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岩佐徹のOFF-MIKE

toruiwa.exblog.jp

実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

いや、懐かしいものに再会!

1992 Dacis Cup Final( 2011.06.24 初出 )

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1992年デビス・カップ決勝:USAvsスイス。

フェースブックに友人が投稿しているのを見つけました。

およそ20年ぶりか。いや、実に懐かしい。


この年からテニスを中継し始めたWOWOWはデ杯のSF

決勝も現地から中継しました。熱がこもってました。ハハハ。

アメリカvsスウェーデンのSFはミネアポリスで行われました。


USA d.Sweden 4-1

Switzerland d.Brazil 5-0

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そして、決勝の舞台はダラス・フォートワースでした。


SwitzerlandMarcROSSETJakob HLASEK

USAJimCourier,Andre Agassi,Pete Sampras,John McEnroe


…優勝を狙うアメリカの4人は“DreamTeam”と呼ばれました。

当時のランキングでは①クーリエ、③サンプラス、⑨アガシ、

マッケンローは20位でした。チャンやワシントンではなく

マッケンローを選んだのはダブルスを考えたためです。


問題はシングルスでした。

ランキング的にはクーリエとサンプラスで文句なしでしょうが、

ゴーマン監督はデビス・カップに強い実績を買って、アガシを

シングルスに起用することにしました。

世界ランク3位のサンプラスはマッケンローと組んで慣れない

ダブルスに出場することになったのです!


決勝が始まる前日から街はムードが最高潮でした。

TVカメラがうろうろしていました。実は

マッケンローの妻はハリウッド女優、テータム・オニールです。

チームに合流する直前、3人の子供を連れてアパートを脱出し、

一方的に別居宣言をしました。

…と書くと、オニールが子供を連れ出したと思うでしょうが、

連れ出したのはマッケンローのほうだったのです。ハハハ。


日本のワイド・ショー並みに追いかけるシーンを初めて見ました。

そのせいで、マッケンローは大会中、チームの会見に一度も

同席しませんでした。


スイスからもかなりの数の応援団が来ていました。

彼らはアルプスで放牧する牛の首につけるカウ・ベルを大量に

持ち込んでいましたから、結構な騒音でした。ハハハ。

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初日のシングルス、まず、アガシがラセックにストレート勝ち、

クーリエがロセにフルセットの末、逆転負けして11

デ杯の常ですが、ダブルスが大きなポイントになりました。


2日目のダブルス。

90年全米オープンで優勝してはいましたが、21歳になった

ばかりのサンプラスは経験が乏しく、不慣れのせいもあって

動きの硬さが目立ちました。

1-2セットをタイブレークで失い、第3セットを取り返して

セットカウントは1-2、まだピンチは続きます。


苦しむアメリカを救ったのは、第3セットのあとの休憩という

デビス・カップ独特のルールでした。

放送席にいた私たちは知る由もなかったのですが、アメリカ・

チームのロッカーはものすごい熱気に満ちていたようです。

場内で応援していたアガシやクーリエも加わって、もうひとつ、

意気が上がらないサンプラスを励まし続けたそうです。

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SF(vsスウェーデン)のダブルスも1-2からの逆転劇でした。

英語では“pep talk”といいますが、士気を鼓舞するための仲間の

“おしゃべり”は効果がてきめんのようです。ハハハ。

コートに戻ったサンプラスの動きはよくなり、マッケンローにも

負けない活躍で続く2セットを取って、貴重な1ポイントを

アメリカにもたらしました。


結局、3日目のシングルス第1試合でクーリエがラセックを

下してアメリカは2年ぶりにデビス・カップを取り戻しました。

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今朝、友人のフェース・ブックで懐かしいものを見つけました。

この試合のごく一部がyoutubeに投稿されていたのです。

いやいやいや…まさかこんなところで自分の声に出会うとは

思いもしませんでした。

19年前、柳さんも私も声が若いわ。ハハハ。 http://bit.ly/iXZbzq

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そして、もうひとつ、思いがけないものに出会いました。

マッケンローのサーブで試合が決着した瞬間、実況の私は

「アメリカ 王手!」と一言しゃべったあと黙りました。

割れんばかりの場内の歓声を聞いていただくために。

“黙る勇気”を実践し始めたのはもう少し時間がたってからだと

思っていましたが、このとき、すでにやっていたんですね。

さすが、です。ハハハ。


# by toruiwa2010 | 2017-08-20 08:25 | アーカイブから | Comments(2)

さんま千原ジュニア

~笑いのまじトークを見た~ ( 2011.07.05 初出 )

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行きつけの永福町のうなぎ屋は注文してからさばき始めるので、

出てくるまでにかなりの時間がかかります。結婚48年目の

夫婦二人だと会話が続きません。ハハハ。

以前はわざわざ、本を持参していましたが、最近はマガジン・

ラックにある週刊誌、SPA!を読むことにしています。


電車の中では開けないようなグラビアや露悪趣味な見出しが

多いので、私は絶対に手を出しませんが、この店でたまたま

読んだとき、あるコラムに惹きつけられました。

“すなわち、便所は宇宙である”…実にSPA!らしいタイトルです。

ハハハ。


書いているのは関西出身のお笑い芸人・千原ジュニアです。

彼が自分で書いているのか、聞き書きなのか分かりませんが、

視点がユニークで語り口も軽妙なので、この店に行くと、必ず

読んで、笑ったり感心したりさせてもらっています。


今日のエントリーは、もともと、ジュニアを“たたえる”ために

準備していました。今のお笑い芸人で一番輝いている男だと

惚れこんでいるからです。

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先日の「すべらない話」のMVSは少しおまけ感が漂って

いましたが、2,3週間前に「笑っていいとも」で聞いた話なのに、

同じように笑えたのはやはり“腕”なんでしょう。

トークのキレ・スピード、絶妙な“間”、言葉の選択、悪乗り

しそうな芸人をやんわりとおさえつけ、笑いを取ったまわりの

話を引き取って、更に大きな笑いにつなげる“仕切り”のうまさ…

「笑っていいとも」や「○○な話」だけを見ても、腕の確かさは

疑いようがありません。


素人ですが、お笑いに対しては“うるさい”私としては、この辺で

“千原ジュニア讃”を書かねば…と思っていました。そのために、

この2週間、SPA!を買いました。コラムを読むだけのために。

ハハハ。

出演するテレビ番組も注意深くチェックしていました。

すると、とんでもない“やりとり”に遭遇したのです!


「千原ジュニアはもっとこうするべきだ?」

立ち上がり、読み終えたメモをポケットに入れながらジュニアは

「さあ、これだけ聞いて帰ろ」と、“したり顔”でした。


…「さんまのまんま」にジュニアが呼ばれたのはつい先日です。

あまりにも話が面白いためにとうとう2週連続という異例

放送になりました。1週目の終盤、ジュニアが後輩から集めた

さんまへの質問が続いていましたが、自分が一番聞きたかった

この質問を最後まで取っておいてさんまにぶつけたのです。

真面目な答えを求めているのか、笑い狙いなのか、ジュニアの

真意をつかみかねていたさんまでしたが、“まじ”だと分かると、

こう答えました。


「今で売れてんねんから全然ええけど。

ただ、お前はシュートとかシンカーを投げようとするから…。

それは“たま”でええよね。笑いのストライク・ゾーンは

ストレート投げてファウル打たしてる方がええから。

お前、空振り取ろうと思うことが多いから…」

「はあーっ」

「それを半分に減らすように変えて行けば、結構…

ああ、ええこと教えてしもた」

「よっしゃーっ」

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「はあーっ」と言ったときのジュニアは“感に堪えて”いました。

