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岩佐徹のOFF-MIKE

toruiwa.exblog.jp

実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

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2011年3月11日…少なくとも今後50年は日本人がこの日を忘れることは
ないだろう。アメリカ人が2001年9月11日を忘れないように。

この日、マグニチュード9.0の大地震とそれに続く数10メートルの高さの
巨大津波が東北地方を襲った。未曽有の大災害になった。
自分自身に直接の被害はなく、家族・親族、友人・知人にも被害がなかった
多くの者にとっても、この災害がもたらしたダメージは大きかったと思う。

菅直人を総理大臣とする内閣は発生直後から動きが鈍かった。
少なくとも、すぐに立ち上げた災害対策本部の長たる菅を初め、閣僚たちが
リーダーらしい仕事をするところを見ていない。
わずかに、初めの数日間、分かりやすい言葉でスポークスマンとしての仕事を
鮮やかにこなした枝野官房長官だけが存在感を示した。しかし、時間がたつと
メッキがはげる…というか、間違った説明や隠し事のたぐいがぼろぼろと出て
信頼感は急速に失われて行った。

参与や補佐官の肩書きを持つ人たちの口から、総理の様々な発言が伝えられ、
翌日には、否定、訂正、撤回されることが続いた時期がある。
多くの国民は、すべて、初めに伝えられたとおりだろうと思っているはずだ。
茶番劇の幕開けだった。

福島の原発事故については、結果として対応が後手後手にまわり、その間に
次々にウソがばれていった。信頼しろと言われたって、とても無理な相談だ。

菅総理にはリーダーシップの欠如に加え、大風呂敷を広げたがる性癖がある。
OECDで「自然エネルギーによる発電の比率を2020年代に20%にする。
およそ1000万戸の家の屋根に太陽光パネルを設置する」と演説した。
担当の経産大臣が茫然として「聞いていない」と語る暴挙だった。
帰国してすぐに“陳謝”したが、諸外国は今も信じているのではないのか?
根回しも展望もなく、受けのいい話をするのがこの男の悪いところだ。
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内閣不信任案は一国会に一度だけの“伝家の宝刀”だから、野党としては
最も効果のあるタイミングで出したいと考えるのは当然だろう。しかも、
今回は、国民に“政局”ととらえられる可能性が大だし、もし、可決されて
菅が解散・総選挙に踏み切れば、大きな政治的空白が生まれ、その責任を
負わなければならなくなるリスクもある。

考えた挙句に、自民・公明・たちあがれ日本が不信任案を提出したのは
6月1日だった。

その時点で、様々な情報が飛び交っていたようだ。
なかなか、態度を表明しなかった小沢一郎や鳩山由紀夫が賛成することを
明かしてから、流れは一気に“可決”に向かったかに見える。
採決が行われた2日の昼近くまでは「菅総理は辞めざるを得ないだろう。
間違っても解散してさらなる混乱を招くようなことはしないだろう」と
考えていた。

しかし、本会議の開会を前にして開かれた民主党代議士会でとんでもない
方向に流れが変わった。
菅総理が「復旧・復興に一定のめどがついたら、次の世代の人に責任を
引き継いでもらいたいと考えている。しかし、この大震災、原発事故に
一定のメドがつくまで、ぜひ、私にその責任を果たさせてほしい」と、
“早期退陣表明”と受け取れる宣言をしたからだ。茶番劇第2幕。
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しかも、鳩山が「復興基本法の成立と第二次補正予算のメドがついたら
身をお捨て願いたいと話した。党がバラバラでは何をしてるんだとの
そしりをまぬかれない。ぜひ一致して行動できるようにしてほしい」と、
出席した議員たちに呼びかけた。
いかにも、二人の間できちんと約束ができているような言い方だった。
茶番劇第3幕。

ダーイドンデンガエシ!!
呆然とするしかなかった。
以後、夕方にかけて立て続けに呟いた。

相撲の“いなし”だな。自身の立場が危うくなるとやる。
会期延長も同じだ。嘘ではないのかもしれないが、
実際は「まだ、めどがついていない」と居座りそうだ。
少なくとも9月の訪米までは。そういう奴だ。
   *いなし=相手の攻めをかわす取り口

メド…主観的な言葉で実にあいまい。ずるいやつです。

鳩山、原口、大いなる茶番…ということですかね。
これは造反が大幅に減りそうだ。それで、前に進むのなら
いいが、そうはなるまい。

小沢一郎:「今まで引き出せなかったことが引き出せたの
だから(賛否は)自主判断でいいだろう」と。
これで決定した。不信任決議案は大差で否決だ。
とんだ茶番だった。つきあって、時間とエネルギーを
無駄にした。やれやれ。

民主党の小沢一郎元代表のグループは2日午後、
菅内閣への不信任決議案への対応を協議し、グループとして
「強制はしないが、反対する」との方針を決めた。
…朝日ドットコムが伝えた。おーーーーい。
どうしようもないぞ。これは、菅の顔を見続けなければ
いけないのか。トホホ。

「スーパーJチャンネル」後藤謙治「菅政権の終わりの始まり」
「今日は政治全体が不信任を可決された日」…大納得だ。

民主党:あきれた。一件落着ではないんだ。
鳩山「復興基本法成立+2次補正のメド…で退陣と約束」。
岡田「それは条件じゃない」鳩山「嘘だ。人間嘘をついちゃ
いけません」と。またもや鳩山由紀夫の“宇宙語“ということで
うやむやになる予感も。ったく、この党はどうなっているんだ。


採決の結果、不信任案が否決された段階で国民の多くがこう考えたはずだ。
菅は“近く”辞める。与野党で話し合いが行われ、“大”なり“中”なりの
連立で内閣が作られ、少しは物事がスムーズに進むようになる…と。
しかし、いきなり、鳩山と岡田の“食い違い”が明らかになる。
更に、夜の会見で「原発事故収束の工程表のステップ2が“メド”だ」と
辞任は“早くても年明け”であるようなことを菅が言ったことで、再び、
幕が上がった。茶番劇第4幕の…。
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3日に開かれた参議院予算委員会では「辞めるとは言っていない」とまで
言い始めた。政府・与党の幹部たちもこの段階では、“早期退陣”を必死で
否定していた。世間ではこれを“居直り”と言う。
そして、きちんとした文書がないことを逆手にとって「言っていない」と
言い張るのは“ペテン師“のやり口だ。
しかも、それで逃げ切れると思っていたフシがある。あきれるほかはない。

4日になると、また流れが変わる。
「早期退陣はない」と言っていた連中が、今度は「長くやるつもりはない」
「居座る気持ちは持っていない」と、同じ口で言いだした。茶番劇第5幕。
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これまで、何人もの“程度の低い”、“恥ずかしい”、“低タラクな”総理を
見てきたが、これほどツラの皮の厚い男は初めてだ。
退陣は“8月”説が有力らしいが、早まりそうな予感がする。
“死に体”ではにっちもさっちもいかないだろう。
今日から本格化する駆け引きの中で 1日も早い辞任と、現実味を帯びてきた
“大連立”へ向けての動きは加速するはずだ。
なすすべなく、泣きっ面で“立ち往生”する菅直人を早く見たいものだ。

とっととお遍路に出かける支度をしろい!
ああ、時の総理大臣をこんなに憎たらしく思ったのも初めてだ。ハハハ。

3/11~3/31で連日、災害関連の記事を書きました。
災害の中身ではなくマスコミ側の話が中心ですが、
こちらにまとめてあります。よろしければ…
7日までは大丈夫です。こちらからDLしてください。
→ http://bit.ly/mDxpmb


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見ごたえがあったファイナル!

2011 Roland Garros Final
Nadal d.Federer 75/76/57/61


グランド・スラマー同士がグランド・スラムの決勝で戦う…
これ以上のセッティングはなかったでしょう。
この二人の対戦ですから、期待していたのは、もっと、ミスの少ない、
内容の濃いものでしたから、期待を下回っていました。
しかし、それは、両者が戦ったからこそのものだったのでしょう。
ですから、大いに満足しました。言ってることがおかしい?
「たてxほこ」じゃありませんが、私の中で矛盾はありません。ハハハ。

フェデラーのスタートはナダルを上回っていました。
仕掛けが早く、鋭い攻撃で完全に主導権を奪っていました。ナダルには
彼らしい会心のショットがないまま終盤に入り、フェデラーが押し切る
のではないかと思いました。
しかし、土壇場でブレークバックすると、逆転で第1セットを先取。
舞台はローラン・ギャロス、しかも決勝、しかも相手はナダル…たとえ、
フェデラーでも、このセットを落としたのはショックだったはずです。

第3セット終盤で逆転した過程でのフェデラーには、この試合で最高の
勢いと切れが感じられました。
結果的に、第4セット第1ゲーム(ナダルのサーブ)、0-40でブレークを
果たせなかったことがすべてでした。0-40以後の5ポイントをしっかり
プレーして逆転でキープしたあと、最後までナダルのプレーのレベルは
落ちませんでした。フェデラーがそうさせたのでしょう。

今日の体調も考えてテレビを消したとき、4S/1Gの0-30でした。
このレベルで2セット・ダウンからの逆転勝ちは考えにくいのですが、
“流れ”は明らかにフェデラーに来ているから分からないなあ、と
思いながら眠りにつき、1時間後に目が覚めて、 携帯でナダルの優勝を
確認しました。そこからはぐっすり眠れました。ハハハ。

SFでジョコビッチに勝ち、決勝でナダルをかなり苦しめたフェデラーに
拍手を送りたいと思います。力そのものが全盛期より落ちていることは
確かでしょうが、彼には、それを補える経験とテクニックがあります。
第1ポイントから“フルスロットル”で臨み、ここと言う場面では
“カサ”にかかっていた昨日の試合にもそれは出ていました。
ウインブルドンでテニス競技が行われる2012年のロンドン五輪までは
なんとしてもプレーしたいのでしょうが、金メダルも夢ではありません。

歴史と伝統のレッド・クレーで6度目の優勝…
ナダルの偉大さは短い記事では書き切れるものではありませません。
コートでは常にファイトし、プレーを離れれば礼儀正しく、控えめな
この青年はもっとリスペクトされていいと思います。
少し目を離している間にいろいろあったようですが、年齢的には、
まだ“ピーク”は続くでしょう。このまま、グランド・スラムの数でも
フェデラーを激しく追ってほしいものです。

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# by toruiwa2010 | 2011-06-06 09:25 | 岩佐徹的考察 | Comments(14)
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Na Li d.Schiabone 64/76

女子の決勝はリー・ナが去年の女王・スキアボーネを下してアジア初の
グランド・スラム・チャンピオンになりました。偉業です。
立ち上がり、スキアボーネが引き出しの多さを見せて五分に見えましたが、
リー・ナの強烈なフォアがすべてを破壊した感じでした。彼女をじっくり
見たのは全豪の決勝ぐらいですが、昨日は、あのフォアがよく決まるのを
見たとき、こうつぶやいて寝てしまいました。

アジア人初のチャンピオン誕生の可能性85%。
勝ちを意識して“チョーク”する、あるいは
スキアボーネに騙される可能性が15%と見る

接戦だったらしい第2セットの内容がどうだったのかは知りませんから、
これ以上のことを書く資格はありません。ハハハ。
ただし、あのフォアがある限り、リー・ナは、今後も、グランドスラムで
常に優勝を争う位置にいるでしょうね。
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さて、今日は、グランド・スラマー同士の対決で男子決勝です。
この二人ですから気持ちのいい試合になるでしょう。
引退後の私は、ナダルを応援していることを隠していません。ハハハ。
初めて彼のプレーを見た2005年ローラン・ギャロスでした。
“力任せ”の印象が否定できませんでしたが、攻撃的なテニスはとても
魅力がありました。そして、時間の経過とともに私を惹きつけたのは
その人柄でした。

彼のブログを紹介したものを含めて、たくさんの“好意的な”記事を
書いてきましたが、初めて彼を誉めたのがこれでしょうか。

「好青年」06/06/08

2006 Roland Garros
QF Nadal d.Djokovic 64/64 ret


チェアに寄ったあとコートに戻り、控えめに手を上げてスタンドの拍手に応えたナダルは
ラケットでジョコビッチの方を指ししめしました。
「彼もよくやりました。どうぞ彼にも拍手を」というジェスチャーです。
あの、ローマでのドラマチックなファイナルのあとにも同じ仕草が見られました。

テニス・シーンに登場したときから、ナダルには“育ちのよさ”を感じます。
ただし、“裕福”、“名門”という、環境がもたらすものではありません。
周囲に気を配る人たちに囲まれて育った青年が、何気ない言動の中に自然ににじませる
“空気”がそう思わせるのです。
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もう、今では広く知られている通り、バルセロナの南、地中海に浮かぶマジョルカ島で
生まれ育ちました。島の先輩にカルロス・モヤがいます。
思えば、この小さな島から世界的なテニス・プレーヤーが短期間に二人も世に出たことは
オドロキですね。モヤは10代で島を離れてスペイン・テニスの中心地バルセロナに移って
成功を収めました。

スペインのテニス連盟は、ナダルにも同じ事を勧めたようです。
しかし、両親は、“教育のために”マジョルカに残すことを選択しました。
連盟からの財政的援助は減った(なくなった?)ものの、父は成功したビジネスマンですから、
問題はなかったのでしょう。
今もコーチとして常に行動をともにしている叔父のトニはこう話していました。
「父親は、マジョルカで家族に囲まれ、自分をバックアップしてくれる人たちと一緒に
いるほうがいいと考えたのさ。若いときに家を離れると、仮にテニスはうまくなっても、
人間としては、いつもうまく行くとは限らない。練習相手に同じレベルのプレーヤーを
探すのに苦労することはあったけど、なんとかここまできたよ」
…両親が考えた教育とは、つまり“人間教育”だったのでしょう。

2004年に、スペインはデビス・カップで4年ぶりに優勝を果していますが、このときにも
彼らしいエピソードが残っています。
チームの主要メンバー、フェレロの調子が上がらず、アメリカとの決勝が迫るにつれて
誰がプレーするのかをめぐるチーム内の緊張は相当なものになっていたようです。
モヤは決まりとして、2番手を誰にするかはキャプテンにとって難しい決断でした。

