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岩佐徹のOFF-MIKE

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実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

カテゴリ:アーカイブから( 89 )

原油高騰 (20058月初出)


カリフォルニアの明るい日差しを浴びて、オールズモビルに

よりかかってポーズをとるのは、そう、若き日の私です。

ときは1979年です。私はこの年ほぼ1シーズン、アメリカに

滞在してメジャー・リーグを追いかけていました。

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車のナンバー・プレートが読み取れるでしょうか?

面倒を見てくれていた日系二世のトム田山氏は時間の経過と

ともに私たちのことを実の子供のように気に入ってくれて、

とうとうプレートを「FUJI TV 8」と変えてしまったのです。


この1979年はイラン革命をきっかけに石油の値段がどんどん

上がっていった第2次オイル・ショックの年でした。

石油の高騰はガソリンの値上がりにつながり、ついにこの年、

1ガロン(3.79㍑)1ドル”を突破しました。

それでも日本にくらべればはるかに安いのですが、それまでの

80セント程度の値段になれているアメリカ人も“1ドル突破”は

さすがに驚きに値する出来事だったようです。

高くてもあるうちはまだよかったのです。

トムが住む「車の街」ロサンゼルスでは、とうとうプレート

ナンバーの末尾が偶数の車は偶数日だけ、奇数の車は奇数日しか

買えなくなり、長い行列が出来たスタンドでは、イザコザから

殺人事件まで発生する事態になりました。

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トムの要領のよさでピンチを乗り切りましたが、記者席では

毎日のように「今日は4時間も並んだよ」、「オレは3時間半も

待ったのに2台前で終わっちまった。明日はタクシーで来て、

帰りはワイフに迎えに来てもらわなくちゃ」といった会話が

交わされていました。


とばっちりを受けためじゃー・リーガーもいます。

ドジャースのダスティ・べーカー選手(前サンフランシスコ・

ジャイアンツ監督)です。

5月15日、ドジャースは10日間のロードに出発したのですが、

ボーイング720型機を改造したチームの専用機 Kay O.2号の

機上にべーカーの姿はありませんでした。

彼のためにガソリンを入れに行ってくれた弟がぎりぎりまで

待っても戻らず、隣人に頼んで空港まで送ってもらいましたが、

飛行機は出たあとだったのです。


当然、罰金の対象になるのですが、自腹でアトランタまでの

ファーストクラスのキップを買い、勝利に貢献したこともあり、

事情が事情だからというわけでめでたく無罪放免になりました。

エア・チケット代の本人負担はそのままでしたがね。ハハハ。


あれから26年が過ぎました。

ニュースを見ていると、アメリカのガソリンは今、1ガロンが

2ドル60セントを上回っているようです。1リットルにすれば

80円ぐらいですから、それでも安いのでしょうが、26年前に、

スタンドのそばを通過するときにトムが発した「Look at that!

(見ろよ)1ドル3セントだぞ!」という声が思い出されます。


あきらかに年齢のせいですが、世間で何かが起きるとすぐに、

はるかむかしの出来事に結び付けてしまいます。ハハハ。


by toruiwa2010 | 2017-12-03 08:10 | アーカイブから | Comments(0)

映画って最高 !!

非日常の世界に遊ぶ~( 2011.07.29 初出 )

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うかつなことに、この時代だから映画館での上映もDVDなど、

デジタルっぽい技術を使っているものだと思っていました。

先日、新宿の映画館で「フィルムなんですか」と尋ねてみると、

「ええ、フィルムですよ」と、“この爺さん、何を当たり前の

ことを聞いてるんだ?”的な顔をされたので、そのあとの質問は

呑み込んでしまいました。ハハハ。


私が子どものころ、フィルムはいくつかの映画館で“使いまわし”

していました。若い従業員が 自転車の荷台に四角いフィルム・

ケース(40x40㎝ぐらい?)をくくり付けて、次の映画館の

上映時間に間に合うように、と懸命に走っていたものです。

急ぐあまり転ぶことも、途中でひもがゆるんで落としたことも

あったでしょう。フィルムの到着が遅れて、待たされるなんて

こともしばしばありました。ハハハ。

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映画好きだった母に連れられて、小さいころからよく西荻窪の

劇場に行きました。子供向けの映画はあまりなくてほとんどは

母好みの“恋愛もの”でしたが、十分楽しみました。

簡単に火がつくフィルムがすぐそこにあるというのに、当時の

映画館は“禁煙”ではありませんでした!!

むらさき色の煙を縫うように光が前方に走り、スクリーンに

映像を映し出す光景や後方で回っていた映写機の音が鮮やかに

よみがえります。「シネマ・パラダイス」の世界です。


20059月いっぱいでWOWOWとの契約が終了し、現役を

引退しました。予想したことでしたが、外出の機会が減って、

人との会話が減りました。少しずつ、社会との接点が失われて

行くのを肌で感じ「こうして、人は老けこんでいくんだな」と

思ったものです。いずれ、皆さんも分かります。ハハハ。


“現役”時代は 忙しかったこともあって、飛行機やテレビで見る

ことで満足し、わざわざ、劇場に出かけてまで映画を見よう

という気にはなりませんでした。

引退後、ひさしぶりで見るようになったのは、時間的な余裕が

できたこともありますが、“外出の機会を増やす計画”の一環でも

あったのです。ハハハ。

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2007年に54本、2008年には77(テレビ・DVDを含めれば

100本以上)と劇場で見る機会が増えて行き、おととし、去年と

2年続けて100本を越え、大震災があったため3月~4月の

ペースが落ちた今年も110本ペースです。


…逆に このおかげで楽しみが一つ減りました。

以前は、毎月20日過ぎにWOWOWのプログラムガイドが

届くと、「来月はどれを見ようか」と印をつけたものですが、

ここ数年は「あれも見た、これも見た」で、印をつける映画が

激減してしまったのです。


私にとって、旅、食べ歩き、マージャン、読書、音楽と並んで、

映画は老後を過ごす上で大きな楽しみです。

劇場で見ても、DVDで見ても、俳優の力を借りて非日常

世界に遊ぶことが出来る映画は大きな喜びを与えてくれます。

家から近い渋谷、吉祥寺、新宿はもちろん、銀座・日比谷・

有楽町界隈の映画館はすべて“制覇”したはずです。

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一番大きいのはたぶん、日劇のスクリーン1 (900人以上収容)

