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岩佐徹のOFF-MIKE

toruiwa.exblog.jp

実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

カテゴリ:放送全般( 191 )

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フジテレビの“不要音声混信”事件に関連して、いまだに“女性の声=Aアナ”とする
ツイートが流れています。思わず、「間違った情報をまき散らさないほうがいいですよ」と
何人かに呼びかけてしまいました。
すると「私には、情報をまき散らす意図も意味もありませんが。誤解やったようですので
訂正します」と、理解してもらえたようなリプライ(返事)があり、喜んでいたのですが、
彼が友人と交わすツイートを見ると、そうじゃないらしいと分かってがっかりしました。
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女性の声が出先のスタッフのもの…では納得しないようです。
なにがなんでも、“犯人”がAアナでないと、自分の“フジテレビ嫌い”と重ならないので
その一点にしがみつくのでしょう。
私も、母局のことですから、非難されている“報道姿勢”の実態は気になります。
具体的な事実が分かり、問題があると判断したら、私も非難する側に立つでしょう。
しかし、問いかけても具体的な事例については誰も答えないのです。“付和雷同”…。
誰かがこう言っている、とんでもない、もっと広めよう、結果として猛烈な勢いで拡散…

2chはもちろん、ツイッターも混乱時には両刃の剣になることはすでに分かりましたから、
これからは、ここに出てくる情報を注意深く扱う習慣を身につけなければいけません。

今回の災害報道は、直後こそ、2台のテレビでNHKと民放を7:3で見ていましたが、
計画停電が始まってからは1台にして、ほぼ9:1の割でNHKを見ていました。
そして、民放は…ええ、主に見たのはフジテレビです。注文はあっても母局ですから。

もちろん…と言わなければいけないのはつらいところですが、“NHKの圧勝”でした。
普段の準備がいいことが分かります。原発事故が問題になり始めたころから出ずっぱりの
水野解説員の話が分かりやすく、説得力がありました。東大教授らと同席してもまったく
気後れするそぶりがなく、自分の考えを述べていました。
ファッションもいいセンスでした。

TBSにもサキヤマという原発事故についてきちんと話せる記者がいるようですが、NHKは
水野記者以外にも原子力や災害専門の人材がいます。専門の度合いは様々でしょうが。
かつて昭和天皇が崩御される前、陛下の病状を分かりやすい言葉で解説した橋本大二郎
(元高知県知事)記者は放送界の“伝説”になりました。当時もNHKに激しいライバル心を
持っていた私でさえ舌を巻いたほどです。
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NHKの強みはこういう人材をかかえていられることです。
普段、何をしているのだろうか、と思いますが、業務の大半は専門分野の知識・情報を
深めることに宛てていると思います。何年かに一度、こういう“活躍”をしますから
意味はあるのでしょう。
しかし、民放には、そんな人材を“飼って”おく余裕はどこにもありません。
視聴料収入があるNHKと広告収入が頼りの民放では経済規模に決定的な差があります。

想像でしかありませんが、現地に送り込んでいる人数も民放とでは比較にならないほど
多いはずです。いつものことです。
取材する対象を“選べる”有利さはあるだろうと思います。張り巡らせたアンテナの数が
多ければ多いほど、キャッチする情報の量も多くなります。災害の発生地域が限定的なら
ともかく、今回のように広範囲になると、人数が多いほうが圧倒的に有利になります。
民放はと言えば、ただでさえ数が足りないのに“番組ごと”という効率の悪い“縦割り”の
取材態勢で臨んでいるでしょうから、太刀打ちできません。丁寧さに欠ける取材や放送が
あっても、理由がないわけではないのです。
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だから、勘弁してやってよ、と言っているのではありません。予算が少ないことや人手が
足りないことは、放送内容の貧しさや報道姿勢の悪さの理由にはなりません。“工夫”は
そのためにあるのですから。
同じことをやっても勝てないでしょう。しかし、金がなくても人が少なくても、工夫した
内容でNHKに勝つ…それこそ民放で育った人間が持つべき矜持だろうと思います。
理想論であることは十分に承知していますが、あきらめて愚痴っているだけでは、少しも
前に進みません。奮起を期待したいです。

テレビは人もうらやむ、とても恵まれた業界です。私がアナウンサーになりたてのころ、
すぐ上の兄は石油会社勤務でしたが、給与やボーナスの話はしたことがありません。
4歳も年下の私のほうがはるかに多く貰っているのが分かっているからです。
どのセクションで仕事をしていても“〇〇テレビ”と名乗るだけで誰もが認めてくれる
便利さもある一方で、派手な職場と思われるつらさもあります。
しかし、若いうちは、どうしても自分が“何さま”かになったような錯覚に陥りがちです。
不心得者も出ます。先輩としては、「おい、頼むよ」と祈りたい気持ちにもなります。

「最後の日に身内の大バカ者のことをお伝えしなくてはならないのは大変情けない」…
同期の露木茂は担当していた「スーパーニュース」の彼自身の最終回にフジテレビ社員の
不祥事を伝える羽目になったとき、カメラに向かってそう語りました。
彼の無念はよく理解できます。

考え違いをする“大馬鹿者”はNHKにだっています。1万人以上の職員がいれば変質者や
出張旅費のごまかしなど、うしろ暗いことをする人間がいたっておかしくはありません。
仕事面でも、あえて言えば、“NHKとも思えない”凡ミスがこのところ続発しています。
何度も引き合いに出して気の毒ですが、1月に青山アナが席巻を“せきまき”と読んだのに
始まって、野村アナは“:”を「どっと どっと」、名前の分からない中年の男性アナは
お彼岸の中日を「おひがんのなかび」と、読み間違いのオンパレードでした。

たまたま、“目撃”しただけでこんなにあるのですから、探せばもっとありそうです。
明らかに異常です。“同業者”として恥ずかしいです。
今のアナウンス室長が誰だか知りませんが、きっと頭を抱えていることでしょう。
一段落したら、全員、研修のやり直しですね。

そして、取材態度についても問題がないわけではありません。
民放には厳しい視聴者もNHKには優しい。なぜでしょう?
宮城・南三陸町で取材した“新しい命の物語”にはビックリしました。
医師として勤務中に津波に襲われた夫と、必死に連絡を取ろうとする臨月の妻…
最後は夫の立会いのもと、無事赤ちゃん誕生という感動的なストーリーでした。
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しかし、数時間後に放送で、妻が夫に、安否を確認するメールを打つ映像があったとき、
疑問が生まれました。たしか、携帯の液晶画面のアップもあったと思います。
ドラマではあるまいし、そこは撮影しているはずがないのです。
ナレーションで十分に説明できるのに、余計な演出をしたことで、せっかくのいい話が
台無しになりました。“やらせ”です。見た人は多いと思いますが、責める人はほとんど
いませんでした。
「これは"やらせ”だよね。いい話なのに、こんなことやらせなくても伝わるじゃないか」
…そうつぶやいたのは私でした。

NHKの評判がいいのは、たぶん“角(かど)”がない、あるいは、少ないからだと思います。
視聴料に頼っているだけに視聴者の反発は何よりも怖いことです。これまでに、何度も
不払い運動に悩まされています。番組作りはどうしても“八方美人”的になりがちです。
ミスを恐れるからか、“南三陸町の住民の半分以上が行方不明”という事実を伝えるのが
かなり遅れていました。情報としてはつかんでいても、あまり衝撃的な内容だったために
触れることに躊躇があったのでしょう。NHKらしいな、と思いながら見ていました。
この調子だと、この先、原発がもっと危ない状況になったとき、そのことを伝えるのも
最後になるのではないかと思います。どちらがいいかは議論の余地ありですが。

スポーツ実況でも、“正確性を追求し、ミスをしない”ことを目指すようになります。
スタンドにいる有名人をカメラがとらえても、よほど自信がない限り“見て見ぬふり”を
するのも彼らの“教育・伝統”のようです。
たしかに、国家元首を間違えたらみっともないですが、「…ではないでしょうか」ぐらいは
言ってもいいのに、と私は物足りなく思いますが、それで結構という視聴者もいます。

