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岩佐徹のOFF-MIKE

toruiwa.exblog.jp

実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

カテゴリ:blog( 100 )

1年前の昨日17日は祝日(海の日)でした。

電話が鳴ったのは12時半ごろですから、たぶん、

「バイキング」でも見ていたのだと思うのですが、

さだかじゃありません。


電話は、長兄が世話になっていた西宮の施設からで、

容体の急変を告げられました。急いで身支度をして

家を出ました。


12日にも「危ない」との電話を受けて芦屋に行き、

2泊して帰京したばかりで、覚悟はできていました。

4月中旬に急性肺炎で入院し、足の筋肉が衰えて、

歩くのが難しくなりました。これでは、本人希望の

自宅での一人暮らしはできなくなったので施設に

預けることにしました。

その際に、93歳という高齢に加えて、以前からの

間歇性肺炎が進んでいるからいつ何が起きても…と

医師から言われていました。


…その日、私が関西に向かっている間に兄は静かに

息を引き取りました。

先に駆けつけた次兄から知らされた私は、新幹線の

車中から、葬儀社を探し、手配を済ませました。

施設から「霊安室をできるだけ早く空けてほしい」と

言われたからです。“今にも”という患者が多いのは

知っていますから、“冷たいとは思いません。


翌日、私と次兄の家族だけで見送りました。

小さなお骨を手に帰京したのは翌々日でした。

2003年に亡くなってからずっと兄の家にあった

母の遺骨を東京に持ち帰り 納骨してからわずか

1週間後でした。


2月に芦屋に“単身赴任”して、兄の一人暮らしを

少しでもサポートしようと考えたのに、まったく

予期せぬ結果になりました。良かれと思ったのが

裏目に出たことにガッカリしました。

入院からの急激な変化に戸惑うとともに、自分の

行動が兄の死を早めてしまったのではないかとの

“後ろめたさ“が今もどこかに残っています。


しかし、ときどき様子を見に来ていた妻によれば、

入院中の兄の顔はとても穏やかに見えたそうです。

たしかに、見舞いに行っても、うとうとしている

時間が多く、あまり話しませんでしたが、必要な

会話には笑顔で応じていましたし、金銭がからむ

微妙な用件でも私を全面的に信用してくれました。

買い物に行くスーパーで店員とかわす言葉以外に

人と話す機会がなかった兄には、差し出がましい

私の存在も嬉しかったのかも…と思いたいです。


JR芦屋・阪急芦屋川駅の時刻表、行きつけだった

何軒かの食べ物屋さんの電話番号、世話になった

病院の電話番号…昨日、スマホのホーム画面から

アイコンが消えました。

わずか1年というのに、いろいろあった芦屋での

日々は遠いものになりました。

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一周忌ですが、妻が買ってきた花を飾っただけで

無宗教の我が家は“法事”はしません。


墓の掃除を頼んでおきましたから、近いうちに

妻と一緒にお参りに行きます。

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青きまま 柿ひとつ落ちて 一周忌


by toruiwa2010 | 2018-07-18 06:23 | blog | Comments(0)

およそ30年前に一冊の歌集が出版された。

俵万智の「サラダ記念日」だ。


『この味がいいね』と

君が言ったから

七月六日はサラダ記念日


本のタイトルはこの短歌からとったものだ。


…かなりの“こじつけ”だと自覚しているが、連休直前の今日は

個人的な記念日、“めでたい日”だ。


テニス解説の柳恵誌朗さんのファンだという青年から突然

メールをもらったのは2003年の3月末だった。

「手伝いますからHPを始めませんか?」という内容だった。

当時まだ、“ブログ”ではなく、Home Pageという言い方だった。

個人がfacebook的なものを作り、コンテンツのひとつとして

日記を書く…それがのちにブログと呼ばれるようになった。


以前からやってみたい気持ちは持っていたが、実況に必要な

情報をネットで探すだけで精一杯の私の手に負えるものでは

ないと分かっていたのであきらめていたのだ。

「原稿を書くだけでいい、あとはずべて私がやりますから」と

説明されて心が動いた。私の場合、ちょっとでも気持が動くと、

一気にその方向に流れる傾向がある。このときも同じだった。

ハハハ。


4月下旬には始められますよ」と言われたのが決め手だった。

5月上旬からチャンピオンズ・リーグSFの現地実況があり、

そのあとに全仏オープンも控えていた。話題が多いその時期に

開設できるのなら絶好のタイミングだな、と思ったのだ。

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デザインから使う色まで、すべて私の希望通りに出来あがった。

