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岩佐徹のOFF-MIKE

toruiwa.exblog.jp

実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

週末、慌ただしい旅をした。

行った先は芦屋だ。当面、芦屋以外に出かける予定はない。

そして、慌ただしくない旅も、たぶん、ない。ハハハ。

主たる用件は胃と腸の内視鏡検査の結果を聞くことだった。

検査当日に話してくれればいいのに…とだれもが思うが、

麻酔が残った状態で話しても頭に入らないからだそうな。

たしかにそうだね。前の記事を読めば合点がいくと思う。


予約の前日に東京を出た。遅れると厄介だもの。

まず、兄を見舞った。一週間ぶりだ。

看護師さんが微熱があると言っていたが、握手をすると

たしかに温かかった。

“熱”という単語を聞くとどうしても肺炎を連想する。

体力が落ちていると分かっているだけに怖い。


芦屋に行き、兄のマンションに寄ってポストのチェック。

郵便は私の住所に転送するように手配済みだが、芦屋に

来たときは念のためにポストをのぞくことにしている。

溜まったチラシの処理もしないといけないし。

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そのマンションには早くも引き合いがあったようだ。

売却を頼んだ不動産屋が、業者関係に情報を流したところ

食いついて来たそうだ。かなりのリフォームが必要だから

高くは売れまいと覚悟していたが、業者が売り出した価格は

私の想像を超えていた。そんな値段じゃ売れっこないよ…と

思っていたが、“蛇の道は蛇”と言うべきか、“餅は餅屋”と

言うべきか。ハハハ。


2社が下見に来たと言う。幸先がいい。


元町にホテルをとつていた。

東京を出るときは2泊の予定だったが、フロントで一泊に

変えてもらった。その後も胃の調子があまりよくないからだ。

いつまでもしつこいやつだ。たちの悪いものなのか?


チェックインをすませ、すぐに食事に出た。ホテルから近い

中華街には美味しそうなものが並んでいたが、重いものは

無理そうなので敬遠し、アーケードの中ほどのレストランで

コーンスープとビーフシチューを食べた。

デザートにショコラも。小さいやつだ。ハハハ。

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翌日、予約時間よりかなり早めに病院について待っていると

不動産屋から電話が入った。早くも1社からオファーがあり

その額は“言い値”から50万円引いたものだという。なぜ、

50万値切るのか、私には分からん。リフォーム代を加えたら

かなりの売り出し価格になる。で、それでも儲けが出るわけだ。


あとで知ったのだが、もう1社は「言い値通りで買いたい」と

言ってきたそうだ。

待てよ。それなら、もう100万円高くても売れたんじゃない?

素人はそう考えがちだ。しかし、この価格を提示したたから

買い手の“アンテナ”に引っかかったのだとも考えられる。

そこが“プロの勘”だろう。そういうことにしておこう。

ハハハ。


検査の結果は上々だった。

診察室に招かれてすぐ、「なーんにもありませんでしたよ」と、

医師はむしろ残念そうな口調で告げた。たくさんの写真を見せ、

どこにも問題はないと話してくれた。「大腸は5年、胃の方も

3年はカメラをやらなくて大丈夫」とも…。

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医師は“事実”を告げているだけだから、患者が有難がることは

ないのだが、思わず、「有難うございます」と言ってしまった。

ほっとした。絶対に何かあるはずだと思っていたもの。


駅前の市役所出張所で兄の印鑑証明をとって不動産屋に向かった。

「帰りに寄ってほしい」と言われていたからだ。

ほぼ“言い値通り”のオファーをしてきた2社から1社に決めた。


兄を見舞って帰京したあとも、不動産屋とのやり取りがあったが、

兄のマンションの売却にメドがついた。やれやれだ。

逆に、“消化器系に問題なし”も含め、あまりにもいいことづくめで

少し不安も感じていた。こんなにうまくいっていいのか?


ビンゴ!


# by toruiwa2010 | 2017-07-12 08:19 | 芦屋から | Comments(3)

イチローが6日のカージナルス戦でヒットを打った。

メジャーでの通算安打が 3054本となり、これまで並んでいた

ロッド・カルーをかわして歴代24位になった。

パナマ国籍だったカルーの数字は外国生まれの選手としては

1位だったわけだが、イチローはそれを抜いたことになる。

当分、抜かれる心配はないのではないか。

イチローはまた一つ、大きな勲章を手に入れたね。

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ロッド・カルー・・・、懐かしい選手だ。

シングル・ヒッターだった。ともに新人王をとり、MVPにも

一度なっているなどイチローとの共通点が多い。リーグ優勝の

経験がなく、ワールド・シリーズに出ていない点も同じだ。


カルーはミネソタ・ツインズとカリフォルニア・エンゼルスで

19年間プレーして、4年連続を含む7回の首位打者に輝いたが、

私がメジャーリーグを実況し始めた1978年が7回目だった。

前年の1977年にもタイトルをとっているが、このときは

打率.388を残した。背中を丸めたクラウチング・スタイルから

みごとなバット・コントロールでヒットの山を築いていた。

専門家ではないから、技術的な比較はできないが、バットと

腕が一体化したミートのうまさはイチローより上だったと思う。

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エンゼルスの同僚、快速球のノーラン・ライアンと

ヒット・マシーンのカルーは家が近所だった。

ライアンは、登板日には必ずカルーを車に乗せて

球場入りした。

「だって、彼には間違いなくラインアップに

入っていてほしいからね」


私の大好きなMLBジョークの一つだ。ハハハ。


# by toruiwa2010 | 2017-07-11 08:06 | メジャー&野球全般 | Comments(0)

7月期のドラマのうちすでに何本かがスタートしている。

展望・中間報告・総括…という形で書くことをやめているが、

折に触れて感想を書くことにしている。

今回は、7月期の作品の中で“とりあえず見る”ものについて。

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21 コード・ブルー フジテレビ 7/19

山下智久、新垣結衣、戸田恵梨香、比嘉愛未、浅利陽介


7年半ぶりに帰ってくるこのドラマが今季一番の楽しみだ。

平日の昼に前シリーズを再放送しているのを見ると、脚本に

かなりの“無理”があるが、山下、新垣を初め好きな俳優が

揃っているからしっかり見ることになる。

初期のシリーズではそれほど有名じゃなかった人も含めて、

みんな大きくなった。それが魅力でもあった“初々しさ”は

薄れたかもしれないが、彼らの成長を見たいと思う。


前シリーズでは同じ場所で働いていた医師や看護師たちも、

今はそれぞれの道を歩んでいるが、救命センターには新たに

フライト・ドクターを目指す若者たちが入ってくる。今回は

そこから話が始まるようだ。

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21 刑事7人 テレビ朝日 7/12

東山紀之、髙嶋 政宏、片岡愛之助、倉科カナ、塚本高史


シリーズとしては201516年に次いで3回目になる。毎年、

7月期に放送している。テレ朝はなかなか戦略的だね。

個性的なスペシャリストをそろえた“最強の別動捜査隊”が

難事件の解決に挑む刑事ものだ。

俳優陣の平均年齢が高いのが特徴で、このほかに吉田鋼太郎や

北大路欣也が存在感を発揮する。


実は、第1シリーズは1回目を見ただけでやめてしまった。

まとまりがなくて「こりゃダメだ」と思ったからだ。ハハハ。

しかし、第2シリーズでは“キャラの濃い”メンバーの間の

調和がとれてドラマとしての完成度が高くなったと記憶する。

今回は東山扮する天樹の“衝撃の過去”も明かされるとか。

この作品には「コード・ブルー」と同じぐらい期待している。

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20 遺留捜査 テレビ朝日 7/13

上川隆也、栗山千明、段田安則、戸田恵子、永井大、甲本雅裕


テレ朝のドラマにはシリーズものが多い。このドラマもすっかり

おなじみになったシリーズだ。飽きられないように、少しずつ

設定や背景を変えている。今回は舞台を京都に移すそうだ。

ただし、糸川刑事(上川)が被害者の遺留品の中からわずかな

手がかりを見つけて周囲をイライラさせながら事件の解決に

導く物語の流れはこれまでと変わらないはずだ。マンネリに

陥りやすい手法だが、すでにクセになっている。ハハハ。

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21 黒革の手帖 テレビ朝日 7/20

武井咲、江口洋介、仲里依紗、高嶋政伸、真矢ミキ、奥田瑛二


ドラマが好調なテレ朝だが、これはどうだろう?