大きな事件・事故が起きると、人はNHKの情報を信用する傾向があるようです。
視聴率が高いことがそれを証明しています。そして、人の神経を逆なでするような映像や
インタビューは放送しない番組作りが多くの人から歓迎されているのは事実でしょう。
長い年月をかけて、それだけの信用を獲得してきた実績には敬意を払います。

しかし、「だからNHKだけあればいいのさ」という意見には賛成できません。
放送形態やテーストが対極にある民放の存在は絶対に必要です。国民に選択の余地が
生まれるからです。逆に言うと、国民は“正しい選択”をする義務があります。

憎まれるのを覚悟で書くならば、日本のテレビがいまのテイタラクになった責任の一部は
視聴者にあると思っています。
WOWOWがテニス中継を始めたころ、グランドスラムのたびに、「一般人がプレーする
テニスは大部分がダブルスなのに、どうしてシングルスばかり放送するのか?」という
苦情が殺到しました。ある年、それならばと「ダブルス特集」を放送したところ視聴率は
惨憺たるものでした。ごく限られた人しか見なかったのです。言いっぱなし…。
極論すれば、視聴者にはいい加減なところがあるのです。

「いいなあ、NHK」「NHKはさすが」「フジテレビなんか見るもんか」と言っている人も、
一段落すればまた、民放のバラエティに富んだ番組に戻っていくはずです。
NHKは視聴率が気にならない分、工夫も面白みもいま一つの番組を作り続けるし、
民放は、ばかばかしい番組でも視聴率がよければ、発想を変えることはないでしょう。
見る人、見たがる人がいる限り、テレビが反省することは想像しにくいです。
そこに問題があるのではないでしょうか。見るか、見ないかはあくまで視聴者の自由です。
ボールはテレビの側にあるように見えますが、実は視聴者のコートにあると考えることも
できるのです。どう打つかはあなたが決めることです。

おまけ:やるな、お主

つぶやきましたが、昨日の「ニュースウォッチ9」で興味深いやりとりがありました。

番組の初めのほうで、原発の状況について大越キャスターが「これは、事態が深刻化して
いるのか?」と問いかけるとゲストの専門家は「状況が悪くなっているわけではない」と
答えていました。
…おそらく、打ち合わせの段階で“悪化してはいない”と確認されていると思います。
その上で、大越キャスターは最初の質問の“形”を決めたのでしょう。
単純に「今の状態をどう考えたらいいんですか」と聞くより、ネガティブな聞き方をして
ポジティブな答えを引き出したほうが、効果は大きいと考えたのです。インタビューの
テクニックの一つですが、大越キャスターは心得ていました。
「原発は悪化していない」ことを見るものに印象付けたかったのだと思います。

*このブログで災害関係の記事を大々的に書くのはこれが最後になるでしょう。
賛同していただけたもの、そうでないもの、いろいろだったと思います。
こんなにささやかなブログで意見を発表しても被災地や今も苦しみが続く被災者の
役に立つことはないと分かっています。
しかし、私にできることはこれしかありませんでした。
熱心に読んでくださった方々にはお礼を申し上げます。


理解していただけるように、できるだけ丁寧に書いたつもりですが、
当然、異論・反論があるだろうと思います。私に対する批判もあるでしょう。
きちんと整理されたコメントなら残しますが、感情的なものや、ほかの人の
コメントに対する批判は私の判断で削除しますのでご了承ください。

by toruiwa2010 | 2011-03-31 11:06 | 放送全般 | Comments(19)
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大きな事件・事故が起きたとき、テレビの報道局、新聞なら編集局のテンションは
一気に高くなります。
申し訳ないですが、「なんということだ」や「被災者(被害者)が気の毒だ」、あるいは
「大変なことになった」と思うのと同じぐらい「ビッグニュースだ。腕の見せ所だ」と
張り切る人間が多数いるはずです。“血が騒ぐ”のです。それは、報道マンたちが持つ
“業”ですから、一概に責めることはできません。

ジャーナリズムとは何か?
考え始めたらきりがありませんし、議論すればきっと様々な意見が出ることでしょう。
しかし、難しいことは抜きにして、その根底にあるのは“やじうま精神”だと言ったら、
かなりの人に賛成してもらえる…と思っているのですが、どうでしょうか。
フジテレビに入社した当時、先輩からは「世の中で起きている森羅万象、あらゆることに
興味を持ちなさい」と教えられました。つまり、アナウンサーにも“やじうま精神”は
必要だということだったのでしょう。
どちらかと言えば、“面倒くさがり”で、なにかが起きて大勢の人が集まって騒いでいても、
うしろからちょっとのぞくだけ、というタイプでしたから、プロとしては少々資質に欠けて
いたかもしれません。
それでいて、67歳まで現役を続けたのですから、ほめられてもいいと思っています。
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さて、そのやじうま精神ですが、報道と言う現場ではいささか厄介な面もあります。
アナウンサーや報道部員として仕事をしていたとき、今回ほど大きな災害や事件・事故は
経験していませんが、飛行機の墜落やハイジャック、ホテルニュージャパンの火災など、
“そのとき”の報道の現場がどんな状況になるかは何度も見たことがあります。

大事故が起きた。通常のニュースだけでは伝えきれないほど大きな事故だ…となると、
編集長は、直近のニュースを出すための指示を出しながら、経験豊富なデスククラスに
長くなるはずの一日への対応を命じるでしょう。
彼は、あわただしい喧騒から少し離れたところで、やらなければいけないことを模造紙に
書きだして準備に取り掛かります。

特別番組の時間枠を編成と交渉する。
特番に専従するスタッフを選ぶ。
休みだったり泊り明けだったりする部員に召集をかける。
並行して、放送内容を固めて行く。
中継ポイントと担当記者を決める。
技術に連絡して中継車を手配する。
アナウンス部にリポーターを要請する。
司会者を決め、解説者をキープする。
弁当の手配をする。


やるべきことは山ほどあって大変そうですが、見ていると、猛烈な勢いでアドレナリンが
流れているのが分かります。腕の見せ所と張り切る集団のトップにいるのがこの男です。
いったん、走り出したら止まりません。ことが大きくなればなるほど“躁状態”に陥って、
手がつけられなくなります。

どの局にも似たタイプの男がいるはずですし、新聞社も同じでしょう。
「もう、いいだろう」「よそがやっているのにウチだけやめるわけにはいかん」
…今度の災害では、報道と編成の間でそんな会話が何度となく交わされたと想像します。
配られた新聞のラテ欄では通常番組になっているのに、どんどん、緊急特別報道番組に
差し替えられて行きました。局内で起きた喧騒と混乱が目に浮かびます。
まさか、何かが起きることを期待する人間はいないでしょうが、取材者としての彼らには
日常の延長線上になっている政治、経済、裁判、犯罪の報道より“刺激的”であることは
間違いないでしょう。

この感覚はやじうま精神とまったくイコールではありませんが、“におい”は似ています。
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…ジャーナリズムについて書き始めたことを、いま、思い出しました。
スポーツの周辺に生息していましたから、ジャーナリズムもスポーツの側から見ることが
多かったのですが、一般のジャーナリズムも含めて、ある“傾向”が共通しています。

それは、“センセーショナリズム”と“センチメンタリズム”に頼ることです。
扇情的・刺激的な言葉が記事やリポートに使われます。スポーツ紙やタブロイド夕刊紙の
見出しがいい例ですが、“エスカレートする”性質があります。始末が悪いのは、言葉に
つられて買う人が増えることです。つまり、効果があるのです。

本社のデスクも現場の記者・リポーターも感傷的、お涙頂戴的なネタを求めがちです。
私は目撃していませんが、発生直後のテレビの取材の仕方に非難の声が上がったのは
このことと無関係ではないと思います。

