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岩佐徹のOFF-MIKE

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実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

<   2017年 01月 ( 31 )   > この月の画像一覧

10年以上前だったと思う。

全仏オープン・テニスの実況でパリに滞在しているときだった。

たまたま、アナウンサーが45人いるところである“言葉”が

テーマになった。

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終盤だったから、誰が勝つかという話になったが、流れの中で

「昨日(ナダルvsフェデラー)は失敗しちゃったよ。終了直後の

スタンディング・オベーションで、つい「鳥肌が立ちます」と

言ってしまった」と私が話した。途中から、前の島村(NHK)

右隣の進藤(TBS)両アナが首をタテに振り始めた。


「いい話では使わないことになってるんだよね」と続けた私に

誰かが「なんて言うんですか?」と声をかけてきた。

進藤さんがすかさず「“身震いする”とか…」と答えた。


たびたび書いているが、私はもともと「正しい日本語の伝え手、

それはアナウンサー」はカンベンしてもらっていた。ハハハ。

そんなものは“こだわる”アナたちにまかせて、自分は自由に、

気持ちが伝わる言葉で実況するのが一番だと考えていたからだ。

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そんな私がやってしまった失敗だが、やっぱりやらない方が

いいかな?と、この話を持ち出したときは思っていた。

しかし、根が素直じゃないから、進藤さんの「身震い…」に

参加者の多数が感心し、あるいは納得しているのを聞きながら、

「だって、俺は“身震い”はしなかったし、実際に“鳥肌”が

立ったんだもの」と考えていた。ハハハ。


アナを引退してからは、今も、同じケースでは”鳥肌が立つ“を

使っている。さんざん書いているが、大舞台は“ダイブタイ”で

かまわないと思っているし、“よいお年を”と“お”をつけるのは

おかしいと思っている。つまり、“正しい日本語”とは言うほど

簡単じゃないんだ。

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月曜日の朝、NHKで松山英樹が優勝争いをしているゴルフの

中継を見ている時、こんなアナウンスが聞こえてきた。

トップからは差があったが、ランクNo1のジェイソン・デイが

最終ホールをイーグルで上がってギャラリーを喜ばせた。

最後に“見せ場”を作るトップ・プレーヤーのファインプレーに

感心したように、あきれたように実況のアナが言ったのだ。

「なぜでしょう。どうしてでしょう」と。


私はいいと思った。

実況の工藤三郎アナは63歳。定年を過ぎているが、嘱託職で

残っているようだ。40代半ばぐらいからNHKのスポーツ・

アナのエースとして君臨していた。その頃の工藤アナだったら

決して、このような柔らかい言い回しはしなかっただろう。


“大NHKのエース”の座を降りて肩の力が抜け、少し砕けた

言い方をしようと思ったのか、自然に出たものか…とにかく

ファンの気持ちとシンクロするなあと、好意的なツイートをした。


…そうしたら。

30分もしないうちに松山のアプローチがピンにからんだとき、

「距離感ぴったし」、「見してくれた」と言ってのけた。そりゃ

ちょっとくだけ過ぎだよね。なにごとも“ほどほど”がよし。

ハハハ。

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ああ NHKも変わっていくんだなあ、とある種の感慨を覚えた。

この日は、夕方から相撲を見た。すると…。

(相撲を見に来る人は)一生に一回見に”これるか”どうか…」と

実況の三瓶アナが言っているのが耳に飛び込んできた。


まだ43歳だが、聞くところによると、NHKスポーツ・アナを

仕切っているのは彼らしい。だから…というわけじゃないが、

“ら抜き”はまずかろう。でなければ「(NHK)アナウンサーは

正しい日本語の“伝道師”」的なことは今後言わないように。

ハハハ。


初拙句 詠めり

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by toruiwa2010 | 2017-01-12 08:45 | アナウンサー・実況 | Comments(7)

中村俊輔が横浜F・マリノスからジュビロ磐田に移籍した。

発表された本人の“声明”には具体的には書かれていないが、

昨シーズン、いろいろなことがあったようだ。

スコットランドのセルティックなど海外を含めて素晴らしい

実績を残した選手だが、38歳になり、自分のキャリアをどんな

形で終えるかをじっくり考えた末の結論だったのだろう。

“望まれた”環境の中でやるのが一番だと思う。

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左足からの芸術的なフリーキックに魅了されたファンは多いが、

