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岩佐徹のOFF-MIKE

toruiwa.exblog.jp

実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

カテゴリ:放送全般( 201 )

ダイワハウス:役所広司


狭い空間で恐竜に追われて逃げ回る宇宙服の男。

そのとき、ポケットの携帯が鳴る。

「今かよ」とぼやきつつ手に取ると妻からだ。

「家のリフォームのことだけど…」。

「それどころじゃないんんだ」と応じる男。

懸命に危機的な状況を伝えようとしたのだが、

妻は“それどころ”に反応してなじった。

「だから、私のことなんてどうでもいいの?」

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理不尽に言い募る妻の怖さは恐竜を上回った。

絶望感が気弱な男を襲う。

「そうじゃないって。すぐそんな風に言う」…


ダイワハウスのCM、いいなあ。何度見ても役所が言う

「すぐ…」の部分で笑ってしまう。どう話しても

自分の状況を理解しない妻…というシチュエーションに

追い込まれた経験があるわけではないが。ハハハ。


ダイワハウスは 去年も役所広司にカントリーソングを

歌わせていたし、「マンションもダイワハウ“チュ”」とか、

「たとえば…唐沢寿明とか」なんて言うのもあったなあ。

担当クリエーターが相当優秀なのだと思う。


サッポロビール:田中将大


妻夫木:他人の評価と自分の評価、どちらが?

田中:いつもズレがある。最終的には自分の評価。

妻;運は必要?

田;必要だと思う。

誠実にやっていないと運ももらえないと思う。

妻;限界はある?

田:作りたくない。ボロボロになるまでやりたい。

妻;忘れられない一球。

田:2013年、リーグ優勝を決めた最後の一球。

“ここはストレートだ”という感覚があって、

それを信じて投げぬいた。

全部、外角低めを狙った。最後の一球は

最高のところに決まった。

妻;怖さとは?

田:いろいろなことを知っているからこそ出てくるもの。

妻:優しさとは?

田;相手に今 必要な的確な何かをしてあげられること。

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妻:何のために野球をしている?

田:大好きだから。

妻:自分のことは好き?

田:一番の理解者であって味方でいてあげないと。

ほめてあげないと。

自分を好きでいるようにしている。

妻:努力は好き?

田:自分で言いたくない言葉。

みんな、していることだから。そういう人間が

集まっている世界に僕はいると思うので

妻:ノーヒットノーランの1勝と2勝、どっちを選ぶ?

田:2勝です。1勝は1勝だし。1より2ですね。

妻:好きな言葉と嫌いな言葉?

田:好きな言葉は“気持ち”。勝負を決めるのは

最後はそこだと思っている。

嫌いな言葉? “負ける”。

どんなときにも勝ちたい。どんな小さな勝負でも。

妻;過去に戻ってやり直したい場面?

田:全部つながって今の自分があると思っているので。

やり直すと変わっちゃう気がする。


毎年、箱根駅伝に長いインタビューが流れる。

今年はNYヤンキースの田中将大が登場して妻夫木聡と

会話していた。おそらく“いきなり”ではなく、事前に

質問事項が渡されていたのだろう。用意されていたと

分かる答えが多かったが、棒読みではなく、自然さが

感じられた。少しも“エラそうな”ところがなく、平易な

言葉で話していたし、内容も、マー君らしい、優しい

性格がうかがえる話だった。


KUBOTA&住友林業:長澤まさみ


去年から流れていたのだろうけど、気づかなかった。

暮れから新年にかけて、露出度が多かったからか、

私がじっくり見るようになったからか、この2本の

CMで見せる長澤まさみの柔らかな表情がいい。

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デビュー当時から世間的には人気の女優だったが、

私の“琴線”には触れなかった。印象が変わったのは

2015年の「海街ダイアリー」あたりからだ。

聞いてみないと分からないが、是枝監督と出会って

何かが代わったのではないか?


そのほか、私的には、最近、“お気に入り”広瀬すずの

CMが増えたことがうれしい。狙い撃ち、バキューンの

風邪薬に続いて、草刈正雄と共演のスズキワゴンRとか

新年からフジフイルムが増えた。

数年前の東京ガスが良かったんだけどなあ。

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by toruiwa2010 | 2019-01-06 07:27 | 放送全般 | Comments(0)

 なぶりもの・・・ 


フロイド・メイウエザーと那須川天心の

試合は結果を知った上で、ビデオを見れば

十分だと思っていた。ネットのニュースで

“惨敗”を知ったが、“キック禁止”のルール

だったかとも初めて知った。そりゃ無茶だ。

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見た目であれほどの体格差があるうえに

経験も天地ほど違う二人をリングに上げた

関係者にあきれる。ゴングが鳴ったときに、

一方の選手が笑ってるのを初めて見た。

こんなのダメに決まってる。


箱根駅伝を見る


大の苦手だった1号車担当アナが代わった!

日テレのスポーツ中継には不満いっぱいだが、

いいお年玉をもらった。有難う!


結果論を言えば青山学院の往路のメンバーが、

期待のタイムで走れなかったことが“すべて”

