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岩佐徹のOFF-MIKE

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実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

<   2017年 09月 ( 20 )   > この月の画像一覧

朝日新聞・抜井則泰記者がツイッターを復活させていることに

気づいたのは2ヶ月ほど前だった。

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初めて彼の名を知ったのは4年前だ。

九州場所8日目に白鵬が稀勢の里に敗れたとき、場内で起きた

“ばんざいコール”に違和感があった。その翌日の朝日新聞に

署名記事が載っていた。


…大相撲の存亡の危機に歴史・伝統・文化・誇りを守ったのは

白鵬だと書き、力士会の先頭に立って東日本大震災の被災地に

毎年 寄付を行っていることを紹介した記事の最後に


稀勢の里との、あの死闘に敗れた白鵬に、

万歳コールかーー。

1年納めの九州場所。今年は、あと味が悪い。


と書いていた。シメの文章に惹かれた。

三賞選考委員をつとめていたほどだから周囲から認められる

大相撲記者なのだと認識し、それ以後も意識して彼の記事を

読んだが、“書き手”だと思った。

ツイッターをやっていることを知ってフォローした。紙面に

載らない“裏話”的なツイートが面白かったし、貴重だった。


たしか、数ヶ月でブロックされた。くわしくは憶えていないが、

彼のつぶやきに私が書き込んだ異論が気に入らなかったようだ。

それでも、相撲についてのウンチクと“ほどよいユーモア”が

好きだったから読み続けていた。


しかし、2015年の夏、突然、ツイッターへの投稿が途絶えた。

“事件”があったのだと、あとで知った。運動部からほかの部に

異動したことも伝え聞いた。「惜しい」と思った。少なくとも、

相撲に関して、彼ほど魅力のある記事を書く記者はいないもの。


“復活”は今年の5月だったようだ。ほぼ2年かかったわけだが、

今は、まったく元のペースで書き込んでいる。“健筆”の健在は

嬉しい限りだ。再開を知ったとき、プロフィルに社会部所属と

書かれていて、高校野球の東京都予選を取材中だった。

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相撲の記事を書かせないのは朝日新聞の損失じゃないか…と

思ったが、“消えなかった”ことを喜びたいという気持ちだった。


…だったが、なに、“ちょこちょこ”書いていることが分かった。

運動面ではない紙面に相撲関連の連載ものを書いているらしい。


今年の1月に両国を書いた時、

「抱きしめたいほど、けなげな街だ」と

書きました。 あの時、僕は、恋人を

紹介するような思いで原稿を書きました。

僕にとって深川は、恋人である両国(=本所)

双子の姉みたいな存在です。

恋人の姉をひとに紹介するような、そういう

記事を書きたいです


そんなツイートを見かけた。

誰もが同じ感想を持つかどうかはともかく、“抱きしめたいほど

けなげな街”というフレーズだけでうまいなあと思ってしまう。

検索するとすぐに見つかったが、読めたのは途中までだった。

“先を読みたかったらデジタル登録を”ということだ。

芦屋に行く際、家で購読していた本紙を解約し、費用対効果が

悪すぎるのでデジタルも単身赴任中にやめた。

だから、全文は読めない。改めてデジタル契約するのも面倒だ。

いま、東京版で大相撲の連載「角界余話」を欠いているようだ。

購読している人は一読を勧める。私はツイートでガマンする。

ハハハ。

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抜井記者の復活は歓迎するが、一つだけ注文しておく。

あなたは、“@toruiwa”で私に約束した。

白鵬擁護論を必ず書く。横審の委員長批判も“かます”…と。

相撲担当ではないとしても、書くチャンスがあったら是非。

身近で見つめてきた専門記者の意見を知りたいんだ。


by toruiwa2010 | 2017-09-20 08:15 | 大相撲 | Comments(0)

Jアラートが発せらたのは15日の朝71分過ぎだった。

昼近くにネットで見かけた記事の見出しにえっ?と思った。

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突然消えた和久田麻由子アナ 

有事に軽視される女性キャスター


このアナのことを知らなかったが、NHKの朝のニュースを

担当しているようだ。記事を読むと、Jアラートの発表以後、

この女性アナが画面から消えたのはなぜか?“女性だから”と

軽視しているのではないか…が論旨のようだ。

記事の最後の部分を読めば、そう理解するしかない。

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私もどんなニュースであっても「オトコ中心」で

放送してもらいたくはない。ミサイルが発射された

くらいで和久田麻由子アナを画面から消してしまう

NHKには狭量さを感じてしまう。

NHKにはきちんと説明してほしい。


・和久田アナが消えたのはなぜなのか?