さんまの指摘に思い当たる何かがあったに違いありません。

その瞬間の表情は本物でした。

よほど、胸に響くものがあったのでしょう。うーん、そこを

見られていたか、いや、まいった…というところか。 ハハハ。

「ええこと教えてしもた」と言ったあと顔を覆い、体を折って

後悔する仕草で真面目ムードを笑いに変えようとしたさんま…

文字にすると伝わりにくいですが、ほんの1分ほどのやりとりの

すごさたるや、お笑い好きにはこたえられないものでした。


さんまの“後悔”はもちろんジェスチャーにすぎません。

ジュニアがかわいくて仕方がないのだと思います。力も十分に

認めているのでしょう。ジュニアの話から分かります。


2001年、ジュニアがバイク事故で重傷を負い、長い休養のあと

復帰した最初の番組が「まんま」だったそうです。そのとき、

「退院祝いは何がいいか」と聞かれたジュニアは しゃれで

「レギュラー番組をください」と答えました。

しばらくたったころ、さんまはそれまで断り続けていた番組を

引き受けました。

「千原兄弟をレギュラーにする」ことだけを条件にして…。


“やりとり”には、そんな二人の関係が現れていたと思います。

本来、酒の席か楽屋でする話かもしれませんが、番組の中での

超“まじトーク”でした。

駆け出しではないお笑い芸人二人にとっては少し“リスキー”

だったかもしれません。

ジュニアにしてみれば、普段 面と向かって聞ける話ではない。

でも、これなら“流れ”で聞ける、と計算したのでしょう。

さんまは人前で真面目な話をすることをとても恥ずかしいと

思うタイプの男です。

しかし、思わぬ質問に戸惑ったのは一瞬で、ポイントをついた

アドバイスをしつつ笑いも取ってしまったさんまの“剛腕”に、

感心してしまいました。

ジュニア、君もすごいが、越えなければいけない山は高いなあ。

ハハハ。


同じ業界の先輩から後輩へのアドバイスは結構難しいものです。

同業の後輩から求められてアドバイスすることがありますが、

厳しい話をした結果、“それっきり”になることが多いです。

いいことだけを言われたいのかもしれません。ハハハ。

私自身も“ほめられて伸びる”タイプですから、分からなくは

ありません。しかし、本来、問題点を指摘するのは“愛情”が

なければ、直したら伸びると思わなければできないことだと

思います。


それだけに、業界ではすでに一目置かれる存在になっている

ジュニアがあえて公開の場で意見を求め、笑いの“オブラート”に

包みながら、「いつか言ってやりたい」と考えていたと思われる

話でさんまがこたえた…互いが認めあい、リスペクトしあう

2人が作りだした“空間”は、見事な“エンタテインメント”に

なっていました。いいもの見ちゃったなあ。ハハハ。


# by toruiwa2010 | 2017-08-19 08:30 | アーカイブから | Comments(0)

今日、私は芦屋にいます。

630日に東京に戻ってから約50日ですが、

この間に5度目の“芦屋詣で”です。そんなに

この街が好きってわけではないのですが。

ハハハ。


今回の目的はマンション売却の最終決済です。

6月初旬に“要介護5”と認定され、残念ながら

兄が 入院まで住んでいた家に帰る可能性は

ゼロになっていました。誰も住まない状態が

長引くのはよくないし、管理費など諸経費も

ムダだからと、話し合って売ることにしました。


母が亡くなったあと、ずっと押し入れに入れた

ままになっていた布団類や引き取り手のない

冷蔵庫、洗濯機などの電化製品から古い家具まで

全部“コミ”で処分してくれる業者の手で大掃除を

してもらい(22万円かかりました)、懇意になった

不動産屋に売却を依頼したのは芦屋を引き払って

東京に帰る直前の6月下旬でした。


かなり“傷んで”いるから高くは売れないだろうと

思っていたのに、結構な値段をつけて売りに出すと

たちまち買い手が付きました。しかも、複数!

7月上旬に相手を決め、兄の容体が変わったとの

連絡を受けて駆けつけたあと(このときは回復)

14日には早々と売買契約を結びました。

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帰京するとすぐに不動産屋から朗報が届きました。

買主の資金計画の関係で最終決済(残金を受け取り、

鍵を渡し、持ち主が変わる)は月末の予定でしたが、

それも繰り上がって720日になったのです。


20日には兄の資産の90%が一つの口座に集まる…

そうなれば、兄をもっとレベルの高い(費用もかかる)

施設に移す、入院生活が長期になる、亡くなる…

どんな事態が起きても対応できる。兄の代理人として

私が口座のお金を動かせるようにしてあったから。

…すべてがこわいぐらい順調でした。


しかし、17日の昼過ぎ、ふたたび施設からの連絡。

15分後には家を出ましたが、あとで聞くと、私が

新幹線に乗るころに兄は息を引き取ったようです。

入院したときに、担当医師から「間質性肺炎の状態が

ひどい上に心臓にも問題がある。いつ、どうなっても

おかしくない」と告げられていました。5日前にも

同じ状況になっていましたから覚悟はしていました。

93年の人生のほとんどを一人で頑張ったのですから

「もういいよね。ご苦労さま」という気持ちでした。


しかし、“本音”を言えば、私の勝手な都合ですが、

あと3日、20日まで生きていてほしかった…です。


17日に亡くなったことで話がややこしくなりました。

14日に成立した売買契約はあくまで兄と買主の間の

取引で、私は代理人として機能しただけです。

買主はこの日、手付金を振り込みました。15-17日が

連休だったため、兄の口座への入金は18日でした。

時系列的には“亡くなった翌日”になります。


関係者の間では、20日の直前に兄が亡くなったときは

決裁を済ませ、残金を兄の口座に振り込むところまで

やってしまおう、誰も傷つくわけじゃないのだから…

という話になっていました。しかし、現実に直面すると、

銀行に告げず、素知らぬ顔で手続きを進める“度胸”が

私にはありませんでした。これまでに何度も顔を合わせ

なじみになっている銀行員に事実を隠す形になることを

ためらったのです。


“亡くなった日”についての話を長々と書いているのは

“口座の閉鎖”がかかわってくるからです。

身内が死んだとき、遺された家族は役所に死亡届を出し、

金融機関に連絡して口座を閉じてもらいます。これで

故人の資産は動かせなくなるのです。出金だけでなく

入金もできなくなります。


売買契約は済んでいるし手付金もうたれているものの、

残金を払い込むところがなくなってしまったのです。

返金することもできないし、私の口座に振り込むことも

できません。

兄が亡くなった翌日、不動産屋に行き「これから銀行に

報告する。“売買”はいったんストップしてほしい」と

話すと、理解し、買主の了解も取り付けてくれました。

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葬儀のあと、もう一人の“相続人”である次兄と話し合い、

これまでの経緯もあるのでマンションは私が相続する

ことにしました。さいわい、買主の“購入したい”という

意欲に変わりはなく、相続の手続きが終わるまで待つと

言ってくれました。


手続きをスピードアップすることにしました。買主を長く

待たせるのは申し訳ないと思ったからです。

東京に戻った翌日、兄の本籍がある太田区役所に行って

改製原戸籍を取り、手続きを代行してくれる司法書士への

委任状とともに送付しました。

実は、並行して 銀行に遺産の整理を頼むことにしたので、

必要な書類はほかにも山ほどあり、へとへとになりました。


…若い司法書士が頑張ってくれたおかげで 予想よりも早く、

今日、マンションの売却は完了しました。

阪神・淡路大震災後の1999年に兄が手に入れたマンションは

18年後、購入金額より50万円安いだけの値段で売れました。

代金は、もうこの時間には私の口座に入っているはずです。

有意義に使わなくては と肝に銘じています。


遺産相続については別の機会に書きます。

参考になるかもしれません。


# by toruiwa2010 | 2017-08-18 08:43 | 芦屋から | Comments(0)

時差の関係もあるので 決勝種目を中心に、日によって

4時か5時に起きて世界陸上を“楽しませて”もらった。

10年間、陸上競技の代名詞的な存在だったウサイン・

ボルトには有終の美を飾らせたかったが残念な結果に

終わった。「おつかれさま。ありがとう」と言いたい。

有名選手にハプニングが多かったね。

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どうしても、実況に注目してしまう。

大会ごとにレベルが下がっていく気がする。かつては

目標にしたいアナもいた“ライバル”局だっただけに

歯がゆい思いでいっぱいだ。どうしたTBS!?


