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岩佐徹のOFF-MIKE

toruiwa.exblog.jp

実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

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3月いっぱいで日テレの「ズームイン」が終了しました。
“徳光・福留的なしゃべり”が好きじゃなかったので、ほとんど
見ていませんでしたが、名物番組だったことは事実でしょう。

羽鳥アナは中3日で明日からはテレ朝の“朝の顔”になります。
アメリカではそんなに珍しいことではないようですが、まだまだ
“義理人情”を重んじる日本人の感覚では“おやまあ”という
ところでしょうか。ハハハ。
30年ほど前、アメリカ滞在中にテレビを見ているとき“移籍”して
日が浅いキャスターが「このあとも、引き続きチャンネルXXを…」と、
前に仕事をしていた局の名前を言ってしまうところを目撃しました。
羽鳥アナはそんなヘマをしないでしょうが。ハハハ。

3月から4月にかけては、テレビの世界でもいろいろと変化のある時期です。
7年前の3月末、テレビ・ジャーナリズムに“革命”をもたらした番組、
「ニュースステーション」が終わりました。


「Nステ終わる」 (2004.03.31)

久米宏さんの「ニュースステーション」が終了しました。
「あれを見ないと一日が終わらなかった」方も多かったことでしょう。
“司会者”がニュース番組を切り回すという、それまで日本では見られなかった手法、
その司会者、久米宏が発する圧倒的なオーラ、斬新なセット…どれをとっても、注目を
集める要素を十分に持っていました。

話題になっていましたので、ライバル局の番組ではあっても、初めはよく見ていました。
しかし、しばらくすると見なくなってしまいました。
理由は、番組の“売り”である久米さん個人のキャラクターや、彼が“自分を演出する”、
そのやり方に“辟易”してしまったからです。野球やサッカーの中継にまで顔を出すのは
いくらなんでもねえ。ハハハ。

彼の才能のすばらしさは素直に認めます。
思い出すのは今から30年近く前の若き日の彼です。たまたま乗ったタクシーのラジオで、
売り出し中の彼の声を初めて耳にしました。
永六輔さんが司会をする番組、「TBS土曜ワイド」で外回りのレポーターをやっていました。
短い持ち時間の中に、独特の視点からしっかり自分らしさを出したレポートでした。
レポートの原点は「その場にいなくては分からないことを伝える」ことです。
このことひとつをとっても、ほかのレポーターとは違っていました。
研ぎ澄まされた感覚で自分が感じたことをそのまま言葉に置き換え、明るくテンポのいい
しゃべり口でリスナーに訴えていました。
ほめすぎかも知れませんが、「こんなやつがいるんだ」と、同業他社の後輩アナの仕事に
びっくりしたのは事実です。

はじめはラジオ中心に活躍していました。基礎はそこで出来上がったのだと思います。
その後、テレビに出始めると、「ぴったしカンカン」で軽妙な司会ぶりをみせました。
さらに、黒柳徹子さんと組んだ歌番組、「ザ・ベストテン」でも大人気でした。
数年後フリーになって、日テレでやった生番組「ニューススクランブル」は、コンビの
横山やすしと交わすやりとりが緊張感とスリルにあふれた面白い番組でした。
1週間のニュースを二人がアドリブで“斬る”のですが、キャラクターの見事なまでの
コントラストと、何を言い出すか分からないやすしをコントロールする久米さんのワザが
冴えていました。
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そうした経験を集大成したものが「ニュースステーション」だったのでしょう。
はじめは、「さすがだ」と感じ入ったのですが、そのうち、やり方が気になり始めました。
何よりも、「ずるい、フェアじゃない」と思ったのは、例の、CM直前の捨て台詞でした。

“申し子”といってもいいほど、「放送」を熟知しています。CM前の10秒のカウント
ダウンに合わせて、ゲストを斬り捨てるようなひとことを入れる、取り上げたテーマに
ついての自分の考えをコメントすることなど、彼にとってはいとも簡単です。
海千山千の国会議員でも、どんなに口の達者な評論家でも、放送の仕組みをそこまでは
分かっていません。
反論しようとしても、そのときにはもうコマーシャルに入っています。
結果として、視聴者には、彼の考え方がそのコーナーの“結論”であるかのような印象を
与えることになるのです。

このことは業界内の多くの人が指摘し、批判しました。しかし、ご本人はいわば確信犯、
すべて承知の上でやっているのですから、やめる気配はありませんでした。
番組内の立ち位置が違いますから一概に言えませんが、田英夫、筑紫哲也、磯村尚徳、
俵孝太郎、木村太郎…彼以前の名だたるキャスターたちには見られなかったことです。
だからこそ、お茶の間の目には新鮮に映り、“アンチ久米”を上回る熱烈な久米ファンが
生まれたのだと思います。
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ニュースの送り手は、“事実を伝え、判断は視聴者に任せるべきだ”と考える私にとって、
「Nステ」の最終評価は「NO」です。しかし、テレビの世界にまったく新しいニュースの
伝え方を提唱し、確立した功績は大きなものがあります。その意味で、日本のテレビ史に、
「Nステ」と久米宏の名前がしっかりと刻まれるのは間違いありません。

大きな功績に比べればとるに足りないことだと思いますが、そのかげで見過ごされている
ことに触れておきたいと思います。功罪の「罪」の部分です。
「亜流」を作ってしまったことです。それだけ、影響力が大きいということなのでしょう。
テレビ朝日には、サッカーの角沢アナ以下、似たようなしゃべり方をするアナウンサーが
何人もいます。女性にもいますから驚きます。
残念ながら、形は似ていても、内容もキレもまるで違いますが。

亜流を作った点では、かわって登場する古舘伊知郎さんにも同じことが言えます。
偶然の一致でしょうか?二人とも、きわめつきのアクの強さが持ち味です。だからこそ、
いい意味でも悪い意味でも、視聴者の神経が反応するのでしょう。
今までにないスタイルを編み出して、「個性」にまで結晶させたところに値打ちがあります。
そして、それが人気になったり、一定の評価を受けたりすると、若いひとたちがついつい
同じ方向を目指してしまうのは、どの世界にも見られる現象です。
ある局で、大人気のアナウンサーが生まれると、必ずといっていいほど、それを真似る
後輩アナが現れます。なぜ、先輩、上司が注意しないのでしょうか。形だけ真似をしても、
力が伴わなければ、「久米もどき」「ミニ古舘」以上になることはありえないはずなのに。
「罪」とは言ってもご本人にはまったく責任のない話でしたね。ハハハ。

さて、古舘伊知郎の「報道ステーション」は楽しみです。
12月に節目の50歳になるようですが、大勝負に出たものですねえ。古舘さんにとって、
「久米のあと」という、これほどやりにくいシチュエーションはありません。これまで
最大の売りだった、あの「言葉遊び」もできないのですからね。
なのに、引き受けたのはそれなりの勝算があったはずです。きっと、彼個人だけでなく、
有能とされる彼の事務所にも秘策があるのでしょう。
同じ放送人として、それが何かを知りたいでのです。 ハハハ。


ほぼ1年後、久米はテレビカメラの前に戻ってきました。
そのときに書いた記事を思い出しましたので、おまけとして載せておきます。
“おまけ”にしては長いですが。ハハハ。

「ヒロシです」05/04/18


久米宏がテレビ画面に戻ってきました。
日曜夜8時、日本テレビの「A」という番組です。
日テレのこの枠では、彼と「天才」横山やすしが共演した80年代の「TVスクランブル」が
懐かしく思い出されます。
久米がTBSをやめたあと、「ニュース・ステーション」開始の半年前まで放送されたもので、
その後も付き合いの長いオフィス・トゥー・ワン制作の人気番組でした。
いくつかの話題がカセット・テープにまとめられていて、その中から“適当に”選んだ一本
(少なくとも見た目では・・・)ものを見せたあと、やすしが好き勝手なことをしゃべる、
その、どこに向かうか分からない(ハハハ)やすしを久米が鮮やかな手綱裁きで導いていく
という趣向でした。
生放送で過激な発言も多いやすしが出ているわけですから、スリルを感じながら見た方も
多かったと思います。そして、久米のよさ、才能が十分に生かされて番組でした。

今回の興味は、20年近く大変なストレスがたまる番組を終えたあと、しっかり充電した
久米宏がどんな切れ味を見せてくれるかという点にありました。
結論から言うと、「肩すかし」・・・。ハハハ。一回見ただけで言うのは酷だとは思います。
それに、いかにも間が悪すぎました。
けさの新聞で一回目の収録が“3月23日”だったと知りましたが、その時点ではまさか、
アジアの情勢がこんなことになるとは思いもしなかったでしょう。
その点は同情の余地が多少あるかもしれません。

それにしても、まず、北京のある家庭とスタジオを映像つきのインターネットを結んで、
出てきた話題が「肥満に悩む少女」!!
二つ目が、同じ方法でソウルと結んで、「学歴重視」を反映して妻子が海外留学したために
「逆単身赴任」になったサラリーマンの話!!
知っているようで知らないアジアを広く知ってもらおうというコンセプトなんでしょうが、
この番組をはさんで、いやというほど見せられる中国や韓国の反日行動とのギャップが
激しすぎて、見ているのが痛々しい感じでした。

スタッフや、久米の気持は手に取るように分かります。
「しまった。やっぱり撮り直すべきだった」…と思ったはずです。
収録した内容を思えば、今の状況の中でそのまま放映したときの「落差」は明らかだった
のですからスタッフの対応のまずさは最悪です。
この「ゆるい」感覚で今後も番組を作っていくのなら、この先も明るいとは言えません。
「撮り直したほうがいいのではないか」の声はどこかで出たはずです。

もし出なかったとしたら、局そのもののニュース感覚を疑ってしまいます。
私は、これまでの言動から言っても、番組の看板である久米宏本人が、まず言い出した
のではないかと思いますが。
もちろん、番組一本撮り直すための費用は、半端ではありません。
しかし、肝心の一回目の中身があれでは、期待して見たはずの大勢の視聴者を裏切って
しまったと思うのです。

番組の作り方も、久米のよさは生かされていません。
彼自身が番組内で語った「自分が目立たないようにしたい」というのは本心ではないと
思います。視聴者は、黙って人の話をニコニコ聞く彼を見たいわけじゃないでしょう。
ハハハ。
海外と結んでいるために音のディレーがあり、その上通訳が入りますからかなり細かく
編集処理をしています。このことも、番組全体のリズムが心地よくない理由だと思います。
この作り方だと、ライブは絶対に不可能だし、それが「当意即妙」を売りにする久米が
発言しにくくなるというジレンマを生んでいます。

事情はあるのでしょうが、収録と放送の間が空きすぎているのも興をそぎますね。
この時期の3週間強は、現地も日本も季節感が大きく変わる時間です。
スタジオ収録のクイズ番組ならいいでしょうが、「アジアの今」を伝える為には、こんな
スケジュールではダメだと思います。

厳しすぎるのは自覚しています。
でも、これは私のブログだし番組関係者が見るわけもなし・・・。ハハハ。
お断りしておきますが、フジテレビOBの私でも、「母局」で変な番組があれば同じように
クレームをつけますよ。もっとも、このところ「さわぎ」はあっても話題になるような
番組はどこを探してもありませんものねえ。ハハハ。


テレビが求めるのか、本人に未練があるのか…それからさらに4年半後、
みたび、テレビに登場しました。
実際は、その前に戻ったのですが、私が本格的に取り上げる前に終了しています。

おまけのあとですから、“ついで”として、再録しておきます。ハハハ。


「クメピポ」終わる~また、会おう~ (09/08/07)

才人・久米宏が司会する「クメピポ」が“早くも”終了しました。
「ニュースステーション」降板後、彼が“メイン”としてかかわった番組はどれひとつ
長続きしていません。

「A」2005.4.17~6.26(NTV系)
「久米宏のテレビってヤツは!?」2008.10.22~2009.3.11(TBS系)
「クメピポ」2009.4.15~7.29(TBS系)


「A」がワン・クール(3ヶ月)、ほぼ同一番組と考えてもいいと思われるあとのふたつは
合わせても1年間、もたなかったことになります。

「A」が始まったとき、本気で“復活”を目論んでいるのだろうかと疑いました。
ストレスがたまるに違いない「Nステ」を20年近くやり遂げたあと、じっくりと充電して
テレビに戻ってきた彼には大きな期待を持っていたのです。見事に裏切られました。
情報系の番組なのに、スタジオのクイズ番組同様、数週間前の収録というスケジュールに
まず、納得できませんでした。
彼自身の発言が少ない作り方にも違和感がありました。
番組内で「自分が目立たないようにしたい」と語っていましたが、視聴者は、黙って人の
話をニコニコ聞く彼を見たかったわけじゃないでしょう。ハハハ。
久米宏ならではの“当意即妙”さに欠け、番組のリズムはどこにもなかったのですから、
早々に打ち切られてしまったのも仕方がありません。

「久米宏のテレビってヤツは!?」が始まったとき、2066「Cogito, ergo sum 9」の中で
私はこう書いています。

久米宏の新番組が始まった  視聴率は出ないと思うぞ
最初のテーマが“三浦元社長は自殺か他殺か”ではね
出演者が多すぎてまとまりを欠き、さすがの久米も
“仕切り”に苦労していた
久米がいれば八木亜希子は不要だろうに

あるサイトによれば1回目視聴率は5.5%  
1日前にスタートした劇団ひとりの「学べる!!ニュースショー!
スタート2時間スペシャル」は11.9%

どうする?