以前にも書きましたが、辟易するのは、高校野球やオリンピックになると「天国にいる…」、
「最愛の…」が氾濫することです。
その時期に、私たちは驚くほど多くの選手の身内が亡くなったことを知ります。
なんとか理解できる外国語は英語だけですが、無理やり泣かせようとする記事や演出に
出会うことはめったにありません。
テレビや新聞・雑誌は、情報を得るために欠かせない媒体ですが、情緒に流された報道や
過剰なセンチメンタリズムを持ち込むことはいいかげんで勘弁してほしいものです。

つづく・・・
by toruiwa2010 | 2011-03-28 10:50 | 放送全般 | Comments(9)
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今回の災害報道について“一部”で、とはいえ、フジテレビの評判が非常に悪かった。
時間の経過とともに、総理会見中の暴言は典型的な“針小棒大”型の話だとわかったし、
仙台市内の緊急車両専用の給油所でフジの取材車が給油を強要した…という情報は
極めて根拠のない“2ch発信”型のデマであることが明らかになっていった。
しかし、だからフジテレビが“まっしろ”な無罪かと言えば、そうではない。
つまり、デマや中傷を流され、言われなくてもいいことを言われてしまった背景には
それなりの理由があるのだと思う。

私自身が確認できていない話が多い上に、あまりにも一方的に“事実”だと決め付けた
ツイートが、軽はずみな人の手でどんどん“拡散”され続けていく状況は怖かった。
しかし、初めのころ言われていた、災害直後の取材・報道の仕方の中に、何かを感じた
人たちの怒りや不快感がこの流れを作ったのではいか、という“疑念”もあった。
いかにも現代社会ならではの“風評被害”に見えるけれど、それで片づけてはいけない。
「我々がやっていることに間違いはない」と反発する前に「本当に問題がなかったか」と
検証し、反省する謙虚さは持たなければいけない。
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フジテレビの報道姿勢はひどい…OBとしては耳にするのがつらい言葉だった。
感じかたは、視聴者の自由だから文句は言えあないが、「…だから、キャスターも嫌い、
リポーターもダメ」ではなく、せめて、“是々非々”を望みたいと思う。
たとえば、「とくダネ!」に出演し、今回も現地から連日精力的に取材・報告をしていた
岸本哲也リポーターを見てほしい。
日本のテレビ業界に“リポーター”の肩書きを持つ人が何人いるのか知らないが、同様の
仕事に長く関わった者の1人として、彼こそ文句なしのNo1だと高く評価している。

情報収集の力、それを整理する力、それを言葉にして分かりやすく伝える力…すべてを
そなえているところが見事だ。情報を集める能力と発信する能力は別もののはずなのに。
メモのたぐいをほとんど見ることなく、しかも、よどみなく話し続ける彼を見ていると、
ビックリする。自分を振り返ると、スポーツを実況するとき以外は、頭の中で整理して
文章をつくり、それを推敲してからでないと話せないタイプだったからだ。
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チリ炭鉱事故のときの報告も鮮やかだった。
スタジオからの問いかけにまともに答えられないリポーターが多い中で、小倉の意図を
的確に受け止め、冷静に対応していた。
リポーターの能力をビデオで判断してはダメだ。編集するディレクターのテーストが出て
しまうからだ。彼らが持つ能力がどれほどのものかを見るにはライブ報告に限る。
それ以前も、「きちんとしたリポートをするなあ」と思っていたが、この時の現地からの
リポートを見て、「フジテレビは彼を大事に扱うべきだ」と感じた。“財産”になる。

長崎文化放送でアナウンサー、ディレクターの経験があるらしい。
言葉の選択に大きな問題がない理由も分かる。
時と場合によっては堪能な英語を生かした取材力をはじめ、表現力、行動力も十分だ。

“帰国子女”であることも大きな要素かもしれない。
チリ炭鉱の救出劇のときには、思わず、二度、つぶやいた。

「とくダネ」で岸本哲也リポーターの報告が始まった。
こういうときの現地リポーターには行動力、取材力と何よりも
アドリブの能力が必要だ。
長崎文化放送でアナウンサーとディレクターを経験している
だけあって彼はそのすべてで及第点の力をもっている。(続

続)彼のリポートを見ていると“帰国子女”ということを考える。
彼らに共通する、積極的で“物おじしない”メンタリティーが
こういう現場では最大限に生きる。
CNNの現地リポーターも見事だが岸本のリポートもほめたい。
母局だけにいささか気が引けるが。


能力とは別に、生まれつき持っているもの…つまり、風貌がいいのも得をしている。
いかにも信頼してもらえそうな顔つきだし、体つきだ。両親に感謝すべきだろう。

いささか、ほめすぎたかもしれない。しかし、彼を認める視聴者は多いはずだ。
一部で、とはいえ、“悪評高い”フジテレビにもこんなに素晴らしい人物がいることを
広く知ってほしいと思う。そして、認めて上げてほしい。是々非々。
十把ひとからげに“フジテレビ=悪”と判断してしまうと、損をするのは…あなただ。

いま「とくダネ!」に出てくるリポーターは局アナの笠井と大村が圧倒的に多く、岸本は
ほとんど顔を見せなくなった。…と思ったら、さっき、久々に登場したが。
笠井は感情が表に出るタイプだから泣くことも多いが、今回は言いリポートをしている。
大村のリポートはいつも“可もなく不可もなし”だ。言葉の選択にも問題が多い。
ここにきて露出が極端に多いのは、“卒業”を目前にして、大きな仕事をさせてやろう
というスタッフの親心だろう。
来月から北海道文化放送の情報番組キャスターになる予定だからだ。

4月以降は、岸本哲也の登場が飛躍的に増えるはずだ。しっかりしたリポートを期待する。
番組のステータスも確実に上がるだろう。ああ、社員でないのがいかにも残念だ。

さすがに「なんなら、現MCと交代したって…」とは書かないが。

(敬称略)

1年以上前に書いた記事ですが、最近、よく読まれています。
できれば、どういう経路でこの記事にたどり着いたかを教えて
いただけると嬉しいのですが。
コメント欄に書いてください。

by toruiwa2010 | 2011-03-25 10:01 | 放送全般 | Comments(61)
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昨日の朝日新聞

一昨日、フジテレビが遅ればせながら釈明して、一応の決着は見たようだが、なんとも、
後味の悪い“事件”だった。
軽挙妄動・付和雷同型の“人種”が少なからずたむろする2chやツイッター、youtubeでは
異常に広まった話だが、世間には知らない人も多いと思うので簡単に記す。

3月12日夜の菅総理の記者発表を中継したフジテレビの画面から“不要音”が流れた。
不要音とは、せき、くしゃみ、原稿をずらす音、膝が机の脚にぶつかって“ゴツン”など、
本来、放送に乗せてはいけない音を指している。
この“事件”の場合は男女の会話だった。きちんとした話し方ならともかく、いかにも
今どきの若者同士らしい、くだけた口調のものだったし、“仮にも”総理大臣の会見中
だったから、気付いた人の反応は大きかった。
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さらに、どんな意図があったか知らないが、何者かが、どこかに「女の声はAアナだ」と
断定的に書いたことで騒ぎはますます大きくなった。
読んだ人たちが本気で信じたかどうかは疑問だ。しかし、井戸端会議では近所の奥さんの
悪口が最高のテーマであるのと同じで、この手のエピソードは面白おかしく語られる。
この話もツイッター上でどんどん拡散されて行った。信じがたいスピードで。
結果として、「フジテレビの報道姿勢はひどい」「Aアナには今後ニュースを読ませるな」
という非難の声が盛大にあがった。つまり、“女の声=Aアナ”が確定してしまったのだ。

「なんだか、おかしいな」と思い、ツイッターでフォローの発言をしたが、ほとんど誰も
聞く耳を持ってくれなかった。
ブログに関連した記事を書いたが、その締めくくりはこうだった。

テレビは今や時代の最先端を行く。
そこで働く社員、特に若者に考え違いをする者がいても、私は驚かないが、
視聴者は「とんでもないこと」「信じられない」と思うだろう。当然だ。
フジだったことは否定できないようだ。OBとして恥ずかしい。失われた
信用・信頼を取り戻すには途方もない時間と努力が必要だ。