なにしろ、原作が人間のどす黒い欲望に根差した犯罪を描く

ことが得意だった松本清張だし、主人公は“最強悪女”、“銀座の

女王”と呼ばれてしたたかに生きるオンナだ。イメージ的にも

年齢的にも、武井がこの役をこなせるとは思えない。

とりあえず見てみるが、どんなに周りを達者な役者で固めても

無理だという気がするなあ。

決して武井をディスってるわけではない。彼女の役どころは

もっと他にあると思う。オスカーは路線を間違えていないか?


ちなみに、高畑淳子が出るそうだ。

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22 セシルのもくろみ フジテレビ 7/13

真木よう子、吉瀬美智子、伊藤歩、板谷由夏、徳井義実


いやいや、見ようと思って書き出したわけじゃない。

ずいぶん“おとな”な女優を集めたなあと興味を持っただけだ。

しかも、この顔ぶれに絡むのがチュートリアルの徳井だという。

芸人としては好きだが、俳優としての力がそれほどとも思えん。

まして、この女優陣に太刀打ちできるとは…


そうか、そこんとこを見極めるために見てみるか。ハハハ。


22 ハロー針ねずみ TBS 7/14

瑛太、深田恭子、森田剛、山口智子、蒼井優、リリー・フランキー


瑛太、山口、蒼井…好きな俳優が揃ってるんだが、探偵事務所が

舞台だというし、ヒロインが深田かあ。別に嫌いじゃないが、

彼女には“生身”の女性というイメージがないんだよなあ。

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21 ごめん、愛してる TBS 7/9

長瀬智也、吉岡里帆、坂口健太郎、六角精児、大竹しのぶ


幼いころ母親に捨てられた男(長瀬)が、ある日事件に巻き込まれ、

いつ死ぬか分からない状態に陥った。最期に、せめてもの孝行を

したいと、母親探しを始める。

すると、貧しさゆえに彼を捨てたのだと勝手に思い込んでいた

母親は息子に精いっぱいの愛情を注いでいた!


最近 好調が続くTBSの日曜劇場だが、これ、大丈夫か?

長瀬は好きだけどなあ。早々に“失礼”することになりそうだ。

ハハハ。


・・・と、ここまで書いて、昨日の1回目を見た。

全体に脚本が荒っぽくないか?特に、前半の韓国を舞台にした

部分の設定や物語がひどく、登場しているのがどういう人物か、

相関関係はどうなっているのかが分からなかった。

ドラマの完成度は最近好調なこの枠の作品としてはかなり低い。

まあ、もう一回は見ようかな。録画して。


ここに書かなかったドラマは、タイトルやイントロダクションを

見ただけで“食欲”を失った。許されよ。ハハハ。


# by toruiwa2010 | 2017-07-10 08:15 | ドラマ | Comments(4)

・・・つづき


断続的に“たちのわるい”胸焼けが起きることで不安になった。

本当は7月中旬まで1ヶ月ぐらいは兄の様子を見定めてから

東京に戻ろうと決めていたが、身体に何かが起きているなら

東京のかかりつけのドクターと相談するのが得策だと思った。

妻と話し合い、急だったが、30日に引っ越すことにした。

とたんに慌ただしくなった。


兄との間で、残念ながらもう戻ることがないマンションを

売ることになっていた。兄の思い入れの強いものについては

私の家で預かることにしたが、私も断捨離&終活中だから

量はごくわずかだ。残りは業者に引き取ってもらうしかない。

家一軒のクリーニング…初めての経験なので、どうなるのか、

費用がどうなるのかは まったく分からなかった。

引っ越しと合わせて、3軒に見積もりをしてもらって決めた。

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70万円から22万円まで、業者によってとんでもない差が

出ることが分かった。若いカップルの業者が、3日をかけて、

びっくりするほどきれいにしてくれた。

同時に、兄が最愛の母と暮らした思い出の場所は消えた。


見積もりに立ち会う合間を縫って、私は兄の施設にでかけた。

担当医師に会って、近く芦屋を去ること、見舞いに来る回数・

頻度が減ること、連絡があればいつでも駆けつけること…

などを話した。兄の“病状”に対応した治療の仕方については

入院時に十分な説明を受け、同意書にサインしてある。

“事情”を知っている医師は「心得ました」と応じてくれた。


27日、“大掃除”が行われているころ、私は病院にいた。

28日に上部・下部消化管内視鏡検査(胃と腸のカメラ)

やるのだが、大腸内視鏡の検査を受けるときには前夜から

入院することにしているのだ。まさか、兄と同じ病院に入り、

同じ病衣を着ることになるとは思いもしなかった。ハハハ。

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28日は早朝から下剤の入った薬液と水をたらふく飲まされた。

8時半ごろには私のおなかはすっかり空っぽになっていた。

それからの“待ち”の時間の長かったこと。

「お待たせしましたあ。岩佐さん、さあ、行きましょう」と

看護師さんが迎えに来たのは4時近くだった!


検査は麻酔?をかけて行われたため、まったく覚えていない。

深い眠りから目が覚めたとき、看護師さんが会計の仕方などを

説明中だった。麻酔が残っている状態で退院したみたいだ。

金を払った記憶がはっきりしないため、翌日、病院に行った。

東京都民として“跡を濁す”わけにはいかないもの。ハハハ。


「すでに払われている」と言われた。

精算するとき 請求書のバーコード部分を機械にかざすのだが

その記憶がない。聞くと、カードで払われていると言う。

しかも、すでに会計の窓口が閉じたあとだったから、地下の

救急の窓口で払っていると!


霧の向こうから、記憶が少し蘇ったが、全体はぼやけている。

怖いなあ。検査の結果は77日の診察のときまで分からないし、

いろいろ、不安が残った。


29日は銀行、不動産屋と会って今後のことを話し合った。

妻と一緒に兄の見舞に行った。マンション売却に伴う作業を私に

任せる委任状にサインをもらう必要もあった。字を書くことは

負担になるので気が気ではなかったが、頑張って書いてくれた。

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30日の引っ越し作業は順調に終わり、1時半の新幹線に乗れた。

新大阪を離れたのぞみの小さなテーブルには母の遺骨が載って

東京への旅を共にした。妻は“ふさわしい”袋を用意していたが、

今回は慌ただしく家を出たために持ってきていなかったので

遺骨が納まったのは成城石井のショッピングバッグだった。

父が亡くなったあと、1989年に芦屋に移った母にとっては

28年ぶりの帰京になった。


遺骨を東京に持って帰ることについては一度 話してあったが、

前日、兄を見舞ったときにこの話をすると、安心したような

顔をしていた。

近く、父と、幼くして失った娘が眠る多磨墓地に埋葬する。


地元駅について簡単な買い物を済ませたあと、口実を作って

妻を先に帰らせた。“寄り道”をして、東京に戻るときには

そうしようと、ずっと考えていたことを実行するためだ。

精神的に厳しいことの多かった単身赴任生活を支えてくれた

妻に感謝とねぎらいの花を贈る…50年を超える結婚生活で

一度もやったことがないので照れ臭かったが。ハハハ。

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心身ともにかなり疲れました。

しばらく(とりあえず、9日まで)休みます。


# by toruiwa2010 | 2017-07-05 08:17 | 芦屋から | Comments(4)

6月30日、東京に帰ってきた。

そう、5ヶ月暮らした芦屋のマンションを引き払った。

予期せぬ出来事があって、予定を繰り上げた。

いろいろなことが起き、ローラーコースターのような“激動”の

芦屋暮らしだったが、最後の3週間もめまぐるしかった。


613日の深夜、強烈な胸焼けで目が覚めた。「初めて行った

焼肉がいけなかったんだ」と直感した。そうではなかったが。

翌日から3日連続で大事な用件が控えていたので焦った。

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14日、司法書士が兄の病室に来て、マンション売却の意志と