・女性だからなのか? 

・「有事」には女性の伝えてはふさわしくないのか?

・和久田アナには、有事の際に緊急ニュースを

仕切るだけの能力がないのか? 

・そうだとしたら、なぜ平日朝のニュース番組の

キャスターを彼女は務めているのか?

・そもそも女性キャスターの役割とは何なのか?


元記事の発信時間を見ると“1021になっているから、

アラート発表から3時間足らずのうちに書いたものだろう。

瞬間的な“反発”がもろに記事に反映されてしまった印象がある。

60件を超えるコメントも 男女の性による差別だ、けしからん…

的なものが多い。


“違う”と思う。


Jアラートが出たとき、第一報はこのニュース番組のメインの

男性アナが伝え、1分後からは別の男性アナに代わった。

映像を見ると、別のスタジオか、同じスタジオ内の別の一角に

設けたセットに変わっている。

つまり、“消えた”のは女性アナだけではなく「おはよう日本」の

レギュラー全員がアラート発表からわずか1分でいなくなった。

そして、この件については解説役の国際部・政治部の記者を含む

3人にゆだねられたのだ。


で、例の記事の筆者はこの“現象”をしきりに“性による差別”と

結び付けたがっているが、それは違う。

これまでに何度も書いているが、緊急事態が発生したときに、

女性の高いトーンの声は不安を煽る…という考え方がある。

このケースでは、女性アナ・記者をはずす…これだけ徹底して

いるところを見れば、NHK内部、特に報道の内部に暗黙の、

あるいは明白な“了解事項”があるのだろう。異論はあろうが、

一つの考え方だ。


つまり、“ジェンダー”の問題ではなく“声のトーン”の問題だ。

能力の問題でもなく、まして、“性”による差別ではなく、

性の違いによる“特性”を考慮してこの対応をしているんだ。


…というのが私の見解だ。

改めて、各局の対応をチェックすると、Jアラート発表直後は

全局、男性アナが伝えている。時差はあるが、フジとテレ朝は

男女が交互に情報を伝えていた。フジ(めざまし)は三宅と永島、

テレ朝(グッドモーニング)は坪井と松尾()アナだ。

日テレ(ZIP)の桝とフジの三宅アナは早口でトーンも高かった。

私の見解の根拠が危うくなる。気をつけてほしい。ハハハ。

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TBS(あさチャン)のメイン・キャスターは夏目三久だろうが、

この件に関して主導権を握っていたのは藤森翔平アナだった。

画面に出ている文言を読み上げるだけでなく、前回の情報も

織り込んで、ゆっくりと低いトーンで分かりやすく伝えていて

全局の中で際立っていた。以前からいいアナだと思っていたが、

やっぱり素晴らしい。


そして、Jアラート発表直後から記者がスタンバイするまで

およそ23分間、一人で 次々に渡される原稿をほぼよどみなく

読み上げたNHK・三條雅幸アナも見事だった。

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“事件・事故と女性キャスター”でいつも思い出すのはCNN

女性アンカーたちの低いトーンの声と落ち着きぶりだ。

→ 参照:あわてず騒がず…が肝心 http://bit.ly/R5f8qD


2001年に同時多発テロが発生したとき、CNNのスタジオに

いたのはジュディ・ウッドラフというベテランだった。彼女も

声の低さが特徴だが、長時間の生中継をしっかりしきっていた。

今年70歳だが、PBS…アメリカの公共放送ネットワークで

今なお現役だと聞く。

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女性アナを重用すべし。

男女を問わず、超ベテランの起用をためらうな。

私もそう思う。しかし、基本は“適材適所”だ。

NHK(いずれ民放も) の“緊急時は男性アナで”という考え方は

決して“性差別”によるものではないと断言できると思う。


by toruiwa2010 | 2017-09-19 08:17 | アナウンサー・実況 | Comments(0)

HPをスタートしたのは20034月でした。

その年の9月に伝説の「リーガ・ゲッツ!」を書いて

大騒ぎになり、2ヶ月休んだことがあります。

それ以外には 夏休み、正月休みはあったものの 長期間の

“休載”はありませんでした。

しかし、さすがに「さらば WOWOW」のあとはしばらく

記事を書く気分になれなくて、2週間ほど休みました。


ご無沙汰でした ( 2005.10.01 初出 )

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月が替わりました。

10月は1年の中でも節目の月です。

私個人にとっても、9月末から今月初めにかけてはいろいろと

“記念日”がありました。


28日は67回目の誕生日でした。

この日、循環器内科の専門の医師に診察していただきました。

高血圧が気になるからです。

「年齢の割りに動脈の弾力がなくなっている」、別の言い方で

「動脈硬化」というデータが出て、かなり へこみました。ハハハ。

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心電図をとるとき、看護師さんに生年月日を聞かれました。

私が答えると、それをデータ用紙に書き込みながら「えっ!