逆に小さかったのは渋谷のライズ X(38席:去年 閉館)です。

よく、消防署が何も言わないなあと行くたびに思っていました。

ハハハ。

最近の映画館はいろいろ工夫があって見やすくなっていますね。

スロープがあったり、前の席と微妙にずらしてあったりして、

昔にくらべ、鑑賞環境は格段に上がっています。

もっとも、先日出かけた三原橋のシネパトスは、前後の座席が

まともに重なりあっていたため、153センチの妻は子供用の

補助シートを借りていました。最後方の席でしたから誰にも

迷惑をかけず、座り心地もよくて、快適だったようです。

ハハハ。


見に行くのは基本的にウイークデーですから、そんなに混む

ことはありませんが、後方の通路側が第一希望なので、いつも、

上映開始の30分前には着くように家を出ます。

よほどのことがない限り希望はかないます。それどころか、

2008年に「クライマーズ・ハイ」を見に行った渋谷のシネマ

GAGAでは200ほどの座席に客は私だけという“ぜいたくさ”を

味わいました。飛行機なら飛ばなかったかもしれません。

ハハハ。


現役中から始めたHP(ブログ)はテニスねたが中心でしたが、

引退したあとは書く材料に困ることが多くなり、いろいろな

ものに手を出しています。ハハハ。

その一つが映画のレビューです。

素人の“感想”の域を出ていませんが、“もったいない”ことに、

参考にして下さる方もおいでのようです。

誰かの役に立つのは気分がいいものです。


映画館を出たときの“直感”で点数をつけています。

評価の基準は…


95:皆さんに、お勧めしたい

90:自分としては大満足だった

85:見るに値する作品だった

80:料金分は楽しめた

75:見なくてよかったかも

70:金と時間を返せ


12月下旬に、その年のNo1を決めています。ちなみに


2006年:「父親たちの星条旗」

*一般的には「硫黄島からの手紙」の方は高い評価でしたが。

2007年:「ミリキタニの猫」

*直後は100点をつけたほど高く評価しましたが、他作品との

 バランスで年度末に95点に。

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2008年:「イントゥー・ザ・ワイルド」

*「歩いても 歩いても」など3本とともに95点。

最も気に入ったのはこの1本でした。

ただし、1年の終わりの判断は「おくりびと」がNo1でした。

微妙に変わります。ハハハ。


2009年:「フロストxニクソン」

*邦画のNo1は「沈まぬ太陽」を抑えて

「ディア・ドクター」でした。


2010年:「春との旅」

*洋画No1は「ハート・ロッカー」を抑えて「インビクタス」。

また、審査員特別賞として「ハーブ&ドロシーでした。

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***2011年以後のNo1についてはいずれ機会を見て

 まとめて書きます(2017.12.03 ) 


・・・“年に100のペースがキープできるのはシニア料金が

1000円のおかげです。ただし、“手当たりしだい”に見るかと

言えば そうではありません。

アニメ、ホラー/カルト、SF/近未来ものなどにはまったく興味が

湧かないのです。友人に勧められた「アバター」はどうしても

食指が動かず、“覚悟を決めて”見に行った「第9地区」は

40分ほどで途中退場、SF的なものと知らずに見た「わたしを

離さないで」も登場人物が“クローン”だと分かってからは

見続けるのが苦痛でした。

このジャンルこそ“非日常”そのものなんですが、私が求める

ものとは違います。


それなのに、最近、予告編の5本に3~4本はこのジャンルの

映画という体たらく

だんだん、見たい映画が減って行く。嗚呼。ハハハ。


by toruiwa2010 | 2017-12-02 07:57 | アーカイブから | Comments(0)

フジタ・百閒・向田・漱石

~猫を愛した芸術家たち( 2011.07.08初出 )

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飼った事はないのですが、もともとは“犬派”でした。

結婚後アパート暮らしだったころは、もちろん動物を飼うのは

無理ですが、雑誌を見ては 飼うならダックスフント、ビーグル、

シェットランド・シープドッグ、ウエルシュ・コーギーのうち

どれかだと決めていたほどです。


私たち夫婦が初めて猫を飼ったのは、両親の家に2階を建て

増して同居し始めたばかりのちょうど40年前のことです。

その猫は、1971年1月のある雨の日、夜遅くに私が仕事から

帰ると、アラジンのオイル・ヒーターの横にちょこんと座って

迎えてくれました。

「借りてきた猫」と言いますが、首をかしげて見上げる彼の

様子は「どなたですか?」と言わんばかりで、すっかり部屋の

空気になじんでいました。ハハハ。


妻によると、土砂降りの雨の中、長い間 鳴いていたようです。

気になって、2階のトイレの窓からのぞくと、なにかの工事を

している作業員にまとわりつくずぶぬれの彼がいたのです。

かなり迷った末に拾い上げて部屋に入れ、タオルでぬぐうと、

もう何ヶ月もいるかのように落ち着いてしまったそうです。


名前は、私が子どものころに飼っていた猫を思い出して

「チャメ」としました。

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残念なことに短命でしたが、いかにも猫らしい可愛い奴でした。

その日から20033月まで、全部で4匹の猫を飼いました。

どの猫にも語り尽くせないたくさんの思い出があります。


“不気味だ”などと言って忌み嫌う気の毒な人も多いようですが、

この生き物の可愛さが分からない!わけが分かりません。

好きでも嫌いでも自由ですが。ハハハ。

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媚びるようで媚びない 媚びないようで媚びている 

好き・嫌いがはっきりしている 頑固

目いっぱいの愛情を受けるのは当たり前、甘えて見せるは

“慈悲”と心得ている

窓辺で遠くを見つめる顔の気高さを意識している

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腹を見せ、体をよじり、首をかしげて上目づかいで人を見る…

最高の人たらし

呼んでも知らんふりのくせに、新聞を読んでいる、放送用の

資料を整理している…こちらが集中していると割り込んできて

邪魔をする ポージングの数と巧みさはトップモデル並み


・・・魅力を書き始めたらキリがありません。

猫好きなら、どれも覚えがあるはずです。

魅力に取りつかれた人の中には古今東西の芸術家もいました。

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“おまえなしでは生きていけない~猫を愛した芸術家の物語~”を

見ました。放送されたものを録画し、まとめて見たのです。


1回:藤田嗣治

2回:内田百閒

3回:向田邦子

4回:夏目漱石


藤田嗣治編と夏目漱石編はいささか“看板に偽りあり”(ハハハ)

でしたが、ほかの2編は “ドラマ”としてよくできていて面白く

見ることができました。


内田百閒編では猫が大の大人をどこまで“へなへな”にするかが

うまく描かれています。石橋蓮司が百閒の“みっともなさ”を

見事に再現していました。

随筆家として名高い百閒には「ノラや」という作品があります。

庭に来ていたノラ猫を飼うことにしたのですが、あるとき、

いつものように外出したきり戻ってきません。

新聞に懸賞金付きのチラシを入れたりして懸命に探しましたが、

見つかりませんでした。ずっと泣いて暮らしたと記しています。

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食事ものどを通らず、眠れぬ夜が続き…編集者や周りの者には

頑固で“こわい”男として知られていた百閒は、70歳近い明治の

男としては実に情けない内容を恥ずかしげもなく書いています。

ハハハ。

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猫との関係が一番よく描けていたのは向田邦子編でした。

ミムラを向田役に起用したのが大成功だったと思います。

内面からにじみ出る美しさを持つ作家だった向田を自然体で

演じていました。


4夜連続の放送は楽しめました。しかし、どうせやるのなら、

アーネスト・ヘミングウェー編をぜひ作ってほしかったですね。

役者を見つけるのも、キーウエストの彼の家にたくさんいた

猫たちを再現するのも大変でしょうがね。ハハハ。

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村松友視「アブサン物語」、大佛次郎「猫のいる日々」と合わせて

http://bit.ly/jDrLkL に「読みくらべ」があります。

興味があったらどうぞ。


by toruiwa2010 | 2017-11-26 08:16 | アーカイブから | Comments(0)

Coca Cola白缶 回収 !

