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岩佐徹のOFF-MIKE

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2267「オメガ&革ジャン(スイス)」09/08/12

19889月、フジテレビからWOWOWに出向となりました。

1年半ほどは何もすることがなく、まさに“ぶらぶら”するだけの日々を過ごしましたが、

衛星の打ち上げが近づき、試験放送の準備も本格化し始めた19904月、ある指示を

受けました。

「いずれ、コメント付けをすることになる世界アイスホッケー選手権を見てきてくれ」…

つまり、試験放送の素材にする予定なので、帰国後の収録に備えて現地で試合を見て来い

ということなのです。



198221日付けで報道部に異動となり、フジテレビではアナウンサーとしての足を

洗っていた私でしたが、WOWOWでマイクの前に戻ることになっていました。

実を言うと、8年以上のブランクのあと担当するのが、激しくパックが動き、選手の交代も

めまぐるしいアイスホッケーの実況という状況にひそかな“怖れ”を抱いていました。

しかし、「どうしても、もう一度アナウンサーに戻りたい」という夢を実現させる絶好の

チャンスでしたから、ここで“怖気づく”ワケにはいきません。


フジテレビ時代の1981年ワールド・シリーズ以来、久々の海外出張です。

一人旅でしたが、まったく気になりませんでした。

大会が開かれるのは、スイスのベルン…スイスの首都です。最近では、北朝鮮の次期

指導者とされるキム・ジョンウンが寄宿生活を送ったらしいということで世に知られる

ようになりました。それまでは、チューリッヒが首都だと思っていた人が多いはずです。

首都というと、東京やニューヨーク、パリ、ロンドンのような大都会を想像しますが、

人口は10万人を少し超える程度の、小さいけれど、静かで美しい街です。

試合は毎日、夕方から夜にかけて行われますから、朝から、一人で街をぶらつきました。


“スイス出張”と聞いたときから、楽しみにしていたことがあります。

「スイスといえば時計、それもオメガだろう」と、きわめてシンプルな発想…。ハハハ。


フジテレビに入社して5年目ぐらいだったでしょうか、スポーツ部で仲がよかった同僚が

“お偉いさんのかばん持ち”で海外出張することを知って、頼みごとをしました。

それは、学生時代から手にしたいと願っていたオメガのスピードマスター/オートマチックを

買ってきてもらうことです。宇宙飛行士が使っていた腕時計として有名でした。

写真を見て、一目で魅了されたのですが、値段が高くてとても手が出せず、ずっと“憧れて”

いた時計です。



結婚して間もないころでしたから、小遣いもままならず、「日本円に換算して、5万円まで

1ドル=360円)だったら頼む」と、長年憧れたものを手に入れようとしている割には、

なんとも中途半端で情けない言い方になってしまいました。ハハハ。


帰国した彼から呼び出しの電話を受けてスポーツ部に向かう私の心境は、告白した相手の

返事を聞きにいく少年のようだったと思います。

しかし、彼が開口一番口にしたのは、「あの時計は、俺がしても“ごっつい”からやめたよ」

でした。呆然としてしまいました。「で、代わりにこれを買ってきたよ」と見せられたのは

オメガはオメガでも、“シーマスター”と呼ばれるシリーズの一本だったのです。

なんとなく、彼女の返事が「ごめんなさい。お友達として仲良くしましょう」だったような

気分でした。ハハハ。


シブシブ使い始めたのですが、よく見ると、なかなかセンスがよくて、なじむにつれて

だんだん好きになり、“生涯の友”として、ベルトを鎖から革に替えた以外は当時のままで

40年以上たった今も使っているのですから、分からないものですね。


数年たってから、似たようなタイプのものがほしいと思い始めたのですが、いくら探しても

見つけることができませんでした。手に入らないとなると、余計ほしくなるのが人情ですが、

どうにもならないまま年月だけが過ぎていきました。


…その挙句、ようやく巡ってきたチャンスです。

「スイスなら、きっと、日本には来ていないデザインのものもたくさんあって、しかも、

安いにちがいない」と、わくわくしながら、古都ベルンに向かいました。

自分の愛用品を見せ、「こういう時計を探しているのだけど」と、行く先々の時計屋さんで

聞いてみました。しかし、返ってくるのは「今はそういう時計は作ってないよ」という

つれない返事だけで、結局あきらめざるを得ませんでした。


それでも、「せっかくオメガの本場に来てるんだから、何かほしい」という気持ちが出てきて、

迷った挙句に買ったのがシーマスター/プロフェッショナルです。

探していたものとは違うけど安かったし、まあ、いいか」と納得して帰国したのですが、

しばらくして立ち寄ったビックカメラで、同じ時計がほとんど変わらない値段で売られて

いるのを知ったときはがっくりしましたよ。ハハハ。


この、スイス出張で買った革のジャンパーにも思い出が詰まっています。

仕事を終え、チューリッヒで1泊したのですが、街に出たときウインドウに飾ってある

珍しい色合いのジャンパーが目に入りました。

中に入ってしげしげと見ていると店員の一人が寄ってきました。「困ったな」と思いました。

明らかに“おねえ”風だったからです。“差別”の気持ちはありませんが、相手が日本人でも

苦手なのに、外国人ですからねえ。ハハハ。

しかし、ブランド品ではないので値段は安く、色と“風合い”が気に入っていましたので

買うことにしました。

間もなく20年になりますが、今でも愛用しています。


若いころに憧れた宇宙飛行士御用達のスピードマスター/

オートマチックを手に入れたのは2002年ごろ、

ヨーロッパ出張から帰る途中の空港でした。

見ればほしくなるのだからと、時計売り場には

近寄らないようにしていたのですが(ハハハ)、

たまたま、乗り継ぎまでの時間があったために

空港内をうろついていて、ついうっかり見てしまったのが

不運でした。

雑誌で初めて知って強い憧れを抱いた日から数えると、

40年近い月日が経過していました。


それにしても、この3本の時計たちは幸せだと思います。大事に使われているし、何よりも、

持ち主の愛情を、分けへだてなくもらっているのですから。

年を重ねるごとに、着るものにはあまりこだわらなくなりましたが、時計も同じです。

もう、新しいものを買うことはないでしょう。

時計に限らず、最近では、高価なものに目が行くたびに自分に話しかけることにしています。

「おい、お前さん、買ったとして、いったい何年使えると思ってるんだい?」と。ハハハ。


by toruiwa2010 | 2009-08-12 15:04 | Comments(0)
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