お誕生日なんですか?おめでとうございます」と言われました。

この年齢になると嬉しくもないですが。


そう言えば、先日、電車の中で高校生ぐらいの女の子に席を

譲られました。生まれて初めての経験でした。

疲れているように見えたか、いかにも「お年寄り」と映ったに

違いありません。「軽くヤバイ」と思いました。ハハハ。


29日で、前立腺がんの手術から1年たちました。

おかげさまで 術後の経過は今のところきわめて順調です。

ぜひ、このまま、転移も再発も起きないで推移して欲しいと

願っています。話に聞くと、前立腺というのは恥骨の裏にあって

目視しながら手術することはできないと言います。

執刀医が“神の手”を持っていたことに感謝です。ハハハ。


「容疑者 室井慎次」を見ました。

映画ですから“できすぎ”と思う部分もありますが、「このまま

突っ張ってるとロクでもないことになる」と分かっていながら

自分の考えを曲げない、まことに不器用な“室井”という男の

生きざまをわが身と重ね合わせて見てしまいました。

柳葉敏郎にくらべ、はるかにみっともないことは明らかですが。

ハハハ。

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信念を貫いて目的を果たし、なおかつ支持する人たちの手で

新しい生き場所を得る室井、意地を張っては見たけど哀れな

“蟷螂の斧”に終わった私…

私にも本当の値打ちがあったら、こんなに結果が違うことは

なかったのでしょうがね。


そして、予定通り30日でWOWOWとの契約が終了しました。

帰国の翌日、時差の影響で早朝に目が覚め、「ちょうどいい」と

思ってWOWOWに出かけました。デスクを片付けるためです。

誰かに会ったらいろいろ説明しなければならず、相手も話し

づらいだろうと思って、その時間を選んだのです。これでも

結構“気配りの男”なんです。ハハハ。


赤坂にある会社に着いたのは午前3時半でした。

そんな時間だというのに、守衛さんに聞くと、10分ほど前まで、

スポーツ部に人が残っていたそうなので、危ないところでした。

ハハハ。


こうして、処理すべきことはすべて処理を終え、残されたのは

会社への挨拶だけでした。帰国直後の気持ちとしては、足が

向かないのではないかと思っていましたが、役員室と連絡を

とった上で30日に出かけました。最後に、お世話になった

会長、社長にきちんと挨拶をし、区切りをつけることができて

よかったです。

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889月に出向して以来続いてきた17年間のWOWOWとの

お付き合いが終わりました。何かが音を立てて崩れたみたいで、

寂しくないと言えば、ウソです。

大事にしてもらいました。いい思いをさせてもらいました。

「望まれている」と感じて大きな仕事もやらせてもらいました。

アナウンサーとして過ごした15年は充実したものだったと

言っていいでしょう。

仕事に関する限り50代、60代が一番幸せだったと言える私は

果報者だと思います。


「さらば WOWOW」以来、大勢の方から励ましのメールを

いただきました。時間を追って増えていく書き込みも、もちろん

読ませていただきました。

ホテルをチェックアウトする直前に更新したのは、部屋を出る

直前までPCに向かっているかもしれない同僚スタッフにも

見つからないためでした。ハハハ。

日本に帰るまで余計なことは知らない方がいいと考えました。

それでも、成田に着いたとき、「ブログを読んだ社員から誰かの

携帯に連絡が入っているかもしれないなぁ」と心配になって、

荷物が出てくるなり、逃げるように帰路につきました。

誰のところにも連絡はなかったようです。ハハハ。


みなさんからの メールやブログへの書き込みがどれだけ

私に元気を与えてくれたことか。

先日、「WOWOWのアナウンサーと加入者の距離」について

書きましたが、温かい、身にあまる言葉が並んだ文章を読んで、

アナウンサー冥利に尽きる思いでした。


「これだけの人が応援してくれていたんだ」と、今更ながらに

驚き、かつ「これなら、もう少しがんばれたじゃないか」とも

思いましたがあとの祭りでした。

でも、皆さんのお気持ちはとても嬉しかったです。

本当にありがとうございました。「永久保存」にします。


大勢のWOWOWの若い仲間たちからは、「食事でも」と

誘われました。「有難いけど、今はそんな気分じゃないので、

10月になってもその気持ちがあったらまた声をかけとくれ」と

答えるのが精一杯でした。ハハハ。


帰国した夜、我が家にWOWOWの後輩が一人やってきました。

思いがけない訪問でしたが、「帰ってくれ」とも言えず(ハハハ)