男子200メートル決勝で18歳の若者、サニブラウン・ハキムは

大健闘したが、7着だった。カーブを出て直線に向いたときは

いい勝負になるように見えたが、そこからの上位選手の走りに

ついていけなかった。後半はハムストリングに違和感があった

と話していたから精いっぱいだったのだろう。


インタビュー・ポジションにやってきた彼にTBS・石井アナは

「まずは、日本人として夢の舞台を走っていただいて有難う

ございます」と声をかけた。

2日目の100メートル決勝で3着だったウサイン・ボルトに

「初めに、あなたにありがとうと言いたい。あなたは私たちに

夢、勇気、希望を与えてくれました」と話しかけたのと同じだ。


ボルトのときはほめた。局内でも好評だったと想像する。

でもねえ。わずか中4日で同じ“手口”を使うのはどうかな?

同工異曲っていう言い方もあるけど。ハハハ。

たしかに、ボルトのときは、この部分は英語だけで日本語には

置き換えなかったから、この“言いまわし”を初めて耳にした

視聴者も多かったと思うけど、聞き逃せないなあ。ハハハ。

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TBSとして感謝したい気持ちがあるのは理解できる。しかし、

ボルトとサニブラウンを同列に扱うのは無理があるね。

「いやいや、そんなこと言われてしまうと…なんか 返す言葉も

ないんですけど」と、言われた本人が困ってたじゃないか!


もう一つ、細かいようだが、サニブラウンが「気にしていた

“ハム”が最後の100で来ちゃって」と話したとき、陸上競技に

精通しない視聴者の多くが“なんのことか”と思ったはずだが、

その場ではスルーしてしまった。二人のキャスターも一言も

触れなかった。リレーのメンバー編成に関わる大事な要素を

スルーしたのはまずい。少しあとで「足のこともありますが」と

言ったことでフォローしたつもりだろうが、あれでは伝わらない。


前回 男子100m決勝で優勝したガトリンの名前がレース中には

一度も出ていなかったとクレームをつけた同じアナだと思うが、

女子400m決勝ではトップを走っていたミラーの足に起きた

異常についてほとんど描写できていなかった。トラックで注目の

レースを実況するのは“エース”アナのだ。同じタイプのミスを

何度もやってしまうのは大会全体の放送の低評価につながる。

周囲が厳しく注文を付けないと“視野の狭さ”が改善されないまま

2年後を迎えることになる。TBSはそれでいいかもしれないが、

視聴者のストレスはたまるばかりだ。

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名物キャスター・織田裕二については、できるだけミュートに

していたので(ハハハ)、“例年”ほど腹が立つことはなかった。

しかし、放送席が写るたびに自分だけの期待に酔い、思いがけない

結果には大げさな溜息で反応しているところを何度か見てしまった。

頼む、君の思い入れ、君の感慨は君の主戦場であるドラマや映画の

ために温存しておいてくれ。


# by toruiwa2010 | 2017-08-16 08:32 | アナウンサー・実況 | Comments(0)

まだ、いろいろあって、体調は元通りに

なっていませんが、休み続けていると、

二度と書けなくなりそうなのが怖くて

再開することにしました。とりあえず、

月・水・金と~アーカイブから~の

土・日ということで勘弁してください。


今年最後のゴルフのメジャー、全米プロが終わった。

松山英樹は初のメジャー制覇はならなかったが、サンデー・

バック9の序盤まで首位を行くという見せ場を作ってファンを

惹きつけた。11-12-13番の連続ボギーで一度は後退したものの、

1415番で取り返してトップと1打差と盛り返した。

「上がり3ホールで優勝争いできればいい」と、言っていた

言葉通りの展開に持ち込んだが、16番のボギーで実質的に

優勝は松山の手をすり抜けていった。

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しかし、松山英樹は凄いなあ。

ブリヂストン招待の最終日や全米プロの2日目(特にバック9)

爆発力を見ていると“ゾーン”に入っていた。

日本でならともかく、世界のゴルフの舞台で“勝って当然”と

思わせるのは驚嘆すべきことだ。


数年前にはマナーをとやかく言われたこともあったが、もう

誰も何も言わないだろう。松山自身も努力しているフシがある。

笑顔も見えるようになったし、周囲に溶け込もうとしている。


ホールアウトからだいぶ時間がたっても涙を流す松山を見て

こちらの胸にもこみ上げるものがあった。いい涙だったね。

近いうちに必ず次のチャンスが来るだろう。

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21年ぶりのフジテレビの中継を見て、私は思い出に浸った。

マスターズ、全米、全英にくらべると注目度は少し落ちるが、

私にとってはとても懐かしい大会だ。1981年にフジテレビが

初めて中継したとき、実況したからだ。


70年代半ばまではゴルフ中継のメイン・アナだったが、後半は

後輩Mアナに譲っていた。知識に自信がないし、100を切るか

どうかの腕前では当然だ。

しかし、全米プロの放映権を獲得したとき、プロデューサーが

私のところに来て「やってほしい」と言った。私からメインの

座を奪った後輩は器用な男であまり努力をしないタイプだった。

プロデューサーはそれが気に入らず、「これは“メジャー”だから、

君にやってほしいのだ」と考えたのだ。まあまあ、しっかり

準備するタイプだったからね。ハハハ。

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アトランタ・アスレチック・クラブで行われた大会はラリー・

ネルソンが優勝し、青木功が4位に入った。

翌年の春、報道部に異動した私は長いことゴルフの実況とは

縁がなかった。フジテレビはその後も全米プロの中継を続けたが、

低視聴率がネックになり、1994年を最後に手を引くことにした。

買い手を見つけられなかった代理店は再びフジテレビに行き、

こう言って頭を下げたと聞いた。

「今年はタダでいいです。来年はX000万円でお願いします」。


結局、その2年でフジは権利を手放した。あとを引き継いだのが

WOWOW1997年から放送を始め、そこに出向中の私がいた。

代理店が売り込みに苦労している話は幹部に伝えてあったが、

フジが“2年分として払った金額の4倍をふんだくられていた。


…それはともかく、開局から6年目のWOWOWにはゴルフを

実況できるアナがほかにいなかったので私がやることになった。

奇しき因縁。ハハハ。

2000年までの4年間担当したが、ウイングドフット、サハラー、

メダイナ、バルハラを舞台に優勝者はデービス・ラブⅢ世、

ビジェイ・シン、タイガー・ウッズ(2連覇)と華やかだった。


2001年からはNHKから来た島村アナが担当した。WOWOW

移籍後はクラブに触れてないし、知識が豊富な彼がやるのは

これも当然だった。ただし、気の毒なことに、彼の担当した

数年間の大会は内容が乏しかった。当時の仲間が顔を合わせると、

決まって「岩佐さんはついていたんだね」という話になる。

ま、そういうこと。ハハハ。


# by toruiwa2010 | 2017-08-14 08:17 | スポーツ全般 | Comments(0)

まだ“休暇中”だが、ネタが古くならないうちに

書いておきたいので一本だけ。


始まったばかりの世界陸上で“レジェンド”・ボルトが敗れた。

準決勝の後半で、上体がかなり“起きて”いるのを見たとき、

かつてのウサイン・ボルトではないなあと思った。体調が

十分じゃないのか、年齢のせいか?