サプライズは成功したが( 2011.12.16 初出 )

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1991321日の午後、私はオーストリアの首都ウイーンの

シュテファン大聖堂に近いホテル・ザッハのカフェにいました。

ラスベガスでボクシングのタイソン・ラドックを実況したあと、

ロスに出てこの街に飛んできたところです。アイスホッケーの

世界選手権に出場する日本代表チームと合流するためです。

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運ばれてきたケーキを食べた直後にデスマスクをとっていたら、

至福の表情を浮かべていたにちがいありません。

世界に名高いザッハ・トルテの たとえようもなくおいしい味を

本家で味わった瞬間だったのですから。ハハハ。


お土産にしたいと思いましたが、帰国するのは1ヶ月も先の

予定でしたから、その場で用紙をもらって自宅に送りました。

スイーツ好きで缶・箱“フェチ”の妻にはこれ以上のアイテムは

ありません。20年後の今もそれはいろいろと活用されていて、

断・捨・離の対象外です。ハハハ。

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2週間ほど前、ネットをうろついているとき「これは」と

思う記事を見つけました。

コカコーラが期間限定で白を基調にした製品を販売している

というのです。アメリカ国内の話で、日本では売り出す様子も

ないらしいことが分かり、「入手できれば、クリスマスを前に

いい“サプライズ”になるんじゃないか」と考えました。

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頼めるかもしれない人物がいました。

メジャー関連の記事に添える球場内の写真がほしいとき撮影を

頼んでいるアメリカ在住の学生さんで、私が勝手に“当ブログの

西部地区責任者”(ハハハ)に任命している青年です。

…恐る恐る メールを送ると、気持ちよく協力しますよと言って

くれました。謝々。


昨日の午後、待望の荷物が届きました。

シャワーを浴びる用意をしていた妻が受け取り「冷たいけど、

なにかしら?」と、不安げに私の机に置きましたが、「ああ、

頼んであったんだ」ととぼけました。なにしろサプライズに

しようとしているんですから。ハハハ。

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箱を開けると、これ、この通り。

写真は見ていましたが、“白い”コカコーラは新鮮だし、白熊の

イラストも可愛らしく、「いい物が手に入った」と大満足でした。

大急ぎで写真を撮ったあと、冷蔵庫に収納する…20分ほどして

浴室から出てきた妻が冷蔵庫を開けてそれを見つけて大喜び…

まあ、思い描いたほどではありませんでしたが、筋書き通りに

事が運びました。


これで、しばらくは機嫌がいいはずです。

骨折以来 いろいろ面倒をかけています。理容室に行けないので

散髪も頼んでいます。5年、10年後には“老・老介護”を頼む

パートナーですから、たまに喜ばせておくことは大事なんです。

ハハハ。


コカコーラ社はホッキョクグマの保護を訴えるキャンペーンの

一環として、このコーラを毎年、製造・販売しています。

ただし、いつもは、伝統の赤を基調にしたデザインなのに、

今年はなぜか 初めて白にしたのだそうです。

私が食指を動かしたのも「白は珍しいな」と思ったからです。

“コカコーラと言えば赤”という“思いこみ”の裏をついている

ところがお洒落だな…と。きっと、世界中で同じように考えた

人は多いと思います。



ところが…この白缶コーラが思いがけない事態を招くことに

なりました!まず、味が少し違うという苦情が寄せられました。

大した問題ではなかったと思います。

しかし、続いて ダイエットコークの缶に似すぎていて とても

紛らわしいとのクレイムが殺到したときは会社もあわてました。

たとえば糖尿病患者のように甘さを抑えるためにDiet Coke

飲んでいる人が そのつもりで飲んだら“レギュラー”だった…

というのではしゃれになりません。

アメリカ人はこの手のものをスーパーでまとめ買いしますし、

世界に知れわたった“訴訟社会”ですから、ことは深刻です。

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…結局、コカコーラ社は2月末まで販売する予定だった白缶を

回収し、従来の赤色の缶に戻さざるを得ませんでした。ただし、

「クレイムがあったからではなく、プロモーションの新しい

展開だ」としています。この二枚腰。

理由はどうあれ、哀れ、白缶の命は111日の販売開始から

およそ1ヶ月で終わってしまったとさ。缶に罪はないのに。

ハハハ。


白缶とDiet Coke…二つ並べてみると、うーん、

たしかに 似てるっちゃあ似てるなあ。

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by toruiwa2010 | 2017-11-25 08:16 | アーカイブから | Comments(6)

この記事にあるように、1993年のウインブルドン決勝の

CHOKE”を知っているからか、いつも悲しげに見えた。

ノボトナが死んだ。49歳、がんだった

人の命のはかなさを思う。


ヤナ・ノボトナ 殿堂入り

1998 ウインブルドン女王~(2005.07.10.初出 )

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人柄は地味でしたが、今は珍しいサーブ・アンド・ボレーの

華麗なプレース・タイルで多くのファンがいたチェコの

ヤナ・ノボトナがテニスの殿堂に入ります。


*「CHOKEについて考える」に書いたことと

ダブる部分がありますが、ご了承ください。


去年、彼女は女子35歳以上の部門(ダブルス)に出場するため、

ウインブルドンに戻りました。1998年に念願の優勝を果たした

思い出の舞台…そして、失意のどん底を味わった悪夢の舞台へ。


1990年代、女子のトップ・プロの中で、どうしてもグランド・

スラムがとれない選手として常に名前を挙げられていたのが

ノボトナでした。

現在では、特に女子としては珍しいアグレッシブなプレー・

スタイルの彼女は 人気もありましたが、その一方、ここ一番で

力を出せずに、“choker”(勝負どころで萎縮する選手)という

レッテルを貼られていました。


テニス・ファン、中でもノボトナ・ファンが忘れられないのが、

1993年のウインブルドン決勝(vsグラフ)でした。

ファイナル・セット4-1、しかも、自分のサーブで5-1にする

ポイントまでありながら、そこからの逆転負けでした。

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セレモニーで、ケント公夫人から「大丈夫よ、ヤナ。あなたは

来年必ず戻ってくるわ」と優しい言葉をかけられたノボトナは、

たまらず夫人の肩に顔をうずめて泣きじゃくりました。

「我慢できなかったんです。夫人はお友達だったし…とても

素敵な方でした」


ウインブルドンを主催するオール・イングランド・クラブは、

マスコミに対して、この写真を使わないで欲しいと“圧力”を

かけたこともあったそうですが、この“できごと”は彼女には

一生ついて回ることでしょう。本人も分かっています。


「子供時代からのすばらしいDVDを友人が作ってくれました。

美しい思い出の数々…勝っても負けても、ウインブルドンの

一部であることは特別です」

…ノボトナが今 そう言えるのも、5年後のウインブルドンで

トージャを破って、ようやくグランド・スラム・タイトルを

手に入れたからでしょうね。


彼女のプレー・スタイルは、チェコの先輩、ナブラチロワを

真似たものと思われがちですが、そうではないようです。

「当時のチェコでは、亡命してからの彼女は存在しないのと

同じで、私たちが映像や結果を知ることはありませんでした。

私はシングルスよりダブルスのほうがうまかったし、攻撃的な

プレーをさかんにやっていました。積極的にネットへ出る方が

勝つチャンスがあると思っていました。今、試合を見ていて、

ネットに出る選手がいると思わず『そうよ、それ、それ』って

テレビの前で言ってしまうんです」


代理人から殿堂入りのニュースを聞かされたとき、たまたま、

チェコの家族を訪ねていたのだそうです。

「あのとき、家族と一緒でよかったわ。だって、私にとっては

最高の栄誉ですもの」

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現地時間の今日、アメリカ、ニューポートにある

「テニスの殿堂」でセレモニーが行われジム・

クーリエ、ヤニック・ノアらと並んで殿堂入りの

表彰式が行われる予定です。


by toruiwa2010 | 2017-11-23 08:16 | アーカイブから | Comments(0)