せめて、アナウンサーではなかったと思いたい。


…後輩たちを信じたい気持ちがある一方で、最近の傾向から“やりかねない”という思いも
捨てきれなかったのだ。

分からないのは、災害発生の際の政府を思わせるフジテレビの対応の遅さだ。
報道にしても編成にしても、2ch・ツイッターでの“騒動”を知らなかったとは言わせない。
初期の段階で、女の声=Aアナではないことも確認していたはずだ。(後述)
「不適切な音声が流れたことをお詫びします。なお、声はスタジオ外の中継ポイントにいた
取材スタッフのものです」と、すぐ、メディアに流せばよかったのに、と思う。

「Aには、会社が彼女を信じていることを伝えれば十分。この手合は無視するほうがいい。
釈明すれば、別のことで突っ込まれるだけ」という判断だったのだろうが、そのせいで、
一昨日まで、Aアナは一部で“犯人扱い”を受けたし、会社が何も言ってくれない間に、
台湾のテレビでも顔写真入りで伝えられるなど、大きなダメージを負ってしまった。

この種の“事件”を見逃すことは少ないのだが、この件はリアルタイムでは知らなかった。
ツイッター上で偶然見つけ、youtubeに残っていた1分20秒ほどのビデオで確認した。
文字に起こしてみると、こうなる。
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安藤「…会見の内容を皆様と一緒に聴いてまいりたいと思います」
*映像はすでに官邸に切り替わっていた。

*その後、4秒近い“素”(無音状態)がある。そこに男女の声が流れた。

男「ふざけんなよ。また原発の話なんだろ」
女「だから、こっから上げられる情報ないっつってんのに」

*この二言は、菅総理が話し始める2秒半ほど前までに終わった。

総理「地震が発生して1日半が経過をいたしました」
*この言葉に男の声で「ほんとに来るのかどうか…(以下、聴きとれず)」がかぶった。

総理「被災をされた皆さんに心からお見舞いを申し上げますとともに」
*女の声「ほんと、クソだよ」がかぶっていた。

総理「 救援・救出に当たって全力を挙げていただいている」
*ここに、女の「ああ、笑えてきた」という声がかぶっている。
業界的にいう“不要音”はこれが最後だった

…最初にこれを聴いたとき、何が起きているのかよく分からなかった。
一般の人は、マイクを切り忘れた…と思うだろうが、それは考えにくい。アナウンサーは
話し終えたら、無意識のうちに手元のスイッチでマイクをオフにするものだからだ。
出先からハンドマイクでリポートするときでも、スタジオに切り替わったら、マイクを
口元から遠ざける…私の場合は、必ずマイクを体の後ろに持って行くことにしていた。
その上で、自分のマイクが完全に“死んだ”ことを音声さんに確認すまでは余計なことを
言わないのがアナウンサーの習性だ。
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スタンドマイクやピンマイク以外に、エマージェンシー用の特殊なマイクがセットの上、
アナウンサーの前に置かれている場合がある。バウンダリーマイクが正式の呼び名だが、
形状から音声の技術者たちは“ゴキブリ”などと愛称で呼ぶことが多い。
しかし、そのマイクが拾った音でもなさそうだ。第一、切り忘れたメインのマイクや
ゴキブリが拾うとすれば、安藤の声のはずだが、音質が彼女の声とはまるで違う。

スタジオセットの全体像が分からないが、その時点の出演者以外に、離れたところにいた
スタンバイ中の人たちの声を、近くにあって、オフになっていないマイクが拾う可能性は
あるかもしれない。ここまでの推理の過程では、その場合、Aアナであるという可能性を
完全には捨てきれなかった。ただ、この場所にいそうな人たちは、仮に聞こえていないと
分かっていても、ここまで“くだけた”話し方はしないだろう…と思う。

2回目に聞きなおしたとき、「これは100%、Aアナではない」と確信する個所を見つけた。

出回っている動画には誰かの手で、発言の内容が文字として書き込まれているが、
素人には意味が分かりにくい一言だけが文字になっていない。
それが、“ホントに来るのかどうか…”の部分だ。
本社から中継ポイントに、次の番組の中でそちらから中継を入れてもらう…という指示を
出すとき「次、行くからね」と言い、中継側は周囲のスタッフに「次、“来る”ぞ」と言う。
つまり、男のスタッフは「本当に、ここから中継を入れろって言ってるのか?」と疑問に
思ったのだろう。聞きとれなかった部分は「…もう一度デスクに確認してみるよ」だった
のではないか。

どちらにしても、この会話は菅総理のメッセージとは全く無関係のものだと分かる。
そして、菅のメッセージを馬鹿にするようなものなら別だが、中身は“痴話げんか”の
ようなもので、ヒーロー・インタビューに混入したのだったら、まず、こんな騒ぎには
ならなかったはずだ。
発生場所も本社ではなく、いくつかの中継ポイントのどこかだということも分かる。
“愚痴っぽい”話の中身も現場に出ている記者・ディレクターたちがよく交わすものだし、
そのあとに出番を控えていたAアナがそこにいるはずは絶対にあり得ないのだ。

「いったい、どうなってんのかなあ、うちのデスクは!やってらんないっすよ」
本社と話していた顔なじみの記者が受話器を叩きつけると振り返ってぼやいた。
…野球取材中の記者席で何度、そんな経験をしたことだろう。
新聞であれテレビであれ、最前線で働く記者(ディレクター)と本社から注文を出すデスクは
永遠に相いれない仲だ。

いわば、どこの局でもこんな会話が交わされているし、いつ、どんなトラブルでそれが
電波に乗ってもおかしくはないのだ。
“今回は”フジテレビだったが、次はTBSかもしれないし、日テレかも、テレ朝かも…
NHKにだって起こる可能性は十分にある。人間が関わっている以上、“絶対”はない。

冒頭に掲げた朝日新聞の記事の最後はこうなっている。
「笑えてきた」などの発言は、スタッフが自分の担当の中継がなかなかつながらない
ことについて漏らした言葉だという。

もし、フジテレビがそう話したとすれば、おかしい。
“つながらないことへのぼやき”ではなく、新しい報告材料もないのに“無理に中継を
させられることへの不満”と考えるほうが、会話の流れから見ると自然だからだ。
ま、この際、そんなことはどうでもいい。

発生後数日間の被災地取材スタッフの言動に不適切な部分があったらしい。
数日後、現地に入った有名キャスターの言動・いで立ちも不評だった。
フジテレビの取材車が緊急車両専用の給油所で給油を強要したという、2ch発の情報が
“事実”として拡散した。
…うなずけるものもあり、苦笑するものもあるが、フジテレビに対するバッシングは
たしかにすさまじかった。
しかし、現象を冷静に見れば、いくらこの“流れ”の中で発生したとはいえ、今回の件が、
少なくとも“報道姿勢”とは無縁のものと分かるはずだ。

ただ、どう言い訳をしてみても、関係のない音声が出てしまったのはフジテレビのミスだ。
当日の音声スタッフは“チェック漏れ”を厳しく反省しなければいけないだろう。
対応が遅れ、長い間、放置したことも責められていい。
救いようがない“品のなさ”にはあきれるが、それも“報道姿勢”とは無関係だ。

一報道機関が罵詈雑言を浴びるだけならいい。
しかし、間違った情報が、重大さを理解しない人たちの手によってあっという間に広まり、
それが事実として定着してしまうIT社会には“怖さ”もある。
これが、国の存在や生命の危険に関わる情報だったら…と思うと、ぞっとするのだ。


理解していただけるように、できるだけ丁寧に書いたつもりですが、
当然、異論・反論があるだろうと思います。私に対する批判もあるでしょう。
きちんと整理されたコメントなら残しますが、感情的なものや、ほかの人の
コメントに対する批判は私の判断で削除しますのでご了承ください。

by toruiwa2010 | 2011-03-23 10:23 | 放送全般 | Comments(10)
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入社3年目が終わろうとする1966年の初めは航空機事故が連続して起きた。
2月4日、さっぽろ雪まつり帰りの客を乗せた全日空のボーイング727型機が羽田沖に
墜落した。ちょうど1ヶ月後の3月4日には、カナダ・パシフィック航空のDC8型機が
羽田空港への着陸に失敗して墜落・炎上した。どちらも、夜間の事故だった。
アナウンサーとしては未熟だったが、たまたま局にいたため、羽田空港からのリポートに
駆り出された。徹夜になり、ブリーフィングと放送の合間を縫って記者室の堅い机の上で
仮眠をとったことを思い出す。