私はある時期の彼と自分を重ねたことがある。


2006515日、ジーコがワールド・カップ代表に決まった

選手の名前を淡々と読み上げていった。2002年、トルシエから

連絡を受けた協会スタッフがメモを読んだときと違い、今回は

あの選手の名前もあった。それが中村俊輔だ。


自信…というより確信があったと思う。世界レベルで通用する

その左足に寄せられる周囲からの信頼は感じていたはずだ。

もれでも、名前を呼ばれるまでは安心できなかっただろう。

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この4年間は長かったことでしょう。その分、

喜びはだれよりも大きいのではないでしょうか。


当時のブログにそう書いたことを覚えている。


くらべるのは失礼だ…と批判されるのを覚悟して書くのだが、

私は彼のこの4年間を、砂をかむ思いで過ごした自分の年月と

重ね合わせて考えるときがあった。


フジテレビでアナウンサーだったのは821月までだった。

上司と“うま”が合わず、志願してほかの部署に異動したからだ。

情ないことに、辞令を受け取った瞬間から後悔が始まっていた。

それぐらいなら、異動を希望しなければいいのに。ハハハ。

その日から、「いつか必ずマイクの前に戻る」との、強い意志を

持ち続けた。その気持ちだけが支えだったかもしれない。

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家にいれば、常にテレビでスポーツを見る。

「自分なら、ここでこう聞くぞ」とか「今はその話じゃなくて、

こっちの描写をするべきだろう!」など、テレビに向かって

突っ込みまくっていた。ハハハ。

音を消し、頭の中で自分なりの実況をすることも多かった。

シミュレーション、イメージ・トレーニングと呼んでいた。

誰も知らないwその日々は出向したWOWOWで報われた。

異動の辞令をもらってから8年半が過ぎていた。


代表から声がかからなかった4年間を中村俊輔がどんな気持で

過ごしたのかは知るすべがないが、私にとって、この8年半は

途方もなく長い時間だった。

サッカーは実力の世界だから、彼は「実績さえ積んでいけば

望む場所に行ける」というたしかな希望を持っていただろう。


しかし、私の場合は「こうなれば夢がかなう」という“形”が

示されていたわけではなく、明確なゴールもなかった。

出口が見えない真っ暗なトンネルを手探りで歩き続けるような、

実に頼りない感覚の中にいたことを思い出す。


私は67歳までしゃべっていた。

サッカー界ではキング・カズやゴン中山がまだ頑張っている。

俊輔には気がすむまでボールを蹴り続けてほしい。


by toruiwa2010 | 2017-01-11 08:37 | サッカー | Comments(0)

私が若いころの大相撲は“怪しい”取り組みが多かった。

あきらかな八百長ならそのころのメディアも叩いただろうが、

タチの悪い 一方の力士が全力を出さずに負ける“片八百長”が

はびこっていた…と思う。

当時の星取表を検証すれば、77敗で千秋楽を迎えた力士の

その日の勝率はきっと異常に高いに違いない。

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親方同士が話をつけてすでに勝ち越しを決めている力士たちは

あえて勝とうとしない、わざと負ける…それが片八百長だ。

勝った力士は裏の事情を知らないことが多かったと聞いた。

何場所後か、何年後かに逆のケースに遭遇したとき、親方に

「お前はあのときに“星を借りた”のだから、今回は返せ」と

告げられて初めて、あのときなぜ勝ったかを知るわけだ。

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千秋楽に、77敗の力士が次々に勝ち越しを決めていくのを

白けた眼で眺めるファンも多かったと思う。いつのころからか、

“無気力相撲”という言葉が登場したが、実態は“片八百長”と

ほぼ同じだろう。プロとして、勝敗が生活に直結しているから

完全にはなくならない。昔のように露骨な相撲が減ったことを

喜びながら、“相撲とはそういうもの”と思って見ている。


綱取りの大きなチャンスだった11月場所の豪栄道が9日目に

稀勢の里に敗れて3敗となったとき、その稀勢の里が13日目に

“対平幕”3敗となったとき、二人とも1月場所での横綱への

“挑戦権”を失ったと思ったが、違うらしい。


96敗の豪栄道は論外として、三横綱に勝った稀勢の里には

今場所の内容次第で機運が盛り上がる可能性があるのだと言う。


日本人横綱の不在が相撲人気の低下につながると協会が本気で

心配する気持ちは分かるが、彼らは、無理やり“作り上げた”

横綱が無様なことになったら、その方が悲劇だということに

気づいていないみたいだ。やれやれ。

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で、稀勢の里が初日、2日目と素晴らしい勝ち方で連勝したと

思ったら、宝富士には過去 14-1、玉鷲には7-0だったらしい

じゃないか?なんとか。フェアといえるか?

ま、協会の“熱意”は伝わるけどね。ハハハ。


勝昭がいない場所


そんなわけで、常識的には綱取りもないし、誰にも大関昇進が

かからない場所が始まっている。

初日、十両のときからテレビはつけていたが、PCでネットを

うろついていた。中入り後、画面に目を向けて仰天した。

NHKの正面放送席に舞の海が座っているではないか!

初日と千秋楽の正面は北の富士勝昭と決まっていたのに。

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慌てて調べてみると、体調不良のためだと分かった。

去年の暮れに心臓の手術を受けたのだと言う。一説によれば

不整脈の手術だと言うが、気がかりだ。

今場所は休み、3月場所から復帰するそうだが、彼が不在の

相撲中継はわさび抜きの寿司と同じだ。


大ごとでないことを祈る。

どちらにせよ、NHKは“北の富士の次”の発掘が急務になる。

簡単なことではない。私が推すのは二子山(元大関・雅山)だ。

勝昭にくらべると男っぷりは劣るwが、話は十分に面白い。

見ると、今場所のNHKの解説に二子山の名前はないようだ。

役職の関係だとすれば協会は考えるべきだ。“解説”北の富士が

相撲人気のUPに一役買ったのは間違いない。人気の維持を

願うなら、彼が解説に参加できるよう、配慮すべきだと思う。


いくつか報告


新年に当たり、当ブログの体裁を少し変えました。


春ごろからエキサイト・ブログのアクセス・リポートの数字を

自分のアクセス数とすることにしました。従来のカウンターは

あまりにも数字が少ないからです。ハハハ。


秋になってその数字が多く表示されるようになり、調べると、

PCとモバイルを合算するようにしたからだと分かりました。

スマホで読む人の方がPCより多いことも知りました。

そこで、体裁もスマホのほうに合わせることにしたのです。

1行・28文字です。これまで40文字でしたから 一気に30%

減りました。この形で書くことにまだ慣れません。

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***ページ最下段にある表示を“PC”にした場合です。

“スマートフォン最適化版”に合わせるにはもっと短くする

必要がありますが、私の好みに合いません。ハハハ。


古い記事の更新も“自薦・厳選300は実情に合わないので

“アーカイブから”にカテゴリを改めました。


従来の形のまま掲載した46日の分も新しい形に直しました。

また、少しずつ、記事そのものが短くなっていくはずです。

性格だし、“持ち味”なので一部、毒を含む書き方に変わりは

ないと思いますが。ハハハ。


本年もよろしくお願いいたします。


by toruiwa2010 | 2017-01-10 08:35 | 大相撲 | Comments(6)

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売るものがなくなる?

