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岩佐徹のOFF-MIKE

toruiwa.exblog.jp

実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

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震災を受けて開幕が遅れた日本プロ野球は10月中旬までペナント・レースが続きますが、
3月31日にスタートしたメジャーは最終局面に入っています。
タイガースとフィリーズがすでに優勝を決めたほか各地区ともに数学的な可能性を除くと
大勢が決した感があります。ただし、アメリカン・リーグの東西両地区は1-2位の差が
5ゲームですが、今日からの3日間で1,2ゲーム詰まると、最後の6試合が再び面白くなる
かもしれません。
また、各地区2位の中で最高勝率を残したチームがプレーオフに進出できる“ワイルド・
カード”争いは両リーグともに接戦になっています。最終日まで盛り上がりそうです。
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日本野球界で“知将”と呼ばれたのはたぶん三原脩監督が初めてでしょう。
巨人を追われる形で西鉄ライオンズの監督になり、野武士集団を率いて日本シリーズで
その巨人に3年続けて(1956-58年)勝ち、見事“男”になりました。
川崎球場で王がライト“場外”にホームランを打った翌日「ああいうのを見ると、野球も
“個人技”ですなあ」など 彼の言葉には含蓄のあるものが多かったのですが、その一つに
「ゲーム差というのは10ゲームで1ゲームしか詰まらないもの」があります。
つまり、3ゲーム差をつけられたら、追いつくのに30ゲームかかる、という意味です。
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…30年ぐらい前まで、日本野球の感覚はたぶん、そんなところだったのです。
いまは、チームもファンも、もっとぎりぎりまで粘るし 決してあきらめません。
一方、メジャーでは、私がフォローし始めた1970年代でさえ、最終週を3,4ゲーム差で
迎えたら「逆転のチャンスは十分」という感覚でした。
最後の最後で逆転が見られるのがメジャーの楽しさでもありますね。その意味で、今年は
最終週にスリルが少ない 珍しいシーズンと言えるかもしれません。

初めてメジャーを放送した1978年、フジテレビではヤンキースとドジャースの試合を
多めに取り上げました。当時の日本で 最もよく知られた球団でしたから当然でしょう。
どちらも前年の優勝チームでしたが、ヤンキースは低迷状態が続き、7月19日終了時点で
首位 レッドソックスに14ゲーム差をつけられての4位でした。

BOS 62-28
NYY 48-42  -14.0G

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しかし、162試合が終了したとき、両チームは全くの同率で並んでいました!
ヤンキースが残り72試合を 51勝21敗、7割8厘という高い勝率で乗り切ったからです。
レッドソックスとの1ゲーム・プレーオフの末 地区優勝を果たしたヤンキースは、勢いに
乗ってワールド・シリーズまで制してしまいました。
追うヤンキース、逃げるレッドソックス…本格的にメジャーを見始めたその年に目撃した
ニューヨークの興奮とボストンの失意は忘れがたいものになっています。
国技、“National Pastime”はこうありたいものです。

個人成績ではいくつかの部門で最後までつばぜり合いが続きそうです。
注目は ケガのために15試合も欠場したアルバート・プホルスが、主力打者のステータス、
“300-30-100”に届くかどうかです。
2割9分9厘  36本塁打  96打点 (現地19日終了時点)

ホームランはすでにクリアしています。彼の力から、“残り9試合で4打点”もそれほど
難しいとは思いません。問題は打率ですが、きわめて微妙です。
10年連続で達成してきただけに、ファンもチームも後押ししたいと思っているはずです。
“悩ましい”のは カージナルスがワイルド・カード争いで2位につけていることです。
仮に、1試合を残して100打点に届いた、しかも、打率も3割を超えた…さあ、どうする?
ブレーブスと1ゲーム差だったり並んでいたりしたら、休ませるわけにはいきません。
目が離せますか?ハハハ。
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1976年、日本プロ野球 セントラル・リーグの首位打者は中日の谷沢健一でした。
それも最終日に逆転で!!
先にシーズンを終えていた張本勲(巨人)の首位打者は動かないと思われていましたが、
最終戦の谷沢は4打数で3安打を放ち、わずか“1毛差”で首位打者になったのです。
日本シリーズに備えて 多摩川で練習をしていた張本がこの知らせを受けたときの表情は
忘れません。好打者だとは認めても「逆転されたことは納得できない」と読めました。
“八百長”だったとは言いませんが、張本嫌いが多かった野球界で、何らかの“人情”が
働いた可能性は否定できません。ひそかに手を叩いた記者は多かったはずです。ハハハ。

シーズン末になったとき、日本野球ではしばしば“珍妙な”采配が見られます。
プホルスほどの“偉大な記録”でなくても、個人タイトルを取らせるために 監督が選手を
休ませたり、途中で出したり引込めたり…と、いろいろ“便宜”をはかるのです。
メジャーではあまり聞きません。
ただし、アメリカン・リーグの首位打者争いでこんなことがあったのは知っています。
これも1976年の出来事だったのは“奇遇”です。ハハハ。
激しいタイトル争いは最終戦までもつれ込みました。それも、ロイヤルズvsツインズで
両チームから2人ずつ4人の選手が直接対決することになったのです!

前日までの4人の成績はこうでした。
.33078ハル・マクレー(ロイヤルズ)
.33073ジョージ・ブレット(ロイヤルズ)
.32945 ロッド・カルー(ツインズ)
.32484ライマン・ボストック(ツインズ)


これでは、誰も休めません。ハハハ。

最低でも4安打が必要だったボストックが早々と脱落したあと、カルーは4打数2安打、
.331でシーズンを終えました。
マクレーとブレットは譲りません。2人とも3打数2安打で 9回の最終打席に決着を
持ち越すことになったのです。

結果を先に書くと、3番ブレットはレフトへのランニング・ホームラン、4番マクレーは
内野ゴロ…わずか1厘差でメジャー2年目のブレットが逆転で首位打者になりました。
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…私が書くのですから、これで話が終わるわけではありません。ハハハ。

ご存知の方も多いでしょうが、ブレットは白人、マクレーは黒人選手でした。
試合のあと、マクレーは「いま始まったことではないけど、これは人種差別だ」と不満を
ぶちまけました。
球場で見ていた人にはうなずける話だったようです。
ロイヤルズはすでに地区優勝を決めていました。ツインズの3位も確定していました。
5-2とツインズがリードしていましたが、この試合の勝敗はほとんど意味がなかったのです。
その割には、ブレットが打席に立ったとき、レフトのスティーブ・ブライの守備位置が
深かったこと、走り出すときにためらったこと…など不可解な点はあったのです。

それでも、自分がヒットを打てば再逆転できたマクレーですが、結果は内野ゴロ…1塁で
アウトになったあと、ツインズのベンチに向かって“放送禁止用語的”なゼスチャーを
したそうです。ハハハ。
目の前で 彼には平凡なフライに見えた打球がレフトの3~4メートル前に落ちてヒットに
なったのですから、気持ちは分かります。
ブライがキャッチしていれば、その瞬間にタイトルが確定したはずなのに…。

この件では、同じチームで中軸を打つ当事者同士の間には“わだかまり”がまったく
なかったと聞いてほっとした記憶があります。
ブレットは「タイトルをマクレーを分け合いたい」と話したこともあるそうです。

・イチローが199安打で最終打席を迎える場面を見たかったです。
3塁線のバント・ヒットを狙うかどうか…大いなる関心があったのですが、完全に可能性が
消えてしまったのは残念です。

朝日新聞に「ニュースが分からん!」という記事あり。
“(残り9試合で25安打)1試合平均2.78本のペースで打つ必要がある。
相当厳しい数字だ”と書かれていた。(今朝)

これを書いた記者の頭の中が分からん!ハハハ。


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# by toruiwa2010 | 2011-09-21 10:17 | メジャー&野球全般 | Comments(2)
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「寒っ」、「短っ」…
若者の会話の中で形容詞を完全形でなく、語幹(活用する単語の
変化しない部分)で済ますようになったのはいつごろからだろう?
文化庁の「国語に関する世論調査」の結果 日本語の“変化”が
ますます進んでいることが分かったという。
たしかに「来れる」、「食べれる」など、“ラ抜き言葉”はいまや
“普通”のことになった。

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「すごい」と思う事柄について「すごっ」と表現することは…
“自分もあるし、他人が言うのも気にならない”が33.5%、
“自分はしないが、他人が言うのは気にならない”が43.2%で
合わせると、76.7%が、“気にならなく”なっている。
「寒っ」に至っては、トータル85%が容認している。
鼻濁音、無声化、“ラ抜き”、そして、“活用語尾の省略”…
すべて、人が無意識のうちに 会話のスピードアップを狙って
編み出した形なのだ。いいとか悪いとか議論しているうちに
定着してしまったということだろう。

先月下旬、このブログに異常な数のコメントが殺到したとき、
対応しながら胸に去来した言葉は「めんどくさっ」だった。
なんだろう この感じ?

はよせんかい!
地元駅のすぐ横に踏み切りがある。
下り電車が来るのだろう、遮断機が下りて警報が鳴っている。
駅に向かって歩いている私の前方でかなり前から鳴っている。
これはまずいぞ、と思う。これだけ長く鳴っているということは
下り電車が通過しないうちに上りの電車がホームに入ってきて
遮断機が上がらないのではないのか。

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右方向から下り電車が近づいてきた。ゆっくりと。
踏切を過ぎるとすぐホームだから スピードを落とすのは分かる。
しかし、あまりにも落としすぎじゃないのか?
おい、もっと早く通過できないのか?まさか…わざとゆっくり
走ってるんじゃないだろうな?ああ、ほら、言わんこっちゃない。
逆方向の矢印が付いちまったじゃないか。お前のせいでさらに
待つことになったじゃないか!
なんだろう この感じ?


ひたすら歩く
父の死因は上腸間膜動脈りゅう破裂。88歳だった。
妻は、その1年ほど前のある日の出来事を鮮明に覚えている。
出かけるために家を出た父がしばらくして戻ってきた。
駅に向かう道の途中にある50メートル足らずのだらだら坂を
登り切れなかったと、ショックを受けた顔で言ったそうだ。

そのことが深く頭に刻まれている。
だから、時間が許す限り、歩く。せっせと歩く。
長生きするために。1日でも長く“活動的”でいられるように。
外出したりして歩く時間がないときは、地元駅の20段の階段を
“1段飛ばし”で駆け上がる。心臓はバクバクだが、気持ちよく
駆け上がれているうちは「まだ、足は大丈夫」と思える。
…心臓がギブアップするかもしれないが。
なんだろう この感じ?


見た目も大事
ケーキ屋のパティシエ、イタリアンやフレンチのシェフには
すっきりしたイケメンを連想させるイメージがある。
1年半ほど前、地元商店街から少し外れたところにケーキ屋が
オープンした。人通りはあるが、通るのは ケーキ屋に立ち寄る
という“人種”じゃない。なぜ、こんなところに、と思った。

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悪いけど「長続きしないな」が我が家の見たてだった。
悪いけど、パティシエがしょぼくれたオヤジだったし。

…悪いけど、今もある。しかも、客の入りは“そこそこ”だ。
決して「つぶれろ」と思っていたわけではないが、なんとなく
あてが外れた気分だ。
なんだろう この感じ?


どっちもどっちか?
鉢呂前経産相、就任9日目の辞任。情けないったらない。
おそらく「ゴースト・タウン」と言いたかったのだろうが、
言葉が出てこなかったのだ。
「放射能つけちゃうぞ」に至っては救いようがない。

「言葉狩りだ」と批判し、「辞任するほどのことじゃない」と
かばう声も聞こえた。ふざけちゃいけない。
そんな“たわごと”は、福島に住んでいないから言えるのだ。
言われた側の気持ちになってみればいい。こんなに無神経な
発言をする大臣と一緒になって、まともに原発や復興を考える
気にはなるまい。

この件については、ネット情報につられてひどいものを見た。
辞任記者会見の動画だ。“しどろもどろ”の前大臣に対して
居丈高の若い記者。6分30秒~7分50秒にかけて、聞くのも
恥ずかしいやりとりがある。 http://t.co/ISXOdHl
記者のレベルがここまで低くなっているとは知らなかった。
なんだろう この感じ?


ざわざわ
ラジオで片岡鶴太郎の話を聞いた。
芸人としてデビューしたあと、ボクシングを始め、ドラマにも
出るようになってからの10年間は充実したものだった。
マネジャーをつとめていたボクシングの世界王者・鬼塚が引退し、
出演していたドラマのシリーズが終わったときに考えた。
「これからの人生で何をすればいいのか」を。

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美術館に行ったこともない彼が絵を描くようになったきっかけは
ロケに出かけるとき目にした赤い花だった。教えてもらうまで
それが“ツバキ”だということさえ知らなかった。そんな彼が
なぜ絵を描くようになったのか?
自分でも不思議だった鶴太郎が母に尋ねたのは5年前だった。

「何を言ってるの。ウチのじいちゃんは羽子板の絵師だった
じゃないか。ウチにあった羽子板も、祭りでお前たちが担いだ
子供用のみこしも、みんなじいちゃんが作ったものだよ」

鶴太郎が語った母の答えを聞いて大竹まことと光浦靖子が
「えーっ!」とすっとんきょうな声を挙げるのを聞きながら、
思わず、鳥肌が立った。*** そして、胸が熱くなった。
なんだろう、この感じ?