…視聴率は上がらないまま。5ヶ月弱で終了となりました。
久米宏ほど“達者な”聞き手がいるのに、なぜ八木亜希子がいるわけ?と思いました。
久米本人、事務所、制作者…誰の意向か分かりませんが、首を傾げたくなる愚策です。
「クメピポ」になっても、作り方はあまり変わっていませんでした。
むしろ、八木に加えて、千原ジュニアとベッキ―まで“司会グループ”に入れるなど、
“迷走”している始末です。

「クメピポ」・最終回の27日のゲストはビートたけしでした。
筑紫哲也の「NEWS 23」の1回目のゲストもたけしだったそうです。
どうも、文化人意識の強いタレントには“たけし崇拝者”が多いようです。
たけしを評価することが自分の“文化度”をあらわすとでも思っているようで笑えます。
そしてまた、視聴率も10%をたたき出してしまうからなあ。「相手の思う壺にはまるのは
口惜しい」と思いつつ、私も見てしまったし。ハハハ。
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話がそれました。「クメピポ」終了です。
果たして、久米宏は“終わって”しまったのか?
最終回の前、7回分の平均視聴率が5.9%ですから、しょうがないでしょう。
数々の修羅場を踏んだ、彼ほどの“腕”が、そう簡単に落ちるとは思えません。
回転が速く、優秀な頭脳の持ち主のはずなのに、「A」で復活したとき以後も、基本的に
「Nステ」時代と変わらないアプローチをしているのが間違いだと思うのです。
ニコニコ笑っていたり、何人もの“脇役”を従えたりしているのは“形”にすぎません。
久米らしい角度からの“聞き役”、“引き出し役”に徹して1対1でゲストと向き合えば、
彼に勝るタレントはいないと思うのです。
そうなると、出ることをためらう人が増えるでしょうが。ジレンマ。ハハハ。

思い出すのは“天才”横山やすしと共演した80年代前半の「TVスクランブル」です。
久米がTBSをやめたあと、「ニュースステーション」開始の半年前まで放送されたもので、
久米のよさ、才能が最高に生かされた番組でした。

テレビの歴史に大きな足跡を残した彼がこんな形で消えていいはずはありません。
事務所の奮起を促しておきましょう。


アーカイブになったとたんにアクセス数が“ガクン”と落ちました。
そんなに“目の敵”にしなくてもいいと思いますが。ハハハ。
せっかく、視聴者(アクセス)が増えていたのですから、新しい記事を書いて
それを維持すべきなんでしょうが、エネルギーが不足しています。
土・日はアーカイブでご勘弁を。
自分で読み返して「よく書けた」と思うものだけに絞っているつもりなので、
それなりに面白いと思いますが。
今年になって読み始めた方たちにとっては“新作”だし…ね。ハハハ。


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# by toruiwa2010 | 2011-04-03 09:24 | 放送全般 | Comments(10)
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今年の日本プロ野球はすでに敗者が決まってしまいました。
加藤コミッショナーとセントラル・リーグです。ハハハ。
“低タラク”は菅政権だけにとどまらないようです。
パシフィック・リーグが選手の意志とファンの思いを汲んで早々と4月12日に開幕を
ずらしたのに比べて、セントラル・リーグのもたつきはみっともないものでした。
しかも、指導力を発揮しなければならない立場のコミッショナーが、まるで機能せず、
球界内外の信頼を失いました。
対照的だったのは、一貫して、理性を保った形で選手の考えを訴え続けた新井選手会長の
言動でした。彼を3月の“月間MVP”に推したいと思います。ハハハ。

プロ野球界でごたごたが起きると、“ONのどちらかをコミッションナーに”という声が
しばしば聞こえてきます。
Oは見識もあり、人柄も十分ですからいいでしょう。しかし、あれだけの屈辱を受けても
読売グループにとどまったNは無理です。厳しい裁定を求められる局面で、巨人に不利な
意見を言える人ではないでしょうから。
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しかし、それはそれとして、長嶋茂雄と同世代の人間にとって、この人への“愛情”には
少しも変わりません。

その長嶋さんが病に倒れてから7年の歳月が流れました。
“病気”の2文字がこれほど似合わない人もいないと思っていました。いつお会いしても、
気力が充実し、人を楽しませることが大好きなひとでしたから。

ニュースで歩く姿を見ても、回復は思うように進んでいないようです。
本人は喜んでいるのかもしれませんが、読売グループがうまく“利用して”いるように
見えて仕方がありません。お気の毒です。

以下は、入院5日目に更新した記事です。

「拝啓 長嶋茂雄さま」 (2004.03.09)

拝啓 

長嶋さん、突然思いもかけないニュースに接して、大変心配しています。
ミスターのことですから、きっと回復して、元気な姿をまた見せていただけると信じて
いますが、心配なのは、“とりあえず”なおったあとのことです。
倒れた直後から「アテネはどうなる?」という声が多かったのに驚きました。
その気持ち 理解できないでもありませんが、問題は、そういった言葉がきっと長嶋さんの
気持ちに影響を及ぼすだろうということです。

直接お話しする機会があったとき「学生時代から、どう捕って、どう投げたらお客さんが
喜ぶかを考えていた」とおっしゃっていたことを思い出します。それほど、長嶋さんは
サービス精神のきわめて旺盛な方、気遣いの方です。
たぶん、奥様のアドバイスがあったのでしょうが、長嶋さんは、会話の中にできるだけ、
相手の名前を入れるようにしていらっしゃいました。言われた人が喜ぶことを十分心得て
いらっしゃったのでしょうね。
テレビ出演のときなどにも、常に司会者や聞き手の名前を意識的にはさんでいました。
そういうやり取りは見ている者に、両者の関係が単なる聞き手とゲストではなく、親しい
関係にあるという印象を与えます。
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92年の8月、全米オープン・テニスの会場で数年ぶりにお会いしたときもそうでした。
フジテレビ時代に、選手・監督と取材者の立場で20年以上のお付き合いがありましたし、
81年のワールド・シリーズ中継では2週間近くをご一緒したとはいえ、長いブランクが
あるから覚えていらっしゃるかなあと、多少、不安がありました。
このとき長嶋さんは、TBSのゲスト解説者としてのニューヨーク入りでした。
白いスーツで、さっそうと棟続きのお隣の控え室からWOWOWの部屋に入ってくるなり
「やあ、イワサキさん、おひさしぶり」と右手を差し出されました。惜しい!! ハハハ。
初対面の人間だけでも、毎日、数十人、100人を超えることもめずらしくないのですから、
間違えることもありますよね。

ご存じなかったと思いますが、「プロ野球ニュース」用に三分間のインタビューをとるとき、
優等生は王さん、ディレクター泣かせは長嶋さんでした。
王さんはインタビュアーさえしっかりしていれば、ほとんど編集なしでも放送に使える、
まとまった話をしてくれました。一方の長嶋さんは、編集が大変だったんですよ。
いい話をしようというサービス精神の結果として、ひとつの話の中に主語が三つ、四つ、
述語はもっと多くなります。結局、「言語明快、意味不明」の文章になってしまうことが
しょっちゅうでした。その“とっちらかり”ぶりが実におかしくて、私たちはこの上なく
喜んだものでしたが。

私が、試合以外で「ナマ長嶋」にはじめて接したのは、1963年の夏の終わりでした。
入社1年目から「プロ野球ニュース」要員にしてもらい、暇さえあれば、大張り切りで
通っていた後楽園球場でした。
試合が終わると、選手たちはロッカーへ直行していましたが、その手前の「サロン」と
呼ばれる部屋に二人の選手が足を止めていましたね。入ってすぐ右のソファに長嶋さん、
左奥のソファに王さんがどっかと腰をおろし、勝っても負けても大勢の報道陣の質問を
受けていたものです。

押しも押されもせぬ巨人の看板選手に対して、ベテラン記者の中には、まだ新人時代の
呼び方で「長嶋」「シゲ」と呼ぶ人もいましたが、やがて「ミスター・プロ野球」の意味で、
「ミスター」と呼ばれるようになりました。
とてつもないオーラが出ていて、新米アナウンサーは、ひたすら先輩記者たちとの間で
交わされる会話をメモするのが精一杯でした。

相手の内懐に入るのが下手だった私が、マイクを持たずにお話をするようになったのは、
かなりあとになってからのことです。それも、たぶん新聞でチェック済みなのでしょう、
バッティング練習を終えたあとなどに「今日は岩佐さん、中継でしょう?」と声をかけて
いただくことのほうが多かったと記憶しています。
それほど、ミスターは、どんなときにも気配りを忘れない人です。
81年ワールド・シリーズのときも、帰国した後お誘いがあり、西麻布のフランス料理店で
スタッフ全員がご馳走になったうえ、帰りには一人ずつエルメスのネクタイをおみやげに
いただくという、とんでもないご接待を受けてしまいました。
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そんな、人を喜ばせることが大好きなミスターが、退院後に国民の期待を耳にされたら、
きっと「もう一度、ユニフォームを着たい」とお考えになるに違いありません。
そこが私の、一番心配な点です。
長嶋さんのおつらいのは、普通に病気から回復するだけでなく“あの長嶋さん”として
復帰しなければ、世間が納得しないところでしょう。それは生易しいことではありません。
「無理をして欲しくない」という一茂さんの言葉はよく理解できます。

みんなの期待が大きければ大きいほど、それに応えようという気になるのがミスターの
最高の美徳だとは分かっています。しかし、幸いなことに、同じ時代を生きてきた者の
一人として、いまはオリンピックを初め、すべてを忘れて、ただ、健康を取り戻すことに
全力を注いでいただきたいと切に願います。

1974年10月14日夕方の後楽園球場を思い出します。
長嶋さんの現役最後の日でした。私もスタンドで見ていました。思い切り泣きましたよ。
日本中で、いい年をしたたくさんの大人が人目もはばからず泣いた日でした。
いまは、長嶋さんのプレーを実際に見たことのない若い世代の人たちと一緒に、お元気に
なることを心から祈るばかりです。

「私たちの長嶋茂雄は永遠に不滅」と念じつつ。
                                    敬具

昨日メジャー・リーグが開幕してしまったので、大あわてて、日本人選手について
期待とノルマを書いた記事があるのですが、“今月から通常営業”と書いた通り、
週末はアーカイブからの更新にして、その記事は月曜日に更新することにしました。
今、ツインズ・西岡剛のデビュー戦を見ていますが、ここまではみじめな結果に
なっています。“予感”を書いていただけに残念です。
“結果論”だと非難されないように更新するときは少し書き変えないと。ハハハ。


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# by toruiwa2010 | 2011-04-02 09:33 | スポーツ全般 | Comments(5)
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長いような、短いような3月が終わり4月を迎えた。

情報提供の意味があったのだろうが、地元の駅前商店街のスピーカーは、震災直後から
ラジオ放送を流していたが、それも月曜日ごろから変わってきた。被災地のニュースも
原発の話も高校野球の合間に少し伝えられるだけになっている。

3月11日のあの感覚を忘れることはあるのだろうか。
昼寝を終えて、そろそろ起きようかと思ったときに襲ってきた地震は長く長く続いた。
時計を見なくても、どれだけの時間が経過したかをつかむ自信はあるほうだが、この時は
分からなかった。2分から3分、まるで、果てしなく続くかのようだった。
3週間が過ぎた今も、あの時、不気味な横揺れがもたらした、奇妙で怖い“浮遊感”を
まざまざと思い出す。もっと強烈に揺れ、そのあと予想の域をはるかに超える大津波に
襲われた被災地の人たちの“トラウマ”は相当なものがあるだろう。
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福島に住む人たちは、地震・津波に加えて原発の相次ぐトラブルによる放射能被害という
三つ目の災害に見舞われた。さらに、言葉は明瞭だが、きめが粗く、温かみが伝わらない
政府の対応を入れたら、一度に四つの“災害”に遭遇したことになる。
気の毒で、かける言葉が見つからない。

原発の危うさは深刻だが、宮城・岩手は少しずつ落ち着きを取り戻しているようだ。
ダメージの大きさを考えたら、復興が容易でないことは分かるが、これから、日増しに
温かくなるのが救いかもしれない。
1日でも早く、皆さんに笑顔が戻ることを祈るばかりだ。

地震が発生した日、吉祥寺の映画館(5F)で「恋とニュースの作り方」を見た。
10時からの1回目だったから、そこで地震に遭遇したわけではない。しかし、その日の朝、
私の頭の中には、2時半からの3回目を見て晩御飯は外食にするというプランもあった。
もし、そちらを選択していたら、予告編が終わって本編の上映が始まった直後に、あの
激しい揺れに見舞われたことになる。マンションの2階の部屋でもあれだけの恐怖感が
あったことを思うと、5階の劇場で、しかも、上映中の暗がりの中であの揺れを感じたら
パニックを起こしていた可能性は大だ。

地震発生からピタリと見るのをやめていた映画鑑賞を今週から復活した。
先日は、映画の帰りにごひいきのGAPでシャツと薄手のコートを購入した。
“50%OFF”の6文字が目に飛び込んだのだ。くわえて、年金生活だからささやかだが、
冷え込む日本経済に少しでも貢献しようと思ってのことだ。

近所のサクラが少しずつ花を開き始めている。
木村太郎が「自粛を強制する風潮はよくない」と言っていた。その通りだと思う。
しかし、華やかすぎて、花見に出かけるかどうかは思案中だ。
本当は、今年も桜を追って北に旅をする予定だった。
山形県置賜(おきたま)のサクラの老木、去年、感動した福島の花見山、そして、最後は
「あそこは見とかなきゃ」と言われた弘前城まで行くのを楽しみにしていた。
東北新幹線が復旧したら考えるが、開花状況を伝えていた花見山のHPは地震が起きた
3月11日からまったく更新されていない。それどころではないのだろう。
いろいろ考えると、今年は、神田川や井の頭公園で我慢することになりそうだ。
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        福島市花見山公園 2010.04.15

暦が替わったのを機に、すべてを通常に戻すことにする。記事のテーマも従来通りになる。
3月11日には河津桜を見に行った日帰り旅の報告を書いた。午後になってあの地震が起き、
テレビで津波が町を蹂躙する様を見て、2本目「M8.8!! 自然の恐ろしさ~ダルビッシュの
ファインプレー~」を書いた。以後、昨日までの24本の記事は、すべて、震災と報道に
関連したものだった。ほかの記事を書く気がしなかったのだ。

おかげさまで多くの人に読んでもらえた。理由を考えたら単純に喜ぶわけにはいかないが、
12日に、エキサイトブログに引越してから初めてアクセスが1000件を超えた。
その後も1000件超えを続けたあと、18日の金曜日に1551件の最多アクセスを記録した。
1月16日に「実況放送の約束事」(Archives=古い記事)と「おめでとう 落合!」の2本で
865件をマークしたとき、「当分、新ブログの最高記録にとどまりそうです」と書いたが、
あっさりと、大幅に更新したことになる。

自粛、というより、どうしても“その気”になれずに封印していた“ハハハ”も復活。
ランキングなんか気にしている場合じゃなかろう、と、記事の中のバナーは外していたが、
これも今日から再開する。大きく下がってしまったが、頑張ってみよう。あ、そうか、
私が頑張っても、バナーをクリックしてもらわなければどうにもならないのだった。ハハハ。


さて、今日は、4月1日だ。
気に入っているいくつかのエイプリルフール話をピックアップしてお届けする。
暗い話題が多い中、笑えるものがあればいいがと願いつつ。

「The Swiss Spaghetti Harvest」
1957年4月1日、イギリス国営放送(BBC)の権威あるニュース・ショー「パノラマ」の中で、
定評のある司会者、リチャード・ディンブルビーが「天候に恵まれて、ゾウ虫の発生も
少なかったので、今年、スイス南部ではスパゲッティが大豊作です」と視聴者に告げました。
画面には中年の農婦がていねいに木からスパゲッティの束を摘み取り、天日に干す光景が
映し出されました。ハハハ。
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ディンブルビーの話は「3月最後の2週間、ヨーロッパのスパゲッティ農家は、霜の心配を
しながら過ごします。微妙に味に影響するからです」
さらに「収穫時のスパゲッティの長さが同じなのは、農民たちの長い努力の賜物です」と
続きました。
放送したのがBBCであったことや番組と司会者の評判のせいでしょうか、多くの視聴者が
この話を真に受けたらしいです。ハハハ。

このころのイギリスでは、スパゲッティは、まだあまり食べられていなかったそうですから、
情報が少なかったこともうわさが広がるのに拍車をかけたのでしょう。
BBCにはたくさんの電話がかかりましたが、「自分で“スパゲッティの木”を栽培するには
どうすればいいか?」という質問が多かったそうです。BBCの答えはこうでした。
「トマト・ソースの缶に小枝を入れて、うまく行くことを祈りなさい」…。ハハハ。

