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岩佐徹のOFF-MIKE

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<   2018年 07月 ( 31 )   > この月の画像一覧

今月6日の7人に次いで26日に、元オウム真理教信者

6人の死刑が執行された。21世紀になってから執行が

ゼロだったのは2011年だけで、毎年、執行命令書に

そのときの法務大臣が署名している。

それにしても、“3週間で13人”は驚くべき数字だから

世間の関心は高く、いろいろな人が意見を述べている。

“百家争鳴”状態だ。どの考え方が“絶対に正しい”とは

誰にも言えまい。

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国家が法の名のもとに人の命を奪う…死刑というものを

どう考えるか。制度としては、多くの先進国ですでに

廃止されているし、日本でも廃止論は根強くある。


ずるい言い方だが、私はどちらでもいい。

特に、今回の件に限って言うなら、1995320日に

“地下鉄サリン事件”が起きて一般市民13人が亡くなり、

今も、多くの人が後遺症に苦しんでいる事実があって、

16年に及ぶ裁判は法律の定めるとおりに行われた。

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証拠もそろっていたから裁判所は“法律に従って”判決を

下したのだと信じている。現下の日本国の法律が定める

もっとも厳しい刑罰が“死刑”であり、13人の行為は、

それに“ふさわしい”と判断したから裁判官は死刑判決を

下したのだ。むしろ、そうしなければ職務に、法律に

忠実でない…ということになるのだろう。

“執行”も同じプロセスを経て行われたのだから、私には

批判する理由がない。逆に、まるで 数の多さをきっかけ

としたかのように死刑廃止論が噴出していることの方が

おかしいのではないかと思う。


…とはいえ、多くの人が指摘する通り、裁判と言えど

人間が裁く以上、どこかで間違える可能性は常にあり、

“えん罪”が生まれる危険性を考えると刑の執行は慎重で

あるべきだとする意見もよく分かる。


被害者や遺族の気持ちをどうするのか、何人 殺しても

死刑にはならない、となったとき、人はどうするのか…

考えなければいけないことは山ほどある。


だから、どちらでもいい…と書いたが、実際は、私には

“どちら”と決める決定的なポイントが見つからないのだ。


国民の総意で廃止と決まるなら反対はしない。ただし、

廃止するときは、その代わりにこうする…という制度の

整備がマストだと思う。“被害者感情”をどうするのか、

“抑止”をどうするのかを置き去りにすることはできない。

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ノーベル賞候補作家・村上春樹が毎日新聞に「胸の中の

鈍いおもり」と題する一文を寄せていた。読んでみたが、

何を言いたいのかよく分からん。

“死刑制度そのものに反対”と言う一方で、少なくとも

この件に関しては“死刑制度には反対”とは、簡単には

公言できない…とも言う。その理由として、被害者や

遺族にインタビューして その悲しみ、苦しみ、怒りを

知っているからだと言っている。なんだ,それ。


この執行を“十三人の集団処刑(とあえて呼びたい)”と

かなり刺激の強い表現で記したあとに、“それが正しい

決断だったのかどうか、白か黒かをここで断ずることは

できそうにない“とも。なんだ、それ。


日曜日のTBS「サンデーモーニング」でも扱っていた。

大阪国際大学准教授という女性コメンテーターの発言が

私の“アンテナ”にひっかかった。


法務大臣が「世論の多数が支持している」と

言ってたんですけど、その世論は正しい知識と

背景をもとに形成されたものだろうかという

ことをやっぱり考えてしまいますね。

私ィ、1ヶ月に13人も死刑になる国にいま

住んでるんだって、すごく感じて…

なんか、ある種の公開処刑のように

私の目には映ったんですね


わずか20秒のコメントなのに突っ込みどころが多い。

“前段”はこの件と直接の関係はないのだが、聞いていて

最初に“うん?”と思ったのはそこだった。

世間には“正しい知識と背景をもとに形成され”ていない

意見はゴマンとある。それも含めて“世論”なのだ。

第一、 あなたの言う“正しい知識と背景”ってなんだ?と

聞いてみたいが、本筋からどんどん離れてしまうので

やめておく。


“後段”は、私以上にずるい!意見を求められているのに

“へえ、そうなんだあ”と投げ出している。裁判もせずに

死刑判決が出され、法律を無視して執行されたのなら

“公開処刑”との非難もアリだが、これでは強い言葉を

使いたかっただけという印象しか残らない。

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彼女のコメントはこのあとさらに40秒続いた。

賛成が多かったフランスでは死刑が廃止され、2001年に

“マインドコントロール規制法”ができたと話したあと、


今回のオウム事件で、やっぱり優秀な前途ある

若者がカルトにはまっていった背景という

ものをちゃんと考えなくちゃいけなくて

中にはやっぱり、加害者であり、被害者で

あった人がいるんじゃないかっていうことを

深く、私は考えなくちゃいけないんじゃないかと

思っています。


加害者であり、被害者…そういう情緒的な考察は言葉は

問題の本質をゆがめる。死刑制度に反対しているとしか

思えないが、で、どうするについては何も言わなかった。

まさか、いろいろ 深く考えようってことじゃあるまい。


あれこれ聞いた識者のコメントの中で一番“響いた”のは

元東京地検検事・土本武司氏の話だった。検事として

執行に立ち会った経験を話していた。


…最後の断末魔としての痙攣状態に

至るまでの受刑者のありさまというのは

少なくとも正視に耐えないものだった。

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経験した者でないと分からない部分もあるだろうが、

これだけでも、“死刑”というものの残酷さは伝わる。

それは分かる。しかし、一方で死刑判決を受けるのは

普通、複数の人の生命を奪った者だ。その犯行現場の

凄惨さはこれの比じゃないはず…と考える私がいる。

難しい。


この件では、上川陽子法務大臣の“勇気”に目を見張った。

公務だから、本来“性差”はないのだろうが、よほどの

信念がないとここまで粛々と進められるものではない。

10年前を思い出した。


永世死刑執行人 鳩山法相。

「自信と責任」に胸を張り、

2ヶ月間隔でゴーサイン出して

新記録達成。またの名、死に神。

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1年で15人の執行命令書にサインした鳩山邦夫氏を

からかったつもり?の朝日夕刊・素粒子の記述だ。

1000件超の抗議を受けて事実上 謝罪した。

“下手人”は「詫びてはいない」と言うかもしれない。

だって…


風刺コラムはつくづく難しいと思う。

法相らを中傷する意図はまったくありません。

表現の方法や技量をもっと磨かねば。


うーん、こりゃ謝ってはいないね。活字でもテレビでも

メディアってプライドが高く、素直じゃないんだよなあ。


by toruiwa2010 | 2018-07-31 07:04 | 岩佐徹的考察 | Comments(3)

