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岩佐徹のOFF-MIKE

toruiwa.exblog.jp

実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

カテゴリ:サッカー( 59 )

終了直前「とくダネ」緊迫…

古市氏「ボクはW杯見ない」

小倉キャスター「嫌なやつだ!」


ネットでそんな見出しを見たとき、そんな空気になるのが

一番いやだなと思っていたのですぐにビデオを見た。

…“いつものやつ”だった。フェイクニュース。ハハハ。

小倉「サッカー好きな方はこれから1ヶ月は

眠れない夜が

山崎「古市さんも見ましょうね?」

古市「僕は見ないですけど」

小倉「見ましょうよ。いやな奴だなあ」


“世界のサッカー”にも興味を示さない古市的な考え方が

あってもいい。小倉は自分のキャラを守っただけだし…。


サッカーのワールド・カップが始まった。

6時間の時差が厳しいなあ。


初めてサッカーに接したのは大学選手権の決勝だった。

私が小学生だったから、1940年代の終わりか50年代の

初めだったと思う。ラジオしかない時代で、もちろん、

NHKだった。


フォーメーションは“WM”だ。初耳の人が多いと思うが、

10人のフィールド・プレーヤーが攻撃(W)と守備(M)

分かれていた。実況アナウンサーが“レフト・ウイング”、

“ライト・ディフェンス”などと言っていた記憶がある。

サッカーの人気は低く、実況は“石器時代”だった。まして

ラジオだから音声だけで小学生の私がどんな風に想像を

膨らませていたのかはもう思い出せない。

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音声だけでなく写真でもなく、映像でワールド・カップを

初めて見たのは1970年メキシコ大会だった。ブラジルが

3度目の優勝を飾ったときだ。取材現場で顔なじみだった

アナウンサーの先輩、金子勝彦さんに頼み込み、テレビ

東京に押しかけて試写室で見せてもらった。

若手とはいえ、“ずうずうしい”ライバル局の私に、よくぞ

見せてくれたと思う。


今回は6時間の時差が観戦の高い壁になりそうだ。特に

午前3時開始の試合を見るときはよほど厳選しないと。

ハハハ。


ポルトガルxスペイン

序盤の大一番を生観戦の第1試合に選んだ。正解だった。


クリスチアノ・ロナウド“故”の1点目

ドリブルでエリアに入ったところでファウルを受けた。

このレベルの大会で“あれ”をPKにすると、あとあと…と

思ったが、誰も何も言わない。私がおかしいんだね。

強烈なキックで右上に決めた。蹴る方向を予測していても

きっと止められなかっただろう。


スペインの同点ゴール

自陣から出た50㍍以上の長いタテパスを受けてからの

コスタの凄い個人技だった。切り返して、切り返して

DF二人の間を抜いた。


ポルトガル勝ち越し

その前からいくつかいい動きを見せていたCロナウドが

こぼれてきたボールをほぼ正面からたたき込んだ。GK

止められたのではないかと見る人もいるが、低く抑えた

無回転の見事なシュートだった。


スペインの同点ゴール

FKから生まれだった。

小さく蹴り、止めたボールをゴールエリア右に放り込み、

ヘッドで折り返したところへ正面に走り込んだコスタが

滑り込みながら押し込んだ。

サッカーのゴールのほとんどがそうなのだが、この得点も

しかるべきとき、しかるべきところに、しかるべき選手が

いたからこそのものだった。


スペイン勝ち越し

ペナルティ・エリア左サイドから正面やや右にこぼれた

ボールを右SBナチョがボレーで蹴り込んだ。

これもワールド・クラスと言っていいゴールだった。

ポルトガル追いつく

時計を進めるため巧みにボールをつないでいたスペインが

3人目の交代を終えた直後だった。自陣からゴール正面に

まっすぐ出たタテパスがCロナウドへ届いた。柔らかい

トラップで足元に止め、そこから一歩右に出ようとした

Cロナウドが倒された。


距離21メートルをきっちり決めた。壁の向かって右端の

わずかに外側を通り、枠の外からカーブしながら右上隅に

突き刺さった。GKはほとんど動けなかった。

試合終了3分前のスーパーゴールだった。大会終了までに

数々のゴールが生まれることだろうが、ネームバリュー、

時間帯、大一番の同点ゴール…を考えると、もしかすると

このままベストゴール争いに残るのではないか?


朝日新聞は“ロナルド”と表記していることに気づいた。

活字媒体は統一していると思ったが違うんだね。


苦戦する強豪国

ここまで、意外だったことと言えば、やはりドイツが

メキシコに敗れたことだ。序盤で最大の番狂わせだ。

ブラジルがスイスと、アルゼンチンがアイスランドと

引き分けたことにも驚いた。


ハットトリックで圧倒的な存在感を見せたCロナウドと

対照的にアイスランドの高い壁に囲まれて“らしさ”を

発揮できなかったメッシには奮起を望みたい。たぶん、

“雪の大谷”を行くドライバーの気分だっただろうが。

ハハハ。


こまかい点でいくつか


昨日の「サンデーモーニング」でイギリス・メディアの

優勝予想で日本は23位だったが、「低すぎないか」との

関口の問いに「あんなものですよ」と素っ気なく答えた

金田喜稔、それでいいと思う。“あっぱれ”だ。

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今朝のブラジル戦を担当した実況アナ。 終了間際に

ブラジルがFKを得たとき「距離は20㍍と少し」と。

37歳だと言うから今回の実況陣では最年少か?

