぎて存在感は薄かった気がする。


マリナーズの来季のチーム構成がどうなるのか知らないが、年齢的にも、ポジションを

確保するのに苦労するのではないだろうか?


A 前田健太(広島カープ→ LAドジャース 1年目)

32試合 1611 1752/3 防御率3.48 50四球・179三振

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1年目ですから、12勝、防御率3.50をクリアしたらあっぱれを贈ります…

“展望”にそう書いた。16勝は“あっぱれ”どころか、どんなに褒めても褒め足りない。

お見事と書いておく。


コーナーをつくピッチングだが、審判によってはきわどいところをストライクに取って

くれないためにかなり苦労する場面も何度か見かけた。“仲良く”してできるだけたくさん

右手を挙げてもらうようにしないとね。ハハハ。


C ダルビッシュ有(レンジャーズ 4年目)

17試合 75敗 防御率 3.41 1001/3 31四球・132三振 12HR

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TJ手術からマウンドに戻ったのは5月末だった。

5回を投げて3安打1失点。7三振を奪って勝ち投手になった。チームも好調だったから

プレーオフに向けて大きな力になると期待した。

注目したのは復帰して最初の登板で最速158キロを出したことだった。


TJ手術を受けると球速が落ちる投手と増す投手がいると聞いた。2度目以降の投球を見て、

ダルビッシュは後者なのだと確信した。彼のスタイルから考えると、威力がある変化球を

頭に入れつつ、手術以前より速い球にも対応しなければならない打者は大変だ。

このまま登板を重ねていくと、秋を迎えたときのダルビッシュはMLBでも5本の指に入る

ピッチャーになるのではないかと思った。…どこかに書いたはずだが見当たらない。ハハハ。


なかなか調子が上がらず、期待したほど勝ち星も伸びなかった。

公式戦最後の2試合は内容もよかったが、プレーオフでは打ち込まれた。

評価が厳しいのは期待が大きい証拠だ。来シーズンは開幕から真価を見せてほしい。


上原浩治と、田澤純一については

ニュース映像以外 見る機会がなかった。

数字だけで評価するのは遠慮しておく。


by toruiwa2010 | 2016-10-26 09:15 | メジャー&野球全般 | Comments(0)

マエケン:納得の降板


前田の降板に?がついているとか。

212塁で打席に相手の投手…で

交代を告げられた。今日の主審は

コーナーの球をとらなかった。 走者2人…

監督は力でねじ伏せるタイプではない前田より

相手が投手でも真ん中で三振がとれる投手に

したかった のだろう。納得の交代だ。

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もちろん、ペナントレースだったら100%、交代はなかっただろう。

22敗で迎えた第5戦だった。残り2試合をアウェーで連勝することの難しさを思えば

何としても…6.7戦の先発以外のすべてのピッチャーを使ってでも、勝って王手をかけて

おきたいと監督は考えていたはずだ。


マウンドの前田はレギュラー・シーズン終盤からハッキリと調子を落していた。しかも、

この日の主審は両サイドがとても厳しく、きわどい球をボールと判定されて苦しんでいた。

そして、場面は1点ビハインドの4回、21,2塁だった。

打者は投手だから、前田でも打ち取れたかもしれないが、監督は確実にアウトする方法を

選んだのだろう。バットに当てられたら何かが起きる可能性がある。有無を言わせぬ球で

三振に仕留めたいと考えたのではないか。


長く日米の野球を見て来た…というだけの“半素人”はそんな風に思考する。ハハハ。

前田が不愉快だと感じたとすれば、それはMLBの勉強が足りないのだろう。1年目だから

無理もないが、多くの点で日米の野球には違いがある。かつて言われた“ベースボール”と

“野球”ほど差はないにしても。ハハハ。


平尾誠二が逝った


ラグビーの平尾誠二が死んだ!