当初、HPのタイトルは“岩佐徹のon-air/off-air”とした。

現役アナとして、放送席で思ったこと、そこを離れたときに

思ったことを書きますよ…というつもりだった。

現在のOFF-MIKEにしたのは引退したあとだと記憶する。

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こうしてスタートしたのが2003427日。そう、今日が

15回目の“ブログ記念日”ということになる。こんなに続くとは

思いもしなかったなあ。それなりに感慨があるわ。


「始めませんか」と

青年が言ったから

四月二十七日はブログ記念日 …ハハハ。


15年の間には 私の人生と同じようにいろいろあった。ハハハ。

まず、その年の8月に“人生初の炎上”に遭遇した。

「ぬっ殺す!」、「死ね」、「恥を知りなさい」…一生分の罵声を

浴びたなあ。どうってことなかった()はずの記事だったのに。

「リーガ・ゲッツ!」…忘れがたい。 ⇒ goo.gl/ci4G1Y

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YAHOOに移り、2011年からはEXCITEで“営業中”だが、

ホンネを隠すことが多かった現役時代をのぞけば、少からず

毒を含んだ記事の中身は終始 変わってない。

要するに、気ままに書いている。

“お叱り”を受けることもあるが、数年前の“超スローボール”

がらみ以外はおおむね想定内だ。ハハハ。

自分が好きな人物や事柄を少しでも悪く言われると、がまんが

ならない人が必ずいる。誰にでも好かれる記事を書くつもりは

ないから、なかなか“読者”が増えない。

増えない…どころか、このところ、はっきり減る傾向にある。


ブログについては考え方を柔軟にしようと思います。

“毎日書く”にこだわって無理をしてきましたが、

今度こそ本当にペースダウンを視野に入れます。

とりあえずの方針は“適当に休む”です。ハハハ。

平均のアクセスが500を切り続ける体たらく

なったら、“毎日”書くことを放棄して、書きたい

ことがあった日にだけ書くことにします。

“あがく”のをやめるということです。


年の初めにそう書いた。

黙っていたが、3月ごろから平均アクセスが500/日を

切り続けている。気づいてる人もいるだろうが、そのうちに

持ち直すかもしれない、と“あがいて”いた。ハハハ。


書くものの傾向は変わっていないはずだが、それが面白くない、

あるいは、飽きられた、ということだ。

先日、サッカー・ライターについて書いた日に 久しぶりに

1000件を超えたりするので、“スケベ”心が頭をもたげるのだが、

いろいろ考えなければいけない。ストレス解消、ひまつぶし、

ボケ防止としてブログは最高だから、一気にやめることはない。

今後も 私の実況を愛してくださった方、私の書くことに共感を

覚えていただける方、むっとすることもあるがおおむねOK

おっしゃる方たちを読者に想定して書いていくことにする。

それ以外の方には責任を持ちかねる。ハハハ。


ご愛読御礼

最後になりましたが、減ったとはいえ、

変わらずに読みに来て下さるみなさん、

心が折れそうになりながら、こうして

なんとか続けられるのはあなた方の

おかげです。有難うございます。

これからもっよろしくお願いします。

       ブログ主:岩佐 徹


by toruiwa2010 | 2018-04-27 08:04 | blog | Comments(5)

月曜日、生まれて初めて公証役場に行きました。

遺言書を作成するためです。はい、“私の”…。


いま 私が死ぬと、法定相続人は妻と次兄の二人だけです。

兄との間になにか問題があるわけではありません。

しかし、私としては何があっても すべての財産を妻が引き継ぎ、

残りの人生で金に困ることがないようにしたいと考えています。

そこで 私の死後、もめ事が起きないように、法的効力が確実な

遺言書を作ることにしたのです。


長兄の世話をするため、芦屋に“単身赴任”して間もなく、兄の

依頼を受け、“遺言信託”をすることにしました。

銀行の手を借りて公式の遺言を作成するのです。法定相続人は

次兄と私だけでしたから、むつかしいことはないはずですが、

金が絡むと親・兄弟間でも必ず、もめます。映画やドラマの

通りです。“二人で50%ずつ”と明記した遺言書を残せばどんな

問題も起きません。

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長兄はそれを懸念してすでに手続きに取りかかっていました。