局内で相当厳しくたたかれたのではないか。


20㍍と少しはゴールライン中央からペナルティ

アークの頂点までの距離(20.15)だ。このことは

サッカーを実況するなら、絶対に知っておかなければ

いけない数字だ。そのことが頭にあれば、あのFK

「少なくとも25㍍はある」と言わなければダメだ。


この“20.15とピッチの縞模様の幅は“5.5

大会のたびにしつこく書いている。いまだに、それを

知らないアナがときどき出てくることに驚く。それほど

このブログは読まれてないということだが。ハハハ。


日本の予想をしておく。

“非国民”ぽいし、冷たいようだが、“ⅩⅩⅩ”だ。

「初戦(vsコロンビア)が大事」と多くの関係者が言う。

初戦が大事じゃない大会なんてない!


どれか一つを△にしたいが、今回のサムライブルーには

オシムが言う“勝者のメンタリティ”を感じない。

アイスランドにそれを見た気がするが。


メキシコ、アイスランド、スイス…どうやら国土の狭い

国が頑張る大会になりそうだ。ならば日本にも可能性は

出てくるかもね。ハハハ。


by toruiwa2010 | 2018-06-18 08:19 | サッカー | Comments(0)

成績だけで判断したのではない。

選手に事情聴取したが、それだけで

決めたわけはない。

メディアに言われたから決めたわけじゃない。


日本サッカー協会の田嶋幸三会長がそう言って前監督、

ハリルホジッチの解任を発表したのは49日だった。

同時に、後任に西野朗が就任することも伝えられた。

西野は打診があったはずの4月初旬から侍ジャパンを

どうするかを必死に考えていたはずだ。

短い合宿、“壮行試合”のガーナ戦を経て 翌531日に

ロシアに行く23人が発表された。

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国内最後の試合勝つ西野ジャパンの初戦となるガーナ戦の

内容は誰がどう見ても“お寒い”ものだった。会見で監督が

「スピリットを見せる」と語ったらしいと聞いていたので

スピリット とは何か?サッカー関係者はこういう言葉を

よく使うなあ…と思いつつ、よく分からんが、金子達仁や

杉山茂樹につべこべ言わせないような試合をしてほしいと

願ったが、かなわなかった。すべてを読んではいつもお世話になっております。ないが、

翌日のメンバー発表を受けてピーチク・パーチク、まあ、

うるさいこと。はい、私も含めてくれていい。ハハハ。


Jリーグは見てないし、海外でプレーする選手については

ニュースで見る程度だが、そのわずかな材料しか持たない

私にとって選ばれたメンバーはほぼ予想通りだった。

準備期間が短かった監督だから、どうしてもベテランに

頼ることになるはずだから、本田、香川、岡崎、長谷部、

長友、槇野、吉田…を外すことはないと思っていた。


サプライズがなかった…という声が多い。印象としては

たしかにそうだろう。一般のファンがそう思うのはいい。

しかし、メディアの中にも同じような“批判”があった。


前大会から4年たったのに同じような顔ぶれになった。

当然、平均年齢も上がった。しょうがない。この事実は

4年の間に若手が成長しなかったことを示している。

勝つことを求められる監督として、無理に若手を選ぶより

信頼するベテランを中心にチームを編成するのは自然だ。

「あれがいない」「これは要らん」「俺なら誰を選ぶ」…

その立場にないものがとやかく言うのは反則だ。


どこのどなたか知らないが、ツイートに4年前の記事の

URLを貼っている人がいた。

改めて読んでみた。いろいろ思い出せたし、面白かった。

ブラジル・ワールドカップが終ったあとに、朝日新聞が

蓮實重彦という人の話を延々と載せていた。なんだこれ?

“スポーツ音痴”じゃないかと思い、感じたことをとことん

言ってやったので痛快だったことも思い出した。

君、何を言ってるんだい?

~蓮實重彦という男のオピニオン~

http://goo.gl/h2yXAi

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代表はヨーロッパに入り、あと2戦したあと本大会に臨む。

メディアはこれからほぼ1ヶ月、又いろいろ言うだろう。

それが彼らの仕事だし、4年に1度の“かせぎどき”だから

「黙ってろ」という方が無理なんだ。しかも、プロなのに

てんこ盛りの突っ込みどころが有難い。私にもいいネタを

提供してくれるもの。ハハハ。


それにしても、ガーナ戦からメンバー発表までの一連の

流れを見ながらつくづく思ったなあ。


今このときに、ハリルホジッチは

どこで何をしているのだろうか…

脈絡がなくて恐縮だが、私の過去記事をリンクした人は

同じツイートでオシムのインタビューも紹介していた。

冒頭で「ドイツは優勝に値したか?」と問われたオシムの

答えが印象的だった。


リーグのレベルが高いうえに、彼らには

もともと勝者のメンタリティがある。

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…勝者のメンタリティか。説得力があるなあ。

侍ブルーにそれがあるか?って話だね。


by toruiwa2010 | 2018-06-04 07:00 | サッカー | Comments(2)

ハリルホジッチが監督を解任された…と知ったとき、初めに

頭に浮かんだのは、“契約ごとだからなあ”だった。つまり、

日本協会のアクションは契約に基づいており、監督の側には

契約した瞬間から覚悟があったはずだと思っていた。


田嶋会長は パリまで出向き、直接 会って伝えたと話した。

それを聞いて十分に礼を尽くしていると感じた。

しかし、数日がすぎ、前監督には不満があることが伝わってきた。

自宅のドア口で日本メディアに話す彼の表情から、単に 解任が

不満なのではなく、誇りを傷つけられたことへの怒りを感じた。

だから 気になっていた。

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20日にハリルホジッチが来日したときの記者とのやり取り、

号泣する通訳を見て 呟いた。


来日した前代表監督・ハリルホジッチは

目を潤ませて「何が起きているのか、

まだ理解できていない。私をゴミ箱に

捨てたようなもの」という趣旨のことを

話したという。

日本サッカー協会の田嶋会長はパリまで

行って直接話したと聞く。

当然 納得を得ていたと思ったが違うのか。

(続


続)日本は“礼の国”のはずだ。

外国からもそう見られている。

当然、田嶋会長は十分に礼を尽くしたと思う。

丁寧に説明したと信じたい。

なのに、どうしてこんなことになるのか?