53歳だという。若いのに。

この競技にはスターが生まれにくいが、

日本中にファンがいたラガーマンだった。

端正な顔で華麗なプレーを見せてくれた。

冥福を祈る。

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ラグビーはシーズンが短いし、“個”が目立ちにくい典型的なチーム競技だから基本的に

スター選手が存在しない競技だ。また、競技場の熱気はもの凄いのにテレビの視聴率には

まったく半映されない競技でもあった。そんな中、最初に日本中のファンから注目され、

愛されたのは明治大学から新日鉄釜石に進んだ松尾雄治だった。


明治や釜石が試合をする日の秩父宮競技場は記者席を確保するのも難しかった。

超満員のスタンドに紛れ込むのがやっとだったし、松尾の華麗なプレーを眺めるついでに、

そこに来ている“にわかファン”の美人を眺めるのも楽しいものだった。ハハハ。

ラグビー・ファンであることが“ファッション”だった時代だ。

プレー・スタイルやカッコ良さなど、雰囲気が似ている平尾も人気者だった。

人望もあったと聞く。ラグビー界は惜しい人材を失った。あまりにも若すぎる。


本人は知らん顔


先日の「サンモニ」での張本が問題ある発言をした。

箱根駅伝の予選で落選した中大に関して「内紛の

噂がある」と。 抗議を受けて番組が謝罪したそうだ。

本人は詫びないんだ。

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いつものパターンだ。なぜ、こんな男を番組が

大事にするのかまったく分からない。

問題の発言を聞いた瞬間に「うん?」と思った。彼がソースを持っているわけがないから、

打ち合わせか雑談の中で「…らしいですよ」とスタッフが言ったのを口にしたに違いない。


「…だから、俺の責任じゃない」と言いたいだろうが、そうじゃなかろう。「…にしても、

言ったのは私だから、責任は私にある」と詫びるのが普通じゃないか。

「俺は関係ない」…江川紹子を追い出したときに似ている。


帰心 矢のごとく?

黒田博樹、今シーズンで引退。

やり切ったのだろう。おつかれさま。

きっと、シリーズが終わったら

すぐ家族が待つアメリカに向かうんだね。

いろいろあるだろうが、全日程終了まで

待ちたかったね。

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1970年代、私がメジャーを取材していた当時は開幕のころ行く先々の球団からメディア・

ガイドというパンフレットをもらったものだ。取材に行かないところは手紙で(メールは

ないことだから)で郵送を頼んだ。チームの歴史や前年の成績、選手についての情報などが

ぎっしりと詰まった貴重な資料だった。今ならネットでいつでも手に入るが、そのころは

実に“アナログ”だったのだ。


今のデータでは見かけなくなったが、そのころのメディア・ガイドは結婚した日付なども

載せていた。面白いと思ったのは、9月末や10月初めの日付が多かったことだ。なぜか?

プレーオフに出られないチームの選手たちがシーズンが終わる日、あるいはその翌日に

挙式しているのだ。球場から挙式場に直行するつもりで式服をロッカーに持参した選手が

最終戦を終えて、ロッカーに戻ると一式がバスタブに浮かんでいた…という話を新聞で

読んだことがある。プラクティカル・ジョークと言う。ハハハ。


「黒田はすぐアメリカに“帰る”でしょう」は先日会った友人の受け売りだ。

そして、発表はあの時期になったのは黒田流の思いがあってのことだと、あとで知った。

若いころのことはほとんど知らないが、アメリカ行き前後からの黒田について聞く話には

感心させられることが多い。


*今日の日ハム戦が最後のマウンドになる。

本人もファンも、何年たっても"思い出したい"試合になるといいね。


拙句

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by toruiwa2010 | 2016-10-25 08:38 | メジャー&野球全般 | Comments(2)

苦しいスタートを切った浅田


GP第一戦はスケートアメリカ

浅田真央 …ひざの故障で出遅れ

この試合でもトリプルAは回避する。

シーズン全体を見据えての"調整"

なるのだろう。ファンはその過程を

息をつめて見守ることになる。

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SPを見た印象としては完成品と言っていいほどきれいだったダブル・アクセルをはじめ。