「インスタント・カラーテレビ」
1960年代初めのスウェーデンではたったひとつのテレビ局がモノクロで放送していました。
62年4月1日、ニュース番組に登場したこのテレビ局の技術陣のトップ、ステンションは、
視聴者に向かって、こう告げました。
「新しい技術の進歩のおかげで、すばやく簡単にお手持ちのテレビでカラー映像を受ける
ことが可能になりました。やるべきことは“ナイロンストッキングをテレビ画面にかける”
ことだけです。お好きな番組をカラーでご覧になれます」…。ハハハ。

何万という人が引っかかったそうです。
スウェーデンで本当にカラー放送が始まったのは8年後、1970年4月1日でした。ハハハ。

10周年
1977年、イギリスの新聞・ガーディアンはインド洋に浮かぶサン・セリフェの10周年を
祝って7ページに及ぶ特集を組みました。セミコロン(;)の形をしたいくつかの島からなる
小さな共和国です。
記事は情報の少ないこの国の地理や文化について愛情をこめて書かれていました。
国を形成する島々の中に大きな島が二つあり、アッパー・キセ(Upper Caisse)とロウアー・
キセ(Lower Caisse)と呼ばれています。そして、首都はボドーニ(Bodoni)、指導者は
パイカ( Pica)将軍だそうです。

ガーディアン社の電話は鳴り止まなかったそうです。
読者たちは、休暇旅行の候補地として、もっと情報がほしがったのです。

いくつかの固有名詞が“印刷関係の専門用語”だと気づく人はほとんどいませんでした。
“A4”とか“ゴシック”とかなら、分かったかもしれませんが。ハハハ。

巨大氷山
1978年4月1日、一隻の小型船がシドニー湾に姿を現しました。巨大な氷山を曳いて…。
シドニー市民はこのことをすでに知っていました。このところ、資産家で冒険家としても
知られる地元のディック・スミス(食品会社のオーナー)が南極から氷山を持ってくる計画を
さかんにプロモートしていたからです。どうやら、成功したようです。
スミス氏はこの氷山を小さな角氷にして10セントで販売すると話していました。
南極の純粋な水でできたこの角氷はどんな飲み物でもおいしくすると言っていました。
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ゆっくりと氷山はシドニー湾を進みます。
地元のラジオ局(複数!)は、この情景を逐一、 実況しました。
ようやくその“秘密”が明らかになったのは、船と氷山が湾の深くに達したときです。
降り始めていた雨によって、消火用の泡とセービング・クリームでできた“氷山”は溶け、
その下の白いシーツが市民の目の前にさらされたのでした。ハハハ。

パララックス大作戦?
1979年、ロンドンのキャピタル・ラジオがリスナーに告げました。
「Operation Parallax(ズレ修正作戦)が間もなく発効する」と。
イギリスの暦を世界中のほかの国々と再びシンクロさせようというものです!
1945年から、夏時間にしたり、元に戻したりを繰り返しているうちに、イギリスの時間が
他国に比べて48時間も先行してしまったと解説されました。
これを改善するために、イギリス政府はこの年の4月5日と12日をキャンセル(!)する
ことにしたのです。

この放送のあと、キャピトル・ラジオはたくさんの電話を受けることになりました。
中には「二日間の給料は払わなくてはいけないのか?」、「その日が私の誕生日なんだけど
どうなるのか?」というものもあったそうです。ハハハ。

デジタル時代
1980年、BBCは、ロンドンの象徴であるビッグ・ベンの大時計が、時代の流れに沿って
デジタル化するとリポートしました。
視聴者から異議を唱えるものすごい反響がありました。そりゃそうでしょう。ハハハ。
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ダメ押しをするかのように「ビッグ・ベンの長短の針を先着4名に売却します」と告げた
BBCの日本語放送に最初に反応したのは大西洋上の日本人船員でした。ハハハ。

浮遊現象
1976年のことです。イギリスの天文学者、パトリック・ムーアがBBCラジオを通じて
こんな発表をしました。
「午前9時47分に、皆さんが自宅にいても経験できる、めったにない天文学的な出来事が
起きます。冥王星が木星の裏側に回って地球と一直線に並んだとき、地球の重力が少なく
なるのです」

ムーア氏は視聴者に向って語りかけました。
「一直線になる瞬間に飛び上がると奇妙な浮遊感覚を経験することができるでしょう」…。

午前9時47分がやってきました。
BBCラジオには “感覚”があったという視聴者からの何百本もの電話が殺到しました。
ある女性は、彼女と11人の友人は椅子から浮かび上がり、部屋の中をただよったとさえ
報告したそうです。ハハハ。


…うーん、かなり怪しいものにも引っかかってしまう人間の心理を思うと、ツイッターや
2chに書き込まれたデマに乗せられる人々が多数いることも分かる気がします。
信じがたい話だけど、ウソだと断定する根拠もない…そんな話を聞かされたとき、人は
信じるほうに傾いてしまいがちなのかもしれません。
ま、今日一日はだまされないように、せいぜい気をつけて過ごしましょうか。ハハハ。

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# by toruiwa2010 | 2011-04-01 10:19 | blog | Comments(16)
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フジテレビの“不要音声混信”事件に関連して、いまだに“女性の声=Aアナ”とする
ツイートが流れています。思わず、「間違った情報をまき散らさないほうがいいですよ」と
何人かに呼びかけてしまいました。
すると「私には、情報をまき散らす意図も意味もありませんが。誤解やったようですので
訂正します」と、理解してもらえたようなリプライ(返事)があり、喜んでいたのですが、
彼が友人と交わすツイートを見ると、そうじゃないらしいと分かってがっかりしました。
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女性の声が出先のスタッフのもの…では納得しないようです。
なにがなんでも、“犯人”がAアナでないと、自分の“フジテレビ嫌い”と重ならないので
その一点にしがみつくのでしょう。
私も、母局のことですから、非難されている“報道姿勢”の実態は気になります。
具体的な事実が分かり、問題があると判断したら、私も非難する側に立つでしょう。
しかし、問いかけても具体的な事例については誰も答えないのです。“付和雷同”…。
誰かがこう言っている、とんでもない、もっと広めよう、結果として猛烈な勢いで拡散…

2chはもちろん、ツイッターも混乱時には両刃の剣になることはすでに分かりましたから、
これからは、ここに出てくる情報を注意深く扱う習慣を身につけなければいけません。

今回の災害報道は、直後こそ、2台のテレビでNHKと民放を7:3で見ていましたが、
計画停電が始まってからは1台にして、ほぼ9:1の割でNHKを見ていました。
そして、民放は…ええ、主に見たのはフジテレビです。注文はあっても母局ですから。

もちろん…と言わなければいけないのはつらいところですが、“NHKの圧勝”でした。
普段の準備がいいことが分かります。原発事故が問題になり始めたころから出ずっぱりの
水野解説員の話が分かりやすく、説得力がありました。東大教授らと同席してもまったく
気後れするそぶりがなく、自分の考えを述べていました。
ファッションもいいセンスでした。

TBSにもサキヤマという原発事故についてきちんと話せる記者がいるようですが、NHKは
水野記者以外にも原子力や災害専門の人材がいます。専門の度合いは様々でしょうが。
かつて昭和天皇が崩御される前、陛下の病状を分かりやすい言葉で解説した橋本大二郎
(元高知県知事)記者は放送界の“伝説”になりました。当時もNHKに激しいライバル心を
持っていた私でさえ舌を巻いたほどです。
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NHKの強みはこういう人材をかかえていられることです。
普段、何をしているのだろうか、と思いますが、業務の大半は専門分野の知識・情報を
深めることに宛てていると思います。何年かに一度、こういう“活躍”をしますから
意味はあるのでしょう。
しかし、民放には、そんな人材を“飼って”おく余裕はどこにもありません。
視聴料収入があるNHKと広告収入が頼りの民放では経済規模に決定的な差があります。

想像でしかありませんが、現地に送り込んでいる人数も民放とでは比較にならないほど
多いはずです。いつものことです。
取材する対象を“選べる”有利さはあるだろうと思います。張り巡らせたアンテナの数が
多ければ多いほど、キャッチする情報の量も多くなります。災害の発生地域が限定的なら
ともかく、今回のように広範囲になると、人数が多いほうが圧倒的に有利になります。
民放はと言えば、ただでさえ数が足りないのに“番組ごと”という効率の悪い“縦割り”の
取材態勢で臨んでいるでしょうから、太刀打ちできません。丁寧さに欠ける取材や放送が
あっても、理由がないわけではないのです。
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だから、勘弁してやってよ、と言っているのではありません。予算が少ないことや人手が
足りないことは、放送内容の貧しさや報道姿勢の悪さの理由にはなりません。“工夫”は
そのためにあるのですから。
同じことをやっても勝てないでしょう。しかし、金がなくても人が少なくても、工夫した
内容でNHKに勝つ…それこそ民放で育った人間が持つべき矜持だろうと思います。
理想論であることは十分に承知していますが、あきらめて愚痴っているだけでは、少しも
前に進みません。奮起を期待したいです。

テレビは人もうらやむ、とても恵まれた業界です。私がアナウンサーになりたてのころ、
すぐ上の兄は石油会社勤務でしたが、給与やボーナスの話はしたことがありません。
4歳も年下の私のほうがはるかに多く貰っているのが分かっているからです。
どのセクションで仕事をしていても“〇〇テレビ”と名乗るだけで誰もが認めてくれる
便利さもある一方で、派手な職場と思われるつらさもあります。
しかし、若いうちは、どうしても自分が“何さま”かになったような錯覚に陥りがちです。
不心得者も出ます。先輩としては、「おい、頼むよ」と祈りたい気持ちにもなります。

「最後の日に身内の大バカ者のことをお伝えしなくてはならないのは大変情けない」…
同期の露木茂は担当していた「スーパーニュース」の彼自身の最終回にフジテレビ社員の
不祥事を伝える羽目になったとき、カメラに向かってそう語りました。
彼の無念はよく理解できます。

考え違いをする“大馬鹿者”はNHKにだっています。1万人以上の職員がいれば変質者や
出張旅費のごまかしなど、うしろ暗いことをする人間がいたっておかしくはありません。
仕事面でも、あえて言えば、“NHKとも思えない”凡ミスがこのところ続発しています。
何度も引き合いに出して気の毒ですが、1月に青山アナが席巻を“せきまき”と読んだのに
始まって、野村アナは“:”を「どっと どっと」、名前の分からない中年の男性アナは
お彼岸の中日を「おひがんのなかび」と、読み間違いのオンパレードでした。

たまたま、“目撃”しただけでこんなにあるのですから、探せばもっとありそうです。
明らかに異常です。“同業者”として恥ずかしいです。
今のアナウンス室長が誰だか知りませんが、きっと頭を抱えていることでしょう。
一段落したら、全員、研修のやり直しですね。

そして、取材態度についても問題がないわけではありません。
民放には厳しい視聴者もNHKには優しい。なぜでしょう?
宮城・南三陸町で取材した“新しい命の物語”にはビックリしました。
医師として勤務中に津波に襲われた夫と、必死に連絡を取ろうとする臨月の妻…
最後は夫の立会いのもと、無事赤ちゃん誕生という感動的なストーリーでした。
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しかし、数時間後に放送で、妻が夫に、安否を確認するメールを打つ映像があったとき、
疑問が生まれました。たしか、携帯の液晶画面のアップもあったと思います。
ドラマではあるまいし、そこは撮影しているはずがないのです。
ナレーションで十分に説明できるのに、余計な演出をしたことで、せっかくのいい話が
台無しになりました。“やらせ”です。見た人は多いと思いますが、責める人はほとんど
いませんでした。
「これは"やらせ”だよね。いい話なのに、こんなことやらせなくても伝わるじゃないか」
…そうつぶやいたのは私でした。

NHKの評判がいいのは、たぶん“角(かど)”がない、あるいは、少ないからだと思います。
視聴料に頼っているだけに視聴者の反発は何よりも怖いことです。これまでに、何度も
不払い運動に悩まされています。番組作りはどうしても“八方美人”的になりがちです。
ミスを恐れるからか、“南三陸町の住民の半分以上が行方不明”という事実を伝えるのが
かなり遅れていました。情報としてはつかんでいても、あまり衝撃的な内容だったために
触れることに躊躇があったのでしょう。NHKらしいな、と思いながら見ていました。
この調子だと、この先、原発がもっと危ない状況になったとき、そのことを伝えるのも
最後になるのではないかと思います。どちらがいいかは議論の余地ありですが。

スポーツ実況でも、“正確性を追求し、ミスをしない”ことを目指すようになります。
スタンドにいる有名人をカメラがとらえても、よほど自信がない限り“見て見ぬふり”を
するのも彼らの“教育・伝統”のようです。
たしかに、国家元首を間違えたらみっともないですが、「…ではないでしょうか」ぐらいは
言ってもいいのに、と私は物足りなく思いますが、それで結構という視聴者もいます。

大きな事件・事故が起きると、人はNHKの情報を信用する傾向があるようです。
視聴率が高いことがそれを証明しています。そして、人の神経を逆なでするような映像や
インタビューは放送しない番組作りが多くの人から歓迎されているのは事実でしょう。
長い年月をかけて、それだけの信用を獲得してきた実績には敬意を払います。

しかし、「だからNHKだけあればいいのさ」という意見には賛成できません。
放送形態やテーストが対極にある民放の存在は絶対に必要です。国民に選択の余地が
生まれるからです。逆に言うと、国民は“正しい選択”をする義務があります。

憎まれるのを覚悟で書くならば、日本のテレビがいまのテイタラクになった責任の一部は
視聴者にあると思っています。
WOWOWがテニス中継を始めたころ、グランドスラムのたびに、「一般人がプレーする
テニスは大部分がダブルスなのに、どうしてシングルスばかり放送するのか?」という
苦情が殺到しました。ある年、それならばと「ダブルス特集」を放送したところ視聴率は
惨憺たるものでした。ごく限られた人しか見なかったのです。言いっぱなし…。
極論すれば、視聴者にはいい加減なところがあるのです。

「いいなあ、NHK」「NHKはさすが」「フジテレビなんか見るもんか」と言っている人も、
一段落すればまた、民放のバラエティに富んだ番組に戻っていくはずです。
NHKは視聴率が気にならない分、工夫も面白みもいま一つの番組を作り続けるし、
民放は、ばかばかしい番組でも視聴率がよければ、発想を変えることはないでしょう。
見る人、見たがる人がいる限り、テレビが反省することは想像しにくいです。
そこに問題があるのではないでしょうか。見るか、見ないかはあくまで視聴者の自由です。
ボールはテレビの側にあるように見えますが、実は視聴者のコートにあると考えることも
できるのです。どう打つかはあなたが決めることです。

おまけ:やるな、お主

つぶやきましたが、昨日の「ニュースウォッチ9」で興味深いやりとりがありました。

番組の初めのほうで、原発の状況について大越キャスターが「これは、事態が深刻化して
いるのか?」と問いかけるとゲストの専門家は「状況が悪くなっているわけではない」と
答えていました。
…おそらく、打ち合わせの段階で“悪化してはいない”と確認されていると思います。
その上で、大越キャスターは最初の質問の“形”を決めたのでしょう。
単純に「今の状態をどう考えたらいいんですか」と聞くより、ネガティブな聞き方をして
ポジティブな答えを引き出したほうが、効果は大きいと考えたのです。インタビューの
テクニックの一つですが、大越キャスターは心得ていました。
「原発は悪化していない」ことを見るものに印象付けたかったのだと思います。

*このブログで災害関係の記事を大々的に書くのはこれが最後になるでしょう。
賛同していただけたもの、そうでないもの、いろいろだったと思います。
こんなにささやかなブログで意見を発表しても被災地や今も苦しみが続く被災者の
役に立つことはないと分かっています。
しかし、私にできることはこれしかありませんでした。
熱心に読んでくださった方々にはお礼を申し上げます。


理解していただけるように、できるだけ丁寧に書いたつもりですが、
当然、異論・反論があるだろうと思います。私に対する批判もあるでしょう。
きちんと整理されたコメントなら残しますが、感情的なものや、ほかの人の
コメントに対する批判は私の判断で削除しますのでご了承ください。

# by toruiwa2010 | 2011-03-31 11:06 | 放送全般 | Comments(19)
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・・・つづき

テレビの世界ではこんなことがありました。
たしか、インドだったと思いますが、海外で飛行機の墜落事故が起きたときです。
ニュースの放送中に飛びこんだ第一報を伝えたキャスターが余計な一言を付け加えました。
「乗客の中に日本人はいませんでした。不幸中の幸いでした」!!