2年前、2本のアニメが大ヒットし、日本アカデミー賞で

アニメ部門の最優秀を争ったことは記憶に新しい。

苦手なカテゴリだが、どちらも見た。

「君の名は。」は世間の評価があまりにも高かったので、

賞レースに出て来たときに何か言いたいから見たのだし、

同じように見ないつもりだった「この世界の片隅に」は

当ブログの読者に勧められたから出かけたのだった。


鑑賞後の私の評価は明確だった。

「君の名は。」は 二人の登場人物が“入れ替わる”という

設定が気に入らず、75点、戦争中の物語だからさぞかし

暗いだろうと覚悟していた「この世界の…」は“反戦”を

静かに訴える作り方を好感して85点だった。

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7月期にTBSがドラマとして放送している。

広島市江波(えば)で生まれ、家族総出でノリづくりを

しながら育った浦野すずが 海を望む丘の上で暮らす

男性に嫁ぎ、夫やその家族とともに 第二次世界大戦を

懸命に生き抜いた物語だ。


TBSの日曜9時の枠は伝統があるから期待する一方で、

主演の女優さん(松本穂香)になじみがないし、解像度の

高いハイビジョンカメラが撮る映像で、暗く沈んでいた

あの時代の”空気”を出せるかなあという疑問があった。

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今のところ(3話終了)、“やっぱりね”という感じだ。

家の中はまあまあだが、すずが砂糖を買いに行く闇市の

シーンなど、外に出るとそうはいかない。

新しい工芸品をわざと汚して骨董品に見せる“贋作”ぽい

場面が何度となく出てくる。テレビドラマの限界だけど

よく頑張っているとは思う。


ドラマの成否がかかっている松本は予想を超えていい。

“もわーっとした”不思議な雰囲気を漂わせている。

大化けするかもしれない。

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…とまあ、私はそれなりに気に入ってTBSのドラマを

見ているが、不満、あるいは不快と感じている人たちが

いるようだ。アニメ映画版「この世界の片隅に」製作

委員会の面々だ。

“我々はドラマ版とは関係ない”とHPで宣言した!


現在放送中の漫画『この世界の片隅に』を

原作とする実写ドラマに「special thanks to

映画『この世界の片隅に』製作委員会」と

表記されておりますが、当委員会は当該

ドラマの内容・表現等につき、映画に関する

設定の提供を含め、一切関知しておりません。

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special thanks”としたTBSの意図も分からないが、

正面から「あんなことを言ってますが、我々はいっさい、

関係ありませんから」とあえて異を唱える意味がどこに

あるのかもよく分からん。


そこまで“こだわる”理由の一つはドラマにはときどき、

“現代”が顔を出すことかもしれない。すずのひ孫()

恋人と思われる男と一緒にすずが住んでいた家を訪ね、

リフォームしてここに住むと言っている。

たしかに、木に竹を接ぐ“無理やり”感は否めないものの、

ひ孫役の榮倉奈々が好きだから私は何の不満もないが、

委員会は“不要”だと言いたいのではないか?

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誰もが、あっちはアニメ、こっちはドラマ…と、違いは

認識しているし、せっかくいい話なんだから、あんまり

“ぎくしゃく”して欲しくないんだけどなあ。


by toruiwa2010 | 2018-07-30 07:47 | ドラマ | Comments(1)

・・・つづき


Nステ」の終了からほぼ1年後、久米は

テレビカメラの前に戻ってきました。

そのときに書いた記事を思い出したので、

おまけとして載せておきます。

“おまけ”にしては結構 長いですし、なぜか

呼び捨てになってますが。ハハハ。


ヒロシです

( 2005/04/18初出 )


久米宏がテレビ画面に戻ってきました。

日曜夜8時、日本テレビの「A」という番組です。

日テレのこの枠では、彼と天才・横山やすしが共演した

TVスクランブル」が懐かしく思い出されます。

久米がTBSをやめたあと、「ニュース・ステーション」が

始まる半年前まで放送されたもので、付き合いの長い

オフィス・トゥー・ワン制作の人気番組でした。

時事ネタのビデオを見たあとやすしが好き勝手なことを

しゃべる、その、どこに向かうか分からないやすしを

久米が見事な手綱裁きで導いていく…という趣向でした。

“生放送+過激発言が多いやすし”ですから、スリルを

感じながら見た方も多かったはずです。

そして、久米のよさ、才能が十分に生きた番組でした。

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今回の興味は、20年近く大変なストレスがたまる番組を

やり終えたあと、しっかり“充電”した久米宏がどんな

切れ味を見せてくれるかという点にありました。

結論から言うと、「肩すかし」・・・。ハハハ。

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一回見ただけで言うのは酷だとは思います。

しかも、間が悪すぎましたね。けさの新聞で一回目の

収録が“323だったと知りましたが、その時点では

まさか、アジアの情勢がこんなことになるとは思いも

しなかったでしょう。同情の余地はあります。


それにしても、まず、北京のある家庭とスタジオを

映像つきのインターネットを結んで、出てくる話題が

なぜ、“肥満に悩む少女”?!

二つ目が、同じ方法でソウルと結んで、“学歴重視“を

反映して妻子が海外留学したために“逆単身赴任”する

サラリーマンの話!!

知っているようで知らないアジアを広く知ってもらおう

というコンセプトなんでしょうが、この番組をはさんで、

いやというほど見せられる中国や韓国で”現在進行形”の

極端な反日行動とのギャップが激しくて、見ているのが

痛々しい感じでした。

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スタッフや、久米の気持は手に取るように分かります。

「しまった。やっぱり撮り直すべきだった」と思った…

はずです。収録の内容を考えれば、そのまま放映したら

現状との“落差”は明らかだったのですから、スタッフの

対応のまずさは最悪です。

この“ゆるい”感覚で今後も番組を作っていくとしたら、

この先も明るいとは言えません。


「撮り直したほうがいいのではないか」の声はどこかで

出たはずです。もし出なかったとしたら、局そのものの

ニュース感覚を疑ってしまいます。

私は、これまでの言動から言っても、番組の看板である

久米宏本人が、まず言ったのではないかと思います。

言わなかったとすれば、もう、彼の感覚がずれています。


番組一本撮り直すための費用は、半端ではありません。

しかし、肝心の一回目の中身があれでは、期待して見た

はずの大勢の視聴者を裏切ってしまったと思うのです。


番組の作り方も、久米のよさは生かされていません。

彼自身が番組内でこう語っていました。

「自分が目立たないようにしたい」と。

…本心ではないと思います。視聴者は、黙って人の話を

ニコニコ聞く彼を見たいわけじゃないでしょう。ハハハ。

海外と結んでいるために音のディレーがあり、その上

通訳が入りますからかなり細かく編集処理をしています。

このことも、番組全体のリズムが心地よくない理由だと

思います。この作り方だと、ライブは絶対に不可能だし、

“当意即妙”を売りにする久米が発言しにくくなるという

ジレンマを生んでいます。


事情はあるのでしょうが、収録と放送の間が空きすぎて

いるのも興をそぎますね。

この時期の“3週間強”は、現地も日本も季節感が大きく

変わる時間です。スタジオで収録するクイズ番組なら

いいでしょうが、“アジアの今”を伝える為には、こんな

スケジュールではダメだと思います。


厳しすぎるのは自覚しています。

でも、私のブログだし番組関係者が見るわけもなし・・・。

お断りしておきますが、フジテレビOBの私でも、

“母局”で変な番組があればクレームをつけますよ。

もっとも、このところ“さわぎ”はあっても話題になる

ような番組はどこを探してもありませんものねえ。

ハハハ。


「クメピポ」終わる

~また、会おう~( 2009/08/07 初出 )


才人・久米宏が司会する「クメピポ」が“早くも”終了。

「ニュースステーション」降板後、彼が“メイン”として

かかわった番組はどれひとつ長続きしていません。


「A」2005.4.176.26(NTV)

「久米宏のテレビってヤツは!?