事務的な手続きを私に任せることを最終的に確認。

15日、兄は2ヶ月の入院を終えて施設へ転院。

16日、3月末に購入したが、一度も住むことなく売却した

マンションの“決裁”。

…体調が悪いまま、なんとか乗り切った。


17,18日は兄の見舞いに行かなかった。体調のこともあったが、

いずれ、私が東京に帰ったら、1ヶ月か1ヶ月半に一度しか

来られなくなると思うので“見舞いがない”状態に慣れてもらう

必要があると考えたからだ。

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19日は少し緊張して新しい施設に赴いた。

保証人を二人求められていたが、“二人目”に苦労し、妻の妹に

頼み込んで何とか体裁を整えてあった。

ここには書かないが、もう“一件”あって、兄の入所については

すべての条件を満たしていない状態だった。

「これではお兄さまを預かれない」と言われるかもしれないと

覚悟していた。その場合は、費用は高いが、施設が整っている

企業系の施設に再転院になるなあと。


さいわい、病院側に事情を説明し「何かあったら、私が責任を

持つから」と約束することで了解してもらうことができた。

見学のときから、病院と私の間に信頼関係があったからだ。


…やれやれと思ったその夜、ふたたび、胸やけに見舞われた。

前回よりひどかった。

0時を回っていたが、タクシーを呼んで救急外来に行った。

いろいろ検査してくれたが、結論は「朝一番で消化器内科を

受診してほしい」だった。

帰宅は午前2時だったが、横になっても眠れなかった。

一睡もできないまま、4時になるのを待って妻に電話をし、

来てくれるよう 頼んだ。


21日、指示通り、朝一番で病院に行くと、予約されていた。

あ、病院は つい先日まで兄が世話になっていた芦屋病院だ。

世間は狭い…という話じゃないか。ハハハ。

採血され、腹部のCTを撮られた。その結果、肝臓に小さな

影があると告げられた。か、か、肝臓!?

予想しない角度からボールが飛んできた気分だった。


肝臓の件は早く結論を得た方がいいと医師が言うので、翌日

造影CTをやってもらうことにして帰宅した。

このとき、翌週に胃と腸の内視鏡検査をやることも決めた。

胸やけの方は、妻の手料理のせいか、処方された薬のせいか、

その夜はよく眠れた。


しかし・・・。

22日の深夜、みたび 胸やけが襲ってきた。

23日、病院に行った。予約がないのでずいぶん待たされた。

しかし、クスリを変えてもらったことで この日から胸やけは

おとなしくしてくれているし、なによりうれしかったのは、

前日撮った肝臓の造影CTの結果が問題なしだったことだ。

いまさら、“肝臓”と言われたって、困るし。ハハハ。


*プロフィル用の写真を変えました。

 後ろのマンションに5ヶ月住んだ。


つづく・・・


# by toruiwa2010 | 2017-07-04 08:17 | 芦屋から | Comments(2)

小池百合子都知事が率いる都民ファーストが圧勝した。

告示のころは小差だったと記憶するが、終わってみれば、

とんでもない大差になった。国政レベルでの不祥事が

大量の“チルドレン”を生み出した。

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いいんじゃないか。

そろそろ、“ゆるみ”が顕著な一強・安倍政権に有権者が

喝を入れてもいいころだ。ただし、「この結果は国政にも

大きな影響を与える」という声もあるが、そうだろうか?

もう一つ、二つ、大きな問題が起きれば別だが、民進党の

体たらくを見れば、この段階で国民が自民党に決定的な

“No”を突きつけることはないと思う。


いいんじゃないか…のもう一つの理由は、東京は首都だが、

都議会はあくまで“地方議会”という点だ。どこが勝っても、

仕事さえきちんとしてくれれば文句はないんだ。圧倒的な

議席数を獲得した小池支持勢力があれば、都政はそれほど

大きな間違いを犯さずに進んでいくのではないか。そして

その“方向”は自民党の真反対ではないと思う。


そうは言っても、これだけ大勝するとどこかでおごりが

生まれる可能性はある。特に 小池百合子その人の言動には

厳しい目を向けておく必要がある。私はそうするつもりだ。

大多数の人が支持するもの・人には厳しいのさ。ハハハ。


これまでの彼女を支えてきたのは“人気”だったが、今回、

圧倒的な“数”が加わった。どこに向かうか?

まさか、いきなり“独裁”に向かうとは思わないが、少し前、

いやな“兆候”を見てしまった。620日のことだ。


“築地は守る・豊洲は活かす”というスローガンを掲げた

会見が始まったのは3時半だったが、「“公務の都合”で

会見は4時まで」と進行係が予告した。豊洲or築地は

都民にとっての関心事なのに、たった30分できちんと

説明をし、十分な質疑ができるはずがない!


…小池の説明が終わったとき、残り時間は4分足らず、

質問は3人で終わり、「知事、大事な問題だからもう少し

続けましょうよ」と声をかけた記者をひとにらみして

知事は会見場を後にした。何も言わないほかの記者たちに

呆れてしまった。「文句はないでしょ」と言わんばかりの

彼女の態度にはおごりの兆しが見えた。今のうちに芽を

摘んでおくべきなんだけどなあ。

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小池百合子にはもっと危険な“資質”があると思っている。

知事選中のテレビで見せた“顔”を忘れない。

主だった候補者が揃って出演したテレビで鳥越俊太郎が

「僕を“病み上がり”と呼んだ」と切り出したとき 言下に

「言ってないです」と否定した。


2日前、秋葉原での演説で「この人なら勝てると言って、

政策も何にもない人、病み上がりの人をただただ連れて

くればいいというものではないんです」と言った場面が

テープに残っているにもかかわらず…。


鉄面皮ぶりにあきれた。

増田を応援しつつ、「小池でもいい」と思っていたのだが、

その“しれっとした”顔を見て一気に評価が下がった。


人気なのは結構だが、この人は平気でうそをつく。

私は“嘘つき”を信用しないことにしてるんだ。ハハハ。


# by toruiwa2010 | 2017-07-03 08:00 | 岩佐徹的考察 | Comments(2)

渇望 ウインブルドン実況

~やり残したグランド・スラム~

( 2011.06.22 初出 )

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「やり残したことはないのか?」

「はい、ありません」


…フジテレビでアナウンサーを辞めるとき、総務局長と交わした

会話です。もちろん、やりたいことはたくさんありました。

しかし、辞めたいと思っているときに、「いえ、実はいろいろ

ありまして…」と言えば、「それなら、辞めるなんて言うな」と

説得されるに決まっていますから、言わなかっただけです。

ハハハ。


「思い残したことはない」と言いきれる人生なんてごくごく

まれな人しか送れないでしょう。

私のような“煩悩”が多い人間にはとても望めません。

テニス・アナとして“やり残した”ことの一つは、“グランド・

スラム達成“です。

1992年に初めて3大会を実況し、最後の全米が終わったとき、

アナウンサーとしての“グランド・スラマー”になりたいものだと

思いました。

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それには、ウインブルドンの実況をしなければいけません。

しかし、とてつもなく“高い壁”でした。

放映権は長くNHKが持っていて、手放す気配はありません。

オール・イングランド側も“国営”放送・NHKのステータスが

お気に入りだったようです。一度、プレゼンにまでこぎつけた

ことがありますが、権料アップの“ダシ”に使われた感じでした。

ハハハ。


WOWOWが「伝説は甦る」というシリーズを企画し、歴史に

残る名勝負を放送したとき、テニスを2本頼まれました。

どちらもウインブルドンの決勝です。

1本は1980年のボルグvsマッケンロー、もう1本は1982年の

コナーズvsマッケンロー。

解説をつけない“一人喋り”でした。資料はほとんどありません。

苦肉の策で、現地アナの実況を懸命に聴き、情報らしきものを

引き出しました。苦しいけど楽しい作業でした。


しかし、私の夢はコートを見下ろす放送席に座っての実況です。

果たせないまま、現役を終えました。“やり残した”のです。


一人のファンとして、今もときどき「実況したかったなあ」と

思い出す試合が男女1試合ずつあります。


1992 Wimbledon Gentlemen’s Singles Final

Andre Agassi d.Goran Ivanisevic67/64/64/16/64


男子では1992年のアガシvsイバニセビッチです。

12シードだったアガシは QFでフルセットの末ベッカーを、

SFではマッケンローをストレートで下して決勝に進出しました。

一方、第8シードのイバニセビッチは4回戦でレンドル、QF

2シードのエドバーグ、SFではサンプラスに勝っていました。

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強力サーブが売り物のレフティ、イバニセビッチと“史上最高の