だったかもしれない。復路にいいランナーを

残していると聞いていたから逆転のスリルを

味わえるかとかすかに期待したが、さすがに

530秒はねえ。

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ポエム・アナが脇にしりぞいてくれたので

実況から強いストレスを受けなくて済んだ。

しかし、面白いものだ。1号車のしゃべりが

際立たなくなって、誰がしゃべっているかが

分かりにくくなった。悪目立ちはゴメンだが、

1号車の新しい担当アナは来年に向けて 何か

特色を出す工夫をしないといけないね。


“実況”で言えば、スタート直後に足を痛めた

大東大・新井の描写について賛否があるとか。


要は、感動をあおっていた…ということだね。

“感動の押し付け”には厳しい私だが、今回は

許容範囲だと思いながら聞いた。直後に足を

引きずったあとは集団について走っていたし、

半分を過ぎて 15分、20分の差じゃなかった。

競技の特殊性を考えたら、あそこで棄権という

選択は消えたのだと思う。同時に、実況アナは

「がんばれ」以外に言うことはなくなる。

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個人種目なら、すぐにも走るのをやめたはずだ。

単なる布切れでも、そのタスキをつなぐことが

キモになっている日本独特の競技では話が違う。

私は冷めた目で見ているが、感動する人も多い。

出場校、出場選手の数だけ物語がある。アナが

感情をこめてそれを語ると、新しい年を迎えた

ばかりの日本人は感動しちゃうんだね。


心配する場面ではあるけど、

感動する場面ではない


箱根駅伝OBでマラソンの日本記録保持者・

大迫傑がそうツイートしているが、正論だ。

正論過ぎて何も言えねえ。ハハハ。

ただし、書いていないが、きっと彼だって

同じ立場だったら走り続けたと思う。

実際に箱根路を走ったランナーとして、

タスキをつなぐことの意味を知っている

ランナーとして、あのときにどう考える

ものなのか、誰でも言える”正論”ではなく、

選手側の“本音”を聞きたいものだ。


5連覇を狙った青山学院は往路が終わって

トップと530秒差の6位だった。

距離にすれば1800から2000メートルだ。

復路で逆転するためには単純計算だと一人

16秒ずつ、距離にして360~400㍍ずつ

差を詰めなければならない。常識的には

きわめて難しい。それでも“青学なら”と

何かが起きることを期待しながら見た。


結果として、東洋大を逆転することには

成功したが、代わってトップに立った

東海大には及ばなかった。

復路は1位だったし、総合でも2位なら

立派な結果なのに、その後も流れている

監督夫人も出演中のCMが物悲しいね。

ハハハ。


by toruiwa2010 | 2019-01-05 07:35 | 放送全般 | Comments(0)

大きな失敗話の二つ目は、1970年代初めの出来事です。

その日は1245分からのヒルカン(=昼のニュース)

最初の仕事だったので、11時過ぎに出社しました。

すると、アナウンス部のテレビの前に人だかりができて

いました。“ハイジャック”でした。

副部長が「岩佐君、ヒルカンが“顔出し”になる可能性が

あるらしいよ」と言うので、常にロッカーに置いてある

ネクタイとジャケットで準備をして、早めに報道部に

下りていきました。

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いつもそうですが、事件・事故のときの報道部は全員の

“テンション”があがっているので賑やかです。もちろん、

喜んでいるわけではないのですが、高揚するようです。

そのため、私が腰を落ち着けたのは、“デスク”(原稿の

とりまとめなどをするディレクター)から少し離れた

イスでした。そこは夕方のニュースで先輩キャスターが

座る場所です。


ハイジャック事件は入ってくる情報が少なく、動きも

鈍いので、記者は放送時間ぎりぎりまで待って原稿を

書く傾向があり、原稿はなかなか手元に来ません。

「“初見”(=ショケン、下読みなしで原稿を読むこと)

なるなあ」と覚悟して、発生からの流れを知るために

ゲラ(通信社から来ている原稿)に眼を通していました。


本番までまだ時間があるはずなのに、ふと原稿のすぐ

横に目を移したとき、びっくりしました。埋め込まれた

モニターに私が映っていたのです。「これは何?」と思い、

目を上げると 夕方のニュース用にいつも置いてある

2台のカメラのうち、ひとつにタリーがついてこちらに

向いていました。


OAまで30分近くあるぜ。テストにしてもずいぶん

早いなあ」と思いつつ、念のために顔を右に向けました。

34メートル先の棚の上にテレビが並んでいます。

各局が放送している映像が出ているのですが、なんと、

そこにも私が映っているではありませんか!


これはつまり、理由は分かりませんが、いつの間にか、

“放送が始まっている”ことを意味しています。

「冗談じゃないぞ。第一、カメラマンも位置について

ないじゃないか」と思いましたが、ここはそんなことを

言ってる場合ではありません。あわてたら、その様子は

そのまま全国に流れてしまいます。ハハハ。


本来、12時から45分までは有楽町ビデオホールから

月の家円鏡と松島トモ子が司会する公開番組があって、

昼のニュースはそのあと、1245分からなのですが、

事情はどうあれ、番組をカットして“特別番組”に入って

しまったことは確かでした。


そこで私は、まず手元のスイッチでマイクをオフにして、

少し離れた位置のデスクに「本番に入ったようですから

原稿を下さい。第一報で構いませんから」と声をかけて

再びマイクをオンにしました。そしてカメラに向かい、

「この時間は全日空機ハイジャック関係のニュースを

お伝えしますが、しばらくお待ちください」とコメント

しました。変なコメントですが、手元に読むべき原稿が

ないのですから仕方がありません。

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事態を把握したデスクから原稿が来はじめました。

同じ原稿を繰り返し読んだりしながら、少しずつ特番の

形になって行きました。間もなく、「羽田に逸見(政孝)

スタンバイしたから呼びかけてくれ」という指示があり、

早速 呼びかけました。


あとで聞くと、このとき、彼は現場に着いたばかりで、

リポートする材料をほとんど持っていなかったそうです。

ほんの30秒ほどしゃべると、「以上です」とこちらに

返してきました。彼のリポートの間に新しい原稿に眼を

通そうと思っていた私は「えーっ?」と思いながら短く

つないで、また彼を呼びました。「馬鹿野郎、もう少し

長めにしゃべらんかい!」と思いながら。

呼ばれても困るとばかり、彼もまたすぐに返してくる。

そんなことを2,3度繰り返した記憶があります。ハハハ。


このときは、そのあとの定時のニュース、1時からの

特番と続けて担当したのですが、不思議なことに 焦りは

まったくありませんでした。このように自分にはミスが

ないと、地震があるときは腹が据わります。「オレは何も

悪くない。矢でも鉄砲でも持って来い」という心境です。

ハハハ。

特に、落ち着いてまずマイクをオフにしたところなどは

我ながらよくやったと思ったのですが、あとで聞くと、

隣に立っていたゲスト用のマイクは“生きて”いたので、

私がデスクに呼びかけた声はお茶の間にしっかり届いて

いたそうです。ハハハ。


そして、混乱を招いた原因は特番の打ち合わせに行った

ディレクターが「1220分にビデオホールの司会者が

呼びかけて、特番に切り替える…」と決まったことを

報道センターに戻ってデスクに伝えていなかったという

実に初歩的なミスだったのです。おかげで、このときも

呼びかけがあったのに、何も反応しない私が そのまま

画面に出てしまったのです。

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…アナウンサー人生の中で起きた“2大事件”ですが、

思い出がよみがえるたびに思うことがあります。

まず、記録されたビデオテープがアーカイブにもきっと

ないだろうと確信できることと、NG大賞的な番組や

youtubeがない時代でよかったなあということです。

特にオリンピックのときの“パントマイム”は今だったら、

ネットに乗って世界中で笑いものになっていたはずです。

ハハハ。

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by toruiwa2010 | 2018-12-19 07:12 | 放送全般 | Comments(0)