中堅より上で、経験はあるはずの先輩(ネット局)が、何をどう考えてそんな愚かなことを
言ったのかは分かりません。
外国人なら犠牲になっていい…などと思うはずもないのですが、照明が当たるスタジオで
カメラに向かって話すキャスターは、ときにとんでもないことを言ってしまうようです。
現地から中継するときも同じです。“舞い上がる”と言えばいいでしょうか、現場の状況に
圧倒されて、考えがまとまらないうちに口が勝手に言葉をつむぎ出してしまうのです。
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日本を代表するジャーナリストだった筑紫哲也でさえ、阪神淡路大震災のときに、上空の
ヘリから、立ち昇る煙を見て「温泉のようだ」と言ってしまったと聞いています。
普通に考えたら、この表現はあり得ないのですが、何かが大ベテラン・ジャーナリストの
口元を狂わせたのです。今回、スタジオに出演した防災専門家が「こんなに見晴らしの
いい釜石は初めて見た」と現地の印象を語っていました。
聞いていて「やれやれ」と思いましたが、立場が変われば誰でもが同じミスをしでかす
可能性を持っているのです。

どちらも、ほかのことなら、描写として間違いではないのですが、状況に合わせて言葉を
選ぶのはつくづく難しいものです。

1966年 多数の新婚カップルを乗せた全日空機が松山空港への着陸に失敗して瀬戸内海に
墜落する事故が起きました。
スタジオに出演した記者にキャスター(他局)が問いかけました。
「なにか、泣かせる話はありませんか?」!!

…“馬脚”があらわれた瞬間です。
“正義”のお面をかぶっていても、どこかで、視聴者に訴える“感傷的・お涙頂戴的”な
エピソードを探し求めている、という底の浅い報道の実態が分かります。

こう書くと「だからテレビはダメ、新聞はまだ信用できる」と思う人がいるでしょう。
どう考えるかは、皆さんの自由です。
しかし、リアルタイムで伝えるテレビだからたまたま露呈しただけで、活字メディアも
似たようなものだと、私は思っています。
「もっと、ハートに訴える話はないのか!よそ(他紙)に負けてるぞ」と、デスクが大声で
現地にゲキを飛ばしていることでしょう。言葉は違っても、言っていることは同じです。
競争社会ではそうならざるを得ないのです。

二つのケースは、いずれも古い話ですが、基本はあまり変わっていないと思います。
誤解を恐れずに言うならば、何かが起きたとき、彼らはそれを忠実に伝えることより、
視聴者・読者が興味を持ちそうなネタを見つけることに力をそいでいるように見えます。
その“付加価値”が視聴率や部数を伸ばすことにつながるからです。

私がごく若いころ、いまも強く印象に残る出来事がありました。それはまさに、日本の
ジャーナリズムに共通する“傾向”を示していると思います。
南の海で漁船団が遭難して多くの人命が失われました。同じ日に富士山で雪崩が起きて
大学生のパーティーが遭難しました。
テレビについては記憶があいまいなのですが、新聞は各紙とも山の遭難の方に圧倒的に
大きく紙面を取っていました。

遠い南の海には取材に行くことはできないし、情報も乏しい。
一方、マスコミ業界に大勢のOBがいる大学山岳部の遭難については、現場の状況など
書くことがたくさんあるし、関係者からの情報が得やすい。
…なによりも、“有名大学山岳部”が持つイメージが“売れ行き”につながるからでしょう。

私はまだ学生だったと思います。世間を知らなかったからと言われれば、それまでですが、
命の重さに差はないものの、大きく扱われるべきは、仕事中に命を落とした漁師たちの
遭難のほうだと考えていました。それだけに紙面を見たとき、とても意外でした。
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“ジャーナリズム”という言葉の使われ方はかなりあいまいですね。
私自身も深く考えたことはなく“世の中で起きていることの本質を探り、知りえたことを
広く知らせること”ととらえていました。
この記事を書きながら、改めて辞書を引いてみて仰天しました。

広辞苑の“ジャーナリズム”の項にはこう書かれています。

“新聞・雑誌・テレビ・ラジオなどで時事的な問題の
報道・解説・批評などを行う活動。また、その事業、組織。


一方、手元の電子辞書にある大修館書店:ジーニアス大英和辞典の“journalism”には
1~3まで、似たような説明のあとにこう書かれていたのです。

4=jounalese(特にニュースを伝える)新聞・雑誌の文体[語法]
◆陳腐で大げさな表現を使うというイメージがある


つまり、journalism は journalese(ジャーナリーズ)と同じで、その意味は…となります。
偶然でしょうが、最後の1行がいまのジャーナリズムをものの見事に言い当てています。
現場で仕事をしている人たちからは反発があるかもしれませんが、“コジツケ”ではなく、
結局、“ジャーナリズムとは、陳腐で大げさなもの”という結論でいいのかもしれません。


私は長くテレビの世界で仕事をしてきました。
ニュースを読むために報道に“入り浸って”いた時期もありますし、報道部に籍を置いた
こともあります。一昨日と今日、書いたことは、私が目撃したことを中心にしています。
ウソや誇張はありませんが、これが報道のすべてではありません。時代が変わり、人も
入れ替わっています。ジャーナリズムの世界にも変化があっていいはずです。

しかし、冷静な目で現状を見ると、それほど変わったようには見えません。残念ですが。
“噛みつき猿が見つかった”がトップニュースになったり、なんの実績も残していない
女性タレントをフィリピンまで追いかけて行ったり、若い“跳ね返り”女優が公の場に
姿を見せれば、なぜか、へりくだった態度でインタビューを試みたり…
やってることは、むしろ、昔より悪くなっているかもしれません。

テレビだけでなく、新聞もどこかおかしいです。
昨日、最後の出演になったTBSラジオ「キラキラ」で上杉が語っていました。
プルトニウムの検出や東電の社長がダウンしていることが明らかになったのは、上杉が
27日の会見で質問したからだそうだ。
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配られている資料に記された放射能物質の中にプルトニウムがないことを彼が問うと、
「未検出だからだ。測ってない。もともと機器を持っていない。これから借りる」と
答えたそうです。ひどい話ですが、翌日になると、「21,22日に測っていた」と…。
“測っていない”も“機器を持っていない”もウソだったことがアッサリばれたわけです。
はじめ「プルトニウムの検査の結果が判明するのに1週間近くかかる」と言っていたのも
全くのウソで、実際は24時間で分かるのだそうです。

上杉の言うことを頭から信じるのは危険かもしれません。
しかし、ここで虚偽発言をしたら、即、“ジャーナリスト”と名乗ることをやめなければ
いけない立場にいる男だけにその言葉は信じるに値すると思っています。
…すると、各紙ともに、この分野に詳しい優秀な記者が送り込まれているはずの会見場で、
なぜ、そのときまでプルトニウムのプの字も出なかったのかが不思議でなりません。
上杉は、「大きなスポンサーである東電に対して口をつぐんでいる」と主張していますが、
30年40年前ならともかく、さすがに、それはないでしょう。“ジャーナリズム”としての
自分の首を絞めることになるのですから。

知りたいのは、“泣かせる話”ではありません。
“売らんかな”精神に基づいたあおり記事でもありません。
“事実”こそ、私たちが知りたいことです。少なくとも、事実に可能な限り近いこと…。

おまけ1:カズのゴール!

GKのロング・キックが闘利王の頭に届きそうだと見た瞬間、カズは、迷う気配もなく、
ゴール前に向かって走っていました。
闘利王のヘッドで目の前に落ちたボールを完全にコントロールした彼は、出てくる
ゴールキーパーの肩口を抜いて鮮やかにネットを揺らしました。
ストライカーの本能は全く衰えていないようです。
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今の彼には全盛時代の数倍の魅力を感じます。
1週間ほど前、「生きるための明るさを 三浦知良・サッカー人として」と題され、
日本経済新聞に載った彼のコラムは、サッカー人としてだけでなく、人として
見事でした。特に、そのバランス感覚が…。
胸にしみたのは、この部分でした。 http://s.nikkei.com/glWAp9

…そうした人々にサッカーで力を与えられるとは思えない。むしろ逆だ。
身を削る思いで必死に生きる方々、命をかけて仕事に当たる皆さんから、
僕のほうが勇気をもらっているのだから。


おまけ2:カルガモのカップル

今月2日に管理人さんが「来てましたよ」と知らせてくれましたが、
私自身はその後も見かけませんでした。
今朝、新聞を取って家に戻るとき、池が視界に入るところまでくると
何か動くものがありました。
池の中と周辺の茂みをかなり刈り込んでしまったために、2日の下見で、
「これじゃ、ダメね」と判断されたと思っていましたが、来てくれたのです。
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ただし、去年までのカップルにくらべると、少し若いような気がします。
例年のカップルは、人が通っても悠然としていましたが、今日は、どこか
落ち着きがなく、2,3分後に飛び立って行きました。
カルガモの生態はよく知りませんが、違う個体だとすると、どのように
この池のことが伝えられるのか…不思議です。

果たして、今年もヒナがかえるのでしょうか。
# by toruiwa2010 | 2011-03-30 10:51 | 岩佐徹的考察 | Comments(8)
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福島原発2号機のタービン建屋の中のたまり水から通常の炉内の1000万倍の放射能を
検出したと聞いたときは、腰が抜けるのではないかと思ったほど驚いた。

もっと驚いたのは、それが仕事だから当然だが、NHKのアナがそれほど緊張の様子もなく、
淡々と、何処までも冷静に“1000万倍”を“きわめて高い濃度”と伝えたときだ。
ごく普通の人間の感覚では、それが何の話であっても、“1000万倍”といえば、“きわめて”
どころじゃない。“とんでもなく”“考えられないほど”“あり得ないほど”“恐ろしいほど”
“途方もなく”(後略)高い数値だ。
ニュース用語としては、“きわめて”しかないのだろうが、これでは、実態が伝わらない。

更に驚いたのは、深夜になって訂正されたから…ということもあるだろうが、この一件が
それほど騒がれなかったことだ。3を5と言った、100を130と言ったというなら分かる。
しかし、実は10万倍だったものを1000万倍と記者会見で発表したのだ。
“ただちに健康に害を及ぼす”ものではないのかもしれないが、ミスに気づかないまま
一夜が明け、各メディアに“1000万倍”の文字が踊ったら、どうなっていたことか。
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しかも、恐ろしいことに、昨日の会見で保安院関係者は「正確性と迅速性は相反する」と
発言したという。つまり、急げば急ぐほど間違いが増えると言っているのだ。
保安院にしても東電にしても、彼らが発表する数字は国民の生命を脅かすかどうかという
“きわめて”大きな意味を持っていることを忘れてもらっては困る。
“早く、正確に”だ。
これまで国民から預かってきた重大な責任を考えてことに当たってほしい。

今回は放射能性物質の種類を間違えたのが発端だというが、やってはいけないミスだろう。
そもそも、国民にはヨウ素134、セシウム137、コバルト65は、聞いたこともない言語で
「※◎%\☆◆○▽@$&§」と言われているのと同じで、何の事だかわからない。
それでも、数字だけは強烈なインパクトを持って耳に入ってくる。そして、定着する。
だから、“1000万倍”はこわいのだ。以後、20万や50万が小さい数字に見えてしまうから。

まして、100シーベルトや1000ベクレルというデータのあとに「ただちに健康に…」と
言われれば、何の疑いもなく受け入れてしまいそうだ。それこそ、マヒすることの怖さだ。

おととい、枝野官房長官の会見のときに共同通信の記者が質問したが、マイクが遠くて
よく聞こえなかった。しかし、老いた耳でも「…支持率がちょっとだけ上がった」という
“聞き捨てならない”フレーズは聞き逃さなかった。

同社が26,27両日に実施した全国電話世論調査によると、菅内閣の支持率は28.3%で、
先月中旬の前回調査から8.4ポイント上昇した、というのだ。

たまげた。ここ数日はビックリすることばかりだ。
一方で、福島原発事故への対応について「評価していない」とする回答が58.2%に達し、
「評価している」の39・3%を大きく上回ったという。
ただし、被災地対策は57・9%が「評価している」と肯定的な回答となっている。

どうしてこういう数字になるのか、理解できない。
もともと70~80%あったものが8.4ポイント上がったのなら分からなくはない。
しかし、19.9%からこれだけ上がるというのは…菅直人本人が一番驚いているのではないか。
今や、被災者救済・被災地復旧と並んで国民の最大級の関心事である原発事故への対応に
納得しないと言いながら、なぜ、その総指揮官の評価が上がるのだろう。

政府関係者に「こんなもんでいいんだ」と思われるのが怖い。これも一種のマヒだ。
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“おおむね好評”の枝野官房長官も、発言がぶれている。“上”がしっかりしないのだから
無理もないが。
原発から20-30キロ圏内の住民の“一時帰宅を検討している”旨の発言しておきながら、
翌日には“検討を始める段階だ。リスクが大きすぎる”と後退してしまった。
この時点で“政府そのもの”のように見えている人物が“認めるかのように聞こえる”
発言をした段階で、避難中の住民には希望の明かりがともってしまうのだ。
その意図はなかったのは明白だが、結果として“もてあそんだ”ことになってしまった。
果たして、今後、信頼を保てるのかどうか。

