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岩佐徹のOFF-MIKE

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実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

カテゴリ:サッカー( 60 )

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サッカー 3大会ぶりベスト8へ!

07/30 01:04 AMのツイート
柔道を見たあと、0時過ぎにソファで
横になっていたが、いま自然に目がさめた。
起きてPCの前に座ってテレビに目をやると、
ときまさにサッカーのキックオフだった。
驚いた。奇跡に近い。
これから、北島の100決勝まで頑張る。


73歳の年寄りがこんなことをして体にいいわけはないのだが、長年、スポーツを
追いかけることが仕事だったから、オリンピックともなると血が騒いでしまう。
昨日は就寝が午前1時過ぎ、起床は6時前だった。昼寝を30分、夕飯のあと40分、
そして、柔道を見終えてからソファで小一時間の仮眠…睡眠時間はそれだけ…
冗談じゃなく、もうやめなきゃ。ハハハ。

“グラスゴーの奇跡”から中2日でU-23がモロッコと対戦した。
初めて見るチームだが、試合前に抱いていたイメージと違っていた。粗っぽいけど
どこか“危険”のにおいがする。A代表のFIFAランクは低いし、U-23の実力が
どの程度か知らないが、あなどれない気がした。しかも、日本は攻めあぐんでるし、
ときどき相手の鋭い攻撃を受けていた。

前半に何度か決定的なチャンスがあったが決め切れなかった。“決定力不足”という
聞きたくない言葉がよみがえる。まあ、相手の守りもよかったのだから仕方がない。
前半の45分は眠気がとれないうちに終わってしまった。
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後半、大津がドリブルで中央に回り込んでいったとき、前に広いシュートコースが
見えたが、これも決まらなかった。毎度のことだが、これだけ惜しいチャンスを
逃がし続けると嫌な感じになる。
しかし、0-0で迎えた後半39分、センター・サークルから清武が縦に蹴り出した
ロングボールに永井が反応した。持ち前の快速で相手DFを振り切って追いつくと、
飛び出してきたキーパーの頭上をふわりと超えるループシュート。
ボールは懸命に追うDFをあざ笑うように無人のゴールに転がり込んだ。
スペインの監督が激賞した彼のスピードが最大限に生きた場面だった。そう言えば
1998ワールド・カップ予選のころは、“野人”・岡野某がいたなあ。ハハハ。

終了直前に何度かピンチがあったが、なんとかしのいでベスト8進出を決めた。
よかった、よかった。なかなかゴールが奪えないまま、試合が進む中、スペインに
勝ったのは奇跡だと言うなら、モロッコと引き分けるのはなんと言うのだろうかと
考え続けていたが。ハハハ。 


ああ、北島康介…

3大会連続2冠などとマスコミは簡単に言うが
やれたら神の域だろう。しかしいつも照準を
合わせてきっちり仕上げる北島が全体の6位で
決勝進出とは予想しなかったね。
メダルに届けば立派と思うのが普通の感覚だが
この男、常人では考えもつかないことをやって
のけるからなあ。


4月の日本選手権で100.200メートルともに若い立石を抑え込んで優勝したとき、
もしかして、本当に3大会連続2冠はありうるんじゃないかと思ったものだ。
しかし、予選が始まり、準決勝のあとには「タイムが伸びなかった」と、珍しく
考え込んでいるように見えた。
それでも「チェックする。なにか考えないといけない」と語っていた部分に僅かな
望みをつないで決勝のときを待った。
引き締まった表情で入場した。結果はともかく、力を出し切ってほしいと願った。
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…残念だが、レースで見せ場を作ることはできなかった。あの北島も及ばなかった。
ゴールのあとの目がうつろだった。胸に去来したものは何だったか?
しかし、北島康介…つくづく幸せな男だと思う。初出場のシドニーから12年間、
わき目もふらず、ひたすらオリンピックで戦う喜びを味わい続けてきたのだもの。
勝って奢らず、次の高みを目指してきた。水泳で4大会出場、それだけで凄い男だ。

さぞ悔しさでいっぱいだっただろうが、プールから上がってインタビューに応じる
表情は意外にさばさばしているように見えた。
期待してくれた人たちに「申し訳ない」と言ったが、無用だ。誰も君を責めない。
金メダルだ、連続2冠だと騒いだのは周囲の勝手なんだから。
by toruiwa2010 | 2012-07-30 06:49 | サッカー | Comments(1)
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07/26のツイート
サッカー:日本が先制!優勝候補筆頭の
スペインを相手に五分に渡り合っていたが
コーナーキックから大津が決めた。
正直、ここまでやるとは思っていなかった。
NHK/曽根アナ・・・夏のオリンピックは
初めてのはずだがいい実況をしているね。
全く邪魔にならない。


立ち上がりから日本の動きはよかったように思う。
最前線の選手がチャンスのないボールでも相手ペナルティエリア付近まで追って
プレッシャーをかけていた。これで運動量が保てるのかと心配したほどに。
しろうと目に映った勝因のひとつは、前から前から忠実に一人一人がチェックに
行って、かなり相手ボールを奪っていたことだと思う。

もう一つは、技術的・戦術的なことではなく、現代っ子たちの“物怖じしない”
メンタリティではないか。
序盤、形勢は五分に見えてもやはりスペインには余裕があるように見えた。
しかし、20分過ぎぐらいからは明らかに日本代表にまったく気後れがなかった。
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日本人は“テンション民族”と言われた時代があって、大きな舞台、ここという
場面になると、緊張して体も硬くなってしまうことがしばしばだった。
戦後、街にあふれた若者は“アプレゲール”(戦後派)と呼ばれ、戦争から解放され、
奔放な言動で大人たちのひんしゅくを買った。

その若者たちや少しあとの世代の私たちでも、外国人や、大物を相手にすると、
“位負け(クライマケ)”をするなど、緊張体質は抜けなかった。
しかし、現代っ子たちは違う。世界のひのき舞台で優勝候補筆頭を相手にしても
“気おくれ”など一切見せない。たくましさがまぶしい。

大津の先制ゴールも、そんな若者たちのメンタリティが生んだ気がする。
「スペインがナンボのもんじゃい」と言っているようだった。
相手に退場者が出て11人対10人になり、前半を1-0とリードして終わった。
確かに、抜ければ決定的な場面だった。しかし、一発レッドとは思わなかった。
ワールドカップ予選のオーストラリア戦で疑惑のカードを受けた内田の例もあるが、
少し気の毒だった。逆に日本選手があそこでレッドカードを受けていたら、深夜の
日本中が大騒ぎになったのではないか。ハハハ。
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スタジオでの山本解説に光る一言があった。
「審判のメンタルを考えると、日本にカードが出やすい状況だ。注意したい」。
スペインにレッドカードを出した主審の気持ちが、どこかでバランスをとる方向に
傾くことを警戒した解説だった。
どうしても、戦術や技術の話になりがちで忘れてしまうのだが、きちんとおさえた
一言は現地でグダグダしゃべっていた長谷川の話をはるかに超えていた。

間違っても守りに入ることはないように、と願いながら後半を見た。
昨日は岩隈の登板だったので朝早く起きていたため前半途中で“根落ち”しそうな
時間帯があったが、先制ゴールで目が覚め、後半は眠気が訪れることはなかった。

さすがはスペイン…一人少ないという感じはしなかった。それでも、日本は多くの
チャンスを作った。15分前後 立て続けに3回 相手ゴール前でビッグ・チャンスを
つかんだし、永井がフリーになる場面もあったが、ゴールは奪えなかった。
「これはちょっとヤバいぞ」と思った。“試合の流れ”を考えるからだ。

案の定、連続チャンスをゴールに結び付けられなかったことで余裕をなくし、逆に
スペインに攻め込まれた。勝ちを意識しはじめる時間帯と重なったこともあって、
プレーする選手にとっても見ている者にとっても長い長い最後の20分になったが、
よくしのいだ。見事な勝利だった。

なでしこの2ゴールも美しかった。
大野が足の裏で出した川澄へのラストパスも、宮間のゴールに結びついた鮫島の
センタリングも冴えていた。
走り込んで来るはず、ボールが出てくるはず…互いの信頼感が見えた。

なでしこがカナダに勝ったあと、佐々木監督が「なでしことしても、オール
ジャパンとしてもいいスタートになった」と語ったが、その通りだ。
いいことは伝染するはずだ。

解説は「?」だったが、実況のNHK・曽根アナがよかった。
今回、NHKが送りこんだアナは全員が50才未満だ。放送量が増え、仕事の量も
半端じゃないのだろうか。少しでも若いアナで…ということだろうが、視聴者に
ベストのものを届けるという“みなさまのNHK”の使命を忘れていないか?
ベテランにはベテランの味がある。舞台が大きくなればなるほど経験が生きる。
もったいないことをするんじゃないっ!