用意した言葉、応援放送etc

NHKも変わったなあ~(2011.09.03 初出 )

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…つづき


*あからさまな応援放送


WOWOWテニスの実況には14年間かかわりました。

初期のころをのぞいて、日本人選手の試合を担当することは

ほとんどありませんでした。担当すると、伊達公子にしても

松岡修造にしても、負けることが多かったからです。

私の考え方とは違いますが、WOWOWとしては日本人選手が

勝ち進んだ方がありがたいわけですから、“まずい”のです。

ハハハ。

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もちろん、“たまたま”に過ぎないことは分かっているのですが、

“ゲン”を担ぐ意味でも遠慮するほうがいいだろうと判断して、

若いアナウンサーにゆずりました。

「世界のテニスを見せなければいけないのになあ」という思いに

とらわれながらの実況より、若い人が それなりに割り切って

“松岡(伊達)がんばれ的な放送をする方が「日本人を見たい」と

おっしゃる視聴者にも“受け”がいいだろうとも考えました。


日本人ですから、世界の舞台で日本人選手が活躍するのは、

それがどんな競技であってもうれしいとは思います。しかし、

実況者として、試合を伝える立場のプロとしては“応援放送”を

することには強い抵抗があります。

聞いているのは日本人ですから、どんなに露骨な“ニッポン、

チャ・チャ・チャ”的な放送をしても文句は出ないでしょう。

南米のアナウンサーたちのサッカー実況がわが同僚たちとは

くらべようもないほど“熱い”ことは知っています。

ですから、“応援放送”を全否定するつもりはありません。ただ、

自分がやるか?となるとNoです。どうしても“わざとらしい”

放送になってしまうのです。ハハハ。

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最近の「メジャー・リーグ中継」にはうんざりしています。

日本人メジャー・リーガーの打席のたびに、あるいは松坂や

岡島がマウンドに上がるたびにかなりあからさまな“応援実況”を

やってはばかりません。イチローのヒット性の当たりが相手の

グラブに納まったり、松坂が大きな当たりを打たれたりすると、

“悲鳴”が上がったりするのはいささか異常なことだと思います。

ハハハ。


NHKとして、日本人選手がこれだけ多くなったメジャーは

強力なコンテンツでしょう。これを武器にして、衛星放送の

契約を増やそう。そのためには日本人を前面に出していこう…

そう考えただろうことは容易に想像できます。

しかし、それと“応援”は、どう考えても結びつきません。

コメンタリーが応援すれば、選手がいいプレーをするという

わけではないでしょう。誰に遠慮しているのかミスを指摘せず、

誰のごきげん伺いをしているのか、ちょっとしたプレーでも

“必要以上に”ほめるのを聞くことがしばしばです。


「打たれましたが、“次につながる”投球だった」、「ヒットには

ならなかったが、“内容のある”バッティングだった」…

口にしていて、恥ずかしくないのだろうか、と思います。

実況は実況の、解説は解説の仕事をほぼ放棄しているように

見えます。


“応援”は、見ている者がすればいいのではないですか?


*絶叫中継


NHKの実況で“決定的”に変わったなあと思うのは、高校野球、

大相撲、サッカーなどで きわどいシーンのたびにけたたましい

声で絶叫するアナが、特に若い人に増えたことでしょう。

私より上の世代のNHKの先輩たちは、ここという場面では

逆に声のトーンを抑えてしゃべっていたような印象があります。

それで、十分だったのです。

実況のあるべき姿は決してひとつではありませんから、絶叫も

“全否定”するつもりはありません。

応援も絶叫も、視聴者の気持ちと完全にシンクロすれば問題は

まったくないと思います。ただし、かなり難しいことでしょう。


絶叫の理由はいくつか考えられます。

・かっこいいと思っている

・視聴者の共感を得ていると思っている

・盛り上げる方法をほかに知らない

・この場面を伝えるにはこれ以外にないと思っている

・局の方針に従っている


“絶叫”の怖いところは さよなら・ホームランや決勝ゴールなど

劇的な場面やプレーを精一杯張った声でうまく描写できたときの

快感は病みつきになることです。ハハハ。

“用意した言葉”と同じで“麻薬”だと思わなければいけません。


立会いの変化やはたき込み(相撲)、ラボーナやバイシクル・

キック(サッカー)、スロー・カーブやセーフティー・バント

(野球)、ドロップ・ショットや股抜きショット(テニス)…

どんなスポーツにも、多少、危険はあるけどうまく決まったら

“してやったり”という気持ちになれるプレーがあります。

“絶叫”は 一度、成功すると、「あの快感をもう一度」という

“誘惑”にうちかつのが難しい点で共通するものがあります。


用意された言葉、あからさまな応援放送、絶叫中継…どれも、

「なんとか いい放送をしたい」、「視聴者に受けたい」、「かっこ

いいと思われたい」という気持ちの表れですから、若いうちは

仕方がないと思います。ただし、私個人は好きではありません。

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やろうと思えば、できるでしょう。

“言葉を用意する”ことは、かなり得意な分野だろうと思います。

しかし、自分のスタイルとは違いすぎますし、“恥ずかしくて”

できません。ハハハ。


アナウンサーではありませんが、ついでに書いておきます。

野球中継に登場する解説者たち、イニシャルで言えば奇しくも

TIM(ハハハ)…みんな、どうしようもなく暗い!

「面白くないならやめれば」と言いたくなります。スポーツは

明るくなくては、ね。

見ている者の気持ちを沈ませてどうするの?


そうかと思えば、日本オープン・ゴルフの優勝インタビューで

片山晋呉に向かって「…ゴルフを“見して”もらいました」と

質問したアナウンサーがいたのには驚きました。


いろいろな意味で、NHKは確実に変わっているようです。

ハハハ。


by toruiwa2010 | 2017-11-19 07:51 | アーカイブから | Comments(2)

用意した言葉、応援放送etc

NHKも変わったなあ~( 2011.09.03初出 )

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世界陸上も2日を残すだけになりました。

依然として、“ボルトの失格”を上回るインパクトはないまま、

終わってしまうのでしょうか。ガラガラのスタンドを見る度に

気持ちが盛り下がりますね。ハハハ。


実況が気になります。特に、目に余る日本人応援放送が…

採点種目なら分かりますが、ウソをついても、画面ではっきり

“劣勢”と分かってしまう“レースもの”で、順位を一つでも

上に言いたがる実況にはイライラします。

制作の指示もあるのでしょうが、見ていて白けます。

ふと、自分が今現役だったら…と考えてみますが、おそらく、

指示を守れず“外された”ことでしょう。できないもの。ハハハ。


スポーツ実況のスタイルも時代とともに変化しています。

“あの”NHKでさえ


「応援放送」( 2008.10.20 )


当ブログでは何度か書いていますが、NHKのアナウンサーの

実況スタイルがこの10年ぐらいで大きく変わってきていると

感じます。

“伝統”を引き継いで、オーソドックスな実況を聞かせたのは、

WOWOWのテニス中継で一緒に仕事をした島村俊治アナが

最後ではないでしょうか?