上がってもらいました。

「電話やメールではなく直接『お疲れさま』と言いたかった」

そうです。

飛行機ではあまり眠れなかったために、かなり疲労を感じて

いたのですが、身にしみる嬉しい言葉でした。

「いろいろなことを教えていただきました」と語る彼の眼が

赤いのに気づいて、こちらも目頭が熱くなってしまいました。



正直言って、まだ気持ちの整理はつきません。

しかし、月が替わったことで、強引にでも気持ちを切り替えて

前に向かおうと考えています。

多趣味ではありません。せいぜい、麻雀と映画鑑賞、読書…

ぐらいでしょうか。

映画や展覧会を見に出かける、週に一回は外食をする、年に

数回の小旅行をしよう…そこまでは決まっています。

タップリある時間を有意義に、楽しく過ごすには不十分です。

どうしましょう。ハハハ。

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ブログに「ハードに働いてきた人は仕事を辞めたあと3年で

体調を崩す」との書き込みがありましたが、「さらば…」から

半月足らずで「このままでは鬱になってしまうかも」という

危機感を覚えたのは確かです。

“仕事人間”だからではなく 実況が持つ麻薬のような喜びを

知っているからでしょう。

とりあえず、“引退宣言”を「ひとまずマイクを置きます」に

変えさせてください。チャンスはほとんどないと思いますが、

自分にできることの間口は広げておきたいのです。

オファーをお待ちしています。ハハハ。


いずれにしろ、“毎日が日曜日”という状態に埋没しないように

しなければ、と肝に銘じています。

お騒がせし、ご心配をかけましたが、持ち直してきましたので、

どうかご安心ください。


書き忘れていました。

朝のごみ出しと新聞の取り入れが私の担当になりました。

ハハハ。


今日、ブログを再開しました。

まだ、「ハハハ」という心境になりきれていませんので(ハハハ)

テニスねたはぼちぼち書かせていただきます。楽しいと思えれば

続けます。思えなかったら…、できるだけ がんばってみます。

ハハハ。


by toruiwa2010 | 2017-09-18 08:21 | アーカイブから | Comments(0)

さらば、WOWOW ( 2005.09.13 初出 )