いささか恥ずかしいし、悲しい。

下手をすると田嶋会長の責任が問われる

こともあるのではないか。

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出かけていたので、ハリルホジッチの会見は見られなかった。

スマホでスポーツ・ナビ、サッカー編集部のツイートを読み

続けた。思うところを簡単に書いておく。


通訳を通した話だから、どこまで本人の気持ち、言葉に込めた

“ニュアンス”が伝わっているのか分からないし、あくまでも

一方の言い分ということを理解したうえでの話だ。


会見全体から受けた私の印象は、懸念した通り、日本協会の

田嶋幸三会長が彼に契約の解除を伝えるにあたって、十分な

礼を尽くしていなかった“らしい”ことと、理由の一つとして

説明した”コミュニケーション不足”の実態が、監督と選手の

間ではなく、監督と日本協会の間のものだった…ということだ。

“うのみ”にはできないが、お粗末だよね。


特に 外国人を日本代表の監督にする場合、日本協会が全面的に

支援するのは当然だと思っているが、そうではないようだ。


前監督は、選手との間に問題があるとは思っていなかった。

協会からも重要なスタッフの西野朗からも何も言われなかった。

それが事実なら、彼にしてみれば“解任”はずいぶん理不尽だ。


ハリルホジッチの認識は…


最大の使命はワールド・カップ出場権の獲得だった。

それは“1位通過”でちゃんと果たした。

次は、本大会で結果を出すことであり、“親善試合”の

結果で責任を問われるとは思わなかった。

…だと思う。

特に、後段はおかしな話だ。代表の試合はいつも勝つことが

第一目標ではないだろう。本番をベストの形で迎えるために

親善試合でテストしておきたい選手・作戦だってあるはずだ。

代表チームの中に、「自分が試合に出るのは当然」と思っている

らしい選手が何人かいるのも事実ではないか。作戦・采配の

批判もしばしば耳にする。


…納得いかないのは無理もない。

特に、この世界で長い年月やってきて築き上げた誇りが無残に

傷つけられたことにがまんがならないのだと思う。彼が言う

“リスペクトがない”はそういうことだ。


伝聞の形になるので、微妙なところはあるものの、この会見を

受けた田嶋会長の「それで彼の気持ちが晴れるなら」という

コメントもかなり冷淡だなあ。


by toruiwa2010 | 2018-04-28 10:16 | サッカー | Comments(0)

51歳にしてなお現役で頑張るキング・三浦知良はある監督から

監督には2種類しかないと聞いたことがあるそうだ。


「私のように今日クビになった人間と

この先クビになる人間と。その2ツだけだ」と。


なるほど、と思う。

やったことがある人にしか分からない“監督エレジー”だね。

ワールド・カップまで2ヶ月というタイミングで解任された

ハリルホジッチのケースではこんな言い方もできる。

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戦術眼が優れた監督と選手の掌握がうまい監督。

選手やスタッフから愛される監督と嫌われる監督。

求められた結果を出す監督と出せない監督。


ずっと思っているが、あらゆるスポーツの中でサッカーほど

“外野”が監督をやめさせたがる競技はないよなあ。

Jリーグ誕生がきっかけだったと記憶するが、グラウンドを

”ピッチ”と呼び、ファンではなく“サポーター”と呼ぶように

誘導された。みんなが“俺たちは特別”と思い始めた印象がある。

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その“ファン改めサポーター”がややもすると“圧力団体”並みの

存在になりかねないし、選手の監督批判もよく聞こえてくる。

どちらもほかの競技ではないことだ。 “無茶”だなあと思うのは

メディアだ。特にフリーのライターには極端なのが多い。

何かにつけて、監督を変えろ…と書きたがる。

1990年代の終わり、あるスポーツ紙のコラムで「この監督は

サッカーを知らない」と書いている記者がいた。署名記事で

名前は金子達仁だった。仰天し、猛烈に腹が立った。


彼は2010年ワールド・カップ直前にもこんな風に書いている。

再録を始めると長くなるからあえて短くする。


…だから、わたしには思えない。なにはともあれ

南アフリカでは頑張ってほしい。できるなら

勝ってきてほしい、とは思えない。

勝っていいはずがない。南アフリカで勝つことが、

日本の未来にいい影響を及ぼすはずがない。

選手生命を賭けて大会に臨む選手たちには本当に

申し訳ないと思う。それでも、岡田監督の更迭が

なされない限り、私は南アフリカでの日本代表の

勝利を祈れない。むしろ、こう思ってしまう。

負けろ、日本。未来のために。

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こう書いちゃったから、後に引けなくなったのかもしれないが、

始まってからの物言いもこんな具合だった。


日本のワールド・カップ史上最も醜い勝利だった

(カメルーン戦:週刊朝日)

日本のW杯史上、最も感動的な敗北だった

(オランダ戦:スポニチ)