年末が近づき、ネタもなさそうなので失敗話を書きます。

当ブログは元アナウンサーが書いています。40年以上

テレビで仕事をしていました。あまり書いていませんが、

それだけ長くこの仕事をしていれば 失敗の一つや二つ

ないわけがありません。普段“偉そうに”していますから

たまには恥もさらさなければフェアじゃありません。

ハハハ。


カメラに写され、多くの場合ナマでしゃべりますから、

ニュースで読み間違えた、時間に収まらなかったなど、

小さいものだったらたくさんありますが、大きなもので

一般の方が面白がる失敗は私の場合ふたつです。

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入社2年目の1964年は東京オリンピックの年でした。

開局以来のビッグ・イベントを迎えて、フジテレビは

ネット局の協力で「東京オリンピック放送実施本部」を

立ち上げ、まだ若かった私もそこに投入されました。

仕事は先輩たちの手伝いが大部分でしたが、人ぐりの

関係もあって、中盤でメダリストへのインタビューを

命じられました。


デスクから私への指示は「夜のダイジェスト番組用に

レスリングでメダルを獲った日本人選手に話を聞いて

きてくれ」というものでした。“収録”と言うことです。


レスリング会場は駒沢公園にありました。

近くの喫茶店の2階にインタビュー用の簡単なセットを

組みました。「君は、日本人選手の競技が終わるまでは、

会場で見ていていいから」と言われた私はスタンドで

観戦していました。

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しかし、メダルの可能性のある日本人選手がまだ試合を

残しているので観戦を続けていた私の耳に思いがけない

場内アナウンスが飛び込んできました。「フジテレビの

岩佐さん、八田会長が東ゲートでお待ちです」。

大会中はどの会場でも場内アナウンスは競技の進行に

関するものだけで、呼び出しなどはいっさいやらないと

聞いていましたし、日本協会会長とは面識がありません。

ハハハ。


なぜ?と不審に思ったものの“フジテレビの岩佐さん”と

はっきり言ったからなあと、半信半疑で呼ばれた場所に

行くと、系列局からの応援スタッフが待っていました。

「予定が変わって、すぐにやるので来て欲しい」と。


喫茶店まではおよそ500メートルほどあったはずです。

彼は「みんな待ってるので走ってくれ」と言いますが、

「すぐ始めるのなら、息が上がるから走れません」と

断わりました。仮に 走って時間を稼いでも、その分、

しばらくは普通に話せないからです。


それでも、できるだけの早足で歩きました。喫茶店に

着いて螺旋階段を上がると、そこに八田会長、その隣に

3人の選手の顔が見えました。

「まずい 待たせたんだ」と思いながら、階段を上がると、

それまで見えなかった位置に2年先輩のアナウンサーで、

このときは特別編成チームでディレクター的な仕事を

していたYさんが座っていました。


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彼は私の顔を見ると、ほっとしたように(「万一のときは

君がやってくれ」と言われていたそうです)立ち上がり、

手にしたストップ・ウオッチを私に渡すと「78分で

いいから」と、小声でささやいて席を私にゆずりました。


腰をおろして顔を上げると、正面のカメラにタリー・

ランプがついていました。赤いランプは そのカメラが

“生きて”いることを示しています。つまり、撮っている

映像が放送(収録)されているということです。

「やけに焦ってるなあ。せめて簡単な打ち合わせぐらい

やらせてくれてもいいのに」と思ったのですが、正面の

カメラマンは「しゃべれ」という合図を送っていました。


私が人差し指で自分を指して「僕が」、顔の横で 親指と

他の4本の指を上下に動かし、「しゃべるんですか」と

やると「そうだ」と大きくうなずきました。

「急いでるなあ。そうか、きっとこのあと選手たちは、

ほかの局にも回るんだ」ぐらいに思って姿勢をただし、

カメラに向かって「それでは早速ご紹介しましょう。

まず、八田会長です。そして…」そこまで言ったとき、

突然 頭の中が真っ白になりました。隣りの選手の名前が

まったく出てこないのです。


すると八田会長が「花原です」と助けてくれました。

「失礼しました、花原さんです。そのおとなりが…」と

紹介を続けたのですが、頭の中では最初のミスが強く

尾を引いています。

「コーナーの初めに日本中が知っている金メダリストの

名前を忘れたのではシャレにならないだろう」。


よほど、中継車にいるディレクターに「すみません、

最初からやり直します」と言おうかと思いました。

のどまで出かかったその言葉を、なぜか思いとどまって

“収録”を終えました。


いや 正確には“収録を終えた”つもりでした…かな。

監督や選手を送り出して中継車のところに挨拶に行くと、

担当プロデューサーが渋い顔でタバコを吸っていました。

「やっぱり。出だしの失敗を引きずって、そのまま話が

盛り上がらなかったし、叱られてもしょうがないか」と

思って頭を下げ、「すみませんでした」と謝りました。


そのときは、特に何も言われず、スタッフと一緒に車で

会社に向かいました。だいぶ時間がたってから、ずっと

押し黙っていたプロデューサーがポツリと「でも、まあ

ナマで突っ込めたんだからヨシとしなきゃいかんか」と

言ったのです。


「エッ、ナマだったんですか?」と、私は思わず頭の

てっぺんから声を出してしまいました。なぜかと言えば

プロデューサーの言葉の意味は“ほかの競技の放送を

中断して生でインタビューを入れた“…だからです。

その時点でも、私の頭の中は、局を出るとき、デスクが

かけた「夜の番組用に…聞いてきてくれ」という言葉が、

でーんと“鎮座”していました。つまり、“録画”だという

思い込みが詰まっていました。誰からも“収録”の予定が

ナマに変わったことを聞いていませんでした。

なぜなんだとムッとしました。しかし、私が確認すれば

防げたし、クレームをつける元気などありませんでした。


そんなことより「えっ、…ということはカメラマンとの

あの“パントマイム”のやりとりが、そっくりそのまま

オン・エアされたってこと?」、「もしあそこでオレが

『やり直し、お願いします』と言っていたらどうなった

だろう?」と、いくつもの“?”が頭に浮かんできます。

ハハハ。

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特に、「やりなおす」と言ったときに、必死にナマだと

いうことを分からせようとする周りのスタッフの動き、

「しまった、ナマなんだ」と分かったときの、激しく

動揺した自分の“狼狽”ぶりを想像して、背中や脇の下に

冷や汗がどっと噴き出したのでした。


どう考えても、入社2年目で経験不足の私には機転を

きかせてその場を切り抜けるワザもハートもあったとは

思えません。まちがいなく、選手の名前を忘れたのとは

くらべようもない醜態をさらしたことでしょう。

アナウンサー人生は、おそらく、そこで終わっていたと

思われ、この“事件”を思い出すたびにぞっとするのです。

ハハハ。


失敗話 二つ目は、明日、書きます。
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by toruiwa2010 | 2018-12-18 06:47 | 放送全般 | Comments(0)