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全米が終わりました。

連日、好天に恵まれ、しかも中盤から終盤にかけて好ゲームの

連続でした。きっと、堪能されたことと思います。


さて、突然ですが、この全米を最後に実況生活を終えることに

なりました。まだ、9月いっぱいは契約期間が残っていますが、

そのあと、更新しないことで合意したものです。

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92年全豪の中継から始まったテニス中継は、またたく間に

WOWOWの看板番組になり、それからまる14年、私はずっと

テニス中継にかかわってきました。

ほかにアイス・ホッケー、ボクシング、サッカー、ゴルフなどの

中継を経験しました。

アナウンサーとして働いたのは、フジテレビで1810ヶ月、

WOWOW15年ですからフジの方が長いのですが、中身の

濃さからいえば、断然WOWOWです。

プロ野球のような メジャーなものはやれない代わりに、

WOWOWでかかわったものは、競技としてはマイナーかも

しれませんが、ほとんどすべてが世界レベルのものでしたから、

ワクワクしながら放送することができました。


また、地上民放局では準決勝、決勝ぐらいしか放送しませんが、

WOWOWは大会を丸ごと放送するというやりかたでしたから、

仕事量が多く、やりがいもありました。

外国で行われる試合を放送するため海外に行く機会も飛躍的に

増えました。今回が73回目の海外出張で、トータル1,360日を

海外で過ごしたことになります。


…できれば70歳まで実況を続けたいと願っていました。

そうすると グランド・スラムの中継が50回を超え、海外出張も

1,500日を超えるなあ、と考えていたのですが、残念ながら

夢は果たせませんでした。どうでもいいことですがね。ハハハ。

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WOWOWの岩佐ですが なにか?」

とぼけたタイトルの本を自費出版したのは200211月でした。

私のアナウンサー生活を振り返り、実況についての考え方を

まとめたものです。

(興味がおありでしたら、YAHOOにあるブログのカテゴリ

“MY BOOK”をどうぞ → http://bit.ly/2h2ocEb


初めは、普通に出版するつもりでしたが、熱心に探すわけでは

ありませんから出版社を見つけることができず、結局は自分で

好きなようにやれる「自費出版」を選んだのです。


出せる費用に限界があり、500冊限定ということになりました。

配った相手はほとんどが知り合いか、WOWOWを見ている

人たちでしたから、おかげさまで、多くのひとが「面白い」と

言ってくれました。

思えば、それから2年間ぐらいが我が人生のハイライトだった

かもしれません。ハハハ。


そこで何があったかといえば「リーガ、ゲッツ!」です。ハハハ。

会社や仕事仲間、視聴者の皆さんに迷惑をかけたのですから

笑ってちゃいけないんですが、考えもしなかった狂乱の嵐に

遭遇して、笑うしかないだろう、という感じです。

それが理由ではないでしょうが、それを“きっかけ”にしたかの

ように、あらゆることが下降カーブを描いていきました。

テニスの番組作り方に不満を感じるようになり、サッカーでも

制作陣との間に考え方の違いが出てきました。

今回も、自分がWOWOWのテニス制作の一員である感じが

しませんでした。悪影響が出てはいけないと考え、スタッフや

コメンタリー仲間にも話しませんでしたが、日本を出る前に、

会社との間で“これが最後”と決まっていたからかもしれません。


言い続けてきましたが、私は“楽しくなければテレビじゃない”の

フジテレビの出身ですから(ハハハ)、仕事をする以上、楽しい

環境でやりたいと思ってやってきました。

しかし、だんだん、世代の違いから来るものもふくめ 仕事の

現場で「楽しくないなあ」と感じることが増えてきました。


今回も、突き詰めれば“ソフト”について 互いの考え方の違いを

修正することができず、契約を延長しないと決めたものです。

契約をめぐっての交渉は、あまり好きではありません。

自分の考えを伝えるとき、どうしても、相手が間違っていると

言わなければならないケースが出てきますからね。

誤解のないように申し上げておきますが、“互いが合意した”

もので、決してWOWOWに非があるわけではありません。

私の頑固な性格が今回のことの大きな原因になっていると

言ってもいいでしょう。

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悪運が強いのか天が見捨てなかったのか、最後の仕事になった

全米オープンはいい試合をたくさん担当することができて

アナウンサー冥利につきました。

おかげさまで、気分よくマイクをおくことができました。


そして10月からは、年金生活に入ります。ハハハ。

お若い方には申し訳ないのですが、私の年齢だと、それなりの

年金がいただけます。フジテレビの“企業年金”を合わせると、

贅沢さえしなければ十分に暮らしていけます。

明らかにガタが来ている体の手入れをしながら、時間をかけて

「さて 何ができるのか」を考えたいと思っています。


私は、WOWOWのアナウンサーは地上波に比べ、視聴者との

距離が近いと感じながら仕事をしてきました。

そして、自分の予想をはるかに超えて実況を続けられたのは、

みなさんの応援があったからだと思います。この場を借りて

お礼を申し上げます。ありがとうございました。


最後になりましたが、テニスのコメンタリー仲間やWOWOW

若い友人たちに、なにも話さないまま今日を迎えることになり、

申し訳ない気持ちです。

この年令まで元気にやってこられたかげに、みんなの支えが

あったことを忘れません。長い間、ありがとう。


それでは 老兵は静かに消えることにいたします。ごきげんよう。


こういう事情ですので、このブログもしばらく休みます。

気力を取り戻し、テニスへの興味を持ち続けられるようなら、

いずれ再開したいと考えています。保証の限りではありません。

ハハハ。



この記事を更新するタイミングについては

スタッフに気を遣ったつもりでしたが、

あにはからんや!



分かってほしいと思った人たちの胸には届かず、

むしろ逆効果だったケースもあり、帰国後に

改めて話し合うつもりでいたらしい会社側は

"最後通告"と受け取りました。


物事、なかなか、思い通りにはいかないという

典型的な例になってしまいました。ハハハ。


by toruiwa2010 | 2017-09-17 08:15 | アーカイブから | Comments(2)

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決して美しいわけではないのですが、ニューヨークは世界中で

一番好きな街です。その魅力については、何度も書きました。

最後に訪れたのは2005年全米オープンのときです。

この大会がWOWOWでの最後の仕事になりました。

この時点では、まだ誰にも辞めることを話していませんでした。

自由行動になった大会最終日の翌日、一人で外出しました。

街を目に焼き付けておきたかったのです。

センチメンタル・ジャーニー…


A Holiday in New York ( 2005.09.12 初出 )