2008.10.222009.3.11(TBS系)

「クメピポ」 2009.4.157.29TBS系)


「A」がワン・クール(3ヶ月)、ほぼ同一番組と考えても

いいと思われるあとのふたつは、合わせても1年間も

もたなかったことになります。


「A」が始まったとき、本気で“復活”を目論んでいる

のだろうかと疑いました。ストレスがたまるに違いない

「Nステ」を20年近くやったあと、じっくりと充電して

テレビに戻ってきた彼には大きな期待を持っていました。

見事に裏切られました。

まず、情報系の番組だというのに、まるでスタジオの

クイズ番組みたいに、数週間前の収録という取り組みが

納得できませんでした。

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彼自身の発言が少ない作り方にも違和感がありました。

番組内で「自分が目立たないようにしたい」と語って

いましたが、視聴者は、黙って人の話をニコニコ聞く

彼を見たかったわけじゃないでしょう。ハハハ。

久米宏ならではの“当意即妙”さに欠け、番組のリズムは

どこにもなかったのですから、早々に打ち切られたのも

仕方がありません。


「久米宏のテレビってヤツは!?」が始まったとき、私は

Cogito, ergo sum 9」の中でこう書いています。


久米宏の新番組が始まった 視聴率は出ないと思うぞ

最初のテーマが“三浦元社長は自殺か他殺か”ではね

出演者が多すぎてまとまりを欠き、さすがの久米も

“仕切り”に苦労していた

久米がいれば八木亜希子は不要だろうに


あるサイトによれば1回目視聴率は5.5%  

1日前にスタートした劇団ひとりの「学べる!!

ニュースショー!スタート2時間スペシャル」は

11.9%とってる  どうする?


…視聴率は上がらないまま。5ヶ月弱で終了しました。

久米宏ほど“達者な”聞き手がいるのに、八木亜希子が

いるのはなぜ?と思いました。久米、事務所、制作者…

誰の意向か分かりませんが、首を傾げたくなる愚策です。

「クメピポ」も作り方はあまり変わっていませんでした。

むしろ、八木に加えて、千原ジュニアとベッキ―まで

“司会グループ”に入れるなど、“迷走”している始末です。

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「クメピポ」・最終回のゲストはビートたけしでした。

筑紫哲也がキャスターを務めた「NEWS 23」の1回目の

ゲストもたけしだったそうです。どうも、文化人意識の

強いタレントには“たけし崇拝者”が多いようです。

たけしを評価することが自分の“文化度”を表すとでも

思っているようで笑えます。そして、視聴率も10%を

叩き出してしまうからなあ。「相手の思う壺にはまるのは

口惜しい」と思いつつ、私も見てしまったし。ハハハ。



話がそれました。「クメピポ」終了です。

果たして、久米宏は“終わって”しまったのか?

最終回に至る、7回分の平均視聴率が“5.9%”ですから、

しょうがないでしょう。

数々の修羅場を踏んだ、彼ほどの“腕”が、そう簡単に

落ちるとは思えません。

回転が速く、優秀な頭脳の持ち主のはずなのに、「A」で

復活したあとも、基本的に「Nステ」時代と変わらない

アプローチをしているのが間違いだと思うのです。


ニコニコ笑っていたり、何人もの“脇役”を従えたりして

いるのは“形”にすぎません。

久米らしい角度からの“聞き役”、“引き出し役”に徹して

11でゲストと向き合ったら、彼に勝るタレントは

いません。そうなると、出演することをためらう人が

増えるでしょうが。ジレンマ。ハハハ。


テレビの歴史に大きな“足跡”を残した彼がこんな形で

消えていいはずはありません。事務所の奮起を促して

おきましょう。


by toruiwa2010 | 2018-07-29 06:12 | 自分的傑作選 | Comments(0)

20043月末、テレビ・ジャーナリズムに

革命を起こした「ニュースステーション」が

使命を終えて幕を閉じました。

評価する声も、批判する声もたくさんあって

キャスターの久米宏が貯めこんだストレスは

想像を超えていたと思います。


Nステ終わる

( 2004/03/31初出 )


久米宏さんの「ニュースステーション」が終了しました。

「あれを見ないと一日が終わらなかった」方も多かった

ことでしょう。

“司会者”がニュース番組を切り回すという、それまで

日本では見られなかった手法、その司会者、久米宏が

発する圧倒的なオーラ、斬新なセット…どれをとっても、

注目を集める要素を十分に持っていました。

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話題になっていましたので、ライバル局の番組でしたが、

初めはよく見ていました。

しかし、しばらくすると見なくなってしまいました。

理由は、番組の“売り”である久米さんのキャラクターや

彼が“自分を演出する”そのやり方に“辟易”したからです。

野球やサッカーの中継にまで顔を出すんだもの。ハハハ。


彼の才能のすばらしさは素直に認めます。

思い出すのは、今から30年近く前の若き日の彼です。

たまたま乗ったタクシーのラジオで、売り出し中だった

彼の声を初めて耳にしました。

永六輔さんが司会をする番組、「TBS土曜ワイド」で

外回りのレポーターをやっていました。

短い時間の中に、独特の視点からしっかり自分らしさを

出したレポートでした。


レポートの原点は「その場にいる者にしか分からない

ことを伝える」ことです。

この一点をとっても、久米宏はほかのレポーターとは

はっきり違っていました。

研ぎ澄まされた感覚で自分が感じたことを“そのまま”

言葉に置き換え、明るくテンポのいいしゃべり口で

リスナーに訴えていました。

ほめすぎかも知れませんが、「こんな奴がいるんだ」と、

同業他社の後輩アナの仕事にびっくりしたのは事実です。


はじめはラジオ中心に活躍していました。彼の“基礎”は

そこで出来上がったのだと思います。

その後、テレビに出始めると、「ぴったしカンカン」で

軽妙な司会ぶりをみせました。さらに、黒柳徹子さんと

組んだ歌番組、「ザ・ベストテン」でも大人気でした。

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数年後、フリーになって、日本テレビでやった生番組、

「ニューススクランブル」は、コンビの横山やすしとの

やりとりが緊張感とスリルにあふれて、最高に面白い

番組でした。

1週間のニュースを二人がアドリブで斬るのですが、

両者のキャラクターの見事なまでのコントラストと、

何を言い出すか分からないやすしをコントロールする

久米さんのワザが視聴者をひきつけました。


そんな経験を集大成したのが「ニュースステーション」

だったと言ってもいいのでしょう。

はじめは「さすがだ」と感じ入ったのですが、そのうち、

やり方が気になり始めました。

何よりも、「ずるい、フェアじゃない」と思ったのは、

CM直前の捨て台詞でした。

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“申し子”といってもいいほど、「放送」を熟知しています。