「みんながプレーしたがっていたから厄介だったんだ。
で、キャプテン(=監督)が『フェレロじゃなくて君がプレーする』って言ったとき、僕は
『フェレロにプレーさせてください。僕はハッピーだから』と言おうと思った。
でも、モヤが『馬鹿なことを言うんじゃない。いまの君はすばらしいプレーをしているし、
フェレロよりいいプレーをするよ。間違いなく勝てるよ』と言ったんだ」

一緒に練習をしてきた先輩の気持を思いやってのことでしょう。
バルセロナには、スペイン中からテニスのエリート少年たちが集まって厳しい競争を繰り
広げていると聞きます。幼くして、その“生き残り競争”の中に入っていたら、こういう
ナダルは生まれなかったかもしれません。

結局、フェレロに代わって出場したナダルは第2試合でアメリカのトップ、ロディックを
逆転で下しました。デビス・カップの決勝でプレーして勝った最年少プレーヤーです。
(18歳185日)
一気に国民的なヒーローになったこのときが、ナダルの、“世界へのデビュー”でした。
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昨日のQFは、大きな期待があっただけに残念な結果に終わりました。
“今が旬”ですから、その挑戦ぶりが楽しみだったのです。
Novak Djokovic、ノバク・ジョコビッチか・・・どちらも苗字みたいですね。
個人的に、“ヨシオ・フミト”という、どちらもファースト・ネームのような男を知ってますが。
ハハハ。

第2セットはケガのせいで目いっぱい打って来なくなった相手に少し戸惑ったところが
あったナダルですが、全体としては問題はなかったと思います。
何より大きいのは、スタミナを温存できたことでしょう。
ターゲット、フェデラーはSF前に2日間 休めますからね。

「問題はあったみたいだけど、いいプレーをしていたから棄権したのにはビックリしたよ」
「4回戦のときは少し疲れを感じたけど、今日は大丈夫だった。でも、第2セットは彼の
ケガのせいで僕も少し集中をなくしてしまったよ。だって、サーブのたびに背中に手を
当てたりしていたからね。どうなってるのかよく分からなくて・・・」
「64/30まではいいプレーだったと思う。自信も持てたし、内容もよくなっていた。
問題があったとすればサーブかな。いいんだけど、ちょっと遅かったね。練習しなきゃ」
(去年と比べて?)「さあ。正確には覚えてないんだ。でも、いいプレーは出来てるよ。
過去2週間で最高のレベルでSFまできたんだ。それが一番大事なことさ。
去年の方がよかったとか、今年のほうがいいとかは考えたくないよ。
今年の僕の方がいいプレーヤーだとは思うけどね」

「ジョコビッチは、ケガをするまでは試合をコントロールしてたと言ってたけど?」と
聞かれたときも、彼らしい答えかたをしています。
「Oh,yes.(smiling) 彼がそう言うならそれでいいよ。
でも、僕は常に先に先にブレークしてリードしてたよね?no(違う)?」

英語での会見が終わって、スペイン語に切り替えられたとき、「フェデラーはNo1だけど、
君は彼に対して複数のサーフェスでいい対戦成績を残してるね。それでも自分はNo2だと
感じるのかな、それともNo1?」という質問がありました。
「おかしな質問だね。彼がNo1で僕がNo2さ。No2だと思ってるよ。そうなんだもの。
彼は、何ポイント持ってるの?7000でしょう?歴史上それだけのポイントを持った選手は
いなかったよ。だから、彼がNo1さ。ブレーク(8位)が僕に勝つこともあるだろうけど、
だからと言って、彼は自分がNo2だとは言わないでしょう」

男子は、1985年以来21年ぶりでトップ4がSFに進出しました。
ナダルの相手はNo4、リュビチッチです。
“あぶない”のは、リュビチッチのサーブが爆発したときでしょう。
タイブレーク、タイブレークになると何が起きるか分かりませんからね。
         ⇓
SF d.Ljubicic 64/62/76
Final d.Federer 16/61/64/76 ⇒ 2連覇 !!

 
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# by toruiwa2010 | 2011-06-05 08:09 | テニス | Comments(8)
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全仏オープンは終盤を迎えました。雨らしい雨は降らなかったようですね。
世界から集まっているテレビ局の中でWOWOWほど控室の屋上テラスをうまく
活用しているところはないかもしれません。
試合と試合の間をつなぐトークのセットとして、ゲストを迎えてインタビューを
収録する場所として効果的に使っています。
試合や練習コート、会見場ぐらいでしか見ない選手たちの素顔を見ることがあります。

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「ローラン・ギャロス11日目」2003.06.05

人呼んで「テニスの王子様」、ファン・カルロス・フェレロ君がようやくインタビューに
応じてくれました。こちらへ来てから…というより、日本を出る前から約束が出来ていた
はずなのに、いざとなると言を左右にしてなかなか実行してくれず、スタッフもほとんど
あきらめかけていた昨日になって急にやりましょうかということになったのです。
散々振り回されて、いい加減アタマに来ていたカメラマンは何回目かの交渉が“不発”に
終わったとき、「もうあんなヤツは撮ってやらない」とわめいていました。ハハハ。

そんなスタッフをなだめながら、何とか実現にこぎつけられたのは、日本にたくさんいる
フェレロ・ファンのためにがんばろうという気持ちが通じたのだと思います。なかでも、
ベテラン・コーディネーター、エミコ・ロッシさんは代理人と数十回の電話のやり取りで、
脅したり、すかしたり、時には「分かった、日本人が嫌いなわけね」と強烈ないやみを
投げつけたり、ありとあらゆる手段を講じていました。

フェレロ本人には問題がなくても、間に立つ代理人がシッカリしないと選手本人の評判が
悪くなることもあります。今回はぎりぎりで実現してよかったと思います。
おかげで私の「アラカルト」が6回で終わることにはなってしまいましたが、私も頭を
悩ませなくてすんだし、皆さんも、年寄りのこぼれ話よりは、貴公子然とした彼の顔を
見てるほうが何倍もいいでしょう…と、すねてみる。ハハハ。

相当 息巻いていたカメラマンも「どうだった?」と聞くと「いや、時間どおりに来たので
ビックリしましたよ」とすっかり納得してしまった感じでした。確かに定刻どおりに姿を
現したそうです。試合はなくても、練習やマッサージがあれば時間を守ることはそんなに
簡単ではないのですから、立派だったと思います。
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去年、ジェームス・ブレークにインタビューした時には、予定時間より早く、ミネラル・
ウォーターのボトルを片手にフラリと控え室の入り口に現れたのでビックリしたことを
思い出します。スタッフたちと「どうせ時間通りになんか来ないさ」と話していたところ
だったので余計に驚きました。ハハハ。
しかも、応対は“オトナ”で、インタビューにも丁寧に答えてくれて、私が最後に2、3問
聞かせてもらった時にも、初めに「ちゃんとした英語じゃなくてごめんなさい」と断ると
「問題ないよ、僕も日本語は出来ないんだから」とこちらの気持をやわらげてくれました。
「出来るやつ」という印象を受けました。

一流のスポーツマンになるには、選手としての技量だけでなく、マスコミを初めとする
周囲との応対もうまくこなさなければ、世界は認めてくれません。
たまに、「記者とは話さない」というトップ・アスリートもいますが、それではなかなか
歴史に名を残す選手にはなりにくいでしょう。

たとえば、男子テニスのヒューイットです。
ファイターだし、すでにかなりの実績を上げていますが、地元の人気は驚くほど低いです。
私たちの仕事を手伝ってくれているオーストラリア人の技術スタッフたちに聞いても、
ヒューイットの名前を持ち出すと顔をしかめたり、親指を下に向ける「サムダウン」で
「あいつはダメだよ」とニベもありません。
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試合中にかなり悪い言葉を使うし、地元のトーナメントでその観客を非難する話をしたり
するのですから、評判が悪くなるのも無理はありません。よほどのことがあったのかも
しれませんね。本心を話してはいけないわけではないのですが、言い方だと思います。
実力は十分なのに、母国で受け容れられないというのはとても不幸な話です。

昨日のエナンは見事でした。(SF Henin-Hardenne d.Serena W. 62/46/75)
エラーは多かったものの、プレーの中身は濃く、二人が力を尽くして戦った好ゲーム、
私も今回初めていい試合に当たった感じです。
正直なもので視聴率的にも今回最高の数字が出ました。杉山の試合が突出していたときは
「日本人がらみでなきゃ数字は出ないのか」と、半分あきらめていましたが、皆さんも
「いいモノはいい」と捉えていただいていることが分かってホッとしました。
今後の、カード選択に少しはヒントになるのではないでしょうか。

セレナがいつもの出来ではなかったといっても、エナンの殊勲はほめられていいでしょう。
3セットに入ったあたりから、疲れが見えたように思います。
柳さんは「こんな試合になったら、選手は疲れません」と断言されました。
解説者に断言されたら、アナウンサーは「そういうものですか」としか言えません。
たとえ「疲れないわけがないだろう」と腹の中で突っ込んでいても…ハハハ。

柳爺さんも言い出したら頑固ですから、私があれ以上さからえば、放送にならなくなって
しまいますから引き下がりましたけど。

私はエナンの会見を少し見てホテルに引き上げましたが、その後に会見場に来たセレナは
泣いたそうです。あれほど強靭な神経を持っているように見えてもでやはり若い女性です。
会場がほとんどすべてエナンの応援に回ったのはショックだったようです。放送の中でも
言いましたが、'99年のヒンギスは非難されても仕方のないところがありましたが、昨日の
セレナにはまったくありませんでしたから、気の毒としか言いようがありません。
それだけ強いのだという証拠なんですが、当人にして見るとそんな風に割り切ることは
出来ないのでしょう。

それにしても、決勝はベルギー対決!
女子テニスにとっては、とにもかくにも「ストップ・ザ・ウイリアムズ」が実現したのは
喜ばしいことだと思います。明日の決勝では内容のある試合を期待したいですね。
                  (Final Henin-Hardennne d.Clijsters 60/64)

2011 男子準決勝

Nadal d.Murray 64/75/64
Federer d.Djokovic 76/63/36/76


序盤でナダルが精神的優位に立ったように見えました。
ショットのすべてが“絶好調”にはほど遠いと思いますが、相手がマレーだったことで
余裕はあったと思います。気になったのは、ドロップ・ショットなど、相手のこまかい
プレーへの対応がうまく行っていなかったことです。
2セットが終わったところで、集中力さえ切らさなければ負ける要素はないと判断して
ベッドに入りました。

今朝、ビデオで見ましたが、フェデラーはよかったですね。
身体にハリがあって若々しく見えたし、動きの良さにも驚きました。
今シーズン、無敗のジョコビッチはリズムに乗りたいところで乗れませんでした。
第1セット 5-4 15-40 のチャンスを逃したところなど、典型的です。
フェデラーの多彩なショットがそれを許さなかったわけですが、この場面から5-5に
追いつくのにわずか1分40秒でした。長い間、世界に君臨した人のすごさです。

フェデラーが昨日の調子をそのまま持ち込み、ナダルがマレー戦“程度”の出来だったら、
決勝は、ひょっとしたらひょっとするかもしれません。ただし、中1日あくと、身体や
ショットの調子がころっと変わるのがテニスの面白いところですからどうでしょう。

さあ、しかし、いい顔合わせになりましたね。

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# by toruiwa2010 | 2011-06-04 08:28 | テニス | Comments(19)
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メジャーから日本に戻って日ハムでプレーしていた新庄が襟付きアンダーシャツを着て
ホークスの王監督からクレームをつけられたことがありました。「ルール違反ではないが、
マナー違反」…わけの分からない結論になったと記憶しています。ハハハ。
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同一チームの選手は同じように見えるウエアで身を包みなさい、とされているのですが、
アンダーシャツは長袖と半袖の混在が認められています。タートル・ネックとそうでない
ものもありますね。細かいことを言っている割りに、同じチームでもソックスの見え方が
選手によって、あれだけ違うのにお咎めがないのはおかしいじゃありませんか?
ネック・ウォーマーだって、つけたりつけなかったりバラバラじゃないですか?
この統一のなさ! 笑っちゃいますよね。ハハハ。
襟付きが禁止されたあと、それならば、と今度はカットした襟を立てて登場した新庄に
かげながら拍手を送ったものです。よく言えば“知恵比べ”、悪く言えば“いたちごっこ”。

久しぶりに日本のプロ野球を見て、驚きの発見がありました。数年前からのようですが、
スパイク・シューズのメーカーがバラバラです。

たとえば巨人。
多くの選手がミズノのシューズを履いていますが、坂本はアディダス、外国人選手は
ナイキが多いようです。
昔は、球団が契約した会社のシューズを履いていました。独自の契約を持っている選手は
いましたが、その場合は、デザインを合わせていました。
日本プロ野球界として“シューズのデザインを同一に”だったのか、球団のビジネスを
優先させた結果だったのか、今となっては分かりません。
いずれにしても、現在は、メジャーと同じように完全に“自由化”されているようです。
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現地からメジャーを実況していたころ(1978-1981)、使われる野球用具と言えばバットは
有名なルイビルかアディロンダック、グラブはローリングスかウィルソンでした。
特に、グラブは、ピッチャーがアップになると、グラブの手首のところに捺された“R”や
“W”の文字が目に入ったものです。最近は、まれに“M”を見るようになりました。
血のにじむような“企業努力”のたまものでしょう。
ミズノからは一円たりとももらっていませんが。ハハハ。

80歳を超えているはずのジョー・ガラジオラ…元気だろうか。
カージナルスのキャッチャーだった彼は、引退後 解説者として人気者になり、テレビで
クイズ番組のホストをしていたこともあります。
あるとき、彼の解説を聞いていると「内角のまっすぐだな」、「外角のカーブのようだ」と
“予測”をしていました。アナウンサーが「なぜ分かるんだい?」と聞くと、彼の答えは
「だって、僕らのころと変わってないんだもの」でした。

彼の説明によると、ランナーがセカンドにいないとき、指1本はストレート、2本はカーブ、
3本はそれ以外の変化球…と決っていたそうです。
そして、指先が左の腿のほうにむけばインコース(右打者)、右ならアウトコースです。
注意して見ていると、今も、それは変わっていないようです。
次の機会には、ぜひ、注目してみてください。
このことを知らない友人を前にガラジオラにならって“予測”をしてみたらどうでしょう。
2,3球 続けて的中させたらリスペクトされるかも。ハハハ。
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             サインは「外角へのストレート」
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             サインを出した後構えたミットはまさに「外角」
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           投球は構えより少し高かったが、「外角のストレート」