いかん、“ちょっとだけ”のつもりが長くなってしまった。
今日は別の記事を用意してあるのに。
by toruiwa2010 | 2012-07-27 08:29 | サッカー | Comments(10)
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“たけなわ”のユーロ2012の準々決勝をみた。…収録で。
いくら"毎日が日曜日“でも、連日 あの時間に起きるなんて、自殺行為だ。ハハハ。
自分がかかわったことがあり、もう一つの母局、WOWOWが放送しているからか、
誰かが言うように、ワールド・カップより、一つずつの試合の中身が濃いような。

ざっとだが、見た感想を。


準々決勝

ポルトガル1-0チェコ  宮沢ミシェル・田中大士

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打っても打ってもネットを揺らすことができなかったクリスチアノ・ロナウドが
体ごと突っ込んでいったヘディングは美しかった。
数年前は精神的に幼いところがあったが、スケールの大きな選手に成長したもんだ。
すでに言われているのだろうが、ふとした瞬間の口元などはトム・クルーズに似た
雰囲気があるね。クルーズのファンは怒るかな。ハハハ。
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田中アナの実況は相変わらず安定している。ただし、テンションが低くないか?
“ワクワク”感に欠けるのだが、きっと考えがあるのだろう。
この人は実況を楽しんでいる。“視聴者とともに”とは感じないが。
NHKでよく話していたころの宮沢はもっとシャープだったような気がする。


ドイツ4-2ギリシャ  野口・久保田光彦
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スコア以上に力の差がある試合だった。ドイツ、強いわ。
若手が次々に頭角を現してくるようだが、伸びるかどうかのカギは使う側にあって、
監督に実戦で起用する決断力があるかどうか、ということじゃないのかな?

どうも、久保田アナの“けたたましさ”には慣れることがない。
サッカーを知っているか、描写が的確かどうか以前の問題だ。
“うるさい”感が先に立って、ともに盛り上がることにならないのは残念だ。
解説者から話を引き出すのではなく"誘導"する感じの聞き方も違和感がある。
この人も楽しんでいる空気はあるのだが、視聴者は置いてきぼりになっている。

野口さんは地味だが、その”普通っぽい”ところがいい。好きな解説者だ。
今回も現地に行っていると分かって嬉しい。


スペイン2-0フランス  奥寺康彦・柄沢晃弘
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前回の覇者だからスペインが勝って“順当”なんだろうが、見ていて、それほど
力の差があるようにも思えなかった。“差”を感じるのは結束力だね。

聞きなれた2人の解説・実況だから違和感がない。
一部の戦術・技術論“かぶれ”のファンが奥寺解説にイチャモンをつけているのを
見かけることがあるが、片腹痛い。長い経験に裏打ちされた解説は分かりやすい。
代表戦や世界レベルのイベントしか見ない視聴者にはこれが“必要十分”な解説だ。
WOWOWがこの人を大事にしてくれるのは嬉しいことだ。

グループ・リーグをたまたま見たときにも同じことを感じたのだが、久しぶりに
聞いた柄沢アナのテンションが以前より低いようだ。
田中アナにも同じ印象を持った。もしかすると、よほど、ヘッドセットの密閉度が
しっかりしているのだろうか?

現役時代、控室で実況を聞き直してみて、自分のテンションが思ったほど上がって
いなかったとき、ヘッドセットをずらしてスタンドの騒音が聞けるようにしたら
いい感じになったことを思い出す。
たまにだが、放送が終わったとき耳が痛くなっているほどしっかり出来たヘッド
セットマイクがある。周囲のノイズを完全にシャットアウトすると欧米では歓声を
低く抑える傾向があるので、密室にいるような錯覚を起こして実況がおとなしく
なってしまうことがある。この二人はベテランだからそんなことではなく、実況の
スタイルを少し変えただけなのかもしれない。

山田泰三アナが東京に帰っているのが残念だ。あとは誰が残っているんだ?
たしか、山田アナは前回大会でスタジオを担当していた。見た目が良くて、口跡も
よかったので、実況を聞きたいと思ったものだ。GLでちらっと聞いたがよかった。
才能のあるアナだと思う。WOWOW的には 年功序列にとらわれず、こういう人に
決勝トーナメントの経験を積ませたらよかったのになあ。


イタリア 0-0(PK:4-2) イングランド 野口・久保田
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ブッフォンに始まってブッフォンで終わった…かな。
マン・オブ・ザ・マッチはピルロになっているが、あの、左手一本で止めた最初の
セーブがこの試合の流れを決めたような気がする。
120分 あれだけ攻めていたんだから、シュートアウトの結果イタリアがSF進出で
よかったんじゃないか。カルチョが好きだから言うわけじゃないけど。ハハハ。

コメンタリーについてはすでに触れたので割愛。
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試合を離れて興味があるのはハワード・ウェブが決勝で主審を務めるかどうかだ。
ユーロ2008を舞台に作られたドキュメンタリー映画「レフェリー 知られざる
サッカーの舞台裏」で取り上げられた審判の一人だ。
2008大会でのGLでポーランドに不利な笛を吹いた。決勝の舞台がワルシャワなら
選ばれることはなかっただろうが、キエフらしいし、イングランドが敗退したから
チャンスは十分ではないだろうか。
Jスポーツであと3回オンエアが予定されている。
金もらってるわけじゃないがサッカー・ファンにはお勧めだ。
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さて、大体分かったから、準決勝・決勝は副音声で見ることにする。
悪気はないんだ。勘弁してくれ。ハハハ。
ポルトガルvsスペインとドイツvsイタリア…かあ。
27時45分ねえ。やっぱり、ナマかなあ
by toruiwa2010 | 2012-06-27 07:16 | サッカー | Comments(11)
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ローランギャロスの終盤と重なるように始まったサッカーのユーロ2012は早くも
決勝トーナメントに進む8ヶ国が決まりました。今回はポーランドとウクライナの
共同開催でしたが、残念ながら両国ともグループ・リーグで敗退しました。
オランダとロシアを除く有力どころが揃いました。豪華な顔ぶれですね。
後輩アナや懐かしい解説者たちが現地から熱戦の模様を伝えていることでしょう。

…他人事のようですが、ええ、時差がきつすぎて、実は今日までまともに見のは
イタリアvsスペインと、フランスvsイングランドぐらいです。確か、前回大会が
終わったときには4年後を楽しみだと思った記憶があるのにこのザマです。ハハハ。
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WOWOWがユーロの放送を始めたのは1996年イングランド大会からでした。
当時はよほどのマニアでなければ話題にしなかったヨーロッパ選手権…話を聞けば、
実力が伯仲する国同士の対戦が多く、ワールド・カップよりむしろレベルは上だと
言う人もいましたが、私は初めて訪れるロンドンから中継するという点で興奮した
程度の関心しかなかったのです。ハハハ。