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決勝では、もともと苦手とされているスタートで出遅れた。

それでも、先行する隣りのコールマンはつかまえるだろうと

見ていたが、ダメだった。優勝したのは外側のレーンを走った

ガトリンだった。


TBSの実況アナの口からはレース中一度もガトリンの名前が

出なかった。トラック中央でコールマンがリードし、ボルトが

追う展開だったから無理もなかったが、「一着、ジャスティン・

ガトリン!」と叫んだのはゴールから18秒後だった。

“ボルトのラスト・ラン”(個人としては)と分かっていただけに、

日本を出る前からこのレースに照準を合わせていたと思うが、

悔いの残る実況になった。きっと、ビデオを見る気になるまで

時間がかかることだろう。経験があるからわかる。ハハハ。


同じアナだったと思うが、同じ日の男子400m予選第1組で

一着になったフレッド・カーリーが300㍍を過ぎて足の運びが

おかしかったのを見落とし、解説者の話にも反応が鈍かった。

視野が狭いのではないか?

実況者は“クローズアップ”の眼も必要だが、視野を広げた眼を

持つことを忘れてはいけない。まさに このケースのように

伝えるべきことを見逃すことがあるからだ。


ほめたいアナもいた。インタビュー担当の石井大裕アナだ。

“相手が聞き返さない”流ちょうな英語で視聴者にストレスが

かからないインタビューを聞かせてくれる。特に光ったのは

ボルトへの“入り方”だった。

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First,I wanto to say thank you very much for you.

You gave us dream,courage,and wish(?).


視聴者向けには訳さなかったが、質問に入る前にそう言った。

「初めに、あなたにありがとうと言いたい。

あなたは私たちに夢、勇気、希望を与えてくれました」…


”隠れた”ファインプレーと言っていいと思う。選んだ言葉に

これまでのボルトの功績に対する十分な敬意が感じられた。

実にうまい入り方をしたものだと感心した。

“敗者”へのインタビューは難しいものだが、満点だったと思う。

このインタビューをライブで聞けたことは、元同業者として、

とても嬉しかった。


# by toruiwa2010 | 2017-08-07 07:45 | アナウンサー・実況 | Comments(10)
雨の合間を縫って多磨霊園に
兄の骨を納めました。
10日に納骨したばかりの
母の骨壺のとなりに、小さな
兄の壺が納まりました。
「僕ももうすぐ行くから」と
言っていた言葉通りになって
しまいましたが、これで
よかったのだと思います。

肩の荷が下りた思いです。
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# by toruiwa2010 | 2017-07-27 12:57 | blog | Comments(2)

7月17日午後0時42分、
兄が息を引き取りました。
危ないという連絡を受けて
すぐに芦屋に向かいましたが、
間に合いませんでした。
病院の霊安室で顔を見ましたが、
兄らしい穏やかな表情でした。
93歳でした。頑張ったと思います。

*8月中旬まで休みます。

# by toruiwa2010 | 2017-07-18 08:15 | blog | Comments(17)

変わった・変わらない…

~メジャーの周辺から 3 ( 2011.06.03初出 )

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メジャーから日本に戻って日ハムでプレーしていた新庄が

襟付きアンダーシャツを着てホークスの王監督からクレームを

つけられたことがありました。

「ルール違反ではないが、マナー違反」…わけの分からない

結論になったと記憶しています。ハハハ。

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同一チームの選手は同じように見えるウエアで身を包みなさい、

とされているのですが、アンダーシャツは長袖と半袖の混在が

認められています。タートル・ネックとそうでないもの

ありますね。細かいことを言っている割りに、同じチームでも

ソックスの見え方が選手によって、あれだけ違うのにお咎めが

ないのはおかしいじゃありませんか?ネック・ウォーマーだって、

つけたりつけなかったりバラバラじゃないですか?

この統一のなさ! 笑っちゃいますよね。ハハハ。

襟付きが禁止されたあと、それならば、と今度はカットした

襟を立てて登場した新庄にかげながら拍手を送ったものです。

よく言えば“知恵比べ”、悪く言えば“いたちごっこ”。


久しぶりに日本のプロ野球を見て、驚きの発見がありました。

数年前からのようですが、スパイク・シューズのメーカーが

バラバラです。

たとえば巨人。

大多数の選手がミズノのシューズを履いていますが、坂本は

アディダス、外国人選手はナイキが多いようです。

昔は、球団が契約した会社のシューズを履いていました。

たしか、張本は独自の契約を持っていましたが、デザインを

合わせていました。

日本プロ野球として“シューズのデザインを同一に”だったのか、

球団のビジネスを優先させた結果だったのか、今となっては

分かりません。いずれにしても、現在は、メジャーと同じように

完全に“自由化”されているようです。

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現地からメジャーを実況していたころ(1978-1981)、使われる

野球用具と言えばバットは有名なルイビルかアディロンダック、

グラブはローリングスかウィルソンでした。

特に、グラブは、ピッチャーがアップになると、グラブの手首の

ところに捺された“R”や“W”の文字が目に入ったものです。

最近は、まれに“M”を見るようになりました。ミズノです。

血のにじむような“企業努力”のたまものでしょう。

ミズノからは一円たりとももらっていませんが。ハハハ。


80歳を超えているはずのジョー・ガラジオラ元気だろうか。

カージナルスのキャッチャーだった彼は、引退後 解説者として

人気者になり、テレビのクイズ番組でホストをしていました。

あるとき、彼の解説を聞いていると「内角のまっすぐだな」、

「外角のカーブのようだ」と“予測”をしていました。

アナウンサーが「なぜ分かるんだい?」と聞くと、彼の答えは

「だって、僕らのころと変わってないんだもの」でした。


彼の説明によると、ランナーがセカンドにいないとき、指1本は

ストレート、2本はカーブ、3本はそれ以外の変化球などと

決っていたそうです。

そして、指先が左の腿のほうに向けばインコース(右打者)

右ならアウトコースです。

注意して見ていると、今も、それは変わっていないようです。

次の機会には、ぜひ、注目してみてください。

このことを知らない友人を前にガラジオラにならって“予測”を

してみたらどうでしょう。2,3球 続けて的中させたら周りから

リスペクトされるかも。ハハハ。

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サインは「外角へのストレート」


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サインを出した後構えたミットはまさに「外角」


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投球は構えより少し高かったが、「外角のストレート」


“最悪の誤訳”:お詫びと訂正


先週、映画「ナチュラル」(NHK-BS1)の終盤でファームから

上がってきたとすべきところを“農場育ち”と間違って字幕が

表示されたと書きました。ツイッターでも…

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最悪の誤訳:昨夜のBS1「ナチュラル」

メジャー・リーグが舞台。

投手交代が告げられラジオのアナウンサーの

声に合わせて字幕。

「農場で育った速球派…」爆笑。

このfarmは農場ではなく3Aなど

球団の下部組織。誰一人気付かないとは。

今朝、メールを送った。


…とつぶやきましたが、逆に、私のミスだと判明しました。


きっかけは、2日後になって@toruiwaで書かれたツイートでした。


"A Nebraska farm boy, blazing left-handedspeed. "

という場所でしたら字幕が正しいです。


スクリプトを読んだ“らしい”方からのものでした。

あわてて検索すると、ネット上に、スクリプトらしきものが

ありました。完璧ではないようですが、問題の投手交代の場面、

アナウンサーの言葉はこうなっています。


Young John Rhoades strides to the mound.

(若いジョン・ローズがマウンドに向かいます)

A Nebraska farm boy, blazing left-handedspeed.

(ネブラスカの農家出身で素晴らしい速球を投げる左腕です)

The Pirate organization expects greatthings for him.