“最悪の誤訳”:お詫びと訂正

先週、映画「ナチュラル」(NHK-BS1)の終盤で“ファームから上がってきた”とすべき
ところを“農場育ち”と間違って字幕が表示されたと書きました。ツイッターでも…

最悪の誤訳:昨夜のBS1「ナチュラル」…メジャー・リーグが舞台。
投手交代が告げられラジオのアナウンサーの声に合わせて字幕。
「農場で育った速球派…」爆笑。このfarmは農場ではなく3Aなど
球団の下部組織。誰一人気付かないとは。今朝、メールを送った。


…とつぶやきましたが、逆に、私のミスだと判明しました。

きっかけは、2日後になって@toruiwaで書かれたツイートでした。

"A Nebraska farm boy, blazing left-handed speed. "
という場所でしたら字幕が正しいです。


スクリプトを読んだ“らしい”方からのものでした。
あわてて検索すると、ネット上に、スクリプトらしきものがありました。
完璧ではないようですが、問題の投手交代の場面、アナウンサーの言葉は
こうなっています。
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Young John Rhoades strides to the mound.
(若いジョン・ローズ?がマウンドに向かいます)
A Nebraska farm boy, blazing left-handed speed.
(ネブラスカの農家出身で素晴らしい速球を投げる左腕です)
The Pirate organization expects great things for him.
(パイレーツは球団として彼の将来を大いに期待しています)


ネブラスカにあるファーム・チーム…と言い張ることも可能ですが、当時の
メジャーの本拠地は、たしかセントルイスが“最も西”だったはずですから、
ピッツバーグのファームがネブラスカ、というのは考えにくく、これはもう
ギブアップするしかありません。“農場育ち”は正解です。ハハハ。

ブログやツイッターを読んで、そのまま信じてしまった方も多いと思います。
間違った情報を広めてしまい申し訳ありません。お詫びして訂正します。

読売新聞は東電の次期社長について“スクープ”として名前を出した人物が
間違っていてほかの人物が社長に決まったとき、「20日朝刊で『東電社長に
築舘氏』との記事を掲載しましたが、誤りでした。おわびします」と簡単に
詫びただけだそうですが、私は、きちんと謝ります。ハハハ。

一言だけ、言いわけさせていただくなら、字幕に“ネブラスカ”の文字が
入っていれば、こんなことにはならなかったのです。
文字数の関係で省いたのでしょうが、NHKも罪作りです。

なお、NHKからは自動応答以外に何の反応もありませんでした。
こちらのミスが分かっているので無視しているのでしょうかね。
“みなさまのNHK”は口先だけのような。ハハハ。

当方の間違いで字幕は正解でした。お騒がせしました…としたうえでこう書きました。

ただし、この間、自動応答以外にNHKからは何の
応答もありませんでした。
すでに、私の間違いだとお気づきでしたか?
その場合は、無視する、というのがNHKの
対応マニュアルなのでしょうか?


翌日、窓口から釈明のメール、さらに月曜日(30日)には映画担当者から“懇切丁寧な”
メールが送られてきました。ほったらかし”ではなかったことを報告しておきます。
“モンスター・リスナー”と思われたのかもしれません。ハハハ。

許しちゃいけない

昨夜の記者会見で「一定のメドとはいつ?」と聞かれた菅直人は
うすら笑いを浮かべながらこう答えていた。
「言葉通り、“一定のメド”であります」
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ふざけている。そして、どこか恐ろしい。
国民は、“厚顔無恥”の首相にわが身の安全を任せている。
被災者の皆さんはお気づきじゃないかもしれないが、この結果、
ご苦労の期間が長引くことになったのだと思う。
同情を禁じ得ない。

代議士会の前に鳩山と交わしたメモをどう解釈するかは微妙だ。
「まだ、メドはついていない」でどこまでも逃げられるつもりだ。
してやったりとほくそ笑む菅の顔を思い浮かべると血圧が上がる。
まさか、このまま逃がしたりしないだろうな。

「可決の可能性大」から一気に「尻すぼみ」へ…
今朝の新聞・テレビは昨日の茶番劇のいきさつを伝えることに
エネルギーを割いているが、むしろ、菅の“だまし”の手口を
追及すべきではないのか。

総理の頭にあるのは、一日でも長くこの座にとどまること…
昨日の挨拶で退陣後のお遍路に触れていたが、再開後、最初の
札所が“延命寺”というのだそうだ !!
なんたる暗合。それも不吉な・・・。

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# by toruiwa2010 | 2011-06-03 08:30 | メジャー&野球全般 | Comments(21)
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男女ベスト4が揃って、今日はまず女子準決勝ですね。
シャラポワは2週目に残れたら上出来と書いたのですが、ここまで来たのは立派です。
ただし、最後の最後まで粘るリー・ナは彼女が最も嫌いなタイプの選手だと思います。
決勝まで進んだら脱帽するしかありません。
バルトリとスキアボーネか。申し訳ないけど華やかさに欠けることは否定できませんね。
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トップ4シードが一人も準決勝に残らなかった女子にくらべ、男子は揃ってベスト4に
進出しました。簡単なようで難しいことですから誉められていいと思います。
ナダルは何試合か見ましたが、序盤の不調(だったらしい)は脱しているのではないですか?
きちんと勝ってきたのはさすがです。
少し相手に恵まれたとはいえ、1セットも失わずに勝ち進んだフェデラーも見事です。
衰えはあるのでしょうが、カバーする能力が十分だった証でしょう。

ジョコビッチの“急成長”には驚くばかりです。
マレーも途中で足の故障もありながらよく頑張りました。
4人とも、それぞれの理由で、今大会は準決勝で満足できないはずです。準優勝だって
我慢できない立場でしょう。目標は優勝しかありません。
こちらのベスト4対決は大いに楽しみです。

WOWOWのテニス中継は1992年の全豪から始まり、ずっと切れ目なく続いてきました。
私は放送席に座れませんでしたが、数年前からウインブルドンもラインナップに加わって、
4大大会を独占しました。アナウンサーとしての“グランド・スラム達成”が夢だったのに、
マイクから離れるのがほんの少し早すぎました。“ありがち“ですが。ハハハ。

“黎明期”はいろいろなことがありました。
困ったのはやはり資料です。マッケンロー、グラフにしても、名前は知っていましたが、
生で見るのは初めての選手ですから、いったい、どんなキャリアやバックグラウンドを
持っているのか、さっぱり分かりません。
インターネットを活用する時代の前ですから、なかなか、資料が手に入らないのです。
ありとあらゆる伝手を頼って海外の雑誌類をかき集めて読みあさりました。

ネット全盛の時代になっても、現地にノート・パソコンを持って行くようになったのは
90年代後半だったと思います。しかし、小さな液晶画面とにらめっこで資料を読むのも
結構 大変です。「アラカルト」をやるためにもたくさんの記事を読む私は特に…。
そこで、98年ごろから、自腹でプリンターを手に入れるようになりました。
帰国するときはコーディネーターに預けるのです。現役最後の5,6年はパリ、メルボルン、
ニューヨークに私のプリンターがありました。ハハハ。

2002年のローラン・ギャロスのときは、家で使っていたプリンターを放送機材と一緒に
送ってもらいました。ホテルにチェックインしたあと、コーディネーターが届けておいて
くれたプリンターを受け取り、PCにつないで電源を入れました。
…しばらくして、ふと見ると、“白い煙”が上がっているではありませんか! ハハハ。
もちろん、電圧の違いのせいです。

15年、20年前ならともかく、いまどき、シェーバーだってドライヤーだって自動切換えに
なってるじゃないか…と言って見ても始まりません。哀れ、日本から、わざわざ運んだ
わがプリンターは、たったの一枚も印刷することなく、粗大ごみになってしまいました。
ハハハ。

幸か不幸か、ホテルの隣が、フランスの「ヤマダ電器」!泣きたい思いで、新しいのを
買いましたっけ。
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“白い煙”にはほかにも苦い思い出があります。

1973年の45日間に及ぶ海外出張は私がフジテレビとWOWOWで仕事をしていた中で
5位に当たる長期出張でした。
カナダとアメリカで資源関係の取材をする旅でしたが、エアフランスとのタイアップの
関係でパリ経由になっていました。乗り継ぎ便を待つためにパリで一泊したのですが、
その晩、頭を洗って使い始めたドライヤーがまたたく間に白煙を上げてダメになりました。
これも電圧のせいです。当時は、他人がしでかした失敗話としてよく耳にしていましたが、
まさか、自分がやってしまうとは!ハハハ。

2000年の夏の終わりから秋にかけても忙しい思いをしました。
まず、8月12日に日本を出てケンタッキー州ルイビルに向かいました。
バルハラ・ゴルフクラブで行われる全米プロゴルフ選手権を中継するためでした。
初日・2日目に、伸び盛りのタイガー・ウッズと引退が近いジャック・ニクラスが組んだ、
ある意味歴史的な試合でした。

タイガーの2連覇、五つ目のメジャー獲得を伝えたあとニューヨークへ。
1週間後に全米オープン・テニスが始まりました。
ビーナス・ウイリアムズが全米で初めての優勝を果たしたあと、サフィンがサンプラスに
圧勝して衝撃の優勝を飾りました。

翌日はコメンタリーもスタッフも自由に過ごし、火曜日のANAで日本に帰る…それが
いつものスケジュールですが、この年は違いました。
観光に買い物にと楽しく過ごす仲間と別れた私は、月曜日の午後、アムステルダム経由の
飛行機でドイツのハンブルクに向かいました。
チャンピオンズ・リーグの開幕戦HSV対ユベントスを実況するためです。

ハンブルクについたのは火曜日の夕方です。
実は、テニス期間中に少し風邪気味になり、のどを痛めてしまいました。加湿器を買い、
ホテルの部屋はもちろん、実況をする放送ブースでも使わせてもらいました。
解説者にはひたすら頭を下げて。ハハハ。

風邪の気配はほぼ消えていましたが、加湿器をそのままヨーロッパまで持ちこみました。
チェックインして部屋に入るとすぐ電源を入れました。ベッドの上にスーツケースを置き、
荷ほどきをしていると、目の前をすーっと白い煙が流れて行きました。
「しまった!」と思ったときは典型的な“あとの祭り”。ハハハ。

なお、3か所に残してきたプリンターですが、その後どうなったのやら。
私“亡きあと”少しでも活用されていたらありがたいのですが。もっとも、“賞味期限”は
とっくに過ぎているでしょうね。ハハハ。

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# by toruiwa2010 | 2011-06-02 16:10 | テニス | Comments(7)
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昨日、自民・公明・たちあがれ日本が内閣不信任案を提出した。

政治が小さい。日本はなお前代未聞の非常時にある。
一時は「挙国一致」と言った美辞もうたわれたが、行きついた先は
むき出しの政争である。大所高所からの賢慮を踏まえた大きな
政治を望むのは、お門違いということか。
日本が直面する事態の深刻さと、政治家たちの振る舞いに見える
日常感覚との巨大な落差に目がくらむ。(1面中段の署名記事)

ざっと見て、いまの日本には「戦場」が三つある。津波で多くの
命と財産を失い、10万人が避難所で暮らす東北の被災地。
内外に放射能と不安を広げる事故原発。そして、これらに一丸で
当たるべき者たちが争う国会だ。(天声人語)

ついに自民、公明、たちあがれ日本の3党が、菅内閣の不信任案を
衆院に提出した。今、国会の使命は東日本大震災の復旧・復興に
向けた予算や法律づくりだ。それなのに露骨な権力ゲームにふける
国会議員たちに強い憤りを覚える。(社説)

今朝の朝日は、現在進行形の政治を批判する記事のオンパレードだ。

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書かれていることに反論はしない。間違っていないのだから。
昨日の菅直人が党首討論で言った「いま、政治に期待されているのは
復旧・復興であり、事故原発の収束だと思う。そのために、野党にも
ぜひ協力してほしい」もその通りだ。

…であるならば、本来は不信任案が出る理由はないはずだ。
しかし、現実はそうなっていない。
内閣にも党にも根回しをしないで、いきなり自民党総裁に電話をかけ、
入閣を依頼したのはどこの誰だったか?
不発に終わると、以後は野党の協力を求める努力を放棄、“本部”や
“会議”の乱立など暴走を繰り返し、周辺を戸惑わせたのは誰だ?

安倍晋三・福田康夫・麻生太郎・鳩山由紀夫…ダメ総理が続いた。
国民の生命・安全に直接 かかわる事態の処理に当たっていることを
考えれば、菅がワーストと言っても言い過ぎではない。

今の騒ぎだけでもやるべきことが停滞している。
これで、“解散”となれば、さらなる停滞を招く。
だから批判の声が上がるのは当然だろう。特に、被災地のみなさんの
怒りは十二分に理解できる。

しかし、だからと言って、このまま菅総理に任せて大丈夫という保証は
いったいどこにあるのか?その議論はあまりされていないのが不思議だ。
復興に向けてあらゆる面で立ち遅れているのは明白ではないか。
災害と被災者を“人質”に取っているかのようなこの男を総理の座から
下ろさなければ、そのために2次・3次の災害が起きると思う。
心中するようなものだが、それでもいいのか?

政治はダイナミズム…と誰かが言っていた。その通りだ。
今の国難を乗り切るには信念を持ち、馬力がある人物が待たれる。
誰かと聞かれれば、残念ながら答える材料をもっていない。
しかし、菅直人でないことだけは確かだ。

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「とくダネ!」の冒頭で小倉智昭はこう言った。
「政治家は国民のことを考えているのか。先の展望がないままに
ただ“菅がいや”で本当にいいのか」と。
相変わらずの“おもねり”発言には笑うしかないが、たぶん、どの局の
朝ワイド番組のキャスターたちも似たようなことを言ったはずだ。

それは、「いろいろあるけれど、こういうときだから、政争はやめて
このまま菅直人で行こうよ。復興への歩みはのろいかもしれないけど
我慢しましょう」と言っているのと同じだということには誰も気づいて
いないようだ。
大向こうの拍手・喝采だけを狙ってものを言うのはいい加減にしてほしい。

今朝になって、不信任案の可否は微妙になっているらしい。
もし、可決された場合に菅はどうするのか?
“解散”は脅しにすぎないと思いたい。
政治音痴と言われることを承知の上で採決の前に書いておく。

可決されたら、菅は内閣を総辞職する。
野党と協調できそうな人物を後継に指名して民主党代表を辞任する。
その人物を首班とする“期間限定の大連立内閣”を組む。
復旧・復興関連の大臣には連立に参加する各党の党首クラスをあて、
政治と官僚のすべての力を結集して全速力で事態の収拾に当たる…

被災者を無視しているようだがそうではない。急がば回れだ。
とても実現しそうにない絵空事だが、これならば梅雨空の向こうに
“晴れ間”が見える気がする。すくなくとも、“いま”よりは。

もし、菅が“解散・総選挙”を選択したら…
そうなったら、この国は終わる。

不信任案の採決は、今日午後1時だ。

カルガモ:変化なしは朗報かも?