実況アナとして困ったのは例によって資料集めでした。
パソコンが普及し始めていましたが、インターネットはまだ発展途上でしたから
大した情報は得られませんでした。新聞に記事が出ることはなく、雑誌の記事は
目にするころには古くなっていて使い物になりません。
しかも、私は、直前の全仏オープン・テニスのために早々と日本を出てしまうので
ますます、資料を集めるのが困難でした。

結局、厚かましくも ニューヨークの知人に資料を集めてもらいました。
ネットで拾った記事をプリントアウトしてパリの私のホテルにファックスで送って
もらったのです。毎日、テニス会場からホテルに戻ると、呆れ顔のフロントマンが
山のようなファックスの束を渡してくれたものです。ハハハ。

テニスの期間中は読んでいる時間はありません。最終日の翌日、ロンドンに向かう
飛行機の中でようやく読み始めました。
大会はすでに始まっていて、ロンドンにつくと一気に熱気が押し寄せてきました。
イングランドにしてみれば、1966年のワールド・カップ優勝から40年目に地元で
開かれるビッグ・イベントでしたから無理もありません。

この大会の序盤の目玉はなんと言ってもイングランドvsスコットランドでした。
1996年6月15日、ロンドンのウエンブリー・スタジアムは8万人近い大観衆に
埋め尽くされ、試合開始前から終了後まで盛り上がりっぱなしでした。
遅れて現地に入った私が最初に担当したのがこの試合です。
プレッシャーもありましたが、一方、武者震いに似た“高揚感”もありました。
解説は、会うのも話をするのも初めての岡田武史(当時・代表監督)さんです。
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好調だったイングランドのエース、シアラーの先制ゴールも見事でしたが、
忘れられないのは問題児・“ガッザ”こと、ポール・ガスコインのゴールです。
ペナルティー・エリア前に走り込むガスコインに左後方から長いパスが送られると、
彼は左足でこのボールを浮かしてDFの頭上を抜き、落ちてくるボールを右足で
鋭くシュートしました。流れに乗った見事なシュートだった。
自分のサッカー実況の中で、もっとも強く記憶に残るベスト・ゴールのひとつです。

この大会では、サッカーに関わるものにとってあこがれの地であるウエンブリーで
ドイツvsチェコの決勝を含めて5試合も実況できたのは幸せでした。
このとき、大規模な改修が決まっていました。古ぼけたエレベーターは乗るたびに
途中で止まってしまうのではないかと思うほどガタガタでした。しかし、操作する
80歳近くに見えたお爺さんは誇らしそうでした。
決勝トーナメントに入ってからPKにもつれこむ試合が多かったのですが、決勝が
ビアホフのゴールで決着したあと、このエレベーターで偶然、隣り合わせになった
フリットに「どうでしたか」と聞くと、笑顔で「PKにならなくてよかったね」と
言ったことを思い出します。ハハハ。
彼も 名古屋グランパスでプレーしたリネカーもこのときはテレビの解説者として
仕事をしていました。2人ともビシッと決めたスーツ姿がほれぼれするほどでした。
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オランダ・ベルギーの共同開催だったユーロ2000は私だけでなくWOWOWに
とっても忘れられない大会になりました。
男子の決勝と、98ワールド・カップの優勝国・フランスの試合が重なったのです。
テニスの試合経過はブラジルのグスタボ・クエルテンがスウェーデンのマグナス・
ノーマンを62/63とリードして、サッカーの試合に余裕で間に合いそうでした。
しかし、途中からノーマンが粘りを見せてとうとう生放送の予定だったサッカーを
録画にせざるを得なくなりました。

「このまま、テニス中継を続けさせていただきます。どうぞご了承ください。
世界最高峰の戦い、両者がテクニックを尽くして戦っています」とお詫びの言葉を
口にしながら、翌日、ベルギーに移動する私もサッカーは大好きですから「まあ、
何を言ったって許してはもらえないだろうな」と考えていたことを思い出します。
ハハハ。
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この大会、WOWOWの現地本部はオランダのアムステルダムにおかれていました。
ところが、日本を出る前に渡されたスケジュールでは、私は準決勝までベルギーの
競技場で仕事をすることになっていました。普通、決勝を担当するアナウンサーは
会場での実況を何度か経験するように日程を組むものですが、何をどう考えたのか
プロデューサーは私を遠ざけたのです。折り合いが悪かったし。ハハハ。

スポーツ部長からは「決勝を実況してもらいます」と言われていたのに、ひそかに
作っていた彼の担当表では、決勝は後輩のアナがやることになっていました。
準決勝までの担当も、それに合わせて作ってあったのです。つまり、「岩佐さんは
ベルギーから日本に帰って下さい」ということです。
控えめな私(笑うところです)にもプライドはありますから、部長にねじ込みました。
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…決勝は私の担当になりましたが、準決勝までの予定は変わりませんでした。
準決勝が終わったあと、オランダに入りましたが、ホテルはほかのスタッフから
離れていました。よほど私が嫌いだったのですね。気の毒に。ハハハ。
ロッテルダムで行われた決勝は応援していたフランスとイタリアの対決でしたから、
嫌な気分はさっぱり忘れて放送席に座りました。

イタリアに勝たせたかったし、“ほぼ”勝っていたのに、ロス・タイムに追いつかれ、
延長の末敗れました。
フランスの決勝ゴールは左サイド深く持ち込んだピレスからゴール前のトレゼゲに
絶妙のクロスが送られて決まりました。
ゴールの瞬間の前後、10秒ほどの間に私が口にした二つの言葉は忘れません。

クロスが入る前:「正面にトレゼゲがいる」…“保険”が効果的でした。
ゴール後:「フランス サヨナラ勝ち!」…野球じゃないんだから、と言われました。

どちらも、“確信犯的犯行”でした。なんとでも言って下さい。ハハハ。
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ユーロ2004は楽しく過ごせた大会ですが、ほろ苦さもあります。
前立腺がんが見つかったときに、手術の時期が確定しないうちにWOWOW側に
話してしまったため、私の立場が微妙になってしまったのです。
「行けない可能性がある」と告げた2日ぐらいあとに“手術は大会後でもOK”に
なったのですが、混乱させた責任を感じて、「グループ・リーグまででいいよ」と
申し出ました。

「そう言わずに」と言ってくれることを期待しましたが、そうはなりませんでした。
ハハハ。
北沢豪は予定より1日遅れて現地には行ってきました。乗り継ぎに失敗したため
パリに一泊したからです。そういう説明でした。しかし、私は、マネージャーが
同行していてそれは考えられない、きっと、これも“確信犯”で、初めから企んで
いたに違いないと思っています。ハハハ。
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8年前、彼と三浦知良はフランスを目の前にして日本に帰されました。そのときの
“恨み”を晴らしたのです。放送には支障がなかったですし、気持ちは分かるので
非難する気持ちはまったくありません。
この大会では、井原正巳さんともども現地で初めて会いましたが、気分のいい人で、
なじみの解説陣、奥寺さん、信藤さん、野口さんたちと、ジャカランダが咲いて
気候もよく、食べ物もおいしい6月のポルトガルを存分に楽しみました。