CM前の10秒のカウントダウンに合わせて、ゲストを

斬り捨てるような一言を入れる、テーマについての

自分の考えを放り込むことなど、彼にとってはいとも

簡単なテクニックです。


海千山千の国会議員でもどんなに口の達者な評論家でも、

放送の仕組みをそこまでは分かっていません。

反論しようとしても、そのときには番組はもうCM

入っています。結果として、彼の言葉がそのコーナーの

“結論”であるかのように視聴者の脳に残るのです。


業界内の多くの人が指摘し、批判しました。しかし、

ご本人はいわば確信犯、承知の上でやっていますから、

やめる気配はありませんでした。

番組内の“立ち位置”が違いますから一概に言えませんが、

田英夫、筑紫哲也、磯村尚徳、俵孝太郎、木村太郎…

彼以前の名だたる、そしてかなり強烈な個性を持った

キャスターたちにも見られなかったやり方でした。

だからこそ、視聴者の目には新鮮に映り、アンチ久米を

上回る熱烈な久米ファンが生まれたのだと思います。


ニュースの送り手は、“事実をありのままに伝え、判断は

視聴者に任せるべきだ”と考える私にとって「Nステ」の

最終評価はNOです。しかし、テレビの世界にまったく

新しいニュースの伝え方をプレゼンし、賛否はあっても

それを確立した功績は大きいと言わざるを得ません。

その意味で、日本のテレビ史に、「Nステ」と久米宏の

名前がしっかりと刻まれるのは間違いありません。


大きな功績にくらべればとるに足らないことでしょうが、

そのかげで見過ごされていることに触れておきます。

功罪の“罪”の部分です。

それは“亜流”を作ってしまったことです。それだけ、

影響力があるということなのでしょう。テレビ朝日には、

サッカーの角沢アナ以下、似たようなしゃべり方をする

アナウンサーが何人もいます。女性アナにもいますから

驚きます。残念ながら、形は似ていても、内容もキレも

まるで違いますが。


亜流を作った点では久米さんに代わって新たに登場する

古舘伊知郎さんも同じです。偶然の一致でしょうか、

二人とも極め付きと言っていいアクの強さが持ち味です。

いい意味でも悪い意味でも、“だから”視聴者の神経が

鋭く反応するのでしょう。

今までになかったスタイルを編み出して、“個性”にまで

結晶させたところに値打ちがあります。

そして、それが人気になったり、評価を受けたりすると、

若い人たちがついつい同じ方向を目指してしまうのは、

どの世界にも見られる現象です。


ある局で、大人気のアナウンサーが生まれると、それを

真似る後輩アナが必ず現れます。なぜ、先輩、上司が

注意しないのでしょうか。形だけ真似をしても、そこに

実力が伴わなければ、“久米もどき”、“ミニ古舘”以上に

なることはありえないはずなのに。

“罪”とは言ってもご本人たちにはまったく責任のない

話でしたね。ハハハ。


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さて、古舘伊知郎の「報道ステーション」は楽しみです。

12月に節目の50歳になるようですが、大勝負に出た

ものですねえ。古舘さんにとって「久米のあと」という、

これほどやりにくいシチュエーションはありません。

これまで彼の最大の売りだった、あの“言葉遊び”も

できないのですからね。

なのに引き受けたのはそれなりの勝算があったはずです。

きっと、彼個人だけでなく有能とされる彼の事務所にも

秘策があるのでしょう。同じ放送人として、それが何か

是が非でも知りたいです。 ハハハ。


つづく・・・


by toruiwa2010 | 2018-07-28 07:04 | 自分的傑作選 | Comments(0)

グッバイ、ゴダール 75


主な登場人物は二人の男女。

男はジャン=リュック・ゴダールで女はその妻、アンヌ。

ゴダールは1960年、「勝手にしやがれ」で映画シーンに

鮮烈な風を吹き込み、ヌーヴェル・バーグの旗手として

映画界の寵児になった男だ。

女優のアンヌは1967年にゴダールの映画「中国女」に

主演として起用され、間もなくゴダールと結婚する。

この映画の原作の著者だ。


17歳の年齢差がある“監督と女優の結婚生活”は 初めは

順調だったが、1968年にパリが“政治の季節”を迎えると

微妙にぎくしゃくし始める…

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妻は何度も”寝落ち”していました。私も綱渡りでした。

前半も“禅問答”めいた会話が多くてうんざりしますが、

フランスに大学生が中心になった“五月革命”が起きて、

激しい議論が始まると、“観念的な”言葉が飛び交って

何を言いたいのか理解不能になります。フランス語を

日本語に置き換えた字幕を見ていますから ストレスは

倍増するのです。ハハハ。

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隣りで眠る妻を見て「出たいのだろうな」と思いつつ、

最後まで見たのはアンヌ役のステイシー・マーティンに

魅力があったからです。

違うだろう…と言われそうですが、ソフィ・マルソーを

初めて見たときの“感動”に近いものがありました。

ま、その感覚は人それぞれでしょうが。ハハハ。


ゴダールの「勝手にしやがれ」は衝撃的でした。

主演のジャン=ポール・ベルモンドが放つ強烈な個性が

大きかったと思いますが、それまでの映画作りの基本を

無視した作品が まだ若かった私を興奮させました。

ただし、その後のゴダールの映画を見続けたかと言えば

そんなことはなく、「軽蔑」(1963)と「彼女について私が

知っている二、三の事柄」(1967)2本ぐらいです。

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かなり“めんどくさい”男として描かれているゴダールを

ルイ・ガレルが好演しているように思います。


アンヌは去年70歳で亡くなっていますが、ゴダールは

87歳の今も健在で、今年のカンヌ映画祭では彼の新作が

上映され、ポスターには彼の作品「気狂いピエロ」の

1場面が使われました。で、「グッバイ・ゴダール」も

映画祭で上映されると聞いて「実にバカげた発想だ」と

おカンムリのようです。まるでわがままな子供のように

描かれている自分を見たらそう言いたくなるのも分かる

気がします。ハハハ。

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R15+”=15歳以上なら見られる…どうでもいいような

ものですが、結構、はっきりと裸の“前面”が見えます。

松坂桃李の「娼年」を見たときにもビックリしましたが、

映倫の規定は昔に比べ、だいぶ“ぬるく”なったのかな?


参考(Rotten Tomatoes)

原題:LE REDOUTABLE

Tomatometer54

観客スコア:54


クレアのカメラ 85


片づける仕事があってまだオフィスに残っていたマニに

社長が声をかけた。「ちょっとつきあってくれない?」。

会社の近くのカフェに誘い出され、そこで 思いがけず、

クビを告げられた。「あなたが純粋であることは認めるが、

正直とは思わない。そういう人とは仕事ができない」と。

なぜマニが正直じやないと思うのかについて、社長は

何も言わなかった。


カンヌにある映画配給会社で大過なく5年勤めた末の

突然の宣告に戸惑ったが、承諾せざるを得なかった。

気持ちを整理するため、カンヌにとどまっているときに、

ビーチでフランス人の女性から声をかけられた…

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それがクレアでした。教師だと言い、カメラを持って、

行きずりの人や景色を撮っています。「私が写真を撮ると

その人は別人になるのだ」と不思議なことを言います。

映画のチラシにもそのことが強調して書かれていますが、

作品を見る上で気にすることはありません。日本では

「魂を抜かれる」などと言って写真を撮られることを

忌み嫌った時代がありますが、そんな“非科学的”な話は

私は受けつけないし、無視しないと、かえって鑑賞の

”邪魔”になります…と警告しておきます。ハハハ。


社長がはっきりしない理由でマニを解雇を告げる冒頭の

シーンは韓国語のセリフが棒読みに聞こえてしまいます。

「なんだこれは。まるで、大学の映画部が作ったような

映画だなあ」と落胆しましたが、ガマンして見続けると、

妙に引き込まれます。

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理由の一つはマニを演じるキム・ミニかもしれません。

36歳だそうですが、とてもそうは見えません。日本の

女優を見慣れた目には“新鮮”です。ニュアンスがうまく

伝わらない言葉ですが、そうなんです。ハハハ。


参考(Rotten Tomatoes)