~気をつけないとね、テレビ~ ( 2011.01.05 初出 )


暮れから正月にかけてテレビは“おせち”番組でにぎわいました。

ライブのものもありますが、事前収録の番組が圧倒的です。

画面に見えるタレントたちはハワイやグアムの浜辺でのんびり

甲羅干ししていたことでしょう。ハハハ。

テレビはファッション業界と並んで季節感のない職場です。

昔、人気番組だったフジテレビの「新春かくし芸大会」などは、

10月ごろから廊下に今日の収録予定表が張り出されていて、

「えっ、いま何月だったっけ?」とあっけにとられたものです。

1年中 番組作りに追われるテレビは忙しい職場の典型でしょう。

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今では24時間放送が当たり前です。ウィキペディアによると

1987年にフジテレビが始めたそうです。知りませんでしたが。

ハハハ。

初めから終夜放送だったわけではありません。

手元にある昔の番組表を見ると 19613月までフジテレビの

放送開始は驚くなかれ 午前11時!!

しかも、午後2時から5時近くまで放送を休んでいたのです。

シエスタか?ハハハ。

私が入社した1963年でも、早朝に放送を始めて0時前後の

放送終了まで、休みはなかったものの、午前9時、午後3時の

枠は古~い映画でお茶を濁していました。映画を見せるという

感覚ではなく、「どうせ誰も見てないから、映画“でも”流しとけ」

だったのです。

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テレビ局は番組を作って放送するのが商売ですが、営業的には

“時間枠”を売っているのです。当時は、深夜・早朝や主婦が

買い物に出かける時間は売れなかったのです。

しかし、24時間放送の時代の到来まで、あっという間でした。

経営陣がよく口にしたのは「どんなに頑張っても“24時間しか

ないことを忘れるな。テレビは“限界産業”なんだ」でした。

たしかにそうなんですが、経営者はそうやって社員の危機感を

あおって働かせたわけでしょう。ハハハ。


「フジテレビです。JOCX-TV

1963年7月、プロとして私がはじめて電波に乗せたのがこの

5秒のSID、つまり、STATIONIDENTIFICATIONでした。

これは、放送局やアマチュア無線など、電波を出していたら、

一定の時間をおいてアナウンスすることが義務付けられている

コールサインです。自分が何者かを告げるのです。

CM原稿などは、失敗した場合、スポンサーに損害を与えて

しまいますが、こちらは痛くも痒くもないので、当時の新人は、

大体このSIDでデビューしていました。


番組と番組の間をステーション・ブレークといいます。

なんでも略してしまうテレビの世界では“ステブレ”と呼びます。

そこに、SIDや局がやる事業の告知などにまじってスポット

CMが入ります。番組の提供はせずに、商品の宣伝だけをする

スポットCMはテレビにとっては営業収入の大きな柱です。


若い人はご存知ないと思いますが、かつて、“1時間番組

長さが59分でした。言っている意味が分かりますか?ハハハ。

たとえば、8時からの1時間番組は859分に終わり、60秒の

ステブレがあって、9時から別の番組が始まったのです。


しかし、“限界産業”は頭を使います。

アメリカで1時間番組を55(つまり54)にしてそのあとに

5(つまり4)の番組をはさむという“荒業”が生まれると、

すぐに真似をしました。なぜか?

こうすると、ステブレが増える、つまり 収入が増えるからです。

ハハハ。


昔は電波も局員も休んでいた深夜の時間帯もびっしりと番組で

埋め尽くされ、テレビはこれ以上売るものを増やせないという

ところまで来ています。新しいメディアの成長もめざましく、

それでなくても視聴率は頭打ちです。

一度書きましたが、制作費も交際費・打ち合わせ費も、社旗を

立てたハイヤーも使い放題の日々は遠く去りました。テレビが

“砂上の楼閣”となる日は案外近いのかも。


*ネットで番組が見られるようになりました。

全体に視聴率が低迷しているドラマも実はスマホで

見る若者が多いと聞きます。テレビが“冬の時代”を

迎える日はますます近づいているのかもしれません。

暖かい季節に現役だった私は幸せ者でしょう。


いくつか報告


新年に当たり、当ブログの体裁を少し変えました。

春ごろからエキサイト・ブログのアクセス・リポートの数字を

自分のアクセス数とすることにしました。従来のカウンターは

あまりにも数字が少ないからです。ハハハ。


秋になってその数字が多く表示されるようになり、調べると、

PCとモバイルを合算するようにしたからだと分かりました。

スマホで読む人の方がPCより多いことも知りました。

そこで、体裁もスマホのほうに合わせることにしたのです。

1行・28文字です。これまで40文字でしたから 一気に30%

減りました。この形で書くことにまだ慣れません。

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***ページ最下段にある表示を“PC”にした場合です。

“スマートフォン最適化版”に合わせるにはもっと短くする

必要がありますが、私の好みに合いません。ハハハ。


古い記事の更新も“自薦・厳選300は実情に合わないので

“アーカイブから”にカテゴリを改めました。


従来の形のまま掲載した46日の分も新しい形に直しました。

また、明日以降、記事そのものが短くなっていくはずです。

性格だし、“持ち味”なので一部、毒を含む書き方に変わりは

ないと思いますが。ハハハ。


本年もよろしくお願いいたします。
by toruiwa2010 | 2017-01-09 08:30 | アーカイブから | Comments(0)

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春高バレー 準決勝

~新しい歴史が始まった~( 2011.01.08 初出 )