3月4日は、徹夜明けで11時ごろ帰社し、宿泊室のベッドで横になっていた。
疲れているのに神経が研ぎ澄まされた状態でようやく眠りに落ちたかと思う間もなく
警備員に肩をゆすぶられて目が覚めた。「また、飛行機が落ちたので起きてください」
…初めは信じられなかった。
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空中分解した英国海外航空のボーイング707型機が富士山の二合目、太郎坊と呼ばれる
地点に落下したのだ。日本の航空機事故史の中でも珍しい、二日続きの大事故だった。
福島原発のニュースではしきりに“マイクロシーベルト”と言う専門用語を耳にするが、大きな出来事が起きたとき、人はそれまで聞いたこともない言葉に出会うものだ。

BOAC 機の空中分解では“セーテンランキリュー”だ。
周りに山らしい山がなくて、いきなり日本最高峰がそびえ立つ、という富士山のような
独立峰では、晴天のときほど、その周辺でとんでもない空気の流れが発生するらしい。
それが“晴天乱気流”だ。旅客獲得のためのサービスとして、BOACは、羽田を離陸後、
わざわざコースを外れて富士山上空を飛んだのだが、それがアダとなった。

御殿場口まで電車で行き、そこで待っていた会社の乗用車で現場を目指した。
しかし、火山礫にタイヤを取られて大した距離は稼げず、早々と車をあきらめ、徒歩で
登ることになった。タイヤがとられるぐらいだから、都会で履く通勤用の革靴で歩くのは
容易なことではなかった。3月初めの富士山は寒かったのだが、時間の経過とともに
汗が吹きだし、小休止をすると、たちまち、それが冷えていった。
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現場に到着したとき、日はとっぷりと暮れていた。満月に近い月の明かりが凄惨な地上の
光景を照らし出していたこと、決して嗅ぎなれることがないジェット燃料独特のにおいが
鼻をついたこと、などを想い出す。

記者と2人のアナウンサーは準備完了だったが、肝心の中継車はまだだった。
夜11時からの「こちら報道部」に電話でリポートすることになったが、携帯はもちろん、
2合目とはいえ山の中に電話はない。
作業中の地元消防団員の情報で現場と町の中間あたりに水道局の建物があって電話を
借りられるかもしれないことが分かった。
最年少の私が担当することは簡単に決まったが、問題は“アシ”だ。月明かりがあっても、
夜の山道を一人で降りて行くのは危険だからだ。

相談していると、取材に出ていた記者の一人が耳寄りな情報を持って戻ってきた。
「自衛隊のトラックが、収容した遺体を町の安置所まで運ぶために山を降りる。荷台なら
乗れるよ」というのだ。放送時間が迫っていたため、乗せてもらうことにした。
時間にしてどれぐらいだったか、いまは思い出せない。しかし、火山礫の山道を、大きく、
小さく弾みながら走るトラックの荷台で、左手で手すりを、右手は…釘が打たれていない
ひつぎの蓋が飛び跳ねるのを抑えるのに必死だった。

リポートを終えたあと、どうやって現場に戻ったのか、覚えていない。
歩いた記憶はないから、きっと、登ってくる自衛隊のトラックに頼み込んだのだろうが。

未明に中継車が到着した。

コンピューター、電気、車、設計、鉄道、土木…なんであれ、技術者と呼ばれる人々を
常にリスペクトしている。
このときも、技術部の“マジック”を目の当たりにして仰天した。

現場が山の中、ということは、河田町のフジテレビに直線では電波が飛ばない。
何が必要かと言えば、“2段点”だ。現場と局舎の中間で電波を中継するための。
そこで。中継車の出発より先に別の技術スタッフが、地図で計算して決定したポイントを
目指して局を出発していた。
本社の報道部が「朝の放送開始と同時に現場から中継を入れたいから、急いでくれ」と
矢のような催促をしてくる中、ポイントに到着したとの連絡を無線で受け、それぞれの
アンテナを慎重に調節してテストすると、東京から「一発で届いた!」と言ってきた。
技術者への敬意はこの時以来、さらに深まった。

この時の中継では忘れられない、苦い記憶がある。
「機首部分の周辺で数人の遺体が収容されました。傷みが激しく、性別も分からない
そうです」とリポートしたところ、数日後に発売された週刊中公(中央公論社)に
「“いたみ”って、リンゴじゃないんだから」と書かれたことだ。
…愕然とした。
“損傷”という言葉は頭に浮かばなかった。いまなら“損傷”を選ぶだろうが、当時は
くらべても、結局は“傷み”を採用したと思う。
いずれにしても、若き日の作家・野坂昭如が無署名で書いていたコラムで、名指しこそ
されなかったものいの、まさに自分が発した言葉が活字になっているのを見せられたとき、
言葉の選択はつくづく難しいものだと思った。

今、この時間にも被災地を駆け回って情報を集め、少しでもリポートの内容を高めようと
取材を続けている後輩同業者が多数いるはずだ。
批判・非難されることはあってもほめられることはめったにない、割の合わない仕事だ。
被災者に比べれば大したことはないかもしれないが、長期にわたる、神経を使う取材は
ストレスもたまって普段とじゃ違う疲労があるはずだ。
体力の温存を図りながら、少しでも世のため、人のためになる仕事をしてほしい。

彼らの健闘を祈りたい。

おまけ:アナウンサーの厄日?
昨日は、暦で言うと“赤口(しゃっこう)”だったが、日本のアナウンサーたちにとっても
すこぶるツキのない日だったようだ。
気の毒だったのはTBSラジオだったかもしれない。
私が日課の昼寝をするために横になった瞬間、ラジオから流れてきたのが…

昨日を含め、最近、アナウンサーの読み間違いetc が頻発している。

1月・A局: “席巻”を「せきまき」
先日・A局: “:” (コロン)を 「どっと どっと」
先日・A局: 2日続きでゲストの“木村拓郎”さんを「きむらたろう」と。
先日・B局: 「(菅首相は)…引き換えに退陣する可能性について
        否定しました」を 「…否定しませんでした」
昨日・A局 “お彼岸の中日”を「おひがんのなかび」
昨日・C局: “XXX中将”を「XXXちゅうしょう」

そして、昨日・D局: 女盛り を おんなもり


この日の「キラキラ」のメッセージ・テーマが「そのとき連帯感が生まれた」だった。
そこで、以上のことを書きさらに

業界に42年いたものとして 嬉しい連帯感が生まれました。
みんな、仲良くしましょうや。  (72歳の先輩同業者)

と、書き添えて送ったが、予想通り“ボツ”だった。

*「おんなもり」は聴き始めた時だったので、不確かです。
 間違いだったら、ご指摘ください。
   
by toruiwa2010 | 2011-03-22 08:16 | 放送全般 | Comments(10)
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たしか、火曜日だったと思う。アメリカの大手一般紙はスポーツ・セクションの一定の
スペースを割いて前週末のスポーツ放送について論評を載せていた。コラムニストが
解説や実況、プロデューサーについてまで、名指しでコメントするのだ。容赦なく。
日本ではときどき試みられるが、国民性の違いからか、長続きしない。

1995年の阪神淡路大震災発生のときは日本にいなかったから、各テレビ局がどう伝え
どのような評価だったかについては全く情報を持っていない。
それを前提とするなら、メディア史上、今回ほど報道の姿勢が問われる事件・事故は、
初めてだったのではないかと思う。
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聴いてみて、ラジオにもいいところがあることはよく理解しているつもりだが、多くの
情報を市民に届けるメディアとしてテレビの優位性は動かない。映像があるからだ。
映像が持つパワーは音声だけのラジオのそれを大きく上回っている。
しかし、そのパワーは、実は“両刃の剣”だ。そして、今回のような災害報道の場合は
よほど気をつけて扱わないと“裏目”に出ることになる。