…「ここだよ」と言われてタクシーを降りるともうはっきりと

潮のにおいがしました。

例年なら、予備日の月曜日は本を買いに行くぐらいで あとは

ゴロゴロして過ごすのですが、今日はなぜか水のあるところに

行きたい、と思ったのです。

行った先は サウス・ストリート・シーポートです。

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イースト・リバーにかかる一番南側にかかる橋、ブルックリン・

ブリッジに近い波止場です。

前にも行った事があるはずですが、記憶が定かではありません。

みんな そうなるんですから笑わないように。ハハハ。

何年か前に来て座ったのはこのあたりかな、と思うところに

腰を下ろし、川面を渡ってくる風に吹かれて、読みかけだった

ジェフリー・アーチャーの“Sons of Fortune”「運命の息子」の

残りを読んで時間をつぶしました。


試合に向けて準備をすることも、絶対に風邪を引かないように

気遣うことも必要がなくなりました。

何にも縛られるず、好きなように時間を過ごせる…こんなに

贅沢なことはありません。

1時間ほどたつと、おなかがすいてきました。近くのカフェに

入りました。「SEQUOIA日本語にすると「せこい屋」

あまりよくないか?ハハハ。


席についてみると、それほど空腹ではないことに気づきました。

結局、注文したのはバドワイザー()、マンハッタン・クラム・

チャウダー、そしてサラダでした。

あえて選んだ陽だまりの席から道行く人を眺めながら おいしく

いただきました。

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もう一度、川の近くに戻って読書を続けます。目が疲れると

川を眺めます。

そんなとき頭に浮かぶのは、今後のことではありません。

年寄りはみんなそうかもしれませんが、私の思いは“過去”に

向かいます。ハハハ。


恥多き人生ですが、WOWOWに出向してからの実況人生には

大きな満足感があります。

思い返せばたくさんの出来事があり、ブログを何本書いても

追いつかないでしょう。

多くの同期生が“悠々自適”の人生を送っている中、この年齢で

いい仕事、いい仲間に恵まれました。とかく一言 多いために

(ハハハ)、先輩たちから睨まれていたフジテレビ時代にくらべ、

若い仕事仲間に“望まれて”仕事をする喜びを味わえるように

なりました。こんなに幸せなことはありません

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最後は、水上タクシーに乗ってミッド・タウンに帰りました。

波が高いために、上のデッキに出られなかったのは残念ですが、

イースト・リバーから眺めるマンハッタンは、私の気持ちを

惹きつけて放しません。今夜は、全仏で“デビュー”して以来

気に入っているベトナム料理を食べに行きます。

部屋でゴロゴロしていることを思えば、とても有意義な休日に

なりました。


So,that’s the end of my sentimentaljourney.


by toruiwa2010 | 2017-09-16 08:11 | アーカイブから | Comments(2)

09/13のツイート


日ハム 大谷翔平 がこのオフ、メジャーに移籍する…

複数のメディアがいっせいに伝えている。

規則としてマイナー契約になるが、納得なんだろう。

意中の球団もあるというが、さて、どこに行くか?

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今シーズン、開幕前のケガで先行きが不透明になっていたが、

いよいよ、“挑戦”のときが来た…ということか。


メジャーの労使協定では、アメリカ、カナダ、プエルトリコを

のぞく国から移籍する場合の条件がある。大谷は年齢的にも

プロの経験年数でも満たしていないのでマイナー契約になる。

それを承知で海を渡るのだから、それなりの覚悟もそれ以後の

“展望・成算”もあるのだと思う。


問題は“二刀流”だなあ。

常識的には、メジャー…というかアメリカ野球に投手・野手を

兼務するコンセプトはないと思うが、契約に至るまでに相当な

やり取り・駆け引きが必要になるはずだ。

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夢はあるものの問題が多すぎると思い、彼の二刀流については

キャンプのときから私は強硬に反対を唱えてきた。“せっかくの

才能を摘んでしまう”、“ケガの可能性が増す”が主な理由だった。

本人が決めるのは難しいのだから球団が見きわめてやるべし、

それもできるだけ早く…と。

たぶん、契約の中に“本人のしたいようにさせる”的な付則が

入っていたのだろう。そうでなければ、この“ずるずる”ぶりは

理解できない。


二刀流にこだわった場合、マイナーにいる間はともかく、

メジャーに上がってからネックになるのは“25人”という

しばりだと思う。

日本のプロ野球は28人が1軍として登録され、試合のとき、

ベンチに入るのは25人となっている。しかし、メジャーは

25人登録・25人ベンチ入り”だ。そこが決定的に違う。

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日本では、前日や翌日の先発投手、前日長いイニングを投げた

