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岩佐徹のOFF-MIKE

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スポーツ実況の歴史、そして“絶叫”~アーカイブから~17/12/10

絶叫中継( 2005.08.14 初出 )


日本でスポーツ実況が始まったのは放送局がNHKしかない

時代でした。もちろんラジオです。見たままを言葉にする…

からスタートしたのだろうと思います。

「神宮球場どんよりとした雲、黒く低くたれた空、カラスが

1羽、2羽、3羽、4羽、風雲いよいよ急を告げております」。

戦前の六大学野球で松内則三アナが残した名実況です。


1932年のロサンゼルス・オリンピックでは何らかの事情で

競技場からの中継が認められませんでした。そこで生まれた

窮余の一策は“実感放送”です。アナウンサーが見てきたことを

スタジオで描写するのです。

そのころでも11秒ぐらいで走ったはずの100㍍が、放送では

1分もかかってしまう珍現象も起きたそうです。ハハハ。

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私が子供のころは、NHKのラジオしかない時代でした。

スポーツが大好きだった岩佐“少年”は、各種のスポーツ中継に

いつも耳を傾けたものです。

その中には、アナウンサーとしては初めて野球の殿堂入りを

果たした志村正順さんがいました。野球と相撲を主に担当した

名アナウンサーでした。スポーツ実況の“原型”を作った人です。

NHKからはその後も、続々と花形スポーツ・アナウンサーが

生まれました。ただし、目に映ったことを言葉にする、という

流れは基本的には変わりませんでした。


やがて、テレビの誕生です。

学生のころのことですから、細かいことは覚えていませんが、

新聞でどなたかがこんなな主旨のことを書いていました。

「これまでなら『横綱、照国が西から登場しました』と言う

ところだが、○○アナは『西から登場したのは横綱、照国』と

言った。これがテレビの実況である」…音声だけのラジオと

映像があるテレビでは小野豆と実況のやり方に違いがあって

しかるべきだと言うのです。なるほど。


しかし、全体としてはラジオ的な実況を続けるアナウンサーが

圧倒的に多かったと思います。

そのうち、業界内からも視聴者からも「見てりゃ分かることを

しゃべる必要はない」という声が出始めました。

ちょうどそのころ、私はフジテレビに入ったのですが、当時の

アナウンサーたちは「それじゃあ、われわれは何をしゃべり、

何をしゃべらないのか?」についてまだ迷っていました。


実は、この「見りゃ、分かる」をどう考えるかはとても難しい

ところなんです。言葉通り、画面を見ていれば、現場で何が

行われているかがすべて分かる人もいるでしょう。

一方、本人は分かっているつもりでも理解が間違っていたり、

まったく分からない人もいるはずです。


先輩たちが迷っていたのは、どこを“落としどころ”にするか、

ということだったのでしょう。また、競技によっては、画面で

すべて見えていても、実況がないと物足りないものもあります。

ボクシングなど、格闘技が典型的な例ですね。

雰囲気的に、ないとおかしな競技もあります。

競馬中継に実況がないと落ち着きませんよね。

お金がらみですから、アナウンサーには“絶対ミスはできない”

というプレッシャーがかかりますが。

最後に、非常に微妙な、“盛り上げるため”の実況があります。

ハハハ。

つまり、見えていることでも、アナウンサーが実況することで

視聴者の興奮をさらに高めよう、というわけです。

その弊害がここ10年ぐらい激増している「絶叫型」の実況では

ないでしょうか?

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年齢的なことでしょうが、この夏のスポーツ中継、暑苦しくて

仕方がありません。ハハハ。

バレー・ボールのワールド・グランプリ、世界水泳、サッカーの

東アジア選手権、世界陸上…まず、スタジオが熱すぎて!! 

誰が どう、ということではありませんが、生理的にどうしても

受付けないんですからしょうがないですよね。

「この演出が本当に必要か?」「視聴者はこれが好きなのか?」と

考え込んでしまいます。


アナウンサーたちの気持ちを考えると複雑です。

局の方針もあるでしょうから、アナウンサーばかりを責める

ことはできませんがね。今年は、水泳や陸上で、独りよがりの

“古舘節”を聞かないですむのが唯一の救いでした。


「数字を上げるためなら、金に糸目はつけない。何をやっても

いいから」と、1995年のバレー・ボール、ワールド・カップの

中継を任された私の親しいプロデューサーは、バレー中継の

経験の浅い三宅アナをメインに据え、ネット局から“絶叫系”の

アナウンサーを二人呼びました。

「どうですかね?」と聞かれたとき、「そんなの無理だよ」と

答えました。私の言葉に関係なく決めてるくせに。ハハハ。


しかし、分からないものです。ふたを開けてみると、三アナを

のぞけば、テクニックも何もないやかましいだけの放送なのに

“いろどり”として起用したV6の効果もあって、前回大会を

大きく上回る視聴率をたたき出したのです。私の“認識”では、

プロレス以外で、絶叫型が誕生したのはこのときです。


あっという間に、どの局も足並みをそろえて、スポーツ中継は

実況中継ならぬ「絶叫中継」になっていきました。

アナが絶叫する理由ですか。いくつか考えられます。


・局の方針に従っている

・かっこいいと思っている

・視聴者の共感を得ていると思っている

・盛り上げる方法をほかに知らない

・この場面を伝えるにはこれ以外にないと思っている・・・


こんなところでしょうか。


本にも書きましたが、“状況を考えずに”絶叫すると視聴者に

嫌悪感を与えるのだと思います。とても難しいことですが、

絶叫する場面が視聴者の気持ちの“高まり”とシンクロすれば

違和感はないはずです。


絶叫はなんとか我慢できるとしても、“事実”に目をつぶって、

「まだチャンスはある」「巻き返せる」と、解説者も巻き込んで、

視聴者を間違った方向に引っ張っていく昨日のマラソンの

ような放送の仕方は勘弁して欲しいですね。

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少なくとも、WOWOWに来てからの私は、“癒し系”とか

“絶叫とは対極にいるアナ”とか言われ、いくつかのサイトに

取り上げられたことがあります。“縁側のひだまり実況”と

評した視聴者もいました。あちらは褒めたつもりではないかも

しれませんが、気に入ってます。ハハハ。


私も、「絶叫」しないわけではありません。ここという場面では、

放送上の効果を狙って、声を張り上げることもしばしばですが、

実況全体のトーンがかなり“おとなしめ”なので、そんな印象を

与えるのでしょうか。

今のスポーツ中継はどこの局もにぎやかな演出を好む傾向に

向かっています。若いアナほど、その方向に“合わせた”実況を

しなくては生き残れないでしょう。

しばらくは、“オーソドックスな”実況をするアナウンサーが

出てくる可能性は低いかもしれません。


ここ数年は、Jリーグや高校野球に出てくる若いアナの中には、

かつてのNHKにはいなかったような絶叫型アナウンサーが

時々います。アテネ・オリンピックでもかなり絶叫する人がいて

びっくりしました。「ブルータス、おまえもか?」。ハハハ。


時代とともに、年寄りには、だんだん見るものがなくなって

住みにくい世の中になってきました。ハハハ。

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by toruiwa2010 | 2017-12-10 08:30 | アーカイブから | Comments(0)
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