これからは、見出しも見ないようにしようと思った。ハハハ。


ハリルホジッチについて解任論を唱えていたライターは多いが、

杉山茂樹もその一人だ。先月末のマリ、ウクライナ戦の出来が

悪かったときも、“1週間以内の解任を訴えているとネットに

出ていた。…らしい。読まないことにしてるんだ。ハハハ。

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2010年、オシムに代わって監督になった岡田武史についても

かなり批判したうえでこう書いていた。


…もし目標通りベスト4入りしたら、

僕だけでなく、岡田サンのやり方に

異を唱えた人は、彼にひれ伏さなければ

ならない。ベスト16入りでも、僕は

お詫びのコラムを書くつもりだ。

見る目がなくてすいませんでしたと。

(最終メンバー発表後)


2人とも、どこまで岡田武史が嫌いなのかとあきれる。

で、結果は決勝トーナメント進出だったが、杉山は“お詫び”の

記事を書いたのだろうか?  聞いてないけど。


ロンドン五輪の女子サッカー、グループ・リーグの最終戦で

主力を温存して引き分けを狙った佐々木紀夫監督を大住良之が

「フェアプレー精神はどこへ」と批判した。

決勝トーナメントへの進出はすでに決まっていた。準々決勝で

対戦する相手、その会場、そこへの移動時間などを計算して、

より良い条件でプレーさせたいと考えて、監督は指示したのに。


すべての試合を、勝つことを目的としてプレーする…それは

あくまで“理想”だ。敢えて言えば、きれいごとすぎる。

試合のフォーマットとして、そっちを選んだ方が優勝を狙う

チャンスが大きくなるなら、そうするのが指揮官の仕事だ。

ウサイン・ボルトが100㍍予選を走るときに全力でないことを

批判する陸上記者がいたら連れてきてほしい。


数年前だが、中西哲生が朝日新聞にこう書いていた。

2014ワールド・カップのギリシャ戦だったが、終盤のパワー

プレーについて、空中戦はしないと明言していたではないかと

批判したあと…


僕はDFの経験があるから分かるが、ドリブルで

来られた方が嫌だ。今日のような展開なら、

ドリブルが得意な斉藤を投入すべきだった。

斉藤がサイドから中に切れ込むように横に

ドリブルして相手を数人引き寄せられれば、

スペースが生まれる。

そこにパスを出して崩すこともできただろうし、

相手のファウルを誘い、FKPKだって

得られたかもしれない。

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…すべてのDFが ロングボールを放り込まれるよりドリブルで

来られる方を嫌がっていると決めつけ、その上で投入すべき

選手を指定している。理由として書かれていることも、すべて

“…れば”、“…かもしれない”だ。

FKPKが得られるかもしれないと考えて作戦を立てたり、

選手起用ができたりするなら、監督はずいぶん楽な商売じゃ

あーりませんか。ハハハ。

ま、彼らは、書くことが商売だし、監督やその作戦の批判は

言ってみれば“めしのタネ”だから、書くなとは言えないが、

監督が変わるたびに同じ”手口”を見せられるのはうんざりだ。

さて、新監督・西野朗に最初に牙をむくのは誰か?さすがに

今回は時間がなさすぎるか?ハハハ。


by toruiwa2010 | 2018-04-20 08:04 | サッカー | Comments(0)

今年になってからだと思うが、中田英寿が出演する保険会社の

CMが流れている。彼が宮大工を経験するというコンセプトだ。

何が目的でどれぐらいの期間やるのかが、ネットに出ている

説明を読んでもよく分からない。最近、分からないことだらけ。

ハハハ。

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“大工”の仕事だって簡単じゃないのに、寺社の建築・改修を

専門とする“宮大工”は特別の道具類を使いこなさなければ

仕事にならないはずだ。つまり、素人が出る幕はないと思うが、

中田がいい加減なことをするとも思えない。続編・“その後”が

何らかの形で見られることを期待しよう。


中田はいつまでも頭の片隅に残っているフットボーラーだ。

初めて、彼を見たのは1994年だった。どこが主催したのか

記憶がないのだが、イタリアのユースと対戦した日本ユースの

メンバーに彼がいた。練習を取材して、話を聞いた気もするが、

まったく覚えていない。彼のことだから、きっと、まともな

受け答えをしてくれなかったと思う。ハハハ。


Jリーグ時代は接点がなかったが、1998年に彼がイタリアの

ペルージャに移籍してから実況する機会が増えた。

メモを振り返ると、初めはあまり担当させてくれなかったのに

12月ごろから、極端に増えている。何か理由があったはずだが、

これも記憶がない。


このシーズンの最後の試合(vsAC Milan)の結果にペルージャの

残留とミランの優勝がかかり、WOWOWは現地からの中継を

決めた。試合の翌日が全仏オープン開幕という日程だったから、

プロデューサーは私の可能性を初めから外していたと思うが、

強引にねじ込んだ。


5/16 日本発ミラノ着 車でトリノへ セリエA関係の取材

5/19 車でミラノへ ミラノ発パリ着 テニス関係の取材

5/22 パリ発ローマ着 車でペルージャへ 

5/23 ペルージャvsミラン 実況 車でローマへ

5/24 ローマ発パリ着 全仏オープン初日実況

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これでやれる。1シーズン、中田にこだわってきたんだから

ぜひ、俺にやらせてくれ…とかき口説いた。

無茶な話だが、私の”熱意”がプロデューサーの“懸念”に勝った。

ハハハ。


このときではなかったが、イタリアで食事をしたことがある。

ベルマーレで彼の先輩だった信藤健仁さんが一緒だったからだ。

しゃれたレストランでプロデューサー、信藤さん、私、中田に

彼のマネージメントをしているスタッフ…という顔ぶれだった。

このときも、彼とどんな話をしたのか思い出せない。”ネタ”を

仕込む絶好のチャンスだと思うだろうが、プライベートの場で

仕事がらみの話はしない主義だったし、信藤さんと彼の関係を

最優先して、口は挟まないようにした気がする。

はるかに年下なのに、自分のやっていることに自信がある男の

堂々とした立ち振る舞いに圧倒された。


そのとき、特に紹介はなかったが、素敵な雰囲気の女性がいた。

彼に“お似合い”の女性に見えた。今、どうしているのだろう?