リターナー”と呼ばれたアガシの対戦はプレー・スタイルも

対照的でしたから、関心はきわめて高いものがありました。

大歓声に迎えられてコートに登場した2人はウインブルドンの

ドレス・コードに従って上下とも白一色、アガシがかぶった

帽子ももちろん、白でした。ハハハ。

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アガシがシャツを着替えるたび女性客の嬌声が…


アガシは1987年に一度出た(1回戦敗退)あと、ウインブルドンを

敬遠していました。まさか、“コートの上を舞う蝶さえ白い”と

からかわれるウインブルドンでは、白以外のウエアを認めない

というドレス・コードに腹を立てたわけではないでしょうが。

ハハハ。


当時はサーブ&ボレヤーに圧倒的に有利と言われていたことが

大きな理由だと思います。性格的にも、勝ち目のない勝負は

しないのでしょう。しかし、前年、1991年、久しぶりに出場して

QFまで進んでいました。


世界中のテニス・ファンの熱い期待にこたえて、決勝に進んだ

22歳のアガシと20歳のイバニセビッチ

2人の若者の対決は見ごたえがあるものになりました。

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当時のコーチ ニック・ボロッテリ()

GF ウエンディ・スチュアート


サーブからネットへの流れで主導権を握りたいイバニセビッチに

対して、アガシは得意のリターンから厳しい攻めで対抗しました。

特に、高くキックする彼のセカンド・サーブがかなり効果的

だったと思います。

1セットをタイブレークの末に先取したイバニセビッチが

優位に立ったかに見えましたが、第2セットの第1ゲームを

ブレークしたアガシは、勢いに乗って2セットを連取して、

形勢を逆転します。


いつものイバニセビッチなら精神的に崩れる展開でしたが、

この日の彼は違いました。何に対しても決して腹を立てまい…

と誓ったかのように、冷静さを保っていました。

ただし、途中でこんな場面がありました。


4セット第1ゲームが終わってインタバルに入ったところで

主審がイバニセビッチに何かを話し始めると、アシスタント・

レフェリーも加わって説明をしています。

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実は、試合中のどこかでフラストレーションを解放するために

彼が発したexpletive…(悪態)BBCのマイクが拾い、全世界に

流れたのです。彼の国籍は複雑な民族・宗教の問題を抱える

ユーゴから独立したばかりのクロアチアです。

公用語はクロアチア語ですが、ほかの、例えばセルビア語とも

よく似ているようです。


審判席に着くとき、主審はある“メモ”をポケットに忍ばせて

いると言われています。主だった国の言語で“行儀の悪い言葉”、

“放送禁止用語”が書かれているそうです。たとえば、英語なら

f**kほか実に多数。ハハハ。

しかし、この試合の主審が持っていたメモにクロアチア語は

なかったのでしょう。ですから、警告は出ませんでした。


しかし、天網恢恢…

地球上のどこかで聴いていた、イバニセビッチの言葉を理解する

人が主催者のところに国際電話をかけてきたのです!

クロアチア人は国を挙げて応援していたはずですから、分離・

独立に至る過程で摩擦があった“旧ユーゴ”のどこか…でしょう。

ハハハ。


動揺はあったと思いますが、持ちこたえたイバニセビッチが

4セットを取り返して、ついに2セット・オール、勝敗の

決着はファイナル・セットに持ち越されます。

グランド・スラムの決勝は常にこうありたいですね。ハハハ。

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試合は、アガシがイバニセビッチを振り切ってウインブルドン

初優勝を果たしました。

勝利の瞬間、ガールフレンドやコーチがいる陣営を振り返って

信じられないという表情を見せたアガシは、両手で顔を覆い、

そのまま、芝の上にうつ伏せになりました。

アメリカではこの一連のアクションが話題になりました。


当時のアガシは “Image is everything”(イメージがすべてさ)

キャッチフレーズとするキャノンのキャラクターに起用されて

いました。

口の悪い人たちからは「あれは、CMで効果的に使えるように

演技をしたに違いない」と揶揄する声が上がったのです。

まさかね。ハハハ。

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ちなみに、アガシのロン毛は2年後の1994年で終わりました。

1995年、全豪に初出場するためメルボルンにやってきたアガシは

坊主頭だったのです!

ずっと、新年早々、南半球まで出かけることを嫌がっていた

アガシを「なに言ってるんだ。君が一番やりやすいサーフェス

なんだから」と説得したのはクーリエやサンプラスでした。


1993 Wimbledon Ladies Singles Final

Stefi Graf d.Jana Novotna 76/16/64


女子では、1993年のグラフvsノボトナが勝負の怖さとともに

記憶に残っています。アーカイブで再録したばかりですから、

簡単に記すことにします。


1セット・オールからの第3セット・第5ゲームでグラフの

サーブをブレークしたとき、ノボトナは67/61/41 とすっかり

流れをつかんでいました。いたはずです。ハハハ。

もちろん、スタンドの空気もテレビの前の我々も、ノボトナが

勝つのだと思っていました。

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ダブルフォルトでサーブを落として呆然とするグラフと勝利を

確信した?ノボトナ


…しかし、25分後、ヴィーナス・ローズウォーター・ディッシュ

(女子優勝のトロフィー)を手に微笑んでいたのはシュテフィ・

グラフだったのです!!!

ケント公夫人の肩に顔を埋めてむせび泣く敗者・ノボトナの

姿をテニス・ファンが忘れることはないでしょう。

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持っているDVDは、ともにBBCの実況を同録したものです。

日本人の実況なんか聴くもんか! 悔しいじゃないですか。

ハハハ。


うーん、それにしてもやりたかった、ウインブルドンの実況…。

あとからテニスの実況を始めた若いアナが、私の生涯の願望を

何の苦もなく達成するのを目にするのは精神衛生上、とても

よくないことです。ハハハ。


# by toruiwa2010 | 2017-07-02 08:15 | アーカイブから | Comments(2)

LIXILって知ってる?

~近頃テレビCM考~

( 2011.06.21 初出 )

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モバゲーや新青森駅開業のテレビ・コマーシャルはシリーズで

物語が展開する作りでなかなか面白かったと思います。

最近、もうひとひねりした連続コマーシャルがありますね。

LIXILです。


部長が課長に「リクシルって知ってるかい?」と聞いている。

B「リクシルサッカー選手か何かですか?」

A「いや、人ではなかったなあ人だったかな?」

B「どちらですか?」

A「どっちかなんだよ」

B「どちらでしょうね」

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気になる課長は 数時間後、ランチタイムの食堂で、連れ出した

若い部下に「リクシルって知ってるか?」と尋ねる。

キツネにつままれたような表情のC

その夜、Cはなじみのバーで女性バーテンダーDに問いかける。

「リクシルって知ってる?」

翌日の昼、 Dは行きつけの美容室で係のEに「リクシルって

知ってる?」と尋ねる


…登場人物が一人ずつずれながら、話題は「リクシルって何?」。


トステムやイナックスが統合されてできた会社のようですが、

詳しいことは知りません。日本中にそんな人が大勢いるでしょう。

このCM認知度を上げるために流されているようです。


起用されている俳優陣が豪華です。

まず、登場したのは岸部一徳“部長”と堤真一“課長”、さらに、

大森南朋“係長”…

この2本は、役者同士の間の取り合いが絶妙でした。

続いて、松下奈緒、矢作兼(おぎ・やはぎ)…満島ひかる。


台本がよくできています。その場の会話だけでなく、人物の

キャラクター、背景までが透けて見えるようで、いろいろと

想像をめぐらせながら楽しめます。


“連続&リレー形式”か。考えましたね。すっかりやられてます。

まだ、リクシルとは何かの答えを知りませんが。ハハハ。

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ラジオを聴いていると、ぼそぼそと女性の声が流れてきました。