春の高校バレーが始まっています。

去年までは3月下旬に開かれていましたが、今年から1月に

繰り上げられました。この結果、これまでは出られなかった

3年生が出られるようになったのが大きな変化です。

進学する選手は大変ですが、出場する大会数が増えることで

3年生のモチベーションは確実に上がるはずです。大会名称も、

選抜優勝大会から選手権に変わりました。響きがいいですね。


1964年東京オリンピックで一気に火がついたバレーボール・

ブームに注目したテレビは日本リーグの中継に熱を入れました。

フジテレビも例外ではありません。

視聴率が割合よかったこともあって、やがて実業団で活躍する

ことになる高校生の大会を作ろうという機運が盛り上がりました。


詳しいことは分かりませんが、当時の日本協会の前田豊会長・

松平康隆専務理事コンビがフジテレビを巻き込んだのだろうと

想像しています。二人とも、土日に声を聞かない日はないと

いうぐらいテレビで解説をしていて“お話上手”ですから。ハハハ。


決して悪い意味で言っているのではありません。ご両所ほど、

バレーボールをメジャーにするために力を注いだ人はいない

だろうと思います。そして、スポーツ・コンテンツが少ない

フジテレビにとっては“渡りに船”でもあったはずです。

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1970年に始まった大会は、視聴率こそ低調でしたが、会場の

熱気はものすごくバレー熱を広げるのに大きく貢献したのは

間違いないでしょう。

入社7年目、経験が必要な野球の実況にはまだ手が届かない

私のような若手にも大きなチャンスを与えてくれました。

日本リーグ、春高バレーの実況によって、少しは認められる

ようになったのですから、ありがたい存在でした。


選手とのコミュニケーションがうまくとれず、野球の取材に

手こずっていた私にとって高校バレーほど取材しやすかった

種目はありませんでした。

監督に連絡さえしておけば、望む情報はほとんどすべて手に

入りました。

体育館に入って監督に挨拶をすると すぐに「おーい、集合!」と

練習中の選手を集めて「フジテレビの岩佐アナウンサーさんだ。

春高の取材に見えた」と紹介してくれます。


キャプテンが「気をつけ、よろしくお願いします!」と大声で

言うと全員が声をそろえて同じことを“合唱”します。

そういうときや監督が注意を与えるとき、選手はずっと直立

の上つま先立ちになっていることがあります。1年生部員は

辛そうですが、すべてが強化につながっているのです。

練習が終わるころになると、監督が「誰かに話を聞きますか?」と

わざわざ聞いてくれます。始まる前と同様、集合した選手が

「気をつけ、ありがとうございました!」を“合唱”したあと、

「○○と△△と□□は岩佐さんからお話があるから残れ」と

言ってくれます。至れり尽くせり。プロ・スポーツでは絶対に

あり得ません。ハハハ。


いいことづくめのようですが、ときどき困ることもあります。

私たちがいると“やたら”張り切ってしまう監督がいることです。

レシーブの練習では極端に遠い所に強いボールを打ち込んだり、

ミスを続けた選手を泣き出すまで怒鳴りつけたりします。

思わずアドレナリンが出るのでしょう。おそらく、厳しさが

普段の数割増しになっていたはずです。ハハハ。

私たちが取材に行くことは、監督は歓迎しても、選手たちに

とっては迷惑だったかもしれません。


全国大会ですから、ディレクターやアナウンサーの数が足りず、

ネット局の応援を求めることになります。アナウンサーなら、

誰だって決勝をしゃべりたいものです。しかし、私はとうとう

決勝の実況はやれませんでした。

当時 大阪の大工大付属が強く、関西テレビのアナが男子決勝を、

女子決勝はフジの大先輩・山田アナが担当しました。

私の春高バレーは準決勝までで終わり、次の土・日は後楽園で

巨人の最後のオープン戦を見るのが定番のスケジュールでした。


バレーボールの解説者は“達者な人”が多かった記憶があります。

松平さんは“名物男”でした。男子監督としてりっぱな実績を

残しただけでなく、いつも、バレー人気を盛り上げるための

努力を惜しまない人でした。外国選手に“バルカンの大砲”など、

親しみやすいニックネームをつけ、“Aクイック・Bクイック

時間差攻撃など、技に名前を考えたり、バレーの面白さを

伝えることに一生懸命でした。明るいキャラクターとともに

バレーボール中継には欠かせない存在だったのです。

ただし、話好きな人だけにしゃべり出すと止まらない“欠点”と、

頭の回転が速い人なので、こちらの未熟さを見抜かれるのでは

ないかという“怖さ”がつきまといました。ハハハ。

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女子の試合では生沼スミエさんと数えきれないほど組みました。