それを引き継いで私が作業を進めることにしました。しかし、

結果的に、準備がはかどらない間に兄は亡くなりました。

そのときの経験で手間のかかる作業だと分かっていましたが、

東京に戻り、同じ銀行の地元店で私の遺言信託を依頼したのが

8月ですから、やはり半年かかったことになります。


数回打ち合わせをし、電話でのやり取りもあったあと、銀行が

私の遺言書を作成してくれました。同意した文言をそっくり

そのまま”公証人”が書類にします。それが“遺言公正証書”です。


中野駅前の役場で公証人が 出来上がった書類を一文字残さず

読み上げるのを聞き、「結構です」と言って署名して終わりです。

3部作った書類は、原本を公証人役場、正本は銀行がそれぞれ

保管し、謄本が私に渡されました。帰宅してすぐ妻に渡しました。

どこかに後生大事に保管することになります。ハハハ。

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書かれているのは、まず、この遺言書で言う財産の中身です。

私の場合は不動産と預金・現金です。不動産は現在 住んでいる

マンションだけですが、登記上の住所や床面積などがこまかく

記され、今後 購入する場合を考慮して”その他一切の不動産“と

付記されています。

複数の不動産を所有していたり、誰かと共有している場合は

すべてを列挙し、所有の割合(3分の22分の1など)なども

書くことになるのでしょう。


預金については、預け先を列挙し、本人が忘れているものw

出てきたときに備えて“その他一切の…”と付記されています。


次に書かれているのが、肝心の“相続”です。文章はこうです。


遺言者(私)は、次の負担金を付して、第1条の

各号に記載の財産を遺言者の妻・岩佐〇〇子

(生年月日)に相続させる。(以下略)


財産は、上記 不動産、預金など、つまり、すべて。

負担金とは私の借金、未払いの税金など。


…これで終わりません。

遺言書を作るのは大変なんです。ハハハ。


”補助遺言”をしなければいけません。

常識的に、私が先に逝くと考えますが、万一、私がしぶとくw

長生きし、妻が先に死んだとき どうするかを書いておく必要が

あるのです。そのケーズで 私の財産を相続する者を指名して

おかないと、行き場がなくなってしまうからです。


銀行の担当者からは「二人、挙げてくれ」と言われました。

妻の妹と次兄の息子()を考えました。義妹は快く引き受けて

くれましたが、なぜか、甥は「金がからむ話は嫌だ」と言って

認めてくれません。Why? まとまった金が手に入るのに!

息子・娘の教育費になるじゃないか、なにを考えてんだか。

ハハハ。


いやだという者に無理やり押し付ける性格のものではないので、

義妹一人にしました。妻の妹ですからもうすぐ後期高齢者です。

妻が死ぬ…ということは“義妹もいない”可能性があるわけで、

銀行はためらっていましたが、他にはいないのですから私には

どうすることもできません。私があとに残ったら、そのときは

そのときで考えます。ハハハ。


そのあとは、銀行を遺言の執行者に指定し、その権限を明記し、

報酬や保管の方法などが書かれています。私の場合は 財産が

マンションと預金だけなのでA4の紙で3ページです。

株や債券、絵画、宝石類、ゴルフ会員権…タイプの違う多くの

財産を持っている人は大変でしょうね。

法定相続人が多いと、全員の戸籍謄本を取り寄せるだけでも

かなりの手間と時間がかかります。そのうえ、家族が知らない

子供がいたりするともっと厄介です。知らんけど。ハハハ。


遺言信託は銀行が全部を整理してくれますし、法的に有効な

遺言書が出来上がりますので、遺族が楽です。上記のことを

自分たちでやろうと思ったら、とんでもない時間がかかります。

当然、かなりの費用もかかります。どちらをとるか、ですね。


by toruiwa2010 | 2018-03-01 08:09 | blog | Comments(2)