*** 来年の国語世論調査では、“鳥肌”をどんな意味合いで
使っているかを調べてほしいものだ。
ちなみに、当ブログは、感動したときにも平気で使う。
なぜなら、そんなときにも鳥肌は立つから。

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# by toruiwa2010 | 2011-09-20 07:55 | 岩佐徹的考察 | Comments(11)
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旧HPをスタートしたのは2003年4月でした。
その年の9月に“伝説”の「リーガ・ゲッツ!」を書いて
大騒ぎになり、2ヶ月休んだことがあります。
それ以外には 夏休み、正月休みはあったものの 長期間の
“休載”はありませんでした。
しかし、さすがに「さらば WOWOW」のあとはしばらく
記事を書く気分になれなくて、2週間ほど休みました。


「ご無沙汰でした」2005.10.01


月が替わりました。
10月は1年の中でも節目の月です。
私にとっても、9月末から今月初めにかけてはいろいろと「記念日」がありました。

28日は67回目の誕生日でした。
この日、循環器内科の専門の医師に診察していただきました。高血圧が気になるからです。
「年齢の割りに動脈の弾力がなくなっている」、つまり「動脈硬化」というデータが出て、
かなり へこみました。ハハハ。
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心電図をとるとき、看護師さんに生年月日を聞かれました。
私が答えると、それをデータ用紙に書き込みながら「えっ!今日がお誕生日なんですか?
おめでとうございます」と言われました。この年齢になると嬉しくもないですが。
そう言えば、先日、電車の中で高校生ぐらいの女性に席を譲られました。
生まれて初めての経験でした。疲れているように見えたか、いかにも「お年寄り」と
映ったに違いありません。「軽くヤバイ」と思いました。ハハハ。

29日で、前立腺がんの手術から1年たちました。
おかげさまで 術後の経過は今のところきわめて順調です。ぜひ、このまま、転移も再発も
起きないで推移して欲しいと願っています。
話に聞くと、前立腺は恥骨の裏にあって目視しながら手術することはできないと言います。
執刀医が“神の手”を持っていたことに感謝です。ハハハ。

「容疑者 室井慎次」を見ました。
映画ですからできすぎた部分もありますが、「このまま突っ張ってるとロクでもないことに
なるぞ」と分かっていながら自分の考えを曲げない、まことに不器用な室井という男の
生き方をわが身と重ね合わせて見てしまいました。
柳葉敏郎にくらべれば、はるかにみっともないことは明らかですが。ハハハ。
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信念を貫いて目的を果たし、なおかつ支持する人たちの手で新しい生き場所を得る「室井」、
意地を張っては見たけど“蟷螂の斧”に終わった私…
本当に値打ちがあれば、こんなに結果が違うことはないのでしょうがね。

そして、予定通り30日で、WOWOWとの契約が終了しました。
帰国の翌日、時差の影響で早朝に目が覚めてしまい「ちょうどいい」と思ってWOWOWに
出かけました。自分のデスクを片付けるためです。
人に会えばいろいろ説明しなければならず、相手も話しづらかろうと思って、その時間を
選んだのです。これでも結構“気配りの男”なんです。ハハハ。
赤坂にある会社に着いたのは午前3時半でした。
そんな時間だというのに、10分ほど前まで、スポーツ部に人が残っていたらしいですから、
危ないところでした。ハハハ。

こうして、処理すべきことはすべて処理してあり、残されたのは会社への挨拶だけでした。
帰国直後の気持ちとしては、足が向かないのではないかと思っていましたが、役員室と
連絡をとった上で30日に出かけました。最後に、お世話になった会長、社長にきちんと
挨拶をし、区切りをつけることができてよかったです。
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88年9月の出向以来続いてきた17年間のWOWOWとのお付き合いが終わりました。
何かが音を立てて崩れたみたいで、寂しくないと言えば、ウソです。
しかし、大事にしてもらいました。いい思いをさせてもらいました。
「望まれている」と感じながら大きな仕事もやらせてもらいました。
アナウンサーとして過ごした15年は充実したものだったと言っていいでしょう。
仕事に関する限り50代、60代が一番幸せだったと言える私は“果報者”だと思います。

「さらば WOWOW」以来、大勢の方から励ましのメールをいただきました。
時間を追って増えていく書き込みも、もちろん読ませていただきました。
ホテルをチェックアウトする直前に更新したのは、ぎりぎりまでPCに向かっているかも
しれないスタッフにも見つからないためでした。ハハハ。
ひとえに、日本に帰るまで余計なことは知らない方がいいだろうと考えたからです。
しかし、成田に着いたとき、「誰かの携帯に連絡が入っているかもしれないなぁ」と思い、
荷物が出てくるなり、逃げるように帰路につきました。
誰のところにも連絡はなかったようです。ハハハ。

いただいたメールやブログへの書き込みがどれだけ私に元気を与えてくれたことか。
「WOWOWのアナウンサーと加入者の距離」について書きましたが、温かい、身にあまる
言葉が並んだ文章を読んで、アナウンサー冥利に尽きる思いでした。
「これだけの人が応援してくれていたんだ」と、いまさらながらに驚き、かつ「これなら、
もう少しがんばれたのに」とも思いましたがあとの祭りでした。
でも、皆さんのお気持ちはとても嬉しかったです。
本当にありがとうございました。「永久保存」にさせていただきます。

大勢のWOWOWの若い仲間たちからは、「食事でも…」と誘われました。
「有難いけど、今はそんな気分じゃないので、10月になっても気持ちが変わらなかったら
また声をかけとくれ」と答えるのが精一杯でした。ハハハ。

帰国した夜、我が家にWOWOWの後輩が一人やってきました。
思いもかけない訪問に「帰ってくれ」とも言えず(ハハハ)、上がってもらいました。
「電話やメールではなく直接『お疲れさまでした』と言いたかった」そうです。
飛行機ではあまり眠れなかったために、かなり疲労を感じていたのですが、身にしみる
嬉しい言葉でした。
「いろいろなことを教えていただきました」と語る彼の眼が赤いのに気づいて、こちらも
目頭が熱くなってしまいました。

正直言って、まだ気持ちの整理はつきません。しかし、月が替わったことで、強引にでも
気持ちを切り替えて前に向かおうと考えています。
もともと、多趣味ではありません。せいぜい、麻雀と映画鑑賞、読書…ぐらいでしょうか。
映画や展覧会を見に出かける、週に一回は外食をする、年に数回の小旅行をしよう…
そこまでは決まっています。
タップリある時間を有意義に、楽しく過ごすには不十分です。どうしましょう。ハハハ。
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ブログに「ハードに働いてきた人は仕事を辞めたあと3年で体調を崩す」との書き込みが
ありましたが、「さらば…」から半月足らずで「このままでは鬱になってしまうぞ」という
危機感を覚えたのは確かです。
“仕事人間”だからではなく 実況が持つ“麻薬”のような喜びを知っているからでしょう。
とりあえず“引退宣言”を「ひとまずマイクを置く」に変えさせてください。
チャンスはほとんどないでしょうが、自分にできることの間口は広げておきたいのです。
オファーをお待ちしています。ハハハ。

いずれにしろ、「毎日が日曜日」状態に埋没しないようにしなければ、と肝に銘じています。
お騒がせし、ご心配をかけましたが、持ち直してきましたので、どうかご安心ください。

書き忘れていました。
今日から、朝のごみ出しと新聞の取り入れが私の担当になりました。ハハハ。

今日、ブログを再開しました。
まだ、「ハハハ」という心境になりきれていませんので(ハハハ)、テニスねたはぼちぼち
書かせていただきます。楽しい、と思えれば続けます。
思えなかったら…、できるだけ がんばってみます。ハハハ。

この日以後、1週間以上休んだことはありません。
ない…はずです。ハハハ。
もっとも、最近はこのように、土日・休日はArchivesで
“手抜き”をさせてもらっていますが。

これでも、推敲し直し、文字数を揃え、写真を探し…と
やることがたくさんあって、それなりに手間はかかります。
“手抜き”はあくまで控えめな表現で、 「とりあえず、
ブログにはそう書いておこう」という話です。ハハハ。


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# by toruiwa2010 | 2011-09-19 08:27 | blog | Comments(1)
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柳さんがWOWOWのテニス放送から引退されました。
“心貧しき”やつはどこにでもいますから、いろいろ言われた面も
あるようですが、惜しむ声が圧倒的です。
柳さんの場合はWOWOWの事情によるものらしいですが、6年前、
私がWOWOWとの契約を更新しなかったのはこちらの選択でした。
私の人生で何度目かの“愚かな判断”でしたが。ハハハ。

「さらば、WOWOW」2005.09.13


全米が終わりました。
連日、好天に恵まれ、しかも中盤から終盤にかけて好ゲームの連続でした。
きっと、堪能されたことと思います。

さて、突然ですが、この全米を最後に実況生活を終えることになりました。
まだ、9月いっぱいは契約期間が残っていますが、そのあと、更新しないことで
合意したものです。
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92年全豪の中継から始まったテニス中継は、またたく間にWOWOWの看板番組になり、
それからまる14年、私はずっとテニス中継にかかわってきました。
ほかにアイス・ホッケー、ボクシング、サッカー、ゴルフなどの中継を経験しました。
アナウンサーとして働いたのは、フジテレビで18年10ヶ月、WOWOWでは15年ですから
フジの方が長いのですが、中身の濃さからいえば、断然WOWOWです。
プロ野球のような メジャーなものはやれない代わりに、WOWOWでかかわったものは、
競技としてはマイナーかもしれませんが、ほとんどすべてが世界レベルのものでしたから、
ワクワクしながら放送することができました。

さらに、地上民放局では準決勝、決勝ぐらいしか放送しないのに比べ、WOWOWは大会を
丸ごと放送する、というやりかたでしたから、仕事量が多く、やりがいもありました。
外国で行われる試合を放送するため、海外に行く機会も飛躍的に増えました。
今回が73回目の海外出張で、トータル1,360日を海外で過ごしたことになります。

…できれば70歳まで実況を続けたいと願っていました。そうすると、グランド・スラムの
中継が50回を超え、海外出張も1,500日を超えるなあ、と考えていましたが、残念ながら
夢は果たせませんでした。どうでもいいことですがね。ハハハ。
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「WOWOWの岩佐ですが なにか?」というとぼけたタイトルの本を自費出版したのは
2002年の11月でした。
私のアナウンサー生活を振り返り、実況についての考え方をまとめたものです。
(興味がおありでしたら、YAHOOにあるブログのカテゴリ“MY BOOK”をどうぞ)
初めは、普通に出版するつもりでしたが、熱心に探すわけではありませんから、出版社を
見つけることができず、結局は自分で好きなようにやれる「自費出版」を選んだのです。

出せる費用に限界があり、500冊限定ということになりました。
配った相手はほとんどが知り合いか、WOWOWをご覧になっている方たちでしたから、
おかげさまで、多くのひとが「面白い」と言ってくれました。
思えば、それから2年間ぐらいが我が人生のハイライトだったかもしれません。ハハハ。

そこで、何があったかといえば、「リーガ、ゲッツ!」です。ハハハ。
会社や仕事仲間、視聴者の皆さんに迷惑をかけたのですから笑ってちゃいけないんですが、
考えもしなかった狂乱の嵐に遭遇して、笑うしかないだろう、という感じです。
それが理由ではないでしょうが、それを“きっかけ”にしたかのように、あらゆることが
下降カーブを描いていきました。

テニスの番組作り方にも不満を感じるようになり、サッカーでも制作陣との間に考え方の
違いが出てきました。
今回も、自分がWOWOWのテニス制作の一員である感じがしませんでした。
悪影響が出てはいけないと考えて、スタッフやコメンタリー仲間にも話しませんでしたが、
日本を出る前に、会社との間で“これが最後”と決まっていたからかもしれません。

ずっと言い続けてきましたが、私は“楽しくなければテレビじゃない”のフジテレビの
出身ですから(ハハハ)、仕事をする以上、楽しい環境でやりたいと思ってやってきました。
しかし、だんだん、世代の違いから来るものもふくめ 仕事の現場で「楽しくないなあ」と
感じることが増えてきました。

今回も、突き詰めれば“ソフト”について 互いの考え方の違いを修正することができず、
契約を延長しないと決めることになったものです。
契約をめぐっての交渉は、あまり好きではありません。
自分の考えを伝えるときに、どうしても、相手が間違っていると言わなければならない
ケースが出てきますからね。
誤解のないように申し上げておきますが、“互いが合意した”もので、決してWOWOWに
非があるわけではありません。私の頑固な性格が今回のことの大きな原因になっていると
言ってもいいでしょう。
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悪運が強いのか天が見捨てなかったのか、最後の仕事になった全米オープンはいい試合を
数多く担当することができてアナウンサー冥利につきました。
おかげさまで、気分よくマイクをおくことができました。

そして10月からは、“年金生活”に入ります。ハハハ。
お若い方たちには申し訳ないのですが、私の年齢だと、それなりの年金がいただけます。
フジテレビの企業年金を合わせると、贅沢さえしなければ十分に暮らしていけます。
明らかにガタが来ている体の手入れをしながら、時間をかけて「さて 何ができるのか」を
考えたいと思っています。

私は、WOWOWのアナウンサーは地上波に比べ、視聴者との“距離が近い”と感じながら
仕事をしてきました。
そして、当初の自分の予想をはるかに超えて実況を続けられたのは、みなさんの応援が
あったからだと思います。この場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございました。

最後になりましたが、テニスのコメンタリー仲間やWOWOWの若い友人たちに、なにも
話さないまま今日を迎えることになり、申し訳ない気持ちです。
この年まで元気にやってこられたかげに、みんなの支えもあったことを忘れません。
長い間、ありがとう。

それでは、老兵は静かに消えることにいたします。ごきげんよう。

こういう事情ですので、このブログもしばらく休みます。
気力を取り戻したら、そして、テニスへの興味を持ち続けられるようなら、
いずれ再開したいと考えています。保証の限りではありません。ハハハ。

167件のコメントをいただきました。嫌味なものは1件もありませんでした。
PCのトラブルでブログが吹っ飛ぶ事件があり、No.146~167のコメントが
消えてしまったのは残念至極ですが、私の宝物です。