日立製作所や日本代表として大活躍し、のちに初めての女性の

代表監督にもなった生沼さんは、いわゆる“美人アスリート”の

ハシリだと言っていいでしょう。本人はそんなことをまったく

鼻にかけることなく、記憶する限りでは化粧もほとんどして

いませんでした。

サッパリとして、どちらかと言えば男っぽい性格でしたから、

仕事で付き合うのに気を使うことはいっさいありませんでした。


キャリアを振り返ると呼吸が合った解説者5人の中に入ります。

うまい下手ではなく、彼女と組んだ仕事を終えたあと「今日は

失敗した」と思った記憶がないのです。

女性解説者にはありがちですが、選手に関してネガティブな

ことが言えないというマイナス点をのぞくとコンビを組んで

最高に仕事が楽しめる人でした。


古いビデオを見ると、70年代の実況では、「東京都体育館で

あります」「の対戦でございます」調のしゃべり方になって

いるのに驚きます。今 聞くと、大きな違和感がありますが、

当時はそれが普通だったのです。


今日は4時から準決勝が放送されます。

この時期に繰り上げた結果、レベルも上がっているようです。

40年前に戻って、黄色い歓声がこだまする会場で高校生たちが

必死にボールを追う姿を久しぶりに見ることにしましょう。


*昨日は…

ややこしくてすみません、201717日は女子準決勝、

下北沢成徳vs鹿児島女子の試合を見ました。両チームとも

よく拾って好ゲームでした。

成徳の監督、"胆力"がすごいと思いました。

劣勢でも簡単にタイムを撮らず、選手を信じ切る強い気持ちと

選手たちが自分たちのやってきたことを信じてプレーに徹する

姿にうたれました。


*生沼さんには何十年も会っていません。消息も聞きません。

どなたか、ご存知の方、教えてください。


いくつか報告


新年に当たり、テンプレート…といえばいいのでしょうか、

当ブログの体裁を少し変えました。


従来のカウンターはあまりにも数字が少ないので、画面には

出せませんが、エキサイト・ブログのアクセス・リポートを

信用することにしました。


秋になってアクセス数が前より多く表示されるようになり、

調べると、PCとモバイルを合算するようにしたためでした。

同時に、スマホで読む人が多いらしいことも分かりました。

そこで、体裁もスマホのほうに合わせることにしました。

1行・28文字です。この形で書くことにまだ慣れません。


***ページ最下段にある表示を“PC”にした場合です。

“スマートフォン最適化版”に合わせるにはもっと短くする

必要がありますが、私の好みに合いません。ハハハ。


古い記事の更新も“自薦・厳選300?”は実情に合わないので

“アーカイブから”に改めました。


従来の形のまま掲載した46日の分も新しい形に直しました。

また、連休明けから、記事そのものが短くなっていくはずです。


性格だし、“持ち味”なので一部、毒を含む書き方に変わりは

ないと思います。本年もよろしくお願いいたします。


by toruiwa2010 | 2017-01-08 08:21 | アーカイブから | Comments(2)

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クライフvs岡田武史

Xerox スーパーサッカー~ (2011.01.02 初出 )


WOWOWのプログラムガイドを何気なく眺めていて、今夜、

岡田武史監督とヨハン・クライフの対談があることを知った。

クライフはオランダが生んだ世界屈指のストライカーの一人、

伝説の男だ。今でこそ、読み方は“黙ってクライフ”だが、彼が

頭角を現したころはよく分からず、“クリュフ”と呼ぶ人もいた。

この男の名前を聞くたびに必ずよみがえる記憶がある。

“苦い教訓”を得た思い出だ。


たぶん、一度だけ彼が日本でプレーをしたとき、フジテレビが

中継し、私が実況を担当した。

1980年、2年目を迎えたゼロックス・スーパーサッカーに、

クライフが移籍したばかりのワシントン・ディプロマッツが

呼ばれて日本代表と戦った。当時、まだインターネットはなく、

海外のサッカー事情を知る手段は限られていた。

サッカー好きだったから、クライフは知っていたし、プレーを

見るのは楽しみだったが、実況となると資料集めが大変だった。


日本リーグがあったから日本でもサッカー雑誌は売られていた。

たしか、“サッカーマガジン”と“イレブン”…

しかし、情報は古く、使い物にはならない。洋書店を回って

海外の専門雑誌をかき集めたり、イヤーブックのようなものを

手に入れたりしてクライフについて“嗅ぎ”まわった。


試合当日、ディプロマッツの監督をつかまえ、たどたどしい

英語でクライフについての話を聞いたことを思い出す。

それでも手元に集まったのは、ほんのわずかの資料だった。

それは私にとって“トラの子”だった。

33歳で、当時の選手としては明らかに晩年だったクライフだが、

ディプロマッツの“売り”はほかにいないのだから、放送でも

彼を盛り上げていこうと考えて臨んだ。

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試合は、凡戦だったような記憶しかない。釜本が去ったあとの

日本代表にどんな選手がいたのかもまったく覚えていない。

はっきりしているのは、大きな“失敗”をしでかしたことだけだ。

情報が少ないのだから大事にしなければ…の気持ちが強すぎて、

誰だったか覚えていない解説者がよくしゃべってくれたことも

あって、私が資料を読むことはないまま前半が終わった。


「まあいいか。後半は初めからクライフを前面に押し出して

行けばいいや」と思い直した。

…、しかし!なんと!

後半開始と同時にスタンドからの不満の声を背に、クライフは

ベンチに下がってしまったのだ!

考えておくべきだった。情けなさにしばらく落ち込んだ。ハハハ。


クライフについては、テレビで見たある試合での一シーンが

忘れられない。

バルセロナで彼が監督、息子のジョルディがプレーヤーだった。

カンプノウでのビッグマッチでゴールを決めたジョルディが

父親のもとに走り寄る。両手を広げてクライフがしっかりと

ジョルディを抱きとめた。“監督と選手”ではなく、まぎれもない

“父と息子の姿だった。美しい映像だった。

    