見える範囲に卵はありません。
今朝もカップルで池を泳いでいました。落ち着いています。
あれほど警戒心が強かったのに、かなり人懐っこくなりました。
やはり、茂みの中のどこかに“ちゃんとした”卵があるのでは…
と思ってしまいます。それにしては、最初の産卵から時間が
経過しているのに抱卵しないのが不思議ですが。

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# by toruiwa2010 | 2011-06-02 09:38 | 岩佐徹的考察 | Comments(5)
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関東地方も早々と27日に梅雨入りが宣言されてしまいました。
ま、宣言なんてどうでもいいのです。宣言しようがしまいが、雨が降らなければOKです。
とにかく、雨が嫌いです。ハハハ。
雨そのものはともかく、傘を持って家を出なければいけないという状況が嫌いなんです。

雨を嫌う理由の一つに“風邪をひきやすい体質”があるかもしれません。
カッパとは正反対で、頭が濡れると即 熱っぽくなってきます。ですから、出かける時点で
降っていなくても、予報が少しでも悪ければ傘を持ちます。
地元の駅まで戻ったときに予想しなかった雨が降りだしたりすると、普通の人なら走って
帰るほどの雨でもコンビニに飛びこんでビニール傘を買ってしまいます。
おかげで、我が家には500円の傘が山ほど…。ハハハ。
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一軒家に親と同居していたころは、雨が降っていると、目が覚めたときに屋根を叩く音で
分かってしまい、その時点でとてもうっとうしい気分になりました。
その後はずっとマンション暮らしですが、そうなると、雨には“鈍感”になっています。
屋根や地面を叩く雨の音が聞こえにくいからです。

いまはたまたま公園に面した所に住んでいるので自然の移り変わりがよく分かりますが、
住宅街の中のマンションだと“季節感”さえなくなります。
困ったことに、雨が降っているかどうかさえはっきりわからないことがあります。
部屋の窓から道行く人が見えれば、傘をさしているかどうかで判断でますが、これまで
暮らしたマンション7か所のうち道路が見えたのは2か所だけです。今のマンションも
公園との間に道路はありますが、人はめったに通りません。ジョギングをする人たちや
犬の散歩をする人は傘をささないことが多いですから、判断の材料にならんし。ハハハ。
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雨が降っているかどうかを知りたいときは公園の照明灯のカバーが濡れているかどうかで
判断していますが、食卓で私が座る位置からは見えません。見える位置に座る妻に尋ねて
初めて分かるのです。“現役”のころは一応毎日 出社していましたから、降っているなら
覚悟を決めなければならず、自分では分からない状況に 結構、いらいらしたものです。
40階、50階建ての高層マンションの上階に住む人は望遠鏡で“地上”をゆく通行人を見て
判断すると言いますから、まだマシでしょうけどね。ハハハ。

いまは、どうしても出かけなければいけないような用事はほとんどありません。
映画を見るか、散歩ぐらいですから、「雨なら、やめよう」と簡単に決められます。
出かける予定のない日に、白い線が見えるほど激しく降る雨を見ると「きれいだな」と
思ったりして、我ながら現金だと認めています。ハハハ。

英語では“Time flies”と言うのだと、中学生のときに習いました。
月日がたつのが早いことですが、今日、暦が6月に変わって、まさに“飛ぶがごとく”
過ぎて行くことを実感します。ハハハ。
日本語では “光陰 矢のごとし”でしょうが、最近は全く耳にしなくなりました。

子供のころは1日があんなに長かったのに、なぜ、年齢とともに時間の経過が早く感じる
ようになるのだろう、と多くの人が言いますね。
数年前に、「子供は日々新しいことを経験するから長く感じるけど、年をとればとるほど、
すでに経験した事ばかりだから早く感じるのだ」という説を聞きました。
経験済みのことは早く感じる…納得です。
“飛ぶがごとく”過ぎて行く時間をすこしでもスローダウンさせるためには、できるだけ
新しいことに挑戦するようにしなければいけないのでしょう。

「月日は百代の過客にして、行きかう年もまた旅人なり」
松尾芭蕉「奥の細道」冒頭の一節も学校で習いましたね。一語一語の音の響きに品があり、
格調が高くて大好きなフレーズです。
解釈は人によっていろいろでしょうが、私は“時間(=月日)というものは旅人と同じで
自分の前を通り過ぎて行くだけ”と言いたいのだと理解しています。

ずいぶん多くの旅行者が目の前を通過して行きました。ハハハ。

当ブログも先月半ばあたりから、ようやく“平時”に戻りました。
4月末から5月上旬にかけては世界フィギュアについてのエントリーやツイートをめぐって、
結構な騒ぎになり、忙しい思いをしました。本来、自分のブログに何を書いても、自分の
アカウントで何を呟いても、公序良俗を乱さない限り(ハハハ)、自由なはずです。しかし、
世の中には、意見が違うことが許せないと思うタイプの人がいるんですね、これが。

「このおっさんは意見が違う」と思ったら、キャンキャン言わずに、以後 近づかなきゃ
いいじゃないですか、ねえ。
“誠意”が売りの当ブログですから、コメントやツイートに対して、一つ一つていねいに
回答しましたが、いい加減にしてほしいものです。

そんな中で、当ブログへのアクセスに関して二つの数字が残りました。
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まず、5月8日に過去最高の1743件をマークしました。
この日のタイトルは「一難去ってまた一難…」でした。
男か女かもわからないような匿名の元スケーターに辟易して“お付き合い”をやめたあと、
ツイッターで話しかけてきた3人の“妙齢”のご婦人からいきなり“あんたが悪い”的な
クレームをつけられた経緯を書いたものです。

それまで最高の1551アクセスをマークしたときの記事は「いま 報道姿勢が問われる
~フジテレビの評判が悪い~」でした。(3/18)
どうも、“controversial”(論議を呼びそう)な記事ほど人が集まるようで…。ハハハ。

次は5月18日の朝早くにトータル10万件を突破したことです。
4ヵ月半で到達するとは思いもしませんでした。私にとっては、新年からエキサイトに
転居して以来の目標の一つでした。決して減るものではありませんから、いつかは届くと
思ってはいても、いざ、達成してみるとつい頬がゆるんしまいます。ハハハ。

さて、うっとうしい季節になりますが、“アメニモマケズ…、アメニモマケズ”の精神で
頑張るとしましょうか。

カルガモの続報はありません。
茂みの奥に5個の卵が見えた…夢を明け方に見た以外は。ハハハ。


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# by toruiwa2010 | 2011-06-01 10:24 | blog | Comments(6)
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・・・つづき

仙台駅前のターミナルから高速バスに乗って今度は北に向かいました。
目指すのは石巻です。できれば気仙沼まで行きたかったのですが、車の運転もできず、
公共の運送手段に頼る旅ですから、いろいろ考えると、石巻が限界でした。
1時間15分で到着しましたが、仙台寄りの場所でがれきの集積場が一か所あったほかには
ブルーシートがところどころに見えただけでした。実際には、楽天イーグルスの本拠地、
Kスタ宮城も大きな被害があったのですから、バスから見たのでは分からないのでしょう。

石巻駅前についてバスを降りると、いきなり、海の匂いが鼻をつきました。
…と、思いましたが、少し違いました。潮の香りにしてはかなり強烈なのです。
あとで分かったのですが、漁港に近いところでは、そこにあった水産加工工場や倉庫から
大量の魚が流れ出し、それが腐ったために異臭を放っているのです。
がれきの集積場も含め、場所によってはマスクをしなければ厳しいと思いました。
雨に加えて 気温が上がってくると、この匂いは被災者を悩ますことになりそうです。

時間に制約があるので、すぐにタクシーを拾いました。
がっちりした体をした、鋭い眼つきの運転手さんで、ちょっとひるんでしまいましたが、
そのまま乗り込み、「石巻の漁港も大きな被害を受けたと聞きました。状況が分かる場所に
連れて行ってくれませんか?」とストレートに頼みました。

特に嫌な顔もせずに車を出した運転手さんとは、それから2時間近く付き合いましたが、
実はとても“いい人”でした。いかにも東北人らしく、語り口はトツトツとしています。
しかし、私が何かを尋ねると、優しい言葉で話をしてくれました。
彼は客待ちをしていて地震に遭い、揺れを感じてすぐに高いところに逃げたため、なんの
被害もなかったのですが、奥さんの家族が南三陸で津波に流され 今も行方不明だそうです。

石巻の駅前も1メートルぐらい浸水したようですが、駅を離れてすぐの商店街に入ると
地震と津波 両方の被害がはっきり見えてきました。建て直しの工事に取り掛かっている
店もありますが、ほとんどは“手つかず”のままです。
しかも、一帯がいまだに停電中で信号が機能せず、警官が出て交通整理をしていました。
北から来た車が中心街に向かう道ですから、反対車線はかなりの渋滞になっています。
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漁港に出ると、2カ月以上 経過しているのに、直後の惨状がうかがえる状況が見えました。
打ち上げられた漁船などの多くはすでに片づけられていますが、道路沿いに建つ家屋は
大半がぺしゃんこになっています。
家にめり込んでいる小型の漁船が残っていました。数は多くないのですが、そこここに
作業をしている人がいて、漁港周辺ではとてもカメラを向けることはできませんでした。

運転手さんが「女川も相当ひどいですよ」と話してくれました。
往復でどれぐらいかかるか聞くと、1時間程度だと言うので行ってもらうことにしました。
両サイドに、崩れ落ちた家屋が見える中、女川街道を東に走ります。

しばらくすると、右手に穏やかな海が見えてきました。万石浦(まんごくうら)です。
ニュースで見ましたが、昨日の雨で冠水していましたね。小中学生の通学のためにバスが
運行していました。
しかし、私がタクシーで走り抜けたとき、周辺には被災の跡はほとんど見えませんでした。
地盤沈下はあったようですが、ここに津波は来なかったのです。万石浦の“入り口”が
狭いことが理由だそうです。太平洋から石巻湾を経てこの狭い入口から万石浦に入った
津波は、その広い懐で勢いと高さを失った…運転手さんの話ですが、説得力はありました。
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三陸独特のリアス式海岸は、その地理的形状のゆえに津波の高さや速さを増すことになり、
沿岸の町に“想定外”の大きな被害をもたらしました。一方で、この地域一帯のように、
造化の神の“恩恵”をこんな形で受けた場所もあることが分かります。
今回の災害には、原発事故の問題や行政の立ち遅れなど、“人災”と考えざるを得ない点も
多いですが、“人智”の及ばない側面もあることを知りました。
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“女川”の標識が見え始めて間もなく、ハンドルを左に切ったとたん 爆撃を受けた直後の
市街地のような光景が目に入ってきました。 左手の高いところに町立病院がありますが、
その右側、海岸に至る平地がまっ平らになっています。ここでも 突然、色が消えました。
がれきはかなり取り除かれていますが、いくつかのビルが、土台から引き抜かれたように
横倒しにされたままになっています。津波の強さを物語っています。
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病院の駐車場が海抜20メートルだそうですが、その病院の一階は水に浸かったと言います。
そこに上って見下ろすと、波に運ばれた車がビルの屋上に乗っていました。津波の高さが
想像されます。“災害派遣”の横幕をつけた自衛隊の車両やパトカーなどは見えますが、
港を含めて作業する人の姿はそれほど多くはありません。それでも、写真は数枚撮るのが
精いっぱいでした。
港全体を見渡せるこの駐車場には、状況を見に来た人たちが数人いましたが、押し殺した
声しか聞こえてきません。ここで人々が暮らしていた、建物があった、…それを考えると、
言葉は出ないのです。
 
石巻に戻るとき、渋滞が激しいこともあって海に近いところを走ってもらいました。
途中に大きながれきの集積場があり、多くのトラックが出入りしていました。
写真を撮るために車を降りると、悪臭が強烈でした。
ここでも自衛隊の車両が目立ちましたが、今回の10万人体制で道路の整備が早かったと
運転手さんも話していました。ただし、当初から多数の行方不明者がいたため、がれきの
処理に重機が使えないことは大きなネックになったようです。
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港から1キロほどの日和山(ひよりやま)公園に行きました。
海抜56メートルですが、町の様子はよく分かります。女川と同様、東北沿岸部の被害は
まさに“壊滅”としか言いようがありません。
写真を撮っているとき、前に立っていた男性が知人らしい連れの人に話していました。
「私の家は、あそこに見える…」
その淡々とした話し方が、逆に衝撃でした。実際に家を失った人が目の前にいる。
もしかすると家族も?と、思わず手が止まってしまいました。
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…私が見たものは、今回の災害の規模を考えたら、きっと、“氷山のほんの一角”でしょう。
70日以上がたち、復旧が相当に進んでいましたから、本当の災害の姿でもありません。
それでも、いまさらですが、自然の力のすごさに“畏れ”を抱きました。
十数万人の被災者は、これだけ強大な自然の猛威に直面したのです。
その人たちの気持ちはとても想像することができません。
恐怖、絶望、無力感…そんな単純なものではなかったはずです。

大災害発生から80日が経ちました。
政府・自治体の動きは相変わらずのようです。東北の人たちは我慢強いと言いますが、
被災者の皆さんがよく怒りの声を上げないものだと思います。
原発事故による放射能汚染のほうが深刻な福島も同じことでしょう。義捐金の分配、
補償金、仮設住宅、放射線量の設定…すべて立ち遅れているように見えます。