原題:CLAIRE'S CAMERA

Tomatometer90

観客スコア:67


セラヴィ! 85


郊外の古いお城を借り切って開かれる盛大な結婚式を

舞台に、プロデューサーの奮戦ぶりと裏側で展開される

すったもんだを描いたフランスのコメディ映画です。

爆笑するシーンはほとんどありませんが、全編を通して

そこはかとなく笑えます。

「最強のふたり」の監督の作品と知って納得です。

暑さを忘れられます。

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参考(Rotten Tomatoes)

原題:C’EST LA VIE

Tomatometer76

観客スコア:63


by toruiwa2010 | 2018-07-27 06:50 | 映画が好き | Comments(0)

猛烈な暑さが続く中、土曜日に墓参りに出かけた。

何があってもいいようにと、妻は二人分の保険証を

バッグに入れていた。なんたって、“命にかかわる”

“危険な暑さ”…というのだから、備えはだいじ。

ハハハ。


岩佐家の墓は多磨霊園にある。

私が生まれる前に姉が亡くなり、そのための

墓だから購入したのは昭和10年ごろだと思う。

父が新聞記者だったことで“コネ”があったり、

アドバンテージがあったかどうかは不明だが、

今ではなかなか手に入らない霊園だ。

ずっと、墓石がなかったが、1988年に父親が

亡くなったときに私がデザインし、母の書で

建てたのがこの墓だ。

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去年の夏、母と兄の骨がここの“住人”になった。

母は2003年に亡くなっていたが、兄がそばに

置きたがったのでそのままになっていて、その

兄が施設に入ったのを機に去年の7月、私が

東京に持ち帰って納骨した。

すぐに兄が亡くなったので、今ではこの墓に

4人の骨壺が納まっている。


馴染みの石材店に立ち寄った。

数日前に電話して掃除をしてもらっていた。

多摩川線の多磨駅から歩いて10分ほどの

ところにある。歩いている間はそうでも

なかったが、店に入って掃除代を払い、

花を買っている間に驚くほどの量の汗が

噴き出し始めた。

頭や額から流れる汗をすぐに拭かないと

目の中に入ってしまう。瞬く間にタオル地の

ハンカチが重くなった。


墓に向かう。すでに猛烈に暑くて午前9時の

霊園にお参りする人は見かけなかった。

同じような景色が続くから霊園は方向感覚を

失いがちだ。以前、迷って入り口付近にある

管理事務所まで戻ったことがあり、家を出る

前にじっくり地図を見てきた。

目印は“塔”だ。横を抜けて広い通りに出たら

右に曲がったところに我が家の墓はある。


兄の一周忌だが、お坊さんはいない。法事は

いっさいしたことがない。作法も知らない。

花を供えて手を合わせ、頭を下げるだけだ。

買ってきた花束を妻が二つに分け墓の前に

向かうのは目のはしに入っていたが、突然、

姿が消えた! 転んだのだ!


20cmほどだが、“段差”があることをまったく

きづかなかったらしく、引っかかって派手に

前に飛んで倒れた。以前、吉祥寺の人ごみで

転倒して路面にアゴを強打したことがある。

ふだんから、写真を撮るなど一つの姿勢から

次の行動に移るとき、周囲を確認しないので

見ていてハラハラする。

今回はスネと肩だけで“済んだ”。


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そんなわけで、いつも以上に“そそくさ”と

墓参を済ませたが、帰り道の妻は終始 口数が

少なかった。2011年に 転んで鎖骨と足の指を

折ったことがある私は病院に行った方が…と

言うが、「大丈夫」の一点張りで耳を貸さない。


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翌日は日曜だったが、「一応、診てもらう」と

言い始めた。ぶつけた左の肩が上がらないと。

マンションの理事会があって私は同行できず、

病院に電話して事情を説明し、「9時以降なら

医師が対応できる」ことを確認したうえで

タクシーを手配して送り出した。

…骨折はなかった。やれやれ。


家族の墓にお参りするだけでこんなことになる。

確実に“老い”が進んでるんだね。トホホ。

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              サルスベリがきれいだった。


by toruiwa2010 | 2018-07-26 08:03 | blog | Comments(2)

・・・つづき


4 1996,2000,2004年、全仏からユーロ(42~43)


96年はパリからロンドンに飛んだ。

パソコン初心者だったし、テニスに集中していたから

パリ滞在中はサッカーの資料に触れることはなかった。

ニューヨークの知人に頼んで、取り出した資料をFAX

ホテルに送ってもらっていた。テニスの会場、ローラン・

ギャロスから帰ると、フロントが苦笑しながらFAX

束を差し出す日々だったことを忘れない。ハハハ。


2000年はベルギーのブリュッセルへ飛んだ。

アムステルダムで行われる決勝も担当するというのに、

ウマが合わなかったプロデューサーが準決勝まで私を

ベルギーに張り付けた恨み、海外では体調維持のために

ナマものや貝類を食べないようにしている私を横目に、

毎夜、ムール貝を食いまくった同僚たちを忘れない。

ハハハ。

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96,2000年は全仏の大会中にサッカーが開幕していたが、