(パイレーツは球団として彼の将来を大いに期待しています)


ネブラスカのファーム・チーム…と言い張ることも可能ですが、

当時のメジャーの本拠地は、たしかセントルイスが“最も西”

だったはずですから、ピッツバーグのファームがネブラスカ、

というのは考えにくく、これはもうギブアップです。

“農場育ち”は正解です。ハハハ。


ブログやツイッターを読んで、そのまま信じてしまった方も

多いと思います。間違った情報を広めてしまい申し訳ありません。

お詫びして訂正します。


読売新聞は東電の次期社長について“スクープ”として名前を

出した人物が間違っていてほかの人物が社長に決まったとき、

20日朝刊で『東電社長に築舘氏』との記事を掲載しましたが、

誤りでした。おわびします」と簡単に詫びただけだそうですが、

私は、きちんと謝ります。ハハハ。


一言だけ、言いわけさせていただくなら、字幕に“ネブラスカ”の

文字が入っていれば、こんなことにはならなかったのです。

文字数の関係で省いたのでしょうが、NHKも罪作りです。


なお、NHKからは自動応答以外に何の反応もありませんでした。

こちらのミスが分かっているので無視しているのでしょうかね。

“みなさまのNHK”は口先だけのような。ハハハ。


私の間違いで字幕は正解でした。お騒がせしました…とした上、

こう書きました。


ただし、この間、自動応答以外にNHKからは何の

応答もありませんでした。

すでに、私の間違いだとお気づきでしたか?

その場合は、無視する、というのがNHK

対応マニュアルなのでしょうか?


翌日、窓口から釈明のメール、さらに月曜日(30)には映画

担当者から懇切丁寧なメールが送られてきました。決して

ほったらかし”ではなかったことを報告しておきます。

“モンスター・リスナー”と思われたのかもしれません。ハハハ。


# by toruiwa2010 | 2017-07-17 08:12 | アーカイブから | Comments(2)

変わった・変わらない

~メジャーの周辺から 2(2011.05.24 初出 )

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大リーグを追いかけていた1978年から81年まで、現地で見た

テレビ中継の画面を思い出してみるととても“クリーン”でした。

テレビの世界で“クリーン”は、画面にスーパー(字幕)が出て

いないことを意味します。

映像の配信を受けるときに「ダーティー(字幕付き)で」とか

「クリーン(なし)でお願いします」などと依頼するのです。

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1978 ワールド・シリーズ:R・ギドリーvsR・スミス


野球中継ですから、完全に字幕なしではありません。しかし、

SBO(ストライク、ボール、アウト)の表示も思い出したように

しか出ていませんでした。ハハハ。

日本で 得点やボール・カウントが常に表示されている画面に

慣れていましたから、初めは違和感がありましたが、“余計な

もの”を一切 省略した画面はすっきりしていて、心地よさを

覚えるようになりました。


新しいバッターが打席に入ったときに表示される打撃成績も、

前日までの数字が最後まで更新されることなく出ていました。

送り手も受け手も大雑把だったのでしょう。

打席ごとに更新するようになったのは数年後のことです。

1981年シーズンにストライキによる中断があり、アメリカの

テレビが日本のプロ野球を放送したことがありましたが、日本の

放送を見たスタッフが導入したのだと思います。

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また、197879年ごろは球速の表示もまだありませんでした。

現地から実況する立場としては“パワー”と“スピード”の象徴の

ひとつ、ピッチャーが投げるボールの速さはぜひとも伝えたい

ところですから“歯がゆい”思いをしたものです。


…ドジャー・スタジアムだけは、それが“ある程度”可能でした。

ネット裏の最前列に、必ず“彼”…ドジャースで中南米担当の

スカウトをしていたマイク・ブリトがいたからです。

古いMLBファンなら、大きく割れるスクリュー・ボールを

武器に大活躍したフェルナンド・バレンズエラを覚えている

はずです。日本人には“金太郎さん”のニックネームで知られる

バレンズエラを発掘し、ドジャースに入団させたのが彼です。


彼はスカウトのほかに“副業”を持っていました。

ドジャースのホームゲームのときは、ネット裏の“定位置”に

陣取り、スピード・ガンで1球ごとに球速を測定していました。

当時は“90 mile-par-hour fastball”(90マイル=145キロの速球)

という言葉があって、メジャーでも、90マイルのストレートは

目立っていました。


投球が90マイルを超えると、彼はスタンド中段にある放送席に

指の本数で知らせていたのです。

“グー”ならちょうど90マイル、1本なら91マイル、そして、

指が3本立てば93マイル、つまり、150キロというわけです。

換算表を作って“彼”のシグナルを活用させてもらいました。

ハハハ。


2年前のWBCを見ていて、サンディエゴのペトコ・パークの

ネット裏に懐かしい顔をみつけました。かなりの年齢になって

いるはずですが、どう見てもです!!

ストローハットをかぶってガンを構える姿はあの頃とまったく

変わっていませんでした。

変わったのは、どこにも結果を知らせていないことと、いつも

左手に持っていた葉巻がなくなったことです。ふむ、いつから

“健康志向”になったのでしょうか。ハハハ。

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キャッチャーの真後ろでガンを構えるのが“彼”です。


このときは彼の名前が思い出せなかったのですが、この記事を

書くにあたって検索したところ一発で出てきました。PC

入力したのは4語でした。“dodgerscigar speed gunまあ、

便利な世の中になったものですねえ。ハハハ。


便利…と言えば、ブリトのハンド・シグナルは球場備えつけの

レーダー・ガンにとって代わられました。今では、日米ともに、

投球と同時に画面に出るようになっています。

NHKは現地がマイルで計測したものを自動的にキロに

換算するプログラムを使って表示しているのでしょう。


先週、24 man-roster について書きました。

“上がり”がいないメジャーでは一人少ないだけでもいろいろ

考えなければいけません。


まず、ピッチャーを何人 入れるかが大問題になります。

30年前は10 manpitching staff とか11 man…という言い方が

普通にされていました。

つまり、投手陣を10人で編成することが多かったのです。

先発要員が5人、クローザーが1人、そして、中継ぎ4

(11 man なら5)で構成します。

セットアッパーという考え方は少しあとに出てきたものです。

現在のロースターを見てみると、12人で編成しているところが

多いようです。必然的に野手の数が減ります。

ただし、開幕時は日程に余裕があるので、10人、11人にして、

その分、野手を増やしていたチームもあったはずです。


キャッチャーについても難しい判断を迫られます。

昔も今も、キャッチャーは2人のチームが多いですね。ケガの

多いポジションですからリスクは大きいです。打撃不振でも

先発キャッチャーをなかなか代えないのは控えが一人しか

いないからだと思って間違いありません。

代打・代走を出して2人目のキャッチャーを使ってけがでも

したら目も当てられません。


…たぶん、どのチームにも“emergency catcher”がいるはずです。

“正規”のキャッチャーが出払ったときにマスクをかぶれそうな

内外野手のことです。

キャンプのとき、監督・コーチは野手の中でキャッチャーを

やれそうな選手をそれとなく探しているものだと聞きました。


キャッチャーの数は同じでも、ピッチャーは30年前にくらべ

増えていますからしわ寄せは当然、野手のところに行きます。

25人のうち12(投手)+2(捕手)が確定すると、残る枠は11しか

ありません。先発(内外野)7人ですから控えは4人です。

一方、延長回数・時間制限+“28人登録・25人ベンチ入りと、

選手に優しいシステムの日本では、試合ごとにベンチ入りする

ピッチャーは8~9人でしょう。メジャーにくらべて、野手に

大きなゆとりがあります。


メジャーはこの厳しい条件の中で162試合を戦います。しかも、

182日間(2011)で!!