街頭テレビから“一人一台”の時代になった。

ブラウン管から液晶になりどんどん薄くなった。

モノクロからカラーになった。ハイビジョンから4K

Kだと、解像度も格段に向上した…

ハードとしてのテレビを草創期と現在でくらべると変貌

したことはたくさんあるが、その一つはそこに出てくる

ハーフやオネエ系タレントが増えたことだね。

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顔立ちはどう見たって外国人なのに、話す言葉は日本人

以上にきれいな日本語…そんな男女を画面で見るように

なったのは1950年代の終わりだったと思う。


当時は、達者な日本語を操る“外人”を見てびっくりした。

どうしても自分の外国語能力とくらべるからだ。ハハハ。

真っ先に頭に浮かぶのは司会者として大変人気があった

ロイ・ジェームスだ。両親ともにトルコ系だそうだが、

彼自身の生まれは東京の下町だから、彼が話す日本語は

みごとな“巻き舌”だった。ハハハ。

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ハーフのE Hエリック(司会者)・岡田真澄(俳優)兄弟は

幼いころに日本に来たらしい。エリックは少し 外国の

なまりがあったが、日本語として問題なく通じた。


数年後、テレビに出始めたイーデス・ハンソンは知性が

にじむ美しい日本語を話す女性だった。完ぺきだったと

記憶している。

生活の本拠を地方に移したことでテレビから離れた。

日本のテレビを囲むさまざまなことが嫌だったみたいだ。

“正解”かもしれない。ハハハ。


やがて、外国人がテレビで流ちょうな日本語を話すのが

当たり前な時代になった。いまの若い人には違和感が

ないと思うが、私のように英語も満足に話せない人間は

驚くばかりだ。

美しい日本語という意味で感心する一人はNHK-BS

放送する「COOL JAPAN」で鴻上尚史と並んで司会を

担当しているリサ・ステッグマイヤーだ。

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Wikipediaによれば、アメリカ生まれのハーフで12歳の

ときに来日して、上智大学を出たそうだから、日本語が

うまいのは当然かもしれない。話し方が落ち着いている

からか彼女の日本語には知性が漂う。あくまで個人的な

感想だが、“そこらへん”のハーフタレントとは違うんだ。

そこらへんとはどのへんか?とは聞かないでほしい。

ハハハ。


先週〇曜日のバイキング」で彼女を見た。

山本譲二と薬丸裕英の間で”場違い”感が半端なかった。

出る番組を選んだ方がいいと思うなあ。

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♪…都会の絵の具に

染まらないで帰って


おまけだが、この“系統”の女性タレントで気に入って

いるのはホラン千秋、シェリー、ローラ、ベッキーかな。

どういう女性がいるのかとネット検索したら、その中に

渡辺直美の名前があってびっくりした。日本と台湾の

ハーフだったね。君ががんばっているのは認めるけど、

ここで取り上げたのはあくまで“外見は外国人だけど”

というくくりだから、ここに入ってくるんじゃない。

ハハハ。

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by toruiwa2010 | 2018-09-05 06:57 | 放送全般 | Comments(0)

・・・つづき


4 1996,2000,2004年、全仏からユーロ(42~43)


96年はパリからロンドンに飛んだ。

パソコン初心者だったし、テニスに集中していたから

パリ滞在中はサッカーの資料に触れることはなかった。

ニューヨークの知人に頼んで、取り出した資料をFAX

ホテルに送ってもらっていた。テニスの会場、ローラン・

ギャロスから帰ると、フロントが苦笑しながらFAX

束を差し出す日々だったことを忘れない。ハハハ。


2000年はベルギーのブリュッセルへ飛んだ。

アムステルダムで行われる決勝も担当するというのに、

ウマが合わなかったプロデューサーが準決勝まで私を

ベルギーに張り付けた恨み、海外では体調維持のために

ナマものや貝類を食べないようにしている私を横目に、

毎夜、ムール貝を食いまくった同僚たちを忘れない。

ハハハ。

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96,2000年は全仏の大会中にサッカーが開幕していたが、