2004年は開幕前にポルトガルの首都 リスボンに入った。

時間をかけて移動することもあったが、宿泊はすべて

リスボンだった。

前立腺がんが見つかってバタバタしたため担当したのは

準々決勝までだったが、最高に楽しいユーロだった。

ジャカランダの美しさ、アズレージョの鮮やかな色合い、

坂道を走る路面電車の風情、夜の居酒屋で聴いたファド、

ガーリック・シュリンプのおいしさ、夜な夜なの会食、

熱狂するスタンド…、私の最後のサッカー実況になった

準々決勝 ギリシャ・フランス戦の盛り上がらなかった

内容とともに、どれも忘れない。ハハハ。

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おまけだが、全仏オープンからユーロにかけての実況を

評価してもらい、ギャラクシー賞(月間賞)を受けた。

きっと、選考委員の中に、たまたま私の実況スタイルを

気に入った人がいたのだと思って(謙遜ではなく)いるが、

“スポーツ実況”を認めてもらった嬉しさを忘れない。


ただし、本人は、前年のUCL準決勝(レアルvsユーベ

1st leg&インテルvsミラン2nd leg)から全仏オープンの

実況の方がずっと上だったと思っているのだが。ハハハ。

どっちにしても、私にとってとても輝かしいこの受賞も

世間的にはたいして評価されていない。Wikipediaにも

まったく記されていない。トホホ。


5 1999:全米オープンからライダーカップ


8月中旬に全米プロゴルフ選手権中継のため12日間、

アメリカ・シカゴに行き、メダイナでのタイガーと

セルヒオ・ガルシアの激闘を伝えていったん帰国、

1週間後に、全米オープン・テニスのためニュヨークへ。


終わったあと、ボストンへ行って、ザ・カントリー・

クラブでのライダーカップを実況した。ヨーロッパと

アメリカのそれぞれのツアーを代表するゴルファーが

技を競うマッチプレーによる団体戦だ。


終始苦戦し、リードされたアメリカが最終日の17

ホールで若いジャスティン・レナードがおよそ15㍍の

ロングパットを決めて歴史に残る逆転勝ちをおさめた。

回転のいいボールがカップの真ん中から沈んだときの

鳥肌が立つような感動を忘れない。

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こう書いてくると、2000年の全豪オープン・テニスから

香港でのカールスバーグ・カップ(サッカー)と続いた

31日の旅など可愛いものだ。


6 1999年:トリノ-パリ-ペルージャ-パリ


日数が短くても忘れがたい旅がある。

1999516日、私はアリタリア航空機でイタリアの

ミラノに飛んだ。そのまま、車でトリノへ移動。23日の

セリエ最終節を実況するための情報集めが目的だった。

19日、パリへ移動した。全仏オープン・テニスのための

準備と打ち合わせのためだ。

22日、パリからローマ経由でペルージャへ。


そう、199899シーズンからセリエでプレーしていた

中田英寿のペルージャがセリエA残留を、ACミランは

優勝をかけて戦う試合を実況するためだった。

ほぼ1シーズン、セリエの実況にどっぷりと浸かって

頑張ったのに、テニスのために最終節を指をくわえて

見つめるのは嫌だったから、プロデューサーを口説いた。

”負担”を考えてプロデューサーは渋ったが、還暦過ぎの

“老アナ”の熱意がまさった。ハハハ。

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ペルージャの試合終了後、3時間かけてローマにもどり、

深夜のバールでミランの優勝とペルージャの残留を祝い、

4時間ほど睡眠をとって、あさイチの飛行機でパリに

戻って全仏オープン初日の午後の試合を実況した。


60歳になっていたが、疲れはまったく感じなかった。

むしろ、私にしか分からない、“やってのけた”という

大きな喜びがあって、体内を激しく“アドレナリン”が

流れていたことを忘れない。


ちゃんと読んでもらえただろうか?

鳥海アナの掛け持ちなどチョロいもんだと分かって

もらえただろうか? たぶん、分かんないだろうなあ。

まして、つらいと思うどころか、スポーツ・アナ冥利に

尽きる喜びを感じる部分など、到底理解できないと思う。


2005年の全米オープンの実況を終えて帰国したとき、

“アナウンサーとして”WOWOWで働いた14年間で

73回 海外出張して1358日間を海外で過ごしていた。


…さらっと読まないでほしい。

1358日はほぼ4年分だ。14年間の4年…アナとして

つとめた日々のうち3割近くを海外で過ごしたんだ。

褒めてくれとは言わない。お疲れさまの一言ぐらい、

言ってもらってもバチは当たるまい。ハハハ。


一度の出張で複数のイベントを担当するのは大変だ。

特に、インターネットの初期のころは必要なデータ類を

集めるのに苦労した。しかし、経験者にしか分からない

ひそかな楽しみもあった。それは、一つのイベントが

終わるたびに、不要になった資料をホテルのゴミ箱に

叩き込む“快感”が味わえることだ。ハハハ。


by toruiwa2010 | 2018-07-25 06:20 | 放送全般 | Comments(2)

NHKの鳥海貴樹アナがワールドカップ2018

途中からウインブルドンに駆けつけていた。

ネットには「おつかれさま」、「大変そうやな」、

「すげー」というねぎらいの声があふれていた。

あまい!大甘だ!!


ひねくれ&ひがみ男・岩佐の話を聞いてもらおう。

あちらは大NHKのエース・アナだから比較に

ならんが、黎明期のWOWOWで仕事をしていた

1990~2000年代の私はもっとスケールの大きな

“かけもち出張”の経験がある。


1 ボクシング~世界アイスホッケー選手権(56)


1991313日に日本を出てロス経由ラスベガス。

世界ヘビー級ボクシング:タイソン・ラドックを実況。

翌日、解説陣やディレクターと別れ、ロスを経由して

オーストリアのウイーンへ飛んでザッハ・ホテルに一泊。

ホテル内のティー・ルームで食べたザッハ・トルテが

めっちゃおいしかったことを忘れない。ハハハ。

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翌日、列車でおよそ4時間のフィラハに移動し、そこで

合宿していた日本代表チームに合流した。

2日後、チームと一緒にバスで山越えしてスロベニアの

リュブリャナへ移動した。当時のユーゴスラビア国内は

激しい内戦中だったが、イタリアに近いこのあたりに

大きな影を落としていなかった。およそ3週間滞在して

日本が参加した世界選手権Bプールの模様を実況した。


終わった翌日、フィンランドに移動した。1ランク上の

Aプールの中継のためだ。ヘルシンキで乗り継ぎのとき、

時間がないことに焦って空港内を走り、買ったばかりの

マフラーを紛失したことを忘れない。ハハハ。


3都市を転々としながら、およそ3週間を過ごして帰国。

56日間、私の長期出張の3位にランクされている。


2 男女ゴルフから全米オープン・テニス(47)


長いだけでなく、実況アナとして“充実”を感じたのは

1997年の夏だった。

726日、日本を出てカナダのトロントへ。

当時、女子ゴルフのメジャーの一つだったドゥモーリエ・

クラシックを放送した。

ニューヨークに移り、10日後に始まった男子ゴルフの

メジャー、全米プロをウイングドフットから実況した。

最終日、ストームに襲われて長い中断があった。

トロフィを掲げる勝者、デービッド・ラブ三世の頭上に

美しい虹がかかっていたのに、平凡な描写に終わった。

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30年以上のキャリアがあったのだから「虹の向こうに、

デービッド・ラブ三世初のメジャーのタイトルが待って

いました」ぐらいのことが言えてもよかっただろうに…

その悔しさを忘れない。

もう一つ、ニューヨークのホテルがうまく取れなくて、

ゴルフのときはマリオット・イーストサイドに泊まり、

終わってから、通りを挟んだインターコンチネンタルに

スーツケースを引いて引っ越したことも。ハハハ。


1週間後に開幕の全米オープン・テニスの実況を終えて

帰国したのは910日だった。

47日間の出張はランク4位だ。


3 ゴルフ、テニス、そしてサッカー(30)


トータル30日でランク10位だが、中身が詰まっていて

忘れがたいのは2000年の8月~9月にかけての旅だ。


812日に日本を出てケンタッキー州ルイビルへ。

まず、ヴァルハラで行われた全米プロゴルフ選手権だ。

タイガー・ウッズとボブ・メイのプレーオフになったが、

それより、大会側の粋な計らいで初日・二日目に60歳の

ジャック・ニクラウスが前年優勝のタイガー・ウッズと

ラウンドしたことを忘れない。

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1週間後、ニューヨークのフラッシング・メドウズで

テニスの全米オープンが始まった。男子決勝では新鋭の

マラト・サフィンがまだ世界1位を争っていたピート・

サンプラスを一方的に下したことが印象に残る。


これで終わらない。普通、グランドスラム終了の翌日は

現地でのんびりするのだが、この年は違った。

翌日、解説陣やスタッフと別れ、アムステルダム経由で

ドイツのハンブルクに移動した。サッカーのヨーロッパ・

チャンピオンズ・リーグ(UCL)の開幕戦実況のためだ。


夕方、東京から来たスタッフと合流して食事をしたが、

翌朝早く、朝食を摂るために部屋を出たとき、ドアに

数枚の紙が挟まれていた。両チームのデータや練習の

感想などがホテルの便せんにびっしりと書かれていた。


1ヶ月前に私が日本を出発する段階で決まっていたのは

前年チャンピオン、ユベントスの試合を放送すること

だけだった。抽選の前だから相手がハンブルガーSVで、

したがって私の行く先がドイツ…ということも、すべて

あとで決まった。


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アメリカにいる間は資料集めがまったくできなかった。

前夜の食事のとき、何気なくその不安を話したのだが、

解説の信藤健仁さんが深夜の部屋で書いてくれたのだ。

私が朝食を摂りながら、有難くそのメモを読んでいた

7時すぎにはホテル周辺を走っていたとあとで聞いた。

カッコよさに呆然としたことを忘れない。ハハハ。


つづく・・・


by toruiwa2010 | 2018-07-24 06:53 | 放送全般 | Comments(0)

カツアキーっ!