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先日、外出したとき、”宮大工”の中づり広告に目が留まった。

映っていない何かを見上げている中田の写真を見て、ここまで

書いてきたようなさまざまなことが一気によみがえった。


そう、2006623日早朝(日本時間)のドイツでブラジルに

逆転負けして、日本代表のワールドカップが終わったときも、

彼は長い間、ピッチに横たわって空を見上げていたなあ。

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数日後、10年間、日本サッカーの先頭に立ってきた中田英寿が

現役引退を表明した。29歳、美学を貫いた引退だったと思う。

プレーをしているとき、彼の談話に鼻白むことが多かったが、

あの頃は、自分自身、チームメイト、メディアに対して 常に

“もどかしさ”があってそういう対応になったのだろう。


ピッチに横たわって空を見上げていた中田の頭にあったのは

「だから言ったじゃないか」という怒りではなく「やっぱり、

ダメだったか」という虚脱感・絶望感だったのではないか。

こうなると、“戦う”ことはできない。“引退”は必然の選択

だったのかもしれない。


…長い時間がすぎ、世界を旅して経験を重ねたいま、ワールド

カップなどで聞く話は面白い。“宮大工”のCMにも、何らかの

メッセージが込められているような気がしてならない。


by toruiwa2010 | 2018-01-12 08:26 | サッカー | Comments(2)

ネットで見かけたSportivaがどういうメディアかは知らない。

興味をひかれたのはこの見出しだった。


北澤豪が「これだけは許せなかった」という

岡田監督の裏切り采配


北澤豪…“キーちゃん”のニックネームで知られる、サッカーの

元日本代表だ。肩まで伸びた長髪をなびかせてピッチを激しく

走り回る選手だった。読売ヴェルディにはかっこよさで人気の

選手が多かったが、北澤は格別だった気がする。

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記事にある“岡田の裏切り”が、1998年、ワールド・カップの

開幕目前に北澤と三浦知良が代表メンバーから外された件を

指していると、サッカー・ファンならだれでもそう思う。

しかし、岡田武史監督にしてみれば、誰かをカットしなければ

ならなかったわけだから、“裏切り”は語感が変だよね。


北澤の話はこうだ。

“カット”を言い渡されたとき、一つだけ確認した。

「俺のポジションがなくなったわけですね。じゃあ、4-4-2

やらないってことですね?」と。

このとき、監督は「そうだ」と言ったが、ワールド・カップの

ジャマイカ戦後半は4バックだった。「ふざけんなって思った」。


ほかにそれらしき部分が見当たらないから、北澤が”裏切り”と

感じたのはこのことらしいが、少々、説得力に欠ける。

戦術の変更はそんなに珍しいことではないのだから。


カズと北澤はその日のうちにキャンプ地を離れた。

記憶が定かではないのだが、日本では、その後数日間、二人の

行方が分からなくなっていたようだ。

このとき、二人は すぐ帰国すると騒ぎになるから、しばらく

世間から“消えよう”と決め、イタリアでプレーしたことがある

カズになじみのミラノに滞在していたのだ。

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「気持ちの整理はつている。魂は向こうに置いてきた」

帰国したカズはそう話した。北澤も同じ気持ちだったろう。


その北澤とはユーロ2004で一緒に仕事をした。ある日のこと、

ホテル近くのレストランでプロデューサーと食事をしていると、

彼の携帯が鳴った。少し、話をしたあと彼は「分かりました。

すぐ手配します」と言って電話を切り、ホテルに戻って行った。

「ちょっとトラブルで」の言葉と注文ずみ料理を残して。

ハハハ。


この日、北澤がリスボンに到着する予定になっていたのだが、

電話をしてきたマネジャーが「パリで接続便に乗り遅れた」と

伝えてきたのだ。到着が1日遅れても放送に問題はなかったが、

空港に迎えに行ったスタッフへの連絡や飛行機の手配のために

プロデューサーはホテルに帰ったのだった。


聞けば、“時間的に間に合わなかった”のではなく、パリから

リスボンに飛ぶ便の搭乗アナウンスを“聞きそこなった”という。

大の大人が2人いて、聞きそこなうか?

…そんな疑問がわく。そして、すぐに「ははーん」と思った。


1998ワールド・カップの開催地がパリだったことを思い出せば、

答えは簡単だ。日本を出る前から“仕込んで”いたか、それとも

パリで接続便を待っている間に“ひらめいた”かは分からない。

しかし、まあ、きっと、そういうことだよ。ハハハ。

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翌日、彼がリスボンに姿を見せたとき、“もの分かり”がいい

私たちは、もちろん何食わぬ顔で出迎えた。解説も上機嫌で

やってくれたし、きっと彼にとっていろんな意味で忘れがたい

いい旅になったことだろう。彼のたびに喜ぶ。

だからと言って「うまいことWOWOWをだましてやった」とは

思わないように。ハハハ。

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by toruiwa2010 | 2017-12-26 08:41 | サッカー | Comments(0)