行方が分からない身内を探す人に向けてカメラを回せば見る人によって拒絶反応を示す。
ラジオも新聞・雑誌も似たような取材をしている。しかし、聴く人も読む人もその場面は
目にしない。取材の結果を受け取るだけだ。仮に、どれほどしつこい取材が行われても。

カメラマンも記者もすべてが無礼な人間ばかりではないと信じたい。
先日も書いたように、現役時代、事件・事故の取材で家族・遺族にマイクを向けるときは
「ご心痛のところ申し訳ありません」とお詫びしながらやったものだ。先輩のやり方を
見ならったものだし、後輩たちにも伝わったはずだ。
しかし、生ならそのまま電波に乗るが、ビデオだと編集でカットされ、放送されたとき、
断りもなく、いきなりカメラやマイクを向けたように見えてしまう。
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テレビを見ていると、途中から、避難者がいる体育館などに入る前に「お許しを得て、
入らせていただきます」と言うようにしている局もある。ビデオ・ライブを問わずに。
たぶん、各局が抗議を受けて、デスクから現場に指示したのではないかと見る。
これなら、見るほうのストレスも減る。
遺体安置場所などから中継するときは、リポート後、そちらの方向に一礼していた。
パフォーマンスと言われても、形で表さないと、見る人には気持ちが伝わらないのだ。
いずれにしても、“遺族”にしつこく付きまとう形の取材には疑問がある。本当に必要か
どうかを徹底的に考えてみるべきだ。

報道姿勢を批判する声の中には、“同じ映像を何度も流すな”がある。
行き過ぎがあることは否定しないが、面白がってやっているわけではないだろう。
津波の発生は午後3時半前後だった。最初に放送された映像を見た人たちにとっては、
それ以後は“2度目、3度目”だが、2度目の放送で初めて見る人もいる。夜になって
初めて見る人もいる。人々がある情報に初めて接する時間には時差があるのだ。
朝のワイドショーで、同じニュースを短いサイクルで繰り返すのも同じ理由による。

今回、初めの数日は2台並んだテレビの1台をNHKに合わせて音声を出し、もう1台は
音を消して民放をザッピングしながら見ていた。
民放育ちとしてNHKには強いライバル心があることは認める。
視聴料に支えられて恵まれた“環境”を妬ましく思い、実況中継などでは、ミスによる
“減点”を恐れて正確さだけを追求するスタイルに不満があることも否定しない。
しかし、客観的に見て、今回のNHK の放送は高く評価されていいと思う。

もちろん細かい注文はある。
視聴した中で最も驚いたのは今、なお全人口の半数近い8000人が“安否不明”の宮城・
南三陸町で起きた“物語”だ。
この街の病院に勤務する医師は勤務中に津波に襲われたが、5階に逃れて無事だった。
臨月だった妻は別のところにいて何度もメールを送ったが連絡がつかなかった。
しかし、後は夫も立ち会って新たな命が誕生した。
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…「えっ!?」と思ったのは、妻が夫にメールを送る場面が映像として流れたときだ。
そこは撮影しているわけがないのに。そして、ナレーションで十分に説明できるのに、
まったく余計な“演出”をしたことで、せっかくのいい話が台無しになった。
“一事が万事”と視聴者に思わせた可能性もある。“事実”として放送されているが、
実は“加工”されているんじゃないか?
 
私はブログ開設以来、フジテレビのOBであることを明かしている。
今回、ネット上でその“母局”の評判が悪いことに胸が痛い。
個人的に、キャスターに不満もあるし、バッシングの中に、理解できるものもある。
しかし、バラエティ系の番組が多いことで災害報道まで批判するのはフェアじゃないし、
特定の誰かが嫌いだからと、十把ひとからげでものを言うのもどうかと思う。

ひどかったのは、昨日、ツイッター上にあふれた次のつぶやきだ。

仙台市民だが、緊急車両のみの給油所にフジテレビの中継車が…(以下略)
事実だとすれば問題だと思い、この件についての情報を求めたが、1件をのぞいてまったく
反応がなく、その後もこの“悪事”を暴いたつぶやきは拡散を続けた。
自分で調べた結果、最初の発信は2chからだったと判明した。
2ch=ウソと断定はしないが、軽々に面白がってそれを拡散して行くのは危険な話だ。

おととい、こんなつぶやきが私宛に発信されてきた。
そのあとのやりとりも含めて、そのまま再録すると…

@kuroiwayuji @toruiwa
今回の地震でフジテレビの報道姿勢が批判されていますが、
軽チャー路線のつけがこんなかたちでくるとはおもいませんでした。

えっ、報道姿勢が批判されているんですか?「笑えるわ」の件ですか?
あれは確定なんですか?

すみません、掲示板でそういう評判をきいただけです。
しかし、フジテレビの報道はスーパーニュースのキャスターが
安藤優子氏にかわってから変だとおもいます。


ツイッターの怖さがここにある。書かれていることを単純に信じてしまう。しかも、
初め、気がつかなかったが、@マークの次、toruiwaより前に kuroiwayujiがある。
後輩で、私同様、すでにフジを退社している黒岩祐次だ。
つまり、ツイッター上で見つけたフジテレビOBに、無差別に送られたものだろう。
程度の悪い嫌がらせとしか思えない。“確たる証拠”はないが。

フジテレビの後輩にこのささやかなブログの声が届くとも思えないが、数々の批判が
当たっていようといまいと、この機会に一度謙虚になってみたらどうだろうか?
国の電波を預かって行う仕事には、極めて重大な責任が伴うものなのだから。

第1Gに属している。
計画では、午前6時20分から停電するはずなので5時半に起きて食事を済ませた。
「第1Gから停電が始まった」と伝えるNHKの放送を見ても、東京23区はどこも
含まれていない。サイトによって情報が違うが、クレイムをつける気持ちはない。
東京電力も混乱しているのだろう。広がりつつある「東電も一生懸命にやってるんだから」
という流れに乗っているのではない。仕組みが複雑で整理できないのだろうと思うからだ。

ただし、毎日、一度は停電している地域と我が家のように全く停電しない地域があるのは
おかしいのではないか。不便はお互いさまだ。公共性のあるところは別としても、管内の
すべての住民が同じ不便を共有するようにしないと、不満が噴き出すことにならないか。

異論・反論はあるだろうと思います。
私に対する批判もあるでしょう。きちんと整理されたコメントなら残しますが、
感情的なものや、ほかの人のコメントに対する批判は削除しますのでご了承ください。

by toruiwa2010 | 2011-03-18 10:39 | 放送全般 | Comments(40)
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読まれた方も多いでしょうが、夕方、こんなコメントがありました。(要約)

フジのAアナが直接現地に行ってリポートしていましたが、
広いロケバスにスタッフだけでガラガラ。
わざわざ行くのなら、少しでも救援物資を積んでそれを配り
「大変でしたね」と労ってリポートするぐらいできるだろうと。
インタビューでの金品のやり取りは、報道コードにでもかかる
のでしょうか?