なにせ、未曽有の災害だから、問題…それも途轍もなく大きな問題が次々に起きる。
次の“爆弾”はプルトニウムだ。

“ジャーナリズム”についての記事の続きは明日更新します。
探している記事が見当たらないため点度っています。あしからず。

# by toruiwa2010 | 2011-03-29 10:44 | 岩佐徹的考察 | Comments(19)
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大きな事件・事故が起きたとき、テレビの報道局、新聞なら編集局のテンションは
一気に高くなります。
申し訳ないですが、「なんということだ」や「被災者(被害者)が気の毒だ」、あるいは
「大変なことになった」と思うのと同じぐらい「ビッグニュースだ。腕の見せ所だ」と
張り切る人間が多数いるはずです。“血が騒ぐ”のです。それは、報道マンたちが持つ
“業”ですから、一概に責めることはできません。

ジャーナリズムとは何か?
考え始めたらきりがありませんし、議論すればきっと様々な意見が出ることでしょう。
しかし、難しいことは抜きにして、その根底にあるのは“やじうま精神”だと言ったら、
かなりの人に賛成してもらえる…と思っているのですが、どうでしょうか。
フジテレビに入社した当時、先輩からは「世の中で起きている森羅万象、あらゆることに
興味を持ちなさい」と教えられました。つまり、アナウンサーにも“やじうま精神”は
必要だということだったのでしょう。
どちらかと言えば、“面倒くさがり”で、なにかが起きて大勢の人が集まって騒いでいても、
うしろからちょっとのぞくだけ、というタイプでしたから、プロとしては少々資質に欠けて
いたかもしれません。
それでいて、67歳まで現役を続けたのですから、ほめられてもいいと思っています。
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さて、そのやじうま精神ですが、報道と言う現場ではいささか厄介な面もあります。
アナウンサーや報道部員として仕事をしていたとき、今回ほど大きな災害や事件・事故は
経験していませんが、飛行機の墜落やハイジャック、ホテルニュージャパンの火災など、
“そのとき”の報道の現場がどんな状況になるかは何度も見たことがあります。

大事故が起きた。通常のニュースだけでは伝えきれないほど大きな事故だ…となると、
編集長は、直近のニュースを出すための指示を出しながら、経験豊富なデスククラスに
長くなるはずの一日への対応を命じるでしょう。
彼は、あわただしい喧騒から少し離れたところで、やらなければいけないことを模造紙に
書きだして準備に取り掛かります。

特別番組の時間枠を編成と交渉する。
特番に専従するスタッフを選ぶ。
休みだったり泊り明けだったりする部員に召集をかける。
並行して、放送内容を固めて行く。
中継ポイントと担当記者を決める。
技術に連絡して中継車を手配する。
アナウンス部にリポーターを要請する。
司会者を決め、解説者をキープする。
弁当の手配をする。


やるべきことは山ほどあって大変そうですが、見ていると、猛烈な勢いでアドレナリンが
流れているのが分かります。腕の見せ所と張り切る集団のトップにいるのがこの男です。
いったん、走り出したら止まりません。ことが大きくなればなるほど“躁状態”に陥って、
手がつけられなくなります。

どの局にも似たタイプの男がいるはずですし、新聞社も同じでしょう。
「もう、いいだろう」「よそがやっているのにウチだけやめるわけにはいかん」
…今度の災害では、報道と編成の間でそんな会話が何度となく交わされたと想像します。
配られた新聞のラテ欄では通常番組になっているのに、どんどん、緊急特別報道番組に
差し替えられて行きました。局内で起きた喧騒と混乱が目に浮かびます。
まさか、何かが起きることを期待する人間はいないでしょうが、取材者としての彼らには
日常の延長線上になっている政治、経済、裁判、犯罪の報道より“刺激的”であることは
間違いないでしょう。

この感覚はやじうま精神とまったくイコールではありませんが、“におい”は似ています。
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…ジャーナリズムについて書き始めたことを、いま、思い出しました。
スポーツの周辺に生息していましたから、ジャーナリズムもスポーツの側から見ることが
多かったのですが、一般のジャーナリズムも含めて、ある“傾向”が共通しています。

それは、“センセーショナリズム”と“センチメンタリズム”に頼ることです。
扇情的・刺激的な言葉が記事やリポートに使われます。スポーツ紙やタブロイド夕刊紙の
見出しがいい例ですが、“エスカレートする”性質があります。始末が悪いのは、言葉に
つられて買う人が増えることです。つまり、効果があるのです。

本社のデスクも現場の記者・リポーターも感傷的、お涙頂戴的なネタを求めがちです。
私は目撃していませんが、発生直後のテレビの取材の仕方に非難の声が上がったのは
このことと無関係ではないと思います。

以前にも書きましたが、辟易するのは、高校野球やオリンピックになると「天国にいる…」、
「最愛の…」が氾濫することです。
その時期に、私たちは驚くほど多くの選手の身内が亡くなったことを知ります。
なんとか理解できる外国語は英語だけですが、無理やり泣かせようとする記事や演出に
出会うことはめったにありません。
テレビや新聞・雑誌は、情報を得るために欠かせない媒体ですが、情緒に流された報道や
過剰なセンチメンタリズムを持ち込むことはいいかげんで勘弁してほしいものです。

つづく・・・
# by toruiwa2010 | 2011-03-28 10:50 | 放送全般 | Comments(9)
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先日のコメントに「Twitterも4月から17字になるようです」と書かれていました。
「ああ、170文字の間違いだろうな」と思って読み流していましたが、ふと気になって
検索してみると、こんな記事がありました。

短文投稿サイト「ツイッター」社は24日、来月4月から日本に限り、
投稿文字数を現行の140字から17字に縮小制限することを明らかにした。
東日本大震災以降、携帯電話を使った投稿が大幅に増えたことから、これ以上
電話回線を圧迫させないよう、キャリア各社から要請があったものと見られる。


しかも、“17字”の根拠についても「日本人には俳句の文化がある。17字であらゆる
世界を表現できる独特の文化に敬意を表した」などと書かれているではありませんか。
おいおい、ホントなんだ。17文字で一体どう書けばいいんだと、一瞬、あせりましたが、
すぐに考え直しました。
「もともと俳句には興味があったのだから、この際、挑戦してやろうじゃないか」と。

後輩には「アナウンサーは、どれだけ言葉を省略するかが勝負だ」と、よく話します。
その割に、このブログは饒舌で、ややもすると長くなるのが欠点ですが、その気になれば
短くする自信はあります。本来、膨らますのはやさしく、縮めるのは難しいのですが。
ツイッターは、書きたいことを書いてみて、140文字を超えたら、超えた分を削る作業に
入ることにしています。うまく140文字に収まると達成感があります。

だから、17文字だって、やればできるさ、と思っていました。…結局、デマでしたが。

昨日の朝、@toruiwa…つまり、私に宛てたつぶやきがありました。

関西の友人から、「関西のテレビでは、関東の買い占め問題も、野菜や
水の放射能汚染問題も(NHK以外)放送していない。
地震の話もほとんどされない」と言われました。
買い占め問題はローカルだとしても、地震と放射能は無関係ではないですよね。
この報道姿勢…何故でしょう?

読みっぱなしでもよかったのですが、最後が疑問符で終わっていると、なにかリプライ
(返事)をしなければと考える、律義な性格が災いしました。
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関西人は東日本のことにあまり興味がないのだと…言ったら、たぶん
言いすぎだと怒られるでしょうが、基本、そうだと思います。
@xxxxx @toruiwa 買い占め問題はローカルだとしても、地震と放射能は
無関係ではないですよね。この報道姿勢…何故でしょう?


134文字あったxxxxさんの元のコメントをリプライではかなり削っています。
xxxxさんにお答えするには“@xxxx”とするのですが、正確なIDを入れて元の文章を
そのまま残すと、トータルで10文字オーバーになります。
私のコメントを書く“スペース”を作るために削ったのです。
自分の言いたいことだけを書くのなら、“@xxxx”以外のスペースすべてを使えますが、
そうすると、たまたま、それを読む人は、いったい何についての話かが分かりません。
そこで、相手の意図を曲げずに、できるだけ文字数を減らして残すのです。


…masaさんとえそらいろサンから、“抗議”がありました。
画面の左サイドに表示してある私のつぶやきを読んで強い違和感があったからです。

・関西人としてかなり心外です。
関西人が今回の震災を他人事だと思ってるなんて思われたくないです。

・私も関西に住んでいますが、関東にも知り合いがたくさんいるし、
たとえそうでなかったとしても、小さいお子さんを持つお母さん方が
さぞ不安だろうと、毎日心配で心配で仕方がありません。


電車の中でこれを読んだとき、飛び上るほどびっくりしました。
そうとらえられても仕方がない文面になっているのは事実です。
井の頭公園でウォーキングをするつもりでしたが、早々に切り上げて帰宅しました。

関西人は東日本のことにあまり興味がない…と書いています。
うしろの“基本”とあわせて、あくまで一般論のつもりでした。言い逃れではありません。
災害のことだったら、“この災害には関心がない”と書くでしょう。
それが私の言葉の使い方です。
そして、それは私の“考察”ですから、変わることはありません。

中学から高校にかけての5年間、大阪府吹田市で暮らしました。関西人のメンタリティは
知っているつもりです。
「いや、あんたはホンマの大阪を分かってえへん」とおっしゃるでしょうが、“生粋”の
浪速っ子にはわからないけれど、東京から移り住んだからこそ見えるものがあるのです。

「探偵 ナイトスクープ」を見すぎたかもしれません。大阪で出会った吉田義男さん的な
おっちゃんたちに感化されているかもしれません。
しかし、私の知る限り、関西人のDNAには“東京がどないしてん”という思いがしっかり
埋め込まれています。
違う言い方をすれば、それは、自分たちが持っている文化への強烈な自信とプライドです。
だから、ファッションも食べ物も、東京で何がはやろうが関係ないのです。
そのことを言ったつもりでした。
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ほかのときなら、違和感があっても笑って“読み流して”もらえたかもしれない文章が、
神経を逆なでしてしましました。明らかに言葉が足りなかったのです。
不快に思われた方にはお詫びします。ごめんなさい。

おそらく、お二人には許してもらえないでしょう。
これまでも、相手に気を遣ったつもりの言動が誤解され、からかったつもりや“自虐”の
つもりだった言葉が原因で友人や読者を失ってきました。
何をどう書き、どう詫びても、とり返せないものがあります。
普通なら、これで誤解は解けるはずですが、こういうときですから、難しいでしょう。
いったん「なんだこいつは!」「ナニ言ってるのこの人?」と不快な気持になったら、
それをくつがえすことは至難の業ですから。

今回のことで、ツイッターの難しさを改めて痛感しています。
このエントリーは2000文字を超えています。140文字という制限があるツイッターで
正確に自分の思いを伝えるのはとても困難な作業です。
今後は、“tweetボタン”をクリックする前に、数回、読み返そうと肝に銘じました。
変換ミスが減るはずです。たぶん…。


おまけ:こぶし満開

井の頭公園で満開のこぶしが見事でした。
花にはうとくて、こぶしの木はもっと小さいものだと思っていました。
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# by toruiwa2010 | 2011-03-27 10:05 | 岩佐徹的考察 | Comments(29)
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フリー・ジャーナリスト、上杉隆を知ったのは2009年の5月、ちょうど、芦屋で長兄と
同居生活をスタートさせたころでした。初めはそうでもなかったのですが、数カ月たって
興味を持ちだし、12月に「立ち位置が分かんない」~ジャーナリスト・上杉隆~」という
記事を書きました。 http://bit.ly/gwoBfI 
以後、数回にわたって彼を取り上げています。
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最初の印象は、「面白いけど、なんだか危なっかしいな」でした。
誰にでも噛みついて行くところや記事のそこここに「おい、そこまで言い切っていいのか」と
人ごとながら心配になるような記述があったからです。 
しかし、長い間 日本のジャーナリズムをゆがめてきた記者クラブ制度への一貫した批判や
大手マスコミからは“諸悪の根源”にされてしまいがちな小沢一郎への“是々非々”に
基づく発言・対応などを見て行くうちに、彼の言動が理解できるようになりました。

彼についての最近のツイートや数本の記事では、ほぼ100%、支持しています。
若い人独特の正義感、驚くほどのバイタリティと行動力、しがらみがないからこそできる
勇気ある発言には、はらはらしつつも、好感を持って見守っていきたいと思っています。

その上杉が、大手電波メディアでは数少ないレギュラー番組、TBSラジオ「キラキラ」を
次回(3/29)で降板することになると聞きました。
理由についてはおおよそ察しがつきますが、この件で何かを書きたいと思い、周辺取材の
一環として彼のメールマガジンを購入しました。
かなり手間取りましたが、やっと“契約”が成立し、バックナンバーから読み始めました。
降板についても少し触れていますが、詳しいことは、降板後に書くそうです。

そして、昨日の午後早く、最新号が配信されてきました。  
タイトルは『ウォールストリートジャーナル取材記者 被災地からのメール』です。 
現地を取材した友人からのメールの一部を紹介しています。本人から許可を得たうえで、
上杉が確認した部分について…と注釈がついています。

突っ込ませてもらいます。有料で配信されているメルマガですから。   
あまり、細かく書くとメルマガ全体を写すことになってしまうので部分的に…

・まず、上杉の友人らしい女性の身分・肩書きがあいまいです。

ウォールストリートジャーナル取材記者:メルマガのタイトル
ウォール・ストリート・ジャーナルのXXXX氏:本文の前書き
(“・”は原文ののまま)
通訳の私でさえ…:引用されているXXXX氏のメール

記者と通訳では立場が違いすぎ、書かれていることへの信用度も違ってきます。

・XXXX氏のメールが書かれたのが何日なのかが分かりません。

“3日前に入った宮城県石巻市中心部…”という文章があります。
上杉が“これらはすべて3日前に届いたメール”と書いているものの、メルマガ自体に
日付がないのです。昨日(25日)配信されたメルマガですから、その時点から3日+3日、
6日前のことと考えるのが自然でしょう。

しかし、災害地のルポ記事で、メールの中に“道端で冷凍食品などのゴミをあさっている
住民らが大勢います”、“政府からの食料は全く届けられておらず”などの記述がある以上、
どの時点の話なのかは重要なポイントです。それが分からないのはお粗末です。
5W1H はジャーナリズムの基本です。
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XXXX氏は“メール”として書いているのですから、いいでしょう。上杉は違います。
“journalism for jounalism”(ジャーナリズムのためのジャーナリズム?)を掲げておいて、
いかに再録とはいえ、こんな基本を見落としてそのままメルマガとして配信しては“まずい”
でしょう。たとえ“上杉隆の東京脱力メールマガジン”と断っていても力が抜けすぎです。

・たぶん、一つのものを指しているのでしょうが、たくさんの言葉が使われています。

原発の被爆・放射線物質
放射能の物質が見つかり
放射能が探知され
核物質が見つかった


XXXX氏が記者だとしても、記事は英語で書くのでしょうから、日本語を問題にするのは
アンフェアかもしれませんが、“被爆”は“被曝”だし、見つかったものが一体何なのかが
正確に伝わるのか心配になります。

ほかにも、彼女の怪しい日本語は枚挙にいとまがありません。

難破した車から
犯罪率が横行する
バナナの切れ端を2,3個だけ。   
数百人近くの高齢者は
シャワーで身体を流す


読み終えて、“脱力”したのは私のほうでした。
繰り返しますが、このメルマガは有料です。原則、月一回の発行で840円…少なくとも、
今回の配信についてはその値打ちはありません。金返せ、と言いたいです。
(以上メールより引用)と書いてあるので一部なのでしょうが、全く手直しをしないまま
引用したようです。
普通は、“そのまま”が原則でしょうが、これだけ多くの間違いがあるものを手直しせずに
再録してしまったのでは、記事全体への信頼はなくなります。XXXX氏の名誉は?