エー、私、キンチョーのCMに出てる者です。

「これ見よがしに」とか言うてるやつなんですけど。

エー、その男の人の隣で、まー、ただ座ってるだけの乗客ですね。

「とにかく、自然にしてくれ」とだけ言われてるんですけど、

自然にするというのが一番難しいことなので、苦労しましたね。

(“想像という言葉にかぶって)思ったより顔が隠れているので、

まー、もうちょっと、顔が出ててもよかったんちゃうのかと

思うんですけど…プーン(蚊の羽音) 

(男の声で)“殺虫剤はキンチョール


音声だけの“メーキング”を、出演した女性の関西なまりの

“ぼやき”だけで構成したこのディレクターの手腕に拍手を

送りたいと思います。

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大和証券のCMにはいつも感心します。

最近ではギタリストのチャーも出演している“ネクスト銀行編”が

気に入っています。

私が若かったころの大ヒット曲「Sittin on the Dock of theBay」が

フィーチャーされているからかもしれません。ハハハ。


東京、ニューオーリーンズ、リオ・デジャネイロで、現地の

ミュージシャンがそれぞれの楽器を演奏するのですが、何よりも

ニューオーリーンズの“グランパ・エリオット”という年配の

シンガーの歌がしびれます。“ストリート・パフォーマー”だと

言うことですが、いかにも“ブルースそのもの”という感じです。

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このところ、夏の電力不足に向けて家電製品を中心に“節電”を

テーマにしたコマーシャルが目につきます。まるでこの状況を

前もって予知していたかのような対応の素早さにはビックリです。

ハハハ。


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白戸家の“お父さん”が登場するソフトバンクの「これがホントの

“うちわもめ”」編もその流れに乗ったCMですが、面白さは

もう一つですね。

妙に気に入ったのは、“お父さん”と“お兄ちゃん”が連れだって

屋台のラーメン屋を訪れる1本です。


小林旭が演じるオヤジがとんでもなく不器用です。

“湯きり”をするために麺が入ったザルを振り回すと飛び散った

熱湯が“お父さん”にも降りかかります。演技ではなく、マジで

あわててよけるお父さんがよかったなあ。

上戸彩“不在”が残念ですが。ハハハ。

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もうひとつ、意外な“企業”が災害への関心を見せていることに

ハッとさせられます。美容整形の高須クリニック…です。


かべに貼られた模造紙に大きく「希望」の文字があり、周りの

スペースにたくさんのメッセージが書き込まれています。

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いったい何ができるのでしょう。

何もできないと思っていました。

あなたの気持ちで何かができます。

何かをすることで誰かが助かります。


最後に画面中央に「みなさまの復興を心よりお祈り申し上げます」

の文字と、右下に小さく「高須クリニック」…。


コメントを確認しようとネット検索すると、「心がこもっていない」、

「わざとらしい」とかなり悪評だったので驚きました。


私は、“メッセージ”を感じました。

人それぞれだから、それでいいと思っています。

少なくとも、CM料を払った上で、企業の宣伝はごく控えめです。

中東の空を飛ぶヘリコプターを、久しく見ていませんね。

私は評価します。Yes,Takasu Clinic! ハハハ。


# by toruiwa2010 | 2017-07-01 08:17 | アーカイブから | Comments(0)

・・・つづき


翌日、銀行に行って話をしました。

窓口の若い行員は誠実に耳を傾けてくれました。ほかの用事を

済ませてから銀行に回ったため、話の途中で3時を回りました。

銀行の中にいて正面のシャッターが下りるのを初めて見ました。

彼はそのあとも本社の法務部ともやり取りをしていましたが、

この日は結論が出ず「行内で検討課題とさせてほしい」という

ことになりました。


数日後、電話がありました。最初の行員ではなく、数年前から

兄の“担当者”になっている人でした。

会話の中に思いがけない言葉がありました。“弁護士ではなく

私が兄の代理人になる”可能性をにおわせていました!

確認すると、その通りでした。


突然、道が開けました。…は正確ではないかもしれません。

この“道”は初めからそこにあったのですから。

高齢だったり、身体が不自由だったり、理由はともかく 本人が

銀行の窓口にいけないとき、誰かを代理人に選任する制度です。

私は銀行の窓口で何度も「方法はないか?」と尋ねましたが、

この話は一度も出ませんでした。行内で情報が共有されていない、

簡単には教えないというポリシーがある…どちらか不明ですが、

優しくないですね。超高齢者はこれから増えるばかりなのに。

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どちらにしても、トンネルの出口が見えたのですが、手放しでは

喜べません。超えなければいけない“壁”があるのです。

行員が兄の病室に来て私を代理人と認めるのを確認したうえで

書類に必要事項を記入してもらわなければなりません。

目が不自由な兄は書くことが苦手です。しかも、住所氏名は

いいとして、口座番号を小さい枠内に書くのは“至難”です。


祈るような気持ちでその場に立ち会いました。

幸いなことに途中から加わった彼の女性上司の判断もあって

残りの部分は私が書きこむことでOKになりました。

2日後、行内の審査を経て私は正式に兄の代理人になりました。

兄の口座にある預金を私が動かせるようになりました。

この日飲んだビールのうまかったこと!


その後、転居を予定して購入したばかりのマンションを売った

代金が振り込まれ、兄が施設に入るための費用、さまざまな

場面で生じる支払いなどに対応する資金面は万全になりました。

このときを含め、芦屋病院に入院中の兄のもとには、3組の

訪問者がありました。見舞いではなく“ビジネス”のためです。

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まず、証券会社の担当者。

兄が施設で過ごす期間は超長期になる可能性もあります。

備えとして、動かせる金を“最大限”にしておこうと考えました。

兄の同意を受け、証券を売って銀行口座に移すことにしました。

この“作業”にも、担当者が立ち会ってはっきりと意思表示を

しなければならないのです。


しかも、病室での面談中に本社のしかるべきセクションから

かかってくる電話に出て「第○○回の○○債権・○○口を

売ります」と言わなければいけないのです。記録に残すためだと

言われました。

耳が不自由な兄には とても難しいだろうと思いましたが、

「やってみる」と言うので実行に移しました。

このときも、担当者に同行した上司が、目の前で兄の意志を

聞いたからということで“電話”での確認は免除されました。


最後は司法書士の来訪でした。マンションを売ったときです。

購入したのは3月末でしたから、兄はまだ自力で歩き、面倒な

書類にもなんとか書きこんでいました。

しかし、転売したのは入院後でしたから、手続き的なことは

私が代行しました。5月末、売買契約書にサインする前日に、

司法書士は買い手に頼まれて“売る意志”と“弟を代理人とする”

ことを確認しに来たのです。

兄は明快に意思表示をしました。しかし・・・


これで終わらないのです。

それからおよそ3週間後の614日、ふたたび、司法書士が

やってきました。翌日には兄の転院、翌々日には売買の決裁が

予定されていました。用件は“最終的な意志確認”です。

あきれました。


たった3週間で売る意志がなくなったり、私を代理人にさせる

気がなくなったりするもんか。それとも何か。

あんたは、遺言書を作ったら死ぬ間際に意思を確認するのか!