2004年は開幕前にポルトガルの首都 リスボンに入った。

時間をかけて移動することもあったが、宿泊はすべて

リスボンだった。

前立腺がんが見つかってバタバタしたため担当したのは

準々決勝までだったが、最高に楽しいユーロだった。

ジャカランダの美しさ、アズレージョの鮮やかな色合い、

坂道を走る路面電車の風情、夜の居酒屋で聴いたファド、

ガーリック・シュリンプのおいしさ、夜な夜なの会食、

熱狂するスタンド…、私の最後のサッカー実況になった

準々決勝 ギリシャ・フランス戦の盛り上がらなかった

内容とともに、どれも忘れない。ハハハ。

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おまけだが、全仏オープンからユーロにかけての実況を

評価してもらい、ギャラクシー賞(月間賞)を受けた。

きっと、選考委員の中に、たまたま私の実況スタイルを

気に入った人がいたのだと思って(謙遜ではなく)いるが、

“スポーツ実況”を認めてもらった嬉しさを忘れない。


ただし、本人は、前年のUCL準決勝(レアルvsユーベ

1st leg&インテルvsミラン2nd leg)から全仏オープンの

実況の方がずっと上だったと思っているのだが。ハハハ。

どっちにしても、私にとってとても輝かしいこの受賞も

世間的にはたいして評価されていない。Wikipediaにも

まったく記されていない。トホホ。


5 1999:全米オープンからライダーカップ


8月中旬に全米プロゴルフ選手権中継のため12日間、

アメリカ・シカゴに行き、メダイナでのタイガーと

セルヒオ・ガルシアの激闘を伝えていったん帰国、

1週間後に、全米オープン・テニスのためニュヨークへ。


終わったあと、ボストンへ行って、ザ・カントリー・

クラブでのライダーカップを実況した。ヨーロッパと

アメリカのそれぞれのツアーを代表するゴルファーが

技を競うマッチプレーによる団体戦だ。


終始苦戦し、リードされたアメリカが最終日の17

ホールで若いジャスティン・レナードがおよそ15㍍の

ロングパットを決めて歴史に残る逆転勝ちをおさめた。

回転のいいボールがカップの真ん中から沈んだときの

鳥肌が立つような感動を忘れない。

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こう書いてくると、2000年の全豪オープン・テニスから

香港でのカールスバーグ・カップ(サッカー)と続いた

31日の旅など可愛いものだ。


6 1999年:トリノ-パリ-ペルージャ-パリ


日数が短くても忘れがたい旅がある。

1999516日、私はアリタリア航空機でイタリアの

ミラノに飛んだ。そのまま、車でトリノへ移動。23日の

セリエ最終節を実況するための情報集めが目的だった。

19日、パリへ移動した。全仏オープン・テニスのための

準備と打ち合わせのためだ。

22日、パリからローマ経由でペルージャへ。


そう、199899シーズンからセリエでプレーしていた

中田英寿のペルージャがセリエA残留を、ACミランは

優勝をかけて戦う試合を実況するためだった。

ほぼ1シーズン、セリエの実況にどっぷりと浸かって

頑張ったのに、テニスのために最終節を指をくわえて

見つめるのは嫌だったから、プロデューサーを口説いた。

”負担”を考えてプロデューサーは渋ったが、還暦過ぎの

“老アナ”の熱意がまさった。ハハハ。

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ペルージャの試合終了後、3時間かけてローマにもどり、

深夜のバールでミランの優勝とペルージャの残留を祝い、

4時間ほど睡眠をとって、あさイチの飛行機でパリに

戻って全仏オープン初日の午後の試合を実況した。


60歳になっていたが、疲れはまったく感じなかった。

むしろ、私にしか分からない、“やってのけた”という

大きな喜びがあって、体内を激しく“アドレナリン”が

流れていたことを忘れない。


ちゃんと読んでもらえただろうか?

鳥海アナの掛け持ちなどチョロいもんだと分かって

もらえただろうか? たぶん、分かんないだろうなあ。

まして、つらいと思うどころか、スポーツ・アナ冥利に

尽きる喜びを感じる部分など、到底理解できないと思う。


2005年の全米オープンの実況を終えて帰国したとき、

“アナウンサーとして”WOWOWで働いた14年間で

73回 海外出張して1358日間を海外で過ごしていた。


…さらっと読まないでほしい。

1358日はほぼ4年分だ。14年間の4年…アナとして

つとめた日々のうち3割近くを海外で過ごしたんだ。

褒めてくれとは言わない。お疲れさまの一言ぐらい、

言ってもらってもバチは当たるまい。ハハハ。


一度の出張で複数のイベントを担当するのは大変だ。

特に、インターネットの初期のころは必要なデータ類を

集めるのに苦労した。しかし、経験者にしか分からない

ひそかな楽しみもあった。それは、一つのイベントが

終わるたびに、不要になった資料をホテルのゴミ箱に

叩き込む“快感”が味わえることだ。ハハハ。


by toruiwa2010 | 2018-07-25 06:20 | 放送全般 | Comments(2)

NHKの鳥海貴樹アナがワールドカップ2018

途中からウインブルドンに駆けつけていた。

ネットには「おつかれさま」、「大変そうやな」、

「すげー」というねぎらいの声があふれていた。

あまい!大甘だ!!


ひねくれ&ひがみ男・岩佐の話を聞いてもらおう。

あちらは大NHKのエース・アナだから比較に

ならんが、黎明期のWOWOWで仕事をしていた

1990~2000年代の私はもっとスケールの大きな

“かけもち出張”の経験がある。


1 ボクシング~世界アイスホッケー選手権(56)


1991313日に日本を出てロス経由ラスベガス。

世界ヘビー級ボクシング:タイソン・ラドックを実況。

翌日、解説陣やディレクターと別れ、ロスを経由して

オーストリアのウイーンへ飛んでザッハ・ホテルに一泊。

ホテル内のティー・ルームで食べたザッハ・トルテが

めっちゃおいしかったことを忘れない。ハハハ。

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翌日、列車でおよそ4時間のフィラハに移動し、そこで

合宿していた日本代表チームに合流した。

2日後、チームと一緒にバスで山越えしてスロベニアの

リュブリャナへ移動した。当時のユーゴスラビア国内は

激しい内戦中だったが、イタリアに近いこのあたりに

大きな影を落としていなかった。およそ3週間滞在して

日本が参加した世界選手権Bプールの模様を実況した。


終わった翌日、フィンランドに移動した。1ランク上の

Aプールの中継のためだ。ヘルシンキで乗り継ぎのとき、

時間がないことに焦って空港内を走り、買ったばかりの

マフラーを紛失したことを忘れない。ハハハ。


3都市を転々としながら、およそ3週間を過ごして帰国。

56日間、私の長期出張の3位にランクされている。


2 男女ゴルフから全米オープン・テニス(47)


長いだけでなく、実況アナとして“充実”を感じたのは

1997年の夏だった。

726日、日本を出てカナダのトロントへ。

当時、女子ゴルフのメジャーの一つだったドゥモーリエ・

クラシックを放送した。

ニューヨークに移り、10日後に始まった男子ゴルフの

メジャー、全米プロをウイングドフットから実況した。

最終日、ストームに襲われて長い中断があった。

トロフィを掲げる勝者、デービッド・ラブ三世の頭上に

美しい虹がかかっていたのに、平凡な描写に終わった。

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30年以上のキャリアがあったのだから「虹の向こうに、

デービッド・ラブ三世初のメジャーのタイトルが待って

いました」ぐらいのことが言えてもよかっただろうに…

その悔しさを忘れない。

もう一つ、ニューヨークのホテルがうまく取れなくて、

ゴルフのときはマリオット・イーストサイドに泊まり、

終わってから、通りを挟んだインターコンチネンタルに

スーツケースを引いて引っ越したことも。ハハハ。


1週間後に開幕の全米オープン・テニスの実況を終えて

帰国したのは910日だった。

47日間の出張はランク4位だ。


3 ゴルフ、テニス、そしてサッカー(30)