上杉は災害発生から丸4日間、自分の仕事をストップしたと話していました。
首相や官房長官の記者会見を取材できるように官邸に働き掛けるためです。締め出された
海外、フリー、ネット…各ジャーナリストをまとめてその窓口になったのです。
官邸の近くに車を止めて、そこから官邸に“攻勢”をかけたそうです。
頑張っていることは認めていいと思いますが、働きすぎなのではないでしょうか。
疲れているからこそ、こんなに完成度の低い記事が出てしまうのです。

このメルマガのキャッチコピーにはこう書かれています。
ジャーナリスト上杉隆の新たな挑戦!
政治からゴルフまで大手メディアが取り上げることのできないニュースを
続々配信します。他メディアでは絶対に知りえないスクープも、権力からの
圧力に屈することなく、真相をお伝えします。


とても、とても…。
彼のメルマガはファンの間で評判がいいようですが、支持はしていても、私は「ずいぶん
情けないものを書いたなあ」と思いました。残念です。
多忙のせいで、せっかく才能がありながら仕事が“荒れる”という現象はよく見られます。
ただでさえ敵が多いのですから、細心の注意を払い、仕事はきっちりやらないとダメです。
こんなことをしていたら、“宿敵”・記者クラブメディアから冷笑されてしまいます。

好漢の自重を望みます。

(敬称略)
# by toruiwa2010 | 2011-03-26 10:56 | 岩佐徹的考察 | Comments(16)
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今回の災害報道について“一部”で、とはいえ、フジテレビの評判が非常に悪かった。
時間の経過とともに、総理会見中の暴言は典型的な“針小棒大”型の話だとわかったし、
仙台市内の緊急車両専用の給油所でフジの取材車が給油を強要した…という情報は
極めて根拠のない“2ch発信”型のデマであることが明らかになっていった。
しかし、だからフジテレビが“まっしろ”な無罪かと言えば、そうではない。
つまり、デマや中傷を流され、言われなくてもいいことを言われてしまった背景には
それなりの理由があるのだと思う。

私自身が確認できていない話が多い上に、あまりにも一方的に“事実”だと決め付けた
ツイートが、軽はずみな人の手でどんどん“拡散”され続けていく状況は怖かった。
しかし、初めのころ言われていた、災害直後の取材・報道の仕方の中に、何かを感じた
人たちの怒りや不快感がこの流れを作ったのではいか、という“疑念”もあった。
いかにも現代社会ならではの“風評被害”に見えるけれど、それで片づけてはいけない。
「我々がやっていることに間違いはない」と反発する前に「本当に問題がなかったか」と
検証し、反省する謙虚さは持たなければいけない。
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フジテレビの報道姿勢はひどい…OBとしては耳にするのがつらい言葉だった。
感じかたは、視聴者の自由だから文句は言えあないが、「…だから、キャスターも嫌い、
リポーターもダメ」ではなく、せめて、“是々非々”を望みたいと思う。
たとえば、「とくダネ!」に出演し、今回も現地から連日精力的に取材・報告をしていた
岸本哲也リポーターを見てほしい。
日本のテレビ業界に“リポーター”の肩書きを持つ人が何人いるのか知らないが、同様の
仕事に長く関わった者の1人として、彼こそ文句なしのNo1だと高く評価している。

情報収集の力、それを整理する力、それを言葉にして分かりやすく伝える力…すべてを
そなえているところが見事だ。情報を集める能力と発信する能力は別もののはずなのに。
メモのたぐいをほとんど見ることなく、しかも、よどみなく話し続ける彼を見ていると、
ビックリする。自分を振り返ると、スポーツを実況するとき以外は、頭の中で整理して
文章をつくり、それを推敲してからでないと話せないタイプだったからだ。
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チリ炭鉱事故のときの報告も鮮やかだった。
スタジオからの問いかけにまともに答えられないリポーターが多い中で、小倉の意図を
的確に受け止め、冷静に対応していた。
リポーターの能力をビデオで判断してはダメだ。編集するディレクターのテーストが出て
しまうからだ。彼らが持つ能力がどれほどのものかを見るにはライブ報告に限る。
それ以前も、「きちんとしたリポートをするなあ」と思っていたが、この時の現地からの
リポートを見て、「フジテレビは彼を大事に扱うべきだ」と感じた。“財産”になる。

長崎文化放送でアナウンサー、ディレクターの経験があるらしい。
言葉の選択に大きな問題がない理由も分かる。
時と場合によっては堪能な英語を生かした取材力をはじめ、表現力、行動力も十分だ。

“帰国子女”であることも大きな要素かもしれない。
チリ炭鉱の救出劇のときには、思わず、二度、つぶやいた。

「とくダネ」で岸本哲也リポーターの報告が始まった。
こういうときの現地リポーターには行動力、取材力と何よりも
アドリブの能力が必要だ。
長崎文化放送でアナウンサーとディレクターを経験している
だけあって彼はそのすべてで及第点の力をもっている。(続

続)彼のリポートを見ていると“帰国子女”ということを考える。
彼らに共通する、積極的で“物おじしない”メンタリティーが
こういう現場では最大限に生きる。
CNNの現地リポーターも見事だが岸本のリポートもほめたい。
母局だけにいささか気が引けるが。


能力とは別に、生まれつき持っているもの…つまり、風貌がいいのも得をしている。
いかにも信頼してもらえそうな顔つきだし、体つきだ。両親に感謝すべきだろう。

いささか、ほめすぎたかもしれない。しかし、彼を認める視聴者は多いはずだ。
一部で、とはいえ、“悪評高い”フジテレビにもこんなに素晴らしい人物がいることを
広く知ってほしいと思う。そして、認めて上げてほしい。是々非々。
十把ひとからげに“フジテレビ=悪”と判断してしまうと、損をするのは…あなただ。

いま「とくダネ!」に出てくるリポーターは局アナの笠井と大村が圧倒的に多く、岸本は
ほとんど顔を見せなくなった。…と思ったら、さっき、久々に登場したが。
笠井は感情が表に出るタイプだから泣くことも多いが、今回は言いリポートをしている。
大村のリポートはいつも“可もなく不可もなし”だ。言葉の選択にも問題が多い。
ここにきて露出が極端に多いのは、“卒業”を目前にして、大きな仕事をさせてやろう
というスタッフの親心だろう。
来月から北海道文化放送の情報番組キャスターになる予定だからだ。

4月以降は、岸本哲也の登場が飛躍的に増えるはずだ。しっかりしたリポートを期待する。
番組のステータスも確実に上がるだろう。ああ、社員でないのがいかにも残念だ。

さすがに「なんなら、現MCと交代したって…」とは書かないが。

(敬称略)

1年以上前に書いた記事ですが、最近、よく読まれています。
できれば、どういう経路でこの記事にたどり着いたかを教えて
いただけると嬉しいのですが。
コメント欄に書いてください。

# by toruiwa2010 | 2011-03-25 10:01 | 放送全般 | Comments(61)
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末は博士か大臣か…明治から昭和の初期にかけて、家庭に賢そうな男の子が誕生すると、
親類縁者、近隣の人たちはそう言って、誉めそやしたという。

連合艦隊司令長官、オーケストラの指揮者、プロ野球の監督…バリエーションはあるが、
男子として生まれた以上、一生に一度はついてみたい地位として、よく挙げられる例だ。

いずれも、男の集団を率いて大きな決断を下し、命令を出す立場という点で共通している。
誰でも簡単になれるものではないし、なったあとの責任はとてつもなく重い。
この地位に就く人には、優れた統率力を初め、部下の信頼が厚いこと、その分野での経験・
実績が豊富で実情に精通していること、的確な判断を下す能力を持っていること…など、
求められることは多い。

この中で、最近、その地位が急激に低下しているのは言うまでもなく“大臣”だ。
国のトップである総理大臣さえ、今や、リスペクトの対象から外れる“テイタラク”。
だから、今更「大臣ともあろう者が、何でそんなことを?」と驚いたりしない。
しかし、東京消防庁が福島原発の放水のために送ったハイパーレスキュー隊に向けて
言い放った経済産業相の言葉を聞いたときは、さすがに怒りを覚えた。
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海江田万里…東京一区選出の民主党所属の衆議院議員。
先の内閣改造で同じ選挙区のライバル・与謝野馨にポジションを奪われ経産相へ横滑りと
なったとき、涙目で「人生は不条理だ」と恨みがましい発言をした男だ。
当時は「文章がおかしいぜ。“人生には、時として不条理なことが起きるもの”だろう」と
軽く突っ込みつつも、同情した。

しかし、「すみやかにやらなければ処分する」は、頭の中身を疑いたくなる言葉だ。
カダフィやビン・ラディンならそんな言い方もするだろうが、“とりあえず平時”の日本で
まさか、そんな恫喝を耳にすることになるとは思わなかった。

2日後、閣議のあとの記者会見で「進行中の話であり、事実関係をくわしく述べることは
差し控えるが、私の発言で不快な思いをされたのであれば申し訳なく思う」と陳謝した。
何をどう言ったかについては「直接現場と話したのではない。かなり事実の混同がある」
などと述べ、こまかいことは明らかにしなかった。罪の意識があればこそだろう。
マスメディアはさらっと伝えただけだし、ネット上でもそれほど話題になっていない。
「笑えて来たわ」以上に、この手の暴言こそ騒ぐべきだろうに。

この時期でなければ、即辞任に追い込まれていたに違いない“大罪”だ。次の選挙では
与謝野に負けることは必至だ。せいぜい幹事長にゴマをすって比例の上位に名前を入れて
もらうしか、政治家であり続けるチャンスはなさそうだ。自業自得。
自衛隊員でも消防隊員でも、信頼する指揮官の命令なら、彼らは命をかけて任務の遂行に
当たるだろう。しかし、こんな指揮官ではそれは望めない。戦場だったら後方から部下に
狙い撃ちされるタイプだ。もっとも、この男が隊長だったら、先頭には立たないだろうが。
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仕事だからと言ってしまえばそれまでだが、現場で体を張って作業している人たちには
頭が下がる。黙々と仕事を続ける彼らを見ていると、10数年前のある朝、オーストラリア・
メルボルンのホテルで手にした新聞を開いたときの“驚き”と“感動”を思い出す。
The AgeだったかHerald Sunだったか覚えていないが、タブロイド・タイプの新聞だった。
分厚い束の中央部分、10ページほどの様子がいつもと違っていた。
よく見ると、人の名前が並んでいるのだった。延々と。

全豪オープンが開かれる1月、オーストラリアはbush fire=山火事の季節だ。
毎年のように、「シドニー近郊に大規模な山火事発生」というニュースを見たものだ。
テレビは、連日、消火活動に当たっている消防隊員の活動を伝えていた。
この時の新聞は山火事と格闘する消防・警察隊員への感謝のしるしとして、全員の名前を
載せていたのだ。これもジャーナリズムだ、と思った。

今日も、原発職員、自衛隊員、消防・警察官…それぞれの立場で懸命の作業が続く。
一方、罪のない農家が労力と時間をかけて生産した野菜が出荷・摂取の停止を命じられた。
昨夜のテレビで、10キロ圏内に寝たきりの夫とともに残り、「ここにおらせてください」と、
救出に来た自衛隊員に懇願する妻を見た。停電で“避難指示”を知らなかった人もいた。
すでに失われた命以外にも“何かがおかしい”ために危険にさらされている人命がある。

被災地に雪が降る。
東京に雨が降る。
そして、風の向きと強さ次第で、どこにでも放射能が降る。

心配はないと繰り返す一方で、出荷を禁止すると政府が言う。

一言書いておきたい。
国民は、「安全だ。危険はない」と言われれば安心するのではない。
正確と思える情報が開示されている限り安心するのだ。

もう一言。
近ごろ・みやこではやるもの・ただちに・まさに・念のため・・・
# by toruiwa2010 | 2011-03-24 09:22 | 岩佐徹的考察 | Comments(14)
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昨日の朝日新聞

一昨日、フジテレビが遅ればせながら釈明して、一応の決着は見たようだが、なんとも、
後味の悪い“事件”だった。
軽挙妄動・付和雷同型の“人種”が少なからずたむろする2chやツイッター、youtubeでは
異常に広まった話だが、世間には知らない人も多いと思うので簡単に記す。

3月12日夜の菅総理の記者発表を中継したフジテレビの画面から“不要音”が流れた。
不要音とは、せき、くしゃみ、原稿をずらす音、膝が机の脚にぶつかって“ゴツン”など、
本来、放送に乗せてはいけない音を指している。
この“事件”の場合は男女の会話だった。きちんとした話し方ならともかく、いかにも
今どきの若者同士らしい、くだけた口調のものだったし、“仮にも”総理大臣の会見中
だったから、気付いた人の反応は大きかった。
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さらに、どんな意図があったか知らないが、何者かが、どこかに「女の声はAアナだ」と
断定的に書いたことで騒ぎはますます大きくなった。
読んだ人たちが本気で信じたかどうかは疑問だ。しかし、井戸端会議では近所の奥さんの
悪口が最高のテーマであるのと同じで、この手のエピソードは面白おかしく語られる。
この話もツイッター上でどんどん拡散されて行った。信じがたいスピードで。
結果として、「フジテレビの報道姿勢はひどい」「Aアナには今後ニュースを読ませるな」
という非難の声が盛大にあがった。つまり、“女の声=Aアナ”が確定してしまったのだ。

「なんだか、おかしいな」と思い、ツイッターでフォローの発言をしたが、ほとんど誰も
聞く耳を持ってくれなかった。
ブログに関連した記事を書いたが、その締めくくりはこうだった。

テレビは今や時代の最先端を行く。
そこで働く社員、特に若者に考え違いをする者がいても、私は驚かないが、
視聴者は「とんでもないこと」「信じられない」と思うだろう。当然だ。
フジだったことは否定できないようだ。OBとして恥ずかしい。失われた
信用・信頼を取り戻すには途方もない時間と努力が必要だ。

せめて、アナウンサーではなかったと思いたい。


…後輩たちを信じたい気持ちがある一方で、最近の傾向から“やりかねない”という思いも
捨てきれなかったのだ。

分からないのは、災害発生の際の政府を思わせるフジテレビの対応の遅さだ。
報道にしても編成にしても、2ch・ツイッターでの“騒動”を知らなかったとは言わせない。
初期の段階で、女の声=Aアナではないことも確認していたはずだ。(後述)
「不適切な音声が流れたことをお詫びします。なお、声はスタジオ外の中継ポイントにいた
取材スタッフのものです」と、すぐ、メディアに流せばよかったのに、と思う。