間もなく、“日劇”(日本劇場)がなくなるらしい。 

建物が取り壊されるのではなく、“名前が消える”らしい。

生きているものも、そうでないものも、時間が経過すれば

寿命を迎えて消えていく。役目を終えて。


私たちの年代の東京人にとって日劇は一つのシンボルだ。

日本で最も有名な商業地・銀座のとなり、有楽町駅近くの

一等地に建つエンタテインメントの殿堂だった。

客がよく入っていた。若き日の私もその一人だ。


映画と歌謡ショーという組み合わせで楽しませてくれた。

越路吹雪、江利チエミ、美空ひばり、三波春夫、村田英雄…

すべて、見たくて見たわけではない、“二本立て”だから

私にとっては映画の“おまけ”だった。ハハハ。

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右は朝日新聞社


同世代の橋幸夫、舟木一夫のデビューも見た記憶があるし、

去年 亡くなったペギー葉山もしばしばステージを飾った。

196070年代、全盛だったビッグバンドが伴奏したり、

単独で演奏したりしていた。有馬徹とノーチェ・クバーナ、

原信夫とシャープス&フラッツ、宮間利之とニューハード・

オーケストラ、見砂直照と東京キューバン・ボーイズ…

今も、彼らが奏でた音楽が耳に蘇る。特に 最後のバンドは

妻の父親がマエストロだったからなあ。


やはり大人気だった“ロカビリー”のミッキー・カーチス、

山下敬二郎、平尾昌晃が出演した“カーニバル”も見てる。

ロカビリーが好きだからではなく、騒ぐ理由を知りたくて

同級生を誘って出かけた。2階席から、ステージに群がって

大騒ぎする若い女の子を茫然と眺めていた記憶がある。

三人のうち、二人が故人だ。

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左からミッキー、平尾、山下


妻との初デートで「ぼくの伯父さん」を見たのも日劇だ。

映画のあと、ガードをくぐって日比谷に行き、音楽喫茶

“タクト”でお茶をしたが、下を向いたきり ほとんど何も

話さない妻にてこずった思い出もある。ハハハ。


大学3年のとき(1962)、当時は日劇のすぐ隣りにあった

朝日新聞社で“電話ニュース”のアルバイトをしたこともある。

今のように情報を伝えるメディアが限られていたこの時代に

各新聞社がテープに吹き込んだニュースを電話で提供する

サービスをやっていた。大学の放送研究会でアナウンサーを

目指す学生にとってはいいお小遣い稼ぎだった。

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朝日新聞社屋上で電話ニュースの仲間と


一度だけ、巨大な建物の脇にある階段を ドキドキしながら

5階まで上った。エレベーターがあったはずなのに。

そこにあったのはミュージックホールと呼ばれる小劇場だ。

ストリップ小屋…と言えば怒られる。トップレスの女性が

“おしゃれな”ショーを見せる小劇場だ。


そうは言っても、きれいな女性が裸で踊るんだ。

たしか、20歳になったばかりの私がドキドキしながら

階段を上がった気持ちは分かってもらえると思う。ハハハ。


日劇が消える。

私の青春の一部も消えるということだ、


by toruiwa2010 | 2018-02-01 08:04 | blog | Comments(0)

先週の水曜日、朝早く、家を出た。前日、首都を襲った大雪が

残っていた。今シーズンの最強寒波とテレビが伝える寒さの中、

凍った雪を踏みしめて、駅への道を慎重に歩いた。

行き先は静岡県新富士、狙いはもちろん、富士山だ。


品川を出てすぐ、遠くに見えるはずの富士山が見えない。

新横浜を過ぎて見えてきたが、手前(東側)に雲がかかっていた。

私は気落ちしなかった。PCで見たライブカメラにはしっかり

“全景”が写っていたからだ。

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三島から南へ回り込んだ位置にある新富士に降り立つころには

見事な“お姿”を見ることができた。

タクシーで岩本山公園に近い茶畑に行く。南向きだから雪の

量は少ないし、時間の経過で雲がかかり始めていたが、十分に

美しい眺めだった。 堪能した。

風が強くて寒いのが玉にきずだったなあ。

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南に駿河湾が光っていた


新富士駅に戻り、名古屋でのぞみに乗り換えて芦屋へ。

たぶん、この町に来るのはこれが最後になるだろう。


夕食は“単身赴任”中、毎週 通ったイタリアン“アレグロ”で。

インサラータ・ミスタ(ミックスサラダ)のハーフサイズ、

貝柱のカルパッチョ、スパゲッティ・ボロネーゼ、そして、

デザートはティラミス…つまり、いつもとほぼ同じメニューだ。

ハハハ。

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どれも満足した。なじみになっていたスタッフは少なかったが、

