0112「2004 US ダイアリー 5」2004/09/13
DAY 13
女子のファイナルがナイト・セッションで行われるようになったのは2001年からです。
ウィリアムズ姉妹をはじめアメリカの女子が最強の時期でしたから、まず、お客さんが集まるとUSTAが考え、視聴率が取れると踏んだCBSがそのアイディアに乗ったのでしょう。ハハハ。
まんまと図に当たって、いつも満員です。
今年は、たまたま、「9.11」と重なりました。アメリカのテレビは朝からグラウンド・ゼロでのセレモニーを生中継していました。遺族が二人一組で壇上に上がり、2,700人をこえる犠牲者の名前を淡々と読み上げていくだけの映像が、延々と流れていました。それぞれのペアが最後に自分の家族の名前を呼び、「愛してるよ」「忘れていません」と声をかけて行きます。名前を聞いていると北欧系あり、アジア系あり、さらに東欧系、ヒスパニック、アイリッシュ、、、と、この国が、「人種の坩堝」と呼ばれる理由が本当によく分かります。
そして迎えた女子ファイナルは、ロシア人同士の対決でした。
この日の楽しみは、明るい照明に浮かんだコート上で行われるセレモニーです。
今日は特別の日ですから、犠牲者への黙祷もささげられました。そして、ソプラノ歌手、ジェッシー・ノーマンが登場し国歌に代わる歌、「アメリカ・ザ・ビューティフル」を唄いました。海兵隊員たちが、大きな国旗をさあっと広げるころには、スタンドを巻き込んでムードは最高潮に達します。
今回は、試合もすばらしかったですね。
デメンティエワの体調が不十分だったのは残念ですが、クズネツォワと繰り広げた火の出るようなラリーの数々は、見ごたえがありました。
デメンティエワは、これで、ローラン・ギャロスに続いての準優勝。でもアガシだって、
最初の三つのグランド・スラム・ファイナルは負けてるんですからね。まず体調を整えて
来年の全豪では、また元気なところを見せて欲しいものです。
表彰式でのデメンティエワが、プレー以上にすばらしかったです。「今日はセプテンバー・
イレブン、特別な日です。ロシアでも、今月1日にテロがあり、多くの犠牲者が出ました。
どうか皆さん、彼らのために短い黙祷をお願いします」と、訴えました。司会をしていた往年の名プレーヤー、パム・シュライバーがすぐに、スタンドに黙祷をうながしました。
一瞬の静寂に身が引き締まる思いでした。そして、「ああ、今日のナイト・セッションは、
誰かがシナリオを書いたように、見事に完結したなあ」と思いました。
9日目の、カプリアティー対セレナ戦での大きな誤審は、この大会全体にいやな後味を残してしまいました。あの試合の主審はポルトガルのマリアナ・アルベスさん、私が担当した試合で主審をつとめるのは2度目でした。初めての試合(ピアース対シャラポワ)のとき、「これまで、グランド・スラムではお見かけしなかった」とお話した記憶があります。
カプリアティー戦の時も「何故、この人かな?」と思いました。
アンパイアは技量や実績などによって、ゴールド、シルバー、ブロンズ、、、とランク付けされています。騒ぎのあと、彼女はシルバー・バッジだったと知りました。そうなると、ますます、何故彼女があの試合を任されたのか不思議でした。一流の審判でも難しい試合でしたから。
今朝の地元紙を読んで、一部、納得がいきました。
アテネ・オリンピックのときに、テニスのオフィシャルたちが、ほかの競技場にも入れるようにクリデンシャルを部分的に偽造したことが発覚しています。
USオープンの予選中にこのことを知ったITFは、はじめ疑惑を持たれている3人の審判にも仕事を与えていましたが、結局は、早い段階で職務を解除しました。
ちなみに3人の名前は、私もよく知っています。信頼できるトップ・レベルのアンパイア達だと思います。しかし、ことの重大さから言って更にペナルティー(降格など)が加わることもありうるそうです。
事情にくわしい人の話では、2日続けて、ショー・コート(テレビの入る大きなコート)の試合を裁くことも、普通では考えられないというのに、アルベスさんは5日連続だったのだそうです!
記事の締めくくりは、ある審判の言葉として、「職を解かれたアンパイア達がいれば、あの試合を彼女が担当することはありえなかった」となっています。
DAY 14
気持のいい青空で、最終日を迎えました。
今大会は雨による混乱も長くは続かず、スタッフともどもほっと胸をなでおろしました。
男子決勝は、第1シードのロジェ・フェデレと第4シード、レイトン・ヒューイットの顔合わせです。二人とも、グランド・スラムのファイナルでは負けたことがありません。
しかも、準決勝の勝ち方が完璧だっただけに、大きな期待をもって放送席につきました。
ああ、しかし、、、、、やっぱり、そんなにうまくは行きませんでした。ハハハ。
フェデレが初めから飛ばしたとみるか、ヒュー一トの調子が出なかったと見るかは、意見が分かれるところでしょうが、どちらにしても、第1セットが終わった時の私の気持は「おいおい、頼むぜ」でした。
第2セットの終盤で、ヒューイットの調子が上がってきて、これは、と思ったんですが駄目でした。心技体、すべてがしっかりしているいまのフェデレをこえるのは大変でしょう。
しかし、いろいろなスポーツで誰かひとり強いプレーヤーが現れると、それに負けまいとみんなが努力して全体のレベルが一段上がるのをこれまで何度か見てきました。
フェデレの出現が、男子テニス界の底上げにぜひ貢献してほしいと願います。