*“用意した言葉”を使う


代表的なのは、アテネ・オリンピックの男子体操の団体戦を

担当したKアナが放送の中に“ちりばめた”言葉の数々です。

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特に、最後の富田の演技が始まっている時の、「富田が富田で

あることを証明すれば、日本は勝ちます」と、フィニッシュに

入るときの「伸身の新月面が描く放物線は栄光への架け橋」には

大きな疑問があります。

「ああ、黙った方がいいのになあ」と思いました。

私だったら、演技の前に「普通の演技ができれば、金メダルは

確実です」、フィニッシュに入る直前「さあフィニッシュです」の

一言だけにして、着地のあとは歓声が一段落するまで黙って

映像を見せたでしょう。

(岩佐徹のon-air/off-air 2004.8.18「気持ちいいッ!」)


…世間では“名実況”とされているだけに、このエントリーを

書くのは、少々“勇気”が必要でした。ハハハ。

HPへの反応を見る限り、彼の実況に対しても、この記事に

対しても賛否両論でした。

私への“遠慮”を割り引くと、この放送に対する世間の支持は

やはり高かったのだと思わなければいけないでしょう。

ご本人は「演技中に考えたコメントだ」と話しているようです。

そう“かも”しれません。

しかし、NHKがこのオリンピックのテーマ曲に使っていた、

ゆずの「栄光への架け橋」をしっかり踏まえていることなどを

考えると、私の経験では、それは“不可能”なことです。


オリンピックのあとの大相撲9月場所千秋楽で正面の実況を

任されていたところを見ると、きっと、NHK内部の評価も

よかったのでしょう。しかし、結びの一番、朝青龍と魁皇戦で

立会いの一言を聞いた時には思わず笑ってしまいました。 

12勝をあげ、すでに優勝を決めていた魁皇ですが、次の場所で

横綱を狙うためには、もう一番勝っておきたいところでした。

その意味を込めて、これも、事前に用意したに違いない一言が

立会いの一瞬に合わせて放たれたのです。


13勝での優勝は、ツナ取りへの架け橋だ」!!

見事な“確信犯”と言うべきでしょう。ハハハ。

これも、“そのときに思いついた”と言うなら、脱帽です。

間違いなく“史上最強”アナです。


スポーツの感動は試合やプレーそのものの中にあるのです。

「言葉で盛り上げよう」という考え方は、必ずしも視聴者の

共感を得られないと思います。むしろ、邪魔だと感じることが

多いのだと知るべきです。

視聴者の心を捉えるのは、ゲームの中でドラマチックな場面が

生まれた瞬間に、とっさに出る、的確にそのプレーをたたえ、

その場を支配する“空気”を伝える言葉ではないでしょうか。

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脈々と続く今の流れを作ったのはサッカーで“名言”を量産した

Yアナでしょう。多くのファンが喝采を送り、Yアナは特別な

存在になっていきました。

言葉が、視聴者との間で“共感”できるものであるうちはいいと

思います。しかし、Yアナもそうであったように、続けている

うちに必ず、無理が出てきます。

そこでやめられればいいのですが、これがなかなか….ハハハ。


この間、おそらく、NHKのアナウンサーの間にもいろいろな

意見があっただろうと思います。

“気恥ずかしい”、“照れくさい”と考えるアナもいるはずです。

本心を言えば“実況本来のあり方じゃないからやりたくない”と

思ってほしいのですが。ハハハ。


しかし、民放にくらべると、NHKは先輩-後輩の関係が厳しい

ようです。先輩の横で“かしこまっている”若手を取材現場で

よく見かけました。そんな環境の中で、若手が、知らぬうちに

先輩の“真似”をしてしまうのは自然の成り行きかもしれません。


しかも、用意した言葉がうまく“はまって”視聴者からの評判も

よかったりすると、“病み付き”になります。

ビッグ・イベントのたびに、担当アナが用意されたコメントを

しゃべり出すと「ああ…、また始まったよ」と“落ち込んで”

しまいます。ハハハ。

一方で、支持する人が大勢いることも承知しています。要は、

“ほどほど”ということではないでしょうか。


どうも、こういう話になると長くなる傾向があります。ハハハ。

以下、また明日。


つづく…


by toruiwa2010 | 2017-11-18 07:46 | アーカイブから | Comments(0)

2ヶ月が過ぎました

~転倒・骨折 始末記~( 2011.12.13 初出 )

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2011108日、私はジャパン・オープンを観戦するため

ナダルを見るために(w)有明テニスの森に向かっていました。

いつもなら、ゆりかもめの最寄り駅から徒歩で行くのですが、

この日は家を出るのが少し遅れ、会場に着くのがぎりぎりに

なりそうだったので、お台場公園駅で降りました。ここからは

ワン・メーターなのでタクシーに乗ることにしたのです。

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改札を出て階段をトントンと“軽い足取り”で降りて行きました。

1140分でした。降りきったとき無意識でしたが、気持ちは

道路を走る車の中からタクシーを探していたのだと思います。

そのために足元への注意がおろそかになっていたようです。

最下段から数メートル先にあった“5センチ足らず”の段差に

気づきませんでした。右に曲がって歩道に出ようとしたとき、

この段差にかかった左足首が左側にグキッ…

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よろめいて勢いがついた体はコントロールがきかず、2,3

つんのめるのが分かりました。

「まずい、このままだと顔面から路面に突っ込むぞ」と思い、

とっさに体を右にひねりました。背中から道路に落ちようと

考えたのです。しかし、悲しいことに、73歳の運動能力は

脳からの指令を忠実に実行することができませんでした。

私の体は十分に回転しないまま、右肩から激しく歩道にたたき

つけられたのです。回転の途中で胸のポケットからiPhone

飛びだして路面をすべっていきました。あちゃあ。


「あっ」という女性の声が聞こえました。

まず、頭に浮かんだのは「やっちゃったよ」、続いて「かなり、

みっともないことになってるぞ。人がいる。しっかりしようぜ」

でした。“修羅場”なのに、体裁が気になっていました。ハハハ。


「転がったままではカッコ悪い」と思い、上半身を起こして

その場に座り込みました。不思議なことに、右手に持っていた

ペーパーバック、薄手のセーターと駅で買った水のボトルは

手から離していません。体をひねったとき、抱え込むような

態勢になったのでしょう。逆に、両手が自由だったらひじや

手のひらをすりむいていた可能性があります。もうひとつ、

体が回りきらなかったことで鎖骨を折りましたが、計画通りに

回転していたら頭を激しく打っていたかもしれないのです。

思い通りにならず、却って 致命的なケガをせずに済んだとも

言えるのです。

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…そんなことは、もちろん、あとになって考えたことです。

人が近づく気配があって「大丈夫ですか」と、中年の男性から

声をかけられました。「はい、大丈夫です」と答えました。

歩道のほぼ真ん中でしたから、邪魔にならないよう 車道の方に

行こうと考えました。立ち上がろうとしたとき、右の肩甲骨の

あたりがしびれているのが分かりました。


いざ、立ち上がると左足の甲に痛みが走りましたが、構わず

車道との境にある柵をまたいでそこに腰をおろしました。

「さて、どうするか?」…

iPhoneを見ると斜めにキズがついていましたが、こわれては

いません。救急車を呼ぶべきかどうかについて考えましたが、

答えはすぐ出ました。Noです。肩も足も、痛みは我慢できる

範囲だったからです。


テニス会場に行けばドクターがいることを思い出しました。

選手だけでなく、観客の病気やけがに対応するためにどんな

大会でも医務室はあるのです。

そこで「病院に行け」と言われたらそうしよう、と考えました。

グッドアイディア!

