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岩佐徹のOFF-MIKE

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“天才”・井上陽水讃~歌が好き…聴くのが1~18/03/16

子供のころから歌が好きだった。

父が歌っているのを聞いた記憶はまったくない。子守唄ぐらいは

歌ってくれたはずの母の歌声も覚えていない。

2人の兄も家で歌うことはなかった。

そんな環境の中でなぜ歌に惹かれたのだろうか?


幼かった終戦直後は娯楽の少ない時代で、主な楽しみは大人も

子供もラジオだった。昭和40年ぐらいまでは朝から歌謡曲が

流れていた。“流行歌”と呼んでいた。もっと昔、“はやり歌”と

呼んでいた名残だろう。

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やがて、江利チエミや雪村いづみ、ペギー葉山が歌うジャズ、

そしてポール・アンカやニール・セダカの登場でアメリカン・

ポップスが圧倒的な人気を博していた。多くの若者が歌詞を

覚えて歌ったものだ。しかし、小学生時代には児童合唱団にも

所属していたのに、成長するに従って私が人前で歌うことは

極端に少なくなった。周りの人とキーが違うし、リズム感も

悪いくせに、自意識は過剰だから始末が悪いんだ。

カラオケもほとんど行ったことがない。若いころを含めても。


それでも、音楽はずっと好きだった。

坂本九やグループサウンズの登場で賑やかだったJ-ポップス

(このくくりが正しいかどうか自信がないが)もよく聴いた。

プレスリーやビートルズが出て来たときには人並みに興奮した。

しかし、ローリング・ストーンズあたりから、ロックについて

行けなくなり、ヘビメタは頭が痛くなるだけだった。ハハハ。


一番 私の気持に近かったのは60-70年代を席巻したフォーク・

ソングだったと思う。とにかく、ズンタッター、ズンタッター

というリズムで育ったから、今の音楽は苦手だ。

“この人の歌が聴きたい”と思ってチャンネルを合わせることは

ごく限られたケースになってしまった。

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そんな私が何十年も聴いているのに飽きない歌手がいる。

“天才”・井上陽水だ。

さすがに声の衰えは隠せないが、それをおぎなって余りある

“何か”が陽水にはある。積み重ねた人生が歌唱に投影され、

若いときとは一味違うものを聴かせてくれるのだと思う。

聴く側も同じだけ年を取っているからなおさらだ。


氷の世界、傘がない、飾りじゃないのよ涙は、少年時代、

なぜか上海、闇夜の国から、帰れない二人、夢の中へ、

心もよう、リバーサイドホテル、クレイジーラブ、ジェラシー、

とまどうペリカン、背中まで45分、最後のニュース、結詞、

感謝知らずの女、夏まつり…

ヒット曲(順不同)を挙げていったらキリがない。


1970~80年代にリリースされた曲が多いのに、少しも色あせて

いないことに驚く。

いつも思うのは詞の鮮やかさだ。使われている言葉は平凡でも

彼の曲の中に登場すると途端に輝きを放つから不思議だ。

意表をつかれるからだと思う。

耳に馴染んだ言葉のまったく新しい使い方や、よく知っている

形容詞と名詞の思いがけない組み合わせにハッとする。


ある日、久しぶりにCDを聞いて、「こんな曲があったか!」と

改めて仰天したことがある。

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「断絶」


夜中にデイトした ちかくの公園で   

たしかめあっていた おまえと俺の愛

突然あらわれた おまえのオヤジが


「私の娘は嫁入り前です

近所でオカシな 噂がたちます」といった


おまえのオヤジには わかってもらえない

どこかへ逃げようと 相談していたら

又 又 現れた おまえのオヤジが


「かけおち 家出は絶対いけない

なぜなら 娘はまだまだ子供だ」といった


なんだか俺たちが とっても悪い事

しているように見た つめたい顔で見た


どうして悪いのだ 愛している事が

いつでもそばに居て 愛している事が


どうして悪いのだ 愛している事が

いつでもそばに居て 愛している事が

<井上 陽水 作詞>


     

30年以上前に出た曲だが、まったく古さを感じない。

今、出来上がったと言われても通ってしまうのではないか?


書き始めたら長~くなってしまった。

続きはいずれまた。


by toruiwa2010 | 2018-03-15 08:13 | 読書・歌・趣味 | Comments(0)
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