“菅下ろし“の動きを、「そんなことをしている場合じゃないだろう」と、批判する声が
圧倒的ですが、私はそうは思いません。
このままで本当にいいんですか…と問いたいです。これだけの規模の災害に対応するのに
時間がかかることはある程度、仕方がないでしょう。しかし、それにしても、です。
道筋さえなかなか見えてこない状況は“あり得ない”です。性格の問題かもしれませんが、
発生当初から現在まで、一貫して、“温かみ”が感じられないことが腹立たしいです。
首相を初め、閣僚・議員は現地を見ているはずです。この惨状を目にしたとき、人として
何を思ったのかを聞いてみたいです。
被災地の皆さんが大人しいのをいいことに、あまりにも動きが鈍いことに怒りを覚えます。

「政治の空白は避けるべき」「代わりがいない」「誰がやっても同じ」…
分からないではありません。しかし、この総理大臣のもとで復旧・復興作業を進めれば、
時間の経過とともに、目に見えない“2次災害”、“3次災害”が増える気がしてなりません。
「急流で馬を乗り換えるなんて」とい人もいるようです。リンカーンの言葉らしいですね。
この期に及んで、菅をリンカーンになぞらえますか?
リスクはあるでしょう。しかし、馬ごと急流に流されそうになっている今、“2次災害”を
避けるためにも、馬を乗り換えることを選択肢から外す理由が分かりません。

4月27日の記事の最後に書いたことを再録しておきます。

運命…それぞれの立場

いま、このときに自分が総理大臣でいることに運命を感じると菅直人は言った。
いま、このときに菅直人が総理大臣でいることを受け入れなければいけない
被災地の人々の過酷な“運命”を思う。

カルガモ:卵の怪?続々報
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今朝は、また卵がなくなっていました。どうなっているのか全く分かりません。
9時過ぎにオス?が池にいましたが、気にしている雰囲気はありません。
ダミーだから? 当分、一喜一憂が続きます。
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# by toruiwa2010 | 2011-05-31 09:50 | 岩佐徹的考察 | Comments(6)
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水曜日に、東北の被災地を訪ねました。少しでも見ておきたかったからです。
もちろん、“見物”といった不謹慎な気持ちではありません。かつて、ほんの少しですが、
報道に関わった者の一人として、この災害の発生当初から “実際に見なくては”という、
強い思いと衝動に駆られて機会を待っていたのですが、ようやく実現したのです。
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“つなげよう 日本”のステッカーを貼った東北新幹線“はやて”は大宮から仙台まで
ノンストップです。新幹線はかなり内陸を走りますから、津波はもちろん、地震による
被害の跡もほとんど見えず、緑がいっぱいののどかな田園風景が左右に広がっていました。
しかし、仙台駅が近づくと、民家の屋根のブルーシートが目につくようになりました。
1995年、阪神淡路大震災のあと、2月12日に訪れた神戸一帯を思い出します。

今回の地震と津波は、発生が昼間だったことで被害がかなり抑えられた面があります。
同時に、各種メディアを通して、私たちは様々な映像を目にすることになりました。
私の脳裏には、宮城県名取市の映像が強烈に焼き付いています。
結果として失われた人命や家財を考えたら、ほかの港町を襲った津波のほうが破壊力が
はるかに大きかったのだと思います。しかし、がれきをのみ込んで、巨大な龍のように
身をくねらせながら畑の上を“走って行く”津波の映像のインパクトは強かったのです。
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今回、まず訪れることを決めたのはその名取でした。仙台の少し南に位置する町です。
仙台から常磐線に乗り換えました。
乗り合わせた地元の人の会話が聞こえてきます。聞き耳を立てているわけではないのに
“津波”“余震”“流された”“行方不明”…そんな単語が耳に飛び込んできます。
被災地のど真ん中でもない場所ですが、交わされる会話の中にそれらの言葉がまるで
普通名詞のように混じっていることにこの災害の大きさを感じました。

15分ほどで着いた名取の駅はエスカレーターが故障している程度で、ほかに“被害”と
思われる個所はありませんでした。改札口は駅の高い位置にあり、そこから見渡しても
普通の町並みが見えるだけで、津波に襲われた場所らしきところは見えません。
タクシーを頼むことにしました。

興味本位で来た…と受け取られることが怖かったのですが、行きたい場所の話をすると、
運転手さんは「分かりました」と言って車を発進させました。
少し走ると、やはり、大きな傷跡が目に入るようになりました。
話によると、地震の被害は3月11日より4月7日の余震のほうが大きかったそうです。
最初の地震でダメージがあったからでしょうが。
そして、津波も第一波がそれほどではなく、一度逃げたあと、貴重品などを取りに戻って
第二波に流された人が多かったということでした。
新聞や週刊誌では読んでいた話ですが、現地で聞くと現実味が増します。
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突然、“荒涼”とした風景が目に飛び込んできました。津波が蹂躙した畑の跡です。
「かなり片付いてますけどね」と運転手さんが言う通り、津波が引きずっていた物凄い
量のがれきや車は大部分が処理されていました。
映像を見たとき、津波が土手に当たってしぶきを上げていたことを覚えています。
町を南北に走る仙台東部有料道路の土手です。
盛土されているこの道路のおかげで多くの人が助かったそうです。海岸から4キロほど、
太平洋から 遮るものがほとんどない名取平野を突っ走った津波はここで初めて“抵抗”に
遭ったのでしょう。
400-500メートル先だと思える道路まで、見渡す限り荒れた灰色の土地が続いていました。
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            画面を左右に横切っているのが有料道路

帰りの電車の時間まで余裕があったので、仙台空港まで行ってみました。海からの距離は
わずか数百メートルです。
空港ビルから撮影された映像には、海水が、車だけでなく、ヘリコプターや小型飛行機を
押し流すところが映っていました。まさに、“息をのむ”光景でしたが、海からの近さを
見ると分かるような気がします。
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周辺には住宅がかなりあったそうですが、形だけ残っている家屋はわずかな数で、しかも
中はがらんどう、破壊し尽くされていました。
確かに人が暮らしていたはずなのに、その痕跡が感じられない怖さがあります。

仙台に戻り、腹ごしらえをしたあと、石巻に向かいました。

“日帰り”という制約があるため、出発前から、訪れるのは名取と石巻に決めていました。
マスコミが大勢いそうなところはうっとうしいのと、被災者が実際に復興に向けた作業を
しているところは用がない者が行ってはいけないと思ったのです。

以下、明日に続きます。


カルガモ:卵の怪…の続報

やはり、卵が自分で動くわけはなく、人間の仕業でした。
昨日の午前中、管理人室に小さな女の子が“自首”してきたそうです。
観察しやすいように…ということでした。やれやれ。
やってしまったことは残念ですが、“真相”が分かってよかったです。

昨日から今朝にかけては全く動きがありません。
昨夜8時には、台風の影響で強い雨が降る中、暗い池の中央付近から
じっと、茂みの方を見つめる“カップル”の姿がありました。
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       今朝の様子 卵は左手前に

去年、9羽のヒナが産まれる前も、池の中に卵が一つあったそうですから、
もしかすると、今見えている一つは“ダミー”かもしれません。
で、実際は、茂みの中で卵が1日1個ずつ順調に増えている…という
私の“仮説”が当たっているといいのですが。

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# by toruiwa2010 | 2011-05-30 08:34 | 岩佐徹的考察 | Comments(5)
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テレビがグランド・スラムを放送するとき、どう頑張っても
試合と試合後の会見の一部を伝えるのが精一杯です。
現地にいると、いろいろなことが見えます。2003年ローラン・
ギャロスで書いた記事の中に、もう一度読んでほしいと思える
記事を見つけました。

「ローラン・ギャロス 8日目」2003.06.02


杉山はいい試合をしましたが、ディフェンディング・チャンピオンを倒すところまでは
行きませんでしたね。(4回戦:Serena W d.Sugiyama 75/63)
スタッフと一緒に控え室で見ていましたが、終了が近づいたとき、試合が行われている
スザンヌ・ランラン・コートに向かいました。
このコートでプレーする選手たちは行きも帰りもガードマンに守られて15メートルほどの
スロープを通ることになっています。私は、あれだけいいプレーをしながら敗れた杉山が
どんな表情でこのスロープを上がってくるかを見たかったのです。
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技術や戦術のことは分からなくても、40年の取材を通じて、いろいろなスポーツの勝者と
敗者の表情を見てきましたので、その選手がいまどういう心理状態にあるかなどはかなり
見抜けると思っています。放送の中で、選手がどう思っているかについて解説者と意見が
違ったとき、立場上 譲らなくてはいけないのが残念でならないことがあります。ハハハ。

試合が終わったあと、コートを出たところでWOWOWとテレビ東京の取材を受けていた
杉山がスロープを上がってきたのは15分ほどたってからでした。
姿が見えると日本人のファンからいっせいに「お疲れさん」「ご苦労様」の声が飛びました。
やや前方に目を落としていた彼女はその声に顔を上げて手をあげ、少し微笑んでいました。

負けたわけですからもちろん会心の笑顔ではありません。精一杯の笑顔だったでしょう。
日本人のような、外国人のような記者が一人食い下がって話しかけていましたが、終始、
言葉すくなに応じながら、立ち止まることなく、足早にスロープを上がりきりました。
日曜日でしたから通路も満員状態、待ち構えていたファンがサインを求めると、今度は
彼女も足を止めて10人近くサインをしてから人ごみの中に入って行きました。

見ていて安心しました。
勝ったときは、喜びすぎずに次の試合に気持ちを切り替えるぐらいしか考えることはない
のでしょうが、負けたときにどうするかはとても大事なことです。
考えなければいけないのは「何が足りなかったのか」「それを補うためには何をしなければ
いけないのか」「この負けから何を学ぶか」…いろいろあると思います。
さすがにツアー10年選手、ただ打ちひしがれるのではなく、シッカリと現実を受け止めて
いるように見えました。

「プロの世界はどんなに善戦しても負けたら何も残らない」という考え方もあるでしょう。
しかし、その中から何を見つけるかでその選手の将来が決まると言ってもいいと思います。
非常に中身のある試合だったことを物語るように、かなりの時間が経過してから、彼女の
インタビュー・スクリプトが出てきました。わずか2ページですが、これは、それだけ
外国のプレスが注目したという証拠なんです。
普通、日本人選手のインタビューは速記者のいない小さな部屋で“ひっそり”行われます。
日本語だけの場合が多く、したがってスクリプトは残りません。

16シードまでの選手はベスト16に勝ち残って初めて「シードを守った」ことになります。
その意味で、杉山はシッカリとシードを守りましたし、何よりもプレーの中身で世界の
テニス・ファンやプレスに強いインパクトを残しました。
今シーズンの後半戦も大いに注目しましょう。
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昨日から、ジュニアの試合も始まりました。
日曜日のごった返す通路を、ほとんど誰にも注目されず、ラケット・ケースを肩に担いだ
初々しい顔つきの少年少女が少し緊張した表情で行ったり来たりしています。グランド・
スラムで見かける光景の中で私の好きなもののひとつです。いずれ「チャンピオン」と
呼ばれる選手がこの中から生まれるのかと思うとわくわくします。
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そして、今日8日目は朝から今大会初めての雨になりました。
ローラン・ギャロスは“降る雨”までどこかおしゃれですが、放送する立場になると
そんなのんきなことは言っている場合ではありません。。ハハハ。
プレーが無事に行われるか、昨日の試合からピックアップして放送することになるか
微妙なところだからです。
シャトルのドライバーが「今日は月曜だし、道がこんでるから長いドライブになるよ」と
言うので「どちらにしても長い一日だから」と空を指すと「そうだね」と肩をすくめて
いました。「予報はいいですよ」ぐらいのことを言って欲しかったのですがね。ハハハ。

「ローラン・ギャロス 9日目」2003.06.03

QFでコリアに敗れたアガシの会見は6時45分に予定されていました。
取材陣はその時間を頭に置いて仕事を進めて行きます。しかし、予定より5分ほど早く
「アガシが 今、メイン・インタビュー・ルームに向かっている」というアナウンスが流れ、
あわてて会場に入るとアガシはすでに会見場に入っていました。
入り口まで何かしゃべりながら来た記者たちも静かになって席に着きます。
アガシは手元のボトルを見たり、入場する記者たちを静かな目で見つめたりしていました。
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スーパースターが思わぬ相手に負けたあとの会見の空気はかなり重苦しいものになります。
第一、選手のムードがよくありません。しかし、この日のアガシは、どちらかと言えば、
サバサバした感じで「何でも聞いてよ」という雰囲気でした。
こんなとき、口火を切るのは大体Bud Collinsです。ボストン・グローブのコラムニスト、
テニス・エンサイクロペディアという本の著者で、記者としてテニスの殿堂に入っている
ベテラン記者です。会見場の雰囲気や選手の緊張を彼の最初の一問がやわらげる場面を
何度も見ました。この日の第一問は「ヤツ(コリア)はちょっと走りすぎかな?」でした。
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選手のインタビューはこんな手順で行われます。
試合を終えた選手が握手をしてチェアにもどったとき、腰をかがめた係りの人が近寄って
いくのをご覧になることがあると思います。選手に、「会見の要望があるが、何時ごろが
都合がいいのか」と聞いているのです。記者から会見の希望が出ていたら、選手は正当な
理由なく出席を断ることは基本的には出来ません。罰金の対象です。

係りは選手の答えを本部に連絡します。それを受けて、試合後まもなく、プレスルームに
「だれそれの会見は何時何分に…」というアナウンスが流れます。
選手によって多少の違いはありますが、シャワー、マッサージに必要な時間を考えると、
試合終了から30~45分後が普通でしょうか。
係りがロッカーに張り付いていて、選手が会見場に向かうと、すぐ記者たちにそのことが
伝わるようになっています。
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会見は普通、テニスの公用語、英語で行われます。
全仏の場合、フランスの記者のために同時通訳が用意されていて、イヤホーンでそれを
聞く記者もいます。また、英語圏以外の国の選手の場合、英語での会見の後、母国語での
インタビューがあり、それが終わってからさらにテレビ、ラジオのためのインタビューと
続くことがありますから、選手も大変です。
クエルテンが 全米で、会見場に行く途中ブラジルのラジオ局につかまって話が長くなり、
大幅に遅れてきたときには記者たちからブーイングが出ていました。ハハハ。
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全仏では、会見場の前方でやり取りを聞きながら、ブラインドでキーをたたく人がいます。
普通は、英語とフランス語の二人で、彼らは速記者です。
この人たちの能力には驚くばかりです。彼らが打ったものがスクリプトとして起こされて
記者の手に渡るまで大体40分ぐらいです。これがあるからヒアリングが苦手な私も何とか
選手の談話をお伝えすることが出来るのです。
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アガシのインタビューは淡々と進みました。
インタビューの初めの方は全般的なことを聞くのが普通です。
「今日のプレーはどうだったか?」「ポイントになったゲームはどこだったか?」などです。
ただし、記者たちの中にはあるテーマで特集記事を書こうとしている人もいます。
こういう記者は選手全員に、たとえば「試合のない日の過ごし方」、「ストリングの張り方」
などを聞いたりします。一人一人アポイントを取って、それだけを聞くのは大変ですから、
グランド・スラムは願ってもないチャンスです。ハハハ。

何の脈絡もなくそんな質問が飛び出すと、ほかの記者が苦笑していても、選手は答えない
わけには行きませんが、この日のアガシにはさすがにそんな質問は出ませんでした。
敗者ですから和やかという訳にはいきませんが、前半で「ウインブルドンでの望みは?」
と聞かれたアガシがニヤリとして「コリアとプレーしたいね」と答えたときには、みんな
どっと来ていました。

自分は負けたのに、相手のコリアの今後や、ロディックと新しく契約したかつてのコーチ、
ブラッド・ギルバートのことまで聞かれていましたが、いやな顔ひとつ見せずに一つ一つ
丁寧に答えていました。ムードがよかったからでしょう。
これが、明らかにイライラしているときなどは「何を聞きたいんだ?」と言わんばかりに
相手の顔を見つめることがあります。“にらむ”わけではありませんが、その凝視は相手が
顔を伏せるまで続いたりして迫力があります。ハハハ。

最近 滅多に行かなくなってしまいましたが、会見場には人間くさいドラマが潜んでいて
試合とはまた別の楽しみがあります。

ボリュームを絞っていることが多いので、確かなことは分かりませんが、
どうも、最近のアナウンサーは、試合を伝えることに集中しすいていて、
周辺の“ドラマ”がおろそかになっているような気がします。
取材をすればするほど放送の幅が広がるはずですが。


カルガモ続報:卵の怪?