中村俊輔が横浜F・マリノスからジュビロ磐田に移籍した。

発表された本人の“声明”には具体的には書かれていないが、

昨シーズン、いろいろなことがあったようだ。

スコットランドのセルティックなど海外を含めて素晴らしい

実績を残した選手だが、38歳になり、自分のキャリアをどんな

形で終えるかをじっくり考えた末の結論だったのだろう。

“望まれた”環境の中でやるのが一番だと思う。

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左足からの芸術的なフリーキックに魅了されたファンは多いが、

私はある時期の彼と自分を重ねたことがある。


2006515日、ジーコがワールド・カップ代表に決まった

選手の名前を淡々と読み上げていった。2002年、トルシエから

連絡を受けた協会スタッフがメモを読んだときと違い、今回は

あの選手の名前もあった。それが中村俊輔だ。


自信…というより確信があったと思う。世界レベルで通用する

その左足に寄せられる周囲からの信頼は感じていたはずだ。

もれでも、名前を呼ばれるまでは安心できなかっただろう。

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この4年間は長かったことでしょう。その分、

喜びはだれよりも大きいのではないでしょうか。


当時のブログにそう書いたことを覚えている。


くらべるのは失礼だ…と批判されるのを覚悟して書くのだが、

私は彼のこの4年間を、砂をかむ思いで過ごした自分の年月と

重ね合わせて考えるときがあった。


フジテレビでアナウンサーだったのは821月までだった。

上司と“うま”が合わず、志願してほかの部署に異動したからだ。

情ないことに、辞令を受け取った瞬間から後悔が始まっていた。

それぐらいなら、異動を希望しなければいいのに。ハハハ。

その日から、「いつか必ずマイクの前に戻る」との、強い意志を

持ち続けた。その気持ちだけが支えだったかもしれない。

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家にいれば、常にテレビでスポーツを見る。

「自分なら、ここでこう聞くぞ」とか「今はその話じゃなくて、

こっちの描写をするべきだろう!」など、テレビに向かって

突っ込みまくっていた。ハハハ。

音を消し、頭の中で自分なりの実況をすることも多かった。

シミュレーション、イメージ・トレーニングと呼んでいた。

誰も知らないwその日々は出向したWOWOWで報われた。

異動の辞令をもらってから8年半が過ぎていた。


代表から声がかからなかった4年間を中村俊輔がどんな気持で

過ごしたのかは知るすべがないが、私にとって、この8年半は

途方もなく長い時間だった。

サッカーは実力の世界だから、彼は「実績さえ積んでいけば

望む場所に行ける」というたしかな希望を持っていただろう。


しかし、私の場合は「こうなれば夢がかなう」という“形”が

示されていたわけではなく、明確なゴールもなかった。

出口が見えない真っ暗なトンネルを手探りで歩き続けるような、

実に頼りない感覚の中にいたことを思い出す。


私は67歳までしゃべっていた。

サッカー界ではキング・カズやゴン中山がまだ頑張っている。

俊輔には気がすむまでボールを蹴り続けてほしい。


by toruiwa2010 | 2017-01-11 08:37 | サッカー | Comments(0)
地球の真裏でリオ・オリンピックが始まった。
本来、アスリートたちが持てる力を発揮して、フェアに競い合う姿を楽しむスポーツの
祭典のはずなのだが、テレビを見ながら、イライラしている自分に気づくことが多い。
放送のやり方がこちらの気持ちとマッチしないのが主な理由だ。

当ブログが放送についての不満を書くとき、民放のことが多いのだが、今大会はNHKも
なかなか“頑張って”くれている。ハハハ。

開会式前日に競技が始まり男子サッカーがナイジェリアと戦った。
スタジオからマイクを受け取ったあと、実況の鳥海貴樹アナのアナウンスはこうだった。
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日本の闘いのときです。
若き日本代表がメダルを目指しての闘いがいよいよ今日から始まります。
勝てない世代と言われた選手たちが世界の舞台で力を示すときがやってきました。
リオデジャネイロ・オリンピック、明日の開会式を前に行われますサッカー男子、
グループB、日本の初戦の相手はナイジェリアです。

あらかじめ準備したコメント…これをアナウンスの世界では“予定稿”と呼ぶ。
いろいろな制約があって、アナウンス開始のこの部分にコメントを用意するのはある程度
仕方がないと思う。そして、これだけなら内容にも問題はないように見える。
しかし、鳥海アナに期待している私には大いに不満が残った。このコメントを聞いたとき、
「えっ!?」と思った。以前にも聞いたような気がしたからだ。チェックしてみた。
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声は届いています。はるか東の方から。
何百万何千万もの思いが大きな塊となって聞こえてくるようです。
遠かった道のりでした。日本の、世界の舞台に初めて登場する
その相手はアルゼンチン。世界が注目するカードです。
(1998WC山本アナ)

4年前のあの日が、昨日のことのようです。
1400日をまたいで、かすかな負い目とそれを上回る自信を
私達は胸のうちに秘めてきました。
今、ここに再び立ち上がるときがやってきました。
第一戦の相手はベルギーです。
(2002年WC 山本アナ)

日本サッカーが問われる瞬間がやってきました。
90分間の集中力だけではありません。
これまで費やしてきた日々を思い起こすことです。
決してくじけないことです。くじけたとき、日本サッカーの
ドイツでの挑戦は終わりを告げます。
ワールド・カップ・ドイツ大会、グループ・リーグ日本対
クロアチア。両チームともに決勝トーナメント進出をかけて、
生き残りをかけた一戦となりました。
(2006WC 内山)


言葉や言葉の並べ方、言い回しこそ違うが、雰囲気はすべて同じだ。
聞いた瞬間、同工異曲という四文字熟語が頭に浮かぶ。
NHKのスポーツ実況に脈々と流れる、私に言わせれば“悪しき伝統”が鳥海アナにまで!