…と毒づきたくなりました。もちろん、豊田真由子じゃないから

口には出しませんでしたが。ハハハ。


担当者は仕事としてやるべきことをやっているにすぎません。

多額の金銭が絡んでいるのですから念には念を入れ…というのも

理解できます。

しかし、相手をさせられたこの数カ月で、私の神経はすっかり、

すり減ってしまいました。トホホ。


# by toruiwa2010 | 2017-06-30 08:15 | 芦屋から | Comments(0)

兄が急性肺炎で入院したのが417日です。

そのあと、実にさまざまなことがありました。

まず、入院が長引きました。その結果、足の筋肉が失われ、

自力で歩くところまで回復できないだろうと告げられました。

加えて、食べものを呑み込むのが困難になり“誤嚥”の可能性が

高くなった…などの理由で一人暮らしが絶望的になりました。


私はその“対策”に追われました。

24時間の介護が必要…となると 施設に入れる必要があります。

安心して任せる施設を探すのですが、兄の場合は“介護認定”の

申請から始めなければなりませんでした。入院した芦屋病院の

看護師長からはこれまで申請していなかったことが不思議だと

言われてしまいました。(1ヶ月後、“要介護5”と認定)


そして、同じ経験をされた方は多いと思いますが、兄のような

“超高齢者”たちに共通する大きな問題は資産の管理です。

私が2月に芦屋暮らしを始めてからいろいろ話をするうちに、

兄がかなりの資産を持っていることが分かりました。

「それだけあるなら、ちゃんとした施設に入ればいいのに」と

訴えましたが、このときは 首を縦に振りませんでした。

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しかし、入院し、厳しい現実を知って 兄も覚悟を決めました。

施設に入るためには金がかかることも理解しました。

3月ごろから私が通帳と印鑑を預かっていましたが、「それなら

難しいことなどないじゃないか」などと言わないでください。

そんなに簡単な話じゃないんです。ハハハ。


キャッシュカードはあるのですが、暗証番号が分かりません。

そんなはずはないのに「登録していない」と言い張ります。

暗証番号の登録なしにカードが発行されることはありません。

使う機会がないまま忘れてしまったのでしょう。

本人の誕生日や両親の誕生日など、考えられる4桁の数字を

いくつか紙に書いて 見せましたが、思い出せないのです。


そうなると、本人が窓口に行かなければお金は動かせません。

何度も銀行に通い、事情を説明し、「本人不在で動かす方法は

ありませんか?」と尋ねましたが、答えはいつも同じでした。

困り果てました。これでは、資金はあるのに、しかるべき施設に

入れることができません。当初 考えていた施設は莫大な費用が

かかります。当面は私が立て替えることも可能ですが、期間が

長引けば対応できません。私たち夫婦の“今後”も考えなければ

ならないからです。

冷たいようですが、私には妻に対する責任もあります。


“成年後見人制度”を思い出し、弁護士事務所に相談に行きました。

…私が兄の後見人になることを考えていましたが、無理でした。

そのためには、兄が認知症などのために判断能力がないことが

“条件”になります。目はほとんど見えず、耳もとても遠いですが、

判断力は正常です。家庭裁判所の目をごまかす自信はありません。

ハハハ。


次に、兄が弁護士と契約を交わして、弁護士に兄の財産を管理する

“代理権”を持ってもらう…という方法がうかび、その方向で銀行と

話してみることにしました。


つづく・・・


# by toruiwa2010 | 2017-06-29 08:20 | 芦屋から | Comments(0)

食べ歩き…と書けば 食通orグルメがおいしいものを求めて

レストランや居酒屋をうろついている印象があるが、違う。

この年で単身赴任の私の場合は、バランスのとれた食事を

摂るためだから、ある意味 必死だ。どんなにおいしくても

味が濃かったら、行く回数は限られる。土地柄で しばしば

出くわすめっぽう高い店も同じだ。


5ヶ月を超えたから、さすがになじみの店が何軒かできた。

和食の“鈴(ベル)”魯耕(ろこう)”は週に一度は魚を食べろ

との妻からの厳命を守るために通っている。

5時開店が有難い家族経営のは家庭の料理が食べられる。

全権を掌握して切り盛りするおかみさんとそれを補佐する

娘さんはすぐ近くでスナックも経営しているようだ。

味もまずまずで、一時は毎週 通った。

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“魯耕”は5時半開店だから、東京にいれば4時半には食事が

終わっている我が家にはちょっと厳しいが、おいしいので

月に一度は訪れる。ここの“名物”は土鍋で炊く銀シャリだ。

ただし、少なくても2合を炊くから、夫婦で行くときしか

注文できない。炊き立てのこのご飯に厳選された生たまごを

かけると最高なんだけどなあ。ハハハ。

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50歳ぐらいの小柄なおやじさんがキッチンを仕切っている

こじゃれたピザ屋を見つけた。LIBERTE(リベルテ)だ。

店の内装や食器類に店主の“こだわり”が見える。使い込んで

いい感じになっている調理器具を眺めるだけで楽しい。

月に数回、一人でやってくる超高齢の客をそっとしておいて

くれるのも嬉しい。


電気窯で焼くピザは普通の店のものとは一味も二味も違う。

薄くてパリパリ…お菓子感覚で味わえる。

電気で焼いたものはあまり好きではないのだが、この店のは

“クセ”になる。数少ない経験の中では最高にうまい。特に、

ピザもいいけどこってりしたのは苦手という人にお勧めだ。

ほうじ茶味のプリンがあったら食べなきゃ損だぜ。ハハハ。

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この街で出会った最高の店はトラットリア“ALLEGRO”だ。

たしか、この辺にイタリアンがあったはずだ…と歩いていて

見つけた。外見は8年前と同じだが、経営者が変わっていた。

週末は開店と同時に予約客でいっぱいになる。家族で訪れる

客が多いから店内はにぎやかだ。カウンターの一人客には

その賑わいがうれしく、5月以降、ほぼ毎週 通っている。



ナポリ風の石窯で焼いたピザがストライクゾーンの真ん中に

ズドーンと入ってきた。東京でよく出かける店にくらべると、

サイズが一回り大きくて 一人で食べるのは厳しい。前菜から

うまく量を調節しないとえらい目に合う。ハハハ。

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マルゲリータとクワトロ・フォルマッジが気に入っている。

トッピングの多いものは苦手なのだが、6月に入って注文する

ようになった“マルゲリータ 生ハムとルッコラ“は絶品だった。


ほかの客は知らないが、私がこの店で一番気に入っているのは

“インサラータ・ミスタ(ミックス・サラダ)”だ。ボリュームが

たっぷりで、妻のもうひとつの指令「野菜を食べてね」への

文句のない回答になる。これだけを食べさせてくれるのなら

一日おきにでも通いたいくらいだ。


私の限られた経験では食べたものに“はずれ”はなかった。

店の雰囲気、ホール・スタッフの接客にも文句はない。


ドルチェも、どれもおいしかったことを付け加えておく。


諸事情により、明日は更新を休みます。


# by toruiwa2010 | 2017-06-27 08:17 | 芦屋から | Comments(0)

週明け、あまり書くことがない。

今週は、そのうちに…と書き溜めていた

“芦屋通信”をまとめて更新することにする。

推敲が足りていない。誤字脱字はご容赦を。


今日のディナー

メインは竹園のコロッケとメンチカツ

タコ唐草の皿にのせてレンジ30

ホイルで軽く包んでトースター 1分?