そこまで“悪い”という出来ではなかった。むしろ、1点上回った新鋭・三原舞依よりも

いいスケーティングだと思った。採点競技である以上ジャッジの見た目がすべてだから

受け入れるしかない。


最終的に本人が納得すればいいが、とれていると思ったレベルがとれていないところなど、

疑問を残したままだとシーズン全体に“尾を引く”可能性がある。下手をすると、自信の

喪失にもつながりかねないから厄介だ。ひざの故障による練習不足というハンデはあるが

“初戦6位”という事実は重い。オタクは「滑ってくれるだけで嬉しい」かもしれないが、

プロのショーならともかく、コンペティションの場ではそういう“感傷”は関係ない。

ファイナル進出はかなり難しくなった。本格的に開幕したとたん、もともと言っていた

“全日本での世界選手権出場権獲得”という今シーズンの最終目標が確定してしまった。

浅田真央、厳しい幕開きになった。


最も心配なのは…そんなことはないと信じたいが、ジャッジ全体の浅田を見る目が厳しく

なっていないか?という点だ。浅田個人というより、“美しく滑る”だけではダメだという

方向に向かっているとすれば、シーズンが深まってもいい点数が出て来ないかもしれない。

FSのあとのインタビューに現れたときはかなり“ダメージ”を受けた表情を見せていた。


村上佳菜子については、応援するのが辛くなってきた。

SPFSもどこか“こわごわ”滑っているような印象を受ける。この数十ヶ月、ファンも

本人も納得できるような演技はできていないと思う。

何度も書いてきたが、コーチを変えるとか、何か思い切ったことをしないと“突破口”は

開けないのではないか。若手が次から次に出てくる中で埋没する可能性が大だね。

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逆に、シニアGPデビュー戦でいきなり表彰台をゲットした三原舞依は嬉しい驚きだった。

無心で滑ったに違いないSP2位になった。まだまだ粗削りだが、ジャンプの難易度など

構成のレベルが高く、点が稼げているようだ。疲れもあったのか、FSの後半で乱れたのは

残念だが、2位を守ろうとしなかった姿勢を評価したい。日本女子は頼もしいね。


宇野に見る成長


羽生もフェルナンデスもいない中で宇野昌磨はSP,FSともにトップで優勝を飾った。

見るたびにたくましさを増し、演技全体に余裕がうかがえるようになっている。2日とも

転倒はあったもののそれなりの得点を得て、“初戦”でトータルの自己ベストを更新した。

羽生の背中はまだ遠いが、彼の存在は日本フィギュアにとってきわめて大事だ。

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ボブ・ディラン余波


今年のノーベル文学賞がディランと決まってから10日が過ぎた。

選考委員会が本人に連絡できないでいる。

本人が受賞に関して一切反応しない。

本人のHPから“ノーベル文学賞受賞者”の文字が削除された。


…さまざまな情報が伝えられたあと、週末のネットにディランを非難する記事があふれた。

正確には“非難する見出し”があふれた。ハハハ。


ディラン氏は「無礼で傲慢」 ノーベル賞選考関係者 :日本経済新聞 

ノーベル賞選考メンバー、沈黙続けるボブ・ディランを「無礼で傲慢」と非難:Jcast

ボブ・ディランに「無礼で傲慢」 ネットではノーベル賞選考員側に非難の声:livedoor

ディラン氏「沈黙」に選考メンバー「無礼で傲慢」と批判  :産経


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本文を読むと、選考メンバーの一人がテレビのインタビューに答えた中からディランを

非難している言葉だけを伝えている。“無礼で傲慢”が独り歩きしてしまった。ネットが

強く反発したのも分からなくはない。

しかし、日曜日の朝日の朝刊にいい記事を見つけた。


それを読むと、この選考委員は“無礼で傲慢”のあとに「でも、それが彼ってものだ」と

続けている。さらに「我々は待つ。彼が何と言おうと、彼が受賞者だ」とも言っている。

全体として、委員はディランに不快感を持っておらず、むしろ淡々と語っている印象だ。


朝日の記事を読まなければ、「ノーベル賞っていったい何さまなんだ?」と思っただろう。

事実、私はそんなニュアンスのつぶやきを送信しようと書き始めたもの。ハハハ。

全体を伝えられず部分を切り取るときはよくよく気をつけないとこういうことが起きる。

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朝日…特にこの記事を書いたヨーロッパ総局の渡辺志帆記者はグッドジョブだった。

ちなみに、見出しも本紙は「無礼で傲慢。でも、それが彼」と“きちん”としている。

ただし、デジタルの方では「ボブ・ディラン氏は無礼で傲慢」ノーベル委員長が苦言…と

なっていた。もしかすると、渡辺記者から「ニュアンスが違う」とクレームが入ったか?


あとは投票を待つだけ…


ヒラリー・クリントンとドナルド・

トランプの討論会。

3回目、そして最終回が始まる。

118日の投票日を前にして

白熱するだろう。劣勢のトランプが

どんな形で 反撃を試みるのか?