それは1985年10月26日、国立競技場で行われた'86メキシコWCのアジア東地区予選、
日本対韓国戦冒頭のアナウンスに始まった。

東京千駄ヶ谷の国立競技場の曇り空の向こうに、
メキシコの青い空が続いているような気がします。


これも山本アナの言葉だが、当時のサッカー・ファンは今も名実況として記憶している。
すべてはここから始まったと言っていい。その“頂点”に立つのがアテネ・オリンピック、
男子体操の団体戦を担当した刈屋アナの「栄光への架け橋!」だ。

スタジオを担当していたころから期待していた鳥海アナで、試合の実況には大きな破綻が
見られなかっただけに残念だ。もう25年の経験がある。これぐらいの秒数ならアドリブで
そこにいて感じたことを話してほしかった。
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日本 初戦は惜敗

朝日夕刊の見出しを見てビックリした。
ナイジェリアがわずか7時間前に試合地に到着したことは関係ない。
2-2、2-3、3-3、3-4、4-4、そして4-5で負けたたのなら“惜敗”も分からなくはない。
しかし、失点はすべて守りのミスが招いたものだし、後半21分で2-5とされていた。
しかも、1点差とした4点目はロスタイムに挙げたものだ。スポーツ紙ならともかく、
内容的には“惨敗”と言っていい試合に一般紙が”惜敗”との見出しはないんじゃない?

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by toruiwa2010 | 2016-08-08 08:31 | サッカー | Comments(2)
06/07のツイート
ユーロ2016が開幕。
場所はフランスだ。銃による攻撃、遠隔操作の爆弾、
そしてドローンを使った攻撃… 治安当局は対応に
大わらわだという。WOWOW コメンタリーは現地から
放送するのか?なまじ、ほとぼりが冷めてるだけに
会社の判断も難しいなあ。

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…「WOWOWはご無沙汰してるけど、ユーロはちょっと見てみようかな」と思っていたのに
ちらっとしか見ていない。で、あっという間に準決勝、決勝を残すだけになってしまった。
明日(ポルトガルvsウェールズ)はパスするにしても、明後日は“ドイツvsフランス”かあ。
これは見ないわけにいかないよね。

そんなわけだから WOWOWがどんな放送をしているかは確認していないが、どうやら
決勝トーナメントに入っても東京からの“コメントづけ”になっているようだ。

いまは、アナウンサーの能力も高いから、現地に行かず、東京で映像だけを見て実況する
“オフチューブ”方式でも問題ない放送ができるが、現地に行かなくては手に入らない
こまかい情報や肌で感じることを伝えるのは不可能だ。WOWOWが放送を開始したころ、
社員は寄せ集めで、他業種から出向している人が多く、東京キー局から来ていた我々ほど
“現場”のことを知っている人は少なかった。「キー局ではね…」というのは禁句だったが、
知識や情報が少ないのにつけこんで、いろいろ“吹いた”ことは否定しない。ハハハ。
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「スタジオにいるのと現地に行くのでは大違い。吹く風の色も違うんだ」などと言って、
“放送の実際”に疎い周囲を説得して(だまして)現地中継に持ち込んだ経験がある。ハハハ。
解説・実況のモチベ―ションだけでなく、スタッフだって気合が入るのだから、決して
自分のことだけを考えての“誘導”ではなかった…と、弁護もしておく。
ただし、1990年2月にプロ野球キャンプの取材にでかけたとき「いつか、WOWOWが
放送するかもしれない。こういうものは顔つなぎのためにも必要だから」と説明したのは
かなり無理があったと思う。ハハハ。

WOWOWが初めて現地からスポーツの衛星中継を実施したのは1990年11月にアメリカ・
アトランティックシティで行われたマイク・タイソンの試合だった。このときも、「事前の
取材がとても大事だから」と会社を説得して試合の10日前に日本を出発した。常識的には
3,4日で十分なのだが、ぐずぐずしていると、わけの分からないスタジオ番組の進行係を押
し付けられる気配があったのだ。当時の関係者のみなさん、ごめんなさい。ハハハ。
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先月の末、なにげなくWOWOWのプログラム・ガイドのページを繰っているときだった。
2時から“ユーロ96 の準決勝ドイツvsイングランドを放送”と出ていた。
「俺が実況した試合だ!」と思わず興奮した。ただし、20年前の古いタイプの実況だから
いまの若い視聴者にはバカにされるかもしれないなあ…と不安がよぎった。

急いで、棚の奥からDVDを取り出してチェックした。
懐かしいウエンブリーが写る。放送席の情景まで目に浮かんだ。解説は当時の代表監督・
加茂周さんだ。加茂さんは決勝トーナメントからの参加だった。グループリーグの試合は
日本で見てくる約束だったのに、話し出すと見ていないことが分かったし、「代表がらみの
話題はNG」とくぎを刺されてやりにくかったが、味のある話しっぷりで好評だった。
シーマン(GK)、シアラー、ガスコイン、プラット、インス、シェリンガムのイングランド、
ケプケ(GK) ヘスラー、ザマー、クリンスマン、ビアホフのドイツ…メンバーの顔をみると
20年前のことなのに試合の流れを少しずつ思い出した。

もっとも印象に強いのは1-1でPK戦になったとき“俺は見ていられない”とばかりに、
肩を組んで推移を見守る仲間に背を向けてピッチに座り込んでいたイングランドのMF、
ポール・インスの姿だ。