レタス、ルッコラ、ミニトマトのサラダ 

サトウのごはん 1/2      以上。

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“料理”をするのでビールはその前に飲み切った。


コロッケ、メンチカツは75

もっとホットに仕上げれば違うと思う。

サラダは90点 優等生だね。

これは外食のときもできるだけ作って食べるよ。

サトウのごはん…おいしかったという記憶が間違いだったね。

まだ、あるので、ふりかけなどでごまかしながら食べきる。


明日はスパゲッティを作る予定。


これからお兄ちゃんのところをのぞいてくる。

昼間から、見守り携帯には反応するけど、玄関のピンポンや

電話に出ないんだ。

では、では。             TO 17/02/03


今日の朝食

トマト、ヨーグルト

ホットサンド(チーズ+ハム)

目玉焼きを乗せる予定だったけど、油をひかなかったため

うまく剥がせなくて断念。

要領が分かってきたら、レタスも乗せる。

ハムとチーズが“ベスト”ではなかった。 TO 17/02/04

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1月末、一緒に芦屋に来て私の一人暮らしが軌道に乗るまで

手伝ってくれた妻が東京に戻って行った夜と翌朝のメールだ。

一定の決意をしてきたのだから、このころはちゃんとしていた。

それから5ヶ月が過ぎようとしている。


昔の人は“初心忘るべからず”と言ったが、諸般の事情があって

残念だが、初心はどこかに行ってしまった。ハハハ。

“気持ち”はあるし、時間がないわけではないのだが、精神的に

疲れることばかりで、お惣菜でごまかすことが多くなった。

当初は“週2回”と決めていた外食が“週3回”になり、最近は

4回になることもある。あと少しだからいいかと。

調理器具も調味料もしっかり持ってきたというのに情けない。


4月中旬から毎日欠かさず兄の病院を見舞ってきた。

病院は芦屋の山の上に立たっているから、よく晴れた日には

大阪湾を挟んで、遠く紀伊半島が見えて気持ちがいい。

ただし、年寄りが歩いて通うのはきつい。行きはどうしても

タクシーを頼むが、帰りは途中で買い物をしながら40~50

かけて歩くようにした。汗をかかないようにかなりゆっくりと

歩いているが、いつの間にかびっしょりになっている。

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5月ごろから“悪い習慣”が定着してしまった。

早めに帰宅したときには昼間からビールで乾杯するのだ。

P チーズ、ナッツ、ノリなどを肴に350mlのスーパー・

ドライを楽しむ。6月に入ってから、これにハーゲンダッツの

ミニアイスクリームが加わった。マカデミアナッツ、うまいね。


外食と決めている日はほかにもうやることもない。

知らぬ間にたまったストレスを解消するには このささやかな

“酒盛り”は最適だね。

そんなわけで、週に一度のペースで6パックを下げて芦屋の

坂を登って家に帰る。“楽しみ”のためだから苦にならない。

ハハハ。


# by toruiwa2010 | 2017-06-26 08:04 | 芦屋から | Comments(2)

気づくのが遅かったなあ

~アナウンサー冥利について~

( 2011.04.28 初出 )

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東北を襲った大震災のあと、被災地を励まそうと日に何度も

流れていた「上を向いて歩こう」、「見上げてごらん空の星を」は

1960年代前半に坂本九が歌って大流行した曲です。

桑田佳祐・福山雅治を初め、豪華なメンバーによる応援歌を

聞くにつけ、被災地を実際に訪れた歌手たちの活動を見るに

つけても、歌が持っているパワーに圧倒されます。


歌と同様、書物にも人の心に沁みたり、勇気を与えたりする

絶大な力がありますね。

ヒット曲を持っている歌手、長く読み継がれている本を書いた

作家の影響力にはいつも感心してしまいます。

特に歌手の場合は 自分の歌によって人々が笑顔になったり、

感動して涙を流したりする場面を目撃することが多いですから、

そのたびに“歌手冥利”ということを思うでしょう。

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今のアナウンサーたちは、私が現役のころにくらべたら遥かに

名前も顔も知られていて、アイドル並みの人気者もいます。

それでも、人に感謝されたり、感動を与えたりすることは

そんなに多くはないでしょう。まして、そのアナウンスが

5年後、10年後まで記憶に残ることはめったにありません。

少なくとも、私はありません。


「いや、…のときの実況はよかったですよ」とごくたまーに

言われることもありますが、それは、試合そのものの印象が

強いのであって、私は“おまけ”にすぎません。ハハハ。


数年前、「冥利」という記事を書いたときにも引用したのですが、

きっかけは古いHPの掲示板に書き込まれたコメントでした。

…以前、視聴者プレゼントで岩佐さんの本も頂いたのですが、

その本もわたしにとってとても大切な本です。

久しくネットもやってなかったことや、前ほど熱心にサッカー

中継を見なくなった事もあり、岩佐さんがサッカー中継から

退いたことを知りませんでした。わたしはもうWOWOWには

加入していないので、岩佐さんの今の声を聴く事はできません。

学生時代、サッカー中継に興奮、かつ感動できたのも岩佐さんの

実況があったからこそだと、WOWOWから離れて、今でも

思っています。

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“本”は、2002年に自費で出版したささやかなものです。

推敲が足りなくて、句読点の誤りや文章のおかしなところが

多数あって、恥ずかしいかぎりの本ですが、大事にされている

ことを知ったときは、「出してよかった」と思いました。

ただし、アナウンサーが本当の“冥利”を感じるのは、やはり

実況の場でしょう。大きな試合を担当したり、プレーの描写や

解説者とのやりとりがうまくはまったりしたときに「よくぞ、

アナウンサーになった」と思うものです。


残念なことに、実況を聞いたときの感動は長く続きません。

実況のスタイルがどんどん変わっていくからです。そのため、

昔から“名アナウンス”とされているものも数年後には色あせて

聞こえます。若いころに聞いて印象深かった実況をいくつか

テープで聞いたことがありますが、“古色蒼然”…やめておけば

よかったと思いました。

直木賞作品のあとに紫式部…は極端ですが、夏目漱石を読む

気分と言えばいいでしょうか。


それぐらい、実況スタイルは変化しているのです。

文学や音楽はそれでも人に感動を与えますが、実況はなかな

か難しいです。フジテレビの後輩に「実況は消える芸術」と

言い放ち、自分の放送をテープに録らない男がいて、当時は

あきれたものですが、今になって「なるほど」と思わないでも

ありません。ハハハ。

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「あれはよかったですね」と褒められたものでも、今聞くと、

「なんだ、これは」とスタイルの古さに唖然とし、「もうちょっと、

うまくしゃべれるんじゃないのか」と思うことが多いです。

“門外不出”にしたいと思うことさえあります。ハハハ。


具合が悪いことに、誉められるのは、劇的ゴールが決まったり

(サッカー)、ナイスショットが決まったり(テニス)したときに

実況をやめて拍手・歓声を生かした場合が多いので微妙です。

自分のスタイルとしてやったのですから後悔などしませんが。

ハハハ。


ある立場・境遇で自然に受ける恩恵や幸福…

広辞苑によれば、“冥利”はそんな意味で使われるようですから、

私に限ってはヘッドセット・マイクをつけ、わくわくしながら

放送席に座ることがすでに冥利だったとと言っても言い過ぎでは

ないかもしれません。

それに気付くのがきわめて遅かったのは“痛恨のきわみ”ですが。

ハハハ。 


# by toruiwa2010 | 2017-06-25 08:13 | アーカイブから | Comments(0)

先週のTowel Offがごく一部で好評だったので

調子に乗って、こんな話もあるよ…と。

MLBファン同士が集まったときに持ち出せば

どや顔できるかも。ハハハ。


おもしろい話でしょう?

~メジャーの周辺から~

( 2011.04.27 初出 )

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どのチームも20試合前後を消化して、メジャーも少しずつ

本格化してきました。TBS「サンデーモーニング」は 張本某が

柱の陰から肩をゆすって姿をあらわす時間になると、ほかの

チャンネルに回していますが、相変わらず「メジャーなんて

どうってことない」と毒づいていることでしょう。ときどき、

高校生だってやらないような凡ミスもやらかしてくれるので、

かばいきれないこともありますが、やはり、メージャー・

リーガーのパワーとスピードは魅力にあふれています。


70年代から80年代にかけてのめりこんだメジャーについては、

今も愛着があります。ツイッターを見ると、日本にも大勢の

ファンが生まれ、中にはかなりマニアックな人もいるようです。

選手の持ち味からファームの事情まで細かい情報を持っている

ことにビックリします。私は、なんとなくテレビをつけている

だけですから。ハハハ。

文字通り“草分け”的存在だったパンチョ伊東さんが今の日本の

“メジャー事情”を知ったら、何と言うでしょうかね。

「いやー、岩佐さん、驚きましたねえ」…


CSに加入するほど熱心ではないし、「なぜ、このカード?」と

文句を言いながら、NHKの中継を見ています。副音声ですが。

ハハハ。

解説者・アナウンサーには書きたいことがいろいろありますが、

今日はやめましょう。

明けても暮れてもプレーの実況と分析ばかりでは飽きるので、

もう少し、メジャー周辺の面白い話を紹介してほしいとだけ

注文しておきます。

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たとえば、ヤンキー・スタジアムでデレク・ジーターが打席に

入るとき、テープに収めたPAアナ、ボブ・シェパード(今年

亡くなった)の声が流れます。

ジーターが、何があっても“神の声”と呼ばれたシェパードの

アナウンスで打席に入りたいと望んで生前に録音しておいた

ものです。こういう話は聞く者の胸を打つと思いますが、

NHKでは紹介しましたかね?