トータル30日でランク10位だが、中身が詰まっていて

忘れがたいのは2000年の8月~9月にかけての旅だ。


812日に日本を出てケンタッキー州ルイビルへ。

まず、ヴァルハラで行われた全米プロゴルフ選手権だ。

タイガー・ウッズとボブ・メイのプレーオフになったが、

それより、大会側の粋な計らいで初日・二日目に60歳の

ジャック・ニクラウスが前年優勝のタイガー・ウッズと

ラウンドしたことを忘れない。

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1週間後、ニューヨークのフラッシング・メドウズで

テニスの全米オープンが始まった。男子決勝では新鋭の

マラト・サフィンがまだ世界1位を争っていたピート・

サンプラスを一方的に下したことが印象に残る。


これで終わらない。普通、グランドスラム終了の翌日は

現地でのんびりするのだが、この年は違った。

翌日、解説陣やスタッフと別れ、アムステルダム経由で

ドイツのハンブルクに移動した。サッカーのヨーロッパ・

チャンピオンズ・リーグ(UCL)の開幕戦実況のためだ。


夕方、東京から来たスタッフと合流して食事をしたが、

翌朝早く、朝食を摂るために部屋を出たとき、ドアに

数枚の紙が挟まれていた。両チームのデータや練習の

感想などがホテルの便せんにびっしりと書かれていた。


1ヶ月前に私が日本を出発する段階で決まっていたのは

前年チャンピオン、ユベントスの試合を放送すること

だけだった。抽選の前だから相手がハンブルガーSVで、

したがって私の行く先がドイツ…ということも、すべて

あとで決まった。


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アメリカにいる間は資料集めがまったくできなかった。

前夜の食事のとき、何気なくその不安を話したのだが、

解説の信藤健仁さんが深夜の部屋で書いてくれたのだ。

私が朝食を摂りながら、有難くそのメモを読んでいた

7時すぎにはホテル周辺を走っていたとあとで聞いた。

カッコよさに呆然としたことを忘れない。ハハハ。


つづく・・・


by toruiwa2010 | 2018-07-24 06:53 | 放送全般 | Comments(0)

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木曜日の日本テレビ news every. の冒頭、神妙な表情の

小山慶一郎キャスターと藤井アナが並んで立っていた。

藤井から「小山キャスターから一部の週刊誌報道について

視聴者の皆様にご説明させていただきます」の一言のあと

小山がカメラに向かって話し始めた。

要するに…


酒席を共にした女性は20歳と聞いていたが、

未成年だと分かった。知らなかったとはいえ、

未成年者のいる飲み会に参加し、飲むことを

煽るような声をかけてしまった。この番組で

厳しい意見も述べてきたキャスターとしては

不適切だった。


…ということだ。そして、

そこで、当面 この番組の出演を休み、その間、

活動を自粛して今回のことを反省する。

とした。


続けて、藤井が話した。こちらも要約すると…


いくつもの後悔を抱えながら反省の日々を

過ごすことになる。同じ番組で仕事をする

仲間だから、背中を押すような言葉を

かけたい気持ちもあった。しかし、批判を

正面から受け止め、反省することが今最も

大切だと理解している本人には“無意味”な

優しさはかえって不要だと感じている。


この状況で“背中を押す言葉”って、たとえば何だ?そんな

疑問が私の頭に浮かんだが、答えを思いつかないうちに、

彼は話し続けた。


隣にいるのに 今言うことではないと思うが、

しっかり反省して、自分を見つめ直し、

見違えるほどの変化や成長を見せてもらいたい。

それが私と私たちの切なる願いです。

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CMに移る直前、小山の頭は画面の下に

消えかかっていた。


なるほど、分かった。…と、そのとき思った。

日本テレビは、少なくとも番組は、時間をおかず、早めに

きちんと謝ってしまおう。そして、藤井を番組代表にして

公開で叱責しておこう。これならば、本人と番組の反省の

深さが視聴者に伝わるだろうと考えたんだね。


私は、ことの経過を簡単に記したうえで、“あえて言うなら

あ・ざ・と・い”とツイートした。

藤井本人がう通り、カメラの前で言わなくていいこと。

お聞きの通り、厳しく叱っておきました。なんとか大目に

見てやってくださいと言っているようなものではないか。

その狙いは、このキズをできるだけ軽微にとどめ、早めに

小山を復帰させよう…ということだろう。


藤井のあの顔つきで、あの口調で話せば、一部の視聴者は

納得するのではないだろうか。現に、ネットには藤井の

コメントを“愛情あればこそ”と称賛する声が流れていた。

“狙い通り”かもしれない。


4月に 元TOKIO・山口達也の不祥事が明るみに出たとき

他局は盛大に伝えた。だが、彼が準レギュラーで出ていた

同じ日本テレビの朝の番組、「ZIP!」ではまるで無関係な

人物の情報のように伝えていた。それを思えば対照的だ。

あの件で学んだんんだ…と言いたいのだろうが、甘い!


上述の“背中を押す”の中身がさっぱり分からないのを初め

二人とも、謝罪(藤井は非難)しながら、ワイドオープンな

“復帰”への道を残そうとするコメントも口にしていた点が

最も不可解だ。あえて言えば、あ・ざ・と・い。

まず、しっかり謝る。復帰の話はしちゃダメだ。

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しかも、あそこまでやってしまったために、逆に、ことを

大きくしてしまったのではないか。

未成年者に酒を飲ませることを軽く考えてはいけないが、

今回の件は山口メンバーの行為とはレベルが違うと思う。

本人が会見で謝罪し、番組は番組で「こういうことがあり

小山は今日から番組を休みます」と説明すればよかった。

SMAPの謝罪会見のように仰々しくやってしまった結果、

小山を番組に戻すタイミングが難しくなった。

ヤブヘビ・墓穴…。

番組タイトルのように、この件に“ピリオド”を打つのは

だいぶ先のことになりそうだ。言ってる意味わかるよね?