24日の午後 産み落とされた卵は翌日にはどこかに消えていました。
親ガモは25日の午後、2個目と思われる卵を同じ場所に産みました。
その後は変化がありませんでしたが、28日午後、卵の位置が変わっていました!!
廊下側に“移動”していたのです。しかも、1時間後さらに動いていました!!!
カラス、猫、親ガモ…“犯人”は誰でしょう?
まさか、卵自身で!? ハハハ。
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…ときどき、様子を見に行きました。
すると、夜8時、元の場所に戻っているではありませんか。
6時から8時の間の“犯行”です。どうやら、犯人は人間のようです。ハハハ。
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# by toruiwa2010 | 2011-05-29 08:29 | テニス | Comments(2)
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これでも、結構 忙しくて(ハハハ)、ローラン・ギャロスは錦織、森田の試合を
少し見ただけですが、日程の消化は順調のようですね。
ナダルが苦しんでいます。年齢的に、力が衰えることは考えにくいですから、
体調が万全ではないのでしょうか?2週目に入ったら、調子が上向くことを
祈りたいものです。今大会 一番見たい試合は誰が何と言ってもチャンピオン・
ナダルvs絶好調・ジョコビッチですからね。ハハハ。

クライシュテルスが負けました。きっと陣営も“想定内”だと思います。
会見でさばさば話していたというのも彼女らしいです。
シャラポワが復活しているのはうれしいことです。ただ、このコートでは
2週目に残れたら上出来でしょう。期待はウインブルドンです。
ウォズニアッキがハンチュコバに敗れました。まだ安定しないNo1ですから
ありうることだったでしょう。

今日で、男女ベスト16が揃いますね。

「ローラン・ギャロス4日目」2003.05.29


ローラン・ギャロスでは朝8時半からプレスのための送迎バスが運行されています。
いくつかあるオフィシャル・ホテルから会場まで運んでくれるのですが、バスと言っても
ミニですから、ドライバーを除けば8人しか乗れません。続けて来ることもありますが、
普通は一台逃がすと長く待たなくてはいけません。
外国のプレスは結構“ずうずうしい”のが多くて、後から来ても平気で先に乗りこんだり
しますから、油断がなりません。ホテル前の路上で微妙な“ポジション取り”が行われる
こともあります。ハハハ。
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乗れれば、多少 混んでも20分ぐらいで会場に着きます。乗れない場合は、次を待つか、
5,6分のところにあるメトロの駅まで歩いて地下鉄にするかということになります。
降りてから10分ぐらい歩くことになりますが、天気さえよければこの時期のパリの朝は
空気が澄んでいて快適です。トータル30分弱で行けますから、私は時々あえて歩く方を
選ぶことがあります。

ただし、今年は必ずパソコンを持っていかなければいけませんので、腰の悪い私には少々
きついところもあります。詳しく調べてもらってはいないのですが、だいぶ前に「脊椎と
脊椎の間のクッションが磨り減っている」と言われたことがありますから、重いものを
背負ったり持ったりすると、翌日は間違いなく背中から腰が痛むのです。
腕で抱えていると、少し負担が軽くなるので、いわば、だましだまし運んでいる状態です。
どうせラップトップにするのならもっと軽いものにすればよかったのですが、買うときは、
場所を取らないことだけを考えていて持ち運ぶことは頭にありませんでした。ハハハ。
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ところで、日本でご覧になっていてカードの選び方に疑問をお持ちの方も多いと思います。
これがなかなか難しく、いつもプロデューサーがアタマを悩ませるところです。
高い放映権料を払っている各テレビ局は、「どの試合を(テレビカメラのある)どのコートに
入れてほしい」と注文を出します。大会側が調整した上で翌日の予定が決まるのです。
この場合、日本選手の試合はセンター・コートなどでない限り、大体希望が通るのですが、
スター同士の試合などは簡単ではありません。

たとえば、アメリカの有名選手の試合はほとんどが各コートの4試合目に組まれています。
それは、遅ければ遅いほどアメリカ時間はお昼に近くなって視聴率が期待できるからです。
それならWOWOWも主張すれば、と思われるでしょうが、払っている金額に太刀打ち
できない差があって、“発言力”にも違いが出てくるのです。ハハハ。

ウインブルドンでは、途中で帰るお客さんが切符をリセール(安い料金で再販売します)に
まわします。この切符を狙って会場の外に列を作るファンの姿は一種の名物です。
しかし、アメリカのテレビの強い要求で有力カードが遅い時間に組まれるようになって、
観客がなかなか帰らず、リセールに回る切符が少なくなっているという記事を読みました。
おい、アメリカーッ!という感じですよね。ハハハ。

'92、'93年頃は放送時間を延長することもザラでしたが、今はさまざまな番組にそれぞれの
視聴者がいらっしゃいますから、それは出来ません。それを考えるとカードを選ぶ場合、
放送終了までに試合が決着していないと視聴者に叱られますから、どうしても各コートの
第1-2試合しか選べないのです。昨日、私が実況したコリアの試合は第2試合でしたが、
ファイナル・セットにもつれ込んでいたら、それでも入らなかった可能性がありますから、
油断は出来ません。

そして、昨日の放送がもしライブだったら、チャンvsサントロ、ガスケvsラペンティの
好カードやセレス、ロディックが敗れるところがお届けできたと思います。
しかし、それはあくまで結果論で、もし、それらの試合を選んでいたら、すべての試合が
決着しないまま放送が終わってしまうこともありえたわけです。

現在、社員ではありませんし、代弁する立場でもありませんが、WOWOWにしてみると
“賭け”に出る事は難しいだろうと、この業界に長くいる者としては理解ができるのです。
あくまで私個人の意見ですので、これを根拠にWOWOWに苦情をおっしゃらないように
お願いします。契約を解除されてしまいます。ハハハ。

杉山が試合をしている時に1番コートに出かけました。
ビジュアル対決、ハンチュコワvsハークルロードを見るためです。行ってみて驚きました。
プレスのスペースが、私と同様「おじさん化」した記者で満員なのです。
実はプロデューサーは杉山かこのカードかで悩んでいましたが、結果的には「杉山」で
正解でした。3時間8分の、女子としては超ロング・マッチでした。
(Harkleroad d.Hantuchova 76/46/97)
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スコアから見て接戦のようですが、両者あわせて167エラー…内容的には見るべきものが
少ない試合になりました。次が私の担当試合でしたから、見ていて相当イライラしました。
顔合わせだけを見て内容を予測することがいかに難しいかの証でしょうかね。

そして、夜はひとりでチャンピオンズ・リーグの決勝を見ました。
仕事をしながらだったので、細かいところは分かりませんが、前半はなかなか面白かった
と思います。当事者たちは気にもしないでしょうが、イタリアのサッカーはつまらないと
“サッカー通”を気取る人たちに嫌われる中で迎えたイタリアのチーム同士の対決。
'91年から関ったセリエを通して、イタリアのサッカーが好きな私にとっては気が気では
なかったのですが、前半をチョコチョコ見た限りではほっとしました。
PK戦でミランが勝ちましたが、私は90分が終わったところでやすむことにしました。
あくまでテニスのために体調を整えるのが私の仕事ですから。ハハハ。

そんなわけで、WOWOWのチャンピオンズ・リーグは終わりました。(註:契約終了)
同時にこれで、WOWOWのサッカー放送の一時代が終わったということになるのでしょう。
寂しいですが、この業界にいるとこんなことは何度も経験します。
問題はこのあと、来年のユーロまでをどうつないで行くか、です。
それは私たちが考えることではなくWOWOWが社として考えてくれることです。
果たして、視聴者や私たちの気持ちにどうこたえてくれるのか、私は祈るような気持ちで
待つことにします。

おまけ:街で見かける広告

地下鉄で会場に来る道すがら見かけて、いつも「セクシーでおしゃれだなあ」と
感心している広告をどうぞ。
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「ローラン・ギャロス6日目」2003.05.31

今日は「アラカルト」について少しお話しましょう。
私の放送は実況・解説者とのやり取り、ちょっとしたこぼれ話で成り立っています。
サッカーのようにこぼれ話を入れにくい、展開の速いチーム・スポーツもありますが、
基本的には担当しているどの種目でも同じです。

実況のテクニックや解説者との会話は経験で自然に身についてきますし、努力によって
レベルを上げることもできます。
しかし、“こぼれ話”となると経験や努力ではカバーできない部分があります。
まず、情報を集めるための膨大な時間が必要です。この段階で「とても、そんなことは
やっていられない」と思うタイプの人には向いていません。ハハハ。

私自身は、“スポーツ放送にちょっとしたユーモアは不可欠だ”と考えるタイプてから
「やってられない」などとは思いません。こつこつ、ある種マゾヒスティックに(ハハハ)
いろいろなソースを探し回ります。
そして、集めたネタを放送の中で使えるときを待つわけです。

テニスの場合、チャンスはネタを持っている選手の試合を担当する時しかありません。
使えないまま、ひとつの大会が終わってしまうと、次の大会まで待つことになりますが、
話によってはどんなに面白くても、その試合でなければ、あるいはその大会でなければ
使えないものもあります。ですから、折角 時間をかけて探したネタでも放送されないまま
消えていくものがたくさんありました。
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あるとき、テニスの制作を請け負ってくれているウッド・オフィスの名取ディレクターと
雑談をしていて「もったいないんだよねェ」と話しました。
そこから「だったら、いっそのことコーナーを作りませんか?」という話になったのです。
“ひょうたんから駒”でした。

2000年全米からスタートしたこのコーナーのタイトルは、初め「クリッピングス」でした。
意味は「切り抜き」です。当日の新聞から面白い話を見つけるのが基本でしたから。
英語圏の全豪までは同じコンセプトでやれましたが、全仏となると、そうは行きません。
母国語に強い誇りを持っているフランスは、英語の情報を得ることが極めて難しい国です。

第二外国語はドイツ語でしたし、フランス語はまるでダメ。ハハハ。
そして、このコーナーは“私が読んで”面白いと思ったものをご紹介して初めて成り立つ
わけですから、「地元の新聞を読めないのでは無理だなあ」と思わざるを得ませんでした。
しかし、「なんとかしましょうよ」という制作陣の粘りに負けて続けることになりました。
みんなでいろいろアイデアを出し合った結果、過去のポスター、選手が出演しているCM、
各種雑誌から探した話題などで何とかなりそうでした。
ただし、「切り抜き」とは少し違うな、ということで「アラカルト」に変えたのです。
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私が「ちょっといい話」的なものに興味を持ったきっかけはこんなところにありました。

初めは、スポーツとはまったく関係ない話でした。月間文芸春秋に載っていた昭和天皇の
エピソードです。
皇室では、折りにふれてマスコミ用の写真を撮りますが、ある時、御用達のカメラマンが
知り合いを助手にやとって御所に伺いました。当時、フラッシュはストロボ電球を使って
いたために助手が必要だったのです。
陛下がお好きな将棋をさしているところをテーマにすることになりました。

カメラマンが「恐れ入りますが、私が『結構でございます』と申し上げますまでお動きに
ならないでください」とお言葉をかけて撮影に入りました。
ところが、慣れない助手が緊張したからか、ストロボが破裂して粉々になったかけらが
おそれ多くも陛下の背中や盤上に降り注ぎました。
大慌ての側近やカメラマンたちが飛び散ったかけらを片付ける中でふと気づくと、陛下は
まだ、右手で駒を盤の上に置いた状態で微動だにしておられなかったのです。

陛下にしてみれば「結構と言われるまでは」というお気持ちだったのでしょう。
お人柄が伝わる話でした。

この部分は、メジャー・リーグに関するもうひとつのエピソードですが、
近く書く予定のエントリーとかぶりますのでカットします。すみません。


どちらも手元に資料がなく記憶を頼りに書いていますので、細かいところで間違いがある
かもしれませんが、この二つの話は長く私の頭の中にとどまって離れず、いつの間にか
私の放送のベースになるようになったのです。