「もう、来ることはないと思う。いつも、とてもおいしかった。

皆さんによろしく伝えてほしい」と挨拶して店をあとにした。


富士山を堪能し、食事に満足した1日だった。

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翌日はホテル近くの銀行で遺産相続の最後の手続きをした。

長兄が亡くなってから半年以上の時間を必要とした。

”専門家”に任せてもこれだけかかるのが現実だ。


人生の最晩年に、思いもかけぬ財産を相続することになった。

兄自身はつましい生活を送っていた。緑内障で視力をほとんど

失っていた兄に代わり、金融機関から来る書類は私がチェック

していたが、ある日、カードの明細を見たとき、茫然とした。

ほぼ毎日のように、駅近くのコーポで買い物をしていたことが

分かるのだが、すべてが300円、400円台と記録されていた。


そんな生活をしていた兄が私たち兄弟に残してくれたお金だ、

1円だって無駄にはできない。大事に使わせてもらおうと思う。

使うことが兄の“供養”になると信じている。

ああ、しかし、私に残された時間もそう多くはない。急いで

使い道を考えないと。


芦屋から新快速で京都に出た。

NAVIに聞かなくたって新大阪からのぞみに乗るのが普通だが、

京都駅の新幹線ホームの売店でサンドイッチを買うためだ。

普通のサンドイッチだが、夫婦で気に入っているんだ。


1時近くに列車がホームを離れるなり、ビールの栓を開けた。

面倒だった手続きが完了したことを祝い、兄の冥福を祈り、

感謝の気持ちも込めて乾杯した。うまかった。

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スジャータのアイスクリームは体温で温めるのだ

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定刻に京都駅を出発したが、米原付近の雪で徐行したため

品川への到着は9分ほど遅れた。それでも、パーサーや駅の

アナウンスで謝罪していた。日本人は“真面目”だ。外国人に

バカにされるかもしれないが、この方がいい。ハハハ。


by toruiwa2010 | 2018-01-31 08:00 | blog | Comments(0)

わがCM史


“全録”ブルーレイレコーダーが来た。数年前に購入したものが

再生中にしばしば止めってしまうなど不具合が多くなったので

買い換えたのだ。あまり知られていないが、多チャンネルを

2週間強、録画して置ける優れモノ、私にとっては“必需品”だ。

設置作業を進める電気屋さんとは結婚前からの顔なじみだから

いろいろな話をした。先代の弟子だった彼は数年前に店を継ぎ、

いまは、自身の弟子を育てている。


その弟子から「岩佐さん、ダイソンのCMに出てますか?」と

聞かれたという話になった。えっ、なにそれ!?

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DYSONCMに、よく似た男が写っているということらしい。

その場でPCを起動して検索してみた。

うーん、たしかに似てるかも。ハハハ。


これまで、CMに出たことなどない。

…ないが、話が来たことはある。


MLB関連のゲームの実況をしてほしいと言われ、「ギャラは

これだけ用意している」と“7ケタ”の数字を提示されたが、

仕事が過酷なことを知っているので断った。

或るプロダクションからメールが来たこともある。

「東京電力のでんき予報」に出演してほしいと。

電力不足を回避するために現状をつたえ、節電を呼びかける

シリーズCMのひとつだった。小遣い稼ぎとしてはよだれが

出るような話だったが、「顔出しならお断りします」と返信した。

短期間に集中的に放送されるので、世間に顔を知られることの

“不便さ”がいやだったのだ。


履かないもんね


断捨離の一環で、この1年間 着なかった衣服を大量処分した。

救世軍に寄付する準備を始めた妻から「靴はどうするの?」と

聞かれて、靴箱に眠ったままのCAMPERを思い出した。

気に入って買ったのだが、大事に大事に…と思っているうちに

こんなにたまってしまった。どれも“新品”同様で惜しいのだが、

軽めの2足を残して処分することにした。どうせ履かないんだ。

誰かの役に立つなら、靴にとってもその方がいい。

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極寒


マイナス50度になるとこうなるらしい。ロシア・ヤクーツクは

1月の平均気温がマイナス40度を下回るそうだ。

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私はー10度ぐらいまでしか経験がない。

一度は、札幌五輪の前年に開かれたプレ大会を取材したときだ。

滑降競技のスタート地点に行ったが、尋常じゃない寒さだった。


もう一度は、1980年にブルガリアに行った帰り、モスクワの

シェレメチェボ空港でJALに乗り継ぐため屋外に出たときだ。

建物の外に出た途端、顔の真ん中で“シュワシュワシュワ”っと

音が聞こえた。鼻毛が凍りつく音だった!


さしこ100%


いい年してこういうネタを書くと笑われるだろうが、構わん。

HKT48・指原莉乃は興味深い、お気に入りのタレントだ。

頭の回転が速く、トークが面白い。思い切ったことを言う。

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去年の総選挙のとき「1位になったら“さしこ100%”をやる」と

宣言したらしい。アキラ100%を真似たパフォーマンスを。

1位になった。


時間はかかったが、先日、実行したらしい。“どんな条件で”

実行したのか知らないが、“受けた”らしい。それでいい。

言うこともハッキリしているが、行動も割り切っているのが

見ていてわかるし、それがこのタレントのいいところだ。

益々の活躍を祈る。もうそろそろAKBグループを離れなさい。


短パン・ビーサンでニュース!