当時の自分の実況を聞くと私のレベルでは“セーフ”だったし、放送枠が30分だったので
編集をうまくやってくれれば“ボロ”は出さないですむかなあ、と思った。
しかし、いざ、放送が始まると後輩の田中大士アナの実況で録り直してあった。あれまあ!
放送に耐えない…ということか。 ま、スタイルが古いからしょうがないね。トホホ。
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PK戦でイングランドのサウスゲートが失敗した。
このとき、真っ先に駆け寄ったのはピアースだった。彼には1990年のワールド・カップ・
準決勝で当時の西ドイツと対戦し、やはりPK戦になったとき、失敗し、その後この大会の
準々決勝・スペイン戦でPKを決めるまで長い間 苦しんだ経験があったからだ。
結局、地元イングランドは敗れた。インスは最後までPK戦を一度も見なかった。
ドラマがある試合だった。 ヘタでも私の実況で見てほしかったなあ。ハハハ。

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by toruiwa2010 | 2016-07-06 08:30 | サッカー | Comments(4)
5月3日の朝、メイウエザーvsパッキャオのボクシング。
6日と7日の朝、ユベントスvsレアル・マドリー、バルセロナvsバイエルン・
ミュンヘンのチャンピオンズ・リーグ準決勝のファースト・レグ。

…スポーツ・ファンが胸躍らせるビッグ・イベントが控えています。
どちらも見逃せませんね。サッカーをどこが中継するのか知らんのですが。ハハハ。
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10数年前、4月末になるとそわそわしたことを思い出します。
この時期にチャンピオンズ・リーグの準決勝に進出するチームが決まるからです。
ワクワクはしても、そわそわって?と思うかもしれません。ワケがあります。

WOWOWが放映権を持っていた当時、グループ・リーグの試合は東京のスタジオで、
準決勝からは解説者とアナウンサーを派遣して現地から中継していました。

私がWOWOWで初めてサッカーの実況にかかわったのは1991年11月のミラン・
ダービーでした。フジテレビ時代に10試合ほど経験があるものの、それから20年の
空白があったので戸惑いましたが、指名を受けたときは「待ってました!」でした。
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初めはダービーだけでしたが、93年からはそのほかの試合も担当するようになり、
2000年からチャンピオンズ・リーグの実況も始めました。
さっそく、この年から準決勝の現地実況に参加し、スペインのバレンシアに行って
バルセロナとの第1戦を担当しました。
2001年以後は2試合 (1st&2nd leg)に増え、マドリード(vsバイエルン)とバレンシア
(vsリーズ)を、2002年には、ラッキーなことにバルセロナvsレアル・マドリーの
“クラシコ”を2試合ともやらせてもらいました。

決勝はやらせてもらえませんでしたが、現地実況の準決勝は試合のマグニチュードの
大きさに感激しました。「これは相当楽しめるぞ」と思った矢先に「来シーズン以後の
権利を失った」という“悲報”が飛び込んできました。放送の世界では、放映権の
奪い合いは日常茶飯事ですが、奪われる側に回るとかなり厳しいです。当たり前か。
ハハハ。

しかし、そんなWOWOWを慰めるかのように、この2002-03シーズンの準決勝は
最高の組み合わせになりました。
レアル・マドリーvsユベントス、インテルvsミラン…
いずれも世界のトップ・レベルのクラブ・チームというだけでなく、思い入れの強い
イタリアから3チームも出て来てくれました。文句なしの4チームです。

ちなみに…
”そわそわした”理由は、どのチームがベスト4に勝ち進むかで、自分がどの街に
行けるかが決まるからです。
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ファースト・レグはマドリード、セカンド・レグはミラノに行きました。
ミラノで過ごした数日はサッカーの実況を担当した12年間の中で最高でした。
公式練習を見ることぐらいしかやることはないし、食事はうまいし。ハハハ。

こうして振り返ってみると、UCLではスペインとイタリアしか行ってないんですね。
もったいないことしたなあという気がしないでもありません。特に、リバプールの
ホームでの試合は一度でいいから実況したかったです。試合はともかく、始まる前に
サポーターたちが歌う“You’ll Never Walk Alone”をナマで聴きたかった!

おや、今年の決勝は“モナコ”じゃありませんか。奇遇だなあ。

セリエの実況のときにこんな話をしました。
「UCL決勝の顔合わせがACミランとマルセイユに決まった。会場はモナコ…まるで
最初から分かっていたみたいに二つの街の真ん中だ」。

「バカだねえ。ちょっと調べれば場所はミュンヘンだって、分かるのに」と偉そうに
つぶやいたそこのあなた、「ちょっと調べてそう言ったのさ。バカはそっちだろう」と
お返ししときます。
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インターネットがまったく普及していない時代でした。
WOWOWのサッカー班は資料用にイタリアの新聞、ガゼッタ・デッロ・スポルトを
取り寄せていました。今では有名なあのピンクの新聞です。イタリア語が読める者は
1人もいませんでしたが、数字と固有名詞は分かります。そのころはそれだけでも
立派な資料だったのです。

で、その新聞に“会場・Monaco”と書かれていました。***
海外サッカーのファンもあまり知らない情報だと思って得意げに話したのですが…
実は、イタリア語のMonacoは何を隠そう、ミュンヘンのことだったのです!!!
知らんがな、そんなこと。ハハハ。

***現在は“Monaco di Baviera”と表記しているそうです。公国と区別するためです。

2-6日、更新を休みます。
by toruiwa2010 | 2015-05-01 08:57 | サッカー | Comments(3)