ほかにも、たとえば、こんな話は?…


MAGIC MUD

お手元の英和辞書を開いてみてください。

BASEBALLには二つの意味がありますね。ひとつはもちろん、

正岡子規の造語、「野球」、もうひとつは「野球で使う球」です。

ハハハ。

He picked up a baseball(彼はボールを拾い上げた)という

使い方をします。FOOTBALLも同じです。初めて知ったとき、

目からウロコでした。

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街でタクシーを拾って「球場に行ってください」のつもりで

“Ballpark,please”と言って“Which ballpark?”と聞き返された

ことがあります。大きな街だと、メジャーの球場とアメフトの

球場がありますからね。


テレビでアメリカのベースボールを見ていて、審判から新しい

“ベースボール”を受け取ったピッチャーが日本ほどそれを

“こねない”ことにお気づきでしょうか。

あれには秘密があるのです。


事の発端は遠く1920817日にさかのぼります。この日、

ヤンキースのC・メイズが投じた一球が、インディアンズの

R・チャップマンの側頭部を襲い、翌日、息を引き取るという

痛ましい事件が起きました。

メイズはボールに傷をつけて(ball-doctoring)投げる投手として

知られていました。空気抵抗を多くして変化を鋭くさせるのです。


この事件を受けてメジャー・リーグ機構は、ball-doctoring

禁止し、常に新しいボールを使うことを決めました。問題は、

新しいボールは滑って、握りにくいことです。

噛みタバコの汁や靴磨きのクリーム、水に溶かしたグラウンドの

土など、各チームともいろいろなものを試しましたが、肝心の

革が変質してしまうなど、うまくいかなかったようです。

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1938年のある日、フィラデルフィア・アスレチックスの3

ベース・コーチだったレナ・ブラックバーンは、試合の合間に

塁審から「困ってるんだよ」と愚痴を聞かされました。

数日後、趣味である釣りに行ったとき、ふとひらめいたブラック

バーンは川底に手を伸ばしました。

何度か試みた末に「これは」と思えるものを見つけたのです。

球場に持ち込んでテストしてみると結果は上々でした。

magic mud(魔法の土)と呼ばれる"Lena Blackburne Rubbing

Mud"誕生の瞬間です。


まもなく、アメリカン・リーグがこのドロを採用し、やがて

ナショナル・リーグも追随、いまでは、アメリカ中のメジャー、

マイナー、大学リーグなどでひろく使われています。

私たちがアメリカを“放浪”していたのころは、試合の数時間前、

審判がスタンド下の控え室で100個前後のボールにこのドロを

擦り込むのが“仕事”の一部と言われていました。

主に主審の任務とされていましたが、控え室の係員に下請けに

出す人もいました。ハハハ。

今では、ホームチームの関係者がやることもあるようです。

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メジャーのチームが1シーズンを乗り切るためには、2ポンド

(900グラム)入りが2缶必要ですが、料金は2缶で約1万円。

かつての苦労を考えれば安いものでしょう。


実はこのドロ、どこで採取されたのか、秘中の秘でした。

デラウエア川支流のどこか…までは分かっても具体的なことを

知っているのは10人ぐらいだったのです。

2年前にCNNが採取の模様を取材して放送したので、増えて

いるかもしれませんが。ブラックバーンは、亡くなる直前に、

採取の場所や製法などを親友に伝えました。

高齢だった親友はほどなく娘に譲り、現在は、さらにその息子が

取り仕切っています。

毎年、ある時期になると、彼は家族と一緒に秘密の場所に行き、

翌年に備えておよそ180キロの宝のドロを採取するのです。

完全な独占家内企業です。ハハハ。

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これまで、たくさんの会社がいろいろな土を試しましたが、

足元にも及ばないそうです。

このドロが優れているのは 匂いがなく、擦り込むことによって、

ピッチャーはボールをしっかりグリップできるし、おまけに

ボールが黒ずまない点です。

製法と書きましたが、水分の抜き方や添加する特殊な物質にも

秘密があって、それはまさにコカ・コーラの原液並みです。

ハハハ。


このブラックバーン、調べてみるとなかなか面白いやつです。

1910年代に内野手としてホワイトソックスに在籍したあと、

20年代半ばからはコーチになり、28年途中から29年まで、

監督もつとめています。

念のために、選手としての記録をよく調べると、コーチだった

27年に代打として打席に立っています。

さらに、29年にはピッチャーとして試合に出ています。わずか

1/3イニングですから、大量リードされた試合なのでしょう。

現役のときには、一度もマウンドに上がったことなどないと

いうのに!しかも、このとき42歳!!

古きよき時代だったということかもしれませんね。


この記事の続きに先週の“Towel Offの報告”の

部分がついていました。


# by toruiwa2010 | 2017-06-24 08:32 | アーカイブから | Comments(0)

TAP THE LAST SHOW 70


古ぼけたビデオテープ。画面の隅に“1988.12.24”の文字がある。

ステージの上では一人の男がタップを踏んでいる。ものすごい

盛り上がりの中でアクシデントが起き、男が突然倒れた。

「幕を下ろせ!」という狼狽し、緊迫したスタッフの声が飛ぶ。


長い年月が過ぎた。

あの事故で足が不自由になり、その後 演出家として生きてきた

渡真二郎(わたりしんじろう:水谷豊)は川べりの倉庫のような

住まいで酒におぼれている。その渡を毛利(岸部一徳)が訪れた。

経営するショウパブ“THE TOPS”を閉めることになったので、

最後の公演に力を貸してほしいと頼みに来たのだ…

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紆余曲折あるものの、物語はハッピーエンド。

封切り二日目、日曜日の午後、西宮TOHO150人ほど入る

スクリーンはおまけしても五分の入りでした。

私の感想点は70が精いっぱいですが、帰宅後 ネットを見ると

案外 高く評価しているサイトがあることに驚きました。


若いころから水谷豊が温めてきた企画だと聞きます。たしかに

その思い入れは伝わります。しかし、全体にただよう“既視感”が

ひどすぎませんか?


MAKOTO(清水夏生)がオーディションに遅刻した。

力は認めつつ、「出ていけ」と声を荒らげる渡。

しかし、MAKOTOは追い出されても、どんな罵声を浴びても

劇場に押しかけ、稽古に参加し、結局、ショウの主役をつかむ。

彼を支える女性(北乃きい)はひそかにキャバクラで働いている。

出産費用を稼ぐためだ。


主演級4人の男女のうち、二番手の男は渡に気に入られている

MAKOTOに激しく嫉妬し、露骨な態度も取るが、何があったか、

いつの間にか仲直り。

この男、仲間のシューズを切り裂いた疑いが濃厚だったのだが、

最後までお咎めはなかった。


女性No1ダンサーの父親は絵に描いたような”頑固な男“で

娘が人前で足をあげたり、開いたりすることを認めていない。

「この公演が最後だから」と必死の願いも退けられた娘は

家を抜け出し、母親が夫に隠れてそれを手助けする。


エピソードすべてをどこかで見聞きした気がします。

なにより、詰め込み過ぎです。結果として、中途半端になり、

経緯が省略されて何がどうなったかが観客に伝わりません。


見どころは、ショウのシーンだけでした。ただし、エンド・

ロールの前のラストカットはふたたびひどいなあ。

総合的な感想を一言で書くならば“失敗作”です。

ファンには申し訳ないけど。


# by toruiwa2010 | 2017-06-23 08:26 | 映画が好き | Comments(0)