制作陣はさすがにグループ・リーグまでで日本に帰すのは“ふびん”と考えたのか、
結局、準々決勝まで実況させてくれました。どちらにしても、チャンピオンズ・
リーグ以外のビッグ・イベントでは必ず決勝を実況していましたから、大会途中で
帰国するのはとても奇妙な気分でした。しかも、担当した準々決勝がフランス対
ギリシャで実に退屈な試合だったことが悔しいです。
この大会を最後にサッカー実況を引退しましたから、今でも心残りです。
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さて、明日から決勝トーナメントですか。せっかくですから、しっかり見ますかね。
えーと、3時半は無理ですから、夕方の再放送を…。準決勝・決勝は、カードが
決まったときに、生で見るかどうかを考えますわ。ハハハ。
by toruiwa2010 | 2012-06-20 07:41 | サッカー | Comments(6)
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右足でキックしたボールがゴール左隅のネットを揺らした瞬間、ドログバはこの日 
2度目のヒーローになりました。もちろん 個人の喜びはどうでもよかったでしょう。
チーム競技のよさは、何があっても最後は仲間全員で喜び、全員で悲しむところに
あるのですから。チェルシーにとって初めてのビッグ・イヤーですか。
オイル・マネーにものを言わせて、手当たり次第にいい選手を獲得しまくっていた
時期があって、とっくに優勝しているように錯覚してましたが。ハハハ。
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前夜、横になってからこの日が決勝だったことを知りました。
リビングに戻ってビデオをセットするのも面倒なので“間に合えば見る”という
スタンスで臨んだのですが、起きたら延長が始まるところでした。ハハハ。
あまり積極的ではなかった理由は実況です。
ボリュームを下げて見ましたが、この人独特のテンションとリズムが、試合を見て
私が持つフィーリングと大きくかけ離れているのです。

ゲーム中ほとんどしゃべりっぱなしのサッカーはプレーを描写する時間が長いので
この二つが合わないと見ていて“苦痛”です。
彼には、競馬でもサッカーでもファンがいるようですから、ぴったり合う人もいる
のでしょうが、私はダメです。

これで、ヨーロッパのサッカー・シーズンは終わったことになるんですかね。
以前は、UCL決勝のあとも、スペインのリーグが続いていたような気もしますが…。
最近は、こまかいことまったく分からなくて。ハハハ。
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WOWOWでセリエAの放送が始まったのは1991年9月でした。
初めはほとんど無関心でした。よほど熱心なファンでなければ「それ 何?」という
存在だったと思います。
プロデューサーは私がフジテレビ時代にサッカー実況の実績があることを知らずに、
ラジオのアナウンサーたちを起用していました。頭にきて余計興味を持つ気持ちに
なれませんでした。ショート・テンパー。ハハハ。

しかし、10月の半ばごろ、そのプロデューサーが私のところにやってきました。
「11月にダービーというビッグ・マッチを現地から放送することになった。ぜひ
WOWOWのアナウンサーでやりたいのだがどうか?」ということでした。
すぐにOKしました。待ってましたから。ハハハ。
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意気揚々とミラノに乗り込みましたが、「やれるさ」と見得を切って引受けた手前、
下手な実況をしたら笑いものになると、内心は不安だらけでした。
そのときのミラン、インテル、両チームの先発メンバーがこれです。
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お分かりのように、ミランにはファン・バステン、フリット、ライカールトという
オランダ・トリオがいて、対するインテルは マテウス、クリンスマン、ブレーメの
ドイツ・トリオです。当時、世界最高のリーグと言われたセリエの中でもひときわ
華やかな顔ぶれがそろっていました。
ファン・バステンのゴールでミランが先制し、クリンスマンのボレーでインテルが
追いつくという素晴らしい展開でサンシーロは大いに盛り上がりました。

その後も ダービーは毎回、行っていました。カルチョは私のサッカーの原点です。

中でも、ACミランは私の好みのチームでした。
このときのメンバーは布陣まで鮮やかに目に浮かびます。
GKロッシ、DFは右からタソッティ、コスタクルタ、バレージ、マルディーニ。
中盤は中央にアルベルティーニ、サイドにドナドニとライカールトで、フリットは
自由自在にポジションを変えていました。トップはファン・バステン、下がり目に
マッサーロです。そして、この年、前任者のアリゴ・サッキからバトンを託された
ファビオ・カッペッロが指揮をとっていました。いや、懐かしい!
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数年前にマルディーニが引退、ネスタ、インザーギ、ガットゥーゾも今シーズンが
最後になると聞きました。
ネスタはスマートな選手でした。足が遅くなってからは厳しかったですが。
何度オフサイドを取られても、繰り返しDFの裏に飛び出して行くインザーギは
実況しがいのあるFWでしたし、一発レッドをとられてもおかしくないタックルで
相手を威嚇するファイトむき出しのガットゥーゾも好きなタイプの選手でした。
「漢字にすると“根性”」の早野語録とともに。ハハハ。

ミランの次に好きだったのはユベントスでした。
スキャンダルでセリエBに落ちていた時期もありましたが、2011-12シーズンは
6シーズンぶりにスクデットを獲得しました。見事な復活優勝です。“トリプル
増毛疑惑”のコンテ監督1年目の快挙にビックリです。ハハハ。
メンバー表を見ると、知っている選手はデル・ピエロ、ブッフォンとピルロしか
残っていません。一時、引退かと噂されていたデル・ピエロは「まだやめない」と
言っているらしいですが、もう、かつてのプレーは期待できないでしょう。
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プラチニの名を挙げる人がいるかもしれませんが、あの華やかさ、プレーした長さ、
Bに落ちたときも留まったことを考えるとユベントスと言えばデル・ピエロです。
セリエやCLで何度も実況しましたが、ゴールラインが近付き左45度でボールを
持ったときは期待して呼吸を止めたものです。ハハハ。

私がセリエのレギュラー・シーズンの実況陣に加わった93-94シーズンは 彼の
プリンスとしての華々しいデビューと重なるだけに思い入れが強いのです。
“当たり”には強くなかったものの、ひと目見たときから、その美しいプレー・
スタイルにはすっかり魅せられました。
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ここ数年は、セリエを見る機会がありません。
Twellvでミランの試合を放送しているのは知っているのですが、なかなか、食指が
動きません。サッカー自体、代表の試合ぐらいしか見なくなりました。

私が愛したカルチョがどんどん遠くなります。トホホ。

ネット上でこんなものを見つけました。
98-98シーズンのペルージャvsカリアリです。 http://bit.ly/KDpXvy
いいところばかり編集してありますから、自分で言うのもなんですが、
なかなかGJです。ハハハ。
このシーズンは中田がセリエ入りしました。
私のサッカー実況ではこのころがピークだったかもしれません。
たいしたことねえな…などと言わないように。ハハハ。

by toruiwa2010 | 2012-05-22 07:52 | サッカー | Comments(11)
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今シーズンのUEFAチャンピオンズ・リーグ(UCL)の決勝カードが決まりましたね。
バルサ&レアルが敗れたのは残念ですが、チェルシーvsバイエルンも悪くありません。
しかも、会場がミュンヘンじゃないですか。いやいやいや。思い出しますねえ。
いえ、この新スタジアムはまったく知りませんし、古いオリンピアシュタディオンも、
外から見たことがあるだけで、中に入ったことはありません。
しかし、UCLとミュンヘンがからむと印象深い思い出がよみがえるのです。
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UCLの存在を知ったのは、セリエAの実況陣に加わった1993年でした。
当時 イタリア・サッカーについての情報はガゼッタ・デッロ・スポルトという有名な
スポーツ新聞に頼っていました。分かるのは数字と固有名詞だけですが。ハハハ。

シーズンが終盤を迎えたころです。そのピンクの新聞でUCL決勝のスケジュールを
見ていて、会場がMONACOだと知りました。
準決勝を勝ち上がったのはフランスのマルセイユとイタリアのACミランです。
放送の中で決勝のスケジュールなどを伝えて、「モナコなら、マルセイユとミラノの
ちょうど中間ですから 応援に行く両チームのサポーターにとっても好都合ですね」と
解説者に話しかけたことを思い出します。