ブログは10月1日に再開しました。


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# by toruiwa2010 | 2011-09-18 08:08 | blog | Comments(4)
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決して美しいわけではないのですが、ニューヨークは世界中で
一番好きな街です。その魅力については、何度も書きました。
最後に訪れたのは2005年全米オープンのときです。
この大会がWOWOWでの最後の仕事になりました。
この時点では、まだ誰にも辞めることを話していませんでした。
自由行動になった大会最終日の翌日、一人で外出しました。
目に焼き付けておきたかったのです。センチメンタル・ジャーニー…

「A Holiday in New York」2005.09.12

…「ここだよ」と言われてタクシーを降りると潮のにおいがしました。
例年なら、予備日の月曜日は本を買いに行くぐらいで あとはゴロゴロして過ごすのですが、
今日は、なぜか水のあるところに行きたい、と思ったのです。
行った先は サウス・ストリート・シーポートです。
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イースト・リバーにかかる一番南側の橋、ブルックリン・ブリッジに近い波止場です。
前にも行った事があるはずですが、記憶が定かではありません。
みんな そうなるんですから笑わないように。ハハハ。
数年前に来て座ったのはこのあたりかな、と思うところに腰を下ろし、川面を渡ってくる
風に吹かれながら、読みかけだったジェフリー・アーチャーの新作“Sons of Fortune”
「運命の息子」の残りを読んで時間をつぶしました。

試合に向けて準備をすることも風邪を引かないように気遣うことも必要がなくなりました。
何にも縛られることなく、好きなように時間をすごせる…こんな贅沢なことはありません。
1時間ほどたつと、おなかがすいてきました。近くのカフェに入ります。
「SEQUOIA」…日本語にすると「せこい屋」…あまりよくないか?ハハハ。
いざ、席についてみると、それほど空腹ではないことに気づきました。
結局、注文はバドワイザー(生)、マンハッタン・クラム・チャウダー、サラダでした。
あえて選んだ陽だまりの席から道行く人を眺めながら おいしくいただきました。
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もう一度、川の近くに戻って読書を続けます。少し、目が疲れると川を眺めます。
そんなとき頭に浮かぶのは、今後のことではありません。
年寄りはみんなそうかもしれませんが、私の思いは過去に向かいます。ハハハ。

恥多き人生ですが、WOWOWに来てからの実況人生には満足感があります。
思い返せばたくさんの出来事があり、ブログを何本書いても追いつかないでしょう。
多くの同期性が“悠々自適”の人生を送っている中で、この年齢になっても いい仕事、
いい仲間に恵まれました。とかく一言多いために(ハハハ)、先輩たちからにらまれていた
フジテレビ時代にくらべ、若い仕事仲間に“望まれて”仕事をする喜びを味わえるように
なりました。こんなに幸せなことはありません
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最後は、水上タクシーに乗ってミッド・タウンに帰ってきました。
波が高いために、上のデッキに出られなかったのは残念ですが、イースト・リバーから
眺めるマンハッタンは、やはり私の気持を惹きつけて放しません。
今夜は、全仏でデビューして以来気に入っているベトナム料理を食べに行きます。
部屋でゴロゴロしていることを思えば、とても有意義な休日になりました。

So,that’s the end of my sentimental journey.

ホテルに戻ったあと、夜にかけて、思いを込めて視聴者への
“別れの言葉”をつづりました。


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# by toruiwa2010 | 2011-09-17 07:28 | テニス | Comments(2)
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「未来を生きる君たちへ」85

アフリカ。
難民キャンプのテントを縫うように軽トラックが土煙を上げて走って行く。
歓声を上げながら大勢の子供たちがあとを追う。
荷台には数人の黒人と一人の白人が乗っていた。白人はアントン、医師だった。
忙しく働く彼のところに腹を切り裂かれた妊婦が運ばれてきた。ビッグマンの仕業だ。

ロンドン。
教会で葬儀が営まれていた。母のひつぎの前でクリスチャンが詩を朗読している。
式のあと、クリスチャンは父・クラウスとともに祖母が住むデンマークに移り、新しい
学校に通い始めた。そこでいじめに遭っているエリアスと親友になる…
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帰宅してから、英語のタイトルが「In a Better World」だったことを知りました。
それで、こんな邦題になった理由が分かった気がします。もともとの題名は「Haevnen」、
デンマーク語で“復讐”を意味する言葉だそうです。
「未来を生きる君たちへ」では、映画の内容にピッタリ合っていないと思います。
こんなタイトルにしたことを制作者は知っているのかなあ、と妙なことが気になりました。

スウェーデン出身の女流監督、スサンネ・ビアが また いい作品を撮りましたね。
「ある愛の風景」「アフター・ウェディング」「悲しみが乾くまで」に次いで 彼女の作品を
見るのは4本目ですが、どれも心に残るものばかりです。
気持ちが明るくなる映画ではない、と分かっていても見に行かずにはいられません。

映画の中には さまざまな対立や憎しみが描かれています。
それを許す(赦す)かどうか、アントンの生き方が象徴するように、許すならどのように…が
監督の描きたかったことなのでしょう。よく伝わりました。
ただ一点、クリスチャンという少年の心模様が最後までよく理解できませんでした。
何が彼にそんな行動を取らせるのか、についての説明が十分ではありません。
「自分で考えろ」と言われると、私はギブアップです。ハハハ。


「ペーパーバード」85

内戦中のマドリードでも喜劇役者・ホルへは妻と息子の3人で幸せな生活を送っていた。
しかし、ある日の爆撃で家も家族を失う。1年の空白ののちマドリードに戻ったホルへには
“反フランコ”の危険人物として監視の目が注がれていた…
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小品ですが、いいと思います。
スペインの歴史を知らないと分かりにくいところもありますが、ホルヘが所属する劇団の
日常がほほえましく描かれていて、楽しめます。
最後の数分がグッときます。その直前、「えっ、どうして?」と思わせておいてラスト・
シーンにこんな演出をするなんてなかなか憎いです。やられました。ハハハ。


「朱花(はねづ)の月」70

タウン誌の編集者、哲也(明川哲也)と奈良で暮らす染色家の加夜子(大島葉子)には心を
通わせる男がいた。木工作家の拓未(こみずとうた)だ…
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河瀬直美監督はWOWOW社員と結婚したこともあるのでずっと気になっていました。
「萌の朱雀(もえのすざく)」、「殯の森(もがりのもり)」、「玄牝(げんぴん)」…少し気取った、
そして、分かりにくいタイトルも。ハハハ。

実際に作品を見たのは初めてです。
ほかの作品は分かりませんが、これはダメ…でした。
強力な指向性を持つマイクを使っているはずですが、セリフがよく聞こえません。たぶん、
監督は、できるだけ自然の会話に近いトーン&ボリュームで…という意図なのでしょう。
しかし、わざと聞こえないように話していると思ってしまうほどで、あざとく感じました。

惚れこんでいる土地だけに、監督自身が撮影したという奈良の風景は美しいものでした。
しかし、三脚を使った部分は問題ないとして 手持ちの映像はかなりぶれて不快でした。
加夜子の揺れる心、ときの移ろい、命の危うさ…“狙い”はあるのでしょう。
解釈は観客に任せるということだと思いますが、それほど効果的だったとは思いません。

突然 現れ、たいした説明もなく物語に割り込んでくる先祖の霊もうっとうしいものでした。
食事をする場面で食べ物がほとんど映らないなど 見たいものを見せないカメラワークや
中途半端な構図なども、すべて監督の意図によるものでしょう。
大和三山を現代の男女に置き換えて、二人の男が一人の女を奪い合う…そんなイメージで
撮られた映画のようですが、男たちが女を“奪い合って”いるようには見えませんでした。
内面に葛藤があることは分かりますが、そこは描けていません。
そして訪れるカタストロフィはあまりにも唐突でした。

おそらく、「あれがいい」と言う人も多いのでしょうが、聞きとりにくいエロキューション
(セリフ回し)、カメラの手ぶれ、首を傾げたくなるカメラワーク、分かりにくい亡霊の登場…
トータルで言うなら、“監督の独りよがり”の印象がぬぐえません。

加夜子が染めた ピンクに近い朱色のスカーフが鮮やかでした。
樹木希林のうまさにまた唸りました。そして、ほんの数分の出番でしたが、西川のりおの
起用はヒットだと思います。顔をはっきり写さなかったことを含めて。ハハハ。

85 未来に生きる君たちへ ビア監督の作品にはいつも惹かれる 明るい映画は少ないが
65 ハウスメイド いったい何世紀の話なんだろうと思った 時代錯誤についていけない
75 ライフ 超高速カメラの映像は確かに美しいが似たようなものを見たものも半分ぐらい
85 ペーパーバード スリルをはらみながら進む話が面白い ラストシーンがなかなかだ
70 朱花の月 監督の狙いが逆に“あざとく”見える 独りよがりの印象はまぬかれない
75 パレルモ・シューティング 苦手だ 女優G・メッツォジョルノがいなければ70点

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# by toruiwa2010 | 2011-09-16 09:58 | 映画が好き | Comments(4)
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遅れていた、8月の映画のまとめです。
レビューは3本にしぼりました。


「ツリー・オブ・ライフ」60


HELP !「ツリー・オブ・ライフ」を見て
途方に暮れている情けない奴です。


月曜日に 話題の映画「ツリー・オブ・ライフ」を見たあと、つぶやきました。
35分でギブアップして“しっぽを巻いて”帰ってきました。ハハハ。
シニア料金の1000円だから退席できましたが、一般料金の1800円を払った人はなかなか
決断できなかったのでしょう。費用対効果。

テレンス・マリックだか誰だか知りませんが、ショーン・ペンとブラッド・ピット…
せっかくビッグ・ネーム二人を揃えたというのに、なんという無駄遣いをしたものか!
そして、私たち夫婦以外にもきっと多かったはずの「2人が出るから」と劇場に来た観客を
絶望と混乱のどん底に突き落とした罪は深いと言わざるを得ません。ハハハ。
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オープニング・シーンから、果てしなく繰り返される神との一方的な会話、35分のうち
最後の15分は意味の分からぬ映像が続きました。
宇宙、天地創造を表すような映像、深海をさまよう巨大クラゲ、激しく噴火する火山、
深い原始の森、プラス ビッグバンを意味するようなCGのイメージ映像…
恐竜が出てきたとき、いよいよダメだと思い、森の中の、“バンビ”かと思った動物が
“やっぱり”恐竜らしいと分かって、隣を見ると、妻も“帰り支度”で賛意を表しました。
ハハハ。 いや、ほんとに笑うしかないんですって。

「監督、どうしちゃったのかしら」が劇場を出たあとの妻の第一声でした。
たしかに、冒頭の35分間で観客に伝わるのは、両親も成長した子供も信心深い人たちだと
いうことと、3人の子供の一人が死んだことだけ…
聖書を読まない人にもこの映画が理解できるとは思えません。ツイッター上には「分かる」、
「秀作だ」という意見もありますが、理解できることが不思議です。
いくらなんでも、もう、物語が動き始めるだろうと思いましたが、その前に堪忍袋の緒が
切れてしまいました。ハハハ。

つぶやきに対して数人の方からリプライがありました。

・何かを期待してしまい、最後まで席を立ちませんでした
・キャスティングにお金を払いましたが、それゆえ退席する勇気もなく
・何かあるはず、何かあるはず・・・で、最後まで。 別に何もなかった・・・


うーん、きっと、みなさん 1800円 払ってるんでしょうね。
結局、よかったですよというコメントはありませんでした。言い出しにくい空気を作って
しまったかもしれませんが。ハハハ。

ただし、全体を見ると、これほど評価が大きく割れている作品も珍しい気がします。
私がレビューを登録して、ほかの人の評価を参考にすることもあるgoo映画には12人が
レビューを寄せていますが、30点から95点まで!!
私のように、基本的には“非日常”を楽しみたいと考えて見に行く一般の映画ファンには
理解しにくい作品であることは間違いないようです。
そして、高く評価する人が果たして本当に理解できているのかどうか…。
どんな脳みそならこの映画を理解できるのかを知りたいものです。
「分かる。傑作だ」と言わないとカッコ悪いと思っていないでしょうね。
映画通として、「理解できる」と言いたいだけじゃないでしょうね。意地悪。ハハハ。

ぶったまげたのは、金曜日の朝日夕刊の映画評です。絶賛でした。

映画の表現に制約はない。自由である。
ただ、独創性を発揮する作家は極めて少ない。
断崖に咲く花を、危険を冒して摘みとる胆力と哲学とを要するからである。


…まことに文学的な書き出しで始まる一文は評論家・秋山登氏によるものです。

過去4作、いずれも鏤骨(岩佐 註:ルコツ=骨を刻むほど苦心すること)の秀作だが、
特にこの新作は、その表現の独創性において、卓絶している。――悠久の時空に、
はかない人間の営みを対置させ、生命の意味を考察するのである。
その眺めの壮大は驚嘆に値する。(中略)

随所で大自然と生命の神秘を詩的映像で語り、観客を幽玄の境へと誘うのである。


引用はもうやめましょうか。この記事のシメはこうでした。
「巨きな(おおきな)映画である。人々の記憶に永く残るに違いない」

…永く記憶に残る、か。そうかもね。“なんだか訳が分からなかった映画”として。ハハハ。

ちなみに、“高名な”評論家・品田雄吉は週刊誌で“一食ぬいてもぜひ”の星四つ…
ね? おすぎは“料金の価値あり”の星三つでしたが、名のある人ほど、酷評することは
ためらうようで、「ここは、ほめとくか」という感じになってます。
まあ、映画評ほど、首をかしげたくなる、あるいは、ややこしいものはありませんけどね。
人のこと言ってる場合じゃないですけど。ハハハ。