大相撲初場所三日目。早くも2敗目を喫した稀勢の里が戻って

きたところに話を聞きに寄ってきたのは、どう見ても、NHK

ベテラン、藤井康生アナだ。ノーネクタイながら白いシャツに

ジャケットを着てるが、下はジーンズにカジュアルシューズだ。

花道からのリポートだからこれでいいと思うけど、“お堅い”

NHKにしてはずいぶんくだけてる。昨日も花道担当だったが、

上は白シャツ+ジャケットw/oネクタイだった。

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責めてるわけじゃない。そんな資格はない。

遠い昔のことだが、泊まり明けで早朝のニュースを読むとき、

画面に写る上はネクタイ+上着できちんとしていたが、下は

短パン+ビーサンだったことがある。

絶対に写らないのだから、まだ許される(強引だがw)。しかし、

後輩の中にはダテ眼鏡をかけて出た奴もいるし、逸見政孝など、

眼鏡をはずして出たことがある。「どう写るのか見たかった」。

ハハハ。


すべて“時効”だし、テレビの古き良き時代の話だ。


by toruiwa2010 | 2018-01-23 08:43 | blog | Comments(0)

2018年が始まっています。

9月には80歳という節目を迎える年です。

傘寿(サンジュ)かあ。“残り”の日々を思えば、無為に過ごして

いいわけはありません。いろいろ考えなければいけません。

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まず、身近なところから…


本気を出して“体重減”にトライせねば。

体重そのものは67㌔を行ったり来たり(byウドw)ですから

心配する数字ではないのですが、25%を目指したい脂肪率が

29.9%(大みそか)に達しました。ヤバイでしょ?

血圧が上がる原因になるし、心臓にもよくありません。

この数字を下げるためには体重を減らすのが一番です。


正月はいろいろありますから、中旬から取り掛かります。

甘いものと間食のカットで65㌔台まで落とすことを目標に

しようと思っています。なに、2ヶ月あれば大丈夫でしょう。

ハハハ。


炎上はもってのほかですが、ツイートを投稿したあと、誤変換・

脱字に自分で気づいたり、人から指摘されて呆然とすることが

大幅に増えてます。せめて、年間 20回ぐらいにしたいです。

甘いと言われそうですが、私には高いハードルです。

先日、若い友人にDMしたとき、共通の友人の名前、口垣内を

“くちごうち”と打ち込んだら“口碁打ち”と出たのは、あんまり

面白いのでそのまま送信しましたが。ハハハ。


…新しい年が始まったばかりというのに、昨日、この”誓い”は

きわめて怪しくなりました。というのも…


途中、佐賀1秒開いたと報告があったが、

今のポイントでは30謬ぐらいに縮まっている。

今で見ていても分かることだ。

センターで測っているはずだ。

なぜ、伝えないのか。(昨日の午前中)