2人が言うように、“自分をしっかりと見つめ直し(小山)

“その先に見違えるほどの変化や成長を見せる”(藤井)には

長い時間がかかるかもしれないね。


”ジャーナリスト”・池上彰の発言に説得力がある。(抜粋)


…少なくともニュースを伝えたり、解説したり、

コメントしたりする役割を芸能人が務めることには

違和感を禁じ得ません。


ニュースキャスターがニュースを伝え、その聞き手に

芸能人がいるという演出はありだとは思いますが、

芸能人がニュースを伝えるのは国際的に見て

日本ならではの奇観です。


日本のテレビ界では、プロの仕事はプロに任せる

というルールが確立していません。

ニュースはニュースのプロが伝えるべきだと

思っています。

きっと私は古いタイプの人間なのでしょうね。

(文春オンライン)


同意する点が多い…ということは、この私も間違いなく

“古いタイプ”なんでしょう。それで結構です。ハハハ。


(敬称略)


by toruiwa2010 | 2018-06-11 07:29 | 放送全般 | Comments(6)

岩佐徹的バラエティ考

~大したもんじゃござんせんw

(2012/07/12 初出 ) 


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10数年前「さんまのまんま」に初めて出たとき中村玉緒は

勝新太郎の妻だった。歌舞伎役者・中村雁治郎を父に持つ

お嬢様女優でもあった。

この番組としては珍しく、比較的“きちんとした”会話が

続いたあと、ふと玉緒の指に目を止めたさんまが「それは

勝さんからもらった指輪でっか?」と問うと、手を振って

「いやだ。これはバンドエイドなんです。ブフォフォ」と

玉緒は盛大に吹き出した。


以後、“ぶっちゃけた”会話になったが、玉緒に言わせると

続きがあるのだ。終了後 挨拶に来たプロデューサから

「長めに収録してあるからいくらでも編集できる。切って

ほしいところがあったら…」と言われ、“指輪”の部分など

数か所を挙げた。すると彼は「玉緒さん、すみませんが、

そこは全部使わせていただきます」と言った。


…”バラエティ女優”・中村玉緒が誕生した瞬間だ。

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去年8月、「笑っていいとも」で局アナAがテレフォン・

ショッキングを担当した日、くす玉が割られていた。

垂れ幕には「おめでとう!真麻」と書かれていた。

前日、IT実業家との熱愛報道があったばかりだった。

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レギュラーになって日が浅かった万田久子の夫が亡くなり

1週間休んだが、番組からは一言も説明がなかったし、

復帰したときもいっさい触れず、何もなかったかのように

彼女は再登場した。


70年代、ビート・たけしの父親が亡くなった。数日後、

売り出し中のツービートが午後のワイドショー「3時の

あなた」に出演したとき、彼らは笑いながら父親の死を

ネタにしていた。この日のゲストだった超ベテラン歌手・

近江俊郎が次のコーナーで顔を真っ赤にして激怒した。

「我々の世代では考えられないことだ」と。

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2011年夏、ナインティナインの岡村隆史が突然テレビから

姿を消した。病名を伏せたまま休養して、4ヶ月ぶりに

派手な復活をしたあとは「おれが頭パッカーンなって」と

自ら病気をネタにしていた。

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…私の記憶が正しければ、かつて、テレビ各局は報道・

娯楽・教養などのカテゴリごとに、一定の割合で番組を

作らなければいけませんでした。

特に“教育”を看板に開局した日本教育テレビ(現テレ朝)

テレビ東京には教養・教育番組の比率がよそより大きく

課せられました。

テレビ屋は当時から相当にしぶとかったようです。彼らは

“娯楽”としか思えないクイズ番組さえ“教養”とするなど

強引な分類で危機を乗り切りました。ハハハ。


番組の分類ほど“融通無碍”なものはないかもしれません。

朝のワイド・ショーなども報道、娯楽、教養…どれに

入れても通ってしまいそうです。

“バラエティ”とひとくくりにされている番組群は明らかに

“娯楽”ですが、「じゃあ、バラエティとはなんぞや」と

問われると、即答はできません。それこそ、定義が

“バラエティ”に富んでいますから。ハハハ。


落語・漫才・歌謡・舞踊・寸劇など

諸種の演芸をとりまぜた演芸会。

またその種の放送番組。


…広辞苑を見るとそのように定義されています。(その④)