連絡手段のないところに行くのであれば、少しでもその架け橋に
なるとか。報道のすることじゃないと言えばそのとおりですが、
悲惨さの垂れ流しばかり。報道陣であるとともに人であって
ほしいと思うのは無理なんでしょうか。


このほかにも、やれ服装が浮いていた、ブーツがどうだった、爪にはきれいに
マニキュアされていた、その手が汚れないように泥の中から拾ったアルバムに
さわっていた…ネット上に彼女を批判する記事やコメントが散見されます。

“いいがかり”に近いものが多く、とても賛同することはできません。
Ms.Aはアナウンサーではありませんし、フジテレビの社員でもありません。
それでも、一部で彼女の評判がよくないのは、OBとして嬉しくはありません。
私も、決して“味方”ではなく、プロの目から見た彼女について厳しい記事を
しばしば書いています。
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昨日のニュースを見て、ああ、彼女ならやるだろうな、と思いました。
“現場主義”の人ですから、とにかく行きたがるのです。
それは、非難されるべきことではありません。
“行動するキャスター”…いいじゃないですか。
ただし、昨日のリポートに“さすが”と思うものは何一つありませんでした。
仮にもジャーナリストを名乗るなら、それらしいところを見せてほしいです。
視聴者の一部にせよ“はしゃいで”いるだけと見えるリポートでは困ります。

名のあるキャスターが現地からリポートするとき、その仕事が成功するか
どうかは、先行取材していた記者の質にかかります。
リポートにふさわしい場所の選定、伝えるべきこと…ごくまれな場合を除けば、
キャスター自身が取材にあてられる時間など、ほんのわずかです。

インプットされたものを咀嚼して伝え、現地に入った者だけが分かる感覚を
最後に自分の言葉で語って締めくくる…それが精いっぱいでしょう。
質と量が大きく違うだけで、アメリカでもこの点は同じだと思います。

冒頭のコメント以外にも放送やインタビューの仕方にも不満が渦巻いています。

事件・事故の報道・取材はとても難しいところがあります。
70年代初め、飛行機の墜落事故が多発しました。
家族・遺族にマイクを向けるときは「ご心痛のところ申し訳ありません」と
お詫びしながらやったものです。
しかし、生ならそのまま電波に乗りますが、ビデオだと編集でカットされます。
厳しい環境にある人にマイクを向けるとき、気を配らないインタビュアーは
いないと思いたいです。

ちなみに、遺体安置場所などから中継するときは、リポートのあと、そちらの
方向に一礼することにしていました。先輩がやっていたのを見て学びました。
パフォーマンスと言われればそれまでですが、形で表さないと、見る人には
気持ちが伝わりません。

また、取材者が取材対象にものを渡す、あるいは、なんらかの便宜を図れば、
次の人も、その次もとなっていきます。
線引きが難しいし、肝心の取材ができません。
戦場カメラマンを考えたらどうでしょう。
飢えた子どもの写真を撮るなら持っているものをあげたらどうだ…と言っても
それは無理な話だし、筋が違いますよね。
避難所は寒いから自分が着ているダウンジャケットを置いて行くか?
これも違いますね。

NHKが昨日の日中から気仙沼市立病院の窮状を機会あるごとに伝えています。
報道が、仕事と“手助け”を両立させるのはあれが限界です。
あれだけやっても、国から救援の手は届かないのです。

コメントを書きこまれた方にはこうお答えするしかありません。

おっしゃることはよくわかるのですが、難しいです。

お断りするまでもなく、私はフジテレビの社員ではありません。
テレビ界にいるわけでもありません。
あくまで、その世界で仕事をしてきた者の一人として、分かること、
分かってやってほしいことを記事にしていることをご理解ください。

別件ですが、今日、NHKを視聴した中でアナウンサーが “喫緊“という言葉を
二度使いました。原稿を読んだだけだが、なぜ、こんな言葉を使うのだろうかと
思いました。
72歳の私がこの言葉を初めて聞いたのは、数年前、福田総理が使った時です。
政治家の発言をそのまま原稿にしたのなら仕方がないでしょうが、情報の中に
こんなに難解な言葉を使うのは非常識です。

“緊急”、“今一番大事”、“最も急がれる”…
いくらでも言い換えられるではないですか。
第一、貴局のアナウンサーの中には読めない人もいるのではないのか?
http://bit.ly/g9vwOW
by toruiwa2010 | 2011-03-15 20:02 | 放送全般 | Comments(10)
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おはようございます。

M9.0…日本が初めて経験する激しい地震が発生してから4日目の朝を迎えました。
家族や愛する人の命、家事道具など、かけがえのない多くのものを一瞬で失った
被災地の方たちばかりでなく、国中の人に“重いもの”を残していった自然の猛威。
今度の災害では全国民が“当事者”であるような気がします。

今年に入ってエキサイトに転居したのを機に、土曜日、日曜日は古い記事の中から
更新するだけにしていましたが、今回は2本ずつ、4本のエントリーを書きました。
すべて、報道に関わるものです。発生直後からテレビの前に座り続け、もどかしい
思いを綴りました。一本目を書いたとき、いつも通りツイッターで告知したところ、
このブログとしては異常なスピードでアクセスが増えました。

報道にかかわるセクションで仕事をした期間は短いですが、アナウンサーとして
ニュースはたくさん読みましたし、飛行機の墜落事故などでなんども現場を経験し、
特番の司会をしたこともあります。こういうときに報道部内でスタッフが何を考え、
どんな動きをするかは、手に取るように分かります。事件・事故のたびにその時の
光景が目に浮かびます。外部の人にはうかがい知れない部分だけに“読者”の関心も
高いことが分かります。

私が見聞きしたことはフジテレビだけの“特別”なケースかもしれませんが、各局の
放送を見る限り、同じ“におい”がします。すべてを書くことはためらわれます。
しかし、昨日の朝 更新した「素の声が出てしまった !!~失われた信用・信頼~」は
決して特殊だと思わないほうがいいでしょう。
今朝、ツイッターを見たとき、私宛にこんな書き込みがありました。

ずっと報道みてますが、同じ映像垂れ流しでドラマもどきのワイドショーに仕立て、
壊滅しないと災害ではない、報道する必要ない、という考え方がマスコミならぬ、
マスゴミの報道方針での理解でよろしいのでしょうか?(原文のまま)


…そこまで極論されても、と思わないでもありませんが、ポイントをついています。
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内容はほぼ地震関連に限定されていますが、各局とも通常編成に戻りました。。
猛烈なスピードで事態が動いているときには放送する余裕もなかった映像が少しずつ
見られるようになってきました。大津波が人命や家屋を蹂躙するつらい映像のあと、
数十時間ぶりに再会を果たした家族の姿を見るとほっとします。
同時に、地震発生時、津波に襲われた時の体験談を聞くにつけて、被災者が味わった
恐怖がどれほどのものだったかと、恐怖にかられます。

ツィッターにあるprayforjapanには日本語のほかに、英語、ドイツ語、フランス語、
スペイン語、アラビア語、ロシア語…ありとあらゆる言語で世界中からメッセージが
寄せられて感動を呼んでいます。
いまも、読み切れないほどのスピードで増えています。
http://bit.ly/ex8Ewa  
http://bit.ly/fZIpMG心に残るものを集めた日本語のツイート集


スポーツ界、芸能界からも声が上がっています。
ブログ、ツイッター、フェースブックと、ツールが増えたことで彼らがメッセージを
発信しやすくなったためですが、勇気・元気をもらう被災者もおいででしょう。

昨日の夕方 更新した「M9.0とテレビ~伝えたこと・伝えなかったこと~」に…

マスメディアの持つ力はとてつもなく大きい。
そのパワーを使って、テレビだからこそできること、
テレビにしかできないことをやってほしい。


と、書きました。具体的に“何か”は頭にありませんでした。
しかし、フジテレビの特番に電話で出演していたお笑いコンビ、サンドウィッチマンの
伊達みきおの言葉が“目からうろこ”でした。
「連絡がつかず心配している人がたくさんいる。ぜひ、避難している人たちの顔を
写してあげてほしい」と話しました。それを見て安心する人もいるからです。
年配者で家族の消息を知るために急きょツイッターを始めた人もいらっしゃいました。
顔を写す…簡単なことですが、それこそテレビにしかできないことです。

こんな災害は二度と御免ですが、万一、再び起きたときに、テレビはこの言葉をぜひ
ヒントにしてほしいものです。

4日目の今日になっても、この関係以外の記事を書く気になりません。
明日は、休むかもしれません。

by toruiwa2010 | 2011-03-14 09:41 | 放送全般 | Comments(11)
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テレビは2台あるが、1台はNHKにほぼ固定している。
残りの1台は、フジテレビを基本として民放をザッピングしている。