佐賀 ⇒ 差が

30謬 ⇒ 30

(二つ目) ⇒ 居間

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一つのツイートで3件も間違えてます。話になりません。

戒めのため、このツイートはあえてそのまま晒してあります。

“このペース”だと、年間1000件を軽く超えてしまいます。

「できるだけ、間違えないようにする」に変更します。

情けない! ハハハ。


ブログについては考え方を柔軟にしようと思います。

“毎日書く”にこだわって無理をしてきましたが、今度こそ

本当にペースダウンを視野に入れます。とりあえずの方針は

“適当に休む”です。ハハハ。

平均のアクセスが500を切り続ける体たらくになったら、

“毎日”書くことを放棄して、書きたいことがあった日にだけ

書くことにします。“あがく”のをやめるということです。


先が短いから、会っておきたい人には会っておこうと思います。

さりげなく…、最後のつもりで。現役は忙しいに違いないので

遠慮しておきましょう。会いたいのはやまやまですが。


「アランフェスの麗しき日々」が2017年の61本目でした。

つまらなくて、20分で"退出"しましたが。ハハハ。

去年は映画を見なかったなあ。それでも、見ておきたいものは

だいたい見ている気がします。これまでが見過ぎていたんです。

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2年続けて小旅行の機会が少なかったので、せっせと旅に

出たいと思っています。本当は嫌なのでしょうが、妻が「いい」と

言ってくれるので、九州、北海道にも短い一人旅をしようと

考えています。まごまごしてると、行けなくなりますから。

ハハハ。


まとめると…

大きな病気をせず、「今日もまずまずだった」と思いながら

眠りに落ちる日が多くなるようにしたいものです。


ところで、以前 脳内メーカーで死亡日を推定してもらったとき、

201013日に71歳で死ぬ」と“宣告”されました。

“運命”の日を無事に乗り越えたとき、改めてトライしました。


“岩佐徹さんは生まれて71年と98

経過しています。

死亡推定日は2020717日 です。

81歳でその生涯を閉じます。


いきなり、10年半も寿命が伸びてびっくり。ハハハ。

有難いと思わなければいけませんが、それでは、724日に

開幕する東京オリンピックを見られません。それはやだ。

有名人の死亡記事では真っ先に年齢を見るようになりました。

80前後で亡くなる人が多いのは事実です。覚悟はしておきます。

もし占いが”現実”になったら、「参った。たいしたもんだね」と

言って手を叩きながら逝ってやる。ハハハ。

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昨日、我が家で小さな”ドラマ”がありました。


お昼過ぎに我が家の固定電話が鳴りました。珍しいことです。

90%は私のスマホにかかるようにしてあるので、この電話が

鳴ることはめったにありません。しかも、正月にかかるなんて。

妻が出ました。どうせ間違い電話だろうと思いましたが、妻が

相手の声を聞き「あー、ご無沙汰しております」と言ったので

そうではないと分かりました。意外に長い会話になりました。


妻の言葉から金沢にいる彼女の遠い親戚だと見当が付きました。

挨拶のあと、互いの家族の話になっていきました。

「姉は施設にいます。歩けなくなりましたので」

「兄は去年亡くなりました。ずっと、具合が悪かったんです」

「みなさん、お変わりはないですか?」

「それは何よりじゃありませんか」


そんな話が続いたあと 妻が「はい 姉は今施設におります」と

いうのを聞いて「?」と思いました。

待てよ。その話はさっきもしてなかったかな?


電話の向こうの女性は記憶があやしくなっているようです。

がまん強く相手をした妻をほめたいと思いました。日本中で

似たようなことが起きているはずです。人ごとじゃありません。

いずれ、我々もそうなって行きます。それが“自然”なのだと

受け入れるしかありませんね。


最後はちょっと重い話になりましたが、

本年も、これまでと変わらず、読んで

いただければ幸いです。

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by toruiwa2010 | 2018-01-04 08:19 | blog | Comments(0)

あけまして

   おめでとう

     ございます

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どんな新年をお迎えでしょうか?

私は 80歳になる“節目”の年を

迎えました。ハチジュウなのに

サンジュ(傘寿)なんちゃって。

ハハハ。

  

一日一日を大切にしなければ

いけないと思っています。

…と言っても、特別なことは何も

しないでしょう。

夜、ベッドに入ったとき、「今日も

"まずまず"の一日だったなあ」と

思えたら十分だと考えています。

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テレ朝の画面をiphoneで撮ったら

で止まっていました。いかにも

我が家らしい運勢です。ハハハ。


みなさんにとっていい年になるよう

祈っています。

 


三が日は休みます。


by toruiwa2010 | 2018-01-01 07:49 | blog | Comments(2)

記憶が正しければ、2000年代の初め、“ブログ”という言葉は

使われていなかったと思います。テニス解説の柳恵詩郎さんの

ファンだという青年からアプローチがあったときも「岩佐さん、

お手伝いしますから”ホームページ”を始めませんか?」でした。

そう、当時は HPを開設して、そこに公開日記のような形で

“徒然なる”思いを書いていたのです。


で、私がHPを始めたのは20035月でした。

RingworldというブラウザでHPを作成してもらいました。

全体のタイトルを“岩佐徹のon-air/off-air”とし、コンテンツの

ひとつを“OFF-MIKE”と名付けて、週に一回ぐらいのペースで

そのときどき 思ったことを書いていました。

原稿が完成したら その青年にメールで送り、“体裁”を整えて

アップしてもらうというやり方でした。

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どうしても、記事の完成とアップの間に“時差”が生まれます。

青年の本業が忙しくなったこともあって、ネットで見つけた

YAHOOに移りました。なんとか自力でやれそうだったのです。

20054月でした。あとで検索するときに便利なようにと、

このときから原稿にナンバーをつけています。


YAHOOで最初に書いた原稿を引っ張り出すと、ファイル名に

0001Sidd Finch05/04/01”と書いてあります。

“記事番号1番、タイトルは「SiddFinch」、更新日は2005

41日“を意味しています。

( https://blogs.yahoo.co.jp/toruiwa2006/21874484.html)

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2011年元旦にExciteに移転してからもそれを続けています。

ただし、番号のつけ方が少し変わりました。YAHOO時代の

最後の記事が2776番だったので、エキサイトの最初の記事は

0001(2777)としました。

そして、じゃ、じゃ、じゃーん。分かるのは私だけですが、

おとといの記事が“2482(5000)”でした!!