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ケネディ・ニクソンから始まった大統領候補による討論会はなかなか面白い。

意見に賛成するかどうかはともかく、弁護士出身+長い政治キャリアを持つクリントンと

テレビ司会者の経験があり大企業を率いる自信家・トランプのやり取りは激しかった。

言いよどむ、言い負かされる…という言葉は彼らの辞書にはないのだろう。ハハハ。


私が見た目にも、アメリカの世論調査でもクリントンが勝っている。選挙戦そのものでも

クリントン優位は動かないようだ。

しかし、それでも、トランプが逆転で勝つ可能性はゼロではないらしい。アメリカ独特の

選挙方式があるからだ。


クリントンも評判が悪いようだけど、何をするか分からないトランプは勘弁してほしい。

“アメリカがクシャミをすると日本は風邪をひく”と言われた時代とは違うが、それでも

影響の大きい国の指導者は“分かりやすい”人物であってほしい。こちとら、生い先も

老い先も長くはないんじゃ。余計なことで心配させないでくれ。ハハハ。


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by toruiwa2010 | 2016-10-24 08:17 | フィギュアスケート | Comments(0)

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見苦しいな、ノムさん

~口にチャック、CSに集中を~ ( 2009.10.13 初出 )


「長島はひまわり、オレは月見草」…

野村克也の50年近いぼやき人生はこの言葉で

始まったと言っていいだろう。

「オレは苦労してここまで這い上がってきた。

あいつは、ずっと脚光を浴びて野球人生を

歩んできた」、「世が世なら、オレだって」…


分からないではない。

選手としても監督としても、どこに出したって

恥ずかしくない実績を残してきたのだもの。

とはいえ、このところのノムさんの発言を聞くと

悲しみがこみ上げてくる。つらい。

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シーズン中から続いていた球団批判が終盤に来ると、

耳に入る後任監督の情報にがまんできなくなったか

ボルテージが上がってしまった。

Aクラスが見えたあたりから記者を使って球団に

アピールしたり、2位を確保したあと「どうせ、

クビなんだから」と、クライマックス・シリーズに

関心がないような発言をしてみたり…


球団の不手際があったにせよ、見苦しいな。

そもそも、今シーズンは「結果にかかわらず1年」

という契約だったんじゃないの?

「結果を出せば…」、「ファンが黙ってないだろう」

というのは契約の外の話だ。

球団の将来設計に合わなければ契約が終わるのは

プロの世界では当たり前のことだ。


おこがましいのは承知だが、もっと後味のいい

辞め方はないのかね?

野球頭脳はすばらしいのに、世渡りについては、

どうしようもなくお粗末だなあ。

同情も買うだろうが、「単なる年寄りのわがまま」と

思われるのがオチだろう。


頭を使った“ID野球”は新鮮だったし、峠を越えた

選手を再生させたらこの男の右に出るものはいない。

解説時代の「野村スコープ」も斬新だった。

監督を辞めたって、やることはいくらでもあるはずだ。


名誉監督就任要請には「全日程が終了後に回答する」

らしいが、それまではごちゃごちゃ言わないこと。

初のCSでチームを指揮して結果を残し、そのあとで

言いたいことを言えばいい。

今のままでは、選手が団結して“戦闘モード”に

入ることが難しい。


東尾修が娘の結婚話に抵抗する姿はほほえましいし、

可愛いが、ノムさんは老醜をさらしているだけだ。

読み返すと、すべて我が身にも当てはまるようで…

ハハハ。

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度し難し 老いの妄執

~どうしちゃったのさ、まったく~( 200.10.17 初出 )


楽天が2連勝してクライマックシリーズの第2ステージに進んだ。

待ち構えるのはリーグ優勝を果たした日本ハムだが、大黒柱の

ダルビッシュは投げられないという。WBCからの厳しい日程の

ツケが回ってきたということか。

それでも、始まる前から1勝のアドバンテージがあり、全試合を

本拠地で戦う有利さを考えれば、日ハムの優位は動かないだろう。


それにしても、分別のない監督がいたものだ。

応援してくれたファンへの感謝を述べる場で「先日、正式に

解雇を言い渡されました」とは、あきれてものが言えない。

野村克也を応援したファンも多いだろうが、大半のファンは

チームを応援したはずだ。公の場であてつけを言ってどうする。

悔しいのは分かるが、あまりにも情けない。

せっかく、拍手で送られてしかるべき大きな実績を残したのに。

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週刊新潮に夫人の“激白”が載っている。

NHKの「ONの時代」に触れて、こんなくだりがあった。


画面を眺めながら主人は「王はいいよな。孫さんがいる。

長島には読売がある。こいつら、しあわせだよな。

でも、オレには何もない・・・。


そうされたかったら、我慢することも覚えなきゃ。


…そうか、オレと一緒で、覚えるには遅すぎるか。トホホ。


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by toruiwa2010 | 2016-10-23 07:54 | 自薦・厳選300? | Comments(0)