中継ぎ投手など3人がベンチに入らず、試合前の練習だけで

帰宅する。“あがり”と呼ばれる。“日ハム・大谷”は監督の指示で

ベンチを外れているのだろう。メジャーではそうはいかない。

基本的に“延長無制限”だから、ピッチャーといえども、代打、

代走、守備…“緊急”の場合にやることはいくらでもある。

登板の前後、必ずベンチを外れる選手などいない。(…はずだw)


その環境の中で二刀流を生かす方法はおそらくない。

特に、視察のため来日中のスカウトが”野手として先発させながら

試合の流れによってクローザーで起用するアイディアがある”と

話していたなどという ”奇天烈”(きてれつ)な情報を見かけたが、

話にならない。


投手、打者、どちらも 専念すれば、そのレベルはかなり高い。

柔らかいフォームから遠くに打球を飛ばせる 打者としての

潜在能力も高いだろうが、どちらかといえば、“投手・大谷”に

魅力を感じる。100(162)を超えるファストボールと

キレのいいスライダーはメジャーでも十分通用すると思う。



個人的には、ピンストライプをまとってほしい。ハハハ。


by toruiwa2010 | 2017-09-15 08:17 | メジャー&野球全般 | Comments(2)

編集者が天吾に向かって電話で

「ホットケーキみたいに 作るそばから

どんどん売れている」と話す場面がある。

哀れな私の頭は“混乱”する。

“花畑牧場の生キャラメルみたいに、

作るそばから…”ならまだ分かる。

しかし、この書き方だと、ホットケーキとは、

“作るそばから売れる”もの、ということになり、

それは、おかしな“決め付け”だ。

それともなにか、1984年当時にはホットケーキが

“爆発的に”売れていたんだろうか。

まさかね。ハハハ。 

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村上春樹の大ヒット小説「1Q84」を批判したとき、

雑な文章の例として書いた記事の一節だ。

そのころ、田中義剛の花畑牧場が作る生キャラメルは

とんでもない売れ方をしていたことを思い出す。

食べてみたいと思いつつ、彼が青山に出店したときも

行列がすごいと聞いてしり込みし、「そのうちに…」と

思っていたら、ひっそりと撤退していた。

今回、札幌に行くと決まった日から楽しみだった。


新千歳空港の売店で簡単に手に入った。

単純に“おいしい”と思う。癖にはならないだろうが。


by toruiwa2010 | 2017-09-14 06:42 | インスタグラム風 | Comments(2)
したたかに
   酔ふて候
      夕芙蓉
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去年まで知らなかったけど、
芙蓉って真っ白だった花が
やがてピンクになり、最後は
赤くなって散っていくんだね。



by toruiwa2010 | 2017-09-13 17:26 | インスタグラム風 | Comments(0)

20148月午前11時すぎだった。

スコアをつけながら、マリナーズ・岩隈のピチングを見ていた。

エッと思った。

何かおかしなことが起きたぞというアラームが鳴った。

“異変”は高校野球を放送している隣りのテレビ画面で起きた。

岩隈が投げ、結果をスコアブックに記入して顔を上げたとき、

目の端でとらえた映像に違和感があつたのだ。

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“おかしい”と思ったものの正体は、このときマウンドにいた

ピッチャーが投じたボールが高く舞い上がり、あろうことか、

テレビ画面の外に消えていったことだ。

思えば、無駄に鋭いセンサーが“悲劇”のはじまりだつた。

ハハハ。


悲劇とは、このとき東海大四高のエース・西嶋隆太君が投げた

超スローボールをめぐっての“炎上騒動”を指す。言葉足らずの

ツイッターを発信した私と、気の毒な“被害者”・西嶋君だけが

関わっているのだから、“悲劇”“は大げさかもしれないが。


東海大四のピッチャーのスローカーブ…

ダメとは言わないが、少なくとも、

投球術とは呼びたくない。意地でも。

こういうことやってると、世の中をなめた

少年になって行きそうな気がする。

ハハハ。


…直後に書き込んだ私のツイートだ。

軽い気持ちだったが、急いだあまり、大きなミスをした。

”世の中の…”以下はまったく余計だった。

そのまま岩隈の試合に集中していた。その間に、ツイッターが

えらいことになっているとはつゆ知らず。


深夜の削除と謝罪、ダルビッシュとの関わり、一件落着など、

この一件の細かなことは以下のブログを参照されたい。長いぜ。

ハハハ。


ツイッター 炎上!~詫びるしかない~ http://bit.ly/1BrvjGA

“タイトルなし”とします  http://bit.ly/1Btn5wP

超スローボール:いやいやいや~2014:岩佐徹的大誤算6

                 http://bit.ly/1EGRaOv

報告:超スローボールの件落着  http://bit.ly/1C8KnY4

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3年の月日が流れた。

8月の末、「プレバト」の3時間SPを見ていたとき、PC

こんなツイートが現れた。


@toruiwaさん

岩佐さんげんきですか?