ところが。ところが、です。これがとんでもない間違いだったのです。
英語ではたとえばユベントスの本拠地・TorinoはTurinと表記されることが多いです。
全部が全部ではありませんが、ヨーロッパの非英語圏の国では、英語名を持つ街が
たくさんあります。イタリアでいえばMilan(ミラノ)、Florence(フィレンツェ)、
Venice(ベネツィア)、Naples(ナポリ)などがそうです。
ドイツにはMunich(ミュンヘン)やCologne(ケルン)があり、他にもPrague(プラハ/
チェコ)、Moscow(モスクワ/ロシア)Vienna(ウイーン/オーストリア)、Athens(アテネ/
ギリシャ)…イタリアにはほかにもRome(ローマ)、Sicily(シチリア)などがあって一番
多いように思います。
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スポーツ関係の記事を英語で読むようになってからは 都市名の英語読みにもだいぶ
なじんでいて間違うことなどほとんどなかったのですが、“落とし穴”がありました。
放送から4,5日たったとき、なんと、“イタリア語のMonaco”はモナコ公国のほかに
ミュンヘンのことも指すのだと聞かされたのです!!
青天の霹靂です。少しも疑うことなく、得意げに話したことが恥ずかしい!
しばらくは、結構、落ち込みました。ハハハ。

この思いではもう一つの思い出につながりました。

4月18日はツイート3周年の記念日でしたが、考えて見ると 24日は私がブログを
開設した記念日です。
当時はまだ“ブログ”という言葉はなくてホーム・ページ(HP)と呼んでいました。
資料収集のためにインターネットはなんとかやっていましたが、HPとなるとまるで
手が出ず、指をくわえて眺めているだけでした。

テニス中継を見ていた若者が「手伝いますから、やりませんか」と声をかけてくれて
大喜びで飛びつきました。書き上げた記事をメールで送ると、時間があるときに彼が
アップしてくれる、というやり方でした。
はじめは週1回のペースでの更新でした。間もなく、私の方は頻繁に更新したくなる、
かといって、好意で手つだってくれる相手に迷惑をかけられない…というジレンマに
悩んだ結果、2年後にはコラムの部分をブログ化しました。
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初代HPのタイトルは「岩佐徹のon-air off-air」でした。
アナウンサーらしいものにしたかったのです。そして、コンテンツのひとつだった
コラムのタイトルが「OFF-MIKE」でした。
今はもう、私のパソコンの中でしか見られなくなりましたが、この懐かしいHPが
スタートしたのが9年前、2003年の4月24日でした。
“いたずら”や“荒らし”に悩まされ、それなりに変遷があって当ブログにたどり
着いて、開設から10年目に突入しています。

UCL決勝が近づいたことで、“MONACO”を思い出し、HPのコラム第1号に書いた
チャンピオンズ・リーグにまつわる記事を思い出したのです。
読んだ方もおいででしょうが、懐かしい固有名詞も出てきますので、連休中にでも
読んでみてください。


「長かった4月23日」2003.04.24

4月23日(実際は24日ですが)でチャンピオンズ・リーグ(以下CL)のスタジオからの
実況が終わりました。画面だけを見てスタジアムにいるかのように実況することを
オフチューブ方式といいますが、サッカーの実況アナウンサーとしてはかなり高齢の
私にとっては条件が厳しいやり方です。これで、CLに限って言えば、現地でのセミ・
ファイナル2試合になりましたから、ひと安心です。

23日は結構忙しい一日でした。
まず、午前中にこの日担当のマンチェスター U対レアル・マドリッドの資料作りを
ひととおり終えて、午後はビデオ・チェックに入りました。
はじめに前日の夜NHKで放送したクラシコ、レアル・マドリッド対バルセロナ、
次に、朝のCL バルセロナ対ユベントス、レアル・マドリッド対マンチェスターの
それぞれの第一戦、いずれもポイントを絞ってチェック。
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普通なら、最後は気に入っている自分の実況テープを見て“感じ”をつかむことで
準備の仕上げをするのですが、この日は見ておきたいものがもう1本ありました。
それは、なかなかのすぐれもの、マンチェスターUのヒストリーDVDです。
最後までは見られませんでしたが、いくつかネタを仕込むことができました。ハハハ。

一般の家庭にくらべたらかなり早めの晩御飯をすませて家を出ます。
サッカー担当の日は睡眠を確保するため、放送の前後 スタジオ近くのホテルでやすむ
ことにしているのです。ヨーロッパはサマータイムですからキックオフは日本時間の
3時45分です。集合は午前2時、それまでに少しでも寝ておかないとつらいのです。
一度、15分しか眠れなかったときはしゃべりたいことが頭の中でうまくまとまらず
かなり苦労しました。
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この日は、いつもより早い午前1時に局に着きました。ちょうどロビーでは 制作側と
技術さんの打ち合わせが行われていました。
二つのカードを担当するスタッフはあわせると45名ほどになるでしょう。
信藤さん、柄沢アナ、奥寺さんの順に到着して今度は解説・実況陣の打ち合わせです。
その打ち合わせが終わったころ、UEFAからのメンバー表が手元に届きます。
マンチェスターは 負傷していると伝えられていたベロンが先発し、ベッカムではなく
スールシャールが右サイドです。やっぱり、そう来たかという感じでした。
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レアルはといえば、盲腸のラウルのかわりにグティが入っているのは分かるとして、
ボランチのところになんとマクマナマン! 奥寺さんの意見は「イングランド出身と
いうことを買ったんじゃないのかな」ということでした。

第一戦がレアルの3-1に終わっているのはバルサにとって厳しいですが、スーパー・
スターをそろえた名門同士の対決、舞台は「夢の劇場」、オールド・トラッフォード、
しかも主審はコッリーナさんです。リハーサルから胸が躍りました。久しぶりです。
テレビマンとして視聴率を稼ぐために面白い展開を期待するのは当然でしょう。
それには 追う立場のマンチェスターが先に点を取ることです。しかし、大歓声の中で
始まった試合はこちらの思惑とは反対に ロナウドのゴールでレアルが先制、その後も、
追いつかれる度にロナウドがネットをゆらして突き放す展開になってしまいました。
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救われたのはマンチェスターの選手たちの闘争心が最後まで失われなかったことと
サポーターが彼らに大声援を送り続けたことです。
結果はレアルが2試合合計得点でマンチェスターを下して準決勝進出を決めました。
早い段階で「レアル勝ち上がり」の可能性が濃くなってしまったのは残念でしたが、
私個人は結構のびのびしゃべれて、いつもお叱りを受ける選手名の間違いも少なくて
久しぶりの奥寺さんとのコンビを楽しめました。同じように思った方が多かったのか
展開の割には視聴率も4.3%とかなりのものでした。

番組が終わってひと息入れているとプロデューサーがセミ・ファイナル放送用の番宣
(番組宣伝)について打ち合わせるためにスタジオに入ってきました。
カードについて一言ずつ話したあと「何日の何時から放送です」と締めるのですが、
かなり大変なんです。一人で自由にしゃべるなら問題はありませんが、言うことは
ほぼ決まっている上に「編集したくないので30秒ぴったりでお願いします」などと
平気で注文をつけてきますからね。ハハハ。
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3、4回の取り直しで終わりましたが、寝不足に加えて2時間実況したあとでしたから、
最後は情けない声になっていました。
控え室に戻ると、先にメークを落としていた後輩のアナがさわやかな顔で「いやあ、
こっちはいい試合でしたよ。そちらとは逆の展開で、ミランが先に先に点を取って、
最後91分に決勝ゴールですから」と話しかけてきました。

…「なぜ そういうことを言うかなあ」と、試合展開も結果もいまいちだっただけに
気分がすぐれない私としては言いたいところですが、ぐっと我慢して「そう、それは
よかったね」と返しました。先輩はつらいのです。ハハハ。
冗談はともかく、WOWOWでは 面白くなりそうな試合を送り出すAスタジオは1階、
もう一試合のBスタジオは2階にあるのですが、今シーズンのCLは終わってみると
2階のほうが内容で上回るケースがとても多かったのです。
プロデューサーが年寄りの私に気を使って、全部Aスタの担当にしてくれたのですが、
終了後、勝ち誇ったように喜色満面で引き上げて来るBスタ担当をほろ苦い思いで
迎えたことが何度あったでしょうか。ハハハ。