「神様のカルテ」85

「お昼まだだったら付き合うよ」と声をかけたのは同期の看護師(池脇千鶴)。
「誘ってもらうのはありがたいけど、僕は妻がある身なので…」と答えたのは、病院内で
“変わり者”扱いされている医師・栗原一止(イチト:桜井翔)だ。
アルプスのふもとの病院で勤務医をしている一止はまじめ一方で融通がきかない男である。
結婚して1年になる妻・榛名(ハルナ:宮崎あおい)は写真家だ。
廃業した古い旅館に友人たちと一緒に暮らす二人は新婚だがベタベタしたところはない。

たしかな腕を持つ一止に大学病院から誘いがかかった…
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どこが?と聞かれると困りますが、しみじみと胸にしみる作品です。
ほどよい距離感の若い夫婦、病院内で交わされる医師同士、医師と看護師、医師と患者…
会話の一つ一つが自然で違和感がありません。最近の映画やドラマはその点でストレスが
猛烈にたまります。“セリフがスムーズ”で納得するのも情けない話ですが。ハハハ。

櫻井翔が“地味に”好演しています。
要潤が“ただのイケメン”じゃない演技を見せていました。
これまでよさがあまり分からなかった宮崎あおいですが、少し分かった気がしました。
ほかにも、池脇をはじめ、柄本明、加賀まり子、西岡徳馬…みんな、素晴らしいです。
俳優たちの演技から、「これは、いい作品になる」という手ごたえを感じていることが
伝わってきました。


「一枚のハガキ」80

敗色濃厚になった昭和20年。奈良の天理教総本部の大広間に100人の兵が整列していた。
数合わせのためにかき集められた中高年の兵ばかりだった。彼らは 予科練兵の宿舎となる
建物の清掃を終えたところだ。

役目を終えた彼らの今後の任務は“くじ”によって決まることが告げられた…
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100人中、生き残ったのはわずかに6名…その中に松山啓太(豊川悦司)がいました。
彼は、奈良にいるとき、上官が引いたくじの結果 フィリピンに行くことになった森川定造
(六平直政)からあることを頼まれていました。
「もし生きて帰ったら、これを妻に届けて、読んだことを伝えてしい」と一枚のハガキを
預かったのです。検閲が厳しいため、彼は返信を出していませんでした。
ハガキにはこう書かれていました。

今日はお祭りですが
あなたがいらっしゃらないので
何の風情もありません
            友子


万感の思いが詰まった文章です。
次の任地が宝塚に決まっていた松山はこの依頼を引き受け、ハガキを預かります。

作品は、100人の運命を分けた“くじ”に最後までこだわって描かれています。
自身が体験者(6人の1人)である新藤兼人監督の思いがまさにそこにあるのでしょう。
戦争の場面はワンカットもありませんが、くじをキーワードに静かに反戦を訴えています。

99歳の大監督がメガホンを握った映画には多くの反響があるようです。
私が見に行ったのは封切から3日目、ウイークデーの2回目でした。
30分前につけば十分だろうと思ったのですが、切符売り場には長い列ができていました。
並んでいるうちに1回目の上映が終わりましたが、切れ目なく出てくる人の波にビックリ。
順番がきたとき、前から3列目より前の席しか残っていませんでした。
場内が暗くなるとき、満席状態でした。いくら封切から日が浅いとは言っても 平日なのに
満席というのは洋画・邦画を問わず、初めての経験です。

豊川と、森川の妻・友子を演じた大竹しのぶが見事でした。
山あいの農家でつましく暮らしていた友子にとって、戦争がわが身にもたらしたことは
理解することも受け入れることもできないものでした。周囲にその思いをぶつけるときの
大竹の激しい演技は観客の胸をうちます。文アカデミー主演賞の有力候補でしょう。

対照的に、くじによって生還することになった松山には一種の“うしろめたさ”があり、
これからの人生をどう生きればいいのかについての迷いもあるようです。豊川はそんな
松山を抑えた演技で体現していました。“動と静”…噛み合っていたと思います。
“熱演”はときに周囲から浮いてしまうことがあります。「仁」の内野聖陽には“いつも”、
香川照之には“ときどき”、それを感じ、鑑賞の邪魔になります。ハハハ。

作品そのものの評価はそれほど高くありません。
シリアスなテーマを笑いのオブラートで包むやり方は新藤監督得意の手法のようです。
新藤作品はこれまで1本も見ていませんでした。食指が動かなかったのです。「それでは
語る資格はない」と言われそうですね。しかし、作品はそれぞれが独立したものですから、
誰にだって語る資格はあるのです。

戦争反対はしつこく言い続けなければいけないテーマですが、この映画は“古色蒼然”の
印象をまぬかれません。テーマが古いのではなく、扱いかたと演出が…
若い監督が同じテーマで撮ったらまったく違う印象の作品になったでしょう。
松山と、村の世話人(大杉漣)のケンカのシーンなどいくつかの場面で“戯画化”した演出を
取り入れていますが、そのたびに「なぜ」と思いました。木に竹を接いでいる感じでした。

「キスしてちょうだい」

一番違和感を覚えたのはこのセリフです。
終戦直後、運命にもてあそばれた男女が再会したとき、女が男に向かって言います。

KISS…その頃の日本人は“キス”という言葉を口にしなかったはずです。
接吻(せっぷん)、くちづけ…から“キッス”になり、だいぶたって“キス”になった、と
当時、小学校低学年の“おませ”な少年は記憶しています。ハハハ。
豊川のひざ上までの短パンも、長さと言い太さと言い、妙に“今っぽい”ものでした。

ディテールが気になると引きずってしまう性格だけに、私の評価が普通の人より低いのは
仕方がないと思います。劇場を埋めた観客の大部分が60代、70代と思われ、その人たちは
違和感がなかったかもしれません。だからこそ、“平日でも満席”なんでしょう。
結局、固定的なファン層には受ける、そうでない人にはそうでもない…そんなところかも
しれませんね。どうぞ、あなたの評価は実際に見たうえで決めてください。ハハハ。

ちなみに、“反戦”をテーマにした映画・文学の中で、私が最も優れた作品だと思うのは
半世紀以上前に読んだ五味川純平の小説「人間の条件」です。

80 復讐捜査線 自分を狙った銃撃で娘を失った…そう思い込んだ刑事の執念の捜査
75 BIUTIFUL 混沌としすぎて何を訴えたいのか分かりにくい バルデムはさすがだが 
80一枚のハガキ 新藤ファンには文句なしの傑作のようだが突っ込みどころは多い
75 この愛のために撃て 2件の殺人を犯した少年が警官になった 悪夢がよみがえる
60 ツリー・オブ・ライフ 35分でギブアップした こんな映画は認められない
80 ヒマラヤ メスナー兄弟の物語 山岳映画は多いが上位にランクできると思う
80 チェルノブイリ・ハート 映像の衝撃度はすごい データ表記に配慮がほしい
75 HAYABUSA 2本の“記録映画”だがCGが多く期待した感動はなかった
80 シャンハイ カオスの街を舞台とする物語 相関図をのみ込む前に終わった
80 うさぎドロップ 幼女を預かった男の困惑 松山と芦田の演技に尽きる 
85 神様のカルテ 病院を舞台にした人間模様がいい 出演者の気持ちが伝わる

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# by toruiwa2010 | 2011-09-16 09:53 | 映画が好き | Comments(0)
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「こうなったら、○○とかXXにロシアの娘さんと結婚してもらって できた子供に
ホッケーをやってもらわないとどうにもなんないね」
…1990から92年にかけてアイスホッケーを取材していたころ、日本連盟の幹部が
20%ぐらいの本音をのぞかせながらそう言っていました。
“氷上の格闘技”、アイスホッケーは基本的に体格に勝るチームが有利です。
相当頑張っても“純血日本人”では限界があります。外国チームと対戦するたびに
まったく歯が立たない代表チームを見て 幹部はギブアップしたのです。ハハハ。
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ラジオで生島淳さんがラグビーを取り上げているのを聞いてこの話を思い出しました。
体格的には、激しいボディ・コンタクトがあるラグビーも日本人に有利とは言えない
種目でしょう。サッカーもショルダー・チャージやタックルで体の接触はありますが、
ラグビーほどの“危険性”はありません。
特に、サッカーのタックルは基本的にボールに向けて行われるもので、結果として
体に触れて倒されることはありますが、フルスピードで走っているときに脚や腰を
掴まれるラグビーのタックルとはくらべものになりません。

ニュージーランドでワールド・カップが開催中ですが、あまり話題になっていません。
1970年代後半から80年代にかけて 満員の観衆で盛り上がる秩父宮や国立競技場を
知っている者にとっては寂しい話です。
男の目にもカッコよかった松尾雄治(明大~新日鉄釜石)をはじめとするスター選手が
多かったせいで、スタンドには華やかなファションで身を固めた“ギャル”がたくさん
押し掛けていました。ローラン・ギャロス以外のスポーツ・イベントで、あれほど
美人が集まっているのを見た記憶はありません。ハハハ。
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ただし、ラグビーほど スタジアムの熱気とテレビの視聴率が比例しないスポーツも
珍しいのです。大学ラグビーの早明戦や日本選手権など スタンドが熱狂するビッグ・
マッチでも高い数字は出ません。いまは、スター選手不在のようですから、状況は
もっと悪くなっているでしょう。ここで言う“スター”とは、ふだんは見ないけど
「そういう選手がいるらしいから見てみようか」と思わせる存在です。

ケガを恐れて親が子供にラグビーをやらせたがらないという話もよく聞きます。
確かに、接触プレーの多い競技ですから“ケガはつきもの”と言っていいでしょう。
ただ、あくまでスポーツですから、過剰に怖がるのもどうかと思います。
去年、惜しまれつつ引退するまで日本ラグビー界の輝けるスターだった大畑大介は
2007年にアキレスけんを断裂したときにも「引退だろう」と言われました。
しかし、彼はこのとき 引退だけは絶対に避けたいと思っていたそうです。
先日の「深イイ話」で、その理由が次のように説明されていました。
「これで引退すると、ラグビーが危険なスポーツだと思われるから…」

生島さんは、ラグビーを取り上げるのをためらったと話していました。
「いまはマイナーになってしまったので分かる人がいないのでは」という懸念が
あったからのようです。思わず、ニヤッとしてしまいました。私もラグビーは
好きな種目ですが、このブログでラグビー関連の記事は1本しか書いていません。
「楕円球の行方~ラグビー 全国大学選手権~」 http://bit.ly/qS8IHI

マイナー・スポーツ…スタジアムが華やかに賑わっていたころもメジャーという
感じではありませんでした。テレビで中継されるのは、限られたカードだったし、
スポーツ紙の1面を飾ることなどめったにありませんでした。
いまだって、ワールド・カップの伝え方に熱が入っているとは思いません。
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日本の第1戦、フランスとの戦いぶりは“興奮もの”でした。忘れましたが、
ほかの番組と並べ、音を消して見ていてさえ思わず声が出るほどでした。
序盤でトライを重ねられて“ボコられ”そうな(こんな風に使うんですよ生島さん)
気配があったのに、少しずつ挽回して、一時は4点差まで追い上げたのですから
メディアがもっと大きく取り上げてもよかったのではないでしょうか。
なでしこだって、ソフトボールだって、柔道、体操、フェンシング、カーリングと、
普段はあまり見向きもしないのに 好結果を残すとてひらを返したように群がって
しゃぶり尽くす…これがマスコミの“あるべき”姿ですからね。ハハハ。

追いつけそうで追いつけなかったことで、終盤、スタミナと気力が尽きて最終的な
点差が開いてしまったのは残念ですが、正直言って、あそこまでやるとは思って
いなかったのでビックリしました。認識不足。ハハハ。

認識…と言えば 日本代表の先発に6人の外国人選手がいたことにも仰天しました。
“所属協会”がものを言うようですが、これまで唯一のラグビー関連記事に書いた
大学ラグビー、箱根駅伝と同様の違和感はぬぐえません。
外国人を排斥する…ではないのです。All for One.One for All のラグビーですから
個人を問題にするのは気が引けますが、カギになるポジションを外国人が占め、
目につく活躍をする選手も外国人ばかり…サッカーのUCLなど、クラブ・チームの
場合はいいですが、国を代表するとなると、応援する側の感情移入が難しいです。

ただし、ヘッドコーチのジョン・カーワンについては誰も文句を言わないでしょう。
選手としての実績、母国での人気、人間としての魅力、晩年 日本でプレーした…、
私の中ではサッカーのガリー・リネカー(イングランド)とダブります。
…リネカー、と言っても分かる人が少ないかもしれませんが。ハハハ。

明日の深夜、日本代表はカーワンの祖国・ニュージーランドと対戦します。
どんな“秘策”があっても、どうにもならないでしょうね。
残念ですが、現実は受け入れないと。


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# by toruiwa2010 | 2011-09-15 10:12 | スポーツ全般 | Comments(17)
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長かった全米オープンが終わりました。同時に、これが柳さんの最後の解説になりました。
放送の最後になって、突然 アナウンサーが「柳さん、本当に長い間お疲れさまでした」と
告げました。その前に、「柳さんは今大会で勇退されます」という話はなかったと思います。
柳さんからは特に挨拶はありませんでした。視聴者は戸惑ったとことでしょう。
たぶん、柳さんからの注文があったのだと思います。シャイな人ですから。
 