休みはたった20日しかありません。ここで言う“休み”とは

“試合がない”という意味です。飛行時間だけで5~6時間かかる

大陸間を含む移動に当てることもありますから“完全休養”は

ほんの数日でしょう。


少しでも体を休めるようにと球団も考えます。

試合が終わるとすぐに、バスが外野グラウンドに入る。

簡単にシャワーを浴びただけの選手たちが私服に着替えて

乗り込み空港へ。待ち構えたチャーター機で次の試合地へ。

ホテルのチェックインが午前2時、3時ということもザラです。


「サンデーモーニング」で能天気なH本が「メジャーなんて

こんなもんよ」と言うたびに、「知りもせんで、黙っとれ!」と

一喝したくなる72歳の私。ハハハ。


FARM=農場:ああ、驚いた*


昨日は久しぶりのマージャンで帰宅が午前0時近くでした。

寝ていると思った妻がまだ起きていて、映画「ナチュラル」を

見ていました。ロバート・レッドフォード主演のメジャーを

舞台にした物語です。

残り15分ぐらいを見ましたが、ドラマのクライマックスで

それは起きました。

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最終回に逆転のチャンスをつかんだニューヨーク・ナイツは

打席にレッドフォード扮するロイ・ホブスが立ちました。

カウントが0-2になったところで相手チームの監督が出てきて

投手交代を告げました。左打者のホブスに対して左ピッチャーを

起用したのです。

盛り上がるスタンドの歓声をバックにラジオのアナウンサーの

興奮した声が聞こえます。

そして、画面の下に日本語の字幕が出ました。

「農場で育った速球派…」

野球ファンならこの場合のfarm3A2Aなどの下部組織を

指していることを知っていますね。

つまり、アナウンサーは「ファームから上がってきた…」と

言ったのです。野球音痴の訳者が“farm=農場と決め込んで

しまったのでしょう。わあ、恥ずかしい!ハハハ。


この映画は、テレビ初放送ではないと思います。

日本語訳を担当した人は知らないのだから仕方がないですが、

周りにいた関係者の誰もチェックしなかったのでしょうか?

視聴者からクレームはなかったのでしょうか?


再放送もあるでしょうし、私が見始める前の部分に間違いが

ある可能性も否定できません。

今朝、NHKにメールを送っておきました。ハハハ。


*この部分をどう受け止めるか…

明日も読んでから判断してください。


# by toruiwa2010 | 2017-07-16 08:17 | アーカイブから | Comments(0)

MLBの公式戦が日常的に生中継されるようになって、

さまざまな情報がファンに提供されてきたと思う。

現地の音声を聞くことが多いのでNHKJスポの

アナが触れたかどうかわからないが、私が知っている

いくつかの“ネタ”を3日連続でまとめて提供する。


変わった・変わらない

~メジャーの周辺から~( 2011.05.19 初出 )

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少し前、ドジャースの試合を見ていると、翌日 先発予定の黒田が

ガムを噛みながらチームメイトに声援を送る姿が映りました。

おかしいな、と思いました。


私がメジャーを取材していた当時(30年前)、翌日の先発投手は

ダグアウトの一番キャッチャー寄りの場所でスコアをつけて

いたものです。相手ピッチャーの攻め方やバッターの弱点などを

記録し、翌日の試合に役立てていたのです。

黒田は明らかにこの作業をやっていませんでした。システムが

変わったのだと思いました。

…だとすると、今は誰がスコアをつけているのだろうか?

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こういう疑問はそのままにしておけない性格なので さっそく、

問い合わせてみることにしました。

今回は3球団にメールを出しましたが、回答をもらえたのは

アストロズだけでした。とても丁寧に、私が問い合わせたこと

すべてに答えてくれました。


私が黒田を見て抱いた最初の疑問はあっさり解決しました。

30年前とは段違いのレベルにあるコンピューターの存在を

すっかり忘れていました。

必要とするすべてのデータは“スカウティング・リポート”が

提供しているようです。

くわしいことは分かりませんが、たぶん、30球団が出資して

作った組織が全試合の1球ごとの分析を行い、データ化して

いるのだと思います。

日本と違って国土が広いアメリカでは、ドラフト用の情報・

データの収集なども各球団が個別にやっていたのでは経費が

果てしなく膨らみます。一つの組織が一括して情報を集め、

それを一律に分配することで経費を抑える…合理的です。


このやりかたなら、黒田がスコアをつける必要はありませんし、

得られる情報もはるかに詳しいものになりますね。


メールでは、ついでに、二つの質問をぶつけました。


一つは、ロースターの登録人数についてです。

25人に決まってるじゃないかですか?まあ、そうですけど、

そうでもないんです。ハハハ。


私が取材した1970年代後半はやっと100万ドル・プレーヤーが

生まれ始めたころです。それでも球団経営を圧迫していました。

すくなくとも、球団はそう主張していました。ハハハ。

そこでオーナーたちが考え出した妙案は “メジャーの登録枠

(25)24人にでした。1人減らすと、旅費・宿泊代などで、

年間で相当の金額が節約できるという説明でした。

日本より一人少なかったんだ…と思いますか?違うんですよ。


確かに日本は25人ですが、1軍登録は28人まで許されています。

28人登録の25人ベンチ入りが日本プロ野球のやり方です。

普通は、前日と翌日、翌々日の先発ピッチャーがベンチから

外れます。“上がり”と呼んでします。


メジャーには、“上がり”はいません。翌日の先発ピッチャーが

試合予定地に先乗りすることはたまにありますが、基本的に、

メジャー登録の25人は毎日ベンチに入ります。

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先日、松坂がリリーフ登板して話題になりましたが、限られた

人数で延長回数無制限の試合を戦うのですから、ピッチャーと

いえども、いろいろな役割で駆り出されます。

「慣れないリリーフで気の毒だった」とおバカなコメントを

する解説者やキャスターがいましたが、冗談もほどほどにして

ほしいものです。長い試合になれば、代走に出ることもあるし、

外野を守ることだってあります。松坂は“ピッチャーとして”

試合に出たのですから、まだいいほうです。ハハハ。


メジャーの選手会の何代目かの会長にマービン・ミラーという

弁護士がいました。選手会を世界でも1,2位と言われるほど

強力な労働組合にした男ですが、

彼のリーダーシップのもと、1990年以後は特別のときを除いて

“25-man roster”は不動のものとなっているそうです。


1979年7月13日のアナハイム・スタジアム。

地元エンゼルスのエース、ノーラン・ライアンがヤンキースを

相手に5回目のノーヒット・ノーランをめざして力投していた。

しかし、8回、ヤンキースのスペンサーの打球はセンターを襲い、

リック・ミラーが地上寸前で捕り損ね、はじいてしまった。

記者席で見ていた私にはヒットに見えた。

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しかし、この日 公式記録員だったヘラルド・エグザミナー紙の

ミラー記者は“E, eight”(センターのエラー)と記者席に告げ、

スコアボードにも「E-8」と表示された。

打ったスペンサーはベース上で記者席をにらみ、ヤンキースの

ダグアウトからは数人の選手やコーチがとびだして抗議の

ゼスチャーを見せた。


ミラー記者は全く動じる気配を見せなかった。

「ルールブックには確かに、疑わしいときは打者に有利にと

書いてあるが、 “記録”がかかっている場合は投手有利である

べきだし、記録を破るにはクリーンヒットが望ましいのだ」と。


9回にジャクソンがそのクリーンヒットを打って、ライアンは

7回目の1安打ピッチングに終わった。翌日のニューヨークの

新聞は「あんなことで記録を達成できたとして、ライアンは

喜んだろうか?」という論調だったし、それを転載したロスの

新聞はその横に「なに、ニューヨークでギドリー(ヤンキースの

エース)が投げていたらやっぱりエラーと記録されるさ」という

エンゼルス監督の談話をのせていた。

誰にも言い分はあるものだと苦笑するばかりだった。

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実は、この騒ぎには一ヶ月ほど前に逆のケースで伏線があった。