さて、レアル、ユーベ、インテル、ミランと豪華な顔ぶれが出揃って5月に入ると
いよいよセミ・ファイナルです。
私の行き先も決まりました。まず、3年連続のマドリッドでレアルvsユーベ。
ここは、スタジアムまで歩いて5、6分ですからとても気分が楽です。

そして、第2戦は4年ぶりのミラノからインテルvsミランのダービーです。
実は、インテルが勝てば文句なしにミラノに行けるはずだったのですが、数日前には
プロデューサーから「岩佐さん、もし、準決勝がクラシコ(レアルvsバルセロナ)に
なったら、取材の関係で日程を変更してそちらを担当してもらいますので」と無情の
宣告をされていたのです。
「そんなにオレをイタリアに行かせたくないのか、よーし」と、バルサのファンには
申し訳ないと思いつつ、今回ばかりは思いっきりユーベを応援させてもらいました。
ハハハ。

ホテルで1時間ほどうとうとしただけで帰宅してこれを書き上げました。
ずいぶん長くなりましたが、一回目ということで勘弁してください。
マドリードへの出発は3日です。それまでにもう一回 書く予定ですが、現地からも
できるだけアップしたいと思っています。

どこに出かけるわけでもないのですが、
3日から6日まで休みます。あしからず。

by toruiwa2010 | 2012-05-02 14:06 | サッカー | Comments(0)
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1999年6月23日、WOWOWのサッカー班は解説者数人とともに、西麻布のイタリアン・
レストランに集まっていました。長かった98~99シーズンの打ち上げのためです。
中田英寿がペルージャで初めてプレーしたシーズンでした。彼の活躍のおかげで視聴者の
手ごたえも上々でしたから、集まった面々の気分は高揚していました。
会が始まってしばらくすると、編集局長が姿を現してあいさつに立ちました。
「みなさん、喜んでください。心配かけましたが、18チームのうち14チームと契約が
できることになりました」…店内に歓声が響きました。
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実は次のシーズンからセリエの契約形態が変わって、チームごとに契約交渉をしなければ
いけないようになり、スカパーとの間で激しい戦いが続いていたのです。
14/18チームが確保できれば、放送を続けることができるし、視聴者に納得してもらえる
カードの提供が可能になりますから、誰もが喜びいっぱいだったわけです。

しかし、それから1ヶ月もたたないうちだったと思いますが、出社すると、デスクの上に
メモが置かれていて、セリエの放映権がスカパーに渡ったことを知りました!
93~94シーズンから実況にかかわっていました。特に、98~99シーズンは 相性が悪かった
プロデューサーが交代したこともあっって全34節で27試合を担当しました。
自分で言うのもおかしいですが、脂が乗っていたのです。
テレビで仕事をしていると、イベントの権利を獲得したり失ったりは日常茶飯事ですから、
何度も経験していますが、このときに覚えた“喪失感”は2002~2003シーズンを最後に
チャンピオンズ・リーグの権利を失ったときと並んで忘れられない記憶です。
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木曜日の朝日の夕刊で嬉しい記事を読みました。
ユベントスが久々に優勝争いをしていることを伝えていたのです。
ミーハーっぽくて恐縮ですが、実況する機会が多かったこともあって ミラン、インテルと
ユーベは常に関心があり大好きなチームです。イタリアNo1の名門でありながら、審判の
買収などでセリエBに降格された苦い経験からユーベが立ち直りの気配を見せているのは
とてもうれしいニュースです。

監督がアントニオ・コンテなんですね。
現役時代はファイターでした。しつこい選手でした。髪が薄くなりかけていました。
あるとき、“変化”に気づいて増毛疑惑をしゃべった記憶があります。ハハハ。
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ためしにメンバーを見ると、私が実況していたころにプレーをしていた選手の中で今でも
現役なのは、ブッフォンとデルピエロだけのようです。
ミランのメンバー表を見ると、ネスタ(!)を初め、インザーギ、ガットゥーゾ、セードルフ、
アンブロジーニ、ザンブロッタ…レギュラーではない選手が多いようですが、懐かしさが
こみ上げる顔ぶれが残っています。

WOWOWで初めてJAPANの試合を実況したのはユベントスが来日したときです。
6シーズンぶりに監督に復帰したトラパットーニが率いて1992年に来日しました。
日本選抜(監督:オフト)と2試合やったのですが、神戸のユニバー記念競技場での試合を
実況しました。解説は奥寺さんと加茂周さんでした。奥寺さんはミラン・ダービーで一度
お手合わせがすんでいますが、加茂さんとは初対面…なのに、放送席に腰を下ろしたのは
選手が入場する5分前というあわただしさでした。

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リーグ“前夜”で、サッカー熱が盛り上がりを見せていていました。
WOWOWが放送する予定もなく、私もあまり関心がなかったのですが、その“たたり”で、
日本選抜のメンバーを伝えるとき、チーム名を「日産浦和マリノス」などと とんでもない
ミスをしています。「どこにそんなチームあんねん」と突っ込まれたことでしょう。ハハハ。

このときのユーベは、ロベルト・バッジョがキャプテンを務め、ビアッリがセンター・
フォワード、ほかに ドイツ代表のメラーやコーラーがいて、若き日のコンテが左サイドで
プレーしていました。日本選抜は 三浦知良、福田、井原、都並、キーパーは松永でした。
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試合は、吉田光範のゴールで前半に先制した日本選抜が後半16分にも福田の
スルーパスに反応した三浦知良が 追いすがるジュリオ・セザールをかわして
ゴール右隅に決めて2-0とリードを広げ、加茂・奥寺のご両人のテンションは
最高潮でした。ハハハ。
ヨーロッパの強豪・ユベントスのイレブンがカッカする場面がみられて面白い試合でした。
“本気”になったユーベは34分にバッジョのPKで1点差にすると、ロスタイムに入って
ドイツ代表のメラーのヘディング・シュートでとうとう同点に持ち込みました。
直後に試合終了の笛。
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「さすがはユベントス、インジャリータイムで追いつきました」と声を張り上げる私とは
対照的に、2人の解説者の口が思い切り重くなってしまい、何を聞いても“はかばかしい”
答えが返ってこなくなったのです。ハハハ。

あのころが心身ともに一番充実していたかもしれません。懐かしいなあ、セリエ。

坂の上には何もなかった…

12/25
女子フリーに3時間枠・・・どう考えたって、7時から
演技を見せるわけはないから6時~7時半はBSで
「坂の上の雲」最終回を視聴する。
これが正しいテレビの見方。w。みんながこうすれば
苛立つこともないのに。


…そんなわけで、昨日は6時からNHK-BS「坂の上の雲」、終わってからフジテレビの
「全日本フィギュア」を楽しませてもらいました。

「坂の上の雲」は最終回でした。
沖ノ島沖での東郷平八郎率いる日本海軍とロシアのバルチック艦隊との長い海戦シーンが
冒頭から実に30分近く続きました。迫力はありましたが、CGが多かったのは事実です。
それよりも疑問に思ったのは、この海戦を100年以上たった今描くことにどんな意味が
あるのか、ということです。

日露開戦あたりからは“戦争映画”を見ているようでした。
司馬遼太郎の原作はともかく、NHKのドラマはこれだけの大金を使って今の時代の我々…
特に若い世代に何を伝えたかったのでしょうか?
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結局、このドラマは何を描きたかったのか。
人間は秋山兄弟と子規までが限界だった。つまり、
人間は描ききれず、戦争は描いたが、歴史全体を
描こうとしてナレーションでのごまかし。
そして、随分素っ頓狂な終わり方をしてくれたもんだ。
「これから一人で逝きますから」…か。