つまり、自力でブログを書き始めてからちょうど5000本目に

達したことになります。振り返ると、4000本目を書いたのが

20146月ですからこの1000本に35ヶ月かかりました。

微妙に数字が合いませんが、何度か“休筆”したからでしょう。

それにしては休み過ぎですが。ハハハ。


私のブログは長いのが特徴です。

アナウンサーとしては「伝えるべきことを伝えるのにたくさん

しゃべらなければいけないようならプロじゃない。できるだけ

少ない言葉数で伝える工夫をしよう」と考えていましたが、

文章を書くとなぜか長くなるのです。どんなに自戒していても、

書き始めると、あれも書かなきゃ、これも書いておこう…と

欲が出るからです。ハハハ。

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それでも 最近は短くなっていますが、2年ぐらい前までとても

長かったですから、全体として、控えめに見積もっても平均で

一つの記事に2000文字前後書き込んでいると思います。

5000本はおよそ1000万字!気が遠くなるような数字です。

私にとっては、ある意味“金字塔”です。よくぞこれだけ書いた

ものだと、自分をほめたいと思います。


若いころから、どちらかというと無趣味でした。麻雀を除くと

われを忘れて打ち込んだものがほとんどありません。

このままでは、年をとったとき、退屈するぞと心配でしたが、

“ブログを書くこと”がその危機から救ってくれています。

とくに、仕事を辞めたあとはライフワークになりました。


自分の思いを文章にする。それを発表する。不特定多数の人に

読んでもらう。ときに炎上するw…“社会との接点”が極端に

少なくなった年寄りに こんなに有難い“娯楽”はありません。

ハハハ。


気を遣うのは“書き出し”ですが、すでに書いたので割愛します。

1行目がうまく書けると、そのあとに続く文章がスムーズに

出てくる気がします。

書き上げると、時間が許す限り、“タイトル”に凝ります。

いいタイトルを思いついたときは、送信ボタンを押すときに

ワクワクします。Exciteに移ったあとだけでも、たとえば…


ウォーリーが死んだ~Baseballを持ち込んだ男~

M9.0とテレビ~伝えたこと・伝えなかったこと~

しーッ!ここだけの話ですが・・・~私の“Breaking”News

前略 町山智浩さま~クソじじいとののしられて~

飛びます、飛びますw~統一球を巡る茶番劇~ 

父親の詫び状~どうする、みのもんた?~

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どこの山本だよ!~…って、どこのCMだよ?~

胸を焦がした~“コイバナ”じゃないけどね~

「私のお父さまが…」と中居正広が言った~言葉の選択~

尿酸値・残尿感~宮沢りえと小室哲哉~

微妙なり、有働由美子&乙武洋匡~R-18指定とさせてもらう~

舛添、別荘売るってよ~“頓珍漢”で“鉄面皮”~


…リアルタイムでないと意味が通じないものもありますね。

本当は見出しだけで中身が想像できるのが理想でしょうが、

私は“分かるような分からないような”線を狙ってます。

それぞれの記事がどんな内容だったかはあえて、書きません。

私だけにやにやしながら眺めます。ハハハ。

*行ごとコピーして検索欄にペーストすると

出てくるはずです。興味があったらどうぞ。


休載期間があったせいか、最近アクセス数が落ちています。

1日平均が500件台…400件台に落ち込むこともしばしばです。

前は600台だったのですが。

面白くないからでしょう。 “無言のメッセージ”として真摯に

受け取めています。ただし、どう頑張ってもこれ以上のものは

書けませんので(ハハハ)、マイペースで書いていきます。


5000本かあ。

次の“キリ番”は6000ですが、3年前後かかります。

ちょうどTOKYO 2020と重なりますね。なんとかなるかも。

しかし、考えてみたら82歳だぞ。自信ないわ。とりあえず、

5555を目指すか?

…千々に乱れております。ハハハ。


昨日、行きつけのイタリアンでいただいた

クリスマスケーキ、シュトーレン…

スマホでおいしそうに撮るのは超難しい!

とても、おいしかったです。

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by toruiwa2010 | 2017-12-25 08:10 | blog | Comments(2)
いや、別に、めでたくもないけど
マンションの次期理事に選ばれた。
くじで決めているが、入居して15年は
当たらなかった。100戸ぐらいだから
数年前から”覚悟”はしていた。
2年前に大規模修理も終わったので
ややこしいことはないはず。
1年、がまんすれば済むことだから
目立たないように過ごそう。ハハハ。
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by toruiwa2010 | 2017-12-21 13:59 | blog | Comments(0)