63日、ピッツバーグのスリーリバー・スタジアムだった。

パイレーツのキーソン投手は82死まで相手のパドレスに

ヒットを許さなかったが、とうとうエバンスにサードの

ガーナーを強襲された。


スコアラー、ピッツバーグ・プレスのダン・ドノバン記者は、

迷うことなく“ヒット”と判定した。試合後のロッカールームで

ドノバン記者をみつけたキーソンは「オレにとっては一生に

一度のチャンスだった。エラーにも見えただろう。地元なのに、

あの判定はなんだ」とかみついた。

翌日のプレス紙は、スポーツ面に社としての見解を記した上で、

「以後、本紙の記者は公式記録員を引き受けない」と声明した。


1979年、ベースボール・マガジン誌に書いた記事の一部です。


当ブログにはこのときの経験も踏まえつつ、「メジャーには

公式記録員がいない。記者が代行している」と何度か書きました。

30年前のことだから、これも変わっているかもしれないと思い、

質問の中に加えました。

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…変わっていないそうです。

3~4人の記者が交代でやっているようです。

MLBを代表しているから地元びいきになることはない」と

担当者は書いていましたが、イチローの“内野安打”を見ていると、

こればかりは、言葉通りに受け取るわけにはいきません。

ていねいな回答には感謝していますが。ハハハ。


30年を経て、変わったものも変わらないものもあります。

少しずつ書いて行こうと思います。「大した情報ではない」と

言う人もいるでしょうが、知った上で見ると楽しみが増えるかも

しれません。参考になれば幸いです。


# by toruiwa2010 | 2017-07-15 08:16 | アーカイブから | Comments(0)

数年前から始めたものの、思うようにはかどらない“断捨離”の

一環として、DVDの大掃除を試みている。かなり難航中だ。

遅々として進まない。えーい面倒だから全部 捨ててしまえ…

とは、当然ならない。どうしても、これも残そう、あれも、と

なってしまう。これ、断捨離あるあるかな。ハハハ。


実は、芦屋に向かうとき、時間があるだろうから、帰るまでに

処分すべきものは処分しようと考えていたのだが、ローラー

コースター状態だったから、段ボールを開けないままだった。


で、今回は腹をくくってとりかかったつもりだが、段ボールを

開けた瞬間に気持ちが萎えた。あまりにも量が多いんだもの。

ハハハ。

そりゃそうだ。新人のころに実況したものは家庭用録画機器が

普及する前だったから残っていないが、70年代の半ばからは

せっせと残してきたからその量ははんぱじゃないのだ。

ただし、初めは場所をとるVHSテープだったから、一定量を

超えるとどんどん捨てたり上書きしたりしていた。


しかも、保存の環境が悪いせいか経年劣化がひどかった。

CD,DVDの出現で保存は容易になったが、ダビングすると

どうしても質が落ちてしまう。手元にある古いものはどれも

“憐れな”状態だ。ハハハ。

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1000枚ぐらいあったCDを思い切って処分したつもりだが、

それでも、ざっと800枚ぐらいが残った。中でも多いのは

やはりテニスのCDだ。自然に試合内容がよくなる準決勝、

決勝のものを多く残した。顔合わせを見ただけで、どんな

内容だったか、15年、20年が過ぎても見当がつく。


自分が実況したものについては、処分する前に聞くことになる。

まず、ブワーッと懐かしさが込みあげてくる。

最も古いのは1974年、国立競技場で日本リーグ(Jリーグ)

藤和vs三菱を放送したときのものだ。ゲストのペレを迎えて

握手するところだ。左は伝説の左ウイング・杉山隆一さんだが、

書かないと、誰が誰だか分からないなあ。

(私が座ったままなのは失礼な話だが、放送中だからだ)

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懐かしさの次に、「なかなかいいじゃない」と思ってしまう。

これほど自己愛が強いとは思わなかった。ハハハ。

整理をしながら、流していたのは2002年、猛列な暑さの中で

行われた全豪の女子決勝、カプリアティvsヒンギスだった。

実況していて、二人とも勝たせたいと思った試合はいくつも

あるが、これもその一つだ。


作業をしながらだったが、ちょっとしたことを描写したときや

解説の遠藤愛さんの言葉に相槌を打ったときの自分の気持ちが

鮮やかによみがえった。

WOWOWでテニスの放送に関わったのは14年だ。実況した

膨大な数の試合の中からおよそ250枚のDVDが残った。

こりゃ、ずいぶん、楽しめるわ。ハハハ。


# by toruiwa2010 | 2017-07-13 08:13 | 岩佐徹的考察 | Comments(4)

週末、慌ただしい旅をした。

行った先は芦屋だ。当面、芦屋以外に出かける予定はない。

そして、慌ただしくない旅も、たぶん、ない。ハハハ。

主たる用件は胃と腸の内視鏡検査の結果を聞くことだった。

検査当日に話してくれればいいのに…とだれもが思うが、

麻酔が残った状態で話しても頭に入らないからだそうな。

たしかにそうだね。前の記事を読めば合点がいくと思う。


予約の前日に東京を出た。遅れると厄介だもの。

まず、兄を見舞った。一週間ぶりだ。

看護師さんが微熱があると言っていたが、握手をすると

たしかに温かかった。

“熱”という単語を聞くとどうしても肺炎を連想する。

体力が落ちていると分かっているだけに怖い。


芦屋に行き、兄のマンションに寄ってポストのチェック。

郵便は私の住所に転送するように手配済みだが、芦屋に

来たときは念のためにポストをのぞくことにしている。

溜まったチラシの処理もしないといけないし。

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そのマンションには早くも引き合いがあったようだ。

売却を頼んだ不動産屋が、業者関係に情報を流したところ

食いついて来たそうだ。かなりのリフォームが必要だから

高くは売れまいと覚悟していたが、業者が売り出した価格は

私の想像を超えていた。そんな値段じゃ売れっこないよ…と

思っていたが、“蛇の道は蛇”と言うべきか、“餅は餅屋”と

言うべきか。ハハハ。


2社が下見に来たと言う。幸先がいい。


元町にホテルをとつていた。

東京を出るときは2泊の予定だったが、フロントで一泊に

変えてもらった。その後も胃の調子があまりよくないからだ。

いつまでもしつこいやつだ。たちの悪いものなのか?


チェックインをすませ、すぐに食事に出た。ホテルから近い

中華街には美味しそうなものが並んでいたが、重いものは

無理そうなので敬遠し、アーケードの中ほどのレストランで

コーンスープとビーフシチューを食べた。

デザートにショコラも。小さいやつだ。ハハハ。

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翌日、予約時間よりかなり早めに病院について待っていると

不動産屋から電話が入った。早くも1社からオファーがあり

その額は“言い値”から50万円引いたものだという。なぜ、

50万値切るのか、私には分からん。リフォーム代を加えたら

かなりの売り出し価格になる。で、それでも儲けが出るわけだ。


あとで知ったのだが、もう1社は「言い値通りで買いたい」と

言ってきたそうだ。

待てよ。それなら、もう100万円高くても売れたんじゃない?

素人はそう考えがちだ。しかし、この価格を提示したたから

買い手の“アンテナ”に引っかかったのだとも考えられる。

そこが“プロの勘”だろう。そういうことにしておこう。

ハハハ。


検査の結果は上々だった。

診察室に招かれてすぐ、「なーんにもありませんでしたよ」と、

医師はむしろ残念そうな口調で告げた。たくさんの写真を見せ、

どこにも問題はないと話してくれた。「大腸は5年、胃の方も

3年はカメラをやらなくて大丈夫」とも…。

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医師は“事実”を告げているだけだから、患者が有難がることは

ないのだが、思わず、「有難うございます」と言ってしまった。

ほっとした。絶対に何かあるはずだと思っていたもの。


駅前の市役所出張所で兄の印鑑証明をとって不動産屋に向かった。

「帰りに寄ってほしい」と言われていたからだ。

ほぼ“言い値通り”のオファーをしてきた2社から1社に決めた。


兄を見舞って帰京したあとも、不動産屋とのやり取りがあったが、

兄のマンションの売却にメドがついた。やれやれだ。

逆に、“消化器系に問題なし”も含め、あまりにもいいことづくめで

少し不安も感じていた。こんなにうまくいっていいのか?