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1992年にWOWOWは全豪オープンを放送しました。テニス中継の第一歩でした。
帰国して間もなく、全仏オープンの放映権を獲得しました。担当のプロデューサーから
「解説をどうしましょうか」と相談を受けたのは3月ごろだったと思います。
全豪は、制作を請け負った会社の推薦で内山勝(現日本テニス協会専務理事)、坂井利郎、
平井健一さんが解説をしてくれました。全仏は、地上波で放送するテレビ東京の協力で
坂井・平井コンビにお願いする予定でした。しかし、放送ブースが確保できず、第2週は
東京のスタジオでコメントをつけるため、独自の解説者が必要になったのです。
当時 テニス中継は少なくて 大した情報は持っていなかったですが、NHKが日本選手権を
放送したときの柳さんの解説が印象に残っていました。それを話すと、プロデューサーは
「感触を探ってくれませんか」と頼んできました。本来なら、それこそプロデューサーの
仕事ですが、できたばかりの放送局でしたから…。ハハハ。

交渉は得意ではありませんが、早速 お話をしに行きました。初めから大乗り気でした。
「ずっと、そういう仕事をしたかったんですよ」と…。 すぐに話がまとまりました。
WOWOWと解説者・柳恵誌郎のきずなが生まれた瞬間です。
もっとも、私が柳さんと初めてコンビを組んだのは、そのあとの全米オープンでした。
全仏のとき、柳さんは女子の試合を担当し、男子の担当は神和住純さんだったからです。
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数試合 終わったところで「これは…」と思いました。
センス、呼吸、話せること・話せないこと…実況していて心地いいのです。
長い実況人生の中でこういう人は数えるほどしかいません。
野球:豊田泰光、サッカー:奥寺康彦 早野宏史 信藤健仁、アイスホッケー:遅塚研一、
そして、テニスでは柳 丸山淳一(森田あゆみのコーチ) 遠藤愛…いいコンビだったと思う
解説者たちにはこれらの点が共通しています。
柳さんについても「きっと、いいパートナーになれる」と確信が持てました。
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中でも“呼吸”はビックリするほどピッタリ合いました。たぶん 性格的な相性については
2人ともいいとは思っていなかったでしょうが、放送上は驚くほどよかったのです。
ダバディが参加する前、解説者とアナウンサーが放送開始の挨拶と当日のカードの展望を
していた時期がありました。1分半か2分でしたが、柳さんと私が組むと、90%は1回の
収録で済みました。内容も時間もぴったりと。
私の“腕”もありました(ハハハ)が、柳さんが臨機応変で話をまとめてくれるからです。
2人が担当する日はスタッフもカメラマンも仕事が楽だったはずです。
中には、5回も6回も撮り直すコンビがいたのですから。ハハハ。

私はWOWOWで14年間 テニスの実況を担当しました。ざっと計算してみると どんなに
少なく見積もっても柳さんとは250試合以上 一緒に放送したことになります。
はじめは、私があまりにもテニスを知らないことに茫然としたことでしょう。しかし、
2年目に入って間もなく、少なくとも私はある“感覚”をつかみ始めました。
「いいコンビになる」いう感触とは別のものです。
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「ここでこう聞いたら、柳さんはこんな答え方をするはず」「ここではこんな聞き方を
してはいけない」「ここで自分が黙ったら、柳さんはきっとこの状況に応じた話をするに
違いない」etc
この感覚をつかむと、実況アナは 仕事が大幅に楽になります。
それ以後は、柳さんと組んだときは大船に乗った気分で放送席に臨めました。
最後の数年、4回戦ぐらいまでは、基礎的なデータしか用意しませんでした。そのほうが
たくさんの引き出しを持っている柳さんから“らしい”話を聞けるからです。

柳さんは放送の前夜に、担当する試合のシミュレーションをするのが習慣でした。
選手の基礎的なデータをベースにして、ファースト・ポイントからの試合展開を頭の中で
組み立てるのです。本人は「最後のポイントまでやる」と言っていましたが、眉つばです。
すぐに寝こんでしまう人ですから。ハハハ。

“すぐ寝る”“少ししか食べない”の二つは柳さんの大きな特徴です。
「昨日は眠れなかった」と言うのを聞いた記憶がありません。時差ボケがきつい私が
頭にくるほど、朝 顔が合うたびに「昨日もよく寝た」と“ほざく”のです。ハハハ。
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心拍数が30~40しかないあたりはいかにも実績を残したアスリートらしさがあるのですが、
その“少食”ぶりはあきれるほどです。
その場に居合わせた誰もが“普通”と思う量の食事が運ばれてきたとき、柳さんの口から
「わあ、多い。多すぎるよ、これは」という言葉が必ず発せられるのです。
女の子だって平気で食べてしまう程度のものですからやってられません。ハハハ。

わき道にそれてしまいました。話を元に戻しましょう。
「柳さん、このあと、試合はどうなるんですか?」と聞くのが好きでした。
柳さんは「これまではこうだった。これからはこうなって行くんじゃないでしょうか」と
今後の試合展開を予想してくれます。
その予測通りになるかどうかは関係ありません。
私もそうですが、視聴者は 柳さんの予測を聞いてイメージをふくらますことができます。
この“予測”こそが、柳さんとほかの解説者の違いだったと思います。

もうひとつ、豊富な知識と冷静な分析力を持ったベテラン解説者と単なるテニス好きの
お爺ちゃんの両面を併せ持っていたところもほかの人にない魅力でしたね。
口はばったいようですが、“お爺ちゃんのお守”と“解説者のお相手”の両方を大過なく
こなせたのは、“年の功”だったかもしれません。
おかげさまで柳・岩佐はWOWOWの“爺爺コンビ”として、多くのテニス・ファンから
支持していただいたと信じています。
はいはい、中には“老害”という意見もあったことは承知しております。ハハハ。
実は、「柳さんが全米で勇退する」と、少し前にスタッフから聞かされたとき、ある妄想が
頭に浮かびました。
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最終日、男子決勝に備えて柳さんが控室を出る。少し“疲れた”ブリーフケースをさげ、
20年間を振り返りながらスタンド下の通路をゆっくりと歩いて行く。
エレベーターに乗り、エレベーターを降りた柳さんがWOWOWのブースのドアを開ける。
センターコートを見下ろす放送席でヘッドセット・マイクをつけて座っているのは…
数日前、ニューヨークに着き、一切コンタクトせずに準備をしていた私、岩佐徹。

ろれつは回らなくなっていますが、サンプラス、アガシ、チャン、サフィン、クエルテン、
フェデラー、ナダル、グラフ、セレス、サンチェス、ノボトナ、ピアス、カプリアティ、
ヒンギス、エナン、クライシュテルス、ダベンポート、ウイリアムズ姉妹、シャラポワ…
2人で見続けてきた選手たちの思い出話を交えながら、ジョコビッチvsナダルの激闘を
きっと楽しく伝えられたと思います。
ま、WOWOWにはそこまでのイマジネーションを持った男はいなかったわけで。ハハハ。

話は尽きませんが、そろそろまとめましょう。
20年間ですか。とんでもない長さですね。
うらやましい限りですよ。おそらく分かっていないと思いますが。ハハハ。
ジョコビッチvsフェデラー、ジョコビッチvsナダルがともにいい試合でよかったです。
お疲れさまでした。一度お会いしたいです。

Men’s Final
Djokovic d.Nadal 62/64/67/61


第3セットを落としたときには、腰のトラブルもあって
リードはしていても、形勢は五分…いや、むしろ、ナダルが
少し有利とさえ見えました。
しかし、今のジョコビッチには勝負弱さも精神的なもろさも
ありません。

最大のライバルを突き放して全米初優勝を果たしました。
対ナダル6連勝ですか。グランド・スラム年間3勝も…。
コート上の態度には揺るぎない自信があふれています。
対戦相手のファンにとっては憎たらしいほどでしょう。
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ナダルにしてみれば、目の上のタンコブ…
それも、相当に大きなタンコブになりました。ハハハ。
シーズンを通して、悪くても半分は勝てるようにしないと、
2人の差は広がるばかりです。

サンプラスvsアガシ、フェデラーvsナダルはテニス史に残る
ライバルリーだと思いますが、ジョコビッチvsナダルにも
その系譜に加わるチャンスは十分あるはずです。
そのためには 来年に向けてジョコビッチ対策をコーチとともに
しっかりと練り上げてほしいと思います。なによりも、11回も
ブレークされたサーブを何とかしないと勝負になりません。
それができなければ“打倒ジョコビッチ”が果たせそうな選手は
ほかに見当たりません。
…ということは、今後数年はジョコビッチの独走が続きます。
そんなことはテニス・ファンが望むところではないでしょう。
Vamos Rafa !

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# by toruiwa2010 | 2011-09-14 10:07 | テニス | Comments(58)
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Women's Final
Stosur d.Serena W. 62/63

女子決勝は山場の少ない試合だった。
ストーサーがここまで強くなっているとは想像もしなかった。
セレモニーを終えてストーサーがコートの出口に差しかかったとき、
マイクを手にしてハグしたアリシア・モリクのほうがオーストラリアの
将来を背負う選手として大きな期待がかかっていた。

オーストラリア女性の全米優勝は1973年のマーガレット・スミス・コート
以来のことだそうだ。
積極的に攻めるというゲーム・プランを実行しての優勝を讃えたい。

見事な決断をした、この試合の主審もほめておきたい。
ストーサーがボールをプレーする前にセレナが大きな声を出した。
hindrance・・・相手のプレーの邪魔をしたと判断された。
プレー中に帽子が飛ぶのと同じことだ。
ショットが見事なウイナーだったし、セレナの地元、アメリカでの
大会だけに難しい判断だったと思うが、主審のファインプレーだった。
あれを認めてしまうと、テニスの形が変わってしまう。声の大きい
選手が有利になる。練習メニューの中に“発声”を入れることになる。
ハハハ。

勇気ある決断をした主審に拍手を。(07:40AM 加筆)

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…昨日の記事にそう書きました。

「主審のファインプレー…」に対して“クレーム”がありました。
放送席の説明も十分ではなかったので、無理もありません。
普通、帽子が飛んだり、チェアに雑な置き方をしていたタオルが風に飛ばされてプレーが
中断したり、全豪でビーナス(?)がヘアにつけていたビーズを落したりしたとき…などは、
“警告してポイントのやり直し”だったと思います。現場を離れて6年もたつので記憶が
少しあいまいですがご容赦ください。ハハハ。

しかし、“故意”と判断されたら、即失点です。

この試合の主審はギリシャ人のエヴァ・アスデラキさんでした。彼女にとって、グランド・
スラムの決勝を裁くのは初めての経験でした。“初めて”だったことは関係ありません。
終始はっきりしたアンパイアリングだったと思います。
彼女が、“故意”だとして、ストーサーにポイントを与えたのかどうかは分かりません。
大多数の記事は、「意図的なhindrance(妨害)だったのでペナルティーを課した」という
ニュアンスで書いていますが、現時点では、まだ誰も判断理由を聞いていないはずです。

US OpenのHPに出ている記事が少し引っ掛かります。
主審がストーサーのポイントとしたのは「グランド・スラム・ルールの指示するところに
従って」と書かれているからです。
私は“否定的”ですが、この書き方からは、GSでは、有無を言わさず、相手のポイントに
なるというニュアンスが感じ取れます。(確認できません)

どちらにしても、主審は、根拠なしに判断したわけではありません。しかも、迷わず、
毅然とした態度でジャッジを下しました。「拍手を…」と書いた理由はそこにあります。
ざっと読んだ限りでは、このジャッジに異議を唱える記事はどこにも見当たりません。
セレナの“荒れかた”がそれほどひどかったからでしょうが。ハハハ。
大事なポイントでしたから、どうしても判定が気に入らなければ、セレナはトーナメント・
レフェリーを呼んで抗議することもできたのです。それをしなかったのは彼女の選択です。
とにかく サーブが35%しか入らず 惨めなプレーで12ポイント連続で失って第1セットを
落としたセレナにはフラストレーションがかなりたまっていたのでしょう。
自分を抑えることができませんでした。
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「あなた、前にもここで私をコケにした人じゃないわよね。***
私のこと 見るんじゃないわよ。廊下で私を見たら そっぽを向くのよ。
自分の意見を言ったらコードバイオレーションですって!こないだチェックしたけど、
ここはアメリカなのよ。どうしたらそんなことができるわけ?どうにもなんないわ。
どうにもなんないわね。あんたは他人が憎いのね。負け犬だわ。
内面が醜いのよ」

かなり意訳していますが、おおむねそんな意味のことを主審にぶつけました。
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***明らかにセレナの思い違いです。
「前にもここで…」は2年前の全米準決勝(vs クライシュテルス)での騒ぎを指しています。
試合の終盤でフットフォルトを取られました。東洋系の女性の線審でしたが、このときも
セレナは大爆発。「このボールをあんたの“おし○”に突っ込んであげましょうか」…
おかげで高額の罰金を課せられ、2年間の執行猶予となっていました。
奇しくも、全米の決勝は、ちょうど、その“執行猶予”の最後の試合だったわけです。
改めて罰金を取られる可能性は大ですし、グランド・スラムへの出場が禁止されることも
考えられます。1度や2度じゃないから、心証は著しく悪いのです。ハハハ。

ウインブルドンなどで、good loser だなあ、と思ったこともあるのですが、今度ばかりは
救いようがありません。
試合終了後、主審と握手をしなかったのもよろしくないですね。
セレモニーを待つ間 ストーサーの隣に来て話しかけていましたが、ストーサーは明らかに
当惑していました。ネットをはさんで反対側にいた彼女にはセレナの言葉がよく聞こえて
いたでしょうから、当然です。“正体”を見ちゃったんですから。ハハハ。

知りませんでしたが、ストーサーは3回戦(vs Kirilenko)で全米史上最長の3時間16分、
第2セットでは17-15という、これも最長タイブレークを勝ち抜いています。
その粘りが初のグランド・スラム優勝という形で実を結んだのでしょう。