「Aには、会社が彼女を信じていることを伝えれば十分。この手合は無視するほうがいい。
釈明すれば、別のことで突っ込まれるだけ」という判断だったのだろうが、そのせいで、
一昨日まで、Aアナは一部で“犯人扱い”を受けたし、会社が何も言ってくれない間に、
台湾のテレビでも顔写真入りで伝えられるなど、大きなダメージを負ってしまった。

この種の“事件”を見逃すことは少ないのだが、この件はリアルタイムでは知らなかった。
ツイッター上で偶然見つけ、youtubeに残っていた1分20秒ほどのビデオで確認した。
文字に起こしてみると、こうなる。
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安藤「…会見の内容を皆様と一緒に聴いてまいりたいと思います」
*映像はすでに官邸に切り替わっていた。

*その後、4秒近い“素”(無音状態)がある。そこに男女の声が流れた。

男「ふざけんなよ。また原発の話なんだろ」
女「だから、こっから上げられる情報ないっつってんのに」

*この二言は、菅総理が話し始める2秒半ほど前までに終わった。

総理「地震が発生して1日半が経過をいたしました」
*この言葉に男の声で「ほんとに来るのかどうか…(以下、聴きとれず)」がかぶった。

総理「被災をされた皆さんに心からお見舞いを申し上げますとともに」
*女の声「ほんと、クソだよ」がかぶっていた。

総理「 救援・救出に当たって全力を挙げていただいている」
*ここに、女の「ああ、笑えてきた」という声がかぶっている。
業界的にいう“不要音”はこれが最後だった

…最初にこれを聴いたとき、何が起きているのかよく分からなかった。
一般の人は、マイクを切り忘れた…と思うだろうが、それは考えにくい。アナウンサーは
話し終えたら、無意識のうちに手元のスイッチでマイクをオフにするものだからだ。
出先からハンドマイクでリポートするときでも、スタジオに切り替わったら、マイクを
口元から遠ざける…私の場合は、必ずマイクを体の後ろに持って行くことにしていた。
その上で、自分のマイクが完全に“死んだ”ことを音声さんに確認すまでは余計なことを
言わないのがアナウンサーの習性だ。
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スタンドマイクやピンマイク以外に、エマージェンシー用の特殊なマイクがセットの上、
アナウンサーの前に置かれている場合がある。バウンダリーマイクが正式の呼び名だが、
形状から音声の技術者たちは“ゴキブリ”などと愛称で呼ぶことが多い。
しかし、そのマイクが拾った音でもなさそうだ。第一、切り忘れたメインのマイクや
ゴキブリが拾うとすれば、安藤の声のはずだが、音質が彼女の声とはまるで違う。

スタジオセットの全体像が分からないが、その時点の出演者以外に、離れたところにいた
スタンバイ中の人たちの声を、近くにあって、オフになっていないマイクが拾う可能性は
あるかもしれない。ここまでの推理の過程では、その場合、Aアナであるという可能性を
完全には捨てきれなかった。ただ、この場所にいそうな人たちは、仮に聞こえていないと
分かっていても、ここまで“くだけた”話し方はしないだろう…と思う。

2回目に聞きなおしたとき、「これは100%、Aアナではない」と確信する個所を見つけた。

出回っている動画には誰かの手で、発言の内容が文字として書き込まれているが、
素人には意味が分かりにくい一言だけが文字になっていない。
それが、“ホントに来るのかどうか…”の部分だ。
本社から中継ポイントに、次の番組の中でそちらから中継を入れてもらう…という指示を
出すとき「次、行くからね」と言い、中継側は周囲のスタッフに「次、“来る”ぞ」と言う。
つまり、男のスタッフは「本当に、ここから中継を入れろって言ってるのか?」と疑問に
思ったのだろう。聞きとれなかった部分は「…もう一度デスクに確認してみるよ」だった
のではないか。

どちらにしても、この会話は菅総理のメッセージとは全く無関係のものだと分かる。
そして、菅のメッセージを馬鹿にするようなものなら別だが、中身は“痴話げんか”の
ようなもので、ヒーロー・インタビューに混入したのだったら、まず、こんな騒ぎには
ならなかったはずだ。
発生場所も本社ではなく、いくつかの中継ポイントのどこかだということも分かる。
“愚痴っぽい”話の中身も現場に出ている記者・ディレクターたちがよく交わすものだし、
そのあとに出番を控えていたAアナがそこにいるはずは絶対にあり得ないのだ。

「いったい、どうなってんのかなあ、うちのデスクは!やってらんないっすよ」
本社と話していた顔なじみの記者が受話器を叩きつけると振り返ってぼやいた。
…野球取材中の記者席で何度、そんな経験をしたことだろう。
新聞であれテレビであれ、最前線で働く記者(ディレクター)と本社から注文を出すデスクは
永遠に相いれない仲だ。

いわば、どこの局でもこんな会話が交わされているし、いつ、どんなトラブルでそれが
電波に乗ってもおかしくはないのだ。
“今回は”フジテレビだったが、次はTBSかもしれないし、日テレかも、テレ朝かも…
NHKにだって起こる可能性は十分にある。人間が関わっている以上、“絶対”はない。

冒頭に掲げた朝日新聞の記事の最後はこうなっている。
「笑えてきた」などの発言は、スタッフが自分の担当の中継がなかなかつながらない
ことについて漏らした言葉だという。

もし、フジテレビがそう話したとすれば、おかしい。
“つながらないことへのぼやき”ではなく、新しい報告材料もないのに“無理に中継を
させられることへの不満”と考えるほうが、会話の流れから見ると自然だからだ。
ま、この際、そんなことはどうでもいい。

発生後数日間の被災地取材スタッフの言動に不適切な部分があったらしい。
数日後、現地に入った有名キャスターの言動・いで立ちも不評だった。
フジテレビの取材車が緊急車両専用の給油所で給油を強要したという、2ch発の情報が
“事実”として拡散した。
…うなずけるものもあり、苦笑するものもあるが、フジテレビに対するバッシングは
たしかにすさまじかった。
しかし、現象を冷静に見れば、いくらこの“流れ”の中で発生したとはいえ、今回の件が、
少なくとも“報道姿勢”とは無縁のものと分かるはずだ。

ただ、どう言い訳をしてみても、関係のない音声が出てしまったのはフジテレビのミスだ。
当日の音声スタッフは“チェック漏れ”を厳しく反省しなければいけないだろう。
対応が遅れ、長い間、放置したことも責められていい。
救いようがない“品のなさ”にはあきれるが、それも“報道姿勢”とは無関係だ。

一報道機関が罵詈雑言を浴びるだけならいい。
しかし、間違った情報が、重大さを理解しない人たちの手によってあっという間に広まり、
それが事実として定着してしまうIT社会には“怖さ”もある。
これが、国の存在や生命の危険に関わる情報だったら…と思うと、ぞっとするのだ。


理解していただけるように、できるだけ丁寧に書いたつもりですが、
当然、異論・反論があるだろうと思います。私に対する批判もあるでしょう。
きちんと整理されたコメントなら残しますが、感情的なものや、ほかの人の
コメントに対する批判は私の判断で削除しますのでご了承ください。

# by toruiwa2010 | 2011-03-23 10:23 | 放送全般 | Comments(10)
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入社3年目が終わろうとする1966年の初めは航空機事故が連続して起きた。
2月4日、さっぽろ雪まつり帰りの客を乗せた全日空のボーイング727型機が羽田沖に
墜落した。ちょうど1ヶ月後の3月4日には、カナダ・パシフィック航空のDC8型機が
羽田空港への着陸に失敗して墜落・炎上した。どちらも、夜間の事故だった。
アナウンサーとしては未熟だったが、たまたま局にいたため、羽田空港からのリポートに
駆り出された。徹夜になり、ブリーフィングと放送の合間を縫って記者室の堅い机の上で
仮眠をとったことを思い出す。

3月4日は、徹夜明けで11時ごろ帰社し、宿泊室のベッドで横になっていた。
疲れているのに神経が研ぎ澄まされた状態でようやく眠りに落ちたかと思う間もなく
警備員に肩をゆすぶられて目が覚めた。「また、飛行機が落ちたので起きてください」
…初めは信じられなかった。
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空中分解した英国海外航空のボーイング707型機が富士山の二合目、太郎坊と呼ばれる
地点に落下したのだ。日本の航空機事故史の中でも珍しい、二日続きの大事故だった。
福島原発のニュースではしきりに“マイクロシーベルト”と言う専門用語を耳にするが、大きな出来事が起きたとき、人はそれまで聞いたこともない言葉に出会うものだ。

BOAC 機の空中分解では“セーテンランキリュー”だ。
周りに山らしい山がなくて、いきなり日本最高峰がそびえ立つ、という富士山のような
独立峰では、晴天のときほど、その周辺でとんでもない空気の流れが発生するらしい。
それが“晴天乱気流”だ。旅客獲得のためのサービスとして、BOACは、羽田を離陸後、
わざわざコースを外れて富士山上空を飛んだのだが、それがアダとなった。

御殿場口まで電車で行き、そこで待っていた会社の乗用車で現場を目指した。
しかし、火山礫にタイヤを取られて大した距離は稼げず、早々と車をあきらめ、徒歩で
登ることになった。タイヤがとられるぐらいだから、都会で履く通勤用の革靴で歩くのは
容易なことではなかった。3月初めの富士山は寒かったのだが、時間の経過とともに
汗が吹きだし、小休止をすると、たちまち、それが冷えていった。
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現場に到着したとき、日はとっぷりと暮れていた。満月に近い月の明かりが凄惨な地上の
光景を照らし出していたこと、決して嗅ぎなれることがないジェット燃料独特のにおいが
鼻をついたこと、などを想い出す。

記者と2人のアナウンサーは準備完了だったが、肝心の中継車はまだだった。
夜11時からの「こちら報道部」に電話でリポートすることになったが、携帯はもちろん、
2合目とはいえ山の中に電話はない。
作業中の地元消防団員の情報で現場と町の中間あたりに水道局の建物があって電話を
借りられるかもしれないことが分かった。
最年少の私が担当することは簡単に決まったが、問題は“アシ”だ。月明かりがあっても、
夜の山道を一人で降りて行くのは危険だからだ。

相談していると、取材に出ていた記者の一人が耳寄りな情報を持って戻ってきた。
「自衛隊のトラックが、収容した遺体を町の安置所まで運ぶために山を降りる。荷台なら
乗れるよ」というのだ。放送時間が迫っていたため、乗せてもらうことにした。
時間にしてどれぐらいだったか、いまは思い出せない。しかし、火山礫の山道を、大きく、
小さく弾みながら走るトラックの荷台で、左手で手すりを、右手は…釘が打たれていない
ひつぎの蓋が飛び跳ねるのを抑えるのに必死だった。

リポートを終えたあと、どうやって現場に戻ったのか、覚えていない。
歩いた記憶はないから、きっと、登ってくる自衛隊のトラックに頼み込んだのだろうが。

未明に中継車が到着した。

コンピューター、電気、車、設計、鉄道、土木…なんであれ、技術者と呼ばれる人々を
常にリスペクトしている。
このときも、技術部の“マジック”を目の当たりにして仰天した。

現場が山の中、ということは、河田町のフジテレビに直線では電波が飛ばない。
何が必要かと言えば、“2段点”だ。現場と局舎の中間で電波を中継するための。
そこで。中継車の出発より先に別の技術スタッフが、地図で計算して決定したポイントを
目指して局を出発していた。
本社の報道部が「朝の放送開始と同時に現場から中継を入れたいから、急いでくれ」と
矢のような催促をしてくる中、ポイントに到着したとの連絡を無線で受け、それぞれの
アンテナを慎重に調節してテストすると、東京から「一発で届いた!」と言ってきた。
技術者への敬意はこの時以来、さらに深まった。

この時の中継では忘れられない、苦い記憶がある。
「機首部分の周辺で数人の遺体が収容されました。傷みが激しく、性別も分からない
そうです」とリポートしたところ、数日後に発売された週刊中公(中央公論社)に
「“いたみ”って、リンゴじゃないんだから」と書かれたことだ。
…愕然とした。
“損傷”という言葉は頭に浮かばなかった。いまなら“損傷”を選ぶだろうが、当時は
くらべても、結局は“傷み”を採用したと思う。
いずれにしても、若き日の作家・野坂昭如が無署名で書いていたコラムで、名指しこそ
されなかったものいの、まさに自分が発した言葉が活字になっているのを見せられたとき、
言葉の選択はつくづく難しいものだと思った。

今、この時間にも被災地を駆け回って情報を集め、少しでもリポートの内容を高めようと
取材を続けている後輩同業者が多数いるはずだ。
批判・非難されることはあってもほめられることはめったにない、割の合わない仕事だ。
被災者に比べれば大したことはないかもしれないが、長期にわたる、神経を使う取材は
ストレスもたまって普段とじゃ違う疲労があるはずだ。
体力の温存を図りながら、少しでも世のため、人のためになる仕事をしてほしい。

彼らの健闘を祈りたい。

おまけ:アナウンサーの厄日?
昨日は、暦で言うと“赤口(しゃっこう)”だったが、日本のアナウンサーたちにとっても
すこぶるツキのない日だったようだ。
気の毒だったのはTBSラジオだったかもしれない。
私が日課の昼寝をするために横になった瞬間、ラジオから流れてきたのが…

昨日を含め、最近、アナウンサーの読み間違いetc が頻発している。

1月・A局: “席巻”を「せきまき」
先日・A局: “:” (コロン)を 「どっと どっと」
先日・A局: 2日続きでゲストの“木村拓郎”さんを「きむらたろう」と。
先日・B局: 「(菅首相は)…引き換えに退陣する可能性について
        否定しました」を 「…否定しませんでした」
昨日・A局 “お彼岸の中日”を「おひがんのなかび」
昨日・C局: “XXX中将”を「XXXちゅうしょう」

そして、昨日・D局: 女盛り を おんなもり


この日の「キラキラ」のメッセージ・テーマが「そのとき連帯感が生まれた」だった。
そこで、以上のことを書きさらに

業界に42年いたものとして 嬉しい連帯感が生まれました。
みんな、仲良くしましょうや。  (72歳の先輩同業者)