クライフ関連ではないが、プレー以外でまぶたに焼き付いている

映像はほかにも二つある。


まず、'94年のワールドカップ・アメリカ大会で、マラドーナが

ゴールを決めたあと、カメラに向かってものすごい顔つきで

突進してくるシーン。訴えるものがあった。


もうひとつは、1999年のUEFAチャンピオンズ・リーグの

ファイナルで、途中ベンチに下がったマテウス(バイエルン・

ミュンヘン)が、マンチェスターUに逆転されたときに見せた

茫然自失の表情だ。


スポーツ中継では試合が中心になるのは当然として、監督や

選手の思いがけない一瞬の表情も見たいものだ。


ちなみに、“クライフ”の件から私が得た教訓は…

持ってる情報は早めに使え…。ハハハ。


いくつか報告


新年に当たり、テンプレート…といえばいいのでしょうか、

当ブログの体裁を少し変えました。


去年の春ごろからアクセスががくんと減って凹んでいました。

一人でも多くの人に読んでほしいと思っているからです。

あまりにも低い数字を平気で突き付けてくるカウンターを

最下段に追いやり、“いい数字”を教えてくれるエキサイトの

アクセス・リポート(画面には出せません)を信用することに

しました。“本家”が出す数字ですから疑いようがないし。

ハハハ。


眺めていると、こちらは秋になってアクセス数が前より多く

表示されるようになりました。調べると、PCとモバイルを

合算するようになったからです。

で、どうも、スマホで読む人が多いらしいことが分かりました。

そこで、わがスマホの画面を見ると、たくさんの行で最後の

数文字が次の行にこぼれています。“ぶさいく”です。ハハハ。


見た目を気にするタイプなので(w)、“体裁”をスマホのほうに

合わせることにしました。

1行・28文字です。これまでは40文字でしたから、かなり

短くなりました。文章を考えるときの心構えを少し変える

必要がありますが、まだ慣れません。


”自薦。厳選300?”は実情に合わなくなっているので今年から

”アーカイブから”に改めました。タイトルの後半にこの文字が

あったら、2011年以前の記事の再更新と思ってください。


従来の形のまま掲載した46日の分も新しい形に直しました。

また、連休明けから、記事そのものが短くなっていくはずです。


新しい年もよろしくお願いいたします。


by toruiwa2010 | 2017-01-07 08:30 | アーカイブから | Comments(2)

全面広告あれこれ


奇々怪々!

昨日(1/1)、配達された朝日新聞朝刊

31(左半分)は全面広告だった。

tbs15日から始まる日曜劇場

A LIFE」を推している。

はて、“主演”は木村拓哉 だが

どこにも彼の写真はない!

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名前は“主演”らしくちゃんと竹内結子の前に書かれているが、

キムタクの写真は朝刊のどこを探しても見つからない。

これって、局の意向?事務所の指図?本人のアイディア?

さっぱり分からない。このうちのどれであってもその理由が

見当つかん。


ブログにちょこっと書こうと思い、写真を撮るのは面倒だし、

購読しているデジタルの画面をキャプチャしようと思ったら、

さらにわけのわからない事実を目にしてしまった。


現在この面は

ご覧いただけません


おやまあ、あれまあ。何がどうしたの?どこがいけないの?

局の意向?事務所の指図?本人の考え?

さっぱり分からない。このうちのどれであってもその理由が

見当つかん。

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暮れの朝日の朝刊で8面に渡って掲載された“SMAP大応援

プロジェクトも世間を騒がせた。クラウドファンディングに

応じた人の名前が並んでいる。

費用は4000万円ぐらいらしいが、紙面にファンの気持ちが

詰まっている。


SMAPの解散は社会現象になった。

熱心なファンではないし、まったく彼らを見られなくなる

わけじゃないから、泣くことはないし、中居以外は代わりが

いるから寂しいとも思わない。

しかし、テレビで情報番組を見ると、“SMAPロス症候群は

蔓延しているね。


大みそかの夜のSMAPメンバー(マイナス木村拓哉、プラス

森且行)による打ち上げ宴会もいろいろ言われている。

“意味”を詮索しても意味がない。

気が合う者同士で別れを惜しむ…どういう世界にもそういう

形はあるよ。メンバー、ファンともに、早い“回復”を祈る。

ハハハ。


気がかりなのは、9月以降にそれぞれのメンバーが思い通りに

仕事をすることができるのかどうかだ。

強大なパワーを持つ事務所に邪魔されたらひとたまりもない。

中でも、中居にはこれまで通りに活躍してほしい。初詣で特に

お願いしなかったが。ハハハ。


イエモンの広告


大みそかにも事情を知らない者には不可解な全面広告があった。 

朝日朝刊の22ページに、最上段からフォントが次第に大きく

なっていく文字だけが載っていた。強いインパクトがあった。

THE YELLOW MONKEYの「JAM」という楽曲の歌詞だと

分かったのはだいぶ後のことだ。

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暗い部屋で一人テレビはつけたまま

僕は震えている何か始めようと

外は冷たい風 街は矛盾の雨 

君は眠りの中 何の夢を見てる?


そんな言葉で始まる歌詞には何らかの“メッセージ”が込められて

いるようだが、私の国語力では理解するのにかなり無理がある。

そして、歌詞に続けた言葉も「残念だけど、この国にはまだ

この歌が必要だ。」で終わっているが、これもよく分からん。

トホホ。


歌にメッセージを込めるのは理解できる。しかし、この曲も

そうだが、分かりにくいものも多いのは困ったもんだ。

しかも、中段以後の歌詞には異議あり!だなあ。


外国で飛行機が落ちました

嬉しそうにニュースキャスターは言う

「乗客に日本字はいませんでした」

「いませんでした」「いませんでした」

僕は何を思えばいいんだろう

僕は何て言えばいいんだろう

こんな夜は逢いたくて逢いたくて逢いたくて

君に逢いたくて逢いたくて

また明日を待っている


日本人乗客がいなかったことを“嬉しそうに”言うって!

私は何を思えばいいんだろう。私は何て言えばいいんだろう。

ハハハ。

訴えたいことがなんであれ、ほかのフレーズはなかったのか?