新聞に出ている番組表には各局の考え方が透けて見える。
上から、地震発生翌日・12日付け朝刊、その下が夕刊、一番下はきょうの朝刊
左2列はNHK総合と教育、以下、日テレ、テレ朝、TBS、テレ東、フジと並んでいる。
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NHKは国営放送であることの自覚に加えて、“第一級の災害”であると正確に判断して
地震発生の夜、新聞発表の時間までに12日は1日中、地震関連の放送をすると決めた。
民放では、テレ朝だけは午前9時半までは前夜からの特別番組を続け、以後、いつもの
土曜日の編成に戻す予定だった。
それ以外の局は各局とも早朝から通常番組を放送するつもりだった。

以上はすべて、推測の域を出ないことをお断りしておく。

民放の判断は甘かった…かもしれない。大津波が町を蹂躙して行く光景を目にしながら、
これほどのことになるとは予想できなかった。
各局とも、他局の出方をうかがっていたのだろう。
結局、翌日は通常編成で“横並び”になった。
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しかし、時間の経過とともに事態の深刻さは誰の目にも明らかだった。
徹夜の放送を続け、そのまま、終日、特番を続けることになった。
夕刊の番組表を見ると、テレビ東京は7時以降、通常編成に戻すことになっていたが、
実際は、他局と足並みをそろえて特番を続けていた。

発生から3日目の今日、これまで「地震関連」、「緊急特番」の文字があるだけで全体に
白っぽかった番組表に変化が出てきた。
まず、テレ東が朝から、日テレが夕方5時半の「笑点」以後、通常番組に戻すと決めた。
フジは夜9時のドラマ「スクール!」から普段の日曜日の編成に戻すようだ。
*実際は日テレも特番を続けている。フジはどうするか?おそらく、他局が続けたら、
やめられないだろうと思うが。


全部は確認できないが、全局、CM抜きの放送になっている。ことの性質を考えると、
当然だろう。テレビ東京が他局より早く通常放送に切り替えたのは営業を考えてのことだ。

さて、そのテレビが伝えたことは何だったか、と考える。
メディアの特性だが、映像の持つ威力と速報性ではほかのメディアを圧倒している。
しかし、それ以外に何があっただろう?
想像を超える災害が起き、おびただしい数の犠牲者・被災者が出た。情報が錯綜する中、
そのことは伝えられたと思うが、被災者がどんな状況に置かれ、何を求めているかなど
“地味な”話について、十分に伝えているかと言えば、そうではなかった。
マスメディアの持つ力はとてつもなく大きい。そのパワーを使って、テレビだからこそ
できること、テレビにしかできないことをやってほしい。

民放の場合、すべての時間帯が全国放送だったのかどうかは分からない。
阪神淡路大震災のとき、神戸新聞が地元に密着した情報を市民に提供し続けたことは
よく知られている。テレビの場合、いつ、東京からの呼びかけがあるか分からない
状況の中で、地元向けの放送ができなったかもしれない。時間帯を区切ってローカルの
放送枠が確保されていたと思いたいが。

以下、すでに書いたこととダブる部分もあるが、望みたいことをいくつか。

今回のような自然災害が発生したとき、人々が知りたいのは、何が起きたかについての
正確で詳細な情報、どうすべきか、次に何が起き、それに備えて何をすべきか…
だと思う。なぜ起きたか、や責任論は後回しでいいのだ。

ブログやつぶやきへの反応から見ると、こういうときのメイン・キャスターには男性が
望ましい、というのがコンセンサスのようだ。被災者はもちろん、テレビを視聴する
人たちは不安を抱えている。高いトーンの声で早口で話されると、その不安が増幅する。
けたたましい声でまくしたて、リポートをさえぎるキャスターが多い。
少しでもストレスがかからない方向で放送に当たるべきではないか。

かじっただけの知識で専門家に質問してはたしなめられるキャスターも目につく。
キャスターが理解できない解説は視聴者も分からないのだから、分かりやすい言葉で
話してもらうように誘導すべきだが、次の話に移ってしまうケースもある。
NHKには科学文化部があって、中間の立場でうまく“通訳”してくれるが、民放には
そういう人員を雇用する余裕はない。中途半端な情報は視聴者が受け付けない。これを
続けていると、“事件・事故のときはNHK”がますます定着してしまう。

たとえば、原発の爆発で避難…となったとき、記者は「できるだけ早く部屋の中に入り、
換気扇は切りなさい。外に出るときは肌を露出しないように。マスクをするか、タオルを
ぬらすなどして口にあてなさい。放射物質が体内に入ることを防げます」と話した。
避難する人たちは、どうすればいいかがよく分かったと思う。基本的な情報がどれだけ
大事かを示している。

ふたたび、たとえばだが、よかれと思って見舞いのメールを携帯に送ると、それだけで
バッテリーを消費するそうだ。知らなかった。知らない人が圧倒的に多いと思う。

スタジオから現場にいるリポーターに問いかけるスタイルが多いのは仕方がない。
声が届くのに“時差”が生じることをどんな修羅場でも覚えておかなければいけない。
そして、現場のリポーターは大きな画面で見ているわけではないし、日差しが強くて
モニターが見にくい状況にあることも。
何度も現場に出たはずの“キャスター”が「画面の右の…」と言っても、相手には
見えていない場合があるのだ。

これだけ技術が進歩しているのだから、映像にGPSをからませることはできないのか。
自衛隊が発生日の夜、仙台市内の火災の模様を撮影した映像には位置が示されていた。
どの地点でどの方向に向かって撮影されたものかが分からなくては、情報にならない。
GPSが不可能なら、せめて、“何月何日何時 場所 左が海”程度の字幕はほしい。
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断定的なことは言えないが、見た範囲内では、仙台放送のスタジオのアナウンサー、
現場からのリポーターの多くがいい仕事ぶりだった。
前述の“けたたましさ”がなく、落ち着いた口調で“親局”であるフジテレビにくらべ
はるかに聞きやすかった。

すべてを、となると難しいのかもしれないが、手話つきの放送も考えなければいけない
のではないだろうか。NHKが今日午後から始めている。

今週はアーカイブからの更新を休みます。
by toruiwa2010 | 2011-03-13 17:16 | 放送全般 | Comments(10)
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若いころにエリア・カザンの映画「群衆の中の一つの顔」を見た。
ラジオで一気にスターに駆け上がった若者がどうにもならない我がままになった。
ブレーキをかけるために、育ての親はマイクを切るタイミングであえて切らなかった。
大衆を馬鹿にするひとり言がそのまま電波に乗り、たちまち、彼は転落する…
そんな筋だったと思う。


一部で、大騒ぎになっているのはフジテレビのものと“思われる”youtubeの音声だ。
昨夜の菅総理会見中、マイクが完全にオフになっていなかったために、男女の声が
拾われてしまったものだ。ここに再録するのもはばかるような、素の声がはからずも
表に出てしまった形だ。
ピンマイクをつけているのを忘れたブッシュ前大統領が暴言を吐いたように、どんな
立場の人間でも公の発言と胸の内は違うだろうが、TPOを考えたら、かなり大きな
ダメージがあるのではないか。
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誤解を恐れずに言えば、報道に関わる人間は特別ではないと考えなければいけない。
使命感・正義感を持った報道マンも当然いるだろうが、大部分は、一般の人とおなじ
感覚の持ち主だ。だから、この場合、発言の主を特定し、攻撃することに意味はない。
Aアナという説が圧倒的だが、だとすれば、少なくとも、今後画面に出てニュースを
伝える資格はない。今朝も出ているから、違うのかもしれないが。

テレビは今や時代の最先端を行く。
そこで働く社員、特に若者に考え違いをする者がいても、私は驚かないが、視聴者は
「とんでもないこと」「信じられない」と思うだろう。当然だ。
フジだったことは否定できないようだ。OBとして恥ずかしい。失われた信用・信頼を
取り戻すには途方もない時間と努力が必要だ。

せめて、アナウンサーではなかったと思いたい。

確認が不十分のところがあります。
間違いがあったら、すぐにご指摘ください。


夕方、テレビについて、もう少し書く予定です。
今週はアーカイブからの更新を休みます。

by toruiwa2010 | 2011-03-13 11:49 | 放送全般 | Comments(16)