ナダルの試合も見たいし、とタクシーで会場に向かいました。

ハハハ。


…ドクターは専門外だったようですが、丁寧に診てくれました。

腫れもなく、腕は言われる通り、横にも上にも動かせました。

「折れてはいないようです。ただ 冷やした方がいいですよ」と

診断されました。


試合開始の時間が近づいていたので、足を引きずりながら

スタンドに上がり、記者席に陣取って試合を見守りました。

フィッシュとの準決勝…第1セットは少しもつれたものの、

結果的にはナダルが順当に勝って、決勝進出を決めました。


試合の途中から足の痛みが増していました。甲の左 外側です。

もともと、ナダルを見たら帰る予定でしたから、引き揚げる

ことにしました。

タクシーで海浜公園駅に戻り、ゆりかもめで新橋に向かって

いる間にも、少しずつ痛みは増して行きました。

「これはまずい。病院に行った方がいい」とそのとき初めて

思いました。


土曜日の午後だったので 妻に電話をかけ、家の近くで週末も

診療している病院を調べてくれと頼みました。

10分後にかけ直すと、行ったことがある病院が4時半までなら

受け付けていることが分かりました。歩くことが相当厳しく

なっていたので、タクシーで病院に向かいました。


病院は混んでいて、診察室に入るまで1時間半ぐらいかかった

でしょうか。看護師がセットしたレントゲンを見るなり 医師は

「ああ、折れてますねえ」と“こともなげに”宣告しました。

その瞬間まで、折れているとは思っていなかっただけに虚を

つかれました。骨折=腫れという先入観念がありましたから、

「腫れていないし、どうせ“強度の打撲”という診断だろう」と

タカをくくっていたのです。


骨折は 左足小指(5中足骨)と右の鎖骨の2ヶ所でした!

このとき、頭に浮かんだ言葉…分かりますかね。

「わあ、“ディアゴナル”じゃないかあ」でした。スペイン・

バルセロナの中央を“斜めに”切り裂いて走る大通りの名前です。

サッカーの戦術の中でも使われる言葉ですが、意味は“対角線”。

ハハハ。

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いや、笑い事じゃありません。

73年の人生で初めての骨折です。痛かったわけです。


鎖骨をやられているので松葉づえは使えません。

左足は添え木をした上で包帯を巻かれ、肩は姿勢を正しくする

ためのストラップをつけられて家に帰りました。

その日から窮屈な生活が始まりました。


右手にものを持つと肩に痛みが走る。

で、スプーン、フォーク、歯ブラシ…右手で扱いにくくなる。

おなじく、食事は箸を使わないでいいメニューを妻に頼む。

さらに、歯ブラシは電動式を使う。


歩くとき、左足はかかとで着地しなければいけない。

で、家の中では妻特製の靴下をはく。

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寝るとき、肩のストラップや足の添え木が気になる。

肩と足ともに負荷をかけたくないので寝がえりを打つのが怖い。

で、安眠ができない。


いずれも 少しずつ改善されて、現在では日常生活にかなり

近づいています。ただし、かかと着地はまだ続いています。

足首を固定するホルダーもつけているので“普通に”靴を履いて

外出することはできません。ひたすら、時間の経過を待ちます。

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骨折して知ったこと。

足の小指の付け根がどこにあるか知ってますか?見えている

指の“付け根”に決まってるだろう…ですか? 知らないって

そういうことですよね。

“こんなところ”にあるのです! 医師に言われたとき、なにか

得した気分になりました。ハハハ。


*ブログを読み返すと、1223日に初めて

公園の中を歩いています。骨折から75日目でした。


by toruiwa2010 | 2017-11-12 07:33 | アーカイブから | Comments(0)

普段の会話で“骨を折る”と言ったら

誰かの世話をしたという意味ですね。

これは、文字通り“骨折”の話です。

興味ないでしょうが、お付き合い下さい。


しーッ、ここだけの話ですが・・・

~私の“Breaking News( 2011.10.11 初出 )

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えーと、ご覧の体たらくであります。

土曜日、テニス観戦のため会場に向かう途中で

駅の階段の最下段から“落下”しました。

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“根性”でナダルの決勝進出を見届けましたが、

帰りに寄った病院で骨折と判明しました。

右の鎖骨と左足小指が折れていたのです。

見事な対角線骨折・・・。トホホ。


当分 右手が使えません。

この報告も左手で打っています。

足の方は「最低でも1ヶ月では治らない」と

担当のドクターに言われました。「お歳ですから

時間がかかります」とは言いませんでしたが。

ハハハ。


フィギュア・おたく、反韓・反フジテレビ集団、

イチロー信者、ハルキスト…このブログを嫌う

人は多いですからその“怨念”にやられたかも

しれません。ハハハ。

一昨日、昨日のアーカイブは手直しだけなので

なんとかやれましたが、左手だけで新しい記事を

書くのは難しいです。

事情をお察しの上、どうかご容赦ください。

 

           

順調のようです

~報告:骨折から一週間~( 2011.10.15 初出 )

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人生初の骨折発生から1週間が過ぎました。

経過はいいみたいです。足の方はかなり痛みも和らいで、

足の底を床につけて歩いても、たいして痛みません。

折れ方もこちらの方が“軽かった”ようです。


鎖骨の方はかなりやっかいです。

骨がつきにくいところなので、時間がかかることは

初めから覚悟しています。

体を前に倒したり横にひねったりすると、結構な

痛みが走ります。

この痛みがあるうちは、怖くて右手は使えません。

昨日、レントゲン写真を見たドクターは「ずれては

いないようですね」と言っていましたから、“順調”と

考えていいのでしょう。


ギプスがとれ、自分の靴で歩けるようになるには

3,4週間かかるらしいです。118日と11日に

どうしても出席したいイベントがあります。

悪いことは何もしていないのにピンチです。ハハハ。


数十名の方から、見舞いのコメントをいただきました。

改めて お礼を申し上げます。有難うございました。



薄皮をはぐように・・・

~ただし、nanoの世界です~ (2011.10.23 初出 )

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2週間が過ぎました。

数値で表せるものではありませんが、経過した時間に比例して

よくなっているようですが、そのスピードはじれったいほど

遅いです。ケガですから よほどのことがなければ、“悪化”する

ことはないのでしょうが。


相変わらず、右手はほとんど使えません。

動かすと“コキコキッ”と、肩のあたりで音がするので怖いです。

おかげで、左手の使い方がうまくなりました。“健全な”右足に

左手一本で靴下を履かせるのがいかに難しいかを知りました。

ハハハ。

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週に一回、病院に行く以外はやることがありません。起床から

就寝までテレビを見るかパソコンを“眺める”か…ぐらいしか

思いつきません。この一週間は家から一歩も出ませんでした。

このままだと、歩けるようになるころには相当に脚の筋肉が

衰えてしまいそうです。とほほ。


打つのに時間がかかるし、タイミングがずれ“まくり”ですが、

ヒマにまかせて呟いています。

この一週間のつぶやきからいくつかを訂正と補足とともに。

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10/17()

錦織が最新ランクで30位に。

グランドスラムでシードされるおめでとう !

