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岩佐徹のOFF-MIKE

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2189「ああ、間違えた!~“脱いだ”ボールガール~」  09/04/23    

先日、「ああ、ヤンキース!」で野手の登板について書いたとき、昔、連載していたコラムを

引用しました。ついでにほかの原稿を読み返しました。大掃除のときみたいに…。ハハハ。

古い話ではありますが、私自身がよく覚えていて、今、紹介しても「面白い」と思って

いただけそうな項目がひとつありました。

タイトルは「これぞ大リーグ“きわめつきエピソード”3題」となっていますが、最後の

エピソードがいかにもメジャーらしいのです。


<<<Marla Collins(マーラ・コリンズ)をご存知だろうか?

相当の大リーグ通でも「そんな名前は聞いたことがない」という人が多いと思う。何故なら、

マーラは、シカゴ・カブスの本拠地、リグレー・フィールドのボールガールなのだから。


723日(1986年)、パドレス戦が始まろうとするころ、1塁側のベンチ前を横切って

グラウンド・キーパーの一人がやってきて、カメラマン席の横に置かれた小さな木製の

イスに腰を下ろした。

すぐにまわりのファンがざわめき出した。「マーラはどうしたんだい?」というわけだ。

何しろ、見事なプロポーションをカブスのユニフォーム(ただし、ショート・パンツ)に

包んだ金髪のマーラは、常連客の間ではアイドル並みの人気者だったのである。


しかし、彼女はこの日の試合前に、5年間、慣れ親しんだ職場をあとにしていた。

実は、この前日に発売された「PlayBoy9月号で“ポーズをとって”いのだ。

ファンになじみのユニフォーム姿のものもあったが、あとは“Birthday Suit”、つまり、

生まれたときの姿だったから、球団はあわてた。

そして、話し合いの結果、騒ぎを大きくしないうちにと、マーラが身を引いたのだった。


彼女の人気に目をつけた「PlayBoy」は2年前からアプローチしていて、この春、ようやく

OKが出て撮影が行われたのだが、その掲載についてはマーラが“条件”をつけていた。

「閉幕まで待ってほしい」というマーラに対して雑誌のほうは「それでは遅い」と応じ、

妥協案として決まったのが“9月号”だった。

マーラの“大誤算”は、「9月号が7月に発売されるのを知らなかった」ことである。>>>


…フットボールのチアリーダーがPB誌で“脱いだ”話はよく聞きますが、メジャーの

ボールガールというのはかなり珍しいと思います。

ここまで書いて“ダメもと”で検索してみた結果によると、1982年にカブスと契約を結んだ

マーラはメジャーで初めてのボールガールだったようです。

当時、女性が野球ビジネスに関わることはほとんどなかったのです。裁判の末、メジャーを

取材する女性リポーターが試合後のロッカールームに入れるようになったのも、1978年に

なってからのことでした。その判決が出たとき、取材でアメリカにいましたが、反発する

選手たちの中には、わざと“マッパ”でシャワールームを出てきたり、逆に、ダンボールで

顔以外の全身を隠して記者の前に姿を現したりするケースがあって、ニュース番組でも

取り上げられていました。


by toruiwa2010 | 2009-04-23 11:19 | Comments(0)
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