20:38:40


まず、本文に目が行った。誰だろう?と思った。目をずらして

発信者を確認すると“西嶋亮太”と書かれていた!

2015年初めに何回かダイレクトメッセージを交換して以来だ。

今、コンタクトをとってくる理由が分からないし、アドレスが

記憶の中にあるものと違うから、すぐに信じたわけではない。


しかし、プロフィルに書かれた経歴も正しいし、ツイートの

内容も彼らしかったので返信した。


いろいろあって2014年の夏ほど

元気じゃないかも。ハハハ。

ホントに西嶋君? 

だったら、うれしいなあ。

社会人野球はどうですか?  


彼からのリプは…


ハハハ。 は絶対元気ですね!笑

僕はピッチャーやめて内野手やってますよ。


一気にテンションが上がって、以後、大好きな「プレバト」の

内容はうろ覚え。ハハハ。


やり取りを続けるうちに、彼の方にも一度会ったみたいという

気持ちがあることが分かった。互いのスケジュールを確認して

飛行機のチケットとホテルを手配し、11日、北の大地に飛んだ。

余談だが、飛行機に乗るのは200610月のハワイ以来だから

チェックインのとき緊張した。ハハハ。

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待ち合わせに指定されたすすきのの居酒屋には早めについた。

こちらはあくまで“会ってもらう”立場だし、まず、なによりも

直接“謝る”のが目的の会合だからだ。


西嶋君は少し遅れてやってきた。事前に「5分ほど遅れます」と

DMで連絡があった。きちんとしてるわ。

“連れ”がいることは聞いていた。というより、私の方から、

11では気づまりだったら、誰かを誘って下さい。たとえば、

ガールフレンドとか、当時のキャッチャーとか”と伝えてあった。

GFはいない、ということで、一緒に現れたのはバッテリーを

組んでいた上野純輝君だった。

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まず、謝らせてもらった。“形式ばった”ものではなかったが、

気持ちよく聞き入れてくれた。彼の方に、“例の件”について

わだかまりがないことは分かっていた。2015年初めのDMでも

こう言ってくれていた。


僕、なんも思ってませんからね!

周りが騒いだだけです。

岩佐さんは思ってることを言っただけ。

僕もやりたいことをやっただけですよ!

自分はなんも思っていませんよ?


あーたしかに

言われてしょうがないとは思いました!

誰にも文句言われないぐらい実績残せば

よかったんですが、あの程度の力じゃ

言われても仕方ないですね!


…袋叩きの中で、この言葉にどれだけ救われたことか。そして、

当時から、彼は“いい年こいた岩佐爺”よりオトナだったんだ。

ハハハ。


会話の細かい中身は3人の中にとどめるが、“あの一球”のこと、

今の生活など、約2時間、話した。主に私がしゃべっていた。

“音”がなくなるのが怖かったから。

豚しゃぶ、刺身などの食べ放題だった。スポーツをやっている

若者らしく、二人がよく食べてくれたのがうれしかった。


西嶋君は内野(セカンド)に転向したあと苦戦しているようだ。

上野君は東海大北海道に進み野球を続けてるものの、試合には

出たり出なかったりだという。口を揃えて、社会人、大学とも

高校野球とはレベルが違うと話していた。それも“青春”だよね。


3年前、大観衆の視線を一身に集めて、甲子園のマウンドに

立っていた小柄な少年は、少し大人びた顔つきの礼儀正しい

21歳の青年になっていた。


いい旅をさせてもらった。本人に直接 気持ちを伝えられた。

こんな日が来るなんて、考えもしなかった。

西嶋君は自覚がないまま、会ってくれたことでこれ以上はない

“年寄り孝行”をしてくれた。そういえば、敬老の日も近いね。

有難う、西島君。そして、付き合ってくれた上野君も。

いい野球人生を送ってほしい。青春バンザイ!!

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by toruiwa2010 | 2017-09-13 09:47 | blog | Comments(9)
久々に詠める

昼下り
  すこし酔いたる
       芙蓉かな
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by toruiwa2010 | 2017-09-11 10:32 | インスタグラム風 | Comments(0)