全体の4話目ぐらいまでは、毎週、次の日曜日が待ち遠しいと思うほど引き込まれました。
“松山時代”です。律(菅野美穂)を含めて秋山兄弟、正岡子規たちの豊かな個性や強い絆が
丁寧に描かれ、魅力ある“人間ドラマ”になっていました。
最終回で唯一ぐっときたのは、帰宅した真之(元木雅弘)が母親の遺体と対面して語りかける
シーンでした。人間・真之がせまってきたからです。
ドラマ全体を通して、元木と菅野、香川の演技には胸を打たれました。

たぶん、このドラマへの世間の評価は高いのでしょう。ただし、その根拠は何でしょう?
「俳優陣が豪華だった」「さすがはNHK」「会戦・海戦シーンに迫力があった」…まさかね。

私には不満が残りました。
3年も引っ張っておきながら、“坂の上”に何が見えたのか?
司馬遼太郎の原作にもその部分は書かれていなかったのでしょうか?
自分で考えろ?
いやあ、あの作り方・終わり方では考える手がかりもないわ。ハハハ。

浅田真央については、素直にほめる…それに尽きます。

今日見ないかもしれませんが、週末の視聴率です。

フィギア(土)   22.7%
     (日)   26.7%

すべらない話  12.9%

NHK  坂の上の雲  11.4%


            
by toruiwa2010 | 2011-12-26 10:02 | サッカー | Comments(2)
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12/03
EURO2012組分け…グループB!
オランダ、デンマーク、ドイツ、ポルトガル。
均衡を図ろうとしているのだろうがいつだってドローの
いたずらに泣く国が生まれるなあ。
これは来年の6月はリーグ戦から目が離せない。
寝不足を覚悟しないと。

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来年6月に開幕するユーロ2012もWOWOWが放映するようですね。連続5大会…
権利獲得競争が激しくなっている中でよく頑張っていると思います。もしかすると、
スカパーとの間でほかのソフトとの“住み分け”ができているかもしれませんが。
ええ、これとこれはウチが取りに行くので、おたくは手を出さないでください…的な
暗黙の取り決めをして権料のつり上げを防ぐ“企業防衛策”です。
実際にやっているかどうかは知りませんよ。ハハハ。

それにしてもグループBはすごいですねえ。
この4ヶ国の中から グループ・リーグの段階で二ヶ国が消えるのですから。
どの国の監督も表面はともかく、結果が出た瞬間は内心、「えらいことになった」と頭を
抱えたことでしょう。ハハハ。

初めて実況した1996年イングランド大会を思い出します。
当時、ヨーロッパのサッカーはまだまだ遠い存在でした。WOWOWのセリエの放送は
始まっていましたから イタリアのことはそれなりに情報があり、そこでプレーしている
外国人選手についても分かる部分はありましたが、代表チームの情報は僅かなことしか
伝わっていなかったのです。

それでも、内外の雑誌をかき集めて資料づくりをしました。
このときの実況陣は柄沢・八塚両アナと私で、ロンドンをベースにする私はイングランド、
スコットランドなどがいるグループAと グループDのデンマークvsクロアチア戦を
担当することになっていました。つまり、グループB,Cの8ヶ国とDの2ヶ国については
決勝Tまで実況する予定がなかったのです。

直前のフレンチ・オープン・テニスも担当する私はユーロが開幕する1ヶ月前に日本を
出発するという“ハンデ”がありました。パソコンなどまだ普及していない時代です。
…時間と労力の節約を考えました。当面 担当しない“10ヶ国”が決勝Tに出る可能性を
考えて自分なりにランク付けし、それに応じて資料を集めることにしたのです。
“手抜き”などと言わないで下さい。経験を積んだアナウンサーが同じ状況に置かれたら、
10人中9人は きっと同じことをするはずです。強弁。ハハハ。

グループCはドイツ、イタリア、ロシア、チェコで構成されていました。
当時の力関係からはドイツとイタリアが勝ち抜けると考えるのが“常識”でしたが、
念のために「曲者だから」とロシアを入れ、チェコは可能性がないと判断しました。
Aの中で実況の予定がないスイスと、Bのルーマニア、Dのトルコも外しました。

テニスの仕事をこなしつつ、資料をあさりましたが、思うように行きません。
それでも、国ごとに用意した12枚の大型封筒には少しずつ資料がたまって行きました。
“外した”4ヵ国も、封筒だけは用意しておきましたが、空っぽのままです。ハハハ。
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グループC で、もたついているイタリアをしり目に チェコが決勝T進出を決めたときは
スタッフ全員が肩を落としました。セリエを放送しているWOWOWにとって イタリアが
グループ戦で消えることは“あり得なかった”のです。
そして、私にとっては“情報がない”チェコが出てきたことは大問題でした。もちろん、
外した方が悪いんですが。ハハハ。

開催地がイングランドでしたから、英語の新聞雑誌があふれていたのは幸いでした。
チェコの情報を求めて古い新聞まで探し回り、なんとかピンチを脱しました。
ランクに従ってシードをするなど、できるだけ各グループのレベルを合わせて 強い国が
早い段階で消えることがないようにしているはずですが、抽選はときに“悪さ”をします。
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今回のグループBもその典型です。
オランダ、デンマーク、ドイツ、ポルトガル…6試合すべてが“決勝T並み”に魅力のある
カードですから目が離せません。この冬、ヨーロッパ中の職場や家庭、カフェやバールで
サッカー・ファンは“経済危機”と“グループB”について激論を戦わせることでしょう。
ハハハ。

11日はクラシコですね。
メッシとCロナウドの直接対決じゃ、見ないわけにはいかないなあ。
ああ、サッカーに関してはすっかりミーハーになってしまった。ハハハ。

by toruiwa2010 | 2011-12-07 09:52 | サッカー | Comments(4)
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野球の豊田泰光、先日、“最後の”解説をしたテニスの柳恵誌郎、サッカーの加茂周…
それぞれの分野で立派な実績を残し、引退したあとも解説などで活躍した“先輩”たちを
心からリスペクトします。
同業では、元NHKの岡田実(故人)、元ニッポン放送の深沢弘両アナでしょうか?

面識はありませんし、申し訳ないことに書いたものをきちんと読んだ記憶もないのですが、
サッカー記者の“大先達”、賀川浩さんについても、いつも、心のどこかで深い敬意を
払っていました。86歳で、今もご健在と聞きます。
私などは60代から“老害”呼ばれましたが、この方についてはそういう話を聞きません。
記者として日本のサッカー・ジャーナリズムをリードして来た人ですから当然でしょう。
権威的存在には拒絶反応が出てしまう私ですが、“別格”です。
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朝日新聞夕刊に連載記事「ジャーナリズム列伝」があり、先日、“「基準」は釜本”という
見出しとその隣に賀川浩の名前を見つけたとき、「もしかして…」と思いました。
釜本についてずっと考えていたことが、この一流記者と一致しているのか…

産経新聞記者、賀川さんが釜本邦茂(現・日本サッカー協会顧問)のプレーを初めて見たのは
釜本が京都・山城高校1年のときだったそうです。
<<<大柄ながら、球を受けるときの体のバランスが美しいフォワードがいた。1年生の
釜本邦茂だった。「何か異質なものが日本サッカー界に現れたという不思議な感覚だった」。
賀川の第一印象だ。>>>

<<<賀川にとって、ストライカーの基準は釜本なのだ。昨夏の南アフリカW杯で活躍した
本田圭佑にしても「体は強いけど、足は釜本より遅い」。世界の一流選手に取材しても、
無意識に比べてしまう。W杯を取材しても「このチームの前線に釜本がおったら、どない
なるかな」と考える癖がついた。>>>

<<<(釜本の引退試合に寄せた惜別の文)「…釜本に匹敵するプレーヤーの出現も、あるいは
メキシコ五輪以上の強力チームが現れるのも遠くはないだろう。しかし、ストライカー
釜本邦茂は二度とみることはできない」>>>