今日、アメリカテニス連盟はセレナ・ウイリアムズにたいして
罰金2000ドル(16万円)を課したそうです。
「ストーサーのラケットが触れたことによって、セレナが声で
プレーを妨害したと判断した」ものです。
それ以上のペナルティはないようです。


ついでと言ってはなんですが、準決勝でジョコビッチに
逆転負けしたフェデラーの2011年はとうとう、グランド・
スラムのタイトルがないまま終わりました。
2003年から年間、最低でもひとつは獲っていたのですが、
偉業に終止符がうたれたことになります。

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# by toruiwa2010 | 2011-09-13 05:06 | テニス | Comments(22)
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1981年6月7日 日曜日16時、シナイ砂漠のエチオンにあるイスラエル空軍基地から
14機の航空機が離陸した。すべてが最新式で、F16が8機とF15が6機だった。
ただし、このミッションではF16の機関砲と空対空ミサイルは外され、その代わりに
900キロ爆弾と長距離用燃料タンクが装着されていた。援護役のF15の装備は通常の
ままだった。やはり、長距離用燃料タンクをつけていたが。
F15がF16を囲むように少し高く飛んで航空機はアカバ湾の上を低空で通過した。
離陸から6分後、編隊はサウジアラビアの海岸線を横切り、ヨルダン国境と並行する
コースに入った。
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16時52分、ヨルダンのマアーン基地で空軍の技術軍曹が突然 背筋を伸ばした。
彼の前のレーダー画面に14の輝点がゆっくりと現れたのだ。30秒後 マアーンの管制塔は
航空機に身分を明らかにするよう求めた。応じた指揮官が流ちょうなアラビア語で 彼らは
タブーク基地所属のサウジアラビア空軍で、訓練中だと説明した。
彼はマアーンの管制と適切なコードとちょっとしたジョークを交わしたあと、東に進んだ。
3分後、14の輝点はレーダー画面から消えた。
ヨルダンとサウジアラビアの間には統一された軍事的な航空管制システムがなかったため
マアーンの管制はタブークにもほかのアラブの基地にもこの飛行を報告しなかった。
17時、編隊はまっすぐイラク国境に向かう東北東に進路を変えた。

…A.J.クイネル著「スナップ・ショット」の冒頭、“プロローグ”です。
待望の1冊の到着とマイクル・コナリーの「The Reversal(逆転)」の読了がタイミングよく
重なりました。いいことがある兆しのようでうれしいです。ハハハ。
プロローグはもう少し続きますが、この編隊のミッションはイラクの原子力関連施設を
破壊することでした。爆撃などについてここに書かれていることはほぼ事実のようです。
ただし、8機のF16のうち、当初の目標に爆弾を投下したのは7機で、残り1機だけが
わずかに航路を外れて別行動をとっていた…というあたりから先に展開するもう一つの
物語は当然フィクションです。クイネルの面目はそこにあります。
まだ、本編に入って20ページほどしか読んでいませんが、十数年前に日本語で読んだとき、
私を包んだ興奮は英語で読んでも“健在”でした。「こんなはずじゃなかった…」とならず、
ホッとしました。ハハハ。
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私のつたない日本語訳では原作の持つ独特の“スピード感”がうまく伝わりませんが、
大熊栄訳による文庫本は最高に面白いです。特に、冒険ものが好きな男性は必読です。

プロローグが終わって本編に入ると、時計の針が巻き戻されて1960年代後半のアジアに
物語の舞台が移ります。
とりあえずの主人公は戦場カメラマンを“隠れみの”にするCIA要員のダフです。
ベトナムに従軍しますが、なかなか、これはという写真が撮れません。
そんな日々が続く中、ある同業者のカメラ用具一式がオークションにかけられるという
電話を受け取ります。デイブ・マンガーは戦争の過酷な現実を記録した写真で数々の賞を
獲得している、ダフがリスペクトする男でした。

普通、カメラマンの持ち物がオークションにかけられるのは彼が死亡したときです。
しかし、マンガーのケースは違いました。
数日前に同行取材した現場での経験がトラウマになったようです。突然、仕事への意欲を
失ったのです。サイゴン市内のレストランで、一人放心したように座り続けるマンガーを
彼を知る男たちはキツネにつままれた思いで見守るのです。
最後に訪れた戦場で何があったか…それは謎として残ったまま、マンガーは消えます。

このころサイゴンをベースに仕事をしていた人々の人生は 数年後、別の場所でそれぞれの
立場を変えてふたたび交わるようになります。
物語は このあと イスラエルの諜報機関・モサドやCIAなどの活動が軸になり マンガーが
本当の主人公として再ビ表舞台に登場する…はずです。面白いもので、話の展開が記憶と
同じなら嬉しいし、違っていると、それはそれで“儲けた”気分です。どちらにしても、
私たちが歴史的な出来事として知っている当時の中東情勢の裏側でひょっとするとこんな
エピソードがあったかもしれないと思いながら読むと興奮がさらに高まります。ハハハ。
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残念ながら数年前に亡くなったクイネルは謎が多い作家でした。
戦争、内戦、不正…世界のダークサイドを舞台にした作品ばかりで、扱うテーマの周辺が
極めて危険なため、正体を明かせないのだという話がまことしやかに伝わっていました。
私にしてみれば、“相当 面白い”のに、置いてある本屋が少ないのが不思議でした。
でも、いつかきっと彼の真価は発揮される日が来るさ と思っているうちに亡くなったのが
つくづく残念でなりません。
せめて、このブログを読むみなさんには…と思ってのアピールです。ハハハ。

Women's Final
Stosur d.Serena W. 62/63


女子決勝は山場の少ない試合だった。
ストーサーがここまで強くなっているとは想像もしなかった。
セレモニーを終えてストーサーがコートの出口に差しかかったとき、
マイクを手にしてハグしたアリシア・モリクのほうがオーストラリアの
将来を背負う選手として大きな期待がかかっていた。

オーストラリア女性の全米優勝は1973年のマーガレット・スミス・コート
以来のことだそうだ。
積極的に攻めるというゲーム・プランを実行しての優勝を讃えたい。
見事な決断をした、この試合の主審をほめておきたい。
ストーサーがボールをプレーする前にセレナが大きな声を出した。
hindrance・・・相手のプレーの邪魔をしたと判断された。
プレー中に帽子が飛ぶのと同じことだ。
ショットが見事なウイナーだったし、セレナの地元、アメリカでの
大会だけに難しい判断だったと思うが、主審のファインプレーだった。
あれを認めてしまうと、、テニスの形が変わってしまう。声の大きい
選手は有利になる。練習メニューの中に“発声”を入れることになる。
ハハハ。

勇気ある決断をした主審に拍手を。(07:40AM 加筆)

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# by toruiwa2010 | 2011-09-12 06:26 | 読書・歌・趣味 | Comments(13)
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地震が起きたときに「あ、これはちょっと…」と わずかでも恐怖を感じたのはあのときが
初めてだったような気がします。
3月11日の午後2時46分、私は昼寝から目が覚めたところでした。揺れ始めたことで
目が覚めたのかもしれません。初めは「すぐ収まるだろう」とタカをくくっていましたが、
2分半から3分は続いていました。長く、とても長く感じました。
不気味に揺れが続くうちに「これは…」と思い始めたのです。
震度5強とされる東京でさえそう思ったのですから、震度7だった被災地のみなさんが
あの時間をどんな気持ちで過ごしたかは想像できません。
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直後に海岸地帯を襲った巨大津波。
メディアだけでなく、個人が撮影したビデオが自然の恐ろしさを細かく記録していました。
夕方から夜、そして翌朝…繰り返し流されるその映像を前に言葉を失いました。

ビジュアルとしては、震災から2ヵ月半後に、駆け足で訪れた被災地の様子がダブります。
巨大な龍のように津波が走って行ったあとが戦争直後の焼け野原のようになっていた名取、
あまり被害の跡が見えない駅前から少し車で走っただけの港に破壊し尽くされた建物群が
残されていた石巻、何棟かのビルが根こそぎ横倒しになり、鉄骨だけになった3階建の
ビルの屋上に乗用車が裏返しになって乗っているのが見えた女川港…“自然の猛威”や
“津波の恐ろしさ”と、文字にしただけでは真実が伝わらない光景がありました。
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今でも、そのとき目にしたものはときどきよみがえります。
こわいのは、正直に書くと、しだいに“遠い”できごとになろうとしていることです。
頑張ってほしいと願う気持ちも応援する心も、変わらずに持ち続けているつもりです。
“他人事”…というのではないのです。しかし、半年が経過したいま、本当の意味での
当事者ではない“もどかしさ”を感じます。

それは、政府・行政の動きが相変わらず鈍いこととも関係があると思います。
菅政権の対応がもっと素早く、被災地からの復旧・復興のつち音が伝わってきていれば、
今頃、日本全体に“前向きな”明るい空気があふれていたはずです。
風貌にだまされているかもしれませんが、野田新総理の人柄には、少し期待を持ちました。
しかし、では、テキパキとことが進み始めたかと言えば、そうではありません。
菅前総理は「お盆までには全員を仮設住宅に」と大見えを切っていましたが、いまだに、
避難所生活をする人が6000人いるそうです。要介護者が30%増えた、とも聞きました。

もちろん、国を預かる立場が難しいものであることは分かります。私たちが口で言うほど
簡単ではないのでしょう。
それにしても 鉢呂前大臣の愚かな発言は“論外”として、流された家や店を建て直そうと
思っても、国や県の基本方針が決まらないと実行に移せない、風評被害によって、福岡で
予定されていた「ふくしま応援ショップ」のオープンが中止になった、丹精込めた野菜が
牛が出荷できるかどうかは放射線量の計測結果が出ないと分からない…これだけ理不尽な
目に遭ってもじっと耐え続ける東北の人たちの我慢強さには本当に感心しますが、もっと
怒ってもいいのではないでしょうか?
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野田政権は「福島の再生なくして日本の再生なし」などと、キャッチコピーを口にして
悦に入っている場合ではないと思います。
議論をする、法を整備する…それも大事でしょうが、新総理がやるべきことは、その中で、
被災者の胸に明かりがともるような手を打って行くことです。
乱暴な言い方をすれば 何でもいいのです。“忘れられている”“見捨てられている”と感じ、
それでも耐えている人たちに、「政府は自分たちのことを考えてくれてる」と感じてもらう
“何か”をすることです。
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震災が発生したとき、現地には雪が残っていました。朝の気温が零度以下になることも
しばしばでした。短い春が過ぎ、猛暑の夏を越えて、いま、秋を迎えています。
きっと、東北の冬は駆け足でやってくるのでしょう。それまでに、被災地のみなさんが、
はっきりと“明日への希望”を抱いていられることを心の底から祈ってやみません。


時差の関係で、アメリカ東部が9月11日の午前8時46分を迎えるのは今夜です。
10年前、全米オープンが終わって2日たった“その日そのとき”、チェックアウトのため、
泊っていたホテルのフロントに並んでいました。
世界貿易センタービル(WTC)に飛行機が衝突した…それだけは聞きましたが、はじめは
“小型飛行機”だと伝わっていました。
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それ以上の情報は持たぬまま、ホテルの前に出てスタッフが集まるのを待ちました。
帰国のため空港に行くのに予約してあったミニバスがなかなか来ません。このとき すでに
市内でも渋滞が始まっていたのでしょう。
このままでは飛行機に間に合わないと思い、プロデューサーと話して、タクシーで空港に
向かうことにしました。

最初の1台に乗ったのは柳さんと私、そばにいた女性スタッフ、Hさんの3人でした。
マンハッタンから“出て行く”道の渋滞はそれほどでもなく、順調に走った私たちの車は
何事もなく クイーンズボロー・ブリッジを渡りましたが、このとき、警察が検問の準備を
始めているのが分かりました。

タクシーの中でラジオが聞こえていたはずですが、早口の英語をとらえることはできず、
この時点でも「旅客機がぶつかったらしい」程度の情報しか得ていなかったと思います。
フリーウェーから、遠くに、WTCのビルがベージュ色の煙に包まれているのをただ茫然と
眺めながら空港に向かっていたことを思い出します。
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…私たちが通過して間もなく、マンハッタンへの出入りが完全に禁止され、スタッフと
離れ離れになってしまいました。
結局 この日、空港は閉鎖され、私たち3人は空港近くのホテルに泊まることになりました。
しかし、問題がありました。Hさんは妊娠2ヶ月でしたが、私たちに割り当てられたのは
たった一部屋だったのです!