自己最高位だし、日本歴代の最高位だ。

文句なしに素晴らしい。

Japan Openでサーブが改善されているのを見て

松岡を抜く日は近いと思ったがまさかこんなに

早いとは。めざせtop20


フジテレビ夕方のニュース:伊達のダブルス

優勝は映像付きで伝え、錦織のランクはスルー。

たぶん、他局も同じ扱いだろう。

HP(ジャパン女子オープンテニス)のダブルスV

ATPトップ30入りを天秤にかけたらこんなことには

ならぬはずだが。

ニュースバリューは天地ほど違うのに。恥ずかしい。


たぶん、今のテレビ・新聞には ランキングの意味・仕組みを

きちんと説明できる記者がいないのでしょう。歯がゆいですが、

もっときびしいのは、仮に、分かる記者がいても、デスクは

“伊達優勝”にバリューを感じてしまうだろう、ということです。


GS32シードになって序盤の番狂わせが減ってしまったのは

残念です。16シードのころにくらべると、シードの値打ちは

下がりましたが、決まった制度だし、錦織には 全豪でシードが

つくでしょうから、それを最大限に生かしてほしいものです。


彼の出身地・松江の新聞は上海マスターズ開催中から連日、

一面で扱っていたそうです。

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「南極大陸」…腕時計の怪!


TBS「南極大陸」を見た。

TBSのプライドとキムタク・ブランド

出来はまあまあか。中盤の見せ場、先導犬を

子供たちが託す場面で…

話し合う木村の時計は1138分、子供を

抱き締めるときは11時だ。

うん?!時間が逆戻り。ニュートリノの世界か?


南極観測に備えて、ソリを引く犬たちの訓練をしている木村は

苦労していました。犬たちがまとまらないのです。経験がある

リキが入ると見違えるようになりました。しかし、そのリキは

飼い主の兄妹にとっては亡くなった父親のような存在ですから

南極に連れて行くことはできません。木村が 兄妹に借りていた

犬を返しに来ます。

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木村が妹役の芦田愛菜にリードを渡すとき、彼の腕時計は

1135分”を指していました。

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兄妹は「リキが南極で役に立つなら…」と木村に話します。

「無事に返してくれるなら貸してもいい」というのです。

“やりとり”があったあと、リードが再び木村の手に戻ったとき、

時計は“1137分”。

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2分ほどのシーンをノーカットで撮ったのだなと分かります。

別れを惜しんでリキを抱く芦田…涙を誘う感動的な場面です。

くしゃくしゃになった芦田の顔の横に木村の腕がアップに…。

腕時計は“11時”を指しているではありませんか!!

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“なぜ”がいくつか。


なぜ、編集のときに気づかなかったか?

なぜ、完成試写のときに気づかなかったのか?

なぜ、撮影が逆になったのか?


普通はちょっと考えられないミスですが、気づかなかった人も

多かったでしょう。あるいは、仮に気づいても気にしない人が

ほとんどだったと思います。私だって、別に、アラやつっこみ

どころを探しながらテレビを見ているわけじゃありませんよ。

おかしなことに敏感な“厄介な”性分なんです。ハハハ。


小沢会見後の“乱闘”


ニコ生:小沢一郎会見(自由報道協会主催)を見た。

体調が十分じゃなかったのか言葉にもいつもの

キレがなかったし、記者の質問もお粗末。

面白かったのはそのあとの言葉の”乱闘“…

司会者の仕切りに従う、一社一問などのルールを

破った読売の記者を上杉と岩上ほか数名が囲んで

つるしあげた。(続


続)言を左右にへらへらしている読売記者に

「なめてんのかお前」と上杉…迫力はあったが

褒められたものではなかった。

「司会者に従え」と言っても、「ここは抗議の場でも

ないので温かい感じの質問で…」など、仕切る力は

明らかにないのだ。

自由報道協会の既成記者クラブへの“怨念”を見た。

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悪いのはルールを守らなかった読売の記者です。

二人の“信奉者”にはカッコイイと見えたでしょうが、第三者の

目には“下品”に映りました。特に、上杉隆のやくざっぽい

言葉使いは、覚悟の上とは思いますが、話になりません。

岩上安身は好き、上杉は昔は好きだったが、最近は少し距離を

置いてる…という感じですが、10点ずつ評価が下がりました。

ハハハ。


自由報道協会、気をつけないといけませんね。こんなことでは

世間の支持を失うのではないでしょうか。


by toruiwa2010 | 2017-11-11 07:51 | アーカイブから | Comments(2)

用意した言葉:山本実況を考える

Series:アナウンサー、実況&放送全般~( 2011.09.25 )

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スポーツ実況は95%、あるいは それ以上がアドリブです。

私は99%でしたし、昨日の船越アナの場合、試合に入る前は

60%ぐらいまで下がっていたかもしれません。

昔にくらべると、今のアナウンサーは、放送開始の部分の

コメントに“凝る”傾向が顕著です。

ベテランから若手まで、話すことを事前に用意しています。

私は「作文コンクール」と名付けましたが。ハハハ。


「メキシコの青い空が・・・」by 山本浩アナ(NHK)


サッカー・ファンでNHKの山本浩アナを知らない人はいない

でしょう。今、全国のアナの中でもサッカー実況のキャリアは

金子勝彦さんについで古く、歴史に残る大きな試合をたくさん

手がけています。

特に19851026日、国立競技場で行われた'86メキシコ・

ワールド・カップのアジア東地区予選、日本-韓国戦冒頭の…

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「東京千駄ヶ谷の国立競技場の曇り空の向こうに、メキシコの

青い空が続いているような気がします」…というアナウンスは

今もファンの耳に残る名実況として記憶されているようです。

WOWOWで新しくサッカー担当になったプロデューサーが

「あれは感動した」と、私に同意を求めてきたことがあります。


フジテレビ・アナウンス部を飛び出し、報道センターを経て

スポーツ部に異動して“くすぶって”いた私は、その試合の日、

テレビを見たのかどうかも、ましてこのコメントを耳にしたか

どうかの記憶がいっさいありませんでした。

テープを借りて聴いてみましたが、すぐに“用意した言葉”だと

分かったし、“ありがちな表現”で感銘は受けませんでした。


不遜に聞こえたらお詫びします。ただ、アナウンサーが他人の

実況を聞くときはかなり気持ちが“冷めて”いますから、その点を

割り引いて読んでください。

多くの若者が、この言葉に感動した事実はあるわけですから、

その意味では“そのとき、その場面を共有している者同士”の

気持ちを“ひとつ”にした言葉として、また 船越アナの実況の

対極にある実況として、高い評価を受けて当然だと思います。


山本アナは、2002ワールド・カップでも、用意したコメント

(書いたものを読んでいたのかどうかは不明)を以下のように

アナウンスしています。


◆日本-ベルギー(BSハイビジョン)