おかげさまで「アラカルト」は好評でした。
実況のことは何も言われず、こちらをほめられることが多く、いささか
気分を害しましたが。ハハハ。


おまけ:明日早朝 UCL決勝

舞台はウエンブリーです。
1966年にイングランドがワールド・カップで優勝したときの会場。
そして、私にとってはユーロ96の舞台として懐かしい場所です。
決勝はドイツvsチェコでした。
ドイツにベテランのクリンスマンやザマーがいて、チェコには
若き日のネドベドがいました。
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当時のウエンブリーは築43年…途中で止まってしまうのではないかと
心配になるようなエレベーターの中でフリットと隣り合わせになり、
短い会話をしたこともいい思い出です。
2003年から改築が始まったのですが、大きく変わったようです。
昔のスタジアムと90度 向きが違うはずです。
FAカップ決勝のとき、日差しの関係でテレビがとても見にくいことが
不評だったとかで、それを避けるためだと聞きました。

おまけ2:カルガモ続報

5月24日に最初の卵を産み、翌日の朝にはなくなっていましたが、
午後になって2個目を産みました。
以後、産んでいません。すくなくとも、私たちに見えるところには。
親ガモの姿は見かけますが、一つだけさびしく“放置”されている
卵には見向きもしません。

この一つが実は“ダミー”で、ほかの場所でいくつか産んでいれば
いいのですが。ハハハ。

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# by toruiwa2010 | 2011-05-28 09:55 | テニス | Comments(8)
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リーガ・エスパニョーラにバレロンという選手がいました。
ドリブルがうまく、いいスルーパスも出す私好みのタイプの選手で、“言いすぎ”の感は
ありますが、“スペインのジダン”と呼ぶ人もいました。
彼が所属するデポルティーボ・ラ・コルーニャの試合を実況したときに、「彼はバイブルを
座右の銘にしている」と思わず言ってしまいました。 
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「それでは座右の銘だらけになるだろう!」と突っ込まれそうです。
言うなら「座右の書」だったでしょうか。プレーが動いていて話が先に進んでいたため、
訂正することもできず、恥ずかしい思いをしました。

一時、WOWOWにセリエが戻ってきたとき、後輩のアナが「(コモ湖の)ミナモ」と言って
いるのを聞いてオヤと思いました。“水面”のことですが、私はフジテレビで「ミノモ」と
教えられていたからです。
すぐ、手元の小さな辞書をひくと「ミノモ」しか出ていませんでした。
ところが、その後テレビの歌番組で、堀内孝雄が「山河」という歌をうたっているのを
聴いていたら「ミナモ」となっていました。好きな小椋桂の詞ですから文句の言いようが
ありません。いろいろ調べてみると「ミナモ」が出ている辞書もありましたから、今では
“どちらもOK”ということになっているのかもしれません。

こんな時に私たちは「日本語はむつかしい」とよく言いますが、きっと、日本語だけが
むつかしいのではなく、「言葉はむつかしい」のだろうと思います。ハハハ。

サッカー・ファンなら、“ビッグ・イヤー”がどういう意味かはご存知ですよね?
お恥ずかしい話ですが、10年近く前まで「big year」だと思っていました。
その意味は“偉業を成し遂げた年”です。ちゃんと話が通じましたから、自分の間違いに
気づくのが遅れたのでしょう。
チャンピオンズ・リーグの優勝トロフィーの取っ手が“耳の形”に似ているところから、
“大きな耳”、つまり、“big ear”になったとは。ハハハ。

どこのどなたが言い出したにしても、ちょっとしゃれてますよね。
ただ、英語的に言うなら、取っ手は二つあるのですから“big ears”と、複数形でなければ
おかしくはないのか?と思いました。  

考えてみると、大量の英語の情報を読んできた中で「今年こそ big earのチャンスだ」とか、
「引退するまでにbig earを手にしたい」と発言している記事を見た覚えがありません。
「覚えてないだけで、きっと、読んだことはあるはず」とは思いますが。ハハハ。
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ためしにYahoo!で検索してみました。
“big ear”だけだと6200万件!もヒットしてどうにもなりません。
“big ear + champions league”にしたところ、約 618,000 件に減りました。
ところが、“big ears + champions league”にすると413万件…
うーん、やっぱり、英語圏の大勢はbig ears つまり複数形ということのようです。

さて、決勝のときが近づいてきました。
思えば、1992年から2005年まで、毎年パリで見ました。自分の担当試合が終わっていれば
大急ぎでホテルに戻り、ゆっくりと、中途半端な時間に終わっていたら控室でスタッフと
ワイワイ言いながら…。

厄介なのは、ナダルのようにサッカーが大好きなテニス選手たちです。
トップ選手は日程について少しは注文をつけられますが、翌日のオーダー・オブ・プレー
(試合予定)が発表されるまでは気が気ではないでしょう。
20年近く前には、全豪の最終日(男子決勝)がスーパー・ボウルの決勝と重なることが続き、
当時 絶好調だったアメリカ勢が決勝の時間をずらしてほしいと真剣にアピールしていた
こともありました。スポーツ好きは自分の専門種目でなくても胸が躍るのです。ハハハ。
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今シーズンのUCL決勝は、舞台がウエンブリーですから、マンチェスターUは是が非でも
勝ちたいでしょうが、絶好調のバルセロナがそれを許すかどうか。
ビッグ・イヤーズを手にして2011年をビッグ・イヤーにするのはどっち?ハハハ。

カルガモ:続報

今朝も卵は1個しかありません。昨日は産まなかったのでしょう。
親ガモの姿も見えません。
今年植えられてきれいな花を咲かせているカルミナ(?)の向こうに
絶好の茂みがあるのですから、そちらで産んでくれればいいのに…。

振り回される日々が続きます。トホホ。
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# by toruiwa2010 | 2011-05-27 08:43 | サッカー | Comments(13)
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全仏オープンはお天気に恵まれて順調に日程を消化しているようですね。
朝、目が覚めてカーテンを開けると見事な快晴…パーっと気分が明るくなります。
大会中は毎日のことですが、空模様が常に心配でした。屋根つきのコートがない赤土の
ローラン・ギャロスの場合、雨が降るり出すとプレーが止まります。
いいえ、長時間 待たされるのはいいのです。予定していた試合の代わりに、前日の試合に
実況をつけることになるのが嫌なんです。ハハハ。
結果が分かっている上に、ライブの場合には参考にすることができるサーブのスピードや
さまざまなデータが一切使えないので放送が単調になってしまうのです。
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全仏の宿泊先が一番転々としていると思います。現在のスタッフ・キャストの宿泊先が
どこなのか知りませんが、かつて、メトロ8番線・バラール駅近くにあるソフィテルに
泊っていたときは最高でした。セーヌ川を渡って、男の足なら40分ぐらいでローラン・
ギャロスまで歩いて行けるのです。毎日というわけにはいきませんが、朝の散歩としては
ちょうどいい距離でした。
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歩いて行く場合でも10番線のポルト・ドートゥイユ駅のそばを通ります。
駅から会場までは5,6分ほどの距離ですが、ゆっくりしたペースで歩く私を地元の人たちが
どんどん追い越していきました。気もそぞろなんでしょう。ハハハ。
このルートは、ちょうど、マロニエの並木に包まれて歩く感じで、夫婦連れ、親子連れ、
恋人同士で賑やかに会話を交わしながら行くには絶好です。

人波に身を任せ、弾ける笑い声を聞きながら歩いていると、それだけで「今年もきたなあ」
という感慨が胸をよぎります。ヤミ切符を売買する「ダフ屋」も出ています。
全豪などでは見かけませんが、ほかのグランド・スラムはどこにでもいるみたいです。
ローラン・ギャロス独特の光景は、通行する車に向けて、「チケット買います」と書いた
A4ほどのダンボールを示しながら道端に立っている人たちです。
あれで、商売になるのかとひとごとながら心配です。ハハハ。
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1回しか行ったことがないウインブルドンをのぞく三大会の中では、ローラン・ギャロスが
最も“雰囲気”を持っていると思います。
出来上がったのは1928年です。
前の年、1927年に、フランスは初めてデビス・カップで優勝を果たしました。
現在のトーナメント形式ではなく、当時のデビス・カップは、1年かけて決めた挑戦国が
前年のチャンピオン国と対戦していました。
タイトルを防衛する立場に立ったフランスがその舞台として、建設したのがこの会場です。
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当時、パリにあった二つのテニス・クラブが協力したようですが、そのうちのひとつの
メンバーで、第一次対戦中に戦死した人の名前をつけることを条件にしました。
その人の名前こそが、“ローラン・ギャロス”だったのです。
ちなみに、フランスは32年にイギリスに敗れるまで、5年連続でタイトルを守りました。
ローラン・ギャロスが何かを持っていたのでしょう。ハハハ。

念願だったスザンヌ・ランラン・コートが会場の西側に完成したのは94年でした。
周りの住民の反対などもあって、工事を始めてから完成までに長い年月を要しました。
その後も、アザー・コートをさらに西側に移し、3年計画でセンター・コートを改修し
前のフランス・テニス連盟会長の名前をとって“フィリップ・シャトリエ・コート”と
命名するなど、着々と環境を整備してきました。初めて行った92年ごろにくらべると、
通路は広くなり、全体の華やかさがぐーんとアップして、「おしゃれな大会」の舞台に
ふさわしくなりました。つまり、それだけ儲かってるってことでしょう。ハハハ。
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80年代ぐらいまで、この大会を「ローラン・ギャロス」と呼ぶ人は少なかったと思います。
新聞も「全仏」か「フレンチ・オープン」と呼ぶことがほとんどでした。
90年代の半ばぐらいになって、大会側から、「ローラン・ギャロス」と呼んでほしい旨の
アピールがありました。
全豪もひところ、会場がある公園の名前を「メルボルン・パーク」と変えて、できるだけ
それをアピールして欲しいと言っていたことがあります。要するに、「ウインブルドン」と
同じように、地名を世界に発信したいという思惑なんです。
私は「ローラン・ギャロス」の響きが好きですし、世界的にはだいぶ定着してきた感じが
ありますが、WOWOWは現在も「全仏オープン」を前面に出しているようですね。
理由はよく知りませんが。ハハハ。

前半はシングルスだけでもたくさんの試合があります。晴れていれば、夜9時過ぎまで
プレーできるとは言っても、コートをフルに使わないと消化できません。試合数が多い、
イコール、多くの選手が見られる…ということで、ファンのかたもこの序盤に集中する
傾向があります。じっくり、ひとつのコートに腰をすえて、何試合か見る方もいれば、
コートからコートへ、お目当ての選手を追いかけて、会場を駆け回る人もいます。
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後者は大変です。大きなショー・コートはともかく、アザー・コートはキャパシティーが
小さいですからね。
“意地悪じじい”として言わせてもらうと、プレーするのが週に1回程度のアマチュアの
みなさんにとって、シングルスのトップ・プレーヤーの試合は、どう考えたって参考に
ならないでしょう。テレビでタイガー・ウッズのプレーを見て、素振りをする“月いち”
ゴルファーと同じで、実に愚かなことです。
「いや、参考になります!」とおっしゃいますか? 強弁でしょう。ハハハ。

悪いことは言いません。好きな選手を応援するだけにした方がいいと思います。
楽しむなら、ミックス・ダブルスを勧めします。選手がとてもリラックスしていますから
雰囲気が明るく、楽しめます。第一、スタンドがすいています。ハハハ。
2週目に入ると始まるジュニアでそう来のスター選手を見つけたり、レジェンドの試合で
かつての名選手たちの元気な姿を見て当時を懐かしんだりするのもグランド・スラムの
立派な楽しみ方でしょう。

今、日本にいる人に言っても意味ないけど。ハハハ。

カルガモ、育児放棄? 

昨日は早から遠出をしていました。
朝、池の横を通ると卵がなくなっていました。親の姿も見えません。
卵を茂みの中に移したか、時々来るカラスに持ち去られたか、
もともと、ダメな卵だったか…
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遅くに帰宅したとき、目を凝らすと、同じ場所に卵が1個 見えました。
前日のものを戻したのか、昨日になって生んだものかは分かりません。
どちらにしても、親ガモの姿はなく“ほったらかし”です。
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今朝も同じ状態でしたが、9時近くに確認したところ、親ガモが1羽だけ
戻っていました。しかし、卵から離れた場所で熟睡中…
温めなきゃ、ダメだろう!
産んだ場所もおかしいし、もしかすると、このカップルは若すぎて
抱卵のやり方を知らないのかもしれません。
…と思ったら、妻が調べたところでは、カルガモの親は、全部を
産み終えるまで卵を抱かないのだそうです。やれやれ。

いずれにしても、ハラハラする日々が続きます。

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# by toruiwa2010 | 2011-05-26 09:08 | テニス | Comments(6)
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「ジュリエットからの手紙」80

雑誌“ニューヨーカー”でfact checker (調査員)として働くソフィーにはレストランの
オープンを控えたシェフのヴィクターという婚約者がいた。
その夏、二人はイタリア・ヴェローナへの旅に出た。ヴィクターが食材探しに出たある日、
ソフィーは“ジュリエットの家”を訪ねた。
シェークスピアの物語のヒロインが住んでいたとされるこの家を訪れる大勢の女性たちは
恋の悩みをつづった手紙を中庭の壁に張って行く。宛名はもちろんジュリエット。

まもなく、籠を手に現れた女性がその手紙を壁からはがして帰って行った。
思わずあとをつけるソフィー。行った先では“ジュリエットの秘書”と名乗る女性たちが
手紙への返事を書いていた。グループの仕事を手伝ううち、ソフィーは50年前に書かれた
イギリス人女性からの手紙を偶然見つける…
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事前に読んだチラシやネットの情報で、どんなストーリかは分かっていて、その意味では
予想通りの展開で、驚くようなハプニングは起きません。ただ、楽しめばいい作品です。
なによりも、世界遺産・ヴェローナの美しい風景に目を奪われます。
もう少し“見せて”くれてもいいんじゃないの、と言いたいほどでした。ハハハ。


「4月の涙」70

追いつめられた女性兵士だけで編成された部隊が捕らえられた。
乱暴した上「逃げろ」と命じ、後方から銃撃する理不尽な上官に反抗する若い兵士。
逃げた女性兵士の一人が生き残っていた。裁判にかけることを主張する若い兵士が彼女を
連行することになった…

敵も味方もフィンランド人です。この映画で描かれているのは歴史の暗部なのでしょう。
よく知られた話なのか“暴かれた”事実なのか、私には分かりません。どちらにしても、
この国の歴史を知らないと、監督がこの映画で何を描きたかったのかを理解することは
できないと思います。フィンランドの歴史と言えば、数回にわたってロシアに侵略された
ことぐらいしか知りません。とても、この映画を理解する助けにはなりませんでした。
「おいおおい、なんだいこれは?」と思いながら最後まで見ましたが。ハハハ。


「阪急電車」85

呼び出された翔子(中谷美紀)はあっけに取られていた。
3年の交際を経て結婚も近かったはずの恋人から、いきなり別れ話を切り出されたのだ。
しかも、彼の隣には会社の後輩が座っていた。妊娠している。
「彼女、死のうとしたんや。おれは男として責任を取って結婚する。お前は泣かへんし、
大丈夫や」と弁解する彼に絶望した翔子は別れを受け入れる。
ただし、条件が一つあった。結婚式に招待するという…
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吹田市千里山に住んでいた5年間は阪急・千里山線にお世話になりました。
次兄の結婚式に出席するため宝塚に行ったときは今津線に乗った覚えがあります。
2年前、長兄と同居生活をしている間、映画を見るためにしばしば三宮に行きましたが、
そのときに乗ったのは神戸線でした。
濃いあずき色の車体に白いふちどりの窓…阪急電車にはいろいろと思い出があります。

西宮北口から門戸厄神・甲東園・仁川・小林・逆瀬川・宝塚南口、そして、宝塚。
たった8駅しかない今津線を舞台にしたこの映画は、少しデフォルメされているものの、
街の片隅で目にしそうな、人と人の“接点”で起きるエピソードをつなぎあわせています。
いくつかの独立した話が少しずつ重なって行くところやそれぞれの物語のまとめ方にも
無理がありません。
大学で同じクラスになった、軍事オタクと野草オタクの生まれたての恋、女子高校生と
少しだけアホな社会人の意外にピュアな恋が気に入りました。若いっていいや。ハハハ。

この作品で大事なのは地域性のリアリティです。
関西出身の俳優を多く起用したのも、セリフのアクセントやイントネーションが不自然に
なることを避けたかったのでしょう。
その点、演技は光りますが、宮本信子(名古屋出身)のセリフが少し浮いていたのが惜しい!