いかにも辞書らしい、“かちんかちん”に硬い言葉遣いで、

この定義から、日々、テレビが送り出すバラエティ番組を

連想することは難しい気がします。ハハハ。


ちなみに バラエティーバラエティ、二通りあります。

Googleで検索すると、ヒット数は5420万:5250万で

バラエティーの方が多いですが、私はバラエティ派です。

カテゴリ、パーティ、ビューティ…以前は全部伸ばして

いたと記憶していますが、今は“ー”をつけるのが面倒に

なりました。なぜか、レモンティーは伸ばしますけど。

ハハハ。


冒頭に挙げたいくつかの例を見ると、出演者が身を削り、

プライバシー(伸ばすw)を切り売りすのがバラエティだと

言えないこともなさそうです。ただし、今のテレビ番組の

“作り方”はスポーツやクイズ、音楽…のカテゴリでさえ、

その傾向が強いですから、ニュースやドキュメンタリー、

政治経済関係以外のものはすべてがバラエティと考えても

よさそうです。政治をネタにしている「TVタックル」も

ノリはバラエティですから、ややこしいですね。ハハハ。

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定義はよく分からなくても「今のテレビ番組はバラエティ

ばかりじゃないか。しかも面白くない」と多くの視聴者が

思っているのは事実のようです。ほかのジャンルの番組を

面白く作れなくなったからバラエティに走ったはずなのに

それが“つまらない”と言われたら、テレビ局の立つ瀬は

ありません。ハハハ。


しかし、視聴者の反応も無理はないと思います。

たとえば クイズ番組も、昔は「アップダウン・クイズ」、

「タイムショック」、「クイズダービー」工夫があって

楽しめるものがいくつかありましたが、今は同類のものが

あまりにも多く、出演者がほぼ同じ顔ぶれです。

数人のごく限られたタレントが“漢字の読み”を争うだけの

番組がいつまでもなくならないのが不思議でなりません。


タレントにトークを競わせるタイプの番組にも同じことが

言えそうです。ここでも顔ぶれはほぼ決まっています。

10人のタレントたちが使い回されています。のある

連中なので話し始めれば面白いから 見てしまいますが、

「別の番組で聞いた」と思うネタが次第に増えています。

ハハハ。

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ブツブツ言いながら、笑いが好きなのでバラエティ番組は

よく見ています。はい、テレビを増長させている責任の

一端は私にもあるのでしょう。しかし、この年齢になると

ややこしいテーマの番組、深刻な話は“たまに”でいいです。

妻はNHK-BSが大好きです。私がバラエティを見終わって

「はい、どうぞ」とリモコンを渡すと即行でBSに変えて

しまいます。二人で一人…夫婦で“いいバランス”になって

いるのかもしれません。ハハハ。


バラエティ好きを自認する者にとって、天才・島田紳助の

“引退”はショックでした。きっと大きな穴があくだろうと

思っていました。特に「行列ができる法律相談所」などは

紳助抜きでは成立しないだろうと思ったのですが、いやあ

関西芸人の“しぶとさ”に感心しました。

東野、宮迫、後藤…交代でしっかりと穴を埋めています。

まあ、そうは言っても、バラエティ番組を仕切れる人間は

限られていますから、紳助の引退で司会者に一枠“空き”が

できたのは間違いありません。


目立つのは上田晋也の安定感です。

まだ、それほど売れていないころから教育テレビやBS

地味な番組に出ていましたが、当時から 持っている知識・

情報の幅の広さを感じていました。


つっこみや切り返しのうまさ、紳助にくらべて、はるかに

“毒”が薄く、嫌う人は少ないでしょうから、しばらくは

彼がバラエティ番組の仕切り役として引っ張りだこになる

可能性が大ですね。

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笑いを提供してくれるバラエティですが、バッシングの

対象になってしまうこともしばしばです。笑いについての

“物差し”は人それぞれですから、送り手が「面白い」と

思っても受け手が予想外の反応を見せるときがあります。

去年のフジテレビ「27時間テレビ」はその典型でした。

“お遊び”で、岡村に激しくバスケットボールをぶつけた

若手の芸人にネット上で猛烈な非難が殺到しました。

バラエティ番組をよく見る人には“笑える”シーンですが、

慣れていない視聴者も多かったでしょう。それに加えて、

“付和雷同”型の参加。ハハハ。

岡村やたけしの「見なきゃいい」というコメントもあって

物議をかもしました。

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今年の「27時間テレビ」が近づいています。

フジテレビだし、司会がタモリだし…どんな放送になるか

想像がつきます。「見なきゃいい」とは言いません。

ただ、「見ない権利は視聴者にあるんですよ」と謹んで

アドバイスしておきます。ハハハ。


by toruiwa2010 | 2018-06-02 07:09 | 放送全般 | Comments(0)

ちょっと待ったあ!

井上コーチは "半落ち"…レギュラー・コメンテーターの

八代弁護士がそう言ったとき耳を疑った。聞き間違いかと

思ったがそうではなかった。

日大アメフト部の指導者が叩かれるのには理由がある。

しかし、この言葉遣いはまずいだろう。少なくとも今は

あくまで一般人だ。これではまるで犯罪者扱いだ。


スキャンダルの主、さわぎを起こした張本人に対しては

カサにかかって襲い掛かるる…メディア、特にテレビの

ワイドショー番組にこの傾向が強い。好きじゃないなあ。


金のにおい…

この言葉を口にしたのはカンニング竹山だった。

“切れキャラ”のタレントだが、彼に悪気がなかったことは

聴いていてわかった。TBSラジオ「たまむすび」の中で

ゲストの画力について“褒め言葉”としてそう言ったのだ。

下右のイラストをiPadで見せられたようだ。

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本格的な勉強はしていないと言っていたが、写真をもとに

描いたというMCの赤江珠緒と竹山のイラストは素人目に

“なかなか”だ。


“画家”はTBSの古谷有美アナだ。絵本も出している。

美人度も“なかなか”だし、竹山が発した“金のにおい”も

分からんではない。ハハハ。

610日~24日、下北沢・本屋B&B

ささやかな個展をやるという。


やりきれない?

「被害者の方々もやりきれないでしょうが、加害者の側も

90歳で、これ刑事責任をこれから追及されてく…となると

やりきれない」とコメンテーターの青木某が言った。

えっ!と思った。

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90歳の女性が赤信号で横断歩道を歩いていた人をはねて

一人を死亡させたという事件についての発言だ。

「難しいけど、(免許を)返上べきだったんでしょうね。

結果論で言うと」と続けていたが、“論客”のはずなのに、

ずいぶんぬるいではないか。そのつもりはないだろうが、

おばあちゃん、かわいそう…と聞こえてしまう。周囲に

やりきれない”と思わせちゃいけないと言わなければ。


ずいぶん”ベタ”じゃないか…

大谷がヤンキースを選ばなかったことはNYのメディアに

とってもショックだったようだ。入団してくれたらきっと

メシの種になったのにという恨みを込めて(…かどうか

知らんがw)“臆病者”め!と大谷をけなしていた。


現地で取材するNHKの女性ディレクターが当時のことを

NYのメディアに聞いていた。紹介するときに"有名記者、

キングさん"という言い方をした。ああ、情けない。

“地元紙、ニューヨーク・ポストのキング記者”で十分だ。

企業名を避けたわけじゃあるまい。もし、そうだったら

"ヤンキース"も"エンジェルズ"も言うんじゃない!

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もう一つ、“CHICKEN(臆病者)と罵声を浴びせたのが

デイリー・ニューズなら、そこの記者を連れて来んかい!

ダメなら、せめて紙名が分からんようにせい!


白いもの…って

14日目、栃ノ心が花道を歩いているときから「右の手首に

"白いもの"…」と大坂アナ。勝負がつくまでにいったい、

何回、その単語を口にしたか?なぜそんな言い方をする?

NHKでは“テープ”と言うなと決められているのかなあ。

第一、“白く”ないし。

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どっちなんだ?

タイトル・マッチに向かう拳四朗の入場シーンに合わせて

「世界戦の前とは思えない緊張感」と実況アナ。

えーっと、どういうことだい?

アドリブではなく準備したコメントのように聞こえたが、

これでは意味が通じない。


みんな孤独

これまで、日本の人口ぐらいのお客さんを

乗せたなあ。君の想像を超えたあらゆる人生に

この車内で耳を傾けてきた。

別の惑星の出来事かと思うほどいろんな人生が

あるもんだ。たくさんの人生を見て来たよ。

タクシーのライバーは神父みたいなものだ。

耳を傾けることは話すことより大切だと思う。

見知らぬタクシードライバー相手だと何でも

話せるんだろうね。

今の時代みんな孤独なのがよく分かるよ。

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…ローマの年配のタクシー運転手が話していた。

本当にそうだなあとしみじみ思った日曜日の朝。

NHK BS5分番組「地球TAXI」…いい仕事してるわ。


by toruiwa2010 | 2018-05-30 08:01 | 放送全般 | Comments(0)