あざといなあ


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で、いきものがかり“放牧”宣言か。このグループらしくていいね。

シンプルなステージングと素直な歌い方が好きだった。

えーと、ただし、放牧するのは“いきもの”であって、“かかり”は

あとに残るんじゃないかなあ。ハハハ。


by toruiwa2010 | 2017-01-06 14:37 | 岩佐徹的考察 | Comments(0)

“正月の風物詩”と言われて久しい駅伝。

テレビの前にかしこまって見ることはないし、じーっと目を

凝らすこともない。色とりどりのたすきをかけた若者が走る

姿を5時間半、なんとなく見続ける。それも、二日続けて…。

このイベントが持つ吸引力は半端じゃないね。

コアなファンの見方は違うと思うが、私のレベルだと今年の

駅伝は見せ場に乏しく予想通りに青学が堂々の3連覇を遂げた。

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ここの監督はとかく一言 多いタイプだから、批判されることも

あるようだが、ごちゃごちゃ言う連中の口をあっぱれな実績が

封じてしまう。あまりにも思い通りに事が運んだから、今日も

まだニヤニヤしてるかもしれない。ハハハ。


思い出したことがあったので過去のツイートをチェックすると

2014年にこんなことを呟いていた。


5位で大喜びの青学・・・いいなあ。

学生スポーツのそれこそ「原点」じゃないか。

2位では喜べないという声もあったが、

そういう考え方が、アフリカから選手を

連れてきたりすることにつながるんだ。

ジャーナリストたちも何も言わないし。

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そう、このときは“5位”に大喜びしていた学校がその翌年から

3連覇したんだ!ほめられていいんじゃないか?

実はこのとき、2位だった駒沢大学の選手たちの顔が思い切り

暗かったので


2位でゴールする駒沢

迎える選手もアンカーも表情が暗い。

どんなスポーツにも勝者がいて敗者がいる。

1年努力した結果としての2位でも

喜べないのか。厳しい。厳しすぎるね。


と、ツイートした。


「優勝を狙っていた学校が2位で喜べるわけがない」とかなり

激しく攻撃された。そういえば、今年2位に終わった東洋大の

メンバーにも笑顔はなかった。そんなもんかねえ。

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往路では学生スポーツらしい場面もあった。

4区の中盤だった。順位を上げてきた創価大のセルナルドが

前を行く駒沢大・中谷に追いつき、追い越すときにポーンと

背中を軽く叩いていった。どう受け取るかはいろいろだろうが、

無意識の行動だと思うし、二人の間の空気はすがすがしかった。


27.228.4%かあ。視聴率もここ数年ずっと安定してる。

固定ファンがいるってすごいことだね。


下ネタ


明治生まれの母は潔癖な人だった。Hな話や品のない人物は

大嫌いだった。…のはずだった。

だから、私より母に気に入られていた妻から「お母さんって

ケーシー高峰が大好きよ」と聞いたとき、耳を疑った。

そのケーシーが3日のNHK「東西笑いの殿堂」に出ていた。

早送りで好きな芸人だけを見るつもりだったが、途中で気が

変わった。爆笑問題・太田がこの番組で 毎年楽しみなのが

ケーシーの下ネタだと言っているのを知ったからだ。

タイムシフトでさかのぼってこの日のネタを見てみた。

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登場するなり、にやりと笑い、股間を両手でわしづかみにして

「キンガシンネン!」とやったのを手始めにまあ、下ネタの

オンパレードだった。いい大人の男なら大笑いもできるけど、

若い女性が人前で笑うのは気が引けるタイプの話だった。

太田によれば、“ネタ見せ”として、放送前、スタッフの前で

披露した話とはガラッと変わっていたらしい。そのひどさは

ここに再録することをはばかるほどだ。

昭和の芸人の“面目躍如”だが、逆に、NHKもライブでずいぶん

リスクが大きいタレントをブッキングしたものだと感心した。

ハハハ。


ちなみに、“医学漫談”と自称しているケーシーの話の中身は、

民放でも大笑いする女性アナは少ないと思うが、“ちゃんと”

笑っていた“NHK片山千恵子アナをほめたい。視聴者を

しらけさせなかったからね。

「ブラタモリ」でブレークした桑子真帆アナの例もあるから

“テークノート”しておこう。


なお、暮れから正月にかけていろいろなお笑い番組を見たが、

サンドウィッチマン、ナイツ、銀シャリ…は群を抜いていた。


by toruiwa2010 | 2017-01-06 14:34 | 放送全般 | Comments(0)

やっぱり紅白歌合戦を見る

~やっぱり突っ込めるなあ~ 17/01/04

お笑い番組じゃあない。

“国民的番組”と呼ばれて久しい大みそか恒例の紅白歌合戦だ。

時間も長いし、詰め込んでいるから仕方がない面もあるが、

ブロガーやツイッタラーに無限のネタを提供してくれるなあ。

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今年は書かない予定だったが、2009年の正月から8年連続で

書いているんだし、これだけのネタももらったのだから…と

簡単に書くことにした。


ニュースが終わって、番組が始まるとステージの袖で司会の

相葉雅紀&有村架純が緊張感を話したあとカメラは外に出た。

場馴れしていない夫婦に扮したタモリとマツコ・デラックスが

会場に入ろうとしてガードマンにとめられる。入場券はなく、

“ふるさと審査員”として呼ばれたと訴えるが、入れてもらえない。

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笑えない小芝居は、歌手の入れ替わりやセットのスタンバイに

かかる時間をつなぐ役もあるのだろうが、この二人はとうとう

最後まで正式紹介はないまま?だった。

あれじゃ、タモリも出るからSMAPとはならないわけだ。


司会の二人はネット上でもさんざん叩かれているみたいだ。

あの体たらくでは言われても仕方がない。

打ち合わせ不足?段取りの悪さ?指示が伝わらない?…それとも

頭が悪い?

原因はいろいろあるだろうが、そもそも40%前後の国民が見る。

その何割が「相葉の、有村の司会なら見てみよう」と思うか?


いい加減で、能力のない女優やタレントに頼るのをやめて、

視聴者にストレスを与えない、ハプニングがあってもアドリブで

かわせる本物の“プロ”を起用したらどうだろう? 