キングサイズのベッドと貸出しのエクストラベッドを前に、どうしたものかと迷いました。
家族でもないのに、同じベッドに寝るわけにはいきませんから。
しかし、困っているのを見かねたHさんが「端と端ならいいですよ」と言ってくれました。
体が小さくて寝相もよさ“そうな”柳さんにベッドを譲って 私がエクストラに寝ることで
一件落着となりました。

晩御飯はホテルのレストランで食べました。
連絡がついたプロデューサーが「代金は会社が持つと言っていますから、おいしいものを
いっぱい食べてください」と伝えてくれましたが、残念なことに、顔ぶれは少食の柳さん、
華奢な体つきのHさんに加え、私も“大食漢”ではありません。しかも、3人とも酒は
ほとんど飲まないのです。せっかくの“お墨付き”なのに惜しいことをしました。
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“激動の一日”…疲れが出たのか、柳さんは部屋に戻るとすぐ横になり、私たちも睡魔に
勝てず早々とベッドに入りました。
…エクストラベッドは湿っぽい匂いがして嫌な予感がしてはいたのですが、夜中に猛烈な
“かゆみ”で目が覚めました。案の定だったのです。

…しかし、数1000人の死者を出したこの同時多発テロで私たちが受けた実質的“被害”は
それだけでした。生命の危険を感じた瞬間はありません。それでも、発生時に 現場から
わずか数キロのところにいたということで、この出来事の記憶が薄れることはありません。
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あの日から10年がたちました。
写真は“9.11”の朝、Hさんのお腹にいたお子さんです。
10年という時間の長さを表していると思います。


Men’s SF
Djokovic d.Federer 67/46/63/62/75


素晴らしい試合だったようですね。
起きたとき、すでに第5セットの第8ゲームに入るところでした。
4-3とリードしたフェデラーがラブゲームでブレークしました。
相手のサーブで始まるセットは、ブレークを許すと、第9-10ゲームが連続で相手のマッチ・
ゲームになるのが厳しいところです。相手が格下でも嫌でしょうが、フェデラーですから
ジョコビッチが受けていたプレッシャーは想像できないほど大きかったはずです。
よく耐えました。すごい精神力だと思います。

第9ゲーム(フェデラーのサーブ)40-15からのジョコビッチのリターン・エースはイチか
バチかのプレーだったように思いますがどうだったのでしょうか?
そこからは エースもありましたが、基本的にはフェデラーのエラーでブレーク・バックを
許してしまいました。
11-12ゲームのフェデラーはメンタルとプレーの両方でレベルが大きくダウンしました。

第11ゲーム15-30から、ラリーの中でジョコビッチが放ったフォアはベースラインの上に
落ちました。それまでにも勝負のアヤはいろいろあったでしょうが、あのフォアが試合の
行方を決める大きな要素になったと思いました。
以後、フェデラーの抵抗はわずかでした。
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2セット・アップからの逆転負け…フェデラーにとっては、ウインブルドン(ツォンガ)に
次いで グランド・スラムでは2大会連続の手痛い敗北です。
“なにか”を感じないわけにはいきません。全盛期の彼なら2セット連取からの負けは
考えられませんでしたから。

しかし、30歳になったばかりです。
サンプラスが最後のグランド・スラム・タイトルを獲ったのは2002年の全米でした。
31歳になった直後です。
プレースタイルを考えると、フェデラーにはもう少し先までチャンスが残ると思います。

第2試合はこのままナダルが押し切りそうですね。

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# by toruiwa2010 | 2011-09-11 08:58 | 岩佐徹的考察 | Comments(19)
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全米が終盤を迎えています。日程が厳しいですね。
さすがに、男子ボトム・ハーフの選手に4日間連続で
プレーさせるわけにはいかないので決勝は月曜日に
したようですね。ボランティア、警察・消防などの
要員確保が大変ですから、本当は、なんとか14日間で
終わらせたいのでしょうが、無理なものは無理ですね。
選手にはいいコンディションでプレーしてほしいです。
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舞台となっているニューヨークの思い出は尽きません。
グランド・スラムのときに試合以外のこともたくさん
書きましたが、その中から、自分で好きな2本を…。

「Magic Hour」2005.09.04


昨日はウイリアムズ姉妹対決の実況を終えた後、2時間ほどで会場を出ました。
全豪の会場へは歩いていきます。全仏は大会側が用意するシャトルバスを利用しますから、
スタッフが運転する車で会場に行くのは全米だけです。
私はいつも助手席に座ります。別に、決まっているわけではないのですが、いつの間にか、
“岩佐爺”の席として暗黙の承認を得ました。ハハハ。
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5分ほどで、国内線用のラガーディア空港の横を通過します。
タイミングによっては、私たちが走るフリーウエイぎりぎりの高さに左前方から飛行機が
舞い降りてきます。横風を受けるときは微妙にゆれながら…。実際には、必要な高度を
保っているはずですが、必ずと言っていいほど誰かが「低いっ!」と声を出します。ハハハ。

マンハッタンに近づいたのは7時10分ごろ…ちょうど、西日が摩天楼の向こうに沈もうと
していました。十分に美しい光景でしたが、15分か20分あとだったら、ビルに明かりが
灯りはじめ、摩天楼が最高に美しく見えただろうになあと、惜しい気もしました。
ニューヨーカーたちは“マジック・アワー”とオブそうですが。
時間を選んで帰ることもできませんから、仕方がありませんが、ナショナル・テニス・
センターで一日を過ごして、ホテルに向かうときに、この時間帯に遭遇すると、疲れが
いっぺんに吹き飛ぶ思いです。

日没直前の薄明り中で、ビルの明かりがどんどん増えていくさまは、まさにマジックです。
フランク・シナトラの“New York,New York”が聞こえてきそうな気がしますね。ハハハ。
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飛行機が下りてくるところもビルに明かりがつくところも、日本でだって見ようと思えば
いくらでも見られる光景ですが、舞台がニューヨークだと、特別な感じがしてしまうから
不思議です。

長い出張では“中だるみ”に近い状況になることもありますが、こんな 日常的なようで、
じつは非日常的な光景を見ることで勇気をもらい、仕事での失敗や、いやみな書き込みも
無視して「明日もまたがんばろう」という気になるのです。ハハハ。
いつかきっと、7時半に会場を出るように画策してみましょう。


「Laughters and Tears」2005.09.06

私のグランド・スラム中継は今回で42回目になります。勝負の世界でたくさんの 勝者と
敗者を見てきました。テニスに限らず、どんなスポーツでも、喜びに沸く勝者を見るのは、
こちらも嬉しくなるぐらい気持ちのいいものです。
一方、敗者…これは、見るのがつらいです。スポーツとして取材を始めてから、よほどの
ことがない限り、敗れた選手には近寄らないようにしてきました。
「敗者はそっとしておく」は私なりのルールがったのです。
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ところが、最近はマスメディアの要求が厳しいせいか、個人競技でも、チーム競技でも
必ず、記者会見に応じるように義務付けられていることが多いです。
テニスの場合、勝者であれ敗者であれ、希望さえすれば、ATP、WTAを通じて、試合後の
選手をプレス・ルームに呼ぶことができます。正当な理由がない限り、選手は断れません。
断わると罰金です。大金を稼いでいる選手たちの中には、まれに、罰金覚悟で会場から
“とんずら”することがあります。ハハハ。

罰金のほかに、彼(または彼女)に対するマスコミの論調は 当然 厳しいものになりますが、
彼らはこんなとき、新聞など読みませんから、痛くもかゆくもないのです。ハハハ。

世界のトップ・プレーヤーになると、インタビューするチャンスは極めて少ないですから、
大会のときには、負けた選手にもここぞとばかり質問が飛びます。
中には、かなり辛らつなものもあって女子の中には泣き出す選手もいます。
試合に関係のない、意地の悪い質問が続いたとき、カプリアティやグラフが顔を覆って
会見室を出て行ったこともありました。
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写真は、アーサー・アッシュ・スタジアムのスタンド下の通路です。
ジュニア選手とコーチでしょうか、歩きながらコーチがジェスチャーをまじえてしきりに
話しかけていました。放送席に向かうときに、こんな光景をよく見かけます。
これからコートに向かう選手、試合が終わった選手たちは、選手ラウンジからの行き帰り、
この通路を歩くのです。試合後の選手の場合、うしろ姿を見ただけで 勝ったか負けたかが
分かります。

はじけるような笑い声をひびかせたり、肩を落とし、とまらない涙をこらえたりしながら
コーチのうしろを行く選手たちの姿をどれだけ見てきたことでしょう。
勝った選手は、二日後の次のラウンドに備えなければいけません。
負けた選手は、大会本部で小切手を受け取って会場をあとにすることになります。

この通路を歩くたびに思い出すことがあります。
90年代の半ばのことです。私は、解説者と一緒に、男子決勝を実況するために放送席に
向かって歩いていました。そのとき、うしろから、「キュッ、キュッ、キュッ」と靴音が
聞こえてきました。誰かが走ってくるのです。

「誰だろう」と思っていると、私たちを追い越して行ったのは なんと1時間足らずのちに
決勝の開始を控えたピート・サンプラスだったのです!!
普通はあまり考えられないことです。
アップの一種なんでしょうが、「こんな時間に走るんだ」とびっくりしました。
同時に「ドラマは、コートの上だけで起きているわけではない」ことも改めて教えられた
気がしました。

ちなみに、スタッフの一人が指摘していましたが、ここの天井部分には 話題になっている
ア・ス・べ・ス・トが使われているようです。一部はむき出しです。
この建物ができてから8年間、毎年吸っていたかもしれません。おっそろし!

2005年全米オープンは私にとってWOWOWでの最後の
仕事になりました。現地にいるスタッフには一言も話して
いませんでした。
これが最後か…と思いながら書いた、この2本には、私の
感傷もにじんでいます。ハハハ。


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      期間限定公開:2001年全米オープンで優勝したときの写真。ハハハ。

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# by toruiwa2010 | 2011-09-10 08:05 | テニス | Comments(10)
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「チェルノブイリ・ハート」80

1986年4月26日、ウクライナのチェルノブイリ原子力発電所で爆発が起こり、大量の
放射能が広範囲に飛び散った。時間の経過とともに放射能の影響が子どもたちの健康に
大きな障害をもたらしていることが次々に明らかになって行った。ある年齢に達すると
症状が現れる甲状腺がんとともに際立っていたのは生まれつき心臓に重度の障害を持つ
子供たちだった。“チェルノブイリ・ハート”だ…

この“映画”は事故から16年後の2002年に撮影されたドキュメンタリーだ。テレビ用に
作ったと思われる30分ものを2本つないだだけの作品で完成度は相当 低いと言わざるを
得ませんが、1本目の映像のインパクトがすごい!
監督自身と思われる女性が病院を訪れて、はからずもさまざまな障害を抱えてしまった
子供たちの現状を映像とともに伝えています。
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2本目は、その4年後、事故から20年たって原発から3キロの距離にある“我が家”を
尋ねる青年に同行取材したものです。どこか“冷めた”語り口の彼の言葉は逆に説得力が
ありました。子供の頃を過ごしたアパートの中を懐かしげに歩きまわった彼がある部屋の
無意識にスイッチを押します。もちろん、明かりはつきません。
「電気はつかないね。…原発はあそこにあるのに」と部屋の窓から望める発電所に向ける
彼の眼には怒り、絶望とあきらめが見えました。雄弁でした。

放射能の被害はいま起きているものだけにとどまらない。いつ、そのおぞましい実態が
表面に出てくるか分からない。10年後、20年後の日本人にどんな障害が現れるのか
誰にも予測できない恐ろしさがある。
…原発の今後を考える上で、この作品が発しているメッセージは大きいと思います。

一つの“懸念”があります。

・900万人死亡、その半分が5歳以下の子供
・障害児の出生率は25倍
・健常児の出産確率10~25%?


…たくさんのデータが提示されていますが、それがどの時点のものと考えるべきなのかの
判断が難しいところです。2002年?2006年?それとも、今もこの数字が正しいのか?
映像の衝撃と同じようにこれらの数字が意味するものも重要です。
普通の映画ではないのですから、データを得た時期と正確性についてははっきりさせる
責任が制作者、あるいは、この時期に公開する人たちにはあると思います。

配給会社は料金を1300円に設定しています。1時間の作品なので“一般”から1800円は
取りにくいのでしょう。引き換えに、“シニア”も、いつもの1000円ではなく1300円…
こういう映画では、クレームもつけにくく。ハハハ。

正式に退陣表明したあとになって菅直人前総理が見たと言います。SPを大勢連れて。
銀座テアトルシネマだそうですが、どうなんですかね。
ホワイトハウスには映画上映ができる部屋があると聞きます。
辞めることが決まっているとは言え 総理大臣が街の映画館に出かけて行く。娯楽作品じゃ
ありません。国民の健康と安全を考えなければいけない立場の人が参考になると考えたら、
配給会社は喜んで貸し出しをすべきではないか、と思いますがね。


「神様のカルテ」85

「お昼まだだったら付き合うよ」と声をかけたのは同期の看護師(池脇千鶴)。
「誘ってもらうのはありがたいけど、僕は妻がある身なので…」と答えたのは、病院内で
“変わり者”扱いされている医師・栗原一止(イチト:桜井翔)だ。
アルプスのふもとの病院で勤務医をしている一止はまじめ一方で融通がきかない男である。
結婚して1年になる妻・榛名(ハルナ:宮崎あおい)は写真家だ。
廃業した古い旅館に友人たちと一緒に暮らす二人は新婚だがベタベタしたところはない。

たしかな腕を持つ一止に大学病院から誘いがかかった…
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どこが?と聞かれると困りますが、しみじみと胸にしみる作品です。
ほどよい距離感の若い夫婦、病院内で交わされる医師同士、医師と看護師、医師と患者…
会話の一つ一つが自然で違和感がありません。最近の映画やドラマはその点でストレスが
猛烈にたまります。“セリフがスムーズ”で納得するのも情けない話ですが。ハハハ。

櫻井翔が“地味に”好演しています。
要潤が“ただのイケメン”じゃない演技を見せていました。
これまでよさがあまり分からなかった宮崎あおいですが、少し分かった気がしました。
ほかにも、池脇をはじめ、柄本明、加賀まり子、西岡徳馬…みんな、素晴らしいです。
俳優たちの演技から、「これは、いい作品になる」という手ごたえを感じていることが
伝わってきました。


「ゴーストライター」90

激しく雨が降る夜の港にゆっくりとフェリーが近づく。
接岸し、積まれていた車が上陸を始めたが、1台だけ、動く気配のない車があった。
最後まで残った車はレッカーで移送され、運転手が姿を見せることはなかった。