4年前のあの日が昨日のことのようです。1400日をまたいで、

かすかな負い目と、それを上回る自信を私たちは胸のうちに

秘めてきました。

いま、ここに再び立ち上がる時がやってきました。

第一戦の相手はベルギーです」


◆決勝・ドイツ-ブラジル(BSハイビジョン)

「魂のドイツ、技のブラジル。世界を代表するつわものが、

初めてあいまみえる時を迎えました。実力、風格、プライド。

すべてを自らのものとする両雄の戦いです」

「胸高鳴るとき、声高まる一瞬。ワールド・カップが始まって

72年目にして、この対決の幕が切って落ちようとしています」


いずれも、アドリブだとは思えません。かといって、きちんと

書いたものを読んだのかと聞かれると、それもはっきりとは

分かりません。

はじめの文章の中には、「自信が負い目を上回る」、その自信を

「私たちは胸に秘めてきた」など首を傾げるフレーズがあって、

完成度が低いと思います。

そして、最後の文章では「幕が切って落ちる」と言っている

ことに戸惑います。

「幕が切って落とされる(始まる時)」、あるいは、「幕が下りる

(終わる時)」は聞きますが、「切って落ちる」は一度も聞いた

ことがありません。


私は、どうしてもコメントを用意しなければいけない場合でも、

文章の最後の部分はわざと完成させません。本番のときに

完成させながらしゃべるのです。そうすると、アドリブ風の

しゃべりになるのです。山本アナも同じことをやろうとして

最後がおかしくなったのではないかと推察しています。


重箱の隅をつついてケチをつけようというのではありません。

実はここ数年の山本アナは、「なにか人と違ったことを言おう、

表現をしよう」、「うがった見方をしよう」と考えて、頭の中で

文章がうまくまとまらないことが多いと感じていました。

本人もさぞ辛いだろうと同情していました。視聴者の期待に

こたえようとする結果だと思うからです。

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決勝のときに、国歌が終わり、スタンドの歓声がおさまった

ところではさんだ言葉も“変”でした。

「ドイツもブラジルも、この一瞬に、体の中にひとつ芯が

入ったようなことになったでしょうか?」。

「…入ったように見えます」ならまだ分かりますが、これでは

文章になっていません。

放送の冒頭での一言は、視聴者も期待しているのですから、

いいとしても、実況部分はもっと“さりげない”方が聞きやすい

はずです。そもそも、実況とは、そのときその場にいて感じた

ことを“ふさわしい”言葉で語るものです。


そういう意味では、いまのNHKで私が一番聞きやすいのは

野地俊二アナです。

知識をひけらかすことなく、解説のフォローもうまいですし、

事実を丹念に追う実況はファンの中でも評価が高いようです。

ただし、解説者の話にもう少し“反応”してほしいと思います。

この点、局によって教育の仕方が違うようで、ある民放局では

「お前が先に納得してどうする。“なるほど”とか“そですね”は

決して言うな」と教えるらしいです。そして、NHKを聞いて

いると、早野宏史さんの駄洒落をスルーするのは当然として、

やはり、「反応するのは視聴者」という教育を全員が受けている

としか思えません。


フジテレビ時代、特に何も言われなかった私は、“自然体”で

臨むことにしています。つまり、会話をするときに人はどう

反応するかをベースに対応しています。

“井戸端会議”の女性のようにいちいちあいづちをうったのでは

うるさいでしょうが、少なくとも半分は、自分の問いかけに

対する答えなのに、相手の話にまったく反応しないというのは

どうなんでしょうか。“人間として”などとは言いませんが。

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もちろん、放送席では うなずいたり、目で「聞いていますよ」と

相手に知らせていることは想像できます。しかし、画面に顔が

出ていないスポーツ実況の場合、視聴者に届くのは音声だけ

ですから、ものすごく不自然に聞こえます。

我が家では、妻が「あらあら、(解説者が)また置いてきぼり

かしら」と、よく言いますが、そう感じる方はきっと多いと

思います。


解説者を紹介したときに「よろしくお願いします」、最後に

「有難うございました」を言うか言わないかも、局によって

まちまちです。統一する必要もないでしょうが、「言わない派」の

理由は「内輪のことで視聴者は関係ないから」が多いようです。

…なんだかなあと思います。

「視聴者は無関係だ」などとは思いませんし、普段の会話では

当たり前のことですから、私は言うようにしています。

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話がそれてしまいました。予定稿の話に戻りましょう。

私は、船越アナや山本アナのように、国民全体が関心を持つ

ビッグマッチを担当した経験がありません。最大のものでも

1996年、2000年のユーロ決勝でしょうが、そのときでも

「サッカー・ファンの皆さん、ご機嫌いかがでしょうか」で

始めています。よほどのことがない限り、テニスなら「テニス・

ファンの皆さん…」、ゴルフなら「ゴルフ・ファンの皆さん…」に

変わるだけです。

そして、決勝の日を迎えたこと、対戦カードを言ったあとは、

解説者を紹介し、「わくわくしますねえ」などと言ってマイクを

渡してしまうやり方です。


WOWOWの場合、私たちがしゃべりだす前に、あらかじめ

作ってある、その試合を盛り上げるためのビデオ(“アバン

言います)が出ることが多いことも理由のひとつです。

さんざん、あおったあとでまた俺があおってどうするんだ…と

考えるわけです。

ただし「ワールド・カップの決勝でも同じか?」と聞かれると

考えなければいけない要素が出てきます。


ビッグ・イベントになると国際映像がベースになります。

そして、映像配信が始まって○○秒後に会場名、○○秒後に

対戦カード、さらにメンバー表という具合に、固定された

タイミングでスーパーが出てきますから、それにある程度

合わせるとなると、コメントの用意が必要になります。

民放では、CMが入る時間が固定されている場合があって

複雑さが増します。

それでも私は、30秒、40秒の原稿を作ることはないでしょう。

きっと、解説者と事前に話し合って、「ここでこう聞きますから、

10 秒ぐらいでよろしくお願いします」というやり方を選ぶと

思います。


ビッグ・ゲームを担当するアナウンサーなら誰でも、なんとか

印象的な言葉を残したいと考えるものだし、視聴者は、聞いて

感動したいと、それを待ちかまえているわけですから、よほど

安っぽい言葉でなければ、受け入れてもらえるでしょう。

しかし、だからと言って、すべてのアナウンサーが“山本流”を

はじめたらウンザリしませんか?私は今でもうんざりです。

ハハハ。


私は、10年ほど前に「スポーツの感動はプレーそのものの中に

あるのだから、言葉で飾るのはやめよう」と決めましたので、

今後もこのスタイルで行くつもりです。


“サッカー実況のカリスマ”とwikipediaにも書かれている

山本アナについてクレームをつけるのは私ぐらいでしょう。

怖いもの知らず…。ハハハ。

ファンが多いですから お叱りも覚悟して書きました。

たまたまですが、この3日間で取り上げたアナたちはすでに

実況の舞台を去っています。そう言えば、私も。ハハハ。


書いたのが2002年でしたし、スポーツ実況のあるべき姿を

話すとき“反面教師”として取り上げざるを得なかったのです。

ご容赦ください。


by toruiwa2010 | 2017-11-05 08:13 | アーカイブから | Comments(0)