ドラマ「仁」に続いて、中谷美紀がいいと思いましたし、勝地涼という若手俳優の澄んだ
“目”に惹かれました。いい役者になりそうな予感。


「ブラック・スワン」75

ニューヨークを本拠とするバレエ・カンパニーが新しいシーズンを迎えることになった。
監督のトマは「白鳥の湖」を演目に選び 新しい振り付けで新しいスターを作ろうと考えた。
主役の候補はカンパニーの優等生、ニナだったが、彼女には高いハードルがあった。
純潔の白鳥を踊るのに問題はないのだが、王子を誘惑するブラック・スワンを、トマが
望むようには踊れないのだ。トマは恋愛経験が足りないのだと言う。
二つの踊りを完璧にマスターしようと、ニナの懸命な練習が続いた…
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終わったとき、
「4月の涙」と同じように「なんだこれは?」と思いました。
帰宅後、まさかと思いつつ確認すると、アカデミーの作品賞の候補作じゃないですか。
私の評価では、そんなレベルの作品ではありません。
団員同士の競争や反目があることは予想できましたが、ここまでドロドロした描き方に
なっているとはまったく“想定外”でした。ハハハ。
現実と妄想を混在させるのはよくある手法ですが、「なるほど」などとは思いません。
物語を複雑にしただけです。

ナタリー・ポートマンが力の入った演技をしているのは事実でしょう。
しかし、ほかの4人の候補者が出演した映画をまだ見ていないのでなんとも言えませんが、
アカデミーの主演女優賞にふさわしかったのかどうかは少々疑問です。
バレエ・シーンをこなしたことを含めて演技の熱っぽさに惑わされてはいないでしょうか。

バレエについては激賞されていた印象があるので、期待していました。努力は認めますが、
私の眼には、かなり“たどたどしい”踊り方に見えました。ハハハ。
特にコーチ役の女性と向き合ってレッスンする場面では、力の差がはっきり出ていました。
体の動かし方、しなやかさが天地ほど違うのです。
とにかくこの映画は、評価する人が40%、しない人が40%、残りの20%は劇場を出るとき、
小さく首を振っている…のではないでしょうか。

ブラック・スワンを踊るには男性経験が…と監督がニナに話す場面では、ラサール石井が
浅田真央について似たようなことをもっと露骨な言い方でつぶやいて袋叩きにされていた
ことが頭に浮かびました。ハハハ。


「レッド・バロン」80

第一次世界大戦下の1916年、連合国支配下のフランスの村でイギリス空軍のパイロットの
葬儀が営まれていた。国旗に包まれたひつぎが墓穴に下ろされたとき、ドイツ軍の4機の
複葉戦闘機が飛来した。参列者が逃げまどう中、そのうちの1機が何かを投下した。
正確に、ひつぎの横に落下したのは花束だった「敬意をこめてウォーカー大尉へ」という
リボンがついていた。
花束を投下したのは、のちに“撃墜王”としてドイツ空軍の伝説の男になった“レッド・
バロン”こと、マンフレート・リヒトホーフェン。敵国の兵士に敬意を表す行為だった…
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戦争映画もこのころのものになると、悲惨さが“非現実的”で、胸の痛み方が違います。
アナログ的な空中戦にレッド・バロンと看護婦の恋模様が絡んで映画としては面白いです。

85 阪急電車 街の片隅で起きていそうなエピソードをつないで人生の哀歓を描いた佳作
80 ジュリエットからの手紙 偶然見つかった手紙が50年前の青年と少女を結びつける
70 4月の涙 フィンランドの歴史の暗部 “部外者”には伝わらない部分が多すぎて…
75 ブラック・スワン 想像以上にドロドロした描き方に辟易 ポートマンの踊りも“?”
80 レッド・バロン アナログ的な空中戦に空軍兵士と看護婦の恋がからんで…面白い

速報 !! カルガモの産卵 始まる

5月24日午後、カルガモが最初の卵を産みました。
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廊下のすぐよく横の、茂みを挟んで、とても微妙なところに卵があります。
できるだけストレスを与えないようにしたいものです。
ウイキペディアによると、産卵は1日に一つずつ、卵を抱いている期間は
およそ4週間です。住民みんなでそっと優しく見守ろうではありませんか。
酔って帰ったときなど、特にご注意ください。ハハハ。
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警戒心が強く、昼間 池の中で昼寝をするところなどを見ると、去年とは
違う個体だと思われます。なぜ、この池のことを知っているのか?
神秘じゃありませんか?

マンションの掲示板に貼りだしたもの

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# by toruiwa2010 | 2011-05-25 06:08 | 映画が好き | Comments(8)
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私が大リーグを追いかけていた1978年から81年まで、現地で見た中継画面を思い出して
みると、とても“クリーン”でした。
テレビの世界で“クリーン”は、画面にスーパー(字幕)が出ていないことを意味します。
映像の配信を受けるときに「ダーティー(字幕付き)で構いません」とか「クリーン(なし)で
お願いします」などと依頼するのです。
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           1978 ワールド・シリーズ:R・ギドリーvsR・スミス

野球中継ですから、完全に字幕なしではありません。しかし、SBO(ストライク、ボール、
アウト)の表示も“思い出したように”しか出ません。ハハハ。
日本で 得点やボール・カウントが常に表示されている画面に慣れていましたから、初めは
違和感がありましたが、“余計なもの”を一切はぶいた画面はすっきりしていて、一種の
心地よさを覚えるようになりました。

新しいバッターが打席に入ったときに表示される打撃成績も、前日までの数字が最後まで
更新されることなく出ていました。贈り手も受け手も大雑把だったのでしょう。
日本のように、打席ごとに更新するようになったのは数年後のことです。
1981年シーズンにストライキによる中断があり、アメリカのテレビが日本のプロ野球を
放送したことがありましたが、日本の放送を見たスタッフが導入したのだと思います。
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また、1978-79年ごろは球速の表示もまだありませんでした。
現地から実況する立場としては、“パワー”と“スピード”の象徴のひとつ、ピッチャーが
投げるボールの速さはぜひ伝えたいところですから“歯がゆい”思いをしたものです。

…ドジャー・スタジアムだけは、それが、“ある程度”可能でした。
ネット裏の最前列に、必ず“彼”…ドジャースで中南米担当のスカウトをしていたマイク・
ブリトがいたからです。
古いMLBファンなら、大きく割れるスクリュー・ボールを武器に大活躍したフェルナンド・
バレンズエラを覚えていらっしゃるでしょう。“金太郎さん”のニックネームで知られる
バレンズエラを発掘し、ドジャースに入団させたのが彼です。

彼はスカウトのほかに“副業”を持っていました。
ドジャースのホームゲームのときは、“定位置”に陣取り、スピード・ガンで1球ごとに
球速を測定していました。
当時“90 mile-par-hour fastball”(90マイル=145キロの速球)という言葉があったほど、
メジャーでも、90マイルのストレートは目立っていました。
投球が90マイルを超えると、彼はスタンド中段にある放送席に指で知らせていたのです。
“グー”ならちょうど90マイル、1本なら91マイル、そして、指が3本立てば93マイル、
つまり、150キロというわけです。
さっそく、換算表を作って“彼”のシグナルを活用させてもらいました。ハハハ。

2年前のWBCを見ているとき、サンディエゴのペトコ・パークのネット裏に懐かしい顔を
みつけました。かなりの年齢になっているはずですが、どう見ても“彼”です!!
ストローハットをかぶってガンを構える姿はまったく変わっていませんでした。
変わったのは、どこにも結果を知らせていないことと、いつも左手に持っていた葉巻が
なくなったことです。いつから“健康志向”になったのでしょうか。ハハハ。
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            *キャッチャーの真後ろでガンを構えるのが“彼”です。

このときは名前が思い出せなかったのですが、この記事を書くにあたって検索したところ
一発で出てきました。入力したのは4語です。
dodgers cigar speed gun…まあ、便利な世の中になったものですねえ。ハハハ。

便利…と言えば、ブリトのハンド・シグナルは球場備えつけのレーダー・ガンにとって
代わられました。今では、日米ともに、投球と同時に画面に出るようになっています。
NHKは現地がマイルで計測したものを“自動的に”キロに換算するプログラムを使って
表示しているのでしょう。

先週、24 man-roster について書きました。
“上がり”がないメジャーでは一人少ないだけでもいろいろ考えなければいけません。

まず、ピッチャーを何人 入れるかが大問題になります。
30年前は10 man pitching staff とか11 man…という言い方が普通にされていました。
つまり、投手陣を10人で編成することが多かったのです。
先発要員が5人、クローザーが1人、そして、中継ぎ4人(11 man なら5人)で構成します。
セットアッパーという考え方は少しあとに出てきたものです。
現在のロースターを見ると、12人で編成しているところが多いようです。
ただし、開幕のころは、日程に少し余裕がありますから、10人、11人にして、その分、
野手を増やしていたチームもあったはずです。

キャッチャーについても難しい判断を迫られます。
昔も今も、キャッチャーは2人のチームが多いですね。ケガの多いポジションですから
リスクは大きいです。打撃不振でも先発キャッチャーをなかなか交代させないのは控えが
一人しかいないからだと思って間違いありません。
代打・代走を出して2人目のキャッチャーを使ってけがでもしたら目も当てられません。

もっとも…たぶん、どのチームにも“emergency catcher”がいるはずです。
“正規”のキャッチャーが底をついたときにマスクをかぶれそうな選手のことです。
キャンプのとき、監督・コーチは野手の中でキャッチャーをやれそうな選手をそれとなく
探しているものだと聞いたことがあります。

キャッチャーの数は同じでも、ピッチャーは30年前より増えていますから“しわ寄せ”は
当然、野手のところに行きます。25人のうち12(投手)+2(捕手)が確定すると、残る枠は
11しかありません。先発(内外野)が7人ですから控えは4人しかいないことになります。
一方、延長回数・時間制限+“28人登録・25人ベンチ入り”と、選手に優しいシステムの
日本では、試合ごとにベンチ入りするピッチャーは8~9人でしょう。メジャーにくらべて、
野手に大きなゆとりがあります。

メジャーはこの厳しい条件の中で162試合を戦います。しかも、182日間(2011年)で!!
休みはたった20日しかありません。飛行時間だけで5~6時間かかる大陸間を含む移動に
当てることもありますから“完全休養”はほんの数日でしょう。
少しでも体を休めるようにと球団も考えます。
試合が終わるとすぐに、バスが外野グラウンドに入る。簡単にシャワーを浴びただけの
選手たちが私服に着替えて乗り込み空港へ。待ち構えたチャーター機で次の試合地へ。
ホテルにチェックインするのが午前2時、3時ということもザラです。

「サンデーモーニング」で能天気なH本が「メジャーなんてこんなもんよ」と言うたびに、
「知りもせんで、黙っとれ!」と一喝したくなる72歳の私。ハハハ。

FARM=農場…:ああ、驚いた

昨日は久しぶりのマージャンで帰宅が午前0時近くでした。
寝ていると思った妻がまだ起きていて、映画「ナチュラル」を見ていました。
ロバート・レッドフォード主演のメジャーを舞台にした物語です。
残り15分ぐらいを見ましたが、ドラマのクライマックスで“それ”は起きました。
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最終回に逆転のチャンスをつかんだニューヨーク・ナイツは打席にレッドフォード扮する
ロイ・ホブスが立ちます。カウントが0-2になったところで相手チームの監督が出てきて
球審に投手交代を告げました。左打者のホブスに対して左ピッチャーを起用したのです。
盛り上がるスタンドの歓声をバックにラジオのアナウンサーの興奮した声が聞こえます。
そして、画面の下に日本語の字幕が出ました。
「農場で育った速球派…」

野球ファンなら分かりますね。この場合のfarmは3A、2Aなどの下部組織を指しています。
つまり、アナウンサーは「ファームから上がってきた…」と言ったのです。
野球音痴の訳者が“farm=農場”と決め込んでしまったのでしょう。ハハハ。

この映画は、テレビ初放送ではないと思います。
日本語訳を担当した人は知らないのだから仕方がないでしょうが、周りにいた関係者の
誰もチェックしなかったのでしょうか?視聴者からクレームはなかったのでしょうか?

再放送もあるでしょうし、私が見始める前の部分に間違いがある可能性も否定できません。
今朝、メールを送っておきました。ハハハ。

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# by toruiwa2010 | 2011-05-24 10:33 | メジャー&野球全般 | Comments(9)