07/17

北の富士勝昭が私の期待を

裏切ることはめったにない。


肘の近くまでまくり上げた、派手な縦じまのシャツ。

襟とカフのところだけ白いクレリックになっている。

元お相撲さんとは思えない。ウォーター・ビジネスとか、

芸能界関係者しか着ないやつだ。しかも、その顔には

白ぶちのドン小西orふっくんメガネ…。ハハハ。

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初めて画面に現れたときはさすがに笑ってしまった。

面目躍如だね。初めの数十秒こそビックリしたが、

真っ赤な川ジャケットのときと同様、慣れてしまえば、

それほど違和感はない。把瑠都や照ノ富士の力づくの

相撲のように立派な体格で抑え込んでいた。


十数分後には「(昨日は)冷房の効いた部屋に一日じっと

してたので風邪を引いた。のどチンコが痛い!」という

発言もあった。天衣無縫ぶりが楽しい。76歳かあ。

“節制”という考え方は彼の生き方の中にないのだろうが、

まだまだ、相撲と茶の間を結ぶ役割を果たしてほしい。


冷蔵庫は空っぽだった?


07/18

なにかつくれ…と受け取るか、

家にある材料で君が作るものなら

なんでもいいよ、という

優しさと受け取るか?


小説家だという女性の呟きにフォロワーさんがいいねを

しているのが目に入ってしまった。

里帰りからだろうか、長野から東京へ帰ってきたらしい。

冷蔵庫の中も空っぽだったから、“どこに食べに行く?”

という意味で「夜ごはんどうする?」と聞くとご主人が

“やさしげに”(ツイートの表現)「なんでもいいよ」と

答えたそうだ。彼女は「何か作れ」と言っているのだと

受け取ったようだ。

最後の一言は“私をごはんの打ち出の小槌かなんかだと

思っているのだな”だった。

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で、私は上記のごとく呟いたわけだ。付け加えることも

取り消す言葉もない。私の感想はツイートのままだ。

たちまち、ヨーロッパに住む女性に“噛みつかれ”た。


冷蔵庫が空っぽだったら、まず

買い物に行かなくてはならない。

それでも優しさと思えるかな?


ああ、そうか。そういう事情もあるわけだね。


まず、冷蔵庫が空っぽと分かっていて、

晩御飯がすんでないのなら、家に

帰りつく前に、「晩御飯どうする?

家には何もないから、食べて

行かない?」と聞いたらどうだろう?

別に“打ち出の小づち”と考えている

わけじゃない。

亭主も奥さんの苦労は頭においてる。

なんでも悪くとるもんじゃないと

思うけどなあ。


…とリプしたが、男と女、あるいは夫と妻がちゃんと

理解し合うのはなかなかむつかしいんだね。


比較できるのだろうか?


07/19

安美錦が通算873勝で大鵬を超えた。

かつて魁皇が千代の富士を超えたと

称賛された。

二人とも苦労の末の記録だから

称えられていいと思う。同時に、

大鵬や千代の富士は横綱としての

相撲が取れなくなったところで

引退してるんだ。

勝ち星の中身がまるで違う。

並べて語る数字じゃない。


魁皇のときにもさんざんツイートしたから“またか”と

思われるのを覚悟でつぶやいた。

魁皇や安美錦を貶めるつもりはない。彼らがこの数字を

積み上げるのに苦労を重ねたことは容易に想像できる。

しかし、横綱たちが残した数字の意味を思えば、簡単に

“超えた”、“超えた”と伝えることに違和感がある。

ごちゃごちゃ言うのは私だけだろうが。


“ぬるい”と言わざるを得ない


07/19

今日、一番ほっとしたこと。

東国原英夫(元そのまんま)が

"類似句"については82日の

放送が終わるまで何も言うなと

MBSに言われている」とツイート

していたこと。

だんまりを決め込んでいたわけでは

なかった。逆に、MBSはそれまで何も

言わないつもりだ。けしからん!

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断わっておくが、東国原は好きな男だし、「プレバト」で

彼が詠む俳句にうならされることが多い。情報番組での

発言にもしばしば同意する。思い違いもあるようだが、

勉強しているし、コメントにキレがある。


それにしては、今回の件では歯切れが悪い。悪すぎる。

発言を止められているとツイートしたのはせめてもの

抵抗なのだろうが、彼らしくない。番組や名人九段の

地位に未練があるのか?


そして、本人が早々と謝罪したのに番組としての判断を

示さない毎日放送にはあきれてものが言えない。


最後にみたび相撲についていくつか


07/20

御嶽海は優勝するのだろう。

何勝するかが重要だよね。来場所の

大関とりの話は早すぎないか?

彼のせいではないものの3横綱1大関が

不在だったことはどうしても引っかかる。

豪栄道、高安の昇進後の“体たらく”を

見るのつけ、くれぐれも、急いでまた

失敗しないでほしい。

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協会として、九月場所が大関とりになると認めた。

盛り上げようということだろうが、感心しない。

特に日本人力士のときに“急ぐ”傾向がある。

”拙速”でなんど恥をかいたか?

今場所の御嶽海を見ていれば、いずれ、誰にも文句を

言わせない大関になれると思う。


07/21

貴景勝は好きな力士の一人だが、

この若さでこれだけ張り手が好きな

力士は珍しいのではないか?

いやな取り口だなあ。大成したいなら、

こんな相撲はとらない方がいい。

癖になるぞ。


一時はお気に入り力士の一人だったが、やたら、相手の

顔を張っている彼を見ていやになった。マフラー師匠は

何も言わないのか?それとも、現役のときの貴乃花も

そんなに張り手を使ってたっけか?