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心がこもったセレモニー

~メジャーの素晴らしい習慣~ ( 2010.10.25 初出 )

「やあ、いい日に来ましたね」

…正確ではないかもしれませんが、そんな意味のことを言うと、シャンパンの

ボトルを手にしたロイヤルズのベテラン内野手、フレッド・パテックが右手を

差し出してきました。1978925日でした。

3年連続でアメリカン・リーグ西地区の優勝を決めた夜のことです。

日本人は珍しかったころですから、ベンチにいるところを何回か見かけていて

私の顔を覚えていたのだと思いますが、言葉を交わしたのはそれが初めてでした。

「優勝を決めるところを見てもらえて嬉しいよ」という気持ちだったのでしょう。

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日本プロ野球では“ビールかけ”ですが、メジャーは贅沢なことにシャンパンを

浴びせあいます。ロッカーに入ったときのにおいの違いにびっくりしました。

ただし、大騒ぎする時間は短いです。あっという間に終わります。

“次”がありますから。


スピンがかかった和田の打球がラミレスの頭上を越え、中日が巨人を下して、

日本シリーズへの出場を決めた瞬間から40分近くが経過した頃、落合監督が

選手会長の森野と連れ立ってスタンド下の通路を歩いていた。

三塁側の巨人のロッカールームに向かっているところだった。

少し前、巨人側が中日のロッカーにきて勝利を祝ったことへの答礼のためだ。

二人はロッカーに入ったところであたりを見回し、目があった小笠原や阿部に

軽い会釈を送った。ほどなく、原監督がやってきて落合と言葉を交わす。

握手をしたままの短い会話が終わると、落合は誰にともなく、軽く手を上げて

ロッカーをあとにした…


まさか、そんなシーンはなかったでしょうね。ハハハ。


しかし、昨日、フィラデルフィアのベテランズ・スタジアムでは、そんな光景が

見られたに違いありません。メジャーのプロトコル=儀礼だからです。

1979年の終盤は、地区優勝を含め、決定の試合を何度も見ました。

試合後のロッカーでこの光景を目撃したのは2回ですが、初めてのときは感動で

胸が熱くなりました。


“舞台裏”の儀式ですからファンの目に触れることはありませんが、総立ちの

ファンが、活躍した地元選手に送る感謝・祝福の拍手と並んで、私が最も好きな

メジャーのシーンの一つです。セレモニーには違いないのですが、リーグ優勝を

かけて戦った相手を称えあう両サイドの気持ちが形になっているからです。

口先だけで“ノーサイド”と言うのとは明らかに差があります。ハハハ。

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もうひとつ。

これは、好きな…というより、19781015日のヤンキー・スタジアムで見た

忘れられない光景です。

この日、ヤンキースはドジャースとのワールド・シリーズ第5戦に勝って優勝への

王手をかけました。試合終了直後の写真がこれです。


メジャーの球場でグラウンドに降りるファンはめったにいません。

警備が厳しいですし、すぐに捕まってブタ箱で一晩過ごすぐらいの覚悟がなければ

できない“愚かな行為”だからです。ハハハ。

しかし、この試合が終わったとたん、スタンドからは無数のファンがグラウンドに

飛び降りたのです。それだけではなく、内外野の芝生を掘り始めたのです!

中にはカッターナイフを持っている用意周到なファンまでいます!!


なぜ、こんな事態になったのか?


“ワールド・シリーズ第5戦”がキーワードです。

32敗としたヤンキースは翌日ロスに飛んで、第6,7戦に臨みます。

つまり、ドジャース・タジアムでの結果がどうであれ、これが1978年シーズン、

チームがヤンキー・スタジアムでプレーする“最後の”試合だったのです。

「どうせ、やがて雪の下になるし、春には植え替えることになるからいいのさ」

放送を終えたあとも続くグラウンド上の“混乱”に目を丸くしている私たちに、

球場の関係者は涼しい顔で言いました。


マンハッタンに戻る地下鉄の中は、球場の芝生をまるでカーペットのように巻いて

肩に担いでいる男たちが大勢いました。みんな、誇らしげな顔をしていました。

彼らにとっても忘れられない“戦利品”になったに違いありません。ハハハ。


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by toruiwa2010 | 2016-10-22 16:42 | 自薦・厳選300? | Comments(2)