<<<(釜本引退から27年の現在)「釜本を超える点取り屋なあ。まだ、誕生しとらんな」>>>

…この日の記事を読みながら、いったい何度首を縦に振ったでしょうか。
サッカーに関して、これほど“禿同”(はげどう)、つまり、“激しく同意”できた記事は
初めて読んだかもしれません。ハハハ。
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早稲田の学生だったころ呼ばれていた代表でのプレーからしか見ていませんが、やはり
特別な選手でした。
当時と今では、当然、チームの戦術も選手のプレースタイルも違いますが、チーム内の
“存在感”が飛びぬけていました。日本人離れした身体能力も圧倒的な決定力もまわりの
選手と大きな差がありましたから、どこに行っても“untouchable”の存在でした。

センター・フォワードとしてトップの位置で常にボールを要求していました。
たぶん、彼の頭の中には“守備”に2文字はなかったと思います。
自分で「今だ」と思う瞬間にボールが来なければ、両手を広げて“あからさまな”不満の
ゼスチャーをしていたものです。ハハハ。
8割、9割が年上の記者たちとのやりとりでも傲慢・不遜の態度に終始していましたから、
能力は認めつつ 反発する記者も大勢いました。

しかし、決定率の高いシュート力は認めないわけにはいきません。
ペナルティ・エリア周辺でボールを持てば、DFのマークを外して右足を振ってボールを
ネットに叩きつけていました。支えたのは圧倒的な体力です。
そのころの日本人としては“規格外”の体でした。日本サッカー界を盛り上げるために
企画されたポスターで披露した後ろ姿のヌードは大評判になりました。このとき40歳!
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ムキムキの筋肉が近代サッカーに向いているかどうかは別にして、当時の釜本は世界を
相手にしても体負けしませんでした。全盛期の奥寺康彦を一回り大きくした感じです。
相手は相当のプレッシャーを受けているように見えました。
よく思い出すのは、ボールを持った釜本とDFが向き合ったときの光景です。
ボールが釜本の50cmほど前にあって、足はボールに触っていない状態でも、相手DFは
なかなか飛び込めませんでした。飛び込めば、抜かれることを知っているからです。
触れていないボールを完全に“支配”していることがよく分かりました。

高校時代から“お山の大将”でしたから、周囲、特にマスコミとの応対に問題があって、
とやかく言われることがあり、ナビスコ・カップの取材で監督・釜本に話を聞いたことが
ありますが、実に“嫌な感じ”でした。
しかし、それはそれとして、私も 日本のサッカー史上最高のストライカーは釜本邦茂だと
固く信じます。サッカー人気が盛り上がっている今この時代に彼がプレーをしていたら…
と思うオールド・ファンは多いはずです。
同時に、一度でいいから 海外のクラブチームでプレーさせたかったなあと心から思います。

賀川さんが言う通り 釜本以後に彼を上回る選手は出ていません。
アルゼンチンにメッシのような選手が、ポルトガルにクリスチャノ・ロナウドのような
選手が出てくることはありそうな気がします。しかし、残念ですが、日本に釜本邦茂を
超える選手が出現する可能性は 将来的にもないのではないでしょうか。
よほど、条件が揃わなければ あれほどの選手が誕生するのは難しいと言わざるを得ません。

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by toruiwa2010 | 2011-09-27 08:19 | サッカー | Comments(6)
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女子ワールドカップ:勝った!!驚いた!!
まさか、アメリカに勝つとは。立派な金メダルだ。
なでしこはよくやった。守りに徹するのではなく
決勝にふさわしい試合をしたと思う。
称賛と感謝に値する。(終了直後のつぶやき)

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なでしこの優勝がまだ信じられません。“勝てまい”と思っていたのですが、SFの出来が
あまりにも素晴らしかったので、3時半に目覚ましをかけてシッカリ見ました。
今日は休日ですからアーカイブを用意していましたが、こうなると、何か書かなければ
気が済みません。我ながら“面倒な”性格です。ハハハ。

テレビの前にすわったとき、両国の選手たちがスタンド下に集まっているところでした。
何人かの日本選手の顔にスマイルがあったのに驚きました。口を揃えて「楽しみたい」と
言ってはいましたが、その通りのメンタリティで試合に入ろうとしていました。
控えめ、おとなしい…そんなイメージが湧いてしまう“なでしこ”ですが、とんでもない。
みごとな精神力だと思います。

世界ランク1位のアメリカにとって、“勝って当たり前”の決勝はやりにくかったでしょう。
緊張感はアメリカの方が強かったようです。
しかし、日本がキックオフから右前方に送ったパスをカットし、パスを2本繫いだだけで
シュートまで持ち込んだことで主導権はアメリカが握りました。
戦前、“高さ”が怖いと聞かされていましたが、実は、“速さ”の方がはるかに怖いことが
このワン・プレーで分かりました。

日本は押し込まれる一方で苦しい展開でしたが、立ち上がりの10分ほどをしのいだあとは
「これなら、やれるのではないか」という希望が湧きました。
0-0で前半を終えられたのは理想的でした。しかも、押されっぱなしではなく、いい形を
いくつか作ったままハーフタイムに入れたのは最高だったと思います。ロッカールームの
雰囲気は最高だったはずです。

調子に乗ることなく集中して後半に入ってほしいという心配をよそに、ツキにも恵まれて
10分を耐えたことで勝機が出てきたと思いました。守りでの集中が素晴らしかったです。
しかし、なかなか攻撃にはつながりません。
20分、佐々木監督は切り札とも言うべき、丸山と永里を同時に投入しました。
「いい流れが悪い方向に変わらなければいいが」と思いましたが、守っているだけでは
勝てないのですから、選択は間違っていないのでしょう。
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しかし、直後に永里がゴール前でボールを持ったものの、囲まれて奪われ、そこから
長い縦パス1本、DFをかわしたモーガンに決められました。
決めたあとのモーガンの表情の美しさにうっとりしました。女性アスリートが最高に輝く
一瞬を見せてもらいました。

力に差があることは認めざるを得ないだけに“これまでか”と思いました。はい、日本の
試合になるといつでも“ネガティブ”なんです。ハハハ。
もちろん、選手はあきらめたりしません。12分後に宮間が同点ゴール。サイドでの粘りが
ゴールにつながったし、両足が同じように使える彼女の強みが出た場面でした。

同点にしたあとはむしろ日本が押す形で90分が終了しました。
しかし、延長の立ち上がりでその流れを断ち切られてしまいました。
延長の前半が終わる直前、アメリカのエース、ワンバックにやられました。解説者が何も
言いませんでしたから、私の見方が悪いのでしょうが、ずっと、彼女がフリー“気味”に
なっているのが気がかりでした。
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それでも、なでしこはひるみませんでした。なんという精神力でしょうか。
左CKのボールを、走り込んだ澤が右足でさわってコースを変え、鮮やかな同点ゴール!
残り時間はわずかに3分でした。まともに見たのは2試合だけですが、あえて言います。
今大会のベスト・ゴール。ハハハ。

海堀のスーパーセーブもありましたが、PK戦は神頼みです。
サッカーの女神がなでしこに微笑んだということでしょう。
おめでとう日本女子!見事な試合をして見事な金メダル。
日本中が久しぶりに心から笑えた瞬間をありがとう!!
ここ数日は“なでしこフィーバー”が続くのは避けられません。文句も出ないでしょう。
この結果、体が小さい日本人でも世界に通用することが分かってしまいました。
“さむらいブルー”も頑張らねば。ハハハ。

最後に一言だけ
負けたあと、アメリカのキャプテン、アビー・ワンバックの態度に感動しました。
勝てると思って臨んだはずの決勝…自分のゴールが試合を決めたと思ったでしょうが、
悔しさをのみこんで日本選手を称えていました。
アスリートは負けたときに値打ちが分かります。見事な“good loser”でした。

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by toruiwa2010 | 2011-07-18 09:22 | サッカー | Comments(9)