と、書き添えて送ったが、予想通り“ボツ”だった。

*「おんなもり」は聴き始めた時だったので、不確かです。
 間違いだったら、ご指摘ください。
   
# by toruiwa2010 | 2011-03-22 08:16 | 放送全般 | Comments(10)
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9日ぶりに救出された80歳の祖母と16歳の孫息子。
いつもは仙台市内で父親と暮らす少年だが、試験休みで石巻の祖母のところに来ていた
のだという。
スペースがあった、乾いた毛布があった、近くの冷蔵庫の中に僅かな食料があったなど、
幾つものラッキーも重なっただろうが、東北人らしい粘りが命を救った。
被災者全員だけでなく、胸痛む気持ちで推移を見守る国民にとっても、勇気をもらえる
エピソードだった。
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菅総理が予定していた現地視察は“悪天候のため”中止になった。当たり前だ。
枝野官房長官は「最高責任者の総理が現地に行く意味は大きい」としつつ、「党内にも
賛否両論ある」とも語った。
小沢・前原・鳩山…歴代の党代表経験者からの全面協力はとりつけた。「何をやっても
文句は言わせない」という形を作ったわけだ。その会談では一言も言わずに、自民党の
谷垣総裁に電話をかけて、いきなり、入閣を要請したという。あきれ果てた。
取り込まれることを嫌って拒否した谷垣の態度が正しかったかどうかは分からないが、
“責任だけ”負わされる可能性もあるのだから、無理からぬ話だと思う。
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挙句、夜に入って、「あす、現地に行きたい」といい出したらしい。
あれがダメならこれ、これもダメなら…と、まるで、駄々をこねる子供と同じだ。
手をこまねいているわけではない、やることをやっているというところを見せたい…
それはわかるが、あなたが現地に行って一体、どんな効果が期待できるのか?
もう少し落ち着いた後、天皇陛下が訪問されれば、被災者は勇気づけられるだろう。
それこそ、大きな意味がある。しかも、陛下には救援・救助については全く権限を
お持ちではなく、“慰問”は最大のお仕事だ。

菅総理は違う。行って帰ってくるだけで何時間かかるのか知らないが、電話連絡は
絶やさないにしても、最高指揮官が本部を離れて、本来の仕事はできまい。
さらに、なぜ、現地の負担を考えないのだろうか。
地震発生の翌日、一回目の視察をしているが、特に問題だったのは福島原発だ。
何事であれ、“初動”は大事だとされている。現地の直接担当者は起きていることへの
対応に追われていたはずだし、的確な指示が必要とされていた時間帯だったと思う。
そこへ総理が視察に来る…指示を出すべき幹部は総理訪問に対応することにも多くの
時間を割くことになった。

「僕は原子力には詳しいんだ。福島がはねたら東日本がつぶれる」という主旨のことを
笹森参与に語ったというが、視察で何が分かるのか、関係者と話して何が分かるのか。

“ずれまくっている”が、私の“菅総理観”だ。

ずれているのはプロ野球も同じだ。
セ・リーグは昨日、臨時理事会を開き、こだわっていた“25日開幕”を4日遅らせて
29日に決めたようだ。同時に、ナイトゲームをデーゲームに変更する、今シーズンは
延長を行わないなど、節電にも気を配ったことを強調した。
文科省と話し合いながらの会議は長時間に及んだらしいが、ちょっと、待ってほしい。
“自粛”を求める通達はNPB宛て、つまりコミッショナー宛てだったのではないのか。
文科省自身がそれを忘れてはいまいか。なぜ、コミッショナーではなく、セ・リーグの
理事会と話すのだろう。

もともと、菅総理ほどの影響力も持っていないのだろうが、加藤コミッショナーの顔が
見えないまま、ことは進行している。
19日の記事でも紹介したが、かつて、日本プロ野球選手前会長、ヤクルト・宮本慎也の
言葉は昨日も的を射ていた。
「とうてい納得できるものではない。プロ野球が勇気を与えると、いま言うのは上から
(目線)としか聞こえない。被災者がどう思っているか分からない中、申し訳ありませんけど
野球をやらせてもらえませんか、という謙虚な姿勢が見えない」(朝日新聞から)
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“25日は変えない”と決めたときの「停電、節電と言っているときに、煌々とした中で
やるのは、僕は心が痛い」と併せて読むと、いかに優れたバランス感覚の持ち主かが
分かる気がする。

以下は、昨日のツイートからいくつかを。(フォロワーのリプライも混じえて)
上記の件に関係あるものもないものも。

仁科亜希子:38歳の時に子宮頚がんに。ACのCM。
企業の自粛に伴ってその“穴埋め”に流されているのだが
少し無神経ではないか。
彼女自身も出演の時、啓蒙になればとは考えただろうが、
これほど流れることは想定していなかったのではないか。
本人は、いまさら、いい加減でやめてとは言いにくいだろうが
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ネット上ではフジテレビの評判が悪いようだが、
岸本リポーターを見てほしい。
同じような仕事を経験した者として、彼こそ、
日本のテレビ業界で最高のリポーターだと思う。
詳しくはいずれブログに書くつもりだが。

情報収集力、判断力、冷静なアウトプット、臨機応変さ、タフさなど
TVの画面上で窺う仕事ぶりを考えても、岸本さん以上の適任はいないと
思っていました。
リポートにとどまらず番組構成も手掛けたら、報道が変わるのでは。

私が思っていることとほぼ同じです。
ひとくくりにして“フジテレビ=悪”と決めつけるのは彼のような存在に
アンフェアですね。

何かを目撃してその結論に至ったのなら反対しません。
私はたとえそんなことがあっても十把一絡げにはしませんが
全ては個人の自由ですから。 @xxxxでも一人のクオリティ高い
リポーターがいるってだけではフジにCHを止めて地震報道を
見る気にはならないです…

その通りです。バラエティが目立つのが裏目に出ました。
本来、明らかに別物なんですが、言っても通じる相手じゃないし。w 
@xxxx 悪目立ちしがちな局だけに、正当な評価がされづらいのかも
しれませんね。

こんなものは自由な言論ではありません。
ブロックなさい。誰もあなたを非難しない。
*孤軍奮闘する上杉隆に対してひどいリプライがあり、
彼は初めてブロックすることを考えたが、思いとどまった。
理由:どんな言葉であろうと排除はよくない
その姿勢にエールを送ったつぶやき。


世の中、つらいニュースばかりだが、猫好きなら、
絶対、降参するに違いない。⇒ http://bit.ly/eVJA6M
*150人が見た。

菅総理が明日、現地を見るべく調整を進めているという。
この男は何を考えているのか。対応する現地がどれだけ
苦労するかがわからないのか。邪魔になるだけなのに。
こんな男が総理の時に被災した人たちは二重の災難に
会ったことになる。あきれてものが言えない。
ここ数十年のワースト総理だ。

敵前逃亡 @xxxx 職員室が嫌いな先生と同じ。できるだけ
対立しないトコに行きたい小心者なんじゃ?

周りに人材がいない。枝野一人じゃ
@xxxx 村山トンちゃんは、「なにぶん初めてなので」とか言って
初動が遅れましたが、その後は、何もしないでいてくれたおかけで、
前線は動きやすかったような気がします。 .

確かにどこにでも
@xxxx うちの会社にもこういう人います

強力なリーダーなら文民で十分かと。カリスマ的指導者がほしい
@xxxx 有事には、軍人さん(湾岸戦争のパウエルさんのような
参謀本部)が必要なんですかねー?文民統制がどうのこうの
うるさそうですが・・・ .

証明はできない。しかし、彼のせいで死んだ人が多数いることを
どう考えるのか、と問いたい。 @xxxx 菅総理の原発上空視察のため、
バルブを開けるのが遅れ惨事が大きくなったといううわさもありますが、
本当なら大罪人です。 .
*言葉が激しすぎたことは認める。しかし、初動からその後の対応が
遅かったためにせっかく、地震・津波をくぐり抜けた命が失われたのは事実。
総理大臣は国民の命を預かっているはずだ。


鳩山由紀夫がKYかと思ったら2代続くとはw
@xxxx こんなときに自民党と連立を組もうとしたり…変な下心が
見えて残念(T_T)ここはでぇ~んと構えていて欲しい。現地視察へ
行って何をする…。まだ救助活動や原発も解決してないのに….

おっしゃることは分かりますが菅はリーダー。
顔を見せなさい、枝野の陰に隠れてないで、と言いたいです
@xxxx こんな大災害での政治家の役割って表より裏方にてっする
べきではないかと思うのですが…どうでしょう? .

助けることもあるが殺すかも…では一国のリーダーはつとまらない
@xxxx それもまた政治の一側面だと思います。逆に彼のおかげで
助かった人も多数いるのでは。証明はできませんが

政策全般の話として、「政治家自身は”かも”ではなく信念を持って
舵をとっても、結果として助けることも殺すこともあるのでは?」
という意見です。まあ、今回一連の管総理の対応には不満しかありませんが

政策論など私にはわかりません。しかし、<<”かも”ではなく信念を
持って舵をとって…>>には同意です。

ご丁寧な返信を頂きありがとうございます。岩佐さんの的確なご指摘
いつも参考にさせて頂いています。

@ xxxx 今、糾弾フェーズなのか?それこそ疑問を感じる。.

意味不明。何でもいいから応援しろと?

@xxxx 本当に意味不明ですか?

かっこつけたつもりかもしれませんが、“フェーズ”をどの意味で
使ったのか本当に意味不明です。後段でかろうじて非難されて
いると分かりましたが。

菅であれ鳩山であれ、総理が視察となった時、どれほど現地が緊張し
幹部が対応に時間をとられるものか想像してごらんなさい。
アドバイスですが、一般人が無理筋などというのはどうかと
@xxxxさすがに国家の最高責任者の視察を邪魔と言うのは無理筋かと。

まったく予定がなかった…とは意味が違いますね。
現地は、対応協議のため幹部の時間が相当無駄に使われたことでしょう。
これで誰も批判しなければ問題なしと思われてしまう
@xxxx 今朝のニュースで、「天候を理由に、今日の総理の現地視察」
取りやめとの事。
# by toruiwa2010 | 2011-03-21 11:04 | 岩佐徹的考察 | Comments(3)
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母は18歳だった1923年に東京・深川で関東大震災を経験しました。お腹には長兄が
いました。列車の窓から押し込まれ、夜汽車で九州の親戚の所に向かったそうです。
72年後、90歳だった1995年には、芦屋で阪神・淡路大震災に遭遇しています。
そのとき私は全豪オープン・テニスの中継のためメルボルンにいました。
東京の家に電話をすると、妻が「何度もかけてるけど、つながらない」と訴えました。
やっと電話がつながり、様子が分かったのは数日後でした。マンション住まいでしたが、
食器類が全部落ちて割れたり冷蔵庫が倒れたりしたものの、母と、同居していた長兄に
ケガはありませんでした。不眠症に悩んでいた母は、薬を飲んでぐっすりと眠っていて
全く気付かなかったそうです。

我が家の地震経験はすべて母が背負い込んでいる形です。
私は、幸いなことに恐怖を覚えるほどの地震に出会ったことがありません。
一度だけ、本当にこわいものだ、と思わされたのはハワイで起きた地震のときです。

2006年10月14日…
ワイキキでの友人の結婚式に出席し、ハイアット・リージェンシーに滞在していました。
朝7時過ぎ、うつらうつらしているといきなりベッドが揺れ始めました。地震です。
寝ていると強く感じるものでしょうから、震度はせいぜい「2」程度だったでしょう。
それでも、旅先の、しかも高層ホテルに滞在している私にとっては、歓迎すべき
ものではありません。
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不思議なもので、「逃げなければ」とは思いませんでした。
「えーと、何階だっけ。11階か、じゃあ、逃げたってしょうがないな」…そんな風に
考えていました。
こんな建物が倒れるような地震じゃ、助かるわけもないだろう、と思ったのです。

10分後ぐらいに再び同じようなゆれがありましたが、すぐに収まりました。
地震に関してはそれで終わりだったのですが、厄介だったのは、地震の結果としての
“停電”です。外はもう明るくなっていましたから、カーテンを開ければ部屋の中を
動き回るのに不便さは感じませんが、ホテル暮らしでは何かと困ることが分かりました。
小規模の自家発電で、非常灯などはついていますが、エレベーターがストップです。
フロントも、レストランも3階ですから行きはともかく帰りが大変です。

「停電ということはモーターで屋上に上げている水も止まるんだ」と気づいたのは、
しばらくぼーっとしたあとのことです。あせりました。
顔は洗えたものの、時間の経過とともに、水は止まってしまいました。
30分ほど待って、早朝から営業しているレストランに下りて行くと、普段は24ドルも
とられるビュッフェが無料で提供されていました。

食事をしている間に館内放送が「空港は閉鎖されている」とアナウンスしていました。
一緒に出席した人の中には帰国を予定している人もいましたが、きっと、大変な思いを
したことでしょう。
全島が停電しているとかで、「こんなことは初めてさ」とウエイターが話していました。
地震は時々あるのだそうです。

もともと、結婚式に出るだけが目的の旅で、何もする予定がありませんから、ゆっくりと
時間をかけて食事を楽しんでから、部屋に戻りました。
“老いの身”には階段が厳しく、ゆっくりと、休み休み、上がりました。
雨も降っていたため、午前中は部屋を出ませんでしたが、雨が上がったお昼過ぎ、街を
歩いてみようと思い再び、階段を下りていきました。
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考えてみるまでもなく、停電ですから信号が働かず、車はすべてゆっくりと動いています。
ほとんどの店が閉まったままで、スナック類を売っている店には長い列が出来ていました。
地震慣れしている日本人はそれほど心配しませんでしたが、大半は旅先で天災に遭遇した
旅行者たちですから、相当あわてたことでしょう。

ランチが食べられそうな店もなく、ホテルに戻ると一つだけレストランが開いていて、
宿泊客にはビュッフェを無料で提供していました。メニューは朝とほとんど同じですが、
それとは別に、簡易燃料を使ってオムレツを作っていましたので、長い列に並びました。
順番が来るまで、流れてくるにおいがたまりませんでした。
“非常時”という環境下で食べるなんでもないオムレツがことのほかおいしかったです!

今回の災害はレベルがまるで違いますから、比較の対象にもならないでしょうが、いま、
被災者は、毛布一枚、水のボトル一本、おにぎり一つ、温かい言葉ひとつ…些細なことが
大きな力になっていると思います。
ハワイのホテルでは、数時間後に従業員が部屋に来て、ミニバーの水は無料にしたので
自由に飲んでくださいと告げました。そんなことでも嬉しかったのです。

こんなときに略奪が起きないなんて、と海外では日本の評価が上がっているそうです。
しかし、実際には、この状況を悪用した詐欺や窃盗は横行しているといいます。
風評を信じて福島・いわき市への支援物資を積んだトラックが街の手前で引き返したなど、
世界には知られたくない話です。

それにくらべ、厳しい環境で避難生活を強いられている被災者の皆さんは、ストレスが
たまり、いらいらすることも多いはずなのに、もめ事らしい話は一切伝わってきません。
何十万という人々が秩序を守って日々を送っていらっしゃることに敬服します。

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…ハワイで遭遇した地震ですが、夜になっても停電は続き、部屋は真っ暗でした。
やることもないのでベッドに入っていると、いつの間にかうとうとしていたようです。
どれぐらいの時間が経過したか分かりませんが、11フロアー下の路上から聞こえてくる
ざわめきで目が覚め、直後に部屋の明かりがつきました!
カラカウア通りから大きな歓声が上がりました。
午後9時32分です。明かりのありがたさを痛切に感じました。

政府のだらしなさ、行政の対応のまずさ、原発の状態、将来の生活設計…
被災者にとって不安・不満の材料は山ほどあるでしょう。
災害に見舞われた地域に暮らす人々の目に、なにがしかの“明るさ”が
見える日が一日でも早く来ることを祈ってやみません。

# by toruiwa2010 | 2011-03-20 10:07 | 岩佐徹的考察 | Comments(7)