ロンドンの出版社で面接を受けていた男にあっけないほど簡単に“合格”と告げられた。
仕事はイギリスのアダム・ラング前首相の自伝を書くことだった。ゴーストライターだ。
フェリーから転落して溺死した前任者、アダムスの補佐官のあと釜に採用されたのだ。
ラングの滞在先、アメリカ東海岸の島で合流しインタビューを始めた彼の前にさまざまな
謎が浮かび上がってくる。中でも、補佐官の死は最も大きなものだった…
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珍しく、妻が“激しく”見たがっていました。私も公開が楽しみだったのですが、期待を
裏切られることはなく、オープニング・シーンから引き込まれました。
巨匠・ポランスキーはさすがに客のハートをつかむのがうまいなあと思いました。ハハハ。
全編を通じて真っ青な空を見た記憶がありません。終始、画面を暗めに設定しているのも
話の展開をミステリアスなものにするのに効果的です。

エンディング近くである人物の秘密が暴かれるのですが、そこから先の展開が嫌いです。
…嫌い、と言ったってどうにもなりませんが、最後の2分間で“5点”下がりました。
ポランスキーも馬鹿なことをしたものです。ハハハ。
ただし、私にとっては2011年のNo1です。巨匠の作品だからではなく、まして おすぎが
週刊文春で 最高の星五つをつけていたからでもありません。
物語としての面白さが 今年これまでに同じ90点をつけた以下の作品群をわずかですが
上回ったと思うからです。はい、異論があることは分かります。ハハハ。

ソーシャル・ネットワーク
愛する人
洋菓子店コアンドル
ザ・ファイター
神々と男たち
英国王のスピーチ
大鹿村騒動記


80 チェルノブイリ・ハート 誰もが衝撃を受けるだろうが、作品としての評価は別物
85 神様のカルテ 俳優たちが打ちこんでいる空気を感じる しみじみと胸にしみる
90 ゴーストライター 最後の最後に不満があるものの全体としては今年のベスト1
75 HAYABUSA 小惑星はやぶさの物語だが全体に作りが中途半端 完成度が低い
80 シャンハイ 当時の上海の“混沌”とした空気は伝わるが、人間関係が複雑すぎて
80 うさぎドロップ 松山ケンイチと芦田愛菜につられてみた 芦田はほんとにすごい

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# by toruiwa2010 | 2011-09-09 08:08 | 映画が好き | Comments(0)
いろいろ あわただしい中で、集約することを忘れていた
7月に観た映画のまとめです。
振り返ってみると、邦画が頑張りました。特に、原田芳雄の
“遺作”になった「大鹿村騒動記」は光ります。


「アンダルシア」85

スペインの北、アンドラで邦人が殺害された。
パリにいた黒田康作(織田裕二)が現地に駆けつけると、インターポールの捜査官、神足誠
(伊藤英明)が、第一発見者の新藤結花(黒木メイサ)から事情を聴取をしていた。
彼は警視庁で内部告発をしてインターポールに飛ばされた刑事だった。
得体の知れぬ襲撃を受ける結花を守るため、黒田は彼女をスペインに連れて行く。

結花が働く銀行のマネー・ロンダリング疑惑が事件の裏にあり、殺されたのが警視総監の
息子だったことも絡んで、話はもつれて行く…
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「アマルフィ」もそうでしたが、オール海外ロケの映像が見事です。登場する俳優たちが
みな“カッコいい”連中で背景に負けていないのがいいです。ハハハ。
特に、今回は織田よりも伊藤英明が光っていました。

こういう作品はまともに論じてみても始まりません。エンタテインメントとして成立して
いるのですから、85点をつけます。ただし、「見るべきです」とか「お勧めします」とか、
言うつもりはありません。見たかったら見る。時間があれば見る。それでいいでしょう。
1800円分は楽しめると思います。…たぶん。

突っ込みどころは幾つもありますが、中でも福山雅治は現地にいる必要があったのかと…
黒田が情報をもらうだけなら、電話かファックスで十分でしょうに。
バルセロナ見物のために福山を…? まさか。ハハハ。

「小川の辺」 85

江戸から一人の男が海坂藩(うなさかはん)に戻った。使命を果たさぬまま病を得て。
男の使命は、藩主の失政を批判して脱藩した佐久間森衛(さくまもりえ:片岡愛之助)を
討つことだった。新たな討手として戌井朔之助(いぬいさくのすけ:東山紀之)に白羽の
矢が立った。佐久間の剣の腕前を考えると彼以上の適任者はいないのだ。
引き受けざるを得ない朔之助だったが、本心を言えば断りたい役目だった。それは
ともに脱藩した佐久間の妻が妹の田鶴(たづ:菊池凛子)だったからだ。

朔之助は奉公人の新蔵(勝地涼)とともに海坂を旅立った。雪が残る月山をあとに…
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若いころから、時代小説はあまり読まなかったのですが、唯一の例外が藤沢周平でした。
彼の小説に出てくる男は決して位の高い武士ではありません。どちらかと言えば平凡な
下級武士を登場させることが多いですが、藤沢の目はいつも優しく彼らにそそがれます。
武士の本分を守り、“侍の魂”を大事にする彼らをていねいに描いて人物像を浮かび
上がらせます。ほかの作家が書く多くの物語に登場する名のある武将には感じませんが、
藤沢周平が書く侍たちにはリアリティがあり、そこが大好きです。

作品の感想として、第一に挙げたいのは、映像の美しさです。
計算されたカメラ・アングルで、どのカットも絵画のようです。おそらく、多くの人は
気づかなかったでしょうが、朝もやの中の旅立ちのシーンが心に残りました。
“上意討ち”というまことに重い役目を背負って長い旅に出る夫の後ろ姿に、妻は黙って
頭を下げるしかありません。

東山はこれまで見た作品の中では一番よかったです。
親友であり、妹の夫でもある男を討つ…悩み苦しんでもおかしくない使命にもかかわらず、
朔之助の心はいっさいぶれません。雑念を排し、毅然として使命を果たそうとする男に
東山は見事に“はまって”いました。

いかにも剣の達人らしい、鍛え上げた肉体、きびきびとした動き、凛とした顔…たぶん、
藤沢が理想とする侍像に非常に近いのではないかと思います。
しかし、制作陣はなぜ、田鶴役に菊池凛子を選んだのでしょうか?理解できません。
“女性ながら、かなりの剣の使い手”という役なので彼女になったのかもしれませんが、
完全に失敗です。なんというキャスティングでしょうか?
なんの恨みもありませんが、彼女が登場した瞬間に藤沢周平の世界が壊れました。
ハハハ。

作品を見た日の夕刊に広告が出ていました。「各界から絶賛の声!」が寄せられていると。

王貞治「古来から日本人が持っていた家族への思い、友情、
    日本人としての矜持といったものを思い出させる作品です(後略)」

壇ふみ「こういう映画が丁寧に作られていること…それは、
    今の日本にとっての“希望”のように思われました」

みのもんた「国難とも言えるこの時、心をひとつにして
    前を向いて歩こう。人は如何に生きるべきか、
    日本人全員に観てほしい」


…王のコメントはまともです。
しかし、あとの二人の“絶賛の声”を読んだときは、「違う作品の話かな」と思いました。
みののコメントなどは、なにトンチンカンなことを言っているのだろうとあきれました。
そんな映画じゃありません。どうせ本人が書いたものではないでしょうがねえ。ハハハ。

こんなコメントに関係なく、最近の時代劇としてはレベルが高いですから、お好きな方は
出かけられるといいと思います。

「奇跡」85

大阪で暮らしていた夫婦が離婚して4ヶ月が過ぎた。子供が2人もいるのに、いつまでも
幼いことを言う夫(オダギリジョー)に妻(大塚寧々)が愛想をつかした形だった。
長男・航一(前田航基)は母とともに鹿児島の実家に、二男龍之介(前田旺司郎)は父とともに
福岡に移り住んだ。

鹿児島は今日も桜島が噴煙を上げ、市内に灰を降らせている。
「意味分からん」…桜島にあまり関心を持たない周囲に、癖になっている言葉がついつい
口をついて出る航一。 彼には、なんとかまた4人で暮らしたいという強い思いがあった。

福岡に移った龍之介は元気いっぱいだった。ぐうたらな父親の尻を叩き、家事をこなし、
新しい環境にもすぐなじんだ。

航一が耳寄りな話を聞き込んだ。
間もなく全線開業する九州新幹線の上下の一番列車がすれ違う瞬間に願いごとをすると
“奇跡”が起きるのだと。
航一の頭にアイディアが浮かんだ…
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一種のメルヘンです。あり得ない、起こり得ない奇跡ではなく、望みがありそうな奇跡に
小学生が夢を乗せる。その夢に友達が参加し、周囲の大人が背中を押す。
爆笑するような場面はありませんが、いたるところで、登場人物たちのわずかなしぐさや
セリフに、思わずクスッと笑ってしまう、そんな心やさしいドラマです。

子供漫才コンビとしての“まえだまえだ”はテレビで何度も見たことがあって、いかにも
大阪の子供らしい達者な漫才コンビだなあと思っていました。
もともと“子役”だということのようですが、特に兄、航基はタダものではありません。

最近の子役は実に“達者”です。
特に“ちゃんと”泣く子が多くなりました。それがドラマにリアリティを与えているのは
いいのですが、中には、計算した演技をしているな、と思わせる子役がいて白ける
ことが多いのも事実です。

前田航基は違います。
自然体で役をこなしています。“直感”に従っていると言ってもいいかもしれません。
しかも、それでドラマ全体を引っ張っているのですから恐れ入ります。
今後も大阪弁で通すとなると微妙ですが、彼にはこれからも注目しようと思いました。
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もう一人、
内田伽羅という少女からも目を離してはいけないようです。
目が非常に印象的な美少女です。元木雅弘の娘さんだと分かって腑に落ちました。ハハハ。
同じ場面には登場しませんが、この映画に出ている樹希樹林の勧めでオーディションを
受けて合格したそうです。樹希の孫、元木の娘だから…ではなく、やがて、輝きを増すに
違いない女優として注目します。

わきを固める出演者が豪華です。ベテラン同士、橋爪功と先日亡くなった原田芳雄の
“からみ”などはまさに絶品です。
教師役の長沢まさみはほとんどアップがないという贅沢な使い方をされています。
是枝作品には「それでもいいから出たい」と思わせる何かがあるのでしょう。
「奇跡」の前には「歩いてもあるいても」しか見ていませんが、とても気に入り、95点を
つけました。“岩佐ランキング”の年間No1は僅差で「おくりびと」にゆずりました。

「大鹿村騒動記」90

南アルプスのふもと、信州・大鹿村。
やってきたバスから4人の乗客が降りた。老人の降車を手伝っていた運転手(佐藤浩市)が
続いて降りたサングラス姿の中年のカップルをビックリしたような眼で凝視した。
「オサムさん!?タカコさん!?」

もう一人の乗客だった若い男が食堂「ディア・イーター(鹿を食う人)」に近づくと店主の
ゼン(原田芳雄)が店の前で芝居のけいこに余念がなかった。彼は、この村で長い伝統を持つ
大鹿歌舞伎の花形役者だった。
ゼンの頭の中は5日後に迫った今年の公演で演じる大役・景清のことでいっぱいだった。
ところが、小さな村がひっくりかえるような、もっと大きな問題が降りかかっていた。

この日、バスから降り立ったタカコ(大楠道代)は15年前に駆け落ちしたゼンの妻だった!
親友だったオサム(岸部一徳)がゼンに頭を下げて「返す」と言った。
認知症に似た症状を見せ始めたタカコは、オサムのことさえ誰だか分からなくなっていて
手に余るというのだった…
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静かな、緑豊かな山村で突然持ち上がった“騒動”が面白おかしく描かれています。
爆笑するシーンは少ないですが、ちょっとしたしぐさ、ぼそっとつぶやかれるセリフが
全編を通してクスクス笑いを誘い、人間の優しさを教えてくれます。きっと、シナリオが
素晴らしいからだと思います。
“遺作”になりましたが、原田芳雄は出来に満足して逝ったのではないでしょうか。
歌舞伎の場面以外は熱演というより、むしろ自然体に近い演技でしたが、見せました。
亡くなったから言うのではなく、この役者の幅の広さ、奥行きの深さが十分出ています。

岸部一徳にもほとほと感心します。映画でもテレビドラマでも、画面に出てくるだけで
一つの“世界”を作り出してしまう俳優はそんなにいません。この映画でも好演でした。
少し、首をかしげたくなったのは、タカコの“病状”が、物語の進行に合わせて都合よく
変わるところです。そんなに“便利な”病気があるのだろうかと。ハハハ。

今年、ここまでに見た邦画の中で90点をつけたのは「洋菓子店コアンドル」だけでした。
2作をくらべると、こちらの方が上のような気がします。
ちなみに、85点は「毎日かあさん」 、「SP革命篇」、「阪急電車」、「多田便利軒」、「軽蔑」、
「奇跡」、「アンダルシア」、です。…うーん、なんとなく“傾向”が出てますねえ。ハハハ。

85 アンダルシア オール海外ロケの成功 “娯楽”として十分楽しめた点を評価する
75 わたしを離さないで 臓器提供のためのクローンという“設定”が無理すぎて…
80 あぜ道のダンディ カッコよくありたいと願う父親の思いは子供に通じるのか
85 小川の辺 映像美が見事 東山が周平の世界を体現している 菊池凛子がぶち壊し
80 海洋天堂 自閉症の息子の行く末を案じる父の心情が切ない …あまりにも切ない
85 ラスト・ターゲット クルーニーのカッコよさと景観の美しさが得点を上げている
75 ロック 残した犬への愛情と島への思いの描き方が中途半端 時間の過ぎ方も不自然
90 大鹿村騒動記 さりげない笑いとペーソス 原田芳雄はいい作品を残して逝った
80 陰謀の代償 2件の殺人を犯した少年が警官になった 16年後、悪夢はよみがえる

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# by toruiwa2010 | 2011-09-09 08:01 | 映画が好き | Comments(0)