中居正広はうまかったなあ。女性の方はなかなか難しいけど、

HKT48の指原莉乃が卒業したらすぐにやらせてほしいなあ。

相手次第だけど面白い紅白になると思うよ。


いつものことだが、家族をからめて“泣かせよう”とする演出は

好きじゃない。かつては、苦労した歌手が過ごしてきた1年を、

キャリアを振り返り、晴れのステージに立つ喜びをかみしめて

涙したものだ。そういう涙は分かりやすかったね。これでもか

という演出には意地でも泣くもんか!ハハハ。


大人げないとは思いつつ、狙いが見え見えなのが嫌でこちらは

意地でも笑っうもんかと思ったのは周辺をうろついただけの

“大物コンビ”だ。ほかの演出は考えつかなかったのか。

そもそも“演出”はあったのか?二人に“お任せ”だった感じも

あったよなあ。ステージ裏の大混乱の中で積まれた弁当に手を

伸ばすマツコをタモリがたしなめるとマツコが「いいのよ!

受信料払ってんだから」と切り返しさらにBS画面の隅に出る

“不払い者”へのお願いもどうにかならないかとクレーム…

アドリブだろう。そんなセリフを言わせるほどNHKが“開けて”

いるとは思えん。

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むしろ、ステージでピコ太郎が“ポンポコリンポンペッポパ”と

熱唱する映像からスタジオの男性アナに切り替わったとき、

マイクを生かすための“カフ”に手を添えながら懸命に笑いを

こらえていた姿の方がよほど笑えた。いっそ、一度 思い切り

笑ってしまえばよかったのになあ。そして、一拍 置いてから

「失礼しました。ではこの時間のニュースです」と続ければ

誰も文句は言わなかったはずだ。

たしかに、第1項目が立体駐車場からの転落死”だったから、

笑っちゃいけないと必死だったんだね。同情するわ。

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昔、フジテレビ昼のニュースで苦労したことを思い出す。

植木等のヴィックスのCMがおかしくてたまらなかった。

彼は当時日の日本で最高のコメディアンだった。ヴィックスは

昼のニュースのスポンサーだった。鼻腔吸入剤“インへラー”の

コマーシャルはアップになった植木が、実にとぼけた表情で

「詰まった鼻にインへラー、 これでインへラー?」と言って

終わるのだ。“顔出し”ではなかったものの、第一項目が深刻な

もののとき、読みに笑いがにじんではいけない…と下腹に力を

入れなおしたものだ。ハハハ。


ほかにもいろいろあったぞ。


力んでしまうのか、音程をはずす歌手が多かった気がする。

水森かおり…歌よりドレスが印象に残っても嬉しいのだろうか

大竹しのぶの「愛の讃歌」は気持ちが空回りしてたね。

椎名林檎もよく分からなかった。

石川さゆり…「津軽海峡…」と「天城越え」を交互に歌ってる

らしいね。

平野ノラまで使うか!

なにより、ゴジラをからめた茶番は“無理やり”だったなあ。


けなすばかりではフェアじゃないから少しだけほめておこう。


ピコ太郎が混声コーラスの「第九」をバックにしてPPAP

歌ったとき 悔しいけど、ちょっと笑った。



絢香の「三日月」…胸に来た。素人が好んで歌い、うまいと

思うけど、やはり本家は違うねえ。

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島津亜矢が聴けたのは嬉しかった。歌のうまさは絶品なのに

普段なかなかスポットライトを浴びない人の晴れ姿を見るのは

いいものだ。

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桐谷健太…「海の声」 その歌声にやられるわ。うまい下手は

関係ないね。

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氷川きよし…堂々と歌ってた。ビッグな歌手になった

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松田聖子xYOSHIKI 「薔薇のように咲いて 桜のように散って」

きれいな曲だったね。紅白ではこういう曲を聴きたいものだ。

松田聖子、うまいや。聴かせたもの。

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Radio Fishの「PerfectHuman」はお祭り向きだ。

特に藤森慎吾をほめたい。


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そして、ガッキーが全出演者の中で一番可愛かった!

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最高だったのは、美輪明宏の「よいとまけ」と和田アキ子の

「あの鐘…」を聴かないで済んだこと、芸のない“二丁目系”の

タレントがマツコ以外にはあまり目立たなかったこと。ハハハ、


以上、あくまで、年寄りの戯言だから、腹を立てないように。


ゆく年くる年


(ゴオーン)

低く、重く、腹に響く鐘の音が平成28年が終わろうとしている

ことを告げています。雪が降り続く北陸福井県の吉祥山永平寺は

静かな除夜を迎えています。

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たとえば、そんな風にアナウンスしてみたかった。一度で

いいから。

毎年、この番組に切り替わるたびにそう思う。

昔は、ベテランが起用されることが多かったと思うが、最近は

若いアナが増えている。そのせいかトーンが高いね。せめて

第一声は丹田に力を込めてもう少し低く…。


by toruiwa2010 | 2017-01-04 08:46 | 放送全般 | Comments(10)

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恒例の初もうで…

手抜きのそしりをまぬかれませんが

近所の神社で済ませます。

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二礼二拍手…何とかの作法は省略して

軽く頭を下げたらいきなり願い事を…。

これまであまりご利益があったように

思わないのですが、“初めに住所氏名”を

言ってなかったなあ。無理だよねえ。


最後に軽く会釈して賽銭箱の前を離れます。

福豆をもらうことは忘れません。

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帰宅すれば年賀状。

断捨離の一環で出さないようにしてから

年々薄くなります。それでいいです。

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でもって、お汁粉。

以上で私の元日はほぼは終わり、これより

「ワイドナショー」を楽しみます。

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3日まで、とりあえず休みます。

それ以後は未定です。


by toruiwa2010 | 2017-01-01 10:03 | blog | Comments(2)