ビンゴ!


# by toruiwa2010 | 2017-07-12 08:19 | 芦屋から | Comments(3)

イチローが6日のカージナルス戦でヒットを打った。

メジャーでの通算安打が 3054本となり、これまで並んでいた

ロッド・カルーをかわして歴代24位になった。

パナマ国籍だったカルーの数字は外国生まれの選手としては

1位だったわけだが、イチローはそれを抜いたことになる。

当分、抜かれる心配はないのではないか。

イチローはまた一つ、大きな勲章を手に入れたね。

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ロッド・カルー・・・、懐かしい選手だ。

シングル・ヒッターだった。ともに新人王をとり、MVPにも

一度なっているなどイチローとの共通点が多い。リーグ優勝の

経験がなく、ワールド・シリーズに出ていない点も同じだ。


カルーはミネソタ・ツインズとカリフォルニア・エンゼルスで

19年間プレーして、4年連続を含む7回の首位打者に輝いたが、

私がメジャーリーグを実況し始めた1978年が7回目だった。

前年の1977年にもタイトルをとっているが、このときは

打率.388を残した。背中を丸めたクラウチング・スタイルから

みごとなバット・コントロールでヒットの山を築いていた。

専門家ではないから、技術的な比較はできないが、バットと

腕が一体化したミートのうまさはイチローより上だったと思う。

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エンゼルスの同僚、快速球のノーラン・ライアンと

ヒット・マシーンのカルーは家が近所だった。

ライアンは、登板日には必ずカルーを車に乗せて

球場入りした。

「だって、彼には間違いなくラインアップに

入っていてほしいからね」


私の大好きなMLBジョークの一つだ。ハハハ。


# by toruiwa2010 | 2017-07-11 08:06 | メジャー&野球全般 | Comments(0)

7月期のドラマのうちすでに何本かがスタートしている。

展望・中間報告・総括…という形で書くことをやめているが、

折に触れて感想を書くことにしている。

今回は、7月期の作品の中で“とりあえず見る”ものについて。

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21 コード・ブルー フジテレビ 7/19

山下智久、新垣結衣、戸田恵梨香、比嘉愛未、浅利陽介


7年半ぶりに帰ってくるこのドラマが今季一番の楽しみだ。

平日の昼に前シリーズを再放送しているのを見ると、脚本に

かなりの“無理”があるが、山下、新垣を初め好きな俳優が

揃っているからしっかり見ることになる。

初期のシリーズではそれほど有名じゃなかった人も含めて、

みんな大きくなった。それが魅力でもあった“初々しさ”は

薄れたかもしれないが、彼らの成長を見たいと思う。


前シリーズでは同じ場所で働いていた医師や看護師たちも、

今はそれぞれの道を歩んでいるが、救命センターには新たに

フライト・ドクターを目指す若者たちが入ってくる。今回は

そこから話が始まるようだ。

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21 刑事7人 テレビ朝日 7/12

東山紀之、髙嶋 政宏、片岡愛之助、倉科カナ、塚本高史


シリーズとしては201516年に次いで3回目になる。毎年、

7月期に放送している。テレ朝はなかなか戦略的だね。

個性的なスペシャリストをそろえた“最強の別動捜査隊”が

難事件の解決に挑む刑事ものだ。

俳優陣の平均年齢が高いのが特徴で、このほかに吉田鋼太郎や

北大路欣也が存在感を発揮する。


実は、第1シリーズは1回目を見ただけでやめてしまった。

まとまりがなくて「こりゃダメだ」と思ったからだ。ハハハ。

しかし、第2シリーズでは“キャラの濃い”メンバーの間の

調和がとれてドラマとしての完成度が高くなったと記憶する。

今回は東山扮する天樹の“衝撃の過去”も明かされるとか。

この作品には「コード・ブルー」と同じぐらい期待している。

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20 遺留捜査 テレビ朝日 7/13

上川隆也、栗山千明、段田安則、戸田恵子、永井大、甲本雅裕


テレ朝のドラマにはシリーズものが多い。このドラマもすっかり

おなじみになったシリーズだ。飽きられないように、少しずつ

設定や背景を変えている。今回は舞台を京都に移すそうだ。

ただし、糸川刑事(上川)が被害者の遺留品の中からわずかな

手がかりを見つけて周囲をイライラさせながら事件の解決に

導く物語の流れはこれまでと変わらないはずだ。マンネリに

陥りやすい手法だが、すでにクセになっている。ハハハ。

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21 黒革の手帖 テレビ朝日 7/20

武井咲、江口洋介、仲里依紗、高嶋政伸、真矢ミキ、奥田瑛二


ドラマが好調なテレ朝だが、これはどうだろう?

なにしろ、原作が人間のどす黒い欲望に根差した犯罪を描く

ことが得意だった松本清張だし、主人公は“最強悪女”、“銀座の

女王”と呼ばれてしたたかに生きるオンナだ。イメージ的にも

年齢的にも、武井がこの役をこなせるとは思えない。

とりあえず見てみるが、どんなに周りを達者な役者で固めても

無理だという気がするなあ。

決して武井をディスってるわけではない。彼女の役どころは

もっと他にあると思う。オスカーは路線を間違えていないか?


ちなみに、高畑淳子が出るそうだ。

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22 セシルのもくろみ フジテレビ 7/13

真木よう子、吉瀬美智子、伊藤歩、板谷由夏、徳井義実


いやいや、見ようと思って書き出したわけじゃない。

ずいぶん“おとな”な女優を集めたなあと興味を持っただけだ。

しかも、この顔ぶれに絡むのがチュートリアルの徳井だという。

芸人としては好きだが、俳優としての力がそれほどとも思えん。

まして、この女優陣に太刀打ちできるとは…


そうか、そこんとこを見極めるために見てみるか。ハハハ。


22 ハロー針ねずみ TBS 7/14

瑛太、深田恭子、森田剛、山口智子、蒼井優、リリー・フランキー


瑛太、山口、蒼井…好きな俳優が揃ってるんだが、探偵事務所が

舞台だというし、ヒロインが深田かあ。別に嫌いじゃないが、

彼女には“生身”の女性というイメージがないんだよなあ。

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21 ごめん、愛してる TBS 7/9

長瀬智也、吉岡里帆、坂口健太郎、六角精児、大竹しのぶ


幼いころ母親に捨てられた男(長瀬)が、ある日事件に巻き込まれ、

いつ死ぬか分からない状態に陥った。最期に、せめてもの孝行を

したいと、母親探しを始める。

すると、貧しさゆえに彼を捨てたのだと勝手に思い込んでいた

母親は息子に精いっぱいの愛情を注いでいた!


最近 好調が続くTBSの日曜劇場だが、これ、大丈夫か?

長瀬は好きだけどなあ。早々に“失礼”することになりそうだ。

ハハハ。


・・・と、ここまで書いて、昨日の1回目を見た。

全体に脚本が荒っぽくないか?特に、前半の韓国を舞台にした

部分の設定や物語がひどく、登場しているのがどういう人物か、

相関関係はどうなっているのかが分からなかった。

ドラマの完成度は最近好調なこの枠の作品としてはかなり低い。

まあ、もう一回は見ようかな。録画して。


ここに書かなかったドラマは、タイトルやイントロダクションを

見ただけで“食欲”を失った。許されよ。ハハハ。


# by toruiwa2010 | 2017-07-10 08:15 | ドラマ | Comments(4)