見事だったインタビュアー


07/21

泣き出した御嶽海の前に、何も言わず、

マイクを"残した"アナに拍手を送りたい。

あれが基本だ。相手が話し出せばよし、

話せずに泣きじゃくり続ければそれも

またよし。

余計なことを言いたがるアナが多いが、

今日はうまかった。

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上位に休場者が多かったのは事実だが、御嶽海は立派な

相撲で14日目に初優勝を決めた。

インタビュールームで太田雅英アナが“冴え”を見せた。


「おめでとうございます」「有難うございます」までは

ごく普通のやり取りだったが、「いまどんな気分ですか」、

「うれしいです」のあとは違った。

アナに「勝ってからしばらく時間がたちました。どんな

ことが一番頭の中をよぎりましたか」と聞かれた関脇が

「いやあ」と受けたあと、言葉が続かなかった。すぐに

こみ上げるものがあって次の言葉が出てこない。

懸命に言葉を絞り出そうとするが顔がゆがむ。30秒以上、

どちらも黙ったままだった。


太田アナは、その間マイクを御嶽海の前に“残して”いた。

これが“冴え”なんだ。あそこは 引き取って、聞き方を

変えたり、次の質問に移りたい誘惑があったと思うが、

よく耐えた! いろいろな想いが頭に浮かんで言葉に

詰まる御嶽海は何も言わなかったが気持ちは伝わった。


相手から言葉が出てこないとき、一通り話したが、まだ

言いたいことがありそうだ…と分かったとき、マイクを

対象人物の前に残すのはインタビュアーの“技術”だ。

アテネで北島康介の「超気持ちいい」を引き出したのも

このテクニックだった。言葉はないけれど、言葉以上に

相手に問いかけている。少なくとも若いアナウンサーに

ありがちな「今の気持ちを教えてください」などという

陳腐な聞き方以上に雄弁だ。

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おまけ

2勝しかできなかったが、最後の二日間、闘志あふれる

見事な相撲で感動を与えてくれた嘉風に感謝したい。


タイミングを逃がして呟かなかったが、十両で優勝した

貴ノ岩には心からのおめでとうを言いたい。

いろいろあった。土俵外のケガで貴重な数ヶ月を棒に

振ることになった。この間の苦しみは計り知れない。

特に、メンタル面が心配だったが、相撲の内容には非の

打ちどころがなかったように思う。


by toruiwa2010 | 2018-07-23 08:04 | 大相撲 | Comments(2)

日本が生んだ最高のメジャーリーガーは

やっぱりイチローだ。残した数字を見ても

文句のつけようがない。

マリナーズで先発しない日が増え始めたころ

当ブログは「悪いことは言わないから、

移籍しろ」と言い続けた。

それが“電撃”的に実現したのは6年前の

723(現地)だった。


速報:イチロー、ヤンキースへ!!

(2012/07/24 初出 )

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2012/07/2407:30AMのツイート

イチローがヤンキースに移籍すると言う。

ね、言っただろう?イチローの移籍は

あることだし、むしろ移籍を勧めるって。

少なくとも日本の野球界にとっては

最大のニュースだ。

球団の思惑と本人の意向が合致したのさ。


日本的には“超”がつくビッグニュースだ。

プレーオフ出場は確実だし、かなりの確率でALCS

さらにはワールドシリーズでプレーするイチローが

見られるかもしれないのだもの。

今日のMLB.comにも“Bronxbombshell”…ブロンクス

(ヤンキースタジアムがある地域の呼称)に大きな衝撃と

見出しをつけてトップで報じられている。

当然だろう。殿堂入りが確実な選手が“ほかでもない”

ニューヨーク・ヤンキースに電撃的に移籍したのだから。


ヤンキースは、ともに25歳の2人の若手投手を出し、

代わりにイチローと現金を受け取ることになる。

金額は不明だが、このトレードはマリナーズがかなり

足元を見られた感じだ。2投手はいわゆるプロスペクト

(=有望株)”なのかもしれないが、メジャーでの実績が

まったくないと言ってもいい。どちらがいい“商売”を

したかは何年かあとにならないと分からない。

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彼が10年連続安打の記録を達成した2010年のオフの

通信簿にこう書いている。


10年目の今シーズンはイチローにとって大きな節目の

年になるのではないかと思いつつ、開幕からの“推移”を

見守りました。今年も200安打を達成したら、それは

何十年も破られないような大記録としてMLBの歴史に

残ることになる、もし、途切れるようなことになったら

なったで、彼は新しい目標に目を向けるのではないか…

と思ったのです。

新たな目標…それはワールド・シリーズでの優勝です。


この世をば わが世とぞ思ふ 望月の

欠けたることも なしと思へば


藤原道長はそう詠みましたが、輝かしいキャリアを持つ

イチローの月には欠けた部分があります。

個人記録としては立派なものを残したのですから、次は

野球人としての“高み”をぜひ、目指してほしいものです。


10年連続達成を機に移籍をと訴えたのだが、私の声は

もちろん届かなかった。実現が2年半遅れたわけだが、

移籍自体はイチローにとってプラスに働くと思う。

しかし、シアトルより環境は厳しい。世界一の大都会、

世界一の球団、その伝統の重み…競争は激しく、球団の

ディシプリン(規律)も比較にならないほど厳しいはずだ。

おそらく、初めは盗塁も監督のサイン待ちになるだろう。

残り試合はそれほど多くないが、20試合に1度ぐらいの

割合で強制的に休まされるはずだ。

…要するに、マリナーズ時代のように自分のペースでは

やれないことになる。

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イチローも昨日今日のメジャーリーガーじゃないから、

そんなものに押しつぶされることはないだろう。

逆に、昨日までの重苦しさから解放されて、はつらつと

プレーする可能性の方が大きいのではないかと思う。

ぜひ、そうであってほしい。


去年の後半から、彼のバットの“湿り具合”はそれまでの

実績を考えるとあり得ないほどひどいものだった。

どんな実績を残した選手でも、成績が落ち、チャンスで

打てなくなれば、球団もファンも厳しくなる。

今年に入って、3落第のあと、トップでも結果が

出な移籍イチローの居心地は日増しに悪くなっていった。

華やかな実績を思えば“屈辱”の日々だっただろう。


球団は“若返り”に舵を切って動き出した。過去の偉業は

リスペクトしつつ、イチローのハンドリングはどんどん

難しくなったいった。今年限りでFAになる選手だし。

たとえ、移籍を拒否する契約になっているとしても、

それはあくまで権利だし、“放棄”することは可能だから、

移籍しろ、移籍しろ、としつこく言ってきた。

今回は、イチローをどうにかしたいという球団の思惑と、

このままシーズンを終えたくないという本人の気持ちが

合致したから交渉が成立したのだろう。

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緊張していた会見前半の表情より、後半、一問一答に

移ってからの笑顔がいい。

WBC優勝のときを思い出す。今度こそ野球を楽しむ

つもりでプレーしてほしい。デレク・ジーターという

最高のお手本がそばにいるのだから見習うといい。


11時開始予定のマリナーズ戦に先発することがすでに

発表されている。驚くことではない。ダブルヘッダーの

1試合のあとトレード交渉が成立し、スタンド下の

通路を通って相手のロッカーに移り、第2試合は違う

ユニフォームでプレーしたこともあるメジャーだもの。


確認していないが、8番・ライトだそうだ。

大リーグ通だという外国人が「とくダネ」で「9番・

レフトだろう」と話していたが、「えっ?」と思った。

スゥイッシャーがいようが、イチローのポジションは

守備範囲や肩を考えたらライトさ。

打順は12番はないと思っていた。8番より、むしろ

9番の方がいいと思う。“隠れ1という考え方だ。

まあ、正式発表と試合を楽しみにしよう。

たぶん…たぶんだが、手すりに寄りかかってイチローの

打席を見つめる川崎の姿が見られることだろう。


最後に、こんなこぼれ話はいかが。


「三方一両得?」

1979年のキャンプイン直前、フィリーズとカブスの間で

長い交渉の末、大トレードが成立した。

トレードのあと、フィリーズのオーエンス副社長の談話。

「このトレード交渉では三つの組織が大きな利益を得た。

フィリーズ、カブスと…電話会社さ」


あ、しかし、今回の交渉でAT&Tは稼げなかったはずだ。

今の時代、シアトルとニューヨーク、大陸をはさんで

飛び交ったのは電話じゃなくメールだったろうから。

ハハハ。


by toruiwa2010 | 2018-07-22 06:23 | 自分的傑作選 | Comments(0)